586 :
1/1:
それは冬の朝。
起きると、股間がもっこりとしていた。
「おお!?」
思わず、悲鳴が出るほどに──。
朝の生理現象レベルではない。断言できる。
球状にこんもりと、数十cm単位の笑えない直径で……、それは。
思わずズボンの裾を摘まんで開き、中身を確認する。
「ほふぅあっ!?」
生まれて初めてレベルの奇態な声を発してしまったのは、パンツの中に、特
撮のような衝撃的映像が隠されていたからだった。
間違いない。自分のものだった。
腫れてるでもなく、元気になってるでもなく、自然な状態のまま、巨大化し
ていて……、それは。
こんなもん、他人になんて…………絶対見せられん!
自分が学校で「冴羽遼」とか「スーパージャイアンツ」とかいうあだ名で呼
ばれる存在になる未来図が、走馬灯のように心を疾走(はし)り抜ける。走馬
灯の中でその先鋒に励んでいたのは、当然のように、志保だった。
背中に嫌な汗をかきながら昨夜寝る前の記憶を必死に思い起こしても、ちっ
とも原因に繋がるような記憶が浮かんで来ない。焦りが全身を痺れさせる。
時計を見た。まだお昼前だった。
びょ、病院だ!
とりあえず、病院行こう!
決意して上着を羽織り、玄関前に立った瞬間キンコーンと呼び鈴が鳴って、
ドアが開いた。
587 :
2/7:02/12/18 05:13 ID:yyFurgUt
「おはよーう、浩之ちゃん」
笑顔のあかり。無言で硬直した俺を見て、笑顔が不審そうな顔に、そして見
慣れぬものを視線に捉えて驚愕の顔に。
「ひっ、浩之……っ、ちゃん……?」
「あかり……、おまえって奴は、なんて最悪なタイミングで来やがるんだ……」
「えっでっでも……」
泣きそうなあかり。
「でも…? でもって何だ」
なんだ。…なんだ、この嫌な予感は。
「今日約束だよ、浩之ちゃん。ヤックの銀はがし懸賞で、浩之ちゃん、非売品
の“蔵木まいシークレットライブ・ビデオ”当てちゃったじゃない。それで今
日、志保やクラスのみんなと、浩之ちゃんちで鑑賞会やろうって」
「あ──っ!! フゥゥゥゥーッッ!!」
動転していて忘れていた今日の予定を俺は思い出した。思わず奇声を発する
ほど絶望的なそれを。
「やっほー! ヒぃロっ」
そしていまもっとも会ってはいけない人間が、あかりの肩越しに玄関ドアか
ら顔を覗かせた。
「なーに? いま起きたばっかなのぉ? もう全員来てるわよ。雅史も、みん
なも」
と言ったところで、志保も、俺の肉体に何かを発見して硬直した。
そんなこと気にも止めずに、楽しそうな顔、顔、顔が湧くように玄関に詰め
掛けてくる。
「おはよう、浩之」「おっす藤田」「こんにちわー藤田くん」「こんちわー」
「ちっす」「ふぅん、これが藤田くん家なん」「グッモーニン!ヒロユキ!」
「おはようございまーす!」「ニイハオ!」「ボンジョルノ」
588 :
3/7:02/12/18 05:15 ID:yyFurgUt
翌日、藤田浩之の机の上に、一枚の便箋が乗っていた。
旅に出ます 探さないでください
589 :
4/7:02/12/18 05:16 ID:yyFurgUt
「…やっぱり先輩かよ!」
すいません、と来須川先輩が、俺の家の居間でちんまり小さくなっていた。
駅のホームで、泣きながら俺を探すあかりにつかまり、結局旅を中止した俺
は、付き添われてふたりで病院に行った。
そこで診察を受けても原因がわからない超常現象、となればあとは超自然的
な要因しか考えられない。
原因候補のふたりは、来須川先輩と琴音ちゃん。……先にあたってみた方が
正解で良かった。琴音ちゃんに覚えもないのにいきなりこんなもんを見せたら、
儚(はかな)げな少女に一生のトラウマを作ってしまいそうだ。
「あの、で、原因はいったいなんなんですか?」
心配そうにあかりが言う。
