いい加減疲れた郁未がそう言った。
さすがにそれは本気ではないが、もうこうして30分以上が経っていた。
このロスでは楓を追いかけるのはもう敵わない。是が非にも先ほどの屈辱を晴らしたい郁未はだんだん苛立ちの表情を見せ始めていた。
「そんなの酷いですよ!祐一さーんっ!」
なんだ郁未の奴、またさっきの奴追いかけたいって顔しやがって。表情見たら分かるぞ。
馬鹿か。さっき全然敵わなかった奴にどうして今勝てようか。ちょっとは考えろ。
それから由衣。ホント栞に似てるよな。お前もついてくるだけじゃなくてチームになんか貢献しろ。居る意味が無い。
別に鬼のシールなんて隠せるんだから、逃げてのふりして油断させるとか。
そうだ、こいつはなりがこんなんだから、案外怪しまれずにいけるんじゃないのか?
逃げてを発見したら後をつけて、頃合いを見て由衣を放ち、油断しているところを攻める。内と外の囮。こんくらい考えつくべきだった。
そうだ、始めからそうしておけばよかったんだ。
ポイントを一人に集中させるのは効率がいいが、それだけ制限が出来る。それだけスキが出来るのだ。
そのスキをカバーする戦術…、これを良く考慮するべきだったんだ。
俺は馬鹿だ。
こう言った戦術は夜のほうが効率が良い。それには地形や逃げ道などを逃げてよりもよく調べて……
忘れてた。俺って暗視ゴーグル持ってたんだっけ。
祐一はゆっくりと立ち上がった。
呆然とする一同を尻目に、某ホラー映画の如く、ゆっくりと素手で穴から這い上がってくる。
その顔はえてして不気味に笑っていた。
「ど う す れ ば い い ん だ 」
無言で舞の手から超先生を奪うと、穴ほうりこんだ。
だみ声が穴に反響する。
「さあ行こうか」
祐一はやけに爽やかな表情そう言った。
【相沢祐一 自問の後半壊? 罠脱出】
【超先生人形 土に埋もれる】
【四日目 11時半頃】
【登場鬼:【相沢祐一】【天沢郁末】【川澄舞】【名倉由依】】
絶望とは死に至る病だ、とセーレン・キルケゴールは言った。
絶望とは愚か者の答だ、とイッパイアッテナは言った。
そう、どんな時でも、人には抵抗する権利があり、またそうする義務がある。
例えば、今二人の少年と三人の少女が走っている。
ガラガラと死を思わせる音が、その後ろを追っている。
彼らの顔は一様に恐怖に満ちている。
だが、彼らは絶望しているのであろうか?
答は否である。
恐怖とは、生を渇望と希望からくるものだからだ。
人間にはもはや不可能と思われる速度で彼らは走る
約束の地へ。希望の待つ場所へ。
より具体的には駅にむかって。
四日目、日が高くなった頃。この島に一日のうちでも最も快適な時間が訪れた頃。
折りよく雨も上がり、うららかな日がさし、駅舎を囲む緑がその日に照らされて
鮮やかに映える。
そんな穏やかな空気をかき乱す蹄の音に最初に気付いたのは、瑠璃子だった。
ふいっと顔を上げて、窓の外を見る。
「あれ? どうかしたんですか、瑠璃子さん?」
「うん。恐竜さんだね」
「…………?」
不可解な瑠璃子の言葉に誘われて、窓の外を見た葵達四人の目に映ったのは、
何かしら得体のしれない爬虫類にのって駆けてくる三人の逃げ手の姿だった。
べナウィは軽く舌打ちをした。
後方から鬼に追撃を受けている状態で、前方の駅舎から鬼が飛び出してきたのだ。
数は5人、いずれも女性である。
チラリと目を落とすと、自分の方に振り向いている茜と目があった。
(どうしますか?)
そう、目で問いかけている。
べナウィは再度、前方の鬼達に目を走らせ、観察した。
みたところ、5人の動きは武芸者のそれではない。
せいぜい先頭にいる短髪の少女にその片鱗がみてとれるといったところか。
なにか武装をしているのであればそれなりの注意も必要であろうが、5人共に空手である。
(やはり、強行突破、ですね)
速度を落として回避行動をとるより、ここでは怪しげな銃を持つ後方の鬼達に追い
つかれるのを警戒すべきだった。
彼女達ではシシェの足は止められまい。
再度茜の方に目を移すと、既にべナウィの判断を察したのか、前に座する澪に覆い
かさぶるようにして、より強くシシェの首にしがみついていた。
(そう考えが出る顔ではないはずなのですが……)
べナウィは軽く苦笑を浮かべると、
「ハッ!!」
強く気合の声を上げ、それに呼応してシシェの速度があがった。
片腕で操馬しながら、前方をにらむ。
(問題ないようですね)
彼女達がこちらの前をふさぐよりはやく、駆け抜けることが出来るだろう。
この後はかなり長時間シシェを休ませなくてはならないな―――そんな考えが頭に
浮かんだ矢先だった。
「…………シシェ!!?」
めったな事では驚愕という感情が表に出る事のないべナウィであったが、今度ばか
りは別であった。
長年連れ添ってきた愛馬が主人の命に背き、
ソロソロと足の運びを遅くして、そして止まってしまったのだから。
「ど、どうしたというのです!?」
過去にムックルの襲撃を受けた時にシシェが取り乱し、一時的にこちらの命令を聞かなかった事はある。
だが、今回はそれとは別のようであった。いくら、合図を送っても反応そのものがないのだ。
そう、それはまるで脳を停止させられているかのごとく―――
「ちょっと動きを止めているだけだから……ごめんね?」
「葵さん、行きます!!」
「どうぞ、琴音さん!!」
場にそぐわないどこか浮世離れした声と、それとは対象的な二人の掛け声に、ベナウィは貴重な時間を無駄にしたことを悟る。
慌てて鬼の方を振り返えると、
「な…………!?」
文字通り一直線に飛んでくる一人の少女の姿が見えた。
琴音からのサイコキネシスの力をうけ、葵は馬上の三人の逃げ手に向かって飛ぶ。
―――とれる!!
まだ、相手は反応しきっていない。これならタッチできるはずだ。
瑠璃子の電波によってシシェの動きを止め、琴音のサイコキネシスによって葵を飛ばす。
逃げ手を見つけてから、ほんのわずかな間に美汐が考えた作戦だ。
(そう、折角みんなが力を貸してくれたんです! ここで失敗するわけには……!)
だが―――
「……外した!?」
タッチ寸前に、ベナウィが茜と澪を抱えて身を傾かせ、落馬したのだ。
視界の端で、女性二人を片腕で抱えたままクルリと一回転して受身をとるべナウィの姿が映った。
「…………ッ! 琴音さん、もう一度です!!」
シシェの上を跳び越した葵は、着地と同時に身をよじり獲物方に向き直る。
無理な動きに、だが日ごろの鍛錬による筋肉は答えてくれた。
再度、琴音の不可視の力を受け、ベナウィの方に強襲。
相手は落馬によって体勢を崩している。今度こそ―――
「ご無礼!!」
「うっくぅ……!!」
「…………!!」
体勢を崩したまま、ベナウィは抱えていた茜と澪を突き飛ばした。
その反動で自分も別方向に転がる。
茜と澪、そしてベナウィと二つに分かれた調度真ん中を弾丸と化した葵が通り過ぎていった。
(―――すごい! この人……!)
純粋な尊敬の念が葵を満たした。
二度の強襲の失敗。
琴音の力を受け、相手の体勢が整っていない瞬間を狙ったというのにだ。
武の道において自分の遥か先を行っている人だということが、葵には良く分かった。
(やっぱり―――)
着地と同時に葵は叫んだ。
「琴音さん! もっと強くお願いします!! 私なら大丈夫です!」
琴音は、葵が安全に着地できるように手加減をしている。
そこらへんは、まあどこぞの極悪不可視シスターズとはちがうのだ、やっぱり。
(だけど、それじゃ駄目だ!)
そう何度も通用する手じゃない。今はまだ最初の不意打ちのアドバンテージが生きているが、
完全に立ち直られたら、もはやこの逃げ手を捕まえることはできないだろう。
(大丈夫、きっとこれより速いスピードでもできるはずだ!!)
