それからしばらくして芳野が入ってきた。
目の下にくまができている。
きっと昨夜は色々な事情であまり眠れなかったのだろう。
「おはよう」の挨拶もせずテーブルについた芳野は、
俺たちの見ているまえでもそもそと朝食を食べ、
食べ終わると「風呂に入ってくる」と言って出ていった。
「……芳野さんに悪いことしたかな」
ことみが申し訳なさそうに呟いた。
「……いや、きっと悪いことばかりじゃない」
俺はそう思ったままを口にした。
芳野は十分ほどしていかにも電気工といった感じのつなぎを着て戻ってきた。
そこかしこに油が飛び散り、おせじにも清潔な服とはいえない。
だがその顔からは眠気がぬけたようで、
だいぶしゃきっとしたものになっていた。
芳野は部屋のすみに移動して何やら床をいじりはじめた。
「あー、俺これから仕事するからさ、
あんまり構ってやれないけど適当にくつろいでてくれ。
今日は半ドンだから、午後は風子に町を案内してもらうといい」
そう言う芳野のまえで床がぽっかりと口を開け、
そこからごく淡い桃色の液体をたたえた水槽のようなものが現れた。
強い機械油の臭いがした。
それは昨日、この部屋に目覚めたときに嗅いだ、
かすかな甘さを孕んだ不思議な匂いだった。
液体のなかには死んだ魚のように、
何か長細いものが浮いたり沈んだりしていた。
「それって、何なの?」
俺がそう聞くと、
芳野は左目に暗視スコープのようなものを取りつけながら答えた。
「詳しく説明すると長くなる。簡単に言えば機械の一部だ。
こういうものを直すのが俺の飯のたねってわけ」
「この時代の機械でも直せるんですか?」
ことみが訝しそうに芳野に尋ねた。
芳野はその質問に動きを止め、「そうか、話しておくべきかもな」と言って、
つけようとしていたスコープを外して首にかけた。
「たしかに今の技術は、俺たちがいたあの時代よりもかなり進んでいる。
はっきり言って次元が違う。
だから生身の俺の能力じゃ、こういったものは直せない」
芳野はそう言って俺たちに向きなおり、
つかつかと歩み寄って両目をいっぱいに開いて見せた。
「どうだ、俺の目、何かおかしなところがないか?」
「あ、違う」
真っ先に気づいた智代が驚きの声をあげた。
「左右で、瞳の色が違う」
俺もそのときにはっきりと気づいた。
よく観察すれば芳野の左目は濃い藍色をしていた。
右目はもちろん黒だ。俺たちがそれを確認すると、
芳野は再び水槽に近づいてスコープをその左目に取りつけにかかった。
「この町ではな、ほとんどの人間が身体にパーツを埋めこんでる」
そこで芳野はいったん区切った。スコープを取りつけ終わり、
両手にピンセットのようなものを持って水槽に向きなおり、
スコープをゆっくりと液体に浸しながら話を続けた。
「パーツというのは生体と機械の中間みたいなもんだ。
それを埋めこむことで、生身の人間にはできない色んなことが
できるようになる。俺は左目にパーツを埋めこんだのさ。
おかげでこの時代の機械ともどうにか渡り合える」
芳野は両手に構えたピンセットを液体に突き入れ、
それで液体に浮く細長いものをいじり始めた。
「それなら、芳野さんの本当の左目は……」
ことみの質問に芳野は口だけで笑って見せた。
「捨てちまったよ。後生大事にとっておいても使い道がないからな」
その一言を最後にしばらく俺たちは沈黙した。
ピンセットが液体をかきまわす湿った音だけがひとしきり部屋に響いた。
それが気詰まりだったのか、芳野のほうでその沈黙を破った。
「なに深刻な雰囲気だしてんだ。
自分じゃなかなか気に入ってんだよ。オッド・アイだぞ、オッド・アイ」
休みなく両手を動かしながら、芳野はそう捲し立てた。
「……公子先生たちも、そういうものを身体に埋めこんでるのか?」
俺がそう質問すると、芳野は鼻で笑った。
「まさか。美術の先生にゃそんなものいらないよ。風子はまだ学生だしな」
それでまたしばらく沈黙がきた。今度は智代がその沈黙を破った。
「変なこと質問してもいい?」
「どうぞ」
「身体中に機械を埋めこんだ、人造人間みたいな人もいるの?」
「いい質問だな。
実はこのパーツというのは一人に一つしか埋めこめないんだ。
よく知らないんだが、何でも複数のパーツは拒絶しあうらしい。
100年後はどうなってるか知らんが、今のところ人造人間はいないようだ」
それを聞いて智代は少しだけ安心したような顔をした。
俺にも何となくその気持ちは分かった。
「俺のこの魔法の左目は、機械のすみずみまで拡大して見せてくれるんだ。
ついでに問題のある部分をおおまかに探してくれる。
あとはこいつで、どんなものでも修理できる」
「それだけですか?
