・鶴来屋主催のイベントです。フィールドは鶴来屋リゾートアイランド予定地まるまる使います。
・見事最後まで逃げ切れた方には……まだ未定ですが、素晴らしい賞品を用意する予定です。
・同時に、最も多く捕まえた方にもすてきな賞品があります。鬼になっても諦めずに頑張りましょう。
ルールです。
・単純な鬼ごっこです。鬼に捕まった人は鬼になります。
・鬼になった人は目印のために、こちらが用意したたすきをつけてください。
・鬼ごっこをする範囲はこの島に限ります。島から出てしまうと失格となるので気を付けましょう。
・特殊な力を持っている人に関しては特に力を制限しません。後ほど詳しく述べます。
・他の参加者が容易に立ち入れない場所――たとえば湖の底などにずっと留まっていることも禁止です。
・病弱者(郁美・シュン・ユズハ・栞・さいかetc)は「ナースコール」所持で参加します。何かあったらすぐに連絡してください。
・食料は、民家や自然の中から手に入れるか、四台出ている屋台から購入してください。
・屋台を中心に半径100メートル以内での交戦を禁じます。
・鬼は、捕まえた人一人あたり一万円を換金することができます。
・屋台で武器を手に入れることもできますが、強力すぎる武器は売ってません。悪しからず。
・キャラの追加はこれ以上受け付けません。
・管理人=水瀬秋子、足立さん及び長瀬一族
能力者に関してです。
・一般人に直接危害を加えてしまう能力→不可。失格です。
・不可視の力・仙命樹など、自分だけに効く能力→可(割とグレーゾーン)。節度を守ってご使用ください。
・飛行・潜水→制限あり。これもあんまり使い過ぎると集中砲火される恐れがあります。
・特例として、同程度の自衛能力を有する相手のみ使用可とします。例えば私が梓を全力で襲っても、これはOKとなります。
| _
| M ヽ
|从 リ)〉
|゚ ヮ゚ノ| < 以上が主なルールです。守らない人は慈悲なく容赦なく万遍なく狩るので気を付けてくださいね♪
⊂)} i !
|_/ヽ|」
fils:
(【ティリア・フレイ】、【サラ・フリート:1】)、 【エリア・ノース:1】
雫:
【長瀬祐介:1】、 【月島瑠璃子】 >443-453、 【藍原瑞穂:1】>454-461
【新城沙織】>482-486、 【太田香奈子:2】>462-473、 【月島拓也:1】>462-473
痕:
(柏木楓、【柏木初音】)>285-291、 【柳川祐也】>216-222、 【柏木梓】>312-321、
【日吉かおり】、 【ダリエリ:1】>241-245、 【柏木耕一:1】>454-461、 【柏木千鶴:10】
【相田響子】、 【小出由美子】>252-262、 【阿部貴之】
TH:
(【岡田メグミ】、【松本リカ】、【吉井ユカリ】、【藤田浩之】、【長岡志保】)>392-395
【来栖川芹香】>359-371、 【来栖川綾香:1】>389-391、
(【保科智子】、【坂下好恵】、【神岸あかり】)>285-291
(【姫川琴音】、【松原葵:2】、【垣本】、【矢島】)>443-453
【雛山理緒:2】>399-405、 【しんじょうさおり:1】、 【宮内レミィ】>462-473、 【マルチ:1】
【セリオ:2】>462-473、 【神岸ひかり】、 【佐藤雅史】>482-486、 【田沢圭子】>372-374
WA:
【藤井冬弥】>389-391、 【森川由綺:3】>312-321、 (【緒方理奈:6】、【緒方英二】)>359-371
(【澤倉美咲】、【七瀬彰】)、 【河島はるか:2】>312-321
【観月マナ】>372-374、 【篠塚弥生】
こみパ:
(【猪名川由宇】、【大庭詠美】、【立川郁美】)
(【高瀬瑞希:2】、【九品仏大志】)>408-419、 (【牧村南】、【風見鈴香】)
(【千堂和樹】、【長谷部彩】、【桜井あさひ:2】)>392-395
(【縦王子鶴彦:2】、【横蔵院蔕麿:1】)>294-299、 【塚本千紗:2】>71-79
【芳賀玲子】、 【御影すばる】>241-245、 【澤田真紀子】>462-473、 【立川雄蔵】
NW:
【ユンナ】>263-270、 (【城戸芳晴】、【コリン】)>322-329
まじアン:
【江藤結花】、 【宮田健太郎:1】>322-329、 【牧部なつみ】>71-79
【スフィー】>462-473、 【リアン】、 【高倉みどり】
誰彼:
(【岩切花枝】、【御堂:7】)>462-473 (【砧夕霧:1、桑島高子】)>241-245
【坂神蝉丸:5(4)】>252-262、 【三井寺月代:1】>359-371
【杜若きよみ(白)】>392-395、 【杜若きよみ(黒)】>454-461
【石原麗子:1】、 【光岡悟:1】
ABYSS:
【ビル・オークランド】
うたわれ:
ハクオロ>322-329、 (カミュ、【ドリィ:1】、【グラァ】)>454-461
【ベナウィ】>443-453
(【アルルゥ】、【ユズハ】)>71-79、 【ヌワンギ:1】
【ウルトリィ:1】>408-419、 【ハウエンクア】>233-239
【エルルゥ】、 【ニウェ:1】、 【クーヤ】>49-50、 【サクヤ】>341-349
(【オボロ:3】、【ディー:8(6)】、【トウカ】)>462-473、
(【カルラ】、【クロウ】、【ゲンジマル:2】、【デリホウライ:3】)
Routes:
リサ・ヴィクセン>252-262、 (【湯浅皐月】、【梶原夕菜】、【エディ】)>341-349
【那須宗一:1】>389-391、 【伏見ゆかり】>462-473
【立田七海】>312-321、 【醍醐:1】、 【伊藤:1】
同棲:
【山田まさき:1】>247-251、 【皆瀬まなみ:2】>482-486
MOON.:
【名倉友里】>216-222、 (【天沢郁未:7(2)】、【名倉由依】)>462-473
(【鹿沼葉子:2】、【A棟巡回員:1】)>263-270、 【巳間晴香】>392-395
【少年:1】>372-374、 【高槻:1】、 【巳間良祐:1】>247-251
ONE:
(里村茜、上月澪、【七瀬留美:3】、【清水なつき】)>443-453
柚木詩子>117-123、 (【折原浩平:8(7)】、【長森瑞佳】)>462-473
(【川名みさき:2】、【氷上シュン】)>285-291
【深山雪見:2】>71-79、 【広瀬真希:1】>322-329
【椎名繭】、 【住井護】>432-436
Kanon:
(【相沢祐一】、【川澄舞】、【久瀬:6】、【美坂香里:8(7)】)>462-473
(【美坂栞】、【北川潤:1】)>432-436、
(【沢渡真琴】、【天野美汐:2】、【倉田佐祐理:1(1)】)>443-453
【月宮あゆ:4(4)】>49-50、 【水瀬名雪:3】>399-405
AIR:
(遠野美凪、みちる)>482-486、 (柳也、裏葉)>389-391
神尾観鈴>117-123、 【神尾晴子】>30-37、 【しのさいか:1】
(【霧島佳乃】、【霧島聖】)>359-371、 【国崎往人:4】>408-419
【神奈:1】>263-270、 【橘敬介】>341-349、 【しのまいか】>462-473
その他のキャラ
屋台:
零号屋台:ショップ屋ねーちゃん(NW)>408-419
壱号屋台:ルミラ、アレイ(NW 出張ショップ屋屋台バージョン支店「デュラル軒」一号車)
弐号屋台:メイフィア、たま、フランソワーズ(NW 同二号車)>252-262
参号屋台:イビル、エビル(NW 同三号車)>462-473
管理:
長瀬源一郎(雫)、長瀬源三郎、足立(痕)、長瀬源四郎、長瀬源五郎(TH)、フランク長瀬(WA)、
長瀬源之助(まじアン)、長瀬源次郎(Routes)、水瀬秋子(Kanon)
支援:
アレックス・グロリア、篁(Routes)
その他:
ジョン・オークランド(ABYSS)、チキナロ(うたわれ)
>>1スレ立て乙
また落ちないようにしないとな。
「………」
「おっ、気がついたか」
「………なんでそんなに疲れているんだ、お前は」
「もうじき分かる」
首を傾げながら、うっすらと自分の立場を考える。
…………。
何故か、栞ちゃんの部下的立場な気がしないでもない。
それに加え
「あ、北川さん。起きたのなら、アイス探してきてくれませんか」
これである。
ホテルの探し物…それがPCで翻訳サービスなのは一目で理解した。
そして、その横の一人では食べきれそうにないアイスの量。
これは理解できそうにない。
まさか厨房のアイスを食べきったというのであろうか。
住井と俺で栞の様子をのぞいて見る。
「ところで翻訳の方はどうなってるんだ?」
「あ、それならもう終わりましたよ。今、操作方法を丸暗記しているところですから」
「そんなことする必要あるのか?」
「保険ですよ、もしこれが他の人に奪われても説明書を焼却すれば使えませんから」
じゃぁ、操作を忘れれば俺達も使えないわけか。
口にだして言わないけど。
最終兵器と翻訳された文章を見比べながら操作を覚えていく栞ちゃん。
既にライターで燃やされた説明書をゴミ箱で確認する。
中で燃やすと危険だから、外で燃やしたんだろう。…多分、住井が。
「よし、覚えました! 北川さん、住井さん。ちょっとこのモニターを見てください」
「……なんだ? この島の地図?」
「……ところどころの点はなんだ?」
「まずですね、鬼は襷をつけていますよね? 襷にはどうやら発信機がついているんですよ」
「この点は鬼か。逃げ手じゃないなら意味ないな」
「そんなこという人、嫌いです」
しかし、地図は意外と便利かもしれない。
まだまだボタンはいくつかあるし、機能もまだあるだろう。
「で、まだあるんだろ?」
「そうですね、移動しながら説明しますよ」
「移動たって……どこに行く気だ?」
「この鬼の集まっているところですよ」
「?」
「これだけの鬼を罠にかけたら、ライバルは相当減りますよね?」
栞ちゃんはどす黒いようだった。
美坂(姉)もあれで普段がきついしな。
表が黒い姉と、裏が黒い妹。
どっちがマシなのやら……。
「見ていてくださいっ。最後に笑うのはこの美坂栞です!」
「鬼の数を見る限り、そろそろ終盤じゃないのか?」
「えぅ、そんなこと言う人、大嫌いです」
【栞 翻訳終了。説明書を焼却】
【最終兵器 機能多数ある模様】
【四日目お昼 ホテル】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】】
即死回避。
乙保守〜
ほしゅう
「うぐぅ……ちょっと寝坊しちゃったよ……」
月宮あゆは、既に高くなっている朝日を見つめながら、そうつぶやいた。
口に手を当てて、欠伸を一つ。まだ、ちょっと眠い。
昨日、床についてからも考え事をしていてよく眠れなかったのだ。
考え事は―――香里達の秘密兵器のこと。
「うん、やっぱり悪い事しちゃったよ……」
一晩かけて、自分がやってしまった事と、そして岩切に言われた事を考える。
なんとなく、自分が悪いところも分かったような気がした。
(……ボクお金のこと甘くみてたのかもしれないよ)
だからああいう軽はずみな事をしてしまったのだと思う。
とりあえず、食い逃げはよくないな、ということはわかった。
で、岩切の言いたいことは多分、後悔しているだけじゃダメだってことだろう。
悪い事をしたと思うのなら、落ち込むだけじゃなくてやっぱり何とかするべきだ。
「うん、やっぱりボクがんばろ!!」
あゆは朝日にむかって握りこぶしを固めた。
栞を捕まえて、秘密兵器を取り返す。できれば香里達に返してあげる。
それが出来ないのなら、せめて今から逃げ手を捕まえてお金を稼いで、弁償しよう。
香里達が許してくれるかどうかは分からないし、お金を受け取ってくれるかどうかも分からない。
でも、とにかくやろう。
鯛焼きは本当に残念だけど……本当に本当に後ろ髪が引かれるけど、
それでもこんなふうに子供でいるのは、やっぱり嫌だ。
と、なると問題が一つあるわけだが……
「あゆ! 何をしている! 余は空腹でだぞ!」
名を呼ばれて、あゆは振り返った。
視線の先にはテーブルに膨れっ面をしてふんぞり返るクーヤと、すまなさそうに頭をさげるマルチの姿があった。
あゆたちは今、山間のキャンプ場のコテージにいた。
昨夜、よくわからない縁でいっしょになったあゆ達は、なしくずしに一緒にこのコテージに泊まったのだが……
「ごめんなさい、あゆさん……わたし、うまく料理できないんです〜」
「早よういたせ。 余の家臣の名が泣くぞ!」
(うぐぅ……いつのまにか家来にされちゃってるよ……)
あゆはため息をついた。
マルチから聞くところによると、先日はほとんど人にも会わず心細い思いをしていたらしい。
だからこそいっしょに泊まることになったのだが、
(でも、これからもいっしょに鬼ごっこするのは困るよ……)
彼女達に同行してしまえば、ポイントは分散してしまう事になる。
それでは香里達に対する弁償ができなくなってしまう。
まあ、それはそうとしてとにかく食事のほうは何とかしなくてはならない。
あゆだって結構お腹は減っていた。
「えと、クーヤちゃんはお料理できないの?」
「できぬ。そのような瑣末なことは余の家臣に一任している」
「んで、今の家臣さんはボクとマルチちゃんなんだね……」
「うむ。この大任見事に果たしてみせよ」
「ボクだってお料理得意なわけじゃないんだけど……」
一時期はテレビのCMを見ただけで料理ができると思い込んでいたあゆだが、
数々の失敗と祐一の容赦ない罵声によってそこらへんは矯正されていた。
が、全く料理ができないというとそうでもない。
「うん。でもボクもお腹空いたしね。ちょっと頑張ってみるよ」
んで。
マルチのあまり役に立たない……むしろ邪魔な援助と、クーヤの心温まる声援と、
自分自身の未熟な腕のせいで悪戦苦闘しながらも、
「できたよっ!」
「なんだ? このドロドロしたものは」
「おじやだよ。多分おいしくできていると思うんだけど……」
かつて秋子の看病の時につくったおじやをここでも作る事ができた。
手を合わせていただきます。コテージにあったスプーンを左手にもって自分の作ったおじやを口に運ぶ。
フーフーと息を吹きかけて一口。
「うん! 大丈夫、ちゃんと食べれるよっ!」
「む……そうか」
あゆがおじやを口にするのを見てクーヤもまた恐る恐るおじやを口に運ぶ。
「ほう……あゆ、なかなかやるではないか」
感嘆の声とともに手を動かす。
「うむ。美味だ美味。褒めの言葉をつかわすぞ」
「うん、すごいですよ。あゆさんお料理お上手ですね〜」
お料理お上手ですね〜
お料理お上手ですね〜
お料理お上手ですね〜
嗚呼、あゆの(かなり短い)人生の中でこんなことをいわれたことがあるだろうか?
いや、ない。あるわけがない。
「え、えへへ……そうかな?」
「はい、すごいですよ!」
思わず頬が緩むのを感じる。
(っといけない、いけない。ボクは香里さん達に弁償しなくちゃならないんだから……!)
あゆは頭を振ると、こほんと咳払いをした。
「ねえ、クーヤちゃん、マルチちゃん。ボクについてくるの?」
「う〜 ダメですか?」
「馬鹿を申せ。そなたが余についてくるのだ!」
涙目に訴えてくるマルチと、顔を赤らめてどこか必死に怒鳴るクーヤ。
なんとも断りにくい雰囲気だ。
(うぐぅ……でもちゃんと断らなきゃ)
再度咳払いをして口を開こうとするあゆであったが、そこでマルチがおじやに一口も手をつけていないことに気がついた。
「あれ? マルチちゃん食べないの?」
「あ、わたしは食べないんですよ〜」
「こやつは電気とかいうもの食すらしいぞ」
「はい。あ、でもわたしもそろそろ充電を行わないと」
「む、そうか。ならば電気とやらのあるところに行かねばならないな。それで、その電気とやらはどこにあるのだ」
「このキャンプ場には電気が来てないみたいですし……やっぱり町まで行かなくちゃならないみたいですね〜」
(うぐぅ……電気を食べるって充電の事だよね?)
メイドロボの存在を良く知らないため首をかしげるあゆであったが、良く分からないまま口を挟んだ。
「えと、充電したいのなら町に行くよりホテルに行った方がはやいと思うよ?」
「あ、そうなんですか?」
「うん。確かこの近くにホテルがあって、そこだったら電気も来ていると思う」
「ほう、そうか。あゆは頼りになるな」
あゆは頼りになるな……
あゆは頼りになるな……
あゆは頼りになるな……
嗚呼、あゆの人生の中で以下略。
(だ、だから浮かれてないでちゃんと断らないと……!)
またも頬が緩みかけるが、あゆは頭を振って、きっと視線をあげる。
「あのね、クーヤちゃん、マルチちゃん―――」
あゆにしては厳しい口調で単独行動の旨を告げようとしたときであった。
ガターン
という、音とともにマルチが崩れ落ちた。
「うぐっ!? マルチちゃん!?」
「どうしたというのだ?」
慌てて駆け寄る二人に、マルチが途切れ途切れに告げる。
「ご……ごめんなさい……お料理による電力消費が……思ったより……激しかったみたい……です……」
「よ、良く分からぬがようは空腹で倒れたというのだな!?」
「はい……クーヤさん……マルチのことは……気にしないでください……置いていって……ください」
「ば、馬鹿を言うな! 僕の身を見捨てる皇など皇の資格はない!
待ってろ! すぐそのホテルとやらに連れて行ってやるからな!!」
「く……や……さん」
「しっかりしろーー!!」
あゆはただ天を仰ぎ、うぐぅ、とつぶやいた。
かくして―――
「クーヤさん、あゆさん、ごめんなさいです」
「気にするな。家臣の窮地を救うのも皇の務めだ」
「うん……もうどーでもいーよ……」
クーヤと共に、省電力モードとして身体機能を停止させたマルチを担いで
ホテルへと向かいながら、あゆはうぐぅと心の中で泣いた。
【四日目午前8時ごろ】
【登場鬼 【月宮あゆ】、【クーヤ】、【マルチ】】
貼り付けておいたよ。後スレたて乙。
即死回避。
コテトリまだ〜?
保守
保守
陽光うららかな午前10時過ぎ。
そんな穏やかな天候の中でも、逃げ手と鬼の真剣勝負は続けれていた。
逃げるは二人、追うは七人。皆、程度はあれど必死であり、全力を尽くしていた。
逃げ手の一人である上月澪もまた彼女なりの全速力で足を動かしていた。
(ここまで来て捕まるのは嫌なの!)
スケッチブックにその思いをしたためる余裕もなく、ただ走る。
ちらりと後ろを振り返る。
駅でのスタートで大分差をつけただけあって、まだかなりの距離がある。
だが――――
(ううう……どんどん追いつかれてるの……)
自分も茜も足が速いほうではない。
追っ手のほうにも人知を超えた身体能力を持っているものはいないようだが、
それでも徐々に距離を縮められていた。
と、不意に茜が澪の腕を引っ張った。
「澪、こっちです」
見ると、今まで走ってきた駅から町へと至る道から、木々の間へと繋がる道が枝分かれてしている。
走っている時にはちょっと気づきにくい獣道ともハイキングコースともとれない細い道だ。
「……?」
茜に素直に従い道を変え、森の間へと走りながら、澪は首をかしげた。
その疑問を読み取ったのか、茜が答える。
「はい。町中には行かず、森の方へ戻ります」
跳ねる泥と身に跳ね返ってくる枝葉に、わずかに顔をしかめながら茜は言葉を続けた。
「このまま広い道を行っていたのでは、町にたどり着く前に追いつかれるでしょう。
それに、あの人達の攻撃手段を考えると、遮蔽物のない場所へ行くのは不利になります。
あんな怪しげな銃に撃たれたり、弾丸のような体当たりを受けるのなんて嫌です」
澪はコクコクとうなずいた。
「服が汚れるのは嫌ですが、詩子に負けてしまうのはもっと嫌です。澪、頑張りましょう?」
(うん! がんばるの!)
澪は再度うなずいた。
必死なのは、鬼のほうも同じだった。
競争相手は目の前を逃げていく相手だけではない。自分とともに走る鬼達もまたそうなのだ。
(とにかく私が先行しないと……!)
鬼達の集団の先頭に立って走りながら、葵はまだかなり前にいる逃げ手二人を見据えた。
べナウィのおかげで葵に怪我はなく、また幸いにして突如現れた鬼の一団にも
自分より速く走れるものはいないようだ。
鬼同士での妨害があったとしても、自分が先行している限り、狙われるのは自分だ。
少なくとも、最初の一撃が仲間達に行くことはないはずだ―――
そういう決意も込めて、葵は歯を食いしばり、ただがむしゃらに全速力を出していた。
と、前を行く逃げ手が方向を変えた。横手の森のほうへ入っていったのだ。
(横道があるのかな……? ここからだと見えないけど……)
いぶかりながらそれでも走り、逃げ手たちが森へと方向を変えた場所にたどり着くと、
果たしてそこにはちょっと注意深くないと気付かないほどの細い道が、木々の間を通されていた。
(視界が悪い……見失っちゃうかも……!)
道が緩やかにカーブしているせいもあるのか、木々に邪魔されて逃げ手の姿が見えない。
だが、走るスピードはこちらの方が上なのだから、この道をいけば
すぐみつかるはずだ―――そう考え、森道を急ぐ。が、
「え……い、いない……!?」
森道が直線になっているところまで出たが、道の先に逃げ手の姿を見つけることができたない。
思わず立ちすくむ葵の背に、ドンと軽く何かがぶつかり、ついで肩になにかがのしかかった。
「え……?」
慌てて振り返る。と、そこには汗だくになって荒い息をつく鬼の姿があった。
「ごめん……ちょっと……肩貸して……」
葵の肩によりかかり、大きく息をつきながら、その鬼―――七瀬は申し訳なさそうに笑った。
「あなた……足速いのね……ついてくのに……精一杯」
「はぇ……本当ですね……佐祐理も……運動神経は……いいつもりなんですけど……」
「うむ……まだまだ修行がたりぬか……」
ついで現れた佐祐理と清(略も木に寄りかかり、荒い息をつく。
(大分差をつけたつもりだったのに……)
七瀬たちは自分の足を誉めてくれるが、葵にしてみれば彼女達の方が驚きであった。
彼女達はこのチェイスの直前にトロッコに追いかけられて、体力を消耗していたはずなのだから。
(何か妨害とかされるかも……!?)
七瀬達の持つ銃をみて身構える葵であったが、七瀬はあっさりと葵から身を離し、
「うん、でも負けないわよ。お互いがんばりましょ!」
そう言って二カッと笑うと、手をかざして辺りを見回した。
「うーん……でもいないなぁ。里村さんってそんなに足速くないはずなんだけど」
「そうですね……おそらくこの道からも外れて森の中に入ったんだと思います。
そんなにタイムラグがあったわけでもありませんし、
ここからそう遠くないどこかに潜んでるじゃないでしょうか」
佐祐理も七瀬と同じように辺りを見回す。
少し舗装道路から離れただけだというのに、木はいつのまにか生い茂り、陽の光も幾分か弱い。確かに身を潜める場所ならいくらでもありそうだ。
「ひょっとして私達通り過ぎちゃったかも?」
「うーん、どうでしょうか? とりあえず、ここ一帯の森の中を探すしかないと佐祐理は思いますね」
佐祐理の考えはあたっていた。この森道に入った茜達は、しばらくこの道を走った後、
葵が自分達を目で補足する前に森の中に入り、茂みの中へと隠れたのだ。
今もまた、そうやって身を潜めながら鬼達の方を観察している。
(完全に通り過ぎてくれればよかったのですが……)
そこまで上手くことは運んでくれなかったようだ。
実を言えばそれだけではなく、鬼同士の潰しあいも期待していた。
が、ここから観察するに、彼女達は互いに干渉しない形で好き勝手に辺りを探っている。
早い者勝ち、ということなのだろう。
(浩平の話では七瀬さんは非常に凶暴な人だというはずなのですが……
やっぱり浩平の言うことは浩平の言う事ですね)
基本的に不誠実なクラスメートの顔を思い浮かべて、茜はため息を一つつくと、
自分と同じように茂みの中にしゃがんで身を隠している澪の方を振り返った。
『あの人達、探してるの。このままじゃつかまっちゃうの』
スケッチブックの代わりに小枝で地面に文字を書く澪。
茜はうなずくと、澪の耳に口を寄せてささやいた。
「身を隠したままちょっとずつ移動して、もとの舗装道路のほうへ行きましょう」
幸いにして彼女達の中にはべナウィのような手練の者はいないようだ。
計画的に探索を行っているわけでもなく、思い思いに散らばって行動しているらしい。
「運に恵まれれば、気付かれぬうちに市街地までいけるかもしれません」
『アイアイサーなの』
ビシッと敬礼する澪に、茜はクスリと笑うと、しゃがんだままソロソロと移動を始めて―――
ベチャッという何かがへばりつく様な音に身を硬くした。
「こ、琴音ぇっ!?」
「琴音さん!?」
慌てる声に、獲物を探していた七瀬達は振り返った。
木々の向こうに、自分達と同じように獲物の探索を続けていた葵たちの姿が見えるが、
琴音と呼ばれていた子の姿いない。そして、
「な、なんですか、これぇ〜」
ややあって、そんな情けない琴音の声が聞こえてくる。
「どうしたの〜!!」
そう大声を出して問う七瀬に、琴音が答えた。
「何か落とし穴があって……トリモチみたいなものに絡まって身動きがとれませ〜ん!!」
「落とし穴……?」
思わず顔を見合わせる七瀬達。目を琴音の声がするほうに戻すと、
葵がそちらの方に向かっていた。
「琴音さん、大丈夫ですか! いま助けますか……らぁ!?」
葵の声が驚愕のものに変わる。
七瀬達が見ている前で、葵の下の地面から網が飛び出して、葵を絡めてそのまま上の木に吊り下げてしまった。
「あ、葵〜!?」
慌てて飛び出そうとする真琴の手を、瑠璃子が掴んだ。
彼女に似つかわしくない緊張した声で、
「琴音ちゃん、うかつに動いちゃダメだよ」
そう警告を送る。
「な、なんですか……今の」
琴音と葵の惨状を目にした佐祐理が思わず一歩後ずさった。
と、肘に何かワイヤーのようなものが引っかかる。
「え……?」
「佐祐理さん! 伏せて!!」
硬直する佐祐理に、七瀬が飛び掛った。
ヒュン!
と、茂みに隠されていたロープが中空を走り、
佐祐理を押し倒した七瀬の頭をかすめ、
「ぬぅ……!!」
反応し切れなかった清(略の腰に引っかかり、そのまま彼女を上に持ち上げて、
枝に縛り付けてしまった。
「ふ、不覚!!」
「な、なつきさん!?」
七瀬が起き上がり、助けようとするが、清(略の鋭い声がそれを制した。
「七瀬殿来るな!! 土の色がそこだけ違う!!」
「グ……!?」
危ういところで踏みとどまる。
しゃがみこみ、今自分が踏み込もうとしていた目の前の地面をおそるおそる押すと―――
ボコッと、地面が凹み穴が現れた。
「これって―――罠があっちこっちに!?」
辺りを見回す七瀬に、立ち上がった佐祐理が不安そうに寄り添った。
「でもなぜこんなところで……罠をこれだけの数用意するのなら、
もっと効率のよい場所を選ぶはずですよ……」
同じ時刻、市街地にて。
「フン……! 思わぬところで時間をとられてしまったわ!」
醍醐はもうすでに高くなってしまった太陽を忌々しげに睨み、そうはき捨てた。
「いや……まあ確かに、食事は美味であったがな……」
ややあって、一人で勝手に赤面しながら少し弱弱しくつぶやく。
昨日、たまたまこの市街地で南たちと遭遇した醍醐は、そこで昼食をご馳走してもらい、
なぜか、夕食までご馳走してもらい、
ついでに、今日の朝食までご馳走してもらったのだ。
いや、醍醐だって辞退はしたのだ。
が、最後に食べたのがいつなのか思い出せないほど懐かしい家庭料理と、
南達の妙な迫力に押されて、それからも彼女達にマンションについ居座ってしまい……
今日、この時間になってようやく、引き止める南たちを振り切って出立することができたのだ。
「ええい、俺はたるんでいる!!
これでは那須の小僧にも冬弥のヒヨッコにもあわせる顔がない……!!」
歯噛みする醍醐。
宗一の実力はよく知っている。今頃どんな活躍をしたとしていてもおかしくない。
冬弥も最初にあった時にはまだ卵の殻がオムツがわりにケツについているヒヨッコだったが、
それでもトラップに関してはそれなりの才を見せていた。
その技術を駆使して、あるいはそれなりの成功を収めているのかもしれない。
と、そこまで考えが及んで、ふと醍醐は冬弥に施した訓練のことを思い出した。
自分が手本として罠を作り、冬弥にもその罠を何個も作らせたのだが―――
「そういえば、罠を仕掛けたまま放置していたな」
いちいち解除するのも面倒だったので、いくつか解除手順を教えたら、
後は作ったまま放ったらかしにしてしまった。
冬弥に罠をレクチャーしたあの地点は罠だらけになっているはずだ。
冬弥が練習として作った稚拙な罠もあれば、己が手本として作った技巧に富んだ罠もある。
「まあ、よいか。そうそう人が足を踏み入れる場所でもあるまい……
終わった後で管理側に通告しておけばよいだろう」
醍醐はそう判断すると、逃げ手を捕まえる事に心を集中させた。
「これは……運がよいというべきなんでしょうか?」
澪とともに茂みの中に潜む茜は、そう呆れたようにつぶやいた。
少なくとも最悪の凶運ということはないはずだ。
ここに隠れる前に自分達がトラップに引っかかったとしても不思議はなかったのだから。
茂みの向こうでは、鬼達の惨状が見える。
「琴音ぇっ! なんとかならないの!?」
「ここからじゃ葵さんの姿を見ることができなくて、力が使えません!
このトリモチもとても強くて……引き剥がす事が……!!」
「清(略さん、大丈夫なんですか〜!?」
「助けようにもこう罠があったんじゃどうしようもないわね……」
『七瀬さん達、大変そうなの』
「大変なのは私達もですよ、澪。うかつに身動きがとれません」
ため息まじりにささやく。
自分達もまた罠の群生地帯の真っ只中にいるのだ。明日はわが身である。
「さて、どうしたものですか……」
4日目午前10時すぎ、森の中。
一歩足を踏み出せば、罠の顎が開く。
逃げるは二人。追うは残り四人。
【四日目 午前10時すぎ 駅近くの森の中、トラップの練習地】
【琴音、葵、清(略、トラップにひっかる】
【登場 【里村茜】【上月澪】
登場鬼 【七瀬留美】【倉田佐祐理】【清水なつき】
【松原葵】【姫川琴音】【沢渡真琴】【月島瑠璃子】【醍醐】】
保守
あれからどこをどう歩いたのかはよく覚えていない。
脚の続く限り森の中を走り続け、ようやく頭が体の疲労を聞き取ったころ、家々の建ち並ぶ区画へと出た。
「……………」
やはり何を考えていたのかは覚えていない。いや、たぶん何も考えていなかったんだと思う。
僕の足は勝手に、目の前の一際大きな建物に向かっていた。
エレベーターはあったんだと思う。ていうか普通あるよね。あれだけ大きい建物なら。
だけど僕は階段を一歩一歩上っていた。体は疲れてもう一歩も動きたくないはずだったけど、なぜか、僕はわざわざ階段を使っていた。
階段を一番上に上にと上ることしばし。やがて上りの段差が消えるころ、踊り場が現れ、奥に鉄扉が見えた。
試しに近づきノブをひねってみる。……ガチャリと重い手ごたえと共に、回転した。どうやら鍵は掛かっていないようだ。
そのまま体全体で押すようにして扉を開き、僕は、屋上へと進み出た。
青い。
澄み渡りどこまでも広がる空が青かった。とてつもなく青かった。
目が痛くなるくらいに。
建物へと吹き込む風が頬を撫でる。扉を閉めると止まる。
どうやらこのマンションは近隣一帯で一番高いようだ。見上げれば、半円形の青空が僕を包み込んでいる。
ガシャン。
屋上の周りにグルリと張り巡らされているフェンスに指を掛ける。
住宅街とはいえ、少し離れれば延々と森が広がっているだけだ。見下ろす風景は軒並み深緑だった。
はぁ、とため息をつく。
どうしてこうなってしまったんだろう、と思い返す。
僕も何か変われるだろうかと思い、仕事をヒエンに押し付けてまで参加したこの企画。
おそらく今頃彼は聖上・大老に続いて僕まで消えたことで忙殺寸前であろう。まぁいいんだけど。
結局何一つ変わりはしなかった。あっちにいる時とまるで変わりない。相も変わらず僕は侮蔑と嘲笑と罵りの対象でしかなかった。
くそっ。何が蝙蝠野郎だ。国崎往人め。お前に蝙蝠の気持ちがわかるとでもいうのか。
排斥された人間の気持ちがわかるとでもいうのか。
ガシャン、ガシャンとフェンスを揺らす。
「……空か」
ああ、あるいは。
僕にも翼があれば。
ディーのような、オンカミヤムカイのあの姫巫女のような翼があれば。
あるいは……僕も……もっと……
かぷっ。
不意に脚に軽い衝撃が走った。
足元を覗き込んでみる。
「………………」
「………ぴこ〜」
綿あめが僕の脚にひっついていた。
「………………」
落ち着け、僕。
世の中は広い。ひょっとすると、こういう綿あめみたいな種族もいるのかもしれない。
落ち着いて対応すれば、きっとコミュニケーションだって成立するさ。
「……誰だい、キミ?」
「ぴこっ」
「ぴこ君か。よろしく。僕の名前はハウエンクア」
よし、とりあえず第一段階成功。自己紹介は人間関係の基本だからね。
「ところでぴこ君。悪いが、僕の脚から口を放してもらえないかな。いや、痛くはないんだが、ちょっとね」
「ぴこぴこっ!」
どうやらぴこ君は首を振っているようだが、どうみてもその光景は気味の悪い塊が微妙な振動をしているようにしか見えない。
「なぜだい。僕の脚はそんなに美味しいのかい?」
「ぴこぴこぴこっ!!」
……弱った。コミュニケーションはできても言葉が通じなければ如何ともしがたい。
「……う〜む、言語の壁というのは予想以上に厚いものだね。こうまで意思疎通に弊害が出てしまうとは」
「ええと、たぶんこっちにいると思うんですが……」
牧村南は、醍醐を見送った後、いつの間にやら消えていたポテトを探して屋上まで来ていた。
「あ、いたいた」
予想的中。そこには探し犬であるポテト、別名ぴこぴこの姿が。
「あら……?」
しかし、それとセットで……
「え〜と、僕の名前はハウエンクア。君の名前はぴこ。ここまではオーケイ?」
「ぴこっ」
「僕は今ここで人生について考えているところなんだ。そこんとこオーケイ?」
「ぴこっ」
「オーライ。上出来だ。というわけでぴこ君、僕の脚から口を放してもらえないかな? 君がそのへんで遊んでる分には僕もぜんぜんかまわないからさ」
「ぴこぴこっ」
「だからなぜそこで首を振るんだい。う〜ん、困ったなぁ……」
「ぴこぉ〜……」
「……君も困ってるのかい。僕も困ってるんだよ。Wお困り君だねぇ。あっはっは」
「ぴっこっこ」
「だからそろそろ開放してもらえないかな?」
「ぴこぴこっ」
綿あめと会話を繰り広げる、ウサギな青年がそこにいた。
「……え〜と……」
珍妙な光景に少々面食らいながらも、意を決して南はその後姿に声をかける。
「あの〜……すいませ〜ん……」
「ん?」
さすがにこの距離ならハウも気づく。南の声に従い、ゆっくりと振り返る。
「あの……すみません。どうやら私どもの犬がご迷惑を……」
「…………」
目が合う二人。とりあえず、と詫びを入れる南だが、他方のハウエンクアは振り向いた姿勢のまま、膠着していた。
「……あの?」
いぶがる南。しかし、そんな南を無視してハウエンクアは口を開く。
「……マーマ?」
【ハウエンクア 南 接触】
【ポテト ハウの脚】
【四日目午前 マンション屋上】
【登場 ハウエンクア・牧村南・ポテト】
保守
ほ
っ
き
詩子 観鈴 師匠直伝のフルターンで耕一を撒く。教会近くの民家。三日目深夜。
楓 最悪の状況から逃走成功。置き手紙までする抜け目なさ。森の中へ。四日目昼前。
>>285-291 ***********ここから鬼二日目*************
リアン エリア 超ダンジョン。こわごわ芹香捜索中。マルチ&クーヤと接触。悲鳴を上げて遁走。夜。
麗子 超ダンジョンでマルチとクーヤを捕まえた。それ以外は不明。深夜。
***********ここから鬼三日目*************
縦 横 サクヤにお説教されて反省。超ダンジョン。時間不明。
>>294-299 雄蔵 ホテル付近の森。郁美が楽しくやっていることを知り、安心する。傘をもらう。午前九時。
玲子 湖。マナー違反のカメコに説教をたれる。昼前。
ビル 相変わらず商店街で背景してる。昼すぎ。
ティリア サラ 超ダンジョン。宝箱を開けたらどかん爆発。焦げ。長瀬源之助が近づいてきている。午後二時。
伊藤 貴之 場所不明。耕一達と出会う。伊藤のカメラ、無駄使いさせられてしまう。四時頃。
ヌワンギ 気絶している間に浩平と瑞佳によって小屋から離れたところに捨てられる。場所不明。
エルルゥ 平原の一軒家。足を治療。眠っているところにハクオロがやってきた。夜。
ひかり 祐介 川近くの小屋。机を囲んでお茶をすすっている。まったり。夜。
光岡 どこかの小屋。濡れた服を脱ぎ、裸で横になっている。夜。
ニウェ ウィツ化した由美子さんに吹っ飛ばされて一番星と化してしまった夜のこと。
千紗 睡魔に勝てず睡眠中。鶴来屋二階の一室。
アルルゥ ユズハ 雪見 なつみ 雪見となつみ、騒ぎを聞いて駆けつける。アルルゥプンプン。鶴来屋二階の一室。
晴子 茜たちを逃がすため犠牲に。飲酒をちょっぴり後悔。頭痛、就寝。市街地。夜。
マナ 少年 圭子 雨降る森の中で出会う。圭子ずぶ濡れ。三日目夜の入り。
>>372-374 サクヤ 皐月 夕菜 報酬を受け取り、みんなを見送った後就寝。三日目夜。町はずれのペンション。
>>341-349 エディ 敬介 皐月作のカレーを平らげた後、逃げ手探しを再開。行き先不明。
詠美 由宇 郁美 カルラ さいか 森の中の簡易テントにて就寝。四日目午前三時頃。
クロウ ゲンジマル デリホウライ テントの外にて就寝。四日目午前三時頃。
響子 弥生 岡田と松本を寝てる間に鬼に。他のメンバーが起きない内に別荘を離れる。朝。晴れ。
高槻 繭 海岸で逃げ手を見つけるも飛んで逃げられ高槻絶叫。うるさい。朝。晴れ。
彰 美咲 さおり 太助 小屋に残る。彰、舞い上がる。朝。
>>183-187 大志 瑞希 往人 ウルト 零号屋台にて朝食をとる。大志、瑞希を怒らせ頭が地面の中に。場所不明。日の出。
>>408-419 すばる 日がだいぶ昇った頃、出番を求めて高子と夕霧を捜しに。
>>241-245 ダリエリ 高子 夕霧 すばるの居た家に着くも時既に遅し。そのまま捜索を再開。
>>241-245 由美子 ホテルでぐっすり就寝中。
英二 理奈 月代 聖 佳乃 芹香 裏葉たちの策にはまり、置いて行かれる。森。朝。晴れ。
>>359-371 由綺 七海 スタンガンをくらい動けないそーいちの側にいる。海岸近くの森。明け方、小雨。
>>312-321 はるか 梓 由綺たちの側にいるが、そのままキャンプ場に向かう?
かおり 結花 グーパーで負けてキャンプ場で留守番中。
健太郎 広瀬 昨晩の鬼ごっこで気力を使い果たす。ホテル。四日目朝。
>>322-329 コリン 芳晴 雅史たちに助けられたが、ハクオロたちの追跡は断念。そのまま寝ることに。
ハウエンクア 彷徨った末に着いたマンションの屋上で、未確認生物とマーマに出会う。午前。
>>38-41 南 ポテトを探しに屋上へ来てハウエンクアと遭遇。
みどり 鈴香 まだマンションの一室?
あゆ マルチ クーヤ マルチ身体機能停止。ホテルに向かう。午前八時頃。
>>17-23
ユンナ キノコ反転ようやく解除。そのままどこかへ飛び去る。午前十時前後。
>>263-270 神奈 葉子 巡回員 葉子、体力の限界。巡回員、お説教短縮のご褒美をもらって瞳の輝きを失う。海近くの舗装された道。
あさひ 白きよみ 彩 屋台を探して森の中をうろうろ。午前十時頃。
>>392-395 志保 和樹 ゲームに負けて食料の買い出し。屋台探してうろうろ。
浩之 岡田 松本 吉井 晴香 ゲームしながら買い出しの帰りを待つ。森が途切れたところにある別荘。
醍醐 朝飯までご馳走になったあと、お姉さん'sのマンションを離れる。市街地、午前十時すぎ。
>>29-36 名雪 理緒 祐一に無邪気にとどめを刺したあと、逃げ手捜索を再開。名雪の頭にはぴろが。森。十一時頃。
>>399-405 初音 智子 みさき 坂下 あかり シュン 初音、楓と仲直りできたのはいいが、賭けの続行に愕然。森の中の川辺。昼前。
>>285-291 まさき 良祐 怪物の足元で無事朝を迎えられたことに安堵、ダウン。側には大破した弐号屋台も。昼前、ホテル屋上。
>>247-251 柳川 友里 約束の場所で再会後、二人で鶴来屋別館に向かう。昼前。どこかの小屋。
>>216-222 D レミィ まいか
御堂
岩切
久瀬 月島 オボロ 図らずも山間部湖畔の参号屋台に集結。D精神的疾患真っ最中。昼下がり。
>>462-473 香里 香奈子 セリオ 真紀子
浩平 瑞佳 ゆかり トウカ スフィー
祐一 舞 郁未 由依
栞 北川 住井 最終兵器の説明書解読終了。早速行動へ。昼、ホテル。
>>11-13
50 :
イベント中:03/11/28 00:51 ID:8zeDQHET
ハクオロ 美凪 みちる 美凪とみちるの突然の離別宣言にハクオロうろたえる。さらに鬼が来た。四日目午前、森の中。
【雅史 沙織】ハクオロ達に追いつく。エルルゥの手紙を差し出す。
【まなみ】どっかその辺にいる。
>>482-486 リサ 状況の変化を望んでギリギリの勝負をしかけたものの、鬼を振り切れず。川原を上流へ。
>>252-259 【蝉丸】獲物を迷わずそのままリサを追跡。四日目昼前。
柳也 裏葉 策を弄するも完全には追っ手を振りきれず、手を取って森の中を逃走。朝、天候晴れ。
>>359-371 【宗一 綾香】臨時の共同戦線成立。夫妻を捕まえようと燃える。
【冬弥】近道してちょっとした罠を一個しかけた後、夫妻を待ち伏せ。
>>389-391 茜 澪 トラップ満載の場所に逃げ込み、身動きがとれず。四日目午前十時すぎ。駅近くの森。
>>29-36 【葵 琴音 瑠璃子 真琴】琴音、トリモチ入り落とし穴に落ちる。葵、吊り下げられる。
【佐祐理 留美 清(略】清(略、枝に縛り付けられる。
【ベナウィ 美汐】美汐、気絶中の二人の介抱のため駅に残る。ベナウィも手伝い。
>>443-453 【垣本 矢島】実に(・∀・)イイ!笑顔で気絶中。
カミュ 追いつめられてムツミが覚醒。そのまま鬼ごっこへ。
>>454-461 【耕一】エルクゥを100パーセント解放しムツミを追う。四日目昼、谷。
【瑞穂】耕一に岩の上に置いて行かれる。
【黒きよみ ドリィ グラァ】V字谷に流れる川の中。二人の間に割って入るか?
保守
「でもですね、教官」
「……なんだ?」
「罠ってのは作るのに時間かかりますよね? それでも効果範囲ってのはたかが知れてるわけでしょ?
それで、相手を確実にひっかけるってのは結構条件厳しいんじゃないですか?」
冬弥の問いに醍醐は鼻を鳴らした。
「フン……確かにそうだ。手間と暇、そして最低限の技術さえあれば罠の作成はそう難しくない。
それなりに手の込んだものであったとしてもな。
だが、仕掛けを置き、ただそれを放置してあるだけではそれはただのアスレチックだ。
特定の獲物を仕留め、獲物を自分の物にしてこそ、罠は罠として意味がある」
「…………」
「故に、罠使いに求められる技術は罠の作成技術だけではない。
獲物の行動を予知して罠を張ること。あるいは、獲物を罠に誘導する事。
いわば、『条件』を見極め、あるいは整える。その技術こそが肝要なのだ。
もっとも――――」
醍醐は一度言葉を切り、続けた。
「先の言と矛盾するが、罠の使い方は獲物を仕留めることに留まらぬ」
「他に使い方があるんですか?」
「足止めだ。
進軍する敵に対し、時間がなく十分な数の罠を仕掛けられなかったとしてもだ、
そこに罠があることを教えることによって、敵の足を怯ませる。そういう使い方もある。
例え確率は低かったとしても、そこに危険があると知るだけで、人は足を踏み出せなくなる、そういうものだ。
……まあ、中にはそんな状況下であっても怯まず突破をかけてくる無茶苦茶な小僧もいるがな……」
「無茶苦茶な小僧?」
醍醐は肩をすくめた。
「こっちの話だ、忘れろ。どの道この鬼ごっこでは今のような罠の使い方はできんだろう……
それはそうとしてだ」
「はい?」
「口から糞を垂れるその前と後にサーを付けろ新兵!! 手を止めるな!!
なんだその罠は!? 貴様の相手は幼稚園児か!?」
「サー イエッサー!!」
――――その数十時間後。同じ森の中にて。
(ううう……これじゃ動くことできないの……)
隠れた茂みの向こう、罠にかかって吊るされた清(略が見える。
少し首をめぐらせれば、網にかかった葵を見ることができるはずだ。
ほんの一歩足を踏み出しただけで、今度は自分がああいう目にあうのだ。
そう思い、慄く澪の頭にそっと、茜の暖かい手が触れた。
「……?」
「澪、髪に小枝が絡まっています。女の子なのだからもっと身だしなみに気をつけないと」
澪の髪を指で鋤きながら、茜がフフッと笑う。
「私も人の事いえませんけどね」
確かに茜の長いおさげにも小枝やら葉っぱやらがいくつか絡まってしまっていた。
茜はそれでも澪の髪を鋤きながら、続けた。
「澪、そう心配する事はありません。注意深くなれば、ある程度の罠は発見できます」
ほら、そこにも地面を掘り起こしたような後があるでしょう?」
(あ……本当なの!)
茜の指し示すほうには、確かに土の色が違う場所があった。
「発見できないような罠もあるかもしれませんが、そう数はないはずです。いざとなれば移動はできるでしょう」
『いどう、するの?』
「いえ、ここは様子を見ましょう。焦る必要はありません。鬼達だってピンチなのには変わりありませんから」
茜の穏やかな声に澪は自分が落ち着いてくるのが分かった。茜のいうとおり、ピンチなのは鬼も変わらないのだ。
(茜さん冷静なの)
思えば初日から茜と共に行動しているわけだが、その間に茜が取り乱しているところをみた事がない。
どんな状況でも常に冷静に対処してきた。ベナウィのような頼りになる人がいた時でもだ。
手を伸ばし今度は茜の髪を鋤く澪に、茜は静かに笑みを浮かべた。
「ありがとう澪。落ち着きましたか?」
こくこく。
「そうですか。それではあの人達がどう動くのか、まずはじっくり観察しましょう」
茜たちを追う鬼達のうち、罠にかかっていないのは残り4人。
真琴、瑠璃子ペアに佐祐理、七瀬ペアだ。
両ペアは森の中、少し離れたところにたって、それぞれに足をすくませ動く事ができないでいた。
その中でも佐祐理の動揺は激しかった。この中で一番罠に痛い目にあっているのは彼女だからだ。
(罠の数はそう多くはないはずなんです……!)
今まで無事にいられたことを考えればそのはずだ。だが、それでも佐祐理の足はすくんで動かない。
昨日さいかに敗れて吊り下げられた事、今日トロッコで追い掛け回された事……
そんな今まで身に受けた惨事が脳裏を掠める。
醍醐の言うとおりだった。たとえ確率が小さかったとしても、
そこに危険があると認識することで人は動けなくなるのだ。
と、震える佐祐理の横で七瀬がポツリとつぶやいた。
「……罠の数はそう多くはないわよね」
「え……?」
「おまけに安全地帯も分かってる。今までに通ってきた場所と、それからあの森道ね」
自分達は舗装道路から枝分かれしていた森道を走って、そこから森に入った。
だから、木々を隔てて十数メートルの森道は絶対に安全なはずだし――――
「森道からここまで来たのか、だいたいは後をたどれるから、
ここからあの森道まで辿りつくのは、そんなに分の悪い賭けじゃないんじゃないかな」
「ですが……清(略さんは?」
「私達が助けようとするより、まずは駅まで戻って助けをよんだほうが確実だと思う。
あそこなら馬鹿コンビもいるし、ベナウィさんって人も頼りになりそうだし。
少しの間でも置いて行くのが悪いって思うのなら、私達のどっちかが残ればいいしね」
「そうですね……だけど……」
言いよどむ佐祐理を七瀬はさえぎった。
「うん、そうね。それだともう逃げ手を捕まえるのは無理になっちゃうわね」
ようやく佐祐理は、七瀬が何を言いたいのか分かった。
ポイントを諦めて安全に撤退するか、それとも危険を犯してポイントを狙うか。
それを選べといっているのだ。
「佐祐理は……佐祐理は……」
思い出す。
二度も七味唐辛子手榴弾を跳ね返された事、
雨の中吊り下げられた事、
ダリエリに脅された事、
トロッコに追いかけられた事。
「佐祐理は……」
観鈴に負けた事、
垣本に負けた事、
晴子に負けた事、
さいかに負けた事。
確かに理緒は捕まえた。金に任せた勝負ともいえない方法で。
でも、それ以降は負けっぱなしで、金があってもアイテムがあっても役に立たなくて、
痛い目だけあって……
佐祐理は顔を上げた。震えがとまった。
「佐祐理は……勝ちたいです。清(略さんには申し訳ないですけど……」
「痛い目にあうかもしれないわよ?」
「覚悟の上です」
「ここに逃げ手なんて潜んでないかもしれない。里村さん達もうとっくに遠くに逃げちゃったかも」
「承知の上です」
「……オッケイ!! やっちゃいましょうか! なつきさんには悪いけど……」
「私のことは気にするな。七瀬殿、佐祐理殿。私の屍を超えてゆけ」
強くうなずく清(略に、佐祐理たちもまた強くうなずき返した。
「それで、どうしよっか?」
「そうですね……その銃を使っていぶりだすのが、一番良いと佐祐理は思います」
もう一つの鬼のペア、真琴、瑠璃子ペアはというと――――
「あうーっ……ここから逃げちゃうの?」
「うん、そうしたほうがいいよ……森道までなら、多分戻れるから」
「あうー……」
「ここ、危ない電波であふれてるよ、真琴ちゃん」
「琴音ぇ、なんとかならないの〜」
「ごめんなさい……」
真琴の声に、少しはなれた場所の落とし穴のそこから、申し訳なさそうな声が返ってくる。
「真琴さん、わたしも一度駅まで戻ってほしいです。ここでみんな罠にかかってしまったら、美汐さんが心配しますし」
「うー……」
美汐のことを出されると弱い。一度駅に戻って助けを呼んだほうが、確実に葵と琴音を助けられるというのも分かる。が、
(あうー……2万円……肉まんが……えーっと200個……?)
