>>257 みさお「ほほう。こりゃまた変わった職種の人から……んー…アガリ症?」
一弥 「声優さん……アニメとかの声を当ててるひと?
…緊張してしゃべれなくなったりしたら、お仕事こなくなるよね……普段どうしてるんだろう…」
みさお「あ、判った♪ 『アガリ症の役』だけを演じてるんだ。映画やドラマで言えば斬られ役みたいなもんで」
一弥 「…ものすごくお仕事少ないと思う……」
みさお「いや、それは冗談だとしてもさ。
普段はちゃんとやれてるんじゃないの? 『あるイベント』っていうのがネックなのであって…」
一弥 「……えっと…どういう、こと?」
みさお「声優としてのお仕事には、きちんとした台本があるはずでしょー?
その台本の通りにきっちり仕事をこなすのが声優さんのお仕事。…基本的にはアドリブ要らずなのでは?」
一弥 「だよね。…じゃあ《A・S》さんは台本をもとに演じるのは得意なのかな」
みさお「それすら出来ない人を声優とは呼ばないでしょw …ほら、あたしが良い例だし」
一弥 「えっ? …みさおさん、声優さんをやったことがあるのっ!?」
みさお「そうじゃなくて。ほら、うら若い乙女であるあたしが恥ずかしさを堪えて
えろちっくな話をしたり、どす黒い意見を述べたりするのも台本の産物じゃない?」
一弥 「……………………作家さんに会わせて。二度とみさおさんにそんなこと言わせないようにお願いするから」
みさお「………………………………作家は、あたしの脳内にいるから………会うのはちょっと…」
一弥 「……結局みさおさん自身が好き好んで話してるんじゃないかーーーっ!! なにが台本なのっ!」
みさお「なんていうか……もう一人のあたしが『ここよみさお! ここでボケるのよ!』とか
『いいからもっと踏み込んで話しちゃえ! そう、ぐいっと奥まで! 壊れちゃうくらいにー!』とか…」
一弥 「今すぐ追い出して! そんな邪悪な自分に洗脳されちゃだめーーーっ!!」
みさお「そしたら……あたしがあたしでなくなっちゃう……! …そんなの…そんなの……(俯いて手をぎゅっ、と)」
一弥 「シリアスタッチで悩むようなことじゃないよっ!
……いいよ、もう……どうせぼくが止めたってきかないんだから……」
みさお「ぎりぎりでブレーキは踏んでるつもりなんだけど……。
…ちなみにかず君や。キミはこのラジオが始まった当初はどうだった? 緊張した?」
一弥 「そ、それは…うん……とっても。
…授業中、先生にあてられたときだって緊張するのにラジオなんかできるのかな、って……」
みさお「あたしも最初は緊張しまくりだったw そうは見えなかったかもしんないけどね……これは本当」
一弥 「うん、全然そんな風には見えなかった(きっぱり)
……いひゃいいひゃいいひゃいーっ! ごえんああいいあおあんっ!!(訳:ごめんなさいみさおさんっ!)」
みさお「(両頬をぐにーっ、と引っ張りながら) ……例えば、今のかず君のほっぺたくらい張り詰めていたのだよ。
今にもぷつん、と切れちゃいそうな程に。…あたしだって、心臓が鉄で出来てるわけじゃないんだよー?」
一弥 「えううううぅ……ぼくのほっぺだって鉄じゃないのに……(さすりさすり)
……だったら、どうして平気になったの? 今はもう緊張しないの?」
みさお「『素の自分』でいいんだ、って判ったから。無理しないでもいいんだ、って。
……本来アガリ症の《A・S》さんは、自己抑制の賜物で声優さんをやっているんだろうけどねー」
一弥 「イベント、大丈夫かな……失敗しちゃったらかわいそう……」
みさお「………この際、完全な台本進行にしてしまうしかないのでは?
そうすればいつものお仕事と同じでしょ? …あたしはあんまり好きじゃないけど……(苦笑)」
一弥 「《A・S》さんもそう思ってるんじゃないかな……でも…仕方ないかも…」
みさお「ん。あたしもそれを責めるつもりはないの。
……ただ、身構えることなく自分の言葉で話せる相手が居ればいいな、と願うばかり」
一弥 「そうじゃなかったら疲れちゃうもんね。イベント成功するといいね……じゃあ、今夜はここでお別れです」
みさお・一弥「「しーゆーねくすとん! おやすみー」」
〜収録直後〜
みさお「…かず君………あたしたちは大変なことを見落としていたかもしれない…!」
一弥 「どうしたの? いきなり真剣な顔して…」
みさお「…相談者のRNは《A・S》………これはつまり《A(アガリ)・S(症)》っ!?」
一弥 「な、なんだってーーっ!!?? …って、のせないでよっ!!!」
―放送数ヶ月後。T京都内某所。公開録音会場。
――結局、こういうことなんだ。
何も変えることが出来ないまま、空虚な気持ちでマイクに向かう。
「……というわけではじまっちゃいましたっ! 桜井あさひの、ハートフルカフェ!!」
無理に弾んだ声を出して、上辺だけの笑顔を浮かべて。
あたしの為に集まってくれたこんなに大勢の人達を騙し続けて。
…あんなに大切だった人を、手ひどいやり方で裏切って。
「こんなにいっぱい集まってくれるなんて思わなかったー♪ 感激ですっ!」
ボロボロになりそうだったイベントが成功の内に終わったのも、
ずっと嫌いだった自分のことを少しだけ好きになれたのも、全部あの人がいてくれたからなのに。
「今日はいつもより二割増しでがんばるからね! …あくまで当社比、だけど…えへへっ」
お仕着せの台本。よそ行きの声。あたしが欲しかったのは、こんなものじゃない。
…ねえ、みんなは楽しい? お人形のセールストークなんか聞いて、ホントに楽しい?
………あたしは………苦しいよ?
熱のこもらない目で、ぼんやりと黒山の人だかりを眺める。
―その時、異変に気付いた。
「………! ………!!!! …!?」
人波をかきわけながら、最前列に走り込んでくる人の姿。
警備スタッフにひきずり倒されながら、叫ぶのを止めない人の姿。
見間違えるはずなんてないのに、どうしても信じられない。
だって、来てくれるわけなんてないのに。
「和樹、さん……」
怒ってるみたいな顔だけど、少しだけ違う。
怖いくらいに真剣な瞳がまっすぐにあたしを射抜く。
彼の唇が動いている。
同じ形に、何度も。
す き だ
「………………………………っ!」
放送もファンの人達も全部忘れて、もう見えなくなった彼の姿だけを瞳に焼き付ける。
言葉が出ない。鼻の奥が熱い。我慢なんか…出来ない。
悲しくて苦しくて辛くてやるせなくて、そして……嬉しくて。
「…………ありがと……かずきさん…………ありがと…………」
混乱がさざ波のように広がる中、あたしは子供みたいに泣き続けた。