葉鍵的 SS コンペスレ 2

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244命  (1/34)
「耕一さん……」
はぁ、ふっ…、と、夜の闇に包まれたベッドから、
少女の、艶を帯びた声がしていた。
肩の上できれいに切り揃えられた髪をシーツに散らし、
はだけた乳房を左手で撫でさすっている。
右手は、ショーツの中に潜っている。
頬が、次から次に溢れる涙で、幾筋にも濡れていた。
「じ、ろ……うえもん……」

水辺にほど近い大地の上に、月光に照らされる屍が、ふたつあった。
ひとつは、妙齢の美しい女性の、事切れた姿。
もうひとつは、化け物、としか言いようのない巨体の、やはり事切れた姿。
そして、その傍らで哭く、それと相似形のもう一体の巨体があった。
憤怒…慟哭…悲嘆……。
すべての感情を吐き出すようなその大音声は、
夜のしじまに、いったい何十キロに渡って轟いているだろうか…。


 ■ 屍(かばね)、三つ


『さて、またも、連続惨殺事件に新たな犠牲者です』
夕日差す、商店街。
電器店のTVの中で、キャスターがニュースを読みはじめていた。
殺人現場は、ここから、ほんの数キロの距離だ。
雑踏の中、セーラー服の女子高生がひとり、その声に足を止めた。
柏木梓。
瞳に、暗い影がある。
叔父を、長女を失った柏木家の、現在の家長とも言うべき、最年長者だ。
245命  (2/34):02/07/20 07:14 ID:CljgkmMK
 
 
あの絶望の朝から、早一年が経過していた。
姉、柏木千鶴の死。傍らには柳川という見知らぬ刑事の遺体。
そして、姉とともにあの日柏木家から姿を消した、
いまだその行方の知れない梓の従兄弟。
重要参考人、柏木耕一──。

葬儀。埋葬。警察の事情聴取。
すべてが嘘のような日々。
五人から……いや、亡くなったばかりだった父代わりの叔父、賢治も含めれば、
六人から三人になってしまった、からっぽの柏木家。
三女、楓は、めっきり自分の部屋から出なくなった。もうほとんど会話もない。
四女、初音は最初は素直に感情をあらわにして、泣き崩れた。
しかし、それも最初の一日だけ。
翌日からは、けなげに最年長者梓に陰日なたなく寄り添って、励まし、助けてくれた。
それが、余計に切なかった。
姉千鶴が取り仕切っていた鶴来屋は、さすがに高校生の梓には背負えない。
賢治と姉を助けてきた足立が、現在のところすべてを任されてくれている。
梓は、陸上部を退部した。高校にも、今年になって学校側から再三言われ、
懇意にしてくれる足立に説得されるまで、ほとんど出なくなっていた。
空いた時間すべては……、行方不明者、柏木耕一の捜索に費やしていた。
246命  (3/34):02/07/20 07:15 ID:CljgkmMK
 
 
“近い──!”
梓は、街の中を走り出した。
滑るように。飛ぶように。
その速さが人間離れしていることに気付いた数人の通行人が、
振り向いて目を丸くしていた。
ほんの十分ほどで警察が封鎖線を敷いた現場に到着すると、
さらに神経を研ぎ澄ませ、目標の行方を追う。
走る。走る。跳ぶ。
“────!”
この地球で自分たちしか嗅ぎ取れない、ある臭いが、梓の超感覚に捉えられた。
同族の、臭い。
全力疾走で高まった鼓動が、さらに大きく、梓の体内で脈打ち始める。


互いの血に染まって地に伏していた千鶴と柳川。蒸発した、耕一。
誰が、誰を殺したのか。
警察は当然耕一の行方を追ったが、梓は、警察より先に耕一の姿を捉えたかった。
だが耕一は自分のアパートにも戻らず、それどころか
地上に一切何の痕跡もあらわさなくなってしまった。
しかし梓は確信していた。耕一は千鶴を殺しなど、決してしていない。
なんの証拠もなかったが、梓の胸の中には、ある根拠と確信があった。
刑事、柳川。この男が、姉千鶴を殺した犯人。
そして、柳川は自分たちの同族。──鬼の血を引きし者。
同族でなければ、長姉柏木千鶴を、殺せるはずがない。
そして……。
あの日から一年たち、二ヶ月前からまた新たに発生しはじめた、連続惨殺事件……。
247命  (4/34):02/07/20 07:15 ID:CljgkmMK
一年前に起きていた事件は、柳川の仕業だったのだ、おそらく。
鬼の血をコントロールできなくなった同族の男の宿命。残虐な狩猟本能への敗北。
おそらく姉は一族の長としてその始末に向かい、──落命した。
そして千鶴の後を追ったか同行した耕一が、柳川を殺害したのだろう。
…鬼となって。
人間のままで、耕一が鬼と化した同族を殺せるはずがないからだ。
これが、耕一を追いながら一年、考えに考え続けて梓が辿り着いた推測だった。
一年前の連続殺人は、柳川の仕業。だとしたら。
だとしたら、現在の事件は……。
梓は、決意していた。
千鶴姉がいないなら。あたしが。…一族の始末を付けなければならない。


