葉鍵的 SS コンペスレ 5

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570『いつかのメリークリスマス』
 りんり〜ん。りんり〜ん。
 車内に響き渡る『虚無』に近い鈴の音色。それを鳴らすのは黄色いリボンを頭につ
けたコグマだ。コグマ、といってもぬいぐるみなのだが。
 藤田浩之は困惑していた。
 (これはなんなのだろう。なぜ俺はここにいるのだろう)
「それでは発進しま〜す」
 駅に一匹立つ別のコグマが彼の乗る汽車に向かってそう告げると、汽車は音もなく
動き出し、前方に見える真っ暗なトンネルの中へゆっくりと突入していった。
 そこはとても美しかった。トンネルの中にはレッド・ブルー・グリーン・イエロー、
と様々な、それはもう数え切れないまでの色に満ちていた。
「な、なあ一体どこに行くんだ?」
 藤田浩之は向かいの席に座る一匹の、それもまた先ほどとは別のコグマにそう訊ね
てみた。
「この汽車のお客さんはあなただけです。今からあなたの記憶の中へと向かいます」
「はあ?」
「自己紹介が遅れましたね。この度はメモリー・エクスプレス・神岸あかり線にご乗
車頂き真にありがとう御座います。私は旅のガイドを務めさせていただきます、『も
も』という者です。どうかよろしくお願いします」
「メモリー・エクスプレス・・・?神岸あかり線?」
 藤田浩之はそう言葉を反復した。そして無意識に窓の外へと目をやった。そこには
いつの間にか無限の青空が広がっていた。
「始まりました」
ももは言った。「『出会い』の駅です」
「『出会い』の駅・・・」
 藤田浩之はまたそう反復した。その言葉は彼の心を捉えたのだ。しかし彼の心を本当
に捉えなければいけないはずの一つの言葉は、その存在理由も見つからぬまま『虚無』
の中をひらひらと舞っていた。
 (これはなんなのだろう。なぜ俺はここにいるのだろう)
 その疑問ももはや掻き消されていた。何か得体の知れない力によって半ば強制的にだ。
それは彼以外の何者かの力であるはずは無かった。彼の力、意識だからこそ彼という存
在の中から疑問の念を掻き消すことが出来たのだ。
571『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:16 ID:XtPoOP25
 1時間前のことだ。俺とあかりは駅から遊園地までの道を歩いていた。
「ちょっと、浩之ちゃん。もう少しゆっくり歩こうよ」
「何言ってんだよ。早く行かねえと『オーシャンゴーランド』に乗れねえぞ」
 オーシャンゴーランドは、今一番の人気アトラクションで遊園地が開園してすぐに予約
チケットを手に入れないと、その日のうちに乗るのは難しい。
「いいよ。他にも一杯あるんだから、ハァハァ・・・」
「お前が乗りたいって言い出したんじゃねえか。おら、もう少し頑張れ!」
「う、うん」
 俺とあかりは恋人同士で、付き合いだしてからもう5年は経つ。俺たちは幼馴染で子供
の頃からこの『俺があかりを引っ張る』という図式は途切れなく続いていた。俺はあかり
が好きだし、あかりは俺を好きでいてくれる。それは他人に入る余地のない俺たちの中で
の決定事項だ。その事実を俺は疑ったことはない。そう、今日というこの日まで。
「ねえ浩之ちゃん。ごめん、先に行ってて」
 あかりはついに立ち止まり、そう言った。俺だけが先に行く、なんてことは不明瞭では
あるも『裏切り』に繋がると考えている。だから俺はあかりのその言葉に思わず怒りを感
じてしまった。しかし、その感情に上手く対応することは出来なかった。
「分かったよ。お前はそこでずっと休んでろ!俺は一人で行くからな」
 俺はそう言って遊園地へと続くアスファルトの道をすたすたと歩き出した。
「え?」
 背後であかりがそう漏らす。「ちょっと浩之ちゃん、待って」
 もう待つことさえもウンザリだった。俺はあかりのことを本当に愛している。愛してい
るからこそ、あかりと歩幅を合わせて歩きたかった。しかしあかりはそれをしない。あか
りは足が遅い。足が、遅いのだ。
 しばらく歩き、後方を見たがもうあかりの姿はなかった。結局あかりは俺を追ってこな
かったのだ。何故か後ろめたい気分だった。遊園地はすぐ前に見えた。