要するに、それが惜しい。5人で割ったとしても、40個も食べられるのだ。
今ここに逃げ手がいると、はっきりとはいえないのだが……
と、肉まん欲しさゆえか、真琴の頭に電球が光った。
顔を輝かせ瑠璃子の耳に口を寄せてささやく。
「ねぇねぇ、瑠璃子! ひょっとしたらうまくいくかもしれないこと考え付いちゃった!!」
『あの人たち、かえっていくの』
「多分駅のほうへ助けを求めにいったのでしょう」
森道に無事に辿りつき、舗装道路のほうへ戻っていく真琴達を茂みの間から確認すると、
今度は未だ立ち去ろうとはしない七瀬達のほうへ目を向ける。
「これで残る鬼は後二人ですね……ですがこちらは問題です」
眉をひそめ睨む視線の先には、ハンカチで口と鼻を覆い、
慎重に歩を進めながら、時々立ち止まり唐辛子銃によって赤い霧を作る七瀬達の姿があった。
弱い風に流され赤い霧がほんの少し、隠れている澪たちに流れてきた。
『からいの。ハナがむずむずするの』
「七味唐辛子ですか……七瀬さんひどいです」
唐辛子銃によってあちこちをでたらめ射撃して、自分達をいぶりだそうという作戦なのだろう。
射程はたかがしれているが、それでも移動によるリスクがかなり軽減されているはずだ。
今はまだ風で流されているだけだが、茜達が潜んでいる茂みに直接あの霧が噴出されたら……
「嫌です。凄絶に嫌です。七瀬さん、あなたは鬼です。浩平は正しかった」
コクコク、と澪が激しくうなずく。
七瀬達が回避不可能な罠にかかるのが先か、それとも唐辛子が直撃するのが先か。
ただ座してその賭けを受け入れるという手もあるが……
「あんなのくらうのは絶対に嫌です。こちらも勝負にでましょう」
ガサっという草がなる音に、佐祐理と七瀬は振り返った。
振り返った方向、数メートル先には――――
「里村さん! やっぱりいたのね!?」
立ち上がり、ゴホッゴホッと咳き込む二人の逃げ手の姿。
(唐辛子を吸い込んだのでしょうか? でもそちらにはまだ撃っては――――)
そういう疑問が佐祐理の頭を掠めるが、茜達が顔をおおったまま走り出そうとするのを見て、
それにつられるように、佐祐理は七瀬とともにそちらへ飛び出す。そして――――ー
ズボッという嫌な音とともに、足元の感覚がなくなって。
周りの風景がスローモーションで上昇し始めて。
自分達が、落とし穴にかかったことを認識して、
茜の顔に、チラリと笑みが走るのが見えて、
茜達が己の身を囮とすることで、自分達を罠に誘導したということを悟って、
必死に前に手を伸ばすけど、何も掴めそうになくて、
(また、佐祐理は負けるんですか……?)
そんな諦めにも似た敗北感が佐祐理の心を満たしたその瞬間、
「ヌォォォォォォォォオォォォォ」
その諦観を吹き飛ばすような咆哮をあげて、七瀬は佐祐理の腰を掴み、
「リャァァァァァアアアアッッ!!!」
落下しながら、上半身の力だけで佐祐理の体を上に押し上げた。
それはほんのわずかな浮上だったけど――――
ガシッと、前に伸ばした佐祐理の腕が落とし穴のへりに引っかかった。
「七瀬さん……!?」
へりにぶら下がったまま、落下を免れた佐祐理は首をめぐらし、穴の底を見る。
穴の底で、トリモチまみれになった七瀬が顔しかめながらもニヤリと笑って、
親指を上に突き出した。
「……佐祐理行きます!!」
パリーン
何かが佐祐理の額で割れた。なんかこう、種っぽいのが。
腕に力をこめ、這い上がり、キッと前を睨む。
数メートルの距離をへたでた茜達と視線がぶつかった。
「……!? 行きましょう、澪!!」
佐祐理の瞳に尋常ならざるものを感じたのだろうか。初めて茜がその冷静な表情を崩し、動揺した。
澪の手をひっぱり、罠の存在を忘れ、ただ森道へむかって駆け出す。
「逃がしません!!」
佐祐理もまた、駆け出す。罠のことなどもう構わない。ただ走る。
醍醐のいうとおりだった。
例えそこに罠があるとわかっていても走り出すような、そんな無茶な奴だっているのだ。
何かが足にひっかかった。それが罠の仕掛けだと認識するよりも速く、
佐祐理は右手をあげ、トリモチ銃のトリガーを引き、飛んできたロープをトリモチによって弾き飛ばす。
「……そ、そんな!?」
驚きと焦りの声をあげる茜に、佐祐理は迫る。
「あはは〜 見えます、佐祐理も敵が見えますよ〜!!」
「くぅ……!!」
運がむいていたのか、茜達は罠にかかることなく森道にたどり着く事が出来た。
二人は森から抜ける方、舗装道路と至る方へ森道を走る。
が――――
茜と澪の目が驚きに見開かれた。
既に撤収したはずの真琴たちが森道脇の木の裏から飛び出してきたのだ。
「へへーん! やっぱりきたわね!!」
「真琴ちゃん、お手柄だね」
(立ち去ったふりをして、隠れていたんですか……!?)
茜は思わず歯噛みした。呆れるほどに単純な手だ。
何故これが思いつかなかったのか……!!
前門の龍、後門の虎。絶対絶命、挟み撃ち。
前からは真琴と瑠璃子が、後ろからは佐祐理が迫ってくる。
思わず立ちすくむ茜の手を、今度は澪が引っ張った。
最後の抵抗として、横手の森に飛び込み――――
そこで、運が、尽きた。
鬼ごっこ四日目、正午前。舗装道路から少し離れた森の中。場にいる鬼は9人。
葵と清(略は吊り上げられ、七瀬と琴音は穴の底。
そして――――
「負けてしまいましたね……澪、ごめんなさい」
『茜さんは悪くないの。しょうがないと思うの』
「全国の佐祐理ファンのみなさーん! 佐祐理はやりましたよ!!
一ポイントゲットですよーーーーー!!」
「肉まん、肉まん〜♪」
「クスクス……良かったね真琴ちゃん」
茜、澪、佐祐理、真琴、瑠璃子の5人もみんな仲良く穴の底。
森に入ってすぐに、茜達は落とし穴を作動させてしまい、
追いすがってきた佐祐理たちとおもに、落っこちてしまったのだ。
かなり微妙な判定だったが、佐祐理が茜を真琴が澪を捕まえたということで決着がついている。
「やりました、遂に佐祐理は勝ったんですよ〜!! 嗚呼……長く苦しい道のりでした……」
「えーと、一人2000円だから、肉まん20個買えるんだよね?」
「そうだね。お腹こわさないでね」
落とし穴にかかったというのにずいぶん上機嫌な三人を尻目に、茜はため息をついた。
まあ、負けたのは仕方ない。それはしょうがない。が、
「みんな罠にかかってしまったら、誰が助けてくれるんですか……?」
ずいぶんと遠く、狭くなった空をみつめて茜はボソッとつぶやいた。
【四日目 午前10時半】
【茜、澪鬼化】
【佐祐理 茜ゲット】
【真琴 澪ゲット】
【登場 里村茜、上月澪】
【登場鬼 【倉田佐祐理】、【七瀬留美】、【清水なつき】、【沢渡真琴】、
【月島瑠璃子】、【姫川琴音】、【松原葵】、【藤井冬弥】、【醍醐】】
種ワロタ
昼も大分過ぎて、柏木楓は自分の妹たる柏木初音と分かれた川に戻ってきていた。
彼女には鬼の証たるタスキはかけられていない
――無論、手に持ってもいない、正真正銘の逃げ手である。
彼女は、微かに顔を歪め、見るものが見ないとわからない笑みを――愉悦の笑みを浮かべていた。
この長い鬼ごっこも、さすがにもう終盤だろう。
時々見かける人間は鬼――本当の意味ではなく、タスキを掛けた人間――が殆どだった。
中には本当の意味での鬼や、共に僅かな時を過ごしたリサ・ヴィクセンのような逃げ手もいたが今は誰もそばにはいない。
残っている人間を把握する手段は無いが、自分はかなり優秀な逃げ手だろうという自覚は、僅かながらある。
確実に数を増している鬼達に気付かれる事無くやりすごし、或いは襲撃された場合も、能力を遺憾なく発揮し全て順調にかわしてきた。
この実績は、彼女に少しの満足感を与え、笑みのささやかな理由ではあった。
だが、そんな輝かしいと言える実績よりも、彼女が笑みを浮かべていた理由。
以前に交わした初音との賭けに勝つ、即ち、優勝すれば、あの人が手に入る。
とても愛しい人。次郎衛門。柏木耕一。
もうすぐ、あの人が手に入る。しかも、永遠に。
そう思うと、どうしても頬が緩んでいた。
そんな彼女の真横を、背中へ向けて一陣の風が通り抜けた。
直後、全身に寒気を感じ、振り返る。
そこには、自分のとてもよく知った顔が有った。
「リズエル……千鶴姉さん…!!」
「頑張っているみたいね、楓」
いつもと変わらない笑みを浮かべている千鶴。
だが、その身体からは圧倒的な威圧感が醸し出されている。
狩猟者エルクゥ……またの名を『鬼』としての力を発揮しているのだ。
「姉さん……わざわざねぎらいに来てくれたのですか?」
そうでは無いことは勿論わかっている。
楓は、形式的な質問をしつつ、自分の身体を簡単に調べる。
その様子を見て、千鶴が答える。
「フフ…安心して、楓。まだタッチはしてないわ。ちょっとお話をしたかったから」
確かに、楓の身体には裂傷どころか、かすり傷一つ無かった。
千鶴が突進してきた勢いから鑑みるに、触られていないと考えて間違いない。
だが、楓は小さな違和感を感じていた。
『まだ』タッチはしていない。
その言葉には含みがあるように思えた、否、確実にある。
「多くいた逃げ手も残り10人ほど。私の捕まえた数も現在単独でトップ。このまま、姉妹で優勝も悪くないと思ったんだけど…」
千鶴の言葉を聞きつつ、楓は『鬼』の力を解放する。
そのことに気付いてか、千鶴は楓を、その瞳を睨みつつ言葉を繋ぐ。
「貴方、初音と賭けをしてるんですってね」
千鶴の威圧感が増し、殺気さえも放ちはじめる。
「ええ、しています」
楓は瞳を逸らさず、臆することなく答える。
「いけない子ね。で、内容は勿論冗談よね?」
語調だけは優しく、しかし言霊はナイフのごとく。
それでも、楓は引かない。
「いえ、優勝して、私は耕一さんを頂きます」
キッパリと言い放つ。
「そう……」
千鶴の殺気が、さらに増す。
「足立さんや秋子さんに内緒で出てきてよかったわ。私が捕まえたら優勝確実で、止められてしまうだろうから。
そうね、気付かれないうちに帰らないといけないから、短期決戦ね……」
千鶴が、楓が体勢を低くする。
開戦の準備。
「貴方に優勝させるわけにはいかない……貴方を、捕まえる!!」
『鬼』の姉妹が風になる。
千鶴の突進と共に突き出された凶器のような右手を避け、楓は走り出す。
速さでは自分に若干分がある、それは知っていたが、相手は文字通りの『鬼』。
完全に撒くまで走っていては、その後に他の鬼にあった場合に消耗しきっているだろう。
それを避けるためには――短期決戦。
千鶴と目的は違うが、それしかない。
そのためには、森に入り、自分の速さと仕掛けられているであろう罠を利用して撹乱するほうがいいことを、既に考えていた。
その手は、自分が鬼達に対してしたことであり、決して無謀な計画ではない。
そしてそれは、皮肉にも敵対者・千鶴が、かつて自分と行動を共にしていたリサ・ヴィクセンに仕掛けられた事であった。
といっても、後者については楓は聞いていないが。
――森に向かっている。
千鶴もそのことに気付いていた。
走っている方向もさることながら、『鬼』ことエルクゥには共感という能力がある。
楓の思考は、わずかながら千鶴に伝わっているのだ。
そして、それに大して千鶴は、不敵な笑みを浮かべ、走り続ける。
――何か、何かひっかかる。
楓は、足を休める事は勿論せずに胸に微かによぎる不安を感じていた。
が、真剣勝負のこの場、迷いは禁物。そう考えて作戦を変えることはせずに走り続ける。
やがて風景が流れ、森が近付き、空を舞い地から枝へ、枝から枝へと飛び移る。
千鶴は遅れることなく付いていく。それどころか、質量の差を活かし、枝の反動を使い、差を詰めようとする。
それを悟った楓は、枝から地へ降りつつ、唯一の敵対者・千鶴の現状を確認する。
そして、見た。
『鬼』は笑って、枝に乗って止まっていた。
そして気付いた。違和感の正体を。
――本当に捕まえるつもりなら、現れた時に捕まえてしまえばよかったのに、姉さんはしなかった!
――つまり、私を捕まえるつもりなんて、本当は無かった。なら、何故追って来たの?
楓は疑問を抱きつつ、視線を千鶴のいる木の枝から下ろし、気付く。
視界に姉のつけているものとは異なる白いタスキが点在していることを。
――まさか、まさか!!
「その通りよ、楓」
伝えるべき相手には届かない呟きを漏らす。
千鶴は、エルクゥとしての共感能力、自分の言葉、初撃の仕掛け方…その全てを使って楓をその場所へ“誘導”していた。
「じゃあ、頑張ってね、楓。私はホテルに戻らないと…」
いつもと変わらぬ笑顔を浮かべてそう呟くと、千鶴は風となり、その場を去った。
しかし、楓はそのことに気付く余裕はもう無かった。
何故なら――。
「浩平殿、あの者、タスキをしておらぬぞ!」
「なにぃチャンスじゃねえか、こいつら一気に引き離すぞ!瑞佳、スフィー、ゆかり協力しろ!」
「香里様、確かに逃げ手のようです。どうやらかなりの身体能力を有しているようです」
「相沢君たちにくれてやる義理はないわ。捕まえるわよ、香奈子、澤田さん!」
「ゲーーック!エモノの方から来るとは、ついてるぜ!!」
「あ、あの時逃がした子じゃないか!郁未、舞、ついでに由依。計画とは違っちまったが今度こそ捕まえるぞ!!」
「はちみつくまさん」
「ついでってなんですか、ついでって!」
「久瀬、他の鬼への遅れをとりもどすチャンスだ、捕まえるぞ」
「ああ、オボロ君、月島さんサポートを頼むぞ!」
「さて、私はどのように動いたものか…」
――姉さんに気をとられすぎてた…まさか、こんな場所に誘導されるなんて!
心の中で舌打ち。
鬼に包囲されていた、しかも、数が半端ではない。
楓は知る由も無いが、彼らは鬼のトップランカーズ。
それぞれの用を済ませて屋台を出た後も、お互いに牽制しあって行動をしていて、何故か円状になって動いていた。
――それでも負けられない、この逆境を越えて、耕一さんを手に入れる!!
たった独りの『鬼』と、多すぎる鬼との戦いが始まった。
【四日目 午後 お昼は大分回っている】
【千鶴、立ち去りホテルへ戻る】
【柏木楓、周囲を鬼に円状に囲まれている。距離は誰からも5メートルほどで等距離】
【登場鬼【折原浩平】【長森瑞佳】【スフィー】【伏見ゆかり】【トウカ】
【御堂】
【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】
【久瀬】【オボロ】【月島拓也】
【相沢祐一】【天沢郁末】【川澄舞】【名倉由依】
【岩切花枝】
【ディー】【宮内レミィ】【しのまいか】】
「D,ワタシ達もHuntingの時間ダヨ!」
「……きゅぴーん」
「なんか、でぃーがへんなこといってるよ?」
【ディー いまだに精神疾患中、楓にロックオン】
崖の間に漆黒の旋風が吹き乱れる。
オンカミヤリューが始祖、ムツミ。
地上最強の鬼、柏木耕一。
常人では視認することすらできぬ動き。
秒間数回の交錯。
極限の戦いは互いに熾烈を極める一進一退の攻防へと至っていた。
(クッ!? さっきまでとは段違いの動きだ!)
崖面を蹴りつつ、耕一は内心吐き捨てる。
(今は場所の有利さでこっちがアドバンテージを取ってるが……一度空に逃したらもう捕まえられない! ここで仕留める!)
巧みにコースを選択、ムツミの頭上を潰すようにはね回る。
(短期決戦だ! 場所を変えられたら俺が不利!)
一方のムツミも余裕綽々と言える状況ではなかった。
(……速い)
予想以上の敵の実力に、普段は憮然とした態度を崩さない彼女も、多少なりとも憔悴していた。表情は変わってないけど。
(場所が悪いね。空に出れば逃げられるけど、下手に背中を見せたらその瞬間がかわせない)
側面から耕一が飛んでくる。無理矢理身をひねり、翼すれすれの位置でいなす。
が、さらに一瞬後反対側から飛んでくる。この繰り返しだった。
(空間転移……だめ。術が成功すれば確かに大丈夫だけど、法力を集中させてる間が無防備になる。だからだめ)
崖の中腹でホバリングしつつ、360°全方位から襲い来る耕一をかわし続ける。この閉鎖的な空間では、天翔ける翼も十分な仕事を果たすことができなかった。
(なら……)
んでこちらは川の中の黒きよ小隊。二人からは少し離れた場所。
「……何なのよあの二人」
さすがの黒きよもこの人外の戦いには参加できず、ただ成り行きを見守るしかなかった。
「まぁ、なにせムツミさんはウィツァルネミテア様の娘ですし」
「対抗するには少なくとも兄者様ぐらいの実力がないと」
「ちょっと僕らじゃ」
「辛いですねー」
顔を合わせてあきらめの言葉を漏らす二人。
「何かないの? あなたたち、國では一応弓兵部隊率いてるんでしょう?」
「うーん、そういわれましても」
「モノホンの矢を使うわけにいきませんし」
「……別に倒す必要はないのよ。要するに触ることができれば、一瞬でも動きが止められればいいのよ」
と言いながら前方を指さす。そこでは『目にもとまらぬ』という表現ピッタリに二人が壮絶な戦いを繰り広げていた。
「まぁ……必殺技でも使えれば別でしょうけど……」
「必殺技?」
「はい。僕らは技のレベルを上げると連撃の最後に強力な必殺技が使えるようになるんです」
「たぶん、それなら焼かれることなく多少はムツミさんやあっちのおっきい人にも効果はあると思いますが……」
「なんだ、いい方法があるじゃない。ならさっさとやりなさいよ、その必殺技とやら」
「いやー、しかしですねー……」
「何よ。まさか『MPがたりない!』とか言うんじゃないでしょうね」
「いえ、僕らにMPの概念はありませんから。実際カミュ様やウルトリィ様も術法使い放題ですし」
「それに僕らの必殺技は物理攻撃扱いですから」
「じゃあ、さっさと……」
「あ、いえ、その代わり『技ゲージ』がたまらないとダメなんです」
「けど、今僕らはほぼゼロ。当分使えそうにありません」
「……それ、どうやったらたまるの?」
「攻撃したり……」
「攻撃されたりすれば……」
「ふ〜ん……」
「じゃ……これはどうかな」
耕一の突進をかわしたムツミ。切り返しが来る前に翼の力を収束、そのまま地、すなわち川の中へと降り立った。
「!? 下に!?」
一瞬訝しがる耕一。少なくとも、地上ならば自分が有利だ。相手もそれはわかっているはず。
だがそれでもあえて自分の不利なフィールドに降りるということは……
「なにか……来るな!?」
叫びながらも大きく跳躍。太陽を背に、真上からムツミに迫った。
「……ハッ!」
瞬間、裂帛の気合いとともにムツミの瞳の色が変わる。川底に手のひらを叩きつけ、
「土神招来! 土の……術法!」
呪文を叫ぶ。同時に川底の岩盤が大きく剥がれ、数個の巨大な岩と化し耕一へと迫った。
「ヒュゥ! 魔法! やっぱ君もアッチ側……いや、コッチ側の人間か!」
耕一の巨体が轟音を伴い岩盤の中へと消える。それを確認するとムツミは即座に側転。
後ろから岩とともに耕一が川へ落ちた音を確認すると、飛び立たんと翼を広げるが……
「けど甘い! この程度じゃ俺は止めれないな!」
「ッ!?」
後ろから聞こえてきた軽口。振り向いたムツミが見たものは……
「忍法土の術法返し! ……ちょっと違うかな?」
魔法で作り出した岩の塊を、生身の馬鹿力で投げ返してきた耕一の姿だった。
「……冗談みたいな人だね」
「よく言われるよ!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ! 黒きよさん!!」
そのちょっと下流。黒きよ小隊。一行はムツミの追撃は一休み。揃って河原へと上がっていた。
「な、なんなんですか、これは〜!」
黒きよの足下でドリィが悲痛な声を上げる。そりゃそうだ。今の彼は上着を剥がされた上四肢を巨大な流木と結びつけられ、身動きとれない状況になっていた。
「黒きよさ〜ん、できました〜!」
「ご苦労、グラァ」
とその時、さらに下流の方向からグラァが現れた。その手には一本の鞭が握られている。
「蔓を縒って作りました。急場しのぎですが、実用性に問題はないはずです」
「な、ぐ、グラァ!」
ドリィの悲鳴は無視し、
「どれどれ……」
ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
数回鞭を振るう黒きよ。空気を切り裂く音が鋭く聞こえてきた。
「……ぐっじょぶ。褒めて使わす、グラァ」
「はいっ! ありがとうございます!」
「ちょ、ちょ、黒きよさん! な、なにするつもりですか!」
半分恐怖に引きつったドリィの問い。黒きよはニヤリと唇を歪め、答えた。
「……技ゲージをためるのよ。『攻撃されれば』たまるんでしょう……?」
「…………!」
ドリィの顔面が蒼白になる。ここに来て、やっと黒きよの考えがわかった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! な、なんで僕なんですか! ぐ、グラァでもいいじゃないですか!」
当然のようなドリィの抗議。
「ドリィの方が攻撃力高いから。僕が推薦したんだよ」
グラァはしれっと答えた。
「……ドリィ! お前、僕を売ったな!?」
「売った……?」
グラァは不機嫌そうに眉をひそめると、ドリィの耳元に唇を近づけ、囁いた。
(ドリィ……お前、僕が知らないとでも思ってたのか?)
(え……?)
(先週のおやつ、お前、僕の分も食べただろう?)
(な……ッ!?)
(焼きチマク……楽しみにしてたのに……最後の一個、大切に、た・い・せ・つ・に取っておいたのに……お前は……!)
(ちょ、ちょっと待てグラァ! そ、それは違う! は、話せばわかる……!)
(問答無用。これは天罰……食べ物の恨みは深いのだ! 黒きよ様の聖なる鞭を受けるがいい!)
「黒きよ様! ドリィも納得したようです! この身、肉の一片まで黒きよ様のために捧げると!」
「なー! ぐらぁー!」
「偉いわドリィよく言った! あなたのその想い……無駄にはしない! 私も断腸の思いで……とりゃーーーーっ!」
バチィン! としなる鞭がドリィの背中を打ち据える。
「ああっ、痛いです!」
「我慢なさいドリィ! 私も辛いのよ! 仲間であり、従者である(いつの間に)あなたを撲つだなんて! 私も辛いのよ!
けど、これもすべては勝利のため……我慢してちょうだい!」
バチィン! バチィン! バチィン!
「あつっ! あわっ! くあっ……! く、黒きよさん! なんか、楽しんでませんか!? 喜んでやってませんか!? ひょっとして!?」
「そんなことないわ!」
バチィン! バチィン! バチィン!
「私も本当はこんな手段を取りたくない! けど事は急ぐのよ! ドリィ、我慢して!」
「その割には顔が妙にうれしそうなんですけどー!」
数分後。
「うう〜ん……」
「どう、グラァ!?」
「ダメです! マゾレベルと下僕レベルは順調に上がってますが、技ゲージはまだまだです!」
「よしよし! いやよくない! まだまだいくわよぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」
「……やっぱ楽しんでんじゃないですかーーーー!!!!」
ガッ!
両手に具現化させた闇の剣をクロスさせ、迫る巨岩を受け止める。
「くっ……!」
その動きが止まった瞬間を耕一が見逃すはずがない。巨大な水柱を伴い、一足でムツミへと飛ぶ。
「もらった!」
岩の真後ろから、直線に拳を振り下ろす。……岩を砕き、そのままムツミも捕まえるつもりだ。耕一の腕力ならば造作もないだろう。
(……回避。いや、間に合わない! なら!)
ムツミも一瞬で判断を下す。瞬間二本の剣を解放。そのまま×の字に岩を斬りつけた。
「……やるねぇ、お嬢ちゃん……!」
「あなた……こそ……!」
両側からの攻撃でド派手に飛び散った岩。その後に残ったのは、ムツミの眼前に迫った耕一の拳と、クロスさせた剣でそれを受け止めたムツミの姿だった。
「けど……ここは俺が……!」
当然のごとく、空いた左手を繰り出す耕一。が、ムツミは一瞬で右腕の剣を真横に反らし、これも受け止めた。
耕一の右手を止めている左腕の不可がさらに強まり、ムツミの表情が歪む。
「くっ……!」
「ふ、ふ、ふ……!」
対照的に、耕一は不敵な笑みを漏らした。
「さて……力比べの体勢に……なった、わけだが……!」
「あなたは……なにもの……?」
「ふ……ふ……知りたい……かい……?」
「そうだね……ちょっと……気になる……かも……」
「そうかい……じゃあ、そうだね……」
ぱ、と耕一の足下の水が跳ねた。巨木のような脚が、呻りをあげてムツミの身体に迫る。
「俺に捕まってくれたら教えてあげるよ! 手取り足取り身体にね!」
「じゃあ別にいいよ! お父様に訊くから!」
ムツミもその場にバク転。とんぼを切って前蹴りを避ける。
「させるか!」
一歩、歩を進め耕一は手を伸ばす。この体勢なら、間違いなく……
「……甘い」
パチン――空中で逆さになった状態で、指をはじく。
ぱっ!
「なっ!?」
刹那、耕一の目に火花が散った。比喩表現ではなく、事実として、目の前に小さな炎が。
「火ィ!?」
「そう。じゃ、さよなら!」
生物の本能。一瞬だけ動きが止まった耕一の身体。
ムツミは踵を返すと、その股の間をスルリと通り抜けていった。そのまま下流へ向かい、まっすぐ飛ぶ。
「トンネル!? くっ、そうはいくか!」
耕一も慌てて跳ぶと、それを追う。
――決着は近い。狩猟者の本能がそう告げていた。
「……どう?」
「オッケーです! MAXいきましたぁ!」
「よし」
そしてこちらは川辺のSM場。ようやっとドリィの技ゲージもたまったようだった。
「え……終わり、ですか?」
何かに目覚めてしまったのか、背中を赤く腫らしたドリィが潤んだ瞳で黒きよを見つめる。
「そうよ。終わり。さ、早く服を着て。準備するのよ」
と言いつつドリィの戒めを手際よく解いていく。
「よし、それじゃ早速出発しましょう。お二方は上流の方に行きました。いい勝負してましたから、まだ近くにいるはずです。
ドリィの必殺技で隙をこじ開けて、一発逆転を狙い……って、え?」
先頭に立って発とうとするグラァ。が、彼は気づいてしまった。黒きよが、手の中で鞭を遊びつつ、怪しげな目線で自分を見ていることに。
「……あの、黒きよ……さん?」
「グラァ」
そして、黒きよは言い切る。
「脱ぎなさい」
「……え?」
「あなたも脱ぐのよ」
「あ、あの……」
「あ・な・た・も・ぬ・ぐ・の・よ」
「何をおっしゃって……」
信じられぬ、といった様子のグラァ。
「あの、その、あのですね。先ほども言ったように、攻撃力はドリィの方が……」
「ドリィ!」
「はい! 黒きよ様!」
バッ、と突然グラァの背後に現れたドリィ。そのまま彼を羽交い締めにすると、先ほどの自分と同じように木々に縛り付ける。
「準備完了しました! 黒きよ様!」
「ご苦労。今度さっきの続きやってあげるわ」
「ありがたき幸せ」
ヒュッ、ヒュと鞭で空気を切り裂きながら、グラァの背後に立つ。
「あ、あのですね黒きよさん、ですから、さっきから言ってるように、必殺技担当は僕よりドリィの方が……」
「黙りなさい」
往生際が悪いグラァ。
「私だって、本当はこんなことしたくない。したくないのよ。けど……」
心底楽しげなほほえみをたたえたまま、黒きよは答える。
「……1より2の方が確実でしょう?」
【黒きよ女王 断腸の思いで二人を調教。ああ、戦いって悲しい】
【ドリィ 目覚める。技ゲージMAX。連撃の準備完了】
【グラァ 人を呪わば穴二つ】
【耕一VSムツミ 絶好調。現在は下流(黒きよ小隊)の方へ】
【瑞穂 そのへん】
【四日目昼下がり 谷】
【登場 ムツミ(カミュ)・【柏木耕一】・【藍原瑞穂】・【杜若きよみ(黒)】・【ドリィ】・【グラァ】】
山間部湖畔、真昼の参号屋台周辺はまさに喧々囂々としていた。
総勢二十一名分の注文を、イビルとエビルは的確に処理していく。
元々同じ学校の生徒同士であり、それぞれチームのリーダー的存在である祐一、久瀬、香里。
それに久瀬と面識があった浩平と、その浩平が何か変なことしやしないかと心配な瑞佳を加えた五人は
情報交換の名を借りた心理戦の真っ最中。
浩平のチームメイトであるスフィーは相変わらずホットケーキを幸せそうに頬張っており、それをまいかと由依が
羨ましそうに見つめている
御堂は憮然としたまま四杯目のお茶を啜り、その隣で岩切は二本目の500mlペットミネラルウォーターを空ける。
その後ろで、いつものようにオボロにからかわれたトウカが口を滑らせ浩平のポイント数をまたしても暴露、それを耳にした
郁未があっさりと自分の撃墜数を告白し、その数に動揺したオボロが久瀬の獲得数を絶叫し、必死に駆け引きを打っていた
連中をずっこけさせたりさせなかったり。
さらに隅っこの方で、月島拓也と太田香奈子が意外なほど穏やかな空気の中、ゆっくり昼食をとっている。
セリオはセリオで、充電器から延びているコードを握って銅像のように動かない。
そして。
屋台の一角で己と斗っている男が一人。
「さっきからどうしたノ、D?」
「……大丈夫?」
「体調が悪いなら管理者に進言した方がいいわ」
「そうですよ。よくわかりませんけど、無理は駄目です」
しかしそんな彼女たちの声は彼の者には届いていない。
(うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! だ、駄目だ! やめてくれ、ああそんな、おっぱいが、
おっぱいが東西南北前後左右から迫って右往左往おおぉぉぉぉ%あgh♂銀@☆^来2♀tラー¥煤I!!?!?!)
レミィ、舞、編集長、ゆかりという葉鍵トップクラスのバストの持ち主たちに囲まれ、最早ディーは決壊寸前だった。
(誰でもいい! この天国、いや地獄から助けてくれ!!)
そんなディーの祈りが天に通じたのか、彼の望み通り救世主はやって来た。
バイクに乗った救世主が。
エンジン音を響かせて真っ直ぐ屋台に向かってくるバイク。
そしてそれを、ディーを除く全員が注視していた。
無理もない。鬼だらけのこの場所に、襷を提げていない逃げ手が堂々と突っ込んでくるのだから。
そんな鬼たちの注目を意に介することなく彼女──柚木詩子はバイクを降り、連れの神尾観鈴の手を引いてカウンターにやって来る。
「し、詩子さん、ここ鬼さんがいっぱい……」
「大丈夫でしょ。ここじゃ鬼はあたしたちに手出しできないんだし」
「そ、そうだけどでも……」
「いーからいーから。お姉さ〜ん、サンドイッチセットとカフェオレプリーズ! 観鈴ちゃんは?」
「が、がお……じゃあ、ラーメンセット」
「お? なーに、女子校生が頼むにしては豪快すぎるメニューね」
「にはは。往人さんの好物なの」
まるで学校帰りに馴染みの喫茶店に寄り道しました的感覚でお喋りに花を咲かせる二人。
いくら屋台の半径100メートル以内は鬼が手出しできないとは言え、あまりにも剛胆すぎる。
彼女たちの余りの普通ぶりに、トウカもオボロも久瀬も香里も祐一もセリオも、果ては岩切や御堂さえ動くことが出来ずにいた。
(な、なに? 何かの作戦? それとも罠?)
(わからん……この童女たちが何を考えているのか、某には全くわからん!)
(ゲェーック、なんだってんだこいつら!)
皆が戸惑う中、唯一彼女の行動に抗体のある浩平が、意を決して詩子に声をかけた。
「おい、柚木……?」
「あ、折原くんおはよ〜。ん? もうこんにちはかな」
「お、おう」
「あそ〜だ折原くん、茜知らない? 昨夜離ればなれになってからずっと探してるんだけど見つからないのよ」
「いや、知らんが……とりあえず昨日お前が逃げてったのは茜たちとは正反対の方角だったぞ」
「えー!? それじゃあいくら探しても見つかるわけないじゃーん! もう、そう言うことは早く言ってよね!」
「あ、ああスマン……」
会話開始から25秒、折原浩平戦意喪失。
「さーて、んじゃそろそろ行きますか。お姉さんお会計! あ、あとそれと──」
「なに? ああ、あるが……ガソリンの方は良いのか? 見たところバイクのようだが」
「うん。まだ大丈夫。それにあんまりお金もないし……あ、ありがとお姉さん。ごちそうさま!」
結局、詩子と観鈴が昼食をとり終えるまで、両の指の数でも足りない鬼たちは揃いも揃って動けずにいた。
時間が止まったかのように誰もが微動だにしない中、詩子は悠々とバイクにまたがる。
そして、会計の時に買った小瓶の中身を一気に煽り、もの凄くいい笑顔で
「皆さん、それじゃあ!」
そう言い残してかっ飛んでいった。
残されたのは静寂。水を求めて湖畔に下りてきた小鳥の鳴き声が、やけに耳に残るくらいの静けさ。
「ねえ、あなたたちのポイントっていくつだったっけ」
「……6」
「7」
「8だな」
「そう、あたしも8よ……」
独り言のように、だがその場にいる全員に聞こえる声量で放たれた香里の質問に答える久瀬、祐一、浩平。
空間が、再起動する。
「ボーっとしてる場合じゃねえ!」
それは誰の声だったか。
「スフィー、トウカ、とにかく追え! いくぞ伏見、長森!」
「まかせて!」「御意!」「は、はい!」「うん!」
「天沢、遠慮はいらん! 全力で行け! 俺たちも行くぞ舞、あと由依会計頼む!」
「オッケー、派手に行くわよ!」「……(コクリ)」「え、ええー!?」
「オボロ君、いけるか!?」
「まかせろ!」「久瀬くん、僕たちも行こう!」
「ゲェーック! 俺様としたことが、なに獲物の前で呆然としてやがったんだ!」
「クッ!」
「いくらなんでもバイクは分が悪いわね……」
「かといってみすみす諦める手もありません」「そうね」「上手く行けば漁夫の利ってこともあるかもしれないし」
(チャンスだ! この身体の疼きを静めるには思いっきり身体を動かすしかなぁい!)
「ア、待ってD!」「でぃーー! まてーー!」
この場にいない他の鬼たちの成績がどんなものか知らないが、少なくともここに集まった自分たちはかなり高い位置で獲得数を競っているだろう。
この鬼ごっこも終盤、そんな中飛び込んできた二人の逃げ手。
どんなに勝ちの目が薄い勝負でも、みすみす逃がす手はない。あの二人を捕まえたものが限りなくトップに近い位置に立てる!
それが彼らの共通見解。
斯くして、とてつもなく大人数の鬼とバイクに乗った逃げ手との追いかけっこが幕を開けた。
「やれやれ、慌ただしいことだ」
「まったくだな」
そしてそこには一台の屋台と二名の店員が残り、その近くには詩子が投げ捨てた小瓶が転がるのみとなった。
その小瓶のラベルにはこう記されている。
エスタロン○カ内服液(効能・効果──眠気・倦怠感の除去 )
作戦も罠もない。あったのはただ単に昨夜夜通し見張っていた為寝不足でナチュラルハイになっていた詩子さんのテンションだけである。
「だから見張り変わりますよって言ったのに……」
「だいじょーぶダイジョーブ! それよりしっかり掴まっててね観鈴ちゃん。
アレホレ逃げろ、スタコラサッサー!」
ミラーに大勢の鬼を映しつつ、実に楽しそうな詩子の声が山に響き渡る。
観鈴の額に浮かびっぱなしだった大粒の汗は、最初から最後まで無視されていた。
【詩子、観鈴 茜たちを探す、詩子さんナチュラルハイ】
【鬼たち とにかく追う】
【場所 山間部】
【時間 四日目昼過ぎ】
【登場 柚木詩子、神尾観鈴、【御堂】、【岩切花枝】、【ディー】、【宮内レミィ】、【しのまいか】、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】
【澤田真紀子】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【名倉由依】、【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】、【折原浩平】、【長森瑞佳】
【伏見ゆかり】、【スフィー】、【トウカ】、『イビル』、『エビル』】
85 :
サヨナラ:03/12/07 01:59 ID:iHj8pFxs
「エルルゥからの手紙だと?」
「はい、こちらなんですけど……」
そういって雅史は懐から、エルルゥから預かった手紙を取り出す。
歩を進めハクオロ達に近づこうとするが、
「待て! そこで止まってくれ」
そのハクオロから制止の声がかかった。
「…………?」
雅史と沙織は顔を見合わせ、仕方なしに歩を止めた。
間合いにして20歩強。
その距離を保ったままハクオロは、油断なくこちらをにらみ、
背後に美凪とみちるを守るようにして、あまつさえトリモチの銃口こちらにむけている。
「あのー?」
ちょっと困った笑みを浮かべる雅史。対するハクオロは依然厳しい目を向けたままだ。
「疑っているわけではないのだが……すまん。これが君達の罠とはいいきれないからな」
「結局疑ってるじゃない」
雅史の横で、沙織が雅史だけに聞こえるようにボソッとつぶやいた。
「うーん、でも仕方ないよ……鬼と逃げ手なわけだし
雅史がささやき返すが、沙織はやはり不満そうだ。
「でもさぁ、これってちょっとひどいと思う。銃まで向けることないと思うよ」
「何か取り込み中のところに来ちゃったみたいだし、気が立ってるかもしれない」
「それでもさぁ……ねぇ、どうするの?
このチャンス逃したら、もう一度ゲーム中に会うなんて無理じゃない?」
「そうだね……」
86 :
サヨナラ:03/12/07 02:00 ID:iHj8pFxs
と、ハクオロの背後にいる美凪が口を開いた。
「あの……ハクオロさん……? 手紙のこと、本当のことかもしれません……」
「それは……本当のことかもしれんが、証拠がない」
「エルルゥさんの名前を知っていたというのは……ダメですか……?」
「それだけでは確たる証拠とはいえないだろう?」
「ですが……」
美凪はしばらく言いよどんだ後、続けた。
「ハクオロさん、殺伐としすぎです……そんなのは吉野家だけでいいと思います」
「吉野家?」
「はい、吉野家です……個人的には松屋の方が好きですが」
「いや、だからなんだそれは?」
困惑するハクオロに雅史達も口を挟む。
「あ、僕も松屋好きですね。キムチカルビ丼復活してほしいなぁ」
「えー? そうかなぁ。お肉の質は全然吉野家の方が上だよ?」
「でも、メニューの豊富さは松屋の方が上だよ、新城さん。お味噌汁もデフォルトでつくし」
「新しい味を模索する松屋の姿勢は立派です……」
「ハンバーグカレーもおいしいぞ!!」
「ハンバーグカレーなんてファミレスで食べなよ! 牛丼屋っていったら、やっぱり牛丼!!
基本を大事にする方がずっと立派だよ!!」
「牛丼屋という名前に縛られ発想の柔軟性を失う……そんな経営に意味はあるのでしょうか?」
「ハンバーグ定食も復活してほしいぞ!!」
「そもそも吉野家って、特盛一杯と並ニ杯、どっちかお得かはっきりしてないよね。
そういうところも、見直すべきじゃないかなぁ?」
「ウソォ!? 3対1!? ハクオロさんは違いますよね? 吉野屋派ですよね!?」
「私はな……」
沙織の問いかけに、ハクオロはものすごく低い声で応じた。
87 :
サヨナラ:03/12/07 02:00 ID:iHj8pFxs
「私は……今すごく真剣だったんだ」
「食券だったんだ? えっ、ハクオロさんも松屋派―――」
「真剣だっただ!! し ん け ん だった!! どういう聞き間違いだ!?」
沙織のボケにハクオロが激しくつっ込む。
「だいたいなんだ!? 吉野屋だと!? 松屋だと!? なぜそんあ下らんことで盛り上がる!?」
「ハクオロさん……まさからんぷ亭……?」
「らんぷ亭の何が悪い―――じゃなくてだ!!
私は今真剣だったんだ!!
いきなり別れ話は切り出されて!!
実は何気にかなりショックで!!
それで集中力を失って、君達の接近を許してしまって!!
そこでいきなりエルルゥの手紙だと言われて!!
エルルゥは気になるが、美凪とみちるは守ってやらねばならぬ、いや、こんな態度こそがよくなかったのか……などと葛藤をして!!
それが吉野屋だと、おめでてーな!!
ええい貴様ら、私の傷ついたセンチメートルハートをどうしてくれる!?」
「……センチメートル……?」
「センチメンタルだ!! 言い間違えたんだ!! そこは流せ!! とにかくだ!!」
ハクオロは一度言葉を切り、呼吸を落ちかせると、続けた。
「……われながら薄情な事だとは思うが、罠ではないという確証が得られない以上、
その手紙は受け取れない。申し訳ないがな」
「それは……うーんと、困るな」
雅史は少し首をかしげると、ポンっと手を打って答えた。
「じゃあ僕達、ここに手紙を置きますね。それから後ろに下がります。
十分に距離が開いたら、ハクオロさん達が手紙をとりにくればいい。これじゃ駄目ですか?」
「ん……なるほどな。それならば」
雅史の提案にハクオロはようやくうなずいた。
雅史と沙織は安堵の息をつくと、手紙を目に付いた切り株の上において、後退を始めた。
88 :
サヨナラ:03/12/07 02:02 ID:iHj8pFxs
きっかり20歩雅史達が後退するのを待って、ハクオロ達は切り株の上におかれた手紙に向かって歩を進めた。
(私は少し気負いすぎているのか?)
そう思いはするが、それでもハクオロは油断することなく雅史達の方を伺いながら、手紙を手に取る。
片手で既に弾倉が空になった銃を構えながら、もう一方の手で少し手間取りながら手紙を開く。
目を落とすと、そこには―――
「すまなかったな、君達。疑って悪かった」
紛れもないエルルゥの筆跡があった。
ハクオロの謝罪をきっかけに、場の空気が一気に弛緩した。
ホッと胸をなでおろす雅史に、初のミッションコンプリートを喜ぶ沙織。
ハクオロもまた、銃を下ろし、エルルゥの手紙に目を下ろす。
(エルルゥ、昨日は悪い事をしてしまったな)
エルルゥの筆跡から、昨日偶然見たエルルゥの寝顔を思い出す。
(怪我をしていたのだが……たいしたことなければよいのだが)
目を閉じ、昨日ろくな挨拶もできないまま放置したことを悔いる。
このゲームが終わったらちゃんと謝ろう。いや、なんなら今から、昨日エルルゥが泊まっていた家にいってもいい。
怪我をしている事を考えれば移動していないかもしれぬ……
そんな考えがハクオロの頭に浮かんだ矢先だった。
89 :
サヨナラ:03/12/07 02:03 ID:iHj8pFxs
「隙あり!! 取ったわよ!!」
「ハクオロさん……!!」
見知らぬ少女の雄叫びと、
美凪の警告、
横手の茂みから走る影、
そして突き飛ばされる衝撃。
全てが同時で、そしてハクオロは全く反応できなかった。
「美凪、そんなぁ!!」
みちるの声に、慌ててハクオロは体勢を立て直す。
その目に映ったのは。
「ふぅ……やられちゃいましたね……」
「ちょ、ちょっと放しなさいよ!! 他の二人も捕まえるんだから!!」
暴れる鬼と、それを羽交い絞めにする美凪の姿があった。
「三人がかりって、ちょっとあんたらひどくない!? あたしか弱い乙女なのよ!!」
駆けつけた雅史と沙織、そして美凪の三人がかりで抑え付けられわめくまなみに、沙織が怒鳴り返した。
「ひどいのはあんたでしょーが!! 助けたお礼にハクオロさん達は追わないっていったじゃん!!」
「ふーんだ、私そんなこといってないもんねー 言ったのはコリンさんと健太郎さんだけだもんねー」
「あ、あんたねぇ……!!」
「沙織さん、落ち着いて。確かに僕らに強制する権利はないよ」
「じゃ、じゃあ放してくれるのね!?」
少し目を輝かせるまなみに、雅史は彼にしては随分低い声で答えた。
「……まなみさんが、僕らに拘束をやめるように命令する権利もないけどね」
「ま、雅史君、ちょっと怒ってる……?」
「別に」
沙織の問いに雅史は短く答えると、ハクオロ達の方に目を向けた。
90 :
サヨナラ:03/12/07 02:04 ID:iHj8pFxs
「すいません。これは僕達の不注意です。つけられていることに気づかなかった」
雅史の謝罪に、それまで黙って震えていたみちるが爆発した。
「そ……そうだよ! ひどいぞ、雅史!! 雅史達のせいで美凪が……!!」
「……ごめんなさい」
目を伏せる雅史。
みちるは今度はハクオロの方に顔を向けた。
「オロもオロだよ!! オロがエルルゥなんかの手紙読んでるから、美凪が鬼になっちゃったんだ!!」
「……そうだな……すまぬ」
「オロのせいだぞ! 美凪がつかまっちゃったの!! オロをかばって美凪が鬼に……!!」
「みちる」
涙目をして糾弾するみちるに、美凪が静かに声をかけた。
「いい加減に……めっ」
「美凪……」
「みちるはなんて言いましたか? 自分の力で頑張りたい、今朝私にいいましたよね?」
「……言ったよ、美凪といっしょに頑張りたいって……」
その言葉に美凪は首を振った。
「自分の力で、です。
いいですか、みちる。自分の力で頑張るってことは、どんな結果でも自分が受け入れるってことです」
「あ……」
「私は……これでいいです。ハクオロさんにたくさん助けてもらって、その恩返しがしたい。
そういうふうに思って、行動したのは私です……だからこれでいいです」
「…………」
「みちるも、ファイト。泣いてちゃダメダメ」
「う……ん」
コクっとうなずくみちるはうなずいた。
91 :
サヨナラ:03/12/07 02:07 ID:iHj8pFxs
少しの静けさの後、まなみがポツリといった。
「なんていうか……私悪者扱い?」
「まなみさんは黙っていてください」
間髪いれず答える雅史。
「ま、雅史君、ちょっと怖い……」
沙織の言う事を無視して、雅史は頭を下げた。
「本当にすいません。こんなことになってしまって」
ハクオロは首を振った。
「いや、君達は悪くない。私が……いや、誰も悪くはないだろう。まなみも含めてな」
「そ、そーでしょ!? だから放し―――」
「まなみさんは黙っていてください」
「だから雅史君、怖いって」
ハクオロはその様子に苦笑した。
「いつまでも抑え付けておくのも申し訳ないしな。私達はもう行った方がいいだろう」
そして、ハクオロは頭を下げた。
「雅史、沙織。手紙を届けてくれてありがとう。感謝している。
美凪、今まで世話になったな―――お前にはたくさん助けられた。これは嘘偽りのない真実だ」
「美凪……みちる頑張るよ」
「はい。みちる、ハクオロさん、ファイト」
こうして、ハクオロとみちるは美凪と分かれたのである。
92 :
サヨナラ:03/12/07 02:08 ID:iHj8pFxs
「あのね。オロ」
それから数十分後。ハクオロと共に歩いていたみちるがポツリといった。
「なんだ?」
「オロと別々に行きたいっていいだしたの、みちるなんだ」
「そうか」
「美凪はさ、ひょっとしたらオロと一緒にいたかったのかもしれない。
みちるのワガママ、聞いただけかもしれない」
「……そうか」
しばらく黙る二人。
今度はハクオロのほうが、ポツリといった。
「みちる」
「んに?」
「生水は極力飲むな」
「え……?」
「陽の光には気をつけろ。直射日光はお前が思っている以上に体力を奪っていくからな」
「……オロ?」
「まだまだ言う事があるはずなのだが……今思いつくのはこれぐらいだな」
ハクオロはみちると向き合った。
「みちる、頑張れよ」
「オロ……」
みちるは少しうつむいた後、顔を上げた。
「あのね、オロ! オロといっしょにいたの時間はほんと楽しかったよ! これは嘘じゃないから!!」
「分かっている。私もだ」
「オロもファイトだぞ!!」
「ああ!」
そうして二人は拳をコツンとぶつけると、別々の方向へ歩き出した。
93 :
サヨナラ:03/12/07 02:09 ID:iHj8pFxs
【四日目 11時前】
【美凪 鬼化】
【まなみ 一ポイントゲット】
【ハクオロ、みちる別行動。ハクオロ、手紙ゲット】
【残り 9人】
【登場 ハクオロ、遠野美凪、みちる】
【登場鬼 【佐藤雅史】、【新城沙織】、【皆瀬まなみ】】
何か物音が聞こえたような気がして、エルルゥは目を覚ました。
身を起こし、小さなあくびと一緒に出た涙をついとぬぐったところで、まだ辺りが暗いことに気がついた。
少し強めの雨が窓を叩く音を聞きながら、エルルゥはしばらくボーっとしていた。
(えっと…わたし、どうしたんだっけ……)
まだ半分夢の中に行きっぱなしのような思考で、しかしエルルゥはすぐに今日起こったことを思い出した。
「佐藤さん……ハクオロさんに会えたかな」
思わず漏れたそんな呟きと共に、エルルゥは喉の渇きを自覚した。
(お水、飲も)
ベッドから降り、部屋を出て、怪我をした足首をかばいながら一段一段ゆっくり階段を下りていく。
寝る前に調合した薬草が効いてくれたのか、痛みはほとんど引いていた。
(よかった。これなら明日には歩けそう)
そんなことを考えながら最後の一段を下りる。
ガチャリ
不意に、玄関のドアが開く音が聞こえた。
ビクリ、と反射的に身構える。真っ暗な室内、真っ暗な外。ドアが開いても周りはほとんど見えない。
ギギギと殊更ゆっくりと開くドアが、エルルゥの不安を大きくする。
音が止む。入り込んできたのは、小さな人影。
「だ……誰、ですか?」
不安を払うように、エルルゥは人影に声をかけた。
「ああ、安心して。怪しい者じゃないから」
「あんたが言っても説得力無いわよ……田沢さん、大丈夫?」
「うん……ごめんね、観月さん」
そう言葉を発しながら入ってきたのは三人の人影。
その暗闇に似合わぬしっかりした声に、緊張が解けた気がしたエルルゥだった。
「そっ、か……雅史君らしいな」
エルルゥからことの顛末を聞いた圭子は、彼女の淹れてくれたお茶を一口飲んでからポツリと言った。
こんな場所でも変わらない彼の優しさに、半ば呆れもこもった安堵。
もう少しここに早く着いていれば会えたのにと思う、一抹の悔しさ。
あと、目の前の彼女と今彼と一緒に行動しているという少女に対する、ほんのちょっぴりの嫉妬。
圭子の発した小さな言葉には、そんな意味が込められていた。
女三人のリビングに沈黙が下りる。
俯いてコップの中を覗いている圭子と、どことなく居心地悪そうにしているエルルゥ。
(なーんか話しかけづらい雰囲気ね……)
そして、そんな二人を目で交互に見ているマナ。
沈黙は続く。
遠い雨音と秒針が進む音だけが響く。静止した空気の中で、マナがやけにゆっくりと湯呑みを持ち上げた、その時。
きゅるるる──
手が止まる。エルルゥと圭子がパッとマナの方を見る。
(……なんでこんなタイミングでもう!)
