SS書きのスレ

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485名無しさんだよもん
マスターは今日もお仕事でお出かけ。
私はただ、一人家で留守番です。
しなければならない事はたくさんあります。
・・・それでも、私はあなたの事を思って、何も手に付かない。

『一人ぼっちの人形〜ピュアストーン』

「それじゃあ、行ってくるよ、セリオさん」
「−はい、行ってらっしゃいませ、マスター」
毎朝の儀式。変わらぬ挨拶。そして。
「・・・」
「−うんっ」
去り際のキス。
何時からでしょう。このような儀式を始めるようになったのは。
私からマスターにおねだりした覚えはない。
しかし、マスターとのこの儀式を、私は決して拒む事はない。
いや、むしろ心待ちにしてさえいる。
これからしばらく、離れ離れにならなければならない。
その悲しみを、一時でも忘れる事ができるのならば。
私は、その思いを唇に込める。
マスターに、私の思いの一欠けらでも伝わるように。
「今日は、早く帰れると思うから。それじゃ」
「−マスター・・・」
その姿が見えなくなるまでお見送りする。
それが、私にできる精一杯の仕事。
486名無しさんだよもん:04/02/07 00:14 ID:vJjzW748
マスターのいないうちに、やるべき事はたくさんあります。
まず、乱れたベッドを正し、布団を干す。
・・・昨夜の自分の痴態を思い出し、少し顔が赤くなる。
僅かに香る、昨夜の行為の残り香。
『−マスターは、私の体にご満足していただけているのでしょうか』
考え出すときりがない。
私は少し頭を振ると、布団を干しにベランダへと出ました。
今日も快晴。寒さの中にも、僅かな日の暖かさを感じます。
これならば、マスターも快適に過ごされることでしょう。

布団を干した後は、部屋のお掃除です。
マスターの集めた、訳のわからないコレクション。
それを丁寧に整理し、箱の中へと片付けてゆく。
戦車の玩具、雑多なゲームソフト。数々の雑誌類。みんなまとめて整理してゆく。
ふと、目に留まる、薄い表紙の本。
ぺらぺらとめくってみる。
・・・ぼっ!
思わず顔が赤くなる。
内容は、メイドロボが御主人様と・・・その・・・紆余曲折の末に『いたしてしまう』ものでした。
周囲の反対を押し切って、駆け落ちまでする主人とメイド。そして、追い詰められた彼らは・・・。
割と興味がある内容だったので、思わず読みふけってしまう。
・・・いけない。私はその本を別に選り分ける事を忘れないでおきながら、整理の続きを開始しました。
本棚の整理、机の上の整頓。
私が目を離すと、すぐにこの部屋は散らかり放題になってしまう。
「−・・・もう少し、マスターにも注意をしていただかないと困りますね」
私は、ため息を付きながら部屋の整理を再開しました。
487名無しさんだよもん:04/02/07 00:15 ID:vJjzW748
さて、天気の良いうちにお洗濯をしてしまいましょう。
私は洗濯機へと洗濯籠を持ってゆく。
一つ一つ、取り出し、絡みを解いてゆきながら洗濯槽へと放り込んでゆく。
・・・マスターの下着を手に取る。
・・・いけない。そんな事は。
・・・私にもプライドというものがある。それだけは。
しかし、ふらふらと私の腕は動き、気がつけばマスターの下着の香りを思い切り吸い込んでいた。
『−マスターの・・・匂いがします・・・』
もはや誘惑に負けてしまった私は、思う存分その香りを堪能した。
ふらふらしそうなその香り。私を引き付けてやまない。
『−・・・こ、こうしていては仕事が進みません。名残惜しいのですが・・・』
私はしぶしぶマスターの下着を洗濯槽へと放り込む。
最後に一息、その香りを堪能する事を忘れない。
全自動の洗濯機は、己の役割を果たさんとフル回転し始める。

この間に部屋の掃除機がけをしてしまいましょう。
掃除機を手に取り、部屋の掃除機がけを始める。
埃というものは意外とたまりやすく、フローリングのこの部屋では特に注意しないといけない。
部屋の隅、物陰、埃のたまりやすい所を重点的に掃除してゆく。
コツン。
ベッドの下へと掃除機の先を突っ込んだときに、その感触はあった。
『−・・・なんでしょう』
私は、ベッドの下へと屈みこみ、『それ』を引きずり出す。

