葉鍵的 SS コンペスレ

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「祐くん、遅────い!」
「ごめんごめん」
Tシャツに膝上までの短いパンツの、ラフな姿の沙織ちゃんが、
駅の前でぶんぶんと手を振っていた。
初夏の空はそろそろ日が傾いて、雲に赤みが差して来る頃合いだ。
スタジアムに着く頃には、真っ赤に染まってるだろう。

もう長袖を着てる人なんて一人もいない。
夏の夕方らしい、ざわざわ浮ついたようなハイな空気が、
電車の中にまで充満している。
電車の揺れに身を任せながら、ぼくらは話をした。
「わー、どきどきしてきたよー…」
「いろいろふたりで遊びには行ったけど、
サッカーを観に行くことになるなんて、けっこう意外だなあ」
ふたりとも、もともととくにサッカーに興味があったわけじゃない。
今日試合を見に行くチームも、地元にあるのに、以前はさして話題に上ることもなかった。
ただ、沙織ちゃんの場合、真紀ちゃん(沙織ちゃん呼称「まっきー」)という
その地元チームを熱烈に応援している友達がいて、
「生で見れば絶対サッカー面白くなるよー」と
まわりの友達を熱心に試合観戦に引き連れて行ってるのだ。
で、誘われた友人達の中で最近もっともハマっているのが、沙織ちゃんらしい。
その真紀ちゃんや他の友達と一緒に、
ここ三ヶ月でもう二、三回、試合を見に行っている。
「でも、弱いんでしょ? そのチーム」
「弱いよぉー」
…なぜ、嬉しそうに言うんだ、沙織ちゃん。
「なんか、見てたら放っておけないってゆーか…。
保護欲を刺激される弱さなんだよねー」
沙織ちゃんから聞いているが、今年は特に、がんばってもがんばっても
終了間際に点を取られてしまって負け、という展開が続いているらしい。
そして今日は最終戦。
今日負けたら、チームは、
二部リーグのJ2に降格が決まってしまうっってことだった。
(夏に最終戦ってのも不思議な感じがするけど、海外のサッカーリーグの
スケジュールに合わせて、日本でも去年からそういう風に変更されたって
ことだそうだ。以上、真紀ちゃんからの受け売りの沙織ちゃん情報より…)
「今日は、肝心の真紀ちゃんは一緒じゃなかったの?」
「……まっきーねぇ……。今日、“恐くてもう試合観れない”って言って、
スタジアムにも来ないんだよ……」
そ…、そんなに好きなのか……。
「実は今日の祐くんのチケット、そのまっきーのなんだよ。
ふたりでいっしょにローソンで買ったんだけどね〜……」
「なるほど」
沙織ちゃんはサッカー場にはこれまでは女友達と行ってたし、
僕が特に興味ないのも知ってたからこれまでは誘ってこなかったけど、
別に僕の方は、沙織ちゃんと一緒にサッカーを観に行くことに何の異存もない。
……きっと、沙織ちゃんと付き合う以前の僕だったら、違っただろうけど。
正直、スポーツに浮かれて騒いでいる人達に違和感を感じないこともないし。
でも、以前沙織ちゃんに出会って思ったことがある。
例え同じような鬱屈を抱えていたとしても。
その上で、抱えたまま前向きに生きている人も多いのかもしれない、って。
ここにいる沙織ちゃんみたいに。
だから僕も、いろんなとこに行って、いろんな経験をしてみるのもいいさ、と、
いまは考えている。

電車を降りて、最寄り駅からスタジアムへの
直通バス(試合日にはそんなのが出てるらしい)に乗り込むと、
やがて今日の会場、チケットの記述によると
“市原臨海競技場”の大きな施設が見えてきた。

 * * * *

バスを降りると──海からの風だろう、半袖の腕を撫でる風が、意外に肌寒い。
「いっぱいいるなぁ〜」
「ほんと」
大きなスタジアムの周りは、もう、
まるで東京都内の雑踏ど真ん中並みのおおぜいの人たちでひしめいていて、
当たり前だけどその全員が全員、同じ方向、
スタジアムに向かって歩みを進めている。
けっこう壮観だ。
ユニフォームを着たり、大小の旗を持った、例の“サポーター”って奴も多い。
だが、それ以上に普通に地元の親子連れや中高生の客も多いのが、
僕の先入観とちょっと違っていた。
雑踏はそんな人たちの、ざわざわとした思い思いの話し声に満ちている。
入場口までの間には、チームのグッズや食べ物を売るような小さな店も出ている。
なんとなく、この賑(にぎ)わいは……夏祭りって感じの雰囲気だ。
意外と、悪くない。
「いままでで一番すごい人だよ〜。
やっぱり、今日は特別だね。なんせ、生死がかかってる試合だし!」
「おおげさだなあ」
僕はクスっと笑ったけど、たしかに話し声以外に
あちこちから次々と応援の気勢があがっている。

ジェ〜〜〜〜〜〜フ ユナイテッド!