二人の間に漂うものを感じ取り、気を使って口を閉じていたというのにこれじゃあもう台無しだ。
乱暴に湯呑みを置き、こっそりと手をお腹に当てる。ああもう恥ずかしい。顔なんてとても上げられない。
「そういえばお腹すいたなー」
「じゃあ、ちょっと待っててください。何か作りますから」
そう言って立ち上がるエルルゥ。
「そんな、エルルゥさん怪我してるのに……」
心配そうに声をあげて立ち上がりかけた圭子を
「大丈夫ですよ。田沢さんの方こそ座っててください。お疲れでしょう?」
そう笑顔で制して、エルルゥはリビングからキッチンへと向かった。
「エルルゥさん、いい人だね」
「そうね」
ごまかすように湯呑みに残っていたお茶を一気に煽ったマナが、圭子の呟きを肯定したとき、
「あれ……?」
訝しげな声がキッチンから聞こえてきた。
「どうしたの?」
「ああいえ、それが……」
キッチンに入ってきた圭子たちに背を向けたまま、戸棚を覗いていたエルルゥは答える。
「確かここに食料が入っていた筈なんですけど、それが無くなってるんです」
「え?」
圭子とマナの困惑の声が重なる。この家に来てすぐシャワーを浴び、その後ずっとリビングでエルルゥと話をしていた
二人には、もちろん心当たりはない。
首を傾げる少女たち。そこに、
「ああ、もしかしたらさっきの人たちが持ってったのかもね」
一人最後に風呂に入っていた少年が、肩にタオルをかけたパジャマ姿でそう言いながらキッチンに姿を現した。
「さっきの人たち、って誰よ?」
少年の方に向き直ったマナが尋ね、少年は相変わらず笑顔のままその問いに答える。
「僕がこの家を見つけたとき、丁度そこから出てくる人たちがいたんだよ。ちょっと遠かったから君には
見えなかったかもしれないけど」
「……念のため聞くけど。あんたがその人たち見かけたのってあんたが胡散臭い顔で『あっちに家があるよ』って言った場所?」
「胡散臭い顔してたかどうかは知らないけど、まあそうだね」
マナの首がカクンと下がる。こいつは能力だけじゃなく、視力まで人並みはずれているのか。
少なくとも彼が家どころかそこから出てくる人影まで補足していた場所では、マナはどんなに目を凝らしてもぼんやりと小さな影が
あるくらいにしか見えなかったのに。そこに向かってしばらく歩いてようやく、その小さな影が家だと分かったほどなのに。
(なるべく考えないようにしてたけど、やっぱりこいつ無茶苦茶だわ……)
「襷が掛かってなかったから、食料だけもらって退散したんじゃないかな」
俯いたままのマナのそんな考えを知ってか知らずか、少年は言葉を続ける。
その言葉に、今度は圭子が反応した。
「逃げ手、ですか?」
「うん。顔の半分を仮面で隠した男の人と──」
だが、少年の言葉はそこで遮られる。
「それって……ハクオロさん!?」
エルルゥが突然発したらしくない大声に、全員が彼女に注目した。
少年が見たという逃げ手たちは、奇しくもエルルゥが探し求めていた人物だったらしい。
それを聞いたときのエルルゥの表情を、そしてリビングでの圭子の表情をマナはベッドの上で思い出していた。
「あんた、ハクオロさんたちが逃げ手だって分かったんでしょ? なんで捕まえなかったのよ?」
「うーん。ほら、やっぱり遠かったしそれに、ね」
含むように言葉を止める少年。マナにも分かっている。あの時、濡れ鼠状態だった圭子は寒さに震え、マナが支えていなければ
真っ直ぐ歩けないほど震えていたのだ。それを放って逃げ手を追いかけることなど、出来よう筈もない。
それでも、考えずにはいられない。
もし、エルルゥがもう少し早く目を覚ましていれば。 エルルゥはハクオロに会えたかもしれない。
もし、自分たちがもう少し早くこの家に来ていれば。 圭子は雅史に会えたかもしれない。
ほんの少しタイミングがずれた所為で、会いたかった人とすれ違う。
この三日で数えるほどの人間にしか出会えなかったマナには、その悔しさが何となく分かるような気がした。
「なかなかうまくいかないものだね」
まるでマナの思考を読んだかの様な言葉を、床に敷いた布団に潜った少年が投げかける。
しかしそれに驚くこともなく、マナは少年に「そうね」と返した。
「もう寝ましょ。明日こそ誰か捕まえるわよ」
「うん。おやすみ」
目を閉じて、静寂に身を任す。
今頃別室では圭子もエルルゥも深い眠りに落ちていることだろう。
暗闇の中、眠気がやってきたことを自覚しながら、マナは一つだけ考えていた。
今日会ったばかりの人のためにこんなことを思うのは、変かもしれないけど。
どうか、彼女たちの夢が幸せであればいいと。
せめて、夢の中で想い人に会えればいいと。
そんなことを最後に思いながら、マナの意識も沈んでいった。
【エルルゥ、圭子、マナ、少年 就寝】
【場所 平地の一軒家】
【時間 三日目深夜】
【登場 【エルルゥ】、【田沢圭子】、【観月マナ】、【少年】】
前方を失踪するバイク、その後方をいくランカーズ、浩平はやや焦っていた。
「くっ、やはりバイク相手は無謀だったのか・・・」
浩平の頼みの綱で前方を走るトウカでさえ、距離を縮めることができていない。
ましてや常人である浩平にとってはすでに視界から消えかけている。
(これを使うしかないか・・・)
そうつぶやき、すっと懐に手を入れた。
「あれ、浩平それ・・・トウカさんの人形じゃ?」
「ああ、こんなこともあろうかとスっておいた。
スフィー、これをあのバイクまで運べるか?」
「泥棒は犯罪だよ!」
などと言う長森を無視して続けて言う、
「これがバイクまで行けばトウカが目覚める筈だ!!」
「ホントにいいのかなぁ・・・?なんか忘れてる気がするんだよね
まぁいいやわかった、えいっ!」
すると、魔法の力で人形がバイクに向かっていく・・・
「・・・はぁ、はぁ。でも、それじゃあトウカさんが捕まえちゃったりしませんか?」
一同「・・・・・・・」
「ゆかり、そういうことは、
もっと早く言ってくれ――――!!!」
「浩平に泥棒のばちが当ったんだよ・・・」
そのころ追走者第一グループ・・・
「む、オボロ殿、何か飛んでくるぞ」
「そんなもん関係ねぇ、トウカ、(うっかりものの)お前には負けねぇ!」
一方、他の鬼たちの状況も厳しかった。
ここは第二グループ、
「ゲェーク!くそ、速ぇ!最初の差がいてぇな・・・」
「はぁ、はぁ、くっ、体がもう乾き始めている・・・屋台でもっと水を補給できていれば・・・」
と、その時、
「むおぉぉーーーー!!!」
疲れの見える岩切の横をまいかを抱えたDが猛スピードで駈けていった。
「く、またこいつに負けるのか?私は・・・」
(私はいったい何のために戦っている?このままでいいのか?)
と、岩切が思ったその時、天使は舞い降りた。
「・・・おねえちゃんお水飲みたいの?」
「何?」
「おねえちゃんお水ほしいならだそうか・・・?
さっきDがひどいことした、まいかからのおわび」
(水?水を持っているのか、しかし・・・・
このような幼女に情けをかけられるというのは・・・このままではいかん!)
「はっ、はっ、いや、わびはもういい。それより、取引をしないか?」
「ん、なぁに?」
「水をくれたらこの勝負、お前達に協力しよう。」
(今から鬼をやっても優勝は不可能だろう、
ならせめて、私を負かせたこの男を優勝させるのが、私なりのけじめ!!)
「いいの?D達もいい?」
「O.K!」
「むおぉぉーーー」
「・・・いっか、じゃあちょっとまっててね。」
そう言うと目を閉じ、精神を集中させる。そして、
「みずのじゅっぽう!」
ばしゃ!水が岩切にかかった。
「な、何!?水が突然!?」
「うう、ごめんね、うまくできくてお水、かかっちゃった。」
(この娘見かけによらず妖術を使うとは・・・あなどれん!)
「いや、これがいい。ふふ、いい戦友になれそうだよ・・・」
「・・・・・ゲ、ゲ、ゲーック!!!」
水は勢い余って御堂にもかかっていた。
「こ、こ、この・・・く、ち、ちくしょー
なんだってこの俺様がこんな幼女に逆らえんのだ――!!」
御堂の叫びが虚しく森に木霊する・・・
「はぁ、いくら私でもバイクはキツイわ・・・力も射程外ね。」
そのさらに後方の追走者第3グループにて、
「はぁ、はぁ、前が騒がしいわね・・・」
香里がぼやいている。だがぼやきたくもなる、すでに彼女の視界にバイクはない、ただエンジン音が響くだけだ。
「あいつらについて行くしかないんだから、しっかりして欲しいわ・・・ふぅ。」
「心配ありません、エンジン音からして方向は間違っていませんから。」
「そうね、ああ、ここでとれないと状況厳しいわ・・・」
「ふっ、ふっ、不味いな、俺たちは追いつけそうにない、郁未も厳しいかもしれないな」
「祐一、弱音を吐いちゃダメ」
「ああ、そうだな、ん?由衣はどうした?」
「・・・祐一、酷い。」
「ぜぇ、ぜぇ、オボロ君は追いつけただろうか・・・」
「久瀬君、追いつけたとしても僕達がこんなに後方ではどうしようもない、頑張ろう!」
「ああ、・・・そうだな」
そして、
「あれ、詩子さん、何か飛んでくる。」
「鬼からの攻撃かもしれないわ!気をつけて!」
「うん、あっ」
ひゅーん、ぽす。
「わ、キャッチしちゃった。
あれ、お人形さんだ。詩子さん、大丈夫みたい。」
むろん大丈夫ではない、詩子の推測はある意味当っている。
その後方にて、
「え?あ?そ、某の人形・・・?
馬鹿な、確かにここに・・・・な、な、無い・・・!?」
「おいおい、まさか・・・」
「ク、クケェ――!!!!!!」
トウカが吼え、一気にスピードをあげる。
「ヲイデゲェー――!!」
「あびゅっ!」
その裏で一人の男が轢かれて犠牲になったことを、誰も知らない・・・
「わっ、わっ、詩子さん、一人すごい勢いで追いかけてくるよ!」
「くそ、なんてやつ!昨日のやつ以上かも知れない!」
「な、なんか叫んでる・・・」
「無視よ、無視!どうせ待てとか言ってんのよ、そうは問屋が卸さないって!!」
「ヲイデケェー――!」
「・・・ヲイデケ?オイデケ?あっ、おいてけ?
置くって何・・・あっ!まさか・・・
鬼さぁーん!これですかぁー!?」
と、そのすぐ後方でものすごい勢いでトウカがうなずく。
「が、がえしてぇーー!!」
泣いていた。
「お人形さん飛ばされちゃったのかな・・・にはは、往人さんもそうだったな。
どうぞ、はい。」
観鈴が手を差し伸べ、
まさにバイクに飛び掛らんとしていたトウカの手に人形をポンっと投げる。
「あ、か、か、かたじけない!!」
「にはは、今度はなくさないようにね?」
そういってにっこり微笑む観鈴。
その笑顔は覚醒状態から戻ったばかりのトウカには、太陽だった。
「か、かわいいにゃ〜」
ぶろろろろ・・・
「何あいつ?固まってるわ・・・ちょうどいいけど」
バイクはトウカを置いて走り去っていった。
ぶろろろ・・・
バイクで奔走すること約10分。
「・・・なんか嫌な感じね」
「どうしたの?」
「うん、ちょっとエンジンから異音がするの、結構無茶してるからかな・・・
観鈴ちゃん、追っては今どうなってる?」
「うん、声は遠くでするけど姿はもう見えないよ。」
「よし、しょうがないわ、いったん何処かに隠れましょう。」
「うん」
がさがさ、バイクを降りてちょっとした茂みを掻き分ける
「この辺がいいんじゃないかな。」
「そうね、さて、バイクを診なきゃ。」
「ううん・・・
・・・ああ、もう、よくわからないわ。こんな時涅槃の師匠なら・・・」
(おかあさん・・・)
「ああ、師匠私に力を!!]
(お母さん、私、もう、ツッコメないよ・・・)
「・・・それでどうかな?」
「ええ、たぶん大丈夫だと思うんだけど、油断はできないわ。
ずっと二人乗りで無茶してきたから調子が悪いのよ。」
(二人乗り・・・今、鬼に見つかったら・・?)
「とりあえず鬼は撒いたみたいだし注意しながら茜達の方へ歩きましょう。
いざとなったらバイクってことで。歩きなら音で探知されることもないだろうし。」
「うん・・・」
「さぁ、歩きましょうか?罠があるかもしれないから気をつけてね。」
(今、鬼に見つかったら・・・それならまだいいかもしれない、
でもあの大勢の鬼に囲まれたら・・・?きっと、もう・・・
そうなったら、私は・・・?わたしは・・・。
頑張らないとダメだよ、うん、だって詩子さんは、私の・・・
・・・観鈴ちん、ふぁいと!・・・・ん、あれ?)
急に、足に違和感があった。
そして直後、体が平衡を失う。
「わっわっ・・・」
ついに、足が地面から離れた。
ベシャッ!!
「観鈴ちゃん!」
「こんなところで転ばないでよ、大丈夫?」
「が、がお・・・」
(み、みすずちん、ふぁいとぉ・・・)
【詩子、観鈴 徒歩で茜たちを探す、バイク、調子が微妙】
【鬼たち 一時的に見失う】
【場所 山間部】
【時間 四日目昼過ぎ】
【登場 柚木詩子、神尾観鈴、【御堂】、【岩切花枝】、【ディー】、【宮内レミィ】、【しのまいか】、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】
【澤田真紀子】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【名倉由依】、【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】、【折原浩平】、【長森瑞佳】
【伏見ゆかり】、【スフィー】、【トウカ】、『イビル』、『エビル』】
バイクで逃走した詩子&観鈴の逃げ手に対し、追うランカーズ達は分断されてしまっていた。
何故かまいかを抱きかかえたまま爆走するディー。
それと併走する、文字通り水を得た魚状態の岩切。
それらが通り過ぎていった時に、我をとりもどし追跡を再開したトウカ。
まいかの水の術法によるダメージで一足遅れた御堂。
そして、自分を上回る速度の者が多いことに辟易しながら走る不可視の力の持ち主、天沢郁未。
この6人の鬼は、バイクの後方約1キロといった地点で、音の止まったバイクの…そしてその乗り手の捜索を開始した。
さらにその後方2キロといった地点、残りの鬼達は相変わらず走っていた。
が、その様子は様々だった。
「うう、D、まいかぁ〜……」
最初はディーの超スピードについていっていたレミィだが、とても長距離を走れるペースではなくおいていかれていた。
この鬼ごっこが始まってから、ディーと出会って以降、初めて感じる孤独。
レミィは打ちひしがれて、涙を流しながら、それでも走っていた。
そんな様子を見かねて、香里は声をかける。
「ちょっとあなた、大丈夫?なんだか泣いてるみたいだけど」
「うん、ちょっとFamilyと離れちゃって…グスン」
「家族と……」
自分も家族を思い出そうと――して即座にやめた。
ロクでもない妹のことが頭をよぎり、家族のために必死になれるレミィが少し羨ましかった。
「大丈夫、そんなに大事な人なら、すぐに会えるわ」
「うん………サンクス」
「あの、香里様、お取り込み中申し訳ないのですが、1つ提案が……」
「え、なに?」
「他の鬼に聞かせてよいものか判断しかねます」
レミィの方をやや見、遠慮がちに呟くセリオ。
香里はセリオの視線の先をレミィとみとめ、特に迷うことなく返す。
「ああ、別に構わないわ」
「では、申し上げます。つい先ほどバイクの駆動音が消えました」
セリオの発言に、足を止める香里とレミィ。
後を走っていた鬼たちも、何事かと足を止めた。
「そうなの?私は、聞こえなくなるほど進んじゃったかぁ、って思ってたんだけど」
先ほどまでの会話をちゃんと聞いていたらしい加奈子が言う。
「いえ、どうやら、エンジンを止めたようです。バイクを放棄したのか、押しているのか詳細は不明ですが」
「あなたって、目だけじゃなくって、耳もよかったのね。さすが、来栖川ご自慢の最新鋭のメイドロボット」
「お褒めに預かり恐縮です、真紀子様」
「セリオ、それで提案って?」
「はい、このまま走り続けた場合、逃げ手の方々に追いつけたとしても先行している鬼が捕まえてしまう公算が大きいです」
「あの人たち、異様に速かったからねぇ」
「ここからは推測になりますが、先行した鬼は、まだ逃げ手に追いついていないと思われます」
「Dも?」
「Dという方がどなたかは存じませんが、先ほどの鬼たちとバイクの相対速度から計算すると、追いついていないはずです。
さらに、視界があまりよくないここでは、バイクの音を頼りに進んでいたはずですから、かなり発見は困難なはず」
「あのバイクの子達も、よくこんな道を走っていたわよね……」
真紀子はこみっくパーティーでよく見かけるバイク便の女性を思い出していた。
今もこの島のどこかにいるはずの彼女も、もしかしたら実行できるかもしれない、などとおぼろげに思っていた。
「そこで、逃げ手の先回りをすることを提案します」
「先回り……そんなことが出来るのか!?」
「相沢君、なんで話に加わってるの?」
「ん?さっきいいって言ったのは香里だろ?」
「あなたに対して言った覚えは無いわ」
「香里様に確認した時に、こちらも伺ったつもりだったのですが……」
少しすまなそうにセリオ。
先ほどのセリオの視線の先には、レミィだけでなく確かに祐一や舞もいたのだが、香里は気付いていなかったのだ。
「深く考えててもしょうがないぞ、香里。お前も気に病むな」
「あなたがそれを言うわけ?」
「………祐一、話が先に進まない」
祐一にチョップをかましながら、舞が言う。
「川澄先輩もいたんですか!?」
「セリオ、いいから話進めちゃいなよ」
遅々として進まない議論に少しだけ苛立ちを感じつつ、香奈子は促す。
「わかりました、香奈子様。
先ほどの逃げ手の向かった方向、そして鬼の今までの言動から、鬼の行く地点を予測し、先回り出来る道を導き出しました。
この予測が正しければ、先行している鬼を追い越すことさえ可能だと思われます」
「正しければ?随分と含みがある言い方だな?」
「それは……相沢様でよろしかったでしょうか?」
「ん、ああ、俺は相沢祐一。こっちは川澄舞。で、俺は祐一で構わないぜ」
「……私も舞でいい」
「了解しました、祐一様、舞様。私はHMX−13セリオ。セリオで結構です」
「ん、よろしくなセリオ」
握手を交わす祐一とセリオ、つづいて舞とセリオ。
「セリオ、近々敵になる相沢君と仲良くなってもしょうがないわ、それより続きを」
「はい。予測位置に逃げ手が到達する可能性が62%なのです」
「62…微妙な数字ね」
ちなみに、方向性で60%。ナチュラルハイになっている詩子の行動は2%程度の要素でしかない。
要するに、機械でも動きが読めません、流石は詩子さん。
「で、どうするの、香里さん?」
真紀子は決断を促した。
「そうですね…普通に走っていっても、確かに間に合わないだろうし、セリオに賭けましょう。セリオ、ナビお願い」
「了解しました。祐一様達はどうなさいますか?」
「セリオ、その人たちにかまう必要ないんじゃない?」
何故か丁寧に祐一達に尋ねるセリオと、逆に構う気が全然無い香奈子。好対照。
祐一は、答えた。
「ん、俺たちも便乗させてもらう」
「祐一。由依はどうするの?」
「大丈夫だ、舞。アイツなら、きっと1人でも俺たちをちゃんと追ってこれるさ!」
「………」
無駄に爽やかに答えた祐一と、訝しんでいるのか答えない舞。
が、沈黙は一瞬だった。
「……わかった。祐一を信じる」
無垢な瞳が祐一を見つめ、祐一は少し心が痛んだ。
――騙されてる、騙されてるよ、舞。
そして、後ろ―由依は全然追いつけていないようで、姿さえ見えない―を向いて思う。
――由依、もしもまた会えたら、またチームを組もうぜ。
「祐一様、出発いたします」
「ああ、行くか」
こうして、香里・セリオ・香奈子・真紀子・レミィ・祐一・舞による先回りA班が結成され、走り出した。
「浩平、あの人たちについていかなくていいの?」
「ああ、俺たちはこっちから行く」
そう言って、セリオたちが行った方向とはまるで逆の方向を指す浩平。
「え?え?あの人たちが行ったのと逆方向ですよ?」
「大丈夫だ伏見。柚木達は、茜達を探すって言ってたからな。こっちからでいい筈だ」
「でも、あの人たち結構自信ありそうだったよ、浩平」
「心配するな長森、方向だけでなく俺の第6感もこっちだと言っている!」
「勘なの!?」
「案ずるな、スフィー。俺がお前と長森を見つけたときも勘で見つけたぞ」
「はぁ……全然根拠になってないよ……いかにも浩平らしいけど」
溜息をつきつつ、納得するというある種達観した行動をとる瑞佳。
しかも、笑顔が浮かんでいるのは、流石は瑞佳、といったところだろう。
「あ、でも、トウカさんはどうするんですか?」
瑞佳と同じくらい人を気遣う性格のゆかりが言った。
「確かに、それは問題なんだよな……」
「あ、それなら大丈夫だよ、こーへー。
さっき人形に魔法をかけて飛ばしたでしょ?あれに、私の魔力が少し残ってるから、見つけられるよ」
「トウカなら、確実に取り戻してるだろうしなぁ…。よし、ってことで不安要素無し。行くぜ皆の衆!!」
「おおーっ!」
「うんっ!」
「は、はいっ!」
先頭を歩く―走ったところで、どうせペースをあわせるなら一緒だろ―浩平とそれぞれらしい返事をして続く女性陣。
先ほどの浩平の不安要素、という言葉がひっかかり瑞佳はぽそっと呟いた。
「トウカさん、浩平の所為でお人形が無くなってたって知ったら怒るだろうなぁ」
「バカ長森!不吉な事を言うんじゃない!だからお前はだよもん星人なんだ!!」
「私全然だよもん言ってないもん!バカバカ言ってる浩平の方こそ、バカバカ星人だもん!!」
「なんだと!?俺は美男子星から来た美男子星人だ。ああ美男子美男子美男子!!」
「美男子星人だからって全員美男子なわけじゃないもん!」
「ゆかり〜、この2人、仲いいよね」
「うん。羨ましいくらいです」
浩平と瑞佳はいつもの通りのやりとりをしながら、スフィーとゆかりはなんとなく温かく見つめながら、歩く。
そんな様子で先回り組B班は動き出した。
「オボロ君、しっかりしろ、オボロ君!!」
2つの先回り班が動き出したのに、久瀬達は動けないでいた。
オボロがどうしたことかボロ布のようになって倒れていたのだ。
「く、久瀬か……ユズハに……兄は戦って散っていったと……そう伝えてくれ」
「オボロ君、(多分)傷は浅いぞ、しっかりしろ、オボロ君!!」
「頼んだ……ぞ」
そう言い残して、オボロは息絶え……
「オボロくぅーーーん!!!」
「……久瀬君、盛り上がっているところ悪いが、どうやらオボロ君は眠ってしまったようだ」
「なんてややこしいことをするんだ、この男は!」
……たわけもなく、ちょっとキれる久瀬。
ちなみに、オボロの遺言(死んでいないので、この表現はおかしいのだが)は真実を伝えていない。
トウカに轢かれた後、ディーに踏まれ、岩切に踏まれ…と後続の鬼に片っ端から踏まれたのだ。
久瀬と月島以外で踏んでいないのは、抱きかかえられていたまいか、それ以外では瑞佳とゆかりくらいのものである。
人間を第一に考えるはずのセリオにさえも踏まれたオボロ。ちょっぴり哀れ。
「しかし、どうする久瀬君。オボロ君がいなくては、僕達があの逃げ手を追っても、捕まえる事は難しいよ」
「確かに……どうしたものか」
久瀬が思索を巡らせ始めて、中断された。大きな声に。
「ああーっ!追いつきましたよー!!」
「酷いんですよ、祐一さんったら、お会計を任せておいて、お金を預けてくれないんですもん」
後ろからようやくやってきた由依の愚痴を、久瀬と月島は何故か正座をさせられて、由依の愚痴を聞かされていた。
「ええっと、それは僕達には関係ないんじゃぁ……」
「あるんです!ちゃんと最後まで聞いてください!!」
そういって、由依は回想する。
「あの、お会計お願いします」
「ああ、これだけだな」
イビルが出した金額に驚く。
「え、ちょっと高すぎませんか?」
「む?お前達7人分、ちょうどの値段だが」
「7人?祐一さんと郁未さんと舞さんと、私……4人のはずですけど」
「他に男が3人いただろう?」
「それは別のチームですよ!」
「だが、あいつらも未払いだ。取立てはお前に任せるから、とりあえず立て替えるだけでも立て替えろ」
有無を言わさぬ口調のエビルに、由依は自分の財布を取り出し、支払わざるをえなかった。
「月島さん、会計を済ませてくれたんじゃなかったのか?」
「僕はてっきりポイントゲッターである君が支払ったとばっかり……」
二人の生徒会長。多分無銭飲食は初めてだったのであろう、責任のなすりつけ合い。
「内輪もめはいいです!おかげで私のサイフすっからかんなんですよ!
しかも、手間取っちゃったから祐一さんも舞さんも郁未さんもいないし!!
郁未さんはいつも私のこと貧乳貧乳言うし!!!」
最後は完全に愚痴になっている由依。
自分達にも非があるので、強く言えない久瀬と月島。
が、そんなはずの月島は恐ろしい事を口走ってしまった。
「確かに貧乳だね。ルリコに比べれば、形も大きさも悪そうだ」
「月島さん、なんてことを…」
止めようとする久瀬、だがもう遅い。
「貧乳って言うなぁぁーー!!!!」
由依、キれた。
ガミガミと長々と、某不可視の力持ちの―しかしこちらは豊満な肢体の持ち主の―女性のように説教をたれ始める。
お説教を聞き流しながら、久瀬は思った。
――これは、もうあの逃げ手の追跡は無理だろうな……。
「ちょっとそこ、ちゃんと聞いているんですか!?」
「は、はい!」
【俊足鬼6人(ディー・まいか・岩切・トウカ・御堂・郁未)先行】
【香里・セリオ・香奈子・真紀子・レミィ・祐一・舞 セリオのナビで先回りを試みる】
【浩平・瑞佳・スフィー・ゆかり 浩平の勘を頼りに先回りを試みる】
【久瀬・オボロ・月島 ランカーズマラソン脱落、さらに由依のお説教】
【祐一、由依を見捨てた?】
【由依、久瀬たちに合流?それとも…】
【場所 山間部・詩子&観鈴から離れている3キロほど(俊足鬼は1キロほど)離れている】
【時間 四日目昼過ぎ】
【登場【ディー】、【しのまいか】、【岩切花枝】、【トウカ】、【御堂】、【天沢郁未】、
【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】、【澤田真紀子】、【宮内レミィ】、【相沢祐一】、【川澄舞】、
【折原浩平】、【長森瑞佳】、【スフィー】、【伏見ゆかり】
【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】、【名倉由依】
『イビル』、『エビル』】
こちらに向かって走ってくる獲物を見て、冬弥は一人ほくそ笑む。
狙い通り、奴等は森の一本道を一直線に駆けてくる。
(あとはタイミングだけ、間違えないように……)
自らの生命線である罠の紐をいじくりながら、冬弥は息をひそめて「その時」を待つ。
「柳也様。この先に誰かいます」
裏葉の人間離れした勘は、手を引かれて走っている最中でも些かも衰えることなくその気配を察していた。
「待ち伏せか」
「おそらくは」
短いやりとり。それ以上の言葉は二人には必要ない。視線を合わすことさえなく、ただもう一度ぎゅっと相手の手を握りしめて走る。
徐々に、徐々にだが差は縮まってきている。
(走りにくい服、走りにくいこの道で随分器用に逃げ回ったが……)
純粋な走力ならこちらに分がある。決着は近い。
ちらりと隣を走る綾香を見る宗一。
コクリ。
視線を合わすだけで意味を汲んでくれたのか、何も言わずに綾香は首を縦に動かす。
即席だが頼もしい相棒に再び口元を歪めながら、宗一はさらに足に力を込める。
そして、この場に集った三組五人の第一ラウンドが始まる。
(…………今だ!)
ゴングを鳴らしたのは冬弥だった。
パァンッ!!
軽い、乾いた爆発音が森に響き渡った。
それは冬弥が仕掛けたたった一つの罠。紐を引くとその先に結ばれていたつっかえ棒が外れ、せき止められていた石が木から落下、
その下に敷きつめられていた大量のかんしゃく玉が破裂する、いわば即席のこけおどし地雷である。
相手が尋常ならざる反射神経の持ち主なら。
その反応速度を逆に突く──!
人間が視覚の次に頼りにし、それでいて目視よりも防ぎにくいもの──音。
かんしゃく玉を彼らの行く道に仕掛けなかったのは、万が一にでもそれを気取られるわけにはいかなかったから。ただ者でない奴等なら、
仕掛けに気付いて飛び越えてしまうかもしれないから。相手を仕留めることよりも、一瞬で良いから奴等の足を止めることを優先した故の
決断だった。
そして、仕掛けた罠は見事に役割を果たしてくれた。だって、その音が鳴りさえすれば
「キャア!!」
身は竦み、足が止まる。止まらざるを得ない。それが人間の身体に染みついた「反射」なのだから。
「ク!」
音のした方、左前方の草むらに向かって柳也が身構える。右手で握っていた裏葉の手を離して。
(流石、良い反応だ──!)
それを見て反対側、柳也の右後方から飛び出す冬弥。冬弥が今まで潜んでいた木は今の夫妻と宗一・綾香組の中間に生えていた。
皆が炸裂音に驚いて固まっている中、その一瞬の隙をつく。この距離ならもう、負けはない!
冬弥は己が勝利を確信した。
「グェ!」
己の勝利を確信した瞬間、冬弥の口からまるで潰れたヒキガエルのような声が漏れた。
もちろん喜びの声ではない。いきなり襟を掴まれてそのまま引っ張られたため、喉が圧迫されたせいで出た声だ。
やったのは日本が誇るトップランカーエージェント、那須宗一。
一瞬。正に冬弥の行動は一瞬の出来事だった。
しかし、天から与えられた能力と積み重ねた経験が内包された宗一の身体は、一瞬にも満たぬ刹那の間に次の行動をとっていた。
意識しての行動ではない。大きな音を聞いて思わず身が竦んだのと同じ、反射的な行動。
例え隙をつかれても飛び出してきた敵──そう、敵だ──を本能的に排除する、エージェントなんてものを生業にしているが故に
身に付いた強さ。
引き寄せた冬弥の身体を半回転させてこちらを向かせる。同時に左手で相手の右肘を取り、今度は自分が半回転、そのまま
投げに持っていこうとする。その時、未だ固まっている綾香の姿が目に入った。
「綾香ぁ!」
叫んだのは彼女の名前だけ。だが、その気合いと信頼のこもった一言で、固まっていた綾香は元に戻った。
一度だけ重なる視線。そしてその一秒後、宗一が冬弥をさっきまで降っていた雨のせいでぬかるんでいる地面にたたきつけた音と、
綾香が柳也と裏葉に向かって駆け出した音が重なった。
バシャン、という水音が第二ラウンド開始の合図だった。
右肘を掴んでいた左手は残し、頭だけは打たないようにしたが、宗一の投げは完璧だった。
本来なら訓練された兵士でさえ沈める一撃だ。手加減しているとは言え、受け身も知っているかどうかという素人では
しばらく立ち上がることもままならないだろう。もしかしたら気絶しているかもしれない。
「死んじゃあいないよな……悪いね、これも勝負だから」
そう言い残し、柳也相手に苦戦している綾香に加勢に向かおうとする。
その足が誰かに掴まれた。
「行かせないよ、クソガキ君」
「ッ、何だと?」
払いのけるのは容易かったが、同時に発せられたその言葉に宗一の動きが止まる。
自分を「クソガキ」と呼んだこの男。さっき会ったときは互いに名前を名乗っただけだったが、参加者の情報は初日に頭に入れてあった。
藤井冬弥。大学生。確かに年はこいつの方が上だが、だからといってクソガキ呼ばわりされるいわれはない。
大体、自分をそう呼ぶ奴はもう既に一人いる──そこまで考えが及んだところで、不意に確信した。
「そうか……あんた醍醐隊長になんか吹き込まれたな!?」
「ご名答」
ニヤリと笑ったその顔が語っている。せめてこの手は離さない、と。
考えてみれば、あの罠も含めてこいつが仕組んだあの奇襲は素人にしては出来過ぎていた。そして、あの投げを受けてなお動けるという
事実、要するにこいつは素人じゃない。罠や格闘戦について誰かに師事した人間だ。
加えて自分を「クソガキ」と呼ぶ男と言えば、その正体は火を見るより明らかだった。
「へっ、まさかこんな所であのオッサンの影を見ることになるとはな」
息を吐く。だが如何にあの醍醐隊長に鍛えられた人間とは言え、もう勝負は付いている。これ以上この男に時間を費やすことはない。
冬弥から目を離し、改めて綾香の元へ向かおうとする宗一。
だが、宗一が思考と会話に時間を割いている間に、戦局は大きく動いていた。
バサバサと、とても大きな風の音がする。
宗一が最後に見た冬弥の顔には、「してやったり」とでも言いたげな笑みが浮かんでいた。
駆ける少女と迎え撃つ侍。
こけおどしの炸裂音による硬直から解かれた男が、かばうように連れ添いの女の前に立つ。
そんなことはお構いなしに、一直線に突っ込んでいく綾香。
(小細工は無し……速攻で決める!)
ここに来て駆け引きなんて出来ないし、必要ない。今求められるのは速さと正確さ。それを以て、ただ触れればいい。
放たれた矢のようにただ真っ直ぐに獲物に向かって飛んでいく。
その様子に柳也は刹那目を細め、
チャリッ
その手が鯉口を鳴らし
ゾクゥッ
あのイヤな感じが再び放たれる。
でも。
「それがどうしたってのよ!」
もう止まらない。
来栖川綾香は負けることが嫌いだった。そして、結果を出さないことはもっと嫌いだった。
相棒は結果を出した。自分が石像のように突っ立っている中、誰よりも早く動き、待ち伏せていたライバルを蹴散らした。
その相棒が、自分の名を呼んだ。気合いと信頼のこもった声で。
たとえ急ごしらえのカップルでも、その声に応えられないような自分では、絶対に、無い。
そんな信念が綾香の足を止めさせない。獲物まで残り三歩というところで綾香は思いっきり手を伸ばした。
「クッ!」
呻く柳也。
止まらない。生半可な殺気では、この少女は止まらない。
一瞬迷う。しかしそんな迷いは次の一瞬で消し飛んだ。
迷っている暇など無い!
柳也は、
綾香を止めるため、
腰の刀を、
鞘ごと抜きはなった。
・ ・ ・
「はああぁっ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
そのまま右手で鍔を、左手で柄頭を押さえて袈裟切り、返し、突く。
とてつもなく不格好で理に適わない攻撃方法だが、それでも猪のように突進してくる少女を怯ませることは出来た。
そして、その間に裏葉は準備を終えていた。
威嚇の素振りのために三歩進んだ所を二歩で戻り、先刻離した愛妻の手を再び握る柳也。
にこり、とこんな時にも関わらずいつもの笑顔を見せる裏葉。
その顔がきりっと引き締まり、
「散!」
凛とした声が響くと同時に、強い風が森の中に吹き荒れ始めた。
裏葉が使ったのは幻術と念動力の中間のような術で、木の葉を舞い散らして相手の目を欺くためのもの──忍者の使う「木の葉隠れの術」
というのが一番イメージに近いだろう。
「くそぉ、しまったぁ!」
「待ちなさい! ちょっと!」
宗一と綾香が声を張り上げるが、そんなものでは止まらない。その間にも木の葉は吹雪のように森を、視界を埋めていく。
そして、かすかに見えていた夫妻の姿が、舞い上がった木の葉に隠れて完全に見えなくなり──
──バサッ!
「っ! 痛ぅ……」
「う、裏葉!」
突然落ちてきた木の枝が、夫妻の繋がれた手を直撃した。
離れる手。集中力を乱し、舞い上がった木の葉が重力に引かれて地面に還る。
思いがけない出来事に全員の足が止まり、空白の時間が生まれる。
そんな中、滅多に歪むことのない裏葉の表情が驚愕に彩られる。まるで、信じられない物を見てしまったように。
裏葉のその目が自分の背後にある何かを捉えていることに気付いた綾香は、その視線を追って振り返る。
そこに──
「ね、姉さんっ!」
来栖川芹香が、立っていた。
何故芹香がこの場にいるのかと問われれば、追ってきたからと答えるしかない。
そう、あの後芹香はチェイスを続ける綾香たちを追いかけて来ていた。
倒れた三人とそれを診る姉妹、追跡を諦めた彼らを置いて自分一人そのような行動をとった理由はただ一つ。
もう一度裏葉に会いたかったからだった。
──芹香は常々思っていた。幼い頃から今まで、ずっと魔術というものを学んできた生活の中で。
いくら魔術書を読みあさっても、増えるのは雑学もどきの知識だけ。本当に魔法が使えるようになるわけではない。
石を金に変えることもできないし、不老不死の薬を作れるわけでもない。せいぜいがただのおまじないよりはもう少し頼りになる程度の
儀式や、雑誌の片隅に載る物より的中率の高い占いなど、そんなあやふやなものが芹香の使える「魔術」の限界だった。
芹香にだって分かっている。科学万能のこの時代に、なんでも出来る魔法なんてもう無いことを。
しかし、綾香と一緒に追いかけたあの二人組の片割れはそうでは無かった。
手を触れずとも動き出す人形、一枚の札から生まれた炎、それらは芹香が触れたことのない本物の「魔法」だった。
ゆえに芹香は裏葉に惹かれた。二人のコンビネーションに火を付けられた宗一や綾香と同じように。
決して速いとは言えない足でやっと彼らに追いついたとき、裏葉はその秘術をもって逃走を図っているところだった。
やっぱりあの人は凄いと思った。正面切って挑んでもとてもかなわないことを悟った。
それでも。
ただ黙って見ているだけ、なんてことはしない。
たとえあの女性ほど分かり易い効果は上げられないとしても。
──それが裏葉に対する、まがりなりにも魔法使いを志す者としての意地。
だから、芹香は膝が濡れるのも構わず地に跪き、自分と彼らを包むこの森に「お願い」した。
あの人を、止めたい──!
そんな芹香の「お願い」を本当に森が聞き届けたのか、それは誰にも分からない。
もしかしたらただの偶然かもしれない。天文学的確率とは言え、自然に折れた枝がたまたますぐ下にいた人物に当たる可能性だって
ゼロではないのだから。
しかし、少なくとも今この場でそれを「偶然」と片づける人間は居なかった。
あの、黒いとんがり帽子にマントを羽織った少女が「魔法」を使ったのだと、みんな直感的に理解していた。
「姉さんッ……!」
「あの少女……」
呆然とする綾香と裏葉。
そしてその間に、二人の男たちは次の行動に移っていた。
那須宗一は呆然としている裏葉の隙を見逃すような男ではなく、また柳也はこれしきで隙を見せるような男ではなかったのだ。
「逃げるぞ、裏葉!」
「え、は、はい! 柳也様」
裏葉の手を引いて駆け出す柳也。ほんの数瞬前まで裏葉の身体があった場所を、宗一の手が空しく泳ぐ。
「クソッ、抜け目のない野郎だ……おい綾香、追うぞ!」
「う、うん!」
手を引いて逃げる柳也と裏葉、それを追う宗一と綾香。
様々な思惑が交錯したこの勝負も、結局振り出しに戻ると言う結果に終わってしまった。
「姉さん! 手助けしてくれてありがとう!」
駆け出す直前、綾香は大切な姉であり、本物の魔法使いである芹香に礼を言った。
返事は聞かない、聞こえない。それでも綾香はあの寡黙な姉が、ガンバッテと励ましてくれたことが分かった。
(うん──頑張るからね、姉さん)
これもきっと、一つの魔法。姉妹だから使える、以心伝心という名の素敵な魔法。
無言で伝わった励ましを胸に、綾香は再び宗一に並んで走る。
斯くして、先回りした冬弥が仕掛けたこの場所で決着が付くことはなく、彼ら四人のチェイスは続行されるのであった。
【柳也、裏葉 チェイス続行、森の中をさらに東へ】
【裏葉 手の甲にちょっとした怪我を負う】
【宗一、綾香 夫妻を追いかける】
【冬弥 宗一に投げをくらいしばらく動けそうにない】
【芹香 チェイスには参加せず、冬弥の介抱】
【時間 四日目朝】
【場所 森】
【登場 柳也、裏葉、【那須宗一】、【来栖川綾香】、【来栖川芹香】、【藤井冬弥】】
「……どうやらなかなか愉快な状況みたいですね」
ランカーズ追撃戦。喧噪が通り過ぎ、ふたたび静寂を取り戻した山間の小道、そこに一つの人影が現れた。
「美坂の奴がいたな」
「折原まで……」
否、三つ。
「どうやら鬼の方々は三つのグループに分かれたようです。正確には後ろの方にも一個あるんですけど、まぁこれは脱落組でしょうから無視してかまわないですよね」
先頭に立つ、リーダー格の人影――別名『ロクでもない妹』美坂栞は、最終兵器のモニタに映し出される鬼の動きをのぞき込み、唇をニヤリと歪める。
「道を直進するグループ。脇道へと逸れたグループ。その反対側へと向かったグループ……」
「美坂の奴は脇道へ行ったみたいだな。あいつらしい、ロジカルな行動だ」
「折原は大方第六感に従ったんだろうな。相も変わらずひねくれ者だな」
若干、沈黙が場を包む。
「……で、栞ちゃん。これからどうするんだい?」
北川の問い。栞は唇を歪めたまま答える。
「……鬼の撃滅――に決まっています。大方みなさんの向かう方向には逃げ手の方がいらっしゃるのでしょうが、今更私たちが追っても捕まえることができるとは思えません――
――地図上の点の動きを見る限り、先頭グループはそれこそ恐るべき速度で駆けているようですから」
「なら……どのグループの妨害を?」
「決まっているじゃあないですか」
何を今更、と言わんばかりに、
「人数が多いところを狙います。脇道組その1……。見たところ緩やかな円を描きつつ移動しているようですし、この分なら私たちの足でも十分先回りできます」
モニタ上では森を進む7つの点が瞬いている。
「け、けど、そっちには美坂や相沢が……」
不安げな北川の問い。しかし栞は怯まず、
「ちょうどいいです。むしろ望むところです。そろそろお姉ちゃんとの決着もつけておくべきかもしれませんしね」
「……お姉ちゃんて……確かアレだろ。唐辛子ブッかけて俺たち捕まえたあの彼女」
「ああ。その通りだ」
「……勝てるのか?」
「問題ありません」
栞は断言する。
「私たちは向こうの行動が手に取るようにわかります。この情報差は大きい――それに、先回りできるということはすなわちお二人の罠の効果を十二分に発揮できるということです。
そして何より――」
呟きながら、最終兵器のセーフティ、それをガチャリと外す。
「……私たちには、コレがあります。負けやしません。負けやしませんよ……お姉ちゃんにはこの鬼ごっこが終わるまで休んでてもらいましょう……」
フフフ……と勝利を確信した笑みを漏らす。
葉鍵鬼ごっこ、終盤戦。混沌とする山間部にさらなる混沌を呼ぶ女が現れる。
竜虎相搏つ最終決戦が近づいていた。
【四日目昼過ぎ山間部の道。俊足組からはだいぶ距離アリ】
【栞 先回りA班に狙いをつける。最終兵器準備完了】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】】
保守age
「チィ! どこに消えやがった!」
ランカーズ追撃戦先頭グループ・俊足鬼ズ。
「クッ、見失ったか!」
「参ったわね……ここまで来て」
脇道に逸れた後続グループの数キロ先。木々が互いに遠慮したようなその山腹の開けた場所で一行は立ち往生していた。
「呆けてる暇は無い! 探すわよ!」
不可視の力を解放。筋力を増強し、木の上に飛び乗ってあたりを見回す郁未。
「だが! みすみすここまで来て! 獲物を逃すわけにはいかん!」
いきみ勇んで森の中へと飛び込むトウカ。
「………………」
無言のままその場に蹲り、地面を調べ出す御堂。
そして……
「……ふむ。さすがは文明の力。我らの脚を持ってしてもそう簡単には追いつかせてもらえない、か……」
岩切は憮然としたまま広場の中心に佇み、特に何をするというわけでもなく他の面々の様子を眺めていた。
「……ガッ、ぐっ……ううう……ッ……!」
「でぃー……だいじょうぶ?」
Dはその脇でまいかを胸に抱いたまま突っ伏し、苦しげなうめき声を漏らしている。
仙命樹の催淫効果(別名精神的疾患)による精神の高揚。理性の崩壊は驚異的な精神力で押さえ込みつつ、
引きずられるように肉体の限界ギリギリの力を発揮してここまで来たDだが、すでにリミットはすぐそこまで近づいていた。
「だ、大丈夫、だ……この程度……あ、崇められうたわれるものである……こ、この私が……この程度で……
そ、それに……すぐ近くに二人の逃げ手が、いるのだ……こんなところで……倒れるわけには……」
「でぃー……けど、けど、れみぃおねぇちゃんが……」
「レミィ……だと? そう言えば……」
「よっしゃ!」
その時、御堂の喚声がDの思考を止めた。
叫ぶと同時に御堂は広場から続く山頂への道を駆け出す。
「やはり最初に見つけたのは御堂か! 追うぞ! D!」
声に驚き一瞬動きを止めた郁未とトウカとは違い、岩切はそれを認めるとすぐさま後に続く。
「ど、どういうことだ……?」
「我らの間でも特に御堂は山岳戦における追跡術の成績がダントツであった! 奴なら放っておいてもバイクの痕跡を見つける!
苦労して自ら探す必要などない! 我らは奴の後をついて行けばよいのだ!」
「な、なるほど……」
まいかを抱いたまま岩切の横を疾走するD。
さらにワンテンポ遅れ、郁未とトウカもその後ろについた。
そして一行は御堂の後を追い、道の途中の大きな段差を超えたところで――
「ああ、その通りだぜ岩切。確かに俺ァこいつだけには自信がある。山岳訓練では坂神のヤローにだって結構勝ってたからな」
「……なッ!?」
一行の目の前に飛び込んできたのは、段差の影に潜み――こちらに銃口を向けた御堂の姿であった。
「それを知ってるお前なら、性根の悪ィお前ならそうすると思ったよ。せいぜい俺を利用すると思ったよ」
狙いをつけ、迷わず引き金を引く。
バシュッ! バシュッ! バシュッ! ……バシュッ!
……四回。
「クッ!」
「ちぃっ!!」
「おのれ!!!」
すんでのところでかわす岩切。
不可視による防護壁で叩き落とした郁未。
迫る粘着性の塊を一瞬の抜刀術で切り払うトウカ。
さすがはこの人外レベルの追撃戦に追いついてきた者たちである。御堂の狙撃とはいえ、そう簡単には喰らいはしない。
だが……
「ッッ! ……まいかッ!」
「え……っ? きゃあっ!!!」
この二人は、別である。
目の前の獲物を追うことのみに全てを傾注、精神の変調を誤魔化していたD。
そんな彼に抱きかかえられたままの、多少不思議な力を使えるようになっても基本的にはただの子供であるまいか。
この二人に、近距離からの御堂の銃撃を避ける術などなかった。
Dは奇跡に近いギリギリの反射で己の懐の中にまいかを隠す。
しかし――それが、限界だった。
「ぐあぁっ!!」
上半身に弾の直撃。そのままもろに吹き飛ばされ、数回地面に転がったところで巨木に背中を打ち、止まる。
「D!」
岩切の叫びにも反応しない。
「馬鹿共が!」
一方御堂は未だ固まったままの三人の間をすり抜け、一直線に反対側の道へと下っていった。
「俺が跡を見つけたのはこっちの道だよ! 見事に引っかかってくれたなケーーーーーッケッケッケ!!!!」
高笑いとともに山道を下っていく。数瞬遅れ、我に返ったようにトウカと郁未が走り出す。
「某としたことが! かような単純な手に乗ってしまうとは! ええい修行が足りんぞトウカ!」
「くっ! 私としたことがつられちゃうとはね! けど……まだまだッ! 次はこっちの番よ!」
若干のアドバンテージを取られながらも、必死にその背中を追う。
「………はっ!?」
しばし己を失い、呆然としていた岩切。だが今はこうしているわけにはいかない。
自分の『ケジメ』であるDを一刻も早く起こさなくては。
「D! しっかりしろD! 傷は浅いぞ! 目を覚ませ!」
必死に揺さぶり、名を呼びかける。……反応はない。
その間にも木の幹との間にねっとりと張り付いたとりもちを剥がしていくが、その面積はあまりに大きく、あまり芳しくない。
「ええい目を覚ませ! 起きろ! 起きないか! ここでお前に負けられては私はどうなってしまうというのだッ――――!!!」
……しかし、岩切の呼びかけにもかかわらず、再びディーの目が開くことはなかった。
【追撃戦先頭グループ バイクの痕跡を発見、御堂が抜け出る。その後ろをトウカ・郁未が追跡。後続からは数キロ距離有り】
【D とりもち弾の直撃。気絶。木に打ち付けられる】
【まいか Dの胸の中】
【岩切 Dの救出を試みるも難航】
【時間 四日目昼過ぎ】
【場所 山腹の小さな広場】
【登場 【御堂】・【岩切花枝】・【ディー】・【しのまいか】・【トウカ】・【天沢郁未】】
目が正面についている人間にとって、上方は死角だ。
柏木初音と別れた柏木楓が、川の上流にも下流にも向かわずに、近くの木に登って休んでいたのはそういう理由からである。
楓は、木のてっぺん付近、下からは自分が見えず、自分からは下が見えるという絶好のポジションに位置していた。
たとえ、彼女の位置まで1回で跳びあがって来ることが出来る鬼がいたとしても、それをかわし、他の木に移ればいい。
楓にとって、自分が絶対に優位な場所である――否、そう信じていた場所である。
楓は1つの可能性を失念していた。
舞い降りた1枚の白い羽根がそれを物語っていた。
「羽根?」
そういえば、この鬼ごっこが始まってから鳥なんて見ていない。
では、この羽根の持ち主は?