これまでに積み重ねてきた己の修練を信じろ、と葵は自分に言い聞かせた。
きっとできる。できるはずだ。どんなに強い相手でも、ちゃんと集中して自分のベストを尽くせば―――
「……分かりました、葵さん!」
葵の考えは琴音にも伝わったようだ。先程よりもより強い力が葵を押した。
狙うのは、ベナウィの方だ。
より捕まえやすい茜達よりも先にベナウィに仕掛けるが、葵の葵たる所以か。
「勝負です―――!」
砂煙をあげ、まだ完全に立ち上がっていないベナウィの方に跳ぶ葵。
対するベナウィの、冷静で涼やかな漆黒の瞳が葵のほうを向き、その膝に力がこもるのが見て取れて―――
「あああgjkao@gdagah[ahaaaあぁぁぁ!!!!」
この世のものとは思えない複数の奇声とともに、視界の隅で何かかが高速に駆け抜けていって、
すさまじい轟音とともに、駅舎に激突した。
美汐は困惑し、呆然としていた。
自分がとっさにたてた作戦は、まあまあの効果を見せて、
ポイントゲッターである葵は後一歩のところまで相手を追い詰め、自分は遠巻きにそれを観戦していたのであるが……
軽く頭を振り、自分がみたことに整理をする。
まず、山間の線路の方から人が数人走ってきた。
ちょっと人の声帯で発音するのが可能とも思えぬ音を立てながら。
で、その後ろを何か黒いものが……
「あれ、トロッコだね」
美汐の隣で瑠璃子がそう、つぶやいた。例のごとくマイペースな口調で。
「えーと、そうですね……」
目をホームの向こうに向ける。
ずいぶんと速いスピードでガラガラとどこかのどかな音を立てながら疾走していたトロッコは、
ゆるやかにカーブを描くレールに沿って、ホームの向こうへと走り去り、美汐の視界から消えていった。
美汐は再度首を振ると、目を駅舎のほうに戻した。
トロッコはレールに沿って走っていった。が、人間のほうはそうもいかなかったらしい。
一直線に走ってきた鬼達は、そのまま曲がることも止まる事もできずに、レールから逸れて行って、
駅舎の壁に激突し、そして、そのまま折り重なって倒れていた。
「美汐ちゃんと同じ制服着ている人がいるね」
瑠璃子の、冷静だけどどこかピントのずれている意見に、
「はい……そうですね……」
美汐もどこか呆けたまま、そう答える。
そういえば、倒れている鬼の中に確かに一人そんな服装をしている人がいる。
スカーフの色からみて三年生か。そういえば、どこかで見たような気がする。
なにか生徒会に入るとか入らないとかでもめていて、あんまり興味がなかったのでよくは覚えていないけれど―――
「あ、あはは、あはは……」
と、その女性が呻き声とも笑い声ともつかぬ声を上げた。
「あは、あはっ、あははは、あははははははははは!!」
次第に声は大きくなり、女性は立ち上がった。
「あはははははははっはははは!! なんなんですか、こんちくしょーーーーっ!!」
握りこぶしを作り、空を見上げ、そう叫ぶ。
「佐祐理が何をしたって言うんですか、ばっきゃろーーーーっ!!
ええ、そりゃしましたよ、佐祐理だって悪いことちょっとはしてきましたよ!
赤点とった舞のために、教師脅して点数改竄したりとかしましたよ!!
どーしても眠くて朝起きれなくて、家のシェフに作らせたお弁当を
ちゃっかり自分が作った事にして舞に食べさせたりとかしましたよ!!
コロッケの中に激辛唐辛子コロッケを混ぜて、涙目になった舞に萌えてみちゃったりしましたよ!!
でもこの扱いはちょっとあんまりなんじゃないですかーーーーー!?」
一気にまくし立てる。
「ふぇーん……もういいです、もう知らないです! 鬼ごっこなんてどうでもいいですーーーっ」
笑い声が泣き声に変わったとき、倒れていた鬼の一人が立ち上がって佐祐理の頬をパーで叩いた。
パチーンと乾いた音が響く。
「な、七瀬さん……」
頬を押さえて、佐祐理が七瀬の方を見る。
「駄目よ佐祐理さん! ここであきらめちゃ!」
「で、でも佐祐理、辛くて……いやな目ばっかりにあって……」
「うん、分かるわ。私だっていつもそんな役回りだもの」
そういって、七瀬と呼ばれた少女が佐祐理をギュッと抱きしめた。
「でもね、佐祐理さん、よく考えて。ここであきらめちゃったらその今までのいやなこと、全部無駄になっちゃうのよ? それでもいいの?」
「七瀬さん……」
「そして、きっと鬼ごっこなんかに参加するんじゃなかったって、きっとそう思っちゃうわ。そうでしょ?」
「でも、でも……」
「大丈夫! きっと何とかなるわよ。今回だって絶対絶命のピンチだったけど、
ちゃんと生き延びることができたじゃない!」
いつからこの鬼ごっこは生死が賭けられる様なものになったんだろう、と美汐は思った。
「七瀬殿のいうとおりだぞ、佐祐理殿」
今度は眼鏡をかけた少女が立ち上がって抱き合っている、佐祐理達の肩に腕を回した。
「見よ、垣本と矢島の顔を。実に(・∀・)イイ!笑顔で逝っておるわ」
彼女が指差すその先には、実に幸せそうな顔を浮かべた垣本と矢島が転がっていた。
「こいつら、真っ先に壁にぶつかってクッションになってくれたのよね……」
「こやつらは汚れだ。どうしようもなく救いようもなく汚れだ。だが、そんな汚れなこやつらでもこんな(・∀・)イイ!笑顔で逝くことができるのだ。何か一つの事をやり遂げた漢としてな」
なんとなくそれは、壁にぶつかった時、彼らの顔が佐祐理の胸にうずまったことと
相関関係があるのではないのかと、美汐は思ったがあえて口にはしなかった
「……佐祐理、間違ってました」
佐祐理が手の甲で涙をぬぐう。
「佐祐理がんばります! 垣本さんと矢島さんの死を無駄にしないためにも!!
トロッコを動かした糞野郎に倉田財閥の力を思い知らせるという新しい生きがいも出来ましたし!!」
「その意気よ佐祐理さん!」
七瀬がビシッとあさっての方向を指差した。
三人の少女が抱き合ったまま目を輝かせて指した指の先を見る。
「さあ、あの希望の星に誓いましょう!! 私達の勝利を!!」
美汐もとりあえず七瀬の指差す方を見たが、星らしきものは見えなかった。
その代わり、どういう理屈か澄み切った青い空にぽっかりと黒い雲が浮いていた。
美汐の隣で、琴音がぎこちない動きで財布を取り出した。
100円玉を取り出し―――多分、おひねりだろう―――佐祐理たちのほうへ投げた。
チャリーン
どうしようもなく乾いた音が、響いた。
ややあって、真琴がつぶやいた。
「あうー……葵は?」
それで、美汐達はようやくべナウィ達の存在を思い出した。
葵はというと―――たくましい腕の中でやはり美汐達と同じように困惑していた。
「えーと……」
思い出す。
自分は確か、男の逃げ手に最後の勝負をかけて、突然の奇声に集中を乱して、それで―――
ハッと顔を上げると、少し困ったような顔でこちらを見つめる端正な男性の顔があった。
「大丈夫ですか?」
「――――――――!?」
一気に顔が真っ赤になる。
「え、えええと、あの!!」
そう、集中を乱して、体勢を崩して、地面に激突するところを助けられたのだ、自分は―――
「あ、あああのご、ごめんなさい、すいません……!!」
「いえ、お気になさらずに」
混乱する葵に、べナウィは落ち着いた声を返す。
「べナウィさん」
ついで、やはり冷静で落ち着いた声がかけられる。
「今までお世話になりました。感謝しています」
見上げると、やや離れた位置で、逃げ手の少女が頭を下げていた。
もう一人の逃げ手もペコペコとおじぎをして『ありがとうなの』と書かれたスケッチブックをかかげている。
「いえ、最後までお供できなくて申し訳ありません。ご武運を」
べナウィがそう告げると、二人の逃げ手は再度お辞儀をして、走っていった。
シシェの首に手をかけ、なでてやると主人の命に答えられなかった事を
恥じているのだろうか、シシェは目を伏せ、哀しげに嘶いた。
べナウィは落ち着かせるようにシシェの首を軽く叩くと、茜たちが逃げていった方を見つめた。
既に彼女達を二組、7人の鬼が追跡している。
「―――ご武運を」
再度、短くつぶやく。
「あの……」
年のわりに大人びた少女が声をかけてきた。確か美汐という名前の子だ。
「ありがとうございます。葵さんを助けてくれて。そして申し訳ありません。
あんな怪我するかもしれない危険な方法をとってしまって」
べナウィは頭を振った。
「いいえ。あなた方はおそらく誤解しています。
確かに私が受け止めていなかったら葵さんは怪我をしていたかもしれない。
ですが、仮に受け止めなかったとしても私は葵さんを避ける事は出来なかったでしょう。
あの時の彼女はそれだけの気合と覚悟を持っていた」
そこで一度言葉を切り、告げる。
「見事です」
「そうですか……そういってくれると嬉しいですね」
「あなたは、追跡には参加しないのですか?」
「はい。体力には自信がありませんし、特に能力を持っているわけではないですしね。
それに、駅舎に荷物を残していますし……」
倒れている男性の鬼二人のほうに、顔を向ける。
「あの倒れているおふたりも気になりますし」
そういうと、美汐はべナウィの方に微笑みかけた。
「申し訳ありませんがこの二人を駅舎に運んでくださいませんか?