拡大して故障箇所が見つかれば、ちゃんと修理できるんですか?」
そんなことみの言葉を、芳野は余裕ある笑顔で受けとめた。
「いくら時代が変わっても本質は変わらないよ。
部品が細かくなっただけで結局のところL・C・Rの組み合わせだ。
それに機械ってのは人間と違って正直なのさ。
壊れやすいところは決まってる。……お、言ってるそばから見つかった、
ここだ。ここをこうしてやれば……と」
そう言って芳野はさかんにピンセットを動かした。
それが落ち着いたところで、俺は思わず率直な感想を口にした。
「何か格好よくなったな、あんた」
それに応えて、芳野は「へっ」と息を吐いた。
「男に誉められたって、少しも嬉しかねえよ」
「ほう。それじゃ、誰に誉められれば嬉しいんだねマイスター」
唐突にしゃがれた男の声がして、俺たちは三人ともそちらを見た。
ブラウンの髪と口髭をしたチョッキ姿の中年が、
開けた扉にもたれかかって愉快そうに笑っていた。
「おはようマイスター。
顔色がよくないようだが、カミさんとは元気でやってるのかね?」
「カミさんじゃねえって何度言やわかるんだ」
男の方には目をやらず、
相変わらず仕事を続けながら忌々しそうに芳野が吐き捨てた。
「もう誤魔化したってムダだよマイスター。
何しろ、そのカミさんから聞いたんだからな。
昨晩はうちに泊まりましたってよ」
「ったく、あの人は……。何もしてねえよ、何も」
「何だ、そうなのか、つまらんな。
積もる話もあるかと思って、酒まで用意してきたのに」
「ああうるせえ、仕事の邪魔だ。とっとと出て失せろこのクソ親父」
「おお、これはえらい剣幕だ」
男は肩をすくめて、会話に参加できないでいる俺たち三人を見た。
そこで男の表情がにわかに真剣なものに変わった。
「また遠い世界から友だちが来たんだね」
その言葉にことみが顔色を変えた。
「タイムスリップのこと、隠してなかったんですか!」
「心配するな。ちゃんと隠しているよ。だがそのオッサンは別だ」
仕事に区切りがついたらしく、芳野は水槽からスコープをひきあげた。
「そう、このワタシは別」
男はそう言って片目をつぶり、口髭を曲げてニヤリと笑った。
**********************************************
以上、二日目前編です。
オリキャラのオッサン登場です。
中編は週末にでもしあげたい。
190 :
名無しさんだよもん:03/10/24 11:42 ID:xOX++Gvz
ことねにはなぎー的なイメージがあったが、こういうのもいいな。
>190
ことね(蟹)はまた別モンだろw
>177
書く気にあふれた人も多いようなんで、そんなに必死になる
こともないと思いますよ。むしろ盛り上がるのはこれからでは。
>191
んー。ちょっと空気嫁手なかったかも知れん。スマンカッタ。
俺もゆっくり書くことにするよ。クラナドもまだ出る気配ないし。
>175
個人的にはギリシャ編が二本あっても良いと思うんだが。
選択肢によってどちらかに進むようにすれば問題ないんじゃない?
