葉鍵的 SS コンペスレ 5

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525No future(1/7)
「浩之ちゃん、このビーフシチューの味はどう?」
「ああ、すごく旨いぞ」
「沢山作ったから、どんどん食べてね」
今日はあかりが俺の家に夕食を作りに来てくれた。
あかりの両親は旅行に出かけてていて、日曜の夜まで帰ってこない。
ということは、今夜はあかりと二人っきりだ。あんなことやこんなことまで
することも可能なのだ。う、いかん、幼馴染みというのが逆にプレッシャーに
感じてきた。

食事の後は、テレビを一緒に見た。番組の内容など頭に入っていないが
いきなり迫るのもがっついているようで良くない。時間ばかりが気になる。
もうすぐ10時だ。いけ。いや、待て。思考が堂堂巡りをする。
余計な考えを振り払い、あかりの肩を抱く。
「浩之ちゃん……?」
あかりがちょっと顔を赤らめながら囁いた。
「あ、あかり。キスするぞ」
「う、うん……」
526No future(2/7):02/12/18 00:12 ID:zh3F1o4E
だが、せっかくのラブシーンは、闖入者によって破られた。
「やめろ!!」
「うわっ!あんた誰だ!!」
「俺は10年後の未来からやってきたお前自身だ」
「未来ィ!?」
「いいか、良く聞けよ。もしもお前がこのままあかりにキスをしたら、
お前とあかりが結ばれる運命が既定路線となるんだぞ。いわば『フラグが立った』
状態だ。だが、二人の結婚生活は決してうまくいかない。
何かにつけてあかりは俺を束縛しようとした。
俺はそれに嫌気がさして、密かにつくった愛人と共謀してあかりを殺したが、
結局は露見して警察に追われるハメになっちまった」
「そんな、ひどいよ、浩之ちゃん!!」
「待て、俺はまだ何もしてないだろうが!」
「そんなこといったって……あっちの浩之ちゃんだって、浩之ちゃんには
代わりがないじゃないの」
「大体、必ずしもあんたの言った事が現実になるとは限らないだろうが!
こうして未来を知ったからには、うまくいく様に、いくらでも気を付けりゃいいんだろ」
「ふふ、甘いな。俺もそう思って、結婚したあと、二人の仲がギクシャクする前の
過去に戻って、5年前の自分に忠告した。念のために二人が大学に入って、
同棲生活を始める8年前にも言って助言した。だがそれでも俺のいた未来は
なんの変わりもなかったのだ。因果律はお前が思っているより、はるかに強力なのだぞ」
「くっ……だけど、俺はまだあんたが未来から来たなんてしんじちゃいねえぞ」
「どうしてもあかりを選ぶと言うのなら、仕方がない。力ずくででも考えを変えさせるさ」
男は懐から銃を取り出した。
527No future(3/7):02/12/18 00:18 ID:zh3F1o4E
「おいっ、ちょっと待て!!俺を殺したら、お前も消えるんだぞ!」
「誰がお前を殺すって言った?」
「ひ、浩之ちゃん……」
「やめろ!!」
「きゃああああーーー!!!」
「貴様!よくもあかりを!」
「くそ、放せ……俺はお前の為に……」
「黙れ!!」
バーン!
「こ、こんな所で……」
俺は自分を殺してしまった。しばらく呆然として、へたり込んでしまった。
どうしたらいいんだ?未来から来た男を殺しましたって言って警察が納得するか?
しかも指紋は自分と同じだ。
まあ、もともと存在しない人間なんだから、どこか山の中に埋めてしまえば、
それで済むだろうが、あかりの死体まであるんだぞ。ああ、なんでこんなことに
なっちまったんだろう。いっそ俺のほうがタイムマシンで過去に戻りたいよ。
……待てよ。
10年前から来た「俺」は、あかりと結婚した未来からやってきた。もしも俺が、
今から他の女性を伴侶にしたら、どうなるのだろう。あかりとの破綻した結婚生活は
存在せず、この死体も不存在という事になるのではないか……。
確証はないが、とりあえずやってみるしかあるまい。どの道この家には自分しか
居ないのだから、さしあたって、二つの死体は毛布にでも包んで、物置に置いて
おけばいいだろう。
528No future(4/7):02/12/18 00:22 ID:zh3F1o4E
こうして、俺のベストパートナーを探す旅が始まった。あかりの両親も週明けまで
不在だから、期限はあと二日とちょっとという事になる。
「志保っ!結婚してくれ!」
「あんた、いきなり何言い出すのよ」
「頼む、一生のお願いだ」
「ヒロ、あんた正気?あたしたち、まだ高校生よ。それに、あんたにはあかりが
いるじゃないの」
「いや、これはあかりも了承済み、っていうかあかりのためなんだ」
あかり以外の人間と結婚しないとあかりは死んだままだ。
「もう、要領を得ないわねえ。ははあ、あんたあかりと喧嘩したんでしょ?
だめよ、仲良くしないと」
「そうじゃないったら……ああ、もう面倒くさいなあ」
こうなりゃ多少強引でもいいや。俺は志保の手をつかんで、抱き寄せた。
「あっ……何するのよ、ヒロ」
「すまねえ、悪く思わないでくれ。これも明るい未来のためなんだ」
二人の距離が徐々に接近していく……。
529No future(5/7):02/12/18 00:26 ID:zh3F1o4E
「待て!!」
「誰!?」
「うげっ、またかよ」
「もしもそのまま志保とキスしちまったが最後、お前はこの先ずっと苦しむ事になるぞ。
志保は浮気性の尻軽女で、離婚の調停では財産分与と親権を巡って、泥沼に……」
「誰が尻軽ですってぇ!!」
「この目で直面した現実だ」
「ヒロ、誰なのよ、このあんたに良く似た男は……って、ヒロぉ!?」
志保はあんぐりと口を開けたまま、奴と俺の顔を見比べている。
「あんた、生き別れのお兄さんとかいたっけ?」
「残念ながら、そんな奴ぁいないよ。あれは10年後の俺らしい」
「ええっ!?」
俺は俺に向き直って言った。
「だがな、俺は志保との結婚を諦めるつもりは無いぞ。あかりの命がかかってるんだ
からな」
「そうか、じゃあ仕方が無いな」
今度はもう一人の俺はバットを振りかざした。どうやら俺を叩きのめして言うことを
聞かせるつもりらしい。迫り来る魔の手を二度まではかわしたが、3度目には強かに
攻撃を食らってしまった。俺は相手を突き飛ばして、逃げ出すのが精一杯だった。
530No future(6/7):02/12/18 00:29 ID:zh3F1o4E
これ以降、俺は散々だった。高校生ジゴロを密かに自認するだけあって、
色々な女の子に粉をかけてあったのだが、告白して、キスをしようとすると、
未来から邪魔者が余計な忠告しにやって来るのだった。
芹香との入婿生活は一族から相当な嫌がらせを受け、
レミィには動物と間違えられて弓で射殺され、理緒とは赤貧の苦しみを味わい、
琴音は研究所に連れ去られ、委員長が俺よりも金を稼ぐせいで劣等感に苛まれる
といった具合だ。流石に自分本人から上手くいかなかったと伝えられては、
先行き不安になるのも無理はなく、隣りの芝生青く見える原理で、じゃああっちの娘は
どうなのだろうと行ってみると、やっぱりそっちも障害が多かったりするのだ。