よろしければお茶をご馳走いたしますので」
【四日目10時ごろ 駅】
【べナウィ鬼化】
【葵一ポイントゲット】
【垣本、矢島ダウン。美汐も駅に残る】
【登場 べナウィ、里村茜、上月澪】
【登場鬼 【松原葵】、【天野美汐】、【沢渡真琴】、【姫川琴音】、【月島瑠璃子】
【倉田佐祐理】、【七瀬留美】、【清水なつき】、【垣本】、【矢島】】
454 :
睦:03/11/05 00:11 ID:2V0veeH/
「わひゃぁぁぁっ!? わぁぁぁぁっ!!?」
「うーん、さっすが空を飛べるってのは大きいなぁ。ちょっと手間取りそうだ」
「勝てそうですか?」
「もちのロン。最後に勝つのは俺さ」
三者三様の、カミュと、耕一と、瑞穂の追撃戦。
通常ならばFlying可能で地上クリーチャーをすり抜けることができるオンカミヤムカイの小娘、カミュが有利なところである。
ところがどっこい相手は自称地上最強の生物柏木耕一。レベルを上げれば異次元の怪物ガディムもを単体で狩ることができるその戦闘能力に加え、
尋常ならざる跳躍能力、疾走能力、いかなカミュが翼を有するオンカミヤリューの末裔であろうとも、そうそう高い場所を飛行できるわけではないのでこの勝負、徐々にカミュの側が押されつつあった。
しかもその上……
「射れ射れィ! 矢の雨を降らせろ!」
地上。黒きよみが手近な枝を鞭のごとく振りかざし、従者のドリグラに命を下す。
「き、きよみさん……」
「なんか、キャラ違ってきてますよ……」
「いいじゃない。一回言ってみたかったのよ、この台詞。それより二人とも、急がないとマヂで逃げられちゃうわよ」
「あ、そ、そうでした!」
「カミュ様ごめんなさい! てぇぇぇーーーーーっ!!!!」
「わ! ちゃ! ええっ!? ど、ドリ君グラ君手加減してよぉ〜……」
上空から弓なり軌道を描いて飛来する矢の雨が遅い来る。確かに鏃がペタンコに付け替えられているため殺傷能力自体はないが、
すでにカミュの体に張り付いたいくつかは彼女の飛行能力に少なからず影響を与えており、ただでさえとり難い高度をさらに阻害する結果になっていた。
かと言って、ちょっとでも高度を下げると……
「そぉぉ……りゃあっ!」
「わきゃっ!?」
「チッ、惜しい! あと10cm!」
……自称最強の生物の一撃が待ち構えている。
455 :
睦:03/11/05 00:12 ID:2V0veeH/
「ああ〜ん、キッツイよぉ。ハードモードだよ!」
上と下からの波状攻撃。右へ左へフラフラ飛行。かわすのが精一杯。
……気をとられ、カミュは気づいていなかった。
「……フフフ、いい感じね。作戦通りだわ」
黒きよが含み笑いを漏らす。もとより、飛行生物を弓矢のみで仕留められるとは思っていない。
仮に打ち落とせたとしても、相手はただの鳥ではない。二本の脚とついでに大きな胸を持っている。
下手をして森の中に降りられたりしては、見失いかねない。
「なら……逃げ場のないところに追い込めばいいのよね」
目の前にそびえるV字谷と流れ出す川を見据えると、黒きよはおもむろにスカートの裾をめくり上げた。
「しまったぁ!!」
前方にV字に切り立った狭い崖が現れたところで、ようやくカミュも事態に気づいた。
己が追い詰められてしまったことに。いいように誘導されてしまったことに。
「むむむ……ドリ君グラ君やるなぁ……ってきゃあっ!!?」
第六感が警告を叫ぶ。反射的に空中で身を翻した刹那、自分の羽のすぐ裏側を巨大な塊が通り過ぎていった。
「また外したか! やったら勘の強い子だな!」
「しっかりしてください耕一さん!」
「だが……ここなら、俺の方が有利だ!」
叫ぶと同時に崖の斜面を蹴る。
反動を得た耕一の体は狭い渓谷の斜面間で反対側の崖へ接地、さらに同じことを繰り返し、まるで踊るパチンコ玉かスーパーボールのような動きと勢いでカミュへと迫っていった。
「HAHAHA! どうだい瑞穂ちゃん! 俺にかかればこんなモンさぁ!」
「ちょっと……気持ち悪いです……」
「ああーーーん! かんべそプリーズぅ!!」
だがカミュにしてみれば堪ったものではない。ただでさえ押され気味だったものが、さらに相手に有利な、そして自分に不利なフィールドになってしまったのだ。
慌てて翼を羽ばたかせ、渓谷の上に出ようとするがするとすかさず川の浅瀬中をひた走ってくる黒きよ&ドリグラ部隊の狙撃を受けることになる。
それ以前に、カミュの体に張り付いた矢もだいぶ数を増してきた。
このままでは……そう遠くないうちに飛ぶこと自体ができなくなる事態もありうるかもしれない。
(なら……どうすればいいの!?)
ぺたんっ!
456 :
睦:03/11/05 00:14 ID:2V0veeH/
「あちゃっ!?」
自分に呟いたその時、カミュの後頭部を鈍い衝撃が襲った。
そのまま前方につんのめってバランスを崩し、川の中へ頭から突っ込む破目になる。
「あう〜〜〜……ドリ君ひどいよぉ……」
ざばぁ、と顔中の穴から水を垂れ流して起き上がるカミュ。
頭の後ろに手を回し、見事ド真ん中を直撃した矢の吸盤部分をペリッと剥がす。
いくら鏃自体は玩具といえ、実戦で鍛えられたドリグラの矢は『重い』
「もらった!」
この機を逃す耕一ではない。二、三度崖を蹴り飛ばして方向修正。
さらに最後の一撃で一際強く斜面を蹴り飛ばし、一直線にカミュへと迫る。
「なんの! 目の前で獲物を奪われてなるものですか! ドリィ! グラァ! 討ち落としなさい!!!!」
「サー・イエッサー!」
ビシッ! と黒きよが耕一を指差し、ドリグラが連弩の雨を耕一に浴びせかける。
しかし今度の相手はカミュとは耐久力の桁が違う。
「HAHAHA! 悪いねお嬢ちゃんたち! この子は俺がもらうよ!」
などと軽口を吐きながら迫る矢群を叩き落していく。
「くぅ! あの人強いです!」
「どうしますか黒きよさん!」
「むむむむむむむむむむ……」
困惑する三人を尻目に、耕一は勝利を確信する。
「MUHAHAHAHAHAHAHA! もらったぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」
「くっ!」
川底に倒れたまま、カミュは上空から己に迫る耕一を見据える。
「ここまで……!?」
この状況からでは、この体勢からではどうしようもない。
飛ぶこともできない。
立ち上がる暇もない。
転がっても無駄だろう。
457 :
睦(4):03/11/05 00:16 ID:2V0veeH/
(…………ああ……)
耕一の豪腕が目の前に迫る。
カミュの脳裏に、今まで出会った人たちの顔が浮かび、そして消えていく……
ウルトリィ……きっとお姉さまだから素敵に鬼ごっこを楽しんでるよね……
ディー……神奈さんの話からすると鬼になってるみたいだけど……どうしてるかなんて想像できないな……
アルルゥ……カミュを叱ってくれた……カミュを励ましてくれた……
ユズハ……がんばってくれたのに……どうやらカミュ、ここまでみたい……
ユンナ……助けてもらったばかりなのに……
ごめんね……
ごめんねみんな……
諦めかけた、その時。
(……ひどいね)
え?
ドクン!
心臓が一つ、大きく鳴った。
ドクン! ドクン!
(私のことを忘れるなんて……)
躰の内側から声が聞こえてくる。
あなたは……?
458 :
睦(5):03/11/05 00:17 ID:2V0veeH/
(お父様のことを思い出したなら、連鎖的に私に考えが及んでもいいはずだけど……)
……あなたは、まさか!
(そう。私はあなた。もう一人のあなた。……私の名は……)
「…………!?」
ゾクッ!!
