葉鍵ファンタジーIV

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1名無しさんだよもん
レフキー、という都市がある。
人々の夢を奪いつつ、また同時に与え続ける都市。
夢を抱いた若者なら、必ず一度は訪れる都市。
この街を、昔から住んでる人々はこう表現する。
「全てが有り、そして全てが無い街」(ALL AND NOTHING)
皆に伝えたい物語・伝説も数え切れないほどあるのだが、
今回は、『これから』物語を作る(であろう)人々の話を語るとしよう………。


過去ログ、関連リンク、お約束等は>>2-10
2名無しさんだよもん:02/04/02 23:19 ID:uRjERlcv
2
3名無しさんだよもん:02/04/02 23:20 ID:nj1dw9a9
【過去ログ】

葉鍵ファンタジーV
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1012/10128/1012897623.html

葉鍵ファンタジーU
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1010/10103/1010300239.html

葉鍵ファンタジー
http://wow.bbspink.com/leaf/kako/1009/10093/1009367766.html


【関連リンク】

葉鍵ファンタジー感想&討論スレ
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1011115518/

過去ログ編集サイト
http://ha_kagi.tripod.co.jp/fantasy/

葉鍵リレー小説総合スレ
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1007821729/
4名無しさんだよもん:02/04/02 23:20 ID:nj1dw9a9
【書き手さんのお約束】

○書き手さん、絵師さん、新規参加募集中!
○ただ、新規参加の方は過去ログには目を通すように願います。
○SSを投稿する際には、どこのパートからのリレーなのかリンクを張っておくと
 読み手さんにもわかりやすくなります。
○後書き、後レスなど、文章中以外での補足説明は避けましょう。
 SS書きはSSで物事を表現することが肝要です。
○作品の最後に書く補足説明は、作品内の纏め程度に考えてください。
 補足説明とは、作品内で書いていない設定を述べる場所ではありません。
○新キャラを登場させる際は、強さのインフレも念頭に置きましょう。


【読み手さんのお約束】

○感想は常時募集中です。感想スレの方にお願いします。
○書き手叩きは控えましょう。
○指摘や意見は、詳しいほど書き手さんのためになります。
 逆に、ただケチを付けるだけでは、書き手さんのためにも、
 また他の読み手さんのためにもなりません。
○読んでる内に、新たに書き手さんになりたくなった方は、
 【書き手さんのお約束】を参考にして下さい。
○絵師さんも随時募集しております。
5名無しさんだよもん:02/04/03 01:52 ID:8crV2oll
新スレ御目。
っていうかこれも落ちてしまっていたのか…。
6元書き手:02/04/03 14:44 ID:2ITFt7QZ
ここはレフキー。とある大通りから、一歩路地裏に入ればその店はある。
決して日が差すことはない、じめじめした道。立地条件としては最高だ。

古本屋、「御座瑠南棚」

開店から閉店まで人が絶える事はない、大赤字店。年柄年中、火の車。
売ってる商品も怪しければ、何故か潰れない、この店自体も奇怪。正に、生きる都市伝説。
「ふむ……またまた売上0でござるよ。新記録更新でござる……」
「仕方ないんだな。道楽で始めた店なんだから、客層的に誰も買ってくれる訳ないんだな」
……都市伝説の正体など、所詮こんなもんである。

そう、ここは金に物を言わせて経営(?)している古本屋。
「本屋」と掲げてはいるが、巻物・竹巻・地図etc……要するに、字か絵があれば何でも良し。
気に入った物には「非売品」の札。気に入らぬ物は、二束三文で売り飛ばす。
そんなこの店から「物」が出ていく理由は、主に二つ。転売か、盗難者の買戻し。

「さて、今日はとても萌え〜な絵巻が入ったでござる。早速『修復』するでござる」
「この絵巻はとても貴重なんだな。『保存』したら、非売品の札をつけて終了なんだな」
そう言い終わると彼等は、妖しげな祝詞を紡ぎ始めた………。


実に、レフキーらしい店である。
7元書き手:02/04/03 14:49 ID:2ITFt7QZ
ぐは。縦&横、過去に出てるじゃん。口調変えて、修正修正……。
つうか、NGやね(苦笑)。
8その辺の補完用。続き:02/04/03 15:44 ID:2ITFt7QZ
(ニ行開け)
「……ん? 何か、物音がするんだな」
「んー、使い魔達が戻ってきたようでござる」
仕事が丁度終わったタイミングで、店の窓を叩く音。(ちなみにここは、三階だ)
窓を開けると……そこにも彼等がいた。とはいえ、窓の向こうの彼等には羽が生えている。
この場にマトモな美意識を持つ人がいたなら、卒倒していたかもしれない。
「どうしたのでござるか? 説明するでござるっ!」

「……つまり、フィルムーンへ情報収集に行く途中に女に騙されたと……こう言うのでござるな?」
「「その通りでござる」なんだな」
「……『早朝の姿に戻れっ! 汝等が着ている仮装を脱ぎ、日常に帰れっ!!』で、ござる」
「さ、元の姿に戻った所で、今度こそ本当の事を話すんだな」

意味不明の呪文をかけられ、元の姿に戻った使い魔達を尋問する二人。
最後に殴る蹴るの『ご褒美』をプレゼントした所で、使い魔達は帰ってしまった。
「全く……暴走はするわ、役目は果たさないわ、全然使えない奴等なんだな」
「やはり、機動力を重視しすぎて、性格を疎かにしたのが失敗でござるな」
(機動性を最優先にするよう提案したのは、縦の方だった)
「しかし、困ったことになったんだな。その娘の誤解を解かないといけないんだな」
「うむ。明日から早速、この店に来る冒険者の輩に、片っ端から仕事として頼むでござる」

この店を出て、直接会いに行く。という考えは、彼等の頭の中には無いようである。
9元書き手:02/04/03 15:58 ID:2ITFt7QZ
【縦 『修復』担当。魔法使い】
【横 『保存』担当。魔法使い】
【御座瑠南棚 古本屋】
【きよみ(黒)を襲った縦&横は、実は暴走した使い魔だった】
【縦&横は、店は空けたくないが誤解を解きたいので、冒険者を雇おうとしている】

73話で縦横コンビが出ておりましたので、これで矛盾を解消できるかな、と。
呪文の内容は、166話を参考にしました(笑)。
タイトルは『怪しい店と、妖しい輩』で、お願いします。

内容修正……「この店を出て」→「この店を空けて」(>>8、最後の文)
10名無しさんだよもん:02/04/03 20:04 ID:TSN7YK5j
復活祝いあげ。
11名無しさんだよもん:02/04/03 20:09 ID:IMbrTKku
12彼の事情:02/04/04 16:02 ID:yJLoOFyO
「陛下!」
「あ〜あまた見付かっちゃったね、ぽてと」
「ぴこぴこ〜〜」
「…閣下、お戯れも大概にしてください。公務も滞っているのですよ?」

「やれやれ公務公務でロクに自分の時間もとれやしない」
白い毛玉が瞬時に少年ヘと変貌を遂げる。
癖のある銀にも見える白髪、少し長めの前髪から覗く気の強そうな瞳。
帝国皇帝ダリエリ13世その人である。

「いちいち陛下がさぼられるからです。たった4時間もあれば終わる仕事ではないですか!」
「少年にとってはその4時間が大切なんだよ。昼日向からアンな執務室に篭ってやってられるか!」
二人のやり取りをまいかはふんふんと頷きながら聴いている。
「青春の一コマをそんなむなしく散らしていいのか?俺には時間がないのだ!!」
「ないのだー!!」ぽてとといっしょに叫び声をあげる。
多分なにも考えていないのだろう。

「結局やるしかないのですからしっかりお勤め下さい」
閉められる執務室のドア。
扉の外は彼女が見張っているのだろうし窓のは豪華な装飾が施されているが頑丈な格子が嵌っている。

「やってられねぇな、ったく」
椅子に深く座り込みぽてとは大きなため息をついた。
「あ〜〜ぁ、そもそも伯父貴があっさり殺されちまうからこんな事になるんだよ」
ぽてとの伯父は帝国先帝、ダリエリ大帝とよばれ先の大戦ではグエンディーナを攻め落とし帝国の版図を大きく塗り変えた人物であった。
常に前線で采配を振っていた彼が何者かに暗殺される事が無ければレフキーと言う国は地図から消えていた事だろう。
そうだったのなら自分はもっと気楽でいられたのだ。
そう考えるとぽてとは再び大きなため息をついた。
13彼の事情:02/04/04 16:03 ID:yJLoOFyO
(二行開け)
大帝暗殺の報に宮廷は荒れたがぽてとはその報を信じはしなかった。
悪い冗談だ。あの無敵超人の伯父貴が殺される筈がない。共和国の流した誤情報にしても出来が悪すぎる。
泣きそうなまいかにそういって大帝の無事を請け負った。
実のところ宮廷内の意見もぽてとと大差は無かった。
無敵超人とのポテトの言ではないが先帝は帝国の中でも無双で知られた武人であり前線にその身を置いても臣下は意をはさまなかった。
それほどに大帝は信頼されていたのだ。
あの大帝に限ってまさか暗殺などと、あり得ない事であった。
そして三日も経たず遺体が運ばれてきた。
宮廷は荒れに荒れた。

先帝に嫡男がいなかったため継承権一位であったぽてとは騒ぎの中心にあった。
以前より堅苦しい宮廷の暮らしにうんざりしていたぽてとであったから正直皇位を継ぐなど冗談ではなかった。だが自分が「いやだ」と言えば先帝の息女であるまいかは宮廷の権力抗争の只中に投げ込まれであろうことはぽてとにも容易に想像がついた。
(伯父貴は壮健だったから、まさかの時までにはまいかにも弟が出来ていると思っていたんだがなぁ…)
だが現実は酷薄であり、結局少年は少女の為に望まざる運命を受け入れたのであった。

帝位についてからしばらくは嵐のような日々だった。
その嵐に何度も吹き飛ばされそうになったがまいかの為と思ったらなんでもやれた。
先帝の死に荒れる宮廷内を粛清し、浮き足立つ前線を纏め上げ、差し向けられる暗殺者を7人返り討ちにし三月もたった頃、ポテトは先帝に続き「ダリエリ」の名を襲名していた。

だが諸国にはいまだ大帝の死は知れていない。
大帝を暗殺したのがレフキーの間者であったのならなぜそれを触れ回らないのか。疑問はあったが帝国の内外に絶大な影響力を持っていた大帝の死が知られていないのならば、それは好都合であった。
14彼の事情:02/04/04 16:04 ID:yJLoOFyO
(三行開け)
「おっしゃ,おわったぞゴルァ!」
部屋の隅の豪奢な時計を見る。
3時を少し回ったところ、今日は謁見の予定はない。
この後まいかとおやつを食べてから表へ…
『ダリエリ様』
声が響いた。
空気を伝わる音ではなく心に伝わる声。
「なんだ」
応えるぽてとの顔に昏い影が覗く。
『秘宝塔へやった同朋より報告が入りましてございます』
時計の陰から浮び出る異形。
軍神ガディムの僕ラルヴァはぽてとの前に傅いた。
「ほぅ、して首尾は?」
『はっ・・・件の塔、古に潰えた宝玉の一族の墓場でございました』
「ふむ、はずれであったか」
『ですが彼の一族が残す魔力の宝玉、いずれ役にも立ちましょう…』
「そうか、ならば…巧くやれ」
『はっ…「神の御座」……いずれ必ず御身の前に』
ラルヴァはそのまま影に沈み込んで消えた。

「やってられねぇな、ったく」
椅子に深く座り込みぽてとは大きなため息をついた。
「あ〜〜ぁ、そもそも伯父貴があっさり殺されちまうからこんな事になるんだよ」
もぅ、何度考えたかわからない愚痴がついて出る。

「マジ…時間ねぇかもな」
頬を笑いの形に歪めながらつぶやくその姿はとても疲れて見えた。
15彼の事情:02/04/04 16:05 ID:yJLoOFyO
【ぽてと、ラルヴァに秘宝塔の報告を受ける】
【帝国が狙う秘宝は「神の御座」というらしい】
【ぽてとの側近の女性剣士が誰かは未決定(´Д`;】

「神の御座」が何かはお任せ。
2スレ403のダリエリ大帝と3スレ166のダリエリ13世の矛盾をフォロー使用という試み。
2スレ287で秘宝等に対する大帝の書状とかでてるからもぅ……
個人的には13世NGがいいなぁとかほざいて顰蹙を買ってみるテスト(w
16名無しさんだよもん:02/04/05 19:47 ID:IcMRf2C0
保守党
17名無しさんだよもん:02/04/07 01:47 ID:Hl1704Br
hoshu
18帰還と責任(1):02/04/07 02:26 ID:FYvBjYyZ

「あ、戻って来た」
 ふと顔をあげた志保は、蝉丸の姿を認め、彼に向かって手を振る。
「で、どうだった?」
「ああ、間違いなく退却した……周囲にも帝国兵はいない」
「……これで一件落着……って訳にもいかないか」
 志保は溜め息をつきながら、他の面々を見回した。

 ようやく目を覚ましていた彩が、蝉丸の元に歩み寄ってくる。
「それで、村の方は……?」
「ああ、大分燃えたみたいだな。レフキーに帰ったら、何とか女王に進言してみる」
 憂鬱な顔で、蝉丸はどっかりと地面に腰を下ろした。
 端的に言えば、任務は失敗、被害は甚大、その上村に援助を送るとなると、その損失も馬鹿にならない。
「………はぁ」
「………」
 特に彩は、最初の任務だけあって、その気落ち様は尋常ではなかった。
 落ち込む蝉丸と彩に見切りをつけ、志保はその他の面々に目を向ける。

 落ち込んでいるのは、蝉丸と彩だけではなかった。
 『秘宝』が盗まれたのは自分のせいだと、そう思い込んでいる佐祐理である。
「佐祐理、佐祐理は悪くない……気付かなかったのは私も同じだ」
「あはは……でも、油断してたのは同じです。御免なさい、舞……お母さんの形見なのに」
「佐祐理……でも……」
 舞が必死になって佐祐理を慰めようとしているが、口下手が災いし、事態は少しも進展していなかった。
 志保はぐっと眉根を寄せ、視線を別の方に向ける。
19帰還と責任(2):02/04/07 02:27 ID:FYvBjYyZ

 無理が祟った浩之は、ぐったりと樹に寄り掛かっていた。
 その傍では、セリオがこまめに包帯を取り替えていたが、もうその予備も無くなっている。
「浩之さん、大丈夫ですか?」
「あ……ああ、これくらい、大した事……」
 意識が跳んでいたのか、浩之は朦朧とした調子で、もごもごと呟く。
 額には汗がびっしりと浮かび、かなり危険な状態だ。

 そして、問題の一人。
 例の帝国将軍、三銃士の一人、吉井だった。
 今は縄で縛られ、所在無さげに足元のアリの行列を数えている。
 茜とか言う白魔術師に拉致されていたのだが、当人の茜が、何時の間にか居なくなっていたので、仕方なく連れて来てしまったらしい。
 下手に縄を解いて、帝国兵に報告される危険を冒せなかったのだ。
 ちなみに、ルミラの方もラルヴァを追跡するとかで、ここにはいなかった。
 佐祐理は鬱状態、舞は口下手、浩之は重傷でルミラは行方不明、となると、誰もその時の詳しい状況を話せない。
 簡単な説明だけで、志保の好奇心は欲求不満気味だ。

 結局、元気なのは志保と七瀬、それに何故か健太郎だけだった。

「はぁ、まあとにかく、帝国兵がいなくなったんなら話は早いわ。レフキーに帰りましょ」
「待って下さい、浩之さんは危篤状態で、歩いて帰ることは不可能です」
 厳しい顔のセリオに、佐祐理と舞がはっとする。
「浩之さん、そんなに悪いのですか?」
「傷自体もかなり深いのですが、無理をしたせいで出血が酷く、おまけに傷が化膿し始めています」
「そんな……」
20帰還と責任(3):02/04/07 02:28 ID:FYvBjYyZ

 真っ青になり、口元を押さえる佐祐理。
「……また、佐祐理のせいで……」
「シャーーーラップ!!」
 突然の叫び声に、思わずその場の全員がぎょっと声の主を見詰めた。
 だが、志保は全員に見られているにも関わらず、険悪な表情で佐祐理を睨みつける。
「ちょっと佐祐理さん、それは違うわよ。
 どうせ自分が誘ったからだとか、気付かなかった所為だとか言うつもりなんでしょうけどね」
 志保はちっちっち、と指を振って、涙ぐんでいる佐祐理の顔を覗き込んだ。

「それは、馬鹿ヒロの自主性の否定に他ならないのよ。
 いい、ヒロは自分の意志であなたについて来た。ヒロは自分の意志で傷を隠そうとした。
 誰の所為でもない、ヒロ自身が決めた事よ。
 佐祐理さん、あなたはちょっと、何でもかんでも背負い込もうとしすぎ。
 自分が関わった全てに、責任を負うべきだと思ってるの? そんなに完璧超人なわけ、あなたは?」
「私は……そんなつもりじゃ……」
 佐祐理の目の端に涙が浮かぶのを見て、舞がぎろりと志保を睨みつけた。
「佐祐理、苛めた」
「あ、あのねー」
「……でも、志保の言う通りだと思う。佐祐理の所為じゃないし、誰の所為でもない」
 舞がぎゅっと佐祐理の手を握ると、佐祐理の顔に初めて笑みが浮かんだ。
 もっとも、それは泣き笑いに近い顔だったが。
「……そーだな、口は悪いが、間違っちゃねぇな」
 苦しい息の下から、浩之がにやりと笑う。
21帰還と責任(4):02/04/07 02:29 ID:FYvBjYyZ

「佐祐理さんが気に病む事なんかないさ。これは俺が決めた事だからな……たまには志保も、まともな事言うな」
「たまに、は余計よ! ……ま、ともかく、さっさと帰りましょ。用事が溜まってそうだし」
「そうだな、気に病むのは後にするか」
 蝉丸はぱんっ、と膝を叩くと、勢いよく立ち上がった。
「では、これより全員レフキーに帰還する……怪我人の浩之は、七瀬が馬に乗せてやってくれ。
 モアは3羽いるから、レディファーストで、佐祐理と舞は二人で一羽、後は彩と志保と……」
 そこで、蝉丸の視線が吉井に向かった。

「つかぬ事を聞くが、彩、志保、お前たちどちらが体重が重い?」

 真面目くさって聞いた蝉丸に、彩と志保、両方から蹴りが飛んだ。
「ひでぶっ!!」
「ちょっとこの朴念仁!! レディに体重聞くなんて、どういう神経してんのよ!」
「蝉丸さん、酷いです……」
「ちょっ、ちょっと待て、そうじゃなくてだな、体重の軽い方に吉井を乗せるべきかと……」
 必死で弁解する蝉丸に、志保と彩は顔を見合わせた。
「てことは、吉井を乗せた方が、体重が軽いって事に……」
 思わず呟いた志保の台詞に、彩の表情がぴくりと動く。
「ふっ……いいわ、あたしが乗せてってあげる……まんざら知らない仲でも無いしね!」
「……いえ、私の後ろに乗せた方が、モアさんも楽だと思います」
「ふっふっふ……なかなか言うじゃない……」
「いえ……事実ですから……」
 ばちばちばち、と両者の間で、火花が飛び散った。
『いくわよ……恨みっこなし、最初はぐー、じゃんけんぽん!!』
 そして……

22帰還と責任(5):02/04/07 02:31 ID:FYvBjYyZ

「あーーーっはっはっは、あたしの辞書に敗北と言う文字は無いのよっ!」
「………くっ」
 空高くぱーを突き出し、勝利宣言をする志保に、彩は心底悔しそうな顔をした。
「……どうでもいいが志保、乗せる方は負担が増えて大変なんだぞ……?」
「ていうか、じゃんけんで勝負したら、体重関係ないわよね」
「それもそうですね」
 呆れ声の蝉丸と七瀬に、志保は凍りついた。
「よし、じゃあ彩、モアに乗ってみろ」
「はい……よいしょっ……わっ、モアって結構高いんですね」
「気をつけろよ、一応俺が手綱を持っておくが」
「さて、あたしも行こうかな……セリオ、浩之に肩を貸してあげて」
「はい…あの浩之さん、長岡さんはあのままにしておいていいのですか?」
「ああ、別に誰も困らないだろ……どうせ志保だし」
「志保さん、先に行きますよ」
「佐祐理、気を付けて」
「あはは〜、志保さん、お先に失礼しますね〜」

 そんな声が、呆然と立ち尽くす志保の横を、すり抜けていく。
 後に取り残された吉井が、嫌そうにうめいた。
「長岡……言いたくないけど、あなた」
「言わないで……自分でもわかってる」
 虚ろな声を出しながら、志保はのろのろとモアに手を伸ばした。

「ふっ……あたしの辞書に、後悔の二文字は無いのよ……」
「だからいつも失敗するのよね」
「……………………うるさい」
23名無しさんだよもん:02/04/07 02:36 ID:FYvBjYyZ
【蝉丸、佐祐理、志保パーティ一同、帰還する】
【茜達の行方は不明】
【ルミラは別行動を取る】
【吉井は捕虜として連行される】

以上、一同帰還編でした。
茜達の行方と行動については、後の書き手さんにお任せいたします。
24縛られた奇跡(1):02/04/07 23:46 ID:gA6aNmAF
「これで、決まりね…」
来栖川綾香は眼下に広がる光景を見ながらぽつりと呟いた。
物、日常、格式…この世に生まれたものは、必ずいつか崩壊する。
それは真理で、あたりまえの事なのだが、それを目にすると寂しい、と感じてしまう。
例え、それが海賊の一味であったとしても。
「ま、当然か。足や腕が幾らあっても、それを動かす頭がないんじゃ、ね」
岩場の入り江に停泊していた船"ミラクルカノン"に、幾条もの鎖が巻き付いている。
海賊船を拿捕するために、用意してあったものだろう。密かに進攻してきた自警団員が何かの機械で一斉に放ったのだ。
そうして身動きを封じたところで、自警団が一気に船内に乗り込む。海賊側も多少抵抗したようだが、それもすぐ終わった。
「好恵…この光景を見てなお、自分の取った行動が正しかったといえるかしら?」
呆気ないものだ。海賊が不甲斐無いのか、自警団の頭が有能なのか。ただ一つ、確かな事は。

相沢一家は、もう終わりという事だ。

綾香はそっと瞼を伏せた。刹那、首元に冷やりとした冷気が伝う。
「初対面のレディに、随分な挨拶ね」
平然と言う綾香。視界の下に、黒光りする禍々しい刃が見える。
「何故、逃げなかった?」
「逃げるってことは…」
ゆっくりと、振り返る綾香。微かに、刃に掛かっている力が増す。
後少し、ほんの僅か、動かすだけで綾香の首は飛ぶだろう。
「…それをしなきゃいけない理由があるからでしょう?例えば、海賊だから、とか」
「貴様は違う、と?」
「ええ」
「証拠は」
「近付いてくるあなたに抵抗しなかった…それだけじゃ不足?」
25縛られた奇跡(2):02/04/07 23:47 ID:gA6aNmAF
遠くから聞こえる波の音。長い時間をかけて綾香はその男に向き直る。
殺意を集めたかのような凍てつく瞳と曇りのない純粋な瞳が交叉する。
「何者だ」
「来栖川よ。来栖川綾香」
「来栖川…?」
男、柳川が微かに困惑する。来栖川といえば、世界的な規模をもつ一大勢力『クルス商会』を持つ家だ。
その来栖川が、共もつけずこのような場所にいる…
「それを信じろというのか?」
「照会したいのなら、ご自由に」
そう言ってのける綾香に疚しい動向はない。本当の事だから当り前ではあるが。
「目的は」
「あの船の中を調べたいの。正確に言えば、あの船に持ち込まれている可能性がある貴重品の回収をしたい。
で、自警団の人と交渉しようって出向いてきたワケ」
それは半分は本当で、半分は嘘だ。もし今回の騒動で勝ったのが海賊なら、海賊と交渉していただろう。
綾香としては犬飼を捕まえて、彼が奪ったものを取り返せるなら、それでいいのだから。
そんな綾香の内心を知ってか、柳川は彼女の首に押し当てていた刃を外した。
「ふん…まあ、いい。ともあれ一緒に来てもらうぞ」

柳川と綾香は、岸辺へ向かった。
近付くに連れ、遠目からでは蜘蛛の糸のようだった鎖がひどく無骨になっていく。
柳川は傍にいた自警団の一人を捕まえると、貴之を呼んでこい、と言った。
26縛られた奇跡(3):02/04/07 23:48 ID:gA6aNmAF
しばらくして。
「柳川さん!」
「貴之か。首尾は上々のようだな」
「ええ。柳川さんが主力を引き受けてくれたお陰ですよ」
駆け寄ってくる貴之の姿はお世辞にも戦いなれたもののそれではなく、とてもこの自警団のリーダーとは思えない。
しかしそのくせやる事はちゃんとやって見せるのだから…不思議な男だ。柳川は思った。
「フーン…」
「…なんだ?」
なにやら奇妙な目付きで自分を見る綾香に問う。
「別に。ただ、貴方もそんな顔ができるんだなーってね」
「………」
「?…柳川さん、彼女は?」
綾香は、自己紹介をした。柳川にしたそれとは五割増ほどの丁寧さで。
自分の目的、その理由を説明した後、最後のこう付け加える。
「勿論タダで、とは言いません。見返りとして来年度の支援金を増額します」
自警団はフィルムーンの市民のほか、企業からの支援金で成立している。
勿論クルス商会から支援を受けているし、宮内貿易公司の時のように、要請されれば余程の事でないかぎり前向きに検討しなくてはいけない。
実質、選択肢はなかった。
「わかりました。ただし、調べるだけで引き取りに関しては正式な手続きを取るという事で」
「OK。じゃ、さっそく調べさせていただくわ」
「柳川さん、申し訳ありませんが念の為という事もありますし、彼女に同行してもらえませんか」
「わかった。連れてきた責任もあるしな」
あっさり答える柳川。爽やかそうな顔して、結構やるじゃないと綾香は思った。
念の為とは言っているが、実際のところ、目的は監視だろう。
ともあれ、交渉は成功したことだし、遊んでいる時間は惜しい。
綾香は、船の中へ向かった。
27縛られた奇跡(4):02/04/07 23:48 ID:gA6aNmAF
「と、その前に。えーっと、リーダーさん?」
「貴之です。阿部貴之」
「一つ忠告しておくわ。犬飼ってね、ろくでもない男がろくでもないことをこの船に仕込んでるかもしれない」
「犬飼?…先ほどの、クルス商会から貴重品を奪った男ですか?」
「そう。引き上げるだけ引き上げたら、沈める事をオススメするわ。ま、あなた次第だけど」
それだけ言うと、綾香は船内へと入っていった。

【来栖川綾香 船内へ。犬飼の痕跡を探しに】
【柳川祐也  綾香に同行(彼女の監視)】
【阿部貴之  外で事後処理中】
28名無しさんだよもん:02/04/07 23:49 ID:gA6aNmAF
と、言うわけで『縛られた奇跡』をお送りします。
調査の結果、ミラクルカノンの処理他はお任せ。
変なところがあったら指摘よろ。
29名無しさんだよもん:02/04/09 01:53 ID:aggYwaUF
保守
30逆転:02/04/10 01:03 ID:giBNw98l

「なぁ、ちょっとこの二人を介抱してやってくれへんか? 重くてしょうがあらへん」
 何の気なしに、気絶している真琴を差し出され、詩子は我に返った。
「ああ……そうね」
 ようやく硬直から覚め、詩子は頷いて、晴子から真琴を受け取る。
 見かけによらず、ずっしりとした真琴に、詩子は顔をしかめた。
「…この子、結構重いわね……!?」

 次の瞬間、晴子は風のように動いていた。

「しまっ……!」
「甘いわっ!」
 両手が真琴で塞がっていたせいで、とっさに詩子の判断が遅れる。
 コンマ一秒、詩子が真琴を地面に投げ出した時には、晴子は彼女の後ろを取っていた。
 ごきっ、と異様な音が響くと同時に、詩子の肩が、ありえない方向に捻られる。
「あっ……ぐぅ……」
「それじゃあ、この辺で帰らせてもらうで。観鈴や真琴を、縛り首にはさせられへんからな」
 晴子が手を離すと、詩子の肩から先は、力無くだらりと垂れ下がった。
 その激痛に顔を歪め、詩子は膝をつく。
「くっ……いったい、何を……」
「ちょっと肩の関節を外させてもろたんや。おもろいやろ? 東洋の技なんやて」
 真琴を背負い、観鈴を抱きかかえた晴子は、軽々と立ち上がった。
 詩子は周囲を見回したが、生憎大半の兵士は、『ミラクルカノン号』の見張りに出ていて、
 この詰め所には最低限の人数しかいない。
 しかも、その最低限の兵はほとんど、今の衝撃で気絶していたのだ。
31逆転:02/04/10 01:03 ID:giBNw98l

 詩子の足元には、いつの間に外したのか、壊れた手錠が転がっていた。
「観鈴と合流するまでは、大人しくしとくつもりやったんやけどな。
 ま、向こうから来てくれたんなら、はっきり言って好都合や」
 悔しげに唇を噛む詩子に背を向け、晴子は破壊されたドアから悠々と廊下に出る。
「くっ、誰かっ、海賊が脱走したわよっ!!」
 詩子の叫びに、無事だったらしい兵士たちが、廊下から飛び出してきた。
 だが、晴子はそれをことごとくかわし、あるいは蹴りの一撃で吹き飛ばし、突き進む。
 その動きは、とても真琴と観鈴の二人を抱えているようには見えなかった。
「どうしたどうしたぁっ、そんなんでよく自警団が勤まるなぁっ!!」

 肩を外された事といい、あの身のこなしといい、予想以上の力だった。
 捕獲したときは、ほとんど不意打ちも同然だったので、晴子の実力を見る機会が無かったのだが……
(失敗した……ここまでヤる奴だったのね……)
 その後姿が消えるのを睨み付けながら、詩子はよろめきつつも立ち上がった。
 外された関節が、焼けるように痛む。
 その苦痛を何とかこらえ、詩子は比較的無事そうな兵士を揺り起こした。
「うっ……あ、詩子さん? って、怪我してるじゃないですか!!」
 驚く彼に構わず、詩子は言葉を続けた。
「あなた、ひとっ走り港まで走って、隊長に捕虜が脱走した話を伝えてきて……お願い」
「へっ……あ、はいっ!!」
 一瞬事態が飲み込めなかった彼だが、理解すると、慌てて外に向けて走っていった。
 詩子はそれを見送ってから、ふと、祐介は無事だろうか、と考えていた。
32逆転:02/04/10 01:06 ID:giBNw98l

「何、積荷のほとんどが取り出せない?」
「はい……その、魔法の鍵が掛かっているようでして……」
 困ったように頭をかく兵に、貴之は眉根を寄せる。
 自警団が一時摂取した倉庫には、海賊船から運び出した宝箱が、山積みになっていた。
 だが、せっかく海賊から没収したにも関わらず、そのほとんどが手付かずのままだった。 
「魔術師は何て?」
「それが、魔術と科学の融合で閉ざされているとかで、魔法と科学の両方がわからないと、どうにもならないとか」
「……綾香さんが言っていた、犬飼とかいう科学者の仕業か……困ったなぁ」
 苦々しく呟いて、貴之は溜め息をつく。

「あ、あの、隊長……」
「ん?」
 おずおずと呼び掛けてくる部下に、貴之は顔を向けた。
「その、綾香とかいう、さっき柳川さんと船に入っていった女性ですけど………」
「ああ、来栖川の綾香嬢だ。あまり関わりたくは無いが、クルス商会ともなれば、無下にも断れないし…」
「その事なんですが、これを見て下さい」
 彼がおずおずと差し出した紙を見て、貴之の呼吸が止まった。

『来栖川芹香、綾香両姉妹が、クルス商会を出奔。見掛けられた方は直ちに商会へ連絡の事…………長瀬源四郎』

「家出娘だとっ!?」
「はぁ……下手をすると、綾香嬢を見掛けたのに捕まえなかった事で、商会に睨まれるかも……って隊長!?」
 突然走り出した貴之に、部下は驚いたように声を上げる。
 だが当然、貴之に彼を構っている余裕など、あるはずが無かった。
33名無しさんだよもん:02/04/10 01:12 ID:giBNw98l
【晴子 観鈴と真琴を連れて、脱走】
【詩子 晴子に肩を外される】

【貴之 綾香、柳川の元へ】


以前にセバスチャンが出た折、綾香・芹香が家出したのを連れ戻すのが目的、という記述があったので。
家出した綾香が、クルス商会と繋がっているのは不自然かな、と。
おかしな点がありましたら、指摘をよろしくお願いします。
34長瀬なんだよもん:02/04/10 17:17 ID:qsMjCsII

 メスを手に、彰は勢い良く走り出した。
 そう、元々この街に来たのは、聖を連れ戻すのが目的だったはず。
 少し遠回りをしてしまったが、例え試験に落ちたとしても、その目的は変わっていない。

 第一歩を踏み出す勇気、それを与えてくれた聖に、せめて一目会っておきたかった。
 この街の学園には、多分入学は無理だろうが、それでも新しい外の世界を垣間見ることができた。
 その事を………

「あぶねぇっ!!」
「!?」

 瞬間、再び白刃が目の前を横切り、深々と木の幹に突き刺さった。
 今度は、髪を切るとかいうレベルではなかった。
 彰の額から、たらり、と熱いものが滲み出る。
「う、あああ………」
「ったく、何やってんだ、このボンヤリ男!」
 思わずへたり込んだ彰に、思いやりの欠片も無い言葉が投げつけられた。
 そこには、彰を覗き込むようにして、青い髪の目つきの鋭い少年が立っていた。
「そ、そっちこそ、いきなり何するんだっ!」
「あのな、お前の後ろの樹を、よーく見てみやがれ」
 声を荒げる彰に、少年はさらに険悪な表情で真後ろの樹を指差す。
 その言葉に従って後ろを向いた彰は、絶句した。

 背後の樹には白い的が取り付けられ、『射撃的・近寄るべからず』と書いてあった。
35彼氏彼女の事情(2/7):02/04/10 17:18 ID:qsMjCsII

「わかったか、ここは俺専用の、射撃場なんだよ……ったく」
「ご、ごめん……」
 衝撃覚めやらぬ顔のまま、彰は何とか立ち上がって、的に刺さっているメスを抜き取る。
 その殆どが、彰の拳ほどの大きさも無い、的の中心に乱立している。
 聖にも匹敵するその命中率にぞっとしながら、手にしたメスをじっと観察した。
 間違いない、聖のものだ。
 彰は慌てて、さっき飛んで来たメスと見比べる。
「おっ、拾ってきてくれたのか。サンキュ、どこに行ったかわかんなかったんだ」
 彰の手からひょい、と無造作にメスを取り上げ、少年はにやりと笑った。

「ど、どうして君が、聖先生のメスを持ってるんだ?」
「ああ、俺、聖とは知り合いでさ、これは餞別代りに貰ったやつ。俺はもっぱら投げ専門だけどな」
 あっけらかんと言われ、彰はがっくりと肩を落とした。
「そ、それで聖先生は……?」
「4、5日前に、レフキーの方に里帰りって言って、長期休暇取ってたぞ。何だ、聖に用があったのか」
 彰は脱力のあまり、その場に崩れ落ちた。
「……で、つかぬ事を聞くけど、その手紙は?」
「手紙じゃなくて、呪符だ。念を込める事で発火すんだよ」
 少年がメスに付いていた紙を解いて見せると、そこには東洋風の文字が書きなぐられている。
「いやぁ、大回転エビぞりハイジャンプナイフ投げって、なかなか上手くいかねぇもんだなぁ」
 今度こそ完璧に止めを刺され、彰はがっくりとうなだれた。
 その肩を、少年は豪快に笑いながら、乱暴に叩く。
「まぁそう落ち込むなよ。お前この学園に入学するつもりで、試験を受けたんだろ?
 どうせ後何日かすれば帰ってくんだ、それまで待ってりゃいいだろ」
「うん……けど試験、多分僕は落ちてるだろうし……」
36彼氏彼女の事情(3/7):02/04/10 17:20 ID:qsMjCsII

「ふん? 何だ、筆記でも悪かったのか、それとも能力無しって言われたのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
 あの判断を後悔はしていないが、それでも気まずく感じながら、彰は今会ったばかりの少年に、試験の事を話した。
 いや、正直何故か初めて会った気がしないから、こんな話ができたのかもしれない。
 少年は初め面白そうに聞いていたが、彰が教室を飛び出したくだりを聞いて、いきなり後ろを向いて肩を震わせ始めた。
「ぷっ……くくく、わ、わりぃ、あ、あんまりおもしれぇんで……ぶぶぶ!」
「そ、そんなに笑うことないんじゃないか?」
 むっとする彰に、少年は悪い、と口では謝りつつも、まだ笑いを堪えていた。
「いやぁ、そーかそーか、そんな事気にしてたのか……たかが猫ごときで、そこまで思いつめるかねぇ」
 猫ごとき、と言われ、ますます不機嫌になる彰とは対照的に、少年はますます楽しそうな顔をした。
「ま、結果は明日発表なんだし、気楽にして待てよ。俺気に入ったよ、お前のこと」

