従三位近衛府大将、柳也。
皇帝直属の軍人にして、電算技術者である。
従三位内侍司尚侍、裏葉。
後宮女官の主宰にして、電算技術者である。
柳也と裏葉の操る計算機械は、この太陽系で用いられている
他のどの電算機とも似ていない。
彼らの機械の中枢部は真空管ではなく、一秒間に数億回の計算を行う、
極めて微妙に調整された珪素の集積回路である。
記憶媒体である直径13cmの円盤には精細な光のパターンが刻まれ、
百科事典全巻さえ一枚に収めることができる。
生体コンピュータなどと違い、彼らの電算機は
知的な思考を模倣するものではない。
したがって、独創的な何かを思いつくことはおろか、
人間との日常会話も全く不可能だ。
むしろ柳也と裏葉の機械は、現在の真空管の機能、
道具としての電算機を徹底的に延長した所にある。
与えられた命令だけを、非人間的な
速度と精度と効率でもって遂行する機械というもの。
事実、計算の速度だけを見れば、
ノートロピック・チャイルドである遠野美凪をも上回るのだ。
人類の知っている円周率の桁を伸ばし、素数を増やしたのは
他ならぬ柳也と裏葉の功績である。
「電算機」の性能として、彼らの機械は
確実に太陽系最高の水準にあった。
そんな太陽系最高水準の電算機を持つ二人が、今回は頭を抱えていた。
裏葉「あらあらまあまあ」
柳也「……これを解析するのか!? 何千億バイトあるんだ!」
バイトとは情報量の単位の一種である。
遠野美凪の研究室から押収された磁気テープの類だが、
柳也や裏葉の感覚では、テープ一巻ぶんの情報量は些細なものだ。
しかし、倉庫に溢れるくらいのテープとなれば話は違う。
柳也「虱潰し、というわけにはいかない量だな……」
裏葉「星表を検索いたしましょう。まずは当たりをつけませんと」
記憶媒体から星表を呼び出す裏葉。
裏葉「まず、カストルは絶望的でございます」
柳也「六重連星と聞いた。開拓可能な惑星は存在しそうもないな」
裏葉「近距離恒星で、木星型惑星の存在が確認されておりまして、
カストル(52光年)より近いものを近い順に申しますと……
エリダヌス座イプシロン星、グリーゼ876番星、グリーゼ86番星、
かに座55番星、HD147513、アンドロメダ座ウプシロン星、
エライ(ケフェウス座ガンマ星)、おおぐま座47番星、
さいだん座ミュー星、ペガスス座51番星、うしかい座タウ星。
ここまででございますね」
柳也「一番近いエリダヌス座イプシロン星はどうなんだ」
裏葉「いけませんわ。惑星の軌道が大層扁平な楕円でございましょう。
これは形成の途中で、惑星の円軌道が極端にかき乱された
ことを示しております。地球型惑星などひとたまりもなく、
重力圏から弾き飛ばされておりましょうね」
宮廷人の教養として、星辰二十八宿の運行に通暁した
裏葉が説明を加える。
柳也「つまり、円軌道の惑星を探さないといけないのか」
裏葉「ええ。そのうえ円軌道も、このペガスス座51番星のように
水星軌道の内側にありながら、質量が木星並みではいけません。
巨大惑星の軌道が内側に移っていく過程で、地球型惑星など
とうに弾き飛ばされるか、太陽に落ちてしまっておりますわ」