誰かが叫ぶと、何人かがそれを繰り返し唱和する。
それが、雑踏のそこここから続々発生している。
さらに、スタジアムの中からはもう、
何百人分…何千人かな?それだけの、夕空を圧するほどの応援コールが湧いていた。
人間の声も、何千人分も響くと、腹にずんと響くほど重いもんなんだな…と思った。
こんな感じ、覚えてる。あれはたしか……、
そうだ、小学校の頃、家族でドームに野球の巨人戦を観に行った時だ。
スポーツ観戦なんてそれ以来の事件だから、落ち着いてるつもりの僕も、
少々気分がうわずってきているのは否定できなかった。
これが、TVの中継を観るんじゃない、
“現場”に立ち会うってことなんだな……。

ふたりとも手ぶらだったので、手荷物検査も受けずにすんなり入場できた。
コンクリの階段を昇って、スタジアムの建物の中に入る。
休日にスポーツ観戦を楽しみに来た、って感じの人ごみの中に、
深刻そうな顔で何事か話し合うグループが沢山混じっているのが、
選手たちにとってだけじゃない、ファンにとっても
今日の試合が重大な一試合なことを物語っているんだろう。
自分たちの席に向かう前に、通路の売店で飲み物を買った。
かなり混み具合だから、けっこう並ばなきゃいけなかった。
沙織ちゃんは、記念にと今日の試合のパンフも買っている。
スポンサー企業らしいロゴの入ったビニール袋入りで、パンフ以外にも
チーム・ステッカーとか小さなオマケがいろいろ入っている。
「あと、……よぉし!これも買っちゃおう!」
お願いしまーす、と言って沙織ちゃんが買ったのは、チームの応援用の、
黄色い、チーム名“ジェフユナイテッド”ロゴ入りのタオルだかマフラー、二枚。
「僕の?」
「うん!」
僕ら高校生にとっては、それなりの値段だ。
「悪いよ。お金払うって」
「いいの。今日はあたしが付き合ってもらったんだし。エスコート代だよ♪」
ちょっと可笑しかった。エスコートされてるのは、初めて来た僕の方なんだけど…。
首にタオルを掛けると、僕も、にわかサポーター一名様に一丁上がりだ。
…サッカーの日本代表の試合がある度どこからともなく現れて騒ぐ
にわかサポーター達を、僕も、笑えなくなっちゃったかもしれない。
でも、これで応援団一人増員完了っ!と言って
僕のタオルの両端をビシッと引っ張って喜ぶ沙織ちゃんを見てると、
まあ、これはこれでいいか、と思う。
僕も、今日のこの雰囲気の一員に混ざることにしようか……。

さらにもう一度階段を昇って客席に出ると、
「おお…」
僕の視界に、巨大な芝生のピッチが現れた。
100m×50mぐらいはあるだろう大きな緑色のステージって感じの佇まい。
照明に照らされて、芝の緑色が素晴らしく映えていた。
応援の音声(おんじょう)も、外でとはがらっ音量が変わって、
空気の圧力のようなものまで伴って響いてくるようになった。
それにやっぱ、スタジアムって大きい。
反対側の席のお客さんたちは、米粒ほどのサイズにしか見えない。
スタジアムの中と外。確かに、別世界だ。
「……大きいんだねー」
「そうでしょ? でも、Jリーグのスタジアムでは一番小さい方なんだって。ここ」
「へえ…」
僕たちの席は自由席で、ゴールの裏、ゴールキーパーの真後ろあたりらしかった。
TV中継ではシュートの場面で以外、あまり観ないアングルだ。
ここから試合が見やすいかどうかは、正直僕にはよくわからない。
「あ、こんにちわー」
沙織ちゃんが、目が合った30才前後くらいの女の人に、挨拶した。
「あ、こんにちは。この前の、まっきーのお友達さんだね?」
以前真紀ちゃんと観戦に来た時会った人らしい。
ロングのソバージュにユニフォーム姿で、席に深く腰掛け
うちわをパタパタ仰いでいる姿が、なんかサマになっている。
いかにもサポーターって感じだ。でも、こざっぱりとした人で、
過剰なテンションがほとんど感じられない。
むしろ、なんだか落ち着いた風格みたいなものまで漂っているのが不思議だ。
「そっちはカレシさん?」
「はーいっ♪」
「いいねえ…若い者は。あと、まっきーも一緒に来たの?」
「それが……」
沙織ちゃんが、真紀ちゃんが今日来るのを取りやめたことを話す。
「ああー……。わかる。けど、来なくちゃいかんよ。こういう試合は」
オギさん、という名前らしいその女の人は、腕を組んで言った。
「来なくちゃいかん。……でも、わかるなあ……。うむ」

