ここ数日は毎晩のように、観鈴と晴子との三人で酒盛りが続いている。
今日も夜が更けるまで飲み明かしていた。
無理やり酒を飲まされた観鈴が、横でひっくり返っている。
「なー居候ぉー」
「なんだよ」
べろべろに酔っ払った晴子が胸に寄りかかってきた。
「えっちしよー」
「俺らはいつからそんな関係になったんだ」
肩をつかんで引き離そうとしても、すぐにひっついてくる。
「観鈴がおると、こんなこともよーできんからなー」
「って隣にいるだろっ」
「ええやん、よう寝とるわ」
観鈴はぐうぐう寝息を立てている。
「目を覚ましたらどうするんだ」
「それならそれで、見せたったらええわ」
「バカいうな」
「大人のおべんきょうや」
ぐいっと顎を引き寄せられたかと思うと、そのまま口づけられる。
息が相当に酒くさい。
かじるように唇をねぶられ、舌を強引にねじこまれるに到って、俺はやっと晴子を引き離した。
「やめろって」
口の中にゲソのかけらが残っていた。
243 :
2/13:03/07/15 13:22 ID:Nz6At4iN
「な、居候」
潤んだ瞳でしなだれかかってくる。
「セックスしよ」
「ダメだ」
「上げ膳据え膳、棚からぼたもち。若い男が遠慮するもんやないで」
「別に遠慮してるわけじゃない」
そっぽを向く。
「なんや、下半身はやる気まんまんやないか」
「どこ見てるんだっ」
あわてて身体ごとあさっての方へ向き直る。
「あ、ひょっとして」
ぎく…。
「居候、初めてなんか?」
「…悪いか」
ぷーっ
晴子が噴きだした。
「あっはっはー、その年でチェリーかいな!」
「寝る」
「あ、嘘や嘘。そんなに怒らんといて」
「もう寝た」
横になって、大げさにいびきまでかいてみせる。
「大丈夫や」
ごそごそと毛布をまくりあげる感覚。
背中ごしに胸を押しつけてくる。
「うちかて初めてや」
後ろから抱きつかれていた。
244 :
3/13:03/07/15 13:23 ID:Nz6At4iN
「バカいうな、それじゃあ観鈴は―」
どうして、と言い返そうとして思い出す。
観鈴の実の母は、すでに他界していたのだと。
「姉貴の子やねん」
耳に口を近づけて、つぶやくように告げる。
熱い吐息が首筋にかかってくすぐったい。
「だから問題ない」
「でも俺は―」
晴子のことが嫌いなわけではない。
だがただでさえ観鈴に振り回される毎日で疲れ果てているのに、
これ以上ややこしい関係を築くつもりもなかった。
「体だけなら、ええやろ」
晴子の手が胸から下半身にじわじわと下りてくる。
くすぐるように指をうごめかせながら、触れるか触れないかの加減で服の上をなでていく。
「なんや、居候もやっぱりその気やん…」
体は正直だ…。
俺の下半身は充血しきってガチガチだった。
ジーンズ越しに肉棒の形に指をそえられて、そのまま上下にゆるゆるとこすられる。
「な、しよ」
「今さら冗談でした、じゃ済まないぞ」
「うちは本気や。居候は―」
言葉を選びなおすだけの間があいた。
「往人は、遊びでもええけど」
「遊びでこんなことはしない」
245 :
4/13:03/07/15 13:23 ID:Nz6At4iN
「若いんやな」
「あんたよりかはな」
いつものように軽口を叩いてやる。
晴子は怒らなかった。
代わりにカチャリとジーンズのベルトを外されて、晴子の手が直接俺のモノに触れる。
「ほんと、若いわ」
その硬さを楽しむように、握ったりゆるめたりしている。
俺は晴子の手に自分の手を添えた。
細い指。やや骨ばった手の甲。
その手は家事をほとんどやっていないにもかかわらず荒れていて、仕事の苦労を感じさせた。
「がんばってるんだな」
「…ん」
「観鈴のためか?」
「……」
背中越しに、晴子がうなずくのを感じた。
「素直じゃないんだな」
返事の代わりに、晴子の手に力がこめられる。
きゅっ
しごき出すように上下させると、鈴口に人さし指をあててなでまわす。
そこはすでに濡れていて、ぬるぬるとした感触が俺にも伝わってくる。
「くっ…」
刺激が上半身に駆け抜けた。
246 :
5/13:03/07/15 13:23 ID:Nz6At4iN
「素直になりたくても、なれない事情があるんや」
「どうして」