 相変わらずにまにましながら、少年はいやに気安く彰に肩を組んでくる。
 間近で見ると、この少年は結構整った顔立ちをしている事に気づいた。
 釣り目で、悪ガキのような表情をしているが、浅黒い肌とあいまって、ワイルドな雰囲気をもっている。
 ちょうど、彰とは正反対のイメージだろうか。

「そうだ、俺の名前はイビルだ。イビは古代語で青いからイビな。覚えとけよ」
「は、はぁ……僕は………」
「彰だろ、七瀬彰」
 すっと細められた瞳孔が縦に裂け、まるで猫のようにも見えた。
「どっ、どうして僕の事を……あ、まさか聖先生から……」
「おーーーーい、彰さーーーんっ!」
37彼氏彼女の事情(4/7):02/04/10 17:22 ID:qsMjCsII

 弾けるようにイビルが体を離し、すっと声のした方を透かし見た。
「おっと、お前に迎えが来たみたいだな。俺はここの生徒じゃねーが、客員として招かれてんだ。明日また会おうぜ!」
「ちょっ、明日って……!?」
 聞き返す間もあればこそ、言うだけ言って、イビルはさっと体を翻し、木々の向こうに消えていった。
 それをぽかんと見送る彰の後ろに、雅史が近寄る。
「もう試験終わってたんだ……どうしたんだい?」
「あ、いや……何でもない」
 気の抜けた顔で、彰は首を振った。
 そうして、彰はそれ以後一言も口を利かず、宿に帰るとそのまま眠りについた。


 コンコン、と軽いノックの音で、彰は目を覚ました。
 昨日は色々あったせいで、精神的に疲れていたのか、いつもよりも目が醒めるのが遅かったようだ。
 朝日に目を細めていると、すでに着替えていた雅史がそっとドアを開けた。
「おはようございます……学園の使いで来たのですが……あ」
「っ!?」

 次の瞬間、彰はベッドから転げ落ち、慌てて立ち上がろうとしてシーツを踏みつけ、
 バランスを崩してベッドに頭からダイブするという、コント紛いの芸当をやってのけた。
 その様を、目を丸くして見ていた彼女……澤倉美咲は頬を染め、クスリと笑った。
「あ、あの、忙しいみたいですので、下で待ってますね」
 ぱたん、と戸が閉まる軽い音を聞きながら、彰は人生最大の羞恥に、思わず涙していた。
38彼氏彼女の事情(5/7):02/04/10 17:23 ID:qsMjCsII

 何とか着替えを済ませ、彰は恐る恐る宿の一階に下りた。
 後ろでくすくす笑っている雅史を無視し、彰は用心深く美咲の姿を探す。
 ……いた。
 入り口に近いテーブルで、ジュースを飲んでいる。
(ああ、こうして見るとますます素敵だ……でも、さっきの醜態は……ううっ)
「穴が……穴があったら、埋まりたい……!」
「後で好きなだけ埋めてあげるから、さっさと行こうよ」
 ぼやく彰を、雅史は強引に美咲の所まで引きずっていく。
 美咲は、何事も無かったかのように笑みを浮かべると、静かに立ち上がった。
「学長がお待ちしてます。二人とも、すぐに着て欲しいそうです」


 美咲に連れられ、雅史と彰は再び学園の門をくぐる。
 昨日とは別のルートを通り、たどり着いた先は、学長室、と書かれた部屋だった。
 部屋の中には、昨日のハゲデブ、女性、男、そして見た事の無い人が二人……
 そしてあの白髪の男が、昨日の猫を抱きながら、学長の椅子に座っていた。

 だが、何故か美咲が退室しなかった。彰の心臓が、不規則な脈を打つ。
 あの行動を後悔はしていないが、それでも美咲の前で宣言されるのは………
「それでは結果を発表したいが………その前に一言言っておきます」
 白髪の男は、そう前置きをして、軽く手を振った。
「術士に最も求められている事……その答えは、人それぞれです。
 ある者は理性に、ある者は慈愛に、ある者は利己に………ですが、決して超えてはならない線も存在します。
 それは、他者を思いやる心です……それが無くば、術の存在する価値はないと、私はそう思っています」
 低い声で彼は頷き、まっすぐ雅史と彰を見詰めた。
「佐藤雅史君、七瀬彰君、君たちにはそれがある………二人とも、合格です」
39彼氏彼女の事情(6/7):02/04/10 17:27 ID:qsMjCsII

 一瞬、彰は彼が何を言っているのか、わからなかった。
 だが、その事実が飲み込めてくるにつれ、信じられない、といった表情で彼を見返す。
「ちょ、ちょっと待って下さい、僕は昨日……」
「罪も無い猫が傷つけられる事に憤り、怒って教室を飛び出した……覚えていますよ、勿論」
 雅史と美咲の驚いた視線を受け、彰の頬が紅くなる。
「あれは、人間性を試すテストだったのですよ……罪も無い猫を平気で傷つけるような、
 そんな人に魔法を教えるのは、ぞっとしませんからね」
 微笑みながら、そう切り返す学長に、彰は口篭もった。
「……で、ですが、もし僕が言う通り、猫を傷つけていたら……」
「アホか、お前みたいな軟弱野郎に怪我させられるほど、俺は落ちぶれちゃいねーよ」

 聞き覚えのある声………だがその声は、学長が抱いていた猫の口から、放たれたものだった。
 その子猫……見覚えのある、青い、子猫が。
 次の瞬間、その青い子猫は、浅黒い肌の少年へと変化していた。
「いっ………! いいい……!!」
「いいい、じゃねぇ。イビルだ。イビは青いからイビ、覚えとけっていったろ?」
 しれっとそう言うイビルに、彰は目を真ん丸くして凍りつくしかなかった。
 イビルは行儀悪く学長の机に腰掛け、とびきりの悪戯をしたような顔で、小首をかしげる。
「そういうこった。ま、さすがに教室を飛び出すような馬鹿は、俺も初めてだったがな」
「そ、そんな事より、君……お、女だったの!?」
 イビルは一瞬沈黙し……猫から変化した際、素っ裸になった自分を見下ろした。
「そうですが何か?」
「ってノ−リアクション!?」
 胸はほとんど無いものの、平然と座るイビルの、両足の間にある割れ目が丸見えだった。
 しかも、イビルは羞恥心の欠片も無い顔で、裸のまま面白そうに笑っている。
40彼氏彼女の事情(7/7):02/04/10 17:29 ID:qsMjCsII

「ごほんっ!!」
 学長のセキに、目をまん丸にしてイビルの裸を凝視していた彰は、はっと我に帰った。
 そして、イビルもまた猫の姿に逆戻りする。

 ………そこでようやく、彰は背後の美咲の、突き刺すような視線に気づいた。

「………不潔」
(うあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)
 ぼそりと聞こえた美咲の声に、血の涙を流す彰。
「あはは、しょうがないな、彰さんは」
 そして、こんな時でも雅史は爽やかだった。
 彰が再びトリップしそうになっているのを見て、学長は慌てて言葉をつむいだ。
「とっ、ともかく、君が聖先生の秘蔵っ子だと聞いて、我々も手を抜けなかったのだ。
 君には申し訳なかったが……
 ともかく、若干直情傾向はあるようだが、筆記、人格、能力ともに申し分ない」
 そこまで言って、学長は微笑を浮かべると、両手を大きく広げた。

「………というわけで改めて………我が学園にようこそ、歓迎しますよ」


【七瀬彰・佐藤雅史 ご入学おめでとうございます】
【イビル 学園に客員として招かれている。ナイフ投げの達人で、聖からメスを貰っている】
【イビルは青い猫に変化できる】
『名残』の続きです。長いし進みすぎですね。すいません。
しかし、俺ってどうしてこう、裸ネタすきなんだろ……しかもイビルのキャラが違う……
それでは、誤字脱字修正ありましたら、指摘よろ。
41長瀬なんだよもん:02/04/10 17:42 ID:qsMjCsII
あ……あれ、浅黒い肌は、イビルじゃなくて、エビルの方でしたっけ………?
42:02/04/10 20:34 ID:jjinPtF9

 そこには汚水が流れる音が継続的に。
 不規則な足音がコツコツと断続的に響いていた。

 前を見据えても闇。
 後を振り返っても闇。

 唯一の光源は頼りなげに浮かぶ光球のみ。
 それは、喩えるなら――蛍。
 儚く、切なく、そして――脆い。



 先頭に立つ友里に、名雪が盛んに話し掛けていた。話の内容はこれから相手にするであろう鼠の事が主だ。おそらくは、それが不安を紛らわす為の行為であると、本人でさえ気付いていないのだろう。
 そのアトに、大志と続き……最後尾に北川だ。金の瞳に銀色の体毛、そしてプラチナの首輪が特徴です、なんて声が前方から聞こえてくる。

「………ちょっと待てよ?」

 不意に、自身に言い聞かせる様に北川は歩きながら呟いた。
 やっぱり何かを聞き忘れてる感覚がするのだが、今は別の事が気に掛かっていた。それは――大志の言葉。
『疑問は尽きないだろうが、今は我輩の言う通りにしてくれ』
 その言葉は詰まる所、彼女――名倉友里――を疑う発言だ。
 確かに、都合の良すぎる展開ではあったが、彼女は仲間を目の前で失い、この薄汚い下水道内を明かりも無しにうろついていたのだから精神的な疲労も相当なものだろう。
 それでも弱音も吐かずに頑張っているじゃないか。

 そんな傷心の彼女を、あの緑色の髪の魔術師は、大した理由も無しに疑っているというのか?

 それは、北川にとって仲間を裏切るという行為と、等しかった。
43:02/04/10 20:39 ID:jjinPtF9

「……どうした? まい同志よ」
 北川の茫然とした呟きが聞こえたのか、大志が前の――今は鼠とは関係ない話をしている――二人に聞こえないような声で問うた。
「あんたは……仲間を疑ってんのか? 名倉さんが何かしたってのかよ?」」
 大志にも何か考えがある。それを理解していても単刀直入に口にしたのは彼の若さ故かも知れない。
 それに仲間、と言っても。実際は知り合って半日と経ってない。それは友里だけに限らず大志にも言える事なのだが。
「……同志北川は、確か今回が初の冒険だったな?」
「なっ……!? それがどうしたってんだよ? 俺の質問に答えろよっ!」
 自然。それが当然であるかのように――身長差の所為なのだが――見下す視線と言葉を受け、北川はカッ、っとなり大志に詰め寄った。
 語気も知らず荒くなる。幸いにも件の女性はお喋りに夢中な所為か気付いていないようだ。

 だが――

「ど、どうしたの。二人とも〜?」

 間延びした声で心配そうに語り掛けるこの娘。どうやら名雪には聞こえていたらしい。普段、おとぼけさんで振舞っている彼女だが、五感は人一倍、敏感なようだ。
 心配するな、と北川が何か言い掛ける前に大志は名雪を片手で制した。そして北川にだけに聞こえるように続けた。
「ああ……判っている。我輩もそうでない事を期待しているさ。だがな、同志北川。最悪の事態を予想しておかなかればいけないのが、今回の――冒険を誘った者としての、努めだ。確たる証拠も無しに、名倉女史を疑ったのは……悪かった」
 眼鏡の奥の瞳からはうまく感情が読み取れない。

 でも、と北川は思う。それを言うならこの魔術師だって充分に――冒険に誘ってきたのも、まるで全てを知っているかの様に場を仕切ったり、銀色鼠に襲われ掛けた時タイミング良く助けてくれたのだって――怪しいじゃないか。

――疑いだしたらキリが無い。それにもし、彼女が単純な敵だったとしたら、もう襲ってきているハズだ。
44:02/04/10 20:40 ID:jjinPtF9

 しかし北川は、それらの思いは口にはせず、一度顔を伏せてから――にやりと笑った。
「そうかい……だったら出発の時に松明とか色々、用意しておけばよかったんじゃねぇか?」
「ふっ。個々の力でこのぐらいの冒険を乗り切れないようでは、我輩の野望など一生夢で終わってしまうのでな。そうだろう? まい同志」
「今更何言ってんだか、この男は……」

 そんな北川にもでかい野望――世界中の美女を物にする――というものがある。
 ……まぁ、彼の場合はその前に、天寿を迎えるのであろうが。

「そういえばね。聖銃って、なんだか”異常な力”を持った人の根源から消滅させるんだって、友里さんが教えてくれたんだよ〜」

 そんな二人に、健気にも名雪は話題を振る。その後方で、友里が曖昧な笑顔で立っていた。

「ふむ。我輩も聞いた事があるな……異常な力。即ち、世界に影響を与える程の力の事か。代表的なモノでは”秘宝”とか”異常な魔力”の保有者の事だな……」
「そんな昔話なんか本気にするなよ――っと言いたいところだがな。異常な力の持ち主はその力の根源から消滅させられたら、どうなるんだ? 普通の人間になっちまうのか、それとも……死んじまうのか」
 北川も答えなど期待していないのだろう。自嘲気味に言葉を続ける。
「どっちにしろ、奢っていたのは、力を持ち過ぎた人間の方か、それとも。そんな力を持っていたカミサマの方か――」

――果たしてどっちだったんだろうな? と、北川は吐き捨てる。

 それに対し、大志はさも当然だ、といった感じの口調で、
「決まっている。奢っていたのは人間の方だ。何故なら――常に、強い方が正しいのだからな」
 答えを示した。

 歴史を肯定するようなその魔術師の物言いに、金髪の少年は、自前の触角を皮肉げに揺らしながら返した。



「ハハッ。カミサマのくせに自然界の掟――弱肉強食に従うってのかよ。そいつは随分とまぁ……俗的なカミサマだぜ?」
45名無しさんだよもん:02/04/10 20:58 ID:jjinPtF9
【北川・大志・名雪・友里/移動中】

お話としては「偽りの茶番劇」の続きです。

新スレおめー、ですね(遅
基本的に鍵キャラは人を疑うという行為をしないのです。この訴えは(以下略)
展開的には全然進んでないですが、勘弁を。
変なところがあったら、指摘お願いします。

……しかし、それなら書いた俺も月厨って事かw
アレは似せようとした訳じゃなかったんだけどなぁ……(汗
46輝くモノ(1):02/04/10 22:33 ID:3rA3Act+
僕は揺れる中、階段を下りた。
下…それも、地面から伝わってくるような、この感じは…地下、か?
避難していく職員たちの間をぬって、奥へと進む。
段々揺れは酷くなっていった。今にも建物が崩壊しそうなほどだ。
地震にしては、おかしい。一体何があったんだろう。

すると。ふっ、と揺れが止まった。あまりの唐突さに、逆に倒れそうになったほどだ。
ますますおかしい。こんな事が、あるワケがない。
そう思いながら角を曲がると…
どんっ!!衝撃を受けて、後ろに突き飛ばされた。尻餅を付いて、痛みが響く。
と、視界の隅に廊下を駆け抜けていく人影を見た気がした。
何か、見覚えがある人影…その正体は、すぐわかった。
「脱走だ!」
自警団の人の叫び声。そうか、あれは海賊の…と言う事は、今の現象も?
立ち上がり、人影が駆け抜けていった方を見る、が、もういない。素早い…
「あっ!長瀬さん!!」
名字を呼ばれて振り向くと、服と髪を乱した自警団の人がいた。
「一体、何があったんですか?」
「そ、それが、よくわからんのです。いきなり何かに殴られたような衝撃を受けて気を失って、
気が付いたら…柚木さんが怪我を…」
…!?
「怪我、だって?」
「は、はい。それで、海賊が脱走したから、隊長に知らせろと…長瀬さん!?」
僕は、彼を置き去りにして廊下を走り出した。
47輝くモノ(2):02/04/10 22:34 ID:3rA3Act+
奥に進むと、自然と詩子さんのいる場所がわかった。
被害が酷いほうを目指せばいいのだ。
と、廊下の隅に開け放たれた鉄格子の扉がある。開け放たれた、といっても殆ど外れかけていたが。
階段を飛び降りるように下る。そして僕が見たのは、

瓦礫の山、としか言いようがない惨状だった。

「詩子さん!?」
「なに?」
僕の焦った声に、呆気なく返事が返る。少し拍子抜けを感じながら見ると、
瓦礫にもたれて、片方の手をヒラヒラ振っている詩子さんの姿があった。
だが、ほっとしたのも束の間の事。
「はは、やられちゃった」
「その腕…」
脱臼している。異常なまでにいろんな事を知っている叔父の影響で、その手の事がすぐにわかった。
よく見ると、詩子さんの額には脂汗が浮かんでいた。
「大丈夫?」
気の効いた台詞が言えない自分が嫌になる。大丈夫なワケないのに。
「ん〜。ちょっとキビしいかな。助けてくれると嬉しい」
そう言って笑う詩子さん。辛いといいながら笑っている。強い人だ、と僕は思った。
「…とりあえず、肩の治療をしたほうがいいと思うよ。少し痛むかもしれないけど」
そう言うと、詩子さんの腕を掴む。開拓村で叔父は医者の真似事をしていた。僕も、簡単な手当てぐらいはできる。
すると、見る見るうちに詩子さんの顔が曇っていく。
「…痛いの?」
「まあ、それなりに」
「う…少しなら我慢する」
「…痛いけど、我慢してね」
「なんか、『少し』が消えてるし…」
48輝くモノ(3):02/04/10 22:36 ID:3rA3Act+
「あたた…酷い目にあった…なんだか余計酷くなったきのは気のせい?」
まあ、確かに素人に毛が生えた程度の僕がやったのだ、至らない所はあるだろう。
でも、ここまでネチネチ言う事はないと思う。
僕は、一つ溜息を付いた。
「脱臼は、外れてる時より嵌めなおした時のほうが痛いんだよ。我慢してよ」
「そんなの知ってるわよぅ…ま、冗談はこれぐらいにして」
冗談だったのか。相変わらず本気か嘘かわかりにくい人だ。
詩子さんは落ちていた警棒を拾い上げると、外れたほうの腕で握る。
「…ッ。でも、まあ何とかなるかな?」
「無理だよ。まだ痛いでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけど…このまま逃げられたら、悔しいじゃない」
「それは…でも、無理したって」

「私は」
力強い詩子さんの声が、僕の声を遮る。
「私は、嫌なのよ。自分にできない事があるとか、自分が知らない事があるとか」
 何もかもとは言わない。ただ、自分で納得できるだけの結果が欲しいの」
「………」
「祐介君にだって、あるでしょ?」
…僕がしたいこと…僕は、何をしたいのだろう。
「…わからない」
49輝くモノ(4):02/04/10 22:36 ID:3rA3Act+
長瀬の家で生まれ、嫉まれて、家を出たのが八年前。
叔父とともに止まったかのような静かな時を、これまで過ごしてきた。
僕は、これまで何も考えてこなかった気がする。
部屋の片隅でこの世を呪いながら、自然の中でぼんやりとしながら、
ありもしない妄想の世界に逃げ込んで、ただこの世界に自分の居場所は無いんだと思っていた。
その違和感は、今もまだ持っている。多分、ずっと消える事はないだろう。
けれど、僕は自分のことを考えた事はあっただろうか。
世界が壊れてしまえばいいと…そして、自分にあった自分のための世界になればいいと…
自分以外の何かに求めていただけのような気がする。

「僕は…自分に何かを求めたことなんて、無いから」
「つまんない生き方ね」
直球。だが、それだけに反論の余地はない。
そう…言われるまでもなく、下らない事なのだ。そんな事はわかっている。
「…そうだね」
「そう思うなら、軌道修正しなさい?まだ若いんだから、間に合うって!」
にこり、と笑う詩子さん。
…そうくるとは思わなかった。
「簡単に言うね」
「他人事だもの。結局、自分を救えるのは自分だけなんだから」
「そうだね。なんだか、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきたよ」
「そうそう。悩むぐらいなら、そっちのほうがいいわ。気持ちいいもの」
そう言って、またにこりと微笑む。…そっち?
僕は今…笑っていたのか?
50輝くモノ(5):02/04/10 22:38 ID:3rA3Act+
「ま、無責任な他人として言わせて貰えば、何か目標でも作ったら?」
「目標ねぇ。例えば?」
「かわいい彼女を作るとか」
「じゃ、とりあえず上に戻ろうか」
「…あれ?無視?」
首を傾げる詩子さん。
「地下室が何時崩れるかわからないから、怪我人を運び出さないと」
「あの〜、おーい」
僕の服を引っ張る詩子さん。
はぁ…僕は溜息を付いた。
「無理に決まってるじゃないか」
「やる前から諦めてどうするのよ!」
そんなこといわれても…そうすればいいんだ。
困って視線を逸らした僕は、視界の隅に輝く何かを見つけた。
「どうしたの?」
「いや…何か、光ったような…」
「光った?ここは牢屋だから…鉄格子とか?」
それは…すっごく嫌な光だ。少しへこたれながらも、光った辺りを探してみる。
…これは?
「何?これ、鈴?」
掌で握り隠せるほどの、小さな鈴だ。振ってみると、ちりん、と綺麗な音が鳴る。
やっぱり、鈴だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「職員の誰かのかしら?」
こんなの持ち歩く人がいるのだろうか?詩子さんのような女の子ならともかく…
とりあえず、僕はその鈴をポケットに突っ込んだ。

【長瀬祐介 『真琴の鈴』を入手】
【柚木詩子 脱臼を直してもらう】
51名無しさんだよもん:02/04/10 22:40 ID:3rA3Act+
と、いうわけで『輝くモノ』をお送りします。
『逆転』の続きになります。
変なところがあったら指摘よろしゅう。
って…書いてる途中で見つけた。…どうすればいいんだ。
52今何かおいしいもの作るから:02/04/13 00:13 ID:yTJyDCXy

夢…夢を見ている…毎日見る夢…終わりのない…夢…

夢に終わりが無くなった日は何時だっただろう…?

ずっとずっと昔?…それともほんの数分前?

その答えさえも…夢の中に霞んで…流れているのかさえ分からない時間の中で…

ただ、待つことしかできなくて…
53今何かおいしいもの作るから:02/04/13 00:14 ID:yTJyDCXy
がばっ!
「はぁ…はぁ………何?今の夢?」
内容は思い出せないけどなんだかとても場違いな悪夢を見た気がする。
それはそうと…
「ここどこ?」
周りを見渡してみる。
えらく乙女チックな部屋。生活感を感じられるくらいのいい具合なちらかり加減に何故か安心感を覚えた。
で、自分はその部屋のベッドで眠ってたわけ。
なにがなんだか…よくわからなくて考えを巡らせてた所で部屋のドアノブが回った。
「おぉ〜やっと起きたよ〜」
間延びした声を上げてボーイッシュに短く髪をまとめた女の子が入ってきた。
「もぉ〜、心配したんだよ?このまま死んじゃうのかと思った」
「えっと…誰?」
「あ、自己紹介とかまだだったねぇ。その辺は下で冷たい麦茶でもキューっとやりながら、ささっ」
起き抜けで頭がボーっとしてるまま、あたしはその子に背中を押されて階段を降りて行った。

「へぇ〜、じゃあ瑞希ちゃんは冒険者なんだ」
「そんなつもりはサラサラ無かったんだけど、ね。今も無いけど」
そう言って女の子はかわいいカップに麦茶を注いで差し出してくれた。
良く冷えた麦茶を一口飲んだら頭がスッキリした。

自己紹介を終えた上で状況を整理するとこうだった。
まず目の前にいるこの女の子、名前は佳乃というらしい。
妙に人なつっこい性格の様であたしの名前は瑞希だと教えたらもう仲のいい友達感覚で話し掛けてくる。
正直、少しこそばい感じだけどこの際だからあたしも堅苦しい事は無しにする事にした。
で、この子がレフキーの郊外で倒れてたあたしをここまで引きずってくれたってわけ。
要するに命の恩人だ。
レフキーで一人暮らしをしているらしい。こんな大都会でいたいけな少女が一人暮らしってつくづく都会って乾いた所なのね。
54今何かおいしいもの作るから:02/04/13 00:16 ID:yTJyDCXy
それにしても…
「変わった所に住んでるのね」
「ん?そぉ?」
二階の乙女チックな部屋とは大違い。
一階は暗い照明でまとめられていて所狭しと棚が置かれており、妖しげな薬だのなんかの動物の腕などがその上に乗っている。
「…なんかのお店?」
「そうだよぉ。魔法ショップ、カノン」
「カノン?」
「そ、佳乃のお店だからカノン」
ダジャレ好きなのね。
「うそうそ、本当はもっと別の名前。難しいから適当にそう呼んでただけ」
「あなたのお店なの?」
「違うよ。元はおじいさんのお店だったんだけどあたしがもらったの」
「もらった!?」
「そうだよぉ」

あまりにも突拍子の無い話なので驚いていたが、よくよく話を聞いてみるとこういうわけだった。
もともと佳乃はレフキーの住人ではなかったらしい。
ちょっとした思いつきでもといた街を出てレフキーに辿り着いたというわけ。
レフキーに辿り着く前に悲しい別れや、手に汗握る様なピンチや、血湧き肉躍る大活劇など(本人談)があったらしいが、
あまりに長い上に良く聞いていなかったので割愛します。
で、そこでちょっと立ち寄ったこの店の持ち主である老人と仲良くなり、親身になって話合っているうちにえらくその老人の信頼を得て、
ある日「自分は足が悪いのでここからレフキーを挟んで反対側の病院に入院するから、その間ここに住んでもいい」と言われたというわけだった。
宿泊費が浮く事もあって佳乃は凄く喜んだらしい。
なんだか色々と突っ込む所がありそうだけど、実際にここに一人で住んでいるわけだから黙って聞いていた。
「もらったっていってもお客なんかここ数ヶ月一人も来ないし、手入れとかもしてないけどねぇ、はは…」
恩を仇で返すタイプの様だ。
55今何かおいしいもの作るから:02/04/13 00:20 ID:yTJyDCXy
「えっと…佳乃ちゃん?その、言いにくいんだけど…」
「なぁに?」
「あの、その…何か食べる物もらえませんか?お腹空いちゃって…」
敬語でお願いする。助けてもらった上に食事を要求するなんて我ながらあつかましいとは思う。
しょうがないよね。長い間何も食べなかったから倒れちゃったわけだし。お金持ってないし。別にあたしが食い意地張ってるわけじゃないよね。
「あはは、そういえばさっきからお腹がぐーぐー鳴ってるもんね。瑞希ちゃんおっきな胸してるし、栄養いるよね」
ガーン…胸は関係無いのに。
「待っててねぇ。今何かおいしいもの作るから」
そう言って佳乃は部屋の奥に消えた。

しばらくして佳乃が戻ってきた。
「お待たせぇ。かのりん特製の焼きそばバンバンだよぉ」
おおー、香ばしいかほりがグッド。
「自信作だからたくさん食べてねぇ」
「いただきまーす♪」

この後、あたしはもう一日寝込んだ。

【高瀬瑞希 状態:毒】
【霧島佳乃 魔法SHOP(ほぼ休業状態)の店長らしい】
56名無しさんだよもん:02/04/13 00:22 ID:yTJyDCXy
『かのりんふぁいとぉ』の続きになります。
ヒソーリとやりますので多少強引でも勘弁してください。
57名無しさんだよもん:02/04/14 20:17 ID:GQn5P1qg
メンテ。
58Uスレの1:02/04/15 08:15 ID:CZjsv8CV
……今度は感想スレが落ちましたか、そうですか(涙)
スレ立て失敗、どなたか宜しくお願いします〜

……また二日の書きこみナシで落ちるのか、このスレの>>57氏ナイス保守です〜
59名無しさんだよもん:02/04/15 12:11 ID:h2eOH8EB
葉鍵ファンタジー感想&討論スレ II
http://wow.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1018840183/
立ててきたよ〜。前スレほぼ丸コピーだけど。

つーか、本スレIVも立てたの自分だし……あははーっ……
60長瀬なんだよもん:02/04/16 01:58 ID:4ZLy4+S9
落ちなかったその根性を湛えてメンテ。
続編書きたいけど、色々溜まってる……
61名無しさんだよもん:02/04/16 10:29 ID:oXtbRbt+
たまにはあげましょ。
62マリンブルー・パニック:02/04/17 16:20 ID:7gMXcNWD

「晴子さんっ!」
 鋭い叫びが、しつこい追っ手に辟易していた晴子の耳に届いた。
「好恵やないか! 無事やったんやな」
「はい、晴子さんも……それに二人も、よく脱出できましたね」
「まぁな。それよりも、祐一や冬也はどうしたんや?」
「さぁ……」
 曖昧な返事をする坂下に、晴子は大きなため息をついた。
「ったく、うちらがこんなに苦労してんのに……ホント、男どもは情けないわ」
「……はは。それより晴子さん、このメモを。犬飼さんが残したらしいんですが」
 坂下から差し出されたメモを見て、晴子は目を細める。

『恐らく今回の作戦は失敗するだろう。私は一足早く、避難させてもらう。
 奴等が乗り込めば、船は沈むことになるだろう。
 このメモを見ている余裕があるのなら、さっさと船から出て逃げる算段をしろ……犬飼』

 ぱっと見れば、犬飼が逃げ出した際の、捨て台詞にも取れるが……
「………そういえば、あの黒いのは、犬飼さんについてってんのやな」
 何かを思い出すかのように、晴子はそう呟く。
「はい、そうみたいです」
「すると……そうか、アレをやる気なんやな」
 にやり、と思わず人の悪い笑みを浮かべる晴子に、坂下は苦笑した。
「でも、アレはあとの掃除が大変なんですけどね……」
「何いっとるんや、そんなの、今回ヘタレてた男どもの仕事や……ふふ、兵士達の溺れる様が、目に浮かぶで!」
 にたにた笑いを浮かべる晴子から真琴を受け取り、坂下は鋭く言った。
「それでは、例の場所で落ち合いましょう」
「ああ……気をつけてな、好恵」
63マリンブルー・パニック:02/04/17 16:21 ID:7gMXcNWD



 海賊船は、思っていた以上に快適な造りになっていた。
 綾香は感心した風で、船の中を見回す。
 時折、鍵がかかっている部屋をこじ開けようとする兵や、魔法使いが廊下にたむろしていた。
「結構いい造りね。これなら海の上でも過ごせそうね」
「そうだな。だがこの後、火を放って船は沈めることになっている」
「あら、せめてあたしが外に出てからにしてよね?」
 からかうような声の綾香にも、柳川は黙って作業を続ける面々を見ているだけだった。
 実際、綾香が何を探しているのか興味はあったが、それを探る理由は柳川にはない。
 柳川はただ、この油断のならない女を見張り、出し抜かれないように気を配るだけだ。

「ねえ、船長室はどこにあるの?」
 不意に、綾香は廊下を歩いてきた若い兵士の一人に尋ねた。
 いきなりの美人に声をかけられ、彼は赤面したまま、もごもごと場所を指差す。
「ありがと、お仕事がんばってね」
「……犬飼の部屋ではなく、船長室に向かうのか?」
 今までずっと黙っていた柳川が、ふと口を開いた。
 その質問には答えず、綾香は教えられた船長室へと向かう。

 船長室は、以外にこじんまりとした地味な部屋だった。
 ベッドにテーブル、それにいくつかの武器とタンス。そして、地球儀。
「あっ、この地球儀、クルス製じゃない。へぇ、海賊も使ってるんだ」
 面白そうに地球儀を回しながら、綾香は部屋を見回した。
 大きな窓は締め切られているが、開ければ風通しがよさそうだった。
 取り合えず、目的の物を探すため、綾香は机、そしてタンスと探し回る。
 柳川は壁にもたれ掛かりながら、所在投げに綾香がすることを眺めていた。
64マリンブルー・パニック:02/04/17 16:22 ID:7gMXcNWD

 その時だった。
(……なんだ、ずいぶん狭いなぁ……)
「……?」
 聞きなれない声に、柳川は部屋を見回した。
 だが、今この船長室には、柳川と綾香しかいない。
(おっと……あた、ぶつけちまった……くそ)
「来栖川綾香、何か聞こえないか?」
「………え?」
 見れば、綾香は机の中から、何枚もの羊皮紙やら本やらを取り出し、眺めているところだった。
 クルス製の万能鍵を使い、魔法がかかっている錠を、次々と開けて、中身を出していく。
「別に何も聞こえなかったけど……空耳じゃないの?」
「………そうか」
 熱心に文字を追いかけている綾香を見ながら、ふと柳川は違和感を感じた。
(……待てよ、確かこいつは、貴重な品を回収したい、と言ってたのではなかったか?)

