1 :
荒らしさんだよもん:
3 :
名無しさんだよもん:02/06/15 12:55 ID:DBll4XVa
やってくれるね!
めんて
ど う す れ ば い い ん だ
====ここまで読んだ====
今の現状で十分面白い
9 :
竹紫:02/06/17 22:48 ID:l8buoXdw
10 :
竹紫:02/06/17 22:48 ID:l8buoXdw
SF用語解説 エピソード4
SDLF(sentry defense line float)
フォース艦隊の前方に配置されている小型監視衛星。
監視のみでなく、それ自体が発見した敵を能動的に攻撃する防御能力を有している。
その圧倒的な防空能力は要塞並である。なお、戦闘機がSDLFを突破し、直接フォース艦と交戦したという記録はない。
コンフォーマルパック
空気抵抗、ステルス性を十分考慮に入れた補助タンク。
機体各所に装着され、長時間作戦行動を実現させる。
燃料タンク、追加武装、強化装甲などの目的別多岐に渡り用意されている。
コレクティブ・スティック
シート左脇にあるレバー。
本来はヘリコプターが垂直に位置を変える時に使用するものであるが、
宇宙空間を飛行する飛行機には必ず装備されている。
形態は自動車のサイドブレーキに酷似する。
ペダルを同時に踏み込む特殊操作により、操縦桿で機能を代用する場合もある。
ポリマーアロイ(polymer alloy blend composite)
複合樹脂素材。二種類以上の高分子からなるプラスチック。
軽量で、種類によって硬度は鉄の八倍以上。
TH-11を始めとする軍用機は、キャノピーや外装の大部分がポリマーアロイである。
11 :
竹紫:02/06/17 22:49 ID:l8buoXdw
光電子機器(光コンピュータ)
宇宙空間で運用される電子機器は電気ではなく光が回路を巡っている。
宇宙線や磁力線からの影響による誤動作を回避するためである。
三一世紀のコンピュータは光回路使用により発熱もなく光速で稼動する。
量子爆弾(quantum bomb)
瞬間的にブラックホールを発生させるハイパードライヴ技術を応用した爆弾。
爆心地に回転を伴わないブラックホールを発生させる。
発生した特異点(ブラックホールの中心。
そこではあらゆる物理理論が破綻する)に触れた物体はいかなるものも素粒子に分解消滅する。
対フォース用新型兵器。
12 :
竹紫:02/06/17 22:50 ID:l8buoXdw
CHAPTER 4
1
──ゴミ掃除はやりたい奴にやらせておけよっ!
遥か後方に位置するブルーランサー隊を尻目に、ウォリスの愛機TH-11B
はレトラーやファルの戦う前線に向けて飛行中であった。
「ギャラクシーウインドとインフラレッドの識別コードは……」
ウォリスはメインモニターに戦域の略図を表示させ、目的の男達の位置を
探った。
ギャラクシーウインド、インフラレッドとはファルとレトラーの率いるサ
ンダーボルト隊のコールネームである。現在は二四の部隊が展開中である筈
だが、既に二つの隊がモニターの輝きから消えている。
ジャブ
「戦況は悪くねえ……。敵にしてみれば牽制ってところか?」
艦隊の規模は戦闘を経る度に削り取られてゆく。対するフォース軍の戦力
は無尽蔵である。悪化しても好転する事はない筈の戦況から察して、ウォリ
スの言う通り敵は軽い牽制のつもりであると言えよう。
やがて、モニターに目当ての識別コードが表示された。
「ははーん、先輩の隊が最前列。予想通りだな」
彼は二人の位置関係から、ファルに挨拶してレトラーと合流するルートを
選定した。
13 :
竹紫:02/06/17 22:51 ID:l8buoXdw
前線は遠方からみる限り比較的まとまった区域に集中して見えたが、接近
するに連れてかなり広範囲にわたって戦闘が行われている事がわかる。
そこでウォリスの取るべき方法は二つある。広範囲に分散している戦場を
利用してクリアなルートを進む方法と、交戦中の部隊間を渡り歩いて混乱に
乗じる方法。
──こそこそ行くのもいいが、単体でいるところを敵に発見されたらやば
いな。
彼は後者を取った。
コックピット内に最寄りの部隊の位置を示すビーコンを浮かび上がらせ、
ウォリスはそれに向けて機首を巡らせる。
14 :
竹紫:02/06/17 22:52 ID:l8buoXdw
ブラックイリュージョン隊、レガード・ガルシア中尉はETF二機に背後
を取られ、自らの死を覚悟した。TH-11の性能では敵を振り切る事もできな
い。しかも自分の回避ルートには味方の姿もなく、やがて来る敵のロックオ
ン成立の時を待つのみであった。
「……!?」
しかし、あり得ない方向からミサイルの群れが後方の敵機を襲い、回避行
動を取ったETF一機をパルスビームの火線が貫いた。
「味方? 奇跡かっ!」
アンノウン
ビームの餌食となった敵機の爆炎を浴びる様に飛び去った所属不明のTH-
11を、中尉は半ば茫然と見送った。
15 :
竹紫:02/06/17 22:53 ID:l8buoXdw
バンアレンベルト隊エリクソンは存在し得ない味方機の援護を受け、ET
F一機を撃墜したが、その味方機のレーダー追跡をぎりぎりまで行った。し
かし、識別コードが発信されていない為に、正体を掴む事はできなかった。
16 :
竹紫:02/06/17 22:54 ID:l8buoXdw
マグネットストーム隊ジェイク少尉はアンノウンにロックオンターゲット
を横取りされ憤慨したが、謎のTH-11は彼の呼び掛けには答えず前線に向け
て飛び去った。
17 :
竹紫:02/06/17 22:54 ID:l8buoXdw
ホワイトドワーフ隊ルーエンスはトリガーに指を掛けた瞬間、アンノウン
に射撃線上に割り込まれ、我が眼を疑った。アンノウンは彼の標的を撃破し
た挙げ句、誤って撃ち出された彼のパルスビームを無謀ともいえる機動で回
避、探知圏外に消えた。
18 :
竹紫:02/06/17 22:56 ID:l8buoXdw
『隊長っ! 二機そちらに向かいます!』
「了解だ! マードック、グラフォード、パターンCで迎撃っ!」
『ラジャー!』
COCで寮機に指示を出したファル・アルベルト少佐は、先程から接近中
のアンノウンの存在が気になっていた。識別信号は味方の色だが、所属を示
すコードはブランクになっている。隊長機である彼の機体の統合監視システ
ムは他の機体より高性能のものが搭載されており、寮機からの報告が無い事
は、アンノウンを探知しているのはファル一人である事を意味している。
彼は最悪の事態を想定していた。その事態とは、敵が味方の識別信号を発
信していた場合である。
現在までに敵に識別信号が解読され使用されたのとの報告は受けていない。
しかし、容易に敵機の接近を許す事は部隊にとって危険な事態である。彼は
眼の前のETF撃墜にではなく、アンノウンの動向をうかがっていた。
チェイサー
追跡役から追い立てられたETF二機は、マードックとグラフォードの発
射した牽制のミサイル群を揃って回避した。アンノウンを監視していながら
も寮機の行動を見逃さず、その回避ルートをふさぐようにファルは突進し、
パルスビームと誘導用レーザーを発振。
アンブッシュ
待ち伏せ役のマードックとグラフォードは、ファルのレーザー発振に乗せ
てレーザー誘導ミサイルを発射した。
ETFの高機動もミサイルをかわすまでには至らず、死の花で暗黒のキャ
ンバスを飾った。
教科書通りの連携プレーである。
『隊長! ETF-4一機が向かいました。連携失敗ですっ!』
19 :
竹紫:02/06/17 22:56 ID:l8buoXdw
チェイサーの寮機から切迫した通信が入る。
「くそっ! G2、G3散開しろっ」
ファルを含む三機のTH-11Cは大きく散開したが、中央のファル機をET
F-4はその獲物と認識した。
黒い縫い針のような敵機はファル機の背後に圧倒的な速度で迫った。彼は
機体を振って死の追跡から逃れようとするが、高機動を絵に描いたような縫
い針には断末魔のあえぎに等しかった。
──くそっ、やられる!
イジェクト
彼は脱出レバーに手をかけた。
『ファル! スペシャルメニュー5番!』
その通信がアンノウンからのものであると知りつつも、ファルは声に導か
れスペシャルメニュー5番を実行した。スロットルを絞り、接近を許してし
まっていたアンノウンとの位置を合わせる……。それはあたかも敵の標的と
なるための機動──自殺行為と見えた。
更に続けて、
「オーライッ!」
彼はそれを声に知らせた。条件反射の様でもあった。
『3、2、1、ファイヤーッ!』
声のカウントに合わせてファルは一気に急上昇した。
獲物の突然の行動にオーバーシュートしたETFは後方からのアローミサ
イルとパルスビームに貫かれ、爆炎の色で周囲を染めた。
片方が囮になって味方の射撃線上に敵機を誘き寄せ、合図と共に他方が攻
撃する。囮となる味方の回避のやり方次第で、その味方共々撃ち抜きかねな
い危険な戦法であった。
20 :
竹紫:02/06/17 22:58 ID:l8buoXdw
「ばかやろう、ウォリス! 何でそこにいる!」
ほっと息をつき、ファルはモニターの片隅に映る男の名を呼んだ。
『命の恩人にご挨拶だな、ええ?』
ファルのTH-11Cから右翼端三〇〇メートルの位置にTH-11Bが並びか
かった。最後尾から前線に到達したウォリスの機体であった。
「恩人? 脱出する余裕はあった」
ウォリスはその言葉に笑いで答え、
「こんな前線で宇宙遊泳して無事で済むかよ? マリオネットになって回収
されるのがオチだぜ。そうなったら飲みに誘ってやらないぜ」
「フッ、お前こそ初めての実戦で死ぬ気か? 花ぐらい添えてやるぜ」
『隊長、その機体は……?』
寮機の問いに、ファルは会議室で出会った男の話をした。
『そんな馬鹿な、あの男は臨時招集された非軍人の筈……こんな前線に……』
『いるんだよ、ところが』
その通信にウォリスが割って入る。
「まったく無茶な男だよ」寮機に敵機観測を指示し、ファルは呆れたような
声を上げた。
「スペシャルメニュー……、まさか実戦で使うことになるとはな」
言いながら彼は苦笑する。スペシャルメニューの多くはウォリスの発案で、
教科書には載っていない独自の戦法である。そのどれもが先程と同じく危険
そのもので、当時コンビを組んでいた二人は、常に教官のブラックリストの
筆頭に名を連ねていた。
『訓練学校時代のオリジナルコンビネーション、よく覚えていたな』
「その危険なコンビネーションにイヤと言うほど付き合わされたんだ。死ん
でも忘れんよ」
「久々にコンビ復活だな」
意味もなく機体をロールさせながらウォリスが言う。
21 :
竹紫:02/06/17 23:00 ID:l8buoXdw
「ああ」同じ様にロールしながらファルも答えた。
「……だが、お前は臨時招集兵として最後尾に配置されていた筈だ。何のつ
もりでここに来た」
『お前と先輩の戦いぶりを見たくてな』
その答えを聞き、ファルはバイザー越しにこめかみを押さえる仕草を見せ、
「何?……大佐はもっと前方だぞ。そんなことの為に抜け出して来たのか?」
もう驚くまい──彼の何度目かの決心も同じ男によってまたも簡単に壊さ
れた。
『一応お前の危なっかしい戦いぶりも見れた。後は先輩に逢うだけだ』
ファル機のモニターに映し出されたウォリスは、そう言って前線を指差し
た。
「悪い事は言わん。引き返せ、一機でここまで来れただけで上等だ」
『いいや、まだ終わっちゃいねえ。帰るわけにはいかん』
ノイズ混じりのウォリスの映像が首を振った。
「ウォリス……ここは最前線だ。おれに弔いの花を流させるな」
諭すような口調でファルは言った。
「おれへの花とは限らないさ」
ウォリスは薄く笑った。
「何も言うな。……現在この守備空域をかすめている敵小隊がある。おれた
ちに付いてそれを落したら元の部隊に戻れ」
ファルはそう告げると、慣れた様子で寮機に敵接近の旨を伝え指示を出す。
「付いて来いウォリス。おれの隊で危なっかしい奴がいたら助けろよ!」
22 :
竹紫:02/06/17 23:01 ID:l8buoXdw
「お前だよ……」ウォリスは一層濃い笑みを浮かべ、
「じゃ、行ってくる!」
と言うが早いか、彼の機体はファル達のそれとは別方向に向いた。
「何!? ウォリス! 待てっ!」
忠告に従わなかった親友を振り返り、操縦桿を向けようとするが、何かを
振り払う様に頭を振り、彼は自重した。
口で言ってわからない事は重々承知していたファルであったが、彼はギャ
ラクシーウインド隊一二名の生命を預かる隊長であった。ウォリスを止めに
戦線を離脱する事は許されなかった。
ファルの脳裡に訓練学校卒業間近の時期の、あの光景が蘇った。
23 :
竹紫:02/06/17 23:01 ID:l8buoXdw
「なあファル。おれたちひょっとして無敵だろ?」
戦闘訓練の帰路、ファル機のモニターにウォリスの姿が映し出された。
「またそれか、何度も同じ事を言わせるな。訓練学校じゃおれとお前のコン
ビは向かうところ敵なしだ」
苦笑混じりでファルが答える。
「このまま卒業まで無敗記録更新だぜッ!」
ウォリスは派手なロールを繰り返し、豪快に笑った。
「……なあ」
その機体の動きを横目に、ファルが訊いた。
「あん?」
「卒業したら、一緒に連邦軍に進まないか? 先輩と一緒に飛べるかもしれ
ないぜ」
「軍は苦手だ。おれは他で飛び続ける……」
首を小さく横に振る事で、ウォリスはファルの申し出を断った。
「そうか。……そうだな」
知っていた。それでいてファルはその言葉をなぜか恐れていた。
「お前は軍で立派にやって行ける。……モノホンの戦闘機に乗れたらビデオ
か写真で見せろよ」
「ああ、真っ先に見せびらかせてやるよ」
24 :
竹紫:02/06/17 23:02 ID:l8buoXdw
彼と共に軍へ進む道を捨て、テストパイロットとなったウォリスの心情を
今一度思い知らされた気分であった。
──より多くの命の為に、猛獣の檻に飛び込む親友を黙って見過ごす……、
これが士官の取るべき行動であり、軍の本質だ。……ウォリス、自由に飛び
回れるお前が、時々羨ましく思えるよ。
彼は小さく笑い、
「それに……、これで終わるようなら、お前はとっくに墓の下だな」
レトラー・J・アライズの次に認める腕を持つパイロットの行く末を、彼
はそう信じる事で追送した。
25 :
竹紫:02/06/17 23:03 ID:l8buoXdw
「何のつもりだぁ?」
サンダーボルト隊『インフラレッド』隊長、レトラー・J・アライズ大佐
は識別コードがブランクのTH-11が接近中である事に気付き、素っ頓狂な声
を上げた。
即座に機体を旋回させ、アンノウン──ウォリス機へ向けて加速する。
自ら標的化を志願したような鮮やかな紅に身を包んだTH-22Aは、現主力
TH-11のそれを若干上回る速度を示して飛行を続ける。
26 :
竹紫:02/06/17 23:03 ID:l8buoXdw
レトラーの行動はウォリスも早くから察知できた。
「赤ってのは白の次に目立つ色なんだよな。先輩じゃなきゃ千回は死んでる
ぜ」
向こうが気付けばこれ幸いと、ウォリスも距離を詰めた。
27 :
竹紫:02/06/17 23:05 ID:l8buoXdw
「向こうも探知している筈だが、挨拶無しか。──だが、こっちは礼を尽く
すぜ」
謎の機体の正体や真意より、相手の無愛想さが気に食わないという面持ち
でレトラーが呟く。ウォリス機は視界に入っていないが、キャノピー内面に
その位置は赤いカーソルで示されている。
レトラーは巧みなコントロールでカーソルと機首先端を合わせ、トリガー
を引いた。
カーソルから青白いパルスビームの奔流が迸ったのを見、ウォリスは驚愕
した。
「うぉっ!?」
ロールしつつ回避するも、灼熱の矢の数発は翼に命中し方向を変えた。角
度が浅く照射時間が極めて短かったせいで表層の耐レーザーコーティングの
皮膜を焼いただけであったが、レーダー映像から目視でビームを命中させた
レトラーのテクニックは本家の面目を十二分に保ったと言えよう。
『そこのTH-11。乗ってるのは人間かぁ?』
レトラーからの通信が入った。
「先輩、おれですよ、おれ!」
『──なんだお前、面白い事やってるな』
モニターの片隅に映るレトラーがこちらを覗き込むように顔を近付ける。
「今のは威嚇ですか? 問答無用で発砲しないで下さいよ」
『悪いな、当たったか?』
「二、三発主翼に当たりましたよ。翼をもがれてはクロノスに帰還できませ
ん」
『わっはっは。お前の事だ、おとなしく翼に穴を開けられるほど間抜けじゃ
あるまい』
「笑い事じゃないですよ!」
やがて二人は合流し、レトラー機が旋回して二機は平行して飛行を始めた。
28 :
竹紫:02/06/17 23:05 ID:l8buoXdw
『で、こんなところに何の用だ?』
街角で顔を合わせた友人に尋ねるふうのレトラー。
「先輩とファルの戦いぶりを見学に来たんですよ」
『ほお……、ファルには逢えたか?』
「ええ、おれの接近が気になって落とされそうになってました」
『若い若い……』
モニターの中のレトラーは何度もうなずいて見せた。
「先輩の景気はどうです?」
『うむ……、悪くはない。大繁盛といったところだが、ウォリス、お前はこ
の戦況をどう見る?』
腕組みをしつつレトラーが訊いた。
「……聞いていたのと違って妙に穏やかですね」
『それだ』レトラーは拳を打ち鳴らし、
『司令部からは何も言って来ンが、おれはこの状況を敵の陽動と睨んでいる」
「陽動……。なるほど、それで敵の規模が小さいのか」
『まだわからん。敵の母艦の編成を確かめん事には判断はできん』
この会話の先に待つ結果に気付き、ウォリスはプレゼントの箱を開ける幼
児のような笑みを浮かべた。
「母艦の編成はミストの影響でレーダー判別は不可能」
状況を語る言葉もどこか楽しげだ。
『そうだ』
戦闘時にはsmokeparticle──通称ミストと呼ばれる対レーダー微粒子を散
布し、自身の規模を隠蔽するのが普通である。ミストが散布された空間はそ
れ自体が巨大な雲の様にレーダーに映り、内部やその向こうの様子を知る事
はできない。
29 :
竹紫:02/06/17 23:06 ID:l8buoXdw
一方TH-22のコックピットで、レトラーはウォリスが自分の意図を察した
事に満足げな面持ちで、
「ちょうど今、部下が支配空域の敵機を排除した。
それでだ、おれは今から敵の本陣を見学に行こうと思っている」
『いいねえ……』モニターの中のウォリスは身を乗り出し、
『その見学におれも連れてって下さいよ』
と、同道を志願した。
「ふむ……」
レトラーはその言葉を少し考えるような仕草で受け止める。
『どちらが先に敵本隊の規模を確認するか勝負する、ってのはどーです?』
攻撃機単体で敵陣形内部に侵入する事でさえ危険であるのに、ウォリスは
更にそれをゲームに仕立てる提案で無謀色に深く染めようとした。
「おもしろいな……。エンジン出力はそっちに合わせる。いい条件だろ」
その色に花を添えるのが、連邦一の問題児でありウォリスの憧れでもある
男の対応であった。
『オッケー。行きますか』
『聞き捨てなりません、隊長!』ウォリスの隣に新たな窓が開き、パイロッ
トスーツ姿が言う。
『これ以上の危険行為は許しません。……それに所属不明機、隊列を離れる
とは何事か? 軍法会議ものだぞッ!』
30 :
竹紫:02/06/17 23:07 ID:l8buoXdw
ウォリスはその言葉にそっぽを向くことで答えた。
『まあよせ、エルシノア』
隣のレトラーの窓が言う。
『しかし、隊長!』
『奴はおれの息子同然で、最も信頼のおけるパイロットの一人でもある』
レトラーの言葉にエルシノア・バーク少尉は少し黙り、
『彼がアルベルト少佐に匹敵するパイロットだと……?』
それは自問にも似ていた。
『そうだ』
ラツワン
宇宙軍きっての辣腕パイロット、ファル・アルベルト少佐とウォリスが同
等のパイロットかと言う少尉の疑問に、レトラーは大きくうなずいて見せた。
『たった一機で最後尾から前線にたどり着いた実力も運も十分な評価に値し
ます。……しかし大佐、大佐のやろうとしていることはあまりにも危険すぎ
るっ』
凛とした口調に懇願さえ乗せたエルシノアの言葉が、前線に到達してから
常に響く若干のノイズを伴ってウォリスの耳に届く。
『わかった……』レトラーは全てを理解した。
『エルシノア少尉、お前の同行を認めよう。……ただし敵本隊の規模確認を
絶対任務とする。残った者は後方の援護にまわれ』
敵の謀略を暴く為には、光学センサーで確認できる位置にまで接近するこ
とが不可欠である。その任をまっとう出来るのはレトラー以外に考えられな
い。しかしそれはあくまで確率の問題である。レトラーとて、敵に行動が察
知されれば危険は飛躍的に拡大される。彼はエルシノア少尉を同行させるこ
とにより、彼の不安を払拭した。
残された者たちの対応は迅速であった。口々に見送りの言葉を告げ、バー
ニアの炎を閃かせて各々の機体は身を翻す。
31 :
竹紫:02/06/17 23:08 ID:l8buoXdw
「さてと……」部下たちの言葉に一通り答えてからレトラーは大きく伸びを
見せ、
「ゲーム開始だ。まとまって飛行すると赤外線監視装置に探知される可能性
が高くなる。各自十分な距離を保って飛行せよ。SDLFに撃ち落とされる
なよっ」
SDLF(sentrydefenselinefloat)はフォース艦隊前方に配置された小
型監視衛星である。監視以外にも強力な防空能力を誇り、艦隊への侵入者を
固く拒んでいる。
『ラジャー』
32 :
竹紫:02/06/17 23:10 ID:l8buoXdw
「なあ、少尉さんよ」レトラーの指示を受け止めたエルシノア少尉に向けて、
ウォリスが口を開いた。
『なんだ』
「人の心配よりも、自分の心配もしなよ」
『フッ、いらぬ世話だ。その言葉返させてもらうよ』
ウォリスの挑戦的な言葉に、冷静さを増した少尉の言葉が返る。
「上等だ。──行きましょう先輩」
『了解だ』
それぞれの噴射で光の弧を描き、三機のサンダーボルトは散開して敵本隊
が集結する宙域へ向けて加速を開始した。
散開するに見えたウォリス機はレトラー機に追いすがり、やがて翼をピタ
リと接触させた。タッチラインである。
『何の用だ? ウォリス』
「先輩、部外者を連れてきてはせっかくのゲームが台無しですよ」
玩具を取り上げられた子供の口調でウォリスが言う。
『奴はあれで頑固者だ。ああでもしなければ治まらん』
ウォリスは少し考え、
「おれたちはこれから別の周波数で話しましょう」
『いいだろう、奴はゲームに参加しないだろうしな』
あくまで危険な作戦をゲーム化するウォリスの申し出に、レトラーは首肯
した。
「OK、周波数は2.2637MHzでいきますよ」
『……その数字に何の意味がある?』
「別に、思い付きですよ」
そう言った彼の視線の先には、コックピットフレームに刻まれたシリアル
ナンバー「2002637」の文字がある。
33 :
竹紫:02/06/17 23:10 ID:l8buoXdw
『わかった。個人的話題はそのチャンネルでな』
「では今からゲーム開始です。先に敵本隊の規模を確認した方が飯をおごる」
「りょーかい」
小さく笑い、レトラーはウォリスの窓に手を振った。今度こそ三機は散開
し、目指す宙域へ向けて加速する。
──見つかるなよ……。
最終速度に到達し、鼓動を止めたTH-11のシートに収まりながら、ウォリ
スは声に出さず呟いた。
主動力を停止、自らのレーダー波やFLIR(前方監視赤外線装置等=FO-
RWARDLOOKINGINFLA-RED)の放射を全てカットしたTH-11Bは、かなり相手
に接近しない限り探知されにくい。大気圏内での機動性をスポイルしない程
度に与えられたステルス性も大きく献上している。この状態で危惧されるこ
とは、ETF、SDLFとの遭遇のみである。状況は他の二人も同じ、違う
のは、選んだ航路のみ。結果は不確定要素が強く作用している。ゲーム扱い
は無理からぬことだ。
暗い宇宙を慣性力で駆け抜ける機体。後方には地上と比較にならないほど
白くまぶしい太陽の光がぎらぎらと照り付けてくる。だが、ウォリスを取り
巻く外界の様子は全てコンピュータの描き出す虚像である。
音は何一つ無い。呼吸音すらも敵に探知されるのではなかろうかと、自然
に息をひそめる自分に気付きウォリスは苦笑した。
「──すべては運だ。運も実力の内」膝の上から手を離し、両の掌に言い聞
かせるように呟いたウォリスは、前方の映像に眼を凝らす。
クラリッサ、ウェネヴ、ラファイエ──馴染みの恒星達が織り成す星座に
しばし見とれる。
彼を取り囲む宇宙の映像はTH-32とほぼ同じ面積で機内に映されている。
後方には本来存在するはずの機体後部の姿は任意で表示されていない。視認
性を確保する為のウォリスの選択である。あるのは機首前部のみ。
34 :
竹紫:02/06/17 23:12 ID:l8buoXdw
その前方に広がる星々の輝きのひとつが消えた。否、何かの陰に隠れたふ
うにも見える。
「……?」
ウォリスはおもむろに操縦桿を握り締めた。停止していたメインエンジン
を含めたシステムの幾つかが彼に呼応するかの様に眼を覚ます──
バシュッ!
不意に、朱色の火線が闇の彼方から迸った。
「!?」
それはロールして九〇度方向を転じたウォリス機をかすめた。更に追うよ
うに新たな朱の奔流が、矢継ぎ早に機体の数瞬前の空間を貫く。
「SDLF! ハズレを引いたっ!」
35 :
竹紫:02/06/17 23:12 ID:l8buoXdw
硬質なシグナルが耳朶を叩き、少尉はモニターに視線を移した。
シグナルの元凶を知るや、舌打ちで答えた。
「チッ……若造め、捕まったか」
彼はウォリス機に対し比較的近いコースを飛行中であったので、SDLF
のビームエネルギー熱価をすぐに探知することができたのだ。
「隊長! 彼がSDLFと遭遇。援護に向かいます」
エンジンに対消滅の炎が灯り、少尉を乗せたTH-11Cはバーニアから原子
の炎を吐き出しつつ身を翻す。
──世話を焼かせるな、若造。
ウォリスの不運に悪罵の意を示すことにより、少尉は自身の緊張と不安を
打ち消そうとした。SDLFとの交戦は初めての経験であるが、その危険は
十分承知している。レトラーに報告したのは、自分の身を案じての事かもし
れない。
現に彼は無意識にシートに座り直し、必要以上に操縦桿とスロットルを握
る腕に力を込めていた。
36 :
竹紫:02/06/17 23:13 ID:l8buoXdw
「ウォリスめ、マダマダだな……」エルシノア少尉の通信を受け取ったレト
ラーは、それだけ口にしてコースを保った。
「運も実力の内だぞ」二の句は自分に言い聞かせた様にも取れた。
「ウォリス。ゲームはおれの勝ちのようだな」
ウォリスが指示した回線に切り替え意気揚々と告げた。
だが、反応はない。
「……」
──2.637MHz……、間違えたか?
