葉鍵的 SS コンペスレ 8

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615 ◆rWEpi0ceOw
今から投稿します。
KANONの美汐で、11レス予定。
616「いつか見た夢」1/11:03/05/28 00:02 ID:vDzvGzZo
 風が吹くと思い出す。


      『いつか見た夢』


 ブラウン管の向こう側では、極めて無表情な顔をしたアナウンサーが、至極ありふれた
六時のニュースを伝えていた。曰く、どこどこで傷害事件が起きた。曰く、誰かが誰かを訴えた。
今日も日本は全国的に平和日和だ。

「『もし右のカードを取るならば、左のカードはジョーカーである』が真実だとすれば」

 重大な秘密を告げるような押し殺した声で、祐一が真琴に囁いているのが見える。真琴は
円い瞳を一層大きくして、身じろぎ一つしない。
「左のカードはお前がこれを取らない限り、ジョーカーではない。よってお前は左のカードを
取らない。ゆえに、ジョーカーを引く。これは理論的に同値であり、トートロジーだ」
 真琴が小さく喉を鳴らして唾を飲み込んだ。祐一は両手に一枚ずつカードを持ったまま、
クッションに坐り直している。
「だから、真琴。右のカードを引け。いいな」
 ずい、と差し出された二枚のカード、日本全国厳選狐表情パターン集が背面に印刷された
美汐愛用トランプのカードを均等に見比べて、真琴は明らかに肩を強張らせた。ちかちかと
点滅する蛍光灯の下、相沢宅の居間を烈しい痛みのように張り詰めた空気が支配する。
「じゃ、じゃあ右……と見せかけて祐一は絶対右にジョーカーを持ってるから、左を取ると
リロン的に同値でとーとろじーだから、やっぱり右を取ると左にジョーカーがない時を考えて、
ひ、左……でも右?」
 蜃気楼で囲まれた迷宮に踏み込んでしまった真琴は、あぅあぅ唸りながら祐一の手元を
凝視する。祐一の唇は笑みを作るが、そのすぐ脇を一筋の汗が伝っていく。
617「いつか見た夢」2/11:03/05/28 00:03 ID:vDzvGzZo
 壁時計に目をやり、一人離れてソファーに坐っていた美汐はついに立ち上がって、言った。
「二人とも、カードを引くだけのことにいつまで時間を掛けているんですか。ちゃっちゃと進めて
下さい。たかが、ババ抜きでしょうに」
「たかが、だと!」祐一が視線を真琴に向けたまま、声を張り上げた。「ああ、これはババ抜きだ。
子供のお遊戯だ。だがな。言うなれば、俺と真琴のプライド、いや尊厳を賭けた一世一代の
大勝負なんだ。部外者は口を挟まないでくれ」
「そうよぅ。一人で勝手にあがっちゃった美汐は部外者なんだから!」
 全くもって、始末の悪い二人組みだった。言葉の端々に込められた八つ当たりの感情を
体一杯に受け止めて、美汐はカード二枚分のため息を深深と吐き出した。

「あーもう、美汐がそんなこと言うから、わからなくなっちゃったじゃない。えっと、右、じゃなくて
左がジョーカーである、が真実なら、左はジョーカーじゃなくて、ゆえに右を取ると……」
「いや待て。大前提として、果たして本当にどちらかがジョーカーなのか? もしかしたらどっちも
ババじゃないかもしれないぞ。そうだ、その可能性があった。とにかく、引いてみればわかる。
ほらほら」
「あ、そっか――ってそんなことあるわけないわよぅっ」
「ならば、引け。さぁ早く」
「じゃ、じゃあ……こっち?」
「ああ! そのカードは」
「と見せかけて左!」
「よっしゃあぁぁっ!」
 派手なガッツポーズをつくる祐一と、その場に糸が切れたように崩れ落ちる真琴。
「あぅぅ。とーとろじーに負けた……」
618「いつか見た夢」3/11:03/05/28 00:04 ID:vDzvGzZo
「……二人とも楽しそうですね」
 美汐の語調に浮かぶ微妙な変化に気がついたのか、祐一は急にこちらを振り向いて、
にやにや笑った。
「ああ、楽しいとも。さっきから疎外感があって寂しいんだろう? よしよし、そんなみっしーに
一つ仕事を与えてやろう」
 つい、と天井の蛍光灯を指差す。余力を振り絞って瞬きを繰り返すそれは、命が燃え尽きる
寸前の蝋燭を思わせた。
「さっきから、こいつが集中力を奪うんだ。どこだったけな、たぶん庭の物置にスペアがあると
思うから、持ってきて取り替えてくれないか」
 そうしたら次のゲームに入れてやらないこともないかもしれないぞ、と祐一は言って、顎を
しゃくった。何時の間にか、テレビの画面には天気図が映し出されている。日本地図の下部に、
混乱の象徴である白い塊。さっきの事務的なアナウンサーが、やはり淡々と、台風が迫ってきて
いることを告げていた。
「雨が降り出さないうちに庭へ出ておいた方がいいと思うね、俺は」
 祐一は肩をすくめると、再び真琴とのにらめっこに戻った。

 忘れているのか、それとも作戦なのか。ババ抜きを始めたのは、誰がこの蛍光灯を取り替えるか
ということで揉めたからだったでしょうに、などと言うことも面倒になって、美汐は庭に向かった。
結局のところ、実際に自分は少し嫉妬しているのかもしれない、と思う。
 祐一に、真琴に、そして彼ら二人に。
「しかし、この街にも台風は来るんだな」
 居間を出る時に、そう祐一が呟いたのが妙に耳に残った。
619「いつか見た夢」4/11:03/05/28 00:05 ID:vDzvGzZo

 ぎしぎしとガラス戸が悲鳴を上げていた。靴を履いて玄関から回ってきた美汐は、たった
数メートルのその距離の間に、風に舞う塵の竜巻と何度か遭遇した。過ぎ去っていこうとする
夏の熱を未だに孕む九月の大気は、莫大なエネルギーをもって攪拌されている。樹々が
共鳴し、雲が空を流れ、埋め尽くす。低くを舞う鳥が、鳴き声もあげずにどこかへと消えていく。
自然は自身の殻に閉じ篭る支度を終えた。

 台風が来るのだ。
 もうすぐ、あの雲から落ちる雨が世界を叩き付けるだろう。それはさながら大地の感情を
原色のままパレットに流し込んだように。川は歓喜に震え、アスファルトの道路は喜悦の
旋律を奏でる。
 そして、風は嵐へと変化する。
 こんな時、あの娘なら何と言うだろうと美汐は思った。どんな反応をするかと想像した。
悲しみの沈黙を守るか、喜びの囁きを漏らすか、怯えた笑いを浮かべるか。どれもが正しい
ようであり、どれも当てはまらない気がした。全て理解していたようで、何もわからない。