「観鈴は本当のうちの子やないから」
「そんなの関係ないだろ」
「…居候にはわからへんねん」
「ああ、わからない。バカだからな」
晴子の手をつかんで行為をやめさせると、俺は彼女に向き直った。
「観鈴の笑顔に引きかえられるものなんかない、違うか」
瞳をじっと見つめる。
深い藍色の光が沈んでいた。
「あんたに何がわかるんや…」
「晴子は、観鈴を、大好きだってことだ」
区切るように、言葉をつむいだ。
じっと見つめ返される。
普段の晴子からは考えられないほど不安そうな瞳。
観鈴の瞳と似ていると思った。
寂しくて、触れてほしくて、でも、素直に言い出せなくて。
今にも泣き出してしまいそうなくらい、壊れそうなほどに張りつめている心。
247 :
6/13:03/07/15 13:24 ID:Nz6At4iN
「…居候は観鈴のこと、どうなん?」
「好きってのとはだいぶ違うと思うが」
観鈴と出会ってからの、ほんのわずかな日々を思い返す。
「なんなんだろうな」
それはほんの一週間のことなのに、まるで家族のように馴染んでいる自分に気付いていた。
「まるで…」
「まるで妹ができたみたい?」
晴子は微笑んでいた。
「そうだな。妹がいたら、あんな感じなのかもしれないな」
俺も微笑みを返していた。
「あんたら、はたから見ててもそんな感じやもん」
クスクス笑う。
「できの悪い兄貴と、すぐ転ぶドジな妹ってとこや」
「じゃあ晴子は」
「うちは、なんやろなー」
248 :
7/13:03/07/15 13:25 ID:mHu6IV0W
「そない説明できるほどの関係やあらへんもん」
「そうか?」
晴子と観鈴がそろっている場面を俺は数えるほどしか見ていない。
だが観鈴に言わせると、それでも俺が来る前よりは長く一緒にいるのだという。
観鈴はすぐ寝てしまい、晴子は泥酔するまで飲んで帰ってこない。
二人はただ一つ屋根の下に暮らしているだけなのだろうか。
そんなことはないと思った。
「自分のことはわからないもんだ」
すぐ目の前に、晴子の思案顔。
気が強くて、いいかげんで、怒りっぽくて。
そんな晴子がふと垣間見せる、さびしそうな瞳。
誰よりも観鈴のことを心配しているのは、きっと晴子だった。
晴子の顔にかかる前髪をわけてじっと見つめる。
ぼんやりと見つめ返してくる瞳。
「往人…」
「ん」
「キスして」
瞳を閉じて俺の返事を待つ。
自分から言い出したくせに晴子は震えていた。
返事の代わりに、俺は晴子を抱き寄せる。
249 :
8/13:03/07/15 13:25 ID:mHu6IV0W
長い、それは長いキスだった。
熱く湿った舌を絡めてつつきあい、互いの唇をあま噛みする。
その途中、観鈴の方にふと目をやる。
かすかに開いていた目をあわてて閉じるのが見えた。
「…晴子…」
「…知ってる…」
「…どうする?」
「…初めに言うたやろ。おべんきょうや…」
そうささやいて、再び唇を重ねてきた。
くちゅくちゅと互いの唾液を交換しあう淫猥な音が響く。
初めこそ酒の苦味が残っていたが、やがて晴子そのものの味になっていた。
服を脱がせ、舌と手をすべらせて愛撫する。
首筋に舌を這わせ、胸をこすり合わせて。
身体を一撫でするごとにビクンと跳ねる晴子の身体。
だんだんと吐息も激しく、あえぐ声も激しくなってくる。
「…んっ、往人…初めてにしては上手やん…」
「…そうか?」
「…うんっ、あ、そこぉ…」
晴子が感じるところを探し出そうと、全身くまなく唇でくすぐり、音が出るほど強く吸う。
手指の先。短く切り揃えられた爪。
首筋。いつも外を走り回っているからだろう、そこだけ浅黒く日焼けしていた。
胸から脇の下。鼻をこすりつけると、くすぐったそうに脇を閉じようとしてくる。
押しのけて脇の下を舌でつつく。
「ひゃうっ!」
「晴子、ここ弱いんだな」
「ちゃうて…、くすぐったいだけや…」
250 :
9/13:03/07/15 13:26 ID:mHu6IV0W
無視して舌で愛撫を続けながら、へそ周りから脇腹を手のひらでゆっくり撫でまわす。
初めはくすぐったそうだった晴子も慣れてきたのか、ただ感じるままに声をあげるようになっていた。
「あっ、ダメやて…あんまりキスマークつけんといて…」