レトラーはモニターに表示される回線周波数表示と自身の記憶とを照らし
合わせたが答えは出なかった。状況から考えて誤ったチャンネルを選んでい
る可能性は高かった。
事実、彼の入力していたチャンネルは誤りであったのだ。
37 :
竹紫:02/06/17 23:13 ID:l8buoXdw
数本の光の矢が等間隔横並びで回避中のウォリスの機体を直上から見舞う。
「しまったあっ!」
衝撃と共にSDLFの荷電粒子ビームが機体左側面をえぐり取った。命中
箇所からすぐさま白い輝きが膨れ上がり、白銀の機体は大きくバランスを崩
す。
ウォリスはすかさず足元のレバーを引いた。
ビームが貫通したコンフォーマルパックが小爆発に弾かれて分離し、機体
から取り残された。落とし物はビームの集中砲火を受け、ビームは内部に格
納された核融合式ミサイルや対消滅爆雷を起爆させ、暗い宇宙に白熱の大輪
を咲かせる。
バーニアを閃かせつつ体勢を整えた落し主はなおも回避運動を続けた。
「なんて攻撃だっ。突破できねえっ!」
38 :
竹紫:02/06/17 23:14 ID:l8buoXdw
──大佐を援護するつもりが、隊列すら組めんような若造に手を貸すとは
……。
ウォリス援護に向かうコックピットでエルシノアは苦笑する。
だが、遥か前方に閃く爆炎を認め、表情がこわばった。ミサイルのそれとは
明らかに違う大きな爆発であったからだ。慌てて回線を開き、
「無事かっ!? 若造っ!」
と訊いた声音も、彼の心情を浮き彫りにしていた。
『言ったろ。人の心配より、自分の心配をしなよ』
わずらわしそうなウォリスの声と共に映像が届き、エルシノアは内心ほっ
とした。
「ふざけるな。軍の規律を守れんような奴でも、一応は味方だ」
モニターのウォリスに向かって少尉は返すが、そのウォリスはモニター以
外の方向に慌ただしく顔を向けている。
『あんたは上官の援護でもしてろよっ』
かなり激しい操縦の為か、口調に力を込めてのウォリス。
「SDLFだな、諦めて退避──」少尉の言葉を奪ったのは、側方からの衝
撃だった。
「ばかなっ!」
被弾したエルシノア少尉の機体は大きな弧を描いて回避に移るが、幾つも
の光の矢がそれを追う。援護に向かった彼の行動は、新たなる敵との遭遇を
引き起こしたのだ。
「SDLFかっ!? やっかいな!」
メインモニターに映るエンジンブロック切り離しの警告表示を見ながら、
少尉は困惑の意を唱えた。警告通り即座に破損した左メインエンジンが切り
離され、SDLFの集中砲火を浴びて塵と化した。
39 :
竹紫:02/06/17 23:15 ID:l8buoXdw
「このままではこちらが危険だ!」
片肺飛行で少尉はSDLFの支配宙域から大きく離脱した。同時に攻撃も
すぐに止む。SDLFは自身の監視領域を犯す物体を激しく攻撃するが、テ
リトリーに触れなければその限りではない。
鉄壁の防衛線から逃げ出し、少尉は安堵のため息を漏らした……と、その
行為と息を合わせたようにウォリスからの通信が入った。
『ざまぁねーな』
変に力がこもったウォリスの悪態は、彼が今も操縦に全力をつぎ込んでい
る様子を示している。
「これで貴様の援護は無くなったぞ。──我々の位置は敵に知れた。あとの
任務は大佐に任せろ」
半ば呆れ顔で少尉は言う。
40 :
竹紫:02/06/17 23:15 ID:l8buoXdw
「任せたらおれの負けなんだよ!」
周囲でビームの雨が降り注ぐコックピットでウォリスは歯を食いしばって
両手足を操っていた。
『貴様、まだゲームのつもりか!? 一機はおろか一個小隊でもSDLFの領
空を突破した例はないんだぞっ!』
耳元にエルシノアの叱咤が届いた。ウォリスはビームの雨に紛れて落ちて
くるミサイルを適当な武器で相殺し、
「そんな考えだからフォースなんかに滅ばされるんだよ! 人類ワッ!」
『くっ……。いいか貴様、偉大な一歩は大佐のような御人が記すものだ。我々
はそれに続けばいい』
少尉のウィンドウが言った。
「くだらねえ理屈だ。……切るぜっ」
41 :
竹紫:02/06/17 23:16 ID:l8buoXdw
──強情な奴だ。
エルシノア少尉はそれ以上の説得は諦め、艦に帰投する決意を固めた。
彼の機体は方向を転じ、母艦目指して加速を開始した。
時折閃光がきらめくウォリスの戦闘宙域を眺め、自分の胸に浮かんだ感慨
に浸る。無謀で、無鉄砲で、それでいて必ず何かを見せてくれような期待を
抱かせるあたり、大佐に良く似ていると。
42 :
竹紫:02/06/17 23:17 ID:l8buoXdw
少尉から戦線離脱の報を受けたレトラーはウォリスとの個別回線がつなが
らない事が気掛かりで、自身が敵に探知される危険を省みず、幾度か彼を呼
びだそうと努力していた。
「まったくどーなってる? 一般回線では危険が──」
何か黒い巨大な物体が側面を通過し、経験豊富なさしものレトラーが言葉
を失った。
「馬鹿な……。おれはSDLFの脇を通過したぞ」
自分以外の二人の状況から見れば、それはあまりに不自然で不公平な出来
事であった。鉄壁の守りを誇るSDLFが敵機の通過を黙って見逃したので
ある。対フォース戦勃発以来の珍事である。
──何らかの事情で活動が停止していたのか、それとも廃棄されたものな
のか……。
「何にせよ、ラッキーだな」
満面に笑みを湛え、彼は大仰しくうなずいた。
43 :
竹紫:02/06/17 23:18 ID:l8buoXdw
でTH-11は何かに押さえ付けられるように軌道を変える。
ウォリスの胸中は怒りと焦りとの混合色に染まっていた。
航空機としての概念が貫かれているTH-11は、基本的に正面の目標を攻撃
する能力のみを有している。針鼠の如く死角のないSDLFを相手にできる
ように設計はされていない。
SDLFと平行に移動するだけでは、相手の攻撃を回避できてもこちらか
ら攻撃する事は不可能である。
「TH-32なら全方位に撃てる! こんな奴にゃ負けねえっ!」
ブースターを失ったウォリス機は俊敏さを欠き、周囲をかすめるビームの
数も明らかに増してきている。
以前にも増して複雑な機動で回避するウォリスだが、ビームの命中による
新たな振動を受けてその表情はますます険しくなった。
「くれてやるっ!」
意を決してウォリスはデッドウエイトとなる武装を排出した。
若干の慣性重量の低下になるが、それによる機動性の向上は眼に見えるほ
ど明らかではない。その証拠に、一定の間隔でウォリスの機体はビームの直
撃を受け始めた。一発毎に装甲が紙のように弾け飛ぶ。
PIPIPIPIPIPI……
「今度は何だっ!?」
なおも引き下がらないウォリスの耳朶に、癇に触るようなリズムが届いた。
今の彼にとってそれは安眠を妨害する目覚ましの様でもあった。
接近警報である。──味方のではない。SDLFの通報を受けた部隊であ
ろう。本来レーダーに映りにくい敵機が捉えられたと言う事実は、それとの
距離が極めて近いことを物語っている。ウォリスは敵本隊から離れる軌道を
取りSDLFの攻撃を沈黙させ、久しぶりに計器に眼をやった。
44 :
竹紫:02/06/17 23:19 ID:l8buoXdw
「ETF-4が五機、あっちの方が足は速い。……参ったぜ」
そう言った声音にはさすがに焦燥の色が濃い。彼が読み取った情報は、そ
の他に電気系統切断による機体左半分の武装の操作不能の警告もあった。
背負っていた一対のブースターの片方を失い、追加装備された武装を全て
放出したTH-11はあまりに無防備と言えよう。そんなウォリスを嘲笑うか
の様に、ETFは二機が背後、残る三機は彼を牽制する軌道を描いた。
その一方でウォリスは、追跡を何とか振り切ろうと急激なループを描き始
めた。真空中での機体はパイロットの入力に何一つ逆らわず従っている。機
体の反応は大気中においてのそれに似てはいるが同じではない。
旋回半径は異常な速さで縮まり、Gによって手足や頭部が重くなってくる。
耐Gスーツの恩恵で苦痛はほとんどないが、この感覚は不自然で決して気分
のいいものではない。
被ロックオン警報はない。敵の照準は旋回のおかげで絞りきれていない。
Gが減少に向かう前に、ウォリスはそれまでとは逆方向に旋回を仕掛けた。
Gが反転し、マイナスを示す。
「くっ……くそおおおお……」
耐Gスーツの許容範囲を越えたGが見舞い、苦痛がウォリスを蝕み、逆転
する血流は彼の視界を赤く染める。
PIIIIIII……
被ロックオン警報が響く。
45 :
竹紫:02/06/17 23:20 ID:l8buoXdw
ウォリスは感覚のない指先でフレアとチャフを放出し、更なるループを敢
行した。先程まで朱に染まっていた彼の視界は、今は闇の領域を広げていた。
連れて意識が遠ざかる。
──どうなるんだ? おれ……。ミサイルは……回避できたのか?……で
きなかったもう死んでるか……。だが……、だがおれもお休みの時間だな…
…。
まどろみにも似た意識の中、彼にある光景が浮かんだ。
46 :
竹紫:02/06/17 23:20 ID:l8buoXdw
「ねえ、ウォリス?」
長い黒髪の幼い少女が訊く。年の頃は十六、七。大きなブルーの瞳が印象
的だった。
「なんだ?」
「ほんと?」
少女はもう一度訊いた。
「もう決めた」
「わたしもウォリスのこと好きよ」
「ああ。絶対迎えに来てやる! リアナ……」
47 :
竹紫:02/06/17 23:22 ID:l8buoXdw
闇に沈むウォリスの意識。
……リス……ウォリス……聞いてるかっ? おい……
『ウォリスッ!』
全てが正常に復帰した視界の中を黒い何かが横切る。眼を引くように赤い
縁取りがある。
「!」
ウォリスはトリガーを引いた。パルスビームの火線がそれと交わるほんの
一瞬、凍結した水蒸気の糸を引いたミサイルがそれに追い付いた。
灼熱の白い閃光が閃き、ウォリスはそれから逃れるように操縦桿を引いた。
景色が下方に流れ、小さな振動が断続的に響く。あれの破片が機体を叩く音
であろう。
『どうしたウォリス、Gでグロッキーか?』
その声を聞き、ウォリスはようやく全てを理解した。
「ケイス……何でここにいる?」
『どうせお前のとばっちりで上官に大目玉だ。俺たちも遊びに来たよ』
モニターに新しい窓が開く。その中の人影はグースの声で言った。
「お前等、おれの後ろでどやされるのに飽きたのかァ?」
語尾に笑いを含み、嬉しくてしかたがない様子でウォリスは二人を迎えた。
『感動の再会はあとだ。敵は三機!』
ケイスの声が合図となり、三機のTH-11は示し合わせたように一機のET
Fに肉迫する。一方で追う立場から追われる立場に逆転したETFは、ウォ
リスたちの追撃から逃れようとループを敢行する。
『三・四時方向から一機来るぞっ!』
「りょーかい!」グースの声に答え、ウォリスは旋回してもう一機のETF
を迎え撃った。
48 :
竹紫:02/06/17 23:22 ID:l8buoXdw
「あんたの連れには世話になったぜ……」
そう言った彼に対するETF-4はほぼ正面。
──距離三九〇〇!(約一二〇〇メートル)
左手はスロットルを絞り、コレクティブ・スティックに持ち変える。機体
は大気中に近い感覚で減速を始める。眼は赤く示された敵影とその距離表示
とを交互に捉える。
──そろそろだっ!
ウォリスはコレクティブ・スティックを引き上げた。機体は垂直上昇して
位置を変える。やや遅れてETFからパルスビームが列を作ってウォリス機
の過去の位置を貫く。
「オラオラッ!」
更に彼は操縦桿を左右に振って機体をロールさせながらコレクティブ・ス
ティックを操って目まぐるしく機体の位置を変えた。だが相変わらず互いは
向かい合ったまま飛行を続ける。
それだけでかわしきれるような攻撃ではない。距離が近づくにつれ、エネ
ポリマーアロイ
ルギー弾は着実に機体をえぐり、複合樹脂製装甲の破片は漆黒の闇の奥に吹
き飛ぶ。だが、十や二十の直撃で弾け飛ぶ装甲などものともせず、ウォリス
は回避を続けつつETFとの距離を詰めた。
「そら、返すぜ」
ウォリスはトリガーを引いた。パルスビームと三〇ミリバルカンが火を噴
く。炎の矢を吐き出す二つの機動兵器は数メートルの間隔で交差した。
やや遅れて片方の機体が炎上する。
「イヤッホウ!」
後方でまばゆい閃光と共に炸裂したETFを尻目にウォリスは歓声を上げ
た。すかさず別の一機の追跡を開始する。
49 :
竹紫:02/06/17 23:23 ID:l8buoXdw
その彼の耳に、グースとケイスの会話が流れ込んで来た。
『よし、捉えたぞ。……ファイヤー!
……外されたっ』
『こっちはハイマニューバを使う。ファイヤー!』
そのケイスの通信のあと、一秒遅れで爆破の閃光がコックピットのウォリ
スを照らし、彼のミサイルの命中を知らせる。
追跡中のETFは最後の味方が撃墜されたと見るや、方向を転じて逃走に
移った。
「見ろっ! 敵さんが逃げてくぜぇ」
ウォリスは二人に呼び掛けた。
『そうでもないぞ、ウォリス』
その言葉をレトラーの声が否定した。
「先輩!」
『あと二〇秒ほどでおれを追って奴等の小隊が来る。帰り支度だ』
「りょーかい!──二人とも、帰るぜ」
ウォリスはその旨を寮機に伝えた。
『ちょっと待ってくれっ!』
緊迫した表情でグースがそれだけ告げ、ウィンドウが閉じた。──否、彼
の二の句を伝える前に無断で回線が切れたのだ。
「おい、グース?」
50 :
竹紫:02/06/17 23:24 ID:l8buoXdw
グース・岩村は戦慄した。稼働中の機体のシステムが次々と無断終了して
ゆくのである。
彼を取り囲む外部のCG映像が単なる格子模様に変わった。
この光景は彼にも覚えがあった。シミュレーターのコックピットの電源が
切れたときに起こる現象とまったく同じだ。訓練校時代、友人にシミュレー
ター内に閉じこめられたことがある。誰もが一度は経験する悪戯である。
本物の機体でも同じことが起こる筈だが、通常はその時コックピットは無
人である。
やがて、格子模様さえも消えて暗闇が辺りを包んだ。
「そんな……」メインスイッチを何度も押すが、そこに灯る筈のグリーンの
輝きは二度と戻らなかった。
直後、キャノピー越しにCGではない現実の外の景色が見えるようになっ
た。
機首と両翼先端に非常事態を示す赤色灯が明滅している。味方機の位置は
システムのマーキング抜きではまったく掴めない。光電子機器の塊である戦
闘機の電源は何重もの保護回路に接続されており、単なる故障で全ての機能
が停止することはあり得ない。
……だが、現実は非情であった。宇宙空間での電源停止は即、死を意味す
る。
「ウォリス、ケイスッ!」
迷子のようにグースは伸び上がって周囲を見回した。
暗い宇宙が広がるばかりであった。
51 :
竹紫:02/06/17 23:25 ID:l8buoXdw
『おい、グースの様子が変だ!』
「なに!?」
逃走に移っていたウォリスはケイスからの通信を聞き、耳を疑った。
グース機に接近したケイスは、本来何も見えない筈のキャノピーの内側で
必死に何かを呼び掛ける様なグースの姿を拡大映像で確認した。
ハザードランプ
「キャノピーが透けている。……災害警告灯だっ! システムダウンしてる
らしいぞ!」
『ばかな!?』ウィンドウの中でウォリスが身を乗り出すのが見える。
『敵はすぐそこだぞ!』
ケイスの耳にはウォリスのその声は届いていなかった。彼の思考全てはグー
ス救出の策を巡らすのに必死であった。
「グース、今助ける」
ケイスは互いの腹と腹を合わせるようにゆっくりとグース機に近付いてい
マッハ
った。グースの機体はエンジンも停止しているが、M9程の速度で慣性飛行
を続けている。その方向はウォリスとはまったくの逆──つまり、新手に向
かっているのである。
52 :
竹紫:02/06/17 23:26 ID:l8buoXdw
速度は既にグース機と合わせることはできた。特に目標となる物体の存在
しない宇宙空間では両者は停止しているようにも見える。
ケイスは機の主脚を露出させた。それでグースの機体を引っ掛けて曳航す
るつもりなのである。
だが思うように機体の位置を合わせることができない。速く飛ぶことを目
的として設計されたTH-11にはなまじ不向きな要求である。ケイスの額に汗
の珠が光る。
操作系の遊びが仇になって微妙なコントロールができないのだ。遊びの分
だけ切り返しに隙ができる。かといって素早く扱えば大味な入力となってし
まう。ほとんど中央に合わせなければ、重心がずれて旋回中に外れてしまう
のだ。
「ウォリス……」
呟く様にケイスは呼んだ。
『何だ?』
「君の機体は遊びが無いから、こんな作業は簡単だよな……」
その間にレーダーが敵影を捉え警報を鳴らし、ケイスに注意を促した。
『待ってろ、今おれが行く!』
「いや、いい。もうすぐだ……」
53 :
竹紫:02/06/17 23:26 ID:l8buoXdw
一方でレトラーがウォリスと合流した。
『他の二機はどうした?』
「先輩、グースが……同僚の機体がシステムダウンしたんです。
もうひとりがなんとか手を尽くしてます、我々も救助に向かいましょう!」
取り乱し、レトラー機に主翼を接触させながらのウォリス。
「いかん。危険すぎる」
彼は思い詰めた表情で首を振った。
『先輩!』
味方の救助は最優先されるべきである。だが、そのために新たな犠牲を生
むことはできない。勇猛果敢に無謀の二文字が加わるレトラーを以ってして
も、それを実行すれば全滅という結果がイメージできる。
54 :
竹紫:02/06/17 23:27 ID:l8buoXdw
「くそっ!」
ケイスは前方から接近しつつある敵集団に向けて、闇雲にミサイルを全弾
シーカー
射出した。照準が定められていないため、ミサイルの探索装置はある筈のな
い指示を求め、燃料をただ燃焼させて前進を続けた。
敵の集団は簡単にコースを変えてミサイルの一団をやり過ごす。その中の
四発のハイマニューバミサイルのみが明確な意志を示して敵を追跡するが、
絶対数が少ない。労ともせず敵機はそれを撃破してのけた。
──もう少しなんだ。グース、ウォリスと三人でプロジェクトを成功させ
る約束だろ?
ケイスは知っていた、グースに今期限りで外宇宙調査船団の専任パイロッ
トへの辞令が下った事を。
亜光速飛行を繰り返す船団が一年間の調査日程を終えてファルサに帰還す
るのは一八〇年後。一八〇年第一線から退けば、航空機開発事情も大きく変
わる。テストパイロットとしての職場復帰は絶望的だ。しかも、その頃には
人類は滅亡しているかもしれない。その最後の時期に新型機の選定プロジェ
クトに抜擢された。自分の手で新型機を送り出すのはテストパイロットにとっ
て最高の名誉であり、憧れでもある。
『ケイス、どうした? 爆発が見えたぞ。敵が来たのか?』
耳元のウォリスの声が彼には遠く響いていた。
「もう終わるさ……」
被ロックオン警報が遠く鳴り渡る。
『ケイスッ!』
「すべて……」
55 :
竹紫:02/06/17 23:28 ID:l8buoXdw
ウォリスのモニターからケイスの窓が消えた。
「おい、ケイス。どうした? ケイス!?」
彼は必死でコールを繰り返した。
『ウォリス。……後方で大きな爆発があった。たぶん撃墜されたんだ……諦
めろ』
重苦しい声のレトラーから通信が入った。
「ケイス、回線を切るなよ。なあ? おれの助けが必要なんだろ?」
レトラーの言葉は耳に入らない、必死にウォリスはコールを繰り返す。瞬
きの度に粒状の涙が中を飛び、バイザーに張り付いた。
『ウォリス!……彼等は死んだ』
その声でウォリスはハッとして、
「ウソですよ。あいつはおれがうるさいんで回線を切ったんだ。……そろそ
ろ敵が来ます、おれ、助けに行きます!」
景色が流れ、ウォリス機は大きく旋回した。
『待て、ウォリス! お前まで死ぬことは許さん! 言うことを聞かんとエ
ンジン撃ち抜いて引きずって帰るぞっ!』
レトラーの叱咤を聞かず、ウォリスはスロットルを全開にした。ブースター
を一つ無くしたのが恨めしかった。
──面倒起こすのはおれの役目だろ、なあ?
すぐに大きな振動がコックピットを包んだ。被弾した大気圏外用ブースター
を排除する旨がモニターに表示される。続いて被ロックオン警報が鳴った。
『次はメインエンジンだ……』
耳のコミューターがレトラーの声で言う。
「……わかりました」
万感の想いを込めて、ウォリスはスロットルを緩め、再びムーンクレスタ
へ向けて身を翻した。
56 :
竹紫:02/06/17 23:30 ID:l8buoXdw
2
薄闇が支配する部屋で、その男は大きな椅子に身を沈め外の景色に見入っ
ていた。顔立ちも身なりにも政界上層幹部然とした雰囲気を漂わせている。
眼下には街の明かりがきらめき、ここがかなりの高層物にはめ込まれた一
室であることを示している。視野を広げれば彼方にエジア空軍基地の灯が見
て取れる。
──その向こう、地平線は燃えていた。異常なほど赤い夕日が沈んで久し
かった。
夕日の片鱗が微かな頃もう一人の男がドアを叩いている。その白い装いは
朱色に染まっている。こちらは秘書であろうか、切れ長の双眸からは氷の頭
脳と鉄の意志が伺える。
もう随分、二人は揃って紅い地平線に魅せられていた。
「オーディン卿……」
白いタキシードに身を包む男が口を開いた。
「素晴らしい色だ……。この星の夕日は火星のものと瓜ふたつだ」
椅子の男はそんな言葉で答えた。
ピーピングトム
「『覗き屋』からの報告です。先日、作業中に姿を見られた男の処分を完了
したとのことです」
「ほお、確か例のテストパイロットだったな……」
57 :
竹紫:02/06/17 23:30 ID:l8buoXdw
椅子の男の声に感興の響きがこもる。
「偶然から我々を嗅ぎ回っていたもう一人の男の処分も同時に完了しました」
「時間がかかっているな。……そろそろ潮時だろう」
白い男は眉を顰め、
「予定よりも若干早いですが……」
「予想外のトラブルだ。仕方あるまい……、
計画実行は今夜だ。覗き屋は必ず連れて来い」
男は静かにうなずいた。
58 :
竹紫:02/06/17 23:31 ID:l8buoXdw
ほとんど全ての発射口からマイクロミサイルを撒き散らしつつ陸戦部隊を
血色のマーカーに染め上げるAF02はさながら山荒しの様であった。
人工都市でのAI火器管制システム動作テスト中である。
グラウは操縦だけに専念する事ができた。自分は攻撃の加減を時折想い描
くだけでいい。それだけで捕捉されたアーマードールや重戦車、固定砲台は
次々に沈黙してゆく。以前のように無数の発射スイッチに手間取り、止むを
得ず撃ち漏らす事態など皆無だ。攻撃可能な目標は全て撃破している。もう
一人の自分自身がガンナーとして後席に収まっている──そんな錯覚さえ抱
かせるAIの威力であった。
──素晴らしい……。これなら勝てる。
彼はAIシステムの劇的効果に陶酔しきっていた。
59 :
竹紫:02/06/17 23:33 ID:l8buoXdw
街は煙っていた──。人工雨である。
シティエリア
上空からは都市区画に面した商業区を行き交う車が、ぼやけた絵の具のよ
うな色彩を放っている。視点を変えアーケード下を行く人々に眼を移すと、
その足取りは心持ち急いているようにも見える。
リアナは人通りもまばらな商店街の外れで足を止めた。
この先アーケードは絶えている。少しためらい、何か決心したような表情
で手にした折り畳み傘を開き雨の中を歩き始めた。
真摯な眼差しは雨に煙る街並みより、胸中を占めた事柄一点に絞られてい
る。
──一体何の目的で呼び出したの?
出掛ける前──呼び出しの電話を受けてからずっとそのことばかり考えて
いる。契約外であった。
初めから解答は出なかった。雨の中、彼女の歩みは続く。
ほどなくして、白いセダンが並びかかる。立ち止まる彼女を開いた車窓の
奥の声が呼んだ。
ふと彼女に七年前の光景が過った。
弟マーナーの死から二ヶ月、家族にようやくいつもの生活が戻りつつあっ
た一〇月のある日、黒塗りのリムジンが音もなく彼女の傍らに滑り寄った。
「ウォーレンスさん……。リアナ・ウォーレンスさんだね?」
外部スピーカーの声と共に、後部座席のウインドウが滑り降りる。上級官
僚といった雰囲気の男が顔を見せた。
それがグレファンス・アダム・オーディンとの出逢いである。彼に連れ添っ
バイオトリートメント
て彼女が案内された場所には、硝子越しの一室で生体治療溶液に浸された弟
の姿があった。
60 :
竹紫:02/06/17 23:34 ID:l8buoXdw
リアナは窓に張り付くようにその部屋の弟に見入った。
「彼はまだ生きている」
グレファンスの言葉にリアナは愕然と振り返った。
フラット
「彼の怪我は完全回復している。だが、脳波は平坦……この意味が解るね?」
それは、精神的死を意味していた。彼女の期待はすぐに裏切られた。
「弟はやはり死んでいます。それなのに……なぜ生かし続けるのですか?」
リアナは怒りを込めた瞳をグレファンスに向けた。彼女にとってこれは拷
問にも等しい仕打ちであった。
グレファンスは水の中のマーナーを見やり、
「それでも彼は生きている。ソフトを入れる前のハード……、そう表現しよ
うか」
「……?」
穏やかなその口調に潜む薄皮のような意図を、彼女はうまく感じ取れなかっ
た。
「マーナー君はソフトウエア分野において大人顔負けの技術と実績を持って
いる。……昨年の遺伝子プログラム学会で発表されたマーナー君の理論と人
A L
工生命処理系は実に高い評価を得ている」
「それが一体……?」
弟は生前、遺伝子処理系で画期的なプログラム手法を開発していた。それ
が今この場で何の意味があるのか、彼女は困惑した。
「彼の精神は脳波消失と共に霧散した。風を失った風車と同じだ」
その言葉にリアナはそっとうなずく。
「止まった風車は、風が吹けばまた動き出す……」
古里を想うかの様な静かな口調に、彼女ははっとした。
「弟が……マーナーは生き返るのですかっ!?」
そうであって欲しかった。祈るような気持ちだった。
グレファンスは首肯した。それを見た彼女の表情が歓喜のそれに変わる。
61 :
竹紫:02/06/17 23:35 ID:l8buoXdw
「お願いします! マーナーを助けて上げて下さい、わたし何でもしますッ」
グレファンスはリアナの言葉を快く受け止め、
「そう、これは君の力が必要なのだよ」
と言い渡した。
「わたしの……?」
「マーナー君の意識を覚醒させるには、彼の脳波を再現する必要がある。そ
れが『風』にあたるものだ。
つまり、彼の脳波を完全再現できる装置が必要なのだよ」
「はい……」
「だが現在、人の脳と同等の働きを行う装置は開発されていない。実用化は
恐らく五〇年以上先……、その五〇年を一年に縮める発見をマーナー君が手
に入れていた筈だ」
リアナは隣室の弟に眼を移した。自分を救う技術を彼の精神は天国に持ち
去ってしまったのだ……、なんという皮肉か。彼女の頬を涙が伝う。
「君は弟さんからDIL(人工知性)理論についての話をされた覚えはある
かね?」
グレファンスは構わずに訊いた。
彼女の脳裡に自分の発見した理論を自慢げに話すマーナーの姿が浮かぶ…
…。覚えがある……、あったのだ!