楓は、下を見ていた顔を上げた。
自分にとっても死角である、上方のやや前方には、白い翼を持ち、美しい金髪をなびかせた美貌の女性がいた。
「こんにちは。タスキをかけていらっしゃらない、ということは逃げ手の方ですよね?」
楓が想定していなかった相手、空を飛べる鬼。
そんな鬼の女性――ウルトリィは、鬼ごっこ、しかも、逃げ手と鬼という状況にふさわしくないたおやかな笑みをうかべていた。
「申し遅れました、私ウルトリィと申します」
「……柏木楓です」
穏やかな相手の雰囲気に飲まれて楓は、返事をしていた。
「楓さん、いいお名前ですね」
「ありがとうございます」
「それでですね、楓さん。私は見ての通り鬼です。
ですから、出会って早々すみませんが、貴方を捕まえさせていただきます」
「……すみませんが、丁重にお断りします」
そう言うと、楓は鬼の力を解放し、急速に木を降り始めた。
――速い。
ウルトリィは楓の降り行く様を見て相手がただの少女でないことを悟った。
が、相手が何者であれ、やることは基本的には変わらない。
手を上にかざす。
「行きますよ、往人さん……光の術法!」
ウルトリィの翼が輝き、手から光の柱が天へと昇る。
そして、すぐに体勢を下向きに変える。
「風の、術法……!」
風に乗り、ウルトリィが大地に降り立つ――。
同刻、楓たちに対し、川の上流方向。
国崎往人は、歩きながら空を見ていた。
ウルトリィの飛行による偵察能力をさらに活かすため、以前とは違う方法をとっていた。
ウルトリィが逃げ手を見つけたら、往人に『合図』を送り、往人がそちらに向かうという方法だ。
もし余裕があれば、往人がいる方向に逃げ手を追いやることになっている。
ちなみに、往人が見つけた場合は、大声でウルトリィを呼ぶ、というやたらに原始的な手段をとる。
どちらにしても狙いは、逃げ手をウルトリィと挟撃し、往人が捕まえることだ。
ただし、他の鬼に譲るくらいならウルトリィが捕まえた方がいい、と往人は提案していた。
「なかなか逃げ手がいないわね、大志」
「ふむ。そもそも残りの人数がかなり少ないのだろう。逃げ手に会うのはかなり難しいと考えてよかろう」
「……大志、瑞希。なんで、お前らもいるんだ?」
「はっはっは。つれないことを言うものではないぞ、まいぶらざー」
「いつ俺がお前と兄弟になった!?」
「往人さん、気にしないでください。コイツの口癖みたいなモノですから」
「口癖?…口癖ってのは、『がお』とか『にはは』てのを言うんじゃないのか?」
「ほぅ、なかなか興味深いことを言うではないか、是非その話を聞かせてもらいたいものだ、まい同士」
そんな雑談をしていて、見えた、光の柱。
「ウルトの合図だ!」
往人は雑談を切り上げ、いきなり走り出す。
「我々も行くぞ、まいしすたー!」
「うん!」
「せっかくウルトが見つけてくれた逃げ手だ、絶対に譲らん!うおぉぉぉ!!」
大志、瑞希も走り出し、往人は加速した。
さらに同刻、海辺。
ウルトリィ同様に空を飛んで逃げ手を捜していた神奈は、ただならぬ気配を感じた。
「葉子殿、あちらからなにやら気配が…」
言われて視線を向ける鹿沼葉子、そしてA棟巡回員。
中空から光の柱がさらに上空へ向かって伸びていき、消えた。
「どう思う?」
神奈が二人に問う。
「逃げ手がわざわざ目立つ必要は無い、少なくとも逃げ手ではないだろう」
「そうですね。……しかし、鬼も目立っては捕まえにくいはず」
「じゃあ何だというんだ?」
「それは……」
「葉子殿」
二人の問答を止める神奈。
「訊いておいてなんじゃが、正体がわからぬのなら、ここで問答をしても無駄であろう。
余はあそこに行ってみたいと思う」
「確かに、案ずるより生むが易しとも言いますしね」
そう言うと、不可視の力を解放し、身体能力を高める葉子。
休息のお陰で身体も力も完全に回復していた。
「準備はよさそうじゃな、葉子殿、急ごう」
「ええ、そうですね」
「…あの、俺は?あそこ、割と遠そうなんだが」
「どうやら今回は貴方を運んでいる余裕など無いようです。お説教を3時間半にしてあげますから、自分の力でついてきてください」
「30分!?」
「ご不満ですか?別に、10分でもいいのですよ?」
「自分で走ります、寧ろ必死に走らせてください」
「では、急ぎましょう」
【ウルトリィ 楓とチェイス開始】
【往人 大志 瑞希 川の上流からウルトリィの方向へ】
【神奈 葉子 A棟巡回員 海辺からウルトリィの方向へ】
【時間 4日目昼過ぎ】
【登場 柏木楓 【ウルトリィ】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【神奈】【鹿沼葉子】【A棟巡回員】】
142 :
夢魔:03/12/13 19:42 ID:qzyQ5iAw
四日目も午後に入り、気温もだいぶ上がってきた。それは森の中とて例外ではない。
セリオに率いられ、森の中をひた走る先回りA班の面々の額にもわずかに汗が浮かんでいる。
隊列は当然先頭がナビゲーターのセリオ、続いて舞、レミィ、祐一、香里、香奈子、編集長、と基本的に体力に従った順でほぼ一直線に並んでいた。
もっとも、セリオがナビゲーターとは言え、道で最後に聞いたエンジン音、そしてバイクの速度を計算してのやや心ともない予測に基づくものでしかないのだが。
「………………お待ちください」
ひた走ること約十分ちょっと。鬱蒼と茂る森の中ほどで、不意にセリオは足を止めた。
「ふぅ、ふぅ……セリオ、どうしたの?」
息を整えながらも、後ろから香里が声をかける。
「……着いた?」
こちらはあまり疲れていないようだ。舞も訝しげな反応を示す。
「……いえ、まだ目的地には少々距離があります」
「ならどうしたんだ?」
「……音を。他の参加者の足音のような音を……感知しました」
「足音?」
「はい。なにぶんここは森の中。先ほどまでとは違い、音の反響が複雑。何より雑音が多いため正確な判別はつきませんが……
……人の歩行に近い間隔の音が、聞こえてきました」
「距離は?」
「申し訳ありません、そこまではわかりませんでした。ともかく、私が様子を見てきますので、皆さんはしばしここでお待ちを……」
と言いながら、数歩、セリオが森の奥へと歩を進める。
そこで、誰かの叫び声が聞こえてきた。
「チッ、自動人形風情がいい耳を! 一網打尽にしたかったんですが仕方ありません! 住井さん! やってください!」
「お、おうっ!」
143 :
夢魔/2:03/12/13 19:44 ID:qzyQ5iAw
「この声は……」
声と同時にセリオの右側面、数メートルの位置に人影が現れる。
「あなたは……確か北川君と一緒にいた!?」
唯一一行の中で面識がある香里が反応する。
「住井護だ! すまないな、これも命令なもんで! ……とりゃっ!!」
名乗ると同時に、自分の足下の何か細い紐が括り付けてある木片を蹴り飛ばす。
「これは……! 皆さん! お下がりください!」
瞬間、セリオの足下から複数の縄が弾け、そのうち一本が彼女の脚を絡め取り高々とつるし上げた。
「くっ!」
「Shit!」
セリオの警告に従い、舞が、レミィが、そして皆が一歩ずつ下がる。
唯一最後尾の編集長だけが一瞬反応が遅れ、真横に飛び退いたが……
「え……っ!?」
飛んだ先の地面に抗力は無く、編集長の脚がそのまま地面の下に沈んでいった。
ややあってドスン、と鈍い衝撃。
「いたたたた……これは……?」
大きな腰をさすりながら上を見上げる。そこには小さくなった空が。
「……落とし穴?」
「このタイプの罠は……北川君ね!」
編集長が一行の側面に仕掛けてあった穴に落ちたのを見ると、激昂しつつ香里が叫んだ。
「ま、な。スマンな美坂」
セリオを挟んで住井から反対側。そこの木の陰から今度は北川が現れた。
「北川君……あなた……」
「なぜか展開的にこうなってしまってな。あんまり動かない方がいいぞ。お前たちの周りには大量に仕掛けてあるからな」
144 :
夢魔/3:03/12/13 19:45 ID:qzyQ5iAw
一団の中心で祐一がソッと香里の耳元に囁く。
「……香里、まさか……」
「……ええ。どうやらそのまさかのようね」
祐一が何を言わんとしているか、香里はすでに察していた。
「……北川に命令できる人物」
「そして、私たちを狙う人物」
「何より……」
「……さっきの声」
「……間違いなさそうだな」
「ええ……。よくもまぁ、性懲りもなく……」
確信した香里。一団から一歩進み出ると、呼んだ。
「……栞! 出てきなさい栞! そこにいるんでしょう!」
住井と北川の中心。そこの茂みに向かい、己の妹の名を。
「……大正解。さすがはお姉ちゃん、そして祐一さんですね……」
元凶は、微笑と共に現れた。
距離にして約10メートル。竜虎姉妹は再び邂逅した。
「……どうやって返り咲いたのかは知らないけど、相変わらず精力的に動いてるようで何よりね」
「お姉ちゃんも相変わらず便利すぎるメイドロボを引き連れて新たなお仲間を招き入れて、頑張って鬼ごっこやってるみたいですね。私も妹としてうれしいです」
「私としてはできればあなたにはもう少し精力を押さえ込んで大人しくしててもらいたいんだけどねぇ」
「そんなひどいこと言わないでくださいよぅ。私だってお姉ちゃんに負けない活躍がしたいんですから」
「活躍をするのは勝手よ。けどそれならもう少し手段をまともにしたらどう?」
「まとも? まともってどういうことですか?」
「北川君とその連れをたらし込んだり、月宮さんから最終兵器を奪い取ったりっていう卑怯な手を使わない、ってことよ」
「卑怯? 今卑怯って言いましたか? どこが卑怯でしょうか? 北川住井さんは私を助けてくれたことをきっかけに一緒に行動、協力して鬼ごっこをやっているだけですし
あゆさんとはきちんと交渉、お互い合意の上での物品交換だったんですよ? 私だってちゃんと一万円払いました。これのどこが卑怯なんですか?」
「全部卑怯じゃない」
「嫌ですねぇお姉ちゃん。お姉ちゃんらしくないですよ。もっと日本語は正しく使わないと」
唇をニヤリと歪め、答える。
「これらは全て……知略です!」
145 :
夢魔/5:03/12/13 19:46 ID:qzyQ5iAw
「ここですよ。ココ。ここが違います。こーこ」
言いながらトントン、と自分の眉間をつつく。
「ものは言いようね……」
一方、香里は呆れたようにため息を漏らした。
(怖い……)
姉妹を除いてその場にいた全員、それが正直な感想だった。
表面的には姉妹がじゃれ合っているだけ、しかしその皮一枚下を覗けば猛烈な罵り合い。
二人の間に流れる空気は、それはそれは壮絶な冷気となっていた。
ざっ。
「……おや?」
「あ、舞っ!」
次に動いたのは舞だ。香里の一歩前に進み、キツい視線を栞にぶつける。
「祐一の邪魔はさせない……」
チャキッ、と剣を手にする。
「あなたは……確か、三年生の川澄さんでしたか? ガラス破壊で有名な」
「……邪魔をするというのなら……」
殺気に近いまでのすさまじい闘気。常人ならその異様さに身体を竦ませるところだろうが、栞には通じない。
「……押し通る!!」
刃を構え、一直線に栞のもとへ。
「おい! 舞!」
「心配いらない……追い払うだけ!」
146 :
夢魔/5:03/12/13 19:46 ID:qzyQ5iAw
「栞ちゃん!?」
北川と住井が不安げな視線を栞に送る。罠の発動の可不可を問いかけているのだ。
しかし舞には自信があった。半端な罠など飛び越え、かわし、そのまま栞の下へ行き、組み伏せる。
相手はただの元病弱少女。難しいことはない、はずだったのだが……
「……いりません。実験にちょうどいいです」
「!?」
栞は悠然とした態度のまま、何かの機械を取り出した。
それは異様な形に栞の左手に絡みついており、かぎ爪のようにも手甲のようにも銃のようにも見えた。
「Ultimate Weapon Attack-mode on……」
ゆっくりと、左手を舞へと向ける。
迫る標的。いくら栞であろうとも、この距離なら外さない。
「……Nightmare-α, Fire!!」
「!」
栞の叫びとともに、機械の先端部から、ピッ、と一条の光が放たれた。
剣を振りかぶっていた舞。その胸を光が貫くと瞬間、その場に力無く崩れ落ちる。
「舞!」
慌てて祐一がその身体を抱き上げる。
「だ、大丈夫か舞! し、栞……お前、まさか……」
「安心してください祐一さん」
しかし栞は微笑んだまま祐一を諭す。
「川澄さんは眠っていらっしゃるだけです。身体には怪我ひとつありませんよ」
「え……あ、ああ……確かに」
もう一度舞の顔をのぞき込んでみる。……なるほど、確かに苦しがったり痛がってる様子はなく、可愛い顔でスヤスヤと静かに寝息を立てているだけだ。
「その武器は……睡眠薬か何かか?」
「ん〜……まぁ、そんなところなんでしょ〜かね……」
ちょっと悩みながらの返答。
「……ちなみに、どのくらいで目が覚める?」
祐一の質問。栞は待ってました、とばかりに
「いつまで眠っているか、ということですか……? ……フフフ、そうですね。安心してください。ほんのちょっとですよ……。
そう、本当にちょっとだけ……」
にっこりと笑って
「――――ゲームが終わるまで、ですから」
147 :
夢魔/6:03/12/13 19:48 ID:qzyQ5iAw
「……な?」
祐一の表情が驚愕に変わる。
「な、なんだそりゃ?」
「そうですねぇ……そのあたりは私よりもお姉ちゃんに聞いた方がいいと思いますよ。最初に買ったの、お姉ちゃんらしいですから」
「か、香里?」
改めて香里に向き直る。
「..."Nightmare-α" (Ultimate Weapon in Attack mode)
Whenever a player damaged from Nightmare-α, that player into sleeping until end of the game.
If damaged player were sleeping(by Nightmare-α), that player awakening once again」
答えるように、香里は静かに説明書の一文を読み上げた。
「まぁ文面通りの効果を持つ道具です。これを一発相手にぶち込めばその人はゲーム終了時まで昏々と眠り続ける。
ルールの意味上において相手を"殺す"ことができる。なんとも素晴らしい。まさしく最終兵器の名に相応しいアイテムですね」
悪夢をさすりながら、上機嫌に説明を続ける。
「安心してください。皆さんを寝かしつけたあとは、適当な洞穴か小屋にでも運んでおいてさしあげます。風邪を引くことはありませんよ。
皆さん、この四日間動き通しでお疲れでしょう? このあたりで休憩をとるのも悪くありませんよ。あとは……」
ジャキッ、と銃口(らしきもの)を一行へと向ける。
「私が引き継ぎますから」
勝利を確信した笑み。
「お姉ちゃん、いつかとは逆の形になりましたね」
嬉しそうに勝ち誇る。
「お姉ちゃん、私はとうとうお姉ちゃんに勝ちます」
歓喜の微笑みを。
「お姉ちゃん、私はあなたを……超えます!」
148 :
夢魔/7:03/12/13 19:48 ID:qzyQ5iAw
【栞、北川、住井 チェックメイト】
【香里、祐一、レミィ、香奈子 大ピンチ】
【舞 Nightmare-αによる睡眠中】
【セリオ 住井の罠にかかる。吊され中】
【編集長 北川の罠にかかる。穴の底】
【四日目午後、山間部の森の中。だいぶ気温が上がってきた】
【最終兵器・攻撃モード「Nightmare-α」
光線兵器。光に貫かれた人間はゲーム終了時まで眠り続ける。ただし、もう一度光をあてることにより復活可能】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】【相沢祐一】【川澄舞】【宮内レミィ】】
場所は山腹の広場、幼い泣き声がこだまする。
「うぅ、ひっく、ひっく、でぃ〜こわいよぉ〜・・・」
「ええい、泣くな、すぐ出してやるから。」
トリモチで強く木に打ち付けられ、固定され気絶したDと、それに抱えられるまいか。
岩切は懸命にそのトリモチを除こうとしていた。
「くそっ、おのれ御堂・・・この借りは必ず返すぞ・・・」
恨み言を言いながらも作業は続くが、なかなか進まない。
「うぅ、れみぃおねぇちゃん・・・ひっく、どこいったのぉ・・・ぐすっ」
Dに抱えられている間は気付かなかったが、一度立ち止まった折、レミィの不在を知覚した。
その不安が木に縛り付けられた厳しい状況下で溢れ出してしまったのである。
「だから泣くな、やつも目標は同じなのだから追撃を再開すればきっと会える、な?」
さすがの岩切も泣き止まないまいかに対し、母性本能を発揮したのかやさしく接する。
「うぅ・・・、ほんとぉ?」
「ああ、だからさっさとこれを片付けないとな。
お前はDをどうにか起こしてくれ、そうすれば作業も早まるから。」
「ひっく、うん、がんばる。」
そういうとまいかは涙をこらえ、懸命にDを起こそうとする。が、Dは一向に目覚めそうに無かった。
その間も作業を進める岩切だが、短刀をも絡めとるトリモチに対し、てこずってしまう。
「まずい、このままでは・・・。」
「ねぇ、でぃーおきてよぉー、ねぇー・・・うぅ、あっ、そうだ!」
と、まいかの声が急に明るくなる。
「どうした?」
「うん、でぃーもおみずかければおきるよね?」
「むぅ、叩いても起きないのだから・・・いや、やってみろ、何もしないよりはましだ。
だが思いっきりやれ、そうでもなければ起きまい。」
「うんっ」
返事をすると、まいかは目を閉じ、精神を集中させる。すると体が光に包まれる。
(きた・・・でももっと、もっと、つよく、つよく・・・)
岩切の助言通り以前より深く精神を集中させていく。
(・・・え?あぁ、べつの、なにか、くる・・?)
そんなまいかの集中に呼応するかのように力が高まり、あふれ出てくる、
「あぁ、くるぅ、くるぅ・・・!」
輝きが一気に増し、まいかが叫ぶ、
「みずのじゅっぽう!!」
――バリバリバリ!!――
瞬間、まばゆく蒼い閃光と音が炸裂した。それは、まさに小型ながら、イカズチだった。
スパークする蒼雷がまいかの手から放たれているのだ。
「なっ!?」
岩切に驚愕の声があがる。そして、
「はぁ、はぁ、やった、これならでぃーも・・・」
――焦げていた。目を覚ますどころか痙攣している。
「なんというか状況が悪化したような・・・」
「うぅ、ごめんねぇ・・・」
が、岩切は気付いた。焦げたのがDだけでないことに。
「いや、これなら・・・」
そういって再びトリモチに手を伸ばす。すると、
ボロリ、と崩れる。残った取り持ちも固まりかけていた。
異臭が鼻につくが、気にせずに次々と除いていく。
「よしっ!」
拘束は、解かれた。
「わぁい、ありがとう、おねぇちゃん!」
「礼はいい、それより追うぞ。」
「よぉし、いこー!」
「・・・と、言ったものの考え物だな。」
「えっ?」
走り出そうとしたまいかが立ち止まる。
「このまま走り出しても追いつくまい・・・さて。」
「だめなの?」
「ああ、あれから少なくとも10分以上経過している。
鬼はおろか御堂たちにも追いつけまい。何か策はないものか・・・」
そういってしばし考え込む。そして、
「そうか!下り、やつは確かに山を下っていった。それなら可能性はある!」」」」」」」」3
「え、え、どういうこと?」
「川だ、川さえあれば一気に山を下れる、そうすればあるいは。」
「あのひとたちにおいついて、れみぃおねぇちゃんにあえる?」
「ああ、逃げ手がその川に近づくかどうかも、そもそも川の方向にいるかもあやしいが、距離だけは確実に稼げる、いけるさ、きっと再開も出来る。」
「うん、じゃあかわをさがそうっ!」
それに軽くうなづくと岩切は耳を澄ます。
(近くにあるなら流れの音がするはず・・・あってくれ、どこだ・・・)
「どこかなぁ〜」
(・・・ザ―――・・・むっ!これか!?・・・いや、ダメだ、反響のせいで正確な方向が・・・)
「ううん・・・」
(くっ、せっかく近くにあったというのに・・・)
「あっ、あっちだ!」
「・・・って、何ぃ??」
「うん、たぶんあっちだよ。」
そういうと呆然とする岩切に方向を示す。
「馬鹿者、勘でものを言うな。」
「うぅ・・・だってあっちにあるんだよぉ、うまくいえないけどわかるんだもん・・・」
(まさか・・・妖術の一種か?ならば・・・)
「よし、お前を信じよう。お前はただの幼女ではなかったな。」
岩切の考えは間違いではない。
まいかは水神(クスカミ)の力に目覚め、さらに先ほど力量を上げている。水神のホームグラウンドたる川を察知するのは、そう難しいことではないのだ。
「またようじょっていわれた・・・」
「ああ、そうだ、川へ行く前にもしあの女がここを通った時のためのメモでも残しておこうか。」
「うん」
そういうと目に付くであろうトリモチのついた木に短刀で文字を刻み、
これから行くべき方向を示すメモを残す。
(他の鬼がこれを見たとしても追いつくのは決着後だろうし、これでいいだろう。)
「さぁ、走るぞ!]
岩切は片手でDの服の襟をつかみ、もう一方の手でまいかを抱えて走り出した。
ずがががが・・・Dを引きずって一路、川へ。
そして・・・
「よしっ!」
岩切が会心の笑みを浮かべた。
「この川の方向なら逃げ手の方向と大きくは違わない、可能性が上がったぞ!」
確かに川はあり、それはさほど大きくはないが、十分流れに乗れるサイズだった。
静かな山間をひっそりと流れる清流だ。
「・・・でも、でも。」
そこにまいかが声を小さくしていう。
「わたし、およげないよ・・・」
「心配いらん、どれだけ水につかっているかわからんからな、常人では低体温症になりうる。元々お前達を泳がせる気は無い。」
「え?じゃあどうするの?」
「ああ、ちょうどそこに流木がある、あれを使おう。」
そういうと流木、わりと大き目の、の方へ歩み寄り、
「ふんっ!」
ドボンッ!と、川に投げ入れた。そして自身も川に入り、それを流れないように押さえる。
「よしっこれに掴まれ、私が後ろで支えるから心配するな。」
「う、うん、わかった。」
岩切がDを流木の上に載せ、どこからか持って来たツタでくくりつけると、その後ろにまいかが乗る。
「よし、行くぞ!振り落とされるなよ!!」
「しゅっぱーつ!」
まいかの言葉を聞くと体を水に沈め、流木を支え、押しながら流れに乗る。
(逃げ手がバイクを降りてから約15分強、やつらの足はおそらく常人並。
流速と方向の違いを計算すれば川を使うべき時間は・・・
うむ、さぁ、あとは吉と出るか凶とでるか・・・勝負!!)
かくしてD一行は川を流れていった。
【D一行(レミィ除く)は一か八か川で山を下る。】
【D トリモチを抜けるも気絶中、というか瀕死?】
【まいか 流木にのって。術法レベルアップ】
【岩切 流木をおして泳ぐ】
【時間 四日目昼過ぎ】
【場所 山腹の小さな広場から川へ】
【登場 【ディー】【岩切花枝】【しのまいか】】
栞は勝利を確信していた。
自分の手元には『最終兵器』、効果も実証済みのシロモノがある。
ついでに、罠を張りまくって、使いこなす有能な下僕ども…もとい仲間達がいる。
これで以前に味わった地獄――辛いもの尽くし――の借りをのしつけてさらにお中元とお歳暮つけて返せるくらいに返せる。
自然と歓喜の笑みも浮かんでしまうものだ。
しかし、敵対者にして姉の香里は、嘲笑としか言えない顔を浮かべていた。
「私を超える?それを使って?……ククッ、アハハハッ、滑稽ね、栞!」
「お姉ちゃん、あまりに不利でとうとう気が狂っちゃいましたか?」
「フフッ、言葉通りよ、貴方があまりに滑稽で……フフッ」
戦慄。栞以外の周囲にいる誰もが、香里の不敵な笑みに感じた感情。
元の顔が良いだけに、その笑顔は状況さえ知らなければ見惚れてしまうものなのだが、今は逆に恐怖をひきたてるばかり。
「…なんだか、ムカムカしてきました。お姉ちゃん、本当は最後まで残しておこうと思ったけど、もう寝ちゃってください」
そう言って、『最終兵器』を構える栞。
が、そんなことは意に介さないように香里は栞に歩み寄り、言い放つ。
「栞、一度だけ忠告してあげるわ。川澄先輩を起こして、セリオと真紀子さんを救出次第それを置いて即刻失せなさい」
「命令できる立場だと思ってるんですか?命乞いでもすればせいぜいじっくりとやってあげたのに…」
「忠告はしたわよ。もうこの鬼ごっこで貴方と話すことは無くなるでしょうね」
話しつつ、歩みは止まらない。
「ええ、お姉ちゃんがこれでおしまいですから。お休みなさい、お姉ちゃん」
「香里、それ以上近付いたらかわしようがなくなる」
「大丈夫よ香奈子。私にアレは効かないわ。まあ、見ててよ」
「戯れ言を……Ultimate Weapon Attack-mode on……」
「香里!」「香里さん!」「香里様!」
栞の死刑宣告に近いセリフ。
誰もが、香里の敗北を確信した、その時だった。
「Ultimate weapon, voice attestation, the user of the highest priority. User name Kaori Misaka」
香里の口からすらすらと流れ出る英語。
それは英語圏出身のレミィ以外には最初の言葉以外は到底理解できないレベルの流暢な英語であった。
聞き取ったレミィの言葉はこうである。
「最優先ユーザーKaori・Misaka?」
「Speech recognition. The user kaori misaka of the highest priority, and a check. Command」
「It stands by with the present condition」
「Comprehension」
香里と最終兵器との間で交わされる高度な会話。
翻訳ソフトに頼っていた栞には当然理解不能。
「なにを言ってるかは知りませんが、これで終わりです!Nightmare-α, Fire!!」
『最終兵器』の先端から光が発射され――ない。
「な、なんでですか!?Fire!Fire!」
「無駄よ、栞。これはもう貴方には使えないわ」
栞の左手に装着されていた『最終兵器』があっさりと取り外され、香里の左手に装着される。
「あら、なんだか随分傷付いてるわね…It shifts to Ultimate weapon and self-diagnostic mode」
「It understood. The mode is shifted」
「な、何がどうなってるんですか!?なんでお姉ちゃんに奪われなきゃならないんです!?」
「これは元々あたしのものでしょうが!まぁいいわ、自己診断の間ヒマだし、教えてあげる
貴方もこれを使っているからには、音声認識型のユーザー登録はしたでしょ?」
「そうしないと、扱えないし……ま、まさか!?」
「どうやらわかったようね、これのユーザーには、優先順位を付けられるの。
で、屋台で買ったときに、最優先ユーザーをあたしにしといたの。
で、あんたがどんな命令をしようが、あたしが出した『現状維持』に従った、てわけ。今は自己診断モードね。
あら、自己診断の結果が出たみたいね……あっちゃー、酷いもんね、ま、いいわ。とにかく、証拠を見せたげる」
そう言いつつ、香里は左手に携えた『最終兵器』を舞に向ける。
「まだ保ってよ…Ultimate Weapon Attack-mode on Nightmare-α, Fire!」
『最終兵器』から舞を眠らせた光が、再び舞に向けて発射される。その光が舞の胸に当たった瞬間…
「…私、一体?」
「おお、舞。目が覚めたか!」
「祐一……なんで抱いてる?」
慌てて舞を抱いていた腕を離す祐一。舞は、目覚めた。
「ね、ちゃんと使えたでしょ、あたしには」
勝ち誇ったように、見せびらかすように、笑みを浮かべた香里が言う。
余裕の香里とは対照的に栞は焦った。絶対に勝てる状況は一変、こちらに不利になったのだ。
「ま、まだです!北川さん、住井さん、トラップ全開でいっちゃってください!」
「わかってると思うけど、無駄よ、栞。Ultimate weapon and trap-discovery-mode on……なるほど。
レミィさん、ここをまっすぐ走り抜ければ、罠にはかからないわ。
あたしはこの妹に折檻してから行くから、早く家族のところに行ってあげて」
「アリガトウ香里!恩に着るヨ!!」
「な!?美坂、何故俺達のトラップの唯一の回避ルートを知ってる!?」
「この『最終兵器』は攻撃がメインってわけじゃないわ。状況に応じて使い分けてなんぼのものなの。今は、罠発見モード。
貴方達、結構単純な罠ばかり仕掛けたようね、お陰で『最終兵器』ですべて感知できてるみたい」
「くそ、時間が無かったのがやっぱ仇になったか!」
悔しがる北川と住井。
栞に提案されてから急いで作ったため、彼らの最高傑作からは程遠いものしか出来ていなかったのだ。
数を作るためにそれぞれの得意分野であるロープトラップ・落とし穴を仕掛けまくったが、それは『最終兵器』の守備範囲内だった。
一方、危惧していた『最終兵器』が香里の手に移り、舞も目覚めた事で、祐一も行動を開始した。
「舞、セリオの縄を切れ!」
「わかった」
高々と跳びあがり、剣でセリオのトラップを断ち切る舞。
落ちてきたセリオを祐一がキャッチした。
「あ、ありがとうございます、祐一様」
「気にするなセリオ、今のはここまで案内してもらった礼だ。でだな、俺達も郁未が待ってるはずだから急がなきゃいけないんだ」
「祐一、レミィが通っていったのはここ」
「ああ、わかってる。じゃあな、セリオ、悪いけど先に行くぜ。また機会があったら会おうな」
「はい。…本来、香里様の敵である貴方にに贈る言葉ではないのですが……頑張ってください」
「サンキュ」
そう言って、セリオの頭を撫でた後に、レミィの後を追って走って行った舞を追いかけて、祐一は去った。
セリオは、名残惜しそうに、それを見つめていた。
「ああ、罠にかかりそうもない川澄先輩はともかく、自ら飛び込みそうな相沢にまで!!
く、俺、この仕事で食っていく自信無くしそうだ…」
北川が頭のアンテナを萎れさせながらごちたが、誰も聞いてなかった。(ゆえに当然、ツッコミが入らない。)
戦況は、香里と栞の対峙にかかっているのだ。
香里が言う。
「じゃあ、栞、お休み」
二人の対峙にかかっているのだ……
「え、ちょっと待ってお姉ちゃん、私反省したから、話を……」
「聞く耳持たないわ。Ultimate Weapon Attack-mode on Nightmare-α, Fire!」
かかって……
「えぅ〜………スースー」
……戦況を決める対峙は、あっけないほど早く幕切れを迎えた。
「栞ちゃん!」
「美坂、妹に対してなんてことを……」
心配そうに駆け寄る2人。
香里は北川の言った事を聞き流して言う。
「北川君、それに住井君。ここらの罠を全部解除した後に、栞をどこかで寝かせてくれる?
あと半日もすれば起きるだろうし。……こんなのでも、一応妹だしね」
「連れてくのは構わないけど…なんで半日?確か、ゲーム終了まで寝るんじゃなかったのか?」
「『最終兵器』がところどころ故障してるみたいでね、どんどんナイトメアαの出力が落ちてるの。
今のところ、他の機能は影響ないみたいなんだけど……ナイトメアαはもう使わない方が無難ね。
これのせいで他まで壊れちゃ、目も当てられないわ」
「香里さん、レミィさんが行ってから5分ほど経ってしまっているわ。急ぎましょう」
香里が栞と対峙している間に香奈子とセリオによって引き上げられた真紀子が言う。
「祐一様達も、4分ほど前に出発なさいました……あの方達に追いつくのは、難しいかと」と現実的なセリオ。
「でも、レミィも舞って人も相沢ってのもポイントゲッターじゃないから、まだ大丈夫でしょ」と楽観的な香奈子。
「一理あるわね。Ultimate weapon enemy-search-mode on………どうやらちょっと離されちゃったみたいね、急ぎましょ!」
敵探索モードで祐一たち3人と思しき影を確認する。
先行組でもなにやら動きがあったようだが、どの影が誰なのかもわからないし、逃げ手はレーダーに映らない。
逆に言えば、数が増えてない以上は、まだ逃げ手は捕まっていない、ということである。
香里は、自分以外に逃げ手が捕まらない事を祈りつつ、走り出した。
【栞 ナイトメアαによる睡眠(12時間で目覚める)。住井と北川に運ばれて、どこか休める場所へ】
【北川、住井 トラップを解除した後、栞をどこか休める場所へ】
【レミィ D達―ひいては逃げ手2人―のもとへ走る】
【舞、祐一 郁未―ひいては逃げ手2人―のもとへ走る】
【セリオ、真紀子 罠から脱出】
【四日目午後、山間部の森の中】
【最終兵器(音声認識型マシンと判明)・不調
ナイトメアαの出力はどんどん低下し、受けても時間経過で目が覚める。香里は他の機能への悪影響を警戒し使わないことを決意】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】【相沢祐一】【川澄舞】【宮内レミィ】】
「待てぇぇぇぇぇぃ! 逮捕するーーーーーー!!」
どこぞの昭和一桁生まれの警部のような叫びを上げながら、耕一が川の中を疾走していた。というより壮絶な水しぶきを伴ったその姿は『爆走』という言葉の方がしっくり来るだろう。
追われる水面スレスレを滑空する漆黒の翼の少女――オンカミヤリューの始祖、ムツミは軽く後ろを振り向くが、嘆息を一つ吐いただけで再び前方を見据え、翼に力を込めた。
(参ったね……やっぱり直線の速度は向こうの方が速い。どうしようかな……)
常人なら鬼の力を全て発現した耕一の姿を見ただけで恐怖に足が竦むところである。が、そこは化け物の類は見慣れたムツミ。
見慣れたというかお父さんが神様なムツミ。特に臆することもなく、冷静に状況を分析、対抗策を練っていた。
(ちょっとずつ差を詰められてるな……このままじゃジリ貧……空に飛んで……逃げてもさっきまでと同じ。中途半端に浮くぐらいなら地面スレスレを飛ぶ方が向こうも手を出しにくい)
現在のムツミの高度は耕一の膝以下である。川面で水が弾ければ飛沫が身体を濡らす、そのくらいの高さ。
しかし逆にこの位置はさすがの耕一も手を出しがたく、タッチをするには身をかがめる必要がある。が、身をかがめるには一瞬足の動きを緩めなければならない。
そうするとムツミに距離を離される――確かに、下手に空中に浮き上がるよりよほど耕一にとっては嫌らしい位置取りをキープしていた。
(けど本質的な解決にはなってないしな……このままじゃ蹴りとばされるか、あるいはもっと距離を詰められてタッチされるのは時間の問題……
術……はもう一度使っちゃったしな……さすがに同じ手を二度と使うのはちょっとリスクが大きいね……結局土の術法は効かなかったし)
語り口は落ち着いているし顔は相変わらずの無表情だが、内心ムツミにしてはかなり焦っていた。
まぁもっともその微妙な変化を見抜けるのはお父様ズであるハクオロ・ディーの二人ぐらいであろうが。
(どうしたものかな……)
「ああっ……あああっ……ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
一際高い嬌声が山間に響き渡った。
「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ……どう、ドリィ?」
「オッケーです! MAXいきましたぁ!」
場面は変わって黒きよ女王様のSM場。先ほどとは代わり、今はグラァが木に四肢をつながれ、やはり背中を腫らして目を潤ませていた。
「よし! 準備完了ね! ドリィ! 即刻グラァの縄をほどき二人で必殺技の準備をなさい!」
「サー・イエッサー!」
手早くグラァの手足を縛る縄を解いていく。すっかり従僕属性が板に付いたドリィ。
解放されたグラァはやはり真っ赤な頬で、上目遣いに黒きよの顔をのぞき込んでいる。
「あの……その……黒きよ、さま……」
しかも股間をもじもじさせながら。
「あの……僕、こういうの初めてだったんですけど……あの、その……」
ポン、と黒きよはそんなグラァの肩に手を置き、
「安心なさい……」
聖母の笑みで、
「……上手くあの鳥娘を撃ち落としたら一晩中撲ってあげるから」
魔女の台詞を言ってのけた。
しかしたちまちグラァの表情がぱぁぁっと明るくなる。
「はい黒きよ様! 僕、頑張ります! 何としてでもムツミさんをこの川の藻屑と化してみせます!」
弓を手にしつつ、高らかに叫んだ。
「ああ〜っ、ずるいぞグラァ! お前、さっき僕が撲たれてたのよりず〜っと長く叩かれてたじゃないか! 次は僕だ!」
「嫌だ! 黒きよ様の鞭は僕のものだ! 僕はもっと撲たれるんだ! 罵られるんだ! 嬲られるんだッ!」
「なんだとぉ! そんなわがままが通ると思ってるのかぁ!」
「文句あるのかぁ! なんなら受けて立つぞぉ!」
「言ったなこのやろー! やってろうじゃないか!」
「やらいでかぁ!」
お互いの得物を構え、一触即発……!
「だまっ! らっ!! しゃーーーーーいっ!!!」
……が、黒きよの一喝。たちまち身を強張らせる二人。
黒きよはガッと二人の頭を両脇に抱えると、その耳元に囁く。
(あのね……私はそんな口うるさい奴隷を持った覚えはないわよ?)
とうとうドリグラ、奴隷扱い。
(私が奴隷に求めるのは二つのみ……! いい声で鳴くことと、私の命令に絶対服従することのみ! わかった!?)
(は……)
(……はいっ!)
黒きよ、ここでにっこりと微笑み、
(ああ……そんなに怖がる必要ないのよ……私だってあなたたちは大好きなんだから……
……そうね。ここで上手くやってのければ……今夜は、二人まとめて面倒みてあげようじゃない!)
キラーン! とドリグラの目が輝く。
(ホ……)
(……ホントですかぁ!?)
(ホントもホント……だからいい? ここは双子喧嘩してる場合じゃないわ……二人一致団結、なんとしてもあの黒娘を殺るのよ!)
(わかりました!)
(必ずや殺ってみせます!)
ビシッ! と敬礼。
「その意気やよし! 出陣(で)なさい! ドリィ! グラァ!」
「はい!」
「はいっ!」
意気込み高く、二人はザバザバと川の中ほどまで進み、川底に片膝をつくとキリリと弓を引き絞る。
「……………………」
「……………………」
目指すは上流の一点。狙うはムツミが姿を見せるその一瞬。
下僕レベルが上がろうとも、イケナイ快感に目覚めようとも、そこは朱組、蒼組を率いるトゥスクルの武将、ドリィとグラァである。
水を打ったような静寂とともに、写し鏡のような二人の姿。壮絶なまでの集中力(コンセントレーション)で全神経を目の前の一点に集中させる。
「……………………」
狙撃準備は、整った。
(――――来る!)
耕一は『感じ』た。
『何を』かはわからないが、『何か』を感じた。
――――実際のところ言えば、それは勝負への賭けに出たドリグラの『覚悟』をエルクゥの本能が感じ取ったわけだが――――
それをロジックとして受け止められるほど、耕一の勘は鋭くなかった。
しかし、それでもわかった。『決着の時』が来たことを。
(――勝負を決するのは……今! ここだ! ここしかないッ!!)
確証のない確信。しかしそれは引き金を引くには十分すぎた。
「……ォォォォ………ぉおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」
一際高く、高すぎるほどの獣の咆吼。
空気が泣き、川面が暴れ、崖が震え、森が叫ぶ。
全ての生あるあるものが本能的な畏怖を感じるほどの底知れない咆吼。
吠えたくる最後の声とともに……
「鬼の力全開! 100パーセント中の100パーセントぉ!!!」
耕一の筋肉がさらに質量を増した。短時間の、だがしかし肉体限界を超える120パーセントの力。
冗談抜きに音速の壁を破るほどの勢いで、一足にムツミへと迫る。
「まだ速く……!?」
ここに来て初めてはっきりとムツミの表情が歪んだ。
後ろの鬼はさらに一回り大きくなり、そして矛盾することに速度を上げた。
まずい……このままでは、終わる!
「なら……! 力は抜かないよ!」
くるりと空中で半回転。両手を迫る耕一の巨体に向かい、かざす。
「火神招来! 我が剣となれ! 土神招来! 我が盾となれ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
両手それぞれ違う四神の力を収束、法力を全力解放。
「火の……術法!」
空気を切り裂くように右腕を振り抜く。刹那、巨大な炎が耕一の身体に襲いかかる。
「土の……術法!!」
貫くほどの勢いで左腕を川底に叩きつける。刹那、先ほど以上に巨大な岩盤が一枚岩となり、耕一を押しつぶさんとする。
「来るか! 来たな!! 来たか!!! だが……この程度!!!!」
耕一。二本の豪腕を眼前で交差させると、炎の渦に飲み込まれる直前、一気に振り抜く。
「ッ!? また無茶を……!」
ムツミの眉間に皺が刻まれる。耕一は振り抜いた腕で無理矢理つむじ風を発現、強制的に炎の渦に『切れ目』を作り、抜けた。
「そして……岩か……だが、それが……どうしたァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
耕一は右腕に全ての力を込める。
「いい加減にしてよ!」
とうとうムツミが叫んだ。しかし……今度は彼女も黙ってはいない。翼の動きを止めると、自らが作り上げた岩壁。垂直に切り立ったその壁に、両の足を接地した。
(……吉と出るかなそれとも凶と出るかな!)
「エルクーーーーービックバーーーーーーーン・アターーーーーーーーーーーック!!!!」
ネーミングセンスの欠片もない技名とともに、耕一が全てを込めた右腕を振り抜いた。
ダイヤモンドすら木っ端微塵に砕きそうなその拳。いかなムツミの作り出した岩盤といえど、紙に等しく貫き……
「……ッ!?」
違和感。僅かな、否、僅か故に強烈な違和感。
振り抜いた右腕。正確には右の拳。難なく岩を砕いたその拳に、強烈な違和感が。
岩を砕いた。それはいい。
だが、『一枚隔てた向こう側』に『何か柔らかいもの感触』が!!
「賭けは私の勝ち!」
砕け散った岩の壁。その向こうに耕一が見たのは、空中を壮絶な勢いで回転しながら空気を切り裂き、崖の奥へと向かうムツミの姿。
「……まさか!」
「そう! そのまさか!」
「……俺の拳で加速した、だと!?」
「ごめんね……正攻法じゃ追いつかれそうだったから! それじゃ!」
だが所詮は他人の力、借り物の力である。加速している時間自体はそう大したことはない。
大したことがあるのは……その『瞬間最高速度』である。
「くっ!」
思わず耕一が目を覆う。ムツミが去った一瞬後、川面が爆裂するように弾け、そそり立った水柱が崖の頂上を遙かに超えた。
さらに尋常ではない衝撃波が耕一の身体を洗う。
「だが……まだだ! 陽気な気のいいアンちゃんである俺こと柏木耕一は諦めない!」
再度地を蹴り、だいぶ小さくなったムツミの背を追う。
「最後まで……諦めないィィィーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 決してな!!!!!」
全力で、追う。
ある程度耕一を引き離したムツミ。『ある程度』と言ってもそのアドバンテージは1秒少々でしかないのだが。
だがこの極限の戦いにおいて1secの価値はあまりに思い。
ある程度川の広がった空間。変わらず周囲に崖はそそり立っているが、空間転移の前には意味を成さない。
「ふぅ……はっ!!」
バッ! と翼を広げ、中空に停止。
限界を超えた速度を支えた両翼から『澱み』を振り払うように、最後に一際大きく一回転、法力を収束しつつ、なにげに前方を見やる――――
――――ムツミは忘れていた。
いや、耕一との追撃戦があまりに激しく、思い出す暇が、考える時間が無かった、と言う方が的確である。
己が翼を休めたそこ。その場所。そここそは――――
「来たわよ! ドリィ! グラァ! ……」
目に飛び込んできたのは、川の中心に居座るドリィ、グラァ、そしてその直後の黒きよみ。
「臨める兵闘う者、皆陣烈れて前に在り!!!」
「南無八幡大菩薩! この矢外させたもうな!!!」
きよみが、鬨の声高らかにその鞭を振るう。
「…………てぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!!」
――――最初、己が目覚めた場所だったのだ。
【ムツミ 空間転移で逃げんとするも、挟撃を喰らう】
【ドリィ・グラァ ムツミの前方より一斉射撃】
【耕一 ムツミの背後より迫る】
【黒きよ 薙ぎ払え!】
【瑞穂 そのへん】
【登場 カミュ(ムツミ)・【柏木耕一】・【藍原瑞穂】・【杜若きよみ(黒)】・【ドリィ】・【グラァ】】
沢渡真琴は気がつけば、学校の廊下にいた。
「あぅー、ここどこ? なんでこんなところにいるの? 肉まんは?」
そう言ってあたりを見回す。そこにあるのはありふれた学校生活の一ページ、休み時間だった。
気付けば真琴も制服を着ている。丁度先ほど捕まえた澪と同じ制服だ。
「あぅー?」
何がなんだかよく分からないが、真琴は廊下を歩いた。
すると、遠くに他と違った黄色の制服、そして青いツインテールが見えた。
「あれ? 七瀬?」
そこにいたのは我等が漢、七瀬留美。
「七瀬ー」
真琴はその背中に呼びかける。だが反応がない。向こう側を向いたまま立ち尽くしている。
「七瀬ー?」
すぐ後ろまで近寄って呼びかける。だが反応がない。
「あぅー……そうだ」
真琴はツインテールの左側に手をかける。くいと引っ張って上に持ち上げた。
ぴょこん。
両方のツインテールが持ち上がった。
上月澪は気がつけば、学校の廊下にいた。
いつもの学校の廊下だが、窓からの風景が少々違う。どうやら2年生の階のようだ。
澪はとりあえず廊下を歩く。すると、一つの影が見えてきた。
黄色の制服にツインテール。先ほど自分を追いかけてきた七瀬留美だ。
何故、今学校にいるのかよく分からなかったので、とりあえずそのことについて訊ねてみる事にした。
くいくい、とちょっと強めに袖を引っ張って呼びかける。
ぽろり。
リボンごと、ツインテールがそんな音を立てて落ちた。
里村茜は気がつけば、学校の教室にいた。
いつもの学校のいつもの教室。どうやら今は休み時間のようだ。
確か自分は鬼ごっこの最中で、落とし穴に落ちているはずだからこれは夢だ、と自覚する。
学校の夢を見るなんて随分珍しい、と思いつつ視線を横にやる。
すると、先ほどまで自分を追っていて、浩平の言を認め、鬼と認定した七瀬留美の机の上に大きな箱が乗っていた。
妙に興味をそそられて、七瀬の机まで行く。
七瀬が自分を認めて、こちらを向く。
「どうしたの、里村さん?」
「七瀬さん、これは何なのですか?」
「ああ、これ?」
七瀬は机に向き直ると、箱の蓋を開ける。
中から出て来たのは、青く、先のほうになるにつれ細くなっていく奇妙な物体。先っぽにリボンが括りつけられている。それが2本。
「……何ですか、これ……」
怪訝な顔をして茜が訊くと、七瀬はカラリ、と笑ってツインテールに手をかけ。
がきり、と外し。
「新しいのよ」
と言うと。
がちん、と元あった場所にはめた。
倉田佐祐理は、何もない真っ白な地面と、一面に広がる青い空、そんな空間に佇んでいた。
「ここは……?」
呟いてあたりを見回す。すると、地面に影が差した。
上を見上げる。なんと、先ほど自分を引っ張り上げて穴に落ちた七瀬留美が飛んでいた。
ツインテールをくるくるとプロペラのように回転させて。
一瞬呆然としたあと、佐祐理は七瀬に呼びかけた。
「七瀬さんはなんで飛ぶんですかー?」
七瀬は何度か自分の周りを8の字に旋回した後、
「乙女だけどー」
と、要領を得ない返答が帰って来た。
すぐに七瀬はツインテールの回転を落とし、佐祐理の前に立つと、
「佐祐理さんも飛ぶ?」
と訊いてきた。
「え、飛べるんですか?」
思わず佐祐理は訊き返す。
「はい、これ」
かちゃん、とリボンごとツインテールを外すと佐祐理に差し出した。
「これをつけると飛べるわよ」
「は、はぁ……」
いまいち状況がつかめないままそれに手を伸ばす。
「どこまでもな」
その瞬間、妙に甲高い不気味な声がそのツインテールから聞こえる。
佐祐理はびっくりして、思わず手を引っ込めた。
「え、いらないの? 折角飛べるのに」
七瀬はツインテールを元あった場所に、かちゃんという音を立てて戻す。
「なんやっちゅーねん」
先ほどの声がはめ戻したツインテールから聞こえる。
(……ま、まさか……七瀬さんはアレに操られて!?)
嫌な予感がした佐祐理は、思わず叫んだ。
「七瀬さん! 助けます!」
振り向いた七瀬の頭から強引にツインテールを取り外す。
がきん、というさっきよりも幾分か鈍い音が聞こえてそれが外れた。
その瞬間。
七瀬の瞳から生気が消え。
ぱたり、と倒れた。
「え、え、え、え、え?」
佐祐理は訳がわからず動転する。
「ま、まさか……」
――死んだ?
「えぇー!? そ、そんな……」
そういえば、さっきとは音が違ったような気がする。何かが壊れるような鈍い音。
つまり。
「外し方が……間違ってたんですね……ごめんなさい、七瀬さん……」
ああ、私はなんて最低なんだろう。そんな自責の念が佐祐理の心中を支配する。
「私なんか……私なんか……どっかに飛んでいってしまえー!」
がちゃん、と自分の側頭部にツインテールを装着した。
ぱたぱたぱた、とツインテールは回転し始め、佐祐理の体が宙に浮く。
「どこ行くのー?」
そんなツインテールの声と共に、佐祐理は何処かへ去っていった。
ツインテールのなくなった七瀬の身体を残して。
場所は穴の底。そこには5人の人間がいる。
その穴はちょっとした喧騒に包まれていた。
「え? え? え? 七瀬のアレって持ち上がるの?」
キョロキョロあたりを見回しながら自分のツインテールをいじる真琴と。
『うわぁ』『なの』『うわぁ』『なの』『うわぁ』『なの』……
意味の分からない事をスケッチブックに書いていく澪と。
「……アホですか? 私……」
呆れかえった顔でほぅ、と息をつく茜と。
「何なんですかー! 今のはー! 七瀬さんは飛べるんですかー! ていうかツインテールはみんなそうなんですかー!」
混乱状態でちょっと意味不明なことを叫ぶ佐祐理と。
(クスクス……ちょっと電波で悪戯してみたけど、面白いなぁ。あとで七瀬ちゃんに謝っておこう……)
笑いをかみ殺している瑠璃子がいた。
要は退屈した瑠璃子のちょっとした悪戯だったらしい。
帰りが遅いことを心配したベナウィと美汐が一行を助け出したあと、真琴は七瀬のツインテールをいじって、軽く怒られたそうな。
【四日目 午後2時ごろ】
【茜 澪 佐祐理 真琴 瑠璃子 七瀬 葵 清(略 琴音 罠脱出】
【ベナウィ 美汐 罠に落ちた一行を救出】
【矢島 垣本 多分まだ気絶中】
【登場鬼:【里村茜】【上月澪】【沢渡真琴】【倉田佐祐理】【月島瑠璃子】【七瀬留美】【松原葵】【清水なつき】【姫川琴音】
【ベナウィ】【天野美汐】】
「おお、マルチ! もう調子はいいのか?」
「はいクーヤさん。ご迷惑おかけしました〜」
鶴来屋別館の二階の一室で充電を終えたマルチはペコリと頭を下げた。
「うむ……まあ、大変ではあったがな。気にするな」
キャンプ場からこの旅館まで、身動きがとれなくなったマルチを運ぶのは確かに大変であった。
あゆの言うとおり距離は短かったのだが、それでも非力な二人の事。
休み休み移動して、ようやくホテルについたのは昼近くなっていた。
「あの、あゆさんは?」
「隣の部屋で聞き込みをしている。どうやら栞という娘をさがしているらしいな」
「栞さん、ですか?」
「うむ。その不埒者に秘密兵器とやらを騙し取られたそうだが……」
とクーヤが説明する間にも、その当人のあゆが部屋に入ってきた。
「あ、マルチちゃん、おはよう……」
そう挨拶するあゆの顔はどこか沈んでいる。
「はい、あゆさんにもお世話になりました〜」
「不埒者の情報は手に入れられたか?」
あゆは首を振った。
「雪見さん達、昨日の昼からずっとここにいて、見かけていないって」
「むぅ、そうか。残念だな……しかし、余が思うにあまりそなたが気にするようなことではないと思うぞ。
そなただけが一方的に悪いというわけではあるまい?」
「うん、そうなんだけど……でもやっぱりなんとかしたいよ」
「そうか。ならば何も言わぬが……まあ、そう気を張るな。気楽にやればよい」
クーヤはあゆの肩をポムと叩いた。
「クーヤちゃん……」
「そういうわけでな、あゆ。昼食を用意せよ。余は空腹だぞ?」
あゆは少し苦笑いを浮かべた。
「えっと、言うの忘れてたよ。雪見さんたちが、お昼ご飯用意したからよかったらどうぞ、だって」
「おお、そうか!」
目を輝かせるクーヤ。と、マルチが窓の外を見ている事に気づいた。
「ん、どうしたのだ、マルチ」
「あ、はい。あゆさん、あの人達には栞さんって人の事聞きましたか?」
「あの人達?」
首をかしげながらクーヤとあゆは窓の外を見た。
旅館の前庭を抜けて、いましも門から出ようとしている三人の鬼の姿が見える。
「ふむ。奴らは見かけなかったな。あゆ、あやつらには不埒者のことは……」
クーヤが言い終える前に、あゆがうぐぅっと叫んで、部屋から駆け出した。
「ど、どうしたのだ!! あゆ!」
「栞ちゃんだよ! あれ!」
「な、なにぃ……!?」
クーヤがそう驚きの声を上げる間にも、あゆは階段の方へと走っていく。
「く、クーヤさん……!」
「……ええい!!」
雪見達が用意したという昼食のことが頭にかなり強く浮かぶ。
「仕方あるまい!! マルチ、追うぞ!!」
「はいっ」
「やられちゃったな、俺ら」
それから一時間弱といったところか。
Nightmareによって熟睡している栞を担いで歩く北川に、住井が話しかけた。
「やられたねぇ、俺ら」
「すごかったな、美坂姉」
「すごいだろ? 美坂姉」
「いやなんつーか、怖ぇや」
「怖いだろ。迫力あって。ま、そこがいいわけだけどな」
住井の足がピタリと止まった。
「……マジか?」
「マジ。多くの少年漫画で真剣とかくマジ」
「……信じられん。どこがいいんだ、あんなの?」
「おや、住者はああいうのは好みでないと?」
「当然。俺はあんなインテリアマゾネスはごめんこうむりたいぞ」
「そっか〜」
やや沈黙。黙って歩をすすめる二人。しばらくして、北川がポツリといった。
「なんつーかさ。女の子が落ち込んで元気ないのって、見たくないんだよな」
「……?」
「そんなのなら、まだ殴られたり蹴られたりわがまま言われたり命令されたり……そっちの方がいいや」
「…………」
「美坂もこの島来る前なんだか影作った事あってさ。ああいうらしくないのに比べたら、インテリアマゾネスの方がずっとマシ」
「北川……お前さ、」
「ん?」
「マゾなわけか?」
「否定はしないぞ」
「いや、否定しとけよそこは。人として」
ガリガリと住井は頭をかく。
「変だと思ってたんだ。なんでお前が美坂姉の敵に回ったのか。つまりそういうことか?」
「そうそう、俺は美坂にいじめられたかったの」
「そうじゃないだろ?」
ため息一つつく住井。
親指でクイッと北川の背を指す。
「へこんでたもんな。最初あったとき。影も薄かったし存在感もなかったし」
「…………」
「女の子にへこまれるぐらいなら、女王様やってほしい、か。流石マゾだな」
「まあ、な」
北川はチラリと笑う。
「まあやる気出さないでくれた方が誰にとっても幸せだったんだろうけど、それもちょっとなあって。
だからあゆちゃん、君には感謝してるぞ。最終兵器を持ってきてくれて」
そう言って振り向いた北川の視線の先には、汗だくになったあゆ達の姿があった。
一度は旅館で栞たちの姿を補足したものの、すでに離されていた距離と移動速度の違いのせいで、
あゆ達は栞達の姿を見失ってしまった。
それでも諦めず、行く先を予想して追いかけたあゆ達。
その甲斐あってか幸運のたまものか、大人数がいい争うような声を聞きつけたのがつい先ほど。
急いでそちらに行って見れば、見つけたのは眠って背負われている栞と、地雷コンビ。
さあ、どうするか。
不意打ちでも食らわせるかなどと考えて(考案者はもちろんクーヤだ)、
背後から忍び寄っていたところに声をかけられてあゆ達は硬直した。
「う、うぐぅ!!」
「は、はわわ、きづかれちゃってますよ!」
「え、ええーい! 臆するな! 義は我らにあるのだ!!」
三者三様に驚きの声をあげるあゆ達に、北川と住井は顔を見合わせて、ちょっと笑った。
「何がおかしい!?」
「ああいや、ごめんな。でも君達、そなんなに息を荒らせて不意打ちは難しいと思うぞ」
「うぐぅ、うぐぅという息遣いもかなり珍しいししな」
「し、仕方ないであろう! ここまで走ってきたのだ! とにかく貴様ら、秘密兵器とやらを返してもらうぞ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るクーヤに北川と住井は再び苦笑すると、手近な場所に腰をおろした。
「うぐぅ……そっか。もう全部終わっちゃったんだ」
北川たちの話を聞いて、あゆはうつむきそうつぶやいた。
実際のところ、これは歓迎すべき事態である。
とにもかくにも栞の野望は潰え秘密兵器は香里の手に戻ったのだから。
とはいえそこに自分が全く関与できなかったことを考えると、やっぱりちょっと悔しい。
「し、しかしだ。それで貴様らの罪が消えたわけでは……!」
あゆのことを気遣ったのか、クーヤが大声を張り上げた。
だが、当のあゆがクーヤの肩を抑えた。
「ううん、もういいよ、クーヤちゃん。だまされちゃったボクだって悪いもん」
「だが……!」
「あのな、あゆちゃん。さっきも言ったけど、俺は感謝してるぞ?