人家もとうに途切れた森の中でついに背中を見つけて、
梓の心は思わずひるみそうになった。
落日後の森の中は暗黒に閉ざされ、わずかな月明かりが差すばかり。
目に見えるものではなく同族の臭いを追わなければ、決して発見などできなかった。
“耕一──”
一年ぶりの、万感の思い。
そして…、その背中が、まるで人間のそれではなかったことへの、恐怖。
予想していたとはいえ……。
梓は、唾を飲み込むと、川の水を飲んでいるらしいその背に向かい、立った。
みつけたら、どうするのか。
そのことばかり考えて、一年。梓はいざその時どうするか、決めていた。
「こういち」
声を、かけた。
水を飲む動作が、無言で、止まった。
248命  (5/34):02/07/20 07:16 ID:CljgkmMK
「耕一。…心配するな。あたしだよ。梓だ」
ふつうに。まるで、何事もなかったように。
「げん、き、だったか? し、心配したんだぞ」
ゆっくり、その背中が、振り向いた。
その姿があらためて人間のものではないのを確認して潰れそうな心を、
必死に奮い起こす。
全身毛で覆われた巨体。
柏木耕一の面影など、わずかな月明かりの下、まるでみつからない。
赤い目に、強烈な敵意と殺意が宿っていた。
「なあ、ひさしぶりなんだからさ。まず一旦帰ろうや。ウチに。
楓も、初音も、することもなくて一日中退屈してるんだ。
またいっしょに、遊んでやってくれよ」
──二ヶ月間に殺害された犠牲者、十四名。
「あたしも、ひさびさになんか美味いもん作ってやるからさ」
ほぼすべての犠牲者に、捕食の痕(あと)、あり。
「……それに、千鶴姉も……、待ってるんだ……」
巨体は、何の反応も見せずに、ゆっくりと近づいて来ている。
「……お線香、あげてやってくれよ……千鶴姉にさ……」
すさまじい咆哮が、梓の鼓膜を打った。
巨体が跳び、目の前にいる人間を、太い腕で薙(な)いだ。
だが、薙(な)いだかに見えた化け物の腕は、空を切っている。
化け物が、見上げる。梓の身体は、すでに真上の樹上にあった。
「…駄目か」
予想の範囲とは言え、その反応への無念さに、梓は唇を噛んだ。
どの言葉にも、理解した反応が返って来なかったのが悲しい。
もう、人語さえ解さないのだろうか。
それとも、柏木家を忘れ、自分が誰かをも、忘れてしまったのか…?
鬼の本能に、狂わされて。
249命  (6/34):02/07/20 07:20 ID:ECa9sZ/0
梓は、覚悟を決めた。
みしっ…、と、梓の立つ太い枝が、急に重みに耐えかねたかのように大きくしなった。
灼光が、梓の瞳に宿る。力のこめられた指先に、冷たい緊張感が走る。
(千鶴姉がいないなら、あたしが……始末を付けなければならない)
脳みそから追い出しておいたはずの、耕一の笑顔が、
耕一との懐かしい他愛ない日常が、一瞬梓の脳裏によぎって、躊躇をもたらす。
だが首を振って、あえて一年前の事件の犠牲になった部の後輩のことを思い出した。
耕一の犯した罪の分だけ、あの悲しみが増えて行く。自分たちに流れる血のせいで。
梓は、跳んだ。
(耕一……!)

 * * * *

戦いは終わった。
ぽとぽとと、数滴の血が足の爪先から零れ落ちている。
……ボロボロに傷ついた梓は、両手首をまとめて掴まれ、
鬼の右手一本に釣り下げられていた。
梓と鬼との戦力の差は、圧倒的だった。梓が、弱いのではない。
腕一本、指一本失わずに済んでいることが、梓の強さの証明である。
しかし、顔は腫れ、制服は無惨に切り裂かれて、血を滴らせている。
身体のあちこちには無惨な打撲傷の痕(あと)。
おそらく、骨の何本かは折れているかもしれない。
「………ぅ……」
(終わりだ)
(…駄目、だった)
(自分のできることは精一杯したけど……。駄目だったよ、千鶴姉………)
千鶴と同じ処(ところ)に行くのか。
痛みで靄(もや)がかかる頭に生じたのは、
胸を刺すほどの、悔しさ、そして自分への怒りだった。
250命  (7/34):02/07/20 07:21 ID:ECa9sZ/0
だが鬼は、梓に留めを刺さなかった。
セーラー服の襟元に手を掛けると、そのまま、思い切り、引き裂く。
「…きゃ…ふっっっ!?」
梓の肌が多少傷つくことなどになんの頓着もせず、肌着を、下着を、
あげく靴下まで引き裂いて、梓の裸の肌をあらわにしてゆく。
「あっあっ……、う──っ!!」
ショーツまで爪の先でぴっぴっと切ると、そのまま爪にくるくると巻き付けてはがす。
一糸纏わぬ裸体に、した。
(あああ……!)
耕一との再会における、最悪の予想のひとつ。
女性の犠牲者たちのほとんどは、犯人に犯されていた。
(嫌だ! 嫌だぁっ!)
耕一でなくなった化け物に犯されるなど、絶対に嫌だ。
鬼は、梓の白い両足を掴むと、大きく開く。
その真ん中に顔を近づけて、鼻を、ひくひくと動かす…。
…そこの臭いを、嗅がれている。
恥ずかしさで、焼け焦げそうなほどの熱い屈辱感が、梓の胸に込み上げる。
梓の衣服の切れ端を爪の先や肩にまとわり付かせたまま、
鬼は、白い裸体を地べたに組み敷いた。
草むらの中に、梓の裸の身体が沈み込む。
鬼の股間にそそり立った人外のものの、その巨大さ。
あれを自分のそこに入れようなどとは、無言の冗談にしか思えない。
しかし、開かされた股間に、熱い拳のようなそれは、押し付けられた。
「…ひ……」
犠牲者たち。そしてそのひとり、梓の後輩。
力ある身の自分が、結局は無力な彼女たちとまったく同じように犯される。
死にたいほどの、屈辱感だ…。
「…ゃめろ…っ…」
夜空に、殺されるような少女の悲鳴が響いた。
251命  (8/34):02/07/20 07:21 ID:ECa9sZ/0
 
「…ぁ……ぁ……ぁ………」
すでに、そこには、梓のその部分の形が変わるほどの太さの剛直が、
めりめりと音を立て、根元まで埋め込まれていた。
股間の皮膚が、緊張で突っ張っている。
血の筋が一条、梓の白い太股を汚していた。梓の、一生に一度の破瓜の血だ。
強制的な、結合。
自分のそこが今どうなっているか、梓は、恐怖で想像もしたくない。
死ぬ、殺されると思うほどの激痛。女子高生の股間は、文字通りの、串刺しだった。
生理の時以外ろくに気にしたこともなかった陰部がいま、
人生最高の痛みの発生源となって持ち主の少女を責め苛(さいな)んでいた。
生まれて初めての、体内の熱い熱い挿入物の感触が、異様に生々しく伝わって来る。
挿入、そして抽送という、女としての初めての経験。
レイプ……、望みもしない女が、突然、望みもしない相手に
つがいの相手の雌ということにされ、交尾をさせられる屈辱の虐待。
梓はいま、我が身でこの上なくそれを実感していた。
自分の性器に埋め込まれているのは指や無機物などではない。
耕一の性器なのだ。
252命  (9/34):02/07/20 07:22 ID:ECa9sZ/0
 
 
かちゃ…。
梓の手が、勝手に受話器を電話に戻していた。
一年前の、あの朝。
警察から受けた電話の内容が、梓の身体と心を麻痺させていた。
ふらふらと廊下を進んで最初に行き当たったのが、耕一の部屋だった。
……耕一………!
すがるような思いで襖(ふすま)を開けた梓が見たものは…、乱れた、無人の布団。
そして、布団の残り香。男女の体臭。……姉、千鶴の香り。
梓は、ふたりが結ばれたことを知った。昨夜。ここで。
電話の内容とはまた違うレべルのショックが、梓を硬直させる。
身体を支える力が、今度こそ萎えた。そのまま、その場に崩れ落ちた。
秘めていた、恋心とともに。