 貴重な品。それはいろいろ考えられるが、犬飼に通じる物であることは確かだ。
 そしてまた、クルス商会にも関わりがある品物なのだろう。
(だが、それが持ち出されている可能性は、考えていないのか?
 他の奴等とは違い、犬飼とやらは自分から逃げ出したのだ。小さなものなら持ち逃げできるはず)

 ならば、大きな物なのだろうか? いや、それも変だ。
 犬飼がクルス商会から持ち逃げしたのなら、それほど大きいのは不自然である。
 だが、価値のありそうなものや、宝箱は大半がすでに外に出してある。
 だが、綾香はその中に入っているとは、微塵も思っていない様子だ。

(何だ……この女が探しているものは、いったい何なのだ?)
65マリンブルー・パニック:02/04/17 16:23 ID:7gMXcNWD

 一方、綾香の方も少々焦り気味だった。
 先程、柳川が犬飼の部屋に行かないのか、と言ったが、綾香はそれが全くの無意味である事を知っていた。
 例えどれほどの騒動の中でも、痕跡ひとつ、手掛かりひとつ残さずに消える。
 そうやって、犬飼はクルス商会の探索網を、ことごとくすり抜けてきたのだ。

 だが、今回に限っては綾香には算段が有った。
 それがこの、船長室だった。
 ここになら、犬飼の研究の手がかりがあると踏んでいたのだ。
 綾香は、以前犬飼が提出した論文の中に、生命の魔石と海水の研究があったのを知っていた。

 生命の魔石と、母なる生命に満ちた海は、何らかの関連がある。
 それが、犬飼の結論だった。
 犬飼が何かに憑り付かれたように、生命の魔石を研究していたのは、来栖川では周知の事実だった。
 だがそれは、源五郎の考える、命あるゴーレムの研究とは全く違った路線を歩んでいる。
 すなわち、永遠の生命。

(あの犬飼が、クルス商会の研究所を出てまで完成させたかったもの……それは、何なのか?)
 わざわざ海賊にまで成り果ててしたかった研究……その秘密を。
 そして、犬飼の持つもうひとつの『生命の魔石』を取り戻すためにも。

 そして………とうとう、綾香は目的の本を見つけていた。
 
 だが、それと同時に、声を伝える伝声管から、何かが飛び出す。
 とっさにファイティングポーズをとった綾香と柳川だが、出てきた物を見て、拍子抜けした。
 それは、何故か真っ黒な鴉だった。
66マリンブルー・パニック:02/04/17 16:25 ID:7gMXcNWD

「あたた……やっぱ無茶だったな……ん?」
 机の上に転がっていた鴉は、自分を見つめる唖然とした目に、ようやく気づいた。
「しゃべる鴉……?」
「シェイプチェンジャーか!?」
 柳川に手にした剣の切っ先を突きつけられて、鴉は迷惑そうに羽をばたつかせた。
「何だ、先客がいたのか……うーん」
「質問に答えろ! ……そうか、さっき聞こえていた声は、お前だったんだな」
 鴉は答えに窮したように、ぐるぐると机の周りをうろつくと、地球儀の上に飛び乗った。
「正直、自分が何者なのか……その答えを私は持ってない。
 マスターにでも聞けばはっきりするんだろうけど、怖くて聞いたことがない」
「マスター?」
 柳川の呟きには応えず、その鴉は嫌そうに天井を仰いだ。
「ふう、参ったな……人がいるとは思わなかったんだが………まぁ、こうなったからには仕方ない」
「?」

 いきなり……鴉は、足元の地球儀をくちばしで突付いた。
 次の瞬間、いきなり足元が揺れ、柳川と綾香は思わずよろける。

「なっ、何をした、お前!」
「別に…今の内に逃げた方が利口だと思うぞ」
 言うが早いか、いきなり鴉は伝声管に飛び込んだ。
 それを叩き切ろうとした柳川だったが、足元が激しく揺れている為、剣は空しく宙を切る。
「この船はすぐに沈む……それじゃあな」
「なにいっ!?」
 柳川の叫びと同時に、突き上げるような衝撃が、二人を床に激しく叩きつけた。
67マリンブルー・パニック:02/04/17 16:26 ID:7gMXcNWD



 もし外からそれを眺められたなら、さぞかし壮観な眺めだっただろう。
 巨大な海賊船が、何の前触れもなく、いきなり海中に沈んでいくのだから。
 だが、当然その中に入っている兵士達は、それどころではなかった。
 身震いするように、海賊船が激しく揺れ動き、甲板に乗っていた兵士たちを振り落とす。
 海賊船を繋ぎ止めていた鎖も、次々と引きちぎれ、意味を無くしていった。


 柳川の所へ行こうとしていた貴之は、思わぬハプニングに、甲板のロープにしがみついた。
「うわっ、一体どうしたんだ……柳川さんは!?」
 だが、それを確認する前に、海賊船はあっという間に海中に沈んでいってしまう。
 それに巻き込まれまいと、貴之はとっさに海に身を躍らせる。
 渦を巻き、次々と高波が押し寄せる中、貴之は何とか波間に顔を出した。
「くっ、何があったんだ……柳川さんは!?」
 ばしゃ、と近くで水しぶきが上がり、柳川が顔を出す。
「柳川さん!!」
「……貴之か。お互い無事だったようだが……どうやら、海賊に一杯食わされたようだな」
「やっぱり、海賊の仕業だったんですか……?」
 ため息のようにうめく貴之に、柳川は顔をしかめて見せた。
「あの船がどういう仕組みになっているか知らんが……どうも、海中を進む事もできるらしい」
「船の中が水浸しになるから、乗組員がいる時はできない、まさに最後の手段だったんですね……」
「そう言えば、綾香さんは?」
 貴之に聞かれ、柳川は肩をすくめた。
「2,3品か持って、海面に上がるのを見た……生きてるだろうが………どうした?」
「いえ……実はですね…………」
68名無しさんだよもん:02/04/17 16:30 ID:7gMXcNWD

【晴子、坂下と合流。その後、真琴を預けて例の場所へ】
【海賊船、沈没。その後、海中を通ってどこかへ】
【柳川と貴之は海の中】

一応、複線をフォローしてみました。
どこかにおかしなところや間違いがあれば、指摘よろしくお願いします。
69重なる遭遇(1):02/04/17 22:34 ID:bXV5Yirh
シンディが我に帰ったのは、揺れが激しくなって机の上から『ガーランド』が落ちた時だった。
ふと、それまで自分が何をしていたのかを考えて、そんな事に意味はないと気付いた頃に揺れは収まる。
「…早く撤収しましょう」
何故自分がここにいるのかを問われたら、答えようが無い。
幸い、箱を見ていた少年の買収には成功した(と彼女は思っている)。
急いで部屋の外に置いておいた箱を運び込むと、『ガーランド』が入っている箱とすりかえる。
「そうそう、危ないから仕掛けを外しておきましょう」
電撃が流れるセキュリティ…と言うより小細工…を無効化すると、箱を脇に抱える。
そして、ダミーの箱の脇に金貨が入った財布をさりげなく置いた。
「何とかなってよかったわ…こんな揉め事になるくらいなら、帝国に献上すべきだったのよ」
ぼやきながら、シンディは開け放たれたドアから外の様子を伺い、誰もいない事を確認すると静かに部屋を出た。

一方その頃…
「ハァ…」
路地裏に座り込んで、溜息をつく男が一人。
一応、海賊のリーダーである相沢祐一その人である。
「何とか冬弥さんを助け出せって話だったけど…」
先ほど建物内で何か騒ぎがあったようだが、
その騒ぎのドサクサに逃げ出してきたらしい晴子はあっさりと目の前を通り過ぎてどこかへ行ってしまった。
声を掛け損なってしまった祐一は、とり残されたようでなんだかやるせない気分になっていた。
「ここでジッとしているより、晴子と合流したほうがいいんじゃないか?数が多いほうが、冬弥さんを助けやすいだろうし」
だが、犬飼の飼っている烏はここら辺に潜伏していろといっていた。犬飼には何か考えがあるのだろう。
自分が勝手な動きをする事で、それが台無しになってしまうかもしれない。
そう思うと…
70重なる遭遇(1):02/04/17 22:35 ID:bXV5Yirh
「結局、俺はどうすべきなんだ?」
そんな事を悶々と考えているうちに、道の向こうから特徴的な制服の群が現れる。
「…自警団!…冬弥さん!」
冬弥は荒縄で両手首と両足を縛られ、二人の自警団がまるで小脇に抱えるように運ばれていた。
冬弥は気を失っていたし、海賊を縛めなしで運ぶ事のは危険すぎる。そう考えてそのような運び方をしていたのだが…
「くそ…ッ。やってやるぞ」
その姿に憤った祐一は、懐から爆弾を取り出すと、立ちあがった。
焦る気持ちを抑えながら、彼らが近付いてくるのを待つ。
これが最後のチャンスなんだ、そう自分に言い聞かせながら慎重にベストタイミングを測る。
まだか…まだだ…もう少し…そう…今だ!
そして!

「…なッ!?」
祐一は物影から突然現れた人影に驚き、
「…!?」
シンディは物影から突然動き出した人影に驚いたのだった。

【シンディ ガーランド所持(トラップは解除済)。祐一と遭遇】
【祐一   爆弾所持。シンディと遭遇】
【冬弥   気絶。手と足を縛られている】
71名無しさんだよもん:02/04/17 22:37 ID:bXV5Yirh
というわけで、『重なる遭遇』をお送りします。
『マリンブルー・パニック 』と同じ頃の祐一、シンディ、冬弥です。
何かおかしいところがあったらよろしく。
72名無しさんだよもん:02/04/19 00:41 ID:B/ZajaN8
メンテついでに修正。

冬弥は荒縄で両手首と両足を縛られ、二人の自警団がまるで小脇に抱えるように運ばれていた。

冬弥は荒縄で両手首と両足を縛られ、二人の自警団員が物を小脇に抱えるように運んでいた。
73カルチャーショック:02/04/19 00:46 ID:h5XuWx8G
「……で?」
女王は玉座に腰掛けながらひどく不機嫌そう…いや、不機嫌な表情で問い詰める。
睨まれた男…蝉丸はただ首を竦めるだけ、目線も地面に釘付けだ。
彼の隣でただおろおろとしている少女、
荒縄でぐるぐる巻きにされている娘の姿が、滑稽な雰囲気を醸し出している。
「…で、ですから秘宝は―――――」
「それはもう聞いたっ! 変な女の子が持って行っちゃったんでしょ!!」
「いえ…厳密に言えばその娘を操っていた魔族が―――――」
「結局、盗まれたんでしょ?」
「…はい」
「このドジっ! それでも特務部隊ぃ? 使えない奴っ! アンタなんか減給よっ!」
「うぅっ…」
根城に着いてどっと重くなった疲労感に追い討ちをかけるような非難の声。
なぜか蝉丸だけなじられている様を、申し訳なさそうに見守る彩。

詠美が怒るのも無理ない…
彼女は蝉丸達が秘宝を引っ下げて帰ってくるのを首を長くして待っていたのに、
帰ってきてみれば秘宝はなし。
持って帰って来たのは敵国の兵隊一人。
「こんなのじゃ全然面白くないっ!」
「こ、こんなのっ!?」
挙句の果てにはイモムシのように縛られた吉井を指さし、「こんなの」呼ばわりする。
「まぁまぁ、蝉丸達も一生懸命頑張ったわけだし、許してあげましょう?」
教育係の梓が女王の怒りの鎮火にはいる。
「で、でもぉ…」
詠美が言いたいことは分かっている。
純粋に秘宝が見たかった…どんな形なのか、どんな色なのか…知りたかった、触りたかった。
しかし、目の前に秘宝がないのは仕方がないこと…
74カルチャーショック:02/04/19 00:47 ID:h5XuWx8G
梓は考える。今の詠美を満足させる最善の策を。

「じゃあ……その捕虜で遊ぶ、っていうのはどうです?」
「ふみゅ? あそぶ?」
「え゛っ!?」
梓の口から飛び出た衝撃に、吉井の声が裏返る。

「ええ、裸婦デッサンしたり、一発ギャグとかやらせたり、変な服を着せたり…」
「あ、それ面白そう…」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! わたしは捕虜なのよっ!? 
 どうして女王の道化なんかしなくちゃいけないのっ! 普通なら牢獄で拷問でしょ!?」
縄で拘束された体をくねくねと波打たせながら必死に抗議する吉井。
彼女にとって、敵国に捕らえられ、女王の慰み者になることなど考えられないことだった。
「アンタがいた帝国とは違って、この国では女王陛下が法律だよ」
「そ、そんな…」
「しょうがないわね…コレで我慢しよっかな。じゃあ蝉丸達はもう帰っていいわよ」
「ありがとうございます陛下っ!」
「その代わり、次こそは秘宝を持って来なさいよね」
「はっ!」
蝉丸は一礼してきびすを返す。
その後ろをよたよたとついていく彩。
バタンっ!
木製の重厚な扉が閉まる。

謁見の間には詠美と吉井と梓だけになった。
いっそ、あのままラルヴァに殺されておけば良かった…と、ついつい思ってしまう吉井であった。

【蝉丸・彩   任務達成ならず】
【吉井     詠美のおもちゃに】
751 ◆mYCw53h6 :02/04/19 00:51 ID:h5XuWx8G
どうも…1です。
帰還編、特務部隊ヴァージョンを書かせていただきました…
これから蝉丸達がすぐに次の秘宝を狙うのかどうか、
浩之(以下略)のメンバーとは(以下略)次の人に全てお任せ〜

なんか無茶苦茶ですけど…次の方、がんばって(w
76名無しさんだよもん:02/04/20 09:38 ID:Z8Rb5lwJ
1日1メンテ
77名無しさんだよもん:02/04/20 22:42 ID:TgMJ+Kyl
そろそろageませう。
78よ〜い、どんっ:02/04/21 13:33 ID:uFud5UZI
「おじさん、少しは落ち着いた?」
 みちるがそう言って、起き上がろうとする橘さんを支えています。
「あ、ああ……すまない。あの時の僕は少しどうかしていた」
 少し?あれが?
 ちょっとした疑問が私の胸の中に浮かびましたが、この際些細な事は無かった事にしちゃいます。
 なんといったって、やっとレフキーに着いたんですから。
 色々と賑やかで楽しかった馬車に揺られる事数日。
 路銀のほとんどを使い果たして辿り着いたレフキーはあまりに大きくて、
「美凪ぃ〜、ちょっとこわいよ〜……」
 なんて震えるみちるの頭を撫でる私の手も少し震えてしまう程でした。
 これだけ大きな街ならばたくさんの人が居る、たくさんの人が居れば父の情報だってきっと見つかる。
 いいえ、もしかしたらここに父が居ちゃったりするかもしれない。
 希望が持てます。

「ああ、レフキーか……でかいな。これなら観鈴の手がかりも何か見つかるかもしれないな」
 奇遇にも私と同じ事を考えていらっしゃる方がいます。
 橘敬介さん――レフキーに着くまでの道中、護衛をしてくれる強い戦士の方が見つからなくて途方に暮れていた私達の前に颯爽と現れた、
 ちょっとお茶目な(?)陰陽術士さん。
 小鬼の森で一時精神が崩壊しちゃったみたいですが、なんとか再構築できた様です。
「うう〜……まだ気持ち悪い……」
 もう一人連れが居ました。
 清水なつきさん――レフキー着の馬車の中でこれまた奇遇にも同乗する事になった女の子です。
 清水さんは結局旅の目的を教えてはくれませんでした、がっかり。
 それでも旅は道連れ、世は情け、今ではすっかり意気投合しちゃいました。
「にゃはは♪」
 そして私に撫でられて無邪気に喜んでいるとってもカワイイ大親友のみちる。
「美凪に近づく変態誘拐魔は全員ぶっ飛ばす〜♪」
 なんて息巻いちゃったりして、とってもカワイ……じゃなくて頼もしいです。
79よ〜い、どんっ:02/04/21 13:34 ID:uFud5UZI
 本当はもう二人、道中の仲間が居たんです。
 河島さんと松本さん――とっても仲の良いお二人で、ちょっとお酒臭かったけど馬車の中でみちるをとても可愛がってくれた人達です。
 みちるもすごく楽しそうでした。
 ですが、このお二方はレフキーの入り口で残念ながらお別れという事になっちゃいました。
 なんでも松本さんがどこかの帝国の特務機関とかいうとっても偉い人だったらしくて、レフキーのお城にご招待されたみたいです。
 すごい。
 松本さんも最初は「ちょっとヤバいかなー」なんて言ってましたが、もう一人吉井さんというお友達がご招待されていると聞いて、
 ニコニコしながら兵隊さん達に連れていかれました。
 河島さんはどうやらお仕事をサボタージュしちゃってたらしく、誰かに怒られながらやっぱりどこかに連れていかれました。

 別れは終わりとあるものだからなんて歌がどこかあったけど、こんな楽しかったお仲間ともそろそろお別れのお時間です。
 橘さんには橘さんの目標が、清水さんには清水さんの事情が、そして私達には私達の目的があるものです。
「………橘さん、清水さん」
「ん?」
 私は二人に呼びかけて、あるものを手渡しました。
「これは?」
「綺麗……」
 私が渡したものは小さな瓶に詰まった星形の砂。
「………星の砂、です」
「いいのかい?こんな物貰っちゃっても?」
「…はい。私達の村では、たくさんあるありきたりな物ですから」
「へへ〜♪みちるも美凪に貰ったんだよ、星の砂」
「ありがとう、遠野さん」
「…どういたしまして。…ですが、これは誓いの印です」
「誓い?」
「…はい。誰が一番早く旅のゴールに辿り着くか。競争する誓いの印…」
「そっか。結構重いね」
「…そうですね。色々な…想いです」
「それじゃあ、よーい、どんだな」
「にゃはは♪よ〜い、どんっ」
80よ〜い、どんっ:02/04/21 13:35 ID:uFud5UZI
「さよ〜なら〜♪」
 みちるの元気良いお別れの挨拶と共に私も手を振りながら大都会の真ん中で、お二人とお別れしました。
「さってと。これからどうしよっか?美凪」
「………そうね。まずどこかお泊りする所を探しましょう」
「そだね。まず寝る所が無いと誘拐されちゃうもんね。お金大丈夫?」
「…えっと……ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……ギリギリ、かな?」

「………」
「………」
「お金、足りなかったね」
「…がっくり」
「だ、大丈夫だよ!こんだけおっきな街だもん」
「…そうですね。宿屋なんてまだまだたくさんあるに決まってます。ファイト」
「ファイトー!おー!」

「………」
「………」
「またダメだったね」
「…しょぼーん」
 ぐぐぅぅぅぅぅぅぅ……
「美凪ぃ〜…お腹空いちゃったよ〜」
「…あ、それは大丈夫です」
 ごそごそごそ……
「…じゃん♪」
「おおー!お米券っ!」
「…これがあれば全国どこだろうと玄関開けたら二分でご飯」
「やったー♪二分でご飯♪じゃあお米屋さんを探さないとねっ」
「………あ」

 先行きは、まだまだ不安です……
81名無しさんだよもん:02/04/21 13:44 ID:uFud5UZI

【美凪&みちる 敬介 なつき レフキーに到着、パーティは解散】
【はるか&松本 同じくレフキーに到着だが城に直行】

 えーっと、かなり久しいですが177話の『平穏』の続きになります。
 一応登場人物の話を再度目を通して書いたのですが、どこかに矛盾などがあるかもしれません。
 見つけた時はやんわりと指摘を、できればフォローなどをしてくださるとありがたいです(w
 松本の行く末については吉井と絡めたつもりですので次の方、よろしくおながいします。
82くつろげない我が家:02/04/23 00:06 ID:ZwltI8tU

「うひゃあ〜〜〜〜〜、やっと帰ってきたわ………」
 のろのろと玄関のドアを開けた志保は、そのまま数歩歩くと、椅子を引いてそこに座り込んだ。
「あははー、ここが長岡さんの家なんですねー」
「……佐祐理、散らかってる」
「汚い家だが、適当にくつろいでくれ。ほら、佐祐理さんも舞も」
「浩之さん、怪我の具合はいかがですか?」
「ん、ああ。だいぶ痛みは収まったぞ」
「剣の傷は、後で熱が出やすいから、気をつけたほうがいいわよ」
「さすがにこれだけの人数で入ると、手狭だな」
「…………」
 志保に続いて、佐祐理、舞、浩之、セリオ、七瀬、それに健太郎がぞろぞろ入ってくる。
 それをぼんやり見ていた志保だったが、唐突に我に返った。
「ってちょっとあんた達!! 佐祐理と舞はともかく、何勝手に入ってきてるのよ!!」
「いいじゃねぇか志保、佐祐理さんと舞が、これからどうするかも話し合わなきゃいけないし」
 そう言いながら、浩之が勝手に地下倉庫からワインを取り出したのを見て、志保は目を吊り上げた。
「ヒロっっ!! それあたしの秘蔵コレクションじゃないのよ! 勝手に飲まないでよ……あーーーっ!!」
 ぐびぐび、とラッパ飲みする浩之に、志保が断末魔のような叫びをあげた。
「……ふぅ、怪我すると喉が渇くな。ほら、佐祐理さんも舞も、あんた達も飲んだらどうだ?」
「あ、すいません、浩之さん」
「80年ものの最高級品ですね。一瓶10万は下らない代物かと」
「そうよーーっ、だから飲まないでよぉ、まだあたしだって味見してないのに……うううう」
 一人悲嘆に暮れて涙する志保を他所に、浩之はまるで自分の家のもののように、平然と酒瓶を配って回る。
「あははーっ、このワインは家でも飲んだ事がありますよーっ」
「………」
 ほんのりと頬を染めた佐祐理と舞は、旅の疲れも手伝って、しばらくすると椅子に座ったまま舟をこぎ始める。
83くつろげない我が家:02/04/23 00:07 ID:ZwltI8tU
 二人が眠った頃を見計らって、浩之が立ち上がった。
「……志保、客間は空いてるよな?」
「……あんたが出てった時のまま、放置してあるわよ」
 机に突っ伏し、不機嫌そうにワインを呷っている志保に苦笑して、浩之は二人を客間に運ぶ。
 浩之が戻ってくると、その場には七瀬、セリオ、志保が残っていた。
 初めて飲む高級ワインに酔っ払ったのか、健太郎は床に転がっていびきをかいている。
「ヒロ、あんたワザとあの二人に、アルコールの強いやつ渡したわね」
「まぁな。旅の疲れもあるし、これからしなきゃいけない事がいっぱいあるからな。
少なくとも今は、ゆっくり寝させておいてやりたかったんだ。お前には悪い事をしたけどな」
 面と向かってそう言われ、志保は顔を赤くしたまま、目をそらしてぶつぶつと呟く。

「それで、あの二人はどうする気なの? いつまでも志保の家に置いておくわけにはいかないでしょ?」
 志保の横に腰掛けている七瀬にそう言われ、浩之は肩を竦めた。
「……正直、俺の所に来た時、佐祐理さんが家を飛び出してるとは思わなかった。
いつもと様子が違ってる事に、気付くべきだったんだけどな」
「……で、親に連絡はするわけ? あの子の家って、世界的にも著名な都議員なんでしょーが」
 今頃死に物狂いで探し回ってるわよ、と志保は続ける。
「確か倉田家だったわね……まぁ、志保に匿ってもらうのは、いいアイディアだったわね。
 志保なら盗賊ギルドにも顔が利くし、都議員だっておいそれと干渉できないからね」
「……『長瀬ネットワーク』ですか?」
 セリオの言葉に、七瀬は頷く。
「ネットワークを使えば、いつお嬢さんの父親が乗り込んできても、逃げられるわ」
「そう言えば、長岡さんも長瀬の一族なんですか?」
 ふと呟いたセリオの言葉に、志保は変な顔をして黙り込んだ。
「………一応そうなってる。ただ、赤ん坊のあたしを拾ってくれた、源一郎おじさんがそう言ってるだけだけど」
84くつろげない我が家:02/04/23 00:09 ID:ZwltI8tU

 腑に落ちない顔をしているセリオに、志保はため息混じりにワインを飲み干した。

「あたしの母親はどっかの安娼婦。父親はどっかの馬の骨……馬面の長瀬らしき奴。
うっかりできたあたしに困ったその娼婦は、あたしをゴミ溜めに捨てたの。
それを拾ったのが、長瀬源一郎おじさん……あたしの育ての親で。
おじさんは先代のネットワーク管理者だったの。
あたしはおじさんの旅芸人一座で働く傍ら、ネットワークの管理方法を学んだ。
おじさんはあたしが間違いなく長瀬だって言うけど……本当の所はどうかしらね」

 さらりと言う志保に、セリオは目を丸くしたが、七瀬も浩之も知っていたのか、何の反応も示さない。
「ただ、ネットワークだって完璧とは言えないし、都議員との間に変な確執を作りたくないのよ。
それに、二人にしても、一日中あたしの家の中に居るってわけにも、いかないでしょうが」
「……だよな。何とか佐祐理さんとその親父さんの仲を、取り持てればいいんだけど……」
「言っとくけど、あたしは協力しないかんね」
 機先を制して志保に否定され、浩之は沈黙した。
 次に七瀬、セリオと視線を移動させるが、あっさりと首を横に振られてしまう。
「こういうのって、本人の問題だしね」
「もう浩之さんの家も、調べられているかもしれません」
「……だよなぁ」
 志保が飲んでいたワインを取り上げ、瓶から飲み干すと、浩之は口の周りを拭った。
「……そんな飲み方したら、澱まで飲んじゃって美味しくないでしょーが。折角のワインなのに」
 机に突っ伏した志保に、恨みがましい口調で言われ、浩之は罰が悪そうに目を逸らす。
「……そう言えば、あの吉井はどうなるんだろうな」
 取って付けたように話題を変える浩之に、志保はそっけなく返答する。
「知らないわよ。共和国が何考えてるのか知らないけど、良くて拷問、悪けりゃ処刑でしょ」
85くつろげない我が家:02/04/23 00:11 ID:ZwltI8tU

 さらりと恐ろしい事を言う志保に、浩之は渋面になった。
「しかし、いくらなんでもそこまでするのか?」
「相手は帝国将軍、三銃士の一人よ。ま、あたしだったら殺さずに、帝国の情報を搾り取るけど。
ああ見えて吉井は意外に美人だし、変態趣味の男なら、喜んで拷問するわよ。
後は帝国との交渉に使うなり、兵士の慰みものにするなり、色々使い道はあるでしょ」
「……何とかしてやれないのか?」
 顔をしかめたままうめく浩之に、志保はうんざりと首を振る。
「あのねぇ、その『出合った女の子全部』に義務感持つの止めなさいって、いつも言ってんでしょうが。
仕事の依頼ならともかく、あんたの私情で動くほど、あたしは安い女じゃないのっ」
 何か言い返そうとした浩之だったが、その時ノックの音が響き、さっと一同に緊張が走った。
 とっさにドアの方を向き、志保は困ったように振り返った。
(まさか、佐祐理父!?)
(どうするんだ、二人は寝てるし、実力行使されたら……)

「すみません、長岡さんいらっしゃいますか? 長瀬源一郎さんの知り合いの久瀬ですけど」
 その名に反応したのは、志保と七瀬だった。
 恐る恐るドアを開けてみれば、そこにいたのは眼鏡を掛けた青年と……
「あ、岩切花枝に月宮あゆ」
「………お前が、長岡志保か」



【志保 家に帰還。浩之、佐祐理、舞、七瀬、健太郎、セリオもついてきている】
【佐祐理&舞 睡眠中 志保の家に居候】
【あゆ&岩切&久瀬 志保の家に情報目当てで来訪】
86名無しさんだよもん:02/04/24 20:53 ID:sVRxXxFF
メンテしとく
87名無しさんだよもん:02/04/25 22:01 ID:PdmMftQQ
otitarataihen
88名無しさんだよもん:02/04/27 01:08 ID:4l4jX7EL
一日一度の。
89名無しさんだよもん:02/04/28 02:10 ID:vdSyA7db
sage
90名無しさんだよもん:02/04/28 23:19 ID:xXVBrCVq
圧縮回避メンテ
91空々回り:02/04/28 23:48 ID:kH++hRfc

 えへへ……と、微笑む初音ちゃん。
 そんな初音ちゃんを見ていると何故か悲しいやら寂しいやらフクザツな心境に至ってしまう。
 思うに梓や楓ちゃんと違って、千鶴さんと二人で長く居る時間が多いのがやっぱり、一番の原因だと思う。うん。冴えてるよ。俺。

「耕一さん? 私がどうかしましたか?」

――なんて声が、後から聞こえてきてしまったのです。はい。

「あれ? 千鶴さん。いつからそこにいたんですか?」
 瞬間、血の気――もとい酔いが一気にひいたが、なんとか冷静に振り向き、応えられた。
 どうやら初音ちゃんと同様に、不覚にも口にだしていたらしい。
「ええ。つい、さっきです。なにやら下が騒がしかったので……ちょーっとだけ様子を見に来ちゃいました」
 にっこりと微笑む千鶴さん。
 だっていうのに、心臓を氷の手で鷲掴みにされている様なこの感覚はなんなんでしょうか?

 それに様子を見に来た、って――
 未だに高次元の駆け引きを繰り広げている二人の間をピョコピョコと触角が跳ねてるし。
 ああ――それに、剥き出しの便所がなんだか哀愁を感じさせてくれる。
――なんて説明すりゃいいんだよ……?

 ふと、気付くと。千鶴さんの顔が目の前にあり、その唇が艶かしく動いていた。
「うふふふ。それでですね。耕一さん。さっきの言葉、よく聞こえなかったけれど、どういう意味だったのかしら?」

 撫でるように、慈しむように、愛でるように。
 まるで、大切に育ててきた一輪の薔薇を摘み取る様に。
――どこか艶を含んだ声で、千鶴さんが俺の頬に指先を重ねてきた。

(ひぃぃ、こっ、殺される……っ!!)
 本来なら"犬死にはまっぴらごめんだ"と背を向け逃げ出したいところなのだが……
92空々回り:02/04/28 23:49 ID:kH++hRfc

 情けなくも助けを求める様に辺りに視線を泳がせたが、アレだけ威勢の良かった二人が今は何故かお互いに目を合わせないようにしている。
 まるで、目のやり場が無い、っといった感じで。
 よく考えれば。今の俺の状態は。
 艶やかな黒髪をなびかせて――足まで絡ませて――千鶴さんが俺に密着している訳でありまして。
 見ようによっちゃ、抱き合っている様に見える訳だ。どうすればいいんだ。

 一方の初音ちゃんは初音ちゃんで天使の微笑みを浮かべながら――この騒ぎに危険を感じてか、それとも千鶴さんが現われた所為か――出て行こうとしている他のお客さんからきっちり勘定をもらっている。

 なんだか無性に寂しいよ。だが、俺には感傷に浸っている暇は残念ながら無かった。
 そんな時――視界に入ったあるモノを見て、俺は起死回生のアイディアを閃いたのだ――






 最初に気付いたのは深山雪見だった。
 問い詰めてもさらりと受け流す智子に辟易し、実力行使も辞さない、といったところで智子の背中ごしで店員――ゴツイ方――が、これまたいつの間にか現われた長い、黒髪の女性に詰め寄られているではないか。
 しかも、だ。顔を近づけて掌を頬に重ね見詰め合っているのである。
 目が点になる。という言葉を体現しえた雪見を訝しげに思いながら、その視線の先に智子は顔を向けた。
 途端、目が点になった。今まで仕事やら私情一筋で生きてきた彼女達だ。こういった事態には慣れていないのも知れない。

 なんだか白けてしまった、といった感じで雪見は身近な椅子――丁度、みさきが座っていた椅子――に腰掛け、溜め息混じりに、呟やいた。

「深山雪見よ・・・・・・」
93空々回り:02/04/28 23:51 ID:kH++hRfc

 最初、智子はそれが一体どういう意図の上で行われた行為だったのか理解できなかったが、数瞬遅れて、自らも名乗った。
「んで……どないしてみさきさんのことを追い掛け回しとんのや?」
 智子はジト目で、腰掛けた女に語り掛ける。真っ黒ローブが妖しさ抜群である。
 そんな彼女に初音がワインをどうぞ。と、えんじぇるすまいるで勧めてくる。ありがとう、と応え、雪見はグラスに注がれたそれを口にした。

 後から、じ、実はですね……お土産のたいやきがあるんですよ、なんて声が智子には聞こえた気がしたが、あまり気にしなかった。

「うちとしてはなぁ、素性の分からんあんたにおいそれと、みさきさんの居場所を教える訳にはいかんのや……怨敵かも知れんし」
 言って、グラスを空にした。なんだか保護者気取りで呟く智子も、ホントは正確な居場所など知らないのだけれど。
 そんな智子を見て、雪見は苦笑とも、自虐ともとれる表情を微かに浮かべ、呟いた。

――理由が必要なの? と。

 溜め息にも似た、その声が、あまりにも穏やか過ぎて、智子には逆に聞き取れなかった。


「えっ? ダイエット中っていっても我慢するのは良くないよ。それに千鶴さんはふとっちゃいないよ、全然」


「親友に会うのにあれこれ理由が必要なの?」
 もう一度。
 先程の喧騒に包まれた雰囲気とはかけ離れた――そう、初めてこの店に訪れた時の様な――感覚。

 そのどこか憂いを含んだ言葉に、智子はなんだか自分が悪い事をしているような気がしてきた――

「二階に人を待たせてるんだろ? ほらほら、冷めないうちに。絶品だからそのお客さんも気に入ると思うよ。え? ああ、こっちは大丈夫だよ。俺が上手く抑えとくからさ、あはは、任しといてよ千鶴さんっ」

――してきたのだけれど。何故だか、同じくらい突っ込みたい気持ちが溢れていたのであった。
94名無しさんだよもん:02/04/29 00:05 ID:EOtNvl3Z
【柏木耕一/お土産をあるべきところへ】
【柏木千鶴/お土産のたいやきを持ち、二階へ】
【柏木初音/きちっと働いてます】
【保科智子/現状維持】
【深山雪見/現状維持。ただし、ワインの料金追加決定】

流石、演劇部部長ですね(どいう意味だ

お話としては「虚々実々」の続きです。

動きがないので書いてみたけど、展開を進める勇気がなかったいうへたれ具合(ぉ
変なところがあったら、指摘お願いします。
95追うもの、追われるもの(1):02/04/29 11:58 ID:yGtoPX+g
「うえー、ぺっ、ぺっ」
 陸に上がった綾香は口に含んでしまった海水を吐き出した。
 それにしても何かあると思っていたが、まさか船を沈めるとは。
「…ったく、相変わらず嫌な奴ね」
 人の裏をかき、触れてはいけないことにも躊躇しない男。
 その目的が何かはわからない、だがその行動は他人を否応無く巻き込む。
 それ故に完璧ではない。そういう人間には必ず敵対する存在が現れるからだ。
「ま、とりあえずこれを持ち出せただけでよしとするべきね」
 綾香は、懐からその本を取り出す。海水で多少濡れてしまったが、革張りの表紙のおかげで縁の辺りが多少濡れている程度で済んだ。
 ただの人が見れば、それは意味の無い文字の羅列に過ぎないだろう。綾香にも、意味は殆どわからない。
 だが、文字のクセからして犬飼の自筆であることは間違いないし、文字の羅列に見えるそれにはちゃんと規則性がある。

 試しの計算をする為に、あるいは研究の結果を書き留めておくために使っていた雑記帳。
 本命…清書した論文は既に持ち出しているだろうが、流石にこれまで持ち出そうとは思わなかったらしい。
 そこに、付け込む隙がある。
「さてと、それじゃこれを長瀬に見せに行きましょう」
 辺境のどこかに移住してしまった長瀬源五郎が、つい先日この町に到着している。
 表向きにはアカデミーに論文が認められた、ということになっているが、
「ま、タイミング的には絶妙と言うか…でも、少し忙しいかもね」
 苦笑する。昨日会った時に承諾してもらったから協力してもらえるだろうが、マルチのこともある。彼もそう長居はできないだろう。
 綾香は濡れた衣服をそのままに、市街地へと向かった。
96追うもの、追われるもの(2):02/04/29 11:59 ID:yGtoPX+g
 国崎往人は違和感を感じていた。違和感というよりは、居たたまれない、というべきか。
 人探しのつてがあるというセバスチャンに無理を言って同行したはいいが、向かった先はなんとあのクルス商会の事業所である。
 生活雑貨品が並ぶ商店ならともかく、このような場所にはまったく縁がない。
 気後れもあって、ロビーで待っていろと言うセバスチャンの後姿を見守ってしまった。
「…実はあのじーさん、偉いのか?」
 ロビーの隅の壁にもたれて呟く。
 確かに見るからに只者ではない容貌だが、とても商人のそれとは思えない。
 そんな往人のボヤキが聞こえたのか、
「人は見かけによらないってね。よくいうじゃない」
「そら、そうかもしれんが」
「ま、大抵は見かけによるんだけどね」
 往人と同じく無理矢理ついてきた沙織はウィンクをする。
 ちなみに、すばるは昨日のエールが悪かったのか、まだ宿で寝ていた。
「見かけ云々の前に、あのじーさんが揉み手で客の対応してる姿は想像できん」
「そうね…でも、縁って言っても色々あるじゃない?知り合いが務めているとか、以前助けたことがあるとか」
「用心棒とかな。それならありえる」
「それにしては影響力があるみたいだけどね」
「…結局なんなんだ?」
「本人に聞かなきゃ、わかんないってことよね」
 往人はふぅ、と息を吐いた。無闇に他人の内情を詮索するのは、半ばタブーだ。
97追うもの、追われるもの(3):02/04/29 12:00 ID:yGtoPX+g
「あ、戻ってきた」
「待たせたな。ではまいろうか」
「ああ…」
 結局、自分の用は果せなかったか。残念ではあるが、交渉する気にもなれないのでセバスチャンの後ろに続く…
「ねぇ、セバスさんは、クルス商会とどういう関係なの?」
 ぶッ、と往人は噴出した。こいつ、何を考えているんだ?
「フム…」
 案の定、セバスチャンは何か考えているようだ。
「あ、別にどうしても聞きたいってわけじゃないから。言いたくないなら、ゴメン」
 なら、最初から言うな…と往人は心の中で悪態をついたが、
 セバスチャンは往人が思っているよりずっと大人だった。当り前だが。
「疚しい関係ではない。商会のガードとして働いていた事があるのだ」
「用心棒ってことね。おめでとー、往人さん」
「は?」
「予想的中、おめでとう!」
「………」
 さて、何と言うべきか。とりあえず往人は拳を固めると。
 ぽかっ。
「いたぁ!って、何するのよ!?」
「うるさい、少し黙ってろ」
「何不機嫌になってるんだか…はいはい、わかりましたよぉだ」
98追うもの、追われるもの(4):02/04/29 12:01 ID:yGtoPX+g
 三人は最寄の食堂に場所を移した。軽食と飲み物を頼んでから往人は切り出す。
「それで、何か手掛りは見つかったのか?」
「一人はな…」
「見つかったんだ。よかったじゃない」
 だが、セバスチャンはそれほど嬉しそうではない。出された水をあおるセバスチャン。
 そして二人は、セバスチャンが「一人」といった事にどんな意味があるかに気付いた。
 つまり、彼の探し人は複数いるということだ。
「…それで、そいつはどこにいるんだ?」
「レフキー南東で目撃した者がおるそうだ」
「南東といえば、フィルムーン辺り?」
「うむ。フィルムーンの方に見つけたら保護するよう要請はしておいた」
 要請、ね…往人は口の中で呟いた。普通の一般市民ができることではない。
 このじーさん、只者じゃないのは戦闘力だけじゃないってことか。そんな事を考えながら、
「ま、俺たちの当ても今のところないし、行ってみるか」
「かたじけない」
「それじゃ、すばるちゃんが起きたら、早速行きましょ!目的地はフィルムーン!」
 ビシッ、と南東を指差す沙織。誰に言うとも無く「そらよかったな」とぼやく往人。
 そんな若者二人に口元を緩めながら、セバスチャンは思う。
 半ば公然と家を出て堂々と商会に出入りする綾香はそれほど問題ではない。
 心配ではあるし保護すべきだとは思うが、その一方で綾香の能力には一目を置いているし、大事に至ることは無いと信頼もしている。
 問題なのは、もう一人の方だ。
(芹香様…今どこにおられるのですか…このセバスチャン、心配で心配で胸が張り裂けそうですぞ…!)

