葉鍵的 SS コンペスレ 5

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516You only live twice(1)
「舞っ、舞!」
「お前、どうしてこんなことするんだよ……」
「ずっと、一緒に行くんだろっ!?」
「春も夏も秋も冬もっ……ずっと一緒に暮らしてゆくんだろっ!?」
「そう今、約束したじゃないかっ……」
「俺だってお前の事が好きだったのに……大好きだったのに……」
「いつだって、お前は……自己中心で……」
「なんだって、勝手に終わらせやがって……」
「そんなのって卑怯じゃないかっ……」
「舞……!舞……!!舞っ……!!」

祐一の声が聞こえてくる。
いちばん近くにいるはずのひとの声が、こんなに遠くに聞こえるのは、
どうしてなんだろう。
私の頬に冷たいものが当たる。
……泣いているの?
ごめんなさい、祐一。
だけど、こうするしかなかった。
最も大事にしたかった人を、最も傷つけていたのは、実は私だったという
ことに、気付いてしまったから。
そして、長い間ずっと、閉じた世界の中で一人芝居を演じていたに
過ぎなかったことに、気付いてしまったから。
全ては忌まわしいこの『力』のせい。
こんな力さえなければ、佐祐理や祐一と一緒に、当たり前の幸福を
手に入れる事ができたかもしれないのに。
517You only live twice(2):02/12/17 21:57 ID:osJX6MTF
だけど、全ては遅すぎた。
私には、こんな形でしか、責任を取とることができなかった。
身体から流れ出す血の量が、私の命がもう長くない事を教えていた。
意識がぼやけてくる。
ごめんなさい、佐祐理。
さようなら、祐一。生涯でたった一人の……。

(待って!)
……誰?

(私よ。10年前にあなたが切り離した、もう一人のあなた)
いまさら出てきても、もうどうにもならないわ。

(まだ方法があるわ。私とあなたが再び一つになれば)
一つに?

(かつてお母さんを死の淵から救った癒しの力。それを使えばまだ間に合うわ)
……要らないわ、そんな力。

(何を言い出すの?)
もし、ここで傷が治っても、私が佐祐理を傷つけた事実は変わらない。
それに、私の後半生はあなたを、その力を否定するために存在していた。
今更それを受け入れるなんてできない。だから、そんな力要らない。
518You only live twice(3):02/12/17 22:05 ID:osJX6MTF
(……過ぎるよ)
……え?

(そんなの、勝手過ぎるよ!私だって、好きで魔物を操って、人を傷つけた
わけじゃない。あなたの内に存在する、常人には無い力を厭うたために、
『魔物』という形が与えられたに過ぎないのよ!)
……。

(あなたが勝手に私を悪者にして、その記憶さえ忘れて、そのせいで自殺する
なんて、我侭もいいところだわ!)
……ごめんなさい。それはあなたの言う通りかもしれない。でも、急にそんな
ことを言われても、やっぱり私にはできない。それに、私がやってきた事は、
取り返しがつかないから……。

(……)
だから、もう死なせて欲しいの。

(じゃあ、もし、たった一つだけ……)
え……?

(あなたの願いも、わたしの願いも叶えられる方法があるとしたらどう?)
……でも、どうやって?

(今は、説明してる暇は無いわ!どうするの?)

意識が遠ざかる。
私は最後の力を振り絞って念じた。

私の……
私の願いは……
519You only live twice(4):02/12/17 22:08 ID:osJX6MTF
かんぜんに道に迷ったらしい。
おおきな道から離れて、もう二十分は歩きつづけている。
いまさら引き返すより、このまま進んだ方がましだと思った。
少なくとも、位置のわかる建物か何かくらいには行き当たるだろうと。
だが、期待に反して、どんどん人気のない場所に入りこんでしまった。

ふと、目を上げると、自分がひらけた場所にいることに気づく。
漢字がむずかしくて読めないけど、学校の絵の入ったカンバン。
そして―――小麦畑。
しずみはじめたお日さまの光を浴びて、金色に波打っている。
「うわぁ……」
その光景におどろいて、黄金の草原に足を踏み入れる。
スニーカーに土の感触。
半ズボンでむき出しになったひざに、穂先が風を受けてなでる。
だが、もっとおどろいたのは、その海原の中に小さな女の子がいた事だ。

「よぉ」
「こんにちわ」
女の子は、長くてきれいな髪をしていた。
「はじめまして……だよね?」
「ううん。二回目だよ」
「ええ?前に会ったこと、あったかなぁ」
「ええ……10年後にね」
「ふふ……へんなの」
520You only live twice(5):02/12/17 22:11 ID:osJX6MTF
誰もいない小麦畑。

私はポケットから封筒を取り出す。
祐一からの手紙だ。
文面はそっけない。
こっちはまだとても暑い、そっちはどうだとか、友達はできたかと
いった言葉が、たどたどしく並んでいる。
きっと、手紙を書くのは初めてだったんだろう。
だけど、気持ちだけは伝わってくる。
たいせつな宝物だ。

まるで昨日の事にように、1ヶ月ほど前の会話の記憶が、鮮やかに
浮かび上がってくる。

「明日になったら、もう戻らなきゃいけないんだ」
「そんな、せっかく仲良くなったのに……」
「ごめん、なかなか言い出せなくて」
「わたし、このまま別れて、それっきりなんて嫌だよ」
「そうだな……帰ったら、手紙を書くよ」
「本当に?約束してくれる?」
「ああ、約束だ」
521You only live twice(6):02/12/17 22:14 ID:osJX6MTF
祐一は約束を守ってくれた。
私の力を知っても怖がらない、数少ない男の子。
たとえ、ここに居てくれなくても、私は大丈夫。
周りの人たちの、心無い中傷にも我慢できる。
私と祐一は、どこかでつながっていると信じているから。
そして、いつの日か、私たちが初めて会った場所で、再会できると
信じて、いや、知っているから。
それに……

「舞ー!」
飛び跳ねるような声に振りかえると、佐祐理が弟としっかり手を繋いで、
こちらにやって来るところだった。
「やっぱり、ここに居たんだ」
黙ってうなずく。
「もう一弥くんは歩いてもいいの?」
「ええ、もうすっかり良くなって、おいしゃ様もびっくりしてるくらい」
「一弥くん、こんにちは」
「こん……に……ちわ」
私の力でも、一弥くんは、すぐに人並みに話せるようにはならなかった。
だけど、リハビリ次第では、普通に話せるようになれるらしい。

佐祐理の弟の病気を治す―――それが縁で、8年早く、佐祐理と友達になった。
嫌いでたまらなかった力―――今なら好きになれそうだった。