江藤結花 5回表 〜熱闘ペナントレース 2003〜
前のレースが終って、一時の静寂を取り戻したプールサイドに競技者が向かう。
自分がその中の一人である事を意識する度に心臓がバクバクと鼓動する。
観覧席に設けられた各校のテント。自分達の学校をチラッと見やる。退屈そうに
付き添っている顧問。マネージャーといちゃつきながら手を振る後輩。
そしてその後ろには、健太郎が、ちょっと面映そうな顔つきでこちらを見てる。
正直、自分がこのレースでどうにかなるなんて期待はしていない。何しろ県一位
といっても弱小県。コースだって7コース。でも、記録を更新ぐらいは
したいじゃない?
エイッと両頬を平手で叩くと、皆に向かって手を振り返した。
ピーッ!スタート台に上がる。
用意!
スガーンッ!
ほんの一瞬の間、そしてザバッ!
軽くドルフィンキックで浮上する。
すぐにバタ足に切替える。これは自分がベストだと思った泳法。
出だしはOK。5ストローク1ブレス。
一応両サイドを確認出来る。
県大会の時よりピッチが早いかも。
あ、4、5コースはもうターン。
自分もターンポイントで――。
もう一度、5ストローク1ブレス。一掻きに力を込めて。
段々と他の人との差が開いていく。ちょっと息苦しいかな。
腕も重いかな。
あ、ターンだ。もう一度行かなくちゃ。
2コースはどうかな?なんかボーっとする……。
3ストロークに換えちゃえ。先は長いな……。
あ、ターンだ……。
え?
足が!届かない――?!
ターンに関する記憶がフラッシュバックする。
(このプールは距離感がちょっと違うからもっと壁に寄せないと)
(ターンで足伸ばしてるのはもう古いよ)
(……今更スタイルは変えられないのよ)
ああッ!神様お願い!
ホンのわずかの間、でも悠久とも思える時が過ぎて。指が、届い、た――。
なんとか蹴り出すけど、もうボロボロだった。
先がながい。ほんとうにながい。もうどうでもいい。あがりたい。いきもくるしい。
その時、ちらっとプールサイドがみえた。
(けんたろう……ッ!)
手を拡声器にした健太郎が、こっちに向かって何か叫んでる。
(!)そうだ、捨てちゃダメだ。最後のレースなんだ、全力でッ!
もう一度、体制を立て直して。3ストローク1ブレス。一掻きに力を込めて。
爪の先まで神経を尖らせて。
ゴールまであと25m。でも、悔しいな――。
ゴールまであと20m。六年間の最後か――。
ゴールまであと15m。……。
ゴールまであと10m。ラインが、滲む。
ゴールまであと――。