ドアを開けた瞬間、稲光が走り雷鳴が轟く。
薄暗い部屋の中に見たもの。そこは浩平がかつて使用していた模様とは一変していた。
浩平の私物らしい物はなく叔母の物と思われる衣類が散乱し、引越し用の空のダンボール箱が数個置いてあった。
さながら物置同然である。
ベッドと畳まれた布団、机と椅子、それにカーテンがかろうじて当時の面影を残していた。
「こ、これはなんなの?」
瑞佳が先に足を踏み入れ詩子が後に続いた。
雨は大降りになり窓を激しく叩き付けている。
「浩平ーっ」
瑞佳が床にしゃがみ込み、転がっていた枕をひしと抱き締める。
詩子は周りを見渡した。
「(どう見てもこれは生活感がないわ。ということは、折原君はここには居なかった」)
背筋を冷たい物が流れる。
「長森さん、帰ろう。ここは危険だわ」
「わたしもそんな気がするよ」
瑞佳も危険を本能的に察したようである。
踵を返しドアの前まで戻り、詩子がドアのノブに手を掛けようとしたた瞬間、
ガチャッ
直後に稲光と大きな雷鳴
「きゃーーーっ!!」
稲光に浮き上がった浩平がヌッと現れた。
「お前たち何やっ……」
浩平の言葉はそこで途切れた。
雨音が辺りを支配する。
浩平は目をパチクリとした。
「そうか……そうだったな。由起子さんが処分してたんだなぁ」
搾り出すような浩平の声に二人の少女は身を硬くした。
意を決して詩子が浩平に近づく。
「折原君、いったい何があったの? ねぇ、教えてよぅ」
「……」
浩平は頭を抱えて俯いた。
「ねぇ、どうしたの? 折…きゃぁ!」
浩平に突き飛ばされ詩子が床に転がった。
「浩平! なんてことするんだよっ!」
瑞佳が進み出て浩平の両肩に手を掛けようとする。
パシッ!
その手が払われた。
二人の遣り取りを詩子は固唾を呑んで見守った。
浩平が瑞佳を睨み付けながら言う。
「せっかく還って来たのに、お前たちのせいで記念すべき第一日が台なしだっ」
「浩平……」
「長森、お前にはいろいろ世話になったな。だがもう来なくていい。オレには茜という掛け替えのない女(ひと)がいる」
「そうなんだ……。これでわたしは肩の荷が下りるよ」
瑞佳は俯くと涙ぐみながら浩平を起こしに来ていた頃を思い出した。
「(ほらぁ、起きなさいよーっ!)」
907 :
コテとトリップ:03/10/26 22:59 ID:AF8eM0Iu
これつまんね。煽り抜きで
しかし瑞佳が感傷に浸ることを浩平は許さなかった。
「邪魔だっ! さっさと出てけよっ!」
詩子がムッとして瑞佳の前に出る。
「あたしにとって茜は親友以上の女(ひと)なんだ! 茜を返して。返しなさいよぅ、ドロボー猫!」
いつかは茜も男の人といっしょになる。
しかし一年以上も行方知れずだったのに突然現れて難なく茜をものにし、目の前で瑞佳に罵声を浴びせる浩平に詩子は我慢がならなかった。
「うるさい!」
再び詩子は突き飛ばされた。
「浩平、変わったね。どうしたの? ねぇ、あぁぁ〜んっ! やっぱり心配だよ」
「黙れ! このお節介焼きめっ!」
バシィーッ!
瑞佳の左頬に平手打ちが飛ぶ。
平手とはいえ思いっきり打たれために瑞佳は窓際まで吹っ飛ばされた。
それでも瑞佳は気丈に振舞った。
「浩平にはいろんなイタズラされたけど、ぶたれたことはなっかった。女の子に手を上げるなんて、最低だよっ!」
「まだほざくかっ!」
浩平は瑞佳に飛び掛り、馬乗りになるとそのか細い首に手を掛けた。
「やめてぇーっ! 折原君!!」
詩子の絶叫にも近い悲鳴に浩平は我に返った。
浩平の手が緩み、瑞佳は荒い息をつきながらも怯むことなく浩平を見据えている。
涙で眼が霞んでいるが、詩子は瑞佳の瞳に悲壮な決意があることを見逃さなかった。
「どうしたの? もう終わり? やっぱりわたしが側にいなくちゃだめなんだねっ! 甲斐性なしの浩平!」
「長森さんやめてっ! 謝るのよっ!」
「その減らず口、二度と利けぬようにしてやるっ!」
浩平は前よりも強くグイグイと首を絞め始める。
薄暗い密室は阿鼻叫喚の場と化した。
「死んじゃうよー!」
詩子が浩平の右腕に取りすがり噛み付く。
「ちっ、邪魔っ!」
勢い良く右腕を振り回すと詩子は軽々と投げられ、ダンボール箱に頭から突っ込んだ。
「はわわ……」
箱の中でもがき、やっと抜け出して見たものは断末魔に喘ぐ瑞佳であった。
呼吸困難のために激しく脚をバタつかせている。
ふと近くに花瓶があることに詩子は気付いた。
それを両手で掴み浩平の許に駆け寄る。そして頭めがけて大きく振りかぶった。
「おぅりゃーーーっ!!」
「やめなさぁーーーいっ!!」
独特の甲高い怒声に三人の動きが止まり視線が声の方へ向く。
そこには鬼のような形相で仁王立ちしている家の主、小坂由起子の姿があった。
「浩平!」
もう一度叫ぶと由起子はツカツカと浩平の許に歩み寄った。
パシッ!
乾いた音が響き、浩平は床に転がった。
「浩平、これはどういう……」
詰問しようとした由起子は奇妙な違和感に言葉を失った。
さっきまで記憶になかったのに、突然現れた甥と物置と化している彼の部屋に戸惑う由起子。
重苦しい沈黙が訪れる。雨は相変わらず強く降っていた。
この環境を和らげようと詩子は部屋の明かりを点けた。