KANONの舞台に国崎住人が旅しに来たら

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「……深山。やっぱりおまえに任せたほうがいいんじゃないか」
「駄目。私がただ一方的に選んだり作ったりしただけじゃ意味がないの。
 ちゃんと、往人さん自身が動かないと。これからのためにも」
「だいたい、俺は詳しくもないし知識も無い。どれがいいかなんて選べないぞ」
「全く知らないってことはないんでしょ。
 ほら、こんなのはどう?」
「言っただろ、それが人形劇にふさわしいかどうかもわからないんだ。俺には。
 それと、さすがに桃太郎くらいは知ってる」
 
図書室。
周りを気にして小声で喋るのが面倒だ。
涼みに適当な図書館に入ったことはあるが、まともに本を読んだことなど数えるほどしかない。

ズボンを履き替えてから階段を下りると、
本を抱えた深山が教室のドアを開けたところに出くわした。
図書室に行くついでがあったから澪の代わりに来たらしい。
そのまま3階にあるここに拉致されてこんな状況になっているわけだ。

「ふさわしいかどうかなんて私にもわからないわよ。
 それに、桃太郎そのものをするんじゃないから。
 昔話や神話とかの、わかりやすく、動きがあって、起承転結をつけられるものを参考にするだけ。
 そういうのを元にして、往人さんがやりたいものを考えていくの。
 それには読んでいてつまらないものじゃしょうがないから、なにか興味のあるものを
 とっかかりにしたほうがいいと思うの」
4842/6:04/02/07 23:14 ID:eHH0jK5K
同年代の子どもなどいなかったあの寺。読み書きは習ったが
子ども向けの本など何もなく、今でもあの頃何をして過ごしていたのか記憶がない。
物語といって思い出せるのは、町の宿で、山中で、母親に聞いた歌や昔語り。
あのわずかな期間のそれを除いては、その類のものはほとんど知らない。
時折眺めるものは、テレビやラジオ、新聞ばかりだった。

あれからの日々でそういう物語に関連するもの。
多少なりとも興味を持ったものといえば。
棚の一番上。一冊の古臭い本を手に取った。
タイトルは『星座神話』だった。


校門で大きく手を振っている。
「じゃあな、澪」
「さよなら、上月さん」

今朝の道を逆に辿る。
より濃くなってきた雲は月の光も遮り、星の影一つも漏らさない。

「星に興味があるって、やっぱり外にいることが多いから?」
「そういうわけでもない。だいたい、人がいる都会じゃないと金が手に入らないだろ。
 まぁ、星を見る回数が多かったのは確かだが、それは直接な理由じゃない」
「じゃあ直接な理由っていうのが別にあるんだ」
「おまえには言ってないかもしれないが、前にいた町でいろいろとな。
 星を見る機会が多かったんだ」
興味深そうにしている。
機会があったら、そのうち話してもいいと思った。

「ところで、初日の感想は?」
おかげさまで、金づちの使い方はうまくなったというのは感想になるだろうか。

4853/6:04/02/07 23:15 ID:eHH0jK5K
大きく傘の開いたシイタケを天つゆに。
千切りのニンジンとゴボウ。サツマイモ、カボチャ。
こんな風にして食べるのは初めてだが、アスパラガスやパセリも美味い。
精進揚げの音と匂いは家というものを持たない俺もノスタルジイな気分にさせる。
「美味いな。パセリなんて青臭いだけだと思っていたが」
「そう?」
「あぁ、キャップを脱ごう」
「それをいうならシャッポでしょ。意味は同じだけど」

話は今日の人形劇へと変わっていく。
人形とぬいぐるみを同時に動かす試み。演劇部での議論。
これから作る物語。


居間のソファに二人。
何冊か借りた本のうち、イラストのはいった大判の本を見た。
そのまま人形劇の話として使うには無理があるが、美しいそのイラストに引かれて
興味深い話を主に読んでいく。あの町の空の記憶とともに。

さそりとオリオン。
こと座とオルフェウス。
カシオペヤ、アンドロメダ、ケフェウス、ティアマト、ペガスス、ペルセウス。

いつしか深山はその本の内容を言葉にしはじめていた。
4864/6:04/02/07 23:17 ID:eHH0jK5K
「春の宵の南空。小さな四辺形の星座。
 もともとその鳥はアポロンの使者で銀の羽毛を持ち人語を喋る利口者。
 でもある日、使いの途中で道草をしてしまいます。
 それをアポロンに咎められると、アポロンの妻コロニスが浮気したと
 見てもいない告げ口をしました。
 アポロンはすぐに無実の妻をただ一矢で射殺してしまいます。
 やがてアポロンは真実を知り、嘆き悲しみ、その鳥を醜い声で鳴く、
恐ろしい漆黒の姿に変えていつまでもその罪を忘れないよう星空にさらしたのです」

よくとおり、涼やかに流れる声。
口調は本のとおりだが、そのどこかに幼さが混じっている。
二、三、それらの話をした後に、ふと隣にいるのが俺だと気づいたらしい。
照れくさそうに視線を落とした。

自分がお節介だと思ったことはなかった。この前までは。
彼女達の過ごしてきた日々。
そこに意思を持って踏み込んだ。

「…深山」
「う、うん」
「みさきの目は……いつから見えなくなったんだ」
4875/6:04/02/07 23:18 ID:eHH0jK5K
今は天井が見えない。腹ばいになって本を読んでいるから。
時計を見ると、ずいぶんな時間になっていた。
読みかけの本に挟むしおりを探し、何気なくバックの中から見つけたそれを差し込んだ。
それは、幼い姉妹に見せた人形芸のかわりに貰ったカラスの羽。
友達を大切にする鳥だから、これをお守りとしてもっていると友達がたくさんできると
言ってプレゼントされた羽。
本の上部からすこしだけ黒い姿を見せている。

小学校時代の事故。それから過ごしてきた時間。
深山はみさきの気持ちを忖度するようなことはしなかった。
自分の過ごしてきた時間と事実だけを伝えてくれた。
押し付けの無さが気持ちよかった。
そして、そこに、あのかげりは見えなかった。
だから、俺が今そこにまで踏み込む事もできなかった。


身体の向きを変え、ゆっくりと目を閉じる。
かすかな雨音。
今日は夢を見るだろうか。昨晩のような。
4886/6:04/02/07 23:19 ID:eHH0jK5K
空の上。
眼下では、雲が生まれ、戻っていく。
大きな太陽がある。その太陽に向かって、背に羽の生えた少女が立っている。
陽光がきらきらと髪を輝かす。ゆらめく髪がまた光を生む。

今なら声が届くかもしれない。
俺は声をかけようとしていた。だけど今は声が出ない。
前触れも無く少女が振り向く。逆光の中。よく見えない。
今、笑ってくれているのだろうか。
唇からは笑い声が漏れているだろうか。
それを確かめたくて。


──誰かの名を呼んでいた声。それは俺の声だったのだろうか。

「み……」
かろうじて出た言葉の欠片。
それは誰の名を呼ぶ声だったのか。

みさき。 深山。 澪。

みちる。

美凪。


…観鈴


……みゅー