太宰治風ToHeart

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171なっち京極風ONE
 僅か六つの、心臓に抱える疾患で苦しむ妹が在った。ほんの数箇月前には、私の見様見真似の格闘技の実験台にされる
程に、一つ年上の私の駆け回るのに一歩も遅れず付いてこれる程に――明朗で快活であった筈の、妹にさえ。
 ――永遠は訪れなかったのである。
 私の妹であるみさおが病に伏せると、母までが何処かおかしくなってしまった。妹の快癒を祈るために、快癒を齎す
為に彼女は宗教に救いを求めるようになってしまったのである。
 妹の身体が紙の様に薄ッぺらになっても、栄養状態が崩壊した為に手足を切断することになっても、その毛髪が失われ
ても――彼女は一度たりとも、見舞いにすらやってこなかった。
 私は今でも思う、母がもし、多寡が宗教如きに頼る心を捨て、只毎日妹に顔を見せに来る、それだけでもしていた
ならば――妹はずっと長生き出来たに決まっているのだ。
 私が唯一、自分以外に誰かを怨むとするなら、それは宗教如きに逃げた母以外に在り得なかった。
 兎も角、独りで逃げてしまった母以外に、妹を見舞う存在は、自分だけだった。――私は絶望と直面する。まるで
その胸に指された点滴の針から命を吸い取られているかの如くに、妹は日々痩せこけていく。嫌でもそれと直面する。
 当時高々齢七ツだった私に出来ることは殆ど無く、せいぜい無責任に「頑張れ」だとか「大丈夫だ」などと痴呆の
様に繰り返すことが及ぶ限界であった。
 私もまた傍観者に過ぎなかったのである。本当の所、母の方が幾分マシなのかも知れなかった。
 だから私は妹が授業参観に一度たりとも出席出来ずに死んでしまった時、堪らない絶望を覚えた。何の為の兄だった
というのだ、私はみさおに幸福を一片たりとも与えてやれなかったかも知れぬ。
 最後の瞬間に笑った妹の顔は、僅かな救いにさえも成り得なかった。妹は、申し訳なさで笑ったのだから。
 永遠等無い、みさおが既に私の手の届かない青に霧散してしまった様に。だから私は戒めたのだ、二度と、永遠など
夢見はしない、と。

 しかし、
 あの悲しみに耽る夜に――彼女が私の耳元で、善く通る声で、囁いたのだ。
「この世にはね、永遠というものは在るんだよ、浩平」