「あります。難しい理論を幾つも聞かされました……」
グレファンスは満面に笑みを湛えてうなずき、
「難しいと感じたのは、君にコンピュータの知識が足りない為だ。……きっ
と君は弟の理論を引き継いでいる筈だ。
学びたまえ。弟のために……」
62 :
竹紫:02/06/17 23:36 ID:l8buoXdw
彼女が乗り込むや、セダンはなめらかに滑り出した。
「一体どういうつもり?」
運転席の白い男は無言でリアナの問いに答える。男は、高層ビルの一室で
不可思議な計画を話し合っていた、二人の男の片割れであった。
無駄と気付くや、リアナは口を閉じた。
「太陽系へと向かいます……」
ややあって、今度は男が口を開いた。
「なんですって!?」
「予定が少し早まりました」
リアナは眼を剥いた。
「契約違反よっ!!」
「あなたの招いた失態です」
問答無用の響きに、身の危険を感じたリアナはドアノブに手をかけた。
「止めてっ! わたし降ります!」
しかし、ドアはロックされていた。
ガンタイプ
銃型無痛注射器を握り締めた男の右手が窓を叩くリアナの背に延びる。何
のためらいもなく引き金を引く。
パスッ!
意識を失い、彼女は力なく崩れ落ちた。
63 :
竹紫:02/06/17 23:37 ID:l8buoXdw
ガレージの赤いモーターサイクルの脇で、ウォリスは唸っていた。
インジェクション
タンクも外した、燃料噴射装置も外した。だがラジエータが邪魔だ。ずら
そうにもフロントタイヤが邪魔だ。直噴式V型エンジンはやはり整備性が悪
い。
「ウォリスはどうして走るの? 同じ道を何度も往復して、どこが楽しいの?」
旧式のガソリンエンジンからスパークプラグを抜き取ろうと四苦八苦する
ウォリスの傍らで腰を下ろし、長い黒髪を後ろで束ねた少女が頬杖を突きな
がら訊く。
「コーナーがあるからさ……」
「カーブなら何処にでもあるじゃない」
茶化したようなウォリスの答えに、少し怒ったような表情で少女が言った。
「そうじゃない。時速二〇〇キロでこう、バキーンと突っ込むだろ?」
ウォリスはオイルまみれの右手で手刀を立てて突き出した。
「そこでフルブレーキング。三速一二〇キロくらいでビシッとフルバンク」
手刀を横に倒す。少女はわくわくしながらそれに見入る。
「そのままスロットルで前後の荷重をコントロールしつつ、タイヤのグリッ
プを感じながらコーナー出口を睨むだろ?」
曖昧に少女はうなずく。
「そこには出口以外の何かも待っている。何かだ。……だが見当たらない」
大きくうなずく少女。
「それを捜してるんだな」
ウォリスは一人、眼を閉じて何度もうなずき、少女はあんぐりと口を開け
た。
64 :
竹紫:02/06/17 23:38 ID:l8buoXdw
「なによそれぇ?」
「でよ、最近はもっとすげえモノがある場所を見つけた」
己の言葉に満足したウォリスは更に続けた。
「どこよ?」
「『空』さ」
「え?」
「ストレートを走るといつも見える、その上の青い空。そこには何故か惹か
れるものがある」
「空は確かに綺麗よね」
意味不明とも言えるウォリスの言葉に、ようやく自分が共感できる部分を
見つけ彼女は小さく微笑んだ。
「そう。空を理由なく嫌う奴はいねえ」
その言葉にも少女はうなずいて見せる。
「その空に、今のおれがこいつで見つけようとしているモノより、もっとす
げえモノが隠されてる」
赤いモーターサイクルのシートを撫でながら、歌うようにウォリスは言う。
少女は少し考え、
「わたしわかるなぁ、それ。……やり方は違ってても、ウォリスの捜してる
物はきっとわたしと同じ物ね」
と微笑んだ。
「かもな」
少女の笑みにウォリスは答えた。
65 :
竹紫:02/06/17 23:40 ID:l8buoXdw
聞こえる。遠くで何かが轟いている。極端な低音と高音が混ざりあった響
き──戦闘機の高出力エンジンの響き。
この独特のトーンは量子ラムジェットのものだ。かなり近くを通り過ぎて
いる筈だが、防音設備がそれを遥か彼方からの物としている。
AF02──。その単語が彼の意識を浮上させた。
ウォリスは視界が赤い光で閉ざされていることに気付き、まぶたを押し開
いた。ベッドの上だった。自分は眠っていたらしい。
──また昔の夢を見たな……。プロジェクト開始以来懐かしい顔に立て続
けに出逢っている、そのせいか。
彼は苦笑した。夢の内容はおぼろげながら覚えている。探し物──自分は
何かを見つける為に飛んでいる──、忘れて久しい理由だった。
だが、不意に訪れた和やかな心境も、親友の死という現実に塗り潰される。
「おはよう」誰かが傍らのデスクでキーボードを叩いている。ウォリスは飛
び起きた。
「仕事サボって寝てるなんて、いい御身分ね」
そう言ってウォリスを振り返ったのは、圭子・ジュリアーノだった。
「お前……」
「どうやって入ったかって? ドアのロックなんてちょっといじれば簡単よ」
力こぶを作る仕草で圭子は小さく笑った。
「……」
その言葉に呆れたふうな表情で答えたウォリスは、ベッドから降りおもむ
ろに洗面所に足を向けた。水を出そうと手を伸ばすと、ひとりでに蛇口から
水が迸った。
怪訝そうな表情でウォリスはボリューム式スイッチをひねった。そうする
ことで水が出る筈だったが、もうすでに水は程よい勢いで洗面台を潤してい
る。
とりあえず顔を洗い、右手をスイッチに向けると、水流は止んだ。
スイッチを元に戻し、顔をタオルで拭いながらリビングを横切り、デスク
のある寝室へ戻る。
66 :
竹紫:02/06/17 23:41 ID:l8buoXdw
圭子は最初に見たときと同じ姿勢でデスクに向かってコンピュータを操作
していた。
「勝手に水が出たでしょ?」
そのままの姿勢で圭子が訊く。
「……お前の仕業か」
気の抜けた声でウォリスは応じた。
「あたしのせいじゃないわ、このOSよ。……意味ありげなHMDが置いて
あったから中身を実行してみたのよ。
そしたら勝手にこの部屋の機器を制御下に入れちゃったのよぉ」
「……」
「それにこのOS、あたしを知ってたのよ。簡単な会話もこなすしね」
自分を指差しながら圭子は振り返った。
「そうか……」
努めて明るく振る舞っていたが、ウォリスの気のない返事を聞いて彼女の
表情も彼同様暗く沈んだ。
「お友達……、お気の毒だったね……」
「おれが殺した……」
「どうして? 事故だったんでしょ?」
「おれのせいだ……」
「何故!? 何故決めつけるの?」
言いながら圭子は椅子を蹴って立ち上がった。諭すような、哀れむような
視線をウォリスに向ける。
「……おれが勝手に隊列を離れ、ケイスとグースは死んだ」
その瞳から逃れるようにウォリスは顔を背ける。追うように圭子はその腕
にすがり、ウォリスの顔を見上げた。
「あの時と……あの時と同じじゃない! どうして自分を責めるのっ?」
67 :
竹紫:02/06/17 23:41 ID:l8buoXdw
七年前、マーナーの死に対するウォリスの言葉もまた同じだった。その日
から彼は、ワインディングロードでの挑戦と、『何か』の探求とを棄てた。
「おれなんだ……おれが殺したんだ……」
「そうやって今度は飛行機もやめるの。……やめれば友達が生き返るの?
マーナーは生き返るのっ?」
答えて欲しかった。否……と。思い切り両手に力を込めてウォリスの腕を
揺さぶる。
ハイスクールでのウォリスは男子の中では誰よりも輝いて見えた。そんな
彼に憧れた自分もいた。リアナに自分は叶わないと悟ったとき、二人を見守
ることで圭子は満たされた気持ちになった。
七年ぶりに出会ったウォリスはあの頃とちっとも変わらず輝いていた。
その彼が夢を捨てる。ウォリスがウォリスでなくなってしまう。自分が恋
い焦がれた男が死んでしまう。そんな不安が彼女を突き動かしていた。
「もう誰も死なせたくないんだ……」
ウォリスはそっと圭子の手を解き、寝室を後にした。
「空の……空での探し物は見つかったの?」
部屋の外に見えるウォリスの後ろ姿は小さく首を振って否定した。
寝室の隣、リビングの窓からは基地の滑走路の誘導灯の光の粒がよく見え
る。
「──探し物か……」
ガラスに映る自分を見つめ、遠い記憶を探るように彼は呟いた。
68 :
竹紫:02/06/17 23:43 ID:l8buoXdw
寝室に一人たたずむ圭子は、その音に小さく驚いた。
電話のベルに聞こえるが、この部屋に電話はない。
その音がデスクのコンピュータのものと気付くのに二秒ほど費やした。
電話を使わず個人のコンピュータに直接回線を繋ぐことは一般には禁止さ
れている。圭子は不審に思ったが、聞こえている筈の隣室のウォリスが対応
ナラ
しないので自分もそれに倣った。
しかし、ベルは執拗に鳴り渡る。
電話を無視する行為は、やがて相手が諦めるであろう期待で成り立つ。圭
子はいつからか無意識に数えていたベルの数が三〇を越え、しびれを切らし
た。
「もしもし」
モニターに点滅する電話機のアイコンに指を触れて応答した。
『助けて! 誰か助けに来てっ!』
スピーカーから漏れる悲鳴に近い叫びは紛れもなくリアナのものだった。
「リアナ!? リアナなの?」
『圭子!? 圭子助けて。私殺されるかもしれないのっ!』
相手が圭子であると知ってリアナの口調に落ち着きの色が見えたが、そう
は思わせない台詞が圭子を困惑させた。
「どうしたのリアナ。今何処にいるの?」
ミニコン
『宇宙船の中よ! 閉じこめられているの。超小型電算機をここの端末に接
続して通信しているわ。お願い早く助けに来て!』
「どういうこと?……ウォリス!」
話は見てこないが切迫した状況であることは十分感じられる。圭子は振り
返ってウォリスを呼んだ。だが彼女の位置から隣室のウォリスの姿は見えな
い。
『ウォリスもいるのね!? お願い助けて! 地球よ、このままでは私、地球
に──』
69 :
竹紫:02/06/17 23:44 ID:l8buoXdw
唐突に回線は切断された。
「リアナ! どうなったの? リアナ!」
デスクに身を乗り出した圭子だったが、画面にはNOCARRIER.の文字だけが
生々しい傷跡の如く残されていた。
ウォリスにこの事を知らせようと振り返ると、寝室の入り口に茫然とした
表情のウォリスが立っていた。
「ウォリス! 今の聞いたでしょ? 早く警察に知らせないと!」
そう言って圭子はウォリスの脇を駆け抜けてリビングの電話機に駆け寄っ
た。
受話器を取り上げて非常連絡ボタンを押す。
そこへ背後からウォリスの手が伸びて電話機本体のリセットボタンを押し
た。
「何するのよ!」
受話器を奪い取ろうとするウォリスを押しのけながらの圭子。
「警察になんて説明するんだっ?」
「あなたリアナの言うことがウソだっていうの!?」
「嘘も何も、どう説明したら警察が動くんだ?」
圭子の狼狽を弾き飛ばすようにウォリスは言い放った。
「じゃあ、あたし達はどうするの? リアナを放っておくの? 地球って言
えば太陽系よ。ここから三億光年以上あるのよ」
「何ができるってんだ!」
「助けに行くのよ! 基地には戦闘機があるでしょ。まだ星系にいるなら助
けられるわ!」
「誰が操縦するんだ。勝手に飛び出せば軍法会議だぞ!」
70 :
竹紫:02/06/17 23:45 ID:l8buoXdw
「あなたでしょ? 規律違反はお手の物でしょ。この後におよんでまだあの
ことを気にしてるの? 信じられないっ」
「……」
圭子の言葉の前に彼は押し黙るしかなかった。
「わかったわ。もうあなたには頼まない!」
ウォリスがそれ以上何も言わないのを見て、圭子は踵を返した。
圭子が部屋を出て、ドアが閉じてもウォリスは立ち尽くすばかりだった。
──おれが飛べば大切な仲間が死ぬ……。
「もう飛べないんだよっ!」
誰に言うでなく叫び、ウォリスはソファに倒れこんだ。
71 :
竹紫:02/06/17 23:46 ID:l8buoXdw
3
午後の飛行プログラムが終了したのだろう。自動車が行き交うように聞こ
えていた基地からのジェット音が静まった……。それから長い間ウォリスは
帰らぬ友への記憶を、時の向こうから手繰っていた。
気が付くと眠りに落ちる前と同じことを考えていた。あのとき自分のやり
方を変えていたら、グースやケイスは助かっただろうか。勝手に隊列を離脱
した自分。レトラーの制止を簡単に聞き入れてしまった自分もそうだ。
圭子の言葉でマーナーのことまでウォリスは考え出した。あのときはバイ
クで峠を攻めるのをやめることで自分を戒め、故人への償いとした。何より
大切な友を失うことが無くなる。それで自分は安心した。楽になれた──
「ウォリス」
ウォリスは自分を呼ぶ不思議な声を聞いた。
それは極めて小さな音であった。もともと少ない音量に加え、距離もある。
「お願いウォリス……」
確かに聞こえる。ウォリスはその不可思議な声の主を探し辺りを見回した。
「……助けて」
ウォリスの瞳は、寝室の中で点滅する光を認めた。無人のため照明が自動
的にカットされた筈の寝室で、照明が点滅を繰り返している。管理システム
の故障が考えられた。
ウォリスは立ち上がり、寝室へ向かった。
入り口から中を覗く。
72 :
竹紫:02/06/17 23:47 ID:l8buoXdw
覗いた途端、照明が消えたままになった。デスクのモニターが画面を紅に
染めた。
「ウォリス リアナを助けて…… 圭子は本気 早く助けて」
その声はデスクのコンピュータのものであった。音声合成機能はない。音
源と言えばビープのみである。
「リアナはもう星系にはいない……ワープしたわ あなたには地球へ行ける
力がある」
──機械音声。AI……リアナのAIがコンピュータを喋らせている。
ウォリスは直感した。
「……おれが地球に行ける? 力って何だ?」
「あなたには人類の希望を担う翼がある」
「翼……。TH-11……いや、TH-32か?」
「そうよ」
「無理だ。あいつで飛んでも三億六千万年以上かかる」
「ハイパードライヴ・ブースター……」
機密である筈の情報が画面に表示され、ウォリスの脳裡に圭子の言葉が蘇っ
た。
『今度のは恒星間渡航ができるわよ』
「そうか……そうだっ!」
ウォリスは駆け出していた。
「頑張ってウォリス……あなたに譲るわ 彼女を」
モニターの電源が落ちた。
73 :
竹紫:02/06/17 23:49 ID:l8buoXdw
真っ暗なエプロン、人の気配はない。ドアの脇に灯る赤いシグナルだけが
唯一眼に付くものである。
不意に金属質な打撃音が立て続けに響き渡った。
レッド グリーン
やがて、ドア脇のシグナルが閉鎖から開放に変わり、モーターが自らの意
志とは無関係の弱々しい音を響かせてゆっくりとドアがスライドし始めた。
懐中電灯片手の人影が、開いたドアの隙間から肢体をねじ込ませる様にし
てエプロンに侵入した。
ウォリスであった。
彼は手首をひねって懐中電灯の光を走らせた。光輪の中にTH-32の姿が浮
かび上がった。黙って操縦席側のラダーを伝う。
「遅かったわね。あたし眠ってたのよ」
登り切って機体に手をかけたところで出し抜けに声をかけられ、ウォリス
は驚きの声を上げた。危うく足を踏み外しかける。
後部座席を照らすと、パイロットスーツ姿の圭子がシートに収まっている。
「ケーコ、お前……」
「バッカじゃないの? 無理矢理こじ開けたら警備システムに引っ掛かるわ
よ」
ドアを指差しながら、圭子は呆れ顔で忠告した。
「お前なんでそこにいるんだ?」
不機嫌そうにウォリスが訊く。
「決まってるじゃない。リアナを助けに行くのよ」
「馬鹿かお前は? 捕まったら軍法会議で死刑だぞっ、連れて行けるかっ!」
ウォリスは圭子の胸倉を掴み上げて叱咤した。
「TH-32はあなた一人の力じゃ飛ばないのよ! 燃料は? 武器は? ハイ
パードライヴブースターはどうするの?」一息に言われ、ウォリスは機がす
べての装備を完了した状態であることに気付いた。──彼女が用意したのだ。
74 :
竹紫:02/06/17 23:50 ID:l8buoXdw
「ハイパードライヴブースターを自動制御するプログラムはまだないのよ。
リアナがワープした後だったらどうするの? あたしが細工してなかったら、
ドアを壊した時点であなたお縄になってるのよ!」
「……ハイパードライヴブースターは扱えるんだな?」神妙な顔で圭子がう
なずくと、ウォリスはおもむろに彼女をシートに降ろし、
「帰りはそっちに二人だぞ」
そう言い捨ててウォリスはコックピットに滑り込んだ。圭子は笑顔で「う
ん!」とうなずいた。
キャノピーを閉じてウォリスはすぐにエンジンに火を入れる。ジェットの
アイドリング音は彼に程よい緊張を促した。
同時にAGL注水を開始する。その合間に機体の装備の点検をする。バル
カンを始め固定武装の弾薬は満タン、外装にはコンフォーマルパック、両翼
には予備のサテライトと見慣れぬミサイルが装備されている。わかるのはそ
れだけで、彼の知らない武装はかなりあった。
「なあ、主翼に装着してある『quantumbomb』ってなんだ? 他にも知らねえ
モンが色々付いてるが……」
振り返ってウォリスが訊いた。
「ああ、それは量子爆弾。別名ブラックホール爆弾、ハイパードライヴする
ときに発生する特異点を逆手に取った爆弾よ。どんな堅固な物体も一撃で素
粒子に分解できるわ」
「……物騒なモンだな」
「他の装備もAOF用に開発された新型よ。……まだテストも終わってない
のばかりだけどね」
そう言って圭子は小さく舌を出した。
75 :
竹紫:02/06/17 23:50 ID:l8buoXdw
「ま、どうにかなるさ」
ウォリスは機体をエプロンの出入り口に向かわせながら宣言した。
ライトに照らされた出口は当然の如くシャッターが閉じられている。
「行くぜ、ケーコ!」
「オーライッ!」
ウォリスはスロットルを全開にした。
シャッターを突き破ったTH-32はVTOLハッチを開いてあっという間に
舞い上がった。
76 :
竹紫:02/06/17 23:51 ID:l8buoXdw
「なにィ!?」
量子ラムジェットの轟音を聞いて、社宅の廊下を歩いていたグラウが叫ん
だ。急いで近くの窓を覗く。
光点が空の彼方へ消え行くところであった。基地の警報が追うように鳴り
響く。
「あいつ……、一体何を……?」
窓枠に添えられた両手が無意識に強く握られていた。
77 :
竹紫:02/06/17 23:51 ID:l8buoXdw
クロノス上空の監視衛星が猛烈な速度で大気圏を離脱するTH-32の姿を捉
えた。照準を定め、ミサイルの群れを吐き出す。
ミサイル達は氷の粒を棚引かせ、投網が如くの広がりを見せてウォリス達
に襲いかかった。
「ウォリス、直上から迎撃ミサイル多数!」
「りょーかい!」
圭子の報告を受け、ウォリスはミサイル群に視線を合わせた。キャノピー
後方の銃身が旋回しミサイルを迎え撃った。
パルスビームの火線が群がるミサイルどもを次々となぎ払った。負けじと
近くの衛星がビームを放つが、鮮やかな機動で回避される。
やがて防衛線を突破したTH-32は更に加速を続け、暗黒の空の彼方に消え
た。
78 :
竹紫:02/06/17 23:52 ID:l8buoXdw
指令室は騒然としていた。
モニターには監視衛星からの映像がいっぱいに映し出され、何人かの男達
が慌ただしく罵り合う様な声を上げつつキーボードを叩いている。
「監視衛星の攻撃、全て回避されました。歯が立ちません!」
オペレーターが唾を飛ばしつつ声を上げた。
「α-1は開発中の新装備をほぼ全種持ち出していますッ!」
別のオペレーターが振り仰いだ。その先にはカーマイン大佐の姿があった。
「奴を止められるのはΩ-1だけだ、パイロットを上げろ。α-1を追跡、撃
墜せよ!」
大佐の言葉にオペレーターは大仰しく答える。それを確認した彼は一息つ
いた。
──問題児め、行き先は何処だ? 宇宙に人が住める星など何処にも無い
ぞ。
大佐はその星の存在を失念していた。
地球……人類始まりの地──
《つづく》
79 :
竹紫:02/06/17 23:54 ID:l8buoXdw
一回貼り付けるのに丸一時間か……
眠い……
どうせ誰も読まないからもう貼らなくてもいいよ。おつかれさま。
俺は今、ちょっと感動している。
82 :
名無しさんだよもん:02/06/18 07:45 ID:HFa51hZ1
超SS降臨上げ
読んだ。超凄かった。
移転おめ
オロ (´д`;三;´д`) オロ
新スレは此処ですか?
>>10 超先生の超SF考証に感動しますた。
>フォース艦隊の前方に配置されている小型監視衛星。
艦隊に所属してるのに「衛星」ってことは、
惑星級の巨大宇宙船があって、その周りの軌道をまわってるのかな。
さすが超先生。スケールがでかいや。
「まわってるものを『前方に配置』って、どういうこと?」
などという無知なつっこみをしてはいけないよ。
実際に「静止衛星」というものが存在するんだからね。
>コレクティブ・スティック
操縦桿とスロットル、ラダーペダルで操作する通常の機動に対して、
さらに、垂直方向への加速を行うためのレバーだね。
反動操縦が原則の宇宙機には当然の、理にかなった装備だよ。
>形態は自動車のサイドブレーキに酷似する。
ぐいっと引いたら、まうえに上昇(RR)するんだね。
身近なたとえが、わかりやすくていい。さすが超先生だ。
でも、真下にもぐり込みたいときはどうするんだろう。
サイドブレーキを逆に押し込むのかな。
>ペダルを同時に踏み込む特殊操作により、操縦桿で機能を代用する場合もある。
ペダル両押しはギアブレーキと同じ操作だね。さすが、飛行機にも詳しい超先生。
地上でのブレーキ操作中に、うっかり操縦桿を引いちゃうようなヘボパイロットには、
超先生の超メカは操縦できないんだね。
>軽量で、種類によって硬度は鉄の八倍以上。
「鉄の八倍」じゃたいしたことない、なんて恥ずかしいこと言っちゃいけないよ。
現在のFRPが鉄より優れてるのは、引っ張り強度や、曲げ剛性だけなんだから。
ポリマーアロイは「硬度」が鉄の八倍なんだよ!すごいね。
ところで、鉄の硬度って、どのくらいなんだろうね?
>宇宙空間で運用される電子機器は電気ではなく光が回路を巡っている。
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!
電子じゃないのに電子回路! この見事なRR!!
これこそ、超先生の天災たるゆえんだね。
>三一世紀のコンピュータは光回路使用により発熱もなく光速で稼動する。
二一世紀のコンピューターは、電気の速度でしか稼働できないのにね。
すげーや三一世紀。
導体の中を流れる電気信号に比べて、光回路の中の信号は何倍くらいのスピードなんだろう?
僕には想像もつかないよ。
>ところで、鉄の硬度って、どのくらいなんだろうね?
悪魔将軍風に言うと硬度4だっけ?
