遠野美凪 ぱちぱちぱち、お米券7枚進呈です

このエントリーをはてなブックマークに追加
7661/9
「…国崎さん」
「…ん?」
バスの座席に並んで座っていた遠野の声が、耳元でささやいた。
ずっと寝ていたのだろう、いつもよりもさらに眠そうな声。
「どうかしたか?」
町を旅立ってからどれくらいの時間が経ったのか。
ほんの数分前のような気もするし、もう数時間も前のことだったような気もする。
「…国崎さんは、私をてごめにしましたよね」
「てごめ言うな」
「…実は、みちるをてごめしたかったんじゃありませんか?」
寝起きざま、さらっととんでもないことを言う。
「バカいうな。犯罪だ」
「…では犯罪でなければ、てごめにしてしまいたかった、と」
「遠野はどうしても俺を犯罪者にしたいようだな」
「…違う?」
といって遠野は自分を指差す。
「そういえば遠野、おまえいくつだ」
「…なんと今年で17歳。エッヘン」
なぜそこで威張る?
「…結婚もできちゃいます」
「聞いてない」
ビシッとツッコミを入れておく。
「…あ…やった…」
嬉しそうだ。
7672/9:03/05/27 11:04 ID:02QWnlUi
「それでだ」
「…はい」
「17歳というのは、てごめにしても問題ないのか?」
「…残念ながら」
心底残念そうに肩を落とす。
「…児童福祉法により、十八歳以下に対する淫行は十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」
「マジか」
「…岡山県青少年保護育成条例の第二十条により、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」
「……」
めっちゃヤバイやん、俺。
「詳しいんだな」
「…えっへん」
「どうしてそんなに詳しいんだ?」
「…国崎さんは、辞書でテゴメとか調べちゃったりする人ですか?」
「ああ、まあ。つい調べちゃったりするな」
「…つまり、そういうことです」
妙に納得してしまった。
遠野も年頃らしく普通にそういうことに興味があるというわけだ。
7683/9:03/05/27 11:04 ID:02QWnlUi
「…先ほどの条例には、実は例外があります」
「ふーん?」
「…なんと、結婚しちゃえばやり放題」
「……」
「…ちなみに17歳は結婚できる年齢でもあります」
「……」
「……」
その期待に満ちたまなざしはやめてくれ…。
「…みちるとは結婚できません」
「んなこた、見りゃわかる」
「…残念でした」
なんとなく遠野が言いたいことがわかってきた。
「勘違いしてるみたいだが」
「…はい」
「みちるに嫉妬してたのか?」
「………」
こうやって変に間をあけるのは、図星を指された証拠だ。
「…いいえ」
「バレバレだっての」
「……」
「ああ、わかったから。そうやっていちいち目で訴えるな」
「…はい」
気持ちを言葉にするのは無粋だが、言葉にしなくては遠野は納得しないだろう。
7694/9:03/05/27 11:05 ID:02QWnlUi
「確かにおまえとセックスしたのは、愛とかじゃない」
「…やっぱり」
遠野さんのがっくりが入った。
「でもおまえのことが好きなのは本当だ」
「……」
「疑ってるのか?」
「……いいえ」
「まあ、仕方ないさ。あの時は…」
雨上がりの校舎の屋上。
遠野と俺は一つになったが、あれは決して愛し合う行為と呼べるものではなかった。
遠野は決意し、俺は応えた。
それだけだ。
「あの時は、ああでもしなければ遠野は…」
壊れてしまいそうだったから。
崩れ落ちてしまえば、そのまま消えてしまう。
だから、立ち上がろうとする手を取って、抱きとめて。
それがみちるの願いだったはずだから。
あのような形になってしまったが、それでも、あの時はああするしかなくて。
7705/9:03/05/27 11:05 ID:02QWnlUi
「なんか、ダメだな」
「…はい?」
「あいつがいないと、何もわからない」
みちる。
いつでも俺たち二人の間で、楽しそうに笑っていたみちる。
「俺は遠野のことが好きだ。いや、好きだったはずだ。でもそれは…」
言いたいことを察したのだろう、遠野もうなずく。
「…私も、三人でいる時間がとっても好きでした」
遠野はさびしそうに窓の外を眺めやる。
