【AAカップ派も】折原みさおスレッド4【A+カップ派も】

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821壊れるくらいに抱きしめて
クリスマスまであと数日となったある日、オレが終業式を終えて家に帰ると、―――みさおが倒れていた。

「ばかだなあ、みさおは。なにもこんなときに入院する事ないだろうに……」
「うわ、お兄ちゃんひどい。わたしだって、好きで倒れたわけじゃないのに」
大丈夫か、辛くないか―――そう何度も口をついて出そうになるのを堪え、敢えて軽口を叩く。
幸いみさおの病症はたいした事はなかったようで、一週間も入院すれば大丈夫、との事だった。
しかし何度見ても慣れる事の無い、清潔なだけの白い病室。ぷらぷらと僅かに揺れながらぶら下がる点滴。さっきからずっと鼻につく消毒液の匂いが、そしてみさおの笑顔が、オレの胸をチクチクとざわつかせる。
「……でも、ほんとうにごめんね。せっかくの冬休みなのに、こんなことになっちゃって」
「みさおが謝る事じゃないだろう。それこそ倒れたくて倒れたんじゃ無いんだから。
 …………さっきおまえが、自分で言ったじゃないか」
「それは、そうだけど……」
悔しそうにきゅっと唇を噛み締めるみさお。自分の体も心配じゃ無い訳ではあるまいに。
オレは無意識に、ポケットの中の壊れたおもちゃを握りしめた……。