ソクラテス編ですが、「ギリシャ編(ソクラテス編)」としているように
ギリシャ編の中のうちの1シナリオです。
で、本スレにも書いたように、私には時間と、歴史の専門知識がありません。
そこで私なりの考えたのですが、>175氏にギリシャ編をお任せしたいと思います。
私としては「ソクラテス刑死前後の短いシナリオ」を春原君でやってみよう、というくらいで
(話の流れが)特に大きなものにするつもりはありません。
なので、そちらのシナリオができ次第、それに合わせて(参考にして)書こうかと思います。
ですから、こちらのシナリオの存在自体が矛盾しないのであれば、どのように書いて頂いても結構です。
個人的には、「春原シナリオ」の中での通過点としての「ギリシャ編」なので。
おそらく複数のシナリオが同じ時代にあったとしても問題ないでしょうし
ゲームとしてはむしろ面白いのでは? と思います。
また、1シナリオに先に宣言した人一人まで、というのも何だかなぁ、と。
リレー小説とは意匠を異にしているので、そんなに気を遣われなくてもいいですよw
>176
どんな話か気になりますw
というワケですが、皆さんと私のイメージに食い違いがあったので少し説明を。
例えば、「ギリシャ編」→「モンゴル編」→「近未来編」のルートがあったとする。
これはギリシャ編でクリア条件(フラグを何本立てたか、エンドをいくつ見たか)を
満たした後にモンゴル編へと進み、またそこで条件を満たした場合近未来編へ、ということになります
一方、私の考えていたもののイメージでは
(学園編)→Aシナリオ→Bシナリオ→Cシナリオ→(共通のシナリオ)
で、それぞれ選択肢(や、攻略したいキャラ)によって
Aにはモンゴル編だとか、Cに近未来編が来たりとか、キャラごとの「ルート」によって
通るシナリオが変わってくる、というものです。
ここで言いたいのは、例えば一度ギリシャ編に来たら、そのシナリオの最初から始めれば
全てのエンドを見ることが出来る、ということをせず、同じギリシャ編であっても
プログラム上は別の分岐シナリオだということです。
こうすれば時代がかぶっても作者同士の問題も起きず、書きやすいのでは? と。
また、無理に話(や分岐)をまとめる必要もないですし。
イメージとしては、Kanonの通学路は名雪シナリオでは名雪が、真琴シナリオでは真琴が、
舞シナリオでは舞と佐祐理が出てくる…といったかんじです。
プレイヤーにとっては共通する場所で全く違うシナリオが見られるのは面白いことだと思いますし
また、縦糸(各ルート)と横糸(各時代)が複雑に絡み合うのは、大分見応えがあるかと。(整合時に少し手間ですが)
まだFAなんつーものは何一つ確立しちゃいないよ。
>193-194
近未来編以外シナリオのシの字も出ていない現状で全体の
流れをどうこうしようというのはナンセンスではないか?
書く前に道はない。書いたあとに道はできる。
まあ設定考えてる暇があったら物語を進めなさいってこった。
197 :
175:03/10/25 18:14 ID:3ChOM5w0
>194
感謝します。
では、頑張ります。
>>168がいい物作ったみたいですね
意見が分散するとやばいんで、漏れの方は休止しておきまつ
男はルドルフと名乗った。ドイツ系二世で仕立屋を営んでいるそうだ。
芳野たちがこの世界に放り出されたとき、途方に暮れているのを
何かれと面倒を見てくれたのが彼なのだ、と芳野が言った。
「ワタシも最初は驚いたさ。すぐには信じられなかった。
タイムマシンは今もまだ空想科学小説の中にしかないから。
けども震える女の子ふたり連れて、どうにかしようと必死になってる
この男が嘘を言っているようには、どうしても思えなくてね」
恥ずかしいのか、芳野はそっぽを向いたまま仕事の後片づけをしていた。
「……キミたちもまた災難だったね。
どうしてこんなことになるのかワタシには分からんが、
落ち着くまでここにゆっくりしているといい。
ただ一つだけ約束だ。重要なことだからよく聞いてほしい。
キミたちはしばらくここに泊まりつづけるんだ。
どんなにマイスターがごねてもここを明け渡してはいけないよ。
彼はしばらく別の場所で眠らなくてはいけない。
それが彼への恩返しになるんだからね」
そう言って笑うルドルフに芳野が悪態をつき、
俺とことみは思わず笑ったが、智代は笑わなかった。
その代わりに「ねえ、それより」と思い切った口調で切り出した。
「さっき『また遠い世界から友だちが来た』って言ったよね。『また』ってどういうこと?