 風が吹くと思い出す。
 思い出さずにはいられない。
620「いつか見た夢」5/11:03/05/28 00:06 ID:vDzvGzZo
 ぽつねんとして天に腰掛けている雲に朱の線が交じり、太陽が静かに稜線の陰へ沈んでいく
夕暮れ。夜が迫るものみの丘に吹くそよ風に、彼女はよく抱擁するような仕草をしていたもの
だった。風に靡(なび)く髪を撫で付けることもせずに、微笑すら浮かべて目を閉じているので、
美汐は一度尋ねたことがある。
『何が、そんなに嬉しいのですか』
 しばらく黙り込んでいたが、やがて山彦のように答えを返してきた。
『美汐は、なんで嬉しくないの?』
 さわさわと足元の枯草が波打ち、やはり朱に染まった鴉が遠くの空で仲間を呼んでいた。
その鳴き声が響き渡る度に、臆病な雀が樹から樹へ飛び廻る。
『風も、嬉しいな、楽しいなって、言っているんだと思うよ』
 夕陽に引き伸ばされた二人の影は、緩やかに大地へ溶け込もうとしていた。
『そよ風は風が気分がいい時なの。特に、夕焼けとセットで吹く時は、さいっこうにご機嫌な時。
スキップしながら口笛吹いてる感じ』
『そう想うのは、何故ですか』
『どうして、そう想わないの』
『どうしてでしょう』
『なんでだろう』
 言葉遊びのような掛け合いの末に、彼女は不思議そうに、幾分断定的な口調で言った。
『風だって生きているんだから、そう言うのは当たり前じゃない。いくら美汐だって嬉しい時は
スキップぐらいするし、口笛だって吹くでしょ』
 その横顔は、その瞳は、誰よりも何よりも緋色を反射して。
『美汐は、どうしてそう想わないの』
 おそらく、あまりにも有り触れていたから。手を伸ばせば、すぐにその存在を感じ取ることが
できたから。いつまでもそこに在るものだと思い込んでいた。
 なんででしょう、と言ったあの時、僅かに強さを増してきた風の中で、彼女は少しだけ口を
尖らせていた。
621「いつか見た夢」6/11:03/05/28 00:07 ID:vDzvGzZo
 遥か彼方のサイレン音が静寂を切り裂いて、けれど静謐さは弾力性をもって維持される
初冬の夜更け、月が煌煌と闇を濡らす空。慎ましいくしゃみをしながら、彼女は星に目も
くれずにベランダで虚空を見据えていた。“儀式”は三十分と決まっていた。時計の長針が
半回転すると、寸分の狂いもなく彼女は部屋へ帰るのだった。
 来る日も来る日も繰り返されるその儀式に、美汐は毛布を抱えながら、しばしば付き合った。
二人して何も語らないまま、握り合っていた右手と左手のように心の中では二人同じことを
考えていると信じていた。
 清冽な空気に混ざり込んだ不純物のように、木枯らしが轟々と鳴り響く。彼女に屋内へ
入ることを勧めるのは、とうに止めていた。その代わりに、時折遠慮がちにこちらを向いて、
いいよ、部屋に入ってても、と目で言う彼女を、柳のように流し、石のように頑としてベランダに
美汐は立っていた。この儀式が彼女なりのルールであるならば、一緒に外で頬杖をつくのは、
美汐なりのルールであった。
 今でも思う。果たしてあの時、本当に二人は分かり合っていたのだろうか。
 同じ月を見て、同じ風を感じて、それでも実際は同じものを見ていなかったのではないか。
彼女がちらちら美汐の様子を窺っていたのは、別の何か、とても大事な何かを伝えたかった
からだったのではないだろうか。
 彼女の想いを推し量ろうとしても、記憶の中の彼女はいつも俯いていて、樹海を覆う薄霧の
ように何も見えない。
 風だけが世界を支配していた。世界は風だけに全てを見せていた。
 美汐が彼女の不思議な儀式を生活の一環として認識できるようになった頃、彼女も美汐の
ルールを尊重して共にベランダにいることを自然なものと受け止めるようになった頃のこと。
いつにも増して、彫像のように動かなかった彼女が唐突にぴくり、と首(こうべ)を回(めぐ)らせた。
彼女が儀式の中で言葉を発したのは、その日が最初で最後だった。
『明日は、降るみたい』
 何が、とは訊かなかった。ちょうど晩のニュースで、もうすぐこの地方に今年最初の雪が降ると
予報士が天気図を棒で指しながら言っていた。
 それきり、嫌だなとも、楽しみだなとも言わずに、彼女は象徴的な彫像へと戻った。
622「いつか見た夢」7/11:03/05/28 00:07 ID:vDzvGzZo
 風を愛し、風に怯えた彼女が美汐の手からすり抜けるようにして消えたのは、皮肉にも風が
全く吹かない大雪の日だった。
 しんしんと雪が積もり、病室の窓を埋めてゆく。生まれ立ての灰色な朝は音を吸い込み、二度と
吐き出さない。太陽は垂れ込めた雲に阻まれて、地上には白い悪魔ばかりが、乱舞することも
なく、ただ垂直に自らの責務を果たしていく。
 ゆっくりと熱を失っていく彼女の体を、美汐は一晩中抱きしめていた。まるで自分の体温を
彼女に分け与えるかのように力を込めること以外に、彼女を守る術を知らなかった。
『おそとに、でたい』
 うわ言のように、彼女は呟いていた。だらりと垂れた右手は、見えない出口を捜し求めるように
シーツの上でもがいていた。それでも、美汐は彼女を決して離さなかった。早々に匙を投げた
医師を憎んで、昇らない朝日を恨んで、美汐はたった独りで彼女を繋ぎ止めようとしていた。
 けれど、彼女は消えた。髪の毛ほどの痕跡も残さず、吐く息ほどの感触も奪われて。
 その日、風は一度たりとも吹かなかった。

 あれから、ずっと自問している。どうして彼女は消えたのか。何のために彼女は現れたのか。
彼女の何を見ていたのか。
 時が経つ毎に、彼女の姿は朧げになっていく。腕の中の喪失感だけが、美汐の中で肥大する。
 何もできなかった。
 川原を二人で散歩して春一番に顔をしかめることも、五月のピクニックに出かけてハーブティーと
一緒に風を味わうことも、笹の葉に吊るした短冊を揺らす夜風を楽しむことも、シャツ一枚で
寝転がって涼やかに鳴る風鈴に耳を澄ますことも、枯葉を踏みつけながら秋風とステップをとる
ことも、何も。

 時々、特に風が吹いた日は、彼女を夢に見る。いつも決まって、彼女は妖精のように空を舞って
いる。美汐が飛ぼうとしてもちっとも羽は生えてこない。ジャンプして、手を伸ばして、なんとか傍に
行こうとしている内に、彼女がこちらに気づく。靄がかかったような雲の上で、表情が見えないまま、
彼女は何かを言って、どこかに飛び去ってしまうのだ。
 その言葉がわからないことが腹立たしくて、悔しくて、どうにもならなかった。
623「いつか見た夢」8/11:03/05/28 00:08 ID:vDzvGzZo

 後ろでわざとらしい咳払いが聞こえて振り向くと、祐一が胡乱な目つきで美汐を見ていた。
「どうかしたんですか」
 そんな所に立ち尽くして、と美汐は言った。声を張り上げないと、横からの風に遠くへ運ばれて
掻き消されそうだった。空を見上げれば、南の方から灰色の夜が足音を立てて、すぐそこまで
迫っている。
「そうか」と祐一は唇の端を吊り上げて、美汐が好まない笑い方をした。「みっしーは、時間の
使い方によほど長けていると見える。たかだか、そこの物置に電球を取りに行くだけで三十分。
真琴とのトートロジー決戦をうっちゃってまで探しに来たこの俺に、『どうかしましたか』なんて、
冗談も随分上手いな、みっしー?」
「考え事をしていたんです」
「ほぉ。すまん、風が煩くてよく聞こえなかった。自分に課せられた使命を忘れて、まさか考え事を
していたなんて言うまいね。さぞかし、立派な考え事なんだろうな」
「そうですね、祐一さんがいつも学校帰りに用もないのにわざわざ商店街に立ち寄って、肉まんを
買っていることとか、デパートでコスプレ用の狐耳を発見してにたにた陶酔されていたことや、
真琴の写真を財布に入れて常時持ち歩かれていることとか、主にそんな感じのことです」
「――ごめんなさい」
「よく聞こえませんよ? 風が煩くて」
 薄紅色の花を咲かせたサルスベリが、美汐の頭上でぱら、と湿った音を立てた。次いで、足元の
芝生からも一オクターブ低い音。
「ほら、降ってきたっ」
 祐一が救われたように叫んで、美汐の手を強引に引っ張った。
「でも、まだ蛍光灯が」
「それはもういい。真琴が素晴らしいアイディアを披露した。あいつも、やる時はやる奴だった」
 働き盛りの風と、産声を上げた雨に追い立てられるようにして、二人は玄関へ飛び込んだ。
ほんの少し、風に煽られて雨が吹き込んできたが、ドアを閉めると全ては平穏無事な状態に
落ち着いた。
624「いつか見た夢」9/11:03/05/28 00:09 ID:vDzvGzZo
 扉に備えられた飾り棚は深く闇の底に沈んでいる。青白い光だけを発するブラウン管は、逆に
正常時のそれよりも存在感があった。床に敷かれたカーペットは部屋の端へ近付くにつれて、
影のグラデーションをつくっている。部屋の中央には燭台に置かれた蝋燭と、満面の笑みで正座を
している真琴がいた。
「そこの棚にあったの。こないだ、秋子さんが出し入れしてるのをちらっと見た気がして」
「よしよし、誉めてつかわす」と祐一が真琴の頭を撫でる。
 子供扱いしないでよ、手足を振ってじたばたしていた真琴が、ふと止まった。
「……でも、その蝋燭たくさんあって、数えたら三十八本あったのよぅ。一体何の数なんだろう」
 祐一が腕組みをして宙を睨んで、すぐに青ざめる。
「そ、それは誰にも言ったらダメだ。いいいいいいいな。ぜぜ絶対だ」
「あぅ……わかった」

 炎の動きに合わせて、天井や壁に映った三人の影が揺らめく。この幻想的な世界なら、隣を
妖精が羽ばたいていても頷けるだろうと美汐は思った。風が大好きな妖精でも、きっと。
「さ、やろやろ。もうカードは配って置いてあるから」
「またババ抜きですか」
「今度は一番に上がってみせるわよぅ」
「はっはっは。俺のトートロジージョーカーが見破れるかな」
 高笑いをする祐一を尻目に、美汐は真琴の隣にそっと膝をつき、形のいい彼女の耳朶に口を
寄せた。
「祐一さんはカードを取られる時に、必ずジョーカーに目を走らせる癖があります。注意深く
観察すれば、絶対にババは引かないでしょう」
「え、ホント?」
「ええ。大体、先ほどのゲームで祐一さんが言ったのは、見せかけだけのロジックです。あれ
自体に大した意味はありません。そもそもトートロジーというのは、命題が前提の真偽如何に拘らず
真と解釈される時に使う論理学用語です」
「えっと……」
「つまり、前提はすっぱり無視して、右といったら右。左といったら左、と言うように結論だけを見れば
いいのですよ」
625「いつか見た夢」10/11:03/05/28 00:10 ID:vDzvGzZo
 何時の間にか傍ににじり寄っていた祐一が、よくぞ見破った天野探偵今夜はわたしの負けの
ようだなだがしかし次はこうはいかんぞうんちゃら、とぶつぶつ言っているのを遮って、真琴がぱん、
と手を叩いた。
「例えば、風が吹いても吹かなくても、真琴が嬉しければ笑うのはトートロジーなのね」
 似ているないつもバカみたいに笑っているからな、と祐一が美汐の代わりに相槌を打つ。それに
真琴は蹴りを入れつつ、人差し指を立てて言った。
「あ、でも。風がたくさん吹いたら、トートロジーじゃないのかな」
「どうしてですか」
「だって、今日はもう美汐帰れないでしょ。そうしたら嬉しくて、笑うもん。明日も風が吹けば、もっと
嬉しいし、台風が一週間ぐらいこの街にいたら、もっともっと嬉しいわよぅ」
 あーバカだな。しみじみと祐一が頷くのに真琴がドロップキックを飛ばす。
 ちらちら揺れる蝋燭に照らされて、真琴の顔は刻一刻と陰影が変化する。顔のつくりはほとんど
似てやいないのに、その表情がどうしてか風を受け止める時のあの娘に似ているように見えて、
美汐は何度か目を擦った。

