見た目は乙女! 七瀬スレ 其の十四

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462前編 1/5
「あたし、乙女になるから」

 声高らかに そう宣言したのは昨日の夜。
 清水の舞台から飛び降りる思いで掲げた誓いの旗。
 唐突な告白を聞かされ、石地蔵のように固まった両親は、
一瞬きょとんとした顔を見合わせ、そして静かにこちらを向いた。
 笑われるだろうか。 呆れられるだろうか。
 意を決して放った言葉の反応を、内心ドキドキしながら待つ。

「そうか」
「頑張ってね」

 しかし、帰ってきた答えは あまりにもあっけなく。
 予想外の対応に、今度はあたしが 拍子抜けしたまま固まってしまった。

 翌日。 大きな荷物を抱きかかえ 帰路を急ぐ。
 商店街を回り、可愛らしい小物や雑貨を買い揃えた。 お菓子の本も買った。
 とりあえず型から入ろう。 そう考えた。 楽しい買い物ではあったが、足取りは軽くない。 
 ――――ずっと、昨夜の事を考えていた。
 別に、大袈裟に応援して欲しかった訳では無い。
 笑われたり呆れられたり、そんなのを望んでいた訳でも無い。
 けれども、もっとこう……。 何か言って欲しかった……?

 勝手なものだ。
 実際に何か言われれば、五月蝿いと思うくせに。
 いつもみたいに囃し立てられれば文句を言うくせに。
 いざ、何も言われなければ寂しいだなんて。
 贅沢なのかもしれない。 我侭なのかもしれない。
 あたしは、嫌な女なのかもしれない。
 そんな事を、ずっと考えていた。
463前編 2/5:03/06/04 05:26 ID:I7f/wfAc
 いつもより 随分と遅い時刻。
 晴れない気分のまま開く 玄関のドア。 
 今日 何度目かの重い溜息を吐き、のろのろと靴を脱ぐ。
 賑やかに床を鳴らす足音と、明るく弾む出迎えの声。
 俯いていた顔を上げれば、母さんがそこにいた。

「あら、お帰りなさい」

 その両手いっぱいに、大きな花束を抱きしめて。


「ど、どうしたのそれ?」
「うふふ、父さんがね……えへへ」

 その胸に抱く花にも負けない笑顔を咲かせ、上機嫌の母さん。
 喜びを爆発させながら、くるくると舞い踊るその姿は幸せそうだ。
 ビア樽を抱きしめ 咆哮する大デブのドイツ人のように、笑顔が満ち溢れてる。

「父さんが……?」

 予想も出来ない返答に戸惑った。 有り得ない。
 あの父さんが、意味も無くそんな事をするだろうか?
 そんな気の利いた事が出来るタイプだろうか? ――断じて違う。
 浮気でもしているのではないか?
 心にやましい事でもあるのではないか?
 素っ気無い返事。 関心の無い態度。
 昨夜のやり取りを思い出し、穿った見方をしてしまう。

 ……あたし、嫌な女だ。
464前編 3/5 :03/06/04 05:27 ID:I7f/wfAc
 憮然とするあたしの背中、楽しげに母さんが押す。
 ほらほら と促され、向ったリビングには父さんの姿。
 ……何だか待ちかねた様子。 
あたしの顔を 見るや否や、大きな荷物を差し出した。

「え……?」

 突然の贈り物に、怪訝とした表情で父さんを見やる。
 無関心な昨日の態度。
 不可解な今日の行動。
 何を考えているのか。 父さんの事が分からない。

「約束、だからな」
「約束……?」

 要領を得ない言葉。 尚更 訳が分からない。
 誕生日でもなければ、クリスマスでもない。
 意味も無く 贈り物をされる心当たりなど……
 困惑しながら、受け取った荷物に視線を落とす。

 大きさの割に、随分と軽い箱。
 シンプルながら高級そうな包装。
 ふと、浮かんだ中身の想像に、あたしは思わず顔を上げた。


 もしかして、もしかしてこれは――――!
465前編 4/5:03/06/04 05:28 ID:I7f/wfAc
 遠い記憶。


「写真とおんなじー」

 クローゼットの奥。
 大事に、大事に仕舞われていたそれを見て、幼いあたしは嬉しくなった。
 大発見をした気分。 きゃあきゃあと、声を上げる。

 それはドレス。 煤けたドレス。 

「そうね、おんなじね」

 さらさらと、あたしの髪を優しく撫でる、母さんの笑顔 覚えてる。
 ベットの脇の小さな木棚。 古ぼけた写真立て。 その中にも、同じ 笑顔。

「おんなじ、おんなじー」

 教会の写真。 煤けたドレス。
 ふたつを並べ 見比べて、あたしはまた嬉しくなった。

 空の青。 雲の白。 木々の緑。
 そして、真っ直ぐに伸びた 赤。
 祝福の鐘 鳴り響くバージンロード。
 喝采に包まれたその道を、このドレス着て歩く事 母さんは選んだ。