芳野さんたちの他に、あたしたちより先に来た人がいるの?」
「……それについては俺から話そう」
ルドルフが口を開く前に芳野が返事をした。
「たしかにあんたらより先にここに来たやつらがいる。
しかもそいつらは、きっとあんたらのよく知っている人間だ」
>>199 うーむ。
クラナドキャストは18人もいるのに、はやばやとオリキャラを出すのは
正直どうかと思います。
俺たち三人は黙ったまま芳野の言葉を待った。
「半年くらい前にな、古河さんとこの一家がここに来た。
娘さんと御両親。……娘さんはあんたらと同級なんだってな」
「渚が……それで、渚たちは今どこにいるんです?」
俺の質問に芳野は目を閉じて首を横に振った。
「もうここにはいないよ。スメールに登っちまった」
「……スメール?」
「今日は晴れてるからよく見えるだろ。あのばかみたいにでかい塔の名前だ」
芳野はそう言って窓を指さした。窓には隣のバラックと、その黒い屋根が
映っているだけだった。――そのとき隣でことみの息を呑む声が聞こえた。
俺は目を凝らしてもう一度窓を見た。ことみが息を呑んだ理由が分かった。
黒い屋根のように見えたものは、スカートのように広がる巨大な塔のすそだった。
「ワタシが生まれたときからあのスメールは建っていたよ。
あれはこの国のヘソなんだ。偉い人はみんなあの中にいる。
政治家も学者も軍人もみんなあの中にいる。それは誰でも知っている。
けども深くて暗くて、中がどうなっているのか誰にも分からない」
そんなところになぜ渚たちが……そう言いかけたのを智代の言葉に遮られた。
「そのスメールって、どこかで聞いたことがある」
「ああ、そういや公子さんが何か難しい意味があるって言ってたな。
ええと……何だっけ?」
「……スメールはサンスクリット語で『須弥山』のこと。
仏教世界の中心にあるという、神々が住む山」
惚けたような表情で、ことみがそう呟いた。
>200
久し振りのレスありがと。まじ嬉しい。
お叱りはもっともだけど、話の構成上オリキャラは不可欠なんだ。
つーか正直、おれはことみと智代が描ければそれでいいんだ。
どうかしばらく好きに書かせてくだちい。
>>202 わかりました。頑張ってください。
僕も手元で書いているところです。ある量が書けたら投下します。
あと魔界塔士SaGaを思い出したのは僕だけではないような気がします。
「それだ、それ。そんな意味があるんだろうと言ってた」
「ほう、それは初めて聞いたよ。なるほどな、実にそれらしい。
本当の由来はきっとそれなのだろう」
芳野たちのやりとりを聞いていたルドルフが驚いたように言った。
目を伏せていたことみがおもむろに視線をあげた。
「表向きの由来は違うんですか?」
その質問にルドルフは鼻で息をして曖昧な表情をつくった。
「ワタシの知っている由来は、もっとずっと下らないものだよ。
お役人のユーモアセンスのなさがよく分かる、つまらない洒落だ。
あの塔のなかには争いのない楽園があって、