「わかった。早く始めようよ。トートロパー祐一をコテンパンにしてやるんだから」
 真琴が手札を整理していく。その動作を見守りながら、ぼんやりと思った。彼女がもしこの場に
いたら、ということ。彼女が台風をどう思うかは依然わからない。きっとこれからもわからないままだ。
けれど、一つだけは確信を持って言えた。
 彼女は、外に飛び出していくだろう。全ての行動に優先して、風を胸に吸い込んだだろう。
そして、風がもっと吹くことを願ったに違いない。何故なら、美汐があの娘を愛するようなやり方で、
あの娘も風と付き合っていたのだから。
626「いつか見た夢」11/11:03/05/28 00:11 ID:vDzvGzZo
「美汐、早くペア捨てて」
 真琴が美汐の視線に気づいて訝しげに言う。祐一はジョーカーを持っているのだろう、頻りに
ある一枚をつまんで場所を微調整している。光源である蝋燭は若々しく燃え盛っている。
時計の文字盤は暗くて見えなかったが、時間がたっぷりあるということはわかった。
「……楽しいですね」
 と、美汐はぽつりと言った。
「いまさら、なによぅ」と真琴が噴き出す。
 祐一は、また唇の端で笑った。「ババ抜きに入れてもらって嬉しいだろ?」


 風が吹くと思い出す。
 風が止んでも忘れない。


 外を暴れる風の音にじっと耳を澄ませ、それから美汐は、トランプカード、狐の笑い顔と泣き顔とが
背面に印刷されているカードのペアを順番に、手札から床へ並べていった。
627名無しさんだよもん:03/05/28 00:12 ID:vDzvGzZo
>>616-626
以上、長文失礼しました。
628 ◆SDnEolDd86 :03/05/28 01:27 ID:SLDW/E7g
これより投稿します。
タイトル『風を祈る二人の姉妹』
登場人物は綾香・芹香およびセリオです。
 豪華客船だろうがなんだろうが、沈むときは沈むのである。
 乗客であった来栖川綾香と姉の芹香、それにメイドロボのセリオは、海に投げ出され漂流した。
 そして彼女たちが流れ着いたのは、無人島だった。

 砂浜に打ち上げられた三人のうち、最初に目覚めて起き上がったのは綾香だった。
「姉さん、しっかりして……セリオ、大丈夫?」
 芹香もその声に目を開けた。どうやら無事なようだ。
 セリオもスリープ状態から意識を回復させたが、彼女は電力のほとんどを消費してしまっていた。
「申し訳ありません、お嬢様方。節電モードに入らせていただきます」
 節電モードになると、動力系への電力供給はストップされる。
「動くことはできなくなりますが、会話はまだしばらくできますので」
「ええ、これ以上無理しないでね、セリオ。あなたは本当によくやってくれたわ」
 綾香も言う通り、セリオは実によく働いた。
 船が沈み、海に投げ出されてからの彼女の活躍は、まさにメイドロボの鑑というべきものであった。
 芹香はもともと泳ぎは不得手だし、運動能力抜群の綾香といえども体力には限りがある。
 そんな二人を励まし助けつつ、この島まで泳ぎついたのだ。

 さらに悪いことに、セリオのサテライト・システムは完全にダウンしてしまっていた。
「本来ならば、衛星に私たちの位置を知らせることができるのですが……」
 セリオは大変に無念な様子である。
「肝心な時にお役に立てず、申し訳ありません」
「何を言うのよ、セリオ……あなたはあんなに一生懸命やってくれたじゃない」
 綾香は胸は痛めた。セリオ自慢のサテライト・システムの故障も、自分たちを助けるために体に過重な負荷をかけた結果なのだ。
「バッテリーはあとどれくらいもつの?」
「通常モードで1分30秒、節電モードで約1時間です」
「そんな少しなの……?」
 綾香は絶句したが、もともとメイドロボの稼動時間はそんなに長いわけではない。まして、激しい救助活動の後である。
 まだ残量があるだけでも奇跡的なくらいだ。セリオがエネルギー配分を必死で調整した成果といえた。

 とはいえ、セリオはもうすぐ止まってしまうのだ。綾香も芹香も、不安は隠しきれない。
「あまり悲観しないで下さい。航路からさほど離れていない筈ですから、救助が来る可能性は低くないでしょう」
「ええ……そうね」
「お役に立てないのは残念ですが、それまでなんとかお二人で力を合わせて生き延びて下さい」
「わかったわ」セリオの言葉に二人は頷いた。
「きっと一緒に帰りましょうね、セリオ」
「はい。及ばずながら、サバイバル技術について簡単にお伝えしておきます」
 セリオは、水や食料の確保や、寝る場所の選び方など、無人島での生存に必要な基本的な情報を二人に教えた。
 サテライト・システムが故障する前に、セリオはこれらのデータをダウンロードしておいたのである。
 二人はセリオが口頭で伝えるこれらの情報を必死で学習した。幸いにして二人とも記憶力は良い。

「それから、船からナイフを二本持って来ました。ベルトに挟んでありますので、使って下さい」
「ありがとう。使わせてもらうわ」
 綾香はセリオのベルトからナイフを抜き取ると、一本を姉に渡し、もう一本を自分で持った。
 使いやすそうなサバイバルナイフで、無人島では非常に役に立ちそうだ。
 セリオの機転に、二人とも改めて感心した。

「もう時間がありません。最後にお伝えしておくことがあります。もしも何か私の助言が必要なことがありましたら、非常用の発電方法があります」
「どうするの?」
「風力発電です」
「風力発電……?」
 綾香にとってそれは意外だった。セリオに風力発電とは、イメージが噛み合わない。
「はい。電圧が不安定になるので、短い時間しか稼動できませんが」
「ちょっと待ってよ。それなら風車がいるんじゃないの?」
「私の脚部に必要な部品が組み込まれています。脚を分解して、組み立てて下さい」
「どうやって?」
「詳しいマニュアルは右腿の側面にあります。皮膚を切って下さい」
「そ、そんな可哀想なこと、できないわよ!」
「私は痛みを感じませんので、お気遣いはご無用です」
「で、でも……」
「申し訳ありません。このような作業は本来私が行うべきなのですが……」
「そういう問題じゃないのよ。あなたの体を傷つけるなんて、私には……」
「私の体は修理すれば直ります。しかしそのためには、お嬢様方に日本に帰っていただかねばなりません」
 彼女の言う事はもっともである。自分たちが生き延びなければ、セリオもどのみち再起動できないのだ。
「……わかったわ、セリオ。あなたの知恵が必要な時は、そうする」
「お願いいたします。……どうやら、そろそろ…バッテリーの限界のようです……」
 彼女の声は次第にか細く、途切れがちになっていった。
「芹香様…綾香様…どうか、ご無事で……」
 それを最後に、セリオの言葉は絶えた。完全な静寂が彼女を支配した。
「セリオ……」綾香は忠実なメイドロボを抱擁し、その額にそっと口づけた。
 永遠にこのままというわけではないが、死んだように動かなくなってしまうのは心細い。
 自分たちのことばかり心配してくれたセリオ。その心情を思いやると、涙をこらええない綾香だった。

 ふと気がつくと、芹香はセリオを囲むように地面に何かを書いている。
「姉さん……何してるの?」
「………………」
「『セリオちゃんが起きるように魔法をかけてみます』? ちょっと、馬鹿なことはやめてよ!」
 綾香はつい声を荒げた。
 平生なら姉の変な趣味につきあうのもいいが、今はそんな場合ではない。
「セリオは科学技術が生んだロボットなのよ!? 魔法なんかで動くはずがないじゃない!!」

「………………」
 芹香は、綾香の剣幕にたじろぎ、悲しそうに肩を落とした。
「あ……」姉の様子を見て、すぐに綾香は後悔した。
 もちろん、芹香だってセリオのためを思っていたはずだ。
 今まで自分が足手まといになっていた、とすら思っていたのかもしれない。
 芹香は芹香なりに、何か役に立とうと必死だったのだろう。
「ごめん、姉さん……力を合わせないといけない時なのに」
 今度は綾香のほうがうなだれた。
 姉の気持ちを傷つけた自分が、とても恥かしい人間である気がした。

 そんな綾香を見て、芹香は頭を撫でてやった。
 ──気にしないでください。綾香ちゃんが悲しむと、私も悲しくなります。
 そう言ってくれていることは、妹である綾香にはすぐにわかる。
「姉さん……」
 姉の手に、綾香は不思議な心のやすらぎをおぼえた。やっぱり自分はこの人の妹なのだな、と思う。
 心の深い部分で、姉の存在に頼っているところがある。自分もできる範囲で姉を守らなければならない。綾香はそう決心した。
 気がつけば、日が暮れるまでさほど時間がなくなっていた。いつまでもそうしているわけにもいかない。
 セリオがポケットに少しだけ缶詰を持ってきてくれていた。今日はそれを食べて、明日から食料を探すことにする。

