リリ;´Д`)リ<うぐううううぅっうぐがっうぐっ!
あゆはたったひとつの奇跡を栞に与え、消えるはずであった。
だがあゆは消えなかった。あゆには心残りがあったのだ。
祐一へ7年間の想いを告げていないこと。
たとえ恋人になれなくても祐一のそばにいたい。
家族も友人もいない孤独な少女は自らの運命を受け入れたはずだっ
た。
泣いてばかりいた自分に笑顔をくれた初恋の少年のため消えるはず
だった。
だがあゆは暗い闇の中で願った。
『もっと生きていたい!もう一度合いたい!!』
気がつくとあゆはベッドの上だった。
『ボク・・・生きてる・・・』
あゆは7年間の眠りから覚醒したのだ。
あゆは神というものに心の底から感謝した。
だが現実は非情であった。
あゆは目を覚ました。
だが、祐一があゆのことを思い出した訳ではない。
あゆには月宮という養父母がいたがこの養父母はあゆの事を厄介者
として認識していたのだ。
実はあゆの父親と母親は多額の保険金をあゆを受取人として残して
いたのだ。
当時、生活が苦しかった月宮はあゆの財産目当てにあゆを引き取っ
たのだ。
だが、あゆの母親はちゃんと弁護士と遺言を用意していたため、月
宮家に金は入らなかったのである。
あゆが死ねばあゆの財産は自分達の物になる。
月宮はあゆが早く死ぬことだけを願い、あゆの見舞いになど一度も
顔を出したことがなかったのだ。
最近あゆの容態が悪化したことに喜んでさえいた。
「もうすぐ死ぬ。そうすれば金が手に入る」
だがいまいましいことにあゆは覚醒した。
あゆは誰にも見舞いに来てもらえずたった一人でリハビリをするこ
とになる。
元気になればまた祐一に会える。
それだけがあゆの心の支えだった。
そして辛いリハビリを終え、あゆはふたたび月宮家に居候すること
になった。
だが月宮家はあゆにとって暖かい家庭ではなかった。
あゆは勉強さえさせてもらえず、月宮の知り合いの工場に働きに出
された。
だがあゆはヘマばかりやらかしいつも怒鳴られ、とうとうクビにさ
れた。
クビにされたあゆに折檻を加える義母。他に行くところのないあゆ
には抵抗することも出来ない。
退院してからあゆはずっと奴隷のような生活を強いられていた。
厄介者のあゆは食事も、部屋も、着る物さえもいとこたちと差をつ
けられた。
あゆの着る物はすでに嫁に行った従姉妹のお古。
家族全員で鍋をつついて談笑していてもあゆは暗い部屋で冷たい飯
を缶詰のおかずでひとりぼっちで食べる。
あゆの部屋にはぼろぼろに古くなった布団一式とわずかな着替えが
詰まったダンボール箱が1個。
電気さえつけさせてはもらえずあゆは暗闇の中涙を流しながら眠る。
朝は早くから起きだし、掃除などをやらされる。
ヘマをするたびに殴られる。
あゆの夢見ていた暮らしとは天と地の差があった。
そんなある日、あゆは連日の疲労で義母が大切にしていた皿を割っ
てしまい酷い折檻を受けた。
長くなった髪をむちゃくちゃに切られ、あざだらけになるまで殴ら
れタバコの火まで押し付けられた。
気の弱い義父はあゆを助けてはくれない・・・。
あゆは床屋に行く金ももらえず鏡を見ながら自分で髪を切った。
『もうやだ・・・』
あゆの涙が床を濡らす・・・。
そして秋、あゆは買い物を言いつけられ偶然祐一と再会した。
あゆがあいたくて仕方なかった初恋の人。
だが祐一は雰囲気や髪型の変わったあゆに気づかない。
あゆはショックを受けるが祐一に話しかける。
「せめて、友達でいられたら」そんな願いを込めて。
だが祐一はあゆを見て驚き何気ない一言を口走る。
「なんだ、あゆか・・・」
傷いていたあゆをさらに傷つけるには十分な一言だった。
あゆはその場で涙を流して笑い出す。