いよいよ、試合が始まりそうだ。
選手の名前が場内アナウンスで次々コールされ、
そのたびサポーターと観客がコールに応えて歓声をあげる。
沙織ちゃんも、一緒にお──っ!とか腕を突き出して声をあげてる。
あはは、ノリノリだ。
「沙織ちゃんは誰がお気に入りの選手なの?」
「阿部くん!」
…全然わからん。
「そう? 最近、日本代表の試合にも出てるんだよ。まだ若いのに。
背番号6番の子。すっごい、パスとか上手いんだよ〜」
「へえ…」
ちょっと気のない返事だったかもしれないが、一応、試合中、
6番はチェックしておこう。でも、観客席からも背番号って判別できるのかな。
そんな風にホーム・チームの選手紹介は盛り上がったのに、
その後の対戦相手のチームの選手紹介は、
棒読みのように全員まとめてさらっとアナウンスして終了。
あまりのえこひいきぶりに、かえって笑ってしまった。
これが、“ホーム”とか“アウェイ”ってやつなのかね。
こっちと反対側のゴールの方の席には、当然ながら対戦相手のサポーターたちが
何百人も青いユニフォームを着て陣取っている。
FC東京ってチームだが、こちらも僕は詳しくは知らない。
彼らが、コールを始めた。

サヨナラ イチハラ!

サヨナラ イチハラ!

「何あれ?」
「ひっどぉ〜〜〜〜〜〜〜〜い」
沙織ちゃんがむくれている。
二部落ちの瀬戸際のジェフ市原を、ああやってからかっているということだ。
沙織ちゃんや、さっきのオギさんに、今日の応援チーム、ジェフの選手たちや
最近の戦いぶりの説明を少々受けながら、待つ。
サッカーの順位が、勝利3点、引き分け1点の
「勝ち点」の年間合計で争われているのは知っている。
二部リーグの「J2」へ降格争いをしているライバルチームの試合が、
今日、そのチームの負けで先に終わったので、ジェフは
この試合を引き分けさえすればライバルを上回り、「J1」に残留できるそうだ。
そんなことを聞いてるうちに、なにかの音楽とともに
両チームの選手たちが入場して来た。

うぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!

拍手と歓声が、ものすごい。
耳元で聞いてるこちらとしては、鼓膜が痛くなるほどだ。
チームが降格するかどうかの瀬戸際の緊迫感が、
そのままこの観客の勢いになってるのだろうか。
「あれ……?」
あらためて見渡してみると、ゴール裏の僕らの席の周りは、サポーターだらけだった。
右も左もチームのユニフォーム姿でぎっしりだし、
一番前の方には、サポーターたちが持つドでかい旗が、
スタジアムに向かって、何本も待機状態で下がっている。
座って落ち着いて観てる人など、ほとんどいない。
歓声の中、沙織ちゃんに聞いてみた。大声を出さなきゃ聞こえない。
「ここー! ひょっとして!
サポーターの人たち専用の、応援席なんじゃないの!?」
「わかんないー! まっきーと来る時は、いつもここだからー!!」
……いいのかなぁ。

黄色いユニフォームのジェフの選手たちは、円陣を組んで気合の声を発すると、
それぞれのポジションに散らばった。
試合が、はじまった。

 * * * *

切羽詰まった状況からか、
それともサポーターや満員の観客からもらった勢いか、
ジェフは少しパスを交換した後、すぐに次々相手のゴールに攻め込んで行った。
シュート!
外れ。
また一分も経たないうちにシュート!
これはすごい速さでゴールの隅っこに飛んで行ったが、
相手のキーパーが横っ飛びして手に当てた。
悲鳴のような歓声が、一瞬でどよめきに変わって、消えた。
満員=一万人以上?の、揃ってのどよめき。
自分も思わず声が出てたのに、なんだか妙に可笑しかった。
それにしても、今のはいわゆるスーパーセーブって奴だろう。
TVでやるサッカーそのままを、いま生で見ているんだってことを、今更実感する。
「うん、今日はいきなりやる気がおもいっきり出てるみたい!」
だが、すぐにえへへ、と笑う沙織ちゃん。
「でも、こうしていいところでシュートが入んないのが、
まだいつも通りなんだけどね」
この時は、まだそうして笑ってられる余裕があったんだ。