 「おかしいな?」
 その遊園地は確かにおかしかった。人の気配はなく、数々のアトラクションが見えるの
だが、どれも半透明な印象を持ちひどく曖昧に見えた。俺はしばらく中を歩き回ってみる
ことにした。
572『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:17 ID:XtPoOP25
 オーシャンゴーランドは確かにあった。パンフレットで見たのと同じで一面に水が引い
てあり、その上をカラフルなボートが浮かんでいる。ただ、そこにもやはり人の姿はなか
った。
 その時、うっすらとどこかで鈴の音色が聞こえたような気がした。もう一度耳を澄まし
てよく聞いてみる。
 りんり〜ん。りんり〜ん。確かに聞こえる。
 その音がする方向へと向かうことにした。一種の好奇心だろうか、いや、それよりもも
っと『言葉に表せない何か』によって俺は誘われている、そんな気がしたのだ。
 
 そこは小さなお化け屋敷だった。この中から確かに鈴の音が聞こえるのだ。俺は木で出
来たボロっちい扉をそぉっ、と開けてみた。
「お待ちしておりました」
「わぁ!」
 突然の甲高い声に俺は驚き、叫び声をあげてしまった。「ぬ、ぬいぐるみ?」
「今から発進します。さあ早く乗ってください」
 丁寧な言葉でそう喋っているのは確かにぬいぐるみだった。コグマのぬいぐるみで身長
は1mほどあるからぬいぐるみの中ではデカイ部類に入る。頭には黄色いリボンが見えた。
あかりが付けている物と同じだ。
「ど、どうなってるんだよ」
「どうなってる?これはあなたが望んだことですよ」
「はぁ?」
 一体なんなんだ、と俺は思った。俺の頭はもうショート寸前だった。
「とにかく乗ってください。間に合わなくなりますよ」
 ぬいぐるみに促されて俺は部屋の奥になぜか存在する汽車へと飛び乗った。操縦席のある
最前の車両のみの、言わば短い汽車だった。中には数匹のぬいぐるみが俺を出迎えてくれた。
車両の外見は黒かったが、中は全面ピンク色で、俺はなんて趣味だ、と思った。とりあえず
窓辺を挟む形で前後に対となった席の一つに座り、片肘を着いた。
 しばらくして一匹のコグマが俺の向かいの席に座り一言言った。
「藤田浩之さんですね。まもなく発進しますよ」
 そのコグマに感じる妙な親近感の意味は俺には全く分からなかった。
573『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:18 ID:XtPoOP25
「見覚えありますか?」
「あ、ああ」
 藤田浩之にとって最も大切な記憶の一つである。窓の外には彼と、そして神岸あかりが
見えた。2人共まだ幼く、その目は眩いばかりの輝きに満ちていた。
「俺と、あかりが出会った時だ。同じ幼稚園だったってのに、この時までお互い顔も名前
も知らなかったんだよな」
 しかし藤田浩之はその静止画になんだか違和感のようなものを感じていた。確かに自ら
体験し、記憶しているにも関わらずだ。「なあ、この写真なんだかおかしくねえか?」
