やれやれ、と。阿部貴之はカサカサに渇いた髪をかきあげて嘆息した。
せっかく拿捕した船は沈んでしまい、戻ってきたらこの有り様だ。
建物の被害の割りに人的な被害が少なかったのが唯一の救いか。
そう無理矢理自分を納得させる。させなければ、やっていられなかった。
「どうします隊長」
「とりあえず、崩れる前に重用品を運び出さないと…怪我人の輸送はすんでいるんだな?」
「はい、滞りなく」
「それじゃ…南の支部に荷物を運ぼう。例の倉庫にも近いし。今日中に何とかしたい。みんな、疲れているだろうけど、頼む」
「はい!」
散っていく自警団員。士気が高いのは助かるな…貴之は、何度目かになる溜息をついた。
そのとき、背後に人の気配を感じて振り向く。
「柳川さん…」
「貴之、少し抜ける」
出し抜けに言う柳川。貴之は少し驚いて目を見開いた。
「何か?」
「このまま逃がしたとあっては沽券に関るのでな」
「どうやって?」
「俺は元々は狩り専門だ」
「そうですか…わかりました」
「すまんな」
「吉報を期待していますよ」
非常に素っ気無い会話だったが、二人にはそれで十分だった。
まだ出会ってからそれほど経ったわけではない。性格も違うし、常識的に相性のいい組み合わせとは思えないだろう。
だが、二人は何故か意気投合している。その理由は、二人にもわからない。
柳川は踵を返すと、雑踏の中に消えていった。貴之はそれを見送り、姿が見えなくなってから、部下に指示を出し始めた。
久々に『娘』との会話を楽しんだ長瀬源五郎は宿に戻っていた。
甥は朝早く出て行ったまま、まだ戻らない。何か厄介ごとに巻き込まれてなきゃいいんだが。
そんな事を考えながら、昼寝して時間を潰す。当事者ではない彼にできることは、せいぜいその程度の事だ。
…コツ。
どれくらい時間が経ったか。微かな物音に目を覚ますと、周囲は暗くなり始めていた。祐介が帰ってきた様子はない。
…コツ。
何かが落ちるような音。音がしたほうを大体見当をつけてみると。
…コツ。
開いた窓から、微かに放物線を描いて、何かが部屋に入ってきた。
窓から身を乗り出す。と、そこには。
「やっほー」
「おや、お嬢さん」
「ようやく気付いたわね。まあいいわ、部屋に入っていい?」
「それは失礼。少しうとうとしていたので。どうぞ、入ってください」
「そう、じゃ、お邪魔するわね」
彼女、来栖川綾香は手に持っていた小石を落とすと、二度三度、軽く飛ぶ。
刹那。軽やかに壁を叩く音が三つ。ふわりと身を躍らせ、綾香は窓から宿の中へと入った。
ちなみに、部屋は二階にある。
「いや、お見事」
手を叩くしかない彼に、
「ありがと」
綾香はにこりと笑みを浮かべた。
それからしばらくして…
綾香から渡された本に目を通していた長瀬源五郎は顔を上げた。
「フム…なるほどね」
「どう、何かわかる?」
「いや、さすがに専門外なのでね、私にわかることはそれほどないんですが」
「それでも構わないわ。わかることだけで」
ふう、と頭を掻きながら言う。
「水の組成の仕方が書かれています」
「水…って海とか川とかの?」
「ええ。その水です。特殊な水を生成して…この辺りは良くわからないんですがね、それをある条件で凝縮する…」
「それが、生命の魔石、というわけ?」
犬飼が奪った最も重要なもの、それが生命の魔石だ。綾香が彼を追う理由でもある。
しかし、長瀬は首を横に振る。
「まさか。こんなもので『生命』が生まれるわけがない。ただ…」
「ただ?」
「はっきりと言えることはありませんよ。ただ、ね。彼の目的は『生命の魔石』を作る、あるいはメカニズムを解明する事ではないかもしれない…そう感じただけです」
【柳川 一人海賊を追う】
【阿部貴之 自警団の指示】
【長瀬源五郎&来栖川綾香 会談中】