 こうして、国崎往人、御堂すばる、セバスチャン、新城沙織はフィルムーンに向かった。
 長瀬祐介と長瀬源五郎がフィルムーンに到着する、数日前のことである。
99名無しさんだよもん:02/04/29 12:02 ID:yGtoPX+g
【国崎往人一行 フィルムーンへ】
【来栖川綾香  長瀬源五郎に会いにいく】

というわけで、『追うもの、追われるもの』をお送りします。
必要ないかもしれませんが一応補足。
83話で長瀬源五郎一行は翌朝出立という事になっています。なので、今もフィルムーンにいます。
170話は翌日の夜と解釈しました。祐介、柳川がいないので、何らかの理由で彼らと別れたのでしょう。
国崎一行の話はちょっとさかのぼります。到着時期はお任せしますが、セバスの要請は既に届いています。
以上、何かおかしいところがあったら教えてください。
10099:02/04/29 12:08 ID:yGtoPX+g
御堂って・・・
御影と間違えました、すみません。
首吊ってきます。
101夢見る少女:02/04/30 01:04 ID:/Sm4wVpc
 ここはとある酒場の一角。
 いかにもお酒飲みますーって顔をしたオジサン達の喧騒の端で、あたし達はつつましやかな夕食を取っていた。
 思えばあの悪夢の焼きソバを食べて後、寝込む事丸一日。
 毒殺されかかってぶるぶる震えてたあたしに向かってなだめる様に
「えっとぉ……ごめんなさい。お詫びにおいしー外食おごるから」
 と言われて佳乃に連れて来られた場所がこの酒場ってワケ。
 最初は「酒場なんてお酒飲む所じゃない!」って入るのをためらったんだけど、食事も出来るって言うし。
 何より、しばらく都会砂漠でさまよってたあたしにはたとえ酔っ払い達の騒ぎと言えど、人の暖かさが心地良かった。
 お料理も文句無しにおいしいしねっ♪

 それにしても……
「あなた、今まで料理した事あるの?」
 率直な疑問を佳乃にぶつけてみる。正直言ってあの料理はあたしを毒殺しようとしていたとしか思えない凶悪さだった。
 それも食べてすぐにわかる凶悪さじゃなかった。食べ終わってから、お腹の底からジワジワと来る何か。
「う…一度だけ……」
「ほー。それで? その料理を食べた人はどうなったのかしら?」
「……三日ぐらい寝込んだかなぁ」
「はい?」
「ううっ、瑞希ちゃん、いじわるさんだよぉ! あれだけあやまったんだからもう許してよぉ!」
 佳乃ちゃん涙目、今日のあたしってばとっても意地悪。
「まぁ、もういいけどさ」
 あの後、倒れたあたしをベッドに寝かせてくれて、ずっと看病してくれたのは正直、とっても嬉しかったから。
 都会も悪くないかなぁって。そんな暖かみ、感じられたよ。
102夢見る少女:02/04/30 01:05 ID:/Sm4wVpc
「はぐはぐ…ここの料理って結構イケるわねっ」
「うんっ、ここの店長さんはあたしの専属コックさん2号なの」
「それって勝手にそう呼んでるだけでしょ?」
「それは…そうだけど」
 よーく焼かれた魚をつっつきながら、世間話がてらに色々と尋ねてみる事にした。
「そういえば、佳乃ちゃんはどうして自分の街を出て、レフキーに来たりしたの?何か目的とかあるんじゃない?」
「瑞希ちゃんはいいお嫁さんになる、だっけ? くすくす……」
「ほ、ほっといてよ! それで、あなたは?」
「う〜ん…あのね……」
 そこで佳乃は言うべきか言わないべきか迷ったのか、一旦しばらく黙りこくった後、口を開いた。

「……魔法が使えたらって思った事、ないかなぁ?」
「ない」
「あれ? 即答……?」
 佳乃はその反応は意外だ、という様な顔をした。
「だって魔法使いって、根が暗くて、怪しいカッコして、偉そうな事ばっかり言ってるくせに、いざモンスターと戦うってなったら、
 後に引っ込んでなんかブツブツ呪文なんか唱えちゃってさ。
 その間にカッコいい戦士がモンスターをズバーッてやっつけたら、
 おお、マイブラザー!せっかくこれから我輩の超撃爆裂魔法が炸裂するはずだったのに!
 なーんて調子のいい事言っちゃう様な人ばっかりじゃない」
「も、ものすごい偏見だよぉ」
「そうかしら? 少なくともあたしが知ってる魔法使いは全部そんなのだったわ」
 と言っても、本当は一人しか知らないんだけど。
103夢見る少女:02/04/30 01:10 ID:/Sm4wVpc
「ま、まぁそれはそれとして……瑞希ちゃんが言ってるのは魔術師でしょ? あたしの言う魔法ってのはちょっと違うんだなぁ」
 と、佳乃がちょっと得意そうにあたしに向かって胸を張る。
「え? 魔法って、火をボワーッて出したり、雷をバリバリーッてする人の事じゃないの?」
 ……自分で言いながら、改めてすごい人間だわ。
「違うよぉ、それは黒魔法」
「? じゃあ、傷をあっという間に治しちゃう魔法の事?」
 ……これもすごいなぁ。
「ちっちっち、それは白魔法」
「??? 黒だの、白だの良くわかんないなぁ。じゃあ何色なのよ? 虹色とうがらし?」
「魔法は魔法だよぉ」
「あ、もう興味無くなっちゃった。もういいよ」
「あーあ、ごめんごめん。言うから言うから」
「よろしいっ」
「おっほん、魔法っていうのはつまり夢を……」

 ガチャーン!

 佳乃が魔法について語り出そうとしたその時、少し離れたテーブルで食器が割れる音とともに一際大きな喧嘩声が聞こえてきた。
「だからおめぇよぉ! 接近戦じゃ斧が最強だって何度も言ってんだろが!」
「斧の遅い動きじゃレイピアの素早い突きには敵いませんよ」
「んな細い剣、剣ごと叩き切ってやればいいんだよ!」
 見るとタイプの違う酔っ払いが二人、何やらワケのわからない事を言って喧嘩を始めたらしい。
「やだ、喧嘩かしら……」
「違うよぉ、ここはいつもお祭り騒ぎみたいなもんだよ」
「そうは言っても……」
 正直な所、こういう揉め事って嫌い。自分に関係無くてもそばに居るだけで嫌。だって、ちょっと怖くない?
 取っ組み合いを始めた酔っ払い二人を囲んで周りの酔っ払いも「やれやれ!」の大合唱を始めた。
 騒ぎが大きくなる中、段々とあたしの気分は沈む一方だった。
104名無しさんだよもん:02/04/30 01:15 ID:/Sm4wVpc
「でね、あたしの言う魔法っていうのは夢を叶える力の事なんだよぉ」
 佳乃はここ騒ぎにはもう慣れているのか、まるで何事も無かったかの様に続きを語る。
「夢を叶える力?」
「そう、例えば。空を自由に飛べちゃうとか、なんにでも変身できちゃうとか、死んじゃった人を生き返らせちゃったりするとか!
 そういうお願いごとを叶えちゃうのが、魔法なんだよぉ」
「ふ〜ん……つまり、なんでもできちゃうのが魔法なんだ」
「その通り!」
 要するにあれだ、この娘は子供の時の夢見る心を持ったままここまで来たってワケだ。
 まぁ、あたしもそういうの、嫌いじゃないけどね。
「瑞希ちゃんはこういうの、信じてる?」
「えっ? ええ、まぁ……」
「うー……全然信じてないって顔だよぉ」
「ええ、まぁ……」
「じゃ〜ん♪ そんな瑞希ちゃんにはコレ! コレ見てよ」
 どこにそんな物持ってたのか、あたしとは正反対にテンションが盛り上がって来た佳乃が取り出したのは一冊の分厚い本だった。

【高瀬瑞希 魔術師嫌い】
【霧島佳乃 なんでもできちゃう魔法の存在を信じている】

今何かおいしいもの作るからの続きになります。
まだ導入部なのに長いですね(汗
105運命の人:02/04/30 11:25 ID:dRxZHlwO
「みゅ〜!ただいまー!」
 ドアを開けるとすぐに繭の元気な声が部屋に響いた。
「お帰りなさい、繭」
 それを真希と美汐は笑顔で迎え入れる。
「オラ、これでいいんだろ?」
 繭の後に続いて部屋には行って来た御堂は買ってきた物を床におろして。
「あら。繭、それどうしたの?」
「御堂のおじちゃんに買ってもらったの」
「ふーん、そうなんだ、良かったわね」
 真希が繭の頭を撫でながら繭に話しかける。
「オイコラ!人が働いてきてやったんだからちったぁねぎらいの言葉でもかけやがれ!」
「あー、ハイハイ。ご苦労様。……ところで矢島は?」
 そこでようやく気付いたようだ。
「あぁ、あいつだったら…」
「いつものおびょうきだもぅん!」
 御堂の言葉を繭が受け継いだ。
「ハァ、またあのバカ……」
 真希が頭を抱えながら呟く。
「仕方有りませんよ。いつものことですから」
「そんなにしょっちゅう有ることなのか?」
 御堂が美汐に聞く。
「えぇ。すぐに誰かに一目惚れしたらすぐに振られるの繰り返しです。もうすぐ200人突破するかと」
 美汐が淡々と説明する。
「そ、そうなのか……」
 御堂はちょっと矢島に同情した。
 
106運命の人:02/04/30 11:26 ID:dRxZHlwO
(3行空け)
「ほら、繭。服が汚れちゃうわよ」
 その後久瀬を除いた一行は夕食を取りに来ていた。
「ハァ……」
「あー、もう!矢島!いい加減にしなさいよ!そんな顔してたら食事が不味くなるでしょ!」
「真希さん、こうなったらしばらく放っておくしかないですよ」
 憤慨する真希を美汐がたしなめる。
「んで、結局の所見失っちまったわけだな。くーっ!良い酒だ!」
 御堂が三杯目の酒を飲み干しながら矢島に話しかける。
「そうなんですよ!彼女こそは俺の運命の人に間違いないとこの矢島の第6感が訴えたんです!」
「あんた、いつもそんなこと言ってるじゃないのよ」
 真希が繭の口元を吹きながらツッコミを入れる。
「うっ、で、でも今度は間違いないんですよ!姐さん!」
「みゅ〜、それでいつもふられるんだもぅん」
「ぐっ…、ま、繭ちゃんまで」
 肩に乗せたみゅーと戯れながら繭も矢島に対して容赦ないツッコミを入れる。
「ククク、こんなガキにまで言われちゃおしまいだな。姉ちゃん!酒もう一杯持ってきてくれ!」
 酔いのおかげか御堂も上機嫌だ。
「いいですよいいですよ。彼女は運命の人ですからね。きっとまたどこかで逢えるはず――」
 
「だからおめぇよぉ! 接近戦じゃ斧が最強だって何度も言ってんだろが!」
「斧の遅い動きじゃレイピアの素早い突きには敵いませんよ」
「んな細い剣、剣ごと叩き切ってやればいいんだよ!」
107運命の人:02/04/30 11:27 ID:dRxZHlwO
(1行空け)
「ん?何だぁ?」
 御堂が辺りを見回すと3つ程離れたテーブルで酔っぱらい達がケンカを始めていた。
「喧嘩みたいですね」
「酔っぱらいはどこも一緒ね」
 真希と美汐が少々呆れ顔で話す。
「あれ?矢島は?」
 喧噪に気を取られた間に矢島の席が空になっていた。
「トイレにでも行ってんじゃねーか」
「みゅ〜、矢島のおにいちゃんならあそこ」
 繭が指さす方を見てみると…。
「おー!やはり逢えましたね!運命の人よ!」
 盛り上がっている矢島と、
「瑞希ちゃん、この人の運命の人だったんだ。びっくり」
「何でそうなるのよ!」
 二人の少女が居た。
「……何やってんだ、あいつ?」
「……私に聞かないでよ」
「みゅ〜!」
 繭の声だけが妙に二人の耳に響いた。

【矢島 運命の人発見】
108名無しさんだよもん:02/05/01 22:36 ID:6nZKpz0Z
保全しとくね
109名無しさんだよもん:02/05/02 16:37 ID:mTfZYhG3
そろそろage
110名無しさんだよもん:02/05/04 18:21 ID:+8TKD9pn
susumanaine
111名無しさんだよもん:02/05/05 16:44 ID:bnLP41tU
めんて
112夜空に舞う少女達:02/05/06 01:49 ID:VGJGE/Mx
薄暗い通路に備え付けられた長椅子に座る魔術師達…
点呼がかかるたびに、右端から順に奥の闇へ消えていく。
すれ違いに奥からやってくる者は皆、ぼろぼろのローブをまとい、
今にも倒れそうなくらい疲弊していた。

「28番、桜井あさひ」
「あ、は、はは、はいっ!」
桜井あさひ…そう呼ばれた少女はいそいそとローブを羽織り、魔術書を携えて長い廊下を歩き出す。
途中、見慣れた顔に行き会う。
他の子と同じで、服は所々で破れ、焦げている。
「(この先に…何があるんだろう…)」
あさひは逃げたい気持ちを抑えて一歩一歩暗闇を進んでいく。

しばらく歩いていると扉に行き当たった。
『準備はよろしいですか?』
その扉はくぐもった声でそう告げる。
あさひはゆっくり深呼吸をして「はい」と、答える。
その言葉に反応して扉が開く…
扉の向こうは青白い光を放つ石壁でできた大きな部屋だった。
『只今より、黒魔術科・召喚術コースの期末試験を開始致します』
扉と同じ、くぐもった声が響く。
『試験内容は実技。3分以内に対象を撃破してください。対象はファイヤーエレメント三体…』
「…えっ?」
説明の通り、人の頭ほどの大きさの火の玉が三つ姿をあらわす。
多分、試験官が召喚したものだろう…
ファイヤーエレメントは本来、活火山などの火の気の多いところに棲んでいるモンスターだ。
113夜空に舞う少女達:02/05/06 01:50 ID:VGJGE/Mx
『何か質問は?』
「あ、ああ、あの…死んじゃったり…しないですよね?」
『……死なないように頑張ってください』
「そ、そんなぁ〜〜…」
『用意、始め!』



「…で、どうだったの?」
「ま、魔術書を開いて…呪文を唱えようとしたんですけど…」
「かんじゃったの?」
「……はい…」
あさひはため息まじりに答える。
…あの時、あさひは緊張のあまり呪文を唱えられず、
開始10秒後、ものの見事に一撃で張り倒されてしまったのだ。

「また赤点とっちゃいました…」
「大丈夫だよ。わたしも赤点だし」
「……………………」
「芹香先輩も赤点だって」
ルームメイトのあかりと芹香はフォローにならないフォローをする。
「えっ? でも…芹香先輩って…アカデミーでは優秀な―――――」
「違うよ、例のあの…」
「あっ! そっか…ごめんなさい…」
「…………」
「気にしてないです、だって」
114夜空に舞う少女達:02/05/06 01:51 ID:VGJGE/Mx
あさひとあかり、芹香は魔術アカデミーに通うルームメイトだ。
本来ならあと二人いるのだが、一人は現在魔術実習でレフキーへ行っていて、
もう一人はその人を追って二ヶ月30日前にここを飛び出していった。
まぁ、前者はもうすぐ帰ってくるのだが―――――

ガシャーーーーン!! ガタガタガタズカーーーーーン!!!

「あ痛たたた…」
「おかえりなさい、スフィー先輩」
「お、おお、おかえりなさい…」
「………」
いきなり窓を突き破り、床を転がり本棚に激突したピンク色の物体…
スフィー=リム=アトワリア=クリエール…彼女もまたこの部屋の同居人だ。
「そんなことよりっ!」
スフィーは落下してきた本をかき分けながら三人の顔を睨んだ。
彼女が気にかけていたのはもう一人のルームメイト、そして自分の妹の―――――
「リアンはどこ行ったのっ!?」
ややヒステリックに怒鳴ると、近くにいたあさひの肩を掴む。
「あ、あの…えっと…ス、スフィー先輩を追って……そ、その…レフキーに…」
「あの子ったら〜〜〜〜っ! 三ヶ月で帰ってくるってあれほど言ったのにっ!!
 リアンってあたしに似ておとなしくていい子だから、
 きっとどこの馬の骨かも分からん畜生にあんなことやこんなことをされて大変なことに…」
「あ、あの…スフィー先輩?」
「今すぐレフキーに飛ぶわよっ!」
「ええっ!? 私達も行くんですかぁ!?」
「当たり前じゃないっ! リアンを見張っておいてねって、
 あれほど言っておいたのに見逃したアンタ達にも責任はあるんだからっ!」
「でも、無断でアカデミーを出ちゃいけないはずじゃ―――――」
「心配ご無用。実はね、明日から秘宝探索の特別課題が施行されるんだけど…」
「「秘宝探索の特別課題??」」
115夜空に舞う少女達:02/05/06 01:53 ID:VGJGE/Mx
(改行なしでお願いします)
「それに登録してきちゃったってワケよ。もちろん、アンタ達もリアンもね」

特別課題とはアカデミーの教科のひとつで、普通の授業や試験と同等の評価がなされるものである。
この特別課題…ひとつ達成しただけで進級確実になるほど単位が稼げるものもあって、
現に、授業には全く出ずに特別課題をこなし続けて進級している生徒もいるほどだ。 が…
「……………」
「そうね、芹香の言う通りリスクは大きいわ。ターゲットが秘宝ならなおさらね。
 だ・け・ど…アンタだってかなりヤバイ橋渡ってるんじゃない?」
ぎくっ!
芹香の体がビクッと震える。
「確か、街の人をさらって実験体にしようとして現級留置処分になったとか…」
「…………………」
「そんなこと言ってもアカデミーは許しちゃくれないわよ、
 今年中に卒業したかったら、それなりに結果出さなくっちゃダメよ」
「………」
「で? 芹香は行くの? 行かないの?」
芹香は消え入りそうな声で「行きます」と答えた。
「よし! あかりは?」
「…う〜ん、レフキーかぁ…行こうかな? 逢いたい人もいるし」
「あさひは?」
「えっ? あ、あの…えっと……その……」
いきなり決断を迫られ、慌てるあさひ。
しかし答えは決まっている。
スフィーの力にもなりたいし、リアンのことも心配だ。
…それに、単位を落として留年することはどうしても避けなければならないことだった。
「…わ、わたしも行きますっ!」
「決まりね。それじゃあ40秒以内に支度して出発よっ! 
 あかりとあさひはもう2年生だからホウキくらい使えるわよね」
「えっ!? レ、レフキーまでホウキで行くんですか!?」
116夜空に舞う少女達:02/05/06 01:53 ID:VGJGE/Mx
(またまた改行なしで…)
「当たり前でしょ! 今は深夜だからホウキで行けば昼頃には着くわ」
「と、途中で落ちちゃいますよぉ〜…」
「あたしと芹香が引っ張ってくから大丈夫よっ! ホラ行くわよっ!」
弱音を吐くあさひの腕を引っ張り、強引に連れて行こうとするスフィー。

かくして、4人の魔術師(のタマゴ)達は、ホウキにまたがりホワールの夜空へ消えていった。
自分達が複雑に交じり合う運命の歯車のひとつになってしまったことも知らずに…

【スフィー   魔術師見習い 3年生】
【来栖川芹香  魔術師見習い 3年生】
【神岸あかり  魔術師見習い 2年生】
【桜井あさひ  魔術師見習い 黒魔術科・召喚術コース 2年生】
【秘宝探索特別課題の詳細は不明】
1171 ◆mYCw53h6 :02/05/06 01:58 ID:VGJGE/Mx
ども、1です。

…いわゆるトンデモ設定満載ってやつですね(ぉ
いえ、ただ単にこういう系のを書きたかっただけですからNGになってもいいです…

決して悪邪魔除の影響ではなく(以下省略)
118因果応報:02/05/06 03:21 ID:mbagBBA6

 道は、山道に差し掛かかる一歩手前、という処――。

「……昔、とある人が言ったんだ。"何故、山に登るのか"と。そしたらそいつは何て言ったと思う?」
「"そこにやまがあるからだ"でしょ? そのぐらいいまどき、よーじょでもしってるよ」
「そっかぁ? いやいや、さいかちゃんは博識だな〜」
 それほどでもないよー、と満更でもない様な仕草で微笑むのはご存知の通り。しのさいか(美少女)である。
「なに、くだらない事言ってるんですかっ。遅れた分を取りかえなさいといけないんですよ。だらだら歩いてないで少しは急いでください」
「……おいおいおい。栞、栞、しおりちゃんよ〜。まだ旅は始まったばかりだぜ〜? もちっと気楽に行った方が後後楽楽だぜ」
「そうだよー。それにそんなにおこるとおはだにしわができちゃうよー?」
「……っ!! 余計なお世話ですっ。それに誰のせいだと思ってるんですか」
 ぷんぷん、と頬を膨らませそっぽを向くのは美坂栞(病弱)だ。

「……って、何してるんですか?」
 栞がまるで、辛いモノをおいしそうに食べる人を見た時の顔をした。
「あ……? 何、って決まってるだろ。今日はここで野宿って訳――っておいおい。そんな顔するなよ。もう既に日もかなり落ちてる。今日はこれ以上進むのは無理だ」
 言って、ちらっとさいかの方に視線を送る。確かに、その言い分は正しいのだろう。流石の栞も閉口するしかなかった。まぁ、ついでに付け加える事があるとするならば。
 本日、実に、三十七度目の溜め息が生まれた事だろう。

 ゎぁぃ、のじゅくのじゅくー、と、何が嬉しいのか――それとも開き直っているだけなのか――いやはや、とにかくそんな調子で騒いでいたさいかも今は、ぐっすりと規則正しい寝息を立てている。
 ゆらゆらと、ゆらゆらと。中心に位置する炎がゆれている。
 砕いたガラスの破片が散った様に、きらきらと夜空に星達が輝いている。
 そんな何時もと変わりない夜空の下で、二人の男女が炎を挟んで座っていた。その傍に可愛らしい寝顔の少女が旅荷物を枕代わりにしていた。
119因果応報:02/05/06 03:24 ID:mbagBBA6

「……………」
「……………」
「…………………」
「…………………」
「…………なぁ」
「は、はぃ?」
「明日もはやいだろ。そろそろ寝たほうがいいぞ」
「……えっ!? あはは、そっ、そうですね。そうさせていただきます」
「……ああ。俺はもう少し見張っておくから安心して眠ってくれヨ」
「ぁ、はい……」
「おやすみ」
「………ぉ……おやすみなさい……です」

 ゆらゆらと、ゆらゆらと。中心に位置する炎がゆれている。
 栞はその炎の向こうに見える男を薄目で見ていた。その男は白銀の剣を抱く様に座っている。時折、両の拳を握ったり、開いたり、している。
 要するに、金――といっても、実際には払ってもいないし、脅迫にも近い行為――で雇われた男を簡単には信用しない、という事か。もちろん。栞もこういう事態を予想していなかった、訳ではないのだろけど。
 いやはや。恋は盲目、とはよく云ったモノである。

 しかし、旅の疲れや、元々の虚弱体質の所為もあるだろう。それほど長い時間も経たぬ内に栞は可愛らしい寝息を立て始めた。
――それでも。
 ゆらゆらと、ゆらゆらと。ゆれる炎が消えるまで意識を保っていた彼女は、称賛に値しただろう。
 尤も、当の彼にはその気など露程にも無かったが。
120因果応報:02/05/06 03:25 ID:mbagBBA6

「うあ〜。あれがほわーるってとしだよねー」
「ん? ああ。そろそろ見える頃だと思ってたよ」
 あれから拍子抜けする程、何も起こらなかった。山賊やら、獣。それと、オオカミさんも。まるで誰かに一掃されたかのように。襲われる事はなかった。取り合えず、二晩をこなし、目的地が見えた今現在までは。
 それについては住井も首を傾げるばかりだった。――折角、体の調子もこの上なくいいというのに。
 まぁ、道中の険しさもそれなりだったが、乗り切れないという程でもない。だからこうして、三人一緒にいられる訳だ。それに、住井が途中でさいかや栞の荷物を代わりに持ってやったりもした。

「あそこに彰先生がいるんですね……」
 と、呆けたような呟きが漏れた。無意識に解き放れたが故に、あらゆる感情が詰まっているような声だった。

 草原を駆ける風が全身を舐める様に吹き抜けて行く。
 遠目に見えるその、古めかしい都市が重苦しい重圧感を与えてくる。
 何より――あの人がいる……っ。

 それだけで美坂栞にとっては胸が締め付けられる想いだった。


――だが、そんな想いも……。

「ちっ……二人とも下がってろっ……」
「す、すみいー」

 その緊迫した声で栞は気付いた。自分達を囲む、狼の群れに。
121因果応報:02/05/06 03:30 ID:mbagBBA6

 青臭い話だが、住井はこの旅にちょっとした使命感を覚えていた。
 そりゃ、見知らぬオネイサンに宝石は貰ったけれども――彼には宝石に興味も価値も見出せなかった。
 それにその宝石を売ったとしても、この旅の危険を考えれば割に合わないと思っていた。
 まぁ、その代わり――というのもなんだけれども――命の恩人の彰や、その義妹。更に、彰を慕う健気な少女。そんな奴等の為に一肌脱ぐってのも悪く無い、と思い始めていたのだ。


「住井さんっ」
 栞が怯えた様子で背後に寄るのが住井には気配で判った。
 すみいまもるー、と彼にぎゅ、っとしがみついてくる少女がいる。

 護。そう、護。彼の名前は――住井護。彼女達を護る為に彼は此処に立っている。

 どこかゆっくりとした、淀み無き動きで、住井は背中の白銀を抜き放った。
 そして一歩前へと出る。唸り声を上げ、取り囲む狼の数は十以上。
 だが、問題無く、殺れる。例え二人を護りながらでも。そう思っていた住井だが――
「す、すみいー。こ、ころさないで、あげてね……」
――それはこの言葉を聞く前の話だった。

「おいおいおい。それは……ちぃーとばかし無理っぽいお願いだぜ……?」
122因果応報:02/05/06 03:34 ID:mbagBBA6

 致命傷を与えず、この数の狼を蹴散らす術など住井は持っていない。
 持つ必要が無いから。ましてや今回は、お荷物が二人もいるのだ。
 だが、こうしている間も住井が牽制しているからこそ狼の群れは襲い掛かってこないのである。

「ふーっ。栞ちゃんからも何とか言ってやってくれよ……」
「……ぇえっと。じ、実は私もあんまり血は見たく、ない、です……」
「……ちぇっ。いやー、参ったね。そういう綺麗事も。嫌いじゃない……けど、さ」
 じりじりと後退しながら時間を稼ぐ。それももう限界に近い。
「あ、あのですね。図鑑で見たんですけど、狼って獣は毒性の牙を持ってたり、群れの中にリーダーがいて、頭も良くて、チームワークが――」
「図鑑で見た知識ねぇ……役に立つのかい? それ」
 その遮る様な問いは、侮辱ではなく好奇心から発せられた言葉だった。その言葉に栞はええ、今も旅荷物に入ってますけど……、と応えた。
「持ってきてんのかよ……そんな重たそうなモンが荷物……に?」

『野犬とかに襲われたら使いなさい』なんて言葉を、宝石と青いビー玉と共に受け取った気がする。そいつは確か……荷物の中に――

「――お、おい。二人とも! 俺の、その、転がってる荷物の中から青いビー玉を取り出してくれっ」
「えっ!? 青いビー玉って、もしかして、お姉――」
「なんでもいいからとにかくはやくっ!!」
 何か思い当たる節でもあったのか、言い淀む栞を住井が急かす。

――その一瞬。住井護の注意がそれた。

 その隙を野生のケモノが逃すハズも無く。牽制に踏み止まっていた、五、六匹のケモノが一斉に襲い掛かってきた――。
123名無しさんだよもん:02/05/06 03:56 ID:mbagBBA6
【住井護/前線で踏ん張る/「殺さないで」という願いをまもるか、まもらないか】
【しのさいか/怯えてます】
【美坂栞/青いビー玉の事を知っている様子(どの程度かは不明)/図鑑による知識もある程度修得済み】
【狼/少なくとも十以上】

お話としては「洛葉。」の続きです。

寝ぼけ頭で書いたのでなんか重大な見落としがあるかも知れません(マテ
でも、聖センセの事はちゃんと覚えてます……事が済むまで出したくないというのはエゴですかw
因果応報ってのは言い過ぎかな、と思いつつ、
変なところがあったら、指摘お願いします。
124魔+法=魔法:02/05/07 00:14 ID:JgZx2VdK
「コレ、コレ見てよ!」
 嬉々として佳乃が取り出したのは、辞書みたいなとても分厚い古ぼけた本だった。
 受け取ってペラペラとページをめくってみると、相当古い物なのか、ページは黄ばんでいて、所どころ破けてすらいる。
 そして、要所要所に色とりどりのペンでアンダーラインが引かれていた。どうやら佳乃の愛読書の様ね。
「その本はねぇ、ホワールの封印図書館で見つけたんだよぉ。それに魔法の事が書いてあるの」
 ――図書館の本は、借りたらちゃんと、返しましょう。
「それでねぇ、魔法っていうのは、魔と法を合わせる事によって発動するの」
 色々と語りだした佳乃の説明を聞き流しながら、魔法のページを探してみる。
 ページはすぐに見つかった。よっぽどそこだけ読み込んでいるのか、ページがかなり痛んでいた。
「あ、これね」
125魔+法=魔法:02/05/07 00:15 ID:JgZx2VdK
【魔法】:魔法とは、古の失われた偉大な力である。
     魔法は、魔と法を合わせる事により発動する無限の力。
     術者が望むものはなんでも叶える事ができたという星の記憶を司ると言われた翼人にも匹敵する力であった。
     かつてはこの力によって今より遥かに高度な文明が存在していた。
     しかし、その巨大な力は争いを生み出す素にもなり、翼人の怒りに触れ、その文明は大陸と共に海に沈んでしまったのである。


「魔と法を合わせて魔法ねぇ……そのまんまじゃない」
「ね?」
「ね?って言われても…これ信じてるの?」
「だって、ホワルバの封印図書館だよ!?とっても有名なトコなんだからぁ」
「そうなの?でも、これって伝記とかそんな類の物よね。全部が全部、本当じゃないんじゃないかしら」
「でもでも、ありえないとは言い切れないでしょぉ?」
「それに、この魔と法を合わせるってどういう事なの?」
「ふっふっふ、それについてはすでに調査済みなのだよ、ワトソン君」
 ワトソン?
「魔術って知ってるかなぁ?」
「知ってるも何も、さっきあなたから散々聞かされたじゃない」
「じゃあ、法術って知ってるかなぁ?ワトソン君」
 まだ名前間違えてるし。
「ホウ…術?何なの、それ?」
「つまりねぇ、法術っていうのは……」

 ガチャーン!チャーン!
 突然、食器が割れる耳障りな音が鳴り響いた。
 見ると先程の酔っ払いの喧嘩がヒートアップしているらしく、今や食器が空中を舞う状態になっている。
 まったく、こっちにか弱いレディーがいるってのに、何考えてんのかしら?
126魔+法=魔法:02/05/07 00:16 ID:JgZx2VdK
「こんなトコ、早く出ましょ。佳乃ちゃん」
「まだ話の途中…」
「いいからっ!」
 あんまり頭に来たのでとっとと店から飛び出そうと佳乃の手を取ったあたしの前に、誰かが立ちふさがった。
 若い男の人、和樹よりももっと若いかな?ルックスもまぁまぁな、そんな人だった。
 だけど、その口から飛び出した言葉に仰天されられたのだ。
「おー!やはり逢えましたね!運命の人よ!」
「へ?」
 ――時間が、止まった。数秒ほど。
 あたしも佳乃も、あまりの突然の事に口をあんぐりと開けてしまった。
 やがて、しばらくして佳乃が動いた。
「瑞希ちゃん、この人の運命の人だったんだ。びっくり」
「なんでそうなるのよ!」

「じゃあお知り合い?」
「……初対面よ」
 そんなあたしと佳乃の間にその男は割り込んできて、
「しかし、初めて会った気はしません。僕はずっと貴方の事を夢見てきたのですから」
 と、のたまった。何?なんなのこの人?
「一目見た時から、貴方の瞳にフォーリンラブ」
 やだ、この人、目がイっちゃってる時の大志にそっくり。
「い、いこっ。佳乃ちゃん」
 怖くなって、慌てて逃げ出そうとした、その時、
「みゅ〜!」
 謎の奇声と共に、あたしの髪は容赦無い勢いで後に引っ張られた。
「きゃう…」
 コキッ
 そんな乾いた音をたて、あたしの首が、脊椎が、軋んだ。
127名無しさんだよもん:02/05/07 00:21 ID:JgZx2VdK
「運命の人」を書いてくれた人の続きになります。
ミスりました、すいません。ホワルバじゃなくてホワールです。
無駄に伏線を増やしまくってますが、うまく回収できて、色んなキャラと絡められたらいいなぁとか。
まだ動いてすらいませんが(汗
矛盾点などがあったら、指摘お願いします。
1281 ◆mYCw53h6 :02/05/08 01:10 ID:svQ6VTOH
すいません…
>>114の頭から3行目の

【誤】もう一人はその人を追って二ヶ月30日前にここを飛び出していった。

を、

【正】もう一人はその人を追ってここを飛び出していった。

に訂正お願いします…
二ヶ月30日前は蛇足でしたね、すいませんでした…
129青空の下で(1):02/05/08 02:33 ID:fOMXX9p3
 聖女とか女神とか。そう呼ばれる女性は、どんな姿をしているのか。
 普通の人はこう想像するだろう。
 裾の長い純白のローブを纏い、流れる髪を優美だが派手ではない髪飾りで止め、
 静々とたおやかに歩き、常に笑顔を絶やさない。
 間違っても、活動的な丈の短いショートパンツははかないし、
 夕焼けを映したような派手な朱色のマントは着けないし、
 背丈よりも長い巨大な剣を背負っているところなど、想像もしないだろう。

「ん〜。いい天気」
 朝日に向かって、彼女、天沢郁未は大きく深呼吸をした。
 とある行商人のキャラバンに『傭兵』として雇われて、もう三日になる。
 その間さしたる事件もなく、郁未は久しぶりに『俗世』の風を満喫していた。

 自分がフィルムーンに出向く、と言ったとき、意外にも葉子は賛成した。
 内心反対すると思っていた郁未にはやや意外だったが、そんな郁未に葉子は微笑を浮かべる。
「止めてもいかれるのでしょう?郁未さんは決めたら絶対に諦めませんから」
 こうしてFARGO宗団の聖女は一人旅立つ事にしたのだった。
130青空の下で(2):02/05/08 02:34 ID:fOMXX9p3
 彼女ほどの存在が一人旅と言うのは無用心に思えるかもしれない。
 FARGO宗団は独自の組織があるし、その中には勿論護衛専門の部もある。
 だが、郁未を始め、新宗主直属のテンプルナイト達は全員護衛なしの単独行動を好んだ。
 理由を一言でいうと、面倒だからだ。色々と。

 キャンプに戻ると、既に朝食が始まっていた。
「ほれ、ねーちゃん!」
「ありがと」
 放り投げられた硬いパンを片手で受け取ると、そのままかぶりつく。
 郁未はけして粗野でも、それが好きなわけでもないが、上品に食べるのが好きと言うわけでもない。
 要は、栄養を取る事だ。食べ方はその場で一番適したものでいい、郁未はそう思っている。
 食事後、郁未は自分の荷物の側に立てかけておいた、背よりも長い大剣を手に取る。
 以前、FARGO宗団に乗り込むとき、携帯したのがこの大剣だった。
 それまでは運動神経が良かったぐらいで、他は普通の女の子であった(と本人は強く主張している)郁未が大剣を武器として選んだ理由は、小手先の技術が要る武器より力と速さが重視される武器だから、そして何よりハッタリが効くからである。
 傭兵としてもぐりこめたのも、そのハッタリが効いてくれたおかげだ。
「ここまで来れば、レフキーは目と鼻の先だ。今回の旅は楽だったな」
 傭兵の誰かがそんな事を言っている。自分の目的地はその先のフィルムーンだが、一日ぐらい、レフキーで休むのもいいかもしれない。
 いずれにしても、旅はまだ続く。
「この旅の果てに、お母さんがいる…なんてね」
 郁未は口の中で呟きながら、青空の下を歩き始めた。
131青空の下で(3):02/05/08 02:35 ID:fOMXX9p3
 葉子は彼女の愛しい人の部屋に入った。
 そこにいる筈の姿がないことに、寂寥感を感じながらも、周囲を見回す。
 綺麗に掃除された部屋。塵一つないのは一重に敬虔な信者のおかげである。
 刹那、ひゅう…と風が吹き、カーテンなどを揺らした。
 見ると、バルコニーに続く窓が開け放たれている。
 バルコニーに出ると、そこには。
「いい天気ね。こんな日にまでお仕事なんて本当にご苦労様」
「危ないから、降りてください」
 葉子は、手すりの上に座って遠くを見ている『彼女』に向かって言う。
 『彼女』はフッ、とどこか皮肉げな笑みを浮かべた。
「心配しなくても、こんな姿、葉子さん以外に見せないわ」
「私は危ないから、といいました」
 葉子の声は、どこか冷たい。郁未に対するそれとは、180度方向が違う。
 それがわかってかわからずか。『彼女』は身を躍らせると、手すりの上に立った。
「葉子さん、何故『郁未』の外出を許可したの?」
「…意味がわかりません」
「葉子さんの気持ち、『私』はわかっているわ。『郁未』は認めようとしていないけどね。
 その葉子さんが、『郁未』を手放した…」
「郁未さんはすぐに戻ります」
「まあ、いいわ。私は『郁未』の影だから。影だから、何も知らないでいてあげる」
 『彼女』は妖艶な微笑を浮かべると、ふわりと手すりから飛び降りた。
 体重がないような軽やかさでバルコニーに降り立つと、部屋の中へと入っていく彼女。
 それを見送りながら、葉子は呟く。
「二重体…か」

