葉鍵的 SS コンペスレ 6

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607君への手向け 1/6
「うーん、どんな物がいいのかな…」
 俺は商店街をブラブラと歩く。否、ここに来た目的は一応ある。買い物だ。それも普通の買い物じゃなくて
彩―俺の妻―へのプレゼントだから、いつもより時間をかけて選んでいる訳だ。
「去年は食い物系だったからな…。できればそれ以外をプレゼントしてやりたいんだが」
 以前、彩に欲しいものが無いかを聞いたが『…和樹さんがいてくれる事が……一番です』と返されてしまった。
もちろん、そう言ってくれるのは非常に嬉しいが、今回ばかりは困る答えだった。いっその事、今年も去年と
似たような物で済まそうか、そんな考えがよぎる。しかし、後ろからかけられた声によってその考えは遮断された。
「なにやら浮かない顔をしているが、ネタにでも詰まったのか? まいぶらざー」
「…なんだ大志か、相変わらず濃ゆい顔だな。何か俺に用事でもあるのか?」
「そうでもあるが、そうでも無い。我輩も色々と忙しいのだ」
 そう言って、手に持っていた大きめの紙袋を俺に見せる。
「なあ大志、その紙袋って」
「よくぞ聞いてくれたぞ、さすがは我が魂の友!」
 俺の発言を遮って大志は勝手に話を進める。
「実はこれは、まいえんじぇる・桜井あさひちゃんへの放送200回記念のプレゼントなのだ! まい同志和樹よ、
この中身を知りたいだろう? 本来は我輩とあさひちゃんだけの秘密なのだが、特別に教えてしんぜよう。これは
あさひちゃんに着て頂くコスチュームなのだ! おおっとこうしてはおれん、一分一秒でも早くあさひちゃんの
手に渡さなくては。ではさらばだ、まいぶらざー」
 大志は高笑いをしながら去っていった。…というか、
「最初から俺に話したかっただけじゃないのか? まあいいか、あいつらしいし。それにしても、服か…よし、俺も
それでいくかな」
608名無しさんだよもん:03/02/23 05:51 ID:kkgz8Hrz
『ごめんさい、2時間だけ締め切り伸びますか?』

609君への手向け 2/6:03/02/23 05:51 ID:EiJ18OiK

 夕方過ぎに俺は自宅兼仕事場に戻った。俺は漫画家、彩は絵本作家という仕事柄、一つにまとめておいた方が
何かと好都合なのだ。
 …どうやら彩はまだ帰ってきていない様だ。勉強熱心な彩は、『車の絵本を描くのでモーターショーに出かけますけど
5時過ぎには戻ります』と言っていたが、もう既に7時を回っている。この時間には帰ってきているはずなのだが。
「もしかすると彩のやつ、自分の誕生日を忘れているのか? 俺に関するお祝い事は絶対覚えているのに、自分の
事となると謙虚だからなあ…」

  PiPiPiPiPi

 俺の考えを読んでいたのだろうか、絶妙のタイミングで電話が鳴った。恐らく彩だろう。
「はい千堂ですが」
『もしもし、私○×病院の田丸ですが、千堂和樹さんのお宅でしょうか』
「は、はぁ」
 てっきり彩がかけていると思ったが、受話器から聞こえてきたのは知らない男の声だった。俺が?マークを浮かべて
いると、男は信じられない事を言った。
『実は、千堂彩さんが事故に遭いまして…現在危険な状態にあります』

 俺は自分の耳を疑った。きっと何かの間違いだ、そうに違いない。
「そんなの、ウソだろ! なんで彩がそんな事に!」
『そのお気持ちは分かります、ですが落ち着いて聞いてください。千堂彩さんが……』
 それ以上はとても聞きたくなかった。相手の電話を切り、急いで病院に向かった。
610君への手向け 3/6:03/02/23 05:52 ID:EiJ18OiK
 俺が病院に着いたとき、既に彩は集中治療室に運ばれていたらしく、廊下で待機する事になった。俺はただひたすら
彩の回復を祈り続けた。何度も何度も『手術中』と書かれたランプを見ては、早く消えるよう願った。
 どれくらいの時間が経っただろうか。集中治療室から一人の医師が出てきた。すかさず俺は質問を投げかける。
「おい、彩は、彩は大丈夫だろうな!」
「落ち着いてください。現在患者の心肺機能は正常ですが、意識が戻っておらず、非常に危険な状態にあります。恐らく
今夜が山場でしょう」
「俺も彩の顔が見たいんだ、いいだろ?」
「…いいでしょう。その前に深呼吸をして心を落ち着かせてください。夫である貴方がしっかりしないといけませんよ。
それから、向こうで指定された服を着用してください」
 そう言って医師はまた治療室に戻っていった。