 暗くなる前に寝る場所も探さなければならない。深入りしないように注意しながら、浜辺のそばの森に行ってみた。
 幸い、浜に面した場所に、洞のある大きな木が見つかった。眠るにはちょうどよさそうだ。

 セリオを砂浜に放置することもできないので、二人は彼女をそこまで運んだ。
「………………」
「え? 『セリオちゃんも一緒に寝ましょう』って? そうね、そのほうがきっと喜ぶわ」
 二人はセリオを挟んで横になった。セリオの人工皮膚は保温力が高いのか、その体は思ったよりも冷たくない。
「おやすみ、姉さん。おやすみ、セリオ……」
 どちらからともなく、姉妹はセリオの体越しに手を繋いだ。
 お互いの手の温もりが伝わりあう。
 こんな状況だが、さほどの不安を感じずに眠りに落ちることができた。

 とんでもない災難に遭ったが、自分が孤独でないことに、綾香は感謝したい気分だった。
 次の日。
 食料を調達するのに、綾香は狩猟担当、芹香は採集担当と、自然と役割分担が決まった。
 綾香はナイフを手に獲物を探しに行った。

 彼女の並み外れた運動神経のおかげで、それはうまくいった。
 何かはわからないが、サケのような川魚やら、ネズミの化け物のような獣やら、飛べない大きな鳥やらが獲れた。
(これ、何ていう生き物だろ……? まあ、食べられないことはないでしょ)
 こんなときに細かいことを気にしては生きていけない。それより早く帰って姉さんに見せてあげよう。

 綾香が上機嫌で帰ってくると、芹香はかまどを作って火の準備をしていた。
「ただいま、姉さん。ほら、凄いでしよ。いろいろ獲れたわよ」
 すごいです、と芹香も大喜びだ。
「姉さんは何を採ってきたの?」
 芹香は地面にならべたものを指さした。
 綾香は木の実か何かを期待していたのだが、それは見事に裏切られた。
「これは……キノコ?」
 芹香はこくりと頷いた。ちょっと得意げだ。
 しかし姉には悪いが、綾香としてはイヤな予感がする。
「姉さん、キノコって素人が採ると危ないわよ。これなんか、いかにもヤバげな色してるし」
 細かい事は気にしないと言っても、限度というものがある。
「………………」
「『でもかわいいです』って、そういう問題じゃ……」
 芹香は自分が採ったキノコに随分と執着があるらしい。

 困った。姉も変なところで頑固な一面があるのだ。
 この様子だと、自分だけでも食べかねない。

 これはセリオに聞いてみたほうがいいかもしれない。彼女の言う事なら、芹香も納得するだろう。
 ちょうど、浜への風が吹いている。綾香は風力発電を試してみる決心をした。
 ナイフを手に、綾香はセリオに近づいた。
「右の太ももの側面、だったわね……」
 その部分に刃を当てたが、やはり躊躇せずにはいられない。
(セリオ、ごめんなさい……日本に帰ったら、すぐに直してあげるから)
 心の中で呟きつつ、綾香は思い切ってナイフの刃を横に引いた。

 それは意外に軽い手応えで切れた。切り口から機械部分が覗いている。
 皮膚をめくると、数枚綴りの薄いプラスチック製のプレートが出てきた。
『緊急用風力発電ユニット取扱マニュアル』とある。
 綾香はそのマニュアルに目を通した。

「ええっと……まず工具を取り出して……ふむふむ」
 解説に沿って両脚の部品を分解し、組み立て始める。
「ふうん。骨格の外板が風車の羽になるわけね」
 よく出来ている、と綾香は感心した。

 半時間程度で組み立て終わった。
 今のセリオは脚の代わりに風車へと伸びたケーブルを接続した形となっている。

 綾香は風の通り道に風車を設置し、ストッパーを外した。
 風車はすぐに回転しだし、だんだんとその勢いを増していく。
 やがて、緑色のランプが点灯した。それを見て、綾香は起動スイッチを押した。
 ぶうん、と低い音がしたと思うと、セリオはゆっくり目を開けた。
 セリオは目を覚ますと、両脚の感覚がいつもと違うことを認識した。
 非常用風力発電装置で目を覚ましたのだ、と彼女はすぐに気がついた。
 脚が使えないのは不便ではあるが、どうせ節電モードの時も動けないのだ。そのことに特に感慨はない。

「セリオ、気分はどう?」綾香が顔を覗きこんできた。
「──良好です」彼女はそう答えたが、実は電圧がこうも不安定だと、非常に気分が悪い。
 だが、そんなことは報告する必要はない。

「しかし、この電圧状態で連続稼動できるのは、せいぜい三分です。ご用は早くお願いいたします」
「わかったわ。セリオ、あなたの知恵を借りたいの」
「はい。なんでしょう」
「キノコがあるんだけど、どれが食べられるのか教えて欲しいの」
 綾香は、キノコをセリオの視界に持って行った。
 セリオは前にダウンロードしていた植物に関するデータを参照した。

「これはベニテングダケといって、幻覚症状が出る毒キノコです。決して食べてはいけません。
 それはワライダケです。食べると異常な興奮状態になり発作的に笑い出します。食べられません。
 それからこれはセイカクハンテンダケといって……」

 こうしてセリオは芹香の採ってきたキノコを鑑定した。
「………………」
「……結局、全部食べられないじゃない」
 危ないところだった。
 やっぱりセリオの意見を聞いて良かった。綾香は心からそう思った。

 ともかくも、姉妹は力を合わせて生活した。

 綾香はナイフやら石器やら、時には素手で獲物を倒し、芹香は芹香で何処からか食料らしき物を集めてくる。
 食べられるのかどうか怪しいときは、セリオの意見を聞いてからにする。芹香の集めた物は半分くらい駄目だったが。
 そうして何日かが過ぎた。

 綾香はいつも通り、狩りに出ていた。
 その日は見晴らしの良い高台に登ってみた。島全体が見渡せる。
 ふと海に目をやっととき。
 綾香の鋭い眼力は、水平線付近にあった小さな点を見逃さなかった。

 あれは……船だ。
 助かった。日本に帰れる。
 心臓がドキドキする。宝くじに当たった人はこんな気持ちだろうか。
「そうだ、早く姉さんに知らせてあげなくちゃ」
 はずむ足取りで斜面を駆け下り、姉のもとへと急いだ。
「姉さん、船よ、船が来た!! 日本に帰れるわ!!」勢い込んで帰ってきた綾香。
「………………」芹香も興奮しているようである。見た目は普段と変わらないが。
「早く私たちのこと知らせないと。えーっと、どうしよう」
 回転の早い綾香の頭も、から回りしているようだ。
「そうよ、狼煙よ、のろし! 姉さん、火をおこしましょう」
「………………」
「えっ、『薪を切らしてしまって、すぐには用意できません』? そんな、こんな時に……」
 綾香は嘆いたが、そもそも普通の焚き火の煙が遠くの船に発見してまらえるのかも疑問である。

「えーっと、それじゃあどうすればいい? うーーーんと、えーーーっと……」
 いくら考えても、焦って混乱した綾香の頭にアイデアは出そうにない。
「そうだ! こういう時こそセリオに……」
 綾香は風力発電装置をセットしたが、大きな問題に遭遇した。

 風がない。
 凪になる時間帯でもないのに、なぜかそよ風ひとつそよいでいなかった。
 
「なんでよ!?」
 綾香は運命の非情を呪った。
 風車を手で回してみたが、もちろんそんなことで十分な回転は得られない。
「どうすればいいのよ……!?」
 綾香は、もう泣き出したい心境だった。
 その時、芹香は地面に何かを書いていた。
「姉さん……何してるの? え、『魔法で風を呼びます』?」
 まかせて下さい、と芹香は自身ありげに頷いた。

「そう……じゃあ、やってみて」
 綾香は魔法なんて信じていなかったが、この時は姉に賭けてみる気になった。
 セリオを直すのは無理だろうが、相手は風という自然現象である。魔法の効く余地はあるかもしれない。

 芹香は魔方陣を書き終わると、何やら妖しげな呪文を唱え始めた。
 どうしていいのかわからないが、いつのまにか綾香も風が吹くことを一心に祈っていた。

(風よ、吹いて……お願い、吹いて!)
 しばらくして突然、芹香の呪文が止んだ。
「どうしたの、姉さん?」
 どうやら、儀式に必要なものがあるらしい。
「何? 何が必要なの?」
 もうこうなったら、全面的に協力するつもりだった。

「『処女の滴り』? ……何それ?」
 芹香の説明を必死で聞き取ろうとしたが、なかなか意味がわからない。
「まだ異性と交わらない清らかな乙女の体液? それも性的な……つまり、愛液!?」
「………………」
「『私もやってみますが、できれば綾香ちゃんも手伝って下さい』って……な、何よ、それ!?」

 確かに綾香には男性経験が無いので、その資格はあるだろう。
 だがいきなり愛液を出せ、と言われてすぐ出せるほど器用な体質はしていない。
 それに第一、姉とはいえ人前でそんなことをするのは心理的抵抗が大きすぎる。

