「浩之ちゃん、このビーフシチューの味はどう?」
「ああ、すごく旨いぞ」
「沢山作ったから、どんどん食べてね」
今日はあかりが俺の家に夕食を作りに来てくれた。
あかりの両親は旅行に出かけてていて、日曜の夜まで帰ってこない。
ということは、今夜はあかりと二人っきりだ。あんなことやこんなことまで
することも可能なのだ。う、いかん、幼馴染みというのが逆にプレッシャーに
感じてきた。
食事の後は、テレビを一緒に見た。番組の内容など頭に入っていないが
いきなり迫るのもがっついているようで良くない。時間ばかりが気になる。
もうすぐ10時だ。いけ。いや、待て。思考が堂堂巡りをする。
余計な考えを振り払い、あかりの肩を抱く。
「浩之ちゃん……?」
あかりがちょっと顔を赤らめながら囁いた。
「あ、あかり。キスするぞ」
「う、うん……」
だが、せっかくのラブシーンは、闖入者によって破られた。
「やめろ!!」
「うわっ!あんた誰だ!!」
「俺は10年後の未来からやってきたお前自身だ」
「未来ィ!?」
「いいか、良く聞けよ。もしもお前がこのままあかりにキスをしたら、
お前とあかりが結ばれる運命が既定路線となるんだぞ。いわば『フラグが立った』
状態だ。だが、二人の結婚生活は決してうまくいかない。
何かにつけてあかりは俺を束縛しようとした。
俺はそれに嫌気がさして、密かにつくった愛人と共謀してあかりを殺したが、
結局は露見して警察に追われるハメになっちまった」
「そんな、ひどいよ、浩之ちゃん!!」
「待て、俺はまだ何もしてないだろうが!」
「そんなこといったって……あっちの浩之ちゃんだって、浩之ちゃんには
代わりがないじゃないの」
「大体、必ずしもあんたの言った事が現実になるとは限らないだろうが!
こうして未来を知ったからには、うまくいく様に、いくらでも気を付けりゃいいんだろ」
「ふふ、甘いな。俺もそう思って、結婚したあと、二人の仲がギクシャクする前の
過去に戻って、5年前の自分に忠告した。念のために二人が大学に入って、
同棲生活を始める8年前にも言って助言した。だがそれでも俺のいた未来は
なんの変わりもなかったのだ。因果律はお前が思っているより、はるかに強力なのだぞ」
「くっ……だけど、俺はまだあんたが未来から来たなんてしんじちゃいねえぞ」
「どうしてもあかりを選ぶと言うのなら、仕方がない。力ずくででも考えを変えさせるさ」
男は懐から銃を取り出した。
「おいっ、ちょっと待て!!俺を殺したら、お前も消えるんだぞ!」
「誰がお前を殺すって言った?」
「ひ、浩之ちゃん……」
「やめろ!!」
「きゃああああーーー!!!」
「貴様!よくもあかりを!」
「くそ、放せ……俺はお前の為に……」
「黙れ!!」
バーン!
「こ、こんな所で……」
俺は自分を殺してしまった。しばらく呆然として、へたり込んでしまった。
どうしたらいいんだ?未来から来た男を殺しましたって言って警察が納得するか?
しかも指紋は自分と同じだ。
まあ、もともと存在しない人間なんだから、どこか山の中に埋めてしまえば、
それで済むだろうが、あかりの死体まであるんだぞ。ああ、なんでこんなことに
なっちまったんだろう。いっそ俺のほうがタイムマシンで過去に戻りたいよ。
……待てよ。
10年前から来た「俺」は、あかりと結婚した未来からやってきた。もしも俺が、
今から他の女性を伴侶にしたら、どうなるのだろう。あかりとの破綻した結婚生活は
存在せず、この死体も不存在という事になるのではないか……。
確証はないが、とりあえずやってみるしかあるまい。どの道この家には自分しか
居ないのだから、さしあたって、二つの死体は毛布にでも包んで、物置に置いて
おけばいいだろう。
こうして、俺のベストパートナーを探す旅が始まった。あかりの両親も週明けまで
不在だから、期限はあと二日とちょっとという事になる。
「志保っ!結婚してくれ!」
「あんた、いきなり何言い出すのよ」
「頼む、一生のお願いだ」
「ヒロ、あんた正気?あたしたち、まだ高校生よ。それに、あんたにはあかりが
いるじゃないの」
「いや、これはあかりも了承済み、っていうかあかりのためなんだ」
あかり以外の人間と結婚しないとあかりは死んだままだ。
「もう、要領を得ないわねえ。ははあ、あんたあかりと喧嘩したんでしょ?