一瞬、カミュと目が合った耕一。
刹那、耕一のエルクゥとしての本能が叫んだ、けたたましく。
『危険だ!』
「……くっ!」
体の内部から湧き出る怖気を無理やり押さえ込むと、慌ててカミュから十数Mの距離をとる。
「ど……どうしたんですか耕一さん……?」
瑞穂が訝しげに耕一の顔を覗き込む。が、そこにあった耕一の顔はいつものおチャラケた表情とは違い、マジな目つき……恐ろしいぐらいの形相に変貌していた。
「瑞穂ちゃん……悪いけど、ちょーっと……このへんで待っててもらえるかな?」
言いながら、近くの大きな岩の上に瑞穂を置く。
「え……?」
「どうやら……本気を出さなきゃならないみたい……だッ!!!!」
459 :
睦(6):03/11/05 00:18 ID:2V0veeH/
咆哮。耕一は大きく吼えると体の中から吹き出る鬼の力をすべて発現、最強の鬼へと姿を変え、弾丸のごとくカミュへと疾った。
「ちょ……! 耕一さん!?」
いくら耕一自身にその気がなかろうとも、あの質量の物体が加速をつけてぶつかれば常人ではただではすまない。ましてや今回の相手は華奢な女の子。
下手をすると怪我ではすまないかもしれない。それを警告しようとする瑞穂。
だが、耕一はわかっていた。頭ではわからずとも、鬼の本能が叫んでいた。
これでも足りない。これでやっとかもしれない。たとえ自分の力を全て尽くそうとも、目の前の存在……
……カミュではない誰か、に勝てる保障など、ない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」
轟音を伴ってカミュが倒れていた地点へと耕一の一撃が決まる。
水面が弾け、川底がえぐれる。巻き上がった土砂と水は崖を超えてぶちまけられた。
思わず目を覆ってしまう瑞穂。だが、一瞬後目を開くとそこには耕一しかいなかった。
先ほどまでへたれこんでいた少女は、どこにも……いや。
耕一の背後、己のすぐ横に……佇んでいた。
「………でも、大丈夫?」
「任せて……。私も今までカミュが頑張っていた姿は見てきた。カミュと一緒にすごした人たちの姿を見てきた……その気持ちを無駄にはしない」
「う〜ん、いざ面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいかも……」
「それに……カミュばっかり鬼ごっこを楽しんでるのはちょっとズルイい。今まではずっとカミュが出てたんだから、今度は私の番になってもいいかもしれない」
「うっ……そ、そりは……」
「……決定だね……。今度は私の鬼ごっこ……」
あたりの状況などまるで気にしないかのように、ブツブツと独りで何やら言っている。
(ひょっとしてこの人も電波さん?)
即座に彼女がそんな判断を下したのも、普段の環境があってものだろう。ちょっと気味悪いが、この手の人間は慣れている。
(と、とにかく、チャンス……そーっと後ろから近づいて、タ……)
忍び足で歩み寄り、手を伸ばすが……
460 :
睦(7):03/11/05 00:18 ID:2V0veeH/
フッ
「……え?」
目の前でその姿が突然掻き消え、いつの間にか空中1Mほどの位置に浮かんでいた。飛び上がったモーションなどは、見えない。
「……なんですか今の?」
瑞穂の疑問は無視し、カミュ『だった者』、漆黒を超える暗黒の双翼、燃えるような緋色の目、かつてない程の威圧感を伴う、『彼女』は口を開く。
「私の名前はムツミ……」
ヒュッ!
「!?」
名を名乗りつつ、突如として具現化させた剣を抜き放つと一回転、密かに一行の背後に迫っていた黒きよ小隊が射掛けた矢郡を切り払う。
「オンカミヤリューの始祖。解放者ウィツァルネミテアが娘」
さらにムツミがパチン! と指を弾くと、彼女の体にまとわりついていた矢が全て燃え落ちた。
「………………」
無言のまま、耕一は構えを取る。
今度は、おチャラケも、ギャグも、一切ない。
完璧なる狩猟者としての、狩りだ。狩りが始まる。狩りのはじまりだ。
461 :
睦(8):03/11/05 00:19 ID:2V0veeH/
「鬼さんこちら……」
呟きつつフッ、とムツミの姿が消える。
「……手の鳴るほうへ!」
続く言葉は耕一が呟き、彼の姿もまた消えた。
「!?」
次の瞬間、空を見上げる瑞穂たち。
交錯する二つの影。
極限の対決が始まった。
【カミュ ムツミ化。力を全て発現】
【耕一 鬼化。全能力開放】
【黒きよ小隊 V字谷に流れる川の中】
【瑞穂 岩の上】
【四日目昼 谷】
【登場 ムツミ(カミュ)、【柏木耕一】、【藍原瑞穂】、【杜若きよみ(黒)】、【ドリィ】、【グラァ】】
Dだ。
「OK,結構釣ったみてぇだな。こりゃニジマス定食がよさそうだな。ちょっと待ってろ」
「Thanks♪」
湖畔の屋台。先ほどまでのピリピリした雰囲気とは打って変わり、今はぽややんとした空気が場を支配している。
「私は刺身定食を。御堂、貴様は何にする」
「……食欲なんてねぇよ」
「何か食わんと治る傷も治らなくなるぞ。仙命樹があるとはいえお前の体力そのものはお前の体が回復するしかないのだからな」
「ケッ、言われるまでもねぇ……カツ丼よこせ。あと、茶だ」
「わかった」
注文を受けたエビルが手際よく調理を済ませていく。
屋台には今、岩切、御堂、D一家がそれぞれ腰掛けており、各々が自分の料理を口に運んでいた。
「にしても……とんでもねぇガキだぜ」
先に出された茶を啜りながら御堂が毒づく。
「ヒトの顔に思いっきり水ぶっかけるとは……おかげでまだヒリヒリしやがる」
御堂の顔は包帯でグルグル巻きにされており、さらにその下は軟膏がコテコテに塗られてある。
火戦試挑躰としての体と引き換えに手に入れざるを得なかった致命的な弱点――水。
さしもの仙命樹も弱点を突かれてはお得意の治癒能力を見せ付けることもできず、結果御堂は顔の傷は自然に任せるより他になかった。
「ま、油断した俺が悪りィんだけどよ……」
もう一杯茶を啜りながら、言葉を続ける。
「とはいえ次はねぇぞ。所詮クソガキの賭けの一撃が偶然決まっただけだ。知ってりゃいくらでも対処のしようがある」
さすがに少し悔しいのか、言い訳という名の悪態をつく。
「なにかいった? お ぢ さ ん ?」
が、まいかは笑顔のまま立ち上がると、静かに手のひらを御堂に向けた。
「……やめろ。おっかねぇ真似をするな」
体半分ずり下がる御堂。
「負けは負けだ。素直に認めろ御堂。戦場ではその偶然の一撃が生死を分かつ境界線となる。お前とてそのぐらいはわかっているだろう」
岩切は醤油にわさびをあえつつ、彼女にしては珍しく優しく御堂を諭す。
「そりゃわかってるがな……」
わかっているが、認め難い。
蝉丸への羨望と同じく、御堂のこのあたりは己でも御しがたい心のロジックだった。
「……フフ、次会ったら坂神に教えてやるか。お前が幼女に負けたことを」
「ゲーーーック! やめろ! やめやがれ!」
「……静かね」
場面は変わり、美坂香里。さらに彼女に率いられるセリオ、香奈子、編集長のインテリジェントレディースご一行様。
昨晩、様々な……あまり思い出したくない不運が重なり、大幅な戦力減退に追い込まれた一行。
森の中で偶然発見した小屋で一晩を過ごし、明けた今日は森の中を中心に歩き回っていた。
「セリオ……どう?」
斜め後ろを歩くセリオに向かい、香里が視線を向ける。
「申し訳ありません……やはりダメなようです。各センサーの精度は著しく減退、レーダーもほとんど意味を成しません。
現在の私の外部情報収集能力は皆様とあまり変わらないかと。ほぼアイセンサーの見渡せる範囲しか索敵できません」
「そう……」
「申し訳ありません」
いつも通りの無表情、しかしどこか寂しげなその顔で、セリオは深々と頭を垂れた。
「気にしなくていいのよ。駆動機関にはさして影響ないんでしょう?」
「はい……それは大丈夫ですか」
「ならいいわ。気長に待ってればまたチャンスもあるでしょ」
苦笑、という言葉がピッタリな笑顔で、セリオに微笑んだ。
「さて、それはともかくとして香里。これからどうするの?」
話がひと段落したと見て、香奈子が二人の会話に割って入る。
「気長に待てば、とは言っても本当に何もせずに待ってるわけにもいかないでしょ?」
「……ま、それはそうよね」