 綾香が逡巡しているうちに、芹香は服を脱ぎ捨て全裸になっていた。
 白日のもとに晒されたその裸体は、同性である綾香でさえ息を飲むほど見事なものだった。
 豊かな乳房や、張りのある腰のライン。白い肌も、こんな生活にもかかわらず、瑞々しさをいささかも減じていない。
 魅せられたように視線を注ぐ妹の前で、芹香は自らを愛撫し始めた。
 円を描くように乳房を這う手。その円は次第に狭まり、桃色をした頂上を目指す。
 ふくらみの頂点に達した指は、その先の突起物をつまみ上げる。指先が乳首を転がし始めた。
 片手は乳房をまさぐったまま、もう片方の手は愛撫の範囲を次第に下の方にずらしていった。
 その手はやがて、彼女の秘密の花園へと到達した。
 しなやかな指が、蜘蛛の脚のように妖しく律動する……。
 綾香は、姉のあられもない姿から目を離せなかった。
 いつも大人しくて淑やかな姉が、こんな痴態を演じるとは。しかも白昼に。
 目の前で、芹香の息づかいは次第に荒くなり、肌は紅く染まってゆく。
 それを見ていると、なぜか綾香も体の奥が疼くような、変な感覚に襲われるのだった。
「わ、わかったわよ姉さん。私も手伝うわ」

 服を脱いだ綾香は、姉と向き合った。
 対峙する二つの肢体。その均整の美しさは、やはり似通ったものがある。
 ただ、より丸みを帯びて柔らかい芹香の体と比べると、綾香の体の方が引き締まっていて無駄が無いという違いはあった。

 綾香は姉に倣って自らの体を愛撫し始めた。
 乳房を弄びつつ、秘部へと手を伸ばす。
 自分の手の動きは姉に比べて不器用だと感じつつも、綾香は懸命に自分の肉体を刺激する。
(えっと、こういう時は何を考えればいいのかしら?)
 幼い頃の淡い初恋の相手や、姉の学校の藤田浩之とかいう男の子、さらにはなぜか格闘技のライバル坂下好恵や松原葵の顔までが、頭の中をぐるぐる回る。
(ああっ、もう、集中できない!)
 必死になって掌で恥丘をこねまわすも、いっこうに濡れてこなかった。
 その時、綾香は顔の前に気配を感じた。
 姉の顔がそこにあった。
 綾香が身構えもしないうちに、芹香は唇を重ねてきた。
 一瞬、身を硬くしたが、すぐに綾香は力を抜いた。思わず目を閉じる。
 芹香は大胆にも舌を絡めてくる。綾香もおずおずとそれに応えた。
 実の姉とこんなにも濃厚なキスを演じているという背徳感が、綾香の頭を痺れさせる。

 やがて芹香はゆっくりと唇を離していった。混じり合った二人の唾液が糸を引く。
 綾香は目を開けた。頬を染めた芹香の、とろんとした瞳と視線がぶつかる。
 姉のその蠱惑的な表情に、綾香の中で何かが決壊した。

「姉さん……っ!」
 綾香は芹香を抱きしめると、その唇を貪った。
 溢れる唾液は顎を伝って、胸までも濡らした。

 体と体を密着させて、全身で互いを愛撫する。
 滑らかな芹香の肌は、上等の絹よりもはるかに心地良い。
 肌と肌との触れ合いがかくも甘い陶酔をもたらすことを、綾香は生まれて初めて知った。

 二人は自らの乳房を握ると、やや荒々しく相手のそれになすりつけた。
 乳首どうしが擦れ合い、弾き合う。その刺激がますますそれを硬く尖らせていく。

 綾香の秘部は、すでにいくらか潤いを帯びていた。
 激情のままに、彼女は姉とその部分を重ね合わせた。
 二人は体を後ろに反らせるかたちとなった。いまや密着しているのは秘部のみである。
 しかしお互いの最も敏感な部分、最も秘められた部分が触れ合っていることで、何よりも二人は一体感を得ていた。
 互いの蜜がその部分をぬめらせ合う。
(なんか……あったかいコンニャクみたい)
 こんな時に変な事を考えている自分に、綾香は内心で苦笑した。
 いまや、溢れ出た蜜は二つの柔肉のあいだで泡立たんばかりである。
 愛液そのものが呼び水となって、さらにその部分を濡らしていくようだった。
 やがて綾香は、体の奥から何かが高まりつつあるのを感じた。
「姉さん……私、いっちゃいそう……」
 芹香は黙って、こくん、と頷いた。芹香も達しようとしているらしい。
 全身を貫く、甘く激しい快美の感覚。
 綾香はもはや声を押し殺すこともしなかった。
「ああッ、姉さん…だめ……いく……いく、いくッ……いっちゃうッッッ!!!」
「………………」
 二人はまるでシンクロしたように、同じタイミングで絶頂に達した。
 ひくひくと痙攣する蜜壷から、いっそう激しく熱い奔流が溢れ出た。

 交じり合った二人の愛の蜜が、魔方陣を描いた地面に滴り落ちる。
 けだるい体を横たえた綾香は、汗ばんだ肌にひんやりとしたものが走るのを感じた。
「風……?」
 はっとして身を起こした綾香の髪は、たしかに風になびいていた。
「風だわ……風が吹いた……魔法が、姉さんの魔法が効いたんだわ!」
 普段の綾香なら単なる偶然と片付けただろうが、その時ばかりは魔法の効果としか思えなかった。

「早くセリオを……」
 まだ腰に力が入らない。綾香は這うように風車に近づいた。
 すでに風車は勢いよく回転していた。起動可能の緑ランプが点灯している。
 綾香は起動スイッチを押した。

 セリオが目を覚ますと、視界に入ったのは全裸の綾香と芹香だった。
 二人とも頬を紅潮させ、息づかいが荒い。
「綾香様、芹香様、これは一体……?」
 どういう状況なのか、セリオには全く見当もつかない。
「説明は後よ。セリオ、船が遠くにいるんだけど、連絡を取る方法がないの。どうすればいい?」
「私の腕に信号弾が装備されています。それをお使い下さい」
 セリオは手首のロックの外し方を説明した。

「ありがとう、セリオ。早速やってみるわ」
 綾香はセリオの手首を外した。充電用コネクタの隣に、銃身のようなものがある。
 それを真上に向けて、安全装置を解除し、トリガーボタンを押した。

 風を引き裂く甲高い音を立てて、信号弾が空中高く撃ち出された。
 無事に救出された三人は、日本への帰りの航路に就いていた。

 セリオは船上で充電と応急の修理を受けた。
 一応は動けるようになったとはいえ、脚などは機械が剥き出しのままだ。
「ごめんね、セリオ。あなたをこんな目に合わせて……」
「いいえ。少しでもお二人の役立てたのなら、私にはそれ以上の喜びはありません」
「もちろん、私たちが助かったのはあなたのおかげよ。ねえ、姉さん」
 芹香がこくこくと頷いた。
「帰ったら、すぐに修理できるよう準備をしてもらってるからね。なんならドリルでもロケットパンチでも、好きな装備にしていいわよ」
「……お気持ちだけでけっこうです。今まで通りの体にして下さい」
 セリオは表情こそ変えないが、心底嫌がっているようだった。
 相変わらず冗談が通じないところがセリオらしくて、綾香はなんだかほっとする。

「じゃあ、何か欲しい物とかない? セリオのお願いだったら、何でも聞いてあげる」
「それでは一つ、お二人にお願いしたいことが……」
「何なに?」二人は身を乗り出した。
「次に風を祈る儀式をする時は、ぜひ私にもお手伝いさせてください」

「………………」
「や、やだもう、セリオったら」
 姉妹は、ひどく赤面してうつむいた。
646名無しさんだよもん:03/05/28 01:49 ID:SLDW/E7g
以上です。
途中でタイトル等が変になっていて、すみません。
では失礼しました。
647 ◆nQHeybxh7k :03/05/28 02:35 ID:tOc8NsJs
今から投稿します。
AIRのアフターで、『手向けの鈴』。
登場人物は晴子と敬介です。4レス予定。
648手向けの鈴(1/4):03/05/28 02:38 ID:tOc8NsJs
 夏。
 アブラゼミの鳴き声と刺すような日差し。
 一陣の風が運んできた夏草の青さが、ふっと鼻梁に香った。
「せやけど暑すぎやで、今日は」
 Tシャツをパタパタとさせながら、晴子は愚痴をこぼした。
「夏らしくていいじゃないか」と僕は返す。
 晴子は呆れたような顔をした。
「アホいいな、ものには限度がある。四十度やで、四十度。ほんま異常気象やわ」
 嫌がらせのように居座り続ける太平洋高気圧の影響で、今年の夏は各地で気象観測史の最高気温を塗り替えていた。
 そんな猛暑の中を、僕らは歩いている。
 海沿いの住宅地からクルマで三十分ほどの所にある小さな山の麓に、こぢんまりとした墓地がある。
 そこは時の流れから取り残されたような場所で、墓地の他には放置されて荒れ果てた畑と木造の廃屋があるだけだった。ただその代わり、静かに海を眺めることができる。そんな場所。
 その墓地に向かって、僕と晴子は草を掻き分けたようなあぜ道を歩いている。
 あれから、もう一年が経つ。今日は娘の、観鈴の命日だった。