耕一は、千鶴を殺してなどいない。
梓に確信をもたらしたその根拠は、この朝知った、この事実だった。
耕一と千鶴のふたりは、愛し合っていたのだ。
253命  (10/34):02/07/20 07:22 ID:ECa9sZ/0
 
 
ぐりぐりと何の情緒もなく、ただ己の快感だけを求めて
梓のそこを突き込み続ける、鬼の剛棒。
しかし、形こそ変わり果てたとはいえ、それは恋慕う相手のそれ。
激痛…。犠牲者の女性たちと同じ行為を自分も受け入れさせられる屈辱…。
しかし、梓を苛(さいな)んでいたのはそればかりではない。
思い人のものを受け入れていること。
実の姉があの日受け入れたものと同じものを、
姉妹ふたりして受け入れてしまったこと。
それらすべてが渾然となって、梓の心を千路に乱しているのだ。
そんな持ち主の惑乱とは関係なく、梓の膣は、生まれて初めて射精を受け止める。
「ふぐぅぅ…ぅぅあぁ……っ」
口からは、絶息したような呻き声が漏れる。

一時間、二時間…。
空に垂れ込めてきた暗雲から微かに覗く月の位置から察するに、
凌辱の開始からすでに三時間は経過しただろうか。
だが、三時間どころか、梓にとっては永遠にしか感じられない時間だった。
ずっ。ずご…。
人体が発するとは思えないすごい音をさせながら、梓の股間から、
鬼の極太のものが引き抜かれる。
目の前で自分の中から引き抜かれているのに、まざまざと見せ付けられると、
あらためて自分に入っていたとは到底信じられない巨大さだった。
まるで、自分の内臓を無理矢理引き抜かれたかのような感覚だ。
数時間前まで秘めやかに閉じていた梓の処女地は、いまや、
抜かれてもぽっかりと口を開け放したまま、夜の空気を熱い梓の胎内に送っている。
剛直の表面は、梓の大切な破瓜の血、何度も何度も膣内で発射された大量の精液、
そして梓の女の身体が仕方なく分泌した潤滑液、
それらすべてがまだらに交じり合って、どっぷりと汚れている。
254命  (11/34):02/07/20 07:22 ID:ECa9sZ/0
鬼は自分のものを、梓の白い腹や陰毛になすり付けてそれを拭き取ろうとしたが、
上手くいかないのか、ずい、と梓の顔の前に突き出してきた。
(…まさか、舐めろっていうのかよ……)
凌辱の最中、抵抗を試みる度に豪腕で二度、三度と顔を張られ、
意識すら何度も失いかけた。抵抗する気力など、すでに根こそぎ奪われていた。
戦いによって、自分たちふたりは、勝者と敗者に分かたれたのだ。
そして、敗者となった自分には、
従容として敗者としての屈辱を味わうことが求められている…。
ぼうっとした頭で、そんなおかしなことを思った。
舌を、伸ばす。
初めての、男根。すごい味がした。
自分の味と、鬼…耕一の精液の味。その他、様々な野卑で生臭い味。
人肌の肉塊を舐める。惨めに、舐める。泣きながら、舐める。
戦いのダメージを負ったまま受けた、長時間の凌辱。
普通の人間なら、衰弱死していてもおかしくはない。
しかし、梓はまだ生きている。
その部分も、けなげにもギリギリ裂けはせずに耐え切った。
これだけ長時間の凌辱に耐えられた、普通の人間とは違う自分の強靭な肉体に、
感謝していいのか、絶望すべきなのか。梓の考えはまた混濁してゆく。

数時間に渡ってひたすら剛直を抽送され、
さながら生きている性の壷のように扱われながら、梓は考えていた。
これは、罰なのだと。
一年前、起きている事態に気付かず、何もできなかったことへの罰。
耕一をすぐに発見できず、取り返しの付かない罪業を背負わせてしまったことへの罰。
いまこうして敗れ、自らの最低の責務を果たすこともできずに犯されている
無力さへの、罰。
255命  (12/34):02/07/20 07:25 ID:bZsrWdIn
もし、鬼の血同士が引かれ合うのだとしたら……。
何故これまで耕一が姿を現さなかったのかはわからないが、
いずれ確実に、楓や初音、妹たちにもこの鬼の手は及ぶだろう。
(嫌だ……!)
剛直の鈴口をれろれろと舐め、溢れる残液を舐め取りながらも、
梓の頭は、ふいにかっと熱くなった。
思い余って、頭を上げ、剛直に、噛み付いた。
だが鬼はついっと剛直を避けさせると、またしても轟音を立てて梓の頬を張った。
頬を、というより頭部全体を、だ。衝撃で一瞬、天地もわからなくなる。
梓が鬼に敵わなかったのは、目に見える身体能力だけではないのだ。
その上でまた眼前に差し出される剛直。
ようやくそれが梓の目に像を結ぶようになると、
梓は、諦念の表情で悪臭のする亀頭全体を唇の中に迎えた。
敗北感が、世界中から独り置き去りにされたような、惨めな孤独感を呼ぶ。
しかしその敗北感に、胸がじんとするような一種甘い感覚をかすかにおぼえるのは、
梓の、Mとしての目覚めだった。だがそこまでは、本人は知るよしもない。
やがて梓の惨めな奉仕に満足すると、鬼はふたたび梓の足の間に割り入った。
おそらくは、膣内射精のし過ぎで抽送が滑り過ぎるようになったのが
気に入らなかっただけなのだ。
梓は、自分の人差し指と中指で自らの襞を開き、それを待ち受ける。
雄(オス)を欲しがっているのなどでは、決してない。
あれほどの太さの剛直を何も考えずにめり込まされると、
周囲の毛や、あるいは襞(ひだ)をもかなり奥まで巻き込んでの挿入になって、
ひたすら痛みを伴うことがあるのだ。
そんなことを学習させられた、被レイプ者の女としての悲しい自衛行動だった。
ぐいぐいと押し付けられると、また(無理だ…)としか思いようのない
太い太いものが、梓に受け入れをせがんでくる。
それを自分のものが飲み込んでゆく恐ろしい光景は、
自分のことなのに、まるでフィクションの映像のように現実感がなかった。
256命  (13/34):02/07/20 07:26 ID:bZsrWdIn
鬼は、新しいいたずらを仕掛けてきた。
太い指を一本、梓の後ろの穴に入れて責め苛(さいな)むのだ。
「ひァッ………!」
そこまでするか……!という怒りが梓の胸に湧き起こる。
もはや、ほぼ無抵抗の犠牲者に、そんな下劣なことまでして、いじめるのか。
交合を繰り返す中、鬼は決して知能を失っているわけではなく、
こうした行為を仕掛けて人間のように喜ぶ自意識があるのを、梓は知った。
(こんなことはするのに、耕一の意識は残っていないのかよ!)
無念で、泣けた。
三時間前にくらべ、比較的スムーズに動くようになった剛棒と、
いたずらを仕掛ける指を、梓は同時に必死で受け止める。

