葉鍵的 SS コンペスレ 6

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628密月夜のプレゼント(1/3)
 ぐーたら天使のコリンが、漫画を読みながらこんな事を言っていた。

「ねーねー芳晴、満月の夜や新月の夜って、犯罪発生率とか高いらしいよ?」

 何処から仕入れたのか解らないような情報を、あやふやなまま他人に伝える。要するに噂話。
 他の誰かがする分には、例えそれが歩く東スポと呼ばれる女性であろうが、乙女を目指す武士で
あろうが一向に構わないのだが、天使がそういう無責任な行動をとるのはどうかと思う。
 新旧の聖書や、各種聖典に刻まれた教えが、実は天使の単なるゴシップでした。……とか。
 そんなことを、不敬にも考えてしまいかねないからだ。誰に不敬って、コリン以外の天使に。

「おあつらえ向きに、今日は満月らしいね」

 漫画を横に放って、綺麗に畳んである今日付けの新聞を開き、天気予報の欄をチェック。
 すぐに脈絡もなくそんなことを言い出すのには、正直なところ慣れていたので気にならない。
 難しい記事など読んでいられるかとばかりに、瞬く間にテレビ欄のチェックに入ったコリン。
 その状態でさらにとりとめもなく言葉を繋げる。

「何かいいことありそうだー」

 ……それは果たして、前々言と絡めて考えてもいい台詞なんだろうか。
 悩みながら彼は、部屋を出た。
629密月夜のプレゼント(2/3):03/02/23 07:10 ID:Qpf1/fUc
 ……彼女は、悩んでいた。
 いつも世話になっている、少なからぬ好意を寄せている相手への贈り物。
 手作り……というよりはリサイクル品。昔の彼女自身の装飾品を鋳直したものではあるが、
わざわざ綺麗な紙で包装してもらって、あまつさえリボンを掛けるほどのものでもない。
 かといって、堂々とこれをそのまま渡すのも、どうにも気恥ずかしくて気乗りしない。

 相談した近しい人々は、そんなの気にしないで渡せばいいのに、と言うのではあるが、どうも
こればかりはそうそう気楽になれそうもなかった。それだけ、彼女自身意識しているのだろうが。
 と、そこで彼女は思い出した。
 いつだったか、別の案件で相談したうちの一人が、こんな事を言っていた。

「誰かにこっそり何かを渡したかったら、ベッドの脇に脱ぎ捨ててある服に忍ばせるのよ」

 ……さすがに、助言のままの作戦を使うわけには行かないが。
 彼女は、その応用で『贈り物』をすることに決めた。
630密月夜のプレゼント(3/3):03/02/23 07:11 ID:Qpf1/fUc
「ありがとうございましたー」
 本日最後の客が店を出て行く背中に向けて、彼はそう声を掛けた。
 サウンド・ゼロは、全国にいくつかの支店を持つ中堅CDショップである。
 そして彼、城戸芳晴はそこのアルバイト店員であった。
 ぺぽぴぱ……と、レジを叩いて問題がないことを確認する。
 その作業を終えると、芳晴は店の奥に声を掛けた。
「さてと。それじゃ店長、今日はこれであがりますねー」
 んー、とやる気なさげな了解の声が奥から聞こえると、芳晴はやれやれ、と帰り支度を始める。
 すっかり暗くなった外を見ながら外套に袖を通し、空腹感に耐えながら街路に足を踏み出す。
「――帰ったら夕食だなあ」
 と呟きながら、冬場の夜特有の透明感のある寒さに凍える手を、外套のポケットに突っ込んだ。

「……あ」
 その指先が、こつん、とコートの中にあった何かに触れる。
 硬い触感。金属のひやりとした感覚が、温もりを求めた素肌に容赦なく突き刺さる。
 ポケットからそれを引っ張り出す。
 月の光を反射して輝く銀色のキーホルダーと、貼り付けてある『いつも有難う』のメモ書き。
「江美さんが言ってたのって、これのことだったのか」
 思わぬ贈り物に、にへらと思わず顔を崩してしまう芳晴。
 そうとわかれば善は急げ。芳晴はポケットから鍵を取り出すと、キーホルダーに通した。
 しゃりん、と金属同士が擦れあう小気味良い音が空気を揺らす。
「へへ」
 どのような意匠であるものか、怜悧な輝きを損なわない曲線の柔らかさが、まるでこの贈り物の
主の雰囲気をそのまま現したかのようで、芳晴の顔がより一層綻んでくる。
 こりゃ、バイト代で何かお返しするしかないな。
 内心そう思いながらも、身体はしめたデートの口実が出来た、とばかりに足取りも軽く、まるで
跳ぶように浮かれ気味の芳晴。

 こんな月夜には、何かいいことありそうだ――。
 いいこと、とひとくくりにするには些か最高すぎる贈り物に、心から感謝する芳晴であった。