鉄のなかでも、「鋼」であれば、けっこう硬いものがあったような気もしてきた。
>90
硬度10・・・(ダイヤモンド:硬い悪魔将軍)
硬度09・・・(サファイア:ロビンマスクの鎧)
硬度08・・・(エメラルド:硬くなる途中の悪魔将軍)
硬度07・・・(鉄:キン肉マンの鉄のカーテン)
だそうで
SF用語解説 エピソード5
海王星(Neptune)
太陽系の第八番惑星。その存在はフランスの数学者ルベリエによって予測されていたが、
一八四六年その計算通りの場所で発見された。太陽からの平均距離四四億九七〇〇万キロ、
公転周期は一六四・八年、自転周期は一六時間四分。直径四万八六〇〇キロメートル、岩
の核部は一万六千キロ、質量は地球の一七倍。八本のリングと直径二万キロの大暗斑が外
見的特徴。衛星はトリトン、ネレイドなどの八個を持つ。西暦三〇一七年現在、冥王星と
並んで太陽系の外部監視拠点として解体を免れているが、その監視体勢は極めて怠慢であ
る。
重力波通信・ニュートリノ通信
重力波、ニュートリノは空間を光速で伝導し、どんな物質的障害にもほとんど干渉され
ることなく進む。長距離間でも劣化が非常に少なく電波に比べ通信媒体としては優秀であ
る。未来の一般的長距離通信方法。
アンアポトーシス(un apoptosis)
生物を構成する細胞が自分の役目を終えたり、不要になると自ら死ぬ現象をアポトーシ
スと呼ぶ。そのメカニズムが解明されれば、生命は不老不死となる。不老不死とその処置
をアンアポトーシスと呼び、現在もアポトーシス解明を目指し研究者たちが凌ぎを削って
いる。
火星(Mars)
太陽系第四惑星。地球が廃棄された後、人類の移住拠点となる。現在は若干の労働者の
みが居住している。公転周期の三分の一にあたる約二二〇日間は太陽に照らされるが、そ
れ以外は全て夜である。そのため地上の都市は高分子ガラスのドームに包まれ徹底した温
度管理が行われている。太陽からの平均距離二億二七九〇万キロ、公転周期六八七日、自
転周期約二四時間半、直径六七九四キロ。フォボス、ダイモスの二衛星を持つ。
E・S・P通信(extra sensory perseption communication)
地球文明において超能力は解明されつつある。既存の物理学の影響を受けない超科学分
野の念波を利用した通信はどのような距離も無効となる。相手のサイコウェーブに同調さ
せれば機密保持も完全であり、不特定の受信者に対する通信は傍受されやすい特性も、短
所というにはあまりに些細である。
色相分離反射塗料(multi reflection paint)
光線をミクロン単位の半透明多層皮膜によりスペクトル分解させて反射する工業用塗料。
白色光の下では、本来の色とは別に七色の光を放つ美しさから、自動車向けの需要が多い。
圧縮テクタイト(high tectite)
黒曜石に似た鉱物結晶体。アルミニウムやベリリウムなどを高温高圧、大量放射線環境
下で変質させた物質で硬度が高く重い性質の為、機械式銃器の弾頭に使用される。
人工生命(artificial life)
自然の生命体や生態系に特有の、自律的な現象をコンピュータのなかで模擬する研究分
野。生命現象で重要な遺伝・進化・適応といった現象のアルゴリズムを発見するのが主な
研究内容。人工知能開発において最も重要な課題でもある。
CHAPTER 5
1
暗黒の海を亜光速で疾走するTH-32。ウォリスの眼の前に広がる光景は、
前方に密集し視野を広げるに連れて数を減らし、色彩を虹色に変える星々の
海である。背後の星はまばらで皆一様に赤い……、亜光速が織り成す幻想の
世界と言えよう。
「ここまで来れば誰も追ってこれないぜぇ」
ウォリスは自慢げに口を開いた。
「もういいわ、速度を落として」圭子の指示で機体は逆噴射を開始し、景色
が常態に復帰した。
「クロノス周辺に船影は見当たらない。……代わりに空間エネルギー密度の
減少した宙域を確認したわ」
民間の人工衛星からクロノス周辺の状況を引き出したが、それらしい船影
は見当たらない。だが、機体の空間センサーが時空間湾曲の形跡を発見した。
「空間エネルギー密度の減少……?」
ウォリスは聞き慣れない言葉に首をひねった。
「誰かがクロノスの近くでワープしたのよ」
「それがリアナの乗った船か……」
ウォリスの言葉に圭子はうなずいた。
「行き先はわかるのか? 地球だとしても位置はまったくわからんぜ?」
真っ先に浮かんだ疑問をウォリスが放った。
「簡単よ。空間のワープ跡を見れば一ヶ月くらい前のものまでわかるわ」
「なら早速ワープだ。……どうすればいい?」
圭子はワープ──ハイパードライヴの手順をウォリスに説明した。
ハイパードライヴは、高次元に繰り込まれている空間の量子力学的エネル
ギーの流れを遮断することから始まる。流れをせき止められたエネルギーは
その場に蓄積し、重みで空間を湾曲させる。空間は曲がり、角度は立ち所に
三六〇度を越える。一種のブラックホールの誕生である。そして、高速回転
するブラックホールの外周に歩調を合わせ侵入する。
ブラックホール内に消えた物体は無限分の一秒後にはまったく別の空間に
出現する──
これがハイパードライヴの概要である。
「始めるわよ……」
圭子はハイパードライヴブースターのスイッチを入れた。機体に背負われ
たボーリングピンの様なブースターが先端と中間の透過部分からエメラルド
色の光を放ち始める。
それを合図に、機体は空間のある点を中心に旋回を始めた。
「現在速度、秒速一八〇km。操作系を神経パルスモードでそっちに転送」
緊張した声音でウォリスが状況を圭子に伝える。
「了解。侵入角度設定、楕円軌道に修正」
圭子の指示通り機体はバーニアを閃かせて楕円軌道に入った。
「ブースター内、圧力臨界」
言いながら、彼女はモニターの数値とグラフを睨む。千分の一秒で発生し
たブラックホールに狙った角度で侵入する。タイミングを誤れば特異点に激
突して機体は素粒子に分解される。たとえ激突を免れても、地球へはたどり
着けない。誤った出現場所に天体が存在すれば墜落──。
全てはモニターの情報を元にタイミングを取る圭子に握られている。タイ
ミングが合致したデータを読み取った瞬間に、彼女の脳から送られた神経パ
ルスが機体を操り、同時にハイパードライヴブースターにも指示を送る。─
─この作業は彼女の知る限りまだ自動化されていない。
「ウォリス、うまくいったらキスして……」
「ああ、舌も入れてやる」
その言葉を遠い呟きの様に圭子は聞いた。機体が楕円を描くごとに一回づ
つタイミングはやってくる。彼女は今から三度目のタイミングに合わせるこ
とに決心した。
今一度、設定した数値とグラフの形を思い浮かべる。
一回目のタイミング。固唾を飲んだ──
前席のウォリスに眼をやった。彼女の視線気付いたウォリスは、親指を立
ててウインクする。
二回目のタイミング。最後の瞬きをした──
モニターの数値とグラフが目まぐるしく変化する。乾いた眼が痛い。
──来る!
「ドライヴ・インッ!」渇きに耐え切れず眼を閉じ、圭子は叫んだ。
一瞬、景色が丸く歪んだ。
次の瞬間、元に戻った。
無限分の一秒で数億光年を飛び越えた偉業に、現実は精一杯の無愛想で応
じる。あまりにあっけない出来事であった。
「ドライヴ・アウト完了……成功よ」
モニターはオールグリーン。計算通りだ。圭子はほっと胸を撫で降ろした。
ウォリスの顔が見たくなり、眼を上げた。
「上出来だ。まあ、これをしくじるようじゃ、先が思いやられるしな」彼は
笑顔で労いの言葉をかけた。小さくうなずくことでそれに答える。決して気
の効いた誉め言葉ではなかったが、今の彼女には一番の報酬だった。
「御褒美のキッスはお預けな」
ウインク一つ残して、ウォリスは前面に向き直った。
TH-32は主翼下のパイロンに釣り下げられたサテライトを分離して展開さ
せた。
「アクティブ・ステルス作動。磁場を後方にセット、これで背後から見つか
る気遣いはなくなった……。と思う」
最大の防御であるA・Sを作動させたが、ウォリスにはあまり自信が無かっ
た。
地球……、太陽系の科学がどの程度進歩しているのか、彼には全く見当も
つかない。
「むやみに己を過信することは取り返しのつかないミスに繋がる」簡単な戒
めであった。
「レーダーは?」
圭子が訊く。
「使わない。へたに電波や赤外線を放射すれば、発見されやすくなる。……
使えるのはアイレーダーだけだ。
ちなみに半径五〇〇キロ以内にめぼしい物体は見当たらない」
「ここはどの辺かしら?」
辺りを見回すが、眼に入るものは何もない。ありふれた星の海である。
「さあな、知らない外国の街で人を捜すようなモンだぜ」
「太陽はどこ?」
チャート
「わからん。宇宙海図も役に立たねえ……」キーを叩いて現在位置を割だそ
うとするが、人類分割法によって人々の記憶から抹消されつつある世界であ
る。データにはない。
「待てよ、二・一〇の方角に大規模な赤外線源があるぜ」
拡大図が表示されるが、見えるのは黒い空間のみである。
インフラレッド
「赤外線だけを出してるの? 赤外線星?」
ブラック
恒星が進化の最終段階に達し核融合反応を終えて輝きを失ったものを黒色
ドワーフ
矮星というが、余熱を持っているものは赤外線を放射する。それを赤外線星
と呼ぶ。闇夜に浮かぶ黒い星……宇宙航海上での危険の一つとされる。
「わからん。ここから約三〇天文単位(約四六億キロ)。……ここは本当に
太陽系なのか?」
太陽系の太陽が矮星と化す運命であったとしても、それにはまだ五〇億年
は必要だ。彼等の疑念はより一層大きなものとなった。
「惑星を探しましょ。太陽系には確か九つの惑星があった筈よ」
圭子の提案で赤外線源を中心とした天体観測が始まった。
それも同じ星のように見えるが、光のスペクトルを分析すれば恒星と惑星
の区別は容易である。……しかし、太陽に照らされない惑星は暗く、観測は
難しい。
結果は五分で出た。
「一〇等星以下で惑星らしき天体はたったひとつ。──代わりに重力波測定
で面白い結果が出た。惑星と見られる重力源が六つ、そのうち四つから電波
を観測した。それと恒星クラスの重力源がひとつ。──あの赤外線星がそう
だ」
ウォリスは観測データを後席のモニターに回した。
「数が合わないわ。太陽系じゃないのかも。
……でもリアナは確かにここへ連れられた筈よ」
「だな……」言いながら、彼はモニターを操作する。ウィンドウが開き、ま
たもや闇だけを映した。
「こいつがここから最も近い惑星候補だ」画像をCG処理すると、球体が浮
かび上がった。
「直径約五二二〇〇キロ、質量1.02×1026kgだ。距離はここから八億キロあ
たり」
「まあまあの大きさね。人は居そう?」
「電波が出てる。いるらしいな」
「なら行って見ましょうよ」
ようやく見えた希望の光に圭子の表情がほころぶ。
「ああ。発見されやすくなるが、亜光速で飛ぶぞ」
ネプ
二人を乗せたTH-32は謎の惑星向けて加速を開始した。その惑星が、『海
チューン
王星』呼ばれることを二人は知らない。
2
マスターアーム
ウォリスはセフティカバーを指で弾いていた。武装統合装置の安全装置は
解除になっている。パイロットは武器を選択し、カバーを上げてスイッチに
触れるだけで攻撃ができる。彼はその状態のカバーをいじるのが癖になって
いた。
亜光速飛行が生み出す奇妙な景色が二人を包んでいる。八億キロの道のり
は彼等の翼で二〇分弱。特殊相対論の悪戯は機内の男女を二〇分ではなく、
それより短い三分足らずの時の流れへと変えてしまう。亜光速は時空を歪め
るのだ。
「どうして飛ぶ気になったの?」
一分ほど二人は黙っていたが、いたたまらないというふうに圭子が口を開
いた。
「何故だろうな……」あのAIの言葉が蘇る。ウォリスは指の動きを止め、
「飛ばなければ大事な人間が死ぬ。飛ぶことでそれが防げるならいくらでも
飛ぶさ」
と苦笑まじりで言った。背後の圭子にそれは見えない。
見え透いた嘘──言い訳の様でもあった。自分の成すべきことをAIから
教わったのだ。肉体はおろか魂すら存在しない機械に。
「……信じてた。だから後席で待ってた……ほんとは操縦くらいならできた
けど」
愛の告白にも似たその言葉にウォリスはプッと吹き出し、
「危なくて任せられかよ」
と揶揄した。
「ひっどーい!」
膨れっ面で圭子が返した。頃合を見てウォリスは逆噴射をかける。
「着いたぜ。あれが目的の惑星だ」
モニターに青黒い幽鬼の様な惑星の姿が拡大表示された。大きな黒い斑点
も見える。
「真っ暗ね。ちょっと無気味……」
「さてと、どうやって調べる?」
ウォリスが振り返った。
「A・Sを使って衛星軌道上を周回しましょ」
圭子は少し考え、最も妥当な方法を提案した。だがウォリスの表情がにわ
かに曇り、
「それなんだが……、A・Sを使うとサテライトを展開する。一回に必要な
数は六つ。現在は外部ハードポイントに八つ、専用ベイに八つの一六のサテ
ライトが装備されている」
ウォリスの操作でモニターに機体のサテライト装備状況が表示される。
アウトフィットA
「うん。あたしは恒星間侵攻用の標準武装を選んだわ」
サテライトの装備数はそれを積み込んだ圭子も理解していた。
「この機体には一度使ったサテライトを回収する機能はない」
「へえ……」
「つまり、ドライヴアウトして最初に使ったサテライトは亜光速に付いて来
れないから見捨ててきた」
「えっ、そうなの?」
彼の言葉の真意が理解でき、圭子は眼を丸くした。
サテライトは自身の移動に核融合機関を用いて、大気圏内外を問わず母機
と連携飛行する。しかしそれは戦闘空域というごく限られた空間においての
みであり、戦闘が終われば廃棄されるのが一般的だ。従って惑星間飛行を繰
り返すウォリス達はA・Sを使用する度にサテライトを廃棄することになる。
「おれとしては、なるべくA・Sを使わずに惑星を調べたい」
戦闘機は非常に小さい……よほど相手に接近されない限り発見されること
パッシブ
はまずない。ましてや新世代戦闘機ともなれば、受動的ステルス性にも優れ
ている。相手が特別、警戒を強めていない限りは被探知率は極めて低い。
この先幾つもの惑星を巡る場合を考えれば、ウォリスの意見は適切と言え
る。
「駄目よ。慎重に調査する余裕なんて無いわ。──リアナはあたし達より危
険な目に合ってるのよ!」
自分達の安全だけを考えたウォリスの言葉に圭子は立腹した。
「だけどよぉ、ここでサテライトを使ったら残りは四つだぜ? 不完全な状
態で戦闘に入ったらどうする? 全員やられたら意味がないぜ」
「とにかくリアナの居場所を見つけるのが先決よ! サテライトは六つない
と機能しないの?」
「う〜ん」ウォリスは少し考え、
「行けるな……」
そう言ってウォリスは機体を移動させ始めた。A・Sを作動させ、惑星を
周回する軌道に入る。
放出したサテライトはたったひとつ。サテライト本来の目的はアクティブ
ステルスで歪められた空間を完璧に復元して搭乗者に提供することである。
現在の彼等の行動に、完全な視界は必要ない。
「この際おれたちの視界はどーでもいい。単体でも見たいものは十分見れる」
その言葉を合図に、二人は惑星観測を開始した。ウォリスは惑星周辺の施
設の監視、圭子は通信傍受。
「ウォリス、何か見えた?」
惑星──海王星を五度ほど周回した頃、圭子が口を開いた。
「いや……。船はおろかステーションも見当たらない。そっちはどうだ?」
「ダメ、何も聞こえないわ。システムは一六〇〇万の周波数を同時にスキャ
ンできるけど、通信はキャッチできないわ。重力波かニュートリノ通信かし
ら?」
電波より高等な通信媒体を挙げるも、推測の域を脱し得ない。
「さあな、未知の通信媒体を使ってるのかもな……、どっちみち電波は出て
るんだ、人の手が入っているのは確か──」ウォリスの言葉を圭子が止めた。
「待って、聞こえたわ。12.487MHz、内線通信ね。内容は──」耳を捉えた通
信内容に彼女は驚愕した。
「全天クリア、異常なし。報告終り。……英語よ、変わった発音だけど聞き
取れるわ!」
三億六千万光年離れた宇宙で聞こえた通信が英語で行われていたことに、
圭子は不思議な驚きを感じた。
「へっ、考えてみればもともとは同じ種族、人類皆兄弟。驚くこともないさ!」
語尾に力を込め、ウォリスは機体を大きく旋回させた。両翼からサテライ
トを射出する。
「どうしたの?」
なりふり構わず大きな機動に出たウォリスの意図を圭子が訊ねる。
「偵察衛星か何かが接近中だ。見つかったぜ」
「A・Sを使っていたんでしょ。どうして?」
「戦闘用のA・Sだ。爆撃機のとは違う、完全に身を隠すことは不可能だ」
海王星の地平線ぎりぎりを飛行中の物体はアンテナと思しき物体を収納し、
大口径レーザーのレンズを露出して絞りを合わせた。睨みを利かせたその先
には、V字型に翼を広げたTH-32の姿があった。
3
その空には、傘を被った電球のような奇妙な太陽が浮かんでいた。
荒涼たる赤い砂漠の向こうにガラスのドームに包まれた街並みが見て取れ
る。天高くそびえる高層ビルを中心としたその街並みは、蜃気楼の如く揺ら
めいていた。
どこか寂れた観がある。その証拠に、幾重にも折り重なった高架道路にも、
建物の隙間を縫う路地にも、行き交う車もなければ人々の姿もない。
──ここは見捨てられたのだ。かつては街を賑わせた人々は去り、建物は
孤独と共に置き去りにされた。
グレファンス・アダム・オーディンが通された一室は、そんな街並みを見
下ろす高みにあった。外に面した壁は一面ガラス張り、薄緑色の壁にも床に
も家具など眼に付くものは何もない。閑散とした高空の一室であった。
「アミール女史、ただいま参りました」
グレファンスは窓際に立ち尽くす後ろ姿に深々と頭を下げた。
「予定より随分と早いようね」
ブロンドの長い髪をなびかせ、彼女は向き返った。若々しさと気品に満ち
た顔立ちは、二十歳そこそこと取れる。
リサ・ジェンヌ・アミール。一五〇年前、生命学の研究に携わっていた彼
女は生命最大の謎を解明、現在に至る。
「若干の手違いがありまして……、予定を繰り上げました」
そう言ってもう一度頭を下げる。
「あれは手に入りまして?」
彼女はにこやかに訊いた。その奥には絶対の服従と強制とが微かに含まれ
ている。
「はい、開発者本人を同行させました」
「よろしい、すぐに用意させなさい。──オーテックを」リサが左手の指先
を閃かせると、空中に隻眼の男の姿が浮かび上がった──ホログラフであっ
た。
軍服姿の男は最敬礼で彼女を迎えた。その背後では用途不明の巨大な真紅
の物体が整備を受けている。
「あれのテストを行います。準備しなさい」
「了解です、ボス」
男がそう答えるや、その姿は幻の様に消えた。
「アミール女史」グレファンスの呼び掛けに、リサは視線を向けることで答
えた。
アンアポトーシス
「約束の品は揃いました。私に不老不死の処置を……」
無限続くかに思える安定した生命という化学反応は、細胞が一定期間で自
滅するメカニズム──アポトーシスによって有限のものとされている。アポ
トーシスを制御する……それはまさに不老不死というに他ならない。
その言葉に彼女は小さく微笑み、
「それが約束でしたね。よろしい、下でDNA改造を受けなさい。準備がで
き次第呼び出します」
彼女は窓の外へ向き直り──それが合図であったのであろう、グレファンスは一礼して退室した。
「テストが完了し次第、彼を処分しなさい」
リアナはその一室で、ドアのオープナー相手に格闘していた。
ドアを開けるための暗号、四桁の暗証番号の入力に必死だった。
──だめだわ……。
額の汗を拭い、彼女は壁に背を預けた。
正面突き当たりの壁は硝子張りで、街並みの向こうに赤い地平線が続いて
いる。クロノスの景色に似ていた。しかし、ここは太陽系。彼女の知る筈の
ない一惑星の景色であることには違いない。
──お願い、誰か助けて!
きっと彼が助けに来る。彼女は脳裡に浮かんだ男の名を呼ぼうとした。だ
が、吐息にも似た音と共にドアが開き、虚を突かれた彼女は身を固くした。
グレファンスは一歩踏み込んだところで彼女に気付いた。
「ウォーレンス君。また逃げ出すつもりだったのかね?」
聞き分けのない娘に諭す口調で彼は訊いた。
「ここはどこなの? わたしをこんなところに連れ込んで、契約違反よっ」
彼の質問には答えず、烈火の如く問いただした。
「ここは火星。ここに連れてきたのは、君がミスを犯したおかげで予定が変
わった……それだけだよ」
リアナの怒りもものともせず、穏やかな口調で返す。
「火星? ミス? わたしはいつ星系に帰れるの? マーナーは生き返るの?」
彼女は胸中の疑問を一度に吐き出した。
しかし、彼女は弟が生き返るのかと訊いた。彼は七年前に事故死した筈で
ある。それが生き返るとはどういうことか。
「もちろん生き返るとも。ただし君がここでDILを完成させることが出来
れば、だ」
「何故? 地球に軍の機密を流してどうしようというの!」
叩き付けるようなリアナの問いに、グレファンスは小さく微笑み、
「ウォーレンス君。この宇宙に永遠の繁栄を記すのはファルサ人類ではない。
地球人類だ」と語った。リアナには彼の言葉の趣旨が理解出来なかった。
「その人類もやがて新しい支配者を迎える。
リサ・ジェンヌ・アミール、永遠に尽きることのない生命を持つ彼女こそ
が宇宙の支配者となるに相応しい」
陶然たる口調で始まった男の告白を、厳格たる面持ちで彼女は見守ってい
た。
レンズが絞りこまれ、青白い電子の流れが堰を切った様に溢れ出た。
死の光線はあるところで急激な曲線を描いて身を転じ、その先の白銀の翼
をかすめた。
鮮やかなオレンジに彩られた白銀の翼は、自らも輝くつぶてを投じて反撃
するも、鋼鉄の殺戮者はその容姿に似合わぬ敏捷さで攻撃を回避する。
「どうなってる!? 奴のレーザーが曲がったぞ!」
パルスビームを回避された事実より、ウォリスは相手がレーザーを折り曲
げて攻撃したことに憤慨した。
「リアナを助ける前にやられないでよ!」
「わかってる!」
二人のやり取りの間も飛行物体からあらぬ方向へ次々とレーザーが放たれ、
別の地点で湾曲してTH-32に襲いかかる。宇宙空間を高速で移動する戦闘機
を針の先程のレーザーで撃ち落とす所業は、室内を飛び回る蝿をピストルで
撃ち落とす程の難業である。
しかし、相手の狙いは正確無比。不可能を可能とするのは時間の問題だ。
「ミサイルだっ!」
ウォリスが念じると、両サイドに据え付けられたコンフォーマルパックか
らマイクロ波式誘導弾が放たれた。
コウモリ
闇夜をゆく蝙蝠の様にマイクロ波を吐き出しつつミサイル達は飛行物体に
飛びかかる。
だが、飛行物体からのバルカンの一斉掃射を浴びて断末魔の閃光と共に消
滅した。
それを見たウォリスは舌打ちし、
「距離があり過ぎてミサイルも対応されちまう!」
視認しやすいように海王星を相手の背景に入れる機動を取るが、それを追
うように一瞬画像が乱れ、直後に中程で折れ曲がったレーザーの残像が青い
筋として残り、行く手を遮る。
「ねえ、A・Sは作動してるの? これじゃいい的よ」
圭子が身を乗り出して叫ぶ。
「作動してるさ。だが向こうはこっちが見えている、しかたねえだろ!」
西暦二六一八年。ルノシール(旧フランス)、中華民国がハイパードライ
ヴ技術の公開と宇宙開拓権の必要性とを携えて時の連合政府に反旗を翻した。
絶対平和主義を唱えるアメリカ合衆国を中心とした連合政府はあっけなく転
覆し、ひとつの時代が終わった。第二宇宙開拓期の到来である。次々と人類
は新たな惑星系を開発し、その総人口は数千億を数えた。人類はようやく太
陽系という名の揺り篭を脱し広大な宇宙を生活の場としたのだ。
それまでに太陽系の資源は取り尽くされ、水星、金星が資源獲得のために
取り壊された。太陽エネルギーを効率良く利用するために木星を破壊し、そ
の残骸を利用してエネルギー吸収システムの建造が行われ、環境汚染が進行
した地球はシステムの管理だけのために公転を続ける。太陽系での人類の生
存拠点は火星と四つの巨大宇宙コロニーのみとなった。
故郷を捨てた人類の繁栄はとこしえに続くと思われるが、人類は戦う種族
であった。血に飢えた本能に駆り立てられ、やがて銀河大戦が勃発する。
六つの恒星が破壊され三つの惑星系が消滅し、重力爆弾が生み出したブラ
ックホールに多くの人々が飲み込まれた。その戦争の凄まじさは徐々にその
姿を醜く変え始めた銀河を見るだけで容易に知り得る。美しく渦を巻く銀河
が、二万年後には投げ棄てられた紙屑のように変貌すると算出されている。
生き残った人類は飢えた狼の群れのように宇宙を食い荒らし、その支配宙
域を広げた。しかし、人類はいまだかつて一度も知的生命体との接触を果た
していない。宇宙はあまりに広い。人類は自らを生んだ銀河の一〇パーセン
トも支配し得ていないのだ。
・ ・ ・ ・ ・
「宇宙開発が進むにつれ、代わりに地球人類は別の存在を思い出した」男は
自分とリアナを指差し、
「我々、ファルサ人類の存在だ」
と言い置いた。
「わたしたちの存在……?」
彼女は息を飲んだ。
「彼等は邪魔なのだよ。我々の存在が」
「邪魔!? 何故? 同じ人類じゃない!」
当然とも思えるグレファンスの口調に彼女は強く反発した。
「五〇〇年の時の流れは残酷だよ。血を分けた兄弟の絆をも引き裂く……。
人類の歴史は流血の歴史、地球文明は宇宙人の存在よりも争いを求めていた
のだ。……『邪魔』では語弊があるかな」
グレファンスはリアナの瞳を見据え、彼女は彼の結論を聞き逃すまいと息
を飲んだ。
「……ウォーレンス君、フォースは地球人類が生み出した生体兵器だよ」
赤い地平線と紺碧の空に彼は遠い眼差しを送る。それでもリアナの動揺は
はっきりと感じられた。
映像の乱れか景色が歪み、コックピットのすぐ脇を青白い線が切り裂いた。
それは青い残像となって網膜に焼き付いたかの様であった。
「今の当たってないのぉ?」
「ばーか、当たってたら死んでるよ!」
見当違いの圭子の問いにウォリスは罵声を浴びせた。
彼等は謎の飛行物体との戦闘を一五分も続けていた。相手の屈折レーザー
攻撃を恐れて間合いを詰めきれないため、必殺の一撃が繰り出せないでいる。
「ねえ」
圭子が訊いた。
「なんだ?」
「あたしに命を預けない?」
「何だそりゃ?」その常軌を逸した申し出に、ウォリスは呆れる他はなかっ
た。同時に響いた警報のせいもある。
やがて二人の足元の海王星表面に新たなマーカーが灯り新手の接近を告げ
る。
「惑星から援軍らしき機影が六機。こりゃ進退極まったぜ」
単体でも攻めあぐねる現状を見れば、いかにTH-32と言えど素性の知れぬ
複数の機動兵器を相手に闘うのはあまりに危険すぎる要求である。
「ますますあたしに頼るしかなさそうね」
状況が彼女を有頂天にした。
「命でもなんでも預けるからどうにかしてくれ!」
堪らずウォリスは声を上げる。彼女は天使の微笑みを浮かべ、
「ウォリスはどうにかしてレーザーを避けて相手に接近したい訳でしょ?」
「そうだ、もったいぶるな!」
「じゃあ、まずは相手のレーザーに直撃する機動で突っ込んで」
「な、なにィ!?」
思わず振り返る。
「ちゃんと前を見るの」圭子は手を振ってウォリスの視線を跳ね返し、
「あたしが一度だけレーザーを防ぐから、その隙に攻撃して」
「お前が防ぐぅ? 気は確かか?」
彼は耳を疑った。TH-32にはバリアが備わっているが、陽電子の束を加速
して撃ち出すエネルギー弾は防ぐことが出来ても、指向性の強いレーザーを
防ぐことは不可能である。
ウォリスならずとも彼女の精神状態を疑うのは無理もない。
「中途半端は駄目。真正面からドンピシャの直撃コース、これはあんたじゃ
