はわわ〜っ。マルチのこと忘れないでくださいっ5.5

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[10章]

初月様と三冬さんがお帰りになられた後
私は裕さんの墓前で、じっと墓石を見つめながら
あの時の事を思い出していました。

そう、あれは、映画館の帰り…。 いつもは、私が運転をするのですが
「たまには俺もエスコートさせてよ」
という裕さんの一言で、運転をお任せした… そんな日に限って…。
スピードを出し過ぎて、雨の為にスリップした対向車が私達の車を直撃。
運転されていた裕さんは、帰らぬ人になりました。

その後は… 奥様に処分された私には分かりませんでした。
こうやって初月様にお墓に連れて来ていただくまでは。

でも……。 本当に亡くなってしまったんですね 裕さん。
私、奥様が嘘をおっしゃっているのだとも、思った事もあるんですよ。
私は主を守りきれなかったメイドロボだから
奥様がお怒りになって、新しいメイドロボを
裕さんにお付けになられたのでは? と考えた事も。

「悲しい」という感情。裕さんとのお別れによって、芽生えた感情。
そして、その後のご主人様に心底お仕え出来なかった要因。
でも、それが全てなのだろうか? 私は「悲しい記憶」が増えるのを恐れていたのだろうか?
いや、違う… それだけでは無かったと思う。

私は……。 人間の方に…。

信じていた方に裏切られるのが、恐かったんだ。

その日セリオは、夜の8時には戻ってきた。
まぁ、向こうから最終バスで来ればそんなものだろう。
家に帰って来たセリオは、どことなくぼんやりしているようにも思える。

まだ、吹っ切れていないみたいねぇ…。

「どうしたの? セリオ、元気無いみたいだけど」
わたしは、少しとぼけて聞いてみた。
「いえ、調子は良好ですが…」
セリオはいつものような調子で答えてくるが、精彩を欠いているのは間違い無く
数時間前の墓地で見たあの表情は、今は見る影も無い。
セリオが充電の為に部屋に戻った後、わたしは部屋に戻ってきた三冬姉さんに
明日の用事を頼み、ついでに聞いてみた。

「そうですねぇ、確かにセリオさん何処かお悩みのご様子ですねぇ」
やはり、三冬姉さんもそれとなく気が付いていたようだ。
知らぬは本人ばかりか… ぃや、本人も理解しているのかも知れない。
それが何なのかが分かっていないだけで。

「まぁ、後は、わたし達がどうこうできる事じゃないし
セリオ自身の気持ちの問題だしねぇ…」
わたしはテーブルに突っ伏しながらそう答える。

そのまま目を閉じていたら、眠ってしまいそうになった。
「初月お嬢様、そのまま寝ちゃったら風邪引きますよ」
三冬姉さんが揺り起こしてくれるが、わたしはそのまま起きないでいた。
姉さんに甘えているというか、たまにはこういうのもいいだろう。
そして、三冬姉さんの声を子守り歌がわりに、わたしは眠りへと落ちていった。

初月お嬢様にも困った物ですね。
私は少し笑いながらもお嬢様を揺り起こし、まだ夢うつつの初月お嬢様を
ベッドに寝かると、自室に戻りました。

翌朝、慌ただしく出勤する 初月お嬢様をお送りした後
私はセリオさんに、ある物を手渡しました。

「これは…?」
セリオさんは首をかしげ、不思議そうに私を見ている。
私が手にしていたのは、真っ赤な女物の財布と、メモでした。

「初月お嬢様からの伝言です。「途中でお花でも買って
このメモに書いてある場所に行ってきなさい」とのことです、セリオさん」

セリオさんは、メモを開いて見入っています。
多分、彼女も分かっているでしょう、メモに書かれている場所が何処なのかを。

「セリオさん、もう一つ伝言です。
「気持ちの整理が付くまで、何度でも行ってらっしゃい」だそうです」

「初月様……」
セリオさんは大きく目を見開き、一言だけ呟きましたが、石像のように動きません。

「はいはい、向こうに行くのに着替えないといけませんね〜」
仕方なく、私はセリオさんの体を後ろから押しながら、彼女の部屋へと向かうのでした。

そして…
私はまたここに来てしまいました。
多分近いうちに来る事は無いだろうと思っていた、裕さんのお墓。

「分かりません…」
思わず口に出てしまった一言。 初月様のお考えが… そして。
こうして、墓前に向かう事にどういう理由が有るのかも…。
でもこうやって、ここに来てしまう私自身が分からない。
初月様の「命令」が有ったから?

(いえ、あの方は私に薦めてくれただけ、「命令」を出しては下さらなかった)

家にいても何のお役にもたてないから?

(そうかもしれない… 家事では三冬さんに今は勝てない)

思考は繰り返されて、堂々回りになっていく。 そして……。

それとも、私がこの場所へ来る事を望んでいるの?

(…… そうなのかもしれない)

やはり、そうなのだろうか?
私はここに来る事を望んでいるのだろうか、何故?
ここには、裕さんの肉体の一部しか残っていない。
私に話し掛けたり、笑ってくれたりしていた、あの方はもういないのに。