澪のほのぼのものSSを投下します。
暑さを忘れられるといいのですが・・・。
今日は、珍しく澪と二人で駅前のデパートにはいった。
というのは、俺たちは元来人のあまり多いところは好きではないが、いいかげん暑い
中、歩くのもうっとおしくなってきたからだ。
澪も、口にこそ出さないが(というか、スケッチブックを取り出す気力もないようだ
が)、はう〜という感じで俺の手に力なくぶらさがっている。
そろそろ限界だろう。俺はそう思い、デパートに入る。
入り口の大きなガラスのドアをくぐると外とは別世界のような涼しい空気に包まれる。
人間というのは現金なもので、自分が涼しいところに入ってしまえば、ややスモーク
のかかったガラス越しに見る外界もそれほど暑くなさそうに見えるというものだ。
しかし、だまされてはいけない。発車するバスの後ろに、そして客待ちをしているタ
クシーの後ろに、ゆらゆらと陽炎がゆれているではないか。
そんなことを考えながらしばらく涼んでいると、澪もやっと安心したのか、にこにこ
しながら、相変わらず俺の手につかまっている。
そういえば・・・。ふと、澪のつかまる俺の手を見るとずいぶんと袖が伸びてきてい
る。考えてみると、俺の服はどれも左の袖ばかり伸びてしまっている。
ていうか、そろそろ半そでの服もかわないとな・・・。と思う。
梅雨のべたべたした時期に、腕を直接つかまれるのがいやだったので、あえて長袖を
着てきたが、この暑さではそろそろ限界だ。
俺は洋服売り場で適当にみつくろって、体にあわせて、澪のほうを見た。
「似合うか?」
えと・・・えと・・・。澪はいいづらそうに俺の顔を見てからペンをとった。そして、
つづられた言葉は・・・。
『<em>変</em> なの』
しかも、ご丁寧に「変」のところだけ、ペンの後ろの太いほうをつかってかかれていた。
ぐはぁ。
そういえば、由起子さんにもよく、浩平のセンスは変・・・っていわれていた・・・。
しかたない、ここは若い女の子のセンスに従うしかないな。
「よし、じゃぁ選んでくれ」
そういって、何着か選んでもらったもののサイズを確認してみる。しかし・・・。な
んというか、どれもサイケ調というか、目が疲れるような原色の幾何学模様とか、あ
まり着たくないようなものばかりだった。
やはり澪もセンスに関しては人のことをいえないんではないかと、いまさらながらに
ちょっと後悔してみた。
とはいったものも、服を吟味する俺を上目づかいにうるうるとした瞳で見上げている
澪をみると、全部、元の場所に返して来いとはいえなかった。
中から無難なのを何着かみつくろって、澪の頭をなでた。
「これにするよ。ありがとうな」
澪は、気持ちよさそうに目を細めてごろごろとなでられるままにしていたが、その言
葉を聞くと、うんうん、と、うなずいた。
俺が、清算をすませて、袋に包んでもらって、ふと澪のほうを見ると、ある方向を向
いて硬直していた。
「お、おいっ。澪、どうした!?」
澪はその声も耳に入らないようだった。その視線の先をたどると、そこはおもちゃ売
り場だった。
ざっとみてもかわいらしいぬいぐるみや何をかたどったかわからない丸い物体や、黄
色いかたまりがあったりするだけだった。まさか、おもちゃ売り場に見るものをこわ
ばらせるような何かがあるわけもないだろう。
「澪、どうした!?なにがあった?」
俺はもう一度、今度は澪の肩をゆすりながら言った。
やっと気づいたようで、大きな瞳に涙をいっぱいにためながら俺のほうを振り向い
た。
『虫なの』
とだけ書いて、えぐえぐとしている。
よく見ると、ジャングルのように、模造の葉っぱが天井からぶら下がり、ボール紙に
かかれた木の間に切り株をかたどったディスプレイがしてあり、その上でクワガタと
カブトムシが角を突き合わせて戦っていた。
おれは、ガキのころにカブトムシを捕まえたりした郷愁にとらわれ、思わずその場に
近寄って見入ってしまった。
しかし、なにか違和感がある。そう、クワガタのはさみが機械のように一回転したの
だ。
それによくみるとそのコーナーには昆虫ではなく「今虫」とかかかれている。
手にとって、よく見ると、それはおもちゃのクワガタだった。
それにしてもよくできている。本物と同じ程度のサイズながら、モーターで6本の足
とはさみが回り、それっぽい動きをしている。
澪はというと、俺の肩越しにおそるおそる覗いている。
「おい、本物じゃないぞ。ロボットだぞ。だから大丈夫だ。」
そういって澪の手に乗せる。
最初はびくっと手を引こうとした澪も、本物じゃないことに安心したのか、まじまじ
と見ている。
ロボットクワガタはというと、6本の足を空中に突き出したままじたばたとしている。
『かわいそうなの』
澪はそう言って、切株の上にそっと戻した。
そしてクワガタはうれしそうに(?)歩いていき、切株(これもプラスチック製だ)
のふちに作られた壁にあたり、向きを変えて、同じように動いているカブトムシと正
面からぶつかった。
おもちゃにかわいそう・・・もないだろうとは思ったが、それでも、澪のやさしい気
持ちが、ちょっとうれしかった。
澪はそのまま、二体の戦いを興味深そうに見ていた。
それだけなら、よかったのだが、木の形のディスプレイに、パッケージにはいった新
品がいくつもつるされている。
澪はそれをほしそうに見て、クワガタとカブトムシを一個づつはずしたり戻したりし
ながら、俺のほうを見た。俺はとっさに、口を開いた。
「さ、パフェ食べにいこうか」
しかし、澪はというと、うーという感じでスケッチブックを取り出し、大書きで書いた。
『ほしいの』
うーん・・・・。
さっそく財布と相談をはじめる。ほどなくして結論は出た。
結局のところ、子供でも買えるおもちゃだけに、クワガタとカブトムシを両方買って
も俺の財布のダメージは少なかった。
しかし、さっき、口をついて出た一言がいけなかった。
清算をすませたら、澪はうれしそうに袋を受け取り、そしてスケッチブックを開いた。
『ありがとうなの』
『パフェ食べにいくの』
そうして、エスカレーターで最上階の喫茶店に行き、一番大きいジャンボパフェを向
かい合って食べる俺たちの姿が目撃されたとか・・・。
おしまい
ぐはぁ、途中からトリップが変わっているという罠・・・。
KSSの全国縦断イヴェントで、あまりの暑さにデパートの冷房の中に避難して
みかけたものを題材に書いたものです。
おもちゃ売り場といえば、・・・だれか、澪のお酌ロボットをつくってください。
でも、澪お酌ロボは、寡黙・・・じゃなくて無口なんですよね。
しかも、ときどきビールをこぼすし・・・。