登ってきた者は誰でもそこに『住める』っていうんだ。
どうだい、実につまらないとは思わないかい?」
たしかにつまらない駄洒落だ。俺はそう思った。
だがもっと強く思うところがあった。つまらないというよりむしろ……。
「何だか胡散臭い話だな、それ。
そんな楽園があるのに、どうしてあんたらは登らないんだ?」
俺がそう感想を漏らすと、芳野が小さく一つ溜息をついて言った。
「あんたの言う通り、胡散臭い話だから登らないのさ。
――あそこに登ったやつは、ほとんど帰ってこないんだ」
不快そうな顔をしたルドルフがそれに言葉を継いだ。
「そしてたまに帰ってくるやつがいれば、もうすっかり別人になってる」
>近未来氏
どうやったら短時間でそんなジャンジャカ書けるのか教えてくれ。
すげえ。
>205
物語のシノプシスは定まっていて、かなりみっちりメモしてあるんで。
もう気分は新聞小説。何人読んでくれてるのか分からんとこも含めて。
「別人って……麻薬中毒みたいになるのか?」
俺の質問にルドルフは力なく首を横に振った。
「いんや、まったくもってその逆だ。
ワタシの知り合いに一人いるんだ。やさぐれた男で、
『ハーレム作ってやる』と意気ごんで飛び出してったんだが、
5年ばかりしたら、聖人のようなツラして帰ってきたよ。
それからは親の仕事継いでよく働くようになったし、
嫁さんももらってうまくやってはいるんだが……。
何というかな、つきあいがいのないやつになっちまったのさ。
それこそ、悟りを開いた坊さんのようなもんだ」
そう言ったきりルドルフは黙ってしまった。
午前の光が浸みるバラックにひとしきり沈黙が流れた。
「渚さんは、そんな冒険をする人じゃない」
ことみが静かな声でそう言った。
「順を追って話すべきだったな」と芳野が応えた。
「娘さんがここに来たのはつい半月前だが、御両親は一年前に来た。
そこにもタイムラグがあったんだよ。
……親子くらい一緒に飛ばしてくれればいいのにな。
親の人は『塔に登れば帰れるかも知れない』って言い出した。
結局、俺はそれを止めきれなかった。
娘さん一人あの時代に残しておけないって気持ちが痛いほど分かったし、
このタイムスリップにスメールが関わっていないという保証は
どこにもないわけだからな。
半月前に来た娘さんは、御両親のあとを追ってあそこに登ったんだよ」
それっきりまた重苦しい沈黙がきた。
窓の外から小鳥たちの平和にさえずる声が聞こえた。
「……まあそんなところだ。なに、心配することはない。
いくら胡散臭いお上とはいえ、命までとりゃしないよ。
オッサンの言うように、帰ってきたやつもいるんだ。
ひょっとしたら250年前に帰れたのかも知れないし、
そうでなくても親子三人、あそこで仲良く暮らしてるさ」
嫌な空気を吹っ切るように芳野がそう言った。
その心を汲んでか、智代が何気ない質問を口にした。
「――ところで、おじさん仕立屋なんだよね。
ここの人みんな身体に何か入れてるみたいだけど、
おじさんはどういうパーツ入れてるの?