救急車で担ぎ込まれたみさおはすぐに手術室に運ばれた。
「―――折原さん?」
半ば狂乱しつつ、意味もなく手術室の前を行ったり来たりするしかなかったオレに、若い看護婦が恐る恐ると言った感じで声をかけてきた。
「あのう、これなんですけど……」
看護婦がオレに手渡したのは壊れたおもちゃ。
みさおは手術室に入ってからも、麻酔が効くまで握りこんで手放そうとしなかったらしい。
「ずっと、持ち歩いていたのか……」
よほど強く握っていたのだろう。潰れてしまってもう動かないおもちゃ。もう色あせてすすけてしまったおもちゃ。痛みと苦しみに耐えながら、どんな想いでこれを握りしめていたんだろう。
今のオレに出来る事。オレにしか出来ない事。―――泣くことなんかいつでも出来る。
オレは廊下のソファに腰をおろした。手術室の扉を、その向こうのみさおをじっと見つめながら。
822壊れるくらいに抱きしめて:02/12/25 00:08 ID:zVYbIAxx
「―――お兄ちゃん!? なにしにきたのっ、こんなところにっ!」
「……なにしにっておまえ、みさおの見舞いに来たに決まってんだろうが。
 新聞の勧誘をしにきたようにでも見えるのか? おまえには」
「そうじゃなくてっ。今日、クリスマスだよ……」
「おお、知ってるぞ。だからほら、ちゃんとケーキも買って来たんだぞ。ちっこいやつだけどな」
「……瑞佳お姉ちゃんとかみんなとパーティーするの、お兄ちゃんあんなに楽しみにしてたのに……」
「べつに。みんなとのパーティーに、おまえと行くのが楽しみだっただけだ」
「……ごめんね、お兄ちゃん……」
「オレは自分が一番楽しめると思ってこっちに来ただけだぞ。なんでおまえに謝られなきゃならんのか
 さっぱり解らん。それともみさお、オレと二人でクリスマスを過ごすのは嫌だったか?」
「そっ、そんなわけないよっ! ……嬉しいよ、とっても。お兄ちゃん……」
「そうかそうか、そう言って貰えると兄ちゃんも嬉しいぞ。ほら、クリスマスケーキだ。
 兄ちゃん金無いからこんなのしか買えなかったが……。飾っとく分には充分だろ」
「うん、ちっちゃくてなんだか可愛いね。でも、飾っとくって…食べないの、お兄ちゃん?」
「なんだ、やっぱり食べたかったか?」
「ううん、わたしは食べられないから……お兄ちゃんは食べないの?」
「オレ、甘いの苦手だからなあ……」
「嫌いって……お兄ちゃん甘い物大好きじゃな――」
「兄ちゃん甘いのは嫌いだっ。おまえだって知ってるだろう?」
「…………お兄ちゃん?」
「……兄ちゃん、みさおと一緒が良いんだ。だから、甘いのは嫌いでいいんだよ……」
「……そうだったね、わたし、うっかりしてたよ。お兄ちゃん甘いの大嫌いだったよね……」
「ああそうだ。解ればよろしい。ったく、兄ちゃんの嗜好を忘れるなんて妹失格だぞ?」
「あははは。嘘ばっかりつくお兄ちゃんの妹なんか、こっちから願い下げですよーだ」
「ああそうかい」
「そうですよー」
冗談を言いながら笑顔でケーキを眺めるみさおを、やはりオレも冗談で返しながら、ずっと見つめていた。
823壊れるくらいに抱きしめて:02/12/25 00:08 ID:zVYbIAxx
「……そうだみさお、これ…」
「あっ……」
オレはポケットに入れたままだった壊れたおもちゃを取り出した。
「壊れちゃったんだ……」
悲しそうな、申し訳なさそうな顔でそれを受け取るみさお。
「……まだ、持ってたんだな」
「うん。……ずっと持ってた。なのに……………ごめんねぇ」
みさおはおもちゃに向かって謝ると、ねぎらうように指先で優しく撫で始めた。
「これは…このおもちゃは、わたしにとっては、お兄ちゃんだったんだ……」
「……………そっか」
みさおの悲しそうな顔をこれ以上見ていたくなかった。だから今、渡すことにした。
「そうだ、みさお。プレゼントもあるんだ。まあ大したもんじゃないが……ほれ」
「え? うわあ、うれしい! ねえねえお兄ちゃん、開けてもいい?」
オレの気持ちを察してくれたのだろうか。ちょっとわざとらしいくらいはしゃいで、それを受け取る。
「ああ、いいぞ。気に入ってくれるといいんだが……」
「お兄ちゃんがくれる物ならなんだってうれ……あっ、これ……ぬいぐるみ?」
「気に入ってくれたか?」
「………かわいくないね…」
言葉とは裏腹に、愛おしそうにぬいぐるみを抱きしめるみさお。どうやら気に入ってもらえたようだ。
「ひでえな、それ捜すの結構苦労したんだぜ……」
「うん、うんっ。ありがとう、お兄ちゃん。ほんとうに…ありがと……」
「ほら、ぬいぐるみくらいで泣くなよ……。本当に泣き虫だな、みさおは」
「だって、だって……」
「そんなにきつく抱きしめてたら潰れちまうぞ。ただでさえ可愛く無いのに、余計ひどくなっちまう」
「いいの、かわいくなくったって。あったかいもん。いっぱい抱きしめてあげるのっ」
「まあ壊れるわけでも無いし、好きにするさ……」
「うんっ! どっちも大事にするからね」
「どっちも?」
ぬいぐるみを抱えつつ、再び壊れたおもちゃを手にしたみさおが言った。
「うん、どっちも。……壊しちゃったけど、なくしてないもん」
824壊れるくらいに抱きしめて:02/12/25 00:09 ID:zVYbIAxx
「あら、お兄さん、帰っちゃったの?」
検温に来た看護婦が、病室に浩平がいないのに気付いて聞いてきた。
「はい、さっき帰りました」
「あらぁ、薄情なお兄さんねえ。それじゃみさおちゃん、寂しいでしょう?」
この兄妹が仲が良いのを知っているのだろう。からかうつもりなのか、ちょっと意地悪そうにそう聞いた。
「あはは、寂しくなんかないですよ? だって……いつでもそばにいますから」
明るくにこにこと笑い返すみさお。その反応を以外に思ったのか、彼女は改めてみさおを観察する。
そこでみさおが大事そうに抱える珍妙なぬいぐるみに気が付いた。
「ははぁ、お兄さんのクリスマスプレゼントね……なあにこれ、トカゲ?」
「ち、ちがいますぅ。かめれおんですよぅ、これ」
ぷーっと頬を膨らませて抗議するみさおを可愛いと思ってしまった彼女は、素直に謝る事にした。
「たはは、ごめんなさい。カメレオンかあ。…………可愛いわね」
「無理に誉めなくてもいいですよ? ぜんぜんかわいくないですもん」
そう言いながらも更にきつく抱きしめる。
「……幸せそうねぇ」
「しあわせですもん」
おもちゃに込められた想い。ぬいぐるみに込められた想い。
壊れたって、潰れたって、決して無くならない想いのかけら。だから抱きしめる。ちからいっぱい。
「しあわせ、です……」
そこから溢れ出る想いを一片たりとも逃すまいと。逆に想いを注ぎ込むかのように。
自分の腕が壊れてもいいと、きつく、きつく。
ベッドの上で幸せと言い切るみさおを、看護婦は仕事も忘れて見入ってしまった。
一回り以上も幼い少女を、美しい、と思ったのは、彼女にとって初めての経験だった。


――了――