【天沢郁未 宗団を出て一人旅。結構マターリ】
【鹿沼葉子 何か企んでる?】
【『彼女』 詳細不明】
132名無しさんだよもん:02/05/08 02:36 ID:fOMXX9p3
というわけで、『青空の下で』をお送りします。
『郁未』を宗団から出してみました。で、そのお留守番を『彼女』がすることになります。
『郁未』と『彼女』の関係は…バレバレですが…お任せします。
そう言えば、少年もフィルムーンに向かっているんですよね。
一波乱あるかも。
133名無しさんだよもん:02/05/08 10:02 ID:AlTys4MB
メンテっと
134長瀬なんだよもん:02/05/08 16:48 ID:WtvM5wyC

「……以上で、報告を終わりに致します」
 淡々とした口調で、茜は水晶球に告げた。
 水晶の玉はしばらく躊躇ったように沈黙してから、茜に訊ねる。
「それで、あなたはどうするつもりなのですか?」
「………」
 茜の沈黙が、何よりも雄弁な答えとなって、声の主にその内心を知らせていた。
「帝国へ向かうのですね」
「……はい」
「しかし、素直に話して、彼女の体を返してもらえるとは思えませんが」
「その時は……私にも考えがあります」
 静かな決意を秘めた口調に、水晶球は再び沈黙する。
「澪は、私の大切な友達です。
 公然の秘密とはいえ、魔族が国家に介入しているという事実は、帝国に対し、抑止力になるはずです。
 帝国も、そう表立って行動できないでしょう」
「……わかりました。上には私から話しておきます」
 制止される事を覚悟していた茜は、拍子抜けすると同時に、この物分りのいい上司に感謝した。
 水晶の玉の向こうでは、おっとりした優しそうな女性が、微笑んでいる。
「ありがとう、ございます……神岸ひかりさん」
「どう致しまして。それでは、通信を終えますね」
 神岸ひかりは大きく頷くと、向こう側で手をかざした。
 次の瞬間、部屋に満ちていた水晶玉の明りは消え去り、深い闇に取って代わる。

 茜はひとつため息をつくと、首を振って地下室を後にした。
135追跡者たちの諸事情:02/05/08 16:51 ID:WtvM5wyC

「……いよっ、宿の方は見つかったぞ」
「……」
 アカデミー直属の魔法研究所を出て、突き刺さる日差しに目を細めていた茜は、聞き覚えのある声にたじろいだ。
 もっとも、彼の方は少しも動じた様子は無く、平然と茜を見下ろしている。
「なんだ? ああ、心配するな、一応普通の宿だから。 最高級ホテルとまではいかないが、そこそこの……」
「そんな事を言いたいのではありません」
 きっぱりと否定する茜に、明義ははたと手を打った。
「おお、金の事なら心配するな。 そんなに高い場所じゃない。 あ、一応ワリカンだぞ」
「……お金の事でもありません」
 茜は深い溜息をついて、このけろりとした男の顔をまじまじと見詰めた。
「あなたはどうしてここにいるのですか?
 私はこれから、澪を救出しに、帝国に向かうのですよ。それに付いて来るなんて、到底利口とは言えません」
「おいおい、そりゃないだろ。俺も一応、『仲間』なんだぜ?」
 おどけたような口ぶりの明義だったが、その目は鋭い眼光をたたえていた。
「仲間を助けるのは、冒険者として当然の事さ。例えそれが、パーティを組んで一日と経ってない相手でもな」
「しかし……」
「議論はここまで。あんたが何を言おうとも、俺も澪を助けに行く」
 きっぱりと断言する明義に、茜は何も言えなかった。
「それにさ、俺一度帝国に行ってみたかったんだよ。何でも、凄い美女がいるらしいぜ〜」
「………あなた、本当に馬鹿ですね」
 複雑な表情の茜に、明義は片目をつぶって見せた。
「冒険者は馬鹿じゃないとやってけない商売なんだよ。さて、宿で作戦会議とでもしゃれ込むか」
 飄々とした明義の態度に、茜は苦笑するしかなかった。
 そしてそれは、澪がラルヴァに奪われてから、初めて見せる茜の笑みでもあった。
136追跡者たちの諸事情:02/05/08 16:53 ID:WtvM5wyC


 明義が見つけた宿は、少し奥まった場所にある、こなれた感じの佇まいだった。
 だが、そこには意外な客が二人を待っていた。
「あなたは……!?」
 紫の髪の、長身の美女。
 危険な香りのする美貌に、鼻の下を伸ばす明義とは対照的に、茜の表情にさっと緊張が走る。
「お久しぶり……といっても、まだ一日と経っていないのだけれど」
 艶然と微笑むルミラ・ディ・デュラルに、茜は強く自分の手を握り締める。
 とっさに頭の中をよぎったのは、自分たちの戦力分析だった。
 明義は戦士、自分は白魔術師だ。
 ルミラは一目で魔族、それもかなりの高位だとわかる。
 事実、澪を攻撃した時の術は、茜が知るどの魔術とも違っていた。
 そして、魔族として生まれた者に与えられる、天性の身体能力。

「……用件はなんですか?まさか私に仕返しに来た、というのではないでしょう」
 数の上では2対1だが、戦力からすれば圧倒的不利だった。
 茜は自分の下した冷静な判断に苛立ちながら、静かにルミラに問う。
「さすが、物分かりがいいわね。私の提案はただひとつ……一時的に手を組まないかしら、という事」
「あなたと?」
 薄々予感はしていたものの、茜はしばし考えをめぐらせる。
 だが、茜の返事を待たず、ルミラは言葉を続けた。
「あの時は、互いの立場の違いから敵対してしまったけど、目的はそう違わないと思うの」
「………」
「どうかしら、損な取引じゃないと思うのだけれど」
「そりゃあもう、あなたのような美人なら、いくらでも大歓迎……っつ!」
 調子のいい明義のつま先を踏ん付けて、茜は探るようにルミラを睨み返した。
137追跡者たちの諸事情:02/05/08 16:57 ID:WtvM5wyC

「……確かに、私達のパーティが戦力不足なのは否めません。
 個人の感情はどうあれ、あなたがパーティに加わる事は、大きなメリットでしょう。
 ですが、あなたにとってのメリットは何なのですか?」
「おいおい茜、そりゃ、彼女はラルヴァを倒したいからなんだろ?」
 きょとんとした明義に、茜は首を振った。
「いいえ、ただラルヴァを倒すだけなら、私達などいなくても、彼女独りで充分でしょう。
 むしろ、澪を傷つけたくない私がいる事で、逆に逃がしてしまう可能性も出てきます」
 それが、初めて茜とルミラが出会った時の事を言っているのだと気付き、ルミラはにやりとする。

「そう、確かにあなたの言う通り。私は頭のいい子は好きよ。
 私が魔族で、ラルヴァと敵対するものだという事は、あなた達はもう知っているでしょう?」
 茜が首を縦に振るのを見て、ルミラは満足そうな笑みを浮かべた。
「魔族には、人間の国家に干渉してはならない、というルールがあるの。
 ラルヴァ達がそれを破っているのは公然の秘密なのだけれど、残念ながら証拠が無い。
 そして、ラルヴァが帝国に隠れている以上、私達魔族は、彼らに手出しができないのよ」
「なぁるほど、一種の治外法権なんだな。領事館に逃げ込む犯罪者みたいなもんか」
 合点がいった明義に、ルミラは苦笑しながら頷いた。
「……わかりました。あなたが必要なのは、『口実』なんですね。
 『帝国に干渉する魔族』ではなく、『仲間を救いに来た冒険者』である必要がある……」
「彼女の救出は、あくまで『個人の問題』ですものね?」
 ようやくルミラの目的がわかり、茜は少しほっとした。
 だが同時に、デメリットの可能性にも気付く。
 確かに口実にはなるだろうが、それは上手く行った時の話だ。
 もし失敗しても、その理由では免罪符にはなりえない。
138追跡者たちの諸事情:02/05/08 16:59 ID:WtvM5wyC

「政治の話は、ややこしくていけねぇな……」
「政治ゲームは、結局の所、化かし合いですから」
 頭を抱える明義に、茜もルミラも苦笑した。
「それで、私の申し出、受けてくれるのかしら?」
 面白そうなルミラに、茜はたっぷりと間を取ってから、頷いた。
 個人の感情はどうあれ、理性的に考えればこれ以上は無いくらいの、戦力強化である。
 澪を助ける為ならば、例え神でも悪魔でも、利用できるものは利用する……茜はそう心の中で呟いた。
「……ただし、条件がひとつ。 今後一切、澪に危害を加えない事を約束していただけますか?」
「ええ、わかってるわ。ラルヴァの剥離方法は、あなたの方が詳しそうだし」
 案外簡単に、ルミラは茜の申し出を承諾した。
 そうなれば、茜にも、そして勿論明義にも、異論のあるはずもない。

「よーし、そうと決まれば、宿に入って昼飯といこうぜ!俺、もう腹が減って……」
 せかせかと茜とルミラの背を押して、宿の中に入ろうとする明義。
 それに押されながら、茜はそっとルミラの顔を盗み見た。
 まだ何かある、そう茜は直感した。
 それが何かはわからないけれど、まだルミラは、自分のカードの全てを明かしてはいない。
(……構いません、私はただ、澪を無事助ける事だけが目的なのですから)
 何より、切り札を隠しているのは、ルミラだけではないのだ。


【神岸ひかりアカデミーのメンバーで、茜の上司】
【ルミラ、茜と共同戦線を張る事に】
【3人は帝国へと向かう】
139暗愚なる闇:02/05/08 23:22 ID:v7Cxn2SJ
 ニノディー城。
 大河タクティカの河畔に聳える、優美さより重厚さを備えた城。
 丘の頂より南方のレフキー街道を睨む、帝国の城門と呼ぶべき要害。

 その外観はしかし、さながら廃城の様相を呈している。

 その双塔城門は黒く焼け爛れ、外城壁や塔の一部は崩壊していた。
 城内の至るところに赤黒い染みが残り、周囲を歩けば人骨を踏み砕くことも珍しくはない。
 レイスやワイトなどのアンデッドと化した魂魄が憑りつく一部の部屋は、それを払う事もできずに厳重な封がなされている。

 この城砦が、わずか半年の間に二度の陥落を経験してからまだ二年。
 当時の爪痕は、共和国がそうであるのと同様に帝国にもまだはっきりと残っている。
 城の復旧作業はこの二年の間ずっと続けられているが、主戦場となった領内の復興、喪失した兵力の再建など金のかかる事業は他にいくらもある。
 帝都からの財政支援を受けても、戦前のような佇まいをこの要塞が取り戻すのは容易な事ではなかった。

 そんな、遅々として復旧進まぬニノディー城ではあったが、外城壁のさらに外に建築された領主の城館だけは、いち早く再建がなされていた。
 領主の城館は、その地の領主の権威を内外に誇示する最大のステータスだ。
 その再建が最優先事項とされるのは自然とも言える……とは建前上のこと。
 実際のところ、度の過ぎた享楽主義者で知られる橋本辺境伯が、他の全ての事項を省みずに自らの生活を取り戻す事を優先したに過ぎない。
 いつ再度の戦争があるとも知れず、城砦の整備を最優先にすべしとの岡田たち重臣の意見はついに聞き入れられる事もなく、莫大な予算を投じてこの城館は再建された。

 先の戦争で帝国が影響下においた、グエンディーナより招聘した建築家が設計したこの城館は、投じられた巨額の費用に見合ってそれは華麗な外観をしている。
 純白の壁面にはガディム神話を描いた巨大なステンドグラスが彩りを加え、高々と天に聳える数多の尖塔は、いずれも戦争にはとても堪えない繊細さを備えていた。
 城館の正面には庭園が広がり、城壁や濠などの防御施設はまるで見られない。
140暗愚なる闇:02/05/08 23:23 ID:v7Cxn2SJ
 果ては館内に長大な廊下が設えられ、階段もまた螺旋でなく平階段となっている。
 これは、このニノディー城館の他には芸術面での天賦の才を知られる大庭詠美女王が設計した、共和国新王宮だけに見られるものだ。

 直線状の廊下、平階段は敵の侵入を容易にする。
 細く高い尖塔は、投石機や攻城砲の攻撃に対して抵抗力を持たなかった。
 水濠や城壁を持たぬことにいたっては、説明の要もあるまい。
 要するに、その設計はまったく戦争の用に供する事を考えられていないのだ。

 帝国本土の宮廷生活に慣れ親しんだ青年貴族は、帝国への貢献よりも民の生活よりも、自らの生活の快適さを選んだのだった。



 大小優に100を超える部屋を持つその城館の中央、最も高く最も大きな塔の内部に、領主の寝室はあった。
 重々しく巨大な黒壇の扉の前に、儀礼用の赤い制服に身を包んだ儀杖兵が二人。
 その分厚い扉を超えて、彼らの耳に届くのは、ぎしり、ぎしりとリズミカルな夜具の軋む音。

 日も高いうちから領主たる者が勤しむ行為の情けなさに、はぁ、と一人がため息を吐いた。

「……岡田様たち、早く帰って来ないかな」
「職務中だ。私語は慎め」

 ハルベルトを掲げたまま微動だにせず、愚痴る同僚を淡々とたしなめる今一人も内心はあまり穏やかではない。
 帝都からの目付け役とも言うべき三銃士が城を空けている今、橋本は乱行としか言いようのない生活を送っている。
141暗愚なる闇:02/05/08 23:23 ID:v7Cxn2SJ
 いや、浪費癖いつものことだし、女癖の悪さも今に始まった事ではない。
 多少度は酷いが、やっていること自体は普段と同じだ。



 だがしかし、あの女は……



「…………」

 言いようのない不安に狩られ、二人の儀杖兵は思わず顔を見あわせる。
 背後を振り向いた二人の視界を遮るのは、分厚くどこか無機的な黒壇の扉。

 今や、その扉は物理的な境界であるだけでない。
 主君と臣下の間を心理的にも隔てる境。それがこの、ニノディー辺境伯の寝室がもつ本質なのである。




142暗愚なる闇:02/05/08 23:24 ID:v7Cxn2SJ
 人は、どんな時に生きているという実感を感じるのだろう?
 俺は、かつてどんな時に生きる実感を感じていたのだろう?

 豪奢な夜具の上に仰向けに横たわる橋本は、ぼんやりと、生気のない瞳で鮮やかな天井画を見上げていた。

 生。あるいは若さ。
 鋭気に満ちた肉体と精神から迸る、情熱の奔流。
 生きとし生ける者、全てにとって限られた 

 今となっては、彼には思い出せない感覚だ。

 それは決して橋本が老成した存在、ということを意味しない。
 つい先日まで、彼は若さの一側面である情愛と愚かさの化身のような存在だった。

 怠惰にして情熱的。活力的な退廃。

 帝都の宮廷にて多くの貴婦人と浮き名を流し、芸術にあるいはたわいもない遊戯に湯水のように金を費やす。
 或いは秋の野山に数多の侍臣や猟犬を伴って獣を狩り、夏の暑い夕にはタクティカ河に大船を浮かべて仮の別荘ともした。
 この豪奢で無駄の多い城館は、そんな彼の若い本質の表象と言っても良い。
143暗愚なる闇:02/05/08 23:25 ID:v7Cxn2SJ
 全てが変わったのは、傍らで妖艶な笑みを浮かべるこの新たな愛妾が現れてからだった。

 こと性の営みに於いて、貴婦人たちとの間で『鍛錬』を積んだ彼は自らが愉しみ、相手も愉しませる技巧は人並み以上に備えている自信があった。
 だが、この女が与える快楽は……今まで自分が味わってきたそれを、はるかに隔絶したものだ。
 そこには、橋本からの働きかけはいっさい必要がなかった。
 腰、指、乳房、口、そして秘部。
 彼女は躯の全てを使い、ただ横たわるだけの彼を頂点に誘う。

 彼女にただ与えられる快楽は、彼が与えそして与えられる快楽の何倍も心地がよい……

「……底知れない堕落の泥床か……」

 そこに耽溺するのも、また一興だ。
 笑う形に口許を歪め、ぐいと女の肩を抱き寄せる。
 そして有無を言わせず女の唇を奪った。

 乱暴極まりない橋本の扱いに、抗うこともなく女は口中へと差し込まれた舌におのれの舌を絡める。
 そして二人はそのままベッドの上に折り重なる。この数週間、朝も昼も夜もそうであったように。
144暗愚なる闇:02/05/08 23:26 ID:v7Cxn2SJ
 女の乳房を貪る橋本は、彼女の虚ろな瞳の奥底に光る、鈍く冷たい輝きに気がつかない。
 気が付くはずもない。彼はすでに彼女の……その存在の術中に落ちて
 その光は、生まれながらに声を持たず、今また心まで囚われた少女の瞳に宿るそれとまるで同じものだった―――


【橋本 女の傀儡】
【 女 正体不明?】


 Uスレの1。いろいろやろうとしてことごとく失敗しますた(;´Д`)
 ツッコミどんどこよろしくお願いします。
145生物兵器:02/05/09 01:31 ID:uuYLrVnK
リフキーとフィルムーンを結ぶ街道の林
心地いい木漏れ日を浴びながら拓也と源五郎とマルチは歩いていた。
この調子で行けば夕刻にちょうど宿場町にたどりつくだろう。
「…長瀬さん、マルチちゃん、ちょっと待って」
そういって拓也は源五郎とマルチを制した。
「どうしたんですか?」
「もしかして…」
源五郎とマルチは不安そうな顔をした。
「囲まれています。たぶん、野犬か、なにかかだと思います」
拓也がそういうと源五郎は怪訝な顔をしていった。
「まさか、この街道で野犬が出るなんて…」
実際、この街道は共和国の中で最も整備された街道であり、幾たびにも渡るモンスターおよび、野犬狩りのおかげで野犬などはほとんどいないのだ。
「ええ、確かにおかしいですけど、この気配は野犬としか」
拓也は自分の傭兵としての勘と経験が自分たちが危険に晒されてることを告げていることを確信していた。
「犬さんですかあ。楽しみですねえ」
そんなマルチの言葉を無視して拓也は続けた。
「とにかく、二三匹打ち払えば尻尾を巻いて逃げていくでしょうから、それまで怪我をしないように気をつけてください」
「…ちょっと待ってくれ」
源五郎が考え込む。
146生物兵器:02/05/09 01:32 ID:uuYLrVnK
「どうしたんですか、長瀬さん?」
「お父さん、深刻な顔して大丈夫ですかあ?」
「月島君、たぶんやつらは犬飼の刺客だ」
源五郎が悲しそうに言った。
「犬飼って?」
「犬飼のおじさんがどうしたんですか?」
「ああ、月島君は知らなかったね。せっかくだから手短に話しておこう」
そういって源五郎は話を続けた。
「犬飼は僕のアカデミー時代以来のライバルだった男だ。奴とは算術、魔法倫理学、歴史学、古代研究学、新技術研究、全てにおいて互角で、アカデミーの首席を争いあったものだ」
「アカデミーの首席…」
拓也は感嘆の声を漏らした。それもそうだ。アカデミーはリフキーや他国の留学生での天才たちを一同に集めた総合学術機関でそこに在籍できたという事実だけでかなりの栄誉となる。
「僕たちはアカデミーを卒業した後、一緒に来栖川に召抱えられて新技術の開発にいそしんでいた。僕の研究も奴によって大いに助けられたし、僕もまた奴の研究を必死になって手伝ったもんさ」
源五郎の声に懐かしさが混じる。
「そう、僕たちは親友だった。杜若さんが死ぬまでは…」
そして再び哀しみがその声に満ちる。
「犬飼は彼女の死でおかしくなってしまった。反魂の研究に没頭し、どんどん狂人と化していった」
「…長瀬さん」
「…お父さん」
「犬飼はマルチの生命の石を欲しがっていた。マルチがこんな目にあってるのも…」
そこで源五郎はため息をついた。
147生物兵器:02/05/09 01:32 ID:uuYLrVnK
「で、長瀬さん、野犬とその犬飼の関係は?」
拓也は聞いた。野犬達との緊張が切れかけてると彼の勘が告げていた。
「犬飼の研究の中に動物を改造して、高等な知能を与える技術がある。僕が最後に見たときは喋る鴉と猫止まりだったが、最終的には改造した動物に野生動物を操る力を与えるつもりだといっていた」
「つまり、野犬たちの中にボスが居てそいつがこの野犬の群れを率いていると?」
「ああ、そういうことになる」
拓也は思案した。今から野犬の群れを突っ切るのは無理だろう。倒すにしても源五郎とマルチを守りながらは厳しいだろう。
「拓也君、君はすぐにボスを探して倒してくれ」
源五郎は言った。
「それでは長瀬さんとマルチが…」
「僕も一応武器を持ってきてるんでね。少しの間ならマルチを守る自信はある」
源五郎はそういって胸を張った。
「わかりました。3匹倒して逃げないようでしたら一気にボスを倒しに行きます」
「ああ、頼む」
「はわわ、わたしはどうしたら?」
二人が難しい話をしていたために置いてけぼりを食っていたマルチがここで口を挟んだ。
「マルチは僕から離れないようにするんだ。まあ、マルチには攻撃してこないはずだから安心してみてるといい」
「はい…お父さん」
「では行きますよ。すぐに野犬たちはここに来るから気をつけてください」
「ああ」
「はい」
月島は自分の勘が一番怪しいと告げる方向に向かって走り出した。

月島拓也【野犬ちの群れに特攻】
源五郎、マルチ 【警戒態勢】
148名無しさんだよもん:02/05/10 21:16 ID:176sSgAB
メンテ。
いやメンテするヒマがあったら作品書けっていうのもわかるんですが(汗
149家なき子:02/05/12 01:04 ID:2epochOv
「美凪ィ〜、重いよ〜」
 お米がぎっちりと詰まった麻でできた袋を背負いながら、みちるが愚痴をこぼす。
「………」
 かくゆう私も、返事もままならないぐらい、疲れきっていた。
 レフキーに到着してから数時間、辺りはもうすっかり暗くなっているというのに私達は未だ、米袋を背負って夜道をさまよっている。
「…はぁ」
 手の平の上の、たった一枚の銀貨を見つめて、私は何度目になるか分からないため息をつく。
 レフキーの物価は予想以上だった。
 売っている物も見た事が無い物ばかり、だけどその値段表に書いてある数字も、見た事が無い物ばかり。
 ここに来るまでずっと、馬車乗りなんて贅沢をしちゃった私達には到底、宿に泊まるお金など残っていなかった。
(あ、でも食料には困りません。だって私はいつも、お米券を常備してますから。えっへん♪)
 だけどそのお米も、食べ残した分は大量に余り、二人で麻袋を担ぐはめになってしまっていた。(捨てるのはもったいないですから)

「今日は……野宿です」
「ええ〜!?野宿〜?」
「……やっぱり、嫌かな?」
「えっ?あ…ううん!そんな事ないよ!にゃはは、野宿楽しいアウトドアライフ♪」
「くすくす」
 みちるは本当に優しい子だ。私が悲しそうな顔をしていると、たとえ自分が辛くても、こうやって楽しいフリをしてくれる。
 だけどそれが今は本当に悲しくて……
 本当に……自分が情けない。
 みちるには、私のわがままを聞いてついて来てもらっているのに。
 みちるは、私が父を探しに「レフキーに行く」と言い出しても、ただ笑って「じゃあみちるも行くよ」って言ってくれた。
 とても嬉しかったので、私は道中、みちるに絶対に苦労はさせないと心の中で決めた。
 決めたはずなのに……
150家なき子:02/05/12 01:06 ID:2epochOv
「じゃあ寝る場所を探さないとね。こういうのってちょっとワクワクするねっ♪」
 みちる……無理してる。でも野宿なんて、今日だけだからね。
 明日からは、私が働いてでもみちるに三食昼寝付きの宿に泊めてあげるから。
 仕事が見つからなかったら、最悪でも……
 私がみちるのカワイイ横顔を見つめながら、そんな決心をしていると、
 ギャアアァァァ……
 と、どこからともなく、獣の雄叫びか、人間の叫び声の様な音が聞こえてきた。
「にょわ!み、美凪ィ〜…なんだろ?今の……」
「な、なんだろう……?」
 それはとても恐ろしい音で、私達はすっかり震え上がってしまい、その場に座りこんでしまった。

 そこでしばらく二人で抱き合っていた後、結局、ちょっと進んだ所にあった少し大きめの建物の前で
(そこに住んでいる人にはとても迷惑でしょうが)野宿する事にした。
 幸い今日は雨が降る様子も無いし、空気も比較的暖かいから、眠るだけならなんとかなる…かも。
 
「はぁ、家が恋しいね……」
「………」
 思わず出てしまったのであろう、みちるのつぶやきに私は何も言う事ができず、ただその視線の先を追うだけだった。
 対面の民家、ここからでは中の様子を見る事はできないけれど、きっと……
(きっと、家の中には幸せな家族が居るのでしょう。お父さんとお母さんと、子供が二人、とても仲の良い姉妹が)
 すー…すー…
 気がつくと隣で、みちるが安らかな寝息を立てて眠っていた。
「みちる……」
 私はその頬をそっと、指で撫で、ポケットから羽根を取り出して、言葉を紡ぐ。
「みちる……私はみちるを守ってあげられる力は無いけれど、夢を見せてあげる。……せめて、幸せな夢を」
 羽根が、淡い光を放ちながら、ゆらゆらとゆらぎ始めた。
151家なき子:02/05/12 01:09 ID:2epochOv
「あらあら?どうしたのかしら?」
 私がみちるに夢を見せていると、突然、背後から声を掛けられた。
 見ると、私達の後の建物のドアを半分開けて、女の人が身を乗り出してこちらを見つめていた。
「………えっと」
 なんて説明すればいいんだろう?とりあえず見つかってしまった以上、もうここに居座る事は失礼だろう。
「すいません、すぐに他へ移りますから」
「あなた、旅の人?」
「………そうです」
「その子、眠っているのね」
「………」
「さ、お入りなさい」
「………えっ?」
「あなた達には、ベットが必要でしょう?」
「いいん…ですか……?」
 了承――そう答えた女の人の笑顔は、母の顔だった。
152家なき子:02/05/12 01:12 ID:2epochOv
「ああ、それと……」
「?」
「そのお米、少し譲ってもらえないかしら?」
「………構いません」
「ありがとう。良い、材料になるのよね」
「???」

【美凪&みちる 寝場所を確保】


ナギーの一人称に挫折しました;;
全然ファンタジー要素が入ってなくてすいません。
美凪達を拾ってくれたのは誰なのかはないしょ(w
153祐一の無謀(1):02/05/12 23:25 ID:V9WNeEeb
 一生の不覚という言葉がある。
 それは、一生に一度の不覚という意味か、
 それとも、一生に関るほどの不覚という意味か…
 まあ、どっちにしても不覚を取って状況最悪である事に変わりはない。

 冬弥さんを助ける為に自警団を襲撃しようとした俺、相沢祐一。
 気を落ち着けながら慎重にタイミングを測り、今だ、を身を乗り出した瞬間。
 物影から飛び出してきた人影に、びっくりしてしまった。
 で…不可抗力というか、爆弾を落としてしまった。しかも、火をつけたやつを。
 慌てて拾い上げようとしたが、間に合わなかった。
「!?…何!?」
 声からして、出てきたのは女性らしい。チラッと見たかぎり、結構な美人だ。
 まあ、すぐに広がる煙のせいですぐに見えなくなったし、声をかけている余裕はなかった。残念。
「何だ!?煙がでてるぞ!?」
「火事か?おい、人を――――」
 煙の向こうで、慌てた声が聞こえてきた。混乱しているのか…?
 判らなかったが、とにかく、チャンスは今しかない。俺は煙を吹いている爆弾を蹴り飛ばした。
「なんだ?うわ、ごほ、ごほっ!」
「前が…一体、何が!?」
 煙に巻かれて慌てふためく自警団たち。
 まあ、俺も涙やら鼻水やら酷いものだが、生憎俺は爆発とか、爆煙とか、そういうのには結構慣れている。周りが物騒だから。
 適当に見当をつけて、煙の中を走る。と、すぐ正面に咳き込んでいる自警団員を見つけた。
「くらえっ!」
「ぐっ!!」
 顔面に一発お見舞いする。無防備だった上に、勢いをつけていた俺のパンチを受けたそいつは、派手に吹っ飛んだ。
 後は…窺える人影は、右と左にそれぞれ一人、その奥に冬弥さんを運んでいた奴らがいる。
 この煙の中でも冬弥さんを持っていたので、すぐにわかった。
 左右の二人を殴り倒し、冬弥さんのところに駆け寄る。
154祐一の無謀(2):02/05/12 23:25 ID:V9WNeEeb
 とりあえず前の一人に飛び蹴りを食らわせる。ゴチン、冬弥さんの体が落ちて鈍い音が鳴った気がした。
「痛っー!」
 声をあげる冬弥さん。どうやら起きたらしい。自警団を倒して冬弥さんを起こす。一石二鳥というやつだな。
「随分と勝手な理屈だな…」
「いやまあ、無事そうで何より。立そう?」
「ああ…と言いたいところだけどね」
 冬弥さんの体はこれでもかというほどぐるぐるに縄が巻かれていた。周到なこった。猛獣でもここまでやらないぞ。
「今、切るよ、ちょっと待って…」
 俺は腰のベルトに仕込んでおいた簡易ナイフを取り出すと、ギコギコと縄を切り始めた。
 しかし、簡易は所詮簡易で、切れ味はよくない。くそ、こんな事ならシミターを捨てるんじゃなかったな。
「祐一くん、先に手の方から切ってくれ。そっちの方が効率がいい」
「…ああ!そういや、そうだ」
 手が自由になれば、冬弥さんも腕を動かせる。そうすれば効率は単純に倍だ。
 まず両手首を繋いでいる辺りに刃を当て、そこから裂いていく。

 だが、俺は肝心なことを忘れていた。
 まあ、色々必至だったから、そこまで気が及ばなかったというか。
「祐一くん!後ろ!」
 まず、煙は何時までもで続けるわけじゃないし、風が吹けば飛んでいってしまうこと。
 そして、何よりまずかったのはここが自警団本部のすぐ近くだということだ。
 冬弥さんの言葉に振り向くと、すっかり薄くなってきた煙の中を突進してくる人影。
 ふわり…音もなく跳躍すると、
「くっ!」
 とっさに腕を上げるが、そいつの武器、警棒が吸い込まれるように俺の手首に入る。
 鈍い音が鳴った。気持ちが悪い感覚が背中に走り、持っていたナイフが地面に落ちる。
155祐一の無謀(3):02/05/12 23:27 ID:V9WNeEeb
「う、うおおおっ!!」
 俺はイチかバチかの突進をかました。
 だが、そいつはひらりと身をかわす。無様に地を這う俺。
「ここまでね。大人しくお縄に付きなさい」
 聞こえてきたのは、女の声だった。見ると、晴れてきた煙の中に、俺と同世代の女の姿がある。
 くっそ…晴子さんといい好恵さんといい、どうして俺の周りの女は、こういうのばっかなんだ?
 丸腰じゃ、とてもじゃないが、勝てないだろう。どうすれば…何かないのか…?
 …そうだ!
「動くな!」
 俺は懐から、とっておきを取り出した。
 犬飼さんから貰った爆弾。その威力は折り紙付きだ。
「動くなよ、動けば木端微塵だぜ?」
 だが、目の前の少女はまったく動じない。
「何それ。つまんない脅しね」
「な、何!?あのなぁ、こいつに火がついたらどうなるか、わかってるのか?」
「あんたもただじゃすまないってことぐらいはね。ま、本物だったらの話だけど」
 しれっと言い放つ。か、可愛げねー。
 じりじりと間合いを詰めてくる。本物かどうかはわからないが、一応警戒しているってとこか。
 何とか動きは止めたが…どうする?時間が経てば経つほど、こっちが不利だ。何しろ、こっちに援軍はほぼ望めない。
 と、なれば。くそ、やっぱこうするしかない!
 俺は、爆弾に火をつけた。
156祐一の無謀(4):02/05/12 23:27 ID:V9WNeEeb
「!!…何やってるのよっ!」
 導火線がバチバチと音を立てる。俺は投げ捨てたくなるのを必至に我慢しながら、じっとそれを見ていた。
 はっきりいって怖い。怖いが…不用意に投げて蹴り返された日には、こっちが逝ってしまう。
 …よぅし、今だっ!
 俺は、爆弾を自警団本部の方に放り投げた。
 刹那、強烈な振動と轟音が巻き起こる。
「なッ…!」
 その威力を目の当たりにして、呆然とする少女。…スキ有り!
 俺はダッシュで冬弥さんのところへ駆け寄った。
「冬弥さんっ、今しかない!」
「わかってる。それじゃ、行こうか」
 いきなり立ち上がる冬弥さん。パラパラと、冬弥さんの体から縄が落ちる。
「え?何時の間に?」
「祐一くんが落としたナイフで、こっそりとね」
「さっすが冬弥さん!手が早い!」
「…いや、そのいいかたはちょっと」
 俺たちは並んで走り出した。後ろから何か聞こえてくるが…待てといわれて、待つ奴がいるかっての!
 ジンジンと手首が痺れている。焼け付くように、熱い。
 だが、気にはならなかった。俺だって、やればできるんだ…満足感が、俺の胸を熱くしていたから。
「祐一くん、これからどうするんだ?」
「まずはみんなと合流しよう!大丈夫、何とかなるって!」
157祐一の無謀(5):02/05/12 23:28 ID:V9WNeEeb
「…逃げられたね」
「ええ…完敗だわ…ッ」
 詩子さんは警棒を落とすと、持っていたほうの腕で、持っていなかったほうの腕を庇う。
「やっぱ、利き手じゃないと駄目ねー。手首を砕く事もできないなんて…」
 詩子さんの表情は真っ青だった。幾ら使っていなかったとはいえ、激しく運動すれば振動は肩に来る。
「みんなは?」
「殆どの人は既に避難していたからね…人的被害はないと思う」
 振り返ると、そこには崩壊寸前のボロボロの建物がある。
 詩子さんは溜息をつく。無理もない、途中までは完勝ペースだったのに、ここまで逆転されれば気落ちもするだろう。
「これはさすがに、始末書だけじゃすまないかも」 
「…詩子さんが悪いわけじゃないよ」
「でも、私次第で踏ん張れたかもしれないのも事実でしょ」
「それは…そうかもしれないけど、詩子さんが責任を感じる事はないと思う」
 力が及ばなかった事が悪い事ならば、力の出し惜しみをした僕はもっと悪い。
 そう…彼らを止める方法はあった。僕ならば、小指を動かすよりも簡単に彼らを止めることが出来た。
 だが、僕はそれをしなかった。その選択が間違っているとは思わない。思わないが…
 この真っ直ぐな少女が責を感じるのは、なんとも後味が悪い。
「ま、そうだけどね。悔しい…こんなに悔しいの、すごい久しぶり」
「………」
 悔しい、か…よくわからない。僕には、悔しいと思えるほど真剣になったことも、深く関ったこともない。
 詩子さんに言わせれば『つまらない生き方』だろう。
 拘ることもなく、真剣になれることもない。他人との関りを拒み、自分の世界に閉じこもる。
 それは、『生きている』といえるのだろうか。生きて、何をする存在なのだろうか…
「とにかく…事務所内の大切なものとか安全な場所に移して。後は隊長の吉報を待つしかないわね」
 もう一度溜息をつき、空を見上げる詩子さん。
 空は、茜色に染まり始めている。

【相沢祐一 冬弥の救出に成功。片手首負傷】
【藤井冬弥 祐一と合流】
【自警団事務所 崩壊寸前】
158名無しさんだよもん:02/05/12 23:29 ID:V9WNeEeb
というわけで『祐一の無謀』をお送りします。
祐一お得意の無茶が炸裂です。
かなり無茶な上偶然に偶然が重なった展開ですが、
勢いに乗ると幸運もついてまわるもんだということで。
ま、何時までも続くもんでもありませんが。
159名無しさんだよもん:02/05/13 15:12 ID:GcAm0Rjk