 墓地に着いた僕らはそのまま水汲み場に向かう。ステンレスと木で出来た杓とポリバケツを借りて、参道に入った。
 墓地の真ん中に見える大きな樫の木。それが観鈴の墓の目印だ。
「もっと近くにある墓地を探しても良かったんじゃないのか?」
 僕は訊いた。
「ほらっ、見てみ」
 晴子は右手に広がる景観を指す。
「見事な眺めやないか。あの子、海が好きやったから。多生不便でもここがええんや」
 この墓地は山の傾斜に沿って段状に墓石を並べてあるから、麓に広がる街並みとその先の夏らしい青に輝く海をよく見渡せる。
「まあ晴子がそう言うなら、いいさ」
 彼女らしい解答に、僕は頭をかいた。
 やがて、僕たちは観鈴の墓の前に立った。それは、ただそこにあった。
「来たで」
 観鈴に語りかけるように、晴子は言った。そのまま静かに立ち尽くす。そこには無言で交わされる、母と子の親密な会話があった。そしてそれを、僕は少しだけ妬ましく思った。
 蝉時雨の中、緩やかに時間は流れていく。樫の木がさわさわと風になびいて、日差しを浴びた枝葉の落とす影が、辺りに揺らめいていた。
649手向けの鈴(1/4):03/05/28 02:39 ID:tOc8NsJs

「ん? なんやろ……あれ」
 不意に、晴子は言った。訝しそうに指を指す。
 御影石でできた石柱の下、水鉢の脇に何か光るものがあった。晴子はしゃがみ込んでそれを手に取る。
「鈴や……」
 朱に染められた布で縛らた二つの鈴は、くすんだような金色をしていた。その色合いから、かなり古い時代の物だと分かる。
「誰かが忘れていったのかな?」
 僕は訊いた。
「さあ、うちが訊きたいわ。……あ、でもこれ、きっと高価なもんやで」
 鈴に付いた朱色の布を、晴子は手触りを確かめるように撫でる。
「これ、絹や……。なんか、髪飾りかも知れへん」
「髪飾り?」
 晴子は頷いた後、そのまま食い入るように、じっとその鈴を見つめる。
 やがて、はっと目を見開いて僕の方を振り向いた。
「……これ誰かが、――手向けてくれたんやろか?」
 悲しみと希望とが複雑に入り交じった表情で、晴子は僕に訊いた。
 観鈴には僕ら以外、何かを手向けてくれる人がいなかった。友達と呼べる人を作れなかったから。――いや、ただ一人だけいたと聞いたけど、その人は何処かへ行ってしまったのだという。
 そのことを晴子はずいぶんと悔しがっていた。そしてそれは、僕の悔いでもある。だから、
「……そうかも知れないな」
 可能性はゼロじゃないから、僕はそう答えた。

 その時だった。
 さわさわと木々がざわめいた。墓地全体の空気が、震え始めた。

「え? なに?」
 空気の変化を感じた僕と晴子は、キョロキョロと辺りを見渡す。
「――あそこっ!」
 僕は叫んでいた。
 遠くに見える峰の木々が、見えない何かに撫で付けられるように揺れていた。その何かはこの墓地を目指して、一直線に近づいてくる。――速い。
「晴子! 伏せるんだ!」
「ええ? ――きゃっ!」
 突然の横殴りの突風に、声が掻き消される。ごうごうと、風の轟音が空気を裂く。晴子の頭を抱きかかえながら、僕は目を細めてその突風をやり過ごそうとした――その刹那だった。
650手向けの鈴(3/4):03/05/28 02:40 ID:tOc8NsJs

――礼を言うぞ。

 女童の声を、確かに聞いた。薄目を開けて、頭上を見る。ほぼ水平にしなる木々の向こうに、ほんの一瞬、飛翔する何かの影を見た。それは夏の陽炎のように儚げな像を結んで、そして消えていった。

 その突風は通り過ぎていった。
 僕と晴子は一つ息を吐いて、惚けたように顔を見合わせた。
「えらい季節外れの風やな。春一番なら、とっくやで」
 僕は肩を竦めた。
「せやけど、なんや……おかしな風やったわ」
「え?」
「なんか……、女の子の声が聞こえた」
 気のせいだったかとも考え始めていたから僕は、驚いて訊く。
「晴子にも、聞こえたのか?」
「あんたも聞いたんか? 礼を言うとかなんとか」
 僕はゆっくりと頷いた。
 僅かな静寂の後、蝉の声が再び木霊し始める。まるで何事もなかったかのように。
 晴子はうんせと立ち上がって言う。
「不思議なことも、あるもんやな」
 僕らが聞いた声が何だったのか。それは、きっと分からない類のことなんだろう。でも、二人とも、確かに聞いたのだ。誰かの言葉を。でもそれは、
「たぶん……、観鈴に、だろうな」
 観鈴は何かと戦っていたと、晴子から聞いていた。
「せや」
 晴子は短く答えて、過ぎ去った風を見送るように、夏の大気を見上げていた。
651手向けの鈴(4/4):03/05/28 02:40 ID:tOc8NsJs

「この鈴、どうしよう。ここに置いとくんもなぁ……」
「いいんじゃないか? 預かっておけば」
 晴子は少しの逡巡の後、「……分かった。そうする」と言った。
 鈴を手にとって、りんと鳴らす。
 意外なほど綺麗な音色に、僕らは思わず口許を綻ばせる。
 何処までも、時間も空間も飛び越えて鳴り響いていくような鈴の音。それはあの一瞬に僕が見た、翼を持った少女の、観鈴への手向けなのかも知れないと、僕に思わせた。
 それは、そんな音色だった。

652 ◆nQHeybxh7k :03/05/28 02:43 ID:tOc8NsJs
以上です。>>649の名前欄は手向けの鈴(2/4)になります。失礼しました。
#あと、一行が長すぎるらしかったです(汗
653名無しさんだよもん:03/05/28 02:45 ID:4L1IU5DU
無改行長文、ウザイ。
それなりに長めのSS。
内容はAIRだけれど、中身しらんでもわかる。ネタバレ無し。
シリアスなんだかなんだかよくわからん内容。
 なんて暑いんだ。
暑い暑い暑い暑い。暑すぎる。
梅の木は一身に太陽の光を浴びながらその緑々とした葉を大きく広げていて、空の青にその緑が映えてなんだか眩しい。よく見ると家の塀の上には少しだけ陽炎が揺れていた。土は完全に水気を失い少しだけひび割れていて、塀の影に申し訳程度の雑草が群生していた。
「雑草じゃないよ」
 観鈴が後ろから俺に声をかけて来た。
「あれはね、往人さん。大葉って言って、食べるとおいしいの」
 と彼女は言う。
 そうして、どこから汲んできたのか律儀に上呂の水をその大葉にぴしゃぴしゃかけている。妙に涼しそうに揺れる大葉が、少しだけ気持ち良さそうに俺には見えた。
一通りかけ終えた観鈴はにこりと笑い、俺のほうに振り返った。
縁側にぼけっと座ったまま彼女の顔を見る。
「ねぇ、往人さんは旅人だよね?」
 不意にそんなことを観鈴は言った。
「あぁ」と俺は答える。「それがどうした?」
「だったら、暇だし何かおもしろいお話をしてくれないかな?」
 俺は暇じゃない、と言おうとしてやめた。理由は簡単で、誰がどう見ても暇だったからだ。昨日も今日も明日もずっと暇だった。泣きたくなるくらい暇だった。
「話なんて言われても大それた体験談なんて、俺は生憎持ち合わせてないぞ。どこかの秘密組織と戦ったこともなければ、追っ手と血で血を洗うような抗争もしたことないし、お宝を求めて遺跡の中に入って、大岩に危なく潰されそうになった経験も無い」
 言いながらやっぱり俺は泣きたくなった。
「いいよ、私も往人さんがそんなたくましい人だって思ってないもん」
 むかついた。
 観鈴はそれでも笑顔でいて、ゆっくりと歩き俺の隣に腰をかける。
俺たちはしばらくそうやって陽の当たる縁側に腰をかけ、何もせずぼーっと空を眺めてい
た。端から見ればボケた老夫婦である。
「ねぇ」
 また先に観鈴が口を開く。
「例えばお祭りとか何か、いろいろ見たことあるんじゃないかな?」
「祭りねぇ」
「うん。珍しいお祭り」
「まぁ、あると言えばあるな」
 俺は暖かな日差しの中、そんな記憶を少しだけ呼び起こした。

