「おはよー。いるんでしょ、彼。呼んできてくれない?」
「−申し訳ありませんが、それはできません」
「なんでよ、わざわざ私が呼びに着てあげたのに。彼はその好意を無視するわけ?」
「−いえ、あの方の意思ではありません。私が、自己の判断で会わせられない、といっているのです」
「・・・なによ、それ」
『貴方のオートマトン〜雪の少女2』
なにやら玄関の方が騒がしい。
その騒音で目が覚める。
時計を見る。まだいつもの起床時間よりも早い。
もう一眠りしようと身を伏せる。
「なんなのそれ!いいから彼を出しなさいよ!」
「−それはできません。マスターはただいまお休み中ですので」
玄関から響く声。うるさい。
僕はもぞもぞとベッドから抜け出すと、声の響く玄関へと出て行った。
「・・・朝っぱらから、いったい何を騒いでいるの?」
「あ、ちょっと君、メイドロボの躾がなってないんじゃない?」
「−失礼な方ですね。私は常にマスターに最適な行動をとるようにプログラミングされているだけです」
「まあまあ、セリオさんも先輩も、落ち着いて・・・」
「−先に文句をつけてきたのはあちらです。私に非はございません」
「なによ、全部あたしのせいにする訳?自分だって大声出してたじゃない」
「−私はあくまでもマスターの安眠を妨害しない程度の音量に抑えていました。マスターを起こしてしまったのは貴方の責任です」
・・・二人はなにやら虫の居所が悪いようだ。
僕はそそくさと奥へ引っ込む事にした。
「今日の朝食は、あたしが作ってあげるから」
着替えを済ませ、食卓へとついた僕に、先輩はそう言い放った。
思わずセリオさんと二人、顔を見合わせる。
「先輩、別にそんな事しなくても、せっかくセリオさんがいるんだし・・・」
「−そうです。余計な事をして手間を増やさないでください」
「・・・セリオさん、その言い方酷くない?」
そんな僕らの言葉を他所に、てきぱきと支度をしてゆく先輩。
そして。
「さあ、できたわよ!」
鮮度を大事にしたのか半熟すぎるベーコンエッグ。
焼け焦げが芸術的ですらあるトースト。
薄すぎて新時代を開拓したアメリカン。
「・・・セリオさんに任せた方が良かった・・・」
「なによ、あたしの料理が食べられないって訳?」
「いや、食べます、食べさせていただきます・・・」
「−・・・くすっ。無様ですね」
「なんかこのメイドロボ今言わなかった?」
「・・・たぶん気のせいですよ、先輩」
「−早く食べないとお時間になってしまいます」
「ああ、そうだった。急がないと」
「君が余計な事話しているからでしょ?」
「僕の責任か・・・?」
とにかく朝食を薄いアメリカンで流し込む。
さて、出かける準備をしないと。
「セリオさん、あのコートどこやったっけ?」
「−すみません、コートの方はクリーニングに出してしまいました」
「ああ、まいったなぁ・・・しかたがない、こっちのアーミージャケットに合わせて・・・」
「−マスター、袖をどうぞ」
「ああ、ごめんセリオさん」
そんな慌しい二人の光景を、先輩はじっと見つめていた。
「必要な物は、もうバッグの中に入ってるよね?」
「はい、昨夜のうちに確認いたしました」
「助かるよセリオさん。ああ、あと折り畳み傘は入れてくれた?」
「−あ、申し訳ございません。すぐに準備いたします」
「そんなに急がなくても、まだ時間は十分にあるから」
じーっ。
先輩の視線が、気のせいか痛い気がする。
「−他に忘れ物、ございませんよね」
「うん、大丈夫、だと思う」
「−万が一、忘れ物があったらすぐにご連絡ください。いつでもお届けに参りますから」
「−ほら、襟の所。ちょっと曲がってますよ」
「うん、ごめん」
「−ちょっと、動かないでください。・・・はい。直りました」
「ありがとう、セリオさん」
ギロッ!
先輩の視線が、気のせいか殺気を帯びている気がする。
これ以上時間をかけると、先輩が怒り出しそうだ。
僕は準備を早々に終え、玄関へと向かった。
「それじゃあ、行ってくるよ。セリオさん」
「−マスター・・・」
「・・・」
「−・・・ん」
「あー・・・」
「−・・・・・・ん」
「えっと・・・・・・」
それは、毎朝恒例の『例の儀式』の催促。
しかし、先輩が見ている前でっていうのは、なんだか恥ずかしくて。
目を閉じ、心持ち唇を突き出しているセリオさんを見て、先輩はやや怒気をはらんだ視線で僕を見る。
僕はとっさに、ここでキスした場合としなかった場合の損得を天秤にかける。
・・・結論。セリオさんを怒らせるのだけは避けたい。
僕は静かにセリオさんの肩を抱くと、唇を重ね合わせた。
背後から先輩の怒気が痛いほど伝わってくる。
当たり前だろう。これから出かけようという時に、目の前でこんな姿を見せられては。
僕はいつもよりも早く身を離す。やや不満げな表情のセリオさん。
ごめん。僕は目線で謝る。
「ほら、何時までもいちゃついてないで、さっさと行くよ!」
「ごめんセリオさん、今日は多分早く帰れると思うから」
「残念でしたー。今日は私との付き合いで帰りは飲み会ですー」
「そんなの初耳ですよ!たまには早く帰らせてください」
「そんな口きいちゃっていいのかなー?先輩を怒らせると後が怖いよー?」
「・・・判りました。セリオさん、ごめん。今日も遅くなるかも」
今度はセリオさんの機嫌が一気に悪くなる。
「ほんとにごめん!それじゃあ、行ってくる!」
「彼、預かっていくねー!それじゃあ、バイバイ!」
そして僕らは、駅へと向かって歩き出した。
見送るセリオさんの顔は、あえて見ないようにしておいた。・・・怖かったから。
「ほんとうにさー、過保護だよね、メイドロボって」
「・・・そうかな」
駅への道を歩きながら、僕は先輩と話しこむ。
「そうだよ。今朝の準備の時だって・・・」
今朝の準備。特にいつもと変わらないはずだったけれど。
「・・・まるで新婚さんみたい。無駄にラブラブフィールド形成しちゃって」
「そ、そう見えました?」
「もうこれ以上ないってくらいに」
「・・・」
自分では、あれが普通だと思っていただけに、ちょっとショックだ。
他人の目から見ると、異常な事だったとは。
「あんな生活してると、君、駄目になっちゃうよ?」
「はい?」
「もっとまともな人付き合いして、きちんとした相手と交際して、人並みの生活を送る」
「・・・なんです、急に」
「わからないかなー、もう」
立ち止まり、こちらへと体を向ける先輩。
ぐっと顔を寄せてくる。
「にぶちんだと思ってはいたけれど、ここまでとはね・・・」
「はあ・・・」
「もういい!ほら、会社に急ぐよ!」
言いながら駆け出す先輩。
僕はその背を追いながら、さっきの先輩の言葉を反芻していた。
『あんな生活してると、君、駄目になっちゃうよ?』
・・・僕にはまだ、その意味がつかめていなかった。