いま集まっているのは俺とあかりと先輩、それに志保だけ。志保とは、こと
の次第をすべて見せてやる代わりに、まわりに吹聴しないこと、ってのがこの
場に立ち会う条件だ。他のクラスメートはともかく、コイツにだけは勝手に創っ
てこの件を吹聴されたりさせてはならない。どんな恐ろしい尾ひれがつくか、
想像もできん。……にしても、ま、気休めの保険程度だが。
「なになに? ……俺とあかりが付き合ってるのは知ってるけど、なかなか進
展がないらしいので、ふたりがもっと仲良くなるような魔法をかけました…っ
て?」
確かに俺とあかりは今年になって付き合いはじめた。
春に知り合った来須川先輩も、俺とちょくちょく話すようになって、いつの
間にか俺、雅史、あかり、志保の腐れ縁四人集といっしょに遊んだりもしてく
れる仲になっている。
けど、いくら先輩でもそれは余計なおせっかいだし、しかも俺らふたり、別
にいまのところ何も困ったりしていない。……おそらく、志保あたりがものす
ごーくオオゲサに先輩にあれこれと吹き込んだに違いない。「お願い、あのふ
たりを何とかしてやって欲しいのよー」とか何とか、余計なこと。
590 :
5/7:02/12/18 05:17 ID:yyFurgUt
でも、
「それが何で、その……、ここを膨らますことになったわけ?」
志保も、疑問だらけの顔だ。俺の想像通りだったとしても、さすがにここま
で阿呆なことを頼んだわけじゃなかろう。あかりもどうして?と疑問でいっぱ
いの顔だ。もちろん先輩も。
「…って、先輩もかよ!!」
魔法がなんでこういう効果になったのかは、先輩にもさっぱりらしかった。
「ぬお……。で、で、先輩、これって治してもらえるのか? ……たぶん?
そうか、良かった!」
さっそく儀式は始められた。電話でこの件を伝えたから、先輩は俺んちに来
る前にもう準備をしてきていた。
なにか黒くて「にグぁい」としか表現しようのない味の丸薬を俺に飲みこま
せると、出された灰皿の上で香薬を燃やし、微妙に不吉そうな気のする呪文を
唱え始める。
心配げに見守るあかり。
そしてまだ面白そうなだけの志保。……おまえは来年あたり殺すかもしれん。
591 :
6/7:02/12/18 05:21 ID:w6JqW8G7
十分ほど経ったろうか? このまま何も起きないんじゃないか?と疑念を抱
き始めていた、その時!
むずむずとした感覚が、俺の股間にはしった。
「オォーゥ…!」
なぜか洋物AV女優みたいな声が出て、思わず赤面する。
あ……っ? 縮んでる。縮んでる! 縮んでるぞぉうっ!
「わは、うわ。良し良し、いいぞ!」
「浩之ちゃん、治ってきた?」
あかりはこぼれるような笑顔で喜んでいる。だが、純真な女子高生が男の股
間を一心にみつめながらする顔じゃないだろそれ。
「すごいわね……。なんか、みるみるムクムクと縮んできて笑えるー!」
そして志保。おまえはやっぱり来年あたり殺すよ?
ムクムク。「良かった……。助かったよ……」
ムクムク。「面白いように縮むなぁ」
ムクムク。「……あの。ちょっと。先輩」
先輩はとっくに呪文を止めていた。
「せ、先輩、いきすぎても困るんだけど」
先輩は、私も困っています、と言いたげな顔だ。
「……あんたも困ってどうしますかぁ〜っ!」
ようやく止まった後、震える手で、女の子たちの前だということも構わずに
ズボンの裾を一瞬摘まむ。
ちらりと見えたのは、実物見本のようなプリティ物体だった……。四分の一
スケールぐらいの。
「せ、先輩……っ! 通常の大きさまで戻してくれ! 元に……元に戻せるん
だよな?!」
俺は、先輩の肩を掴んで揺さぶった。
592 :
7/7:02/12/18 05:23 ID:w6JqW8G7
翌日、藤田浩之の机の上に、一枚の便箋が乗っていた。
旅に出ます 探さないでください