SS書きのスレ

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350犬せりお ◆1SERIOtxaU
「−マスター」
「うん?」
「−当たりました」
「そういえば年末ジャンボ・・・くぅっ」
「−いえ、そちらではなく・・・商店街の福引なのですが」
「−・・・一等、当たっちゃいました」

『温泉旅情〜冷たいぐらいが好き』

「そんなこんなで、きちゃった訳だけど・・・」
「−来ちゃいましたね」
僕らは今、箱根は湯本温泉に来ている。
セリオが商店街の福引で、見事一等を引き当てたのだ。
さすがは僕のメイドロボ、家事だけでなく運まで一級品とは恐れ入る。
で、当然無駄にするわけも無く、僕らは今、こうしてここに立っている訳だが・・・。
僕らが泊まる予定の宿は、地元でもそこそこの場所らしく、よく商店街がこんな企画を通したものだと思う。

「とりあえず、宿のほうに行ってみようか」
「−はい」
僕らは新宿からロマンスカーで箱根湯本までやって来た。電車内でセリオとポーカーをしたのだが、
1勝14敗という世にも不名誉な記録まで作ってしまった。
「−この負け分は、後できっちりと支払っていただきますね」
セリオはにっこり笑顔でそうのたまったものだ。
なにやらこの先、不安もあるけど、川沿いの道をてくてく歩いて、今はとにかく宿にれっつごー!
351犬せりお ◆1SERIOtxaU :04/01/25 06:28 ID:tLMqbJdD
「ついたー」
駅から歩いて約十分。目的の宿まで到着した。
早速部屋へと荷物を置く。
部屋は和室。趣があって、いかにも温泉に来たなーと実感させる。
洋室だとこうはいかない。つゆだくのーせんきゅー。
やはり温泉といえば黙って和室。和室に床の間。これ最強。
ただしこれに泊まると、次回からはもう洋室には泊まれなくなる危険を伴う諸刃の剣。
素人にはお勧めできない。
「−マスター、何を一人でぶつぶつと?」
「いや、な、なんでもないにょ。とりあえず一休みしてから、温泉に入りに行こう」
「−語尾が変になっていますが、判りました」
ついっと僕の横に座るセリオ。
なんていうか、雰囲気のせいか、少しどきどきする。

「−そういえばマスター」
「なに、セリオさん?」
「−電車内でのポーカーの負け分、覚えていらっしゃいますよね?」
「う、うん。あれだけ豪快に負けたし、ね・・・」
「−その支払いの件なのですが」
すすっと僕の横に寄り添う。
「−こちらの温泉、『ご希望のお客様には貸し切り風呂もご用意しております。』だそうですよ」
「げふんっ!」
「−当然『鍵付き』だそうです。どうでしょう、マスター。こちらで・・・」
「却下!それだけは勘弁してくださいセリオさん(泣」
「−せっかくの温泉だというのに・・・残念です」
「残念だけど、今回はそういうのは無し!ゆっくり温泉につかるために来たんだからー」
「−・・・判りました、ほんとーに残念です」
・・・前途多難だ。
352犬せりお ◆1SERIOtxaU :04/01/25 06:31 ID:tLMqbJdD
「−それではマスター、また後ほど」
「うん、いってらっしゃい」
セリオさんと別れて、温泉へと赴く。
ここの温泉には何種類かあって、当然室内の総檜作りの大浴場なんかもあったりするのだけれど、
やっぱり温泉ときたら屋外。屋根のない開放的な露天風呂。これに限る。