服つくるのにどんな凄いことするのか、ちょっと知りたい」
そう言われたルドルフは「む」と言って固まってしまった。
代わりに芳野が笑いながら答えた。
「そのオッサンは生まれつきリズム感がなかったもんだから、
悩んだ揚げ句、脳味噌にメトロノームを埋めこんじまったんだ。
おかげで今では名うてのハイハット叩きだけどな。
あれだ、根っからのロックンロール気狂いってやつだ」
「その通り。そこの電気屋のアンちゃんと同じでね」
ルドルフは首をすくめてそうやり返した。
「明日のセッションはぜひ聞きにきておくれよ。
ワタシたち『マイスター・シンガー』が最高の舞台でお出迎えするから」
ルドルフの言葉の意味するところを知り、俺はかなり驚いた。
「あんた、マジで音楽やってたのかよ」
「……もし音楽やってなかったら、
こんなにうまくこの町に溶けこめちゃいなかっただろうな」
芳野は感慨深そうに微笑んで言った。あのときのように、
どこからかビートルズの「レット・イット・ビー」が優しい調べをかなでた。
ジョニー・B・グッドとか、レット・イット・ビーとか
どんな曲なんか俺知らんのやけど…
>210
いや、きっと聞きゃ分かる。滅茶苦茶メジャーな曲だから。
ルドルフはそれからしばらく閑談して帰っていった。
音楽に関するよもやま話がそのほとんどで、
渚やスメールのことに話題が戻ることはなかった。
正午になったあたりで風子が学校から帰ってきた。
未来の制服はどんな変わったものなのかと興味があったのだが、
風子が着ていたのは見慣れた俺たちの学校の制服だったので、
俺は少しだけがっかりしてしまった。
何のことはない。今の俺たちの服装と同じだ。
学生服というものはもう過去のものなのだと風子は言った。
「ブレザーもセーラー服も、今では普通の服なんですよ。
白髪のおばあさんが着ていることもあります。
だから岡崎さんたちがその服で町を歩いても大丈夫です」
作り置かれていた昼食を軽くとったあと、
俺たちは風子に町を案内してもらうことになった。
昨夜に智代と一緒に歩いた道に出ると、
まどろむような春の陽にスメールがその荘厳な姿を晒していた。
俺たちはしばらく立ち止まってそれを眺めた。
黒い巨塔の先は青い空に吸いこまれ、
どこまでもどこまでも伸びているように見えた。
「――ジクラット」
ぼんやりとした声でことみが呟いた。
「岡崎くんの言う通り、本当にバベルの塔みたいね」
ジッグラトキター!!!
ボーダーダウナーにはたまらねぇハァハァ
白日のもとに見る町の印象は『雑多』なものだった。
俺たちの町に建っていたようなコンクリートのビルは、
この未来の町にも沢山あった。そればかりか復興しゆく
戦後の東京にあったようなスラムも多く目についた。
――思えば芳野の仕事場もそんなようなものだ。
その一方で鏡のように磨きあげられた流線型の建物や、
空中に浮かぶ木々の生い茂る庭園や、
そんなあの町では考えられなかったものがすぐ隣にあった。
小袖を着ている男もいれば、下着のような格好で歩いている女もいる。
風子の言うように、いい年してセーラー服を着ている婆さんもいる。
二度目ということもあって、俺はあたりを見回さなかった。
智代も平然と風景を楽しんでいるようだった。
ことみが落ち着いているのはいつものことだ。
はりきってあちこちを案内してくれる風子だけが、
ときどき町ゆく人を振り向かせた。
一匹のトラがビルの屋上から屋上へと跳びまわっていた。
合成映像なのだろうが、俺には本物のトラにしか見えない。
「動物園から逃げ出してきたら大変だな」
「なんのことですか?」
「本物だと分かるまでに何人食い殺されるか」
「あ。トラのことですか」
風子はそう言ったあと、ちょっと悲しそうに微笑んだ。
「逃げ出してくることはないですよ。
……トラはもう絶滅しちゃいましたから」
>214
ゲーセンにはいかんので知らなかった>ボーダーダウン
ことみの台詞「ジッグラト」にしようかとも思ったんだけどね…。
どうも昨今は「ジクラット」の方が呼称として普及してる気がして。
>>216 ジッグラト…398件
ジクラット…24件
by Google
それから俺たちは風子の持っていた金で買い物をした。
もちろん芳野と公子先生の稼いだ金だ。
三人とも最初は強く遠慮したが、結局は甘えることになった。
