スフィー降臨3HC with まじアン総合スレ#5
何処の大都市にでもある裏の顔、歓楽街の街並――。
そこを歩く、一人の男がいた。
日本人であること以外さして特徴のない、どこにでもいる男性に見える。
そんな男性が、スラムの建物の間をすいすいと抜け、慣れたように歩いていた。
「……くぁ……」
何度目かの角を曲がったところで、彼は天を仰いだ。
瞼を片手で覆い隠し、心の中で悪態をつく。どうして俺はここにいるんだ、と。
――決まっている、それは……。
『おい、お前』
不意に、背後から声を掛けられた。
振り向くと、そこには数人の若者たちがにやけた顔をして立っている。
先頭の帽子を被った男がたどたどしい日本語で彼に呼びかけた。
「オマァエ、にぽーんじん、ダーラウ?」
『ああ、君の国の言葉で喋ってくれて結構。半端な日本語は聞き苦しい』
流暢に公用語を操る彼に少し驚いたものの、帽子の男は再び同じ質問を繰り返した。
『そりゃあ結構。てめぇ、日本人だな?』
『日本で生まれて、成人するまで日本で育ったぐらいには日本人だが』
それを聞くと、帽子の男とその背後の男達が、一斉にいやらしい笑みを浮かべた。
帽子の男の指示で、男達がばらばらと少し横に広がる。
『日本人は金持ちっだて聞いてるぜ……カネ、恵んでくれねえか?』
そう言う帽子の男に、哀れな獲物であるはずの日本人の彼は、ただ、ため息を吐いた。
ぽつりと一言、聞こえるように漏らす。
『さっきは日本語が聞き苦しいといったが……間違いだったな。
お前の言葉は、お前の母国語でも充分聞き苦しいようだ』
『何ィ!?』
激昂する帽子の男、色めき立つ周囲の男達。そして一斉に懐からナイフを抜く――。
日本人の目の色が、一瞬で変わった。
フフン。と帽子の男は自分の優位性を再度確認する。
こちらは大勢、日本人は一人。生意気なクチ利きやがって、どうしてやろう――。
――考えられたのは、そこまでだった。
大して鍛え上げられた風もない拳が、したたかに帽子の男のアゴに突き刺さる。
一瞬の早業。帽子の男はそのままの状態で真下に崩れ落ちた。
『何ィ!?』
突然の出来事に目を白黒させる男たち。
だがその隙は、そのまま彼らの記憶を途切れさせることとなった。
アゴに、人中に、鳩尾に、首筋に。
正確無比に放たれる拳や手刀は、振るわれるたびに一人、また一人と若者達を地に這わす。
残ったのは、あっと言う間に一人だけ。
『……なんだよ、なんなんだよ、お……お前はっ!?』
生き残りは、周囲の仲間達がすべて倒れた瞬間、自分に向かってくる日本人に恐怖した。
恐怖の顕現たる日本人の口が開く。手も足も硬直しきり、ナイフを握ったまま動けない。
『さて……君だ、君』
『ヒィィィィィィィッ!』
その言葉をきっかけに足の硬直だけが解ける。
男は逃げた。必死で逃げた。――だが、彼の悪夢は終わらなかった。
『おいおい、待ってくれよ、おい!』
日本人は追ってきた。チクショウ、俺がナニしたってんだ。カツアゲしようとしたか。
そこまで考え、足がもつれ倒れる。手に握り締めたままのナイフで危うく怪我をしかけた。
ああ、なんて思い違いをしていたんだ。この日本人は、単なる観光客じゃない。
プロだ。プロ中のプロ。俺たちは、なんて相手に喧嘩を仕掛けちまったんだ――。
逃げた男が這いずる。這って壁際に追い詰められる。振り向く。日本人が口を開く。
『君! そのナイフ、いくらで売ってくれるかね!』
『……………………へ?』
そう、彼はプロ中のプロなのだ。――ただし、骨董の、という但し書きがつく。
日本人は、腰が抜けて呆然としている男を相手に値段交渉をしようとした。が、
『い、いくらでもいいから持って行って下さいィィィ!!』
と怯えて震える男を相手にまともな交渉が出来るはずもなく。
ふう、とため息を吐いて懐から財布を取り出した。
『それじゃ、このくらいでどうだろう?』
差し出されたのは、札の一束。
仲間達を含め、男たちが三ケ月『仕事』をしても稼げないくらいの大金。
――日本人は金持ちとは聞いてたが、こんなのポンと出せるなんて、只者じゃない――。
怯え、開いた口がふさがらない男から返答がない為、彼は更に金額を増やそうとしたが、
『イイです! もうそれで充分ですから! 持ってって下さい! どうぞっ!』
と、慌てて男がナイフを差し出してきたので、その商談は綺麗にまとまることとなった。
「さて、いい買い物もできた。……そろそろホテルに戻るかね」
目的の買い付けも完了し、再びぶらぶらと歩き出す男。その表情は晴れやかだ。
カツアゲされそうになったことも、道に迷っていたこともすっかり忘れていい気分。
そう、彼は古くて価値のあるものに目がない、骨董品のプロフェッショナル。
世界を巡り、どんな状況でも、目当てのものだけは逃さない。
宮田健吾。
彼を知るものは、彼をこう呼ぶ――。
骨董バカ一代、と!
「いや、ただのバカだ」(一人息子・談)