葉鍵的 SS コンペスレ 8

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552掌の世界

 目を覚ます。
 日は既に高い。
(長森、今日は起こしに来なかったんだな。)
 そんなことを考えながら、窓を開ける。
 部屋に風が吹き込む。
 柔らかな、暖かい風。
(あぁ、今は春なんだな。)
 そんなことにふと気がつく。
 そして、そんなことに気がついた自分に、はたと気がついた。
 どうして、今が春であること自体に気がついた、などと感じたんだろう。
(……そうか。)
 昨日――昨日という言い方が正しいかどうかはわからないが――までは、春なんてものはなかった。
 そこにあったのは、ただ、『永遠』という時間。
 暑くもなく寒くもなく、何の変化もなく、ただ時が流れていくだけの世界。
 全てが漠然としていて、世界が存在することを感じさせる、現実感のカケラさえも無かった。
(帰ってきたんだ。)
 喜びや感動をかみしめながら、窓の外を眺める。

 ふと、彼女が待ってくれているような気がした。
 カレンダーなんて気が利いたものはないから、今日がいつなのかはわからない。
 自分が『永遠』に旅立ってから、一体どれくらい経つのかも。
(でも、彼女は待ってくれているはずだ。)
 確証は無い。
 でも、確信はあった。
(行かなくちゃ。)
 もう一度、外からの風を大きく吸い込む。
 胸いっぱいに満たされる、春の空気。
 現実感。
 それを十分に感じると、部屋から駆け出した。
 彼女のもとへ――。