SS書きのスレ

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499「Cold Day」(14)
右手に握った銃を、右斜め前方に。左手の銃を正面に対してほぼ垂直の方向へ向ける。
俺の動きも周囲と同様に遅くなっている。だが、知覚する速度はこちらの方が桁外れに速い。
9人が銃を抜き、構え、撃つ。実時間にしてみれば1秒にも満たない動きの中で、
俺は全員の動きを観察し、判断し、狙いを定めることができた。
身体能力ではともかく、知覚速度で俺に匹敵する人間はいない。
正面やや右側、およそ5メートル先にいるニット帽を被った男と、
左側4メートル先にいるスキンヘッドの男。この二人の行動が最も早かった。
すでに銃を手にし、銃口はこちらに向こうとしている。だが、俺の銃口はすでに2人の頭に狙いを定めていた。
引き金を絞る。撃鉄が落ちる。弾丸の火薬が薬室内で爆発する感触が、手のひらから伝わる。同時に、閃光。
マズルフラッシュの向こう側で弾丸が飛んでいくのが見え、
次の瞬間にはニット帽の眉間に黒く穴が開いた。すぐに後頭部から赤いものが飛び散る。
左手の銃の先でも同じようにスキンヘッドの頭が吹っ飛んだのを視界の端で確認する。
銃撃の反動で持ち上がった銃口の向きを修正しつつ、左足を軸にして体を回転させる。
伸ばした腕はそのままに、ふたつの銃口を左へとスライド。その線上に、次の標的がいる。
まず、右の銃。わずかに遅れて左の銃が火を噴き、俺の前方と後方でそれぞれ2人が新たに倒れた。
500「Cold Day」(15):04/02/08 15:24 ID:YaTeHCux
一呼吸で4人。残りは5人――右後方にひとり、左前方に4人。
俺はすでに回避運動に移っている。瞬時に全員の銃口の向きを確認し、体をひねった。
敵の銃火が一斉に閃き、室内を照らし出す。間延びした銃声が連鎖して鳴り響いた。
無数の弾丸が、螺旋状に空気をえぐりながら俺へと向かってくる。
弾丸の一発がコートの裾に当たり、繊維を引きちぎりながら後方へと抜ける。
次いで、数発が同様に俺の衣服をかすめた。だが、体には当たらない。
敵の視線と姿勢、銃を持った手と引き金にかけられた指の動き。
それらを観察すれば、弾丸がいつ発射され、どこへ飛ぶか予測できる。
弾道を予測し、敵が引き金を絞るよりも早く安全圏へと移動する。
やつらには俺が弾丸を避けているようにしか見えないだろう。
弾道が体と重なる“線”を避けつつ、左手の銃を後ろへと向ける。
さきほど後ろから俺の肩をかすめた弾丸の発射位置へ、眼は向けずに撃った。
間をおかず床を蹴り、横へと走り出す。一瞬遅れる形で、俺がいた空間を次々と弾丸が襲う。
テーブル上にあった酒瓶が砕け散り、酒の飛沫が舞う。
無数の弾丸が空気を切り裂いて、カウンター後ろの棚にあったボトルを粉砕していく。
その騒音に混じり、薬莢が床で跳ねる澄んだ音も俺の耳には聞こえた。そして、やつらの悲鳴と絶叫も。
走りながら、左右の銃で4連射。2発が一人の頭を砕き、2発がその隣にいたやつの肩口に当たった。
その横で、「ファイアー・ボール」がサブマシンガンを構えているのが見えた。
俺はやつらから死角となっているカウンターの陰へと跳んだ。後を追うように9ミリ弾が次々と飛来し、壁を穿った。
501「Cold Day」(16):04/02/08 15:27 ID:YaTeHCux
カウンターの隅に転がり込み、俺はいったん感覚を通常へ戻した。
周囲が高速で動き始め、逆に俺の感覚が鈍くなる。それが均衡し、元の状態へと戻った。
あの状態で長時間活動すると体がもたないことを、俺はこれまでの経験で学んでいた。
脳に大量の情報が一度に流れ込む負荷なのか、凄まじい頭痛とともに
感覚すべてに靄がかかったような状態になり、まともに歩くこともできなくなるのだ。
加えて、視覚の問題がある。この超スローの世界では、俺は常人よりはるかに長い時間、
あの眼を灼くようなマズルフラッシュを凝視していることになる。網膜という肉体への影響は
常人と同じだが、視覚を通して入ってくる情報は俺の脳に確実にストレスを残す。
現に今も、眼の前に白い光の残滓がちらついている。
これがひどくなると、まるで雪が降っているような錯覚に陥る。だが、それも間を置けば消える。
俺は左手の拳銃を捨て、腰の後ろのホルスターからイングラムを抜き出した。
「畜生!なんなんだあいつは!」
「ふざけやがって、ブッ殺してやる!出て来い、くそったれ!」
「おい、早く上のやつらを呼んでこい!」
絶え間ない銃声と、壁に弾痕が刻まれる音に混じって連中の叫びが聞こえる。残っているのは4人。
ファイアー・ボールの他に、怒り狂っているのが2人。怯え、取り乱しているのが1人いる。
こいつはもう戦力にはならないだろう。
ここまで、時間にして数秒。感覚の「リロード」が完了した。