 舵狩地詰祭という祭りがある。かじかりちづめ祭。
 これはかなり東北の奥深くに、たまたま俺が歩みを進めたときに見つけた町の、いわゆ
る伝統行事だった。語源は風怒り鎮め(かぜいかりしずめ)といって、それがいつのまに
やら訛って「かじかりちづめ」などという言葉になったらしく、舵狩地詰という字はただ
の当て字みたいなもので実際のところ意味は無いらしい。
 その字の如く、祭りは風の怒りを鎮めるために平安時代の百姓が興したものだ。当時は
蝦夷地などとも呼ばれた東北のかの地では、農耕技術などは明かに関東以下のそれとは劣
っていた。さらにその辺り一帯は「やませ」という初夏の北東から吹く冷たい風で、冷害
が絶えなかったという。
 そういう環境下で厳しい生活を強いられていた農民達は、その原因をやませであると考
えた。そしてその風を治めるべく生まれた祭りが、風怒り鎮め祭だ。
 この祭りの奇妙なところは、風が吹かないときは皆が一斉に動きを止めるというところ
にある。風が吹いている間は皆で神輿を担ぎ、わいわいと騒ぎあげながら山の頂にある風
鎮神社に向かうのだが、風が止んだと判断した瞬間先導が指示をだし、皆はどのような状
況であれ動きをぴたりと止めなければならない。指示を出す先導はいつもその町一番の美
女と決まっているがもまた、他の祭りとは違いおもしろいところだ。
「どうだ?おもしろいだろう?」
 俺は観鈴が一応わかりやすいよう、大方の概要を説明して見せた。
彼女の反応はなかなかに食いつきがよく、「へぇ」と何度も相槌をいれながら俺の話を聞
いていくれていた。
 しかし、調子に乗り饒舌に喋りすぎたのがよくなかった。
彼女は眼を輝かせながら俺にこう言ったのだ。
「じゃぁ、二人でその祭りしよっ!」
 観鈴がこう言い出すと終わりである。絶対逆らえない。
しかしそうだとわかっていても俺は反論しないと気がすまないのである。
「祭りを二人でするだって?本気で言ってるのか?」
「うん」
「ありえない」
「どうして」
 本気でわからないという顔で観鈴は俺に迫る。
「祭りってのはみんなでやるから祭りって言うんだ!二人でやったってそりゃただの大騒ぎだ!」
「じゃぁ、風怒り鎮め大騒ぎ!」
 これである。
そしてこの家の住人で最もまともな人間でさえも俺にこう言うのだ。
「なんやぁ〜?観鈴その居候と遊びいきたいんか?」
「うん、そうだよお母さん!」
「よっしゃ!いって来い居候!」
 そうやって、真昼間から酒瓶を片手に持った女が、部屋の奥で高笑いをする声を俺は聞く。
この一家が、何かずれていると思うのはこういうときだ。普通じゃぁない。
 しかしながらこれ以上の反抗がそれはそれで無駄なことであると言うのも実はわかって
いた。観鈴に反抗すること、即ちそれは飯抜きを意味する。飯は命の次に重要なものだ。
人間でなくとも生物は飯を食うために生きているといったって過言じゃない。その権限を奪おうと言うのは全くの暴虐だ。人間の道に反している。絶対悪だ。
 そういうわけで俺は観鈴に連れられて出かける羽目になるのだった。
 真夏日和の中、「おみこし」と書いたダンボールを頭に被り、少女に黙ってついていく寡黙
な2枚目青年が居る。それが俺だ。何かこう、居たたまれなくなってくることもあるが。
観鈴は何が嬉しいのか、家を出たとたん終始スキップで俺の前を歩いている。にははとい
う笑い声がする度、ぶん殴ろうとして俺は思いとどまる。
 風は比較的穏かに流れつづけていた。今のところ止まる気配は無い。というか、止まっ
て欲しくは無い。さっきも言ったとおり、ここで俺たちが緊急停止するということに命令
権を持っているのは、今のところ自称町一番の美女の観鈴である。彼女が「止まった!」
といえば俺はぴたりと止まらなくてはならない。そしてそれは、実に恥ずかしいことだ。
そもそもこの照りつける太陽の中、じっと風が吹くのをぼさっと待つなんて間違っている
。ありえないことだ。
 神社へと続く石階段に足をかけた瞬間、そんなわけで俺は少しだけほっとした。何しろ
ここは山林の中である。余程のことが無い限り人はそんなに居ないだろうし、日光も草木
にさえぎられて涼しいものだ。だがその安心は次の瞬間絶望へと変わり果てる。

「止まった!」

 何かの冗談だと思った。しかし観鈴はマジで、体をまっすぐにしたまま足を次の石段に
進めようとしたポーズので止まっていた。俺はというと、そんな格好の観鈴に呆れて、ぼ
けっと突っ立っていただけだった。頭には相変わらず「おみこし」と書かれたダンボール
がぶら下がっている。
「動いちゃ駄目だよ、動いちゃ駄目だよ〜!」
観鈴はずっとそんなことをずっと言いつづけている。何かまるで、変な悪魔にでも取り付
かれたかのごとく。考えてみれば俺は言われた瞬間に止まったわけではなく、言われたこ
とに一瞬気付かずにいたわけで、結果的に居直ってしまっていた。
「卑怯だよ往人さん、ルール違反!」
 観鈴はしきりにそんなことをわめいていたが、無視することにした。
 さらにまずいことになった。小学生どもがわめく声が聞こえ始めた辺りで、それはよく
わかっていた。ガキどもが俺たちの奇妙な構図に気付いたのはそれからまもなくだった。
「おい、なんか変じゃねぇ…?」
ガキの一人がそういいながら観鈴に近づき、「ん?」という顔で見ている。
観鈴はどんなに見られても動かず、結構しんどいであろうポーズのままぐっとこらえていた。
 頼むから風が流れてくれと俺は祈った。法術で空気を動かせないかともがんばってみた
が、イメージが何ともしづらく俺には無理だった。自らの扇風機にすら及ばない能力を呪
ってみたりもした。
 ガキどもが四、五人ほどぞろぞろ近づき「なんだ?なんだ?」と騒ぎ出す。俺のほうに
もいよいよガキどもがあつまり、
「おい、お前何やってんの?」
 と言い始めていた。
 そりゃ、こんなところに奇妙なポーズをしてる女とダンボールを頭にかぶった男が、微
動だにせずぼさっと突っ立ていれば、気にもなるだろう。だがこれには飯がかかっている。
ある意味じゃ仕事みたいなものだ。こんなところでは手を抜いてはいけないと俺は強く自
分に言い聞かせ、それこそ念を唱えるかのごとく眼をつぶり目黙然と精神集中を始めたと
いうのは全くの嘘で、耐え切れなくなった俺はガキども全員に
「うるさいガキンチョども!ホモバーに売り飛ばすぞてめぇら!」
 と啖呵を切ってみた。
 俺の叫び声にびびったガキどもは、餌に群がった蟻の緊急非難の如くあたりに散ってい
った。軟弱なやつらである。俺は誰もいなくなったのを確認すると、観鈴に声をかけた。
「なぁ、そろそろ上に行こうぜ」
観鈴は黙ったまま口を開こうとはしない。
どうやら本気で風の到来を待つつもりらしく、ただじっとスキップの途中のポーズをしていた。
 風はなかなか来ない。いらいらする。俺はこの事態を打破すべく、一計を案じた。
「観鈴、白はくんだな、お前」
「えぇ!!」
 そうだ。
 実はずっと見えていたりした。
 段差ということもあるんだろうが、足を上げっぱなしのままの観鈴はじっと同じポーズ
をしようとするあまり、少しずつ体制がくずてしまっていた。それでもバランスをとろう
とすると、足がどんどんあがってしまうわけだ。
「ほぉ、なかなか大人っぽい感じのパン」
言い終わる前に、蹴りが俺の頭部を吹き飛ばしていた。
「もう、せっかくきちんとやれてたのに…往人さんのせいで台無し」
 俺は腫れた頭をすりすりと撫でながら観鈴の言葉に黙って頷いていた。
まさか彼女に蹴られるとは思わんだな、だったので少々驚いていたりする。
結局仕方がないので、風が吹いてるわけじゃないのに俺たちはそのまま進むことになった。
一応は怪我の功名としておくべきだろうと思う。
 道の両側は、延々と背の高い竹林や林に囲まれている。セミの鳴き声がけたたましく、
せっかくの涼しい空気を台無しにしているようにも思えた。石段をある程度昇り頂上が見
えてくる頃には、さすがの俺もそれなりに疲れていた。観鈴もやはり疲れているらしく
、「ふぅふぅ、きついきつい」なんておどけていっていた。
 頂上につくと、そこは夏祭りでしか見る機会のないような立派な社がたっていた。
 まぁ見るからに結構な年代モノであるし、古びたというよりは既に寂れた感じがしてな
んとも言えない感慨を持ってしまう。とはいえ今の俺にはそんなことはどうでもいいわけで。
 観鈴がぐっと体を伸ばして思う存分、日の光を浴びていた。その顔は何か妙に満足げだったように見える。
「風、気持ちいい」
 風はいまのところそよそよと髪がなびく程度に流れていた。やませが吹く東北では、風
というものはもっと切実な悩みの種なのだろうけれど、少なくともこうやってぼうっとし
ている分にはそんなものには全く思えないから不思議なものだ。
俺たちはそのまま境内の方に足を運び、その縁側に腰を下ろした。
「おい」
 俺はそんな開放的な気分からか、なんとなく話してみるかと思いたった。
「何?往人さん」
 くるりと観鈴が体をこちらに振り向かせた。
「頂上に上った後、まぁ今はしてないんだが…昔は先導の女はどうなったかわかるか?」 彼女は何を言っているのか最初わからかったと見え、む?と表情を変える。
「何かするの?」
「あぁ」俺は答える。「一番大事なことをする」
「何?」
「崖から飛び降りてな、生贄になるんだよ」
 俺はそういい、観鈴を崖から蹴り落とした。
………。
……。
…。
いや、嘘だけど。つぅか崖なんかないし。というかそれはどうでもいい。
観鈴はいつものどこか間の抜けた顔で俺の顔をじっと見ていた。
「なんだか、かわいそう」
「そりゃ昔の風習だからな。そういうことをすることもあるだろう」
俺は少しだけわざとおどけたような仕草をしてそう言ったが、彼女はやはり悲しそうな顔
をした。
「でもな、一人だけそれに反対した女がいたんだよ、昔」
「え?」

