だが、午後から空が明るくなってきた。明日は学校・・・・・・ということは宿題か!?
宿題は生物と世界史、英文法で出ていた。明日は世界史はないが、後の二つは午後に
ある。午前中だったら、雪かきで・・・・・・とか言って遅刻することもできるだろうが、
午後だと、そういう言い訳も通用しそうもない。
オレと名雪は、その後一緒に宿題に取り組むことにした。場所は名雪の部屋のおこた
だ。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
静かだ。二階ではコトリとも音がしない。気付くとオレのシャーペンの動きも
止まっている。名雪は……言うまでもない。
いかん。ここ何日かまともに勉強してないせいか、教科書に向かうのが苦痛だ。しかも
昼メシ後ということもあり、血液が胃に向かっている。意識が混濁してきた。
結局、名雪を叩き起こし、宿題を片付ける……つもりが、どうでもいい雑談に華を
咲かせてしまった。今更ながら思う。二人で一緒に勉強すれば、半分で終わるというの
は絶対に嘘だ。分担すれば半分だろうが、そこには雑談の時間が考慮されていない。
しかもオレたちの場合、名雪が居眠りするというリスクもある。
さすがのオレ達もそれに気付き遅まきながら取り掛かる。が、名雪は目を離すと
直ぐに船を漕ぎ始める。額をシャーペンで突っついて起こすものの、その効果は短時間だ。このままじゃ埒があかない。
眠気覚ましのコーヒーを淹れに階下に下りたとき、秋子さんは台所にいた。覗いてみると、
なにやら大仕事をしていたらしい。生臭い匂いが台所に立ち込めていた。換気扇がフル
稼働している。コンロの上には大きな鍋が小さな蒸気を吹き上げていた。
「秋子さん、なにか手伝いましょうか?」
「あら、祐一さん。大丈夫ですよ。晩御飯の仕込みはもう終わりましたから、あとは
これを片付けるだけです」
と言って、厳重に封された黒いビニールのごみ袋を勝手口の前に持っていった。
「なんか変な匂いがしますけど・・・・・・」
「ちょっと食材を腐らせてしまって・・・・・・。ここは寒いから大丈夫だろう、と思って油断
してしまいました。・・・・・・それより宿題は終わりましたか?」
「それが・・・・・・名雪が眠ってしまいそうで・・・・・・それで眠気覚ましにコーヒーでも、と」
「それじゃあ、私が用意しますから、祐一さんは名雪を呼んできてください。一緒にお茶
にしましょう」
「分かりました」
オレはそう応えて、名雪を呼びにいった。夢の世界に旅立つ寸前だった名雪をなんとか
こちらの世界に呼び戻し、リビングでお茶にした。
お茶の片づけも秋子さんがやってくれた。オレが手伝いを申し出たが、すげなく
断られた。宿題が残ってるんじゃありませんか、との言葉に頷くしかなかったが、
なんとなく秋子さんの態度が不審に思えた。
(疲れているのかな・・・・・・)
もう閉じ込められて五日。表面上はいつもと変わらずニコニコしているが、精神的に
参っているのだろうか。残り少ない食材をやりくりしなければならないし、年長者として、
状況に動揺するわけにもいかない。心労も溜まるというものだ。
結局、宿題が終わったのは夕食の直前だった。
その日の夕食はシチューだった。香草をきかして肉と野菜を煮込んである。台所で蒸気を
上げていた鍋の正体はこれだろう。
口に含むと、香草の複雑な香りと共に、なんともいえない臭みが鼻についた。これは
何の肉だろう。今まで食べた記憶がない。昔、家族で北海道旅行に行ったときに食べた
ジンギスカン(羊肉)とも違う。鉄っぽい味。
なんだか怪しい。
「これって、何の肉ですか?」
「ヤギ、ですよ」
「でも、肉類は全部食べ尽くしたんじゃ……」
「ええ、でも、冷凍庫の奥に残っていたんです」
名雪が顔を上げた。
「あれ、私が見たときは冷凍庫には、ホントに何もなかったけど……」
「うーん、見つけにくいところにあったから……」
名雪の顔にハテナマークが浮かんでいるが、すぐ消えた。何もなかったかのように