  約束、だよ……
160スウォーム:02/05/14 18:35 ID:PWKvkpbI

 薄暗い地下通路というものは、それだけで人の気持ちを萎えさせる。
 とはいえ、たかが通路に萎縮させられるようでは、到底冒険者などにはなれるはずもない。
 暗闇から何かが襲い掛かってくるのではないか、という不安を押し殺し、北川は黙々と先頭を歩く。
 その時、急に友里が小さく声をあげた。
「あ……そろそろ、その場所です……」
「そうか、では明かりを消しておこう」
 大志が軽く手を振ると、今まで宙に浮いていた明かりは、吹き消すように消え去った。
 同時に、深い闇が周囲を包み込み、不気味な水音だけが木霊する。
「ここでしばし、闇に目を馴らしておこう……同志北川は特にな」
「ああ……けど、その『巣』とやらについたら、どうする気なんだ?」
 明かりの中にいた反動か、すぐ側にいたはずの大志の顔さえ見えない暗闇に向かって、北川は問いかける。
 大志の声は、すぐに返ってきた。
「別に、作戦は変わっていない。例の銀色鼠を倒す……そうすれば、他の鼠は逃げ去るはずだ」
「………わかった」

 北川は、密室に閉じ込められた時に見た、普通の鼠を思い出していた。
 銀色鼠ではないにも関わらず、あの目には知性があった……いや。
「気のせいだよな……」
「何がだね?」
 思わず出てしまった独り言に、大志が反応する。
「あ、いや、何でもない」
「そうか。それでは、そろそろ出発するとしよう」
 大志の号令以下、一同は再び歩き出した。
 とはいえ、明かり無しとなると、自然とその足は慎重にならざるを得ないのだが。
161スウォーム:02/05/14 18:36 ID:PWKvkpbI

「あ、そこの角を曲がった所の奥です」
 友里らしき人影が、奥の方を指し示す。
 ちら、と背の低い影……恐らくは名雪だろう……が振り返るのがわかった。
「いくぜっ」
 安心させるように全員に頷き返し、北川は手を伸ばして大志の肩を叩こうとした。

 ふにょ

「っ……!!」
「あれ、大志、いつからそんなに柔らかく……」
 次の瞬間、すぱーんっ、と景気のいい音を立てて、北川の頬が引っ叩かれた。
「い、いきなり胸を掴むなんて、何を考えてるんですか!」
「す、すまん……」
 友里に平謝りする北川に、名雪は呆れたような声を出した。
「北川君、本当に偶然?」
「ま、マジだって……さ、行くぞ」
 いらん事を言う名雪を黙らせ、北川は一歩を踏み出す。
 その後ろで、大志がぼそぼそと呟いた。
「……絶対気付かれたな……むぅ、これはやはり、シーフの導入が必要不可欠か……」
「……そうかもな」
 だが、無いものねだりは、冒険者にとって最も危険な夢想のひとつである。
 北川は頭を振ってその考えを追い払うと、恐る恐るその角を覗き込む。
「…………な!?」
 唐突に目に飛び込んできた光景に、北川は息を飲んだ。
162スウォーム:02/05/14 18:39 ID:PWKvkpbI

 それは、魔方陣だった。
 闇の中、無数の深紅に浮かぶ光点によって、複雑な魔方陣が描かれていたのだ。
 その光る紅い点の一つ一つが、鼠の目だと気付いた時には、群は一斉に襲い掛かってきていた。
「『情熱っ! 萌えっ! 熱気っ! ヲタクの道は炎の道なりっ!!』」
 誰よりも早く、大志が炎の塊を鼠の群れに叩き込む。
 闇になれた北川の目を、眩い炎が一瞬眩ませた。
「同志北川っ、魔方陣の中央を狙え!! あそこに、銀の影が見えたっ!」
「お、おうっ」
 炎が消え、再び闇に飲まれた空間に、紅い点が浮かび上がる。
 その中で、プラチナの首輪をした銀色の鼠は、光の中にいるときよりも、はっきりと区別する事ができた。
 魔法の品である首輪が、ぼんやりと光を放っているのだ。

「よしっ、見せてやる、俺の隠し玉を!」

 例えどれほど射撃の腕を持っていても、長々と狙いを付けていたのでは、到底実践では役に立たない。
 それを補うべく、北川が秋子に注文したものがあった。
 片手にライフル、片手にはハンドガンを構え、北川は鋭く目を細める。
 その北川に向けて、鼠達が無数に押し寄せた。
「同志北川っ……!」
 大志の叫びも、北川の耳には届かない。
 カーテンのように伸びあがった、無数の鼠たち……だがそれは、ライフルが轟音と共になぎ払っていた。
「これはっ……散弾か!」
 大志の感嘆の声は、鼠達のパニックの呻きに遮られる。
 そして、散弾によって得られた、わずか数秒の隙。
 その一瞬で、北川の撃ったもうひとつの銃弾が、銀色の鼠の頭部を貫いていた。
163スウォーム:02/05/14 18:39 ID:PWKvkpbI

 潮が引くように、いっせいに鼠達が暗がりに逃げ去っていく。
「やった……!」
 喜びの声を上げる名雪に、大志も思わず顔をほころばせる。
 見る間に気配が引いていくのを感じ、北川は安堵の溜息をつきながら、銃を下ろした。
「流石は同志北川だ。威力は低いが、広範囲をカバーできる散弾で動きを止め、ハンドガンの精密射撃でとどめを刺すとは」
「へへ、まぁな……とはいえこの散弾、べらぼうに高いもんで、今の俺じゃあ一発買うのがやっとなんだけど」
 照れたように頭を掻いて、北川は銃を仕舞う。
「大志、明かりを出してくれよ。こう暗くっちゃあ、何も見えやしない」
「ああ、すまなかったな」
 間を置かず、空中に魔法の明かりが現れた。

 だが、それによって浮かび上がった代物に、北川の勝利の余韻は、一瞬にして消え去っていた。
 名雪は小さな悲鳴をあげ、大志ですら目を見開き、動揺を表情に表す。
 そこには、十人を超える白骨死体が転がっていた。
 それだけではなく、沢山の鼠達がその死体に今だ群がり、頭蓋骨の間から出入りしていたのだ。
「まさか、こんなに沢山死んでたなんて……」
「き、北川君、九品仏さん、これって冒険者の人たちなのかな……?」
 名雪の言葉に、九品仏は僅かに目を細め、じっと死体を凝視する。
「……その可能性は高いな……同志北川、この死体の共通点に気付かないか?」
「きょ、共通点?」
 死体から目をそらしていた北川は、大志に言われ、嫌々その死体に目を向ける。
「……共通点って言っても、こんなだから歳も性別もわかんねーし……」
「確かに。だが、よく見てみろ。同志名雪が言う通り、彼らが冒険者と言うなら……鎧らしきものが、ひとつもないだろう?」
「あ…!」
 北川と名雪が、同時に声を上げた。
 大志の言う通り、死体の中には、鎧らしきものを着ている者が、一人もいなかったのだ。
164スウォーム:02/05/14 18:47 ID:PWKvkpbI

「それだけじゃない、剣や槍みたいな武器も、ひとつもないぞ」
「じゃあ、この人たちは、冒険者じゃないの?」
 名雪の言葉に、大志は首を振る。
「いや、よく見てみろ、二人とも。普通の一般人が、ローブを着たり、魔術師の杖を持ったりするか? 彼らは間違いなく、冒険者だった」
 大志は光を近づけて鼠を追い払うと、死体の手から魔術師の杖を取り上げた。
「……これは我輩の仮定だが、ここには『魔術師』の死体が、数多く置かれているような気がする。
 ざっと見たところ、金属鎧を始め、剣や盾を持っている者は一人としていない。
 思い出してみたまえ、同志北川。奴等が操っていた人間は二人……そのどちらも、鎧を身に着けていなかった」
「そ、そう言われてみれば……でも、奴等が魔術師の死体を集める事と、どう関係してるんだ?」
 大志はそれに答えず、物憂げに視線を巡らせ、友里を正面から見据えた。

「……以前、聞き及んだことがあったのだよ。アカデミーで、動物に知性を与える研究がされていた、と」
 手の中の魔術師の杖を玩びながら、大志は眼光鋭く友里を睨み付ける。
「どうすれば、動物に高い知性を与えられるのか……その答えのひとつが、魔法による能力強化だ。
 しかし、その為には常に魔力を供給してやる必要があるのだ。そう、常に。
 ……同志北川、最も簡単に、高い魔力を手に入れる方法が何か、知っているか」
 低く呟く大志の声に不吉なものを感じ、北川は首を振った。
 それを見て、大志の口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。
「脳みそだよ、同志北川。人間の……それも、魔術師の脳は、非常に高い魔力を秘めている」

 高い知能を持つ鼠、人間の体内に入って操る事実、干からびた魔術師達の死体、そして……大志の口にした“アカデミー”という言葉。
 いくつものピースが、北川の中でかちりと音を立ててはまった。
「まさか!」
「そのまさかだよ、同志北川。巷を騒がす銀色鼠……その正体は、アカデミーによって作られた魔法生物だ。
 ………そうだろう、アカデミーメンバーの一人、名倉友里殿?」
165スウォーム:02/05/14 18:51 ID:PWKvkpbI

 北川は呆然とした顔で、睨み合う友里と大志を見つめた。
 友里は僅かに目を細め、口を開きかける。だがその時、名雪の叫び声がそれを遮った。
「3人ともっ、あの鼠、銀色じゃないよ!?」
「何っ!?」
 慌てて振り向けば、確かに北川に撃ち抜かれたはずの銀色鼠は、ただの黒いドブネズミだった。
 そして、その仲間の死体を、他の鼠たちが貪り食っている。
 その中の一匹が、地面に転がっていたプラチナの首輪に、頭を突っ込んだ。
「な………」
「嘘だろ……?」

 北川達の目の前で、ただのドブネズミが、銀色の鼠へと変わっていく。

 次の瞬間、ぱっとその銀色の鼠が駆け出した。
 それを追うように、友里も風のように走りだす。
「あっ、逃げた!?」
「追いかけるぞ!」
 さらに、名雪、北川、大志とその後に続く。
「同志名雪、深追いするな! 我輩たちにペースを合わせてくれ」
「わかったよっ」
 一気に先行しかけた名雪は、大志の言葉に足を緩める。
 ふと好奇心から大志の横顔を盗み見た北川は、すぐさま後悔した。

 ポーカーフェイスを保っていた大志の顔が、初めて悔しさに彩られていた。
「大志っ……?」
「忘れていた……獣に知性を与えうる、もうひとつの可能性を」
 苦々しげな口調の大志に、北川ははっとその可能性に思い当たった。

「まさか……秘宝!?」
166名無しさんだよもん:02/05/14 18:54 ID:PWKvkpbI

【北川    銀色鼠を倒すも、復活する】
【銀色鼠   逃亡】
【友里    銀色鼠を追いかける。北川、大志達もその後に続く】
【白金の首輪 秘宝?】


長々と書いて申し訳ありません。北川グループを書いてみました。
167名無しさんだよもん:02/05/17 01:37 ID:x8TAdzSc
mennte
168寂れた港の利用法:02/05/17 15:23 ID:C3+AMGPn

 港町フィルムーンから、海岸沿いに半日ほど歩いた場所。
 うっそうと茂る森を背に、一人の怪しげな男が岩場に立っていた。
 岩場と言っても、崩れかけた渡し板や、船着場のような小屋がある所から、昔は港だったのかもしれない。
 だが、今はこの場に通じる道も塞がれ、打ち捨てられ、朽ち果てるのを待つばかりの場所である……はずだった。

 ばさばさ、と鳥の羽ばたく音が聞こえ、男は顔を上げた。
「……そらか」
「はいな。マスター、あんたの言う通りにしてきましたよ……
 へたれを焚きつけ、船を沈めて、ついでに捕まってた奴らの縄も切っときましたぜ」
 鴉は心底疲れたように、ばさばさと彼の肩につかまる。
 そして、犬飼の肩の上で周囲をぐるりと見回すと、呆れたような声を出した。
「しかし、随分と寂れた場所ですね……」
「先の大戦の時、海竜にやられたらしい」
 独り言のようなそらの言葉に、犬飼は律儀に説明してやる。

「レフキーは海にも面した、貿易の要だ。海軍の装備も充実している。
 ここは元々、海軍や兵士の移動・待機場所としての役割を持たされていたらしい。
 そこで、帝国はここを潰す為に海竜を引っ張り出したのだ」
「か、海竜って、まさか今はもういませんよね?」
「いや、いる」
 一瞬そらは沈黙し、仰天したように翼を羽ばたかせた。
「って、いるんですか!? じゃあ、竜が出たらどうするんですか!」
「落ち着け。今はいないのさ」
「はい? よ、よく意味がわからないんですが」
169寂れた港の利用法:02/05/17 15:26 ID:C3+AMGPn

 困惑したそらに、犬飼は出来の悪い生徒に説明するような口調になった。
「海竜は、普段は海流に乗って旅をしているが、卵を産むときには、適当な岩場に上がろうとする。
 帝国がどんな手を使ったのか知らないが、奴らは野良海竜に、ここを産卵場所にするよう仕向けたのさ。

 一度こうと決めたら、海竜は簡単に自分の産卵場所を変えない。
 誰が考えたのか知らないが、なかなか上手い手だ。
 例え港を作りたくても、数年に一度、海竜が卵を産みに来るんじゃあ、誰も近寄りはしない。
 ……ま、海竜がいつ来るかなんて、普通の人間は知らないだろうが」

「な、なるほど……それで、海竜がいるけど、今はいないんですね」
 納得のいったそらは、ふとくちばしを動かした。
「ところで、海竜が海流に乗るって、シャレですか?」
 犬飼は何も言わずにそっぽを向いたが、その頬が微かに赤くなっているのを見て、思わずそらはにやっとした。
 だが、叱られるのが怖いので、そらは犬飼の顔を盗み見るだけにしておいた。

「……犬飼さん!」
「その声は、坂下か」
 草木を掻き分け、真琴を背負った坂下が顔を出した。
「やっぱりここにいたんですね!」
「ああ」
 犬飼は軽く頷き返すと、再び海面へと見えない目をやった。
「……そろそろか」
 背後で、坂下が緊張する気配が伝わってくる。
 犬飼は懐から、地球儀の形をした玉を取り出すと、静かに念を込めた。
170寂れた港の利用法:02/05/17 15:28 ID:C3+AMGPn

 二人が立っている岩場からかなり離れたところに、ゆっくりと海面に暗い影が浮き上がってくる。
 初めはメインマストの先が見え、しばらくしてぼろぼろになった帆が海上に姿をあらわした。
 沈んでいった時の数十倍の時間をかけ、ミラクルカノン号は海中から起き上がっていく。
「うわぁ……酷い事になってますね……」
「ふむ、まあ海中を進むのだからな」
 大量に巻きついた海藻や、巻き上がった砂でぐしゃぐしゃになった船を見て、坂下はうんざりと顔をしかめた。
 排水溝からは、大量の海水が吐き出されていく。
 どう贔屓目に見ても、幽霊船以上の代物ではない。
 これを掃除する為に必要となる時間を考え、坂下は憂鬱にため息をついた。
 それに、船に積んでいた備品や武器は、大半が奪われているし、残りの小物も海に沈んだ時点で、ほとんど流れてしまっているだろう。
 幸い、水と食料は船に備え付けの倉庫に積んであるので、奪われる事も流れてしまうこともないのだが。
「今回はいい事無しでしたね……」
「そうだな」
 二人が眺めている前で、ミラクルカノン号はじわじわと寂れた港に向けて進んできていた。

 そうこうしている間に、捕らわれていた仲間達が一人、また一人とこの港に集まってくる。
「おーっ、みんな無事かー?」
 一人、やたらと騒々しく登場したのは、当然晴子だ。
「真琴があいつらの詰め所をふっ飛ばしてくれたおかげで、ほとんど追っ手が掛からなくてすんだわ」
「あと足りないのは……キャプテンと冬弥さんだけですか?」
 一通り揃った所で、晴子と坂下はメンバーを見回す。
「そろそろ来るんじゃないか?」
 犬飼はあまり気にしてなさそうな口調で、肩をすくめた。
「自分の面倒くらい見れなければ、海賊などやっていけぬよ」
171名無しさんだよもん:02/05/17 15:30 ID:C3+AMGPn
【ミラクルカノン号 フィルムーン近くの廃港に浮上】
【犬飼・坂下・晴子 再会する】
172怠惰の城、悪意の塔:02/05/17 23:37 ID:nLtqlJXJ
 高き塔。
 麗々しく飾り立てたその頂きの室内。

 そこに、半裸の娼婦のような風体の女が一人。

 その光景が生み出す違和感。
 それはその女の奇態な風体によるものではない。
 外見ではなく、空気だ。
 彼女の持つ特有の空気。

 酷く淫蕩で、酷く放埓で、酷く貪欲で、酷く冷ややかで……とても底の知れない、まったき虚無の闇。
 けして人が持つこと叶わぬであろう闇が、彼女の中に篭っている。

「素晴らしい世界だ」
 窓の外に広がるのは国境を隔てる大河。
 船が行き交うその川面。戦災より徐々に復興し、活気を取り戻しつつある城下町。見渡す限りに広がる緑に満ちた森と草原。
 それらを見渡し、女は感嘆を込めて呟きを漏らす。
「今までに見出したどの世界より、ここは活力に満ちている。すべて平らげ食らい尽くせば、さぞかしこの世界は美味だろう」
 女の口許が釣りあがり、邪悪な笑みをかたどった。
 そこまでは、前置きというべき独り言。
 視線はそのまま外界に向け、女は次なる言葉をまるで誰か話相手が側にいるかのようにいった。
「ルミラが出たようだな」
「ふむ……なんだ、知っていたか」
 室内に人気はない。
 応じる声は、窓の外から聞こえた。
173怠惰の城、悪意の塔:02/05/17 23:38 ID:nLtqlJXJ
 地上30メートルの塔の上、足場らしき足場すらない円錐状の屋根。
 その端に危なげなく腰掛けるモノは、一人の幼い少女の姿をしている。
「我らは大いなるガディムの分け身。例え身体が幾つあろうと、その魂は彼方なるガディムにて繋がっている。
 なれば、同胞たるお前が知っていることを我が知っていようと、何の不思議がある?」
「巫山戯ろ。我らは記憶までをも共有しているわけではあるまい」
 嘲るような包帯姿の女の声に、少女は憤然と声を荒げた。
 今度ははっきりと、女の喉から笑いが漏れる。
「くくく……怒るな怒るな。
 ちと考えれば、さほど難しいことでもあるまいが。お前は報せをまず誰に持ちこんだ?」
「……ふん。なるほどな」
 確かに、考えてみれば何ほどのことはない。
 帝都の皇帝、その側に侍るラルヴァの黒き長。
 彼方の虚空に漂うガディムをこの世界に呼ぶための指示は、全て長が同胞に下す。
 その逆、同胞が集める情報も、その全てが長の下に集まる。
 此度のルミラの一件もその例に漏れない。であれば、女にその情報をもたらしたのは長だ。

 ならば、その理由はなんだ?

「……長は、ルミラが継続して我らの邪魔立てをすると考えているのか」
「であろうな。そうでもなくば、共和国周辺で活動する同胞どもに『ルミラの排除』が命ぜられたりはせぬ」
「……そのような命、我は聞いておらぬぞ」
「定められたる計画に背き、安易に具合の良い躰を見付けたからと言って、それを嬉しげに持ち帰るような粗忽者に大事は任せられぬ道理よ」
 嗤って、女は半歩身を背後へと退いた。
174怠惰の城、悪意の塔:02/05/17 23:38 ID:nLtqlJXJ
 わずか遅れて風が唸り、汚れ一つない塔の白い外壁、その窓際の一角が砕け散る。
「くく……騒ぎは起こすものではないぞ? しばらくは、ここをねぐらにするつもりなのだろう?」
「……ちっ」

 女の冷笑は窓の外、しかし屋根ではなく正面の空へと向けられた。
 窓の外、虚空の只中、澪=ラルヴァの姿がそこにある。
 みなぎる殺気が嘘のように消える。
 もとより本気で放った攻撃、殺気ではない。
 彼らの言ったように、元よりラルヴァは多にして単の存在。自らを傷つけるような真似をするはずがないのだ。

 わずかな沈黙、しばしの間。
 それを破ったのは二人のいずれでもない。

 部屋の隅、階段の下方。
 トントン、リズミカルに階段を登る足音が聞こえた。
「来客のようだな。我は姿を晦ますとしようか」
 屋根の上、その言葉が終るとともに屋根の上より気配が掻き消えた。
 それとほとんど同時に、階下より一人の女が姿を現す。
 彼女が纏うは帝国に属する術師、或は学士であることを示す真紅のローブ。
「香奈子ちゃん?」
「……瑞穂。どうかしたの?」
 香奈子、と呼ばれたラルヴァの片割れ。
 悪意に彩られたものであれ、その面差しに確かにあった表情の一切がかき消える。
 そこに残るのはまったくの能面。意思の光を見せない空虚な双眸。
175怠惰の城、悪意の塔:02/05/17 23:39 ID:nLtqlJXJ
しかし。 
 その身に漂う気配が、虚無に通じることに変わりはない――

「橋本辺境伯がお探しだったよ」
 それを気取ってのことだろう。
 彼女、藍原瑞穂はわずかに物憂げな、哀しげな目で香奈子を見た。
 それを香奈子が気にすることはない。
 当然のことだ。香奈子は瑞穂が知る香奈子では既にありえないのだから。
「そう。知らせてくれてありがとう」
「あ、香奈子ちゃん……」
「ごめん、瑞穂。急ぐから」
 思いつめた表情。
 振り絞るような声。
 意を決した様子で何事かを言いかけた親友の傍らを、彼女は無表情のままに通り過ぎた。
 追おうとして香奈子の肩へと手を伸ばしたその瞬間、瑞穂は眼鏡の奥の両眼を驚愕に大きく見開いた。
 香奈子の虚ろな瞳、その鬱陶しげな氷点下の一瞥が向けられた瞬間だ。

 足が、動かなかった。

 足だけではない。
 腕が動かない。
 首が動かない。
 眼球が動かない。
 唇が言葉を紡ぐこともない。
176怠惰の城、悪意の塔:02/05/17 23:41 ID:nLtqlJXJ
 頭の頂点より足指の先まで、全てがそのままの姿に固定された。
 息を吸うことすらままならない。
 じっとりとした汗が、背筋を濡らす。

 去り行く親友。
 その能面に浮んだ、口の端をきゅっとV字につり上げた人の物ならぬ笑み。
 そのあまりの禍々しさに、躯だけでなく脳までがその働きをしばし止める。
「かっ……はぁっ……!!」
 ……彼女が螺旋階段の向こうに消えたところで、瑞穂はようやく体の自由を取り戻した。
 肺が急速に外気を取り込み、心臓が大急ぎで全身に酸素を送り出す。
 その鼓動が著しく早いのは、決して酸素の欠乏ばかりが理由ではない。
「……香奈子ちゃん……」
 呆然とした呟きが、空ろに美しい室内に虚しく吸いこまれる。


 瑞穂には、香奈子へ想いを届けるためのいかなる手段も遺されてはないかった。



【太田香奈子 ラルヴァ憑き二号】
【上月澪   ラルヴァ憑き一号。ニノディー城へ】
【藍原瑞穂  帝国関係者】
177怠惰の城、悪意の塔:02/05/17 23:42 ID:nLtqlJXJ
 以上、投稿しますた。

 ツッコミその他いろいろよろしくお願いします。
178― In The Dark ―:02/05/18 18:25 ID:DVTcYKKC

 ある平和な日常に突如現れた、悪夢。掌もの黒い鼠。
 悲鳴や怒号が飛び交うなかでなんとか撃退に成功するが銀色の鼠を逃がしてしまう……
 そこで俺を助けてくれた九品仏大志と名乗る男と、俺がお世話になっている女主人の娘、名雪さんと共に逃がした銀色の鼠を――最近下水道で目撃された鼠と関連があるとにらみ――追う事に……
 そこで出会った名倉友里という女性と一緒に下水道を探索する事になるが……二度ほどの対峙を――どちらかが逃げるという形で――挟み、そして三度目。三度目の正直かと思ったが……
 俺はマヌケにも姿を現していた銀色の鼠の脳天を貫いた――そこで全てが終わったと思った――けれども、まだ俺達は逃げた銀色の鼠を追っている。どうやら二度あることは三度ある、ってヤツらしい。なんて、ご都合な言葉だろう。
 おまえけに魔力による能力強化とか、数十にも及ぶ、白骨。果てはアカデミーのメンバーらしい名倉さん。そして、共和国、帝国に次いで権力を誇る、アカデミー。
 その全てがツナガッ━━━━━━タ━━━!!!! ってな具合に俺の足元を崩壊させてくれやがるっ。
 大体アカデミーみたいな権威を持つ機関がこんな……こんな人体実験みたいなマネをしてて――ウジ虫並みの知能を強化、維持するのに何人が犠牲になったんだ!――共和国は気付かなかったのか?
 お互いを牽制しあってるハズだから気付かない訳が、ない。って事は……共和国公認って事かよ、おい。
 勘弁してくれよ。夢見たレフキーまで来て初の冒険が、国家レベルの陰謀ですかい? え? それも、鼠のノーミソ強化が目的? 鼠の学校でもつくって金儲けでもする気ですか?
 それとも秘宝が関係しているからですか。そうですか。
 どうやら腐ってるらしい――この国、全部。そう、全部が。

「ゲロが出そうだ」
「……ふっ。まい同志、そう気を落とすな、まだ全てが決まった訳ではない」
 走りながら大志が声を返してくれる。気休めはよせやい。
 そこで俺は、名案を閃いた。一度街に戻り、この事実を公に公表する。グレイト。素晴らしい。
 その旨を大志に伝えたのだが――
「確たる証拠がなくては話になるまい。我等一般人とアカデミー。どちらを信じるかなど愚問に過ぎん」
179― In The Dark ―:02/05/18 18:26 ID:DVTcYKKC

――つまりは名倉友里と銀色の鼠、っと銀色の鼠じゃなくて首輪……でもなく、秘宝だな。そのどちらかがあれば……なんとか――できる、のだろうか?

「そういえば。あんたはよぉ……最初から名倉さんがアカデミーのメンバーだって気付いてのか?」
「まさか。そもそもゼロから生命を創るよりも、元々生きているモノを使った方が効率がいいのは判るだろう? 我輩が最初に思いついたのはとある土着民間信仰の宗教だ」
「シューキョ―? あ、あんたまさか……そんな妖しげな信者なんてモノに……」
「それこそまさか、だ。我輩が言ったろう? 二、三年前に情報を得た、と。実はその頃その宗教は内部でのイザコザがあったらしくてな。
 詳しくは知らないが、その内乱のおかげで情報が幾つか漏れた。その一つが、信仰対象について、だ」
「信仰対象――っていったら教祖様についてか?」
「いや、どうやら裏の信仰対象らしい。"そいつ"は黄金の瞳を持った、バケモノで、他者に特別な力を与えると聞いた。しかし"そいつ"が生き物かは明確ではなかったが、物体よりも生命として捉えた方が話がみえてくる。
 知っているのはそれだけだが、そんなモノがいるのだ。その力をどうにか得ようと考える輩がいても不思議はあるまい?」
「つまり……"そいつ"でも、その――"そいつ"の一部でもいいからサンプルにして……より強い存在を創り上げるって事か? でも、そんなキメラみたいもんが創れるのか……?」
「判らんさ。魔法の才と知能の才がなければ無理だろう。長い年月を掛けれるのなら話は別だがな。銀色の鼠が他の鼠を操れるのはその副次効果と推測できる。
 とにかく今回の件はその実験――実戦データの採集の為に"祭"で目星を付けた冒険者が興味がでるように仕立て、わざわざこんな局地に呼び寄せ、そしてあの首輪はその素体のコントロールの為だと最初は思っていたのだが……」
「なっ!? その話がホントなら、あの青の錫杖に鼠が現われた時から? いや、俺が祭を行っていた時から既に――もう始まっていた、ってのか? この冒険は……」
「……そこまでショックを受けるな、まい同志。全て推論の上に尻尾を出すまでこの話は出さないでおいたが、あの首輪が秘宝、という可能性が出た今ではこの話は――ただの、馬鹿な話に過ぎんさ」
180― In The Dark ―:02/05/18 18:28 ID:DVTcYKKC

「……それじゃ今回の事を、名雪さんはどう思っているんだ?」

「ん〜? 私はね。名倉さんがどこかの組織に属しているのは確かだと思うよ。でも、考えてみて。もし名倉さんの任務が秘密裏に行われなければいけないモノだったらどうするー?」
「そりゃ、一般人にペラペラ身分を明かすマネなんかしないだろうけど……ってその前に『任務』ってどんなのだよっ! こんな人気の無い所に誘い出して殺すのが任務だってのかっ!?」
 胸クソ悪い気分をぶちまけるように目の前を走っている女の子に、声を張り上げた。判ってる――これが最低な行為だんなんてコト。
「…………わかんないよ。でも、本当にアカデミーがこんな――こんな酷い事、するのかな? もしかしたら名倉さんはそれを止めにきたのかも知れないよっ」
 僅かに俯く名雪さん……それでも顔を上げ、言葉を続けた。
「それに、名倉さん、笑ってたよ? そんなに酷い人には見えないよ。何か、何か理由があって仕方なくやっている事かも知れないし。追いついて、ちゃんと話してみないと……ダメだよ」
 理由……? 何か弱みを握られているとか、家族を人質にされているとか? どちらせによ『ゲロが出そうだ』よりはマシな意見だと思った。遥かに。己がちっぽけに感じるぐらいに。
「ごめんな、名雪さん。俺、混乱してて、つい怒鳴っちまった」
「ううん……私はいいよ。それよりどんどん離されてるみたいだけど……」

 大志の光球のおかげで、遠目に走っているのが辛うじて見えるぐらいだろうか……確かに離されてる。名雪さん程ではないけど、なんて速度だ。大体なんで彼女は逃げたのだろうか。ここは大志の周り以外は真っ暗闇なのに。
 それにセオリーなら"秘密を知った者は生かしておけないわ"みたいな事言うと思うんだが……偏ってるのか俺の知識は。
「くっ……仕方あるまい。同志北川っ、銃で狙撃してくれ! 走りながら撃てるかっ!?」
 後から苦渋に満ちた声が聞こえた。走りながらなんて今までやった事はないけど……
「ああ……多少、精度は落ちると思うけど、できるぜ――って、撃ったアトに銃弾装填してねーよ俺。参ったなアハハ……ハハ……」
「…………」
「…………」
181― In The Dark ―:02/05/18 18:30 ID:DVTcYKKC

「この距離からならライフルの方がいいだろうから急いで装填しますですはい」
 と言っても全力疾走中に銃弾の装填にどのくらいかかるだろうか……? くそっ、銀色の鼠を倒したと思って油断してたのかよ、俺ってヤツはっ!
「くっ……仕方あるまい。同志名雪、全力で追いかけてくれっ! 同志北川が銃の弾を装填するのを待っていたら逃がしてしまう! ここで逃がしてまた振り出しに戻ったら、シャレにならん。追いついても足止め程度でいいぞっ!!」
 苦渋に満ち満ちた声で大志が言った。ちくしょう、耳が痛いぜ……
「でも、九品仏さんから離れたら足元がよく見えないんだけど……もしかして、もう一つ光球を増やすの? 大丈夫? 確かに魔法は便利だけどそれは使った事が無い人だから言える言葉だ、ってお母さんから聞いたけど……」
「……ふっ。余計な心配をするな。我輩に任せておけ」
「――その言葉、信じてもいいんだよね?」
 大志は返事の代わりに呪文を唱え――気付いた時には名雪さんの上方にもう一つの光球が浮いていた。名雪さんは頑張るよっ、と応え速度を上げた。俺はというと、思わず背中に回していた手を止めてしまった。何故なら――
――その瞬間を待っていたかのように紅い光点が浮き出て、その数を増したからだ。先程よりは幾分少なく感じるが……
「なんてこったっ!! 知性があるとは思ってたけどこれ程なんてっ。名雪さん逃げろっ!」
「"シコウの萌えっ! その一瞬の煌きを束ねその輝きを増したまえっ!!"」
 俺の叫びを掻き消すように大志のワケノワカラナイ言語が放たれた――と、同時に後からバチバチィ、と子気味いい音。何か悪い予感がして後を振り向くと、でかいひし形の様に上下左右に四つの光。いや、雷球が、浮いていた。
「よし、二人とも、跳べっ!!」
 俺と名雪さんは弾かれるようにジャンプした。俺の視界が薄暗くなるのと同時に、地面を這う様に雷光が駆け抜け、鼠の群れを貫き、吹っ飛ばした。
182― In The Dark ―:02/05/18 18:31 ID:DVTcYKKC

 やった! と思い、後に振り向くと、大志が壁に手を付いてよろよろと――それでも歩を進めようとしていた。俺は慌てて駆け寄った。
「ど、どうしたんだよ!?」
「どうもしていない。ただ、呪文を併用し過ぎただけだ。すぐに良くなるさ。心配するな。それよりも……やはりこの程度では筋肉を一時的にマヒさせる程度か。水に濡れている状態ならば致命傷だったろうに……」
 その言葉で、鼠の群れの方に視線を向ける。
「大丈夫だ……名雪さんならあのスピードで突っ切っていってる。俺達も多少の無理をしてでも鼠の群れを突破しよう!」
「ああ……判っている。走るぞ!」

――俺のミスの所為で名雪さんに危険な役を任せる事になり、大志に無理をさせてしまった。日の光も届かぬこの闇の中で、俺は自責の念でいっぱいで――気付かなかった。いや、気付けなかった。
 この暗闇を照らす唯一の光源が――少し、ほんの少し。けれども確実に――その輝き鈍くしている事に。
183名無しさんだよもん:02/05/18 18:41 ID:DVTcYKKC
【名倉友里/銀色の鼠を追いかけている】
【水瀬名雪/一人で名倉友里を追いかける事に】
【北川潤・九品仏大志/遅れるも、二人を追いかける形に】
【銀色の鼠/何処に向かって逃げているかは不明】

お話としては「スウォーム」の続きですね。

北川の銃ですが取り合えず今まで通りに扱ってます。ご容赦を。
変なところがあったら、指摘お願いします。
184兆し:02/05/19 00:33 ID:nfb//eEP
「てめぇ!そこまで言うんだったら、今ここで決着つけてちゃるっ!!」
「はんっ!望む所だね!」
 さっきまでなんだかんだと小競り合いとしてきた酔っ払い二人、ついにそれぞれ自慢の獲物を抜いちゃったりして、
 今にも決闘を始めそうな雰囲気だ。
 周りも周りで、このくだらない決闘に興味津々の模様で、「早くやれー」だの「死んで俺を楽しませろ!」だの
 物騒な野次を飛ばすばかり。
 止めなくていいのかしら?アレ……

 それは、それとして。
 あたしは目の前に突然浮かび上がった問題に頭を痛めていた。
 それは藪から棒、猪突猛進、棚からボタ餅、いきなり愛の告白を受けてしまった事。
 それも見も知らずの初対面の相手(たった今、矢島という名を聞いたが)に運命の人とまで呼ばれてしまったのだ。
「そ、それで、矢島さん…でしたっけ?なんの御用ですか?」
「あはは、瑞希ちゃんお顔がまっかっか」
「佳乃ちゃんは黙ってて!」
「あ、あのですね!」
 先ほどまで勢いの良かった矢島さんだったけど、今度は何故か顔を真っ赤にして口ごもる。そして……
「みゅ〜♪」
 コキャ
 もう一つの問題が、話を再び中断させた。
 先ほどからあたしの髪を引っ掴んで、振り回して、あたしの首の間接を破壊しようと目論む女の子。
「繭ちゃんもやめて!」
「みゅー……」
 あたしの剣幕に流石に引いたのか、繭ちゃんは名残惜しそうにやっと髪を離した。
 まったく、あたしを暗殺(明殺?)し損ねたのがそんなに残念?
185兆し:02/05/19 00:36 ID:nfb//eEP
「そ、それで、矢島さん…でしたっけ?なんの御用ですか?」
「あはは、それさっきとまったくおんなじ台詞だよぉ」
「……佳乃ちゃん?」
「ごめんなさーい」
「そ、そのですね!」
 あたしとは違い、微妙に改変された台詞を言った矢島さんは再び口ごもる。そして……
「おい、矢島。いつまで油を売ってるつもりだ?」
「あっ、御堂のアニキ!」
 ガクッ。今度は新たな第三者の参入で、三度話は中断される。
 ちょっとだけ期待してるのになー……
 心の中でブチブチとつぶやきながらあたしは、御堂と呼ばれた人物を振り返り思わず、
「きゃっ!」
 と、悲鳴をあげてしまった。
「嬢ちゃん、人の面見て悲鳴をあげるのはいただけねぇな」
「あ…す、すいません!つい……」
 だって、だって。この人すっごい悪人面なんだものー!
 なんかもの凄い迫力、猫背で筋肉隆々なのもそれに拍車をかけてる。まるでどこかの戦場を駆け抜けてきた軍人みたい。
 ……この顔は絶対三人ぐらい殺してるわね。うん、確実。
「わ、ゴツコワ星人さん」
 佳乃も思わずそうつぶやいていた。

 そんな二人の反応に少し気を悪くしたのか、御堂さんはちっ、と舌打ちをして矢島さんにまくし立てた。
「おい、言うならさっさと言いやがれ。早くしねぇと真希の腹わたが煮えくり返っちまう」
 言われた矢島さんは改めてあたしの方に向き直り、もといすぐに後を向いてしまい、
「……ア、アニキが代わりに言ってくれませんか?」
「ハァ?」
 無下に断られる。
「じゃ、じゃあ繭……」
「はぁ?」
 繭ちゃんも御堂さんのものまねで矢島さんの申し出を蹴った。
186兆し:02/05/19 00:37 ID:nfb//eEP
 ここに来るまで紆余曲折といろいろあった(?)けど、やっと矢島さんが本題を切り出した。
「あ、あのですね!」
 ドキドキ……
「そ、そのですね!」
 その台詞はさっき聞きました。
「つ、つまりですね……」
 ……いい加減、イライラしてきた。
「おい、矢島」
「アニキ〜…」
「あと五秒以内に済ませないと俺が真希に殺されるから、その前にお前を殺す」
「ア、アニキ〜!」
 御堂さんに激しく同意だわ。

 ついに矢島さんは覚悟を決めたのか、あたしの目をまっすぐに見つめながら叫んだ。
「高瀬瑞希さん!」
「は、はい」
「BGMは双星だよぉ」
 双星?
「ず、ずっと前からあなたの事が!」
 ずっと前から??
「す、すすす、好……」
 酢???