「…でも今は、自分の気持ちがわかりません…」
もう俺たちが過ごした町からは、すでに遠く離れてしまっていた。
海沿いの道から外れ、曲がりくねった山道にさしかかりつつある。
「…国崎さんのことは本当に好きです。でも、それは…」
俺たち二人を繋いでいるのは、みちるとの思い出だけだった。
みちるのことを忘れてしまえば、俺たちの関係は消えてしまうのだろうか。
それはとてもありそうもない、そう思えたけれど。
「あまり大丈夫だとは、言えないな」
冗談交じりに、でも半ば不安を込めてそう言うと、遠野はうかがうようにじっと見返してくる。
「…正直なんですね」
「ウソも、回りくどいのも、俺は嫌いだからな」
「…国崎さんらしいです」
クスッと微笑んだ。
7716/9:03/05/27 11:06 ID:02QWnlUi
「俺は、このまま旅を続ける」
「…はい」
「つらい旅だった。布団に寝れることは滅多にないし、食うのに困ることすらよくあった」
「…はい」
遠野はうなずいた。
「…覚悟はできています」
「いや、そんなことはたいした問題じゃない」
「……?」
「俺には旅をする目的がある。旅を続けなければいけないんだ」
今度は俺が窓の外を眺める番だった。
「終わりがあるのかどうか、それすらわからない旅だ」
「…国崎さんの旅は、終わりを探す旅なんですね」
「ああ」
「…それは確かに…大変です…」
「だろ」
「…でも、旅が終わらなければ、ずっと国崎さんといられます」
「そらまあ、そうだが…」
「…私にはもう、国崎さんしかいませんから…。旅が終わらなければいいとさえ思います」
そっと手を重ねてくる。
「そんなこと言ってていいのか?」
「…え?」
7727/9:03/05/27 11:07 ID:rMEHdkCJ
「この旅の目的は、遠野にとっても目的になるかもしれないんだぞ」
「…旅の目的……」
そうつぶやいて、ちょっとだけ考える。
「…翼を持つ者…」
「覚えててくれたのか」
「…はい。もちろんです」
いつだったか、夕焼けを眺めながら話したことがあった。
空の少女の話を。
「みちるな、帰るって言ったんだ」
「…え?」
「帰らなきゃいけないって」
あの時みちるが消えてから、ずっと心に引っかかっていることがあった。
あいつは、どこへ帰ったのだろう?
ずっと考え続けて、そして一つの考えが浮かんでいた。
「…みちるに、家は…」
「ああ、ないだろうな」
「…でも、みちるには…」
そうだ。みちるに帰る家などない。甘えられる親もいない。
夜闇の中、安心して寝られる場所すらなかった。
でも確かにあいつは言ったんだ。
帰らなきゃ、と。
空を見上げながら。
7738/9:03/05/27 11:07 ID:rMEHdkCJ
遠野の家に飾ってあったという、翼を持つ少女の絵。
みちるが遠野の前に現れた晩、絵は忽然と消えていたという。
その絵を誰が描いたのか。どのようにして描かれたのか。
そもそも、現実にそこに存在していたのかどうか。
今となってはわからない。
でもそれは今の俺にとって、空の少女についての唯一の手がかりだった。
だから俺は言う。
遠野を元気づけるためにも。
「みちるが、空に帰ったとしたら?」
「え…」
遠野の瞳が俺を映す。
「…みちるが、空の少女なんですか?」
「そうは言っていない」
「…でも…」
「みちるは空に帰った、かもしれない。翼を持つ者は空にいる、らしい。俺たちにわかっているのは、それだけだ」
すべては推測に過ぎない。
だが、遠野にはそれで十分だったと思う。
遠野の瞳に輝きが戻っていた。
7749/9:03/05/27 11:07 ID:rMEHdkCJ
「今度遠野が逃げそうになったら、ケツひっぱたくからな」
「…はい」
「嬉しそうにうなずくな」
「…はいっ」
「…やれやれ」
なかば呆れつつも、ぽんっと頭をなでてやる。
ひさびさに遠野の優しい笑顔が見れたような気がして、俺も嬉しかった。
……。
…。
バスは山道を過ぎて、なだらかな盆地に入っていた。
そろそろ街も近い。
俺は後ろポケットにつっこんである人形を手にする。
遠野が手を入れてくれた人形をじっと眺めながら、俺は決意を新たにしていた。
(人形芸、もっと工夫してがんばらないとな…)
遠野の笑顔を、これ以上曇らせないためにも。