因幡ましろ

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367柿の木のバレンタイン(1/3)
さわさわさわ…
よく晴れた2月のある日の昼下がり。
ポカポカ陽気で、まるで春先のように温かい公園の柿の木の下で、
2人の子供が何かを話している。
「はい、ようすけくん。」
「お、おう」
黄色いフリースを来た女の子が赤いスタジャンを着た男の子に
リボンをかけた紙袋を渡している。
「せっかくのバレンタインデーだから、おかあさんに頼んで
手作りチョコレートの作りかたをおしえてもらってボクがつくったんだよ」
「お、おう」
「あとね、これがボクからの気持ち」
チュッ。
「わ、バ、バカ」
ようすけと呼ばれた男の子は顔を真っ赤にしてほっぺたを押さえたが、
やがて紙袋を持ちながら、もう片方の手で女の子の手を引いて
二人仲良く公園の外に向かって歩き出した。

彼女たちがいなくなって公園が無人になると、
柿の木の裏から萌黄色の着物を着た黒髪の幼女がひょいと顔を出した。
そして商店街のある方へトコトコと歩き出した。
368柿の木のバレンタイン(2/3):03/02/12 06:30 ID:75W6XHhS
平日の昼間の人通りの少ない商店街の中を、着物を着た幼女がうろうろしている。
どうやらどの店に入ればいいのかわからないらしい。
そこに紙袋を抱えた親娘が通りかかった。

「結花、今年は健太郎君にチョコをあげるのかい?」
「まあね。一応、今年は手作りするつもりなのよ」
じゃーんと言いながら長身ショートカットの女の子は
紙袋の中から、それぞれ透明な袋に入ったチョコとアーモンドを
取り出して見せた。
「あ、もちろんお父さんにもあげるからね」
「ほうそいつは楽しみだね」

楽しそうに話す彼女たちの傍らで、その幼女はチョコとアーモンドの袋を食い入るように見つめていた。
そして、ポンと手を打つと懐に手を入れてごそごそやり始めた。
雪のように白い肌がちらりと見えるが幼女はそんなことを気にする様子もなく、
やがて懐から手を出して掌を開くと、碁石のような黒いものと葉っぱが数枚乗っていた。
そして、反対側の手で葉っぱを突っつくと驚くべきことに、葉っぱが紙幣へと変わった。
その紙幣を持って幼女はとある店へまっしぐらに駆けていった。
369柿の木のバレンタイン(2/3):03/02/12 06:35 ID:75W6XHhS
その日の夜。
健太郎が五月雨堂のシャッターを下ろしていると上着の裾をくいくいと引っ張られた。
振り返ってみると、そこには幼女が雪のような肌が耳たぶまで真っ赤にして健太郎の裾をつかんでいた。
「あまり見かけない子だけど、俺に何か用かい?」
健太郎に声をかけられると、慌ててもう片方の手で背中に隠していた何かを
健太郎に押し付けてすごい勢いで走り去っていった。
「いったい何だったんだ?」
とりあえず押し付けられたものを良く見てみると、和紙で包まれた小さな木箱のようだった。
とりあえず、店の中に戻って袋を破って箱を開けてみると小さな茶色いかたまりが10個ほど入っていた。
ひとつ摘み上げて目の前に持ってくる。
この弾力性のある手ごたえ、そしてこの匂い。
「ようかん?」
どうやら、これらのかたまりはようかんの形を整えて作ったらしい。
さらによく見ると、それらのうちのいくつからは黒くて細長いものが出ている。
そのうちのひとつを割ってみると中から柿の種が出てきた。
「外側がようかんで中味が柿の種?」
その瞬間、唐突に今日結花から貰ったバレンタインのチョコレートのことが頭をよぎった。
あんたのためにわざわざアーモンドチョコを作ってあげたのよ…
なるほど!そういうことか!
じゃあ、おそらく俺にこれをくれた子は…。


1ヵ月後。
「今年のバレンタインはどうもありがとな。これからはいつでも来たいときに遊びに来てもいいからな」
俺は汲んできた水を如雨露で柿の木に掛けてやると、キャンデーを木の根元に置いてやった。
さわさわさわ…
まるで健太郎に返事でもするかのように、そよ風に揺られて柿の木の葉がいつまでも揺られていた。