肩を竦めながらうなづく香里。
「とりあえず情報が欲しいわね。今私たちは武器を無くし、センサーも使えなくて文武両道ならぬ文武両盲状態。とにかく何らかの外部情報がほしいわ」
さらに編集長も口を開く。確かに、今の香里チームはほとんど武器らしい武器、上手く使えば何者よりも役に立つ『情報』という武器を含め、ほとんど武装解除に等しい状態だった。
「情報を得るといえば人の集まるところよね」
「人の集まる場所なら屋台が最も有力でしょうね」
「言われるまでもないわ。ま、残金もほとんど無いから碌な物は買えないでしょうけど……他の人に会えれば何かわかるかもしれないしね」
「あの……香里様」
「ん? どしたのセリオ?」
話し合う三人に、今度はセリオが口を挟む。
「屋台でしたらちょうど目の前にありますが」
「……え?」
セリオが指差す方向を眺める。
……森が開き、湖が広がり……その脇に、確かに言われてみればポツンと何かがあるようにも……見えないこともないかもしれない。
「……確かに何かあるけど……あれって屋台?」
「はい。確かです」
「セリオ……あなた、センサー類使えないんじゃなかったの?」
「はい。使えません。ですから、『目で見える範囲』しか策敵できません」
しばしの沈黙。
「……ちなみにセリオ、あなた、視力いくつ?」
「人間の視力に当てはめるならば……6.0から7.0、といったところでしょうか」
「…………十分使えるわ。サンコンさん並じゃない」
「誰かいたかい?」
「いや、人っ子一人いないな」
こちらは久瀬一行。アパートで一晩、十分な睡眠をとった彼ら。
朝方には隣への挨拶もそこそこに再出発。今日は山の方を探索することと相成った。
「やっぱりハズレだったかな……午前いっぱい歩き回って成果ゼロとは」
大木に寄りかかり、バツの悪そうにボリボリと頭を掻く。
「ま、そう腐るな。見通しの甘さは誰だってある」
ポン、とオボロが久瀬の肩に手を置く。
「月島さん……あなたはどう思いますか?」
「ん、僕かい?」
「ええ。あなたの意見を伺いたい」
「そうだね……」
不意に話題を振られた月島兄。少々呆けながらも、顎に手を当て、思考開始。
「うん……君の見立てもあながち間違ってはいないと思うよ。確かにこれだけ時間が経てば、残りの逃げ手は少なくなり、逆に鬼の数はかなり増えているはずだ。
残された逃げ手は、なるべく鬼の少ないところ……すなわち人の少ないところ。山間部に向かう可能性が高くなる。
昨日と違って今日は晴れた。これなら一般人でもさして行動に支障なくどこへでも行ける。……ただね……」
「……ただ?」
「うん、やっぱりその『どこへでも行ける』っていうのがネックだと思うんだよ。数の少ない逃げ手が、どこへでも行ける。
わかりきっていたことだけど、やっぱりこうなっては僕ら個々の鬼グループが逃げ手と会える確率はトコトン低くなってしまうんだよ。
いくら山間部が可能性が高いといってもそれはあくまで可能性。山間部は人が少ないと同時に見通しが利かないというのも大きいからね。
どっちにしろ、戦いは辛くなるってことさ。ごめんね、結局なんの具体策も提示できなくて」
「そんな……十分ですって」
すまなそうに頭に手を当てる月島兄。
久瀬とオボロは口々にそんな彼を慰める。
「いやいや、そこまで考えられるってだけでも大したモンだ。俺なんざ人が少ないから人がいないものだと思ってたからな。はっはっは」
「君はもう少し物事を深く考える癖をつけた方がいいと思うけどね」
「なんだとコラ」
「はっはっは……」
「……ま、それはそれとして、だ。これだけ歩いて誰も発見できないんじゃしょうがない。反対側を一回周って、それでもダメだったら一度住宅街に戻って作戦を練り直そう」
「それが適当だろうな」
「そうだね、そうしようか」
こうして再度歩き始める一行。
と、歩き出したところでオボロが傍と足を止めた。
「お、そうだ」
「ん? どうしたんだい?」
「たぶん向こう側のどっかにゃ湖か、それでなくとも川が流れてるぜ。上のほうに源流があった」
「水……?」
「ならひょっとしたら人もいるかもしれないね。人は、というか生物というのはどうしても自然に水場に集まるものだから」
「まぁ期待せずに行きましょう。水場があるなら僕らも一休みできるでしょうし」
「……誰か起こせよ」
「ごめんね……浩平……」
さらに移り変わって折原部隊。
晴子をとっ捕まえた家で一晩を明かしたご一行。
……一晩というより、正確には一晩と半日ぐらいを家で明かした、とも言える。
浩平はもちろん、珍しいことに瑞佳も、そしてスフィーも、ゆかりも、なんとトウカまで、まとめて……
「……ここまで豪快な寝坊は俺だって久しぶりだぞ」
「某としたことが……面目ない」
……昼近くまで寝過ごしてしまったのだ。いくら疲れていたとはいえ、かなり気合の入ったドジである。
「でも浩平、確か学校で瑞佳過ごしたことなかったっけ?」
「…………あれは早寝早起きだ。健康のバロメータだ」
「早すぎる気がするけど」
「うっさいスフィー。一番豪快に寝てたクセに」
「うっ……」
「まぁそれはそれとして、だ」
話が逸れかけたところで、無理やり本題に戻す。
「とりあえずの目的地も無いし、今日は川沿いを歩いてみようと思うんだが、どう思う?」
「某は異存はないが……」
「お前たちはどうだ?」
「別にかまわないよ」
というわけで決定。
「んじゃ、タラタラと川を上流に上っていくとするか。上手い具合にいけば休憩中の逃げ手にも会えるかもしれないしな」
「そうそう都合のいいことは無いと思うけど……」
「うっさい」
「む、浩平殿。あれを」
「ん?」
話がまたしても逸れかけたところを、今度はトウカが軌道修正。
「あの先で森が途切れている。どうやら湖があるようだ」
「ほぅ……湖か……。……うっし」
「つまり俺が言いたいのはな。このゲーム、ほとんどルールらしいルールは聞かされてないんだよ。ウン。つまりな、『罰則が決まっていないことは罪ではない』ってことなんだよ。ウン。
つまりな、ルール説明していたあのおばさんも、『鬼のたすきを外すな』なんて言ってないんだよ。で、外したらどうする、ってもんも一切説明してないんだよ。ウン。
言ったことといえばな、『島から出ると失格』このくらいなんだよ、ウン。つまりなこの鬼ごっこ、ほとんど無法に近い状態なんだよ。ウン。
そこでな、俺の作戦なんだが――――――――――」
徘徊老人の戯言のように、具にもつかない言葉を延々とまくし立てる祐一。
先行する郁未と由依は祐一の説明を右から左に流しつつ、二人でヒソヒソと話し合っていた。
(郁未さん……どうします? 祐一さん、あれマジでヤバイですよ。チョベリバですよ)
(う〜ん……そうねえ。アレは危険だわ。何度かFARGO信徒の危険な連中にあんなのがいたけど……)
(ホントもうMK5って感じですね。何かいい方法ないでしょうか?)
(ん〜、ん〜、ん〜……放っとく、ってのはダメ?)
(いくらなんでもそれは……)
昭和54年と53年産まれ。会話のそこかしこに死語が混じるお年頃。
「……でな? いい方法だろう舞。聞いてるか? さすが俺様。俺の頭脳が冴え渡る。なんで誰もこんな単純な手を思いつかないんだろうな―――――」
「うん、うん、聞いてる、聞いてる。祐一はすごい。祐一はえらい。祐一はあたまがいい……」
舞は介護人のように祐一の傍らに寄り添い、戯言に一々うなづいて返している。ひょっとすると、50年後の風景を映し出しているのかもしれないが……
「……う〜ん、仕方ないわね。よし」
何やら決心した様子の郁未。くるっと180度向き直ると、虚ろな目をする祐一の前に立つ。
「おお天沢か。お前も聞いていただろう? 俺の史上最大の作戦を。いいか、まずはな……」
舞は何やら雰囲気から察したのか、祐一から一歩離れ、完全に郁未に任せた。
「―――――祐一」
「お、なんだ? お前もノリノリだろう?」
「ええ、ノリノリよ……」
ガッ、と両手で祐一の頭を固定すると、右膝を曲げ、後ろに溜める。
「おいおい天沢、まだお天等さまの高いうちから、しかも人前で、こんな……」
「はぁぁぁ……ッ! 目ェ覚ましなさいこのヴァカ! アホ! タコ助! ゴォォォォォォォルデンレトルトカレェ、キーーーーーック!!!!!!」
「―――――祐一、頑張れ!」
ずぶしゃぁ!