 耐えかねて藤田浩之は訊いた。
「ええ、これは表面的なものでもあり、なおかつ心の奥底に眠る記憶でもありますからね。
意識とは若干食い違っている所もありますよ」
「そうか・・・。なぁ、なんで止まってるんだ?動いている映像は無いのか?」
新たな藤田浩之の問に、ももは若干言葉を選び、そして言った。
「記憶は動かないんですよ。その一場面が静止画として記憶されてるんです。あなたの中
に動いている記憶があるとしても、それは幾つもの静止画がパラパラと切り替わり、動い
ているように見せかけているだけなんです」
「ふ〜ん」
「それから」
 とももは続けた。「記憶の中の音声は、他のどのものより早く消去されてしまいます。
だからこの映像のように、あなたにとって遥か昔のものは音声も記憶されていません」
「言われてみれば・・・」
 確かに藤田浩之はこの映像に音声の記憶を当てはめることは出来なかった。
「それでもこの時の会話の内容は覚えていてもおかしくありません。藤田さん、ここに映る
あなたとあかりさんはどんな話をしているのか思い出せますか?」
 ももは窓の外に映る幼い藤田浩之、神岸あかりを指し示し言った。
「えっと・・・この時は、何の話したんだっけかな?悪ぃ、思いだせねえ」
「まあそうでしょうね。見るとこの2人、まだ7、8歳ぐらいのようですし」
「7、8歳!?」
「え?」
「おかしいな。俺とあかりが出会ったのは幼稚園に入ってすぐだったはずだ」
574『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:18 ID:XtPoOP25
 汽車は様々な駅で停車し、藤田浩之に幾つもの『記憶の静止画』を提供した。『さくら』の
駅、『くま』の駅、『プール』の駅など、それはもう様々な駅だった。
 しかし、藤田浩之はその幾つかの記憶を全く覚えていなかった。音声も会話の内容も、そし
てその映像自体も、全くだ。
「これはどうですか?」
「う〜ん、駄目だ。全く思い出せねえ」
 そこには、神岸あかりの部屋で楽しそうに微笑む2人の姿があった。
「ここは『クリスマス』の駅ですから、きっといつかのクリスマスの日だと思いますよ」
「ああ、そうなんだろうけど」
 藤田浩之にとってクリスマスの思い出は多々あった。しかしこの映像はどうしても思い出せ
なかった。2人はやはり7、8歳で、あかりは手に何かを持っているのだが、それが何なのか
までは分からなかった。
「なあ、やっぱりなんか変じゃねえか?」
「えっ?覚えてない記憶に食い違いなんてないでしょう?」
「いや、そうじゃなくてあかりがさ」
「あかりさん?」
 そこに映る神岸あかりの姿は藤田浩之にとって見慣れたものだった。髪の色、瞳の色、服装
から、頭に付けたリボンまで何もかもだ。
「なあガイドさん、本当にこれは俺の記憶の中なのか?なんで俺の記憶なのにこんなに曖昧と
してるんだ?」
「・・・・・・」
 ももは答えなかった。車内に鈴の音が鳴り響き、再び汽車は走り出した。