どく……どくん……。
べろべろと頬や乳房を舐められながら、もう何度目かもわからない射精を、
しっかり膣内で受け止めさせられる。
と……、ぐるぐる……という、暗い響きの音が、鬼の腹から響いた。
「………?」
ようやく抽送が終わって荒い息をついていた梓が見上げると、
鬼は、口をだらしなく開け、だらだらと梓の白い腹に大量のよだれを零していた。
ぐるぐるぐる……。
何が起こっているのか、目の前の光景を理解した梓の頭の中が、白く漂白されてゆく。
(空腹……。食われるのか、あたしも、とうとう……)
つい数時間前の殺人。その時は、市街に近過ぎてあまりにも早く人が来、
おそらく鬼は、腹を充分に満たす間もなかったのだろう。
果たして、鬼は大きく口を開けると、
凶凶(まがまが)しい牙で、梓の裸の肩にかぶりついて来た。
…人間の絶命の瞬間の凄まじい悲鳴が、森の中にこだまする……。
257命  (14/34):02/07/20 07:26 ID:bZsrWdIn
「…………」
一瞬気を失った梓は、虚ろな目で、噛まれた肩を見ていた。
…ぺろぺろと、鬼が、いたわるように、噛んだ痕(あと)を舐めていた。
「……………………こう、いち?」
何故か、その名前が口から出た。
何の反応も見せずに舐め続けた鬼は、やがて、ぶふっ!と
嬉しそうに鼻音をたてると、また無理矢理梓の中からおのれを引き抜いた。
(殺されない……? 食われない、のか……)
その瞬間、梓を支配していた絶望に、ゆらぎが生じた。
もしかして、あたしだってわかったのか?耕一。
それとも、あたしが同じ血族の雌だから、気が変わっただけ、それだけなのか。
じゃなければ、他になんの理由が……。
「あンッ」
梓は引き起こされると、白い裸体を艶めかしく揺らしながら、突き飛ばされた。
そこにあった大きな石を抱かされ、後ろから尻をまさぐられる。
「なっ、何っ……?」
さっきと違い、今度は二本以上の指で、後ろの穴を広げられたり、いじられたり。
そして鬼はあろうことか、そこに、後ろの穴に、野太い剛棒を押し付けてきた。
「嘘」
めりっ……。
「わああああぁぁああぁぁあぁぁぁぁっっっっ!!!!」
鬼は下卑た笑みらしきものを浮かべたまま、膣の時と同じように
なんの加減もなく腰を押し込んで来る。
「無理! 無理だよっっ! 耕一! 耕一っっっ!!!」
しかし、主人の恐怖にも関わらず、梓の後ろの穴は、小さなみずからを
切れる切れないの限界まで勇敢に精一杯広げて、その太いものを迎え入れつつあった。
「嘘だ嘘だ嘘だ……ああぁ……」
叫ぼうが、抗(あらが)おうが、それはぐいぐいと入り込んで来て、
……ついに、梓と、ひとつになった。
258命  (15/34):02/07/20 07:27 ID:bZsrWdIn
「はぁぁぁ……っっ」
今度は尻を串刺しにされると、梓は軽く片腕で抱え上げられた。
そこでしっかりと咥え込んで俺から離れるな、とばかりに、
鬼は、そのまま乱暴に走り出す。
(ど、どこ…へ……?)
──街へ。

市街に出て最初に、肉の焼ける匂いでいっぱいの何かの屋台に出くわし、
それを襲って鬼が腹を満たさなければ……、おそらく梓は、目の前で人間が殺され、
食われるという、最悪の光景を目にしなければならなかったろう。
しかし信じられないことに、腹を満たした後も、
鬼は、はしゃぐように夜の街の中を跳ね回り続けた。
これまでどの殺人も人目を避けてし、人目に触れる前に現場を立ち去り、
警察にも、梓にも、決しておのれに近づかせなかったはずなのに……。
自分を手に入れて……あるいは、同族の雌を手に入れて、
それほど浮かれているのだろうか。
それとも、知能まで日一日と低下させつつあるのだろうか……。
梓にとっていまは、死ぬような思いだ。
いまだ貫かれたままの肛門から、鬼が走り、跳ねる度、堪え難い衝撃が走る。
もしこの体勢のまま転げ落ちたらそこが裂けるかもしれないという恐怖で、
梓は鬼の太い腕に必死にしがみつき、懸命に尻の穴に力を込めて締めている。
まだ宵の口と言っていい時間だ。街は当たり前に人が行き来している。
その中を、化け物が裸の少女を抱えながら走る。
驚愕や恐怖の叫び、そして人の目、目、目。
(嫌ぁぁぁあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!)
陰毛が、生の乳房が、街の風に触れる初めての経験。
何一つ隠すものもない全裸で。尻の穴でけだものの性器を受け入れさせられながら。
梓は、彼らの目の前を通り過ぎる。
自分の大振りなバストと、その先端の少し大き目の乳首が、
鬼が走るのに合わせてたぷたぷと揺れるのを、頭を痺れさせながらみつめる。
259命  (16/34):02/07/20 07:27 ID:bZsrWdIn
鬼の腕を抱えながら、梓は、両手で自分の顔を覆い隠して
すべての視覚情報を自ら消し去った。
……なんだあれはよ! 化けモンか!! ……おい、あれ裸の女だろ!今見たか!?
……ケツの穴に入ってなかったか!?ケツ! ……マジかよっ!
そうしたところで、自分が何もかもを丸出しにしているのは、変わらないのに……。

