「おぉい、みちる」
「んに?」
「ほら、買ってきたぞ花火セット」
「にょ、にょわわ!?なんだ国崎往人!変なもんでも食ったの?」
少し俺はカチンと来はしたが、俺だってガキじゃない。
これでも立派に一人で様々な地に足を運び、地を駆けた一介の旅人だ。
この程度の煽りに屈するようなヤワな性格をしてはいない。
「たまには、な」
「……むぅ…なんだか怪しい」
「なんだ?お前は花火嫌いなのか?」
みちるは大きく首を振った。
一緒に、あの長い尻尾のような2本のテールがゆっくりと大きく揺れていた。
「だろ?じゃぁやろうぜ」
「えっと…」
「なんだよ、はっきりしないやつだな」
「美凪は?」
さぁてね…
「国崎さん」
「ん?」
「お金、今持ってないですよね」
「…なかなか傷つくようなことを聞いてくるんだな」
「すいません。…でも、大事なことなんです」
俺は寝ていたベンチからゆっくり起きあがり、隣に座っていた美凪に向きなおした。
夏の日照りがいるもより柔らかく、秋を予感させるような涼しさを湛えた空が見えた。
夏もそろそろ終わりに近づいている。
美凪はいつものように、補習に行くために制服を着てバッグを傍らに置いていた。
「今日は補習休みじゃないのか」
「はい、来年は受験もありますから」
「大変だな、学生ってのも」
「そうでもないですよ」
美凪は俺に軽くキスをして、「ほら…ね」と言い微笑んだ。
「ふん…学生と関係あるのかよ、これ」
「私も国崎さんも気楽な暇人だから」
彼女がこんなにも大胆になったのはいつ頃なのかと少し考え、
いろいろと思いを巡らせている間に、ふと「まぁ悪くは無いよな」と言う
考えが先を占めてしまった。
俺も変わったと思う。確実に。
そう言えば、遠野と呼ばなくなったのは何時頃だっただろう?
「で、何か用事があったんじゃないのか」
「はい…国崎さん。私、最近みちるとあんまり遊んでないんですよ」
「俺がいやって程相手してると思ってたが」
昨日も頬を散々にひっかかれ、傷痕がずっと腫れて寝るのも辛かったほどだ。
なんというか、傍若無人さは出会った頃に比べ、やはりこちらもこちらでかなり
増強の傾向がある。これは良くない傾向だ。
「あの子、きっと最近欲求不満なんですよ」
「あの歳で欲求不満とは将来が心配だな」
「国崎さんは、そういう話題が好きなんですか?」
「うっ……悪かったよ…」
「話を戻します。
つまり、私は国崎さんとみちるとでたくさん遊んで欲しいんです。
みちるはみちるで国崎さんのこと、とっても慕ってるんですよ」
「嘘つけ」
「本当です」
「はいはい、どうせいくら言ってもお前は聞かないもんな…話続けてくれ」
「わかりました。
ですから、夏の思いでとして花火でもやったらどうかなって思ったんです。
お金は」
美凪はごそごそと自分のスカートのポケットから何かを取り出し、それにさらさら
と字を書きつけ、俺にその白い封筒を渡した。
その封筒には「金券」と大きく書かれており、中身を取り出してみると5千円札が
入っていた。正真正銘の金で、透かしも入っていた。
「なんで透かしなんか確認するんですか」
「騙されたくないからな」
「…国崎さんってどんな生き方をしてきたのか、是非今度聞かせてもらいたいですね」
「そんなに呆れるなよ。
で、これで花火セットでもかってこい、と」
「はい…私もみちると遊んであげたいのですが、忙しくてそうも行かないんです」
「んじゃ今夜にでもやるかねぇ」
彼女は「時間」と一言言い、鞄を手にして立ちあがっていた。
俺はその姿を見送ると、蝉の鳴き声が幾らか聞こえる中、
早速今夜のためのバケツを探す事にした。
「うみぃはひろいなぁ〜 おっき〜なぁ〜♪」
「るせぇ」
「国崎往人も歌いなよ〜。楽しいよ?」
俺とみちるは、二人で歩いて近くの海までやって来ていた。
夕日が朱から紫色に染まって、どこからか蛙と鈴虫の鳴き声が聞こえていた。
鈴虫がこんなに早い時期にいるのは、正直意外だった。
「みちる、俺の歌声は聞くもの全てに救いを与える天使の美声なんだ。