試合は、ジェフが押していた。
スタジアムの時計によると、前半30分を過ぎているのに、
これまでほとんど相手の方の陣地の方でばかりプレイが行われている。
たまにボールが跳ね返されても、後ろに残っているジェフのディフェンダーや
キーパーの手で、すぐにまた相手陣内に送り返される。
そして、シュートや、コーナーキックや、フリーキックの嵐。
「ほとんどリンチだなこりゃ」
今日は強いんじゃないの、このチーム。
なんだか僕はちょっと相手チームに同情的な気分になってしまった。
「でもまだ点が入ってないよ」
沙織ちゃんは、心配そうな表情。
「点が取れそうな時に取れないで、逆に点を取られちゃう。
あたしが観に来た試合はいっつもそうだもん」
……疫病神?
とは、思っても絶対に言わないでおく。
「阿部くんって、あの茶髪の選手だよね? 確かに上手いなあ」
選手の背番号は、ちゃんと観客席からも判別できた。
試合を上から見るとわかるんだけど、敵がまわりにいない選手、
さあ攻撃だ!ってダッシュをスタートした選手。
そういう、ここにパスを出せば……ってところに、
阿部は必ずパスを出している。上から見てるわけでもないのに。
で、パスも、ちゃんとその味方の取れる場所に飛んで行く。
当たり前のことみたいだけど、この当たり前を今日“毎回”できている選手は、
敵味方の中で彼一人だけだった。
他の選手は、ボールを持っても、敵が来ちゃったからとりあえず、って感じで
すぐ近くにパスするのが精一杯だったり。
どの味方にパスを出そうとしたかはわかるんだけど、
パスが長すぎて味方が届かなかったり、
蹴ったコースが悪いのか敵に途中で取られちゃったり。
必ず何回かに一回はそういうことになるんだけど、
今日の阿部にはそういうのが全然ない。
しかも、走り回っていつも「またいた!」って感じのいい所に現れる。
相手ボールになってもそうして敵の前に現れて、簡単にボールを取り返す。
自分でボールを持ってドリブルして攻め込んだり、いいシュートも打つ。
これなら、僕にもわかる。
サッカーのいい選手やいいプレイって、
意外と一目見れば誰でもわかるものっぽいかもと思った。
いままでで一番惜しいシュートも、阿部のシュートだった。
ゴールポストに当たって跳ね返り、ゴールを判定する白線の上を
真横に転がったのを、相手キーパーが慌てて抱え込んだ。
僕の周りのサポーターたちは、頭を抱えるやら、仰け反るやら、一騒ぎ。
沙織ちゃんもその瞬間、思わず僕に抱き着いてきていた。
「なんで〜! なんで、入んないの〜〜〜……!」
惜しいシュートより抱き着かれたぬくもりの方にちょっと動揺しながら、僕は
「そのうち入るよ。そのうちに」
なんて適当な慰めを言っていた。
そして、僕のいいかげんな予言は当たった。
……ただし、そのうち入ったのは入ったが、相手のシュートが。
ジェフの陣地にボールが跳ね返された時、その時ばかりは
逆襲して来た敵が三人で、味方が二人。一人、足りなかった。
右のサイドを全速力でドリブルして来た敵が、ジェフの選手とぶつかって
転びそうになりながらも強引にボールを前に運ぶと、
もう、彼の前はキーパー一人だけ。
あれほど入らなかったシュートが、その選手が足を一振りすると、
飛び出して来たキーパーの横を抜け、あっさりゴールに突き刺さった。
「うえ……」
他人事ながら、なんてこった、としか、言いようがない。
スタジアムは、悲鳴、絶叫、悲鳴。一万人の落胆。阿鼻叫喚の様だった。
沙織ちゃん?
沙織ちゃんは……、固まっていた。
両の手のひらを前に突き出した“ちょっとお待ちになって”というような手つきで。
朝からすっごく楽しみにしていたお弁当箱を開けたら、
ゴキブリが中でひっそり暮らしていたのを発見した瞬間の人の顔、といった表情で。
「また……」
さ、沙織ちゃん……。
「またなのね……」
「沙織ちゃん」
「こんな期待には毎回応えなくていいよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
前半が、終了した。

 ジェフ市原 0−1 FC東京

 * * * *

ハーフタイムの休憩時間、沙織ちゃんは見るも無惨に落ち込んでいた。
コカコーラをまるでお茶のようにすすって飲んでいる。
普通に飲み干す元気もなくなってしまったのだろうか…。
「見に来る度に、こうだぁ……。
今日の大事な大事な最終戦までこれじゃあ、あたしが疫病神みたい……」
そうそう。僕もさっきそう思いました。
などとは死んでも言わない。
「今日のウチの調子は、いいよぉ〜」
「えっ」
オギさんがちょうどよく、意外な言葉で助け船を出してくれた。
「特にエイスケが全然やれてる。本当に病み上がりなのかってぐらいだよ」
「何番の選手ですか?」
「2番。中西エイスケ」
「ほら、試合の前に教えた、まっきーが一番好きな選手だよ」
沙織ちゃんも話に加わってきた。
「ああ、ディフェンスのちっちゃい人?」
前半、相手陣地から跳ね返ったボールを一番多く拾って、
何度も味方に送っていた選手だ。
たしか、二回ぐらい前の方に出てシュートも打ってたはず。
「ケガで今年後半はほとんど出られなかったからね〜」
「あたしが観に来た試合も、ほとんどベンチに座りっぱなしだったよ。
まっきーが悔しがってたなあ」
「そんないい選手なんだ」
「ワールドカップにも出たんだって」
「ほんと? でも、名前聞いたことないなあ」
僕も、一応日本の試合やニュース報道はぼーっと観てたんだけど。
「日本でやったやつじゃなくて、日本が最初に出た時のワールドカップだって」
「あ、そうなんだ」
なら覚えてないのはしょうがないかもな。
「それに、ユウキが絶好調だ。今日のウチは、一点以上は必ず入れるね」
「ユウキって、6番の阿部ですね」
「そう、阿部くん!」
前半後半を戦って同点だったら、延長戦。
延長戦は、点が入ったらその瞬間試合終了、
入れたチームの勝利。(勝ち点は1点減って、2)
延長戦でも同点のまま終わったら、そこで引き分けになる。
そう試合前にふたりから教えてもらっていた。
勝つためには、二点以上が必要だ。後のないジェフには厳しい。
必ず入れる、ってオギさんのセリフには、願いも多分に込められてるんだろう。
「前期なんて10連敗したからねえ。その時来た客が疫病神なら、
あたしら全員疫病神だよ。気にしないで。応援続けて!」
「…はいっ」
沙織ちゃんも、うなずいた。