「あかり、これ」
「え?これ何」
「いいから開けてみろよ」
「う、うん」
「・・・・・・」
「わぁ、すごい。これ浩之ちゃんが作ったの?」
「ま、まあな」
575『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:23 ID:XtPoOP25
「浩之さん、起きてください。浩之さん」
「ん〜、ああ」
 俺はももの声に反応し、うっすらと目を開けた。すると一瞬そこにいるももの姿があかりに
に見えた気がした。
「良かった、けっこう長い間眠ってましたよ」
「あ、ああ悪ぃ」
 ゆっくりと身体を起こし、改めてももの姿を見据える。しかし、そこにいるのは黄色いリボ
ンを付けたコグマのぬいぐるみで、あかりではなかった。
「かなりの駅を寝過ごしてしまいました。藤田さんにとっては少しまずいことだったかもしれ
ません」
「え?」
「でも大丈夫です。終点まで、まだあります」
 片肘を着き、色とりどりの外の風景をぼんやり眺めていると、俺は訊いておかなくてはなら
ないことを思い出した。
「なあ、俺どのぐらい眠ってたんだ?今何時なんだ?あかりは?俺、あかりを道の途中で置い
てきちまったんだ」
「眠っていた時間は大体3時間です。でも心配ありませんよ。現実の中での時間はほとんど流
れていませんから。まあ10分ぐらいですか」
 理解はできなかったが心のどこかでそんな答えを予測していたような気がする。
「なあ、さっきの『クリスマス』の駅なんだけど」
「はい?」
 予想外の話題だったのか、ももは不鮮明なセリフで反応した。
「俺、今夢見てたんだよ。あの映像、なんとなく思い出せるような気がした」
「夢?」
「ああ、確かにあの時の夢だった。俺はあの日クリスマスプレゼントにあかりに何かを作って
プレゼントしてやった。でも、何日か経ってあかりはそのプレゼントを」
「壊してしまった?」
「あ、ああ」
 そう言って俺は片手で額を押さえた。「それで俺はめちゃくちゃ悲しかった。怒りなんかな
かった。『ごめん、ごめん』って泣いて謝るあかりに対してただ悲しかった」
576『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:24 ID:XtPoOP25
「それであなたはその時の記憶を心の奥底に閉じ込めていたんですね」
「ああ、多分そうだ」
「その時あなたがプレゼントした物は何だったか、思い出せませんか?」
 俺はしばらく宙を見つめ『記憶のゴミ箱』の中をただがむしゃらに探った。
「駄目だ。思い出せない」
「そうですか」
 ももは『虚無』の窓の外を見据えながらそう漏らした。
「なんだったっけな。もうすぐそこまで出かかってるのに」
「いえ、無理に思い出すことはありませんよ。逆に思い出さない方が良い記憶だってあります
から」
「ああ、そうだな。分かった」
 そして俺はまた悲しくなった。
 あの日の俺は悲しみが風化することさえ知らなかった。まだ幼かった。悲しみよりも反感に
対して敏感だった。俺はその反感を、『勲章』ともいえる遠き日の反感だけを胸に、悲しみを
隠してしまったんだ。隠してしまったからこそ、こうしてまた悲しみを掘り返してしまうのだ。
 なんなんだ、と思った。なぜこの旅は俺の悲しみを掘り返してしまうんだ。俺はこんなもの
望んでないし、それがあかりと俺と、今日という日とどうゆう関係があるんだ?
 (教えてくれ、あかり)
 俺はこの音の無い世界に向けてそう発した。答えはなかった。
 俺はこの不可思議な汽車の旅で一つ核心めいたものを掴んでいた。それは他でもないあかり
に対してのものだ。ただ、それが意味するものはまだ分からなかった。