「おぼっ、はがぁ!?」
閃光と化した黄金の右膝が祐一の鼻っ面に決まった。
1Mほど後ろにぶっ飛ばされ、顔面を押さえ込んで七転八倒する祐一。
「がっ、はぁ!? くはっ!? な、なんだ何をする郁未!? え? お、あ……?」
鼻血を拭きつつ起き上がる祐一。しかしその瞳は再び輝きを取り戻していた。
「あれ……俺、何を……?」
「目ェ覚めた?」
憮然とした表情で祐一の顔を覗き込む郁未。
「―――――祐一、頑張った?」
「頑張ったって……なんのことだ、舞」
「―――――うん、頑張った……」
「ええっと、俺は確か、すばしっこい中学生を追ってて、逆に穴にはめられて、出ようとして、んでもって名雪に踏まれて―――――あれ?」
順々に記憶を整理していく祐一。が、郁未たちはそれならばよしとそんな祐一は無視し、
「さて、目が覚めたんなら話は早いわ。さっさと先に進み……」
『……ーック! …めろ! ……やがれ!』
「!?」
郁未と舞が顔を見合わせる。
「聞こえた!?」
郁未の問いに、舞が首を縦に振る。
「……人の声……」
そうと決まれば話は早い。瞬間、声の方向に向かって駆け出す。
「…………」
一瞬遅れ、舞もその後を追う。
「あっ、待ってくださいよ郁未さん!」
さらに数秒遅れ、由依も舞の背中を追いかけて駆け出した。
「………それで、ええっと、名雪の声が聞こえて、怒鳴り返して、それから……ええっと……」
一分後、祐一は戻ってきた舞に支えられ、ゆっくりと郁未を追いかけていった。
「しかしよかったのか? ……その、宮内とやら。上着代、お前に出させてしまって」
屋台組の食事もひと段落。食後の茶を飲みながら雑談を交わしていた。
「ウン、かまわないよ。もともと私たちのせいで破いちゃったようなものだし。Dが一万円GETしたんだから、水着の一枚ぐらい平気だヨ」
「そうか……うむ、すまんな。どうやら私は少々アメリカ人への印象を変えねばならぬようだ。お前のような者もいるようだからな」
「Hmm....一応私、日本人なんだけど……」
「……で、おっさん」
「おっさんじゃねぇ。御堂と呼べ」
「なんでれみぃおねぇちゃんがおっさんのめしだいやくすりだいまでださなきゃならないの?」
「ンだと? 俺の怪我ァ手前のせいなんだぞ? ガキの不手際で迷惑こうむったんだ。なら親が保障すんのは当たり前だろうが?」
「さきに手をだしてきたのはそっちなんだけどねぇ〜……」
「あぁ? うっせぇぞ。あんまりギャーギャーわめくと……」
「わめくと……なに?」
まいかは手をかざし、再度力を収束させる仕草を見せた。
「ぐっ……ひ、卑怯だぞテメェ!? ヒトの弱点突けると思っていい気になりやがって! おい保護者! お前からなんとか言え! 言ってやれ! おい! お前!」
ガクガクとDの肩を揺する御堂。だが、Dからは何の反応もない。
「おいコラ! ヒトの話を……聞……って!?」
「……うるさい」
ようやくDの口から出たのは、そんな言葉だった。
「なんだとテメェ!? あんま人をなめると……」
「……うるさい、と言っている」
「つっ……!?」
睨み。一睨み。
Dが気だるそうに一睨みすると、一瞬にして御堂は黙ってしまった。
(な、なんなんだコイツ……?)
少しDから距離をとる御堂。
だがけっして、彼はけっしてDに胆で負けたわけでない。
彼が恐ろしかったのは……
(なんなんだアイツの眼。……あれは……まるで……)
ピキッ。
「ん、どうした?」
その時、エビルが磨いていたガラスのコップに突然、亀裂が入った。
「……イビル」
それを確かめると、静かに口を開く。
「……火を灯せ。湯を沸かせ。食器を並べろ。仕込みの準備だ」
「ああ、そうみたいだな……」
エビルも言われたとおりに準備を整えていく。
「……ほぅ、なるほど」
数秒後、岩切と御堂も唇をゆがめた。
―――――千客万来だ。
「……相沢君? それに、久瀬君!?」
「相沢……だと? あっちは……美坂さん?」
「……アイツは、確か、久瀬!?」
「香里か? 久瀬……お前も来てたのか!?」
かくして、図らずも鬼のトップランカーたちが集結した。
この邂逅が何をもたらすのか。
それは今は誰にもわからない。
【四日目昼下がり 山間部の湖畔】
【D一家、御堂、岩切 弐号屋台で食事】
【香里一行、久瀬一行、浩平一行、祐一一行 集結】
【セリオ 眼がイイんですよ〜】
【祐一 我に返る】
【御堂 顔に包帯】
【登場:
【御堂】【岩切花枝】【ディー】【宮内レミィ】【しのまいか】
【美坂香里】【セリオ】【太田香奈子】【澤田真紀子】
【久瀬】【オボロ】【月島拓也】
【折原浩平】【長森瑞佳】【スフィー】【伏見ゆかり】【トウカ】
【相沢祐一】【天沢郁末】【川澄舞】【名倉由依】
『イビル』『エビル』
(多分これで全員だと思います)】
さて、今回やったら静かだったDであるが。
懸命な読者諸兄ならばもうお気づきであろう。
彼は先だって、岩切との格闘の末、崖下に転げ落ち、お互い少々の傷を負った。
すなわち……
仙命樹。
足すことの。
異性の身体。
求むるところは……?
(なんだなんなんだ! どうしてしまったんだ私の身体は!?
こんな……こんなことなど! なぜこんな状態に……おおおっ!?
わ、私の感じている感情は精神的疾患の一種なのか!? 鎮める方法は誰が知っている!? 誰に任せればいいと言うのだ!?)
「でぃー……どしたの?」
(いかんやめろまいか! 今私の視界に入るな! うぉお! 私に触るな! ゆするな! がふぅ……こ、これは、まずい! 非常にまずい! 最上級に危険だ!)
静かだったのではなく、騒げる状態ではなかったのだ。
【D 精神的疾患真っ最中】
Dワラタ
鶴来屋別館、参加者の間では通称『ホテル』と呼ばれている建物。
ギギィ……
と小さな軋みを立て、そこの厨房にある裏口が僅かに開かれた。
「…………よし、誰もいないみたいだ」
隙間から中を覗き込んだ住井が安全を確認する。
改めて扉は全開に開かれ、地雷原ズこと住井&北川、そして……
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「……栞ちゃん、大丈夫かい?」
……北川の背中でへばっている栞が現れた。
「なんとか……」
「ふぅ……さすがに飛んだり跳ねたり走ったりといった野蛮な行動は病弱可憐な薄幸の少女には重荷ですね……」
北川が冷凍庫から持ってきたシャーベットをつまんでひと段落。三人は厨房の中で小休憩をとっていた。
「ところで栞ちゃん、ホテルにいったい何があるっていうんだい?」
「ああ、まだ俺たち聞かせてもらってないな。ホテルで英語の翻訳ができるのか?」
訝しげな二人。栞の自信満々な態度とは裏腹に、ちっとも教えてくれないその『希望の芽』に興味津々のようだ。
「わかりませんか……?」
だが栞はトコトンもったいぶるつもりなのか、挑発的な上目遣いの目線を二人に送るだけで、答えようとはしない。
ただ、嬉々として唇を歪めるのみだ。
「まぁ楽しみにしていてください。すぐにわかりますよ」
休憩もそこそこに、二人は廊下を抜けてホールへと出た。
だいぶ日も高くなってきているのだが、まだ寝ているのか、それともどこかへ出かけているのか。近くに先行者たちの姿は見えない。建物内は静まり返ったままだ。
「……好都合です」
栞はそのままズカズカとホールの側面、カウンターの台の中に入ると、さらにその奥、従業員詰め所になっていると思しき部屋に繋がるドアノブに手をかけた。
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
……鍵が掛かっていて開かない。
「まぁそうでしょうね。さすがにそこまで無用心じゃありませんか……」
キョロキョロとあたりを見回す。某サバイバルホラーゲームならここで別の地点からキラキラ光る鍵を探すところであろうが、当然我らがペテン師栞はそんな面倒な真似はしない。
自分の後ろに立っている北川に向き直ると、
「破ってください」
笑顔のままちょっと首をかしげ、命令した。
「……え?」
「ですから、鍵が掛かっていて開かないので、北川さんにブチ破ってほしぃなぁ……とか思ちゃったりするわけです」
「……破るって……」
もう一度扉を見る。
確かに木製ではあるが、安普請な気配など微塵もなく、重厚な天然の木目が鈍い光を放っている。
おそらく職人手製の高級品だ。そう簡単に素人には手が出せそうにない。
「あのー……栞ちゃん、何か武器とか道具は……」
「そんなモンありません。ありゃ私が使ってます。ここは『どーん!』と男の人らしく北川さんのパワーでブッ壊しちゃってください」
「…………」
もう一度扉を見る。
「……まあ、それじゃ一回……」
数歩下がって、助走距離をとる。
「死ぬなよマイブラザー」
少々不吉な住井の応援。
「…………とりゃっ!!」
たったった、と助走をつけ、渾身のタックルを扉に……
ぐきぃっ!!!