 * * * *

試合が再開された。
ジェフは一人、二人と疲れの見えた選手を交替し、まだ攻勢を保っている。
しかし、さすがに攻め疲れが出てきたのか、
相手に攻め込まれるシーンも、いくらか増えて来た。
いや、いくらかじゃない。
あきらかに、徐々に押されつつある。
オギさんによると、向こうも、押されまくった前半を見て
選手とやり方を変えて来た。それが功を奏しつつあるということらしかった。
だが、まだ負けそうだってわけじゃない。
現に阿部は相変わらずいいパスを出していたし、
真紀ちゃんお気に入りだという中西選手も、前半にも増して
前に上がって来てシュートを打つ場面が増えていた。
その中西のシュートの一本は、相手が気付かないうちにスッと抜け出し
完全に虚を突いたヘディング・シュートで、キーパーも打たれた時にはもう
ボールの軌跡を見送るしかない、完璧なタイミングだった。
だがそれも、ゴールバーに当たって跳ね返された。
沙織ちゃんも、声を枯らして声援を送っている。
僕も、驚き、落胆、悲鳴、安堵……思わず声が出る機会が増えていた。
そのまま、0−1のまま、残り時間は、もう15分になっていた。
「中西さんが変」
…?
ふいの沙織ちゃんの声に背番号2の姿を探すと、
まだプレイ中なのに中西はピッチに座り込んで、足を必死でさすっていた。
「足を攣(つ)っちゃったみたい! 病み上がりにあんなに動いてたんだもん……!」
そして。
よりによってそんな時に、それは起こった。
「あっ…? 駄目ーっ!」
沙織ちゃんが口を両手で覆った。
ジェフのディフェンスの一人が相手の足技できれいに抜き去られた。
目の前にはキーパーと、だだっ広くひろがるゴールだけ。
飛び出したキーパーは、ボールには触れることができず、
その選手の足だけを、両腕で刈り倒してしまった。
審判の笛が鳴る。反則。
レッドカード。退場。
相手に、ペナルティ・キック。
数千の悲鳴が響いた。
あまりの音量に、一瞬、悲鳴以外の音が、耳に届かなくなった。

「ヤバいね」
沙織ちゃんからの返事が、返ってこない。
少ない残り時間。
しかも相手に追加点の絶好の機会。
退場になったキーパーのかわりに交替のキーパーを出さなきゃいけない。
それで3人の選手交代枠は、使いきってしまう。
中西が足を攣って、治療のためにピッチの外に出てるっていうのに。
相手チームのサポーターたちは大喜びでコールしている。

サヨナラ イチハラ!

サヨナラ イチハラ!

ジェフにとっては、まさに地獄のような状況だった。
「……オネガイ」
沙織ちゃんが胸の前で両手を組んでいた。
入ったばかりのキーパーが、
緊張の面持ちでグローブをはめた両手をぱしっぱしっと叩いている。
「あっ沙織ちゃん」
「え?」
審判が、誰かをくいくいと手で呼んでいた。
中西が、ライン際に立っていた。
キーパーの交替、そしてペナルティ・キックの準備の間に
もう治療を済ませ、ふたたびピッチに戻ろうというのだ。
キーパーを応援するコールがサポーターから続いていたが、
すぐに中西へのコールも始まった。
この短い時間で足が元に戻ったかどうかは正直判断し難いが、
それでも、中西はこの危機を黙って見ていられなかったのだろう。
無理矢理戻って来たのだ。

中西の復帰が審判に認められて、ボールがセットされる。
キッカーとキーパーの二人以外の選手は、全員一旦ペナルティ・エリアの外に出され、
ライン際でプレイの再開を待ってじっと身構えている。

