保科智子専用スレッド #9

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 放課後。
 玄関を出たオレに、
「えいっ」
 何かを投げつけてくるやつがいた。
「うお!?」
 驚いて身をかわしたが、さすがに全ては避け切れずにパラパラと脇腹に当たる。
 そのまま地面に落ちたそれをよく見ると、豆だった。
 飛んできた先に視線を巡らすと、
「こんにちは、浩之さん」
 果たしてそこにはマルチがいた。
 満面の笑顔で、手には次弾装填済みだ。
「そうか、節分かぁ」
 そういやそんな行事もあったな。
「はい。研究所のみなさんが話しているのを聞いて、セリオさんに教えてもらいました」
 んなことするのか。なかなか風流な研究所だな。
「なんでも、2月3日に女の子が好きな男の子に豆をぶつけるという行事だとか」
 ぜんぜん違う。
「男の子はお返しに恵方巻というのを贈って、それを二人で両端から咥えて食べていくというロマンあふれるイベントです、と」
 なに考えてんだセリオ。
 やたら嬉しそうに話すマルチの表情を曇らせるのは少し気が引けたが、やはり嘘のまま覚えているのは却ってよくないだろう。
 オレが真実を告げると、
「ええっ! そうだったんですか!?」
 急にマルチはおろおろし始めた。
「す、すみません、大変失礼なことをっ」
 ペコペコと頭を下げるマルチ。
「まあ、マルチが悪いわけじゃねえから」
 オレはその頭をぽんぽんと軽く撫でた。


4102/:04/02/04 01:36 ID:L92tTmp/
「 ――― ってなことがあってな」
 その日の夜。
 晩メシを食いながら、委員長に昼間の出来事を話して聞かせた。
「ようもまあ、そんなデタラメ思いつくもんやね」
 委員長は呆れたような顔をして、クスクス笑う。
「ま、せっかく好意でやってくれたんだし、明日は恵方巻のひとつくらい持ってってやろうかと思ってるけどな」
 実はもう、そのつもりで帰りがけにコンビニに寄っていくつか買ってある。
「で、藤田くん家では豆まきってどうしてるん?」
 一応買ってきてあるけど、と委員長は豆の入った小さな枡を取り出した。
「親父がいるときはやってたりもしたけどなぁ。面倒くせぇしな、あとで掃除とかすんの」
 委員長はふぅん、と気のない返事を返して枡を眺めていたが、
「とりゃ」
 2、3粒を手の平に乗せると、オレに向けて指でぴしっと弾いた。
 豆は緩い放物線を描いてオレの腕に当たり、そのままぱらりとテーブルに落ちる。
「何してんだ委員長」
「何って豆まきに決まってるやないの」
 オレの質問に、笑顔で答える。
「せっかく買うてきたんやし、使わなもったいないやん。
それに今、えぇこと聞いたしな」
 言いながら、委員長は隣に置いてあった買い物袋を物色し始める。
「男の子からと違うんはちょう残念やけど、まあしゃあないか」
 そう言って恵方巻を取り出すと、包装をピリピリと剥がしていく。
「ん、できた」
 剥き終わると、片方の端をオレに向けて差し出した。
「さ、はよ口開きぃ」
「って、本当にやんのかよ」
「イヤなんか?」
 委員長は眉根を寄せて、じっとオレを覗き込む。
「別にイヤじゃねぇけど」
「そしたら、ほら」
 仕方なく、オレは口を開いた。
4113/:04/02/04 01:37 ID:L92tTmp/
 オレの口の中に恵方巻を押し込んだ委員長は、僅かに楽しそうな表情を浮かべると自分も小さな口を開く。
 目を伏せて、ゆっくりと咥え込むその仕草が妙に艶かしい。
 っつか、なんでこんなことでそんなに雰囲気出してんだ委員長。
 オレはたまらず、ぐっと奥まで頬張った。
 そのまま一気に委員長の唇まで届かせる。
 一瞬驚いて目を見開いた委員長は、すぐまた目を伏せた。
 しばらく重ねた唇を、太巻を食いちぎりながら離す。
 委員長は口元に手を添えて、口の中に残った恵方巻をもむもむと噛んで飲み込むと、
「なんやのもー、藤田くんが殆ど食べてもうたやん」
 頬を染めたままそう言って軽く拗ねた。
 オレは急いで口の中のものを噛み砕いて飲み下し、
「あー、ちょっと待っててくれ」
 台所へと急ぐと冷蔵庫に入れておいたうちの1本を持ち出した。
 包装のフィルムを剥きながら、委員長のところに戻る。
「やっぱり、ちゃんと男から渡さないとな」
 ニッと笑いながら渡したそれを委員長は両手で受け取り、大切そうに胸元に引き寄せた。
412last/:04/02/04 01:38 ID:L92tTmp/
「食わねーのか?」
 すると今度は委員長が、
「ちょう待っとって」
 そう言って台所へと駆けていった。
「ん、そしたら口開けて」
 程なく戻ってきた委員長が差し出した手には、さっきの半分の長さに切られた太巻があった。
「ふーん?」
「な、何よ」
「いや別に?」
 わざわざ機嫌を損ねることもない。
 そう思ったオレは、それ以上は追及せずに太巻を咥えた。
 委員長は一口分くらい外に出る程度に太巻をオレの口に押し込むと、それを上から唇で塞いだ。
 さっきよりもたくさん唇が触れ合う。
 少しずつ荒くなる委員長の鼻息がオレの顔にかかる。
 流石に少し苦しくなって口を離し、ふはぁっ、と息をつく。
「さあ、あと半分も片付けちまうか」
 オレが言うと、委員長は何か言い辛そうに顔を伏せる。
「ん? どした?」
「あ、あのな? 私、二人分買うてきたから、……あと一本、あるねんけど」
 長い夜になりそうだった。