太陽がまぶしい。まぶしすぎて頭が痛くなる位だ。おれは初めて降り立つ土地にとまどいと一種の恐怖感を感じながらも、仕方なしに足を進めるのだった。
それにしてもまぶしい。太陽の光はひさしぶりではないはずだが、いつも浴びる朝日、それも家で浴びるものとこうして外で真昼間に浴びるものではその強さは格段に違うものだ。
おれは今面接のためにこの見知らぬ土地に延々2時間も電車に揺られてきているのだった。電車は苦手だ。昔のように満員になったりすることはめったになくなったが、それでも、いや、
満員でないからこそ他人の視線が気になってしょうがない。おれははっきりいって外に出るのが嫌いだ。
なるべく外には出ないようにしているし、そのため電車も乗る機会が少ない。今日は災難だ。だがまあしかたない、今日はばっくれるわけにもいかないだろう、とにかく目的地に向かうしかない。
そう自分に言い聞かせおれは手のひらサイズに縮小した駅から目的地までの地図を手提げ鞄から取り出した。
どうやら道はほとんど一直線のようだ。このあたりは首都圏とはいえ都心からかなり離れているし、見間違うようなビルもほとんどなさそうだ。
ちょっと遠いようだが20分もしないうちにつくだろう。そうして、おれは黙々と下を向いて歩きながら今日の面接のことについて思いをめぐらした。
おれは、大学を卒業した後、迷わずフリーターになった。なあに、フリーターといってもおれが中学生だったときに一般市民が抱いていたような半端者な印象は今ではほとんどなく、
それどころかフリーターが国民の過半数を占めるようになり、また事実上この世の中を支えていることから新しい生き方として完全に認知されるようになっている。
フリーターと言うとわかりにくいかもしれないが、要するに自由契約人ということだ。おれは今その自由な契約によりインターネット上で会社のキャッチコピーを作ったり、また会社のホームページの掲示板を管理する仕事をしている。
この仕事は通信制のある高校、大学で学んだ俺にとってはまさにぴったりの仕事で、まるで大学の延長線上にいるような錯覚さえ受ける。
おれは高校、大学時代も校舎に通わずに過ごしたいわゆる昔の言葉でいうところの引きこもりだが、これも昔と違って1千万人以上もいるため、一つの生き方の形のようになっている。おれも自分の性格に悲壮感などを持ってはいない。人と実際に会うのが苦手なだけだ。
今日面接を受けるところもそういったインターネット上ですべてが済むような仕事の募集だったのだが、この会社はずっと市町村に教材を納めてきたような会社であるせいか頭が古く固いようで、このような古風な実際に会う面接を行うわけである。
今はたとえ就職という形をとるとしてもネット上で面接の大半は進められ、せいぜい最終面接くらいでしか実際に会うことはない。おれは面接にいくのがあまりにも億劫だったのでこの仕事を引き受けるのはよそうとさえ思ったが、そう簡単に切り捨てるには給料が良すぎた。
いろいろと給料のことなどを考えながら歩いていると、急に前方に大きな近代的なビルが現れてきた。周りはほとんど野原といってもいいのに、この建物だけが不気味にそびえ立っている。廃墟のようだ。
この会社の業務内容からいってこんなに大きな建物は必要ないはずであり、おれはこんな無駄なことをする社の、もしくは社長の方針に不愉快なものを感じた。
会社の立派なロビーはぴかぴかに磨き上げられ、左手にはインフォメーション、要するに受付があり受付嬢が座っている。と、おれはその女性を、一瞥をくれる一瞬の間に素早く値踏みをした。まあまあか、悪くないな。
「すいません、今日面接でお伺いしたんですが」
「あ、はい、聞いております、北島さん、でいらっしゃいますか?」
「あ、はい、そうです」
「それでは、2階の会議室にご案内致します」
おれは、その女性について歩いていった。実際の女性と対面して喋るのは久しぶりだったので、少しおどおどしてしまった。それにしてもケツがうまそうだ。
女はやせようやせようと頑張っているし、確かに太った女性はそれほど好まないが、それでも一般的な男性はややふくよかなくらいのほうを好ましく思い、またそのほうにセックスアピールを感じるのだ。
この女性もややでかいケツをしていておれの劣情を催すには十分であった。どうせ相手は背中を向けているのでこちらの視線に気づくまい、
と思いおれはわずかの時間を無駄にするまいとこの女性のケツを視線に焼き付けようと必死になるのだった。
ややタイトなスカートが余計ケツを強調している、そんなことを考えているとすぐに会議室に到着してしまった。
「それでは、奥におかけになってお待ちください」
なかなか座り心地のいい椅子だ。それに机も重厚で悪くない。家のパソコンデスクは安物だからこういうときに高級な椅子のありがたみがわかる。おれは実を言うと痔なのだが、それはあの安い椅子のせいなのかもしれぬ。
ほどなくして面接の担当者はやってきた。
「どうも、お待たせしました。私が担当の磯部です。」
やってきたのは中年の特にどうといった印象もない、早く言えばいかにも中年といった男だった。禿げてはいないが、あまりうだつのあがらない感じの印象だ。
俺はこいつに面接されるのか、まあいい。面接といってもほとんど採用は決定しているんだからな。磯部という男は、おれのこんな考えを見抜いてか、
「まあ、面接とはいっても、もう基本的にはやっていただくことになるんですけど」
とかすかに笑みを浮かべて言った。ほら、やはりそうだ。面接する必要性を感じない。
「それでは、勤務内容の確認と、採用条件の確認ですが・・・」
面接は20分足らずで終わった。駅からこのビルまで歩いた時間くらいだろうか。採用もきまったことだし、特に用はないがとにかく早く家へ帰って、ラフな格好に着替えて引きこもりたい。帰りの足取りは軽かった。
行きはよいよい帰りは怖い、あれ、これ逆じゃないか?
汚く、狭いながらもはやり我が家だ。床がゴミやら書類やら脱いだ服やらで半分くらい隠されているが、そんなことおかまいなしだ。
おれは帰宅するなりそれらをジャンプしてよけ、急いでパソコンに向かい、マウスを動かす。
パソコンは電源を切っていないので、マウスを動かすとすぐにいつもの画面が現れる。
おれがパソコンの電源を切るのは基本的に調子がおかしくなってしまったときに再起動するためだけである。それ以外は寝てようが外出してようがつけたままだ。
なんともいえぬ、わくわくした気持ちでクリックすると、自動的にメールチェックが始まる。1,2,3・・・8通も来ているがほとんどは怪しい違法すれすれのダイレクトメールばかりである。
それらを一通一通削除していると・・・おおっと、彼女からメールがきている。
この彼女とは9ヶ月前に知り合ってまだ交際が続いているのだがいまだに実際に会ったことがない。
もちろん写真の交換もしたし、実際にネット上で声を使って喋ったりもしているのだがおれは東京、彼女は愛知と遠いため会えない。だが、会えなくても何の問題もないし実際に会うのは苦痛だろうと思う。
会って性欲を発散させたいという欲求もないわけではないがそれでもやはり会うことのリスク、面倒を考えたらこのままでいたいと思ってしまう。
(続く)