なきゃ無理よ」
「……」
すでに援軍は散開し攻撃体勢を整えつつある。
「どうするの。やるのやらないの?」
その言葉にウォリスは天井の敵と足元の援軍を見比べ、
「任せたぜ、ケーコ!」
TH-32はロールしつつ飛行物体と相対した。
器用に高度を変え、レーザーをかいくぐって接近する。だが、それに伴っ
て確実に狙いが定まってくる。
するりとローリングしたその脇をレーザーが秒速三〇万キロで通過した。
「次の次あたりで直撃だぞ!」
ウォリスは両手で操縦桿を握り締めた。
「オッケー!」
声に合わせ、ハイパードライヴブースターが唸りを上げる。レーザーをワー
プすることで回避するのか? しかし、機体は発生したブラックホールに突
入できる状況ではない。
圭子は回路を神経に直結した。
一瞬の閃光! レーザーが通過した。残像だけが青い筋を残し、通過を過
去の出来事として二人に伝える。
今までで一番近い。
ウォリスの言う通りなら、次のレーザーは機体を串刺しにする筈だ。
相手のレンズが輝いた瞬間がチャンスだ。その映像が視神経を通過し、脳
に伝える。脳が認識した刹那、神経電流が回路に伝わり、ブースターを作動
させる。
その間〇・二秒──速すぎても遅すぎてもいけない、この一瞬だけが生死
を分かつ時……。
フリーエレクトロン
あの瞬間、ウォリスはターゲットをロックオンし、一二〇ミリ自由電子レー
ザーを叩き込んだ。三万度の杭を打ち込まれ、飛行物体の装甲は一秒と持た
ず蒸発、内部メカニズムは二ミリ秒後に装甲のあとを追った。
「やったぜ! おい」
振り返って歓声を上げたのはエナジープロダクターで飛行物体の爆炎から
エネルギーを掠め取り、フル加速で追っ手を振り切った直後だった。
ウォリスの差し出された手を片手で打ち合わせ、
「もうあんなしんどいことは沢山よ。さっきので圭子様の寿命が縮んだわよ。
……帰りのワープを想うとうんざりよ」
それだけ言ってシートにどっかと凭れた。スーツの内側は快適で、冷や汗
ひとつかいていない。かえってそのことが彼女を安心させた。
「それまでに老衰でポックリはなしだぜ?」
「そうさね、ウォリス爺さんや」
苦笑紛れで圭子が言う。
「注文通り機体を直撃コースに乗せたおれ様の苦労も忘れんなよ」負けじと
自分の手柄をひけらかすウォリスだが、「はいはい」と圭子に軽く往なされ
て面白くなさそうな顔をした。
「しっかし、あん時は確実にやられたと思ったが、どうなったんだ?」
それでも一応は疑問をぶつけてみる。
一番訊いて欲しいことを訊かれ、圭子は意気揚々と前席に顔を覗かせた。
「ウォリス。敵はどうやってレーザーを曲げてたと思う?」
「さあ? 鏡でも飛ばしてたんだろ」
「言うと思ったわァ。レーザーのエネルギーを残らず反射できる高効率の鏡
なんて聞いた事ある?」
「じゃあどーやって曲げたんだよ?」
「あの機動兵器との交戦中に、なんか気付かなかった?」
「なんかってなんだよ?」
圭子はウォリスの反応がおかしくて仕方がない様子で吹き出し、
アウタースクリーン
「ほらぁ、周囲画像画面の映像がときどき歪んでたでしょ?」
とウォリスの肩をバンバン叩いた。
「そうだな……」彼の記憶にそれはあった。
「最後の一撃のときも一瞬相手が見えなくなったな。今は直ってるが、その
異常とどう関係がある?」
と訊き返す。
「それが重要なのよ。──いいこと、あれは異常じゃなくてほんとに景色が
歪んでたのよ」
「はあ……?」
景色が歪む。奇妙な表現に彼は首を傾げた。
「相手は中継点の空間を曲げてたのよ。反射率一〇〇%に近い鏡を作るより
重力制御の方が物理的によっぽど簡単でしょ?」
ウォリスは素直に驚嘆した。敵機動兵器は周囲に展開した小型重力制御衛
星を中継させる事によりレーザーの屈曲を可能としていたのだ。一級エンジ
ニアとしての彼女の観察力と推理に彼はただただ嘆息するより他なかった。
「理屈がわかればあとは簡単。こっちも重力制御でレーザーを曲げたのよ」
映像の歪みからレーザーの屈折を空間湾曲によるものと看破した彼女は、
ハイパードライヴ時に発生するミニブラックホールの高重力を利用して直撃
する筈のレーザーを曲げたのである。
「ブラックホールにレーザーをぶつける為にド真ん中を飛ばせた訳だ。敵か
おれ、どちらかが外したらどうするつもりだった?」
「エッヘッヘー、さぁ〜てね?」
圭子は舌を出した。
「ったく、なんちゅー無茶を……。感心して損したぜ」
彼等の背後にあった海王星は闇に紛れて久しい。TH-32は漫然と星々の輝
く天の川を目指すが如く飛行を続けた。
高空の一室。火星都市の中心たるあのビルである。
「ウォーレンス君、α星系外宇宙調査船団の相次ぐ遭難事故を御存じか?」
「いいえ……」
グレファンスの問いにリアナは首を横に振った。
「政治機密だ、まあ当然と言えば当然だな」立ち話に疲れた彼は部屋の中央
の応接セットまで歩み寄り、テーブルを囲む豪奢なソファに腰掛けた。
「上層部では異星人の攻撃によるものと断定しているようだが、平和に慣れ
過ぎた彼等は原因を人間以外の何かに押し付けて安心している……。
実に能天気な話だ」
そう言って彼がシガレットケースから葉巻を取り出して咥える。どこから
ともなくレーザーが照射され、それに点火した。
「それってまさか……?」
リアナの言葉に、紫煙を吐き出しつつグレファンスはうなずいた。
「宇宙各地に散らばった地球人の仕業だ。もちろんファルサ人に対し隠蔽は
行っている」
「何てことなの……」
彼女は絶句した。
「私もそのことには常々胸を痛めている……。だが、あの御方がそんな地球
連合政府に反旗を翻そうと決意なされた」
「あの御方……?」
「リサ・ジェンヌ・アミール女史……」
彼は至福の表情で上空に紫煙を吐いた。
ヒト
「その女は一体どんな人なの? それをわたしに話してどうするの?」
ドア脇に立ち尽くしたままリアナが問う。
「彼女には大きな組織がある。幸いにして、役目の少ない太陽系は政府の監
視の眼も及ばない。絶好の隠れ蓑だ」
「……」
「そして、政府に立ち向かうには大きな力が必要だ。……君に新型戦闘機の
情報引き出しと新世代DILの開発を依頼した理由がわかるだろ?」
グレファンスは彼女を振り仰いだ。──何ということか、新型機機密情報
漏洩事件の首謀者がグレファンスであり、リアナの手によって実行されてい
たのだ。『ピーピングトム』とは彼女の暗号名である。それは同時に、グー
スとケイスの生命を奪ったのは彼女であることも示している。
「それなら……それなら初めからそう言えばいいじゃない。マーナーをダシ
に使う必要はあったの?」
「私がそう言ったら素直に信じたかね?」
彼女は押し黙るしかなかった。
グレファンスは灰皿に葉巻を押し付け、
「情報は完全だ。DILも完成間近……DILの後押しで弟マーナー君の意
識も覚醒する」彼は立ち上がり、
「我々に協力してくれるね?」
父親の如く優しく問うた。
迷わずリアナはうなずく。マーナーを救う為に選んだ道であるが故に──
淡いブルーを湛えるコックピット内に緊迫した空気が流れた。
安全圏に達したとウォリスが制動かけたとき、その通信は入った。発信源
は受信地と等しかった。
『勇猛果敢なるパイロット、ようこそ太陽系へ!』鮮明だが聞き慣れないイ
ントネーションを伴った男の声だった。
『君の行動は当方にとって非常に不利益である。これから我々の指示に従っ
てもらおう』
「どこの誰だか知らないが、人にものを頼むにはそれなりの礼儀ってもんが
必要だぜ?」
ウォリスの返す言葉に、男は声を上げて笑い、
『sorry! 私はオーテック・バートラン、雇われの傭兵だ。指示ではない、
これは忠告だ』
「忠告だと?」
「そうだ。君は観光に来たのか?──我々は君の探し物を保護している。無
事受け取りたくば忠告を受け入れるべきだ」
指令室然とした室内で、コンソールに腰掛けながら男が言った。隻眼と軍
服が印象的なオーテックであった。
『騒がして悪かったな、取りに行くよ』
「ああ」
臆したふうもないウォリスの口ぶりに、オーテックは言い様のない高揚感
を覚えていた。
──久しぶりの獲物だ、と。その後の二人の会話は、十年来の友とのそれ
を思わせた。
『どこから話してる?』
「火星からさ。そこから四七億キロほど離れてる」
改めてオーテックは自分が余所者と話していることに気付いた。
『地球人ってのは長距離電話が好きそうだな?』
光の速さで四時間の距離を皆無とした通信に対する皮肉であった。
「まあな」
『引渡場所を指定しろ』
「いいだろう。観光ガイドを送る、くれぐれも騒ぎは起こすなよ……」
『りょーかい』
その声に不敵な笑みで答え、彼は腰を上げた。別の男に「ボスを呼べ」と
促す。
ほどなくして空中にリサ・ジェンヌ・アミールの胸像が浮かんだ。
「ボス、客人を呼び寄せましたぜ」
『よろしい』
彼女は慈愛に満ちた笑みで応じた。
「太陽系の詳細データを送りました」
E・S・P
『超感覚通信は傍受されやすいわ。肝に銘じなさい』
「了解。
奴は政府の新型攻撃衛星を無傷で仕留めたらしい……。ボス、殺らせて下
さいよ」
残忍な笑みを湛えた瞳を細めてのオーテック。対するリサとは好対象であっ
た。
『なりません。……人工知能が完成に近付いた今、あなたのテストパイロッ
トとしての役目も終わりつつあります。自重しなさい』
何一つ変りない筈の彼女の笑みに途方もない強制の意志を感じ、さしもの
オーテックもあっさり匙を投げ、徹底抗戦の構えを解いた。
「わかりました」
『よろしい』
リサの姿はかき消す様に消えた。オーテックは安堵のため息を漏らす自分
に腹が立った。
──用がなくなりゃおれも処分する気かよ……。一七〇年も生きてる化け
物め。
吐き捨てる様な仕草を残し、彼は指令室を後にした。
「どこぞの誰かさんみたくいけ好かねえ野郎だったな」
「何が狙いなのかしら?」
「さあな……。強がっても仕方ねえ、おとなしく従うさ」
コックピットで密談を交わす二人に、やがてオーテックからのデータが届
いた。
「なになに……、三〇〇〇年現在の惑星数六個。これは測定通りだな……。
確かお前の話だと、太陽系は九惑星から成る惑星系だったよな?」
伸び上がって後席のモニターに見入る──後席のそれは前席と比べて画面
が広く情報量が多い──ウォリスが訊いた。
「不思議な話じゃないわ。惑星を丸ごと破壊して鉱物資源を採取するのは宇
宙開発のいわば常套手段よ」
「ふ〜ん、偉いもんだな。人間様は」
惑星を自らの私欲の為に破壊する。ウォリスの感覚では究極の我が侭に思
えた。
「居住拠点は四番惑星、他に二つのコロニーが稼動してるそうよ」
「四番惑星は火星だよな。地球はどうした?」
「地球は太陽エネルギー管理施設となってるわ。どういう意味かしら?」
「専門外だ。……とにかくチャートはいただいた。指定場所の火星へ向かう
ぞ!」
「了解。気を付けてよ」
それが合図で、姿勢制御を完了したTH-32は加速を開始した。
火星──古来からその紅い無気味な色の為流血を呼ぶ星、戦争や不吉な災
厄をもたらす星とされてきた。その星に待つウォリス達を見舞う運命を案じ
るかの如く、血色に染まる惑星は赤く、そして怪しく輝いていた。
一方、空間を歪ませ、新たな機影が太陽系に到着した。
自らを台座に据え付けたその機体はAF02であった。やがてフル装備の
濃紺の怪鳥が台座から放たれる。
「終わりにしようぜ……ウォリス……」淡いブルーの水面の底でグラウが呟
いた。
怒り──、悲しみ──、喜び──。あらゆる感情に彩られたその複雑な表
情の奥に何を思うか……。この一件に生命を賭す覚悟が彼にはあった。
4
星の海を白銀の翼が亜光速で駆け抜けている。
ウォリス達を乗せたTH-32である。奇妙なのは、彼等の機体が進行方向に
縮んでいることだ。精密な測定装置を持つ者が見れば、その全長は元の七分
の一を少し上回る長さに圧縮されていると訴えるだろう。測定者がより聡明
であれば、総重量が七倍強であることも発見できるかもしれない。
だが、ウォリス達は縮んでいるのは外の景色だと反論する。彼等にしてみ
れば動いているが周囲の景色だからだ。
彼等の言い争いを、現代宇宙物理学の基礎を築いた二三世紀の偉人ユーク
ラテスは歴史上の先輩アインシュタインに耳打ちし、二人はその争いを微笑
ましく見守るであろう。
光速度は時速一〇億八千万キロ。光を追跡者が亜光速で追いかけてみたと
する。彼等に対し逃亡者である光の速度はやはり時速一〇億八千万キロであっ
た。何故か? 追跡者の速度だけ歩みを緩めた筈の光速度は何故同じなのか。
速度が同じであるならば、距離が縮んだのか? 二人の偉人はうなずく。そ
のとおりだと。
光は空間のものさし、光速度はその目盛り。光速度は不変である。
観測者とウォリス達の争いは光速度不変の原則から見れば、実に子供じみ
た争いと言える。
では、重量の増加はどうか? 亜光速で飛行する彼等の慣性エネルギーが
大きく重く空間を歪めているのだ。
宇宙は時空。古くは中国、漢の時代よりそう説かれてきた。
表裏一体の時間と空間。空間が縮めば時間も縮む。
彼等二人が火星に向けて加速を開始して四時間が経過しているが、機内の
時計は加速より三〇分を告げている。
ウォリスは標準時と機内時間を見比べ、大きく背伸びした。瞳から涙も滲
む。機体前方では、プラズマシールドに接触したデブリが閃光を発して消滅
している。
「これで九六個目」彼はシートを倒そうとスイッチに触れる。しかし既に目
一杯寝かされていることに気付いた。
「四〇億キロも飛ぶのはかったり〜な」
初めはオーテック等の出方を話し合っていた二人だが特にこれといった名
案も浮かばず、無言の時だけが執拗に過ぎた。
「しょうがないでしょ。またワープで怖い目に遭いたい?」
太陽系データから眼を離し、圭子が諭す。
「お前に任せること自体が怖い」
「いぢわる……」
それきり会話がなくなった。
「なあ、気の利いたBGMでも欲しいな」
今回も沈黙を破ったのは、あくび混じりのウォリスだった。
「歌って上げようか?」
「勘弁してくれ」
「……」圭子はデータウィンドウを閉じてチャートを開いた。ざっと眼を通
し、
「ねえ、太陽にかなり近い筈だけど、何も見えな──」
非常警報が彼女の言葉を打ち消した。
「何だ!?」
ウォリスは急制動をかけた。光速度の二〇パーセントまで減速した彼らの
見たものは何か。
──黒く巨大な物が迫ってくる。その表面には、星とは明らかに違う灯の
光が整然と並んでいる。宇宙を覆い尽くすような迫力で。
「何だこりゃあ!? 要塞か?」
まじまじと物体を凝視する。
「ダイソン球……」
圭子の口から無意識にそんな言葉が漏れた。
「何だよそれ?」
一九世紀の物理学者フリーマン・ダイソンが提唱した大規模な太陽エネル
ギー利用計画。
惑星を破壊、内部資源を利用して太陽を取り囲むような外殻を建造、太陽
エネルギーを余すことなく吸収し得られたエネルギーを文明に供給する内容
である。
その太陽を囲む殻を『ダイソン球(ダイソン環天体)』と言う。量子機関
以前の発想である。
「地球文明はこれでエネルギーを得ているのね……」
「側を回ってる地球がゴミに見えるぜ」
重力波測定からダイソン球の陰に入った暗い地球を見つけたウォリスも呟
く。日の光を浴びることのない地球は、人類の揺り篭から太陽エネルギー管
理施設へと役目を変えていた。
空間の歪みに準じて変形した超弩級の人工天体は、彼等の五万キロ脇を駆
け抜けて行った。
これほど巨大な物を作り上げた人類の叡智を想い、彼等はしばし茫然とな
る。生まれて初めてエジプトのピラミッドを見上げた、学者の心境も同じで
あったのかもしれない。
そんな二人の感慨を振り切るように、突如周囲が明るくなった。
赤方偏移を起こす太陽の輝きである。
ダイソン球は太陽の雨傘であった。全てを覆い尽くしてはいなかったのだ。
「おい、もうすぐ火星だぜ」
前方に黄緑色の惑星が見え始めている。ウォリスが指差し、圭子もそれを
確認した。
減速を始めるに連れ、ドップラー効果で火星のビジュアルが緑から黄色へ、
やがて本来の赤に染まってゆく様を二人は息を飲んで見守る。
極部に冠雪を戴いてはいるが、火星は彼等の故郷であるα星系の一惑星、
クロノスに瓜二つであった。
見とれる間もなく、二人は鳴り渡る接近警報に緊張を余儀なくされた。十
数機の機動兵器がV字編隊を組んで接近中だ。
『よく来たな、ファルサのパイロット』
その声は紛れもなくオーテック・バートランのものであった。
無骨なチタニウム製ドアが横に滑り、小銃を突きつけた二人組の男が二人
に奥に進むよう促す。二人は素直に従うより他なかった。
ドアが閉じ、二人はそこが貨物庫であることを知った。ドアの向こうで男
が施錠する様子が小さな覗き窓から伺える。ウォリス達は衛星軌道上に繋留
されているファルサのものと思われる商船に着艦させられた。恐らくリアナ
を乗せていた船であろう。α星系にあってはならない、ワープ機能を持つ偽
装船だ。
「あたしたち、殺されるのかしら……」
圭子が不安そうな顔で見上げた。
「わからん……。初めから殺す気なら機体諸共やってるさ。機体目当てだと
しても、おれたちをこんなところに閉じこめる必要はねえ。
処分を決めかねてるのか、別に使い道があるのか、どちらかだな……」
ウォリスは手近のコンテナによじ登り腰を降ろした。
圭子もそれに倣おうとするもうまく行かず、ウォリスの手を借りて同じ高
みに上がる。
あちらこちらにコンテナが山積みになっている様子が見渡せた。
「リアナ、どうしてるかな……?」
「さあな」
「……気にならないの?」
状況を淡々と答えるだけのウォリスに、圭子は悲しげな視線を送る。
答えずに、頭の後ろで腕を組んでウォリスは寝転んだ。
時間だけがゆっくりと過ぎて行く……。
「あたしとウォリス、二人っきりでこんなに長く一緒にいるなんて初めてだ
ね」ウォリスにちらりと眼をやり思い出した様に圭子が口を開くが、天井を
見据えたまま彼は答えない。
M C
「最初の出逢いはハイスクールの入学式。ウォリスのバイクの前だったね。
マルチリフレクション
凄く大きくて、色相分離反射塗料のパッションレッドが綺麗でェ、何故か
旧式のガソリンエンジン……。あたし一目で気に入っちゃってェ、ウォリス
にどけって言われるまで気がつかなかったんだぁ」
そこでウォリスに倣って寝そべり、
「変だよね……女の子なのに。……ウォリスもそう思ったでしょ?」
はにかむような笑顔を向けるが、ウォリスはやはり天井を向いたままだ。
その横顔をしばらく眺め、彼女も天井を見上げた。
ウォリスと同じ物を見ていたかった。そうすることで彼と結ばれる……、
もう忘れて久しい感慨にとらわれている自分にはっとなり、首を振ってそれ
を取り払う。リアナの為に捨てた想いであった。
ウォリス達を閉じこめた二人組は廊下で見張りをさせられていた。
男は左腕に埋めこまれた時計に眼をやる。すでに任務に着いて四時間が経
過している。
あくまで商船ベースであるこの船には、囚人を閉じこめるスペースもなけ
ればそれを監視するシステムは存在しなかった。
──火星に降りれば留置施設ぐらいあるだろっ!
小銃をひねくり回しながら男は毒づいた。見張りなどという原始的任務を
言い渡した上官に対してであった。
隣の男は先程から一言も発しない。それも気に食わなかった。
自分は太陽系人であるが、相棒はグレファンス一味のα星系人。それだけ
でも気に食わないのに、彼は話そうともしない。無用なストレスだけが溜まっ
て行く。
「おい、何とか言えよっ」
相手も見ず、あからさまに不機嫌な口調で相棒に問いかけた。
だが、返事が無い。男は言葉が通じなかったのかと思った。言葉の違いは
それほどない、せいぜい方言のレベルである。
「おい、なぜ黙って──」
向き直って相棒を見、男は凍り付いた。
相棒の眼は虚ろだ。だらしなく開けられた口からは涎がこぼれている。だ
がそれ以上に男を驚かせたのは、口からこぼれる涎以外の何かだ。
ピンク色の何か別の生き物の様に見える。舌などではあり得ない。無気味
にのたうち、細長い触手のような先端が首をもたげ、何かを求めさまよって
いる……。あれが舌の筈がない。
そう、何か別の生物──
「喰わせろ……」
半開きの口が曖昧な発音で言った。だが、男には聞き取れた。
「喰わせろよ……」
また、言った。
ピンクのそれが、ゾロリ、と三〇センチも這い出した。
男は肩にかけた銃を掴もうと右手を動かしたが、獣の様に素早い相棒の腕
がそれを掴んだ。男は声にならない声を上げる。
「喰わせてくれ」
「ケーコ……」
ウォリスが呼んだ。
「んん?」
圭子が首を振る。
ウォリスはやはり天井に眼を向けたままだ。
「ドアが開いたらここから逃げ出すぞ……。用意しとけ」
「え……?」圭子は跳ね起きた。
「駄目よ! リアナが人質なのよ、そんなことしたら──」
「ずっと考えてた。……どうしてもリアナがさらわれた理由がわからない。
おれたちが生かされてる理由もだ。
そもそも、あいつを人質に取っておれたちを脅して何をする?」
天に問うように言った。
「それもそうだけど、その考えは危険よォ!」
圭子は夢中で反抗した。ウォリスの考えは自分の胸に浮かび始めたものと
同じだった。しかし、あまりに危険すぎる提案だった。ひとつ誤ればリアナ
を死なせる結果にもなる。
「じゃあどうする? ここにいればあいつが帰ってくるのか?……どのみち
殺されるのがオチだ」
「……」
「いたけりゃここにいろ。来るなら準備しとけ」
ウォリスが言い終えるや否や、ドアが開いた。彼は身を起こし、意味深な
ウインクを圭子に飛ばし、飛び降りた。
ドアの向こうから男が一人姿を現した。
息荒く前屈みでうつむき加減なその姿は、たどたどしい足取りを含め異常
以外の何ものでもなかった。
ウォリスはゆっくりと近付く。あらゆる事態に対応できるよう四肢の力を
緩めてある。
二人は約七メートルの距離で相対した。
やがて背後で圭子が着地する物音を聞き、少し安心する。
「……ろ……」
男が何か言った。くぐもっていてよく聞こえない。
いよいよ様子が変だ。ウォリスは後ろ手で近付きつつある圭子を制し、
「いい天気だな?」
と男に訊いた。
「喰わせろ……」
また言った。今度は聞き取れる。
「なに……?」
「喰わせろよ……」
男がゆっくりと顔を上げた。
血みどろの口元から数本の触手が垂れ下がっている。それらは個々に意志
を持った様に怪しく蠢めいていた。
同じく血みどろの両手を持ち上げて、男が怪鳥の雄叫びを上げた。
「こいつ、マリオネットだあっ!」
マリオネット──フォース細胞に寄生された男は地を蹴った。
猛然と間合いを詰める。
「逃げろケーコッ!」
言いながら、ウォリスは男の足元めがけてダイブした。
足下をすくわれた男はもんどりうって床を転がった。その脇を圭子が走り
抜ける。
「早く、ウォリスッ!」
出口で圭子が手を振る。
転倒した男はうまく立ち上がれないでいる。フォース細胞の人体操作がう
まく行っていないのだ。ウォリスはすぐに起き上がり、出口に向かって駆け
出す。それを見た圭子は廊下に飛び出した。
廊下に出たウォリスは後ろ手にオープナーを操作しドアを閉じた。
「きゃあああああっ!」
一〇メートルほど先で圭子が悲鳴を上げる。
その足元には顔の肉が半分削がれ、腹からは内臓の食い残しをぶちまけた
男の死体が転がっていた。見張り役の一人であった。
ウォリスは駆け寄り、落ちている見張りの小銃を拾い上げた。地球製だが
、彼の知っているファルサ製のものと機構上違いは見られない。急いで操作
を確認する。
S 3
マガジンを抜き出して実包を確かめ、セレクターをセフティから三連射に
合わせる。
肩から吊るし、もう一挺を拾い上げた。同じく確かめ、フルオートに合わ
せた。
「バカ、いつまで見てる!」
ウォリスはいつまでも動こうとしない圭子の肩を引き寄せて唇を寄せた。
唇を奪われた彼女は我に返り、
「何してんのよっ! こんなときに!」
ウォリスを突き放した。
「ワープの御褒美だよ」彼はウインクを飛ばし、圭子に小銃を手渡した。強
化プラスチック製のそれは彼女の手にも驚くほど軽かった。
リコイル
「トリガーを引けば弾が出る。多分反動は少ない筈だ」
そう言い残して駆け出した。圭子はウォリスが触れた唇を押さえしばし茫
然としていたが、彼が通路の角を曲がり姿が見えなくなると慌ててあとを追っ
た。
ウォリスは通路を駆け抜ける。目的はTH-32だ。格納庫までの道順は記憶
している。
角を曲がると、男が二人歩いていた。武装はしていない。
彼はためらわず男達の足を撃った。手拍子のような音を立てて圧縮テクタ
イトの弾頭が吐き出され、男達を見舞う。
「わりいィな!」
転げ回る男達を尻目にウォリスは駆け出した。
二つ目の角を曲がったとき突き当たりに格納庫の扉が見えた。左の壁には
制御室のドアも見える。
彼は制御室のドア脇にへばり付き、銃口でオープナーを操作した。ドアが
開く。
少し待って、ウォリスは入り口に立ちふさがった。中には男が一人、驚い
た表情で腰を上げるところだった。銃を向け、隣室に進むよう指示する。
男は慌ててドアを開け隣室に消える。ウォリスは閉じたドアのオープナー
を撃ち抜いた。中の人間は当分の間出入りできない。
急いでコントロールパネルに駆け寄る。窓の向こうにはTH-32が見えた。
──ちっ、どれがハッチの開閉スイッチだ?
ファルサ製だがどれも扱ったことのない機械ばかりである。どのみちパイ
ロットである彼が裏方のシステムの操作法を知る由もなかった。
圭子を呼ぼうと通路に飛び出すと、彼女と鉢合わせした。
「きゃあっ!」
「待てっ、おれだ!」銃を構えようとする圭子を慌てて制す。
「ハッチが開くよう操作してくれ」
「わかったわ。ウォリスはエンジンかけてっ!」
ウォリスは通路突き当たりのドアを開け、圭子は制御室に飛び込んだ。
同時に非常警報が鳴り渡る。
窮屈な格納庫にはTH-32一機しか置かれていない。機体に駆け寄りラダー
を伝わり、ウォリスはコックピット内を覗いてニンマリした。専用ヘルメッ
トがそれぞれのシートに置かれていたのだ。ヘルメットがあればAGLを注
入して飛べる。
銃を後席に放りこんでシートに滑り込み、ヘルメットを被って呼吸用チュー
ブと脳波コントロール用インターフェースを接続する。エンジンは簡単に始
動した。
「これって……!」
銃をコンソールに投げ出し、パネルを見た圭子は驚愕した。
格納庫にはエアロックが存在しないのである。ハッチを開けるには格納庫
のエアを抜かなければならない。開けてからでは機体に乗り移ることができ
ないのだ。
プロセスチェンジ
二人が首尾良く脱出を計るには、開閉装置にそれなりの手順組み替えが必
要だった。
「急いでるのにぃ」
地団駄を踏み彼女は、時限式で自動運転に切り替わるプロセスチェンジを
始めた。
量子ラムジェットの爆音が響くコックピット。ウォリスの苛立ちは頂点に
達していた。
「おっせえぞ。ケーコの奴なにやってんだ?」
その折に通信が入った。
『ウォリス聞こえる?』
ウィンドウの中の彼女が訊く。
「遅いっ、なにやってんだ!」
『ここの格納庫はエアロック兼用なのよ。今、自動制御に切り替えてるわ』
うつむいてキーを叩きながら圭子が言う。
「ブチ破ればいいだろ!」
『駄目よ、こんな小さな格納庫……発砲したら巻き添えを食うわ』
「くっそお……」
彼はモニターの底を蹴り上げた。
一方、圭子は最後の組み替えを完了していた。あとは新規プログラムを実
行するだけだ。
「ふう……」
彼女は右手で額の汗を拭い、実行した。一分後にハッチが自動で開く。銃
を引き寄せ、彼女は席を離れた。あとドアを二つ潜ればウォリスに逢える。
そう思うと気分が軽くなる。
と、不意にドアが開いた!
