やはりあなたも長森瑞佳が大好きですか!#13

このエントリーをはてなブックマークに追加
783小さな記憶の片隅で(1/7)
 今日も、とある病院で働いている長森瑞佳。
 看護学校を卒業し、この春晴れて看護婦になった新米である。 
 彼女がこの病院に配属になって、やっと2ヵ月が経とうとしていた。
 この病院にもやっと慣れ仕事が板についてきたときのことだった。
 現在の勤務場所は、風邪や軽い怪我などで病院に訪れる人たちを
診察する場所である。
 無論診察するのは医師であり、瑞佳の仕事はカルテの整理や、患者の
呼び出し、患者への薬等の受け渡しだった。

 その瑞佳の動きが、しばし止まった。
 目の前にあるカルテの名前には、見慣れすぎた名前――
 「折原浩平」の名があった。

(同姓同名…じゃないよね?)
 住所を見てみる。間違いなかった。
 その日は空いていたので、浩平の番はすぐにやってきた。

「折原さん」
 出来るだけ事務的に、浩平の苗字を口にする。というより、浩平を苗字で
呼ぶのは初めてのような気がする。
「はい」
 待合室から、浩平の声が聞こえる。次いでガチャリとドアが開き、診察室に
入ってきた。
(わっほんとに浩平だ…)
 医師の前にある椅子に向かって歩く浩平と、一瞬目が合う。
 浩平が瑞佳に向かって、軽く目で会釈する。
 その様子を見て、瑞佳は確信した。

(浩平、絶対何かたくらんでるよ〜っ!)

 長年のカンが、瑞佳にそう告げていた。
784小さな記憶の片隅で(2/7):02/10/18 22:26 ID:9mRjfrXB
 心音を測るため、椅子の上で浩平は上半身裸になるよう言われ、
服を脱ぎだした。
「すみません。持っていて頂けますか?」
 浩平が瑞佳に言う。ワンテンポ遅れて、瑞佳が返事をして服を受け取る。
(………)
 自分の恋人が、他の人の前で裸になるのも不思議な感じがする。
 というより、あまりいい気はしない。
 瑞佳は黙って、浩平を見つめていた。すると――
「看護婦さん、僕の身体に何かついてますか?」
「長森君、そんなに見つめてたら患者さんが困るだろう?」
「えっ!そっそんなことないですよ!?」
 ちょっとぼうっとし過ぎた様だ。いきなり自分に振られ、瑞佳が驚く。
 初老の医師は苦笑していた。
 浩平も困ったように瑞佳を見ていた。しかし、その眼は、
『はっはっは!やーいやーい恥ずかしいやつ!』
 と言っているように瑞佳には見えた。
(浩平〜〜〜〜〜!!) 

 浩平の診断は終わった。
 浩平の病状は、(一応)風邪、ということらしい。
 ちょっと熱っぽくて、頭が痛い――普段の浩平なら、間違いなく
『寝てりゃ治るだろ』というだろう。
 しかし…「ちょっと頭痛と吐き気がしてフラフラする」と浩平が最後に
言った為、空いているベッドで休んでいくことになった。
785小さな記憶の片隅で(3/7):02/10/18 22:29 ID:9mRjfrXB
「長森君、折原さんを空いている病室まで連れて行ってあげてくれるかな?」
 と医師が言う。瑞佳が返事をすると、交代の看護婦が診察室に入ってきた。
 そろそろ交代の時間である。
「もう時間だから、折原さんを病室に案内したら、こっちには戻らないでそのまま
休憩入って構わないよ」
「あっはい、わかりました。…ではこちらです」
「はい、お願いします」
 ふたりは奇妙な敬語で言葉を交わすと、瑞佳の先導で、診察室から病室へ
と歩き出した。

 
 少し歩いたところで、周りに他の人がいないのを確認すると、瑞佳は歩を
緩めて、それから肩を落とした。
「こうへい〜〜〜・・・」
大きくため息をつく。
「人前であんなに見つめなくたって、いつでも見せてやるのに」
 浩平がお返しとばかりにため息をする。
「もう!わたしほんとに恥ずかしかったよ…浩平ほんとに風邪なの?」
「ああ、正真正銘の風邪だ。熱だってあったろ?」
 そういえば、体温を測ったとき37度を少し超えていた。
「なかなかしっかり看護婦さんしてるじゃないか。オレは嬉しいぞ。」
 ナース服姿の瑞佳を、改めて浩平がみる。
「ありがと。あっ病室あそこだよ」
 瑞佳が前方を指差す。
「なんだ。VIP待遇かと思ってたのに普通の病室か」
「VIPもなにも、単に休んでいくだけでしょ浩平?」
「5階の個人部屋とかなら嬉しかったのにな」
「あそこはもっと重い病気の患者さん用だよ。贅沢言わないの」
 そこでちょっと、瑞佳は違和感を覚えた。
786小さな記憶の片隅で(4/7):02/10/18 22:31 ID:9mRjfrXB
「よく知ってるね、5階のこととか」
「ん……ああ。来るときに案内板見て…それでな」
 何か歯切れが悪い。
 浩平が動揺しているように見えたのは、瑞佳だけではなかったろう。

