保守をしようではないか
これは
>>157-162の続きです。かなーり間があいてすいませんでした。
……息が、荒くなっている。
身体から力が抜け、後ろに倒れこみそうになった。
まあ、その……彼が支えてくれたため、頭を打ったりはしなかったが。
「おい、大丈夫か」
振り返るとすぐ傍に顔があった。
心配しているらしく、真剣な顔だ。
まったくコイツときたら――私が大丈夫ではないのは誰の所為だと思っているんだ。
「……身体を洗うだけ、ではなかったのか」
「いやまあ……つい、な」
「何がついだと言うんだ。こんな事ばかりしていると湯冷めしてしまうぞ」
「それもそうだな。じゃあ今度こそ普通に身体を洗おうか」
本当に、勝手な奴だ。
もう一度身体全体を洗い(背中はお互いで洗いあった)湯舟に浸かる。
じんわりと、すこしだけ熱めのお湯が染込んできもちいい。
……それと、触れている肩の体温がつたわってくる。
なんともいえない幸福感。
しみじみとその感触を味わった。
「そろそろでるぞ」
「……もう、か?」
できれば、何時まででもこうしていたかったのだが。
「もうって……もう充分入っただろ? いつもそんなに長湯でもなかっただろうに」
確かに、普段私は長湯ではないが……一緒に入るのだから、もうすこし長くてもいいではないか。
しかし、そんな事を言えるわけがない。主に羞恥心とか、そういった問題で。
佳乃ならはっきりというのだろうな。などと思ったが、私がそうしているなんて想像もできない。
だから出るというのに反対はできないのだが、風呂から出た後は寝るしかない。
……今夜は初夜に、なるんだな……
それは嬉しいのだけれど、同時に怖いとも思う。
よって、こういう言葉がでてしまう。
「先に行っていてくれないか」
「どうしてだ」
相変らず、デリカシーのない男だ。
「……準備とか、いろいろあるからだ」
まあ、おもに精神面で。
「見る限りではそんな必要なさそうだけどな」
「じろじろ見るんじゃない……それに身体だけではなく、心の準備などもある」
「そうか。じゃあ寝室で待ってるぞ」
ぬけぬけと言って、彼は風呂からあがった。
……さて、これでもう逃げ場はない。
無駄毛の処理などは実はもう済んでいた。そうでなければ一緒に風呂へ誘ったりしない。
あとは心の準備だけ。
まさか、私がこのようなことで悩まされる事になるとは思ってもみなかったが。
案外自分は臆病なのだろう。
それに気付いたのは、彼のことが好きになった時だった。
私に好きな人などできないだろう。そう思っていたときは、恋愛などすぐに告白すれば良いだろうと考えていた。
そして、つい最近――彼を好きになった時――までその考えは変わらなかった。
しかし実際に人を好きになってみると、もし拒否されたらと考えると怖くてとても言えなかった。
近くにいるだけで幸せで、愉快に変わらない日々をすごして。
もし告白などでもしてその関係が崩れたら、きっと耐えられない。
そんな、しばしば漫画かなにかにでてくる少女のような思考が言葉を押し込めた。
だから、彼も私が好きだと言ってくれた時は、涙が出るほど嬉しかった。
……まあ、結局プロポーズは彼からだったのだが。
そんな自分だ。
心の準備など、そうそう出来るものではない。
しかし逃げられないのも事実。
まあ、そんなつもりは毛頭ないが。
……しかし、そろそろ湯にあてられてしまう。
風呂からそろそろ出なくてはならないな。
しかたがない、では――
私は彼のことが好きか? ――YES
私は彼と何時でも一緒にいたいか? ――YES
私は彼の隣では笑顔でいたいか? ――YES
彼には何時でも笑っていて欲しいか? ――YES
彼は私に優しいか? ――YES
私は彼に操を捧げたいと思っているか? ――――YES
踏ん切りをつける。
顔を張って気合を入れる。
……色気の欠片もない動作だが。
よし、そんなに彼を待たせるわけにもいかないし、行くとしよう。
待たせすぎると、奴は寝てしまう恐れもあるからな。
湯舟からあがり、脱衣所へ。
濡れた身体を拭き、寝巻きを着て寝室へ向かう。
……身体を拭いている途中、彼が使ったであろう湿ったタオルを顔に押し付けてみる、などのアクシデントはあったが。
ちなみに、ぼーっと五分ほどタオルの香りを感じていたのは内緒だ。
寝室手前まできた。
しかし、ここまで来てどうにも決心が鈍ってしまった。
入っていこうと思うのだが、身体が動いてくれない。
あと一歩、最後の一歩が踏み出せないでいた。
「聖、きたのか」
「……あ、ああ」
心臓が爆発しそうだ。
「入ってこないのか」
「それが……入りたい、とは思っているのだが」
「決心がつかないのか?」
「いや、決心はついている。ただ、身体が動いてくれない……」
なにやら私は、滑稽な事をいっているな。
けれど、実際に足は意に反して動かない。
「だ、だから……てを、引っ張ってくれないか……?」
――臆病な私の、最後の一押し。
そうしてそっと差し出した手に、あたたかい感触。
包みこむように、やさしく触れられる。
手が触れあっただけなのに、あたかも引き寄せられたみたいに。
さっきまであんなに動かなかった私の足は、今度はかってに彼に歩み寄った。
続く