男の俺はともかく、ことみや智代にはどうしても必要なものもある。
俺はTシャツとトランクスを2枚ずつ買って、それだけにした。
だが女たちの買い物はかなりの量になり、帰りは俺が持たされた。
帰りの道すがら風子は、公子先生のことを話してくれた。
「――そんな感じで、1年くらい前からお姉ちゃんは、
わたしの通っている学校で美術を教えているんです」
「それ、凄いな。戸籍もないのに教師ができるのか?」
「さあ……そういう難しいことはよく分かりませんけど、
小さな学校ですから、きっとどうにかなったんだと思います」
そう簡単なものじゃないだろ、と思ったが口には出さなかった。
「風子さんは、この先どこかへ進学するの?」
まるで同級生に尋ねるように、ことみが風子にそう質問した。
そこで俺は風子がもう俺たちと同じ年になっていることを思い出した。
「技術の専門学校に進みたいんですけど、数学が苦手だから……」
風子は恥ずかしそうに目を伏せてそう答えた。
「どうしてまた技術の勉強なんかしたいんだ?」
「お兄ちゃんのお手伝いがしたいんです。いつも忙しそうだし、
それに……とっても人の役に立つお仕事だと思うし」
風子を見つめながら、ことみが柔らかく微笑んだ。
「芳野さんのこと、好きなのね」
そう言われた風子は耳まで真っ赤にしてしまった。
……ことみはそんなつもりで言ったのではないのかも知れないが。
俺はそんな風子を見ないようにしながら芳野のことを考え、
それから公子先生のことを考えて、やれやれと思った。
――電気屋の兄ちゃんは、たしかに何かと忙しそうだ。
芳野のバラックまであと少しというところで、
風子が「あ、そうだ」と言って立ち止まった。
同じように立ち止まった俺たち三人の前で背負っていた鞄を降ろし、
その中から例のもの――木彫りの星をとりだした。
「これ、わたしが作ったんです。貰っていただけませんか?」
罪のない表情で風子はそう言った。
その手には3つの星がある。どの星もひどく大きい。
少なくとも俺のポケットには入りそうになかった。
「ああ、俺むこうで貰ったしな。また貰うのも悪いだろ……」
俺がそう言うと、風子はとたんに泣きそうな顔になった。
「せっかく作ってくれたんだから、遠慮する方が悪いよ」
智代は風子から2つの星を受けとり、1つを俺の買った荷物の
入っている袋に挿し入れた。そして風子に向きなおって頭を下げた。
「ありがと。大切にするね」
ことみも同じように星を受けとり、同じように礼を言った。
その贈り物に、二人はそれなりに喜んでいるように見えた。
一度は泣きそうな顔をした風子もすっかり機嫌をなおし、
幸せそうな笑顔で自分のものではなくなった星を見ていた。
何だかばつが悪くなって、俺は風子に話しかけた。
「しかし前にも思ったんだが、これ、ちょっと大きすぎだぞ。
もっと小さく作ることはできないのか?
そうすればブローチやペンダント・ヘッドなんかにもできるだろ」
それを聞いて風子は立ちすくみ、呆然とした表情で俺を見た。
「岡崎さん……すごいです! それってすごくいいアイデアです!」
風子の瞳が少女漫画のヒロインのように輝きはじめた。
俺はすぐに軽率な発言を後悔したが……遅かった。
>近未来氏
ことみ→朋也の呼称は、「朋也君」だそうです。
画面写真で確認。
「…朋也君。いじめっ子?」
>222
……らしいですね。つーか様々な情報から考えるに、
どうもことみは大方の予想に違わず極めてなぎー色の濃いキャラみたい。
今さらお米券進呈させるわけにもいかんし、
人格の方はこのまま押し通すしかないけど、
呼称はそのうち親しくなったという理由で変えるつもりです。
そういやばだいぶ前にあった偽クラナドとか言うSSのアド誰か知らない?
1年近くみてないけど、まだあるの?あれ
短いあいだだったけど面白かったよ。ありがとさん。
226 :
名無しさんだよもん:03/11/08 23:25 ID:wDmzTdf0
保守age
糞レスや兵どもが夢のあと
正直、本家が来年にゃ発売されそうだからな。
1年前に始めてりゃな…
本家が来年に発売されるかどうかは個人的にかなり疑問だが、
たとえ一年前にはじめても土台無理な話だったと思うぞ。
数行の設定からキャラを立てる難しさは並大抵のものじゃない。
ヘタレたもの書きゃメタクソに言われること請け合いだし。
書き手が尻込みしたのも分かる気がするよ。