小銃を構えた男が姿を現し、銃口を上げかけた圭子に向けてトリガーを引
いた。直後に圭子の銃も唸る。
男は彼女のフルオート連射を受け通路の壁に叩き付けられた。一方の彼女
は先程まで座っていたシートに尻餅を付いた。
コミューターからの銃声を聞いたウォリスは飛び上がった。
モニターを覗き込み、
「何があった!? ケーコ!」
ウィンドウの向こうでシートに腰を降ろした圭子がその呼び掛けに気付い
た。ゆっくりと向き直る。
『エッヘッヘ、やられちゃった……』
彼女の腹部に三連射の跡があり、尋常ならざる出血が彼の眼を釘付けにし
た。
「くそっ! 今行くっ!」
『ダメッ!』立ち上がりかけたウォリスを彼女は制した。
『もうすぐハッチが開くよ……』
やがて、パトランプが点灯しハッチオープンが間近であることを周囲に示
し始めた。
「止めろっ!」
『いいのよ……、もう……』苦痛に歪む彼女の表情。
『ウォリス一人で行って……』
「何言ってんだ! 止めろよっ!」
『駄目なのよ……。止めるプログラムを書かないと……』
「ケーコ……」
気圧が下がり始め、耳鳴りが始まった。
『はやく……、早くリアナを助けに行って……』
「お前は……」
『あたしね……ウォリスが好き。今も、これからもずっと愛してる……』上
体を支えきれず圭子はコンソールに崩れ落ちた。ウォリスは眼を閉じる。こ
れ以上彼女を見たくなかった。
『だからお願い……、彼女を助けて……お願いよぉ』
格納庫のエアはいよいよ少なくなる。TH-32の乗員保護システムが作動し、
キャノピーが自動的に閉じた。
「わかった……。わかったからもう喋るな!」
武装した男達が格納庫制御室に雪崩込んだとき、一人の女性がコンソール
に覆い被さるように倒れていた。重傷のようだが、まだ息があると知れた。
「連れの男は何処だ?」
女は答えない。
「ウォリス……ウォリスいる?」
代わりに女はそう訊いた。
「男は戦闘機に乗り込んでますっ!」
仲間が起動しているTH-32に気付き声を上げるが、男は手を振って仲間の
それ以上の行動を禁じた。
『ああ、ここにいる。気をしっかり持て!』
ウォリスの通信が返る。
「ほんと……? 真っ暗で見えないよぉ……」
大量失血により彼女の視野は失われつつあった。
『待ってろ。リアナを助けたら迎えに来る!』
「そおね……。それまで休んどくわ……」
『……行って来る!』
「……行ってらっしゃい……」
窓の外のTH-32は急発進した。
それを無言で見送り、やがて男達は静かになった圭子に駆け寄った。一人
が抱き起こし、首筋から脈を取る。
男達の眼がそれに集中する。
ゆっくりと首を振り、
「腹部動脈破断による、失血死かと……」
リーダー格の男に伝える。
男はうなずき、胸前で十字を切った。他の男達もそれに倣う。
彼女の死に顔はひどく安らかであった。
衛星軌道上を周回するウォリスは、バイザーをこじ開けて涙を拭き取った。
PIIIIII……
彼の次の思考は接近警報が剥ぎ取った。アウタースクリーン映像の赤く縁
取られた物体を注視するウォリス。
物体は火星の衛星『ダイモス』だった。かつて自然の産物であったそれは、
内部をくり貫かれ電子機器を詰め込まれた監視衛星に成り果てている。
──ケーコ! おれはお前を……!
今の彼には目に付くもの全てを破壊せずには措けぬ衝動がどす黒いうねり
を伴って体内を駆け巡っている。丁度そんな彼の目前を通り過ぎたダイモス
は不運としか言い様がなかった。
「うおおおおおっ!」
ウォリスはいとも容易くダイモスをロックオンするや、操縦桿のトリガー
とスイッチを闇雲に操作した。必要以上のミサイルやバルカンの束が彼の怒
りに答える。激しい閃光がダイモスを中心に膨れ上がった。
更にウォリスは今まで触れたことのないウエポンスイッチを叩いた。
両翼から釣り下げられた黒い楔が一対、氷の尾を引いて閃光をまとうダイ
モスに食い込んだ。
新型ミサイル──量子爆弾は発生した極小ブラックホールで空間を奇妙に
歪め、周囲の物質を素粒子へと還元する……一瞬の猶予も置かず、ブラック
ホールはその量子的不安定さ故に凄まじい輝きを放って蒸発した。さながら
超新星爆発を思わせる衝撃と閃光であった。
まばゆい閃光が日の光を上回る勢いで室内を照らす。強烈な光量にグレファ
ンスとリアナは眼を押さえた。
「何の光だっ!?」
グレファンスの問いに答える者はなかった。
ダイモスを文字通り消滅させたウォリスは更に火星を周回し、
「出て来いっ! 片眼野郎!」
通信回線を開き叫んだ。
『やってくれたな……』
何度目かの叫びが通じたか、ほどなくしてオーテックが応答した。留置さ
れた宇宙船からの脱出か、衛星ダイモスの破壊か、──あるいはその両方に
対してか、その言葉には喜びとも後悔ともつかぬ色が見える。
「お前はおれの大事な物を奪ったんだ。殺しに行くから待ってろっ!」
血を吐くような憎悪の呪詛を吐きつけるウォリス。
『勘違いするな。貴様のもうひとつの大事な物がここにある、知ってて言っ
てるのか?』
ウォリスの激昂ぶりに恐れるどころか楽しそうにオーテックが言う。
「関係無いさ。お前が死ぬことには変りない」
『怖いな……』
疲れた様に答えた。
「ナメるなよ……、こっちには惑星ひとつを塵にする装備があるんだ」
ハッタリだった。ダイモスを消し去った量子爆弾さえも──彼の知る限り
ではTH-32にそれほどの能力はない。
「お前が本気なのは良くわかった……。降りて来いよ、人質なんぞ使わん。
サシで勝負だ」
一人は激昂、一人は冷静──悪戯な笑みを浮かべ、一見奇妙なやり取りか
らオーテックが降りた。ウォリスがその気である以上、挑発は必要ない。
「待ってろよ……」
ウォリスは火星に降下を開始した。
《つづく》
以上、CHAPTER5でした。
次回で最終回です。竹紫氏、よろしくお願いします。
乙〜!!
137 :
竹紫:02/06/19 00:39 ID:dJPvc+De
SF用語解説 エピソード6
オリンポス山(volcano Olympos)
火星を代表する火山。標高二六万四千メートル、中央火口直径八〇キロ、裾野の直径六〇〇キロ。
ヴァルキュリア(Valkyrie)
反政府レジスタンスの最新主力兵器。
引き出されたAOF技術をベースに開発された無人戦闘機でリアナの開発したAIによって行動する。
無人である為、機動性において量子機関の卓越したポテンシャルを最大限に発揮できる。
人間の持つ思考力の多様性にコンピュータの正確さを合わせ持つ究極の自動兵器。
北欧神話での、最高神オーディンの命で空中に馬を走らせ、
戦死した英雄たちの霊をヴァルハラ(valhalla=英雄の霊を祀る場所)へ導く少女(valkyrie→バルキリー)がその名の由来。
138 :
竹紫:02/06/19 00:40 ID:dJPvc+De
CHAPTER 6
1
グレファンスが立ち去ってから、彼女はソファに倒れこむように身を委ね
ていた。彼が話したリサ・ジェンヌ・アミールとは何者なのか。何故地球人
類は自分たちを排除しようとするのか。
その問いに答える者は誰もいない。代わりに彼女は自分のことを考えてい
た。
──七年前、グレファンスはわたしに保存された弟を見せ、コンピュータ
技術を学ぶように薦めた。
わたしは従った。それだけで弟を生き返らせる事ができるなら、たやすい
ことだった。
今一度、七年前の出来事を回想するリアナ。
そのとき、彼女のソファの背後で不思議な人影が空間から湧き出すように
姿を現した。
──コンピュータに対して理解を深めるにつれ、弟の話してくれたことの
意味が徐々に理解できるようになってくる自分に気がついた。
人影は周囲を見渡し、右手を持ち上げた。手首をひねり、軽く振る。……
それは自分の能力を試すかのような仕草であった。
──七年目にしてわたしは、弟のDIL理論を再現した。もうすぐ弟マー
ナーは生き返る。以前と同じ様に三人で……。
──三人?
「マーナーのことを考えているのね……」十分に手を動かし終えた人影は言
葉を発した。
突然知り得ぬ存在から声をかけられ、リアナの思考は中断された。
139 :
竹紫:02/06/19 00:42 ID:dJPvc+De
「だれっ!?」
ソファから身を起こした彼女は自分を見下ろす人影を認め絶句した。
確かに誰もいなかった……だが、いる。……しかも、どこかしら自分と似
ている。それが驚きの大部分を占めていた。
「誰……なの?」
もう一度訊いた。
「名はないわ。呼ばれたことも……」
人影は小さく首を振った。
「なぜ……?」
「プログラムに名前なんて必要あるかしら?」
その言葉を聞き、リアナは悟った。
「あなた、まさか……」
「お察しのとおり。私はあなたに作られたわ」
人影──彼女こそがDILの具現化された姿だったのだ。
「どうしてそんな姿で?」
「こうすることで、あなたと対等の立場になれるわ」
「そんな風に現れたって事は、十分なメモリー空間で実行されているのね」
「そうよ……」
彼女が微笑み、別の映像が空間に浮かび上がった。それはどこかの管制室
とも取れる。数人の人影も見えた。椅子に腰掛けてモニターに向かう男、そ
れを見守る男女。片方はグレファンスである。もう一人の若い女性、それは
リサであった。
これは今まさに行われている現実の風景である。
オブジェクト
「すごい実行体です。自分自身を高速で書き換えて最適化しています」疑惑
と感嘆との入り交じった表情で椅子の男が振り返る。
140 :
竹紫:02/06/19 00:43 ID:dJPvc+De
「ソフト的に隔離されたメモリー空間でなければ、我々のシステムがとっく
に食い潰されています」
「人の創造性と機械の正確さがひとつになった究極の生命体です。可能性は
無限でしょう」
リサは満足げにうなずいた。
そこで映像が薄れ、
「彼等はミスを犯している。ソフト的に私を操作するのは不可能よ。この都
市のシステムは瞬時に私の管理下に入ったわ」
DILはそれだけ付け加え、映像を復帰させた。
「グレファンス、彼女の説得は済みましたか?」
「ええ、少しの疑いも持っていません。全面協力の公約を取り付けました」
グレファンスの答えにリサはもう一度うなずいた。
「そう……、あなたはよく働いてくれたわ。あなたの役目はこれで終わり。
さようなら」
「なっ!?」グレファンスの表情は驚きを通り過ぎ、蒼白となった。
「わ、私はこれまでずっとあなたに従ってきた……新型機の情報も集めた、
DILも手に入れた……他に何を望まれるっ」
一歩退いたところに彼は背後の男たちに腕を取られた。
「何も……。用が無ければそれでおしまいよ」
リサはグレファンスを拘束した男たちに目配せする。
「くそっ、騙したなぁ! ……離せっ! 離せえっ!」
彼はそのまま引きずられる様にドアの向こうに姿を消した。そこで映像は
消えた。
「あれがリサ・ジェンヌ・アミールの本性よ」
DILは冷たく言い放った。
141 :
竹紫:02/06/19 00:44 ID:dJPvc+De
「何てことなの……」
「あなたも騙されていたのよリアナ。リサは政府を転覆させ、自分が独裁者
として君臨する為に武力を貯えているのよ」
「弟は……? 弟が生き返る話は!?」
リサが何を企もうと自分には関係がない。知りたいのはマーナーのことだっ
た。
「私が再現する脳波の後押しでマーナーの意識を回復させるとあなたは教わっ
たわね?」リアナは大きくうなずいた。
「理論的には可能でしょうけど、不可能よ……」
最後の一句を噛み砕くようにDILは呟いた。彼女なりにそのことを悔や
んでいる風にも取れた。
「なぜ? なぜなの? 著名な医学者の多くも、DILが存在さえすれば可
能だって──」 ソファを投げ出す勢いでリアナは立ち上がる。弟の意識回
復は、保証されていた筈だったのだ。
「わたしが再現する彼の脳波はどこにあるのっ?」
DILも一歩踏み出して感情を露にした。マーナーの脳波を後押しできる
のはマーナーの脳波のみ。しかしオリジナルの脳波は消滅して七年になる。
「そんな……、そんなことって……!」
リアナは愕然と床に崩れ落ちた。自分の七年間は何だったのか、危険を犯
してまで手に入れた新型機の情報は新たな犠牲者を生むだけのものだったか。
DILの姿は窓際へ進み出た。
火星の日は傾きかけている。だが彼女の瞳には何も映らない。建物に備え
付けられた全てのカメラが彼女の眼であり、集音マイクが耳であるからだ。
建物に起こる出来事全てを同時に理解しながらも、彼女はリアナにかける言
葉がなかった。
142 :
竹紫:02/06/19 00:44 ID:dJPvc+De
コックピットにAGLを注入し、火星の大気圏に突入したウォリスはA・
Sの作動準備を行っていた。既に一二機のサテライトを廃棄し、残りは四機。
フォーメーションを再編成する必要がある。彼は後方視界のCG化を諦め、
前方にサテライトを集中させた。
ウォリスの視界は旧世代の戦闘機のそれとほとんど変わらないものとなる。
やがて機体は厚い雲の塊を見ることのできる高度に達し、ウォリスは雲の
上に張り付くような機動を取った。雲の切れ間から地上に白く氷の海原が見
て取れた。ここは北極に近い、日の当たらない期間に成長した氷が陽光で溶
け出している。発生した水蒸気の為に火星でこれほど多くの雲を見ることが
できるは、この時期の極地方のみであった。
景色から眼を離し、ウォリスは視界の点検に入る。
CG部分は問題ない。問題は後方のキャノピー越しの景色であった。
色合いがCGと若干異なるものの、視界は良好であった。機体後部が邪魔
であることを除けば。
彼はそれを確認し正面に向き直った……が、すぐに後ろに視線を戻した。
「……?」
やや離れた位置の雲に、時折、影のようなものが映っている。太陽の位置
は機体斜め後ろ、自分の影ではない。
「くそっ!」
ウォリスは機体をロールさせて背中から雲に突っ込んだ。直後にバルカン
の火線が後を追う。
『おとなしくしていれば楽に死ねたものを……』
ウォリスの耳にグラウの声が届いた。
「てめえっ! こんな所にまで!」
『フォースの侵攻するα星系に見切りをつけて太陽系に高飛びって訳か。…
…考えたな』
薄笑いを帯びたグラウのあざけりが返ってきた。
143 :
竹紫:02/06/19 00:45 ID:dJPvc+De
「ふざけんな! 高飛びならバレねえようにやるさ。てめえこそ上の指示に
尻尾振って殺しに来たかっ!」
ウォリスは急減速して雲の上に出た。その更に上空をグラウのAF02が
旋回中だ。
トラックボールを回し、ウォリスは重力磁場をグラウに向ける。だが同時
に彼の姿も視界から消えた。
『ウォリス、お前とはいつかこんな風に決着つける日が来ると思っていたよ
……』
「大した予言だな!」
二人は激しく位置を変えて相手の位置を探ろうと必死だ。彼等は一度この
行為を体験している。
「おれがここにいる理由を訊かねえのかぁ?」
ウォリスが訊くが、あらぬ方向からのバルカン掃射を受け、彼は振動に包
まれた。被弾したコンフォーマルパックが即座に分離され爆発する。
『興味ないな……』
その声を聞きながら、ウォリスは堪らず急降下して地上すれすれを飛行し
た。
氷と泥を巻き上げて疾走するTH-32は格好の標的だ。上空からバルカン
とパルスビームが斜めに降り注ぐ。それを蛇行しながらかわし、キャノピー
後方のバレルを旋回させて迎え撃つ。
見えない物体から今度は大量のミサイルが放出された。
ウォリスはぎりぎりまでそれを引き付け、急加速でミサイルを振り切った。
ミサイル達はウォリスの機動に対応しきれずに地表に激突した。
144 :
竹紫:02/06/19 00:45 ID:dJPvc+De
「リアナ、ウォリスとグラウがもうすぐここに来るわ……」
窓際にたたずむDILが静かに宣言する。リアナは弾かれたように面を上
げた。
「二人が……? どうやって?」
複雑な心境で訊く。真相を知ってしまった以上、手放しに喜べる状況では
なかった。二人が同時にやってくる状況も彼女になにかしら影響を与えても
いる。
「ハイパードライヴを使用した様ね……」
「そんなこと……」
許される筈が無い、という思考が彼女の言葉を切った。
「逃げなさい、リアナ」
「え……?」
「ここでリサに協力してもいずれは処分される運命よ。そうなる前に逃げな
さい」その言葉が合図で、開く筈のないドアが滑るように開く。リアナはそ
れを無言で見つめた。
「途中あなたの素性を知る者はほとんどいないわ。何食わぬ顔でビルの出口
へ向かって」
「あなたは……」リアナは立ち上がり、部屋を出た。振り返り、
「ありがとう」
と呟くように言ってその場を後にした。
DILはそっとうなずいてリアナを見送った。やがて外に視線を移し、
「あなたがどちらを選ぶかは判っているわ。わたしの愛する男には生身のあ
なたが一番よ」
微笑みを浮かべた彼女の呟きを聞く者は誰もなかった。
145 :
竹紫:02/06/19 00:46 ID:dJPvc+De
「大変です。オリンポス山から北へ二三〇〇キロよりファルサからの新形機
と思われる二機が交戦しながらこちらに向かって来ます!」
レーダー手が振り返りリサに報告した。管制室での出来事である。
「確かなのですか?」
「はい、通常のレーダーではほとんど探知できませんが、ESPレーダーに
ははっきりと映っています」
リサの問いにレーダー手が答える。その言葉を受け取ったリサはおもむろ
に傍らのオーテックに振り返り、
「どういうことです? 報告では一機のみと聞いています。さらに機体ごと
回収してパイロットは処分せよと伝えましたよ」
口調も表情も穏やかであるが、訊かれた者への反抗を許さない確固たる意
志のこもる問いであった。それは迫力さえ伴っていた。
言葉の威力を示すかの如く、問われたオーテックの心境は穏やかではない。
「パ、パイロットは現場の……手抜かりで逃がしましてね」一秒の停滞すら
厳罰に値すると言いたげに、彼は釈明を始めた。
「それに……もう一機は間を開けて出現したんです。か、確認が遅れました
……ボス」
ウォリスたちの処分命令は彼が独断で保留にしていた。腕のいいパイロッ
トと闘いたい、傭兵である彼の切なる願いでもあった。
「私を『ボス』と呼ぶのは止めなさい……」
「はい……」
声にならない返事を返し、オーテックはそれ以上彼女から咎めが下らない
ことに胸を撫で降ろした。
──おれもそろそろだな……。
だが、確かに彼は身の危険を感じていた。
「ヴァルキュリアを出しなさい。接近中の二機と交戦させてデータを取りま
す」
リサの言葉に別の男が従った。
146 :
竹紫:02/06/19 00:47 ID:dJPvc+De
地下格納庫で血色の機体がゆっくりとレール上を移動し始めた。量子ター
ビンジェットが歌うように高周波パルスを奏でだす。
「オーテック……」リサに呼ばれ、彼はぎくりと後ずさった。背を向けた彼
女の表情は読み取れない。だが、その言葉は彼にある覚悟を決めさせた。
「この実戦テストが成功裡に終われば、あなたの仕事も終わり……」
オーテックはその言葉をしまいまで聞かずにガンベルトから拳銃を抜いた。
微かに震える銃口はリサを睨む。
「おれを殺すかよ?」
驚いた周囲のスタッフ等がそれぞれに拳銃のグリップを掴んだ。オーテッ
クは構わずにセフティを外す。
セフティ解除を知らせる電子音の囁きにリサがゆっくりと振り返った。
「用が済んだら殺すのかよ?」
もう一度訊いた。
「……あなたが知る必要はないわ」
平然と言い放つ。焦りと脅えを含むオーテックとは立場が逆転していると
も言えた。
「一七〇年も生きればたくさんだろ……」
「私を殺してどうするの?」
「気にするなよ」
オーテックの銃口が閃光を放ち大きく跳ね上がった。くしゃみにも似た発
射音はやや遅れて全員の耳に届いた。
シリンダーの冷却を始めた拳銃をホルスターに収め、彼は周囲を見回す。
居合わせた全員はホルスターに手をかけたまま凍り付いた様に床の上のそれ
を見つめていた。
鈍く光る床に大量の血液がぶち撒かれている。それは不老不死を謳った者
の半身より迸ったものであった。
147 :
竹紫:02/06/19 00:47 ID:dJPvc+De
「じゃあ、な」
オーテックは上半身を失いながらも立ち尽くすリサの下半身に手を上げた。
彼を管制室より吐き出したドアが閉じられると、勤めを終えたように下半
身はどっと突っ伏した。
148 :
竹紫:02/06/19 00:48 ID:dJPvc+De
高揚とした気分で通路をゆくオーテックの姿があった。
「やったぜ……」
精神的枷が外れ、自然と笑いが込み上げた。オアシスにたどり着いた遭難
者と形容すればいいだろうか。壁にはめ込まれた窓の列を見ると、順に蹴り
破りたい衝動に駆られた。 彼はためらわず右足を振り上げた。体重の乗っ
た申し分のない蹴りであった。KARATEと呼ばれる上段回し蹴りと彼は記憶し
ている。
うめくような響きを上げて高分子ガラスはそれを難無く受け止める。
彼は笑った。痛みさえもが喜びの対象であった。
地上三〇階を数える窓の向こうには巨大なオリンポス山の頂と、沈みかけ
た太陽があった。太陽を横切るジャガイモのような黒い粒は衛星フォボスの
シルエットであろうか。
拳銃を抜き取り、フォボスに狙いを定め──、撃った。彼の蹴りを平然と
受け止めた窓は堪らず石のような破片を階下に吐き出した。
ひんやりした外気を頬で感じオーテックはまた笑った。
「……!」
だが、そんな状況でもソルジャーである彼は階下に蠢めく人影を見逃さな
かった。
割れた窓から顔を覗かせる。
「あの女ァ!」
個人は判別できないまでも、服装から正体と目的を看破した。人影はDI
Lの力を借りて脱出したリアナのものであった。無人である市街を通り抜け
て都市を出るつもりらしい。その身柄を保護するのは、接近中の二機の内ど
ちらかだ。
「チッ!」
彼女の魂胆を見抜いたオーテックは、脱兎の如く駆け出した。
149 :
竹紫:02/06/19 00:49 ID:dJPvc+De
オリンポスの山肌に沿い、二万六千メートルの山頂を蹴るように急上昇を
仕掛けたウォリスは、高空で身をひねり背面飛行のまま一気に降下した。後
席の小銃が天井に落ちる。 ──何でもいい。とにかく近付けば勝てる!
遠距離からのミサイル攻撃では自分と同じくAI脳波コントロール化が施
された様子のAF02は撃墜できない。至近距離からの機銃掃射、もしくは
一撃必殺の一二〇ミリレーザーを照射する必要があった。
「やべえっ!」
ウォリスの願いが神に通じたか、背面降下を続ける彼を追う格好のグラウ
機がウォリスの頭上──つまり下方に突如出現した。
降下を続けるウォリスと水平飛行を続けるグラウとの交点はひとつ。
ガッ!
次の瞬間、二機は激突した。──だが、空中であることと二機のベクトル
が似通っていた偶然からであろうか、高度を下げつつも二機は折り重なるよ
うに飛行を続けている。
「お前、近すぎるんだよっ!」
ウォリスはスロットルを開きながら操縦桿を引き倒した。
『貴様ァ!』
グラウの怒号が耳を突く。
降下が速まった原因がウォリスにあると気付いたグラウは同じく操縦桿を
引いて機体を上昇させようとする。
「どけっ! ウォリス!」
AF02は切迫した彼の操作に従おうとバーニアを一斉に点火させるが、
TH-32の圧迫と火星の引力、密着した機体の乱気流とで高度は下がる一方
だ。
「お前が落ちればどくさっ」
自分と同じく切迫したウォリス言葉に、グラウは攻撃を意識した。だが目
標はあまりに近い。異常接近とは別の警報が鳴り、使用可能兵器なしの表示
が視野の片隅に浮かび上がる。
150 :
竹紫:02/06/19 00:49 ID:dJPvc+De
「くそおっ!」
彼は両腕に力を込めるが既にスロットルも操縦桿も一杯まで倒されている。
高度は三〇〇〇(約九〇〇メートル)を切った。赤い地面が間近に迫る。
「ウォリスゥゥゥッ」
呪詛に等しいうめきを漏らすグラウの機体は、翼をグライダーの様に広げ
て必死に抵抗する。失速寸前まで減速されたAF02の推力は上昇の為だけ
に死力を尽くした。
いよいよ地表が迫り、風圧で赤い嵐が巻き起こる。
彼方に火星都市の街並みを認め、彼はクロノスの風景を連想する。不意に
クロノスで自分の迎えを待つといった最愛の女性の姿がグラウの脳裡を過っ
た。
──リアナっ! おれはこんな所で……!
機体が地面に接触し、跳ねる様に大きくバランスを崩した。
うおおおおおっ!