俺にはそこまで結婚生活を維持する能力に欠けているのだろうか。
もうここまでくると笑うしかない。脈のありそうな娘は全て空振りに終わった。
俺は意気消沈、疲労困憊の呈でフラフラと町はずれをさまよっていた。
すると、大きな建物が見えてきた。そこに来たのは初めてだったが、
名前はよく知っている。俺は塀を乗り越えて敷地内に侵入した。
531No future(7/7):02/12/18 00:36 ID:zh3F1o4E
研究室では、長瀬源五郎が一人で酒を飲んでいた。
彼は驚いた様にこちらを見た。
「おや、藤田君、ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが」
「宵の口から宴会かい?」
「ふふ、今日、凄い発明のアイディアが思いついたものでね。
今はまだ理論だけだが、10年もあれば実用化にこぎつけて見せるさ。
詳しい内容は秘密だがね」
「その発明って、タイムマシンだろ?」
博士はみるからに動揺した。
「ななっ……ふ、藤田君、どうしてそのことを?」
「その発明のせいで、俺はえらい目にあったんだよ」
知りたくもない事を嫌というほど知らされてしまった。
俺の未来はどこにも行けない、袋小路だってことを。
「何もかもあんたのせいだ!!」
俺は博士の頭をしこたまぶっ叩いた。
ろくでもない発明を忘れてくれる事を願って。