ある場所の前で、鬼はしばし足を止め、梓の尻の穴に抽送をするのに集中し始めた。
ざわめきは梓の耳にも届くから、まだここは、街中だ。
(ヤだ……。もうヤだよ……)
泣きじゃくる梓の両手を、鬼は、梓の顔から無理矢理引き剥がした。
「ぁはッ……ヤぁあっっ!!」
梓が目の前に見たものは、大きな白い女の股間と、尻に突き刺さって
そこをほじる生々しい巨大な男性器と……。
電器店の店頭のムービー・カメラの展示で、自分たちの交合が
大画面のTVに映し出されている光景だった。
ガラスのショーケースには、背後に数十人の野次馬が集まっているのが映っていた。
「あ……あぅ……」
ぶるぶると身体が震える。もう、梓には泣くことしかできなかった。
いろんな液体で汚れた、ピンク色の襞で出来た股間のクレバス。
その下で、上下に動き続ける剛棒をパンパンに張って咥え込んでいる、排泄器官。
どちらも、自分のものだ。
自分もものが、街頭のTVに映って多数のギャラリーを集めているのだ。
「やだ……ヤだ、ヤだ、ヤぁ……」
子供帰りを起こしたかのように、梓はイヤイヤを繰り返す。
しかし同時に、亀頭を舐めさせられた時の胸のうずきを、
今度は、尻に突き込まれる度に感じてしまう。
鬼はぶふっ、ぶふっ、と時折嬉しそうに鼻を鳴らしながら、
ぐいぐいと卑猥な動きで腰を振り続ける。
(やめて……)
260命  (17/34):02/07/20 07:28 ID:bZsrWdIn
セックスの街頭生実演。街中で、素っ裸で、
こんな猥褻行為を見られているのが自分だなんて、まだ信じられない。
鬼の力に破れ、心も折れてしまったら、梓に残されたのは
ただ年相応の、年頃の女子高生の生身の姿だけだった。
どぷっ!!
初めての肛内での射精を、一瞬まるで自分の腸が爆発したように感じ、
その恐怖はついに、梓を、失禁させた。
「あぁ…あぁ…あぁ……」
自分の目の前で、さらにモニターの中で、そして…大騒ぎしながら見守る
数十人の群集の前で、股間の縦筋から恥ずかしい液体の放物線が描かれる。
胸を焦がす羞恥心と、痺れるような絶望と開放感を感じながら、
梓は、この電器店が、今夕あのニュースを見た電器店だとようやく気付いていた。
まさか、こんな風に戻ってくることになるとは……。
自分を抱え刺し貫いているこのけだものは、
もはや狩りと捕食と性的加虐以外すべてを喪失した抜け殻のような存在なのか、
それとも、耕一はまだどこかに生きていて、この行為すらかつての耕一の名残──
例えば、梓をからかっていた姿が奇形化して表出したものなのか……。
後者である自信は、もう、梓にはなくなりかけていた。
261命  (18/34):02/07/20 07:28 ID:bZsrWdIn

 * * * *

跳ぶ。跳ぶ。
木々に掴まり、岩を蹴り、鬼は、梓を抱えて夜の山中を跳ぶ。
いや、もはや、木々を走り渡って飛んでいると言ってもいい。
さすがに悪ふざけをお開きにした鬼は、またも警察の出動以前に山へ入っていた。
その移動力は、梓の想像を遥かに越えていた。
すでに、いくつの山を越えたろうか。県境すら、間違いなくとうに過ぎている。
あの街からすでに、直線距離で百km以上は移動しているだろう。
激しい昇り下りがあり、木々が茂る、百kmの道無き道を、
鬼は、わずか三時間ほどで移動してのけた。空を飛ぶ乗り物でなければ、
山間をこれ以上のスピードで移動できるものは有り得ない。
見慣れた杉や松が、森から消えた。林業圏からも遠い天然林、
登山家すら訪れようとはしない秘境、最奥地へと、鬼は入ってゆく。
鬼が、警察の捜査に掛からなかった理由、
梓が、一年かけて探してもついに見つけ出せなかった理由が、これだった。
まさか、これほど隔たった地に棲みつき市街と往復しているなどとは、
誰も思わなかったのだ。
跳んだ足元に、梓は、一度、月明かりに照らされた熊らしき大きな死骸を見た。
捕食された痕(あと)が、あった。
熊を殺して捕食する動物など、日本にはいない。
一年前、山へと去った鬼は、しばらくは近隣の野生動物たちを食らっていたのだろう。
ついにそれを食い尽くして、二ヶ月前、今度は人間を襲うために姿をあらわした……。
おそらく、間違いない。
一度細い谷を跳び越えた時、一瞬で通過したにも関わらず、
むわっとした腐敗臭が梓の鼻をついた。
おそらく、そこが鬼の食べ滓(かす)の捨て場所なのだ。
その証拠に、谷を越えてすぐに、月光に照らされた洞窟が見えた。
隠れ家にはおあつらえ向きの場所だった。
262命  (19/34):02/07/20 07:29 ID:bZsrWdIn

鬼に抱きかかえられ、梓は、洞窟に運ばれてゆく。
あそこに連れ込まれたら、おそらく、もう二度と、出られない……。
もう二度と、楓にも、初音にも会えない、とふと思ったら、急に涙が込み上げてきた。
その前に梓は、確認したかった。
このけだものの中に、わずかでも、耕一は生き残っているのか?
それとも、ここにいるのは、ただの抜け殻なのか?
(あたしだったから、殺さないでくれたのか……?)
ふっと私情がよぎって、そんな自分の弱さを悔しく思う。
梓は、だが、考える。耕一は、姉、千鶴と愛し合っていたのだ。
最も愛していたものを地上から失った時、耕一を人間に繋ぎ止めておくことが
できるようなものは、無かったのではないかと。
耕一は、…耕一と呼べるものは、あの日、千鶴とともに逝ったのではないかと…。
「耕一」
梓は、手に持ったものを、鬼の目の前にかざした。
山に戻る前、あれほど暴れ回っても、奇跡的に鬼の身体にはまだ
梓の衣服の切れ端が一枚、残っていた。それは、制服の上着。ポケットが付いた部分。
それが飛び去る寸前に運良く掴み、梓は、ポケットの中身を取り出していた。
パスケースだ。そして、さらにその中には……。
月光は梓の手元を照らしている。鬼の視力なら、見えるはずだ。
梓が、あの日から一年間肌身離さず手にしていたもの。
姉の一番美しい笑顔の、ポートレイトが……。

鬼は、煩(わずら)わしそうに梓の手を顔の前からはたき出した。
ポートレイトは風に乗って梓の手を離れ、そして、
“くしゃっ”という音が、歩みゆく鬼の足元から、梓の耳にまで届いた。

いま自分を抱いているものが、一年前のあの日大地に横たわった
ふたつの屍と同じ日に死んだものであることを、こうして梓は、知った──。
263命  (20/34):02/07/20 07:29 ID:bZsrWdIn