 数分後、汽車は一つの煌びやかな駅で停車した。
「『約束』の駅です」
 ももが言った。「ここが最後の通過駅となります」
「『約束』の駅か・・・」
「駅名だけ見て、何か思い当たることがあるみたいですね」
「ああ」
577『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:25 ID:XtPoOP25
 それは限りなく鮮明で美しい映像だった。もちろん、俺には見覚えがあった。
「レストランでしょうか?どうやらかなり最近のものですね」
「1年前だよ」
 1年前だ。俺はあかりを誘い、生まれて初めて高級レストランというものに入った。そこは
何もかもが煌いていて、俺たちの存在さえも包み込んでしまう、そんなレストランだった。
「そうですか。2人はここで」
「ああ、婚約した」
「それで?」
「1年間だ。1年間だけ待つことになった。なんか不安だったんだよ。俺はあかりが好きで、
あかりは俺のことが好きで、でもそれだけだ」
「あなたはどうしたかったんです」
「俺は、あかりと歩幅を合わせたかった。でもあかりは足が遅えんだ。だから俺はあかりの手
を引いて先へ進む。でも、それじゃああかりの姿を見失っちまうんだよ」
「しっかり手を繋いでればいいじゃないですか」
「駄目だ。それでもあかりの表情まではわからねえ」
 そこに映るあかりの顔は今までのどの映像よりも鮮明で、綺麗で、幸せに満ちていた。
「今日は『答え』の日だったんですね」
「ああ、俺とあかりは遊園地でデートして、その後またこのレストランへ行く予定だった。オ
ーシャンゴーランドって知ってるか?」
「ええ。前に母親から聞いたことがあります。面白そうですね」
「あかりはオーシャンゴーランドに乗るのを楽しみにしてたんだ。なんてったって人気アトラ
クションだからな。俺はあかりの願望を叶えてやりたかった。だけどあかりは」
「やっぱりあなたに追いつけなかった?」
「そう」
 それからももは、窓の外に映る俺たちに目を向けた。
「婚約をした後でしょうか?とても幸せそうですね。この時はどんな話をしていたか覚えてま
すか」
「ああ覚えてる。いや、思い出したといった方が自然だな。それにお前のことも思い出した」
「そうですか、うふふ」
578『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:25 ID:XtPoOP25
 汽車は終点への道のりをやはり無音のまま走っていた。走っているというよりかは、窓の
外の景色がめまぐるしく変わっている、そんな感じだ。俺はその景色を複雑な想いで眺めな
がら、静かに口を開いた。
「なあ、これってやっぱり俺の記憶なんかじゃなくて」
「ええ。あかりさんの中のあなたの記憶です」
「そうか・・・。なんであかりの記憶と俺の記憶はこんなに食い違ってんだろうな」
 ももはしばらく考え、言った。
「当然ですよ。いくら愛し合ってるといっても人の記憶は無限なんです。その人の感じ方や
立場でも大きく変わってくるんです」
「プレゼントは・・・」
 俺は言った。「プレゼントをあかりが覚えてねえのは?」
「やはりあなたと同じで、彼女にとって消してしまいたい過去だったのでしょう」
 俺はそりゃそうだな、と思った。でもあかりがその時のクリスマスの映像を記憶していた
のは、やはり俺のプレゼントがそれだけ嬉しかったということだろう。
「じゃあ、あかりの記憶の中で2人の年が少し違ってたのは?」
「いえ、それは多分幼い2人のイメージをあかりさんが上手く捉えきれてなかったんでしょ
う。あかりさんにとっての『幼い2人』のイメージは7、8歳に限定されていたみたいです」
「な、なるほど」
 それにしてもわからないことだらけだった。俺は今あかりの記憶の中にいる。でもそれに
何の意味があるのか?俺とあかりの結婚に何か関係があるのか?
「さて、まもなく終点ですよ。終点、といっても元の場所に戻るだけですが]
「そうか、終わりなのか」
 無音の中でも『終わり』の雰囲気が伝わってくるのは、辺りの色とりどりの景色が次第と
黒みを増していったからかもしれなかった。
 俺はあかりのことを考えた。幼馴染のあかり、いつも俺を追いかけていたあかり、恋人の
あかり、幼い頃のあかり・・・。
「あっ!」
俺は思わず叫んだ。
「ど、どうしました」
「リボンだ。あかりの記憶の中では、どのあかりもリボンを付けていた」
579『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:26 ID:XtPoOP25
 りんり〜ん。りんり〜ん。
 終点、つまり元の場所だ。あれから数分の時間しか経ってないとは嘘のようだった。
「藤田さん。あかりさんはもうそろそろ遊園地に着いているはずですよ」
「そ、そうか」
「あ、これを最後にお渡ししておきます」
 そう言ってももは俺に小さな鈴を手渡した。「まあ、記念みたいなものです。その音色を聞
いたら私のこと、思い出してくださいね」」
「ああ、わかった」
「では浩之さん。私はここでお別れです」
「ああ、でもまた逢えるよな」
「ええ。きっと」
 