 その女は町1番の美人で、いつも活気に溢れよく働く女だったと言う。名はわからない
。町の人間からの信頼も高く、笑顔で毎日皆を和ませていた。そんな女であるのだから当
然、舵狩地詰祭の先導へと抜擢されるのも遅くなかったらしい。彼女は当初、喜んで町の
みんなの為に命を捨てましょうといっていた。
 彼女のことを悲しむ人間は多かった。町のことより、彼女のことを想う人間も多かった
のだ。それに彼女には将来を誓った相手も居た。彼は彼女を何度も何度も説得したが、と
うとう祭りの日までに彼女のことを止めることはできなかった。
 当日、例年のように滞りなく祭は進んでいった。彼女が生贄に向かう瞬間も、刻一刻と
近づいてきていた。彼女も己に与えられた仕事をひとつひとつきちんとこなしていく。そ
して彼女が崖の上に一人で上り、まさに祭りのクライマックスである、生贄の崖降りにな
った折。その時、彼女は想わぬ言葉を皆に投げかけたのだ。
「わたすはこの腹に、新しか赤ん坊(おぼっこ)さ抱えとるでな。まだ見ぬおぼっこば見
ずして、どうあんして死ぬことができましょう?」
「その人はじゃぁ」
観鈴はじっと俺の顔を覗き込んでいる。朝よりも尚一層、俺の話を聞きこんでいた。
「あぁ、飛び降りなかったのさ。彼女がその言葉を口にした瞬間、町の皆は黙り込み、そ
してしばらくすると口々に彼女を罵った」
「酷い…」
「そういうご時世のときだったんだ。仕方がないんじゃないか?」
 俺が言うと、彼女は視線を今度は下におろし、何かやはり悲しそうに下を見ていた。
 風がひょうひょうと、今度は少しばかり強く流れていた。
辺りの木々がそれに答えるように、かさかかさ音を立てながら小さく揺れていた。
 観鈴は何を思い立ったか、急に立ちあがり、俺にこう言った。
「ねぇ、一緒についてきて」
 俺は何も言わず、その言葉に従い彼女についていった。
観鈴は黙ったまま、社の横を通り、ちょうどその裏側にあたるような場所に入った。さら
にその奥、道のない竹林の中へとわけ入る。どこへ行こうとしているのかまったく予測も
つかなかった。時折、竹林が風で大きく揺れていた。徐々に風が強くなってきているんだ
ろうと思う。もしかしたら一雨くるだろうか、と思っていた頃
「着いたっ」
と観鈴が前方で言っている声が聞こえた。
 そこは隣の町が一望できるような、かなり急な崖の上にある高台だった。
高台とはいっても家二、三件分くらいの広さしかなく、そこはなかなかに狭い。雑草もぼ
うぼうと繁茂して、とても人の来るためような場所のようには思えなかった。とはいえ、
その風景は絶景と言うに相応しいものだった。
「へぇ」
 と俺は思わず声を洩らす。
「ここはね、私しか知らないとっておきの場所」
 観鈴はそう言いながら、少しずつ前へと歩いていく。
「おい、あんまりそっち行くと危ないぞ」
「大丈夫だよ」
 彼女はにっこりと笑ってそう答える。
「ねぇ、往人さん」
 彼女はじっと俺とは反対の方の空を見ていた。
「なんだ?」
「さっき言ってた女の人がもし私なら、きっと飛び降りてたと思う」
「そうか」
 観鈴の目はうつろだった。風はより一層強さを増し、あたりの植物たちを揺らしていた。
がさがさという擦れる音。その中に立つ少女。
「嘘じゃないよ?だって、私はみんなに幸せになって欲しいもん。赤ちゃんも、幸せにな
って欲しいけれど…でも、その子もまた私なんだから。だから私、私だったら飛び込んで
るな」
 その意見は、少し飛躍しすぎている感があったが、それはそれで彼女らしいと俺は思っ
たから「そうか」とだけ、もう一度答えていた。
「でも、悲しむやつもいるんじゃないか?」
「居ないよ」
 その瞬間、観鈴はその崖の向こうに足を進めていた。
一瞬で、彼女の姿がその場から「消えた」のだ。いや、落ちた。
そうとわかるまでにどれだけの時間を要したのかよくわからなかったが、気付けば走り出
し、やはり彼女と同じ方向に俺も落ちていた。
 何度か石壁で腰を打ち「観鈴!」と口が勝手に叫んでいたような気がする。
しばらくそうやって落ちていると、どさりと、平らな地面に落ちたのを肌で感じだ。
何がどうなったのかよくわからない。
咄嗟に観鈴のことを思いだし、もう一度「観鈴!?」と叫んでいた。
「往人さん、大丈夫?」
「……あんまり…」
 観鈴が当たり前のように俺の目の前に現れた。瞬間、拍子抜けした俺は、そのばでぐったりと四肢を伸ばした。
「何でお前が無事なんだよ」
「あれ」
 観鈴はそう言いながら俺たちが落ちてきた方の崖を指差した。
よく見るとそれはなだらかなカーブを描いており、ここはちょうど高台からでは死角にな
るぎりぎりの平地だったのだ。つまり、観鈴にはめられたわけである。
「おまえさ、頼むから変なことするなよ…」
「ごめんなさい、往人さん…その、そんなに急に飛び降りてくるなんて思わなかったから」
 どうも、ゆっくり降りれば怪我をせずとも普通に降りれる場所のようだ。
それを無理矢理、それこそ落ちるように転がってきた俺は、結構全身をすりむいていたみたいだった。
「その…あの…往人さんが追ってくるなんて思わなかったから?」
「あ?」
「あの…往人さんは私のことなんか見てないだろうしって…」
 俺はひとつため息をつき、そして満身創痍の体を無理矢理起こして立ちあがった。
観鈴の頭の上に手をのせ、がさつにその髪をくしゃくしゃにした。
「わっ…ゆ、往人さん?」
 観鈴は不思議そうに俺の顔を見つめていた。
「お前そういや、あそこで最後に変なこといってたよな?」
「え?」
「俺が悲しむやつがいるだろ、って聞いたら『居ない』とかいってたろうが」
 そんなことを言うのは、寂しいことだ。
「でも…」
「お前がどうでもいいんだったら、俺だってお前のことを追いかけたりはしない」
「…」
「観鈴は俺の友達なんだろう?」
 彼女は何も答えず、下をうつむいてしまった。
しばらくして、「にはは、往人さん…ともだち!」と言っていた。
少し涙を浮かべた、満面の笑みだった。
それにしても…。
あの話には実は続きがある。
 結局あの女は、町の皆から追いたてられるように突き落とされそうになるのだ。それは
町のしきたりなのだからそうなるのは当然であり、むしろ女のそんな身勝手な理由で生贄
が生き延びていいわけがないのだ。そして最後に女が突き飛ばされ、落ちそうになった瞬
間、彼の旦那が彼女を抱きとめた。二人はそのまま抱きしめ合い、崖から落ちたのである。
そんなわけでその崖の名は…

 この話を聞いたとき、まず俺はこんなことはしないだろうと考えて居たんだが…。
馬鹿げたラブロマンスは、大抵の場合作り話なんだからな。
しかしどうもそれは違ったらしい。
人間、一人じゃ生きてはいけないと言うことだろうか?
しばらくいろいろと考えてみたが、馬鹿らしくなってやめた。
「観鈴、もう帰るぞ」
 まぁ、それでもいいかとも思う。
じりじりと嫌味のように照り付ける日光が、未だ続く夏を予感させる。
まったく。
夏はまだまだ続くわけである。
668名無しさんだよもん:03/05/28 03:05 ID:4L1IU5DU
ん?
>>655-667
の計13レス。
読みにくいのが多いですがすいません。
ではでは。
670_:03/05/28 03:27 ID:+OusWpQB
671名無しさんだよもん:03/05/28 04:34 ID:F6jmdz1c
みんな最後まで溜めすぎ……
もうちょっと早く落とそうぜ。
672名無しさんだよもん:03/05/28 05:53 ID:oQOpBywD
もうスレ容量が限界だ。
673名無しさんだよもん:03/05/28 07:46 ID:ou5mZaW6
げ、まじか。投稿しようかと思ったのに入りそうにない……立ててみるわ。
674名無しさんだよもん:03/05/28 07:55 ID:ou5mZaW6
立てました。
葉鍵的SSコンペスレ 9
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1054075821/l50

さて、いっちょおとしてくっか。
675名無しさんだよもん:03/05/28 08:05 ID:grg5tqeN
676名無しさんだよもん:03/05/28 08:10 ID:aTCfin/Y
677名無しさんだよもん:03/06/02 01:27 ID:F8hXZIH+
心配なので保守
678名無しさんだよもん:03/06/02 14:37 ID:EfNZVx0X



こんな素人SMビデオ見たことない!バイブで責められた局部や肛門も鮮明に!
http://www.oshioki.net/video.html
679名無しさんだよもん:03/06/05 01:23 ID:Gh629urH
スキップー♪
680名無しさんだよもん
葉鍵的SSコンペスレ 9                                               
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1054075821/l50