 
 ■ いのち、三つ


その夜、彼女はついに、あふれた。


真っ黒な雲が夜空に湧き出し、先ほどまで差していた月光も、もはやない。
曇天の下を、木々を撫でる微かな風のように、少女がひとり、無言で歩んでいた。
彼女の視界に、見えてきたものは──洞窟の入り口。
「…………」
さわさわさわ……、と夜の風は黒髪を撫で、木々を静かに騒がせる。
似合いの黒のノースリーブのワンピース。
しかしそれは、とてもこの場に相応しい姿とは言えないだろう。
柏木楓。
一年がたち、少女は、大きな成長期を迎えていた。
背も、生前の長女ほどに伸びていた。
華奢さはそのままだが、年より下に見られることも多かった
以前の幼げな面影は、消えゆきつつある。
すらりと伸びた白い手足。
大人びた横顔。
瞳には、憂いの陰(かげ)。

暗黒の洞窟内から、動物の太い唸り声がする。
近づくものへの死の警告であるその地上で最も危険なサインを耳にしても、
楓は、表情を動かさなかった。
ただ、足を止めて待つ。
柏木耕一が、自分の前に姿を現すのを。
264命  (21/34):02/07/20 07:30 ID:bZsrWdIn

鬼の巨体が、闇から染み出すように無音で歩み出てきた。
股間を突き刺した白い女体を抱え、その手足を自らの身体に淫らに絡ませながら。
「……ぅ……ぅ……」
虚ろな眼差しをした梓が、やがて意識を戻し、そして目にした光景に、息を呑んだ。
「……か……、楓…っ!?」
当然だろう。
登山者も近づかない神域の如きこの山内に、妹の姿。
山地にまるでそぐわぬその姿を見て、我が目を疑わないはずもない。
幽霊を見た瞬間の人間の顔だ。
「……姉さん」
しかし、その声はやはり柏木楓だった。
「……姉さん。生きていてくれて、良かった」
初めて、楓の表情がほぐれた。ちょっとだけ、今にも泣きそうに。
「どうやって、」ここまで、という言葉を飲み込んで、梓は妹に向かって叫んだ。
「駄目だ! 逃げろっ! こいつはもう、耕一じゃないんだ!!
ただ人間を犯し、食らうだけの……人間にはもう戻らない怪物なんだよ!!」
姉の目は必死だった。妹が生命の危機にあることに突然気付いた、必死の目。
しかし、楓は動かない。
「ごめんなさい姉さん。
でも、私いま……命をかけて耕一さんの前に立っているんです」

くい、と楓が顎を上げ、瞳を閉じて息をひとつつくと……、
それは、楓の周りから柔らかく広がっていった。
あっという間に鬼を、梓を包み込む、それ。
物質では無い。それは、柏木楓の思い。柏木楓の、こころそのものだった……。
265命  (22/34):02/07/20 07:30 ID:bZsrWdIn

 * * * *

こういちさん。
耕一、さん。
私、会いに来ました。あなたに、会いに来ました。
これが、最後かもしれないから、会いに来ました。


楓は、自分のこころが鬼を包み込んでゆくのを確認した。
そして、流れ出す優しい怒涛。
それは、柏木楓の記憶の奔流……


数百年前、いずこよりか流れ来た、鬼の一族。
人を襲い、人を狩り、人を食らう…。
だが、ひとりの鬼の少女と、討伐に来て深手を負った侍が出会って、
すべては始まった。
許されぬ恋。しかし、固く結ばれた、ふたりの恋。
楓の脳裏に描かれたそのふたりは…、
柏木楓にうりふたつの少女と、柏木耕一としか見えぬ武士だった。
ふたりは、絶望的な種族同士の垣を越え、争いを収めようとしたが……、
それに対する報いは、鬼たち自らの手による、少女への死だった。

「…忘れるな、忘れるな。たとえ生まれ変わっても、この俺の温もりを……。
…きっと迎えにいく。…そして、きっとまたこうして抱きしめる…」
「…忘れない。私も、あなたのこと…決して忘れない……。
ずっと待ってるから。あなたに、こうして、抱きしめてもらえる日を……」
266命  (23/34):02/07/20 07:31 ID:bZsrWdIn

少女の姉たち──千鶴と梓の似姿のふたり──すら、
少女の命を奪ったことを悔いつつ、鬼たちに粛正され、死んでいった。
そして、少女に命を救われた時、鬼の血、鬼の力を受け継いだ侍が、
最後にひとり残った少女の妹──四女、初音の面影の少女──の助力を利用し、
鬼たちを、ひとり残らず攻め滅ぼす……。
そしてひとり残った妹と、侍、次郎衛門が、この地に鬼の一族の血を残した。

それは、「雨月山の鬼」の物語と題され、現代にも御伽噺(おとぎばなし)として尚
語り継がれる事件……。


そして楓は現代に生まれた。
何も知らずに、温泉旅館のオーナーの三女として。
何も知らないのに、楓が惹かれたのは──やはり耕一だった。
ただいっしょにいることが楽しいだけの幼い季節が終わり、
でも、この、胸が苦しくなる気分が恋だということもまだ知らない頃、
最初のそれは起こった。
夢のようで、夢では無い。現実と同じ空気、リアルさの「夢」。
自分が、自分たち家族が、鬼の血を引いていることを知る。
夢は夢では無く記憶であり、事実であることを知る。
そして、現実が、夢の続きだということを、楓は知った……。

悲しい出来事。一族の男は、人と鬼の血の狭間で苦しんだあげく、死んでゆく。
両親はそうして逝った。そして、耕一にもその運命はいずれ訪れる。
耕一の記憶が甦(よみがえ)れば、ふたりは結ばれるだろう。
しかし耕一の記憶が甦(よみがえ)れば、耕一の、鬼の血との勝ち目の薄い戦も、始まる……。
前世の思いは甦(よみがえ)り、慕情は日々募るのに、先に目覚めた自分が
思い人を滅ぼす引き金になるのを恐れ、楓はもう、耕一に近づけない。
幼い恋の終わり、それは、秘めた愛の始まり。
267命  (24/34):02/07/20 07:31 ID:bZsrWdIn

記憶はどんどんと鮮明になり、楓が鬼の血で同族と感応する力も、
ますます高まってゆく。その度思いは募り、そして、より耕一から
離れねばならなくなるのだ。
地獄だ。
何度、こんな力に目覚めねば良かったと枕を濡らしたろう。
五百年を隔ててようやく次郎衛門に再会できたというのに、
愛し合うどころか手を触れることすら叶わぬ我が身……。
そんな風に自然に絶望することができるようになった自分を、
現代の高校生の柏木楓が発見して、思わず絶句する。そんな毎日。
そして、最期の夜が訪れた。