笛が、鳴った。
東京の選手が、蹴った。
キーパーは、ヤマを張った右へ飛んだ。
だがボールは、ど真ん中へ飛んでいた。
キーパーが、必死に足を出した。

──ボールは、足に当たって、跳ね返った。

「まだ!」
沙織ちゃんが叫ぶ。
こぼれ玉が東京の選手の一人の足元に落ちて来ようとしている。
振りかぶった。
ジェフの選手が、走り込んでいた。
交錯。
ボールは……、ジェフの選手の方の前にこぼれ出た。
ジェフの選手が、前線に残っていた味方めがけ、思いきりボールを蹴った。
「中西だ!」
誰かの声がした。
走り込み、蹴り出したのは、さっき足を攣って、いま戻ったばかりの中西だった。
そんな足で、チームの窮地を救ってみせたのだ。
受け取った前線の選手は、阿部。
相手のゴールめがけて、阿部が、全速力でドリブルをはじめる。
追いすがる敵。
全力で走る二人の選手の軌道が、あっという間に接近する。
……と、突然、阿部が誰もいない場所へ大きくボールを蹴った。
「あっ」
誰もいない場所……、しかし、そこには走り込んでいる選手がいたのだ。
「…中西…!」
足を攣ったばかりなのに。病み上がりなのに。
試合が始まって一時間以上経ったピッチの上で、中西は懸命に走っていた。
阿部を追って一番最初に走りはじめていた中西に、誰もが遅れをとっていた。
一人も追いつけない。足を攣ったはずの中西が、一番速い。
飛び出してきたキーパーの横を、中西のシュートが一直線に打ち抜いた。
ジェフのシュートが、今日、初めて、ゴールに飛び込んだ。
もう今度は、大歓声以外僕の耳には何も聞こえて来ない。
僕に抱きついて狂喜乱舞している沙織ちゃんが何を言っているのかすら、
歓声のあまりのすごさに聞き取れないのだ。
「すごいな……。すごい」
こんな土壇場の起死回生劇を、僕は、TVじゃなく生で見てしまった。

 ジェフ市原 1−1 FC東京

 * * * *

ふたたび、ジェフの攻勢が始まっていた。
中西は、笛でプレイが止まる度に、足をさすっている。辛そうだ。
やはり、さっきのプレイは相当の無理をしたのだろう。
まだあのプレイの余韻が残っているせいか、
そんな中西があれをやってのけたのが、どこか信じられない気分だった。
と、いつの間にかライン際に一人、東京の選手が立っていた。
かなり背の高い、丸坊主の、ブラジル人っぽい選手。背番号11番。交替だった。
「…試合を決める気だね」
言ったオギさんの方を、僕は見た。眉間に、皺が出来ていた。
向こうの席の東京のサポーターたちが、大盛りあがりになっていた。
その11番のらしい名前を、連呼する。
交替する選手と抱き合って互いに背を叩き会うと、11番はピッチ内に走った。
大歓声が湧いていた。

最初のシュートが、いきなり、ゴール左上の隅も隅だった。
しかも、すごい弾道で。
ジェフのキーパーが、これもすごい反応でジャンプして、手に当てた。
当てたことが奇跡としか思えないプレイだった。
安堵のどよめきがスタジアムを圧する。
キーパーの個人プレイがなければ、死んでいたかもしれない場面。
次のコーナーキック、競り合ったのは、またもその11番。
ジェフの選手の頭の上に肩まで出すものすごい跳躍で、
ヘディング・シュートを放った。
幸い、シュートはわずかにゴールの上を越える。
再度の、重いどよめき。
そして、相手サポーターは大歓声をあげ、応援のコールがはじまった。
負けずにこちらのサポーターたちもコールを再開する。
でも、1点取り替えした直後の、イケイケの勢いの声じゃない。
必死の声だ。
たった一人の人間がサッカーボールを二度触っただけで、
一万人以上いるスタジアムの空気を、一変させてしまった。
これが、本当のプロなんだな、と思った。
身体が、なぜかちょっと震えた。

コール。
東京の勝利を祈って。
コール。
ジェフの生き残りを祈って。
沙織ちゃんももうサポーターのコールに加わっている。
必死に声を振り絞って。
もはや途切れることもない応援の歓声の中。
選手たちは、合計一時間半も走った疲れた身体でボールを追いかけ、
試合を決める得点のためのパスを、出し続けていた。
東京の11番のブラジル人に、必死に中西がついてボールを奪い取る。
11番も、プレイが止まる度にしきりに自分の膝を気にし、
ここまで投入されなかった理由をうかがわせる。
中西も、プレイが止まる度、足を引き摺っている。
やはり限界が来ているのだ。
それでも、プレイがはじまると全速力で走り出してしまう。
あれは何なのだろう? 尽きた体力を気力で補充してるんだろうか。
ロスタイム。大歓声が湧いた。
東京ゴール前でボールを拾った阿部が、ポーンと高くボールを浮かせたのだ。
前に飛び出していたキーパーの頭上を越えた……?
慌てて戻るキーパー。だが、追いつかない。
ゴール???
しかしもう一人、必死に走り込んだ東京の選手がいた。
彼は、なんとオーバーヘッド・キックで、ボールをゴールから掻き出した。
飛んだボールは、運悪く東京の選手の前に落ちた。
東京の選手は、ロングパス。
歓声がその音量をマックスに上げるまで、0,5秒もかからなかった。
11番に、パスが渡ったのだ。
攻めに出ていた中西が、必死に戻る。11番に接近する。
だが、11番も懸命に走る。そして、中西に身体を寄せられてもボールを零さない。
素晴らしく頑強だった。
……シュート!!
中西の出した足の下をボールが飛んで行った。
ボールは、飛び出していたキーパーの手に当たった。
しかし、わずかに軌道を変えてボールはゴールにゆっくりと転がってゆく。

ああぁぁあああああぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!

数千人の悲鳴がスタジアムの空気を斬り裂く。
僕は、見た。
中西があきらめないで、転がるボールを追って走るのを。
そして、足を伸ばしてスライディングし、ボールに飛び込んでいくのを。
ボールは、中西の爪先に当たって、

また軌道を変え、

そして、

ゴールの隅に転がっていった……。

 ジェフ市原 1−2 FC東京

 * * * *

「頑張ってたのに……」
ホイッスルは鳴り、試合は終わった。あのゴールから、十数秒後だった。
「今日、一番頑張ってたのに……」
沙織ちゃんは、泣いていた。
一番頑張っていた、中西のオウン・ゴール(自殺点)で、試合は終わった。
ジェフの一年の戦いも、終わった。
「これもサッカー」
他人事のように、オギさんは言った。
だが、その顔は険しく、真正面を向いたままだ。
そのまま、オギさんは、微動だにしなかった。
サポーターたちは泣いていた。
だが、コールはいまだ続いている。

ジェ〜〜〜〜〜〜フ ユナイテッド!!

ジェ〜〜〜〜〜〜フ ユナイテッド!

下を向きながら、選手たちがサポーターたちの席に向かって歩いて来た。
これまでの応援に応えるために。
選手たちもやはり、泣いている。
だが、選手に向かって罵詈雑言を浴びせたり、
物を投げたりするサポーターはいなかった。意外だった。
中西も、来た。
引き摺る足で、肩をチームのスタッフの一人に抱えられて。
どんな言葉を浴びせられても仕方ないかもしれないのに。
それに対してサポーターが返したのは、これだった。

ナカニシ!   ナカニシ!

   ナカニシ!    ナカニシ!

全員での、中西コール。

 * * * *

沙織ちゃんとスタジアムを出た時には、もう日はすっかり落ちていた。
そういえば試合の途中ですっかり日は落ちて暗くなってたよな……と、
いまさら思い出す。
なんだか、ほんとうに現実とは別の世界に行っていた感じだった。
まだ頭の中に、歓声と悲鳴の余韻が残っている。
沙織ちゃんは、試合前に買ったタオルを首にかけたまま、
すっかり押し黙ってしまっていた。
スタジアムを出てすぐ、ちょっと嫌な光景に出くわした。

サヨナラ イチハラ!

サヨナラ イチハラ!

何人かの東京サポーターが、そう言って嬉しそうにジェフサポーターに近づいては
囃し立てていたのだ。
ひどい。
…ひどい、と思った。
その光景だけのことじゃない。「負ける」ってことは、こんなにひどいことなのか、と。
僕は生まれて初めて、スポーツってやつの人間を勝者と敗者に峻別する
ゲーム・システムのシビアさに触れた実感を味わっていた。
沙織ちゃんは、その光景の横を通り過ぎても、一言もなかった。
落ち込みすぎていて、ちょっと、あまりにも沙織ちゃんらしくない。
僕は声をかけてあげようとした。
「あ……」
と、沙織ちゃんが声をあげた。
どこかを見ている。
「?」
沙織ちゃんの視線の先には、街頭に寄り添うように立っている、
僕らと同い年ぐらいの女の子が一人いた。
手に携帯TVか何か……?を持って、呆然と沙織ちゃんを見ている。
「まっきー……」
「え?」
沙織ちゃんは、ゆっくりと彼女に近づいた。
「来てたんだここまで……」
そして、彼女を、ぎゅっと抱きしめた。
そうか──。
まっきー……ぼくのチケットの本来の持ち主だった子。真紀ちゃん。
試合を観るのが恐くてチケットを手放したけど、
結局、いたたまれなくて試合中のここまで来て、
おそらくは携帯TVですべての経過を追っていたのだ……。
真紀ちゃんも、ぎゅっと沙織ちゃんを抱き返した。
小さく、彼女の鳴咽が響き出した。
僕は、スタジアムを出る直前オギさんが言っていたことを、思い出していた。