二人は絶叫した。バランスを崩したのは密着していたウォリスも同じだっ
たのだ。跳ね上がったショックで背中合わせの二機は、それぞれに赤い土埃
の嵐の奥に消えた。
151 :
竹紫:02/06/19 00:50 ID:dJPvc+De
2
PIII……PIII……PIII……
激しい振動も収まり、静まり返ったコックピットで、ウォリスは衝撃に備
える為抱えていた頭を上げた。何かの警報が鳴っている。
エンジンは止まっている。破損箇所もなく、爆発の兆しもない。……地上
のようだ。右手数百メートル先には火星都市の外壁が灰色の連なりを見せて
いる。あの瞬間から自分は何の操作も行っていない。しかし機体は胴体着陸
を成し遂げている……、奇跡の様であった。
「くそっ!」
無事を喜ぶ暇はない。機体が無傷であると知り、ウォリスはすぐにグラウ
の姿を探した。
AF02は約二キロ前方に身を横たえている。自分と同じく無傷であるよ
うだ。そしてグラウ機の鼻先に火星都市の外壁がそびえている。
──あと一〇メートル足らずで激突だったのにな……。
ウォリスは止めが必要だと悟った。機体が無事なら直ちに飛び上がる必要
がある。彼はすかさずイグニッションスイッチを叩いた。
PIII……PIII……PIII……
始動しない。代わりに新しい情報がモニターに表示された。
「エアインテイクに土が詰まって緊急停止ィ!?」
エンジン停止が意外な事情によることを知り、彼はうめいた。
機体は赤い土をえぐる様に埋もれ、他の方法を取らねば発進は不可能だ。
ウォリスはすぐに別の手段を模索し始めた。
「バーニア!」下部のバーニアを一斉噴射して機体を浮かし、空中でエンジ
ンを始動するやり方が閃く。
「いや駄目だ……」
152 :
竹紫:02/06/19 00:50 ID:dJPvc+De
彼は首を振ってその案を否定する。現在のTH-32はコンフォーマルパッ
クを多数身につけ、更にハイパードライヴブースターが架設されている……、
かなりのウエイトだ。AF02との格闘戦で既にオーバーヒートぎみのバー
ニアでは、機体を十分な高度へ持ち上げる噴射時間が得られない。
「奴が先に上がればやられるッ!」
ウォリスはAGLを排出しキャノピーを開いた。
ヘルメットを取ると冷たい火星の空気が頬に触れる。彼はシート下の隙間
に挟まっていた小銃を引っ掴むや、コックピットから地上へ飛び降りた。
「!」着地と同時に彼は奇妙な感覚を味わった。
「体が軽い……」
火星の重力はファルサの三分の一、クロノスから見ても二分の一強。彼が
体験する最も小さい引力であった。
二、三度飛び跳ね、ウォリスは地を蹴った。全力疾走で目指すは火星都市
である。グラウの追撃を防ぐ上で……、リアナを助ける上で、妥当な選択で
あった。
埃っぽい赤土に紛れて赤い岩がごろごろしている。時折吹く風が砂埃を巻
き上げ、彼は口元を押さえる。
ウォリスは三〇〇メートルを三〇秒足らずで走り抜け、都市の外壁に背を
付けた。高さ五〇メートルはある外壁には補強用らしい張り出しが一定間隔
に見られ、万一撃ち合いになっても身を潜めるには十分である。
小銃のメカを確認する。装填数のデジタル表示は一四五となっている、銃
撃戦を想定して彼はセレクターを1に合わせた。ストックを取り外して放棄
する。これで拳銃と変わらぬフットワークを発揮できる。
銃を顔の高さに上げいつでも射撃できるように構えて、彼はグラウの機体
とは逆の方角へ壁沿いに移動を開始した。
153 :
竹紫:02/06/19 00:51 ID:dJPvc+De
「これか……」
六つほど張り出しを越えた頃、目的のものを見つけた。それは車一台が優
に通り抜けできそうな扉であった。扉脇の赤い枠に囲まれた蓋を注視する。
銃のグリップで殴打すると隙間に詰まった赤土が剥がれ落ち、手で開けられ
る様になった。中にはバルブ状のダイアルがある。
周囲に人気がないのを確かめ銃を肩に吊るし、両手でバルブを掴む。回す
につれて扉が重い音を響かせ中央に縦の亀裂が走る。やがて縦線が人ひとり
辛うじて通り抜けられる程になり、隙間へウォリスはそっと顔を覗かせた。
夕暮れ間近の赤みがかった光が入り込み、暗い内部がぼんやりと見通せる。
どうやら通路が奥まで続いている様だ。それ以上の様子は知る事ができなかっ
た。
意を決し、ウォリスは小銃から先に横向きに身を差し入れるように扉を潜っ
た。
壁に沿って進むが、人の気配など全くない。それ以前にこの都市が生きて
いるのかも疑問であった。オーテックの示したデータは正確だ。嘘を言って
自分を招いたとは思いたくない。
──絶対にここだ、間違いねえ。
不安要素だけに支配された状況で、彼はある種の確信を持っていた。
グラウとの戦闘中、ウォリスは闘いながらでも都市に向かう心積りであっ
た。だが実際はそんな余裕はなかった。グラウの腕は本物だ、AOFテスト
パイロットの肩書きは伊達ではない。やらなければ自分がやられる状況だっ
た。……しかし、意識せぬうちに火星都市にたどり着けた。見えない力に引
き寄せられたかの様に……。──その出来事が今の彼の自信を形作っている。
二〇〇メートルほど進んで突き当たった。入り口からの光も届かず、周囲
は既に真の闇と化している。彼はパイロットスーツのパウチ(小物入れ)か
らペン型非常灯を取り出した。照らし出されたものは入り口と同じ構造の扉
だった。
154 :
竹紫:02/06/19 00:52 ID:dJPvc+De
エレカー(電気自動車)のステアリングを握り、リアナは都市の郊外へと
急いでいた。車窓に流れる周囲の寂れた街並みは、とうに見慣れている。一
体これほどの都市がなぜ廃墟となったのか、五〇〇年の月日は太陽系をどの
ように変えてしまったのか、知りたいことは山ほどある。だが、彼女にとっ
て一番大切なことはここから逃げ出すことであった。 あと一時間も経てば
火星の日が落ち、周囲は闇に包まれるであろう。
不意にエレカーの速度が落ちた。リアナは唇を噛んだ。
やがてエレカーは力尽き、大通りの中程で停止してしまった。ここまでの
五〇キロほどの道程で数台のエレカーを乗り継いでいる。路面からの電力供
給が得られない以上、電装用内臓バッテリーに頼るのだが、どれほどの期間
放置されていたのか、どれも数キロを走破するので精一杯。目的の都市外周
まであと五〇キロ以上あると思えた。
通りに降り立ったリアナは、夕日に染まる空を遠く見上げる。DILの教
えてくれたウォリスとグラウの到着はまだなのだろうか……。
やがて、背後を気にしながら彼女は別の車を探し始めた。
155 :
竹紫:02/06/19 00:52 ID:dJPvc+De
「うわっと!」
ミイラ化した犬のものらしき死体を踏みかけ、ウォリスは飛び退いた。
電源の死んだ扉を手動でこじ開けつつ外周の施設から市街へ進み出た彼を
待っていたのは、忘れられた廃墟の街並みであった。
「一番人の多い惑星の筈だが、住んでた連中はどこへ消えたんだぁ?」
ウォリスは腰を降ろせそうな建物の張り出しに座り込んだ。もう歩き始め
て三〇分は経つ。オーテックの指定した都市に違いない筈だが、人の気配は
まるでない。体に戻る訳にも行かず、取り合えず彼は遥か彼方にそびえる
塔を目指すことにした。何かあるとすればそこ意外に思い当たる場所はなかっ
た為だ。
一息ついていると、路肩に点々と自動車が放置されていることに気付いた。
「動くかな?」
呟いて立ち上がりかけたウォリスの目に、こちらに向かって近付いてくる
エレカーが映った。彼は慌てて路地に駆け込む。建物の角に背をつけ、そっ
と顔を覗かせた。
エレカーは既にウォリスに気付いていたらしく、五〇メートルほど手前で
停車した。やがて見覚えのあるパイロットスーツ姿が降り立ったのを認め、
ウォリスは咄嗟に銃を突き出して発砲した。
手拍子にも似た小気味よい発射音が轟き、人影の周囲の路面で火花が上が
る。人影は身を低くして車の陰に隠れた。
「しつこいぞてめェ!」
ウォリスの罵声が廃墟にこだまする。
「任務だからなぁ!」
グラウの声が響き、その余韻をウォリスの射撃音が千切る。エレカーのボ
ディとウインドウを砕きつつ、ウォリスはきっかり一秒で建物の陰に張り付
く。
パーン!
大気を震わせて炸裂音が駆け抜け、顔に強烈な熱波を感じてウォリスは更
に物陰奥へと退いた。露出した顔の皮膚が熱さでひりひりする。
156 :
竹紫:02/06/19 00:53 ID:dJPvc+De
ブラスター
──野郎、光線銃かよ!? くそっ!
若干焦げ付いた髪を気にしながらウォリスは毒づいた。高温で熱せられ膨
張した大気の炸裂音、剥き出しの肌に感じた高熱、グラウの武器はブラスター
に間違いなかった。
教本などで推奨されるブラスターは対人兵器としてはあまりに強力すぎ、
目標以外のものもたやすく破壊する為、現実的に実戦には不向きである。そ
れでも指示通りに携行するあたり、グラウらしい選択と言えよう。
「映画じゃあるまいし奴め、よっぽど焼きが好みらしい……。ウェルダンは
ご免だぜ」
彼は用心しいしい角に近付き、銃身だけをわざとらしく突き出した。その
あとすぐに奥に引っ込む。
例の炸裂音が響き、向い側の建物の壁が白く炭化する。ウォリスは即座に
踏み込んでエレカー付近に連打を叩き込んだ。
だが、悲鳴を上げるのはエレカーのボディのみ。一〇ミリの弾丸ではレー
ザーとは違い、直撃を除けば確かな効果は得られない。状況はウォリス不利、
であった。
157 :
竹紫:02/06/19 00:54 ID:dJPvc+De
もう五分以上も無駄な撃ち合いを続けている……。防壁となる建物の壁に
背をつけ、ウォリスは深呼吸を一つ──気を落ち着けた。弾丸の残りも確認
する。
デジタル表示は三四を示している。
「くそ……、二秒もあれば打ち止めか……」
少ない弾数にふたたび彼は焦慮した。こんな所で足留めを食う余裕はない。
リアナを救うことが何よりも先決であった。
パーン!
雷鳴にも似たレーザーの飛翔音が轟く。向い側の壁が燃え上がり、ウォリ
スは眼を剥いた。高分子プラスチック製と思しい壁の一部が赤く溶け崩れ、
塗装が火を噴いている。
いかにブラスターと言えど、一発や二発でこうはならない。それの意味す
る所、グラウの全射撃が寸分の狂いもなく同じ箇所を貫いたと見える。五〇
メートルの距離から拳一つ分の的に集弾させるには銃を何かに固定させる必
要があるだろう。ブラスターをはじめとする電子制御銃はその状態で遠隔操
作もよく行われる。
すなわち、グラウは既に移動している可能性が高い。
「くそっ!」
ウォリスは防壁の陰から飛び出した。
だが、待ち伏せていた男に銃を鷲掴みにされ、銃口は力ずくで無人の通り
脇に向けさせられる。
「てめぇ……!」
「教科書嫌いの君には思いもよらぬ戦法だったろ?」
侮蔑と嘲笑を込めてグラウは微笑む。
答えずにウォリスはトリガーを引いた。一〇ミリケースレス弾発射の振動
が伝わり、グラウは己に向けられようとする銃口とウォリスの抗力を渾身の
力を込めて退けた。
158 :
竹紫:02/06/19 00:54 ID:dJPvc+De
エンプティ
唐突に振動が止み、小銃のデジタル表示が E を二人に告げる。この瞬
間から二人に掴まれたそれは、ただのプラスチックの塊となった。
ウォリスはグラウに突き放され二、三歩退いた。
「どうした。お前の武器だぞ?」
グラウの問いにウォリスは、
「同時にお前の武器でもあるんだろ?」
と訊き返した。
パイロットであるグラウが多くの武器を携行していると思えない。現に、
不意を突かれたウォリスの銃を素手で直接封じたことでそれは明らかである。
対するウォリスも小銃は偶然手に入れたもの。無理な体勢で発砲したのは、
この場で唯一の武器を奪われる可能性を排除する為だった。
「ふっ、考えたな……」
グラウもウォリスの的確な状況判断に兜を脱いだ。
「なあ?」弾も尽き、振り回せばかえって足を引きかねない小銃を背後に放
り投げてウォリスは、
「こっちはお前と殺り合ってる暇はねえんだよ」
「貴様はα星系人類を裏切った。おとなしく裁きを受けろ」
言いながら、両腕を揃えてグラウは構えを取った。残る武器は自身の手足
のみ。
「こんな間抜けな裏切り方があるのかよ?」
両手を広げて己の潔白を示すウォリス。
「貴様ならやるだろう」
きっぱり言い切られ、ウォリスは救いようがないといった表情で首を振り、
「どうやら何言ってもこの場は見逃せねえようだな……」
と同じくボクシングの構えを取った。
159 :
竹紫:02/06/19 00:55 ID:dJPvc+De
「……無論だ」
シュッ!
グラウが答えるや、ウォリスは短く息を吐き左拳を突き出した。ジャブだ。
咄嗟に上体をそらしたグラウをウォリスのミドルキックが見舞った。格闘
技の経験のないウォリスであったが、それだけに足技の使い所は独自に考え
ていたようだ。重心をずらした状態に下腹部を蹴られ、不意を打たれた恰好
のグラウはだらしなく大通りへよろめいた。
「くそぉ……!」
地上でもトッリキーさが身上の彼を、グラウは気に入らないとでも言う風
に罵る。
路地から大通りへ雪崩込むように彼等は殴り合った。殴られれば殴り返す
……、日頃の二人の心境を露にするかの様な凄惨な争いであった。
「貴様さえ……貴様さえいなければ! プロジェクトも……」あとに続く女
性の名をグラウは飲み込んだ。
全て手に入れるつもりだった。しかし、ウォリスと再会し彼女の自分に対
する思いに迷いが生まれた事に気付いていた。
「何でも思い通りになると思ったら大間違いだあっ!」
「黙れえっ、裏切り者っ!」
殴り合い罵りあう二人は既に足に来ていた。それでももつれるように繰り
出す拳を止めようとしない。
「機密を盗んだお前も同じだろっ!」
「何だとォ!?」
手を止め足を止め、組み合う二人。
「AOFの機密を盗んだろうがぁ! 夜の基地でお前を見たって奴がいるん
だ!」
グースの語った深夜の基地での出来事をウォリスは挙げた。
160 :
竹紫:02/06/19 00:55 ID:dJPvc+De
「馬鹿なッ、あのときは違う!」
激昂したグラウは自白同然の言葉を吐いた。
「あのときは、だとぉ?」
「違う……おれじゃない……」
自らの罪を認めグラウは力なくその場に崩れ落ちた。その様は懺悔にも似
ている。
「……」
相手が先にへばり、ウォリスは安堵のため息と共に尻餅を付いた。もう立っ
ているのも限界だった。
「おれ以外の人間も機密を引き出していたんだ……」
161 :
竹紫:02/06/19 00:56 ID:dJPvc+De
あの夜、グラウはAF02の飛行データの整理と報告書の作成で、深夜ま
で基地のパーソナルコンピュータ室に詰めていた。作業もようやく終り、彼
は帰り支度を終えて通路を歩いている。明日の体調に万全を期す為、習慣に
なっている就寝前の酒を今夜も飲むべきか思案していると、通路の中程のド
アが音もなく閉じた。
「……!」
彼はそのドアが何の部屋のものであるか知っていた。メインデータルーム
──重要な情報が保管され、通常は利用不能な部屋である。深夜に出入りす
る人間があってはならない。それは、AOFの機体データを隠密裡に引き出
したことのある彼が一番よく知っていた。
ロックは未だ開放されてたままだ。首尾良く監視システムに細工を施して
いても、このままでは無断侵入が周囲に知れ渡ってしまう。
すかさず駆け寄って室内を確認したのは、無意識にデータルーム侵入の事
実を隠蔽するための条件反射であったのかもしれない。室内をくまなく調べ
たが、人影は見当たらない。それもその筈侵入者であるリアナは、その頃通
路を折れた向こう側で鉢合わせたグースと話し込んでいたのだから。
無人であることに気付いたグラウは、舌打ちし呟いた。
「まずいな……」
自分が入室したことは監視システムに記録される筈だ。犯人が捕らえられ
ない以上、無用な取り調べを受けることは極めて不都合であった。自身が以
前侵入した形跡は記録を改ざんして消去した。だが調査が始まれば改ざんの
事実も明らかになる、それだけは何としても回避したかった。
グラウは部屋を飛び出しパーソナルコンピュータ室へ取って返した。記録
を再度書き換える為に……。
やがてリアナの細工通り時限式でドアがロックされ、彼の後ろ姿はグース
に目撃された。
162 :
竹紫:02/06/19 00:57 ID:dJPvc+De
「結局お前も盗んだんだろ? 他に誰がいても同じじゃねえか」
「盗んではいない……借りただけだ」
大の字になってのウォリスの評を、弱々しい口調でグラウは否定した。
「けっ、無断で持ち出せば立派な泥棒だよ。……で、動機は何だ?」
子供じみた言い訳に嘲た言葉を投げ掛け、ウォリスが訊く。
「──お前に勝ちたかった……」
「なんだそりゃ?」
「TH-32の機体構造上の弱点を把握し、自分の機体を優位な条件に持って
行く為だ」
「……そうまでしてプロジェクトに勝利したかったのかよ?」
「当然だ。人類存亡を賭けた大役を自分が勝ち取った機体が果たすんだ、こ
れほど名誉なことはない」
グラウの言葉を聞き、ウォリスは静かに眼を閉じた。その名誉は死んだグー
スやケイスの求めていたものと同じであった。自分は名誉など欲しくはなかっ
た。飛びたいから飛ぶ、紺碧の大空に上がれば自分の求める何かが見つかる
……、そんな期待を抱いて飛んでいた。人類が滅ぶのなら甘んじて受け入れ
るつもりでいた。
「この星の空は澄んでいる……。任務を忘れ、自由に飛べたらさぞ気持ちい
いだろうな」
空を見上げ感傷的な台詞をグラウは吐いた。
「そうかもな……」
「なあウォリス、おれたち人類は生き残れるだろうか?」
グラウの問いに怪訝そうな表情を向けるウォリスであったが、やがて満足
そうな笑みを浮かべ、
「──人類の希望って何か知ってるか?」
と訊いた。
163 :
竹紫:02/06/19 00:57 ID:dJPvc+De
「いいや……」
「馬鹿な男達が己の勝利の為だけにこき使う、飛ぶだけが取柄の機械のこと
さ……」
「フッ……」
皮肉めいたウォリスの言葉にグラウは小さく笑った。望みはある、人類の
未来は絶滅だとは言い切れないと受け取れた。グラウはウォリスと同じ様に
路面に寝そべる。夕日の射す街並みは赤く、見上げる空は深い藍に染まって
いた。
164 :
竹紫:02/06/19 00:58 ID:dJPvc+De
「一度だけ見逃す、おとなしく星系へ戻れ……」
しばしの沈黙をグラウがそっと破る。
「ああ?」
身を起こしてウォリスは眼をしばたく。先程の殴り合いから打って変わっ
た突然の申し出に彼も驚いたようだ。
「見た所、お前の機体も無事なようだ……。
新型機を無断使用して人類分割法に背いたんだ、無論、罪は重い。だが優
秀なパイロットを切り捨てるほど上の連中も馬鹿じゃない」
ウォリスは不思議そうな表情で耳を傾けていたが、
「ありがとよ。──だが、おれはここに用があって来たんだ。済んだら帰る
つもりだった」
「なんの用だ?」
ウォリスはリアナ救出の目的で太陽系に乗り込んだことを話して聞かせた。
圭子やオーテックのことは除いて。
「馬鹿な……」
「ちょっくら行ってくる」
身体中の痛みに不平を漏らしながらウォリスは立ち上がり、パイロットスー
ツの汚れをはたいた。そして、塔に向けて歩き出す。
「おい、それが本当ならおれも──」
「何か来るぜ……」
グラウの言葉をウォリスが遮った。身を起こしたグラウの眼も通りの向こ
うから走り寄るエレカーを映していた。
二人の三〇メートルほど手前でエレカーは急停車した。立ち上がったグラ
ウもウォリスに倣ってその様を見つめる。やがて開いたドアから人影が吐き
出され、その人影が自分たちの名を呼ぶまで、二人の男は茫然と立ち尽くし
ていた。
165 :
竹紫:02/06/19 00:58 ID:dJPvc+De
「ウォリスッ! グラウッ!」
ひと声叫び、人影は駆け出した。
「リアナ!」
二人はその名を揃って口にする。
駆け寄るリアナは互いの表情が確認できる距離で立ち止まり、涙ぐむ瞳で
二人の姿を見比べた。数十年ぶりの親子の対面を想わせる。
「お前……、どうやってここに……?」
その言葉がきっかけで、ウォリスの胸にリアナは飛び込んだ。
「ごめんなさい……、ごめんなさいウォリス。わたしあなたに謝りたかった
の……」
グラウはリアナが無事であることを認めるや、二人に背を向けて歩き出し
た。
「おい、グラウ」
「グラウ……」
彼の足音に振り返りウォリスとリアナが呼び止めた。
対するグラウは立ち止まり、
「夜までにエンジン始動に邪魔な土をどけないとな……」そう言って歩き出
した。
「リアナ、それまでに気が変わったら来てくれ」
歩き去る彼の背中はどこか悲しげであった。ウォリスはその後ろ姿に右手
を上げて別れの挨拶を出し、
「グラウ……お前のパンチ、効いたぜ」
グラウは片手を上げて答え、
「プロジェクトは渡さんぞ……」
言い残し、彼は手近のエレカーに乗り込みやがて走り去った。
「おれたちも行こう……」
ウォリスの言葉にリアナはうなずいた。
166 :
竹紫:02/06/19 00:59 ID:dJPvc+De
二人が都市の外へ出たとき、火星の夕日は地平線に沈み始めていた。埃混
じりの風は不思議とないでいる。それでも冷たい空気にリアナは身を震わせ、
ウォリスはそっと彼女の肩を抱いた。赤い大地に横たわる機体向けて歩き出
す。
「わたし、ウォリスと死んだお友達に謝りたいの……」
リアナはマーナーを生き返らせる為に機密情報を盗み出した事をウォリス
に話した。発覚を恐れたグレファンスの言われるままにグースの機体に細工
を施したことも。
「何も言うな、生きることがあいつらにとって何よりのたむけだ」
「本当にごめんなさい……」
彼女の瞳に涙が溢れた。
機体表面のマーキングが読み取れる距離で、ウォリスは主翼先端のナヴィ
ゲーションランプのグリーンが異常な明滅を繰り返していることに気付いた。
点灯する状況でもなければあれほど激しく点滅することもない。すべてが異
常だった。
「……どうしたの?」
足を止めたウォリスの顔を不審そうな顔つきのリアナが見上げる。
やがて機体の陰からゆっくりと男が姿を現した。男に手にハンドガンが握
られていると気付き、ウォリスはリアナを背後に押しやった。
「よお、色男」
隻眼の男が口元に笑みを浮かべた。だが眼は笑っていない。
「オーテック……」
ウォリスが呟く。男は紛れもなくオーテック・バートランであった。
「約束とは場所がずれたな」
167 :
竹紫:02/06/19 01:00 ID:dJPvc+De
リアナを追った彼は先回りしていたのだ。
TH-32で待ち伏せたのは偶然か、それともウォリスとの約束を果たす為か。
「女から離れろ」
オーテックが指示を出す。トリガーに指がかかり、ウォリスは渋々脇へ退
いた。
「女はこっちへ来い。──おっと、奴がおれから見える位置を歩け」やがて
側に歩み寄ったリアナを左手で引き寄せ、
「おい、武器を捨てて両手を頭の後ろにつけろ」
とウォリスに指示する。
「何も持っていない!」
「その腰のパウチのもの全部だ」
そう言われ、ウォリスは内心舌打ちした。パウチには切り札の信号弾がし
まってある。 ウォリスはパウチをオーテックの足許へ放り投げた。
「ようし、奴に向かって歩け」オーテックは無防備のウォリスに向けてリア
ナを荒っぽく押し出した。
「本当はお前と空で決着を付けたかったが、事情が変わってな」
リアナは無言で歩きだし、オーテックはリアナごとウォリスを撃ち抜くつ
もりでトリガーの指に力を込めた。人体を分断せしめる彼の銃ならば容易。
──あと三歩でおさらばだ。
向かい合う二人の距離が一〇メートルを切ったあたりで彼は射撃のタイミ
ングを取り始めた。与えられた死の宣告を知ることなく、絞首台に赴く死刑
囚を想わせる足取りでリアナは絶望への一歩を踏み出す。
そして二歩……。
トリガーにかかる指に限界まで力が込もる。
そして、三歩……。
──死ね!
オーテックはトリガーを引き、閃光が走った。
168 :
竹紫:02/06/19 01:01 ID:dJPvc+De
衝撃が駆け抜け、オーテックの半身は仰向けに地面に落ちた。腰から下を
失ったオーテックが見たものは、自分を睨むTH-32キャノピー後部の旋回
式パルスビーム砲だった。
「無人だった筈──」
唖然とするオーテックの言葉を皆まで聞かず、斜め上から二撃目のパルス
ビームが残る半身を土煙と共に蒸発させた。
二人は呆然と白銀の機体に見入った。ビーム砲のバレルは役目を終えゆっ
くりと旋回し元の位置に戻る。──ウォリスは気付いた、グラウとの交戦中、
人知れず機体を都市へ運ぶ微調整を行ってくれた事、地表への激突を胴体着
陸で防いだ事。
「あいつは三人目の存在を見抜けなかったのさ……」
ウォリスは振り返ったリアナにウインクを送った。
「AIが助けてくれたのね……」
彼女の言葉にウォリスは咳払いで答え、
「ひとこと言わせてくれ──、
迎えに来たぜ、リアナ」
と両手を広げる。彼は一一年前の約束を果たしたのだ。
至福の表情で彼女はウォリスの胸に飛び込んだ。
[サンダーボルト人類への希望篇・おわり]
169 :
竹紫:02/06/19 01:01 ID:dJPvc+De
あとがき
長かった。実に長かった……。八ヶ月半、計三六六時間の偉業である。
「マクロスプラスを自分の手で」などといった一見ミーハーで無謀とも言え
る計画を完遂できたのは、ひとえに私のサンダーボルトに対する思いと読者
諸氏の励ましのおかげである。
この八ヶ月、色々なことがあった。航空機専門誌を購入したり、太陽系惑
星のデータ参照に生まれてはじめて自発的に図書館に足を運んだりもした。
その、すべての結晶がこの原稿用紙五六〇枚の物語である。
サンダーボルトは今を遡る事八年前、「よこすかウォーズ」にて作られた
シューティングゲームだった。自分の作り出したキャラや世界観をしつこく
流用したがる私は、マクロスプラスもどきを描くに至って真っ先にこの作品
名が浮かんだ。当時はシューティングゲームには大層なストーリーが付き物
だったから、幸いサンダーボルトにも大掛かりなストーリーや設定が存在し
た。友人に描いてもらったオープニングストーリーもあった(そこで活躍す
るのがファルとフィーリア、そしてレトラー)。稚拙な設定も現在の知識で
増強してよりリアルな世界観となり、以後の展開は皆さん御承知の通り。と
にかく今は偉業を成し遂げた充実感で一杯である。
果たして私の戦闘機は、皆さんの心の空を飛んでくれたでしょうか?