せがむ晴子を無視して首筋にキスをあびせ、噛み跡を残す。
「はあ…」
逆効果だと知って、それ以上は何も言わなかった。
下半身の茂みに到着した頃には、そこはすっかり濡れそぼっていた。
ふくらみに手を這わせ、やわやわとした恥毛の感触を楽しむ。
「…じらさんといて……」
晴子が苦しそうな顔でせがむのを見て、愛しさがこみあげる。
まだ男を受け入れたことのないピンク色のつぼみ。
「処女だからな、大事に扱ってやらないとな」
紳士のごとく優しく接してみる。
もちろん嫌がらせだ。
「痛いの、嫌だろ」
「……」
ふいっと目をそらす。
いつもの晴子から受ける気強いイメージとは違うしぐさ。
「怖いのか?」
「……」
弱々しくにらみ返すだけで、何も言わない。
いや、言えないのだろう。
その表情には恥じらいすら垣間見えていた。
「かわいいぜ、晴子」
「な…」
「おまえ気の強い振りしてるけど、実は怖がりだろ」
「…アホ…何を言い出すんや」
「普段は酒の力を借りてるだけだ。それを証拠に、ほら」
首筋に手を添わせる。
震えていた。
指の先に感じる、激しい脈動。
「さびしがりやで、怖がりだ」
「あ…」
指でそのままくすぐる。
ぎゅっと目を閉じて、ビクンと身体をちぢこませる。
「怖いから、それが現実になる前に避けようとする」
「違う…」
「怖くてさびしいから、何でも勝ち負けに持っていこうとする」
「……」
首に唇を這わせる。
「家庭も、恋愛も」
「…だって」
「ん?」
「…だって、しょうがないやんか…」
「何が」
ぎゅっ。
俺の手をつかむと、そのまましがみついてくる。
「うち、誰も家族おらへんもん…誰も…」
「いるだろ、家族」
「……」
ふるふると首を振る。
「そう思い込んでるだけだ」
「……う…」
「…泣いてるのか?」
「…だって……」
耳元で吐息が深く漏れたかと思うと、激しくしゃくりあげる。
「…ひくっ…だって、うち…観鈴…」
「ああ」
優しく頭をなでてやる。
子どもをあやすように。
「両親も姉貴も死んで…もう誰も家族いなくなって…悲しくて…もう誰も要らないって…。
男だって、遊びで、ゲームで…だって、そやろ…結婚する気もあらへんのに…本気になったって…」
「そうだな」
ぎゅうっ。
背に回された腕に力がこもる。
「…もう…遅いんかな…」
「おまえはどう思ってるかは知らんが」
ちらりと観鈴を見やる。
「おまえがそう言ってくれるのを、馬鹿正直にずっと待ってる奴がいるってのは、確かだな」
「…そっか…せやな…」
「ああ」
「な…居候…」
「ん?」
「…お願い」
「…ああ。俺でいいなら」
………。
……。
…。
「うち、行かなあかんとこがあるねん」
翌朝、まだ暗い居間。
夜も明けきらないうちに、晴子は準備を終えていた。
「どこに」
「温泉巡りや」
目をこすりながらたずねると、そう言って笑った。
迷いの消えた瞳で。
「おまえ、ほんと素直じゃないな」
起き上がろうとする俺に、しーっと声を下げるよう指で合図する。
「…だから、素直になるために行くんやないか…」
晴子は、観鈴に聞こえないようにささやいた。寝ている観鈴の頭をやわらかくなでながら。
今さら観鈴に聞こえないようにしても意味がないだろうと思う。
単に照れくさかったのだろう。
「…夢を見ているんだ」
「ん?」
「…観鈴は今、夢を見ている」
晴子がいぶかしげに俺を見る。
急いでいるのに、何を言い出すのかと。
「空を飛ぶ夢だ」
「…ああ、何かそないなこと言うとったな」
言ったところでどうなるものでもないのだろう。
だが、もし俺の母の言葉が真実なら。
言っておかねばならない。
「昨日の朝、悪夢に変わった」
「それが…どうかしたんか」
呪いのように重苦しく響く悪夢という言葉が、晴子の顔を曇らせる。
「いや、説明してもどうせ信じないだろう。ただこれだけは覚えておいてほしい」
仰々しげな物言いに、晴子も思わずゴクリとツバを飲む。
じっと見つめて、俺は言った。
「後悔しないようにな」
「なんや、そんなことか……」
「ああ、そんなことだ」
「もちろん、初めからそのつもりや」
ニコリとウインクする。
「だろうな。言うまでもなかったな」
「…ほな、うち行くわ」
「ああ」
踵を返し、歩き出した。
「またな」