パクパクと食べている。オレは、ふと周りを見回した。いつもの位置にぴろがいない。
「そういえばぴろは? 晩メシ、まだあげてなかったと思うんですが」
「さっき、あげちゃいましたよ。どうもお腹が空き過ぎたらしくて。本当は甘やかし
ちゃいけないのだけど」
と、周りを見回し、小首を傾げた。
「変ねぇ。さっきまでそこにいたのだけど……」
まぁ、気まぐれなネコのことだ。雪が止んだ嬉しさに外に飛び出したのだろう。
その後他愛ない会話をし、晩メシはなごやかに終わった。
六
翌日、待望の太陽が顔を出した。雪が塵を綺麗にしてくれたため、空気が透明に感じる。
冷たいには冷たいのだが、それほど不快なものではなかった。精神的な開放感があった
ためかもしれない。
夜のうちに除雪車が通ったらしく、道路を埋め尽くした雪は端の方に集められていた。
高い壁となっているが、日常生活には問題なさそうだ。悔しいことに学校に行けてしまう。ニュースも公共交通機関、学校の再開を告げていた。
「あ、手伝いますよ」
秋子さんがごみ袋を出しているのを見てそう申し出た。秋子さんは両手に大きなごみ袋を
持っている。
「台所ですよね?」
と確認して、向かおうとしたが呼び止められた。
「じゃあ、こちらをお願いします」
手に持っていた袋をオレに手渡すと、ぱたぱたと台所に向かった。オレは、何とはな
しに違和感を感じながらも、外のゴミ回収所に捨てにいった。そこには既に燃えるゴミが
山のように積み上げられている。これじゃあ、ゴミ回収も一回で終わりそうもないなぁ、
などと考えながら、適当なところに積んだ。とりあえず道路にはみ出さなければいい
だろう。
手ぶらになって戻ってくると、玄関先で何やら黒い袋を抱えた秋子さんとすれ違った。
袋はそれほど大きくはないが、ガムテープで頑丈に封されている。オレが持っていき
ますよ、と言ったもののすげなく断られた。祐一さんは気にせず学校の準備をしてくだ
さい、とのこと。
雪に降り込められた日々が終わり、五日ぶりに学校が始まった。結局宿題は完成しな
かった人も多かったが、英文法の偏屈教師は別にして、世界史も生物もうるさく言わ
れることはなかった。家の手伝いでできなかった北川(明らかに言い訳だが)のような
生徒を考慮したためだ。
翌日からの好天で積もった雪はみるみる溶け、再開三日後には、名雪に言わせる
ところの「いつも通り」に戻った。寒すぎる反動で暖かくなり、バランスがとれるの
だろう。
こうして日常が再開した。ぴろが行方不明になったことを除いて。
<fin>
209 :
192:03/01/27 22:39 ID:Fo7NsVPa
>193-208
『雪の中』でした。
夏に書き始めて、結局放置してしまったSSです。久々に書いたら
文章力落ちてるし…。
100行くらいのショートショートのはずが、だらだらとした短編になって
しまいました。
一応完成したのですが、「動機」がさっぱり描けず、墓場での公開と
相成りました。
210 :
192:03/01/27 22:40 ID:Fo7NsVPa
三点リーダと・・・・を混在させてますが、お願いだから見逃して……。
>>192 死して屍拾う者なし
南無〜〜
もしかして、南の方に住んでる人かな?
212 :
192:03/01/27 23:18 ID:Fo7NsVPa
>211
一時期仙台に住んでいたんです。気候の描写はそれを元に、
大雪に関しては新潟出身の友人の話を元にしてます。
つららは動物のお医者さんです。雪下ろしはまったくいい加減ですが。
私は東京に住んでます。
オチに対して、前置き部分が冗長すぎるように感じますた。
ダークさを出したかったら、秋子さんがもっとピロをかわいがるところを強調するとか、
とにかく、ピロをもっと表に出せばよかったのではないかと。
とりあえず、お悔やみ申し上げます。
213に全くもって同意。
ぴろを前面に押し出さないと怖さが感じられない。。。
(・ワ・)
ぴろが怖くない