「うぎゃああぁぁぁ!!!」
 そして、矢島の101回目のプロポーズは、突如として後方より上がった耳をつんざく様な悲鳴により、打ち切られた。
187名無しさんだよもん:02/05/19 00:40 ID:nfb//eEP
【酒場内で何か事件発生】

姉さん、事件です!
じゃなくって「魔+法=魔法」の続きになります。
矢島の性格は浩之に代役を頼むくらいだから優柔不断な方がしっくりくるかなと思い、
少し変えてしまいました(^^;
188名無しさんだよもん:02/05/19 23:52 ID:BkrAgGfc
一応メンテ
189ちょっとした出来事:02/05/21 11:05 ID:fqX/exFN

「んじゃ、あたしちょっと仕事に行って来るから、後適当にやっといて」
 情報を求めてやって来た岩切、あゆ、そして久瀬を引き連れ、志保は立ちあがった。
 結構ワインを飲んでいたようだが、その足取りはしっかりしている。
「どこに行くんだ?」
「人探しは、それ専門の情報屋がいるのよ。後、久しぶりに一座も見てみたいし」
 志保はそう言って、浩之に一枚の紙切れを投げつけた。
 浩之が折り畳まれたその紙を広げた時には、すでに志保達の姿はドアの向こうに消えていた。

「何だ……ってこれ……」
「え、何々?」
 好奇心で横から覗き込んだ七瀬は、“領収書”と書かれた文字に苦笑した。
 ワインの項目に書かれた値段を見て、浩之はその紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げつける。
「さて、と……佐祐理さんも舞もしばらく寝てるだろうし、俺も自分の家に帰って一眠りするか……」
「傷の方はもういいの?」
 七瀬の視線に応え、浩之は片目をつぶって見せた。
「まだ少し痛むが、歩けないほどじゃないぜ。酒も入ってるし、何より自分の家が一番落ちつくしな」
 そう言って、志保のワインを二本ほどくすねると、浩之は玄関のドアを開けた。
 その後ろから、七瀬がひょいと顔を出す。
「…どうしたんだ?」
「足怪我してるんでしょ。一応送ってあげるわ」
 悪戯っぽい笑みの七瀬に、浩之も苦笑を返した。
「それじゃ、ちょいと家まで護衛を頼むかな。報酬は、このワイン一瓶って事で」
「任せてよ」
190ちょっとした出来事:02/05/21 11:06 ID:fqX/exFN

 連れだって外に出た二人は、人ごみを避け、裏通りを歩きながら浩之の家へと向かった。
 平気そうな顔をしていた浩之だったが、それでも背中の大きな爪痕と、足に受けた矢傷は簡単に治るものではない。
 一歩歩く度に、浩之は僅かに顔をしかめ、額にうっすらと汗が浮かぶ。
「……そう言えば七瀬、お前志保とはいつからの知り合いなんだ?」
 話の内容よりも、話す事自体で怪我の痛みを紛らわすように、浩之が七瀬に話しかける。
 それに気付いた七瀬は、しばし考え込むように唇に指を当てた。

「……あたしは実は、由起子さんの切り盛りしてた孤児院の出なのよ。
その孤児院に、よく旅芸人一座が来てたの。志保はそこの子だったから」
「へぇ……」
 それ以上の質問を封じるような七瀬の口調に、浩之は相槌を打つにとどめた。

 しばらく会話が途切れ、裏通りまで響く遠い喧騒だけが、空々しいBGMとなって流れる。
 足を引きずり、いかにも辛そうな浩之に、七瀬は顔をしかめた。
「ちょっと藤田、あなたちゃんとした治療を受けた方がいいんじゃない?」
「んな事言われてもな……」
 真面目な顔の七瀬に、浩之は困ったように頭を掻いた。
「俺は今まで、ほとんど病気も怪我もした事なかったから、どうも病院とか診療所が苦手で……」
「その背中の傷、ちらっとしか見てないけど、動物の爪痕でしょう? そういうのって傷が腐りやすいのよ」
「よ、よせやい……脅かすなよ」
 本当の所は塔の石像なのだが、どんなバイキンがいるかわからない点では、動物と似たようなものだ。
 七瀬は頑なに首を振って、静かに浩之を諭す。
「いい、藤田。どんな軽い傷でも、そこからバイキンが入れば、どんな事になるかわかんないのよ?
 傭兵仲間にも、大した事の無い傷だからって放っておいた奴が、傷が膿んで腐り、高熱にうなされた挙げ句、
 傷口には蛆虫まで涌いて、三日三晩苦しみもがいて死んだ奴もいるのよ。
 ちょっとのお金を惜しんで死んだら、目も当てられないわよ」
191ちょっとした出来事:02/05/21 11:08 ID:fqX/exFN

 さすがの浩之も、脅すわけでもない淡々とした口調で諭され、顔色を変える。
「そ、そうだな……じゃあちょっとは治療してもらうか。 けど、魔法の治療は馬鹿みたいに高いんだよな……」

 相手の傷を癒す治癒魔法は、魔法の中でも特に高度な部類に入る。
 素質が無い者には、一生かかっても覚えられない類の魔法なのだ。
 その為、白魔法や神聖魔法による怪我の治療は、一握りの金持ちか、余裕のある冒険者ぐらいしか受けられない。
 浩之のような大して金の無い庶民は、おおむね薬草を扱う街医者ぐらいしか頼れないのだ。

「……そう言えば、この前教会の診療所に入った新しい神父が、凄い腕のいい人だって聞いたんだけど」
「教会の診療所かぁ……」
 レフキーの一角にそびえる、荘厳な教会。
 その威圧感たっぷりの外見を思い出し、浩之は憂鬱そうに溜息を付いた。
「俺ってどうも、そういう宗教と相性悪いんだよなぁ……」
「ま、駄目元で行ってみればいいんじゃない?」
 軽快にツインテールをはためかせる七瀬に誘われ、浩之も思わず苦笑した。
「そうだな、それじゃあ行ってみるか」



【志保、岩切、久瀬、あゆ  情報を求めて移動】
【浩之、七瀬  浩之の家に帰る途中、傷の治療を受けに教会の診療所へ】
192名無しさんだよもん:02/05/23 01:26 ID:yAf3SYta
書き手募集あげ
193不穏:02/05/23 18:06 ID:zwd1+rkh

 岡田は奇妙な違和感に襲われた。
 例の遠征の為にニノディー城を空けた時間は、わずか数日。
 だが、その数日の間に、この城は奇妙なまでにその雰囲気を変貌させていた。
 背筋に走る悪寒をこらえ、岡田はニノディー城の前まで兵士を引き連れ、歩哨に帰還の合図を出させる。

「門を開けよ!」
「岡田様のご帰還だ!!」
 先の大戦による痛手を受けているとはいえ、最低限の修復は行われている。
 巨大な城門が地響きを立てて開き、扉を兼ねた吊り橋が堀を塞いで、岡田たちの前に道を作った。

「辺境伯はいずこに?」
「はっ、それが……」
 馬上から降り、付き人に手綱を渡しながら問う岡田に、彼は戸惑ったように口を閉ざす。
 その仕草だけで、すぐさま岡田は事情を察した。
「……そうか、また例の悪い癖か……」
 僅かにため息をつき、岡田は首を振る。

 この地に派遣されて以来、最初に彼女らを困らせたのが、辺境伯・橋本の放蕩癖であった。
 帝都を出る前にいくらか話は聞いていたものの、その放蕩ぶりは岡田の予想を大きく超えていた。
 何故このような無能が、辺境とはいえレフキーとの国境にある軍事拠点に配置されたのか、未だ謎である。
 いや、ただ無能であるだけでなく、その手癖の悪さは、噂に聞く高槻卿すらも上回っていた。

 その色を好む性格には、岡田達三銃士も度々被害を被っていた。
 言い寄られた事はもちろん、半ば無理やりにでもベッドに引きずり込まれそうになった事さえある。
 それでも、伯爵とはいえ、放蕩に身を崩した橋本にいいようにされる岡田や吉井ではない。
 唯一気がかりだった何も考えてない松本を、吉井が何度となく橋本から救い出していた事を思い出し、岡田はそっと苦笑した。
194不穏:02/05/23 18:07 ID:zwd1+rkh

 だがその吉井も松本も、もはやいない。
 その事を思い出し、岡田は唇を強く噛んで顔を引き締めた。
「わかった、辺境伯は館の方だな。私自らが出向くので、そう伝えておいてくれ」
「はっ」
 彼は一礼すると、大急ぎで馬を馬番に預け、館に向けて走っていった。
 それを見送り、岡田はニノディー城の自室へと向かう。
 彼にも身支度があるだろうし、強行軍の遠征で汚れた身で出向く事もないと思ったのだ。


 そして数刻後、帝国将校の礼服に着替えた岡田は、橋本の待つ城館に出向いていた。
 だが、通されたのは何故か橋本の寝室である。
 嫌悪と困惑の入り混じった顔で、岡田は扉の前に立つ儀杖兵に、視線を向けた。
 だが、彼ら自身も戸惑っている事を見て取り、岡田は顔をしかめる。

「三銃士がお一人、岡田様ご帰還なさいました!」
「わかっている。入れ」

 ぞくり、と再び岡田の背筋を冷たいものが走りぬけた。
 人に在らざるものが紡ぐ、何の感情も無い平坦な声。
 そう、まるでラルヴァに身体を明け渡した、あの小娘のように……

(いや、まさか……その意味がない……)
 自分の内にわいた不吉な想像を押しのけ、岡田は努めて平静に、黒檀の重苦しい扉を押し広げた。
「橋本辺境伯、今回の遠征のご報告に参りまし……」
 そこまで口にし、岡田は目の前の光景に言葉を失った。
195不穏:02/05/23 18:09 ID:zwd1+rkh

 巨大なベッドの上で、男女が絡み合っている。
 一人は言うまでもなく、橋本辺境伯であった。
 彼はベッドに仰向けに横たわり、自分の上で身をくねらせる女の胸を揉んでいる。
「へ……辺境伯、これは」
「ああ……彼女は、帝都からはるばる来て下さった、軍事顧問で、太田香奈子殿だ」
「……軍事顧問」

 その軍事顧問が、何故彼の部屋のベッドで伯と絡み合っているのか。
 不毛なその問いを押し殺し、岡田は唇を噛んで下を向いた。
 その様子を見て取り、橋本はおかしそうに笑う。
「どうした、男と女がまぐわうのが、それほど珍しいか? それとも、もしや三銃士殿は生娘なのかな?」
 ちらり、と橋本の上の女が、妖艶な流し目を岡田に送った。
 そのどちらも無視し、岡田は事務的に遠征の報告を行う。
 時折女があげる嬌声にも、岡田は決して反応しようとはしなかった。

 ようやく全てを報告し終えた岡田は、事務的な一礼を送ると、橋本と香奈子に背を向ける。
 その背後では、クライマックスに達しようとする女が、より甲高い声をあげていた。

 ……ごとん、と重苦しい音と共に扉が閉ざされると、岡田は大きく安堵のため息を漏らした。
 今までにも何度か、橋本が女を侍らせていた事はあったが、情事にまで及んでいる場に来た事ははい。
 不快感を隠そうともせず、岡田は足音高く廊下を後にする。

 もし、岡田がもう少し彼らを観察していたなら、事態はもう少し違っていたかもしれない。
 橋本の、もはやほとんど意思を感じさせない瞳。
 そして、その橋本の上で、女が満面の笑みを浮かべていた事に、気づいていたはずだった。
196不穏:02/05/23 18:11 ID:zwd1+rkh

 苛立ちとともに廊下を歩いていた岡田は、急に角を飛び出して来た少女に、危うくぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「危ないっ!」
 とっさに小柄な体を受け止めたものの、その顔から離れた眼鏡が床に零れ落ちる。
「す、すまない……大丈夫か?」
「はい、こちらこそ御免なさい……あ、眼鏡……」
 少々取り乱す彼女に、岡田は眼鏡を拾って差し出した。
 幸い、この館の床は贅沢な絨毯が敷かれているので、眼鏡が傷つく事はなかったようだ。

 少女が眼鏡をかけ、にっこり微笑むのを見て、岡田はわずかに目を細める。
 彼女は帝国公認の高級学士…もしくは魔術師…である証、真紅のローブを身に付けていた。
 見ない顔であったが、ふと、橋本の口にした「帝都からの軍事顧問」という台詞を思い出す。
「あの、帝国特務部隊の岡田様ですか?」
「ああ……お前は?」
「はい、この度帝都より派遣されました、藍原瑞穂と申します。お会いできて光栄です」
 礼儀正しく礼をする彼女の言葉は、岡田の想像が正しかった事を示していた。

「それであの、香奈子ちゃん……あ、いえ。栗色の髪の、私と同じローブを着た女性は……」
「彼女なら、辺境伯の寝室にいたぞ。もっとも、服など着てはいなかったがな」
「そう、ですか……」
 瑞穂が目に見えてしゅんとするのを見て、岡田は少し強く言い過ぎたか、と反省した。
 岡田にとってはただの厄介な他人でしかないが、彼女にとっては大切な人なのだろう。
「……ここに赴任が決まった時からなんです、香奈子ちゃんがおかしくなったのは……
 まるで別人みたいになって……昔は、あんなに優しかったのに……」
 目に涙を浮かべる彼女をもてあましながら、岡田は慰める言葉もなく廊下に突っ立っていた。
197名無しさんだよもん:02/05/23 18:15 ID:zwd1+rkh
【岡田  ニノディー城に帰還。橋本に秘宝は渡さず】
198名無しさんだよもん:02/05/24 21:40 ID:fpz/j2qn
これまでの放送は、ふみゅ〜ん製菓の提供でお送りしました。
引き続き、葉鍵ファンタジーWをお楽しみ下さい。
199追跡(1):02/05/25 02:58 ID:W41M0BKj
 やれやれ、と。阿部貴之はカサカサに渇いた髪をかきあげて嘆息した。
 せっかく拿捕した船は沈んでしまい、戻ってきたらこの有り様だ。
 建物の被害の割りに人的な被害が少なかったのが唯一の救いか。
 そう無理矢理自分を納得させる。させなければ、やっていられなかった。
「どうします隊長」
「とりあえず、崩れる前に重用品を運び出さないと…怪我人の輸送はすんでいるんだな?」
「はい、滞りなく」
「それじゃ…南の支部に荷物を運ぼう。例の倉庫にも近いし。今日中に何とかしたい。みんな、疲れているだろうけど、頼む」
「はい!」
 散っていく自警団員。士気が高いのは助かるな…貴之は、何度目かになる溜息をついた。
 そのとき、背後に人の気配を感じて振り向く。
「柳川さん…」
「貴之、少し抜ける」
 出し抜けに言う柳川。貴之は少し驚いて目を見開いた。
「何か?」
「このまま逃がしたとあっては沽券に関るのでな」
「どうやって?」
「俺は元々は狩り専門だ」
「そうですか…わかりました」
「すまんな」
「吉報を期待していますよ」
 非常に素っ気無い会話だったが、二人にはそれで十分だった。
 まだ出会ってからそれほど経ったわけではない。性格も違うし、常識的に相性のいい組み合わせとは思えないだろう。
 だが、二人は何故か意気投合している。その理由は、二人にもわからない。
 柳川は踵を返すと、雑踏の中に消えていった。貴之はそれを見送り、姿が見えなくなってから、部下に指示を出し始めた。
200追跡(2):02/05/25 02:58 ID:W41M0BKj
 久々に『娘』との会話を楽しんだ長瀬源五郎は宿に戻っていた。
 甥は朝早く出て行ったまま、まだ戻らない。何か厄介ごとに巻き込まれてなきゃいいんだが。
 そんな事を考えながら、昼寝して時間を潰す。当事者ではない彼にできることは、せいぜいその程度の事だ。

 …コツ。

 どれくらい時間が経ったか。微かな物音に目を覚ますと、周囲は暗くなり始めていた。祐介が帰ってきた様子はない。
 …コツ。
 何かが落ちるような音。音がしたほうを大体見当をつけてみると。
 …コツ。
 開いた窓から、微かに放物線を描いて、何かが部屋に入ってきた。
 窓から身を乗り出す。と、そこには。
「やっほー」
「おや、お嬢さん」
「ようやく気付いたわね。まあいいわ、部屋に入っていい?」
「それは失礼。少しうとうとしていたので。どうぞ、入ってください」
「そう、じゃ、お邪魔するわね」
 彼女、来栖川綾香は手に持っていた小石を落とすと、二度三度、軽く飛ぶ。
 刹那。軽やかに壁を叩く音が三つ。ふわりと身を躍らせ、綾香は窓から宿の中へと入った。
 ちなみに、部屋は二階にある。
「いや、お見事」
 手を叩くしかない彼に、
「ありがと」
 綾香はにこりと笑みを浮かべた。
201追跡(3):02/05/25 03:03 ID:W41M0BKj
 それからしばらくして…
 綾香から渡された本に目を通していた長瀬源五郎は顔を上げた。
「フム…なるほどね」
「どう、何かわかる?」
「いや、さすがに専門外なのでね、私にわかることはそれほどないんですが」
「それでも構わないわ。わかることだけで」
 ふう、と頭を掻きながら言う。
「水の組成の仕方が書かれています」
「水…って海とか川とかの?」 
「ええ。その水です。特殊な水を生成して…この辺りは良くわからないんですがね、それをある条件で凝縮する…」
「それが、生命の魔石、というわけ?」
 犬飼が奪った最も重要なもの、それが生命の魔石だ。綾香が彼を追う理由でもある。
 しかし、長瀬は首を横に振る。
「まさか。こんなもので『生命』が生まれるわけがない。ただ…」
「ただ?」
「はっきりと言えることはありませんよ。ただ、ね。彼の目的は『生命の魔石』を作る、あるいはメカニズムを解明する事ではないかもしれない…そう感じただけです」

【柳川 一人海賊を追う】
【阿部貴之 自警団の指示】
【長瀬源五郎&来栖川綾香 会談中】
202名無しさんだよもん:02/05/25 03:05 ID:W41M0BKj
と言うわけで『追跡』をお送りします。
なんか尻切れトンボですけど…すいません。
指摘あったらよろ。
203追跡(4):02/05/26 17:16 ID:n9hkdLB0
 そこで、長瀬源五郎は一旦研究書を閉じる。
「しかし、以外ですな」
「え?…なにが」
「綾香お嬢様が、生命の魔石に執着している事ですよ。この手のことは嫌いだと思っていたんですが」
「嫌いよ。勿論。ただ…少しでも、セリオの為になれば、ってね」
「ほう…」
「あの子、自分がマルチの模造型である事にコンプレックス持ってるのよ。表には出さないけどね。
 自分の事なんてどうでもいいって、自虐的な考えをしてる」
「セリオも、マルチのようになってもらいたい、と?」
「セリオはセリオ、マルチはマルチよ。今だってセリオは私の友達だわ。
 ただ、自信をもってもらいたいのよ。自分で自分を廉価品呼ばわりして欲しくないの」

 その後、綾香は他に持ち出してきた幾つかの研究書を源五郎に預けると、部屋から出て行った。
「今日は疲れたから、もう休むわ。隣りにいるから、何かあったら起こして」
 そう言っていたから、おそらくは隣りの部屋に泊まるのだろう。
 彼にとってはどうでもいい事だった。少なくとも、研究書以上に興味に駆られるものではない。
 ランプに火を燈しながら思う。

(コンプレックスか…セリオの『生命の魔石』がようやく起動し始めたと言う事か?
 …前文明の遺跡から発掘された二種類の魔石、マルチとセリオ…まだまだ謎は霧の中だな)

【長瀬源五郎 徹夜モード】
【来栖川綾香 隣りの部屋でお休み】
204名無しさんだよもん:02/05/26 17:18 ID:n9hkdLB0
すいません、あまりに中途半端すぎるんで追加します。
もう少し考えてから上げろよな、俺。
205:02/05/26 22:54 ID:H8l3LakN
「うぎゃああぁぁぁ!!!」
 耳をつんざく様な悲鳴と共に目の前の壁に突き刺さった異物にあたし達の目は釘付けになる。
 切り取られた人間の腕。
 その腕が握ったままの細い剣が、鮮血を撒き散らしながら、壁に突き刺さっていた。
「なんだぁ!?」
「うっ……」
「きゃああああ!!」
 考えるよりも早くあたしは悲鳴をあげていた。

 あれほど騒がしかった店内が一瞬水を打ったように静かになり、騒動の元を示すかの様に人の輪ができる。
 輪の中心には、腕を斬られのたうち回る男と、それを満足げに見下ろす男。
 見覚えがある二人。そう、先ほどから店内で口喧嘩を繰り広げていた二人。
「手が!私の腕がぁぁぁ!!」
「ヒャハハハハ!ざまぁねぇなぁ!」
 苦しむ男にそう言い放つ男の様子は、正気を欠いていた。
 表情は汚く歪み、耳障りな笑い声を放つ。何より異常なのは、この状況を明らかに楽しんでいた。
 先ほど見た時の印象より、何倍もヤバイ感じになっている。
「だから言ったろう?俺様の斧が最強の武器だって」
 男は血がこびりついた斧を見せびらかしながら構えなおした。
「な、なんだありゃあ?」
 誰かはわからないが、そのつぶやきが示す様に、それは斧と言うにはあまりにも常軌を逸していた。
 それは持っている男の身長に達するほど巨大で、刃全体に不可思議な幾何学模様が走り、男の腕と同化していた。
 腕には血管の様なものが幾重にも浮き上がり、まるで斧それ自体が鼓動している様だった。
「ま、待ってくれ!あああ、アンタの斧が凄い事は良くわかった!認めるから命だけは……」
 片腕を無くした男は、命乞いを最後まで言い終わる事はできなかった。
 巨大な斧が容赦無く、その体を縦に切り裂いてしまったから。
206:02/05/26 22:54 ID:H8l3LakN
 断末魔をあげる間さえ無く、真っ二つにされてしまった男の体が床に崩れ落ちるのを合図に、店内はパニックに陥った。
 悲鳴、怒号、嗚咽。客達は我先にと、それらで溢れかえる店内から一刻も早く逃げ出そうと出口を目指して走りだす。
 あたし達は位置が悪かった。斧の男よりも店の奥に位置するテーブルに居たために店に取り残され、男と対峙する形になってしまったのだ。
 逃げ遅れた理由は他にもあるんだけど……
「御堂!」
 女の人が、高笑いしている男を挟んで、御堂さんに呼びかける。
「真希!早く逃げろ!」
「でも……」
「いいからとっとと行きやがれっ!」
「御堂さん!矢島さん!」
 もう一人、女の人がこちらに呼びかけた。
「天野も早く行け!」
「すぐ、すぐ詰め所に連絡しますから!」
「御堂ー!」
 真希と呼ばれた人が、再度叫ぶ。
「繭に何かあったら、一生許さないからねっ!」
「少しは俺達の心配もしやがれ!」
 そうして二人は店を飛び出していった。
207:02/05/26 22:58 ID:H8l3LakN
 あたし達以外にも店に取り残された人達が、笑っている男の脇をすり抜け逃げ出そうとしたが、
 ほとんどが巨大な斧の餌食にされてしまった。
 その凄まじい光景にあたしは気が遠くなり、気を失ってしまうかと思われたが、それより一瞬早く、
「みゅ〜…」
「えっ?」
 繭ちゃんが気を失い、あたしに倒れ掛かってきてしまったせいで、あたしは現実逃避もできずに、気を保ってしまった。
「お前等!」
 御堂さんが叫ぶ。
「ここは俺と矢島がなんとかするから、繭を連れて逃げろ!」
「お、俺もッスか!?」
「当たり前だろが!運命の人なんだろ!?」
 その申し出は非常にありがたいです。ありがたいんだけど、
「そ、それが……」
 そんな二人に残念な報告をしなくちゃならないなんて……
「腰が、抜けちゃって……」
「まさか、立てないのか?」
 コクン。
「なんてこった……」
208:02/05/26 23:02 ID:H8l3LakN
「ちっ、しょうがねぇな」
 舌打ちした御堂は、先ほど飛んできたテーブルに突き立った腕からレイピアを取り上げ、
「こういうのは、お上に任せときゃいいんだけどな」
「ど、どうするんスか?」
「あいつをぶっ倒す」
 巨大な斧を持った男に向かって駆け出した。

【御堂・矢島 斧の男と対峙】
【瑞希・繭 動けない】
【広瀬・美汐 店の外へ】

えーっと、「兆し」の続きになります。
一転してスプラッタ;;
佳乃が一言も言及されてないけど店内に居るはず;;
無茶がありましたら、指摘よろ。
209名無しさんだよもん:02/05/27 16:29 ID:Fob8ADeY
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 /´∀`;::::\<  失礼しますです、はい。
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210名無しさんだよもん:02/05/28 22:55 ID:6XuOWPEs
保守〜
211名無しさんだよもん:02/05/29 22:14 ID:ut89+Q44
もひとつ保守。
212メンテ、だよね:02/05/30 23:43 ID:4VFjyuR8

「この葉鍵ふぁんたじーは、好きですか」
「…え?」
 いや、俺に訊いているのではなかった。
「わたしはとってもとっても好きです。でもなにもかも変わらずにはいられないんです。
 作品を書き上げる楽しさとか、良作を見た時のうれしさとか、ぜんぶ。
 …ぜんぶ、変わらずにはいられないんです」
 たどたどしく、ひとり言を続ける。
「それでも、このスレが好きでいられますか。
 わたしは…」

「書き続ければいいだけだろ」

「えっ…?」
 驚いて、俺の顔を見る。
「次の作品や、良作の感想を書き続ければいいだけだろ。
 あんたの作品や、良作の感想はひとつだけなのか? 違うだろ」

 そう。
 何をやっても無意味だと感じる時期。
 誰にでもある。

「ほら、やってみようぜ」

 俺たちは書き始める。
 長い、長い物語を。

(注:上記の内容と本編はなんら関係ございません。又、本編に興味のある方は、
http://ha_kagi.tripod.co.jp/fantasy/
↑の編集サイトをご利用すると便利です。まだ始まったばかりですので気軽にご一読ください。
213名無しさんだよもん:02/05/30 23:52 ID:4VFjyuR8
下がってるうえに、ageなきゃ人がこないか……。
214名無しさんだよもん:02/05/31 17:20 ID:EFPqTILP
とりあえずここでメンテ
215名無しさんだよもん:02/05/31 22:45 ID:CiWVAisT
スレストじゃあ今週はお休みかな。
216名無しさんだよもん:02/06/01 00:45 ID:KKzErmQZ
書く気はあるのだけど、時間が……
うー、吉井その後を書きたいw
217真実の敵:02/06/02 02:58 ID:NtQRzwFN

 タイル張りの通路を蹴るたびに、足元で水が跳ねる。
 この地下下水道は、レフキーの発展と共に増築され、今では街の下を網の目のように覆っていた。
 実際この下水に迷い込んで出られずに死んだ冒険者の話は、この街に住む人間だったら、誰もが一度は耳にするだろう。
 名雪自身、秋子から幾度もレフキーの地下の話を聞いていたし、ここの危険性も知っていた。

 名雪の目の前を、友里の背中が見え隠れする。
 俊足で馴らした名雪でさえ、友里との差はなかなか縮まらなかった。
「……ううん、名倉さんってこんなに足が速かったんだ」
 だがそれよりも驚くべきなのは、この暗闇の中、明かりも無しに下水道を疾走している事であろう。
 いくら前方に銀色鼠がいるとはいえ、到底常人のなしえる技ではない。
 と、急に友里が立ち止まった。
「えっ」
 二人の差は10メートル程度でしかなかったので、名雪はあっという間に友里に追い着き、もう少しで追いぬく所だった。
「わっ、とと……ど、どうしたの?」
「騒がないで。私とした事が、少し焦ってしまったみたい。罠にかかるなんて」

 友里の言葉の意味を名雪が問うより早く、その答えは壁一面を覆っていた。
「わわっ、凄い数だよ……」
 壁を、床を、そして天井さえ覆う無数の紅い光点は、全て鼠のものだ。
 ふたりはまんまと、鼠の大群の中におびき寄せられてしまったのだ。
 慌てて背後を振り向いた名雪は、息を呑む。
 幾重にも編み込まれたカーテンを彷彿とさせる、冗談のような鼠の壁がそそり立っていた。
 まるで、四方の壁全てが鼠で出来た、悪趣味な部屋に迷い込んでしまったようだ。

 そして次の瞬間、全ての鼠が二人めがけて、襲い掛かってきた。
218真実の敵:02/06/02 02:59 ID:NtQRzwFN

「名倉さんっ、私の後ろにいてっ!」
 さすがの名雪も、これだけの数の鼠を相手に勝てるとは、到底思えなかった。
 何より相手は、四方八方から襲いかかってくる。
 だが、こんな所で諦めるのはもっと嫌なのだ。
 目を狙って跳びあがって来る鼠に、名雪は正確に拳を叩き付ける。
 手を通して伝わる、肉が潰れ、骨がひしゃげる嫌な感覚。
 しかし今は、そのおぞましさに身震いしている暇などない。

 天井から落ちてきた5匹の鼠は、名雪のジャブによって一瞬にして肉塊と成り果てた。
 間髪入れず、足元から跳びついてきた鼠達を、ローキックで薙ぎ払う。
 その内の何匹かが名雪の足に取りつき歯を立てるが、魔法のかかったキックブーツは、何とか持ちこたえた。
「ていっ!!」
 鋭い風斬り音すら響かせる蹴りで、第2陣の鼠達と、足に取り付いていた鼠の両方を振り払う。
 だが、所詮は多勢に無勢、このままでは数刻と持たずに、鼠に食い殺されるだろう。
 さらに数を増した鼠の攻撃に、名雪は思わず自分の最後を想像した。

 その時、一陣の風が耳を横切る。

 きぃん、と耳の奥に鈍い痛みが走り、名雪は思わず耳を押さえた。
 突如下水を吹き荒れた暴風が、瞬く間に鼠達を跳ね飛ばしていく。
「落ちついて、そこから動かないほうがいいわ」
「な、名倉さん……!?」
 呆然と、名雪は自分の背後の彼女を振り返る。
 風は、彼女から吹き付けていた。
219真実の敵:02/06/02 03:01 ID:NtQRzwFN

 凄まじい風の壁が、鼠達を一瞬にしてなぎ払った。
 そのあまりの凄まじさに、名雪は目を丸くする。だが、逆に友里の顔はしかめられていた。
 しばらく風が巻き起こった後、友里は溜息混じりにかざしていた両手を下ろす。
 辺りには、もはや一匹の動く鼠の姿も見えなかった。
「凄い……」
「………はぁ」
 感心する名雪とは対照的に、友里は憂鬱そうに前髪を掻きあげる。
「また見失ってしまったわね」
「そのようだな」

 溜息混じりの独り言に応えたのは、ようやく追い着いてきた大志であった。
 大志は周囲の壁とその惨状を見渡し、走って来たせいで乱れていた呼吸を整える。
「……成程、“風使い”……そういう事か」
「風使い?」
 耳慣れない単語を聞きとがめ、北川が問い返す。
「同志北川、四元素は知っておるかね」
「え?……えっと、地と水と……後は火と風か」
 指折り数え、少々自信なさげに答える北川に、大志は満足そうに頷いた。
「うむ。普通の魔導師は、それらを呪文によって操り、魔法の効果を発揮する。
 だが中には、特定の属性に異常に親和性を持ち、その属の魔法を一瞬で行使する事が可能な者もいる。
 ……“精霊に愛されしもの”……つまり、元素使いだ」
「……つまり、それって名倉さんは風の精霊と、物凄く仲良しって事?」
 おずおずと言った名雪に、大志は肯定の笑みを見せた。
220真実の敵:02/06/02 03:06 ID:NtQRzwFN

「流石は同志名雪、飲み込みが早い……ん、どうした、同志北川」
「あ、いやその……俺、あんまり魔法の事とか知らないし……」
 大志はちょっと沈黙すると、咳払いをして友里に向かい合った。
「……と、ともかくだ。今ので推論が確信に変わった。
 やはり名倉女史、あなたはアカデミーのメンバー……それも、今の術から見るに、かなりの高位ではないかな」

 友里は諦めの混じった笑みを浮かべると、首を縦に振った。
「やっぱり……アカデミーだったのか!! 何でだ!? 何でこんな人体実験みたいな事しやがるんだ!!」
 激昂した北川が、友里に掴み掛かろうとするのを、大志が押さえ付ける。
「よせ、同志北川!」
「何で止めるんだ、大志! こいつは、こいつらは何の関係もない人間を犠牲にして……!」
「勘違いしないで欲しいんだけど……あそこで死んでいた者、あれは全てアカデミーの者よ」
 憂いを秘めた友里の声に、北川の動きが止まり、大志ははっと息を飲んだ。
「ど、どういう事だ!? まさか味方を犠牲に……」
「………そうか、そういう事か!!」
 北川がギョッとするぐらいの大声で、大志がいきなり叫んだ。
「な、何がそういう事なの?」
「……いや、しばし待て、同志北川。答える前にひとつ、名倉女史に聞いておきたい事がある」
 目をぱちくりさせる名雪と北川を制し、大志は真っ直ぐに友里を見詰めた。
「あの鼠は……ひょっとして失敗作ではないのか?」
『失敗作!?』

 友里は驚いたように目を見開くと、大志の顔をまじまじと見詰めた。
「な………ええ、そうよ。けど、どうしてそう思ったのかしら?」
221真実の敵:02/06/02 03:11 ID:NtQRzwFN

「そうか……それなら、全ての辻褄が合う」
「な、なんだよ大志! 一人で納得してないで、俺達にもわかるように説明しろよ!」
 二転三転する状況に、苛立った北川が声を荒げる。
 その北川を手でなだめ、大志は思わせぶりに口を開いた。
「……これは、限られた情報で組みたてた我輩の推論でしかない……間違っていたら名倉女史、遠慮なく訂正してくれたまえ。
 最初に我輩達の前に現れた犠牲者、あれは魔術師であると、そう我輩は言った」
「お、おう」
 北川が同意し、名雪も頷く。
「そして、名倉女史のパーティーメンバーである、第2の犠牲者……彼も、鎧を身に着けてない事から、魔術師であると推測する。
 ここで我輩は、ひとつの疑問にぶち当たった。
 同志北川、名雪、考えて見てくれ。ひとつのパーティの中に、魔術師が三人もいるような状況が、ありえるのだろうか?」
「あ……確かに。バランスが悪すぎるね」

「そう。普通なら、前衛のいないパーティなど自殺行為でしかない。
 おまけに、数の少ない魔術師だけでパーティを組むなど……贅沢極まりない上、あまりに不自然だ。
 だが……その不自然が、いとも容易く現実になる場所がある。
 そう、アカデミーの中だ。
 ひょっとして、彼らは全てアカデミーの研究者達で、失敗作を始末……あるいは、回収しようとして、返り討ちにあったのではないか、とね。
 それならば、魔術師だけでパーティが構成されている理由も、説明がつく」
「け、けど大志、それなら何で、名倉さんは俺達に事情を話さなかったんだよ?」
 北川の疑問に、大志は指をちっちっ、と振った。
「言っただろう、同志北川。あれは“失敗作”なのだと。
 危険な実験動物を逃がしたなどと知られたら、アカデミーの権威は地に落ちる。
 恐らく、アカデミーは秘密裏にあの鼠を始末したかったのだろう。
 だからこそ、アレほどの死人があったにも関わらず、王国の介入がなかったのだ。
 アカデミーとしては、ただの化物騒ぎとして、始末したかったのだろうな。
 ………いかがかな、名倉女史」
222真実の敵:02/06/02 03:14 ID:NtQRzwFN