おかげで栞ちゃんが再びやる気になってくれたしな」
マルチが首をかしげた。
「あの、でもなんで北川さんが感謝するんですか? 北川さんたくさんひどい目にあわさちゃったって……」
「気にするな。こいつはマゾだ。喜んで奉仕してた」
「お前はちょっとむかついてたよな?」
「まあな。何様だよお前って思ったことは何回かはあったな
ま、今さらコンビ解消ってのもアレだから付き合ってやったけどな」
「ありがとうダーリン☆」
「気にするなよハニー♪」
北川の茶々入れを軽く受け流すと、住井は続けた。
「それに、俺達のトラップがどこまで実力派の連中に通用するのか試してみたかったてのもある」
「ほぅ……で、どうだったのだ?」
「ぜんぜんダメ。あいつら怖すぎ。必死だな美坂姉って感じ」
「……負け惜しみは醜いぞ住井とやら」
「基本的に俺ら負け犬っすから。でもまあそう考えると、
あんなのに二度も立ち向かった栞ちゃんはある意味すごいのかもな」
寝かされている栞をチラッとみて住井はフッと笑うと、ペコリと頭を下げた。
「そんなわけで、栞ちゃんのこと勘弁してほしい心なわけです」
「心なわけです。なんだったら靴ぐらいなら舐めるから。余裕で」
むぅ、とクーヤは眉をひそめた。
「妙に人徳があるのだな。その女は」
「人徳っていうか……うーん、栞ちゃんなりに必死でがんばってきたところ見てきたからなぁ」
北川は少しまじめな顔になると、あゆの方に再度頭を下げた。
「いや、まじですまなかったあゆちゃん。美坂には俺からあとであゆちゃんのこと言っとくよ。
お前がいうな、って殴り返されるのがオチかもしれないけどさ」
「ううん、いいよ北川さん。ありがと」
あゆは首を振ると、んしょんしょと懐をさぐった。
「あの、北川さん。栞ちゃんにこれ返してあげてほしいな」
そういって、一万円札をさしだす。
昨夜、栞と秘密兵器を交換する際に手に入れたものだ。
「いいのかい? どさくさに紛れてもらっちゃっても誰も文句は言わないと思うぞ?」
「ううん、ダメ。お金はちゃんとしなきゃ」
「そうか。じゃあ、預かっておくぞ」
「ネコババするでないぞ?」
「そんな後が恐ろしいことできませんて」
「だな。本的に俺ら小心者ですから」
住井はパンっと手を打った。
「さてと、マドモワゼル。よかったらランチはいかがですかな。
不肖この住井護。奢りなんぞと言う貴族にしか許されない所業を
行う心積もりを固めている最中なのですが」
あゆとクーヤは顔を見合わせた。
「ほんと!?」
「まことか!?」
「おいおい、剛毅だな住者。驕る平家は久しく無いぞ?」
「お前とは当然ワリカンな」
「そこは期待もしてないが。奢るって言っても屋台をどうやってみつけるんだ?」
「ふっふワトソン君、頭は何のためにあると思う?」
「なでてもらうためですよね!!」
「おしいねマルチちゃん。努力賞でナデナデプレゼントだ」
「はにゃ〜ん」
住井にあたまを撫でてもらい、気持ちよさそうな声を上げるマルチ。
それを見て北川は苦笑した。
「同じメイドロボでなんでこうも美坂の連れとは違うんだか。
……それで住井。まじめな話どうやって屋台を見つけるんだ?」
住井はニヤリと笑った。
「あんな鬼の集団が集まるような場所といえば、屋台ぐらいしかないだろ?」
「ああ、なるほどな。やつらが走ってきた先に屋台があるのか」
「そういうことだ。まあ、屋台だって移動しているかもしれないから、
確実じゃないけどな。そのときはどうかご容赦くださいレディ達」
クーヤとあゆはにっこり笑った。
「許さぬ」
「絶対タイヤキ奢ってね!!」
【四日目午後 山間部の森の中】
【登場 【月宮あゆ】、【クーヤ】、【マルチ】、【美坂栞】、【北川潤】、【住井護】、【深山雪見】】
瑠璃子を注意していたHMもどこかへ姿を消し、電波で夢を見ていた一同が正気を取り戻した、そんな時、七瀬留美は言った。
「なんだか、お腹減ったわね……」
それを聞いたチームメイトたちが賛同する。
「うむ、トロッコと走り合った後、鬼を追走したからな、休息が必要だろう」
「あはは〜、一仕事終えて、佐祐理もなんだかお腹が減ってしまいました」
何の計算も策謀も無い素直なセリフに、他の鬼達も忘れていた空腹感を思い出してきた。
「美汐〜、真琴お腹減ったよ〜、逃げ手捕まえたし、肉まん買おうよ、肉まん〜」
「真琴ちゃん、肉まんは屋台を見つけてからのお楽しみだよ。…でも、確かにお腹減ったね」
「瑠璃子さんもだったんですか。私も力を連続で使ったせいか、なんだかとってもお腹が減ってるんです」
「やっぱり、運動後の栄養補給は大事ですよね」
少しだけ言い訳のように、葵がやや顔を赤くして言う。
く〜。
可愛げな音がして、美汐が顔を赤くして言った。
「恥ずかしながら私も…。真琴たちをベナウィさんと待っていた間も、結局お茶しか頂きませんでしたし……」
誰からともなく、言った。
「駅にもどりましょう」
七瀬チーム、美汐チームがまったりと駅に戻る事を決めたとき、茜・澪・ベナウィの新顔鬼チームは少しだけ真面目に話をしていた。
「ベナウィさん、すみません、せっかく逃がしていただいたのに…」
『ごめんなさいなの』
「いえ、お二方はとてもご健闘なさった様子。そもそも、私が至らなかったのです。謝るのは私のほうです」
「ベナウィさんは悪くありません。悪いのは……普段から運動不足だった私と澪です」
茜が悪戯っぽく微笑んで言う。
『澪は演劇部なの。運動部不足は茜さんだけなの』
澪が笑顔で速記して返答する。
二人、目を合わせて笑んだ。
――バリバリリッ!!
茜が、微笑んだまま、目だけはマジでそのページを破き捨てた。
澪が、少し涙目になって、ベナウィは少し戸惑いながら、けれど微笑んでいた。
「それで、これからどうするのですか?」
『澪、おなかへったの』
「昼食はそうですが…そういえば、シシェは元気になったんですね」
茜が思い出したように言う。
ベナウィは美汐と二人でシシェに乗ってきたのだ。
しかも、なんだかとても仲が良さそうに。
ちなみに、今はベナウィが手綱を引いている。
「はい。駅で食事を終えた後、一眠りして大分回復したようです」
「それはよかったです、ベナウィさんはお食事はもう?」
「いえ、美汐と会話に興じていたら、食事をとることなど忘れていました…こんなことは初めてです」
「そうですか…。では、私達もあの人たちと一緒に駅に向かって、お昼をご相伴に預かりましょう」
『ご飯を食べた後は、詩子さんたちを探すの?』
「いえ、寧ろ詩子たちが進んだのとは逆に進みましょう」
茜の提案に澪は首を傾げた。
『?』
「詩子のことですから、私や澪を追ってこちらに戻って来ているかもしれませんが…」
「お二方が逃げ切っていた場合、私達に近付くと周りの鬼に捕まってしまうかもしれない、ということですね?」
「はい。……ただ、これは私と澪の話です。……ベナウィさんがどうするかまでは私には決められません」
今度は澪だけでなく、ベナウィまでもが理解できないといった顔をする。
そんな二人に、茜が、やはり悪戯そうに微笑んで言う。
「私は、シシェに蹴られたくはありませんから」
「?? シシェは――」
――貴方を蹴ったりなどはしません、ベナウィがそう言おうとした時だった。
「あの、ベナウィさん」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、いたのは真琴と瑠璃子、そして声をかけてきた美汐。
「美汐、どうしました?」
「あの、真琴が、シシェに乗りたい、と言いだしまして、それで、よろしければ…」
「ええ、構いませんよ、他ならぬ美汐の頼みですし」
特に迷わずにベナウィが言う。
その言葉を聞くや否や、軽い身のこなしでシシェに乗る真琴。
「わ〜い、ウマだウマだ〜」
「真琴、あまり暴れてはいけませんよ」
「大丈夫ですよ、私が手綱を引いて行きますから。さぁ、美汐も乗ってください」
「いえ、あの……私は、ベナウィさんと一緒に歩きたいですから」
「そうですか……。…で、では、参りましょう」
「わ〜い、動き出した動き出した〜」
「真琴ちゃん、良かったね」
「うん!」
「うふふ、真琴ったら、あんなにはしゃいで。本当にすみません、ベナウィさん」
「気になさらないでください、美汐。あの方が…それに貴方が嬉しそうで、私も嬉しいですから」
真琴を見つめ、お互いに見つめあい、まるで長年連れ添った夫婦のような、また、初々しい恋人のようなベナウィと美汐。
その様子を見て、澪が納得した、という風な顔で書く。
『人の恋路を邪魔するヤツは』
「シシェに蹴られて……ですよね、澪」
自分達のことを忘れて、いつの間にか呼び捨てで呼ぶようになった美汐と共に歩き始めたベナウィ。
茜は、彼と自分達の道はもう同じではないのだな、と悟った。
自分の傍から人が離れていくというのに、それは、なんだか心地よい感覚だった。
『茜さん。澪たちもお昼食べに行こう』
「そうですね、行きましょう、澪」
二人は、笑いあって、駅に向かった。
【四日目 午後2時ごろ】
【一同 駅へ向かう】
【茜、澪 昼食後の予定をおおまかに決定】
【美汐、ベナウィ いい感じ】
【真琴 シシェに乗れてご満悦】
【シシェ 体力回復】
【矢島、垣本 駅で気絶中?】
【登場【七瀬留美】【清水なつき】【倉田佐祐理】【沢渡真琴】【月島瑠璃子】【松原葵】【姫川琴音】【天野美汐】【ベナウィ】
【里村茜】【上月澪】】
ほしゅ
189 :
名無しさんだよもん:03/12/22 23:25 ID:2wnTgC8Y
あげ
鬼ごっこ開始から4日も経ち、管理室は予期せぬ危機に直面していた!
島の偵察をしていたHM13型からもたらされる情報。
今まで静かにその整理をしていた長瀬一族から次々に報告がなされる。
しかも、何故か軍隊調で。
「サー足立!大変であります!」
「どうしたました、長瀬源三郎さん?」
「HMからのデータを検証したところ、大変な事が!」
「なんですって?……な、こ、このままでは、鶴来屋グループの存続が……」
「どうしたんです、足立さん?」
「コマンダー秋子!貴官もこちらをご覧ください!」
「了承」
長瀬祐介の叔父にして現国教師の長瀬よりのデータに目を通す秋子。
「あらあら」
「落ち着いてる場合じゃないですよ、秋子さん!」
「この鬼ごっこによる予想被害総額が算出されました、モニタします」
そう言って、パソコンの画面を覗かせるセバスチャンこと長瀬源四郎。
ちなみに、数字が8個〜2桁ほど並んでいるという凄まじい額である。
「あらあら」
「そんな他人事みたいに!このままじゃ、リゾート計画が頓挫するかもしれないんですよ!!」
「なんでそんなことになってるのかしら?」
「報告します、コマンダー。光岡悟・柏木梓らによって折られた木…」
「…変身したハクオロ・小出由美子両名の飛行によって破壊された森々…」
「……屋内外に設置された罠による破壊、及び罠の解除・地形復元への人件費…」
「…………ホテルから盗まれた『来栖川の怒り』……以上が被害の全てです」
「フゥ……」逐一報告される内容に嘆息する足立。
「全体に対し、かなりの割合を罠の解除費用が占めているみたいですね」、と秋子。
「は。専門家を招致しなければ、解除不可能な罠が多く……」、と長瀬源三郎。
「長瀬さん。あなた方ではできませんか?」と足立。
「捜索隊を結成する分の費用が余計に産出されるだけかと」と長瀬源次郎。
確かにその通りであった。
初期に北川や住井が仕掛けた幼稚な罠はともかく、後期の熟達した罠は、ちゃんと発見するだけで一手間。
さらに解除し、元通りの地形や部屋の構造に復元するとなると恐ろしく手間がかかり、技術がいるのだ。
下手なメンバーでは、罠にかかって帰らぬ人となってしまう。(実際に致命傷になるようなものは流石に無いが)
「仕掛けた本人が解除してくれればいいんですけどね…」
「残念ながら、その可能性は稀薄です、コマンダー秋子。
罠はルールに抵触しておらず、彼らに解除する利点はあまり見受けられません」
「そうですね……」
秋子は手を頬に当ててやや思案し、発案する。
「では、鬼ごっこ終了直後にしてもらう、というのは?」
「断られませんかね?この雰囲気だと、終わった後は祝勝会とか残念会になだれ込みますよ?」
「サー足立の仰るとおりです、コマンダー秋子。参加者同士の結託は強くなっている模様。
既にゲームを放棄して和んでいる組さえある有様です」
「すると、一体何時にすれば……」
「簡単ですよ、皆さん。やはり終了直後でいいんです」
声のほうに向くと、そこには落ち着いた様子の千鶴がいた。
「たとえば、北川さんと住井さんは、大吟醸『来栖川の怒り』を盗んでいましたよね?」
「イエス、サー。現在、イビル・エビルの屋台に進行中の模様。到着次第払わせる手はずとなっております」
「代金をただにする代わりに、解除を約束させましょう」
「なんだか、北川さん達に不利すぎる気がしますよ?」
「確かに、そう思えますね。ですから、さらに『盗んだ事を不問に付す』とでも言って、非はあちらにあると思わせるんです」
割と…というか思いっきり腹黒い発言であるが『いつもの笑顔』だ。
「さすがちーちゃん、さすが偽……」
と、言葉を止める足立。
目の前には文字通りに『鬼気迫る』千鶴がいる。
「なんと言おうとしたんですか?足立さん」
「い、いや、さすが偽…ぎ…銀河トップクラスのの経営手腕だなぁ、と。これなら鶴来屋グループは安泰だね」
「ありがとうございます」
鬼気が失せ、満足そうに笑う千鶴。
が、相好を崩したその状態も長くは続かなかった。
「千鶴さん、耕一さんのことはもういいんですか?」
「耕一さん?……耕一さん、耕一さん……うわぁーーん、耕一さんの浮気者ぉぉ!!」
「秋子さん!再燃させてどうするんですか!!」
「あらあら」
「ああ、もう!とにかく、北川・住井両鬼の行く屋台に通達よろしく。必ず了承させて!」
「了解!コード『トラ・トラ・トラ』。イビル・エビル屋台、応答せよ!」
何故か「我、奇襲に成功せり」で連絡をとるフランク長瀬。
「他の鬼にも頼むべきかもしれませんね……罠の熟達者は?」
「傭兵隊長である醍醐、その弟子・藤井冬弥、戦闘民族ギリヤギナの姫君・カルラ、その弟子・しのさいか、などが有力かと」
「どうにかして、その人たちにも頼めませんか?」
「現状では具体案はありません」
妙案を出してくれそうな千鶴は、先ほど秋子自身が暴走させたばかりだ。
管理室の、そしてリゾート地の未来は、まだまだ暗い。
【時間 四日目午後 管理室にて】
【リゾート計画危うし!?】
【北川&住井 屋台で過酷な運命が待つ】
【罠解除プロの参加者 罠解除の依頼を受ける可能性】
【登場 『足立』『水瀬秋子』『柏木千鶴』『長瀬一族』】
『ハクオロさんへ
まず、このような形でことを伝える無礼をお詫びします。
直接お会いして話すべきことではあるのですが、私たちはとても簡単には会うことの出来ない状況に置かれている上、
このことだけは、どうしてもすぐに言いたかった。だから雅史さん達の御好意に甘え、手紙を送らせて頂きました。
話は、貴方と御連れの方々への、私の無礼のことです。
本当に、すみませんでした・・・』
そんなくだりで始まる手紙だった。
それは普段の彼女の口調とは少し異なる、とても丁寧な文体で書かれている。
その内容は手紙の相手ハクオロと、その連れに対する謝罪の意、そして窺えることは、ハクオロへの恋情。
彼女がどれだけ彼のことを思い、慕っているかがひしひしと伝わってくる。
だが、そんな内容だからこそ、この手紙を何度も何度も読み返しながら歩いている男、ハクオロの心中は複雑だった。
一度読んだ時はさほどでもなかったが、読み返していくうちに、あまり笑っていられない状況に気がついてしまった。
美凪たちと分かれて少々感傷的になっているせいもあいまって、苦悩はきわまっている。
彼が思い悩む最大の原因は、手紙にこうも書かれていることだった。
『貴方が誰にでも優しいのはいつものことですし、私にそれをどうこう言う権利なんてありません』
美凪達とのことは決してただの優しさなどではなく、そしてエルルゥへの思いもまた本物なのだ。
だから彼は悩んだ。
美凪達とのことをただの成り行きと言って慰めることは簡単だ、しかしそんなことは嘘でも言ってはいけないことだと思った。
かといってエルルゥを悲しませ、彼女からの思いを失ってしまうことは、最も恐ろしい。
(エルルゥ・・・随分と傷付けてしまったんだな・・・
そんなつもりは、無かった、だが、思えばいつも傷付けてばかりだ・・・
最初は借金返済のために探してたなど、大概私も馬鹿だな・・・
本当にいたらない・・・
だがだからこそ、今回のことはきちんと話さなければな・・・)
そう、思ったからこそ、彼は歩いていた。彼女がいた、あの小屋へ。
今回ばかりは直接会って話をしなければならないと考えたのだ。
彼にしては無用心なほど考え込み、黙々と歩き続ける。
もう、捕まっても良いとでも思っているのかもしれない。
彼女は鬼で、彼は逃げ手。今までともに逃げてきた美凪たちには悪いが、話し合うためにはそれくらいの覚悟は必要だからだ。
そんな風に思いをめぐらせながら、土を踏みしめ歩き続け、そして、
「まだいるだろうか、エルルゥ・・・」
彼は歩みをやめ、やや上を見上げ、そう呟いた。
「この、小屋に・・・」
ついに目の前に小屋を捉えた。
みちると別れてから、随分と歩いた気がした。美凪と別れてからすでに向かい始めていたこともあり、時間にしたら小1時間といった所だろうが、それはとても長く感じた。
彼は前を見据えなおし、小屋のドアに歩み寄った。
が、そこまでだ。ドアを開けるには覚悟がまだ足りなかった。
深呼吸をし、覚悟をつける。そしていざ・・・
ガチャリ
「っ!?」
ハクオロがドアを開けんとした時、それは内から不意に開かれた。
そして彼が突然のことに思考をめぐらせているうちに内から開けた本人は言った。
「あれ?あ・・・ようこそ、ハクオロさんですね?エルルゥさんから話はうかがっています。」
現われたのは小柄だが逞しい少年、鬼の少年だ。
が、捜し求めていた人の名をいったのでそんなことは気にならなかった。
「エルルゥはまだここにいるのか!?」
「ええ、なかへどうぞ。」
少年もまた、ハクオロが逃げ手であることを気にしていなかった。
「・・・私を捕まえないのか?」
「捕まえたいのはやまやまなんですが、彼女の話を聞いていたらそれはフェアじゃないなって思いまして。
彼女の思う‘ハクオロさん’ならきっと手紙を読んでここへ向かうだろう、ということは予測できたんですが、
それを知って待ち伏せするのは人の気持ちを利用する卑怯な手ですし、彼女には恩がありますから。」
「そうか、すまない・・・そういえば君はどうしてここに?」
ハクオロは小屋の中へと進みつつ、なんとなく少年に話しかけた。
「僕ですか?ええ、僕ら、ここで逃げ手を待ち伏せしてるんです。」
「なに!?
・・・そうか・・・ではエルルゥがいるのは本当か・・・?」
ハクオロは一瞬騙されたと焦ったものの、すぐに落ち着いた。どうせ捕まる気でいたのだから、と。だが、
「勘違いしないで下さい、全部本当ですよ。」
「どういうことだ?」
「簡単に言うと貴方以外を待ち伏せしていた、ということです。貴方への待ち伏せは卑怯だと思った、と言ったでしょう?」
それを聞くとハクオロは少年の真摯な態度に嘘は無い、と彼を信じた。
そんな彼に対して少年は、エルルゥのところへ案内をしながら説明を続ける。
「そして待ち伏せにいたった理由はこうです。
僕と組んでいる観月マナという子は目がさめるなり、といっても9時過ぎですが、外へくり出そうと主張したのですが、もう一人僕と組んでいる田沢圭子という子は随分と疲れ果てていたようで、もう少しの休憩を望んだんです。
で、僕が仲裁して、待ち伏せしようということに。彼女も実は疲れていたようですし。」
「そうか・・・」
そこまでは聞いていないのだが、と思いつつ相槌を打った。
だがそんなハクオロの心のうちを見透かしたように続けて言う。
「ちなみに僕がここまで説明した理由はマナに注意した方が良い、という注意のためです。」
「というと?」
「マナは外に行けなくて苛立っていますから、話が終わったとたんに捕まえられかねませんということです。」
「そうか、わざわざすまない。」
そうこう話をしているうちに彼らは二階にある1つの部屋の前にたどり着いた。
「ここです。僕の仲間もここにいますが、いきなり捕まえるようなことはしない筈なので、どうぞ。」
「ありがとう・・・感謝する。この礼は必ず。」
ハクオロはそう言って、ドアノブに手をかけ、力を込める。
そして、開く。彼女の待つ部屋への扉が。
「ハクオロさん!!」
【ハクオロ、エルルゥと対面】
【場所 平地の一軒家】
【時間 四日目正午ごろ。】
【登場 【ハクオロ】、【少年】、【エルルゥ】、【田沢圭子】、【観月マナ】】
ハクオロが借金返済のために探していたのはエルルゥではなくアルルゥだったはず。
本筋に影響はあまりないのでここの台詞は読み飛ばすなりなんなり出来るが一応、な。
201 :
名無しさんだよもん:03/12/29 01:48 ID:4xg8Z4P7
ほ2
「大変です、お兄さん!」
塚本千紗は、叫んだ。
「何状況説明してるですか!」
え? あ、はい、俺ですか?
「千紗がどこ探してもいないんです! 柳川のお兄さんを追いかけてるときも! 名倉のお姉さんを追いかけてるときも!
瑞希お姉さんが謎のアイテムを手に入れたときも! 楓お姉さんを追いかけてるときも!
きっと千紗は忘れらてしまったんです!」
で?
「にゃぁあ〜、酷いですぅー……」
仕方ないじゃん、書き手が忘れてたんだから。
「駄目です! 千紗がひっそり隅にいないと、国崎のお兄さんチームは成り立たないんです!」
そんなことも無いだろう。
ほれ、猫耳互換の楓はでてるぞ。
「それは別モノ」
そうか。
「にゃあ〜……どうすればいいんだ、ですぅ……」
そんなこといわれても。
「あ、起きた」
「……にゃあ〜……?」
千紗はむくりと起き上がった。そこには、心配そうな表情をした深山雪見と牧部なつみが立っていた。
「大丈夫? 随分うなされてたから。怖い夢でも見てたの?」
なつみが心配そうに訊く。
「にゃあ〜……?」
まだ千紗は状況が理解できていない、という風に辺りを見回した。
「あなた、ずっとここで寝てたのよ。覚えてる?」
雪見が千紗の肩に手を置いた。
「あれ……国崎のお兄さんたちは……どこ行った、ですか……?」
「かわいそうに。置いていかれたのね……」
雪見となつみは千紗の頭をなでてやった。
千紗は、夢の事は一切覚えていなかったらしい。
しかし、何故知るはずも無い国崎一行の動向を、夢の中とはいえ千紗が知っていたのか?
それは、ひょっとすると人間の持つ、夢の魔力だったのかもしれない。
人間の夢とは、かくも不思議な物だと、私は思う。
【千紗 起床】
【鶴来屋二階の一室】
【四日目昼頃 国崎一行が楓を追っている辺りの時間】
【登場鬼:【塚本千紗】【深山雪見】【牧部なつみ】】
いいね
うん。いい感じ。
「…………てぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーいッ!!!!」
その裂帛の声を瑞穂は聞いた。
次の瞬間響き渡る爆音、吹き上がる水柱、立ちこめる土煙。
「こ、耕一さん!?」
岩の上で傍観者と化していた瑞穂にもわかった。ついに決着が付いたことを。
余波で巻き起こった強い風に揺れるスカートと髪を押さえながら、瑞穂は急いで爆心地に駆け寄り、そこに突っ込んでいった
パートナーの姿を探して声をあげる。
「耕一さん、耕一さーん!」
しばらくして、ようやく土煙が晴れてきた。
「いてて……うーん……」
「あ、居た! 耕一さん大丈夫で──」
そこで瑞穂が見たもの。
それは元の姿に戻った耕一と
「……………………………………………………あ」
「……………………………………………………え?」
その下で耕一に胸を鷲掴みにされているムツミの姿だった。
何かをしようと空中で静止したムツミに向かって必死に手を伸ばしたことと、自分とムツミに向かって
矢の雨が降り注いだところまでは覚えている。
だがそこから先は余りの衝撃で何がどうなったか耕一にはサッパリわからなかった。
確認のため軋んだ身体を動かしてみる。と、右手が何か柔らかなものに触れている感覚があった。
「ん?」
もみもみ。
「ひゃんっ」
「んん?」
もみゅもみゅ。
「あっ、やんっ!」
「こ、この感触はまさか……!」
そのまさかだった。
目の前にはさっきまで死闘を繰り広げていた少女の顔。自分は四つん這い、相手はあお向けで、要するに俺柏木耕一が
彼女ムツミを組み伏せている。そしてご推察の通り男の右手が少女の胸に、ああなんてお約束な格好。
(混乱してるな、俺)
それはわかる、わかっているのに右手を離すことが出来ない。
男として、こんな状況を自ら壊すことなど出来ようか、いや出来ない、反語。
そんな耕一の真剣な、だが端から見たら馬鹿な葛藤を木っ端微塵に打ち砕くように、
「…………………………キャアアァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
先程上がった爆音よりも大きな悲鳴が辺りにこだました。
「や、ちょ、何!? なんだかよくわかんないけど離して! どいてよぉ!!」
その声は先程までの落ち着いたものではなく年相応のよく通る声、よく見ればその緋色の瞳も元の碧眼に戻っていた。
『胸、さわられた……男の人に…………お父様にもさわられたこと無かったのに……』
哀れ、ムツミはショックでカミュの心に引きこもり。さりげなく問題発言が飛び出したようだが、ここは突っ込まない
方がお互いのためだろう。
そして、その声に慌ててカミュから離れた耕一は、背後から漂ってきた殺気にびくりと身を竦ませた。
恐る恐る振り返る。そこに──
「コ・ウ・イ・チ・サン?」
幽鬼のように佇んでいる瑞穂が居た。
「い、いや誤解だ、わざとじゃない! 確かに顔は初音ちゃん並みにあどけないのに胸は梓級でウホッとか思ったけどそれは
まあそれとしてとにかく落ち着いてくれ瑞穂ちゃん!」
「へぇ〜、そんなこと思ってたんですか……落ち着くのは耕一さんの方ですよ?」
命を懸けてごまかす耕一の言葉を斬って捨てる瑞穂。その瞳も、声も、威圧感も何もかもが普段の彼女とは違う。まるで耕一の
不埒な行動をこらしめるために誰かさんが乗り移ったかのようだった。
「怖いって! 瑞穂ちゃんキャラが違う! っていうかそんなでっかい岩持ち上げて何する気!? それもどっちかというと
君の親友がやるべきことのような」
「問答無用です!」
「あああぁぁぁ────!!」
「いたた……まさかあんな爆風が巻き起こるとは思わなかったわ……?」
ドリグラの必殺技とムツミと耕一の激突による余波でひっくり返った黒きよは、起きあがって目に入った光景に首を傾げた。
半べそをかきながら胸を抱いてうずくまる少女、何故かでっかい岩の下敷きになっている男とピクピクとヤバげに震えているその腕、
そしてそれを見下ろしながら肩で息をしている少女。
「何があったのかしら?」
「さあ……」
「……何でしょうね」
決定的瞬間を見逃した黒きよ小隊に出来ることは、その光景に向かって疑問の声をあげることくらいであった。
【カミュ(ムツミ) 鬼になる】
【耕一 1ポイントゲット、瑞穂の天誅で岩の下】
【瑞穂 耕一に天誅】
【黒きよ、ドリグラ 何が起こったの?】
【時間 四日目昼】
【場所 山間部の谷】
【登場 カミュ(ムツミ)、【柏木耕一】、【藍原瑞穂】、【杜若きよみ(黒)】、【ドリィ】、【グラァ】】
【残り8人】
念のためだ。保守。
感想スレどうしよっか。
211 :
QUIZ:04/01/05 11:58 ID:gxyOleGB
「……突然ですがクイズです」
「って何よ藪から棒に?」
美凪の発言にいち早く反応したのはまなみであった。
「え、なになに?」
「クイズかあ、面白そうだね」
沙織と雅史もなにやらと首を向ける。
この4人、結局件の手紙騒動から、一緒に行動している。
まあ森の中に女性一人とか二人とか置いていくのもなんだし、
『むしろまなみさんは姿が見えるところに置いておかないと不安だからね』
『『意義なし』』
当のまなみは「もうしないわよ……」とかブチブチとこぼしていたのだが。
そういうわけでカルテットにまで増員してしまったポストボーイ&ガールズであるが、
とりあえずは次なるミッションに向けて動いている。ターゲットは七瀬留美嬢である。
「今私たちがその上を行進なんかしているこの線路ですが……」
そう、それから4人は、森の中を横切る線路を発見したわけである。
雅史と沙織の探知能力によると、その線路の先の方に七瀬嬢の気配を感じるような……ということであり、
また、この線路の上を歩いたことがあります、という美凪の言によると、その先には駅らしきものがあるらしい。
ではもしかしたら彼女はその駅に居る、もしくはその駅を拠点に動いているのかもしれない――
ってことで、4人はその駅舎に向っているわけなのである。
212 :
QUIZ:04/01/05 11:59 ID:gxyOleGB
で、
「例の駅からこう、線路が島の中を走っているわけですが……」
「ふんふん」
「では、その縦横に敷かれたレールの上にある枕木は、全部で何本あるでしょうか?」
「ま、枕木?」
困惑した声を出す沙織。
そんなのわかるわけないではないか。
レールはあっちからこっちへ、恐らくは島中に、ずーっと伸びているのだ。
「ハァ? 何よそれ。400本ぐらいじゃないの?」
などとまなみは適当なことを言っている。
(うーん…大体の数を答えろってことなのかな?)
(枕木同士の間隔をとりあえず1mとして、島中に走っているレールの長さが……えーと)
などと沙織が悩んでいると、
「あ」
と雅史が声を上げたので、三人はそちらを見る。
「わかったよ、そういうことか」
「え、雅史君わかったの!?」
「0本でしょ? 『レールの上』には枕木なんてないもんね」
まなみと沙織が、あ、と声を上げる。
213 :
QUIZ:04/01/05 11:59 ID:gxyOleGB
「ご名答……レールの上に枕木があったら、電車は脱線しちゃいます。お米券進呈……ぱちぱち」
雅史は苦笑しつつそれを受け取る。
「ふん、そんなの屁理屈じゃない」とか言ってまなみは鼻で笑ってはみるものの、内心悔しそうである。
沙織は沙織で、「う〜ん、騙された」と少し凹んだ様子。
まあそんな二人を横目に見ていた美凪が、「では第2問」ととぼけた様に呟くと、二人して目の色が変わったわけであるが。
「それの名前を言うだけで、それが破れてしまうものって……なーんだ」
「名前を言うだけで……破れる? 魔法みたいだなあ、なんか」
「……私はそんなの、考えないからね」
とか言いつつえらく眉間に皺が寄ってますよまなみさん。
「これは、難問だね」
「破れる、破れる……名前を言うだけで……うーん」
唸ると、沙織は黙り込んでしまう。
雅史も今回はわからないようだ。首を傾げたりしている。
しばらく4人とも一言もなく、てくてくと歩いていく。
ふと沙織が美凪の方を見ると、美凪は人差し指を唇の前で立てたポーズをしている。
いわゆる「しーっ」というポーズである。
なんだろう、ヒント? 頭の上に?マークを浮かべながらも同じポーズをしてみる。
(しーっ……静かにしなさい……? 黙っている……)
ぴこん、と唐突に?マークが電球に変わる。
「わかった! 沈黙! 沈黙が破れる!!」
「ご名答……沙織さんにも、進呈です」
ああ、と納得したような声を漏らす雅史。
沙織はお米券を受け取りつつ、やったあ、とはしゃいでいる。
214 :
QUIZ:04/01/05 12:00 ID:gxyOleGB
「……この年になってなぞなぞもないでしょうに、はしゃいじゃって。子供ね」
と、まなみは肩をすくめる。しかし、
「……な、なによ」
なんとなく、3人の視線が痛い。
「……3問目……?」
問うように美凪が話し掛ける。
「だ、出したければ勝手に出しなさいよ」
とかぶっきらぼうに言ってみると、雅史と沙織のクスクスと笑う声が聞こえる。
……なんか無性に恥ずかしくてイラっと来た。絶対に答えてやる。
「では……」
少し考えるようにした後、美凪が言う。
「虫かごの中に入っていて、緑色で、ぴょんぴょんと飛び跳ねているものって……なーんだ」
む? と思わずまなみは顔をしかめる。
これは……アレではないのか?
緑色で、ぴょんぴょんと飛び跳ねて……
……ひっかけ? キリギリスの方とか……キリギリスって跳んだっけ?
215 :
QUIZ:04/01/05 12:01 ID:gxyOleGB
雅史と沙織は、「これって、アレかな」とか、「ひっかけかな、なんだろ」とかボソボソと話し合っている。
もう完全に傍観者だ。まなみは、むむむと唸るばかりで、完全に窮している。
「……あと5秒です。5、4、3……」
美凪は美凪で、勝手になんかカウントを始めている。
なんで私の時だけカウントとかするのよ、とか思うが、こんな問題は時間をかけても仕方ないのであった。
「……2、1、0……さあまなみさん、答えは?」
「バ、バッタ」
考えても意味はなく、結局スタンダードと思われる答えを言ってみる。
「ぶぶー……ハズレです」
やはりというか。これで答えはキリギリスとか言わないでしょうね。
「答えは……お米券です」
こけた。
「なっ……なあんでお米券なのよ! 全然違うじゃない!!」
「でも、お米券です」
「虫かごの中に入ってるんでしょ!?」
「お米券を虫かごの中に入れちゃ……ダメですか?」
「緑色で」
「緑色に塗っちゃ、ダメですか?」
「お米券がぴょんぴょん飛び跳ねるかっ!」
「……それは、問題をややこしくするためのちょっとしたスパイスです」
「おちょくってんのかあんたわ!?」
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜〜♪」
216 :
QUIZ:04/01/05 12:01 ID:gxyOleGB
頭に怒りマークを浮き出させて怒鳴っているまなみと、
くねくねとハニ〜ワなダンスを踊りながらのらくらと受け答えをする美凪を見つつ、
雅史と沙織は必死に笑いを堪えている。
「あれで彼女も割と根に持っていたみたいだね」
「そうみたい」
言いつつ、クツクツと堪え笑いがもれる。
まあ、可愛い仕返しといったところか。
そうこうしているうちに、目の前が開けた。
いつの間にか森の出口に差し掛かっていたらしい。
足元の線路は、目の前数10m程先の、平野の中にポツンと建っている建物の中に吸い込まれている。
「どうやら、着いたみたいだよ」
そう言って雅史が、駅舎を指差した。
【四日目 午後2時ごろ】
【ポストボーイ&ガールズ 駅到着】
【まなみ クケー】
【美凪 ぴぴるぴ〜】
【登場 【佐藤雅史】、【新城沙織】、【皆瀬まなみ】、【遠野美凪】】
諸君、久シイナ。
我ガ名ハ解放者ウィツァルネミテア。汝ラ小サキ者ヲ高ミヘト至ラセルコトヲ至上ノ喜ビトスル大神ダ。
トハイエ我ハソノ分身ニ過ギナイノダガナ。本編デハオンカミヤムカイデ戦ッタ黒イ奴。ソレガ我ダ。
ム、何故我ガコンナ処ニ居ルノカダト?
良イ質問ダナ。ダガ、ソノ質問ニ答エル前ニ少々コノ者ヲ見テモライタイ。
――オン、と黒ウィツが腕を振るうと、ほのかな光を伴って彼の足下に倒れる一つの人影が現れた。
「う……」
――倒れ伏したまま、僅かな呻きを漏らす。どうやら気絶しているようだ。
ソウ、汝ラモヨク知ッテイルダロウ。オンカミヤムカイノ哲学者、我ガ憑代、ディーダ。
イヤ、最近ハDトイウ名ニ改メタノダッタカ。マァ、ドチラデモヨイノダガ。
ン? ナニ? 何ヲ言ッテイルノカワカリヅライ?
ウーム……確カニコノ姿ノママデハ少々話ガシ辛イナ。デハ失礼シテ……トウッ!
――黒ウィツの身体が闇に包まれる――次の瞬間、彼の身体はかき消え、そこに顕れたのは仮面の男――ハクオロの姿だった。
「さて、これで幾分か話もしやすくなったな。私は空蝉の姿をしているが、当然空蝉ではない。便宜上この姿の方がよさそうだったから容姿を借りただけだ。
我が名はウィツァルネミテア、その分身。汝ら小さき者に崇められ、うたわれるものだ」
しばしあたりを流覧する。景色と呼べるものは何一つなく、延々と真っ白な空間が続いているのみだ。
「此処が何処か、と問うのならば、二通りの回答がある。そしてそれはどちらも正しい。
一つはDの内面世界。端的に言えば此奴の頭の中、心だな。
そしてもう一つは我の精神空間。元々我と此奴は一つになった故、此奴の心は我が精神と同義。どちらも間違ってはいない」
微笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「我もこの男と生を共にし、全てを見てきた。
この男が何を見て、何を聞き、何を想い、何をしてきたのか。この男の心境の変化も全てつぶさに見てきた」
キッ、とその鋭い眼(まなこ)を開く。
「さて、この男は果たして気づいているのだろうか? 我らが空蝉にあり、我らが持ち得なかった失われし我が半身。
本当 の 我 が 半 身 。
何故ゆえに我らは空蝉に遅れをとったのか。
本来壱であり弐に別れた我ら。全く同じであったはずの我ら。永遠にお互いに憎み合い殺し合い、決着がつくことなどあるはずがなかった我ら。
……だが、事実として我は負けた。我が空蝉に遅れをとった。程度の違いなど問題はない。『差』ができた。それが問題なのだ。
負けは負け。敗北だ」
淡々と言葉を紡ぐ。
「だが、空蝉にあり、我になかったもの。それを我らはすでに手に入れてあるのだ。優勝賞品も、最優秀鬼への贈物も、もはや関係ない。
我は、この男は、我らはすでに手に入れてあったのだ。
一番大切なものを。たった一つの大切なものを。
それは――その名は――それこそは――」
「きゃっほぅ」
違う娘の歓声をパクりつつ、D・まいか・岩切の三人はラフティングを続けていた。
「ごーごーれっつごぅ!」
アトラクション気分で状況を楽しみ、手頃な枝を振り回したりなんかしちゃってるまいかであるが、流木の背後で木を押したままの岩切はそれどころではなかった。
川の流れの速度と曳航時間から航続距離を割り出し、鬼の行くであろう方向と照らし合わせて必死に状況を分析する。
(まだ……まだだ……まだ追いついていない……ここではダメだ……)
あたりに目を配りつつも、緊張の糸は緩めない。
(もう少し……もう少しだ……行き過ぎてはダメだが……まだここではダメだ……もう少し……あと数分……そこで上がれば……連中に追いつける……はず……
少なくとも……もっとも近い距離をとれる……はず……。もう少し、もう少しだ……)
……と、そんな岩切の耳に、
……ごぉぉ……ごぉぉ……
と何やら前方から水の打つ音が聞こえてきた。心なしか、流れも速くなってきている気がする。
「……なんだ?」
が、岩切は今水面に顔だけを浮かべ、流木を押している状態である。前方の光景はよく見えない。
「幼女よ、何が見える?」
よって流木の上に陣取り、前方を見据えたままのまいかに声をかけるが……
「……………」
固まっていた。幼女は、これ以上なく。
「黙っていてはわからん。幼女よ、答えろ。我らが目の前に何があると言うのだ」
そうこうしているうちに、音が徐々に大きくなってきた。だんだん、『轟音』と呼べる音に。
「えっとね、いわきりのおねーちゃん」
「うむ」
「まいかたちのちょっと先でね」
「うむうむ」
「……川が、なくなってるの」
「……おおおおおおおおおおおお!!!!」
「たきだよたき! うぉーたーふぉーる!」
「漕げ漕げ漕げ! 漕げぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
既に水の轟音は凄まじきものになっている。見るまでもなく、岩切には目の前に広がる光景がわかった。
川の流れが崖で切れ、世に言う瀧な状態になっている。
この位置からではその高さまではうかがい知れないが、音から察するにあまり落ちたくない高さではありそうだ。
「くっ、と、止まれ! 止まれ! 止まれ!」
「えいっ! そりゃ! とりゃーーっ!!」
慌てて流木を最寄りの岸に着けようとするが、瀧間近の激流の中で大人一人+幼女一人を乗せたその巨木は慣性とかいう法則によってそう簡単には動かない状態へと至っていた。
岩切が全力で引っ張り、まいかもそれなりに漕いでみるが、僅かに進路角度を変えるにとどまっている。
「幼女! 何とかしろ! お前の妖術で!」
強化兵、困ったときの幼女頼み。
「むちゃいわないでよおねーーーちゃん! まいかじゃどーーーーにもできないよ!」
しかしなにもおこらなかった。
「ええい……ならば仕方がない! Dを起こせ! 殺してでも叩き起こせ! 作戦変更だ! ひとまず岸に逃げる!」
「でぃーおきろ! おきろおきろおきやがれこんちくしょう!」
Dの胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶって叫んでみる。
「…………」
しかしなにもおこらなかった。
「殴れ!」
「びしばしべきどげしっ!」
死人に鞭打つ。
「…………」
しかしなにもおこらなかった。
「罵倒しろ!」
「でぃーのどすけべ! ろりこん! ぺどふぃりあ! えすえむあいこうしゃ! たんしょーほーけーそーろー! どーてーやろー!」
なぜそんな単語を知っている。
「…………」
しかしなにもおこらなかった。
とかなんとかやってるうちに猶予はなくなった。
目の前で川は途切れ、向こう側には遠近法に従った小さな光景が広がっている。
「あぁもう仕方がない! 掴まれ幼女! 我らだけでも逃げる! Dなら(たぶん)大丈夫だ! 崖から落ちても死ななかった男、この程度では(おそらく)死なん!」
まいかに手を伸ばす岩切。しかしその時、
「あっ……えっ!?」
ばぁん、と流木が大きく跳ねた。
巨大な木の幹が中空に踊り、まいかの小さな身体が投げ出される。
「……岩か!」
岩切の目の前に、瀧の淵ギリギリに頭を覗かせる巨大な岩が現れた。
勢いに乗った流木は見事に乗り上げ、空中に跳ね上がる。
慌てて短刀と爪をその岩に突き立て、何とかしがみつく岩切。
しかし、目の前で落ち行く二人はどうしようもない。
「Dィィィィーーーーーーー!!!! ょぅι゛ょぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!!」
叫びも虚しく、スローモーションの光景で、木に縛り付けられたDと、そしてまいかの身体が落ちていく。
そんな中、Dが呟いた。変わらず気を失ってはいたが、その唇が動き、言葉を紡いだ。
「 C L A N N A D だ 」
「む……?」
黒ウィツが後ろを振り向く。すると、そこには先ほどまで正体を失っていたはずのDが、片膝をつきつつも目を覚まし、起きあがっていた。
頭に手を当て、二三度かぶりを振ってから言葉を続ける。
「誰もが求めてやまなかったもの、しかし手に入らなかったもの、至高の宝物(ほうもつ)、"CLANNAD."
クラナド、すなわち家族。我はソレを手に入れた。既に手に入れていた」
「ほぅ、思い出したか」
「やれやれ、我ながら我が察しの悪さは驚嘆に値するな。昨日空蝉にさんざん言われたのに、またここに来て失念するとは。
レミィを置いてきてしまった。目の前の些末な獲物に心奪われ、もっとも大切なものを忘れてしまうとはな。まだまだ修行が足りん」
「ああ、その通りだ。あの娘はいい子だ。さっさと迎えに行ってやれ」
「しかし我が大神よ。汝は何をしにまたもや我が夢の中に現れた。そのことを伝えるためか?」
「否。確かにそこは汝に確認しておきたかったが、放っておいても汝は悟ったであろう。問題は、もう一つだ。汝との約束を果たそうと思ってな」
「約束、だと?」
Dの片眉がつり上がる。
「オンカミヤムカイの哲学士、ディーよ」
不意に、黒ウィツの背負う気配が変わった。
「………なんだ」
「そして我が憑代、ウィツァルネミテアが分身、ディーよ」
「……どうした」
ニヤリと、黒ウィツがその唇の端を歪めた。
「いい加減に……」
言葉の続きは、空中に踊るまいかが引き継ぐ。
「めぇさませ!」
カッ!
「……これは拙いかもしれんな」
崖上の岩切。見下ろしてみれば、二人の身体は滝壺の水飛沫の中に消えていってしまった。
「助けにいかねばならんが……」
キョロキョロとあたりを見回す。今は川のど真ん中、しかも淵の岩の上。適度な足場は見あたらない。
「さすがにこの高さは飛び込めんしな……どうしたものか」
などと思案している。その時
「ウオオオオォォォォーーーーーーーム!!」
Dが、吼えた。
ドドドドーーーーーーン!!!!
『ウィツァルネミテア』の精神浸食作用開始!
滝壺に突き落ちる瞬間、体内の『ウィツァルネミテア』はDの精神に浸食、己の力を与えた!
瞳孔散大! 平滑筋弛緩!
『ウィツァルネミテア』の力はDの全身隅々まで行き渡り……
萎えた翼に再び光を与える!
筋肉・骨格・腱に強力なパワーを与えるッ!
「バルバルバルバルバルッ!!」
Dは苦もなく己の身を縛るツタを引きちぎると、流木を蹴り飛ばし、両の翼を大きく広げる!
瀧の水飛沫を浴びながらその場に静止! 一際大きく吼える!
「バルッ! バルッ!! バルバルバルバルバルゥ!!!」
ドッギャァァァァァァァァン!!!
これがッ! これがッ! これが『ディー』だッ!
そいつに触れることは死を意味するッ!
『解放者』ッ!
「こらでぃー! みょうなノリはあとにしてさっさとたすけろ!」
……とかなんとかやってるディーの横をまいかが真っ逆さまに落ちていく。
「おっと、これはすまんな。少々復活祝いが過ぎてしまったか」
ひょいと片足を差し出すと足首でまいかの身体を受け止め、リフティングの要領で浮かび挙げるとそこを抱き留める。
「待たせたなまいか。解放者ウィツァルネミテア、大復活だ」
「むー、なにもかわってないように見えるけど……」
「ふふふ、確かに見た目だけならば以前の我と変わらぬであろう……だが、見よ! 刮目してッ!」
ディーはそのまま翼に力を込めると大きく跳躍、一瞬にして崖の上まで躍り出た。
「な、ディー!?」
驚く岩切の奥襟をひっ掴むともう一歩跳躍、瀧の脇の河原に降り立った。
「…………」
無言のまま、二人を降ろすディー。
「ディー……お前、どうしたというんだ? ……お前はなんだ? 威圧感が……まるで別物だ……」
思わず感嘆の声を漏らす岩切。
「なーんか『だいふっかつ』したらしいよ。これがでぃーのほんとのちからみたい」
「……ふふふ。成程。ただ者ではないと思っていたが、まさかこれ程までとはな……だが、嬉しい誤算だ!」
そのままガッ、とディーの肩に手を置く。
「お前の力と! そして飛行能力さえあれば! 連中に追いつくのも、そして捕まえるのも造作も無きこと!
