気楽にSS その3

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きよみの覆製身の亡骸と、立ち尽くす犬飼と坂神達をおいて、あたしと光岡一足先に非常階段を駆け下りていた。
光岡の背中を追うように階段を駆け下りる間、あたしはずっときよみの覆製身のとった行動の事を考えていた。
『愛する人の命を救う為、自らの命を犠牲にする。』
あたしにはとても考えられない行動だった。普通は自分の命がこの世で一番大切なものだろう。
愛とはそれを凌駕するものなのか?
あたしは人を愛した事がないからわからない。もとより色恋沙汰とは縁遠い生活をしてきたからな。

「…あっ!」

考え事をしていたせいか、階段を踏み外してしまった。
ぽすっ
だが、あたしは転げ落ちる事はなかった。
そのかわり光岡に抱きとめられていた。

光岡「…不注意だぞ、岩切。」

頭の上から光岡が言う。見上げるとすぐそこに光岡の顔があった。
どきっとした。いや、今もしている。鼓動が速い。顔が熱い。
なんだこれは。見慣れている顔だぞ。しかも先程まで喉元に刃を突きつけていた男だぞ!
あたしは光岡から離れ、頭をぶんぶん振る。

光岡「どうした?」
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光岡が怪訝そうにこちらを見ている。
あたしは頭巾を深めにかぶり直しながら気持ちを落ち着かせる。

「い、いや、なんでもない。すまなかった。」

光岡「…急ぐぞ。」

そう言うと光岡は何事も無かったかのように、反転し階段を駆け下りてゆく。
あたしもそれに続く。
今度は踏み外さないよう注意しながら。


オリエントホテルを出たあと、人目に付かない様に気を配りながらあたし達は町外れの雑木林に向かった。
手頃な岩を見つけ、そこに腰を下ろす。
光岡もあたしのすぐ傍に座り、なにやら懐をまさぐっている。

光岡「…食うか?」

どうやら食べ物を探していたらしい。出てきたのはつぶれたパンだった。
それを半分に千切り、片方をあたしに差し出してくる。

「頂こう。」

パンを受け取り、食べようとしたとき

光岡「味の保障はしないがな。」

口元だけを笑わせて光岡は言った。
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パンを食べ終わると、光岡は両手を枕にして仰向けに寝転ぶ。

光岡「岩切、お前はこの先どうするんだ。」

そのまま上を見ながらあたしに問いかける。

「わからない。だが、とりあえず海に行こうと思う。」

あたしは思っていた事をそのまま言った。

光岡「…そうか。ふっ、では同志としては見送らねばなるまい。」

両目を瞑り、鼻で笑いながら言った。
いつものあたしなら『嫌なら来なくていい』位の事は言ったかもしれない。
だけど、今はそんな事言う気分じゃなかった。

「悪いな。」

自然に出た言葉がそれだった。

光岡「…俺はもう寝る。お前も身体を休めておけ。」

そう言うと光岡は、ごろんとあたしとは逆の方にからだを向けた。

「おやすみ」
光岡「…………。」

光岡からの返事は無かった。
だがそれよりも先程と同様に自然に言葉が出て、しかも普段とは違う柔らかな声を発している自分に驚いた。
光岡に対する考え方や接し方が変わってきている。
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思えば先程階段で転びそうになったのを抱きとめてくれたときからだ。
顔が熱くなり、胸がどきどきした。
ひょっとしてあたしは光岡の事が、あの…、その…、す、好きになってしまったのだろうか?
…そういえば、高等小学校のときの先生に対してもこんな事があったような…。
あーっ!いったいあたしは何を考えてるんだ!!
ぶんぶんとかぶりを振る。
こんな事考える様になったのも、みんなきよみの覆製身のせいだ。
それほどあのきよみの覆製身のとった行動が、あたしにとって衝撃的だった。

「…愛か。」

おもわず口からこぼれ出た言葉。至極美しい言葉だと思った。
ふふ、まあいい。あたしはあたしのやりたい様にやる。それだけだ。
さて、では休むとしよう。
あたしも光岡とは逆の方を向き、身体を横たえた。