170 :
竹紫:02/06/19 01:02 ID:dJPvc+De
平成八年一月某日
FireBomber「HOLY LONELY LIGHT」を聴きながら
青紫
171 :
竹紫:02/06/19 01:03 ID:dJPvc+De
サンダーボルト裏話
<ほっと一息>
遂にできましたサンダーボルト! 凄く嬉しいです。飽きっぽい私がこれ
だけの大仕事を成し遂げたのは、奇跡に近いものがあります。
何だか初期のあらすじと違う展開になってしまいました。でも初めはあれ
くらいしか考えてなかったのです。
8ヶ月も書いていると、発展途上の私、はじめと終わりでは何やら文体に
変化があるようです。アニメを意識した表現技法も既存のスタイルを捨てき
れず中途半端です。
しかも最後は駆け足で終わってしまった感がありますね。リサやオーテッ
クは一体何だったのでしょうか?(笑) 本当は太陽系に行ってから長篇1
本分は伸ばせたのですが、4話で何とか完結させようと焦ってしまいました。
意志に目覚めたAIがリアナと恋のバトルを繰り広げるというマクロスプ
ラスばりの話も考えていたのですが収まりきれませんでした。AIが「あな
たに譲る」とか意味深な台詞を語っているのもそのなごりです。
他にも意味ありげに登場した無人戦闘機ヴァルキュリアの活躍も、ページ
バランスの兼ね合いから断念しました。エピソード4−3からまるっきりマ
クロスプラスと同じ展開なんかも考えてましたから(グラウがヴァルキュリ
アと相打ちになったり…)。
でも一応終わりました。
172 :
竹紫:02/06/19 01:03 ID:dJPvc+De
さて、あなたはこの作品を読んでどんな印象を持たれたでしょうか?
一番印象に残っているシーンはどこでしょうか?
私はエピソード4チャプター4でのウォリス達が倉庫に監禁されたシーン
です。ウォリスが大好きな圭子は、遠回しに愛の告白をします。描くにあた
り、圭子の心境になると言いたい事が次々と溢れてくる。そのけなげな仕草
に、「圭子って可愛い奴!」なんて思いながら描いてました。
そこから彼女は死んでしまうんですねぇ。結構悲しかったです。何だかヒ
ロインのリアナよりも目立ってしまいました。
次に来るのが、配属早々ウォリスがAF02を盗み出す所。M+と類似し
た展開だとTH-32は当分登場しない。戦闘機を飛ばせたい、でもダメ。し
かしウォリスの心境で基地内をうろつくとあるじゃないですか、いい戦闘機
が。このネタを思い付いたとき思わずほくそ笑んでしまいました。
あってないようなストーリーを支えていたのが「謎」だったわけですが、
私が用意した謎は全て解明されたと思います。どうでしょうか? 「アノ事
はどーなったの?」ってのがありましたらメール下さい。
173 :
竹紫:02/06/19 01:04 ID:dJPvc+De
<ネタばらし>
お次はネタばらしです。
この作品には、固有名詞や数字などにお遊びが多く含まれています。
まずはフォース、これはずばり沙羅曼蛇です。惑星生命体って設定も同じ
です。8年前ちょうど流行ってたゲームです。
ウォリス君、イメージキャラクターはもちろんM+のイサム君です。彼の
性格+私のアレンジが加わってます。名前は主人公らしくて男らしい?語呂で
考えました。
リアナちゃん、彼女はM+のミュンがモデル。名前は、私「り」とか「な」
といった響きが好きで(笑)、女性の名前にはよく含まれています。
圭子ちゃん、これはM+でのヤンとケイトを兼ねた役割になってます。太
陽系に向かう所で同乗者が必要になった為登場となりました。後席に野郎が
乗ってるのはやるせなかったので女の子にしました(笑)。名前は友人の名
字をもじったものです。私の別の作品(漫画)で同名のキャラがいます。
グラウ君、これはもちろんガルドです。濁音を混ぜてイメージを近付けま
した。
グース&ケイス君、M+で彼等に相当するキャラはいません。すなわちや
られキャラなんですね(笑)。これといった人格も活躍シーンも与えられなかっ
たので、死んでも痛くもかゆくもありませんでした(要反省)。名前は特に
意識していませんが、グースはバイクの名前、ケイスはダライアス外伝の1
Pのパイロットの名です。
ファル&フィーリア&レトラー。彼等は8年前のゲームから存在します。
主役級のキャラなので扱いに苦労しました。(でもちょい役)
174 :
竹紫:02/06/19 01:04 ID:dJPvc+De
α星系の惑星も当時の星系図を参照しました。
宇宙戦艦のムーンクレスタやテラクレスタはゲームの名前です。戦艦の名
前はアーケードゲームから流用する事は最初から決めていました。
リサは別の物語でのキャラクターです。私が好んで使用する名前です。
オーテックはマクロスでのバルキリー開発に携わるメーカーのひとつです。
TH-11B、M+において主人公イサムの愛機は初めVF-11Bです。
いわゆるひとつのパロディですね。偶然ですがVF-11は通称サンダーボル
トと呼ばれています。
他にも有名なものから流用した名前も多くあります。アレはアレかな?
なんて考えてみるのも面白いかも…。
175 :
竹紫:02/06/19 01:05 ID:dJPvc+De
<最後に>
この作品中には相対性理論に関する現象がさり気なく?登場します。描かれ
ている科学技術もある程度の考証の元に表現されています。サンダーボルト
を読んで宇宙の不思議や戦闘機に興味を持って下さると嬉しいです。(マク
ロスプラスにも)
さらにこの作品はビデオ版M+を意識して描かれました。4話に分けて連
載されているあたり、いわばOVA版なわけです(お徳用版は5話)。
あくまでM+にこだわるとなると最後にもうひとつ大仕事があります。ムー
ビーエディションです。M+はOVA完結後、映画化されています。ってこ
とはサンダーボルト人類への希望篇ムービーエディションがあるわけです。
作品をはじめから読みなおし、加筆修正&伏線の強化を目標としておりま
す(理想を言えば、グース&ケイスに個性をつけて太陽系でロクに活躍しな
かったキャラの出番の追加)。
近日登場予定です。御期待下さい! ってもう読みたくなですよね…
----------------------------------------------------------------------
176 :
竹紫:02/06/19 01:05 ID:dJPvc+De
今、読み返すと
この作品は、私が手がけた小説の中でもっとも長いものです。思えば、初
めて小説を書いた頃からこのような長編が夢だったので、ここに来てその夢
がようやく叶ったということになります。
さて、ここではまず、自慢したいことがあります。
それはAGLのことです。AGL=アンチグラビティリキッドは宇宙戦闘
機の高Gを克服するために考え出された私オリジナルのSF設定です。
エヴァのLCLと似ていますが、コンセプトが違います。
私は当初、その設定を元に執筆を開始しました。
すると、その数ヶ月後にエヴァの本放送が始まり(ちなみに、地元では未
放映。最近再放送)、1話を完成後、そうとは知らず読ませた大阪の友人か
ら「これってエヴァみたい」と言われ、驚きました。
コックピットに水を入れるアイデアは元より、三文字に略する呼び方まで
同じだったんですから。
というわけで、あれは決してエヴァの影響ではありません。エヘン。
まあ、そんなことはさておき、このムービーエディションは実は未完成な
のです。
エピソード3辺りまでは修正したのですが、それ以降は以前のままです。
本当は火星に行ってから長編一本分は引っ張れそうなノリはあったのですが、
当時は連載していたので、時間に追われるように焦って終わらせてしまいま
した。
リサやオーテック、ヴァルキュリアがそれらしい活躍をしていないのがそ
の証拠です。
AI(DIL)が一体なんだったのかも、説明不足です。(M+を知って
いれば、大体解りますが)
本当はDILとリアナがウォリスを奪い合ったり、グラウVSヴァルキュ
リアとかウォリスVSオーテックのバトルに加え、量産フォースの胎児の登
場などいろいろ構想はあったんですが……。
177 :
竹紫:02/06/19 01:06 ID:dJPvc+De
お話的にはメカ物ですから、こんなものかな? と思うのですが、VNシ
リーズをやっていると、もっと盛り上がってもいいよなとか思ってしまう今
日この頃です(笑)。
作品テーマが曖昧なのも気になります。
文体の方は、見ていてリズムが悪いと思える部分が多いです。
ところで、私の(現在も)試行錯誤を繰り返している文章表現手法に「ア
オムラ式映像主体法(笑)」があります。
シーンを書く前にまず、物語を映像化(アニメ化)して考えます。すると、
カットとか構図とかが浮かんでくるのでそれにあわせて文章で描写する……
といった手法です。
具体的に私の文章でいえば、各章の間や行が空いている場所は確実にシー
ン(カット)が変わっている場所といえます。
単にカメラの切り替えといったカットは、従来の小説の手法を踏襲してい
ますけど。
注意して読んでいれば、カメラがパンしたりする様子やその他の演出を描
写しているような部分も見られますよ(はっきりそうだとは書いてありませ
んが)。
その他に気になる点は、SF検証の部分で間違ってるところがあるのも気
になります。
原子番号107の物質とか、アンアポトーシスとか……。
今後も精進するしかありませんね。
次回は皆さんにもっと簡単にSF楽しんでもらえる作品を書いてみたいと
思います。
1997/11/30 青紫
178 :
竹紫:02/06/19 01:08 ID:dJPvc+De
あとがきの方が面白いと思うのは間違っているだろうか?
本文以上にあとがきが、
あとがき以上に本人の生きざまが面白い。
それが超先生ですから問題ありません。
ツマンネ
>物語を映像化(アニメ化)して考えます。すると、カットとか構図とかが
>浮かんでくるのでそれにあわせて文章で描写する……といった手法です。
そうか!だからあの「どうすればいいんだ」の場面が
非常にシュールかつエキサイティングなんだ!
超先生最高
ここまでのまとめ
【誰彼】超先生キモイ【以下】
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1023866313/ 覇王学園 第二部 「激闘学園魔戦」
はじめに 26
主要キャラ紹介 28,29
特殊用語解説 31
第一部のあらすじ 32
1・胎動 33,34,37‐38,41‐53
2・敵 59−77
3・攻撃 82−97
4・変化 98−111
5・最終決戦 112−128
あとがき、読み返し 129−130
覇王学園外伝 「邪星鬼」
1・覚醒 171−188
2・謎 189−208
3・襲撃 209−238
ここまでのあとがき 239
今読み返すと 240
4・米国へ 264−281
5・ブラストオフ 282−284,290−291,293−315
ここまでのあとがき 316
今読み返すと 317
【誰彼】超先生キモイ【以下】
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1023866313/ THUNDERBoLT 人類への希望編
登場人物 329−330
用語解説 331−335
まえふり? 336−337
CHAPTER 1
1 339−344
2 345−347
3 348−357
4 358−368
CHAPTER 2
エピソード2の特殊用語補足説明 390−391
1 392−401
2 402−405
3 406−419
4 420−428
5 429−436
CHAPTER 3
SF用語辞典エピソード3用 440−441
1 443−464
2 465−471
3 472−480
4 481−486
超先生、どうしたら面白い?
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1024113313/ CHAPTER 4
SF用語解説 エピソード4 10−11
1 12−55
2 56−70
3 71−78
CHAPTER 5
SF用語解説 エピソード5 93−94
1 95−99
2 100−103
3 104−118
4 119−134
CHAPTER 6
SF用語解説 エピソード6 137
1 138−150
2 151−168
あとがき 169−170
サンダーボルト裏話
<ほっと一息> 171−172
<ネタばらし> 173−174
<最後に> 175
今読み返すと 176−177
186 :
竹紫:02/06/21 00:39 ID:cnFjKqhR
他に超同人はあっただろうか?
・タイトルが省略されていて判らないですが、
雨宮理奈もので、リュウとかケンとかサクラと言う名前が出てくるのが
手元にあります。
・琴音と祭りに行ったのが要求スレのどこかに
・感感俺俺を見たら、志保ED完全版というのが
多分これくらいかと思います
>・タイトルが省略されていて判らないですが、
>雨宮理奈もので、リュウとかケンとかサクラと言う名前が出てくるのが
>手元にあります。
とても読みたい。
>188氏
判りました。今日中にUPします。
でも続くとなっていて、その続きは手元にありませんのでご了承を。
>187 一番上のSSです。
放課後、一人の少女が家路についていた。6月の日差しはなおもきつく、夏の訪
れを無愛想に告げている。
雨宮リナは今日一日を振り返り小さく溜息をもらした。
「ハァ……、なんだか今日は疲れちゃった……」
そうつぶやいてから、何の変哲もない平凡な授業を受けた記憶と帰宅部である現
在の自分の姿を思いだし、彼女は吹き出しそうになった。
『なんだかおばさんにちゃったみたい……』
一息つく度に身体の疲労を訴えるのは近所のおばさん連中の常套手段である。級
友に見られれば「リナおばさん」と称されるのは必至だ。
右手の鞄をブンブン振り回し、
「元気、元気!」
と自分自身に取り繕った。
フォ〜〜ン フォォォォ〜〜〜〜ン
不意に遥か後方からオートバイのエグゾーストノートが背を叩き、彼女はギクリ
と肩をすくめた。同時に知った男の姿が脳裏をよぎる。
おそるおそる振り返るが、音からしてまだ視界に収まる距離ではない。
「まさかね……」
このサウンドの奏者が彼女の良く知る人物であるならば非常に厄介だ。横道にそ
れようと辺りを見回すも、住宅地を抜ける狭く長い路地だ。次の交差点までは百メー
トル以上ある。彼女の足では走り抜ける前にバイクに追いつかれる。遭遇を回避す
るには周囲の民家に飛び込むぐらいしかない。
『あいつは確かあたしより先に帰ったから……きっと別人よね!』
そう言い聞かせてリナは平静を装って歩き出した。
フォォォォォォォォ!!
いよいよ背後のサウンドが勢いを増した。単なる偶然かオートバイの通り道も彼
女と同じようだ。
「別人別人……」
口では否定しつつも不安は募る一方だ。
フォン フォォォォ〜〜ン……
こういう場合、悪い予感に限って正確である。オートバイはシフトダウンしなが
ら減速しはじめたのだ。バイクに関して知識のない彼女でも、音だけでバイクの加
減速くらいは区別が付く。
こうなったら間違いなく彼の駆るオートバイだ。リナは開き直って無関心を決め
込んだ。
その間にバイクは彼女と併走をはじめた。
「ひ〜めぇ〜」
程なくしてライダーからお呼びが掛かる。とりあえず彼女は無視した。
「……」
呼び掛けを無視されたライダーは、呆れた風な面もちでアクセルをひねり、車体
を彼女の進路に割り込ませた。
「何すんのよっ!」
たまらずリナは声を上げた。
「姫ぇ〜、つれないじゃん」
ヘルメットの向こうで、男は猫なで声で応じた。
「学校帰りに見たくもない顔を見たからよっ」
「こんなハンサムつかまえて、ご挨拶だな?」
「何のつもり? あたしをナンパしたいの? ケン」
これ以上のやりとりは会話を長引かせるだけなので、リナは一気に話を進めた。
「それもいいんだが----」ケンと呼ばれた男はメットを脱いで腕に通し、
「リュウの奴知らないか?」
と訊いた。
「知らないわよ。彼もあんたの顔を見たくないクチでしょ?」
とりつく島もないリナの口調に、ケンは頭を掻き、
「なんか御機嫌ななめだよなぁ……。そぉ〜か!」
突然両手を打ち鳴らし何度もうなずきはじめた。全てを理解したような口調に混
迷するはリナの番だ。
「な、なによぉ?」
「おれとお前、特に喧嘩した覚えはないよな? それなのに何故か相手に無愛想な
態度をとる……。
子供とおんなじだ。照れ隠しってやつだろ?」
その言葉を聞いたリナの感情は、波動となってケンに届いた。
「やばっ!」
怒りで頬をプウと膨らませ、両手で鞄を振り上げたリナを見る前に、ケンはアク
セルを荒々しくひねった。
「ケンのバカッ!!」
声と同時に振り下ろされた鞄は、しかし空を切った。
鞄攻撃を急発進で鮮やかにかわしたケンは、さながら暴れ馬にまたがるカウボー
イの様相で走り去った。
バイクとは思えないフットワークで攻撃をかわされたリナは鞄の重みで数歩よろ
めいた。
「バァ〜カ」
悪態をつく彼女の周囲には焦げたゴムの香り、足下にうねるスリップ痕が残され
た。
2
人目に付きやすい大通りを避けて裏道を行く学生の姿がある。
学生服姿に白いはちまき、がっしりとした体格----はた目には応援団員とも取れ
る彼が、ケンの尋ね人、リュウである。
『捕まらずに済んだが、飛んだ道草だ……』
師、剛拳の都合で今日の稽古は休みだ。月に一度あるかないかの休息日でもある
が、リュウ個人は修行を怠る気はなかった。むしろ自分自身の技を磨くいい機会で
ある。が、ケンは休日をいい事にゲーセンに自分を誘うのだ。
かくして、ケンの誘惑から逃れる為にリュウは必要以上に遠回りをして帰宅して
いたのであった。
『ケン……お前が遊んでいる間におれはもっと強くなってやるからな』
そう決意を新たに歩みを進める彼が、右手に口を開けた老ビル同士の間隙の前を
通り過ぎたときだった。
「やめてくださいっ!」
若い女性の声にリュウは足を止め、声の聞こえた間隙の奥に眼を凝らした。
薄暗いビルの隙間で、白い影に数人の黒い影が群がっている。白はセーラー服の
色、黒いのはリュウと同じ色----彼等が学生服姿であるせいだ。
「そう無下にするなよぉ。おれたちと一緒に遊ばない?」
群がる影のひとつが訊く。相手の反応を楽しんでいるようにも思える。
「いやですっ!」
パーン
声をかけた影----男の頬が鳴った。
「いって〜なっ! 手の早いネーチャンだなあっ!」
「近頃の不良は金じゃなくて裸撮るんだぜ?」
すでに使い捨てカメラ片手の男も気を荒げている。
「面倒だ、ここでやっちまえ!」
眼を覆いかねない状況に、リュウはむしろ落ち着いた面持ちで成り行きを見守っ
ていた。
……どこか女性の様子がおかしい、彼はそう見ていた。様子ではない、気配が不
可思議なのである。
男達は気が立っている。見た目はもとより、気配----波動が告げている。だが対
する女性の波動はどうか? かえってリラックスしている風に感じられる。
しかし、眼前の光景は彼の思いとはかけ離れている。この状況からはあまりに突
飛な意見であった。
「何だァてめえ! 見せモンじゃねえぞ!」
ひとりがリュウに気付いた。
「……」
女性の余裕のわけが知りたかった彼は、思わぬ失態に内心舌を出した。
「痛い目に遭わねえうちに----」
「そうは行かないな」リュウの言葉に男達が揃って身構える。
「その子は嫌がってる」
リュウはそう続けた。
一方、少女は声もなく男達の背を見守っていた。リュウの姿はまったく見えない。
『ええっ! 余計な事しないでよぉ〜』
「その子が無事帰るまでおれは帰らない」
「何ィ!?」
男達は一斉にリュウの方へと足を向けた。
『ちょっとぉ〜、あたしの相手してよぉ』
この機に少女は逃げるどころか、不謹慎な思考を巡らせていた。やはりリュウの
見立ては正しかったと言える。
『三対一、すんごい不利よ。し〜らない!』少女は冷静に哀れなナイトの末路を想
起した。
が、新たな着想が閃いた。
『あたしが彼を助ければいいんだ!』
少女はわくわくしながら成り行きを見守った。ついでに助ける予定の男の顔を見
ようと伸び上がった----
「ああ〜っ!!」
少女の素っ頓狂な声に、その場の全員が振り向いた。しかし、そのときには少女
は何事もなかったかのようにそっぽを向いている。
不良どもはその声の意味を詮索しようとはせず、再びリュウ撃退に移った。
やがて距離は1メートル。三方からリュウをねめつける男達の眼は「逃げるなら
今のうちだ」と告げている。
「一つ忠告するが----」リュウが口を開く。
「おれは試合以外に拳法を使うなと言いつけられている」
不良達は薄く笑った。
「へたなハッタリだ」
「だがやむを得ない場合もある」
「だったらその拳法とやらを使えよ? ジャッキー」
笑みは一層濃くなった。だが眼は笑っていない。
「……仕方ないな」
リュウは鞄を放った。
「仕方ない? いい加減にしろっ!」
正面の男の右ストレートが走った。
『あ〜あ、何あのパンチ。腕だけで腰が入ってないわよ、あの人なら当たったとし
ても全然平気ね』
彼女がそう思ったとき、殴りかかった男がすでに宙に舞っていた。右手をキメら
れての鮮やかな払い腰であった。
受け身も知らず、男はきれいに肩から路上に叩き付けられた。
「野郎!」
二人目が殴りかかった。
『あれもダメ。振りかぶって狙ってる場所だけを睨んでる……。「今から右手で顔
面狙いますよ」って言ってるみたいじゃない』
二人目の攻撃もあっさりと腕を取られた。間接をキメられて悲鳴を上げる。
「折るのは簡単だ……」
背中越しに言われ、男は総毛立った。
「ほ、本物だぁ〜!!」
戦意喪失の波動を受けたリュウは二人目を三人目に向けて突き飛ばした。
声もなく二人は一目散に逃げ出した。路上で肩を押さえうめいていた男もよろよ
ろと後を追う。
「フゥ……」
リュウはほっと息をついた。
「ねえ、あなた、リュウ……さんでしょ?」
駆け寄るなり、上目遣いの少女が訊いた。
「君は……、毎朝見掛ける……」
リュウにも覚えがあった。毎朝修行を盗み見ている者の正体が、よもや女子学生
だとは、彼にも驚きである。
「あれ? バレてたの? 驚かそうと思ったのにぃ」
さも口惜しそうに少女はこぼした。
3
「あたしサクラ。春日野サクラ、よろしくね」
「……おれは河崎リュウ」差し出された右手にリュウは困った表情で右手を返し、
「君は、一体何の為に絡まれていたんだ? おれにはわざと相手を挑発しているよ
うに思えたが……」
と訊いた。
「もう、みんなバレバレね」
クスクスと嬉しそうに言う。
「どんな魂胆があったにせよ、あまり感心しないな」
不機嫌そうなリュウの口調に、サクラの笑顔が少し曇ったが、ちょっと胸を張り、
「あたし、自分の技を試したかったんだ」
「技……?」
初めてリュウの口調に好奇の色が灯り、気を良くしたサクラは飛び上がらんばか
りの勢いでリュウの手を引き、
「ねえ、あたしの技、見て!」
と両掌を脇腹に添えた。
その構えは彼もよく知っているものだった。
さらにその掌に相当な量の波動が集中する……。
「まさか……」
リュウが眼を剥いた。
「波動拳!」
突き出された少女の掌から青白い流線型の波動が放出された。
それはビルの隙間を十数メートルほど飛翔して消失した。
「信じられん……」
唖然とするリュウを尻目に、
「あたしも初めて撃てたときはびっくりしちゃったんだ」
と頭を掻いた。
「しかし、この技は普通の----」
後に続く言葉は、目の前の現実に否定された。見よう見まねで使えるような技で
はないことは、彼も熟知している。いや、使い手である彼故の驚きであった。
「----リュウさん、あれは何が飛び出しているの? 教えて」
サクラの言葉にリュウは我に返った。
「あれは『波動』だ」
「ハ・ド・ウ?」
「人間の……全ての生命の魂の源----」
リュウの脳裏に師、剛拳との会話が甦る。
「すなわち心だ」
「心……」
まだあどけなさの残るリュウとケン、二人は剛拳の言葉に揃ってそう口にした。
「人の喜怒哀楽も全ては波動の織りなす色彩ぢゃ」
「リュウはハートを弾丸にして撃ち出したんですか?」
興奮冷めやらぬ面もちでケンが問う。剛拳に首肯され、歓喜の表情で自分もリュ
ウに次ぐとはしゃいでいる。
「波動は世の全ての力を統べる----。この意味が解るか?」
「最強の力ということですか?」
首を傾げるケンの横でリュウが答えた。
剛拳はうなずき、
「波動はその使いどころを誤れば容易に人をあやめることができる。
よいか、我らが『真波動流』の源流は暗殺拳。波動・昇竜・竜巻、学ぶことは許
されても我ら以外の前で使うことは叶わん」
リュウの体験談を聞かされたサクラは、
「ってことは、波動拳は人に向けて撃っちゃだめってことなの?」
半信半疑といった面もちで訊いた。
「そうだ。絶対にだめだ」
リュウは力強くうなずいた。
「ちょっと残念だなぁ」
ものほしそうなサクラの眼に、重ねて首を振って自重を促すリュウ。
「ねえリュウさん」
「?」
「そんな危険な技がどうしてあたしにも使えるの?」
「判らない……だが、恐らく君には波動を操る天賦の才があるようだ」
「ふ〜ん」サクラはちょっと困った風な顔をし、
「そうだ、あたしの師匠になってよ」
「え?」
「リュウさんの前なら波動拳を使えるんでしょ?」
「お、おれは修行中の身だ。それに弟子をとる柄じゃない」
突然の申し出に、リュウはただただ困惑した。
「そんなぁ、お願い! あたしもっといろんな技とか覚えたいんです」
サクラの真摯な口調に、自分自身の姿を見た思いのリュウであった。
「だめだ。今後おれ達には関らない方がいい、修行を覗くのも禁止だ」
だが、情けは禁物とばかり憮然と言い放ち、リュウは踵を返した。
「そんなぁ……」
玩具を取り上げられた子供のようなサクラであったが、相手が相手だけに駄々を
こねた所で無駄である。その点は彼女も心得ているようだ、それ以上無駄あがきを
することもなくリュウの背中を見守っていた。
『ちょー残念……、せっかくのチャンスだったのにぃ』
弟子入りを泣く泣く断念することにしたサクラであったが、視線を落とすと路上
に不似合いな物が残されている事に気付いた。……使い捨てカメラである。あの不
良が落とした物であろう。
「せっかくだから貰っとくわ」
ロクでもない物が写されていると思ったが、予想に反して未使用である。
『ラッキー、新品だぁ』
思わぬ収穫に歓喜するや、新たなる思考が彼女の脳裏を染めた。
「リュウさ〜ん!」
大声で呼び止められ、リュウは足を止めた。その傍らにサクラが立つまで、さほ
どの時間も必要なかった。
「なんだい? おれの気は変わらないが……」
にべもないリュウの言葉に、かなりの全力疾走にもかかわらず息一つ乱していな
いサクラは、
「そうじゃなくってさ。写真、撮らせて」
と、カメラをちらつかせた。奇妙な申し出に、リュウは返答に窮した。
「何故だい?」
「記念よ、記念」
「……」
距離を取ってファインダーを覗くサクラの前で、リュウはとりあえず姿勢を正す。
「そんな恐い顔しないでぇ」
言われてから、女の子に写真を撮られることにひどく緊張している自分に気づき、
リュウは苦笑した。
「オッケーその顔!」
何度目かのフラッシュの後、サクラはにっこり微笑み、
「ありがとうございましたぁ。またね〜」
ちょこんと頭を下げて走り去った。
「またね……?」
自分の言い付けを守ろうとしない少女に、不満そうな視線を浴びせるリュウ。
しかし、再会の約束に、悪い気はしないのであった。
つづく
これの漫画版を見てみたいのだが、持っている者はいないのか?
ツマンネ
堪能した。
今日もぐっすり眠れそうだ。
リクエストに応えてくれてありがとう。
>202
そんなのあるの?
>205
ページ数自体は少ないらしいが存在した
信じれないなら辞めろスレにある青村ファンクラブを覗いてみたまえ
>206 竹紫氏
感感俺俺の5/9のコラムですか?
あれ一枚絵だと思ってた
うが……青村ファンクラブのキャッシュデータが消されている……
いつまでも
あると思うな
キャッシュとマネー
字余り
サムネイルなら保存してあるんだけど >HSB
っつーか、大きい画像は以前から見られなかったような気が…
sage
>>208 ちょっと前から消えてたよ。
超シナリオだけは落とせるんだけどね。
どうしようもねぇ
朝鮮製は歯をやめたそうです