 新品でもない。 特注でもない。 純白でもない。
 何の変哲もないパーティドレス。

 けれどもそれは、かけがえのない宝物。
466前編 5/5 :03/06/04 05:28 ID:I7f/wfAc
「父さんがね、くれたのよ」

 この言葉に弾かれて、あたしは部屋を飛び出した。
 母さんのドレス抱きかかえ、階段を駆ける、廊下を疾る。

 息を切らせ飛び込んだリビング。 片隅には 朽ち果てた父さんの姿。
 早朝の魚市場で 静かに出荷を待つ冷凍マグロのように 微動だにせず。
 腫れ上がった顔。 頬に残る鉄拳跡。 そういえば、さっき物凄い音してた。
 いつもの事とはいえ、母さん容赦なさ過ぎ。

 冷たくなってる父さんを、無理矢理に揺り起こす。
 あたしも欲しい。 あたしも着たい。
 手にしたドレス大きく広げ、あたしもあたしも、と駄々をこねた。

 のろのろと、身体を起こす父さん。 衰弱しきってる。
 間違って冬まで生き延びてしまったカマキリのよう。

「あー……大きくなったらな……」
「大きくっていつ? あした? あさって?」
「……それが着れるくらい」

 弱々しく指差すは、母さんのドレス。

「ぜったいだよっ? やくそくだよっ!」
「あー……約束、約束」

 蚊の鳴くような声。 ゆっくりと目を閉じた父さん。 もう動かない。
 だらり、と 力無く伸びた手を 強引に引っ張り、あたしは指を絡ませた。

 ゆびきりげんまん。
467名無しさんだよもん:03/06/04 05:41 ID:mw2qqNwt
おおっ、いいねえ( ´∀`)
468名無しさんだよもん:03/06/04 19:00 ID:s+98PN1Z
親子丼かと思ってしまった俺はダメ人間ですか?
469名無しさんだよもん:03/06/04 19:08 ID:T9xmuK5x
やはり、お
470名無しさんだよもん:03/06/04 22:38 ID:EcVRKW9B
おっ久しぶりだな、いいねえ。
特に咆哮するドイツ人(w
471後編 1/5:03/06/05 02:43 ID:hPFmvQgZ
 ――完全に思い出した。

 間違い無い。 これは ドレス、だ。 

「父さん……」

 不覚にも 涙が出た。
覚えていたのだ。 父さんは覚えていてくれたのだ。
 幼いあたしとの約束を。 他愛の無い口約束を。
 あたしは忘れてた。 約束も、約束をした事すらも。
 何もかも忘れ、竹刀片手に別ルートを爆走してた。

 馬鹿だ。 あたしは馬鹿だ、大馬鹿だ。
 あたしは、愛されているではないか。
 こんなにも 愛情を注がれているではないか。
 何が浮気だ。 何が無関心だ。
 ちらり、とでも下衆な事を考えた自分を恥じた。
 あたしは、馬鹿だ。

「……開けてみてくれないか?」

 照れた顔を横に向け、父さんが優しく語り掛けた。
ぽろぽろと涙零すあたし。 うんうん、と頷き、涙を拭う。

「気に入ってくれるといいんだが……」

 そんなの決まってる。 気に入るに決まってる。
 あの夏の日の、母さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。
 陽光に煌いた、あのドレスが脳裏に浮かぶ。
 期待と希望に胸を弾ませ、ゆっくりと 箱を開いた。
472後編 2/5:03/06/05 02:44 ID:hPFmvQgZ



 ゴスロリ。



「――んごふうぅッ!」
 先端に毒の塗られた大槍で 脇腹を貫かれた野生の豚のような悲鳴。
 鼻から不思議な液体を大噴出させ、あたしは激しく絶句した。

 何だ、これは。 
 魔界の民族衣装のような これは何だ。
 出来損ないの冥衣のような これは何だ。

 突如として訪れた 悪夢のような現実に、思考と表情が凍り付く。
 極太の麻酔針を、ダイレクトで脳に打ち込まれた気分。

 着ろ、というのか。 これを。
 この異形の物体を。 倒錯世界の特攻服を。

 無理だ。 絶対に無理だ。 いくら何でもコレは無理だ。 
 ようやく風呂場で顔をお湯に浸けても泣かなくなった園児が、
荒れ狂う真冬の玄海灘に 素っ裸でダイブするようなものだ。 自殺行為だ。