「やっぱりダメでしたか」
北川の死体を脇に追いやり、栞は次善策を講じる。
「それじゃ次は鬼塚●吉先生直伝のこれでいきましょう」
どこぞで見つけたガムテープをゴソゴソとストールの裏から取り出すと、
「では住井さん、がんばってください」
はい、と丸っこいその束を住井に手渡した。
「………は?」
「ですから、奥の部屋に繋がるそっちの窓ガラスを叩き割ってください。音がするとマズイですから、そのガムテープを貼り付けてから」
平然と説明する。
「割るってったって……」
確かに壁の一面はドア以外にも大きな窓ガラスで奥の部屋へと繋がっている。今はカーテンで仕切られていて向こうの様子は伺えないが、叩き割れば部屋に入ることもできるだろう。
だが……
「……これって危なくないの? ガラス片とか刺さったら……」
「(たぶん)大丈夫ですよ。(今までさんざん無茶やってきた)住井さんならやれます。(ダメならダメで私には影響ないから)頑張ってください」
若干言葉を省いた言葉で応援する。
可愛いめの女の子にそう言われては住井も引き下がるわけにはいかない。
覚悟を決めるとガラスの中心部にペタペタとガムテープを貼り付け、
「……(ゴクッ)」
生唾を飲み込み、勢いをつけた肘をテープの真ん中に……
ガショッ!!!
「痛てっ! 痛てっ!! 痛ててててっ!! 痛ててっ!! は、挟まった挟まった! 引っかかった引っかかった! 刺さる! 刺さるぅ〜〜!!!!」
さすがは高級旅館。ガラスもいいものを使っている。
強化ガラスではないのは幸いであったが、ワイヤーで補強されていたガラスは砕け散るところまでいかず、中途半端に住井の腕に噛み付いた状態で耐えしのいでいた。
服の袖が引っかかり、下手に動かせば腕を切りそうになるといった状態で住井は身動きが取れなくなる。
「これでもダメですか……秋子さんやりますね……」
顎に手を当てしばし熟考。とりあえず何か役に立つものはないかと改めてカウンター周辺を調べてみることにした。
「……あ」
ちょうどそこで目に入った。フロント横の壁に、無数の鍵の束がまとめて掛けられていることに。
「手屁っ♪ 私としたことが。ちょっとドジしちゃいましたね」
改めて鍵を使って扉を開錠。悠々と中に進入する。
「暗いですね……」
窓という窓全てには暗幕がかけられており、外の光が一部も入って来ず、まるで夜のような暗さだ。
「ええと、スイッチスイッチ……っと」
手探りで入り口近くの壁を探る。ほどなくして、それらしきポッチリが指先に触れた。
「じゃ、スイッチオン……っと」
ぱぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
流れるように蛍光灯に灯がともっていく。
「……フフフ……思ったとおりです」
白色の光に照らし出され、部屋に再び人の活力が吹き込まれた。
そこに広がる光景を見て、栞は勝利を確信する
オフィスルームとなっているその部屋には、無数の机と、その上に据えられたデスクトップ型PCが無数に鎮座していた。
「Power,ON!」
とりあえず部屋の中の電源という電源全てをコンセントに繋ぎ、一際大きいサーバマシンに電気を通した後手近な一台のPowerボタンを押す。
ブゥゥゥン……と鈍い起動音とともに、徐々に液晶モニタに光が満ちていく。
「なかなかいいモニタですね……余裕があったら帰り際、一枚貰っていきましょうか……」
「な、なるほど……そういうことか……」
ようやくガラス片の戒めから抜け出た住井。ぐったりとした北川を肩に担ぎ、PCルームへと入ってきた。
「ええ、そうです……今の時代、ある程度大規模な施設を運営しようとしたらネットワークを組まなきゃやってられません。
食品を仕入れる段階まで来ているのなら、確実にLANの設定もすんでいるはずです。さらにLANを組んだのならWANに繋がぬはずはない。
インターネット。情報の混沌インターネット。今の時代は誰かに聞くまでもなく、WWW上に無数に翻訳サービスなど存在するのですよ」
回転椅子に座ったまま勝ち誇る栞。そうこうしている間に、モニタにログインウィンドウが現れた。
「ユーザID……それに、パスワード……?」
それを見た住井の顔が落胆に沈む。
「くっ……けどやはりセキュリティも万全か。思いつきはよかったけど、運営の方が一枚上手……」
「……フッ、まだまだですね住井さん。いいですか? 大抵この手のシステムは……」
カタカタ、とキーボードを打ち込んでいく。
「ユーザID……guest……Password……無し……チッ、弾かれた。なら……」
ピポ!
最後に栞がリターンキーを押すとウィンドウは消え、十数秒後デスクトップ画面が現れた。
「やはりですか。まだまだセキュリティが甘いですねぇ秋子さん。ま、営業前のシステムにあまり大きな期待を寄せるのも酷といえるかもしれませんが」
「パスワード……知ってたのかい栞ちゃん? それとも君あれ? ハッカーってやつ?」
「…………フッ」
住井に背中を向けたまま、栞は当然の疑問に答える。
「こういうシステムはですねぇ、本格起動する前ならIDは無くてもOKか、あってもせいぜい『guest』というところ。
Passも無い場合も多いですし、それでなくとも大抵今回のように会社名、『tsurugiya』とかで済んでしまうものなんですよ。
学校とかのセキュリティが根本的に甘いところなら起動した後もこんな状態が続いてることも多いですからね。中学時代、よくPCルームに忍び込んで勝手にネットサーフィンしたものです」
「はぁ、なるほど……」
電脳機器に疎い住井としてはただ素直に頷くことしかできない。北川もコンピュータに関しては超一流の腕前を持っていたりする場合もあるが、それは別のところの北川である。第一今は死んでるし。
「さてと、それじゃ情報の海へ……DIVE!」
デスクトップに存在するInternet Explorerのアイコンをダブルクリック。いざWWWへと飛び込む。
トップページに鶴来屋のWebサイトが現れる。しかし栞はそんなものにはまるで興味ないかのようにアドレスバーにカーソルを合わせると、慣れた手つきで常用の検索サイトのURLを打ち込んでいく。
全てブラインドタッチだ。住井にはその手の動きは人外のレベルにしか見えない。
「栞ちゃん……君ってPCとか詳しいの?」
手は止めず、モニタを向いたまま栞は答える。
「まぁ人並みには触っていると思いますよ。入院中は暇で暇でしょうがなかったんで病室にノート持ち込んで延々とネットサーフィンしてましたから」
「はぁ……それにしても打つの早いねぇ。どんくらいなの?」
「どのくらいと言われましても……それじゃちょっと計ってみましょうか。最近私もやってませんでしたので」
栞はちゃちゃっと目的のサイトに移動すると、なにやらFlashで作られたゲームで計測を始めた。
「OMAEMONA-……っと」
一分後。
「終わりました。慣れないキーボードだったのでちょっと調子が悪いですが……こんなモンでしょうね」
モニタに出たリザルトを住井に示す。
タイピング●ナー ver 3.20
タイプ数:392
ミスタイプ:4(1%)
平均速度(keys/s):6.466
スコア:2560
ランキング:44位/2931人中
あなたは「神!!++」レベルです
「……2931人中の44位って……結構すごいんじゃ……」
「そうでもありませんよ。慣れればこのくらい楽勝です。あ、住井さんも北川さんも一休みしてていいですよ。ネットでもしてたらいかがです?
