江藤結花 5回表 〜熱闘ペナントレース 2003〜
土曜日の昼。
仕入れの外回りから戻り、スフィーとHONEY BEEへ昼食を取りに出向いた。
昨日食べ過ぎた割に朝もしっかり食べたせいか、今日はちょっと胃が重い。
ジャムトーストにミルクティのセットにしておこう。
はい、お待ちどう、とトーストとミルクティのポットを持つ結花。
リアンも恒例の山盛りホットケーキを持ってくると、何故か突然歌い出す。
「This must be……」
「This must be……」
「This must be……」
「……なんだその歌わ」
「健太郎、ノリ悪いわねー。何って、ジャムトーストの歌じゃない。
最初の輪唱に4人要るんだから乗ってくれないと」
「そんなの歌ってると甘くないオレンジ色したジャム食わされるぞ」
「「「え?」」」
( ゜Д゜)ポカーン
……(((; ゜Д゜)))ガタガタブルブル
「……ま、それは冗談として」
「冗談だったのかよ!」
思わず三村突っ込みをする俺に、うるさいわねえ、スフィーちゃんまで一緒に
なって仕込んだのに、受けなかったんだからサラッと流してよ、などと言う。
そうだな、まあ立て板に水、無い胸に水の抵抗も無くスルスルとnag
「チェイサー!」
ゴスッ!
「……、ヒ、ヒザは勘弁」
どうやら思考がダダ洩れしてたようだ。則頭部に結花のヒザが突き刺さった。
「で、なんだよ、何か言いかけだったんだろ?」
「そうそう、あんたが余計な茶化しさえしなきゃ、スンナリ話してたのよ!」
で?と先を促す。
「そのパンどう?」
「ん?」
一口かじる。
「んー、パンだ」
「それだけ?
「んー、パンだ」
ちょっと、良く味わってよね!とブチキレそうなふりをする結花。
何故かリアンもそばにいて、ちょっと不安そうな面持ちでみている。
「パンだ…、パンだ…、パンダ、パンダ、温泉パンダ、パンダは
こーべのやまおくにかえれー(棒読み)」
ザクッ!
「はぅ!……さすが空手バカ一代、見事な急所への貫手だ」
まあ実際には脇腹を突かれ、ビクッとしただけだが。
ド突き漫才をしていてちっとも前に進まないので、見かねたのかリアンが
「あのー、健太郎さん、パンをよく見て頂けますか?」
と首を締められている俺に尋ねてきた。
まじまじと見る。まじ☆アンだけにな!というボケは置いといて。
おろ?いつもは頼まないが、たしか前食べた時は……なんか……耳が違うかな?
「あー、そー言われると。パン変えた?」
ニヤニヤ
あ、結花が少しにやけ出した。リアンもちょっとホッとした顔をしている。
それまで黙々とホットケーキをやっつけるのに夢中になってたスフィーも
ようやく面をあげ、そして二人の顔をと俺のトーストを見比べる。
「けんたろ、一口ちょうだい?」
「ん?おま、自分の分じゃ飽き足らず、他人のまで取ろうってのか?」
「たくさんは要らないよ、一口だけって言ってるでしょ」
「ろくでもない事考えてるんじゃないだろうな?」
「うん、って違うって。いいから、一口!」
俺は二枚目のトーストをスフィーに渡す。
律義に水で口を洗い流したスフィーが、それを口に入れる……前にシゲシゲと眺める。
「あれ……?」
そして一かじり。
「あ、やっぱり!ジャムも違うね!」
「スフィーちゃん、鋭い!」
言われて、自分ももう一口食べてみる。
「んんー、そう言われればそんな気が……」
がっくりとウナ垂れて見せる結花。
「はあ、健太郎鈍いわねー」
はい、はい、鈍チンですよ、どーせ俺は。モグモグ。
「んー、ああ、なるほど。ん?心なしか、パンの香りも強いかな?」
パーッ!と二人の顔付きが明るくなる。そして
「「じゃじゃーん」」
リアンと結花が口でファンファーレを演奏し、厨房からパンの固まりと
鍋を持ってくる。
「実は、パンもジャムも自家製なのよ」
得意気な表情の結花。何故か俺が小一時間問い詰められそうな気分ですか?
今日のパンは、焼けて茶色いだけじゃなかった。元々が茶色い生地のパン。
ちなみにいつもHoney Beeが使うパンは、同じ商店街のパン屋「小麦邸」から
仕入れるミルクブレッド。いわゆる食パンなのだが、粉をこねる時に水じゃなく
牛乳を使うタイプのものだ。え、なんで俺がこんな事知ってるって?俺も珠に
厨房に立たされたからね。
その「小麦邸」は、この商店街のご家庭でパン食をする場合、殆んどがそこから
買う、という程で――ご多分に洩れず我が家もそうなのであるが――
それと味も香りも違うのに、言われるまで気が付かないとは健太郎一生の不覚。
「あんたの一生に不覚は幾つあるのか知らないけれど」
いかんいかん、また考えてた事を口に出していた。
「そうか、とうとう暴力沙汰で小麦邸に出入り禁止となったか」
ザクッ!