さァ追うぞディー! 先ほどまでの川下りで連中までの距離は相当詰めているはず! 後はお前の力で……」
出発しようとグイッとディーの腕を引っ張る、が、
「ごわっぱぁ!!!」
……力を込めた瞬間、ディーが盛大に血を吐いた。
「………ぬお!」
「………にょわ!」
素で引く二人。
「がはっ……ごっ、がっ……! な、なんだこれは……どうしたことだ……!」
ゲホゲホと派手に咳き込みつつ、その場に蹲る。
「で……ディー、大丈夫……か?」
「ど……どしたの?」
心配そうに駆け寄る二人。
「ふふ……(がばっ!)な、なんのこれし……(ごぼっ!)大したことでは、な……(ぐぼっ!)さ、さぁ急ぐぞ……連中を(げぼあっ!)追って……(おええっ……)レミィを……(こぽっ)迎えに……」
強がる間にもガンガン血を吐き続けている。なんというか、説得力とか以前の問題である。
「なんだ……どうしたというのだ……」
「わからん……私にも……ちょっと待て、今調べてみる……ええと……」
カチッ、と自分自身にカーソルを合わせてみるディー。そこに現れたデータは……
『ディー LV27 体力 1/837 技 4 攻撃力 28 防御力 42 術防御 40』
「……なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!?」
【D 覚醒。一足先にCLANNADゲット】
【ディー 大復活。力を取り戻すも残りHPは1。吐血しまくり。激・瀕死】
【まいか ←主な原因】
【CLANNAD(クラナド) Windows専用 恋愛AVG、"2003年"発売予定。ゲール語で『家族』の意】
【時間 四日目午後】
【場所 下流の川辺。瀧】
【登場 【ディー】【岩切花枝】【しのまいか】】
栞と香里の姉妹喧嘩が完全決着し、ディーが大復活を遂げた頃。
(追いついたぞこん畜生!)
バイクを降りて歩いている二人の少女を御堂は補足した。
草むらに隠れてとりもち銃を構える御堂。相手が小娘だろうと容赦はしない。そして、その指が引き金を引こうとした正にその瞬間、
「待て貴様!」
「この私を出し抜こうなんて百年早いわよ!」
さらに
「あー、居たあ!」
「ほーれ見ろ! オレの勘は正しかった!」
「まさか本当に当たるとは思わなかったよ」
「あ、トウカさん!」
追いついてきたトウカと郁未、さらに先回りに成功した浩平たちが発した大声に御堂は舌打ちする。
(クソッタレが! 獲物の前で大声あげる狩人がどこにいるってんだ!)
当然、彼らの声は獲物たる詩子たちにも聞こえていた。彼女たちは再びバイクに乗って逃走しようとしている。
それを見た御堂は狙撃を中止して草陰から飛び出す。
御堂の脳裏をよぎるのはあの川辺での出来事。
もうあんな無様な失敗はしない。冷静に戦局を読み切り、最善の策をとる。狙撃は一つの策であり、固執するべきものではない。
他の鬼たちが獲物たちへと向かうよりも早く、御堂はいの一番に彼女たちに向かって走っていく。
鬼たちの声を聞いた詩子の行動は早かった。
「乗って!」
観鈴に向かって言い放ち、自分は即座にエンジンキーをひねる。しかし昨夜からの酷使に疲れ果てたバイクのエンジンは
その力強い産声を上げてくれない。二回、三回、まだ掛からない。
「ああもう、何でよ!」
詩子の口から思わず焦りの声が漏れる。
その声を聞いて、観鈴は決めた。
バイクの後部座席からそっと下りる観鈴。
そしてようやくエンジンが掛かり、不意にリアが軽くなったことを疑問に思った詩子が振り向いたとき。
「詩子さん、今までありがとう」
そこにあったのは観鈴の笑顔。でも、その笑顔は寂しさからくるものだと詩子が悟った直後、観鈴はパッと駆け出した。
「観鈴ちゃん!」
詩子の叫びにも振り返ることなく、観鈴は道から外れ木々をかきわけ走り去ってしまう。
「くっ!」
詩子は観鈴が駆けていった方を見ながら、それでもバイクを急発進させる。すぐそこまで追いついていた御堂の
伸ばした手が空を切った。
「待ちやがれテメエ!」
離れていく詩子の背に向かって、御堂のとりもち銃が火を噴く。しかしその銃身から飛び出した白い固まりは
足止めの役割を果たすことなく地に落ちた。
それを見て一瞬迷ったあと、御堂は観鈴を追って森の中に入っていった。
(獲物は一匹でいい)
もう二兎は追わないと決めた。今度こそ絶対に仕留める!
そう誓う御堂の目は、しっかりと観鈴の姿を捉えていた。
これでいい。走りながら観鈴はそう思っていた。
(詩子さんは友達だから……これ以上迷惑かけられないよ)
後ろから鬼たちの声が聞こえる。
「おい、あいつは俺の獲物だ、邪魔すんじゃねえ!」
「そうはいかぬ! あの少女を捕まえるのは浩平殿だ!」
「おう、よく言ってくれたぜトウカ! でもちょっと待ってくれぇー」
振り向くと緑の向こうに幾人かの影が見えた。やっぱり鬼たちはバイクに乗った詩子を無視して自分を追ってくる。
(にはは、観鈴ちん囮作戦大成功。よかった)
「って、いいわけないでしょうが!」
山道をバイクで走りながら、詩子は怒っていた。観鈴の考えることなんてすぐにわかる。あの娘のことだ、どうせこのままじゃ
足手まといになるから自分は囮になってせめて詩子さんは逃げてー!ってなことを勝手に思ったんでしょまったくもう!
「そうはさせないんだから、ね!」
口調と同じ勢いのままハンドルを切り、反転する。
「は、嘘!? ちょ、ちょっと待って!」
ただ一人、観鈴の思惑に反して詩子を追いかけていた不可視の力使い、天沢郁未がいきなりこちらに向かって突っ込んで
きたバイクに狼狽するが、そんなもの今の詩子には見えちゃいなかった。
慌てて避ける郁未の横を、詩子はもし跳ねられたら冗談では済まないくらいの速度で駆け抜けていく。
「ライバルもいないし、好都合だと思ったんだけど……」
郁未の口から独り言が漏れる。全開にすれば空をも踏みしめられるこの力があれば、多少苦労はするが追いつくことは可能。
そう踏んでいたのにまさか轢き殺されそうになるとは思ってもみなかった。
「さて、どうしたもんかしらね」
口ではそう言いながら、郁未はスカートの埃を払ってから再び小さくなったその背中を追いかけていった。
何の能力もないただの少女が、純粋な追いかけっこで強化兵やエヴェンクルガの戦士に勝てる道理はない。
観鈴が自分で思っていたよりもずっと早く、彼女は御堂とトウカに追いつかれてしまった。
もっとも、何とか浩平にポイントを上げさせようとするトウカが御堂をくい止めているおかげで未だタッチはされていないが。
「このアマ!」
「ハッ」
至近距離で放たれたとりもちを神速の抜刀術で斬り捨てるトウカ。そのままライフルを斬りつけ武器破壊を目論むも、
それを読んだ御堂は後ずさってかわす。だがその一挙動で獲物から離されてしまったことに気付き、御堂の顔が憎々しげに歪む。
一瞬の攻防に集中するトウカと御堂。その隙をついて観鈴は何とか逃げ出そうとするが、
「トウカ!」
「おお、浩平殿!」
「チィッ」
浩平が追いつく方が早かった。その声にトウカの顔には喜色が、御堂の顔には焦燥が、そして観鈴の顔には諦めが浮かんだ。
「よし、これでホットケーキゲット!」
観鈴へと迫る浩平の姿を見てはしゃぐスフィー、だが瑞佳とゆかりはその目の前の光景ではなく後ろを見て眉を顰めていた。
「ねえ、この音ってもしかして……」
「はい、何か嫌な予感が……」
得てして、嫌な予感というのは当たるものである。
ゆかりの危惧の通り、浩平の手によって今まさに決着が付こうとしたこの場に飛び込んできた闖入者。
「危ない浩平!」
「トウカさんも!」
「どぅわあぁぁ!」
「ぬおっ!」
「ゲェェェーーーッック!」
バイクに乗って颯爽と現れたその姿は、まるで往年のヒーローのようであり。
「し……詩子、さん?」
「馬鹿、別れるならせめて挨拶くらいさせてよ」
その声はどこまでも優しかった。
「ちょいヤバげな状況だから大事なことだけ言うね。観鈴ちゃん、このままじゃ迷惑になると思って勝手に逃げたでしょ」
その問いにも答えず、場違いにも観鈴は感心していた。本当にこの人はどんな状況でも変わらないのかなあと、
半分ほど疑問に思いながら。
「みーすーずーちゃーん?」
「え? あっ……う、うん……」
「アホちん」
「が、がおっ!?」
やれやれ全くこの娘はもう、と母親のように溜息を付く詩子と、いきなりアホちん呼ばわりされて大ショックの観鈴。
「おい、何ごちゃごちゃ言ってやがる!」
そんな二人に銃口を向けて御堂が恫喝する。しかし
「五月蝿い!! 今大事な話してるんだからちょっと待ってなさい!!」
一喝。観鈴に向けていたそれとは正反対の表情で御堂に怒鳴り返す詩子。
「な……ンだとぅ!」
「よせオッサン! 今の柚木には逆らわない方がいい!」
その答えに激昂し、引き金を引こうとした御堂の腕を浩平が掴んで止めた。
「ああ? どういうことだ小僧」
「どうもこうもない。平穏無事に生きたいなら今のヤツには逆らうな。て言うか逆らわないでくれ頼むでないとまたオレにとばっちりが……」
震えた声でぶつぶつと呟く浩平。その声はだんだん小さくなり、それに比例するように目からは生気が失われていく。
見れば瑞佳も浩平ほどでないにせよ指先を震わせていた。ああ、瑞佳も巻き込まれたのか。詩子さん、あんた一体何したんですか。
そんな鬼たちを尻目に、詩子は穏やかな声で言葉を続ける。
「あたしと観鈴ちゃんは友達でしょ。だから別に迷惑だとか足手まといだとか自分はいらない子なんだとか思い詰めて
遠慮する必要なんてこれっぽっちも無いの!」
「がお……そこまで言ってない……」
「でも、観鈴ちゃんに考えがあってどうしても頑張りたいって言うのなら、あたしは止めない。どうする? 一緒に逃げる?」
「詩子さん……」
その言葉に、観鈴は考える。自分は今まで色んな人に頼ってきた、助けてもらった。だから、せめて少しくらい自分で頑張らないと、
この友達と一緒にいられない気がした。もちろん、彼女はそんなこと気にもしないのだろうけど。
「詩子さん……私、頑張る!」
「ん、オッケ。次会ったとき鬼になってても、あたしは捕まってあげないからね」
「うん!」
元気に返事をする観鈴の顔は、さっきとは大違いの向日葵のような明るい笑みで。
「じゃあ頑張ってね、観鈴ちゃん!」
それに満足した詩子は、駆け出した背中に精一杯の声援を送ってアクセルを握った。
エンジン音が高らかに森に響く。
その音にハッとした御堂がかの獲物に目を向けたとき、それは勢い良くこちらに向かって突っ込んでくるところだった。
かろうじてバイクを避け、御堂は毒付いた。
「あ、危ねえだろうが! 殺す気か!!」
「何言ってんのよ、そんなもん人に向ける方がよっぽど危ないじゃない!」
まあ、それは確かに。
「じゃねえ!」
一瞬そう思って納得しかけてしまったことに何故か敗北感を覚えた御堂は、それを振り払うかのようにとりもち銃を詩子に向ける。
「ふんっ」
「どわぁぁあ!」
しかしまたしても突っ込んできたバイクに、御堂は右往左往する。
一方。
「浩平、浩平ってば!」
「しっかりして下さい、浩平くん」
「浩平殿!」
なんか思い出してはいけないことを思い出してしまったっぽい浩平は、御堂に突き飛ばされてなお
唇を震わす彫像と化したままだった。瑞佳達の呼びかけにも元に戻る様子はない。
「みんな、ここは私に任せて」
「スフィーさん、どうするの?」
「こうするのよ」
スフィーはスゥ、と息を吸い込み、
「ま、じ、か、る、サンダー(極小)!!」
「ブルアァアア!!」
「ちょ、ちょっとスフィー!?」
「だいじょーぶだってば、せいぜい悪くて頭がド○フっぽくなるくらいの威力だから」
「…………はっ、オレはどうしたんだ?」
「気が付いてるし!」
「起きた? こーへー。なら急いで、あの女の子が逃げちゃう!」
「お、おうそうか、サンキュなスフィー。行くぞ!」
気合いを入れる浩平。だがその頭はド○フ状態。そのギャップにスフィーを除く一同、笑いをこらえるのに必死である。
特にトウカ、どうやらツボにはまったらしい。肩どころか全身震わせている。無茶苦茶走りづらそうだ。
「? どうしたんだみんな?」
浩平がその原因に気付くのはもうしばらくあとになりそうである。
浩平達が観鈴を追いかけるのを、御堂は視界の隅で捉えた。相変わらず東奔西走しながら。
「チッ」
短く舌打ちを一つ、それで頭を切り換える。
どうせあっちはもう無理だ。なら──!
「いい加減調子に乗ってんじゃねえ!!」
一瞬の隙をついてとりもちをバイクの前輪に打ち込む。狙い違わず命中したそれは回転に巻き込まれ、その足を止めさせる。
だが敵もさる者、使い物にならなくなったバイクをすぐに乗り捨てて逃げる。さすが神出鬼没を旨とする詩子さん、その逃げ足は早い。
観鈴とは逆、森の奥ではなく山道へ出る方向に駆けていく詩子。
そして、山道へ出たところで
「あら」
「げっ」
先程轢きかけた相手と鉢合わせた。
「丁度いいわ、さっきのお礼をさせてもらいたいんだけど」
「じゃあ見逃してくれる?」
「それは駄目」
「ならなに!? よくわかんないけどお礼されるようなことした覚えはないわよ!」
「あんたさっきのこともう忘れたの!?」
走りながら口論する二人。そこに御堂も加わる。
「おい、あいつは俺の獲物だって言ってんだろ! どけ!」
「知らないわよ! あんたこそ引っ込んでなさい!」
「へぇーんだ、この詩子さんがそう易々と捕まったりするもんですか!」
捨て台詞を吐き、詩子はさらにスピードを上げる。捕まるわけにはいかないから、あの笑顔を裏切れないから。
最後に見た観鈴の笑顔だけ思考の端っこに置いたまま、詩子は逃走に集中した。
【観鈴 森の奥へ逃げる】
【詩子 山道を来た方に向かって逃げる、バイク使用不可に】
【浩平チーム 観鈴を追う、浩平プチアフロ】
【御堂、郁未 詩子を追う】
【場所 山間部】
【時間 四日目午後】
【登場 神尾観鈴、柚木詩子、【折原浩平】、【長森瑞佳】、【伏見ゆかり】、【スフィー】、【トウカ】、【天沢郁未】、【御堂】】
いつの頃からだったか。
逃げていた、ずっと。
迫り来る影を、振り払うように。
逃げるという行為は、いつの間にか、ひどく、近しいものになっていた。
「……はっ、はっ、はっ……!」
追走してくる二つの影との距離は、僅かずつだが縮まっているように、思えた。
森の中のような、障害物の多い場所を走るのならば、こちらの方が長けているはずである。
しかし追っ手が、そのハンデを補って余りある身体能力を持っていることは、ここに来て明らかであった。
振り切れない。状況はあまり芳しくないと言えた。
「――大丈夫か、裏葉!」
切らした息の合間に、はい、と小さく返事を差し入れる。
繋いだ手からは、ぬくもりと、生き生きとした脈動が伝わって来る。
ああ――わかる。この人は、楽しんでいるのだな、と。今のこの、切羽詰った状況を。
逃げることが楽しい、だなんて――かつては想像すらできなかったことだ。
なんだかそれがひどく可笑しくて、クスクスと、忍び笑いをした。
「どうした、裏葉?」
「いえ、なんでもございません」
彼は少し首を傾げたが、再び前を向き直り、徐々に光が刺し込み始めた小道を駆けてゆく。
――この手を、引いて。
子供のように無邪気なその笑顔を。全力で、輝いている、その姿を。
これからは、少しでも多く、見ていたいと。本当に心から、そう、思った。
……先に変調に気付いたのは、宗一だった。
朝の光がシャワーの様に降り注ぎ、木々や空気が、世界が目覚めてゆく。
夜と雲が織り成す闇が取り払われた世界は、一転してどこまでも清々しく感じられた。
チェイスが始まって、どれくらい経っただろう。実際には10分くらいなのだろうが、
もう1時間も2時間も、ずっと追いかけ続けているような気がする。
お互いによく逃げ、よく追っていると思う。だが、それもいつまでも続かない。
……変調は、女の方だった。
隠してはいるようだが、注視すればすぐにわかった。
足運びが通常のそれとは、明らかに異なる。
――負傷している。おそらく足首をひねりでもしたのだろう。
どうやら男の方もそれは承知しているようで、これまでと違い、あまり障害物のない所を選んでいる。
痛めた足に悪路は負担を強いる。それ故の判断だろうが、それはこちらにとって好都合だ。
平路での単純な走力ならば、男の方はそれなりに走れるかもしれないが、それでも一対一ならこちらが上だろう。
まして体力的には一般人とそう変わらない上に負傷している女の手を引いて、逃げ切れる道理はない。
少し後方に首を向けると、綾香がぴったりとくっついて来ている。
勝負所だ、と小さく呟く。綾香は黙って頷く。やはりいいパートナーだ。フッ、と笑みが零れる。
そう、勝負所だ――――眼前の二人を見据える。
と、男が僅かにこちらを見、笑った、ような気がした。
刹那、微かに、戦慄。そうか――そうだ。奴等も、勝負に来る。
「面白え」
さあ、クライマックスだ。いい加減決着をつけようぜ。
「痛むか?」
そう訊くと、裏葉は少し驚いたような顔をした。
よく気付かれましたね、とか、そんなことを言いたそうな顔だ。
そこまで俺は鈍感ではないぞ、と思い、すこし憮然となる。
「――正直、少し、辛いかもしれませんね」
返答はまあ、予想通りのものだった。
走り方は左足をかばうようになり、額には脂汗が滲み出ている。
かなり無理をしていたのだろう。仕様のない奴だと思い、苦笑する。
「もう少しの辛抱だ」
そう言って、ある一点に向かい、ひた走る。
――小道。小道は、カーブになっている。そこを、曲がる。
しばらくいくと、道の真ん中に穴がある。当然、避けるように道の端を通り抜ける。
そこから先、ざっと200m。障害物はない。森の出口へと真っ直ぐに進む、森の小道。
その先に僅かに見える、桟橋。そしてその桟橋に着けられた、小船。
その小船がかつて、観鈴という少女が鬼から逃げるために乗ってきたもの、ということは知る由もないが、
先程の穴――あれは落とし穴なのだ――に落ちていた神奈を助けた時、(結局助けたのは葉子だったが)
視界の端に入ったそれを記憶していたのが役に立った。
川に出てしまえば、流石に追っては来れまい。それが目論みだった。だが――
足を止め、今来た道を振り返る。追っ手の二人は、カーブを曲がり、穴を通過したところか。
この二人――侮れない、二人だ。船に乗り、岸を離れるまでにはタイムラグがある。
その間に追いつかれないとも、限らない――否、まず追いつかれるだろう。
もう少し、時間を稼ぎたい――ここで二人の足を、止める。
左手を鞘に添え、右手で柄を握る。
数瞬、気合を篭め、それを一気に抜き放った。
前方に映る光景に、綾香は目を剥いた。
木が。バキバキと、盛大な音を立てて、木が倒れて来る。
いや、直撃コースではない。少し前方、左右から、
2本の木が交差するように、道を塞ぐように、こちら側に倒れて来る。
気付かなかった。いつの間にか周囲の森の木々は、随分と細くなっていた。
――刀で切り倒せるくらいに。
2本の木は、細い幹の割に、枝葉はしっかりしている。十分に道を塞ぐ役割を果たしていた。
そしてその倒れる木々の隙間から見えた、光景。桟橋につけた小船に向かって走り出した、二人の姿。
口の中に、苦い味が広がる。これは――何度か味わったことがある味だった。
(敗北の――味――)
悔しい、なあ――なんか、とてつもなく、悔しい。
こんなに充実して、楽しい勝負って、なかなかないって思ったから――余計に。
ま、仕方ないんだけどさ。でもやっぱ――嫌いだな、この味――くや、しいよ――
「俺の二つ名を教えてやろうか」
囁かれ、はっ、と顔を上げる。
見ると、少し前方を走っていた宗一が、不適な笑みを浮かべていた。
その目は、輝きをいくらも失っておらず――つまり、こいつは――まだ――
と、不意に宗一が速度を上げた。それもトップスピード、ギア全開だ。
「ちょっ、アンタ――」
まさか、飛び越すつもりか? 無茶な――あの高さじゃ、とても――
なんとか飛び越せたとしても、今の勢いを殺されてはどちらにしろ追いつくことはままならない。
「無茶よ!」
叫んでいた。本当に、そう思った。だが、
「ああ、無茶さ」
事も無げに答える。そう言った顔は、本当に、愉悦に満ちていて。
この時は、つまりそれが、彼にとって最高の褒め言葉だということは、知る由もなく――
「――俺は、世界が誇るトップランカーエージェント、那須宗一!人呼んで――」
そう言って彼は、倒れた木々の中心に突き進んでいく。
「――NastyBoy!!」
そして。
「あ――」
それは、綾香の思惑とは正反対だった。すなわち――
宗一は、倒れた木の前で、突然しゃがみ、いわゆる陸上のクラウチングポーズのような姿勢を取ったのだ。
綾香は、一瞬でそれを理解した。理解したが。
(あんた、そりゃ――)
自分が考えていたのよりもよっぽど無茶苦茶だ――
苦笑した。
だが、不思議と、失敗するなんてことは思わなかった。
だから、応えた。トップスピードで突っ込み、彼の背中に踏み込んで――
「あんた、確かに――」
下から彼が、膝のバネで押し上げてくる力を全身に受けつつ、
「――Nastyだわっ!!!」
高く、高く、跳躍した。
その時、私は、見ました。
空を舞う、少女を。
その時の驚きようと言ったら、筆舌に尽くせません。
柳也様も、同じような顔をしていたと思います。
少女は、ふわり、と着地しました。その様は、まるで地上に降り立った天使のよう――
着地と共に、弾丸の様に、地を蹴り。その様も、無駄なく、とても、美しく。
――勝敗は、決しました。
本当に、素晴らしい、鬼ごっこでした。
ええ、本当に――こんなにも、心躍るものだとは、思ってもみなかった。
だから、悔いはありません。
ただ、願わくば――この人には、もう少し、もう少しだけ――
もう少しだけ、笑っていて欲しい。もう少しだけ、輝いていて欲しい。
それは、我侭――しかし、私は――やっぱり――
だから、
私は、
彼女の手が、私の背に触れる前に、
その、繋いだ手を――
……日は、少し高くなり、森の深い所にも、その光が差し込んでいた。
目を覚ました、鳥たちの歌声。風が、ざわざわと新緑を揺らし――
「柳也様は、馬鹿でございます」
ぽつりと。
「なっ……」
反論しかけるが、
「……それは、あんまりな言葉だろう」
冷静に、彼女の言葉から、その切り返しを引用する。
裏葉は、腰を下ろすと、背後の木に背を深くもたせかけつつ、
「どうして――」
ふう、と息を吐く。
「どうして、手を離してくださらなかったのですか?」
連鎖的に鬼になってしまうことくらい、わかっていただろうに。
柳也はすぐには答えず、同じように、裏葉の隣の木の根元に腰を下ろすと、
「手を離さないと、決めたからな」
そう、歌うように言った。
「やっぱり、馬鹿でございます」
つんと口をとがらせ、拗ねてみせる。
「でも、そこまで言ったからには、もうこの手を」
す、と手を出す。
「ああ、けして、離さない」
そっと、それに手を重ねる。
笑い合う、二人。そして緊張の糸が切れたのか、その目を、閉じ。
しばしの間、安らかな、休息を――――
「……なんだかなあ」
そして、やはり同じように、木のそばに腰掛けている宗一。
「やっぱりただのバカップルかもな……なあ、綾香」
振り向くが、彼女は、
「すー……すー……」
と、非常に気持ち良さそうに寝息を立てている。
「……なんだかなあ」
今度は少し、苦笑混じりで。
もうすっかり澄み渡った、透き通るような青い空に向かって、
一人、そう、呟いた。
【四日目 朝】
【裏葉 綾香によって鬼化】
【柳也 裏葉によって鬼化】
【柳也、裏葉、綾香 就寝】
【登場 柳也、裏葉、【那須宗一】、【来栖川綾香】】
【残り6人】
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
独りになってからおよそ数時間。彼女は森の中を走り続けていた。
付いていくべき人間も、頼るべき人間ももはや居ない。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
太陽は中天を通り過ぎ、頭の上からジリジリと身を焦がす。
身体は憔悴しきり、体力も限界が近づいてきている。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
頭ではわかっていた。自分の行動はどうしようもない下策であることを。
今はこんなにも走る必要はないということを。
このままでは来るべき追撃戦にとても勝てなどしないことを。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
しかしそれでも立ち止まるわけにはいかなかった。
足を緩めると、たちまち襲ってくる。
鬼が、ではなく、『恐怖』が。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
初めての孤独。
彼女は、全て以前に、『孤独』という名の己の心に負けようとしていた。
「……大丈夫か」
瀧の近くの川辺。瀕死というか息も絶え絶えというか、端的に言って死にかけのディー。岩切は彼の身体を抱き上げると、近くの木陰に座らせた。
「でぃー……しぬの?」
まいかはあそんな彼の脇に寄り添い、赤く汚れた顔を拭きながら縁起でもないことを口走る。
「いや……命に別状は(ゴフッ)……ない。と思う。幸い力は戻ったのだし、レベルアップするか(ゲホッ)しばらく休めば体力も回復するだろう」
「そうか、ならばいいんだが……」
などと言う間にもだくだくと血を吐き出している。とっくに人間の出血多量死のボーダーである2Lに達している気もするが、大神は血の気も多いのだろう。
本人の言うとおり、命に別状はないようだ。
「しかし……」
のんびりディーの回復を待っているわけにはいかない。現在この間にも何物にも変えがたい時間は失血し続けているのだ。
ディーがまともに動けるようになったとしても、そのころには全てが終わってしまっているだろう。
「さすがに私もお前を抱いてはそうそう走り回れないしな……どうしたものか」
顎に手を当て、思案することしばし。そんな時……
「……岩切」
ディーが、己の剣を差し出してきた。
「……なんだ?」
「持て。これを持ち、お前が……行け」
「……どういうことだ?」
訳がわからない。剣は受け取らず、岩切は疑問を口にする。
「こんな状態の私では連中に勝つことはできないだろう。だが……」
目だけは鈍い光をたたえたまま、言葉を続ける。
「最終的に『我ら』が勝つことは……できるかも、しれん」
「はあっ、はあっ、はあ……っ……」
誰かに見つかる前に体力の限界の方が先に訪れた。
彼女――みちるは藪の中で地面に頭から倒れ込むと、肩で息を整える。
「美凪……オロ……」
土埃で汚れた顔のままに、先ほどまで一緒だった――家族――の顔を思い浮かべる。
「うう……」
胸の奥からこみ上げてくるものがあったが、それはどうにか飲み込む。
「寂しいよ……疲れたよ……」
……と、
……ごぉぉぉ……ごぉぉぉ……
倒れたままのみちるの耳に、仄かな水音が聞こえてきた。
どうやらそう遠くない場所に川があるようだ。
「んに……お水……?」
泣き言を言うのは中断。とにかく一休みがしたい……と残る力を振り絞り、立ち上がる。
と、そこで
ヒュ――オン!
「に……ょ……!」
思わずお決まりの喚声を上げかける、がそれはギリギリのところで押さえ込めた。
先を急ぎかけたその瞬間、みちるの目の前を高速の人影が通り過ぎていった。
「は、速い……」
それはみちるの目からしてもあまりに速すぎ、数瞬後藪の隙間からそーっとのぞき見た時には、すでに道の向こうでごま粒大になっていた。
「あ、危なかった……」
細かい容姿まではわからなかったが、確実に鬼の襷をかけていたように思える。
幸い藪越しの小さなみちるの身体だったため見つからずにすんだが、あんな鬼に追いかけられたらひとたまりもなかっただろう。
「…………」
そしてつまり、己はこれからあんな化け物みたいな人間を含めた鬼の群れを相手にしなければならない――しかも独りで。
その前途を予測するだけで、たちまちみちるの気持ちは沈んでいった。
「ふ、ぅ……っ……」
まいかの用意してくれた濡れタオルを額に乗せたまま、ディーは大きく息を吐いた。
「後は……奴らが頑張ってくれることを祈るのみ、か……」
疲労困憊の身体を休ませつつ、ディーは先ほどまでの会話を思い起こしていた。
――「『我らが勝つ』、だと?」
「ああ、その通りだ」
訝しげな岩切とは対照的に、ディーは淡々と続ける。
「どういうことだ」
「簡単なことだ。はっきり言って私はこれからしばらくの間、禄に動けん。逃げ手どもを追いかけたり、ましてや他の鬼どもと戦うことなど、不可能以外のなにものでもないだろう」
「馬鹿者、やる前からあきらめるな」
「あきらめではない。冷静に己の身体を分析した結果の判断だ。仮にこのまま連中を追ったとしても、それは無謀無策でしかない」
「む……では、どうすると?」
「その前に一つ訊こう。我らが屋台で休憩する内集まってきた他の鬼ども、連中は何点取ったと言っていた?」
「確か……6から8の間だったな」
「だろう。そして我も現在8点……少なくとも、連中の中では同率なれど1位、というわけだ」
「なるほど、確かに」
「そして残念ながら、現在我はこのような状態。とても連中の中にあって争奪戦を耐え抜ける身体ではない」
「……わかった。そういうことか」
ディーの言わんとすることを察し、岩切がニヤリと唇を歪める。
「合点がいったようだな」
「要するに、他の奴に点を取らせるぐらいなら私が取ってこい……ということか」
要約してしまえば大した話ではなかった。
「そういうことだ。今はこんな状態の私だが、体力さえ回復すれば生半可な連中などに負けはしない。
しかし時間や状況を考えるに、おそらく残りの逃げ手などほとんど残っていまい。ならば、次の1点が勝負の分かれ目になる。
岩切、お前に頼む。会って数時間、しかも先ほどまで敵だったお前。だが、戦友として、仲間としてお前に頼む。
……連中を出し抜き、逃げ手の娘を捕まえてきてくれ。これは……我が気持ちだ」
と言いながら、改めて己の剣を差し出す。
「……………」
岩切はしばし思案した後……
「わかった」
剣を、受け取る。
「男が頭を下げて、しかも己の剣まで差し出して頼み事をしているんだ。断るわけにもいかないだろう」
「感謝する」
「さてと、それでは……」
ディーの剣を担ぐと、軽く準備体操。走り出そうとする岩切だが……
「待て、岩切」
「どうした」
ディーがそれを制した。
「こいつも、連れて行け」
「おわっ!?」
ディーの脇でぼーっと話をきいていたまいかを投げて寄越す。
「……?」
「お前たちの体質について詳しいことはわからん。が、どうやらお前は水があった方が都合がいいようだからな。こいつを連れて行け。
大神直伝の水の術法。少なくとも邪魔になることはあるまい」
「……わかった」
背中にまいかをおぶさる。
「でぃー……」
寂しそうな目をするまいかだが、ディーは彼にしては優しく言葉をかけた。
「聞いたとおりだまいか。お前は私が教えた術で、岩切を助けてやってくれ」
「けど、でぃー……ひとりで……」
その言葉を聞くと、ディーは薄く微笑み……
「……そしてお前にはもう一つ仕事を頼みたい」
「まいかに……おしごと?」
「……レミィを、頼むぞ……」
ディーにはわかっていた。何となくわかっていた。
岩切の向かう先に、逃げ手の逃げる先に、鬼の追う先に、全てが収束するその場所に、レミィもまた、向かっているということを。
「やれやれ……」
改めて背を幹に預け、大きく息を吐く。
……と、そこでふと気づいた。ずーっと懐に仕舞ったままの探知機に、小さく反応があることを。
「……ん?」
気怠そうに取り出してみる……なるほど、どうやら参加者がこちらに近づいてきているようだった。
「だが……まぁどうでもいいだろう」
鬼と逃げ手の区別もつかない安探知機。このゲームもすでに終盤。会う人間会う人間はもう9割以上が鬼だ。
「鬼の我が持っていても仕方がないものではあるな……」
己が空蝉を探すために購入した機械。家族のために購入した機械。
しかし、行った先で見つけたのは、同じく家族を引き連れた空蝉の姿だった。
「図らずも対な道を歩むことになるとはな……さすがは我ら、空蝉と分身、だということか……」
家族のために戦った空蝉の姿に思いを馳せる――と同時に、ハクオロが連れていた二人の少女を思い出した。
「そうだ……確か奴も二人……少女を連れていたな。――レミィとは対照的に奥ゆかしき雰囲気を持つ大女……そして……もう一人は……確か……」
と、そこで目の前の光景に一人の少女が現れた。
岩切たちが去ったのと同じ道から現れると、少々危なげな足取りで川辺まで歩き、顔を洗い始める。どうやら休憩のようだ。
「そうそう、確かあんな背格好の……同じ年頃の……同じ髪型の……同じ服装の……同じ顔の……」
…………しばしの沈黙。
「……ってあーーーーーーーっ!!!!!」
「にょわっ!?」
どうにか川までたどり着いて人心地、つこうとしていたみちるの耳に飛び込んで来たのは、背後からの素っ頓狂な叫び声。
「きっ……貴様は確か! 昨日空蝉と行動を共にしていた小娘……!」
振り向いて見てみれば、木陰から転がり出てくる男が。しかも……鬼!
「しまった! 見つかった!」
慌てて逃げ出すみちる。
「まっ、待(ごぶらはぁ!)……き、貴様……空蝉は、空蝉は(げぼっ!)……どうした! なぜ……貴様は一人……まさか、まさか、空蝉が!」
血反吐を吐きつつ、今にも倒れそうなフォームで追うディー。
奇妙な追撃戦が始まった、が……これはすぐに終演を迎えた。
「にょわぁ! しまったっ!」
走り出して数分後、みちるの目の前に現れたのは大きな土手。端的に言えば、行き止まり。
「がっ、がふっ……く、目がかすむ……と、とにかく待て小娘……落ち着け……」
すぐに後ろから血みどろのディーが現れる。かなり限界ギリギリに近いが、それでも一応大神様。消耗した少女に負けるほど落ちぶれてはいないようだ。
「お前たちに、空蝉に……いったい、何があった……奴が、お前を放って去るはずがない……まさか、まさか……!」
「くっ、みちる人生最大のピーーーンチ! ピピピーーーンチ!!」
「落ち着け……」
ディーの言葉、完璧無視。
「ごめんよ美凪……そしてオロ、みちるの戦いは……どうやらここで終わりみたい……」
「人の話を聞け……」
「しかし……しかしこの遠野みちる! 美凪の妹として! オロの戦友(とも)として……生きて虜囚の辱めを受けずッ!」
勝手に盛り上がる。
「だから落ち着けと……」
「死すときはたとえドブの中でも前のめり! どうせ死ぬなら戦って死ぬッ! やいこの鬼! いざ尋常に……勝負だっ! みちるは負けんぞッ!」
即座に半身の構えを取る。
「とりあえず話を……」
「問答無用! てやぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!!!」
対国崎戦で鍛えたミドルが空気を切り裂き、ディーに迫るッ!
(いかん……!)
しかし今のディーはHP1! たとえ子供のキックでも、下手すりゃ致命の一撃に!
(このままでは……マジで、死……!)
「ええい落ち着けこの小娘は! 『 動 く な ! 』」
絶対なる、大神の勅命。
「にょわーーーっ!? なんじゃこりゃーーーーっ!!?」
瞬間、凍り付いたようにみちるの四肢が固まる。
「こ、この男……怪しげな術を! なんだお前っ! 魔法使いかっ! 卑怯だぞっ!」
「五月蠅い黙れ! 人の話を聞かないお前が悪いのだっ! 第一お前、自分からわざわざ鬼になろうとする奴があるかっ!」
「なにっ!?」
「とりあえずこの顔を見ろ! 思い出せ! 見覚えないか!?」
ばっ、と自分の顔を示すディー。
「えーと、えーと、えーと…………あっ! お前は!」
「ようやく思い出したか」
「へんたいゆうかいま!」
「触っちまうぞこの小娘!」
「にょわっ! ごめんごめん今のウソ! 確か、昨日みちるたちを追いかけたオロの双子!」
「……まぁ、間違ってはいないがな。……で、そろそろ落ち着いたか?」
「あ……うん。とりあえず」
ふぅ、と一際大きい息を吐く。
「やれやれ、やたらと苦労させられたな。いいか。今から金縛りを解く。逃げたり襲ったりするなよ。ていうかしないでくれよ。
とりあえず話を聞かせろ。いいな?」
「わかった」
「では……『 動 け 』」
言葉と同時に、脱力したみちるがどさっと尻餅をつく。
「おお、動ける」
軽くストレッチ。身体の支配を取り戻せたことを確認する。
「さて……それでは」
コホンと一つ咳払い。顔を引き締め、ディーは言葉を続ける。
「……話してもらおうか。空蝉に、お前たちに、何があったのか……」
……俯いたまま、みちるも答えた。
「……オロは……」
【ディー みちるへの尋問開始。探知機所持】
【みちる 追いつめられる】
【岩切・まいか 逃げ手の確保&レミィを迎えに突っ走る。ディーの剣所持】
【ディーの探知機 鬼と逃げ手の判別不可能】
【時間・場所 四日目午後、川の下流】
【登場 みちる・【ディー】【しのまいか】【岩切花枝】】
夢を、見た。
夢の中で、わたしはひどく幸せだった。わたしが一番好きな場所で、とても大切な、大好きな人たちと──家族と一緒で。
たくさん笑って、ときどき怒って、すこしむくれて。
そんなわたしを優しい目で見つめるあの人のすぐ側に、わたしは立っていて。
でも、これは夢だと気付いてしまっていたから。
帰りたい──あの人のところに、今すぐ帰りたいと。
強く、そう、思って────、
目が覚めたとき、少し泣いてしまった。
話したいことがたくさんあった。なのに、いざ目の前に立つと、用意していた言葉は出てきてなんかくれなくて。
「ハクオロさん!!」
ただ夢中で、彼の名を呼んで駆け出した。
そして、そんなエルルゥを、拒むことなんてハクオロには出来なかった。
ほんの一瞬だけ、みちると美凪の顔がハクオロの頭によぎる。しかし、目の前にいるのは何よりも失いたくない人だから。
すまないと、少しだけ思って、彼女を受け入れるために両手を広げて──
「ちょっと待ちなさいって」
マナがエルルゥを引き止め、彼女の伸ばした手はハクオロに触れることなく空を掴んだ。
「どうして止めるんですか!」
エルルゥの叫び声が部屋にこだまする。
あと少しなのに、手を伸ばしても届かない、触れられない。彼の胸に飛び込むのを邪魔するマナが、とても酷いことを
しているように感じて、エルルゥはマナを睨んで怒鳴った。
「落ち着きなさいよ。鬼ごっこの最中だってこと忘れたの? あなたが触れたらハクオロさん鬼になっちゃうわよ」
「そんなことわかってます! でも関係ありません! お願いです、離して下さい。わたしはハクオロさんに……」
「──それでいいの?」
その静謐ささえ感じられるような静かなマナの呟きに、この場にいる全員の動きが止まった。
暴れていたエルルゥだけではなく、彼女の元へ自分から行こうとしていたハクオロも、この状況にただおろおろとしているだけだった
圭子も、まるで大聖堂で神託を告げる神官のような、そんな真剣な眼差しをたたえるマナに顔を向ける。ただ一人、少年だけがいつもと
変わらぬ笑みを浮かべてマナを見ていた。
「……どういうことですか」
手を下ろしてマナの方に向き直り、彼女と同じくらい真剣な目になったエルルゥがそう聞く。
「ハクオロさんは今までずっとその、美凪さん、だっけ? その人たちと一緒にいたんでしょ。いわばハクオロさんの
この鬼ごっこの思い出は、全部彼女たちとあると言っても過言じゃないわ。たとえここであなたがハクオロさんを鬼にして
終わるまでずっと一緒にいたとしても、この鬼ごっこでハクオロさんが思い出すのは彼女たちのことでしょうね」
「そ──」
そんなことはない、とハクオロが反射的に否定しようとする。が、
「じゃあどうすればいいって言うんですか!」
激情に流されるまま発せられたエルルゥの声に遮られた。その声にマナは
「決まってるじゃない」
ニヤリと、今度は神官と敵対する悪魔のような笑みを一瞬だけ浮かべて、
「これは鬼ごっこなんだし、追いかけっこで捕まえればいいのよ」
そうでしょハクオロさん、と、いやに挑発的なマナの視線と声がハクオロを貫いた。
「そんなこと言われても……」
ちらりと足を見る。痛みはもう殆ど無く、歩く分には支障はない。でも走ったり跳んだりするのはまだ辛い。
そんなことしなくても、側にいてくれればもうそれだけでいい──だがそんなエルルゥの思いは
「ハクオロさんをあの人達から取り返したいんでしょう?」
マナの一言で声になる機会を失った。
それでもまだ瞳に逡巡の色を見せるエルルゥに、マナは畳みかけるように言う。
「平気よ、私たちも協力するから」
ね、と同意を促すように少年の方を見るマナ。
「僕がエルルゥさんをおぶってハクオロさんを追いかけろって言うんだね」
「でも、そんな……」
人一人背負って追いかけっこをするなんて、とエルルゥが続ける前に、
「大丈夫、僕も割と普通じゃないから」
そう言って少年は彼女からついと視線を外す。その先にあるタンスの上の写真立てがいきなり見えない何かに弾かれ、落ちた。
「これが僕の『不可視の力』──実は僕にも原理はわかってないんだけど」
まだ固まっているハクオロを見ながら、少年。
そして、呆然としている彼らの注視を受けながら、今度は窓を開けて。
まるで何でもないことのようにひょい、と飛び下りた。
驚いたエルルゥと圭子がベランダに飛び出て下を見る。そこにはしっかりと地に足を踏みしめ、二人に向かって
手を振る少年がいるはずだ。そんな彼女たちを尻目に、
「どうします?」
今度こそはっきりと、ハクオロを挑発するマナだった。
平地にぽつんと建っている一軒家。その玄関前にハクオロたちは出てきていた。
(やれやれ、おかしなことになってしまったものだ)
小さく息を吐く。捕まってしまっても構わないと言う覚悟でエルルゥに会いに来たというのに、いつの間にやらその当人と
もう一度チェイスする事に決められてしまった。エルルゥがあのマナという少女の口車に乗せられる前に口を挟めなかった
ことをほんの少し悔やむ。彼女はああ見えてこうと決めたら動かない頑固さを持っている。さて、それは長所なのか短所なのか。
そんなことを考えているハクオロに、もう一人の少女──圭子が近づいてきた。
「あ、あの、エルルゥさんからの手紙を受け取ったってことは、雅史君に会ったってことですよね」
「ん? まあ、そうだが」
「どこに向かったかとか、わかりませんか?」
「いや……それを聞く前に別れてしまったからな、力になれずにすまない」
「あ、いえ、いいんです」
口ではそう言いつつも、欲しかった答えを得られず目に見えてがっかりする圭子。
ハクオロは、そんな圭子にゆっくり手を伸ばした。
慰めのためではない。わざわざエルルゥに無理をさせることはない、そのためにここで自分も鬼になってしまおうという考えを
消せなかったから。
だが、圭子はそんなハクオロの思惑に気が付いた。
「駄目ですよハクオロさん」
言いながらハクオロと距離を取る。
「エルルゥさん、あんなに必死なんですから……ちゃんと答えてあげて下さい」
「そう、だな」
ちらりと、自分から数歩離れたところで深呼吸をしているエルルゥを見る。
(まあ、これでエルルゥが納得するならそれもいいだろう)
思い直す。腹は決まった。美凪やみちるのことも気になるがそれはひとまず心の奥に閉まって、今はエルルゥとの「勝負」に
全力を傾けようと思った。
「頑張ってくださいね」
圭子のその声に片手をあげて応えるハクオロ。それを見てクスリと笑ってから、圭子はエルルゥたちのところへ向かった。
スタートの合図を告げるために。
圭子がハクオロと話しているとき、少年はエルルゥには聞こえないような声でマナに言葉を投げかけた。
「なかなか口が上手いね」
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
そう言われると思った、という顔つきで答えるマナ。
「てっきり有無を言わさず無理矢理ハクオロさんを鬼にするのかと思ったけど」
「さすがに私もそこまで卑怯じゃない、と言いたいところだけどね。正直そうしようかと思ってたわ。
でも……昨夜あんな話聞いた上にあんな姿見せられちゃったら、ね。やっぱりちょっと気が引けたのよ」
「でもそれなら、僕らがあの二人の間に入ること自体筋違いのような気もするけど」
「それはそれ、これはこれよ。いいじゃない。これならみんな満足するんだし」
それに、と付け加え、僅かに躊躇うような間を置いて、ポツリと。
「いい加減私もちゃんと鬼ごっこに参加したいのよ」
拗ねたように口を尖らして言うこの少女がおかしくて、少年は含み笑いを漏らした。そんな思いからあれだけの弁舌を振るうなんて、
可愛いところもあるものだ。
「なに笑ってんのよ!」
真っ赤になったマナが、伝家の宝刀ローキックを少年の脛に放つ。それを受け止めたとき、圭子がやってきた。
「それじゃあ皆さん、準備はいいですか?」
その声に肯く一同、それを確認した圭子は咳払いを一つ、そして右手を挙げる。
「ヨーイ────」
身構えるハクオロとマナ。一瞬の静寂。吹き抜けていた風が止む。
「ドン!!」
渾身の一言とともに振り下ろされる圭子の右手、それがまだ動いている内に走りだす二人。
「じゃあ行こうか」
「は、はい!」
それより僅かに遅れて、少し緊張気味のエルルゥを背に乗せた少年も駆け出した。
「うわ、はやーい」
スタートの号令を任された圭子、無事その任務を終えて彼らを見送りながら、思わずそんな言葉を漏らす。
「一緒に行かなくて正解だったな」
とてもじゃないけどあんなのにはついていけない。もっとも、ここで彼らと別れたのはそんな理由じゃないけれど。
「んー、っ!」
思いっきり伸びをして、思考を切り換える。あの二人の行く末も気になるが、今はそれよりもずっと気になる人がいた。
エルルゥを見て触発された乙女心。彼女の必死さに打たれて、ざわめく気持ち。
疲れたなんて言っていられない。だって、今はこんなにも彼に会いたいから。
「待っててね、雅史君」
圭子の楽しげなその声は、まるで踊るように蒼天に溶けていった。
【ハクオロ マナ&少年withエルルゥとチェイス開始】
【圭子 雅史を捜しに。あてはないがとりあえず歩く】
【場所 平地の一軒家前】
【時間 四日目午後一時前】
【登場 ハクオロ、【エルルゥ】、【少年】、【観月マナ】、【田沢圭子】】
郁未と御堂、二人の超人的鬼は、未だに詩子に追いつけないでいた。
御堂が先行しようとすると、郁未が不可視の力で彼の足元をふっとばし、逆に郁未が先行すれば、絶妙な位置にトリモチ弾が発射された。
相手が攻撃することがわかっているため、そして、それに対応をする余裕を持つため、全速力で走れないでいたのだ。
詩子との地力に差があるため、流石に彼女を見失う事はしていなかったが。
郁未は、苛立っていた。
この悪人面のオッサン、なかなかどうして手強い。
とっとと引き離して逃げ手を捕まえたいのに、トリモチ銃が邪魔でしょうがない。
お互い牽制していると、逃げ手に全然近付けないのに。
……なら、相手の牙を折れば――トリモチ銃を壊せばいい。なんで今まで気付かなかったのか。
けど、正攻法で壊そうとすれば、先ほどの刀を持った女性のようにかわされてしまう可能性が大きい。
が、彼女と自分とではその方法に違う部分がある。
相手の意表さえつけば、おそらく銃を無効化できる。
由依でも誰でもいいから、仲間がここにいれば…!
そう思っていた時のこと。
「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」
天は、彼女に味方した。
バイクを捨てた、残り少ない逃げ手の一人・柚木詩子は一心不乱に走っていた。
自分のために命を賭してくれた師匠と、その娘さんの観鈴ちゃん。
彼女たちのために、鬼に捕まるわけにはいかなかった。
が、そんな彼女を嘲笑うかのように、次々に鬼に遭遇した。
だが、何故かは不明だが、無視されたり、かわされたりした。
全力で走っていて、方向転換をしそこねたのだが、運が良かった。
「あっ、そういえば、茜を探してたんだっけ……うまく逃げ切れてるといいんだけど……」
詩子は、茜が、いや、茜達が全員捕まった事を、まだ知らない。
相沢祐一、そして川澄舞は、先を行った宮内レミィを追いかけていた。
彼女は「D〜!まいか〜!今行くからネ!!」などと叫びながら走っていたので、見失いようがなかった。
レミィが行く先に、逃げ手と郁未もいるはず、そう思っていた時に、レミィがなにかとすれ違った。
見てみると、バイクに乗っていた少女の片方だった。タスキをかけていないから、逃げ手だと祐一は判断した。
その彼女が、まっしぐらにこっちに向かってくる。
「!?やべっ、舞、よけろ!!」
言われた舞と祐一は、即座に道のわきに移動し、詩子は間を走って行った。
レミィは家族と合流する事が目的だったため、ぶつかる時間が惜しくて詩子をかわした。
そして、祐一たちは、ポイントゲッターの郁未以外が捕まえる気はないので、かわさざるをえない。
「…タスキ、かけてなかった」
「ああ。ったく、郁未のやつ、おいてかれたのか?」
言いながら、走っていた時、人相の悪い鬼と、そして、彼女はいた。
「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」
詩子を追い続けているもう1人の鬼、御堂も苛立っていた。
一緒に追っている小娘が、面妖な力を使ってこっちを妨害してくる上に、虎の子のトリモチもことごとくかわされる。
お互いに攻撃している間、逃げ手との差を詰めることが出来なかった。
さらに、金髪の娘が通り過ぎた後に現れたガキの1人がこう言った。
「あ!郁未いるじゃねーか!逃げ手があっち行っちまったぞ!」
「わかってるから、とりあえず、そのオッサン止めて!」
「よくわからんが、わかった!」
クソッ、邪魔くさいことに、ガキどもが両手を広げて立ち塞がった。
そういえば、このアマの味方だったか、畜生運が悪い。
ぶつかっていっても、迂回して行っても、時間の浪費だ。
なら、どうするか。当然、お得意の武器で仕留めていく。
「ヘッ、その程度で俺様が止められると思ったかよ!」
そして、トリモチを立て続けに発射する――
「それを待ってたわ!!」
ドゴンッ!