だめよ、仲良くしないと」
「そうじゃないったら……ああ、もう面倒くさいなあ」
こうなりゃ多少強引でもいいや。俺は志保の手をつかんで、抱き寄せた。
「あっ……何するのよ、ヒロ」
「すまねえ、悪く思わないでくれ。これも明るい未来のためなんだ」
二人の距離が徐々に接近していく……。
「待て!!」
「誰!?」
「うげっ、またかよ」
「もしもそのまま志保とキスしちまったが最後、お前はこの先ずっと苦しむ事になるぞ。
志保は浮気性の尻軽女で、離婚の調停では財産分与と親権を巡って、泥沼に……」
「誰が尻軽ですってぇ!!」
「この目で直面した現実だ」
「ヒロ、誰なのよ、このあんたに良く似た男は……って、ヒロぉ!?」
志保はあんぐりと口を開けたまま、奴と俺の顔を見比べている。
「あんた、生き別れのお兄さんとかいたっけ?」
「残念ながら、そんな奴ぁいないよ。あれは10年後の俺らしい」
「ええっ!?」
俺は俺に向き直って言った。
「だがな、俺は志保との結婚を諦めるつもりは無いぞ。あかりの命がかかってるんだ
からな」
「そうか、じゃあ仕方が無いな」
今度はもう一人の俺はバットを振りかざした。どうやら俺を叩きのめして言うことを
聞かせるつもりらしい。迫り来る魔の手を二度まではかわしたが、3度目には強かに
攻撃を食らってしまった。俺は相手を突き飛ばして、逃げ出すのが精一杯だった。
これ以降、俺は散々だった。高校生ジゴロを密かに自認するだけあって、
色々な女の子に粉をかけてあったのだが、告白して、キスをしようとすると、
未来から邪魔者が余計な忠告しにやって来るのだった。
芹香との入婿生活は一族から相当な嫌がらせを受け、
レミィには動物と間違えられて弓で射殺され、理緒とは赤貧の苦しみを味わい、
琴音は研究所に連れ去られ、委員長が俺よりも金を稼ぐせいで劣等感に苛まれる
といった具合だ。流石に自分本人から上手くいかなかったと伝えられては、
先行き不安になるのも無理はなく、隣りの芝生青く見える原理で、じゃああっちの娘は
どうなのだろうと行ってみると、やっぱりそっちも障害が多かったりするのだ。
俺にはそこまで結婚生活を維持する能力に欠けているのだろうか。
もうここまでくると笑うしかない。脈のありそうな娘は全て空振りに終わった。
俺は意気消沈、疲労困憊の呈でフラフラと町はずれをさまよっていた。
すると、大きな建物が見えてきた。そこに来たのは初めてだったが、
名前はよく知っている。俺は塀を乗り越えて敷地内に侵入した。
研究室では、長瀬源五郎が一人で酒を飲んでいた。
彼は驚いた様にこちらを見た。
「おや、藤田君、ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが」
「宵の口から宴会かい?」
「ふふ、今日、凄い発明のアイディアが思いついたものでね。
今はまだ理論だけだが、10年もあれば実用化にこぎつけて見せるさ。
詳しい内容は秘密だがね」
「その発明って、タイムマシンだろ?」
博士はみるからに動揺した。
「ななっ……ふ、藤田君、どうしてそのことを?」
「その発明のせいで、俺はえらい目にあったんだよ」
知りたくもない事を嫌というほど知らされてしまった。
俺の未来はどこにも行けない、袋小路だってことを。
「何もかもあんたのせいだ!!」
俺は博士の頭をしこたまぶっ叩いた。
ろくでもない発明を忘れてくれる事を願って。