夢。
夢だと思った。夢であれば良かった。
耕一は、何も知らないまま姉、千鶴と惹かれ合い……結ばれた。
次郎衛門は、現世で別の女性(ひと)を選んだのだ。
そして千鶴と耕一の運命の瞬間。
柳川の襲撃。
耕一の覚醒。
千鶴の死。
楓がベッドから跳ね起きた時、その時が、あの哀しく恐ろしい遠吠えが
夜空を圧して轟いた時だった。
最も肝心な時に、自分は遅かった。
あれほど苦しめられた力が、この時は、何の役にも立たなかった。
ただ、耕一が愛する者との死に慟哭しながら、
鬼の中に消えてゆくのが克明にわかるだけだった。
ベッドの中でひたすら泣きながら、名を呼びながら、
耐える以上の地獄があったことを、楓は知った。
268命  (25/34):02/07/20 07:32 ID:bZsrWdIn


耕一さん。
あれから、私は耕一さんを探し続けました。
梓姉さんが自分の足を使ってそうしたように、私は、私の能力(ちから)を使って。
でも、みつからなかった……。
私の力は、足りなかった。
けど、信じていたんです。私の力は、あれからも…、いえ、
あの日から、それまで以上に成長していったから。
何かを取り戻すのは、もう無理かもしれない。
時が来たとしても、あの日までただ耐えることしかしなかった私に、
その報いとして罰が与えられるだけなのかもしれません。
それでも、私は会いたかった。
もう一度、会いたかった。
あなたに、どうしても言えなかった、どうしても言いたかった言葉があるから…。

耕一さん、好きです。
耕一さん、好きです。
耕一さん、好きです。
269命  (26/34):02/07/20 07:32 ID:bZsrWdIn

 * * * *

「…耕一さん、好きです……」
涙の雫は、白い頬を伝って顎を濡らし、地面に落ちた。
梓は、呆然と楓をみつめている。
しかし、いつの間にか地べたに投げ出されていた自分の、
その目の前を太い足が通り過ぎて行くのを見て、絶句した。
鬼は、何が終わったのか?とでも言いたげな顔で、楓に向かって歩いていた。
新しい、獲物のところへ。
楓の全身全霊を込めた思いも、ついに、屍を蘇らせるには至らなかったのだ。
「…………!! に、逃げろ楓!! 駄目だ、やっぱり、駄…………」
言葉を続けられなくなったのは、裸の素肌が異様な雰囲気に感応したからだ。
「なんだ……?」
体感温度が急激に下がっている。
「耕一さん……」
楓が泣く。
「ごめんなさい。私が悪いんです」
鬼から目を逸らさずに、泣く。
鬼の足が止まっていた。
獲物を前にしたような表情では、もはやない。
「もし私が一年前、今夜達しているほどの力に目覚めていたら……。
私の好きな人たちは、ひとりも逝かなくて済んだかもしれないのに……」
冷気の中心は──柏木楓だった。
270命  (27/34):02/07/20 07:33 ID:bZsrWdIn
楓の足元が、大地にめり込んでいる。地面ばかりではない。
空気そのものが、楓を中心にして重くなっているのが見えるかのような……。
「次郎衛門…。私に関わったばかりに、二世にも渡って
これほどの苦しみを味わわねばならなかったのですね……」
いまだ雫を零し続けながら、楓の瞳は、吸い込まれるような赤い光を放ち始める。
揃えた指先が、胸の前に構えられる。
日本刀や銃器を越えるほどの危険な緊張感を孕んだ、指先。
その姿は、一年前のあの夜の、誰かの似姿のようでもあった。
「耕一さん」
違いは、ただひとつ。
頬の下に流れ続ける涙の雫。
「あなたを、殺します」
271命  (28/34):02/07/20 07:43 ID:zpu2VK9f

戦いは、はじまった。
それが、戦いと呼べるようなものであったとしたら。
鬼は、風を巻き起こしながら一跳びし、半瞬で楓との距離を詰める。
唸りをあげて振り下ろされる太い腕、その先の爪は、
だが、何者をも捉えられなかった。
軽く体(たい)を捻りながら宙を舞う黒く細い影は、柏木楓。
ぱしゃっ、と水の弾けるような音がした。
曇天の夜空は、色が判別できるほどの光を地上に届けてはくれないから、
真っ黒に見える液体の太い帯が、宙を二旋、三旋した。
その大量の噴出のさ中では、少女の瞳から零れる飛沫の数滴など、
誰にも顧みられることはなかった。
楓が地面に降り立つと、
ばしゃばしゃっ…!と、その周囲の土を、落下した、大量の鉄の臭いの液体が叩いた。
続いて、何かふたつの物体が、重い音を立てて地面に落ちる。
切り離された、鬼の両腕だった。
鬼の身体から、大量の血液が吹き出し始めた。
272命  (29/34):02/07/20 07:43 ID:zpu2VK9f

ぐらぐらと揺れる鬼の身体へ向かい、楓は、一歩を踏み出した。
その手が、ぐいっと引かれた。
「か、楓っ! 駄目っ!!」
「…姉さん」
必死の力だった。
梓の手が、妹の手をしっかりと握って、離さない。
「ごめんなさい姉さん」
楓は、振り向かなかった。
「耕一さんは」
楓の頬は、懇々と湧き出る涙に濡れ続けていた。
「……もう、死にました」
ずる……と鬼の頭が、首から滑り落ちる。
ゴトン、と音がして首が、
続いて、地響きと共に、鬼の巨体そのものが地べたに崩れ落ちた。
死せる者が、ついに、本当に彼岸に旅立ったのだ。
「……わかってるよ」
姉の返答は、意外なものだった。
「違うよ。駄目なのは」
梓のもう一本の手が、楓のワンピースの布地を掴む。
「楓。あんた、ここでこのまま、耕一といっしょに死ぬ気だろ」
ぶるっ、と楓の身体が震えた。
273命  (30/34):02/07/20 07:44 ID:zpu2VK9f