次の朝、あたしと光岡は海に来ていた。

光岡「ここから行くか。」

普段と変わらぬ口調で言う。

「ああ。」

あたしは目線を下げ、光岡を見ない様にする。

光岡「ふっ、お前のような奴が海の怪談を作るのだな。」
4605/8:03/08/02 20:48 ID:+bcapSuL
真顔で言うか!それを!
頭にきたがすぐ平静を取り戻す。

「ぬかせ。人魚の伝説とでも言えんのか?」

切り返してやった。しかし光岡は少しも動じない。

光岡「言ったとして、素直に喜ぶようなタマか?」

くっ、仮にも女に対して『タマ』とか言うか!普通!
本気で頭にきた。おもわず脹れっ面になる。

光岡「ふふっ、そう脹れるな。冗談だ。」

光岡が表情を緩ませる。今迄見た事がない笑顔だった。
…また顔が熱くなってきた。わ、話題を変えよう。

「光岡、お前はどうする?」

あたしが話題を振ると今迄の笑顔がすーっと消え、引き締まった表情になった。

光岡「俺か。俺には倒すべき敵がいる。」

空の彼方を見やりながら答える。
あたしもその『敵』が誰かは分かっている。

「坂神か…。」

あたしは小声で呟く。光岡は小さく頷いた。
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「奴と決着をつけるために、この生命がある。」

両手を開き、それを見つめながら眼だけを笑わせている。凄まじい気力を感じる。
だがその反面その姿からは儚さも滲み出ていた。あたしはその理由を知っている。
強化兵の研究所でたまたま研究者達が言っていた事を耳に挟んだ。
完全体に最も近い強化兵といわれた光岡の唯一の欠陥。
それは、体内に仙命樹を入れ強化兵になった代償に、老化を促進してしまう体になってしまった事だった。
あたし達他の強化兵は不老不死化したが、光岡は逆に常人よりも寿命が数段短くなってしまったのだ。
光岡には時間があまり残されていない。
そのことを思うと居た堪れない気持ちになる。
どうせあたしはこの先どうするか目的がある訳ではない。
それにあたしには限りない時間がある。
その時間を少し割いて光岡の為になにかしてやってもいいんじゃないか?
いろいろ考えたが、あたしの中で結論は既に出ていた。
『光岡と一緒にいたい』
何故そう思ったのかは分からない。奴に対する哀れみの気持ちなのか、それとも…

光岡「まあ俺の事はどうでもいい。それより行かないのか?」

光岡があたしを促す。だけどあたしの心は決まっていた。

「やめた。」

光岡「…なんだと。」

予想外の答えが返ってきたので驚いているようだ。
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「行くのをやめると言ったのだ。」

あたしは『さも当然』という感じでもう一度返した。

光岡「何故だ。」

奴は怪訝な表情で問う。

「お前と坂神の決闘、面白そうじゃないか。どっちが強いか興味あるしな。
 あたしがその決闘見届けてやる。だから光岡、お前について行く事にする。」

あたしは半分本音を言った。もう半分は口が裂けても言えない。

光岡「…岩切、お前何を考えている?」

更に怪訝な表情で問う。

「別に何も考えてなどいない。時間は余るほどあるんだ。ただの退屈しのぎだ。
 それに如何しようとあたしの勝手だ。あたしはあたしのやりたい様にする。それだけだ。」

あえてぶっきら棒に答えてみる。本心を包み隠すように。
すると光岡は「ふぅ」と小さくため息をつく。

光岡「『時間は余るほどある』か…まあいい。好きにしろ。」

そう言って光岡はあたしに背を向け歩き出した。
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『時間は余るほどある』
光岡が聞こえないような小声で言った言葉。あたしには聞こえてしまった。
先程あたしが言ってしまった言葉だ。
光岡は己の欠陥の事を知っているのか。それとも知らないのか。
あたしには知る由もない。
唯一つ分かっていることがある。
それはこれからあたしと光岡の二人の旅が始まるという事だ。