 ももを残し俺は汽車から降りた。そして、そのまま出口の扉を開けた。
 あかりが黄色いリボンを付け出したのは高校生の時だ。それまであかりはおさげ頭だったが、
しかし、あかりにとってそれは消したい過去だったのか?それとも・・・。
 なんにしても俺はあかりの記憶の中で最後までリボンのことに気がつかなかった。

 遊園地は人で賑わっていた。これが本来の遊園地の姿なのだ。先ほどの人がいない遊園地は
幻だったのだろうか?
 でも俺は考えないことにした。この人ごみの中からあかりを、あかりを見つけ出さなきゃい
けない。その方が先だ。
「はぁはぁ。あかり、どこだ?あかり」
 簡単に見つかるはずはなかったし、もっともまだ到着していないのかもしれない。でも俺は
あかりの姿を求め遊園地内を死に物狂いで走った。
「浩之ちゃん」
 その声を聞いた時、俺は疲れ果てベンチにうなだれるように座っていた。
「あかり・・・」
「浩之ちゃん、もう探したよ」
「悪ぃ、でも俺もお前を探したんだ」
580『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:27 ID:XtPoOP25
「え?」
 あかりは目を丸くして言った。「そんな、門の前で待っててくれれば良かったのに」
「そ、そうだな。はは・・・」
「・・・あはは」
 俺たちはしばらく笑いあった。しかし、あかりはやがて目を落とし言った。「でも、ゴメン
ね。私のせいでオーシャンゴーランド乗れなかった」
「いや、気にすんな。お前のお陰で俺はもっと楽しいアトラクションを体験できたんだし」
「もっと?楽しい?この時間で?」
 あかりは不思議そうな顔で俺を見た。
「あ、いや。こっちの話だ」

 それから俺たちは遊園地で様々なアトラクションに乗った。あまりの楽しさに時が経つのも
忘れてしまい、いつの間にか空は黄昏色に染まっていた。
「なあ、あかり。俺たち結婚しようぜ」
「え?」
 あかりは驚いて俺の顔を凝視した。
「本当はレストランで言うつもりだったんだけどさ、なんか待てなくなっちまった」
「え?ほ、本当に?」
「ああ」
 あかりの頬が黄色い夕陽に反射した。「おいおい、大げさだなお前は。泣くなよ」
「だって・・・」
「ま、とにかく行こうぜ」

 好きなだけじゃ駄目だ。俺は今まで、足が遅いあかりの手を引いて先へとずいずい進んでい
たがそれは間違いだった。なんていえばいいのか本当は
「あ!ちょっと浩之ちゃん。何すんの〜?」
「おせえぞ〜あかり。うらうら!」
 あかりの背中を押してやることが大事だった。俺はあかりの歩む、重たいながらもしっかり
とした足どりを一歩一歩見据えてやらなくちゃならない。
 俺に背中を押されるあかりは苦笑した表情を見せた。そう、苦笑した表情をしていた。
581『いつかのメリークリスマス』:02/12/18 04:28 ID:XtPoOP25
 俺たちは1年前と同じ、あの煌びやかなレストランへとやってきた。
 それから色んな話をした。ただ比較的、過去の話よりも未来の話の方が多かった。
「去年、浩之ちゃんから結婚の話が出た時、私、すごい嬉しかったんだよ」
「そうか」
「あの後、色んな話したよね。覚えてる?」
「ああ覚えてるぜ。結婚式のこと、それから新婚旅行のこと、そして子供のこと」
「うん」
 あかりはその時、今までに見たことのないような笑顔を見せた。この無意味な『虚無』の1
年間を埋め合わせるような、そんな、それぐらい眩しい笑顔だった。
「あ、浩之ちゃん。はい、これ」
 そう言ってあかりは小さな箱を俺に手渡した。少し考えてから俺は言った。
「そうか、今日はバレンタインデーだもんな」
「うん。去年のより美味しく作れたと思うけど」
「はは、そうか。んじゃありがたく頂いとくか」
 そして俺はもう一度その箱を見つめた。あかりの好きな色、ピンクの包装紙に包まれている。
その色を見ていると俺はもものことを思い出し、ももからもらった鈴のことを思い出した。悩
んだ結果、俺はその鈴をあかりにプレゼントしてやることにした。


 りんり〜ん。りんり〜ん。 
「まもなく発進しま〜す。お乗りの方はお早めに〜」
 駅に立つコグマが汽車に向かってそう告げると、汽車は音もなく動き出し、前方に見える真っ
暗なトンネルの中へゆっくりと突入していった。
「それでは始発点『未来』駅、『未来』駅〜」
 

【THE END】