「はぅ!」
「普段お客さんに出す分は、小麦邸さんから買うわよ」
結花が言うには、泰久さんから、そろそろお前も何か一つ強力な売りになるメニュー
を考え出せ、と言われたらしい。
「じゃ、いつどこで誰に出すのさ?」
そう疑問に思うよな?
「うん、土曜のお昼って結構お客さん少ないのよ。今まで土曜の分は
金曜の分と一緒に買ってたんだけど。これならその日に焼いたので出せるでしょ。
パンメニューはサンドイッチとトーストだけだし」
「なるほど」
「でもねー。さっきの健太郎の反応みたらイマイチなのかなあ?」
「え?あー、言われりゃ違いはわかるぞ?だから常連さんなら喜ぶんじゃないかな」
そう、土曜日のお昼にここでパンメニューを頼むのは、殆んどが常連客。
一見さんなんかはむしろ、カレーとかピラフ、パスタの方が多いだろう。やっぱり
ちゃんとした食事をしたいだろうし。
「あ、やっぱり?そうなのよねー」
スフィーが、どうして?、という顔をしているので説明してやる。
「ああ、常連客しかいない土曜日の昼に、普段とちょっと違う物を出す、
これは明らかに常連客へのサービスだよ。でもその常連客から口込で客が増えれば
店としては正解。そうでなくても、そのうち平日にも欲しがる声が上がれば
その商品は成功したといえるだろ?」
「でも……」
健太郎さんでも言われるまで気が付きませんでした、とリアンはまた不安そうな
顔付きをする。
「ごめん。今日はちょっとお腹が重くてね。あまり食べ物を真剣に考えてなかった」
いいわよ、まだまだこれからだから、と結花はリアンをの杞憂を解く。
「それよりも」
ジャムはどうだった?と結花が切り出すと、今度こそリアンの顔が引き締まる。
ははーん、パンが結花担当、ジャムがリアン担当なのか。
「これ、季節毎に代えたりするんだろ?」
そのつもりだけど、と結花がリアンを見ながら答える。
「じゃああまり大量に作り置きする分けでもなさそうだし、問題ないんじゃ
ないかな?味だって、これはまだ試作だろうし、それにスフィーは気が付いた」
「うん、どことなく、買ってきたのとは違うイメージがあったんだ」
多分リアンが作ったんでしょ?そのイメージがリアンっぽいシルエットだなーって
思った、とつなげる。
珠にホットケーキにジャムを付けてもらってるし、俺よりは食べてる回数も多い
スフィーは、確かに気が付き易いだろう。
それにしても、魔女ともなるとその漠然としたイメージにさえビジョンが伴うのか。
「それよりさ、自家製ってどれだけ作るんだよ。ジャムはさっきの通り、
まあいいとして、パンはどうするんだ?それに、多分同じようなパンは
小麦邸にもあるだろ?」
すると結花は、へへーん、と勝ち誇った笑顔を浮かべ
「ご心配無く」
と来た。なんで勝ち誇ってるんだ、この貧乳は?
「貧乳は余計!あのねー、意外な事に今まで全粒粉の食パンってやってないのね。
それにこれは、いろいろとブレンドしてるから。それでうまくいったら、レシピを
小麦邸さんに渡して、作ってもらえる事になってるの」
ほう、それはうまいやり方だなあ、結構考えてるんだなー、と言うと、
「とーぜんでしょー。それに[Honey Bee*うち]ブランドのサンドイッチやジャムパン
も考えてるんだ」
ふふん、というちょっとヤらしいニヤけ面にVサイン。だからなんで勝ち誇る?
全粒粉というは、小麦の胚芽まで含めて全部曳いた粉。そしてそれにいろいろと
ブレンドしてオリジナルにしたらしい。だから薄い茶色のパンだったんだ。
ちなみに今日はそば粉が入っていると言ってたな。
「そばはアレルギーとかあるだろ?」
「うーん、そこはどうするか、なのよねー。それに結局今までのも食べたい、と
言われちゃうかもしれないし、そうするとしばらくは限定メニューにするしか
ないのかも」
いつの間にか真剣な表情の結花をみて、
「俺にも何か力になれる事があったら、遠慮無く言ってくれよ。何が出来るか
わからないけど」
自然とこんな言葉が口から出た。
「ん、ありがとう、健太郎」
店に帰る道すがら、スフィーと話をする。
「結花もやる気なんだね」
「ああ、そうだな」
「きっと、健太郎が店を頑張ってるのに影響されたんだと思うな」
それはどうかな、と照れ隠し。
「やっぱり、頑張ってる人がいると、回りも影響受けるんだよ」
「いやいやいや、俺なんかまだまださ」
むー!と膨れるスフィーをからかいつつ。
やっぱりそうなのかな?
まあ出来るところまで頑張るさ。そしていつかは、な、結花。
−了−