59 :
マイケッシャ ◆zeLg4BMHgs :
ふと思ったのが、ギャルゲーで「母性」なり「父性」なりという話が出る場合
、みんな、キャラクターの性別を額面通りに受け取りすぎるんじゃないか、
ということだ。エイハブ船長のモデルはメルヴィルの母親である、くらいの
話は聞かないのかね。
要するに、晴子さんを無前提に「母」と見做すようでは、あまりに無邪気すぎるということです。
たとえば『AIR』なら、晴子さんを「母」と見るのも「父」と見るのも、読解としては等権利なんですよ。
60 :
マイケッシャ ◆zeLg4BMHgs :03/04/18 18:10 ID:dqAxQwIA
ついでにいえば、麻枝准の描く母親像というのはちょっと面白い。
基本的に「遠くにいて見守っているだけ」の存在なんですね。MOON.だと「月」が出てきますが、まさにああいうものなのです。
ちなみに『まもって守護月天!』のサユリさんというお母さんも、遠くから祈ってるだけで何もしない人ですね。
あの作品の主人公の家族のブッ壊れぶりはけっこう好きで、お姉さんにしても、一人でガキを放っておいたら淋しがるだろうとか、
その程度のことを思いつきさえしない。まあこのへんは脱線。
61 :
マイケッシャ ◆zeLg4BMHgs :03/04/18 18:11 ID:dqAxQwIA
ちなみに従来の「母性」のイメージを考えてみますと、無限の肯定と承認、豊かな肉感性を前提とする甘やかな一体感。
これはメルヴィル『白鯨』の鯨脳のなかに人が落っこちるシーンあたりを(というか小谷野敦『八犬伝説綺想』を)
参照していただけるとわかりやすいんじゃないかと思うのですが、だいたいそういうものなわけです。少なくとも
『成熟と喪失』読む限りでは、そういうものだったようです。
62 :
マイケッシャ ◆zeLg4BMHgs :03/04/18 18:11 ID:dqAxQwIA
つまりですね、麻枝准の作品を論ずるために、母性という言葉を用いる人ってのは、「自然性と肉体性を基礎とした温かな一体感」
と「アータフィシャルで観念性の先行する、断絶を前提とするような関係性」を、同じ言葉であらわすという暴挙に出てることに
なりかねないわけです。実際、そこでいわれる「母性」が何なのか、読んでてもよくわからない