今取説の文章テキストに起こしてるとこですけど、小一時間もあれば終わるでしょうから。あ、そうだその前に。もう一回厨房に行って冷たいジュースとお菓子とアイスを持ってきてください。
しばらく私集中しますから、話しかけないでくださいね。そのへんに置いといてくだされば結構ですから。それじゃ、お願いします」
一方的にまくし立てると回転椅子を半回転。モニタに向かい、高速のタイプを再開した。
【栞 ホテルからWWWへ接続。翻訳サービスで解読に挑戦】
【北川 ぐったり】
【住井 ほとんど小間使い】
【四日目午前 ホテル コンピュータルーム】
【登場 【美坂栞】【北川潤】【住井護】】
「……ねぇ、美凪……」
「……みちる?」
ホテルの暗がりの中、みちるは美凪の耳元に囁く。
「……まだ寝てなかったの……?」
「んに……目が覚めた……」
時刻は、ちょうど先ほどハクオロと美凪が見張りを交代したところだ。
二人の背後ではソファに腰掛けたまま、トゥスクル皇が瞑想しているかのような静かな寝息を立てている。
美凪の睡眠も十分とは言えず、頭にはうすぼんやりとした睡魔がこびり付いているが、我慢が効く程度だ。
少なくとも、ほぼ不休で動いているハクオロに比べればはるかにマシなはずである。ここで弱音を吐くわけにはいかない。
しかしそれにしても、みちるは今夜一晩はゆっくりと睡眠を取らせる予定だったのだが……
「……ダメですよ……寝ていなくては……。二日続けて動き回ったのです……みちるもだいぶ疲れているはず……」
「んん、それは平気」
諭す美凪だが、みちるは首を横に振る。
むしろ、幾分か真面目な顔に頬を引き締め、話を続けた。
「それより、美凪にちょっと話がある」
「お話……?」
「ん。みちる、ずっと思ってたんだけど……」
「ん?」
場面は移って四日目午前。ホテルから離れ、わき道をひた走るハクオロ一行。
みちるを小脇に抱え、美凪の手を引いてずっと走ってきたハクオロだが、その美凪が森の中途で不意に足を止めた。
「どうした美凪。まだ旅館からは十分離れきっていない。悪いが、休憩はもう少し先で……」
しかし美凪はハクオロの言葉をさえぎり、ふるふると首を横に振る。
「ハクオロさん……」
そして、静かに口を開くと、
「……このあたりでお別れしませんか……?」
……と言った。
「な!?」
仰天のハクオロ。
「ど、どういうことだ!?」
美凪の手を引き、問い詰める。
「痛いです……」
「あ、す、スマン」
慌てて手を離す。二人は50cmの距離を取り、お互いに向き合った。
「その……何故だ? 急に。何か……私はお前を怒らせるような真似をしてしまったか? いや確かにお前たちの疲労のことも考えず、連れまわしてしまった。だが……」
自分が気づかぬうちに粗相をしてしまったかと思うハクオロ。先に謝罪しようとするが……
「いいえ。それは違います」
それは美凪が彼女にしては強く否定する。
「……ハクオロさんには感謝しています……。それこそ、感謝してもしきれないぐらい……いっぱいお世話になっちゃいました。
ハクオロさんは自分のことも省みず、ずっとずっと私たちを庇い続けてくださいました……ありがとうございます」
いきなりペコリと深くお辞儀する美凪。ついつられてハクオロも頭を下げる。
「あ、いや、感謝されるほどのことではない。当たり前のことをしただけだ。……だが、それならなぜ……?」
「……それは……」
「……そこからはみちるが説明するよ」
「みちる?」
いつの間にか、みちるはハクオロの腕をすり抜け、美凪に寄り添うように立っていた。
ずいと体半分を美凪とハクオロの間に割りこませ、神妙な顔でみちるは口を開く。
「思ったんだ。……思ってたんだ。みちるたち、全然鬼ごっこしてないなぁ、って」
「……え?」
「みちるたち、最初にオロに会って、エルルゥとアルルゥを探すって言って一緒になって、そのままずっと過ごしてきた」
続けて美凪も口を開く。
「楽しかったです……」
「エルルゥと追いかけっこしたり、駅に行ったり、トロッコに乗ったり。ずっと三人で一緒に過ごしてきた」
「借金生活も、それはそれでオツなもの……」
「オロと同じようなでっかいのとの追いかけっこも、スリルがあって面白かった」
「柳川さんたちはご無事でしょうか……」
「……なら」
語り口がいったん止まったところでハクオロが割って入ろうとする。しかし。
「でも、それだけなんだ」
「……?」
「ずっとずっと、みちるたちはオロに守られてばっかだったなぁ、って」
「『人探ししながら逃げま賞』ではなく、『守られちゃいま賞』になってしまいました……」
「今まで会ったほとんど人たちは、逃げ手の人も、鬼も、自分の力で『鬼ごっこに参加していた』」
「これ以上ハクオロさんにご迷惑はかけられません……」
「それは!」
その言葉を聴き、ハクオロは語調を強くした。
「それは違う! 私は、迷惑など!」
「……うん、わかってる」
「わかっています。ハクオロさんは、そういう方ですから……人がいいで賞、進呈」
はい、と紙袋をハクオロに手渡す。
「あ、ありがとう……」
……改めて、説明再開。
「オロはみちるたちのわがままをずっと聞いてくれた」
「……だから、これが最後のわがままだと思ってください……」
「……?」
「みちるたちは」
「私たちはは」
「……自分の力で、鬼ごっこをしたいのです」
しばしの沈黙。
「それはつまり、私に一人で行け……ということか?」
「……そうなります。ここで私たちはお別れして、ハクオロさんはご自分の優勝を目指してひた走る、私たちは自分の力で鬼ごっこに挑戦する。
……このまま私たちがいれば足手まとい。そのうちハクオロさんに取り返しのつかないご迷惑をおかけしてしまうことになるかもしれません」
「それに、もしみちるたちが最後の三人になれても結局優勝できるのは一人なわけだしね」
しかしハクオロが素直に首を縦に振るわけがない。
「そんなことは、そんなことはどうでもいい。お前たちのせいで私が鬼になろうとも、それがどれほどのことか。私たちが三人一緒にいることの方がはるかに尊い。違うか?」
「違いません。違いません。違いません。私も、できればそうしたいです。けれど……」
「……それでも、やっぱり、こうした方がいいと思うんだ。みちるたちは、ハクオロに優勝してほしいと思う。みちるたちは自分の力で鬼ごっこをするべきだと思う。
だから、みちるたちは、ここで別れた方がいいと思う……んだ」
「馬鹿な!」
ハクオロは声を荒げる。
「私がいいと言っているのだ! 私はお前たちを守りきってみせる。最後の、最期まで! 私の優勝を望んでくれるのなら、私たちが三人になったところで、そこでもう一度考えればいい問題だ!
第一このゲームも最早終盤戦! 島にいる人間はほとんど鬼だ! お前たちだけで……逃げ切ることなど!
お前たちは、お前たちがそんなことを気にする必要はない。私たちが別れる必要も理由も、ただの一つもないのだ!」
「……ありがとうございます。けど、やはり……」
「……これが、みちるたちの、わがままだから。最後のわがままだから」
「今までさんざんご迷惑おかけしてこんなことを言うのは失礼なことだとわかっています。しかし……けれど……」
「みちるたちの最後のわがまま、聞いてほしい」
それだけ言うと二人は手を取りあい、草むらの奥、道も無いような森の中に消えようとした。
だが、納得できないハクオロはその背中に追いすがる。
「待て! 待ってくれ美凪、みちる! 私は、私はお前たちを……」
「……ごめんなさい」
ちょうど、それと同じタイミングで。
「……あの〜……お取り込み中、すいません」
一行がやってきた方向から、突然二つの人影が現れた。
二人の方には、たすきが。鬼を示す御印であるその鬼のたすきが掛けられている。
「しまった! 気配を探るのを……忘れていたッ! 美凪! みちる! 話は後だ! 今は……逃げるぞ!」
ハクオロはそのまま後ろから美凪とみちるを抱きかかえ、森の中へと走り去ろうとする。
しかし、鬼の片割れ……佐藤雅史は慌てて叫ぶ。
「ま、待ってください! 僕らは怪しいものではありません! ……鬼ではありますけど、あなたを捕まえる気はありません! ハクオロさん!」
傍とハクオロが足を止める。
「……私の、名を……?」
息を整えると、雅史は言葉の続きを伝える。
「突然失礼しました。僕の名前は佐藤雅史。……ハクオロさん、あなたへのお手紙を預かっています。差出人は……エルルゥさんです」
「……エルルゥだと!?」
【美凪、みちる 決別の意思をハクオロへ伝える】
【雅史、沙織 ハクオロに追いつく】
【まなみ 近くにいる】
【四日目午前 森の中】
【登場 ハクオロ・遠野美凪・みちる・【佐藤雅史】・【新城沙織】・【皆瀬まなみ】】
保守
べつにいいと思うが・・・
そろそろ次スレだしね。