「ただ偶然、知らないチームが優勝した日に、その試合を観るのとさあ」
オギさんは、僕と沙織ちゃんをみつめていた。
「こういう試合を経験した後………、そのチームが、優勝するのに立ち会うのとでは」
沙織ちゃんの頭を、ぽん、ぽんと優しく叩いてくれた。
「全然ココロに響くものが、違うとは思いませんか?」
沙織ちゃんは、うなずいた。僕も、うなずいた。
「だから来なくちゃいかんのですよ、こういう試合は」
オギさんが、後ろを向いた。その後、オギさんは二度と振り向いてくれなかった。
「……わしらサポーターは、こうして日々過ごしているのですよ」

 * * * *

「おっはよ〜〜〜〜〜〜! おっすおっす」
沙織ちゃんが、ぽふぽふと僕の背中を軽く突いた。
登校の雑踏の中から僕を発見して、走り寄って来てくれたのだ。
「なんだ、元気じゃん」
「元気だようっ!」
にぱっと沙織ちゃんが笑った。
すごい。
昨日の今日だってのに、この回復力は、素直に敬服に値する。
こういう大した子と付き合っていることが、なんだか嬉しい。
沙織ちゃんが勢いよく現在の心境を語る。
「何かさぁ〜、ほんと、観に行って良かった。すごい体験して良かった。
まっきーにいままで試合に連れってってもらってて、得したカンジ」
得した……。
ちょっとネガティブな質問もしてみる。
「プロの人たちでもさあ…、そのプロの人たちが、あんなに頑張っても、
あんな結果になることもあるんだよ。
自分の今後のバレー部の活動とかに不安とか感じない?」
「え? 不安? なんでなんで?」
沙織ちゃんは面白そうに返事をする。
「真逆(まぎゃく)!」
真逆ですか。
「プロの人たちがあんなに頑張っても、ああなることもあるんだよ?
あたしたちなんて、もっともーっと、頑張らなきゃって駄目って思ったよ!
うん。思った!」
僕は、クスっと笑ってしまった。
答えてもらった後、沙織ちゃんがどういう返答をして来るか、
僕はすっかり予想済みだったことに気付いたから。
「わらうなー! 本当に、もっと頑張るんだから。パワーもらったもん。
頑張れば頑張るほど、後で嬉しいのも悔しいのも悲しいのも何倍でしょ?
それが生きてて楽しいってことだ! …って、思うから」
「うん。僕もそう思うよ。そういう沙織ちゃん、いいと思う。やっぱり、好きだよ」
登校中にそんなこと言われるとは予想していなかったのか、
沙織ちゃんの顔が急に紅潮していった。
「ゆ、祐くん」
スポーツ…でもなんでもいい。
そんなものを観て、熱中して我を忘れる人たちを、僕は心から馬鹿にしていた。
世界中全員が馬鹿に見えて、世界中全員へ無性に攻撃衝動を向けていた、あの頃の僕。
でも、そんな自分は、ただ自分一人だけを観て、
自分一人の殻の中に熱中しているだけだった。
そんなことに、女の子にたった一人触れてみるまで、僕は気付いていなかった。
今の僕には、少なくとも二つの視点、世界がある。
今にして思う。
自分ひとりだけしか見ないで過ごすには、人生はあまりにもヒマだろう。
沙織ちゃんとふつうに付き合いはじめてから今まででも、
嵐のようにいろいろなことがあった。
そして昨日出会ったサポーターの人たち。
別に、応援チームがどうなったからって、本人の人生がどうなるわけじゃない。
でも、彼らは、ヒマを有効に使って、楽しく生きている人たちなのかもしれない。
ただ、チームがすべてになっちゃったら、それはチーム=自分ってことで、
結局自分だけ見て生きているのと同じことで、困りものだろうけど……。
かつての自分ならそうは思えなかっただろう考えを、
自然に肯定できる今の自分が、嬉しかった。
「とりあえず、じゃ、僕は何をしようかなー…」
「?」
「うん。とりあえず、次のシーズンの開幕戦も、一緒に観に行こうよ。沙織ちゃん。
今度は、真紀ちゃんと一緒でもいいな」
「あっ、うん!」
僕自身はサポーターにはならないだろうけど、あんな試合を観ちゃったら、
きっと、来季のニュースでのジェフの試合結果は気になりそうだ。
もし来年、二部での戦いを勝ち抜いて再昇格、なんてことになったら、
やっぱり、嬉しいと感じるだろう。きっと、他のチームと同じには、見れない。
「あっ、まっきーだ。お───い」
沙織ちゃんが、登校中の人ごみの中に真紀ちゃんをみつけたようだ。
駆け寄って、その肩をぽんと叩いた。
「おはよっ!」
今日も、沙織ちゃんの声が明るく元気に響く。
そろそろ夏らしい雲が出てきた、真っ青に晴れ渡る、朝の空の下で……。


                              終