花の名のついた露天風呂。裏山が一望できる。
「ふぅ〜極楽極楽」
思わず定番の台詞なんか吐いちゃったりしてみる。
なんといってもここは本場の温泉。温泉の元なんていう安っぽい代用品とは訳が違うのだ。
のんびりと辺りを見回す。
お湯に浸かっていない肌が少々寒いが、冬の温泉はこれが醍醐味なのである。
これであたりが雪景色・・・だったりしたら、もう最高なんだけれど、あいにく今日は晴天、日本晴れ。
「ちょっと残念だけど・・・それでもいいにゃぁ」
うーんと湯の中で伸びをしてみる。
体中の筋肉がほぐれて、リラックスしていくのがわかる。
「やっぱり日本人は、温泉民族なのだなぁ」
温泉民族とは、名のとおり温泉に浸かるのを生きがいとする民族の事だ。
日本各地の温泉を征服し、その喜びに浸るのだ。
まさに、狩猟民族の征服欲の表れではないか。
ちなみに温泉民族レベルが上がると、超温泉人、超温泉人3、そしてさらにそれすらも超える・・・と
お馬鹿な事ばかり考えていたら、のぼせそうになってしまった。
ここでのぼせては温泉民族の恥。
ゆったり浸かったことだし、そろそろ上がりますかにゃぁ。
・・・さっきから語尾が緩みっぱなしだな、さすが温泉パワー。
353犬せりお ◆1SERIOtxaU :04/01/25 06:32 ID:tLMqbJdD
「−あ、マスター、お帰りなさいませ」
「うん、堪能してきたよー。セリオはどうだった?」
「−はい、つるつるのぴかぴかになってまいりました。」
「うんうん、さすがは温泉パワー」

その後、ゲームコーナーでセリオと卓球で勝負した。
ポーカーの負けを取り返せる・・・はずだったのだが・・・
「−5勝1敗、また今回も勝ち越しですね」
「こんな、こんなはずやなかったんや・・・」
「−ポーカーの負けに卓球の負け分、追加ですね」
「シクシクシク」
結局、セリオに好いように手玉に取られただけだった。しかも手加減してもらったっぽいし。駄目じゃん。

卓球で程よくお腹も空いたところで、今晩のお食事。
季節によって変わる会席料理、名水会席だ。
「日本酒をきゅーっと。ぷはー。この一杯のために温泉に入ったようなものだにゃぁ」
「−お酒もほどほどにしておかれたほうが・・・」
「旅に出たら、美味しい物食べて、美味しいお酒を飲まなくちゃ。これ、大事なことだからメモしておく様に」
「−ひょっとしてもう酔っ払っていませんか?」
「セリオがお酌してくれるから、ついついお酒が進んじゃうんだよぅ。半分はセリオの責任だぞぉ」
「−それはいささか乱暴すぎる意見だと思います」

夕食も終わって。暗くなった外を窓から眺める。
いつの間にか、横にセリオが寄り添っている。
「−一日が、終わりますね」
「うん、なんだか、短く感じたな」
「−私もです。内蔵時計と体感時間に差が生じているように感じます。」
本当に楽しい一日だった。
354犬せりお ◆1SERIOtxaU :04/01/25 06:32 ID:tLMqbJdD
セリオと電車で旅行し、別々とはいえ温泉に入り、自分で調理したわけじゃない料理を食べる。
全部、セリオと一緒になってからは初めての事だらけだった。
この初めてを、セリオは覚えていてくれるだろうか。
僕は、たぶん一生忘れない。この貴重で素晴らしい時間を。
「そろそろ、寝ようか」
「−はい、マスター」
二人で別々の床に入る。自分の家以外で寝るなんて久しぶりだ。
子供の頃の、修学旅行を思い出す。あの時は、みんなはしゃいで、寝るどころじゃなかったっけ。
思い出して、ふと可笑しくなる。
いつの日か、今日の事もこんな感じで思い出すのだろうか。
幸せな記憶として。子供の頃の、あの眩しかった全ての日々に負けないような輝きで。

「−マスター、起きていらっしゃいますか」
突然、布団の中に、何かがもぐりこんでくる。
「−驚かせてしまいましたら、申し訳ございません」
「セリオか。どうしたの、突然?」
「−・・・はい、じつは、その」

「−ポーカーと卓球の負け分、支払っていただこうと思いまして」
「・・・ふぇ?」
「−お金には興味がありませんし、やはりここは体で支払っていただこうかと」
「−温泉だって、女性専用の美肌湯に入ってきたんですよ。お試しになりませんか?」
「・・・まったく」
訂正。子供の頃だけじゃない。やっぱり今も、僕はこうして眠れない夜を過ごすのだ。

翌朝、ちょっと寝不足気味の僕と気のせいかつやつやしているセリオ。
二人で駅まで歩く。帰りもまた電車。ただし、もうポーカーはやらないでおこう。
だって、あんな支払いをさせられるんじゃ、体が持たないから。
「どうかなさいましたかマスター、微妙な顔をなさって」
「んーん、なーんでもないよー」
いつもの日々、セリオさんと二人の日々に帰ろう。あのくたびれたマイホームに。