 俺は治療室に案内された。といっても、手術を受ける彩の5メートル後方でじっと見守ることしか出来ない。たくさんの
医療器具に囲まれた彩は、今までに見たことも無いほど真っ白く、弱々しかった。
「おい彩、大丈夫か? 痛くないか?」
 俺は必死に彩に声をかける。しかし、おとなしくもかわいい反応を見せてくれた彩が、今はその欠片すら見せては
くれない。瞳は堅く閉じられ、人工呼吸器や点滴の管で覆われるという、変わり果てた姿で横たわっている。
「彩、お前のためにプレゼントも用意したんだぞ。きっと、いや絶対似合うから、着た姿を俺に見せてくれるよな」
『先生! 心拍数、酸素濃度ともに低下しています!』
『慌てるな! 心臓マッサージを開始しろ!』
「彩、俺のプレゼント、気に入ってくれたか? そうか、俺も、そう言ってくれて、嬉しいぞ」
『呼吸機能停止! 人工呼吸に切り替えます!』
『体温を下げろ! 少しでも可能性がある限り手を尽くせ!』
『先生! 血液量の著しい低下が見られます!』
「彩、あや、そんな顔は、見たくないぞ、もっと、いい顔、できるだろ!?」
『脳波が見られません! 脳機能停止!』
『まだだ、引き続きマッサージと人工呼吸を続けるんだ! 軽い電気ショックを与えろ!』
『先生! 心拍数の低下が止まりません!』
「彩ぁ! 目を覚ませ! あやぁーー!」
611君への手向け 4/6:03/02/23 05:53 ID:EiJ18OiK
 翌日の夕方頃、俺の家に瑞希が訪れた。話によると新聞の隅に彩の訃報の記事が載っていたということらしい。
でも、俺にはそんな事どうでも良かった。彩はもうこの世にはいない、それだけだ。
「悪いが、帰ってくれないか。あんまりお前たちと話したくないんだ」
 余計、悲しみが込み上げてくるから。これ以上、傷付きたくなかったから。
「和樹…大丈夫? あ、何か飲み物でも買ってこようか?」
「うるさいな!」
「か、和樹…」
「余計なお節介はいらん、さっさと帰ってくれ!」
 もう現実を直視したくない。
 瑞希はしばらく立ち尽くしていたが、一言俺に謝ると、帰っていった。

 俺はその後行なわれた通夜も告別式も、体調の悪さを言い訳にして、欠席した。両親は無理にでも連れて行こうと
したが、何とか追い払い、床についた。もう何もする気が起きない。昨日あたりから急に増えた、残念がるファンの
手紙を捨てる。こんなものを読んだりしたら、俺がどうにかなってしまいそうだから。
 ピンポンとチャイムが鳴った。俺は嫌々ながらドアを開けると、そこには大志が立っていた。
「同志和樹。この度は、心よりお悔やみ申し上げる」
「うるさいな。お前に何が分かるって言うんだ!」
「…我輩には、よく分からない。ただ、一つだけ分かることがある」
「何だよ」
612君への手向け 5/6:03/02/23 05:54 ID:EiJ18OiK
「同志和樹よ。お前は、彼女の事を大切に思ってはいないだろう」
「なにっ!?」
「お前は自分が傷付くのが怖い。彼女が亡くなって4日経つが、一体どれだけ式に関わったのだ? 実際、今日は
告別式だろう? 配偶者であるにもかかわらず、喪主として出席していないとはどういう事だ?」
「……」
「お前は彼女の事など大切にしていない。自分の身を守る事を第一に考えている。これが我輩の意見だが」
 俺は何も言い返せなかった。大志の言う通りだったから。
「…だが、俺は彩のために何も出来なかった」
「これからすれば良い。まだ午前中だ、恐らく告別式は終わっていない。最後に彼女を送りだすのはどうだ? きっと
彼女もお前の事を待っているだろう」
 俺は迷った。だが、これ以上周囲に迷惑をかけていられない。もちろんこれまでの無礼講はただでは済まないだろう。
皆俺を蔑視するかもしれない。それでも俺は彩を最後まで見守りたい。そう思う事が出来た。
「…大志、大分気が楽になった、サンキュ」
「ふむ、それでこそまい同志和樹だ」
「よし、そうと決まったら早速式場に向かわないとまずいな」


 俺が急いで式場に向かうと、既に棺が火葬場に安置され、間もなく点火されるところだった。
「ちょっと、待ってくれ!!」
 突然の叫び声に、皆一斉にこちらを振り向く。
「か、和樹!?」
「はぁ、み、瑞希、親父、お袋、はぁ、迷惑かけて、悪かった…。これも、一緒に、棺に入れてくれないか…」
 俺は彩のプレゼントであるドレスを渡す。
「それから…遅くなったが、彩に別れの言葉を贈ってもいいか…?」
 進行役と思われる人物に尋ねる。向こうが頷くのを確認して、俺は声高らかに言った。
613君への手向け 6/6:03/02/23 06:01 ID:EiJ18OiK
 彩…。

 生きているうちにこのプレゼントは渡せなかったけど…

 俺が何年後、何十年後かにお前の元に向かう事になるだろう…。

 その時には、このドレスを着て待っていてくれ。

 それが、俺の最後の願いであり…。

 最後の、プレゼントだ。


  了