こんなところでやすやすと使う代物じゃないってのをよく肝に銘じておけ」
「国崎往人ってさ」
「おう」
「なんでそんなに馬鹿なの?」
「なんだなんだ、信用してないのか?」
「んに」
「あのだなぁ、俺の歌声には凡人には無い1/fのゆらぎっていう」
「あ!おおきな貝殻!」
みちるは何かを見つけ一目散に走り、そしてその彼女の言う「おおきな貝殻」
を手にとって眺めていた。
デカイと言ってもげん骨の半分程度の大きさのもので、特に凄いとは俺は
思わなかったのだが、みちるはその貝殻を嬉しそうに太陽に向かって翳したり、
ぽーんと宙に投げ上げたりして遊んでいた。
「安上がりなやつだな。そんなんで楽しいのか」
「国崎往人こそ、なんでも金勘定するのは良くないと思うけど〜」
「なかなか言うなぁ、お前」
「んに」
周りが暗くなってきた頃、人気の無い海辺で俺は海水をバケツに入れて
花火の準備をはじめていた。
燃えるものなんて特にあるわけじゃないのだけれど、最低限のルールという
やつだ。これでも大人なんだからな、俺。
「これどうやって火付けるのー?」
俺が水を汲んでいたときに、もはや待ちきれないといった風にみちるは
袋の中からマッチ箱を取り出し、何やら悪戦苦闘していた。
「シュって擦るんだよ。そこのざらざらなところに」
「そのくらいみちるにだってわかるよ!でもなかなか点かないよ?」
「あー、はいはい。ちょっと貸せ」
俺はみちるからマッチを受け取り、そのマッチ棒を着荷部で擦り、
火をぽっと灯した。
「わぁ」
「こんなの簡単だろ。やってみろよ」
「んにゅぅ……」
ぐしぃ、と弱弱しい音だけしか彼女の手元からは聞こえなかった。
案の定、火が点いているわけも無く、マッチ棒の先が少し黒く変色して
情けない色になっていただけのことだった。
「だからさ、こうもっと素早く正確に擦るんだよ」
俺がもう一度マッチに火をつける。
シュボッっという音と、そこから生まれる火。
「んにに…国崎往人に出来てみちるに出来ないはずは無いもん!」
「マッチ如きで何を」
「絶対、おまえなんかよりうまくなってやるもん!」
ぐしし…ぷしゅ
ぐしし……ぷしゅぅ
ぐしし………ぷじゅぅぅ
「はいはい、やめやめ。資源の無駄だからねぇ」
「んにぃ」
俺はさっさと燃えのこったマッチに水をかけて消し、ゴミを袋に詰めこんだ。
そしてまた新しい火を灯す。
火は夕闇の中で怪しく踊るように揺らめき、みちるはその光景をじっと見詰めていた。
「やっぱりお前は安っぽいよな」
「そんなことないもん…」
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しさんだ:03/07/22 23:03 ID:N1zC3q1/
素人のSSほどつまらんものはないね。
俺はみちるからマッチを受け取り、そのマッチ棒を着荷部で擦り、
火をぽっと灯した。
「わぁ」
あほか。
そしてその火を、パックから取り出した線香花火の先にゆっくり近づけた。
ぱちりぱちり、という音が手元から鳴り出したかと思うと、そこから大きな音を
急に立てながら黄緑だか黄色だかの色を発しながら激しく燃え出していた。
「ほら、好きなの持てよ」
「わ!わ!」
「何やってんだよ」
「だって…」
「あん?もしかしてこんなのが怖いのか?」
「んにぃい」
俺はみちるに燃えているうちの一つをゆっくりと渡し、手に持たせた。
彼女は相変らず「わ、わ、わぁ」と喚いて、それを恐る恐るといった感じに
近づけたり離したりしていた。
「大丈夫だって。よく見ろよ」
「…」
「ほらな?何も怖いことなんかないだろ?」
暫く、彼女はぼーっとその燃えている先端を見つめ、その光が消えて
落ちるまで微動だにしなかった。
「あ、落ちた」
「結構長くもつな、これ。さすがは高級花火」
「これでおしまいなの?」
「その花火はな。大丈夫だよ、線香花火なら腐るほどあるし好きなだけやれる。
それともやっぱり怖いか?」
みちるは朝と同じように、大きく首を横に振っていた。
「思ってたより、ずっと楽しい」
「そらよかった」