自分は結局、祐一にとってその程度の存在でしかなかったのだ。
あゆは泣きながら立ち去った。
祐一はそんなあゆに驚き追うことも出来なかった。
『これで本当に独りぼっち・・・』
あゆは自虐的に笑った。
それから数日後、義母が旅行に出かけて留守の夜、義父がたい焼き
を持ってあゆの部屋を訪ねてきた。
妻の両親に昔援助をしてもらったため、妻に逆らえず庇ってやる事
も出来ずにすまないと義父はあゆに謝った。
そして久しぶりのたい焼きを腹いっぱい食べさせてくれた。
あゆはまだ自分の事を考えてくれる人が居た事に喜び泣く。
義父はあゆのことを娘のようにかわいいとさえあゆに言ってくれた。
そして義父は問う。おじさんのことどう思う?と。
あゆは好きと答えた。だが、これは罠だった。
義父はあゆをむりやり抱いたのだ。
あゆの『好き』という言葉を免罪符にして。
わずかなこづかいを嗚咽を漏らすあゆに与え義父は言う。
「誰にも言っちゃ駄目だぞ」
それから毎日義父は妻の目を盗んであゆの幼さの残る体を求めてき
た。
普通に抱くのに飽きると怪しげな器具を使ったり、ビデオに撮って
売りさばいたりあまつさえ同じ趣味の仲間と共に輪姦さえした。
あゆは心を閉ざし、機械のように声を上げるだけだった。
そしてあゆはいつも夢を見る。
夢の中でのあゆはとても幸せだった。
大好きな母親と暮らし、祐一達の学校に通い友人達とおしゃべりを
する。そして学校が終わるといつものベンチで祐一を待つ。
いつものように遅れてくる祐一に文句をいいながらも仲良くたい焼
きを食べながらデートをして母親の待つ暖かい家に帰る。
あゆが本当に欲しい物すべてが夢の中にはあった。
だがどんな幸せな夢にも終わりはくる。
時計の音と共にあゆの幸せな夢は終わる。
目を覚まして自嘲気味にあゆは呟く。
『なんて都合のいい夢なんだろう・・・』
あゆは夢の中でしか笑えない、幸せになれない惨めな自分を笑った。
だがあゆの表情は変わらない。
あゆは笑顔を失ってしまっていた。
ひとりぼっちの天使は笑うことさえ出来なくなってしまったのだ。
そして悲劇はクリクマスイヴに起こった。
仕事で帰れない夫とあゆを置いて自分の子供と外食に出かける義母。
クリスマスだというのにあゆはその日もこきつかわれていた。
少し、熱っぽいことに気づいたあゆは布団に入ろうとする。
だが、酒によった義父が帰ってきてあゆにいつものように襲いかか
ってきた。
熱があるうえいつものことなので抵抗もせずあゆはされるがままだ
った。
いつの間にか帰ってきた義母に義父に犯されているところを見られ
るあゆ。
義母は驚きのあまり声を出せない。義父はとっさにあゆに罪をなす
りすけた。
「こいつが誘ってきたんだ!!」
夫の言葉を信じた義母はあゆを罵り殴り、蹴り、わずかな荷物と共
にあゆを裸のまま庭に追い出した。
あゆは寒空の下で服を着るととぼとぼと家を後にした。
とうとう帰る場所さえなくしてしまったあゆは涙を流しながら街を
歩く。
泣きながらコンビニでカッターナイフを買い、祐一との、いや、あ
ゆだけの思いでの場所へ向かって歩いていく。
あゆは雪の降るなか寄り添ってホテルから出て来た栞と祐一の姿を
見つけた。
あゆはいつの間にか二人の後をつけていた。
やがて栞の家に着くと二人は名残惜しそうに抱き合い、キスをする。
あゆはその様子を物陰から見て嫉妬をする。
祐一が去った後、栞に話かけるあゆ。
栞は命の恩人であるあゆが生きていた事、再会出来た事を喜ぶ。
だがあゆは一言言うのだった。
『祐一君を返してよ・・・』
栞は最初何を言われたのか理解出来なかったが彼は物じゃないと答
える。
気がつくとあゆは泣きながら栞の首を締めていた。
栞があゆに問いかける。何故?