「あの……父さん、あたし……その……」
 そろり、と 伺う父さんの顔。
 目が合った。 あたしを見てる。
 期待している。 あたしを見てる。
 視線が痛い。 それ以上に心が痛い。
473後編 3/5:03/06/05 02:44 ID:hPFmvQgZ
「恥ずかしかったなぁ……買う時。 店員とか客とかにジロジロ見られて……
 でも頑張った。 父さん頑張った。 可愛い可愛い娘の為に、一所懸命頑張った」

 遠い目をしながら、聞いてもいない事を すらすらと口走る父さん。
 酸欠の金魚のように 口をパクパクとさせ、完全に言葉を失うあたし。

 こんな台詞を聞かされて、一体誰が断れるというのか。
 そんな犬畜生にも劣る真似を、何処の誰が出来るというのか。
 窓ガラスを叩き割って颯爽と登場した性欲全開のナマハゲに 出刃包丁を突き付けられて、
死ぬかパンツ脱ぐか好きな方を選べ、と至近距離で訊かれた秋田美人のような心境。

乙女ルートのシナリオ。 バッドエンドに向けて、猛烈な勢いでシフトチェンジ。


行き場をなくした視線。 為す術もなく 手元に戻す。
 箱の中には、相変わらず 禍禍しさ抜群の暗黒聖衣。
 脳内に住むもう一人のあたし、既に昏睡状態。
 朦朧とした意識で、それでも必死に想像してみる。
 それを着た、自分の姿を。


 …………。


 ガクガクと小刻みに震えが来た。
 ヤバイ。 ヤバ過ぎる。
 マズイ。 マズ過ぎる。
 何とかしなければ。 どうにかしなければ。 どうすればいいんだ。
474後編 4/5:03/06/05 02:45 ID:hPFmvQgZ
ヘルプ! ヘルプ! 助けて偉い人っ!
 懸命のアイコンタクト。 すがる視線を投げ掛ける。
 母さんなら、きっと何とかしてくれる。 きっとあたしを助けてくれる――。

「あたしの事、気に掛けてくれてるんだぁ……」
「ちゃんと見てくれてるんだぁ……」
「大事に思ってくれてるんだぁ……」

 訳の分からない言葉を呟きながら、花束を抱きしめる偉い人。 
 恍惚の表情。 父さん好き好きオーラが、全身から溢れてる。
 ……見てない。  あたしの事など、まるで眼中に無い。

甘えた声と素振とで、父さんに纏わりつく母さん。
 完全に手懐けられている。 初代ラッシー以上の従順さだ。

「おまえにだけプレゼントすると、母さんが やきもちを妬くからな」

 呆然とするあたしに、囁くような父さんの声。
 ジェントルメンなお言葉が、有難すぎて言葉も出ない。
 どうしてこんな時にだけ、気が利くのですかマイファーザー。
 万策尽き果て、ガックリと膝をつく。 チェックメイト。 逃げ場無し。 

 新たなる幸せ求め、走り出した乙女ルート。 
 初体験のシナリオは、始まった途端にバッドエンディング到達。 屈辱の羞恥プレイ確定。


 自室でひとり。 ひんひんと、泣きべそをかきながら着替えを終える。
 部屋の電気は消したまま。 鏡に映る 自分の姿を見たくない。
 呪われた衣装に身を包み、再び 両親の待つリビングへ。 
 重い足取り。 死にたい気分。 陰鬱な顔で開けるドア。
475後編 5/5:03/06/05 02:46 ID:hPFmvQgZ
「もうっ! 父さんたらーっ!」
「いやいや、本当だって。 やっぱり母さんの方が綺麗だぞ」
「と、ととと父さんったらっ! もうっ! もうっ!」

 楽しそうだ……。 とても楽しそうだ……。 

マルチバッドエンディングシステムですか そうですか。
 隠しエンドは放置プレイでしたか そうですか。
 一瞥もされないまま、立ち尽くすあたし。 生き恥 晒し放題。
 スイートな空気を撒き散らし、更に加速する両親のハッピートーク。 

「よーし、それじゃあ せっかくだから、今日は家族揃って出かけるか」
「あら、でもラーメン屋さんは嫌よ? うふふふ」
「あははは、母さんは手厳しいなあ。 あはははは」

 お出かけ? 外食? この格好で?
 クレイジーマックスな提案に 卒倒しそうになる。
ヘシ折れんばかりに激しく、首を横に振りまくるあたし。


 両親 完全 無視。 放置プレイ継続中。


 お財布よーし。 元栓よーし。 戸締りよーし。 
 指差し確認も着々と。 お出かけの準備はテキパキ進む。
 魂の叫びは届かない。 乙女の祈りも届かない。
 部屋の隅でひとり。 ガタガタと震えながら、想う。


 トゥルーエンドはどこですか?