後ろから引く姉の力に楓は、つい腰を地面に落とす。
そのまま、梓に背中から抱きかかえられる格好になった。
「駄目だ! 絶対に! 絶対に、そんなことしないでくれよ…!」
「姉さん」
楓は、静かに涙を零し続けていた。
「私もう……。前世と今の自分の区別もつかないの」
それが、どれほど哀しいことか。
おそらく、梓にも伝わったろう。
「楓……」
あれほど克明な前世の記憶を、今は、梓も共有しているのだから。
「わた、し……」
涙で、一瞬言葉が詰まった。
「耕一さんと出会うために生まれて来た、
耕一さんを愛するために生きて来た女だから…。
でも、私、選ばれなかった。
そして、耕一さんを……、必要なことだったとはいえ……。手に掛けてしまった」
細い身体が震える。
「お願い。叶えさせて…。たったひとつだけ残った、私の願い…。
もう、他に何も欲しいこともない。したいこともない。生きてく力も、ないから……」
「ごめん、楓。ごめん、ごめん、ごめん……」
だが梓は、楓を放さない。口をついて出たのは、謝罪の言葉だった。
「姉さんだってのに、なんにも楓の気持ちに気付いてやれないで。
自分のことばかり…!」
姉は、自分を責めた。
「…知らなかった。あ、あたし、前世でも、あんたの為に、
何もしてやれなかったんだ。ひどいよな……。今日までずっと、恨んでただろ?」
楓は、首を振った。そんなことは、なかった。
両親がいて、姉妹がかしましく四人揃って、そして、前世のこともまだ知らずに
耕一に憧れていた想い出の日々……。それは、楓の中でも黄金の日々だったから。
274命  (31/34):02/07/20 07:45 ID:zpu2VK9f
ガサツで男っぽく見えるが、実は人一倍の繊細さを持ち、頑張り屋のこの姉を、
楓は好きだった。両親の死後は、その代わりになって家事を担って楓たちを支え、
それに忙殺されながらも、好きな陸上部も辞めずに頑張る。
眩しい人だった。
耕一を送ること。自らも共に逝くこと。そして、梓の命を救うこと。
今夜、楓が最初から心に固く決めていたことは、その三つだったのだから。
「ごめん楓。でも、でも……」
梓の手が、楓の頭部をさらに強く抱く。
楓の髪が、梓の涙で濡れてゆく。
髪の毛に留まらず、熱い涙は楓のうなじにまで伝い落ち、その肌を濡らした。
「でも、ごめん。生きて。お願い。あたしからの、最後のお願いだから……!
これを聞いてくれたら、もう一生あたしの言うことなんか
なんにも聞いてくれなくていいから…っ!
だって、いま現に、あんたはこうしてあたしの腕の中にいるのに。
こ、こんなに身体は、あったかいのに……! もう、家族に、好きな人に、
誰にも冷たくなんかなって欲しくないんだよ! もう、あたしの作ったご飯を
食べてもらえなくなるなんて、そんなの、絶対、嫌……嫌だよ……」
「姉さん……」
「明日から一生、初音とふたりきりでご飯食べなきゃいけなくなるなんて……。
あたしも、初音も、どうしたらいいのさ? どうやって生きていけば……!」
「姉さん」
迸るような姉の言葉に、喉に大きなものがつっかえるようで、楓は言葉に詰まった。
「ごめん。前世のことは、本当によく覚えてないんだ。ごめん。でも、少なくとも、
いまこうして生きているあたしは、あんたのこと、大好きなんだから……。
あんたが生まれたその日から、きっと全部見てるんだ。
あんたが、歩けるようになって、口をきけるようになって、学校に入って……。
初音とあんたと、成長を楽しみに見てたんだよ。
受験に合格して今の学校に入った時も、自分のことみたいに嬉しかった。
頭が良い妹が自慢だった。千鶴姉が大学に受かった時と同じに」
275命  (32/34):02/07/20 07:45 ID:zpu2VK9f
そうだ。あの日は見たこともないような豪華な料理がたくさん食卓に並んで……。
ちょっと派手に祝われ過ぎて恥ずかしかったことを、まだ自分は覚えている。
「……だって、あたしたちは家族じゃないか! 生まれた場所が同じ家だから、
家族なんじゃないんだよ! いっしょにずっと生きていきたいから、
家族って言うんだよ!!」
感情を、整理もしないですべてそのままぶつけるような、姉の言葉。
そして、姉が、子供のように号泣するのを、楓は生まれて初めて聞いた。
泣きながら、泣きながら…、梓は、それでもずっと楓の頭を優しく撫で続けた。
幼い頃されたのと、まったく変わりない、その感触。
ああ……駄目だ。
楓は思った。
駄目だ。
逃げられない。
この人の愛情から、もう。
276命  (33/34):02/07/20 07:46 ID:zpu2VK9f
楓の目からも、涙は次から次へと零れ落ちていた。
耕一に対する愛情はいまも何も変わらないのに。
次郎衛門との約束は、今も胸の一番奥深くに刻み込まれて痛むのに。
今生の愛が、前世のものと同じくらい、重いことに……、
自分も、姉たち、血を分けた家族のことを、
どれほど愛しているかということに、楓は、いまさら気付かされてしまった。

この人を守って、生きてゆこう。

一方的に背中から抱きかかえられたまま、楓は、そう心に決めた。

ごめんなさい。耕一さん。
今生(こんじょう)ではもう会えません。
しばらく、また何百年か、時間をください……。
次郎衛門との約束。耕一さんへの慕情。そしていま、梓姉さん…。
私は、そう──、
どうしようもなく、愛に縛られる女なのだ。
277命  (34/34):02/07/20 07:46 ID:zpu2VK9f

「わかりました…姉、さん」
涙で声をうわずらせながら、楓は、しっかりと答えた。
「楓…っ!」
梓も、涙でぐしゃぐしゃにした顔を、楓の黒髪の中に埋(うず)めた。
「私、生きます。逝った人たちを、生きてこの世で弔うために。
そして、生きている人のため……」
後頭部が、温かい。とても、温かい…。
「姉さんのために。初音のために……」
ふたりは、ぴったりと寄り添い続けた。
ずっと、ずっと…、そうあることを願うように……。
……その時、ふっ…と、楓の目が見開かれた。
何かに、気付いたかのように。
楓の瞳は、驚きに満ちていた。
「それに……もうひとつ」
すっ…と楓の手が動く。
「耕一さんの残してくれたもののためにも……」
次は梓が驚く番だった。
何……と口を開きかけて、楓の手が優しく梓の腹の辺りを撫ぜているのに気付く。
「……………………楓」
梓は、妹の顔を覗き込む。楓は、確信を込めた表情で目を閉じていた。
曇天がわずかに裂け、ひとすじ差した月明かりは、慈しむように、
寄り添う三つの命を照らしている。


                            終