カウンターの影に立ち、コートの裾をだけを向こうから見える位置にはためかせた。
瞬間、殺到する銃撃。コートの半分があっという間にぼろ切れに成り果てた。
「やめろ、違う!」
フェイクに気付いたか、ファイアー・ボールの怒声とともに銃撃が止む。
その瞬間を狙って俺は飛び出した。
不意を突かれながらも再び銃声が部屋を震わせる。だが、遅い。
弾丸は全て俺が“いた”位置へまき散らされ、無駄に壁を穿った。
再び、感覚を解放した。急激に体の動きが鈍り、弾丸がみるみる減速していく。
走りながら左手のイングラムを連射する。
1発が1人の耳を吹き飛ばし、3発が別の奴の肩口に食い込んだ。残りの弾丸は
やつらがバリケードにしているテーブルに阻まれた。
舌打ちをこらえる。その時、視界の隅にサブマシンガン(おそらくはウージーだ)を
撃ち続けるファイアー・ボールが映った。
先ほどから無駄弾をばらまいているが、徐々に弾道がこちらを捉えつつあった。
目の前のテーブル。踏み台にして、跳んだ。跳躍した先の壁を足場にして、さらに先へ踏み出す。
2歩。3歩。壁を走る俺のすぐ下を、ウージーの弾痕が追い抜いていった。
壁に、額に入れられた風景画がある。それを踏み割るようにして、跳んだ。敵の真中へ。
硝煙の靄のかかった中に、やつらの驚愕した顔がはっきりと浮かび上がる。
その顔を狙い、空中で両手の銃を斉射する。
着地した時、俺の左右でそれぞれ二人が頭をザクロのようにしてのけぞった。
残る2人。肩口に銃弾を喰らったやつと、ファイアー・ボール。
手を延ばせば触れられるような距離にも関わらず、やつらは絶叫しながら銃を向けてきた。
スローで、正直すぎる動き。一歩踏み込み、左右の手を払った。
2人の銃身を腕で払いのけると同時に、両方の銃の引き金を引いた。
右側にいたやつには胸の中央に2発を撃ち込む。
左側にいたファイアー・ボールには、片腕を狙って9ミリ弾を打ち込んだ。
絶叫が響きわたった。火を噴き続けていたウージーが手から離れる。
そこで、感覚を元に戻した。
ウージーが床に落ちる硬い音と、胸に2発喰らったやつが仰向けに倒れる鈍い音がした。
硝煙と血の臭いがする空気を吸い込み、俺は熱っぽくなった頭を覚ました。
戦いの間は、体温が数度上がっているように感じる。
殺戮衝動や怒りがないまぜになって、俺の中のエンジンを動かしているかのように。
それが冷却され、幾らかの違和感を伴いながら通常の俺へと戻る。
周りを見渡す。白濁した空気が立ちこめる中でテーブルや椅子が倒れ、グラスの破片と薬莢が散乱している。
そこら中に血まみれの死体が転がっていた。女の死体もあった。
敵であれば、女もためらわず殺すような人間に、俺はなっていた。
もう、そのことに心を動かすような繊細さも失っている。
ずたずたになった腕を見つめながら叫びつづけるファイアー・ボールの首筋に、
拳銃のグリップを叩き込んだ。よろめくところに足払いをかけ、顔面から床へ倒した。
「さっきは世話になったな、ミートボール野郎」
片足で首を踏みつけ、イングラムの残弾をやつの太い足に浴びせかけた。
再び、耳障りな絶叫。
それを無視して、イングラムのマガジンを入れ替えた。
踏み付けた足をそのままに体を屈める。声が届くように。
「本当に世話になった。あんなに手厚い歓迎はひさしぶりだった」
声は落ち着いている。だが、俺の中には煮えたぎった怒りがある。
戦いの最中に感じるのとはまた別の熱が、俺の中で渦巻きはじめた。
首を踏みつけている足に力をこめ、無理矢理に絶叫を抑えさせた。
ふと、側のテーブルに目が行った。この騒ぎの中で、奇跡的に無事な酒壜があった。
手にとるとテキーラだった。半分ほど残っている中身を、やつの頭に注いだ。
猛烈なアルコールの臭気に、やつもそれが何であるか理解しただろう。
「3秒やる。知っていることを喋るか、本物の『ファイアー・ボール』になるか、選べ」
酒壜を捨てて、そう言った。ポケットの中にあったオイルライターを取り出し、蓋を開けた。
背中から見下ろす俺には、やつの顔は見えない。だが、想像はつく。考えていることも。
「1」
悲鳴になる寸前の荒い息。激痛が意識をかき乱す中で、必死に状況を理解しようとしているのだろう。
「2」
足の下で首がもがく。やつの中で死の恐怖が増大していくのが、手に取るように分かった。
「3」「やめろ!しゃべる!」
悲鳴そのものの声。
「少し、返事が遅れたな」
「やめろ、しゃべる。なんでもしゃべる」
イングラムを構え、すっかり赤黒く染まった腕に狙いをつけた。軽い銃声が数発。
挽肉のようになった腕の上で、新たに血がはじけた。絶叫。俺はやつの後頭部を踏み付けて黙らせた。
声はすすり泣きが混じった呻きに変わった。抵抗する気は完全に萎えている。
「お待ちかねの質問だ、デブ野郎。俺をここに連れてきたのは誰だ?」
「…レ、レインマンの、手下だ」
ジャック“フランチ”レインマン。この街を牛耳るギャングのボス。追い続けてきた男の名前だ。
「俺への歓迎はそいつの指示か?」
「こ、殺すなとだけ、言われた」
痛めつけ、何かを聞き出すつもりだったのか。だが、こいつには分かるまい。
「レインマンに会ったことは?」
「な、ない。いつも、代理人を通して、連絡を」
「代理人の名前は?」
わずかな沈黙。
「キ…」
むせるように咳き込んだ。
「キタ…ガワ」