 着いた先は、4人部屋位の病室だった。今は誰もいないらしい。
 そのうち一つのベッドを整えると、瑞佳は突然芝居がかった口調で浩平に言った。
「どうぞ!折原さん」
「ありがとうございます」
 浩平もしゃちほこばってそれに答える。
 ふたりに、自然に笑みが零れた。


 浩平が横になったベッドのそばの椅子に座り、瑞佳は楽しそうに声を掛けた。
「なんか昔もこんなことあったよね」
「ああ、小学校の時だろ?あのときは保健の先生いなくて大変だったんだよな」
「そうそうっ」
 浩平がそれをちゃんと覚えていてくれたことが、瑞佳には幸せに感じられた。
「あの時のおまえ、パニクって大変だったな」
「だって浩平、『オレはもう死にそうだ』とか言うんだもん」
「いや、本当に死にそうだったんだあのときは」
「うそばっかり」

 しばらく、ふたりは取り留めも無いことを話していた。
 浩平も、いつも通りの浩平だった。
787小さな記憶の片隅で(5/7):02/10/18 22:33 ID:9mRjfrXB
 
 時計を見やり、瑞佳が聞いた。
「わたし休憩もうすぐ終わりだけど、浩平寝なくて大丈夫?」
「ん?ああ、そうだな、ちょっと寝ようかな」
「ごめんね、話し込んじゃって…」
「オレは全然構わないぞ。じゃ、寝るな」
「うん」
 瑞佳が立ち上がる。
 浩平が、横になったままじろじろと瑞佳を見た。
「小学校のときは、未来にこんな日があるなんて、夢にも思わなかったな」
「そうだよねー」
「立派に看護婦、だもんな」
「まだ見習いみたいなもんだよ」
 浩平に見つめられて、照れたように瑞佳が言う。

 浩平が仰向けになり、天井を仰ぎ見た。
 ふっと、遠くを見るような眼になる。
 呟いた。
「オレは…退院できるんだよな」
 いつもと違うトーンの言葉に、瑞佳が一瞬「?」という表情になる。
 それから笑って答えた。
「退院も何も、浩平入院してないでしょ」
「そう…だな」
788小さな記憶の片隅で(6/7):02/10/18 22:35 ID:9mRjfrXB
 そのまましばらく天井を見ていた後、消え入りそうな声で、瑞佳の名を
呼んだ。
「瑞佳」
「なあに?」
「看護婦、頑張れよ」
「うん」
「…死にそうな奴でも、助けてやれよ」
「うん…どうかしたの浩平?」
「……なんでもない」
 浩平が横に顔を向けた。
 浩平の声に、涙が混ざっているように聞こえた。
「…じゃあ、わたしもう行くね?」
 浩平は辛うじて、ああ、と返事をした。
 布団をかけ直した後、瑞佳が歩き去る音が聞こえる。




「ダメだな、オレ…」
 呟きが涙で消されていく。
 浩平は、今この部屋に自分一人しかいないことに感謝しつつ、
 しばし――泣いた。




789小さな記憶の片隅で(7/7):02/10/18 22:36 ID:9mRjfrXB
 その日、瑞佳の勤務が終わりに近づいたとき、同僚の看護婦たちが
何かを話しているのが聞こえてきた。
「どうかしたの?」
「あっ、瑞佳。別にたいした話じゃないんだけどね――」

 話の内容はというと――5階の、今は無人である個人病室に、何故か
綺麗な花束が添えられていた、というものだった。

「誰かお見舞いに来た人が間違って置いてったんじゃない?」
「さぁ?もしかしたら色恋沙汰の名残りかもよ〜」
 同僚達がうわさ話を展開していく。
 
「…合ってるよ」
 瑞佳が、ぽつりと言った。
「え?」
「その花束、多分そこに置きに来た人がいたんだよ」
 少し、間が空いた。
「だから、合ってるよ」
 同僚達は瑞佳の言うことが良く分からない、といった風な顔をする。
「そんな気がする、だけだよ」
 明るく言った。
 同僚達はまた、勝手なうわさ話に興じ始める。

 瑞佳は窓から夜空を仰ぐ。空には、星が瞬いていた。
(はやく、浩平に会いに行こう)
 瑞佳は今日最後の仕事を片付けるため、自分の机に向かった。
 


〜終わり〜