郁未が叫ぶのとともに、何も爆発したようには見えないのに大きな爆発音がした。
音に伴い、先ほど発射された御堂のトリモチ弾2発が、空中で爆発する。
その2発から出たトリモチは、何かに押し出されるが如く、放たれた銃へと広がる。
その銃口へ侵入し、その銃身を蹂躙し、その撃鉄を押さえつけ、そのトリガーを飲み込む。
「ゲェーーック!どうなってやがる!?」
御堂は予測していなかった事態に反応が遅れた。
相手の能力の存在は、今までの戦いで知っていた。
が、鬼ごっこの性質上、持っている自分の腕にまで直接ダメージを与える可能性のある銃の破壊には使えないと判断していたのだ。
銃を包んだトリモチは、そのまま彼の右腕全体を包み込んだ。それは、まるでできそこないの雪だるまの頭のようであった。
「不可視の力か!」
御堂の銃と腕に対し起きた出来事を、祐一は理解した。
御堂が放った銃弾は、その目の前にあった不可視の力の障壁に激突し、展開。
さらに、その障壁を爆発させて、御堂へと押し返された。
文字通り、不可視の技だが、魔物との戦いや、鬼ごっこが始まってからの経験でわかった。
郁未が、敵の武器を無力化した、ということに。
その郁未が自分の横を通り過ぎる。
「やったな、郁未!ライバルを1人撃破も同然じゃないか!」
「まあね。でも、あのオッサン、足速いから…一応、足止めヨロシクね」
「うわっ」
郁未は、祐一の肩をドン、と強く押して走って颯爽と駆けていった。
「あのオッサンの妨害さえなければ、すぐに捕まえてやるわよ!」
郁未に押され、バランスを崩した祐一は、咄嗟に近くにあったものにつかまった。
ねちょ、と異様に柔らかい、粘着質な感触のもの、即ちトリモチの絡まった御堂の腕に。
「うわ、なんだよこれ、気持ち悪ぃ!」
「こら、ガキ、くっついてんじゃねえ!鬱陶しい!」
「祐一、大丈夫?」
接着された祐一の右手(ちなみに、郁未の狙い通りであった)を、心配顔で外そうとする舞。
「舞、触るな!もしお前までくっつくとややこしい。それより、香里達が追いついてくるかもしれない。
郁未を手伝ってとっととあの逃げ手を捕まえて来てくれ!逃げ手をとられちゃ元も子もない!!」
「……でも、祐一が」
「大丈夫だ。ちょっとくっついただけだから、すぐにはがして追いつく。郁未が言ってたから、ついでにオッサンの足止めもしてやる」
「……わかった」
舞は、郁未の後を追って行った。
「祐一……必ず捕まえてくるから」
御堂は余裕の笑みを浮かべて言った。
「ヘッ、テメエごときでこの俺様が足止めできるかよ!引き摺ってでも追いついてやるぜ!」
強化兵たる自分なら、人1人くらい運んでも相当なスピードを出せる自信があったのだ。
銃が使えなくなったのは痛いが、まだまだ勝機はある。
自分を抑えたと思った相手の隙をついて捕まえてしまえばいいのだから。
が、自信ゆえに出たセリフは、言葉の選び方が悪かったといえる。
「引きずってでも、か。なるほど、いいこと言うな、オッサン。じゃあ、やってみせてくれよ」
そう言って、祐一は地面に倒れこみ、右手を地面に思い切り押し付ける。
ベチャッ。
ただし、トリモチを、その中にある御堂の腕を挟んで。
祐一の意外な腕力と、御堂の油断があってこそできることだった。
「ゲーック!動かせねえ!テメェ、何しやがる!!」
「あんたは腕くるまれてるから、そう簡単に剥がれないだろうな。だが俺は手がはりついてるだけだからな…フンッ!でりゃ!!」
何度か祐一が全身に力を込めて手を持ち上げると、トリモチがはがれていき、取れた。
「よしっ。できるだけ地面と仲良くしててくれよ。んじゃな」
祐一も走り去る。
残されたのは、自分が気に入っていた武器の性能を改めて知ることになった御堂だけであった。
「ゲーーック!クソガキども、覚えてやがれぇぇぇっ!!!!」
【詩子 山道を祐一達が来た方に向かって逃走中】
【レミィ 詩子が来た方向へ走り続け、ファミリーを探す】
【祐一チーム 由依以外合流、時間差で詩子を追う】
【御堂 トリモチで右腕を地面と接着され動けず。トリモチ銃は復活が絶望的】
【場所 山間部】
【時間 四日目午後】
【登場 柚木詩子、【天沢郁未】、【御堂】、【宮内レミィ】、【相沢祐一】、【川澄舞】】
「……どうやら、まだ逃げ手は捕まっていないようね」
最終兵器の鬼探索モードをポチポチやりながら、香里が呟く。
その肩越しに、編集長がモニターを覗き込んでくる。
「今、どんな様子なの?」
「そうね……こちらに疾走してくる鬼が一ツ、その後方を走る鬼が一ツ、
またその後方を走る鬼が一ツ、その後方で静止している鬼が一ツ。
真ん中の二つは、川澄先輩と相沢君ね」
「団子状ね……でも、この鬼達が逃げ手を追いかけているんだとすれば」
「ええ、このままいけば、逃げ手は私達の懐に飛び込んで来ることになるわ。
先回りはこれ以上ないほど成功したようね。ただ……」
「ただ、何?」と、香奈子も編集長の反対側から画面を覗き込みつつ尋ねる。
「この一番後ろの鬼が静止しているのはね、相沢君が妨害行動に出た結果なの。
二人並行して走っていた鬼の、片方だけを妨害したのよ」
「……つまり、この先頭を走っている鬼は……」
「ええ、彼のチームのポイントゲッターである、天沢郁未さんである可能性が強いわ」
「やばいんじゃない? 彼女、今7ポイントでしょう?
ここに逃げ手が到達する前に彼女が二人を捕まえてしまったら逆転されてしまうわよ?」
「あ、でもバイクで逃げているのならそうそう捕まらないんじゃ……」
「バイク程の速さで逃げてるなら、とっくにここに突っ込んで来ててもいいと思うけど……
それに、二人とは限らないわ。こっちにある鬼の集団の動きを見ると、こちらも逃げ手を追っかけているフシがある。
……バイクを乗り捨てて、二手に分かれたのかしら? どう思う、セリオ?」
と、少し離れたところで前方を目視していたセリオに話を振る。
「……現状では、判断しかねます。ただ、ほぼ確実だと思われるのは、
今こちらに向かって来ている逃げ手がバイクに乗っていないこと、その人数が一人及び二人だということです。
そして、ここで逃げ手を捕まえれば、十中八九香里様の鬼としての優勝が確定するであろう、ということも……」
ですから、と続けようとしたセリオを、香里が制した。
「わかってるわよ、ちゃんと優勝狙ってるから。自分のこと以上に熱心に応援してくれてる、奇特な誰かさんもいることだしね」
微笑みつつ、ぽん、とセリオの肩に手を乗せる。少し虚を突かれつつも、ハイ、とセリオが返答しようとしたその時――
「――見えました。逃げ手は一人、バイクはありません。地力による逃走中です。
逃げ手がここに到達するのが先か、追跡中の鬼が逃げ手を捕まえるのが先かは、五分五分といったところです」
「そこは運任せね……オッケイ。いい? 勿論取れる場合は私が取りに行くわ。
でも、もし逃げられるくらいなら構わずタッチしにいって。無理に私のポイントにしようとか考えなくてもいいから」
承知した、とばかりに頷く三人。
「……では、フォーメーションY、決行!」
そのころ御堂は、へばりついていた。
「ゲーーック!! あのガキめ、ふざけやがって!! というか、油断だ!! 油断しまくった!! クソが!!!
ケチだ! あの川辺で獲物を逃したあのあたりから!! ケチがつきまくってやがる!!!
幼女に水をかけられるわ!!! バイクでどつき回されるわ!!! 畜生が!!
腹が立つ!! 何より自分に腹が立つ!!! あんな普通人にまでやり込められる程、俺は落ちたか!?!?
クソが!!! クソが!!! クソが!!! クソが!!! クソが…………!!!!!!」
ぷちん。
その時、御堂の何かが切れた。
「ぬおおおぉぉぉおおおぁぁあぁあああぁああ!!!!!!!!!!」
メリメリと、とりもちの周辺の地面が、音を立て始めた。
「はっはっは、久々にいい見せ場だったな。俺だってその気になれば、あのくらいのことは……」
などとひとりごちながら、前方にいるはずの舞と郁未を追いかける祐一。
まあ確かに、強化兵を一人行動不能にしたのだ。大金星と言えよう。
しかし、いかんせん……
「ん? なんだよ」
「……………………ぉぉぉぉぉぉぉぉ………!!!!」
「!? な、なんだぁ……? って、うわっ!!」
「………おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
祐一君、ツメが甘い。
「………ぅゎぁぁぁぁ………!!!」
「……祐一?」
後方から聞こえてくる悲鳴に振り向いた舞は、驚愕した。祐一が、さっきの悪人面に追われている。
その右手は、真っ白いとりもちと、茶色い泥土と、緑の雑草がびっしりと纏わりついている。
御堂、地面ごと引っぺがしてきたようだ。伊達に強化兵はやってないとみえる。
「ぬららああああああああああああ!!!!」
「どわっ!? ぬをっ!? あっ、あぶねぇ!! 右手振り回すなよ、オッサン!!
直接マジ攻撃とかって禁止じゃねえのかよっ!? ケガしたらどうすんだ!!!」
「どぐるえあああああああああああああ!!!!!!」
「どはっ!? やばっ!? マジ切れてらっしゃる!?!?」
――ガキン!!
と、そこに気持ちのいい金属音が響き渡る。
「……祐一をいじめると、許さない」
「た、助かった……サンキューだ! 舞!!」
とか言ってる間に、ガキンガキンと、とりもち銃withデコレーションと、舞愛用の長剣が火花を散らしあう。
しかしそうしている間にも、走るスピードは落ちていない。なかなかにハイレベルな攻防戦ではある。
ただ、とりもちや泥で愛用の剣が汚れていくのを見ている舞が今にも泣きそうなので、いまいち緊迫感はないが。
とそこで、はっと我に返る祐一。
「舞にばっかり戦わせるってのは、男としてマズい……! おらっ、止まりやがれ、オッサン!!」
そう言って、御堂の左腕にしがみつく。しかし、勢いは全く衰える気配はない。むしろ……
「どわっ!? やべっ!? 右手に残ってたとりもちがくっつきやがった!! 剥がっ、剥がさねぇと!!
ってのわっ!? んなに腕を振るな!? おえっ、気持ち悪!! 酔う!! 酔う酔う!!!」
……というわけで、右手のとりもち銃宇治金時風味で少女とチャンバラ、左手に少年をくっつけた悪人面が、山道を爆走中。
そのころ、詩子さんは。
「……はー、ぜー、はー……あ、あの鬼、速いよ〜!」
「……はっ、はっ、し、しぶっといわねあの子……!」
郁未とのチェイスの真っ最中であった。しかし、意外な詩子のしぶとさに、郁未は焦っていた。
(相沢君達が向こうから来たってことは、他の鬼も来てる可能性もある……このままじゃマズいわ)
(不可視の力で加速する? ううん、相手は一般人よ? そんなの、私のプライドが……)
ぶつぶつと葛藤する郁未。そしてそれは詩子も同様であった。
(ああっ、このままじゃジリ貧……私はどうすればいいんですか? 教えてください、師匠!)
と涙を溜めつつ、天を仰ぎ見る。するとどうしたことか、天啓の如く、彼女に声をかける者が。
『はろ〜、詩子〜。元気にしとるか〜?』
「し、師匠! はい、それはもう! 元気元気に逃走中です! でも、でも……」
『ええか詩子〜、挫けそうになっても、諦めたらアカン!! 根性で、気合で、ド根性や〜!!』
「……!! はい!! 根性で、気合で、ド根性ですね!!」
『そうや〜、アンタは元気が似合うんやから、弱気な顔見せたらあかんで〜。ウチはいつでもお空の上から見守っとるからな〜』
「ああっ、し、師匠ー!!」
ちなみにここに晴子はいない。全て彼女の妄想である。ツッコミ所は満載だが、ツッコむ人はいないので、彼女の天下だ。
「師匠、私、頑張ります!」
そう言って懐から一本の瓶を取り出すと、一気にあおる。
チ●ビタとかなんとか記載されているような気もするが、その辺は定かではない。
息も切れ、疲労も貯まっている状態でそれはかなりの嘔吐感を伴うが、そこは根性と気合とド根性で飲み下す。
「よっしゃああーーーーー!!!」
掛け声一閃、再燃してスパートをかける詩子。そして投げ捨てた瓶は、綺麗な弧を描き、葛藤中の郁未の足元へ。
「はわっ!? きゃああ!!」
かなり的確にそれを踏みつけてしまい、派手に転倒する郁未。
「ちょっとあんた! ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなさいよね!!」
怒鳴りつつ、立ち上がろうとしたその時、
「…………どぁぁぁぁ…………」
「…………うらぁぁぁ…………」
「……キン! ……ガキン!!」
後方から、悲鳴と、怒号と、金属音。
激しく嫌な予感を胸に抱きつつも、恐る恐る、そちらを振り向いた。
(……来たわ! 香奈子、真紀子さん、お願い!)
((了解!))
「あ、あれ、鬼は……?」
しばらく走った後、鬼を引き離していることに気付く詩子。
自分が投げた瓶がその距離を稼いだということには全く気付いていないようだ。
しかし、一難去ってまた一難と言うか、前門の虎後門の狼と言うか。
無情にも、次なる試練が詩子に襲い掛かる。
「……もらったぁ!!」
突然、右前方の繁みから鬼が飛び出して来る。全くの不意を突かれ、哀れ詩子は鬼の餌食に――
「な、なってたまるかあーー!!」
身をよじって、ギリギリの所でその手をかわし、走り抜ける。しかし、
「まだまだぁ!!」
間を置かず第二陣が左前方から飛び出す。
「こ、根性と、気合と、ド根性ーーーー!!!!」
吼えつつ、これもまたギリギリでかわす。と、そこで、
「……チェックメイトよ!」
がさり、と音を立てて、本命、香里が目の前の繁みから立ち上がる。
そう、全てはこのための布石なのだ。香奈子と編集長の役割は、相手の体制を崩すことにすぎない。
体制を立て直せない詩子は、そのまま自らの足で、香里の所へと――
(そんな……これで終わり? こんな格好悪い終わり方、師匠や観鈴ちゃんに顔向けが――)
(いや、まだ諦めちゃダメだ!! 根性と、気合と――)
「……ド」
「ど?」
「ド根性おおぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」
びりびりと、大気が震える。
あまりの大声に、さしもの香里も「わあっ!?」と尻餅をついてしまう。
そのスキをついて、詩子は香里を飛び越え、「み、耳が……キーンと……」と目を回している彼女を尻目に、
遂に鬼達を振り切り、遥かなる栄光のロードへと――
「そこまでです」
「わわっ!?」
残念ながら、もう一人いた。
無表情なメイドロボに、手に持ったスタンガンを眼前でバチバチとやられては、足も止まると言うもの。
詩子さんも例外なく、即座に立ちすくんでしまう。これは脊髄反射と言ってもいい。誰も彼女を責める事はできない。
このサポートのセリオを含め、香里を中心に三方向に人員を配置するこの形が、Yフォーメーションと呼ばれる由縁である。
そして、かぶりを振りつつ、香里が立ち上がる。背後にはセリオ、左右には香奈子と編集長が詰めてきている。
詩子さん、逃げ場無し。
(嗚呼、もはやこれまで……無念! ごめん、観鈴ちゃん……会えなかったね、茜……今行きます、師匠……!)
「ちょっとびっくりさせられたけど、どうやら私達の勝ちのようね……ごめんなさい、恨みはないけれど……」
そう言って、香里が手を伸ばしたその時、
「なんなのなんなのなんなのよーーーー!!!」
「……ギイン! ガキイン!!」
「をえっ、やばい……だ、誰かビニール袋……」
「もるるあああぁぁあああああああああああ!!!!!!!」
爆走する少女と、
それを追う悪人面と、
へばりついた少年と、
チャンバラする少女と、
宇治金時と。
振り向いた香里の目に入ったものは、彼女の理解の範疇を大きく逸脱していた。
ふっ、と抜けた。何かが抜けた。そしてそのまま彼女は意識を――
「香里様!」 「香里さん!」 「香里ぃ!」
「いやああああ!!」 「おえっ」
「ガキイン!!」 「ゲーーーックリャァァァァーーー!!!!」
そしてそれらは、その中心とも言える詩子の元へと、収束され――
「ええい、お前らが笑ってばっかりいるから見失ったんだぞっ!」
「す、すまぬ、浩平ど……プフッ! ク……ククク……す、すま、ぬ……」
「もう、浩平だって見失ったんだから、偉そうなこと言えないよ?」
「どこ行っちゃったんでしょうねー……」
「うりゅー、ホットケーキ……」
そのころ、浩平一行は……観鈴を見失っていた。
ちなみに浩平の頭はまだドリフである。他の三人は慣れた様だが、トウカはまだ非常に苦しそうである。
「とにかく、そう遠くには行ってないハズ――」
――どっごおおぉぉぉぉぉ…………ん――
「……何か聞こえたな」
「なんだろう、花火かな?」
「こんな昼間っから花火なんか上がるか、馬鹿」
「馬鹿とはなんだよ〜、浩平のばかばか星人っ」
(……が、がお、ひょっとして詩子さんが……)
木陰に身を潜める観鈴ちん。その推察は間違っていない。
さて、まあ、なんというか。みんなの無事やいかに?
【詩子・香里・セリオ・香奈子・真紀子・郁未・御堂・祐一・舞 どっかーん】
【詩子 鬼化】
【誰が ゲッツ!!(σ・∀・)σ したかは、次の書き手におまかせ】
【浩平一行 観鈴ロスト】
【場所 山間部】
【時間 四日目午後】
【登場 柚木詩子、神尾観鈴、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】 、【澤田真紀子】、
【御堂】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【神尾晴子】、
【折原浩平】、【長森瑞佳】 、【トウカ】、【スフィー】、【伏見ゆかり】】
【残り5人】
「アルちゃん、今日はどうするの?」
「カミュちーたちさがす」
アルルゥとユズハの四日目の行動はこんな短い会話で決定した。
もし彼女たちも鬼になっていればまた一緒に行動すればいいし、まだ逃げ続けているのならその時は追いかけっこを楽しめばいい。
そんな考えで昼前にホテルをあとにした二人と二匹、昨日梓たちが爆走してきた山道を登り、小高い山の頂上へ。そこから飛んでいる
友人たちが見えないかとアルルゥが目を凝らしていると、突然近くの森から光の柱が立ち昇った。驚いたガチャタラがキュイキュイと
甲高い鳴き声をあげながら旋回し、ユズハの肩に止まってようやく落ち着く。
そこでアルルゥが呟いた。
「あれ、ウルお姉ちゃんの光の術」
「え? ウルトリィ様がいらっしゃるのですか?」
「ん。手伝ってもらお」
盲目であるユズハは当然先程の光の柱など見えていなかったし、またそれを撃ったのが知り合いであることも気付かなかった。
そしてアルルゥは何故ウルトがあんな目立つことをしたのかということをあまり深く考えもせず、ただウルトにカミュ探しを手伝って
もらおうというアイディアから、彼女に会いにムックルを操って登山道を駆け下り、途中で森に入って行く。
ウルトが往人への合図のために放った術法。それは僅か数瞬で消えたものの、やはり限りなく目立つ行為に違いはなく。
本来知らせるべきパートナー以外にも、その存在を明らかにしてしまっていた。
さらに、それを偶然目に留めた男が、もう一人。
「本当に速い……ッ!」
自らが招いた者たちの存在を未だ知らぬウルトリィ、今はただ前を走る一人の少女を必死に追っている。
同じ条件では簡単に引き離されてしまうと悟ったウルトは、地面に降り立つやいなや羽を広げ、低空飛行で楓を追い始めた。
もちろん、この木々が密集している森の中でそんなことをするのは危険極まりない行為だ。事実、頬や羽先が枝にかすり、
小さな擦過傷ができている。
それでもウルトは止まらない。
この先にあの光柱を見た往人がいると信じているから。
だが、そんなウルトの心とは裏腹に徐々に楓との距離は開いていく。ウルトは悔しさから唇を噛んだ。
(駄目、このままじゃ置いて行かれる……でもこれ以上は……)
そんな弱音を振り払おうと、一層翼に力を込めて。
(お願い往人さん、早く!)
姫巫女たる自分が神ではなく、彼を思って祈ったとき。
果たして、楓の眼前に何の前触れもなく一人の男が現れた。
楓の前に突然立ちふさがったのは、ウルトが待っていた黒シャツで目つきの悪い男──
「くっ!!」
「え!?」
ではなく。
男の体をかわすため、予備動作無しに無理矢理方向を九十度曲げたせいで出た楓の苦悶の声は、ウルトの疑問の声にかき消された。
「何やら面妖な光を目にしたので来てみたが……」
ウルトリィの「合図」を視界におさめ、この場にやって来た男。
「大当たりだったようだな」
その者の名を、光岡悟という。
「ウルト!」
そして、一瞬遅れて国崎往人がやって来た。すぐ後ろに大志と瑞希の姿もある。
その呼び声に意識をそちらへ向けるウルトと、ちらりと目だけ動かす光岡。
その一瞬の隙を見逃さず。
ザンッ!
弾けるようにその場から飛び退く楓。
その音に五人が慌てて振り向いたとき、既に楓は消えていた。
「おのれ!」
真っ先に反応したのはやはり光岡だった。他の四人も互いに声を掛け合い、彼を追っていく。
「ハァ、ハァ……フゥー」
一瞬ではやはり距離は稼げない。そう遠くない場所で、楓は背中を木に預けて息を整えていた。
──エルクゥの血を引く者として、比類無き速さを誇る楓にも、実は一つだけ不安要素がある。
「ハァー……フゥー……」
それはスタミナ。楓はその軽くて小さな身体故に体力の許容量も小さい。もちろん、だからといって狩猟者である彼女のこと、いかに
許容量が小さいとはいえ常人とは比べものにはならない、例えば体育のマラソンくらいなら軽くこなせるくらいのスタミナは持っている。
だが、今この場で、明らかに常人ではない輩を相手に、しかも四方に常に気を配りながらでの逃走は、やはり疲労の進行度が早い。
逃げるという行為は存外気を使うものなのだ。
「……来ましたか」
冷静に、背後から迫り来る鬼たちの気配を感じ取る楓。
一気にトップスピードに乗り、彼らを置き去りにしようと思って足に力を込めた矢先、
「ヴォフ〜」
目の前の茂みがガサガサと揺れ、突然出てきた虎縞模様の白いソレと目があった。
「そこか、ッ!」
飛び出してきた黒い小さな影に目を向ける光岡。だが、誰よりも早く楓を補足したにもかかわらず、光岡は彼女を追わない。
なぜならば。
「ユ、ユ、ユ、ユズハさんっ!!?」
「その声は……光岡様ですか?」
「おお、覚えていて下さったのですね!」
最愛の女性が目の前に現れてしまったから。あの涙の別れ(注:泣いていたのはあなただけです)からの思いがけない再会、
そして自分がまだ彼女の記憶にある(注2:まだ一日しか経っていません)ことに感激し、裏返った声で返事をする光岡。
しかし、ハッとあることに気付き、緩みそうになる顔が険しくなった。
そんな彼の横を往人たち四人が駆け抜けてゆく。さらに、その中の一人であるウルトを追って、アルルゥとユズハを背に乗せた
ムックルも走り去ってゆく。
だが光岡は彼らを追うことなく、一人考え事に没頭していた。
(襷が掛かっていた……あれから鬼になってしまったのか)
結局自分は彼女を守れなかった。それでも、彼女はきっと立派に戦ったのだろう。
が、その時自分は何をしていた? 勇んで飛び出したものの、結局半日も時間を無為に費やし、見つけた逃げ手は捕まえられず、
挙げ句の果てに正体不明の巨人に殴り飛ばされただけではないか。
(不甲斐ないっ! お前はその程度の男だったのか!?)
ユズハと別れてからの自分の行動を振り返り、恥じる。これでは彼女に合わせる顔など無い。よくもぬけぬけと感激など出来たものだ。
砕けそうなほど強く奥歯を噛みしめ、血の涙を流しそうなほど強く拳を握りしめ、
「うおおぉぉぉぉおおーーーーーー!!!!」
光岡は、吼えた。
「このままでは終われん! 絶対にあの少女は俺が捕まえる!」
かつて捷疾鬼と呼ばれた男はそう決意し、自らの意地と誇りと愛のために、まさしく伝説の通りの速さで駆け出した。
「ぬおおおおお!!」
……目に炎まで宿している。光岡悟、割と思い込みの激しい性格であった。
「ハァッ、た、大志、いくらなんでもあの娘速すぎない!?」
「むぅ、あの容姿といい身のこなしといい、さぞ『ブチ撒けろ!』という決め台詞が似合うに違いない!」
「ゆってる場合か! ……ゼェ、ゼェ」
「クソッ、もうこうなったらウルトだけが頼みの綱か……」
それなりの運動能力を持ってはいても所詮常人のこの三人、悪態をつきながら必死に楓たちを追いかけるも、もはやその姿は
小さな点くらいにしか見えなくなっていた。
そんな彼らの横を、一陣の風が通りすぎた。
「キャッ!」
流された髪を押さえながら発した瑞希の声が消えたとき、その背中も既に親指ほどの大きさになっていた。
「な、なに今の?」
「おそらくあの白髪の男であろう。ただ者ではないとは思ったが、ヤツも何かの能力者か。やはりこのままでは我輩たちには辛いな……」
「チッ」
瑞希の声に答える大志と、舌打ちをしながらも見失わないように足を動かす往人。だがそれは求めていた反応ではなかったのか、
「いや、そうじゃなくて」
頭に?マークを浮かべた瑞希は腑に落ちない表情のままこう言った。
「今、二人いなかった?」
「あの、見ての通り、私は今追いかけっこの真っ最中で……」
「じゃああれ捕まえる」
アルルゥたちの次の行動は、またそんな短いウルトとの会話で決定した。
・カミュたちを捜すのにウルトの協力が欲しい
↓
・でもウルトは忙しい
↓
・なら手伝う
子供らしい、見事に無駄のない思考である。だが、そんなアルルゥに苦笑していたウルトの瞳がこの一瞬後、またも驚愕に彩られることになる。
(冗談じゃないっ)
アルルゥとウルトの会話は楓にも聞こえていた。逆に言えば、二人の会話が聞こえるくらいのところまで追いすがられていると言うことである。
このまま捕まるわけにはいかないと、彼女たちを振りきるためにさらにギアを上げる。
そして、これからどうやってあの追っ手を撒こうかと考えを巡らせ始めたとき。
楓の感覚が何者かの接近を捉え。
その次の刹那、彼女たちの目前に空から一人の少女が現れた。
脈絡もなく出現した、自分と同じくらい白い翼を持つ少女の姿に、ウルトの動きが僅かに止まる。その間に。
「もらった!」
少女──神奈備命が楓に手を伸ばし、
「ハアァァ!!」
もの凄い勢いで迫って来た光岡がウルトリィたちを追い抜いて楓に突っ込み、
「─────ッ!!」
その二つの気配を察していた楓が反射的に横の茂みに飛び込んだのが同時だった。
スタッ、と茂みの向こうの地面に着地する楓。しかしそれで終わりではなかった。
「葉子殿!」
神奈の声に呼応するように、金色の弾丸と化した鹿沼葉子が楓へと肉薄する。
瑞希の言葉は正しかった。彼女は今まで茂みに隠れて光岡と併走していたのだ。楓は上空から先回りしてきた神奈を避けて、
葉子が走っていた道へと飛び込んでしまったわけだ。そしてそれは葉子たちの狙い通りであった。
しかし、彼女たちの作戦が的中したのはそこまでだった。
楓は一切の無駄なく、膝を曲げた着地の姿勢から一気に力を解き放ち、近くの木の枝へと飛び移った。その動きの鋭さこそ、葉子たちの
計算になかったもの。目前まで楓に迫っていた葉子の目には、まるで彼女がその場から消えたように映った。
「くぅ!」
奇襲は失敗した。だがただでは終わらない。不可視の力を楓の頭上の枝にぶつけて折り、いっそ優雅とも言えるような動きで再び地面へと
下りようとする彼女の足止めを狙う。
しかし楓は鋭利な凶器へと変化させた爪を振るってその枝を粉微塵に砕き、着地。そのまま、もう振り返りもせず走っていく。
「ウルお姉ちゃん!」
アルルゥのその声で、ウルトはその一部始終をただ呆然と眺めていたことに気が付いた。
「申し訳ありません、神奈さん」
「いや、あれは仕方がない。しかし彼奴め、一筋縄ではいかなそうだな」
「そうですね……」
そんな会話を交わす神奈と葉子、勢いがつきすぎて10メートルほど余分に走り抜けてしまった光岡、そしてウルトとアルルゥたち。
目配せしたわけでもないが、彼女たち六人は同時に一人の逃げ手を追って再び駆け出した。
そんな鬼たちの様子など露知らず、楓はただひた走り──目の前の光景に息を呑んだ。
(しまった──ッ!)
歯噛みする。幾度もの鬼の襲撃から急な方向転換を何度もした所為で、自分がどこに向かっているか把握していなかった。
楓の目には、木々の切れ目と高いコンクリートの建物が映っていた。
森というのは楓にとって都合のいいフィールドだった。
遮蔽物も多いし、先程のように枝を使った三次元的な動きもできる。やはり市街地ではそれらのメリットはいくらか落ちる。
隠れられる場所なんてたかが知れているし、外では緑の傘が無いぶん空から補足されたら終わりだ。
出来ることなら、この森からは出たくない。だが、
(あれだけの鬼に追われてて、いまさらそんなこと言ってられない──!)
そう思い直す。
あの市街地にももしかしたら鬼がいるかもしれない。だがそのときはそのときと割り切り、楓はトップスピードで
森を抜け出して一路市街地へと向かっていく。
楓が森から抜けるのを見たウルトは木々を抜け、一気に上空へと舞い上がる。
それは彼の者を上空から補足するためと、もう一つ。
「──あそこか! うぉーいウルト! すぐに行くからお前も奴を追え!!」
「向こうは確か、市街地であったな」
「ちょ、ちょっと待って…………お願い……」
離れてしまったパートナーへと、その存在を知らせるため。
姿は見えないがその力強い声に頬が緩むのがわかる。そんなウルトのすぐ横に神奈が並んで言った。
「あの逃げ手は渡さんぞ、オンカミの姫」
「……こちらこそ」
あくまでもたおやかに、しかしそれはどこか挑発しているようにも見えて。
「面白い……葉子殿! 逃げ手は向こうへ行ったぞ!」
そう解釈した神奈は指をさして葉子へと声を張り上げた。
斯くして舞台は市街地へと移る。
その中心で踊る者、ひらりひらりと舞う彼女を、射って止めるは果たして誰か。
未だ舞台に上がっていない見知らぬ誰かか、それとも最後まで踊りきるのか。
「ぅぉーぃ、待ってくれぇぇ──ぇぇ」
……一人、舞台から転げ落ちそうな者もいたりするが。
今回まるで出番の無かったA棟巡回員の活躍は、まあ次に期待すると致しましょう。果てしなく無理っぽいけれども。
【楓 市街地へ向かう】
【ウルト、神奈 楓を上空から補足】
【アルルゥ&ユズハ(+ムックル&ガチャタラ)、葉子、光岡 先行組、楓を追う】
【光岡 テンション最高潮】
【往人、大志、瑞希 逃げ手は市街地で向かったことに気付く】
【A棟巡回員 へろへろ、見失う寸前、でも何とかついていく】
【場所 森を抜け市街地へ】
【時間 四日目午後】
【登場 柏木楓、【ウルトリィ】、【国崎往人】、【久品仏大志】、【高瀬瑞希】、【神奈備命】、【鹿沼葉子】、【A棟巡回員】、【光岡悟】
【アルルゥ】、【ユズハ】、『ムックル』、『ガチャタラ』】
『………』
山間部。ゴミのように山になって一人の逃げ手と鬼が積もっていた。
「結局誰だったんだ、点を取ったのは」
「あたしに言われても困るわね」
「この後半の一点は大きいと思われます」
などと会話しながら山が崩れていく。
上の方がどいていき、ゆっくりと体制が整っていくのだが一番下に踏まれている詩子にとってはたまったものじゃない。
ゲットしたのは郁未だとか香里さんでしょうとかそんな自己中心的意見しかでない。
ちなみに黙っている御堂はというと――
「何をごちゃごちゃ言ってやがる! こんなくだらん言い争いなぞ興味ねぇ!
おいそこのチビ! 2分やる、さっさと逃げやがれ、こんなもんやり直しだ!」
キレた。
まぁ、衝突前と比べるとマシになっているのかもしれないが。
しかし、この意見には他の鬼も同意らしい。
このままではたしかに埒があかない。
「でも、管理者の意見も聞かないと…」
「どんくせぇ管理者の意見なぞ待ってられるか! おい、さっさと逃げやがれ」
「いいのかなぁ………」
などと言いながらちゃっかり逃げている詩子。
逃げる方向はさっきの延長上………つまり屋台や久瀬チームの方向である。
そのころ――詩子の向かった先にある屋台では……
『なにーーーーー!』
北川住井チーム。通称地雷コンビが騒いでいた。
何があったかというとお酒の代金を踏み倒した分の仕事をしろというのだ。
鬼ごっこ終了後、罠解除という面倒なことを。
「まずいぞ、非常にまずいぞ住井」
「あぁ、かなりまずい。このままでは皆が祝勝会や残念会をやっている中三人ぽつんと罠解除なんてできるか!」
いや、栞は関係ないんだが。
「住井、お前今いくらだ!?」
「お前こそいくらもっている!?」
いっせーのーでっ、とお互いのサイフを出し合う。
ひぃふぅみぃとお札を数えていくが……足りない。
「一万円足りないぞ!?」
「何!? そういえば栞ちゃんは一万円持っていたような」
「あの美坂の妹からお金を取ろうものなら殺されるぞ」
「……冗談だ」
「こうなったら……逃げ手を一人捕まえるしかあるまい!」
「今からでも相沢達を追うぞ!」
「間に合うか!?」
「気合だ! 我等の自由を勝ち取るんだ!! あゆちゃん、栞ちゃんを任せた!!」
祝勝会や残念会のため、北川達は元来た道を走って戻る。
相沢達、北川達の二つの丁度中間に位置する場所では――――
「ちょっとそこ、ちゃんと聞いているんですか!?」
「は、はい!」
久瀬チームがいまだに由依の愚痴を聞かされていた。
【詩子 逃走。鬼化していないことにしたが、実際はあの場所にいたほとんどの人物がタッチしており誰が最初か当人達には不明】
【久瀬チーム 由依の愚痴を拝聴中】
【御堂、香里チーム、祐一チーム 2分後、追いかけ開始。なお、この3チームの誰かが最初にタッチしている】
【北川、住井 栞、あゆ、クーヤを屋台に残し相沢達のいる方向へ気合でダッシュ。逃げ手を捕まえろ!!】
【時間 四日目午後】
【登場 柚木詩子、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】 、【澤田真紀子】、
【御堂】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【神尾晴子】、
【月宮あゆ】、【クーヤ】、【マルチ】、【美坂栞】、【北川潤】、【住井護】、【深山雪見】
【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】、【名倉由依】 】
問答無用
ええい……! いつになったらこの説教は終わるんだ!?
お日様の下、正座したままで久瀬は思った。
思わず昼寝をしたくなるような昼下がりの穏やかな日光が、無性に腹正しい。
目の前では血走った目でわめく由依。
隣では気持ちよさそうに気絶しているオボロと、なぜか居眠りを許されている月島。
なぜかこの説教は久瀬個人対象になってしまったらしい。
なんでやねん、と心中で呻く。
(ああ……誰かこの説教を終わらせてくれ……)
「聞いてるんですか久瀬さん!!」
「きいています。きいていますとも」
効いています、心に効果的にダメージ。
が、久瀬に救いが訪れた。
「そこぉ〜 どいて! どいてよぉ〜!!」
「な……!?」
甲高い声と共に砂煙を巻き上げて走ってくる少女が、由依の頭越しに見える。
確か、名は詩子といった。自分が追跡にもかかれなかった少女だ。
彼女が叫ぶ間にも、グングンこちらに近づいてくる。
「―――え?」
詩子の叫び声を聞いて、由依が振り返る。
その瞬間、久瀬の眼鏡が光った。
次いで、メリっという何かがめり込むような音と、
ドーンという久瀬と詩子が激突する音が響いた。
「痛つつ……」
久瀬は呻きながら、しりもちをつく格好で受け止めた、腕の中の詩子を見た。
詩子もバッと顔を上げて、久瀬と視線を合わせる。
久瀬は落ち着いて笑顔を作った。眼鏡と歯が、太陽に反射してまぶしく光る。
「お怪我はないかな、お嬢さん。いえ、受け止めたことなんて礼には及ばない。
むしろ―――」
チラリと脇に視線を送る。腹を押さえて白目をむいたまま倒れている由依の姿が目に入る。
「感謝しているんだ。このどさくさに紛れて絶妙な角度でボディーブローを―――」
「あーーー!!」
詩子が久瀬の襟を掴んで、ブンブンと久瀬の身体をふった。
「タッチされちゃったじゃーん!! どーしてくれんのよーー!?」
「い、いや、落ち着いてくれ! 悪いのは満場一致で君のほう―――」
「オイ」
グイ、っと久瀬の髪が後ろからつかまれ、久瀬の首をそらさせた。
しりもちをついたままの久瀬を、御堂のいかつい顔が見下ろす。
「何してんだ手前ぇ? あ? 言って見ろよ」
「確かにご説明願いたいわね、久瀬君? なんでこんなところに存在しているのかしら?」
香里の冷たい声と共に、ゴリッとこめかみに唐辛子銃の銃口が突きつけられる。
「久瀬君……もう少し場の空気が読める人だと思ってたんだけどなぁ」
郁未の手が怪しく光る。
「久瀬……やはりあの時斬っておくべきだった」
舞が剣を久瀬の首筋に突きつける。
久瀬は、首をめぐらし、鬼の集団を見た。
みな、一様に目が血走っている。
久瀬は空を見上げ、ただフゥと息をついた。
短い人生だったなぁ、と思った。
「それは当然ポイントは僕のものじゃないだろう……
というか、とっくの昔に彼女は鬼なんじゃないかと思うのだが」
涙ながらの弁解と、決死の説得、そして目を覚ました月島のとりなしによって
なんとか解放され、事情を聞いた久瀬は苦々しく言った。
ここでポイントを主張できるだけの強さがあったら、
もっと人生は違うものになるんだろうなぁとか、そんな考えが頭に浮かぶ。
「じゃあ、ポイントは誰のものなんだよ」
「そうね。また振り出しに戻っちゃったわよ」
祐一と郁未が憮然とした顔で聞いてくる。
どうでもいいことだが、祐一も郁未もかたわらに倒れている由依には気づきもしなかった。
本当にどうでもいいことだが。
「決まってんだろ! また勝負すりゃいいんだよ!! オラ、逃げろおんなぁ!!」
「え? また私逃げていいの?」
「また勝負ってわけね! 今度こそポイントは逃さないわよ!」
「祐一……がんばろ」
「おうよ!」
口々に叫びながら、走り始めた一団を見ながら、
久瀬はどこか独り言のようにつぶやいた。
「いや……じゃんけんで決めるのはダメなのか……?」
その場に居た全員が久瀬の方を振り向いた。全員がポンと手を打った。
「チッ……こんな形で決着ってのは面白くないんだがな……」
「私はどうせつかまっちゃうんじゃーん……」
ぶちぶち言う御堂と詩子のかたわらで、
鬼の一同は最後の打ち合わせをしていた。
「それじゃじゃんけんで勝った人が、ポイントゲットね?」
香里の確認の言葉に、セリオがおずおずと質問した。
「あの……じゃんけんするのはポイントゲッターだけですか?
それとも、詩子様との接触の可能性があった方全員でしょうか?」
「そりゃ、ポイントゲッターだけに決まってるだろ、なあ?」
祐一がそういうが、少し離れていた場所で事の成り行きを見守っていた
月島が口をはさんだ。
「いや、ルールに即するなら可能性のあった全員だと思うけどね」
「僕も同感だな。ポイントゲッター以外の接触があった可能性もあるわけだし、
ここで確率をゆがめるのは鬼のランキングにも影響がでる」
祐一と、そして意外にもセリオが抗議をあげようとしたが、
真紀子がパンパンと手をうった。
「まあそれが妥当でしょうね。後で管理側からとやかく言われたくないし」
ポンポンとセリオの背中を叩きながらそう言う。
「しかし……」
「しょうがないって、セリオ。ほら、とっととやっちゃいましょ!」
香里の言葉に、まだ納得し切れなかったようだが、セリオはうなずいた。
タッチの可能性があったのは8人。
彼らは一同に介し手を振り上げる。
「じゃんけん、ぽんっ」
たくさんのチョキの中にグーが一つ。
その拳が突き上げられた。
「勝ったぜ住井!! 一万円ゲットだ!」
「さすがだ北川!! 一万円ゲットだな!」
その場に居た全員が、かなり本気で二人を殴った。
「申し訳ありません……香里様……勝ってしまいました……」
申し訳なさそうな声を上げるセリオに、一同はハァ、と息をついた。
結局、どのグループもポイントゲッターは、ポイントを手に入れることが出来なかった。
「本当に申し訳ありません……私はダメなロボットです……」
ショボーンと肩を落とすセリオに、香里と香奈子は苦笑いを浮かべた。
「何言ってるの、しょうがないじゃない? セリオはよくやってるわ」
「っていうか、セリオ本気になりすぎなんじゃないかな? 人の事いえないけどね」
「そうね。他のグループのポイントを阻止した、という考え方もできるんだし、
元気出しなさい? セリオさん」
「はい……」
「くっそー! あんだけ頑張ってポイントなしかよ!!」
「まあ、最後は運だしね。しょうがないかぁ」
「祐一、楽しむのが第一。私は結構楽しかった」
そういって少し微笑む舞の手には、倒れたままズリズリ引き摺られる由依のて腕が。
一応、忘れてはいなかったらしい。
「ゲーック! 運にも見放されてんのか俺はぁ!! 今度だ、今度こそ俺は勝つ!!」
「はぁ……師匠。不肖の弟子は敗れました……観鈴ちゃん、がんばってるかなぁ?」
口々にいいながら解散していく一同を見て、久瀬はつぶやいた。
「誰か一言ぐらい僕に謝ってくれてもいいじゃないか……」
この一時間後。
月島から彼らの分の屋台の代金を支払ったことを指摘された久瀬は天を仰ぎ涙を流したが……
まあ、どうでもいい話である。
【詩子 こんどこそ鬼化】
【セリオ一ポイントゲット】
【残り5人】
【時間 四日目午後】
【登場 柚木詩子、【美坂香里】、【セリオ】、【太田香奈子】、【澤田真紀子】、
【御堂】、【相沢祐一】、【川澄舞】、【天沢郁未】、【名倉由依】、
【北川潤】、【住井護】、【久瀬】、【オボロ】、【月島拓也】】
「なるほど……それで汝は己の力のみでこの鬼ごっこを生き抜こうと空蝉と袂を分ったというわけか……」
「ん……」
ちょっとシュンとしてしまうみちる。
十数分に及ぶ尋問も終了。昨日別れてから、己の空蝉に何があったのか。一通りのことは把握できた。
「ふぅ……つまり空蝉は未だ捕まっていないわけだな。やれやれ、まぁ奴のことだ。私以外にはそう簡単には捕まるまい」
危惧していたことは避けられた事実に一安心するディー。
「さてと……」
そこで何気に目線を目の前の少女に向けた。
「……しまった」
不意に、壮絶な後悔の念が彼を襲う。
「…………」
目の前にはしぼんでしまった少女が一人。
……『逃げ手』の少女が一人。
少女は上目遣いに何やら言いたげな態度でこちらを覗き込んでいる。
(聞かなければよかった……)
冷静になったところで後悔する。思い切り後悔する。ディーは、己の行動を、心の底から悔やんでいた。
(落ち着いてしまった……)
先ほどまでのノリと勢いに任せたまま、さっさととっ捕まえてしまえばよかった。
そうすりゃ1点ゲットで合計9点。先ほど出会った他の連中に対して頭一つ抜け出ることができる。
(空蝉がいないことで動揺してしまった……参ったな。どうするべきか。あ、いや何を迷うか私。本来我は鬼で此奴は逃げ手。
問答無用に捕まえてしまってもなんら問題は……)
「…………」
チラリ、チラリとみちるはディーの顔を見やっている。
(………壱であり弐である、か……)
もし世に運命の女神という存在があるのならば、どうやら彼女は相当に意地が悪いらしい。
(何故だ。何故今更此奴を我が前に連れてきたのだ……)
対の存在。空蝉と、分身。図らずも、その連れる者たちもが対の形になっていた。
そして今、同じように別れ、バラバラになり、そしてその一片が目の前に現れた。現れてしまった。
(……似ているな)
捕まえることは躊躇われた。
(よし、落ち着け。冷静になれ私。考えをまとめるんだ)
コホンと一つ咳払い。己の採るべき道を探る。
(まず私は鬼だ。逃げ手を捕まえること自体はなんら責められることではない。むしろ推奨されていることだ。
何よりここで1点ゲットしておけば他の連中を大きく引き離せる。そこはオッケ)
そしてみちるの顔を見る。
(だが……空蝉の落胤。己が道を独りで行くことを望んだ、そしてあえて空蝉との袂を分ったこの少女。
その心意気は見事なものだ。あえて独り艱難辛苦の道を行く。……ちっ、空蝉の、そしてこの小娘の気持ちがわかる己が恨めしい)
以前の我なら……このような感情に惑わされることはなかっただろうに……)
頭を抱え、身をよじり、ムーンウォークっぽい動きで思い悩む。
(……そうか。なるほど、これが……)
初めての感じている感情。
(義理と人情の板ばさみというやつかッ……!)
「ガフッ……」
血反吐を吐きつつ、目を閉じ、さらに思い馳せる。
(ふ……空蝉よ。何やかんやと言いつつも、我らは似ているのかも知れんな。
我も彼の者を連れ、汝も此の者を連れ、共に戦った。
……ふ、そうだな。それも、悪くはあるまい。ここはひとつ、貴様に、昨日の礼をするのも……悪くはあるまい。
貴様に直接礼を言うのはさすがに謀られるが……代わりに、この小娘へでも構うまい)
決意を固めると、ゆっくりと懐に手を入れる。
「……少女よ」
そして静かに、目の前の娘に語りかける。
「……我は汝がオロと慕う男の分身。ハクオロと呼ばれる彼の男は我が空蝉。確かに、双子のようなものだ……。
昨日は汝らには迷惑をかけたな。その代わりというわけではないが、ここで汝は特別に見逃してやろう。
ああそうだ。これを持て。どうせこのようなもの、今の我が持っていたとしても何の役にもたたん。
鬼と逃げ手の区別もつかん安物だが、汝が持てば多少は役にたつであろう。
ふ……感謝される筋合いなどない。これは貴様への『侘び』でもある。
残念だが空蝉は汝との約束を果たせん。何故なら我が空蝉は我がこの手で捕まえてくれるからだ。!
ククククク……だからその代わり、貴様は逃げろ。せいぜい長く、一秒でもな。
空蝉をそれを望んでいるだろう……さあ、受け取れ! これが、我からの餞別だ!」
(よし決まった! カッコいいぞ私! 宿命のライバルっぽさが醸し出ていてとても渋いッ!)
ビシッと決まったことに内心ほくそえみつつ、懐から探知機を取り出す。
そして、目の前のみちるに……
こつぜん 0 【▼忽然】
(ト/タル)[文]形動タリ
たちまちにおこるさま。にわかなさま。
「―と姿を消す」
(副)
にわかに。突然。こつねん。
「さう云ふ想像に耽る自分を、―意識した時、はつと驚いた/雁(鴎外)」
「…………ガフゥッ!!」
とけつ 0 【吐血】
(名)スル
上部の消化管から出血した血液を吐くこと。胃潰瘍・胃癌・十二指腸潰瘍・食道静脈瘤破裂などによることが多い。吐いた血液は普通、暗赤色を呈する。
「突然―して救急車で運ばれて行った」
→喀血 (かつけつ)
……閑話休題。
「ふぅ助かった」
一方逃亡に成功のみちる。一連のやり取りの間に体力もやや回復。小走りでディーとの場所から遠ざかっていた。
「オロの双子のわりには抜けた奴で助かった」
一応元は同じだったのだが……
「そう。みちるはオロと約束したんだから……オロもがんばってるんだろうから、みちるだってがんばらないといけないのだっ!
わざと大きめに声を張り上げ、己を鼓舞する。
……と。
スコーーーーーーン!
「にょぐわぅ!!?」
突如としてみちるの後頭部に衝撃が走った。
何やら硬いものが直撃。そのままもんどりうって地面に倒れる。
「にょわっ! にょっ! のおっ!!」
七転八倒。もだえ苦しむ。まるで陸に打ち上げられた鯉のようだ。
「な、なんだっ……!?」
と涙目に振り向いてみれば、そこにあるのは……
「……これは?」
中空に何やら紙に包まれた塊が浮かんでいた。淡い光を帯び、ちょうど走っていたみちるの頭の高さにふわふわと浮かんでいる。
「………?」
ほうけた表情のままみちるがゆっくりと手を伸ばすと、勝手に光は消え、モノはすぽんと手のひらに収まった。
「…………?」
さらにわけもわからぬまま、紙包みを開いていく。
「……機械?」
……中に入っていたのは見慣れぬ機械。
そしてついでに紙の裏に、殴り書きで一言。
『勝手に使え!』
【ディー 吐血。みちるに餞別として探知機を渡す】
【みちる 後頭部に多少のダメージ。逃亡成功。探知機ゲト】
【時間 四日目午後・川の下流】
【登場 みちる・【ディー】】
保守
「全く……もう少し楽しめると思ったのだけれど……」
超ダンジョンに超設定。マッチ? ミスマッチ? 石原麗子は歩きながら一人ごちた。
「これ以上ここにいても無意味かしら……あれ以来誰とも出会わないしね」
唯一本気を出せる場所。ここでならもっと面白い勝負が出来るのではないか、と思っていた麗子だが、成果は期待はずれだった。
「そろそろ放置プレイも200話近いし、まだ二日目だし……」
お願いですからそういう内の事情を愚痴らないで下さい。
「そろそろ四日目かしら……あら?」
視界の端に、ちらりと掠めた影。
緑の髪。一瞬先ほど捕まえたマルチの姿が重なるが、服装からすぐに違うと判断した。HM−12。メイドロボだ。
よく見ると複数いるらしい。そして、人間の気配が一つ。
「おそらく管理者、ね。別に面白くないけど……」
最低限、自分の出番を確保するために。
「ま、仕方ないわね」
麗子は、その方向に歩いていった。
「おや、石原麗子さん」
「あら……貴方は長瀬源之助さん、で良かったかしら?」
そこにいたのは長瀬源之助。
「いやいや、流石ですな」
「貴方こそ、ね。ところで、管理者がこんなところで何をしているのかしら?」
「見ての通りですよ。このダンジョンに仕掛けられた罠を解除している所です」
「源之助様。罠を発見いたしました。直ちに解除作業に移ります」
源之助が喋ると同時に、HMの無機質な声があたりに響く。
「管理者が、参加者の仕掛けた罠を? その辺はルール無用じゃなかったかしら?」
少し首をかしげ、麗子が訊く。
「ま、それはそれ。大人の事情というヤツです」
事情は結構大人気ないものだったりするのだが、人差し指を立て、茶目っ気たっぷりに源之助は笑った。麗子も薄く笑う。
「特にこの辺は罠が密集していましてね。作業がなかなか終わらないんですよ。もうそろそろだとは思うんですけどね」
麗子はぐるり、と辺りを見回す。確かに罠の残骸が多数転がっていた。
「ふふ、ということは、私も結構危なかった、って訳ね」
「貴女ほどの人が、罠にかかりますかね?」
「さあ、どうかしら」
二人で軽く笑う。
「それじゃあ、私は行くわね」
「ああ、ちょっと待ってください」
麗子は踵を返したが、それを源之助は呼び止めた。
「何?」
「ここを少し戻ったところに隠し通路があるのですが、そこで罠にかかった方が二人、倒れているんですよ。助けたいのは山々なんですが、管理者が無闇に介入するのもアレでしょう。
ですから、貴女が行って代わりに助けていただきたいのですが……」
源之助は、既に隠し通路で黒こげになっているティリアとサラを見つけていた。
「参加者の罠を解除するのも、立派な介入だと思うけど?」
麗子は気だるそうに溜め息をつく。
「まぁ、そう言わないで下さいよ。いくらギャグ体質になるからって、あのままじゃ可哀想ですし」
「……まぁ、いいわ。隠し通路に人二人ね。わかったわ」
麗子はもう一度溜め息をついた。
「あ、それとですね」
「まだあるの?」
「青髪に眼鏡の女の子が、このダンジョンにいるんです。リアンさんというんですが。宜しければその人も探してもらえないでしょうか?」
実は源之助、リアンを超ダンジョンに誘い込んだは良かったが、いつまで経っても進展が無い上、迷子になったらしいので、心配していたのだった。
「青髪に眼鏡、リアン、ね……わかったわ。引き受けましょう」
麗子がさらにもう一度深い溜め息をついた。
「ありがとうございます。宜しければゲーム終了後、何かお礼をさせてもらいましょうか?」
「考えておいてくれる?」
「分かりました」
今度こそ麗子は踵を返すと、もと来た方向へ歩き出した。
そして麗子の白衣が見えなくなった頃、
「源之助様。罠の解除が完了いたしました」
HMの地道な作業が終了した。
「そうですか、お疲れ様。これで全ての罠は解除できましたね。じゃあ、撤収しましょうか」
源之助は、一番近い魔法陣に向かっていった。
その頃。
リアンとエリアはどうなっていたかというと。
「おなか、すきましたね」
「そう、ですね」
「のど、かわきませんか?」
「かわき、ました」
「ところでえりあさん」
「はい、どうしましたりあんさん」
「わたしたち、どうしてここにいるんでしょう?」
「あれ? どうしてでしょう?」
「わたしたち、なにしようとしてたんでしたっけ?」
「なんでしたっけ?」
空腹、渇き、そして闇から来る精神的疲労によって、けっこうヤバかった。
【麗子 ティリア&サラの倒れている隠し通路へ 見つけたら保護】
【源之助 麗子に捜索のお礼をするかもしれない】
【ティリア サラ まだ黒こげ】
【リアン エリア 腹減った のど渇いた 結構ヤバい】
【超ダンジョン内の罠撤去完了 源之助撤収】
【超ダンジョン】
【四日目0時ごろ】
【登場:【石原麗子】【リアン】【エリア】【ティリア】【サラ】『長瀬源之助』】
最下層保守
310 :
名無しさんだよもん:04/01/29 20:39 ID:qe9NNeeN
保守
森の中を、ゴリラが歩いていた。
否、ゴリラのような風体の男が。
軍服で身を固めたその男の名は、醍醐。
通称『狂犬』。世界何処の軍からでも引く手あまたの凄腕傭兵……のはずである。
「ふぅむ、南ちゃん達の手料理は上手かったなぁ……」
普段は滲ましている殺気も覇気もなく、純朴な笑顔で言う醍醐。
南達と別れてからは、森をあてども無く歩いていたが、どうにもやる気が起きなかった。
腕利きの傭兵どころか、近所の気の良いおっちゃんといった感じの顔である。
「む、いかんいかん!こんなところをあのクソガキに見られたら、恥の上塗り……頭を冷やすか」
そうして、川を目指して歩いていた時、聞こえた。
走っている足音、2人。
瞬時にその方向を察知し、見遣る。
金色の照り返し。
「金髪……もしや、女ギツネか!?」
果たしてその通りであった。
足音が近付いてくるにつれ、当人も近付いてきて、判然とする。
『地獄の女ギツネ』リサ・ヴィクセン。
追われているということは、おそらく逃げ手なのだろう。
クソガキ…『無茶苦茶小僧』那須宗一に匹敵する体術を持ち、素早さだけなら彼を上回る、エージェント。
普通の人間がそのことを知ったなら、敵対する事を恐れるが、この鬼ごっこという状況、否、そんなことより、醍醐という人物は違う。
今までの純朴な笑顔が消え、野性味溢れる笑顔となり、醍醐の中の優秀な傭兵の魂が、目を覚ました。
鬼として、彼女を捕まえる事が最優先ミッションとして全身に伝達される。
森を一気に駆け抜け、川沿いに走る彼女の前に、到達する。
そして、高らかに言う。
「がっはっは!運が尽きたな、女ギツネ!遠慮なく捕まえさせてもらうぞ!」
「チッ、MADDOG…!」
「むっ、他の鬼か!」
膠着状態であったリサと蝉丸とのチェイスの転機であった。
【4日目昼過ぎ、川沿い(割と上流)】
【醍醐、リサの前に立ちはだかる。蝉丸はリサのやや後方】
【登場 【醍醐】リサ・ヴィクセン【坂神蝉丸】】
状況がよく分からなくなってきた。
保守
h
?