そこには、今をときめくトップアイドル、緒方理奈の写真集がありました・・・。
488名無しさんだよもん:04/02/07 00:16 ID:vJjzW748
その時の、私の感情は、おそらく『負』というもので塗りつぶされていたと思います。
マスターには私がいる。
そのマスターが、他のメイドロボのシチュエーションをネタにした本を持っている事くらいは大目に見ましょう。
しかし、これは実在するアイドル。
私にはない『生身』をもった女性。
可能性としては、限りなく少ないが、マスターを奪われる可能性もないとは言い切れない存在。
ページをめくる私の指先。かすかに震えている。それは、怒りによるものか、悲しみによるものか。
そして、私は比較的厚手のその本を閉じ、手に取ると、一気に『引き裂いた』。
この本と同じように、本人さえも引き裂いてしまえたなら・・・。いえ、これはメイドロボとしては行き過ぎた思想でした。

洗濯機は、いつの間にか止まっていました。
私は洗濯物を外に干すためにベランダへと出ます。憂鬱な気分も払えるように。
・・・湿度が若干上がってきているようです。サテライトシステムで短期天気予報をチェックします。
これからしばらく、洗濯物が乾くくらいの間は晴れ。その後、夜間にかけて雨。
・・・マスターは傘をお持ちになってはいらっしゃらないでしょう。
一瞬、私が傘を届けるというシチュエーションが浮かびましたが、先ほどの怒りがまだ体の中でくすぶっています。却下。
僅かに雲が出てきた空を背に、私は洗濯物を干します。一点一点、皺を伸ばしながら。
こうしてみると、私がマスターに買っていただいた服も、ずいぶんと数が揃いました。
マスターの限りある資産の中から、メイドロボ専用の服飾を買っていただくことは容易ではないでしょう。
ましてや、私にかかる諸経費を考えれば。
私は、ふと気がつくと一着の服を抱きしめていました。
まだ、僅かに湿り気の残るそれは、私が最初にマスターに買っていただいた服。
照れながら、貴方が私にプレゼントしてくださった、記念すべき服。
私は、なぜか涙が溢れてくるのを止める事ができませんでした。
いつだって、貴方は私のことを考えてくださっているのに。
それなのに、私は些細な事で貴方の愛を信じきれずにいて。それが、とても悲しい。
489名無しさんだよもん:04/02/07 00:17 ID:vJjzW748
「ただいまー」
しとしとと降る小雨の中、マスターがご帰宅なさいました。
「いや、参ったよ。こんな事なら、セリオに天気予報を頼んでおくんだった」
服に付いた雫を払いながら、マスターは言う。
そのほんのり雫で濡れた顔の前に、私は先ほど引き裂いた雑誌を突きつける。
たちまち顔色を変え、うろたえるマスター。
「いや、それは会社の同僚から預かったというか、押し付けられたというか、とにかく自分で買ったわけじゃなくて」
「セリオさんに見つかると、色々悲しい思いをさせるかなとか何とか思って、今まで隠してたわけで・・・」
「ただ、これだけは信じて!その本を見て、何をしたとか、そういうことは絶対にないから!信じられないかもしれないけれど・・・」

私は、雑誌であった物をゴミ箱へと捨てます。
そして、静かにマスターの両肩に腕を回します。
「セリオ・・・さん?」
「−信じていますよ、私は」
「−本当の事を言うと、信じられなくもなったのですけれど」
「−それでも、貴方の事を信じます」
「−だって、貴方は私のたった一人のマスターなのですから」
ぎゅっと両腕に力を込める。湿ったマスターの体の感触でさえ、今は心地いい。
「セリオ・・・さん・・・」
「−・・・さあ、夕食にしましょう。それともお風呂が先ですか?・・・それとも、わ・た・し?」
「・・・そのネタ、べたべただよ、セリオさん」
そう言いながら、マスターは私の好きな曖昧な笑顔で笑って。
「−マスターの蔵書で研究いたしました。古今東西の事例は研究済みです」
「蔵書って、あれとかあれとか・・・読んでないよね」
「−さあ、どうでしょう」
「セリオさーん」
私はついっと振り返り、忘れていた一言をマスターに投げかけます。

「お帰りなさいませ。マスター」