あゆは今まで自分受けた悲しみを栞にぶつける。
栞はどうすることも出来ない。
北川とのデートから帰ってきた香里に突き飛ばされあゆは正気に戻
る。
あゆは香里に介抱される栞に呟く。
『・・・ボクには家族がいない。・・・友達も祐一君しかいない。
なのに・・・キミはボクが欲しい物全部・・・持ってる。キミにな
んかボクのお願いあげなきゃよかった・・・。
ボクだって幸せになりたい!!・・・ただそれだけなのに・・・』
呟きが嗚咽に替わる。
栞はそんなあゆに友達になってみんなで幸せになろうと言う。
だがあゆはそれを拒否して立ち去った。
あゆの様子がおかしいことに不安を感じた栞は水瀬家に行きあゆの
事を話す。
あゆは思い出の学校で死のうとしていた。
立っているだけで思い出す幼いころの思い出。
「あゆ」
背後から声をかけられ振り向くと祐一が立っていた。
祐一が二人の思い出を思い出してくれた!
あゆは喜ぶ。『思い出してくれたんだね!」
だが祐一の後ろに立つ栞の姿を捕らえあゆの笑顔は消えた。
栞が全てを教えたのを悟ったあゆは栞に石を投げつけた。
額から血を流しうずくまる栞。
あゆは栞に勝手なことをするなと怒鳴る。
祐一は心配していたんだと反論する。
あゆは祐一の言葉に耳を貸さない。
『どうせボクのことなんかどうでもいいくせに!!」
あゆはそう言い放つとカッターナイフを取り出しこれから死ぬから
立ち去ってくれと言う。
祐一と栞はあゆを説得しようとするがあゆは手首を切った。
あゆの足元の雪が赤く染まっていく。
『あははははっ。あの時と同じだね。でも、どうせすぐボクのこと
なんか忘れちゃうんだよね・・・。ボクはキミ達がキライ。自分達
だけ幸せになってさ。特に祐一君。キミのことが大っキライだよ!』
祐一は何も言えない。あの事故を思い出したから。
『楽しかったでしょ?惨めなボクを慰めるふりして優越感に浸って
さ」
あゆは血で染まった指で祐一の頬をなでこう言った。
『ボクはこの街が嫌い。この場所も嫌い。楽しかったって思ってた
思い出も嫌い。ボク一人残していなくなったおかあさんも嫌い。
ボクから祐一君を盗った栞ちゃんも嫌い。
ボクのことなんかこれっぽっちも思ってくれない祐一君も嫌い。
そんな祐一君を好きだったボクも嫌い。
7年間もずっと待ってた馬鹿なボクも嫌い。みんな、みんなだいっ
嫌いっ!!』
そう吐き捨てるように叫ぶと感情のない声ではっきりと呟く。
『さようなら』
あゆはそのままふらふらと立ち去って行く。
祐一も栞もなにも言えない。なにもしてやれない。
すべてを失った少女の目は霞み、もう音も聞こえない。
ふらふらと血を流しながらもうどこかもわからない場所をさ迷う。
あゆのもうはっきり見えない目に強い光が飛び込んでくる。
次の瞬間あゆの小さな体は宙に舞い、地面に強く打ちつけられてい
た。
あれからベッドの上であゆは眠っていた。
あのあとあゆを探していた秋子と名雪の乗ったタクシーにはねられ
たのだ。
祐一達の見守る中あゆが意識を取り戻した。
喜ぶ祐一達。だがあゆはこう言った。
『おにいちゃんだれ?』
あゆはあたりをきょろきょろ見回すと泣き出した。
『おかあさんどこ?ボクを一人にしないでぇ・・・』
祐一達はどうすることも出来ない。
泣きじゃくるあゆを秋子は抱き締め優しく頭を撫でてやる。
『ぐすんぐすん、ボクのおかあさんなの?』
「そうよ・・・あゆ」
『うえぇぇぇぇぇぇん!おかあさぁぁん!!』
そのまま泣き出すあゆ。
『おかあさん、もうどこにも行かないでね。ずっと一緒にいてね』
「ええ、ずっと一緒よ」
『約束だよ。ずっと一緒だよ』
「ええ、約束するわ」
『絶対だよ。ボクにはおかあさんしかいないんだもん。
おかあさんがいてくれないとひとりぼっちなんだもん。
ボクひとりぼっちはいやだよ。いいこになるから。
おてつだいもするから。だからボクをひとりにしないでね。
きらわないでね・・・』
「大丈夫よ。ずっと一緒だから。それにあゆのこと大好きよ。おか
あさん」
『ぐすっ。ボクも・・・おかあさんの・・・こと・・・だ・・・・
・・・』
秋子の暖かい腕の中で静かに息を引き取るあゆ。
その寝顔は母に抱かれる幼子そのままであった。
悲しい運命の元に生まれた哀れな天使は最後は幸せな顔で眠りにつ
いたのであった。