誰かと話す必要のない御堂がとっとと消えてしまったその後。
ジャンケンに関わることさえ許されなかった(当たり前だ)借金コンビは、激しく苦悩していた。
「ぐおぉ〜、結局金が無いぞ、住の字!」
「えぇい、ならば誰かから借りればよかろう、北の字!」
打開策は異様に速く決まった。
ハイテンションコンビのなせる技だ。
第1戦、VS相沢チーム
「相沢、俺、お前と親友だよな☆」
「……百歩譲ってそうだとして、それがなんだ?」
「金を貸してくれ。諭吉さん1人でいいから」
「俺はお前との縁をいつ切ろうかと思ってたんだ……さよならだな北川」
「おい薄情だなチクショウ!しかもいい笑顔しやがって!!…そうだ、川澄先輩、金貸してくださいよ」
「…………誰?」
祐一にさらりと友情を破棄された北川に、さらに追撃。
だが、こんなもんでへこたれる北川ではない!
「相沢とは親友でいさせて頂いている北川、と申すものです、川澄先輩におきましてはご機嫌麗しく……てあれ?いない」
「北の字、あれを見ろ」
住井の指差した方向には、郁未を中心にどうやって次の相手を探すかを話し合いつつ離れていく祐一チーム。
ちなみに、由依が持っていた唐辛子銃は、香里が北川を脅す時に使ったが、しっかりと返却済みであり、現在は祐一が持っている。
由依は舞にずるずると引き摺られていて、持てないからだ。
とにかく、北川&住井は祐一チームからの借金に失敗した!
第1戦、敗北。
「やっとまともに合流できたな、郁未」
「ごめんね、結局捕まえられなかった」
「いや、俺も足止めミスったのが悪いわけだし、そういうのを考えるのはやめて、とっとと逃げ手を捜そうぜ」
「そうね……舞さんも、またよろしくね。……ついでに、貧乳も」
「うん……また4人で組めて嬉しい」
「……また貧乳って言いますか…お金だって置いていってくれなかったし、郁未さん酷いです……ぐちぐち」
「く、次だ次。住の字、お前の知り合いはいないのか?」
「折原の奴はいないみたいだしな……残念ながら俺の知り合いはいない!!」
「使えねえっ!」
「なんだと!お前だってミスったから結局あいこだろ!」
「俺にはまだまだ知り合いがいるぜ!!な、久瀬様♪」
第2戦、VS久瀬チーム
「確か、相沢と同じクラスの北川君だったか……」
「はいっ!覚えていてくれたんですね!では、是非金を貸してください。このままじゃ俺やばいんです!」
「借金の申し入れとは突然だな……理由を言ってみたまえ」
「実は、かくかくしかじかで……」
「何!?窃盗したという弱みを握られて脅迫されているだって!?」
「そうなんすよ、俺も北川も困ってるんですよ。ってことで、金を貸すなりくれるなりしてくれません?」
「久瀬君、どう考えてもこの2人が悪いと思うけど……」
「ああ、月島さん、僕もそう思うよ。窃盗をしておいて、それの補償金を借りよう、ましてや貰おうだなんて、盗人猛々しいな!」
無銭飲食という窃盗とどこがちがうねん!という罪を犯したことは棚に上げる生徒会長ズ。
「この事実を明るみにして、君を退学にしてもいいんだぞ!それが嫌なら、ちゃんと働いて返したまえ!!」
「くぅっ!!」
相手が食い逃げ犯であることを知っていれば、どうにかなったかもしれない戦いであった。
しかし、由依がここにいない今、知る術などなかった!
第2戦、敗北。
「それにしても、オボロ君は起きないね、久瀬君」
「いや、怪我がすごい速さで治っているようだ……復活も近いと思う」
「彼無しでは、僕らは戦えないからね……」
「あぁ、あの卓越した運動能力は武器だ……オボロ君、早く目覚めてくれ……!」
「ええい、こうなったら、北の字!お前がホの字の女しかいないぞ!!」
「無理だろ……美坂の怖さは、お前だって知ってるだろうに……」
最終戦、VS美坂チーム
「美坂、実は……」
「話は聞いていたわ……けど、あたし達には手持ちが無いの」
「え…貸してくれる気だったのか?」
「ええ、北川君は大事なクラスメートだもの……だから、代わりにこれを持っていって。屋台で、換金してくれるかもしれないわ」
「おい、これって最終兵器だろ!?」
「美坂……これは……なんで、これを俺に?」
「もう、言わせないで……デリカシーの無い人ね」
香里は、僅かに瞳を潤ませ、顔を赤らめていた。
(マ、マジっすか!?)
(おい、北の字!脈ありっつうか、こりゃもう、彼女お前に惚れてるぜ!)
(み、美坂…そうだったのか……あの冷たい態度も、色々ボコボコにしてくれたのも、皆照れ隠しだったんだな…!!)
(えぇい、こんの幸せモンめぃ!)
(ははは、俺は今、最高の気分だぜぇ……!)
最終戦、不戦勝!!?
「香里さん、いくらなんでも、あれをあげるのはまずいんじゃないの?」
「惚れてる男のためだからって、香里らしくないよ」
「惚れてる?誰が?誰に?」
「香里が、あのアンテナに」
「ハッ、まさか!あんなの、演技に決まってるじゃない!」
吐いて捨てる香里。
「最終兵器ね、さっきのいざこざで完全に壊れちゃったのよ。大きな爆発音したでしょ?」
「あれは、あの兵器の音だったんですか……」
「さすがのセリオも、音源が近すぎてわからなかったのかしら?」
「ってことは、あれは…」
「鉄屑ね。重いから、押し付けたんだけど……屋台が回収業をやってなければ、粗大ゴミとしてむしろ1000円取られるわね」
「香里さん、容赦ないわね」
「この鬼ごっこ、早く決着するって決めてますから。障害は、まとめて排除するだけです」
障害、即ち、重い荷物と逃げ手を追うライバル。
金の亡者となっている北川たちは、それなりに危険だと判断していたのだ。
「味方としては、とても心強いわ。あなたと組めてよかった」
「その言葉、優勝したときにもう1度聞きたいですね」
「じゃ、香里、私達も行こう。…ま、アテは無いけど」
「それが辛いけど、しょうがないわね。お互い、気付いた事とか、思ったことがあったら言いましょ」
「了解しました」
「ん、わかった」
「ええ、頑張りましょう」
訂正―最終戦、おそらく惨敗。
「う〜ん、私はどうしよっかな〜。とりあえず茜を探したいけど、観鈴ちゃんも気になるし…誰かについて行こうかな〜」
【4日目昼過ぎ 森の中】
【北川&住井 最終兵器ゲットで北川は有頂天…ぶっ壊れてることにはまだ気付いていない】
【御堂、祐一チーム、香里チーム 別々の方向に歩き出す】
【詩子 行動を決めかねている。各鬼がどのような方向へ向かったかは知っている】
【久瀬&月島 オボロの復活待ち】
【登場人物【御堂】【北川潤】【住井護】【相沢祐一】【川澄舞】【天沢郁未】【名倉由依】【久瀬】【月島拓也】【オボロ】【美坂香里】【澤田真紀子】【太田香奈子】【セリオ】【柚木詩子】】
保守
326 :
名無しさんだよもん:04/02/17 02:01 ID:IO6k9rhh
age
干す
hosyu
どっから動かしたモンかな…
とか考えながら保守。
保守
表埋め完了。今の俺に出来るのはこれくらいだ。
更新完了。今の俺に出来るのはこれくらいだ。
保守
ほっ
し
ゆ
ほ
っ
士
族
の
愛
344 :
名無しさんだよもん:04/03/09 14:23 ID:gJ7hvNQV
憎
劇
ふと気づけば一ヶ月か…
ほ
し
ゅ
350 :
名無しさんだよもん:04/03/13 00:37 ID:PH14opNP
無常だ…
やっぱり潔癖厨はいらないな。
保守に終わりは来るのだろうか・・。
このまま未完で終わったら、設定だけにこだわり完結しないU−1SSと同類になってしまうな。
ほ
も
さ
い
え
ん
す
もう落としちゃえば?
実質終わったようなもんだろ
もうすぐ終わりそうなのに、何でこうなったんでしょうね?
……途中で脱落してしまった手前、今更書き手として戻る事は出来ん。
書いても、既に半リタイアしているチームを使った閑話休題的な話ぐらいしか書けないし…
皐月グループの話、読みたい!
既にネタが尽きてるってのもあるな……二番煎じはつまらんし。
そうか?
見てて面白いじゃん。
そりゃ活躍してる伽羅の儲だけ
>363
( ゚∀゚)人(゚∀゚ )ナカマー!
…まったり待つですよ。
>>367 とりあえず、Kanonキャラさえ活躍させてりゃ文句は少ない
「……?」
ソレに最初に気が付いたのは、トウカだった。
「…………」
押し黙ったまま、腰の刀に手を添える。
「トウカ?」
続いて浩平が、そんなトウカの様子に気が付いた。
「……どうした?」
「…………」
「何か、あるのか?」
訝しげな浩平だが、トウカは何も答えない。
「…………」
なおも押し黙ったままのトウカに、いい加減浩平がしびれを切らしかけた、その時、
がささっ! がおっ!
「!?」
「浩平っ!」
道の前方から、薮の揺れる音とセットのマヌケな声が聞こえた。
長森の叫びよりも早く音の元に視線を送る――――いた!
「見つけたぞ金髪ポニテ!」
「わ、わっ!」
顔に葉っぱと土をくっつけた状態の観鈴とピッタリ目が合う。
「……見つかったっ!?」
瞬間――観鈴は駆け出した。薮の中から転がり出て、道のド真ん中を、やや前方につんのめりながら。
観鈴ちんにしては妥当な判断だ。
が、浩平も黙ってそれを見送るほどお人よしではない。浩平には観鈴を見逃す義理も人情もなければ、慈悲の心もない。
「とっ捕まえる! 行くぞ長森! ゆかり! スフィー! トウカっ!」
「…………」
しかし浩平について走り出したのは3人。唯一トウカだけは先程の位置に佇んだまま、道の後ろのほうを睨みつけている。
「どうしたトウカ! 追いかけるぞ!」
「いや、先に行かれよ浩平殿! 某はここに残る!」
急かす浩平の言葉を、トウカは一喝する。
「なんだ!?」
「確証は無い、が、おそらく、追っ手が来る! 某は其奴を押し止める! その間に、浩平殿!」
正直、浩平には追っ手の気配など皆目わからない。音も何もしないし、喧しい本人等をのぞけば当たりは静寂そのものだ。
しかし相手は歴戦の勇士、エヴェンクルガのトウカ。その実力は浩平も重々承知している。
ここは彼女の言う通りに任せることにした。
「わかった! とっ捕まえたらまた戻ってくる! それまでここで待ってろよ!」
「承知!」
――この少し前。浩平たちから若干離れた場所。
「おお、宮内の!」
「あ、岩切サン! それに……まいかちゃん!」
「おねぃちゃん!」
――正確に言えば、詩子と観鈴が別れた場所。少し前まで壮絶な喧騒が支配していた場所。
そこで、岩切とその背中の幼女、道の向こう側から走ってきたレミィは再開した。
「獲物は!?」
余計な口上は挟まず、用件だけを端的すぎるほどに吐き捨てる。
「途中ですれ違ったヨ!」
「そっちか!」
睨み付けるのはレミィが駆け下りてきた山道。
「Non! ケド、一人だけ! さっきスゴイ音がしたから、たぶんもうダメ!」
「ならば!」
二人の視線が揃ってもう一つの森の中の獣道に向けられる。
「あっちか!」
「ところでDは!?」
「死にかけだが元気だ! あっちで寝ている!」
叫びながら自分の後ろをクイッと指差す。
「あたりは血の海だからすぐ見つかる! せいぜい優しげに看病してやれ!」
「Ya!」
「とゆーわけで、またあとでねっ!」
最後の締めはまいかが吐き、二人と一人はその場にすれ違い、各々の目指す先へと駆けて行った。
「……来たか!」
場面は戻って待ち伏せトウカ。
彼女の目線の先には、道の向こう側から鬼気迫る表情で迫ってくる岩切とその背中のオマケ。
勘は当たった。ここで止めねば、確実に浩平の観鈴ゲット計画が非常に困難になるだろう。
腰の刀をスラリと抜き放つと、トウカは高らかに叫んだ。
「某の名はエヴェンクルガのトウカ! ここから先は通さん! いざ尋常に勝――――ブッ!!?」
名乗り終えないうちに、トウカの鼻っ面に岩切の足の裏が突き刺さっていた。
そのままひっくり返るトウカ。一方岩切はその直後に綺麗に着地すると、何事もなかったかのように先を急ぎ……
「待て! 待て! 待てぃ! 待て待て待て待て待て待て待てぃ!!!!」
慌ててトウカは起き上がると、岩切の直前に立ちふさがる。
「ふ、不意打ちとは卑怯な! 貴殿も戦士の端くれな――――なっ!?」
が、またしても言葉は途中で遮られた。岩切は、今度は無言のままにその手に握った剣を振り下ろしてきたのだ。
「なっ!? くっ、このっ……卑怯者めがっ!!」
純粋な剣術ならばトウカに分がある。
多少は面食らったものの二度三度と切り返しを受け止めるうちに体勢も整え、情勢は次第にトウカが押す形となっていた。
「許さん! そのねじくれ曲がった性根、某が叩きなおしてくれるわ!」
裂帛の気合と共に、トウカが最後のラッシュを仕掛ける。しかし岩切は、そんなトウカの一撃目を受け止めた瞬間。
ぱっ。
と両手を開いた。
当然のごとくDの剣は空中に踊り、緩やかな放物線を描くと二人の脇の地面に突き刺さる。
「!?」
刹那、トウカの動きが止まった。
止まった。
さらに一瞬。
「――――がッ!?」
うめき声すら漏らさず、トウカが膝をついた。
水月を押さえながら、その場に蹲る。
それを見下ろす岩切、ポツリと漏らした。
「――すまんな」
地面に突き刺さる剣を抜くと、鞘に収める。
「お前は武士。闘うのが仕事だ。だが――――と、幼女。もういいぞ。目を開け」
「……ふう」
岩切の声に従い、それまで背中でぎゅっと固まっていたまいかが目を開く。と同時に、身体の緊張も解けた。
「……かったの?」
「まぁな。少々卑怯な手段ではあったが」
「……ひきょう?」
「……いや、私は兵士。勝つのが仕事。それだけだったな。それより、先を急ぐぞ。
足止めがいたということは、やはりこの先に獲物がいるということだ。急げばまだ間に合うやも――――ッッッ!!?」
言い終わらぬうちに、岩切の背筋にゾクリとした感触が走った。
すぐさまその場を後ろに一歩下がる。
「……いわきりのおねぃちゃん!? いまの……」
「お前も感じたか……間違いない。誰かの間合いに入った――――だが、これは――――!」
付近を、岩切のそれだけで人を殺せそうな程鋭い緊張感が包む。
パン パン パン
……しかし、そんな研ぎ澄まされた空気はまるで無視。聞こえてきたのは、呑気な拍手の音だけだった。
「いやはや、さすがは花枝殿。見事な手並みであった」
続いて森の奥より、これまたやはり呑気な、言葉どおり心底の感心だけを込めた言葉が聞こえてくる。
「己の得物を十分に相手に印象付けたところで自ずからそれを手放し、強制的に隙をこじ開け、明確な戦闘能力の差を埋め合わせる。某も感服いたしました」
だが、岩切はその声を聞くといっそう殺気を強めた。
「……まさか、また貴様と会うことになるとはな……」
「……このっ、この声は……もしや……」
再度剣を構えた岩切と、蹲ったまま依然動けないトウカ。二人が同時にその声に反応を示す。
「……ゲンジマル!」
「ゲンジマル殿!」
「然様」
ガサリガサリと薮を掻き分け、一向の目の前に現れたのは、エヴェンクルガ稀代の英雄ゲンジマル。
「ウンケイの娘が闘っているから何事かと思えば……まさか相手が花枝殿、貴殿だったとは」
「……フン、どこかで見た耳かと思ったがそうか、ゲンジマル。お前と同族だったか……!」
剣を正眼に構え、切っ先をゲンジマルへと向ける。
「……で、お前はどうするつもりだ? 同族の仇を討つか?」
「フム、それも悪くはありませんな。が、ウンケイの娘が貴殿に負けたのは実力の上でのこと。
卑怯でもなんでもなく花枝殿、貴殿の作戦が見事だっただけのこと。某があれこれを口や手を挟むことではありませぬ。ウンケイの娘よ、そうだな?」
言いながら、ゲンジマルの目線がトウカの目を射抜く。
「クッ……某、と、したことが……不覚、で、ありました……」
「その通りだウンケイの娘よ。皆が皆お前の武士道に付き合ってくれる道理も保証もどこにもない。戦場で相手が礼を守らなかったというのは、なんの言い訳にもならぬ」
続いて岩切に向き直り、
「ということで、別段某としても仇を討つ云々のつもりはありませぬ。その点は花枝殿、ご容赦を」
「フン、ならばありがたい。私は先を急ぐのだ。ゲンジマル、見逃して――――」
「ですが……」
だがゲンジマルは刀の柄に手を置いた。瞬間、岩切とは比べ物にならぬほどの圧倒的な闘気が、空間を支配する。
「――――もらえそうにないな」
フッ、と岩切の唇が綻んだ。見様によっては嘲笑にも取れるその笑い。ただし対象は――――自分。
「貴殿には借りがありますからな――――それを返さずして貴殿を見逃せるほどこのゲンジマル、人は出来ておりませぬ!」
「そうだろうなゲンジマル。だが私とて約束があるのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。押し通らせてもらう。……幼女、降りろ」
構えは解かぬまま、背中のまいかにツッケンドンに告げた。
「え?」
「邪魔だ。その上少々危険なことになるかもしれん。離れて見ていろ」
「う、うん……」
幼女もこれには素直に頷き、最後にばしゃっと岩切の頭に水を被せるとすたっと地面に降り立ち、とてとてと近くの木陰へと避難し、ちょっと考えた後、再度岩切に近づき、脇に倒れているトウカの腕をずるずると引っ張り、改めて木陰に隠れた。
「面目ない……」
「さて、準備は整ったぞゲンジマル。私はいつでもいい」
「何から何まで痛み入る花枝殿。ではそろそろ始めるとしましょうか」
「…………」
「…………」
肌に刺さるほどの沈黙。そして緊張感。
「……ふむ、いざ太刀会うとなるとタイミングが取り辛いものだな」
「……同意ですな。某も今まで幾度となく闘いはくぐって参りましたが、何度経験してもこの瞬間は緊張しまする」
「……だが」
「この瞬間こそが」
「もっとも血沸き」
「肉踊る」
「楽しい」
「楽しい」
「楽しいぞこれは」
「然様、そして……」
『勝ってこそ、その悦びも至上のものとなる……』
再び沈黙が場を支配する。
今度はどちらも口を開かず、ひたすらにその瞬間を待つ。待ち続ける。
午後の暑い太陽が照りつける。
二人の戦士。武士と兵士。
不気味なほどの静けさ。
身を切るほどの沈黙。
息が詰まるほどの覇気。
どこかで鳥が飛んだ。
トウカは、木の幹を背に、己の胸の中にキュッと幼女を抱きしめた。
一陣の風が吹く。
近くの木立が揺れた。
枯葉がハラリと――――――――――――
落ちた。
【岩切・ゲンジマル 再戦】
【トウカ・しのまい 観戦】
【浩平・ゆかり・長森・すひ 待てーーーー!】
【観鈴 待てと言われて待つ人はいないーー!】
【レミィ Dのもとへ】
【D 死にかけだが元気らしい】
【登場 神尾観鈴・【折原浩平】【長森瑞佳】【伏見ゆかり】【スフィー】【岩切花枝】【しのまいか】【宮内レミィ】【ゲンジマル】】
木々の緑がついに切れ、晴れ晴れとした青空が頭上に広がる。昨日の雨が嘘のような、雲一つ無い晴天だった。足元のアスファルトは、ところどころ濡れて色が濃くなっている。
アスファルトに出来た水溜りが陽の光を跳ね返してキラキラ煌く。市街地ならではの雨上がりの光景だった。それはそれで、風情があるのかもしれない。虹が出ていれば完璧だったのだが。
だが、少女――柏木楓にそれらを顧みる余裕は無かった。少しでも気を抜けば、後ろから追って来る鬼たちにあっという間に捕まってしまう。それだけは避けなければいけなかった。
靴底に付いた泥が、アスファルトに擦れてキュッという嫌な音を立てる。それを聞き流しながら、楓はどう逃げるかを頭の中でシミュレートしていた。
――まず、大通りは絶対に避けなければいけない。左右に広い道は無駄にスペースを作るだけでなく、遮蔽物が無いため、
上空から追って来る二人の鬼――神奈とウルトリィに捕まる危険性が増大する。適度に狭く、かつ遮蔽物の多い場所が一番いい。森に戻ることが出来ればいいのだが、それを許してくれるほど後ろの鬼は甘くは無いだろう。
この市街地にそんな都合のいい場所があるだろうか。
と、そこまで考えた時だった。楓の目にある物が止まった。
それは、商店街の入り口のアーチ。
(あそこなら……)
商店街ならいろいろな店がある。大体にして商店街と言うのは脇道が幾つかあるものだから、森ほどではないにしても複雑だ。それに上手い具合に屋根がついている。上空の鬼の飛行制限になるのではないか、と考える。
楓はそう結論付けると、商店街に進路を変えた。
商店街のアーチをくぐる。まだ真新しい商店街の屋根が光を遮り、心持暗くなったような気がする。
ウルトリィは、楓を上空から追いかけつつも、内心歯噛みしていた。
「くっ……彼奴め、こんな所に入るとは……飛ぶには狭いぞ……」
神奈が一人ごちる。ウルトリィはそれを聞きつけて、心の中で同意する。
(確かに狭い……このままではまずい)
商店街の屋根は、せいぜい三階建ての建物程度の高さしかない。しかも道幅がそれほどある訳でもなく、神奈とウルトリィが並んで翼を広げたら、それで一杯になってしまう程度だった。
お互いの翼が邪魔になって、心理的にも物理的にも飛び辛い。プレッシャーがかかる。
ウルトリィの仲間は、今楓を追いかけている先行組の中にはいない(アルルゥとユズハは微妙な所だが)。往人も、大志も、瑞希も、かなり後ろの方に引き離されている。
一人先行して逃げ手を捕まえる。その大任を任されているのに、このままでは何の役にも立たないまま終わってしまう。それでは三人に申し訳が立たない。
(こうなれば……もう低空飛行で追うしかない……)
大空から急襲して捕まえる、それが無理なら、先行組の中に入って共に追うしかない。ウルトリィはそう決心すると、楓たちを見下ろして高度を下げようとした、その時だった。
楓が、急にくるりと身を捻って一回転したのだった。まるで何かをかわすかのように、軸足を中心にくるりと回って、再び逃げ始めた。その直後、追いかけていた先行組の先頭にいた葉子が何かにぶつかったかのように弾かれた。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
それに気がついた神奈が声をあげる。さらにすぐ横を走っていた光岡悟も何かにぶつかったようだった。少しよろめくが、再び走り出す。葉子もすぐに体勢を立て直して元の速度に戻る。そしてアルルゥとユズハを乗せたムックルから、どん、という鈍い音が聞こえた。
が、それが何かを考える暇も無く楓は逃げ続け、先行組は追い続ける。ウルトリィはそれを無視することにして、再び高度を下げて楓を追い始めた。
楓は商店街に入って、すぐに嫌な予感に襲われた。
楓の勘は鋭い。よく「楓の勘は当たるからなあ」とよく言われる。その勘が何かをとらえた。
気配がした。とても薄い微弱な気配だったが、それは間違いなく楓を狙っていた。気配が襲ってくる。伸ばされた手が見えたような気がした。
(くっ……!)
身体を無理矢理捻ってかわす。勢いを殺さないようにそのまま軸足を使って回転する。上手くやり過ごせたようで、そのまま逃走を再開する。
後ろから鈍い音が聞こえたような気がしたが、気にせず逃げる事に集中した。
鹿沼葉子は楓のその動きをしっかり捉えていた。
(どうしたのかは知りませんが、チャンスです!)
逃走の途中で回転運動などという無駄な動き。一瞬楓の速度が落ちる。その一瞬を逃さないように葉子は速度を上げる。間を詰めようとしたその瞬間。
何かに思い切りぶつかった。
「きゃあ!?」
「葉子殿!?」
神奈の声が聞こえる。体勢が崩れる。思わず転びそうになるがなんとかこらえる。
「!?」
隣を走っていた光岡が顔を顰める。が、何事も無かったように走り続け、葉子の前に出る。
(しまった!)
急いで体勢を立て直し、光岡の横に再び並んだ。
光岡の向こうを走っていた虎から、どん、という音が聞こえたような気がしたが、気にせず追跡を再開した。
「ぜぇ、ぜぇ……あいつら滅茶苦茶だな……」
「き、きついわ……」
「むぅ……同志ウルトリィは大丈夫か……?」
国崎往人、高瀬瑞希、九品仏大志が商店街に到着する。もはや足がふらついて走るのもままならない状態だが、このまま休んで見失ってしまってはいけない。ゆっくりとウルトリィ達を追いかける。
「……?」
瑞希が何かに気付いて横を向く。
「どうした高瀬……ぜぇぜぇ」
「……ううん、何でもない……」
「そうか……なら追うぞ……」
「……人が、壁に埋まってたような……」
ぽつりと瑞希が呟く。
「……むぅ、そんな演出まで用意してあるのか……?」
「んなアホな……」
大志のボケに往人が辛そうに突っ込む。
「どうでもいいからさっさと追うぞ……ぜぇ、ぜぇ……」
「……そう、ね……」
「……そう、だな……」
「どうすればいいんだ……」
幽霊のように小さな声が商店街に消えていく。
その発生源は、楓達が通った後の店の壁から。
その声の主は。
一昔前のギャグ漫画のように、壁に張り付いて埋まっていた。
「どうすればいいんだ……」
ビル・オークランドは壁に埋まったままポツリと呟いた。
商店街で相変わらず背景していたビルは、遠目に逃げてくる楓を発見した。あの勢いでいきなり飛びつかれては気付かないだろうと踏んで、目の前を行くタイミングを見計らって手を伸ばして駆け寄った。
だが、楓はひらりと身をかわし。
その一瞬後、後ろから追ってきた鬼の集団にぶつかった。
というか、轢かれた。
常人ではありえないその速度にビルは弾き飛ばされ、最後にぶつかった虎に吹っ飛ばされて、壁に埋まってしまったという顛末だ。
そして。
「ま、待ってくれぇ〜……」
後ろから情けない声が聞こえてくる。
へろへろのA棟巡回員の声。ゆっくり、ゆっくりと通り過ぎていく。ビルに全く気がつかない。そして行ってしまった。
ぱぱぱら、ぱっぱっぱー♪
どこかで聞いたことのあるファンファーレと共に、
びるは、レベルがあがった! はいけい「かべにうまっているひと」になった!
背景としてのレベルが一個上がったとさ。
「どうすればいいんだ……」
【楓 逃げ続ける 舞台は商店街】
【葉子 光岡 アルルゥ&ユズハ&ムックル&ガチャタラ 楓を追い続ける 先行組】
【神奈 ウルトリィ 低空飛行で楓を追うことにする】
【往人 大志 瑞希 かなり疲れている なんとかついていく】
【A棟巡回員 へろへろ なんとかついていく】
【ビル 背景としてレベルアップ 「壁に埋まっている人」】
【登場逃げ手:柏木楓】
【登場鬼:【鹿沼葉子】【光岡悟】【アルルゥ】【ユズハ】【ウルトリィ】【神奈備命】【国崎往人】【九品仏大志】【高瀬瑞希】【A棟巡回員】【ビル・オークランド】】
【登場動物:『ムックル』『ガチャタラ』】
>>369 今はkanonキャラのごく一部しか動いてないじゃん。
お前みたいな祐一厨と舞厨以外では
満足できないよ
住人のほとんどがKanon信者なんだからそれで (・∀・)イイ!!
少数意見なんて聞いてたらそれこそキリがないって。
アホな言い合いしてるうちに新作が二つも入ってるじゃないか
ビルよかったな出番があって
>>363 >>368 もちろん無理強いはできないけど、
>既に半リタイアしているチームを使った閑話休題的な話
は個人的には書いてほしいな。もう終わりは近い。
今まで出番に恵まれなかったキャラの救済という意味でも。
気が向いたんならぜひ…。
歩
飛
金
角
馬
香
銀
桂
ポーン
ルーク
キング
ナイト
ビショップ
………ありません
フラック
マイルフィック
ライカーガス
メジャーダイミョー
グレーターデーモン
保守。ついでにこんなものを貼ってみる。
husianasanの一種かもしれんが。試した香具師もいるがネタにしか見えん。
1 ひろゆき@どうやら管理人 ★ 03/01/16 22:40
ハンマー投げ機能を搭載しました。
名前欄にmurofusianasanといれて書き込むと、
【25m】【40m】などに変換されますです。。。
407 :
最下層民:04/03/30 00:27 ID:vYGwZ21Y
最下層
408 :
名無しさんだよもん:04/03/30 00:28 ID:O6fJg+Sd
Σ(;´Д`)
いっそのこと落とす?まだ書いてくれてる人はいるのかな?
マータリ行こうじゃないか。
自分に対して宣言! 今週の土日に一話書く!
乗った、俺も必ず土日に一つ書く。
咽喉が渇く。焼けるよう。
呼吸が荒い。酸素が足りない。
足が震える。痙攣しかけている。
数時間のチェイスを経て、リサ・ヴィクセンの体力は限界に達しようとしていた。
無論、蝉丸とのチェイスが始まってから、ずっと走りっぱなしだったわけではない。
短時間ならば、蝉丸の隙をつき、その目を逃れて物陰に隠れて休む機会もあった。
だが、その度に蝉丸は辛抱強く探索を続け、必ずリサを見つけ出した。
―――先ほどもそうだ。
リサは歯噛みしながら思い出した。
唐突に現れたMADDOG、醍醐の存在はリサにとってはむしろ幸運だった。
蝉丸と醍醐、二人の鬼は互いに妨害をし、足を引っ張り合って、
その隙をついてリサは集落に逃げ込むことができたのだから。
だが、それも時間稼ぎにすぎなかった。蝉丸と醍醐はやはり慎重に、集落の家を一件、一件調べ、
結局そのプレッシャーに耐え切れず、リサは隠れ家から飛び出してしまった。
そして、依然チェイスは続いている。
強化兵の蝉丸と、途中参加の醍醐はまだまだ体力に余裕があるようだ。
「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」
互いにそう罵声を浴びせ、互いに邪魔しあいながら、リサを追跡する余裕があるのだから。
だが、それでも自分を再度見失うほどに、足を引っ張りあうということはもう無いだろう、とリサは思った。
二度も同じ失敗を犯すような男達ではない。
(なんだ……それじゃ、もう私が捕まるのは決定?)
互いに邪魔しあうことで、勝負が長引くだろう。だが、見失うということが無い以上、
遠からず自分は必ずつかまってしまうわけだ。
(それじゃ、こうやって走るのも無駄な努力ね……)
―――そんなふうに考えてしまうほどに、リサは疲れ果てていた。
(心が折れているようだな)
醍醐の足払いをかわしながら、蝉丸は目の前を走る女性を観察した。
後ろにいるのだから、その表情までは分からない。
しかし、それでも分かることはある。
あの走りからは、絶対に逃げ切ってやるという意志や覇気が欠けている。
(そうなると、やはり一番の厄介はこいつか)
蝉丸はチラリと横目で先ほど現れたライバルをにらんだ。
蝉丸とて、ある程度は疲れている。対してこの乱入者はまだまだ体力も十分。
太った体躯に似合わずその動きも俊敏で、追跡に関する知識も豊富なようだ。
油断ならぬ相手である。
だが、冗談ではない、と蝉丸は思う。
ここまで追跡に努力してきたところで獲物を掻っ攫われぬかもしれぬと思うと、
おおむね淡白な彼でさえ腹が立つ。
「ここまで来て獲物を横取りされるわけにはいかん!」
その苛立ちからか、蝉丸にしては珍しく声を荒げる。
「女狐程度に勝負を長引かせているのが、無能の証拠よ!!」
醍醐はそれに、ニヤリと笑って言葉を返す。
(ち……そうかもしれんな)
慎重すぎたかもしれん。蝉丸はそう思った。御堂のような強引さが自分にあれば、勝負は既に決まっていたかもしれない……
(ならば、勝負を決めるか!)
スっと目を細める蝉丸。
だが、まるでその気を外す様にして、甲高く幼い少女の叫び声が、蝉丸の耳に突き刺さった。
昼下がり、駅舎は大人数でひしめいていた。
七瀬、佐祐理、清(略、垣本、矢島、べナウィ、美汐、琴音、葵、瑠璃子、そして真琴のしめて11人。
駅舎の外にいるシシェを入れれば、11人と1匹か。
茜と澪は、シャワーと着替え、それから食事を終えた後、既に暇を告げて立ち去っていた。
なんでも詩子という仲間を探したいらしい。
同行しようか迷うべナウィに二人はどこか謎めいた笑いを見せると、
『いえ、シシェさんもお疲れでしょうし、休ませた方がよいでしょう』
『うんうん、シシェさんに蹴られたくないの』
と告げて(書いて)、今までお世話になりました、と頭を下げていた。
べナウィは困惑していたが、何か思い当たることがあったのか微妙に赤らんで、
『分かりました。あなた方にもよい縁を』
と答えていた。
そのべナウィはというと、今は湯飲みを片手に、美汐と和やかに談笑している。
「粗茶ですいません……」
「いえ、おいしいですよ。すばらしいお手並みです」
そんな会話が聞こえてきて、
(お茶なんてさっきから何杯も飲んでいるじゃないよぅ)
と、真琴はなかば呆れ、なかばすねた感じでつぶやいた。
どうも、この二人。何があったか知らないがなかなか他の人が入りにくい雰囲気を作っている。
武術の事でべナウィと話したいことがあるのか、葵がなんとかその空気に入ろうと頑張っていたが、
基本的に遠慮がちな彼女の事、結局失敗して横目でチラチラ二人の事を見ながらお茶を飲み、
琴音がポンポンとなぐさめるようにその肩を叩いていた。
真琴はため息をついて、駅舎のほかの人達を見回した。
他の連中もおおむねマッタリモードだ。清(略などは、
「ええい! まだ戦いは終わってはおらぬぞ! 出番を! もっと活躍を!!」
などと叫んでいるが、
「いや……いい加減俺は限界なんだが……いてて! 姉さんもっと優しく!
つーか、なんで俺の手当てを姉さんがやってるんですかい?」
と、矢島が答え、彼の手当てをしている七瀬は憮然とした表情で、
「何言ってるのよ! あんたが頼んだんじゃない!」
と文句をいう。
「あー……そうでしたっけぇ?」
とぼける矢島に、どこか優しく佐祐理が微笑んだ。
「あはは〜 矢島さん、昨日、七瀬さんが垣本さんをお手当てしていたのが、うらやましそうでしたね〜」
「え……そうなの? 矢島」
「は!! んなわけねー!! ただ、佐祐理さんの手を煩わせるのも悪いかな、と思っただけっすよ!」
「はいはい。私の手を煩わせるのはOKなわけね。ほら、その汚い顔、そっちに向けて!」
そう言って消毒を続ける七瀬の手つきは、口とは裏腹にどこか優しかった。
……ちなみに、垣本はというと部屋の隅でしゃがんだままエヘラエヘラと笑っていた。
「佐祐理さんの胸が……俺の顔に……」
たまにそう呟く垣本はおおむね幸せそうに見えたので、みんなそのまま放置していた。
(あうーっ……あそこもなんか春みたい……)
春が来てずっと春だとやっぱり困るんだなぁ、と真琴はぼんやり思った。
かくいう真琴も、今から出て行って逃げ手を捕まえるほど気力があるかというと微妙である。
まあ、なんだかんだいって一人は自力で捕まえたのだ。それなりに満足もしている。
ただ、このままのんびりまったりお茶するのには、彼女はちょっと元気すぎた。
(散歩でも行こうかな。美汐なんかほっといて)
そう思い、窓から空をぼーっと眺めている瑠璃子を誘おうと、声をかけようとして、
それよりちょっと早く佐祐理が声をかけた。
「あ、瑠璃子さん。ひょっとしたらって思ってたんですけど、お兄さんいらっしゃいませんか?」
「うん……いるけど……佐祐理ちゃん、お兄ちゃんに会ったの?」
「やっぱりそうだったんですね〜 はい、昨夜お会いしました」
その言葉に、顔をゆがめて瑠璃子が尋ねた。
「佐祐理ちゃん、お兄ちゃんにひどいことされなかった……?」
佐祐理は笑って手を振った。
「あはは〜 そんなことないですよ。よくしてもらいました。実はですね―――」
真琴は瑠璃子を誘うことを諦めて、昨夜の事を話す佐祐理の声を聞き流しながら、駅舎から外に出た。
「ん〜……! いい天気〜!」
青空の下、歩きながら伸びをする。
天候は良好。気温も温暖。お昼寝には持って来いの環境だ。
やっぱり雪が降る季節より、こういう方が好きだと思う。
「今も逃げてる人っているのかなぁ?」
こういうマッタリとした天気の下で、今も必死に逃げてる人たちがいるのだろうか?
ゲームがまだ終わっていないのだからいるはずなのだが、どうもそれが遠い世界の話に思えてしまう。
真琴は今まで会って、別れてきた逃げ手の人達のことを思い出した。
ひかりさん。秋子さんに似たあのおっとりした大人の人は、今も逃げ続けているのだろうか?
おっとしとした外見とは裏腹に、なんとなくしぶとそうなイメージはある。
教会で別れてしまった人たちはどうだろう。琴音が元々いたチームである、詠美に由宇にサクヤ。
彼女達が凸凹コンビをひきつけてくれたからこそ、真琴達は無事に教会から逃げ出すことが出来たのだ。
あの後捕まってしまったのだろうか。それとも、まだ鬼にならずに粘っているかもしれない。
それからリサ。自分達が助けてあげた人。出会って別れたのはすぐだったけど、
真琴から見てもすごく格好いい人で、印象に残った。
あの人の事を思い出すと、なぜか狐の事を連想してしまう。真琴とは違う、もっと鋭くてしなやかなイメージの……
「って……あれって、リサ!?」
真琴は驚きの声を上げた。
見上げた山の、木々の合間に見える道を駆ける三人の姿。
そのうちの一人、逃げている女性の姿は、間違いなく昨日あったリサのものだ。
遠目からだが、分かる。襷はかけていない。まだ逃げ手なのだ。
「あ、あ、あう……!」
ここからは大分遠い。いっしょになって追いかけるなんてできそうもない。
というか、真琴がまごつくうちにも、彼らの姿は山林の中へ消えていきそうだ。
だから、ほとんど何も考えずに、真琴は叫んだ。
彼女の小さな体に許されるだけの、力いっぱい大きな声で。
「リサーーーー!! ガンバレーーーー!! そんなやつらに負けちゃダメだよーーーーっ!!」
だが、その声になんの反応をすることなく、リサの姿は視界から消えた。
「あうー……聞こえなかったみたい……」
がっかりする真琴。だが、背後からの声がそれを否定した。
「そんなことないよ。きっと届いたよ」
「あれ? 瑠璃子?」
ふりむくと、そこには瑠璃子の姿があった。佐祐理の話のせいだろうか。
その顔に浮かぶ微笑には影がなく、本当に嬉しそうだ。
「真琴ちゃんの思い、きっと届いたよ」
青空の下、腕を広げて風を受け、華やいだ声で瑠璃子は言う。
「こんないい天気だから、どんな思いだってきっと届くよ。
―――今、私にも一つの思いが届いたから」
「……うん! そうだよね! きっと届いたよね!」
真琴も笑うと、リサの消えた方へ思いっきり手を振った。
突如聞こえてきた少女の叫び声に気合をそがれ、蝉丸は舌打ちをしながら、
走りながら声のした方をチラリと見た。
目に入ったのは、大分遠いところに見える駅のような施設。
それから、こちらに向かって叫ぶ小柄な少女の声だ。
鬼のようだが、こちらにわってはいるつもりはないらしい。
というより、今にも木に邪魔されて視界から消えそうだった。
「……!?」
視線をリサの方へ戻して、蝉丸は軽く驚く。
思った以上に距離が離されていたのだ。そしてなにより―――
(走りから諦めが消えただと……?)
蝉丸は口の中で再度、舌打ちをした。
ほんのわずかだけど、それでも確かに戻ってきた力に押されて、リサは走る。
姿を見ることは出来なかった。合図を返すことも出来なかった。
それでも、あの声が誰のものかリサには分かった。
子狐を思わせる、あの子だ。
雨に凍え、震えたときに出会ったあの暖かさがよみがえる。
(フフ……私にもそういうの、あったわね)
基本的に単独行動で、そのことに後悔はないけれど、ずっと一人だったリサにもそういう縁があったのだ。
それはほんの束の間で、他愛も無いことかもしれないけれど―――
(OK……やってやるわ)
策はもう思いつかない。そんな余裕は無い。
汗と泥にまみれて、きっと顔はぐちゃぐちゃ。
CoolもBeautyも今は返上だ。
ただ、走る。ただ、足を動かす。
数十分後か、数分後か、数秒後か。
それは分からないけど、つかまってしまうその瞬間までは―――
(精一杯、走ってやるわ。覚悟してね。お二人さん!)
その顔には、彼女らしい不敵な笑みが戻っていた。
【4日目午後 駅舎及び、山道】
【茜、澪は詩子を探して、駅舎から旅立つ】
【登場 リサ・ヴィクセン】
【登場鬼 【醍醐】【坂神蝉丸】【七瀬留美】【清水なつき】【倉田佐祐理】【垣本】【矢島】
【沢渡真琴】【月島瑠璃子】【松原葵】【姫川琴音】【天野美汐】【ベナウィ】【里村茜】【上月澪】『シシェ』】
おつ。久しぶりの新作楽しかった。さんくす
伏線の消化やサルベージが上手いし、これだけの人数を書き分けているのも好印象。
台詞の有無でめりはりをついているし、団欒の雰囲気も良いねぇ。
蝉丸の「ち」って舌打ちは違和感が先に立つけど、あえてらしくない台詞で焦りや苛立ちを表現したとも思える。
サルベージ及び転機の話として楽しく読めました、GJ。
そういや真琴とリサ序盤で会ってたよな
序盤っていうか、劇中では三日目の午前中だな。
いや、序盤かもしれないがw 三日目長かったしなぁ。
月島はいい感じに救われたっぽいな。どうなることかと恐れていた時期が懐かしいといえば懐かしい。
「すばるさんは大丈夫でしょうか?」
夕霧が心配そうに呟いた。
すばるを探し始めてもう5時間はたっただろうか?
その間に、まだ顔を出したばかりだった太陽は中天に差し掛かり、いまだ残っている水たまりをその光で照らしている。
しかしいまだ探し人の姿は見つからなかった。
その事が不安なのかこころもち夕霧の眼鏡も曇っている。
「まあ心配ないであろう。この島にはどうやらそれほど危険な生物は放たれてない様であるしな」
すぐ右側で夕霧の心配を解きほぐす様にやさしく微笑みかけるのが危険な生物トップランカーの一匹、ダリエリ。
その眼光のみで大熊を撃退することすら可能な夕霧LOVE♪ のお茶目な数百歳だ。
「しかし、これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね。どうしましょうか?」
もう一人の連れである高子。
参加人数と島の広さ、そしてすばると分かれた時間から考えて残り時間の間にすばるを見つけることは不可能に近いと思ったのだろう。
そしてその判断は正しい。
「ふむ、そうだな」
腕を組み、これからについて考える。
このパーティーでは暗黙の内にダリエリがリーダーということになっていた。
やはり唯一の男手であるし、何よりエルクゥの長としての経験も豊富だ。多少自分の趣味を優先しすぎるという難点はあるものの、まあこのメンバー中では一番の適役であろう。
「さて、どうするか……」
「あれ?」
その時夕霧は、ダリエリの肩が小刻みに揺れていることに気がついた。
よく見ると足を微妙にゆすっていて、どこが落ち着きがない。そわそわしている。
「何か気になる事でもあるんですか、ダリエリさん?」
「うん? あ、いや、なんでもない。これからのことを考えていただけだ」
「あ、そうですか」
納得の意を示す。
(……まあ、伝えてどうなるものでもないからな)
実は、ダリエリには物凄く気になっていることがあった。
というよりうずうずしてると言おうか。
できるだけ表面には出さないようにしていたつもりだが、どうやら失敗したようだ。
(できれば、参加したかったが)
先程から感じている、少し離れた場所の二つの巨大な力。
そして始まった力同士の交錯。
片方は紛れもなく……
(次郎衛門……いやいっちゃん、流石だな)
最強のエルクゥであるはずの自分が怖気を覚えるほどの力。
あらためて友の凄まじさを知る。
しかも、どうやらもう一つ感じられる力は、それすら凌いでいるようだ。
まさに極限の闘い。体に歓喜の震えが走る。
かの二人はどれほどの闘いを行っているのであろうか? どれ程の力を見せてくれるのであろうか?
バトルマニアの血が騒ぐ。
(しかし……)
少し目線を横に向ける。
「どうかしましたか?」
そこには今生の天使がいた。
全てを捨てても守ると決めた、眼鏡の妖精。
(夕霧嬢のそばを離れるわけにはいかぬな)
これが普通の状態であれば、少々夕霧に待っていてもらって自分も参戦したかも知れない。
しかし不幸にもダリエリは普通の状態ではなかった。
といっても体の調子が悪いとかいうわけではなく、もっと別のことだ。
……これだけ探しても見かけるのが鬼ばかりということは、もう終わりは近いということでしょうね……
先程の高子の言葉が頭をめぐる。
…そう、終わりは近い。
ダリエリは鬼ごっこ参加前を思い返した。
「ヨークよ。リズエルの奴がイベントを計画しているのは知っているか?」
――ああ、知っている。
「ふむ、それならば言いたいこともわかるな」
――想像はつく。
「なら、今すぐ我に体を与えろ」
――すまないが、不可能だ。
「なに?」
――以前ならともかく今の弱った私にそこまでの力はない。
「ふむ、確かにそうだろうが条件付ならばどうだ」
――条件?
「例のイベントの間だけもてばよい。無論が全力が出せる肉体でだ」
――可能だ。ただし本当にそれだけになるぞ。
「ならば頼む。我が宿敵が待っているのでな」
あの時は次郎衛門と挨拶がてら遊ぶだけのつもりだった。
しかし今はそれより重要なことがある。
適うなら共に生きたい。しかしそれが適わぬ儚い夢であることも解っている。
この鬼ごっこが終われば再びヨークに戻らなくてはならない。
「ダリエリさん。どうしたんですか? やっぱり何か……」
ダリエリは心配そうにこちらを気遣う夕霧を見てかつてを思った。
エディフェルは次郎衛門に出会い、同族を裏切った。その気持ちが今はよくわかる。
あの頃夕霧に出会っていたならひょっとして裏切ったのは自分だったかもしれない。
「いやなんでもない、夕霧嬢。
……そうだな、このまま探していても埒があかないな。ひとまず屋台でも探しながら、開始地点に戻ってみるか。
何か良い情報が得られるかもしれん」
「あ、それもそうですね。何か温かいものも食べたいし。
高子さんは?」
「あ、私もそれで良いですよ」
「なら移動するか」
祭りの終わりは近い。
ならばその時までは、ずっと傍に……
【4日目昼】
【ダリエリ 鬼ごっこの間、夕霧と共にいることを決意】
【登場鬼 【ダリエリ】【夕霧】【高子】】
新作乙。一気に重い展開だな。
そろそろ、色々なキャラがそれぞれに終わりを見つけ始めている感じがあるね。
いや、企画自体が終われるのだろうか……
逃げ手の残りは誰だっけ?
434 :
名無しさんだよもん:04/04/05 23:10 ID:pAedMrkY
楓、リサ、ハクオロ、観鈴、みちるの5人。
と、すまん。
とっとと書けば良いのに。
ま、そうあせるな。一応、ネタはあるしね。
今週の週末にでもまたなんか書くさ。
そろそろ終わらせ方を考えないとね。