 パチパチパチ……と、場違いな拍手に驚いた北川が顔をあげると、友里が諦めと称賛の入り混じった顔をして、手を叩いていた。
「大したものね……大志さん。その頭脳、アカデミーに欲しいくらいだわ」
「………いや、一番可能性の高い推論に過ぎなかったが……どうやら、当たっていたようだな」
 肩をすくめ、大して嬉しそうでもない大志に、北川はまだ納得のいかない顔をしていた。
「おい大志、結局彼女は、アカデミーの何だってんだ?」
「それは、彼女自身の口から聞けるだろう」
 大志の視線を受け、友里は苦笑しながら頷く。

「そうね……じゃ、改めて自己紹介をするわ。私は名倉友里。アカデミーの保安部主任なの」
「保安部!?」
「そう。担当は、アカデミー内の治安維持と、内部監査。そして、トラブルの解決。
 知性を持たせた動物の研究は、某商会と合同で行われてたのは、周知の事実だったのだけど」
「頭のイイ鼠なんか作って、鼠の学校でもする気だったのかよ?」
 喧嘩腰の北川に、友里は苦い笑みを貼り付けたまま首を振った。

「まさか。そうだったらまだ良かったのだけれどね。
 知性を持った動物は、物凄く軍事利用に適してるの。
 敵陣調査、情報伝達に役立つしゃべるカラス、屋内に簡単に進入出来る、知能の高い猫。
 そして……
 群体型自立生体戦略兵器……“プロジェクト・アルジャーノン”
 ……おとぎばなしと民間信仰をモデルに作られた、究極の軍事兵器。
 考えてもみて……たった一匹の鼠を敵の国に放つだけで、一瞬にして内部から崩壊させられる。
 剣も魔法も効かず、あっという間に食料は食いつくされ、彼らを媒介にした病原菌が都市中に溢れかえる」
 その情景を想像し、ごくりと北川の喉が鳴った。
223真実の敵:02/06/02 03:15 ID:NtQRzwFN

「で……ここからはバカな話なのだけれど。
 研究は、とある商会の援助の元、犬飼って人を研究主任にして、アカデミーと共同で行われたの。
 ところが、その犬飼さんが商会を出奔しちゃったせいで、研究自体が宙に浮いちゃったのよ。
 責任者不在のごたごたの中で、最悪な事に、実験動物が何体か行方不明。
 保安部主任の私の所に報告された時には、すでにバカな現場研究者が何人も独断で捕まえに行っちゃってたの。
 その結果はあなた達も知ってるでしょう……あの死体の山」

 友里は情けなさそうに溜息を吐き出すと、下水の闇に目をやった。
「アルジャーノンは、魔法によって作られた群体生物の総称なの。
 クラゲやキノコといった小さな生物が、無数に集まって一つの個体を形作るように、鼠の群れそのものが、一つの生物なのよ。
 あなたが倒したあの銀色のは、ただの司令塔でしかないわ。
 いくらでも代わりのきく、ただの首輪の運び屋よ。
 アレを倒すには、全ての鼠を皆殺しにするか、首輪を取り上げるかのどちらかしかない。
 とはいえ、保安部の精鋭5人でそれをやろうとした結果、生き残れたのは私一人だったけど」

「名倉女史、何故奴らは、わざわざ我輩達の元に来たのだと思う?」
 大志の質問に、友里はしばし考え込むように指を唇に当てた。
「失敗作、って言ったわよね。
 制御が利かない、という以外にも、彼らは定期的に魔力を補充しないと、魔法が切れてしまうの。
 少し前までは、アカデミーの魔術師の脳がいくらでもあったけど、そろそろ尽きた頃だし。
 多少の危険を冒しても、外に補充しに行った……けど、思わぬ抵抗にあって退却した、そんな所じゃないかしらね」
「成程……それならば、まだ勝機があるな」
 自信満々に言う大志に、北川、名雪どころか、友里まで驚いたように大志を見詰めた。

「名倉女史、今の話で、我輩はひとつ策を思いついたのだが……勿論、協力してもらえるだろうな?」
224名無しさんだよもん:02/06/02 03:18 ID:NtQRzwFN
【名倉友里 アカデミー保安部主任】
【友里と大志、共同戦線】


久しぶりに書いてみたら、むちゃくちゃ長くなってすいません。
一応、整合を考えたのですけど、間違っている部分があれば訂正してください。
225名無しさんだよもん:02/06/02 23:30 ID:fnGHsJzf
           __________________
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 /´∀`;::::\<  スレ汚しすみませんです、はい。
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226名無しさんだよもん:02/06/04 02:05 ID:WQwH8ZAS
駄めんて
227名無しさんだよもん:02/06/05 01:33 ID:fGgTkPJH
超めんて
228酔虎:02/06/05 01:58 ID:MlK52ryq

「よーし、早いとこ修復しときやー」
「航行に必要な部分を優先しろ! 内装は出港してからでも可能だ」
 副船長の晴子と、信頼の厚い坂下の指示により、海底を進んできた船の修復を行っていた。
 船のデッキの上を、何人もの海賊が忙しそうに駆け回っている。
 それを尻目に、鴉を肩に止まらせた犬飼は、のんびりと酒など飲んでいた。

 海中に沈み、海の底を進む事が出来るのはいいが、それをするとまともに航海が出来なくなるのが、ミラクルカノン号の最大の弱点であった。
 水浸しになる船内は勿論の事、舵に絡む海藻、人間サイズのイソギンチャクやヒトデ、そしてあちこちに積もった砂。
 これら大量のゴミが、船の到る所に貼り付き、船をめちゃくちゃにしていた。
 今しがたも、船内に潜んでいた巨大クラゲを数人掛かりでようやく退治し、船から突き落とした所だ。
「副船長、もうそろそろ出港が可能です」
「そうか……後は船長と冬弥か……ったく、いつまで待たせる気や」
 ぶつくさ文句を言いながら、晴子は船上から例の寂れた港を見下ろした。
「晴子さん、そろそろ追撃隊が捜索を開始する頃です」
 デッキの砂を部下と一緒に掻き出していた坂下が、顔中泥だらけにしながら声を掛けた。
 晴子は渋い顔をすると、船から顔を出して、フィルムーンの方角を伺う。
 と………

「好恵、アレ出しといて。それから犬飼さん、お酒貰うで」
 晴子に持っていた酒の袋を取り上げられても、犬飼は文句を言うでもなく、ただ肩をすくめた。
「いい知らせか、それとも悪い知らせかね?」
「……両方や」
229酔虎:02/06/05 02:00 ID:MlK52ryq



 きぃん、と鋭い音と共に、ナイフは簡単にへし折れて地面に落ちる。
「くっ……!」
 とっさに懐の爆弾を取り出そうとした祐一は、一瞬で喉元に突き付けられた切っ先に、ごくりと域を飲んで、動きを止めた。
「そうだ、命が惜しくば動くなよ。そこのお前もだ」
 男は……柳川は鋭い声で冬弥に告げると、静かに祐一を見下ろした。
 祐一はぎり、と唇を噛み締めると、柳川を睨みつける。
「なかなかいい目だが……海賊のキャプテンとしては、少々期待はずれだな」
「くそっ……」
 流石の祐一も、喉元に剣を突きつけられては、身動き一つ取れなかった。
 せめて右腕だけでも使えれば、もう少し時間稼ぎもできたのだろうが、詩子に打たれた手首は青く腫れ上がっている。
「本来なら、仲間を誘き寄せる餌にするべきだろうが、貴様は少し危険なのでな。
 早めに縛り首にさせてもらう。悪く思うな」



「なんやなんや、楽しそうやなぁ。 うちも混ぜたってや」
 緊迫した場面に、いきなり場違いに明るい声が響いた。
 はっと周囲を見回す柳川だが、さすがに祐一に突き付けた剣はぴくりともしない。
「は、晴子さん!」
「晴子さん、やあらへんわ。 男だったら、もう少し頑張らんかい!」
 ふらりと草陰から現れた晴子は、腰に手を当て、斜めに祐一たちを睨みつけた。
 ラフな格好は相変わらずだが、今は腰に二本の刀と、酒の袋を下げている。
「貴様は……」
「うちは副船長の晴子や。どうや、男同士で遊んどらんと、うちとイイコトせえへんか?」
230酔虎:02/06/05 02:02 ID:MlK52ryq

 柳川は晴子の腰の剣に目をやり、そしてその身のこなしを見てから、すっと祐一から剣を離した。
「キャプテンともあろう者が、部下に助けられるなど、情けない話だな」
「そうなんや。うちのキャプテンは、ホンマへたれで困るわ」
 真顔で言う柳川に、これまた晴子も真顔で返す。
 言われた本人の祐一は、本当の事なので、何も言えずに沈黙した。

「せやけど、キャプテンを人質にとらへんのは、随分潔ええな」
 予想外、といったふうに苦笑する晴子に、柳川は微笑する。
「海賊を捕まえる事、面子を取り戻す事……だが、人質などとって、強者と戦う機会を逃すくらいなら、このまま見逃してもいいくらいさ」
 次の瞬間、地面を蹴って一気に間合いを詰めた柳川の剣が、上段から晴子に向けて振り下ろされた。
「…………!!」
 金属と金属のぶつかる鋭い音が、街道に響き渡った。
 様子見ではあったが、並の剣士では受けるのがやっとの柳川の剣を、晴子は片手の刀で受け止めていた。
 だが、柳川が目を見張るのはこの後だった。
 続く動作で、晴子は左手で二本目の刀を抜き打ちざまに、柳川の腹を薙ぐ。
 とっさに跳び下がったものの、切っ先をかわしきれずに、腹に紅い線が描かれる。
「……ほう!」
 感嘆の声を残しながら、柳川は晴子から間合いを取り、再び剣を構えた。

「……成る程、伊達に副船長を務めているわけではないと、そういう事か」
「まぁな……あんたも、どうやら並みの剣士ってわけじゃあないみたいやなぁ」
 にやり、と頬を緩めて、晴子は楽しそうに首を傾げた。
「久しぶりに、うちも本気が出せそうやないか」
231酔虎:02/06/05 02:04 ID:MlK52ryq

 刃渡り1メートルを超える、美しい二振りの青竜刀。
 それを右手、左手の両方に構え、晴子はすっと腰を落とした。
「それは、異国の刀だな……」
「うちの愛刀や……青竜刀『酔虎』『雫龍』」

 右手の『酔虎』を顔の横に、左手の『雫龍』を正面に構え、晴子は目を細めた。
「いくでっ!」
 虎が獲物に飛び掛るように、晴子が一気に柳川に肉薄する。
 左からの一撃を剣で受け止めるが、その重さに柳川は舌を巻いた。
 だが、晴子はすぐさま左手の刀で、正面から突きを放ってくる。
 それを何とかバックステップで避ける柳川だが、晴子はなおも追いすがった。

 晴子の身体が旋回し、立て続けに柳川が構えた剣に刀がぶち当たる。
「どうしたんや、次は下やでっ!」
 声と同時に、風切り音と共に、刀が柳川の足を薙いだ。
 太ももに浅い傷が走り、柳川は顔をしかめる。
「次は上っ!」
 一本は目を、もう一本は首を狙って振られた刀を、何とか柳川は捌く。
「まんなかっ!!」
 今度はハサミのように、両側から挟み込む……と見せかけ、切っ先がいきなり跳ね上がった。
「っ!?」
「甘いわっ!」
 目を狙っての突きは何とか剣で受けたが、死角からの左手の刀は、まともに柳川の太ももに突き刺さっていた。
232酔虎:02/06/05 02:05 ID:MlK52ryq

 だが、自分の足に刀が刺さった瞬間、柳川は後ろに下がるのではなく、晴子の懐に飛び込んでいた。
「!!」
 予想外の行動に、晴子の表情が凍りつく。 
 柳川の腹を狙って突き出した剣が、晴子に突き刺さる、と思った瞬間、彼女は後ろに倒れこんでいた。
 続いて、柳川の剣を蹴り上げると、すぐさま跳ね起きる。
 だが、全くの無傷ではなく、晴子の腹には血の染みが広がっていた。

 柳川の口元に笑みが浮かび、晴子もつられたように陽気に笑う。
「やるやないか。あのまま押し切れたとおもたんやけどな」
「こっちこそ、今のをかわせるとは思わなかったぞ」
「せやけど、こっちの傷よりあんたの傷の方が深い……何っ!?」
 余裕たっぷりに柳川の足の傷を見た晴子は、ぎょっと目を見開く。
 かなり深く抉られたはずの傷が筋肉で盛り上がり、溢れ出るはずの出血を食い止めていた。
「……なんや、あんた面白い能力持ってるんやな」
「悪いな、生まれつきでね」

 刀の傷をものともせず、柳川はすっと剣を晴子に向けた。
 その動作にも、傷によるダメージはほとんど見受けられない。
「……しゃあない、もうちょっと頑張るか」
 晴子は悪戯っぽい笑みを浮かべると、腰の皮袋を外して、口に持っていく。
 ぷん、とアルコールの臭いが、柳川の所にまで漂ってきた。
「これは……」
「銘酒『人魚』………効くでぇ、これは」
 喉元を伝う酒に色っぽく舌なめずりしながら、晴子は再び二本の青竜刀を構えた。
233長瀬なんだよもん:02/06/05 02:07 ID:MlK52ryq
【晴子 追跡に来た柳川と戦闘】


随分久しぶりです。晴子VS柳川ですた。
それでは、誤字脱字修正、おかしな所がありましたら、指摘よろ。
234名無しさんだよもん:02/06/06 05:15 ID:s7UFs6Dh
(・∀・)イイ!!
235名無しさんだよもん:02/06/07 01:31 ID:NU+GsSPA
メンテ
236名無しさんだよもん:02/06/08 00:40 ID:v29naaYY
メンテ
237生物が兵器という事:02/06/08 03:09 ID:8NOLHdTw

 地面の下に広がる空間。そこは本来なら静かに水が流れる音が響くだけだったろう。
 そこを人は――大抵は嫌悪と不快の意を込めて――下水道と呼ぶ。決して、好き好んで人が足を踏み入れる場所では、ない。
 付け加えて言うならば、ここは首都、レフキーの地下下水道なのだ。地元の人ならここで迷って死んだ冒険者の――どう冥福を祈ったらいいんだ! と、問い詰めたくなる――話を聞いた事があり、それでも進入するなど余程の物好きに違いない。

――だが、その物好きが四人、集まっていた。しかも、網の目の様に入り組んだその奥に。


「……勿論、協力してもらえるだろうな?」
 緑髪の魔術師は否定を許さない力強さで問う。無論、首を縦に振る以外には彼女に選択肢など在り得るハズがないのだが。

 北川は内心苦笑した。協力を頼むのは友里さんの方だろう、と。

「鼠。アルジャーノンの話を総合すると……かなり長時間魔力供給が途絶え、最早背に腹は代えられないところまできているようだ。おそらくは、持って一日。それならば外に魔力補給に出た所を叩くまでだ」
 自身満々の大志に名雪がかぶりを振りながら反論する。
「そんな事言っても……出入り口は一つだけじゃないし、それにその気になれば鼠にしか通れない様な穴から街を襲っちゃうかも……なりふり構わず」
「待ち伏せや持久戦での魔力切れを狙うのは無理のようね」
 アカデミーの、それもかなりの地位を誇る友里のその一言は、少なからず優越感を帯びていた。大志は眉を寄せる。
238生物が兵器という事:02/06/08 03:11 ID:8NOLHdTw

「……ならばアルジャーノンの大好物を囮に使う、という策はどうだ? 少なくともここには魔力が強い者が二人は居る。それもまだ生きている新鮮なヤツがな」
「その手には引っ掛からねぇんじゃないかな……」
 異議を唱えたのは――未だに銃弾の装填は済んでおらず、すっかり忘れている――北川だった。大志の疑問の視線に応えるべく続きを口にする。
「だってさ。もう何回も戦っているってのに鼠たちは俺たちに傷一つ付けられてないんだぜ? しかも、二組に分断した時でさえ、ダメだった。そんな手強い連中を相手にするよりは街に出て警戒心ゼロの奴等を襲った方が確実、と考えると思うんだ」
 なんたって餌は俺たちだけじゃないんだからな、と付け加えながらこれは楽観的な意見だ、と北川は自分でも思った――何故なら、こうしている間にでも北川達に襲ってこないという保証はないのだから。
 だが、一方で痺れを切らした鼠が街に現われ、今この瞬間にも殺戮を繰り広げている様が脳裏に浮かび、知らず身震いするのも、事実だった。

 更に続けて名雪も口を開いた。
「でも……五人の精鋭部隊って大志さんと同等か、それ以上の実力者だったんでしょう? そんな人達が一人――名倉さんしか生き残れなかったなんて……私、勝てる気がしないよ……」
 五人、大志が居ても勝てないだって? と、北川は思ったと同時に大志が五人並んでいる光景を思い浮かべてしまい、軽く目眩がした。

「同志名雪、自信を持て。現に我々は善戦しているではないか……」
 だが、アルジャーノンという鼠の群れを理解し、勝てる勝算があったからこそ、戦いに望んだであろう、精鋭の五人の結末。
――だが、しかし。果たして精鋭五人が揃っていながら、アルジャーノンにな成す術もなくやられる。という事態が在り得るのだろうか……?
 それを思うからかどうかは判らないが、納得のいかない感じで俯く名雪。それとも先程、襲われた恐怖が今になって襲い掛かってきているのかも知れない、と北川は思った。
 と、同時に名雪の拳にこびり付いた僅かな肉片に気付き、空中で分解していった、哀れな掌もの鼠を一瞬で想像してしまって――吐き気がした。
239生物が兵器という事:02/06/08 03:14 ID:8NOLHdTw

「くそっ……忌々しいドブネズミのくせに……っ!! 知性があって、皆殺しか首輪を取り上げるしか倒す術がないだって? どんな化け物だよそいつぁ……」
「首輪を取り上げた所で無意味かも知れん。統率が取れなくなる、とはいってもだ。アレはあの群れ全体で、一つのイキモノの様だ。例え頭を潰されても手足は動く。
むしろ、統率がなくなった方が手が付けられんかも知れんな、理性の枷が解け、本能の赴くままに……という具合にな」
 やれやれだ、と他人事の様に肩をすくめる。
 その言葉を耳にして、名雪はあの光景を思い出す。
 目の前で落ちていた首輪に首を突っ込み、銀色に輝き出す、普通の鼠の姿を。
 だが、些細な疑問が生まれた。

――何故、魔力を欲していたハズの鼠がその瞬間に逃げ出したのか。確かにそのおかげでパーティーは一時的ながらも、分断されたのだが――それに、精鋭四人の死体から魔力は奪わなかったというのか?
 だが、一人の魔力で何日、いや何時間保つかも判らない名雪には判断の仕様がなかった。

「確かに、アルジャーノンは失敗作だけど、優秀よ。学習能力も半端じゃないわね」
 苦笑しつつも、何処か自慢気に語る友里。そこで北川はさり気なくぶち切れた。
「おいおい。得意げな顔して何が『失敗作だけど、優秀よ』だ。大体なぁ! あんたらがそんな物騒な生物兵器なんてモノを創って――生命を弄ぶ様なマネしたのが原因だろうがっ! いつから人間様は他の命を好き勝手に出来る程偉くなったんだ?」
 いきり立つ北川に、友里はただ、冷笑を返す。そんな事態に名雪の抱いた疑問も消え失せる。
「……ふふっ、あんな群体型自立生体戦略兵器なんてモノを制御出来るなんて思い込んで奢っていたのよ、彼等は。結果は見るも無残。己の才能を過信した彼等――現場研究者達は哀れ、骨を残してこの世を去りました、とさ。天罰よね、きっと」
 縮図だな……尤もこれは自業自得だが、と大志が可笑しげに漏らす。

「もうっ! 喧嘩してないで、あの鼠を倒す方法を考えよっ!」

 名雪のその提案に即座に応じる事ができた人間は、いなかった。
 一人も。
240名無しさんだよもん:02/06/08 03:21 ID:8NOLHdTw
【北川・大志・名雪・友里/立ち話】

お話としては「真実の敵」の続きですね。

展開が進みませんでしたがどうか勘弁を(;´Д`)
変なところがあったら、指摘お願いします。
241名無しさんだよもん:02/06/09 05:42 ID:AG7+a3wE
           __________________
   ___   /
 /´∀`;::::\<  また失礼しますです、はい。
/   メ /::::::::::| \__________________
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242名無しさんだよもん:02/06/09 23:01 ID:A2ZigTI1
(´д`)
243名無しさんだよもん:02/06/10 00:27 ID:VVbahq+T
244名無しさんだよもん:02/06/10 01:30 ID:ixejc24o
245名無しさんだよもん:02/06/11 02:04 ID:UAPaNLFg

 ここから始まる無限の物語
246名無しさんだよもん:02/06/12 02:33 ID:qZByM8Qu
そして全てが終わる
247囚われの吉井:02/06/12 19:53 ID:HoQtWbPX

 そこは、思っていたよりもずっと小奇麗な部屋であった。
 安物ではあるが、そこそこ見栄えのする絨毯に、丈夫さが取り柄の家具。
 一応掃除は行き届いているらしく、床にも家具にも塵ひとつない。
 ベッドには清潔そうなシーツがしかれ、枕元には水差しと花が生けられていた。
 のろのろと窓に目をやった吉井は、虚ろな声で、自分を連れてきた梓に訊ねる。
「……鉄格子もハマってないんだけど、私が逃げるとは考えてないわけ?」
「ここは地上5階の塔の上だし、魔法封じの結界も張られてある。
 だが何より、その感じでは歩く事さえやっとじゃないのか?」
 幾分同情の混じった目を向けられ、吉井は憮然としながらも、言い返す気力もなくよろよろと部屋の中に入った。

 レフキー女王、大庭詠美の『玩具』

 その扱いは、吉井の想像の外の外であった。
 良くも悪くも常識人の吉井は、あまりに理解の範疇を超える事をされると、思考停止に陥ってしまう。
 そう、詠美という女王は、吉井の理解を遥かに超えた人物であった。

 あの屈辱的な時間を思い出し、吉井はこめかみを押さえ、頭痛を堪えた。
248囚われの吉井:02/06/12 19:54 ID:HoQtWbPX



「ちょっとぉ、もっと背筋伸ばしなさいよっ」
「……くっ」
 詠美の叱咤が飛び、吉井は仰け反るようにして背筋を伸ばす。
 その全身には、今まで見た事もないような、みょうちくりんな服を着せられていた。
 物問いたげな吉井の視線に、梓はアンニュイな笑みを浮かべて首を振る。
「その服は、詠美女王様がデザインなさった、最新モデルだ」
「……このヒラヒラした、あちこち開いたドレスモドキがか?」

 吉井は心底情けない顔で、自分の格好を見下ろす。
 これでもか、とぐらいに大きく開いた胸元。
 ぎりぎり乳首が見えないくらいで止まってはいるものの、これでは水着よりもさらに酷い。
 剥き出しにされたヘソに、いわゆるヒモパンツが食い込んでいる。
 しかも、その紐には、シルクの布が何枚も巻きつき、足元を隠していた。
(ああ、仮にも帝国軍三銃士の一人であるこの私が……こんな格好を帝国のみんなに見られたら………末代までの笑いものだ……)

 密かに涙する吉井を他所に、詠美は一心不乱に、紙に吉井をスケッチしている。
「右腕をちょっと下げるのっ」
「首は心持下っ」
「今度は上目遣いで、胸を両腕で挟む!」

 ………屈  辱

 多少の拷問には耐える自信のある吉井であったが、変な服を着せられて、破廉恥なポーズを取らされるのは屈辱の極みであった。
 だっちゅーの、をさせられながら、吉井はひたすら、この悪夢の時間が終わるのを待っていた。
249囚われの吉井:02/06/12 19:56 ID:HoQtWbPX

「うーんっ、やっぱぁ、あんまりストレートに色気むんむんなのも、イマイチかもぉ」
 吉井に恥ずかしい服を着せた上、散々おかしなポーズを強要した後、詠美は紙を放り出した。
 じゃあさせるなっ、という吉井の心の叫びは、誰にも……いや、梓の同情的な目にだけは届いていたが。
「んじゃぁ、次に着せたいのは……」
「……あの、陛下、そろそろお食事のお時間ですが」
「えーっ、これからなのに」
 詠美は不満そうな顔をしたものの、空腹を思い出したのか、それ以上はごねる事無く、立ち上がった。
 静々と現れた侍女に連れられ、詠美は部屋を出て行く。
 それを見送り、吉井はようやく上げていた腕を下ろし、大きなため息を漏らした。
 体はかなり鍛えてはいたが、昼夜の連戦と強行軍をこなした後、詠美の無理難題のポーズを取らされ、すっかり消耗していた。

「大丈夫か、膝が笑っているぞ」
「くっ……共和国に同情されるいわれはない……」
 と強がりつつ、吉井の膝はがくがくと揺れる。
 吉井を支え、梓はそっと耳打ちする。
「……陛下は食事の後、政治の事で討論を行われる。
 陛下の最も苦手なスケジュールだから、多分今日はもうお呼びはかからないはずだ。安心して休め」
「……ふん。ところで、いつまでこんな格好をしなければならない?」
 半眼で梓を睨むと、彼女は肩をすくめた。
「あんたの服って、あの村娘みたいなボロ? あれなら、もうとっくに捨てちゃったんじゃないの」
「…………じゃあ、ずっとこのままなわけ……?」
「安心しろ。多分明日は、別の服を着せられるから」

 吉井は何も言わず、自分の運命をただ呪った。
250囚われの吉井:02/06/12 19:57 ID:HoQtWbPX



 梓が部屋の扉を閉めるのを待って、吉井はベッドに倒れこんだ。
 最悪、冷たく硬い地下牢で、拷問の末に失神、という最悪のシナリオを考えていた吉井にとっては、破格の扱いだろう。
 いや、帝国ならば、まず間違いなく、捕虜を休ませるなどという事はありえない。
 心地よく自分の体を押し返してくるベッドを感じながら、吉井は何時の間にか眠りについていた。

 コンコン

 軽いノックの音に、吉井は素早く飛び起き、枕元に剣を探す。
 だが、当然そこに何かあるはずもなく、吉井は自分の習性に憮然としながら、ドアに返事をした。
「…起こしてしまったみたいだな。食事を持ってきてやったぞ」
「……貴様は」
 意外な来客に、吉井は目を見開く。
 そこに入ってきたのは、蝉丸であった。
 だがなぜか、驚いたのは吉井だけではなかった。
 目をまん丸にした蝉丸の視線が、自分の格好に注がれるのを感じ、吉井は慌ててベッドのシーツを引き上げる。
「くっ……わ、笑いたくば笑えっ!」
「い、いや……案外似合っているんじゃないか、うむ」

 何を口走っているか自分でもわかっていない顔で、蝉丸は口早に言い放つ。
 そして、手にした食事の皿を床に置くと、急いで部屋を出ようとした。
「待て!」
「む?」
 思いがけない静止の声に、蝉丸は意外そうに吉井を振り返る。
「………少し話を聞かせてくれ。どうせ、忙しいわけではないのだろう?」
251囚われの吉井:02/06/12 19:59 ID:HoQtWbPX
【吉井 囚われ中。 部屋で休息】
【蝉丸 吉井の部屋に食事を届ける】

囚われの吉井でした。それでは、おかしなところがあれば、指摘して下さい。
252名無しさんだよもん:02/06/14 16:14 ID:zeO4qkQu
メンテ
253名無しさんだよもん:02/06/14 17:52 ID:uuGyZj5F
一回ageてみる
254名無しさんだよもん:02/06/14 22:04 ID:M0D0HDFu
255名無しさんだよもん:02/06/15 02:29 ID:Nfg2jwC5
何やってんの!
256青海の牙(1):02/06/15 05:23 ID:xRjemSBs
 僕たちは、海賊の、いや海賊が奪った財宝が保管されている倉庫に来ていた。
 詩子さんは怪我をしているということで、帰宅の許可が出ている。
 だが、詩子さん曰く、
「一人だけ仲間はずれなんてつまんない」
 というわけで。
 他の人たちと一緒に南の自警団支部に向かった僕たちだったけど、途中で倉庫の事を聞いた詩子さんはあっさり行き先を変更して倉庫へ行くことにした。
 そして僕には決定権はないので、彼女に同行している。
 …作戦が失敗に終わった時点で、僕はもうお払い箱のはずだ。事務所が爆破された時点で、宿に帰ってもよかった。いや、それが本来の予定のはずだ。
 なのに、僕はここにいる。なんだか、不思議な気分だった。

「それにしても、溜め込んでいたものねー。まったく、強欲なんだから」
 あきれた口調の詩子さん。
「だから海賊をやっているんじゃないのかな」
「まったくね。おまけにどれもこれも鍵付きなんだから手の施しようがないわ」
 何でも、これら財宝の大半は封印されているらしい。それも物理的な方法と、魔術的な方法で。
 向こう側にローブを着た魔術師らしき人たちがいる。自警団の要請で解呪にきた人たちらしいけど、なんともならない、とため息を漏らしていた。
「ねぇ。祐介君はこれを何とかできないの?」
「え?」
「ほら、宮内公司のときさ、トラップ見破ったじゃない?あんな感じでパパっと」
「あれは…魔術の鍵はなかったからね。僕は魔力はないんだ」
「そうなんだ?じゃ、祐介君の力って?」
「もっと、別のものだよ。誤解されやすいけど、魔力を持っている『長瀬』はそんなにいないんだよ」
 と、叔父さんは言っていた。魔術なんてものは、言われるほど万能でも便利でもない、とも。
 多分、僕を慰めるための出任せだろうけど、僕は魔力を持っていないのは本当だ。
257青海の牙(2):02/06/15 05:24 ID:xRjemSBs
 …そういえば。
「そういえば、魔法の鍵って実は魔力がなくても解除できるものらしいね」
「え?そうなの?」
「確かに解除するのに魔力が要る術はあるそうだけど、あまり好まれないみたい」
「何で?魔力でしか開かないなら、絶対に他人は手出しできないじゃない」
「その他人には、魔力を持っていない人全てが含まれるからだそうだよ」
「それが何で…あ、そう言うことか…」
 つまり、魔術をかけた人でないと解除できないということは、その人がいなくなればただの箱になってしまうということだ。
 全員が魔力を持っている…たとえばアカデミーのような…集団ならともかく、魔力の使えない人間が含まれる集団では、よほど術をかけた人を信用していない限り、そのような術を施すことはない…らしい。
「じゃあ、結局魔術の鍵って何なの?」
「…たとえば、箱の縁を二回叩く、とか。鍵が外れる方法を設定するのは術者だけど、方法さえ知っていれば誰でも外せるものらしいよ」
「じゃ、方法がわかればすぐにでも開けられるんだ。ま、わかんないから苦労してるんでしょうけど」
 うんうん、と何度もうなずく詩子さん。どうやら納得してもらえたらしい。
「とにかく、僕じゃ手も足も出ないってことだよ」
「うん、わかった」
 …納得してもらえてよかった。僕は一つ、安堵の息をついた。

「どうでもいいけど、これは一体どうするの?」
「もちろん持ち主に返却するわよ。中身と、本当に持ち主だったかどうか、確認した後でね」
 まあ、当然の話だ。自警団がガメた日には海賊と大差ない。というかより性質が悪い。
「もっとも、表ざたにできないやつもあるだろうから、その場合は丸儲けだけどね」
 ………。まあ、べつにいいけど。
 僕はこっそり溜息をつく。
258青海の牙(3):02/06/15 05:25 ID:xRjemSBs
 と、そのときだ。

 ……とおき…もとめ…たえよ…

「…?…何か、言った?」
「へ?私?」
 目を丸くしている詩子さん。彼女が呟いたわけではなさそうだ。
 なら誰が…あるいは、空耳だったのだろうか。

 ……おき…なも…かくされ…るなら…とばに…

「…!」
「祐介くん?」
 違う、空耳じゃない。それに、肉声でもない。
 これは…この、頭の裏側を撫でるようなこの感覚は…

 …とおきじだいの…しらぬものへ…ことわりを…わたしの…こたえ…

「………」
「あの〜?ねぇ、ちょっと、どうしたの?」
 微かなそれを、自分の内で調整し、増幅する。
 そうすれば、掻き消えようとしているそれも、拾うことができる。

 …とおき…のなもしらぬ…かくされたことわり…らばわたしの…にこたえよ…

 …そう遠くない。この、倉庫の中にいる。誰だ…誰が僕に呼びかけている?
 いや、呼びかけているのは正しくないだろう。誰かが気付いてくれるのを待っている、そんな感じだ。
259青海の牙(4):02/06/15 05:25 ID:xRjemSBs
 …おきじだいの…もしらぬものへ…かくされた…わりをもとめるなら…こえにこたえよ…

 こっちか。僕はその『声』の方向へと足を向けた。
 波長が合ってきたのか、途切れ途切れだった声もだんだん聞こえるようになってきた。
 しかし、一体何を伝えたいのだろう?

 とおきじたいのなもしらぬものへかくされたことわりをもとめるならばわたしのこえにこたえよ

 僕は、その箱の前に立っていた。大きさはぎりぎり手のひらで持てる程度。
 持ち運ぶのに不便はないだろうが、携帯するには少し大きい、そんな大きさだ。
 この中から『声』が聞こえる…しかし、当然人間が入る大きさなどない。
 それに、先ほどから、いや最初から同じ言葉を繰り返している。

 遠き時代の名も知らぬものへ、隠された理を求めるならば私の声に答えよ

 遠き時代?隠された理?それを求める…一体何のことだろう。
「…何の事かわからない。隠された理って、何のこと?」

 遠き時代の名も知らぬものへ、隠された理を求めるならば私の声に答えよ

 同じことを繰り返すだけ、か…
 わかったよ。僕は一つ間を置くと、はっきりと宣言した。

「僕は、それを求める」
260青海の牙(5):02/06/15 05:26 ID:xRjemSBs
 かちん。何かが外れる音がした。ふと見ると、箱の四隅が外れ、崩れ落ちていく。
 そしてそこには蒼い、不恰好だが、どこまでも澄んだ蒼い鉱石が残った。
 これは…なんだろう?

 ―――道標、其の元に導く

 …答えた?まさか…秘宝というやつだろうか?
 其の元に導く?それは一体何か?

 ―――隠された理、其は空と海を映す青き刃

 青き刃…?わからない、わからないけど。
 僕は、鉱石を手に取った。吸い込まれそうな、蒼。この石が、僕をどこかへ誘おうとしている…

「なんだ、できるじゃない」
 はっと我に帰ると、後ろに詩子さんがいた。って、当たり前か。ずっと一緒にいたんだから。 
「えっと、これは…その」
「それはつまり祐介くんが嘘をついていたってことかな?私、少し傷ついた」
 口ではそう言いながらにこにこ笑っている詩子さん。指先で回している手錠がたまらなく嫌な感じだ。
 結局、僕は今体験したことを洗いざらい白状することになった。
261青海の牙(6):02/06/15 05:31 ID:xRjemSBs
「祐介君にだけ聞こえる声、ねぇ…」
 全てを聞き終えた後でそういう詩子さん。信じられないのも無理はない。 
「でも、その『空と海を映す青き刃』って、もしかして『青海の牙』のことかしら?」
「『青海の牙』…?」
「このあたりで育った人なら三歳児でも知ってるおとぎばなしよ」
 詩子さんはそう言うと、何時になくまじめな表情になる。
「海原に立つ一条の光、嵐を切り裂く青い剣、それを持つ勇者たちの伝説」
 そして、にこりと表情を崩す。
「でも、祐介君はこの街は初めてなんでしょ?」
「…そんなお話があるんだ」
「まぁ伝説は所詮伝説だし。そういうお宝伝説があるってだけで、実物はそう大した物じゃないって気もするけどね」
 隠された理、空と海を映す青き刃、青海の牙、子供も知ってるお宝伝説。
 なんか、急に俗っぽくなってきたな。まあ、それが現実なのかもしれない。
「ところでこれ、どうしよう。元の箱…は、ゴミになってるみたいだけど」
「そうね、一応私が預かっておくわ」
 詩子さんがそういうのなら、仕方ない。
 手放すのは少し残念だったが、僕は青い鉱石を詩子さんに手渡した。

【長瀬祐介 謎の声が聞こえる】
【柚木詩子 青い鉱石入手】
262名無しさんだよもん:02/06/15 05:34 ID:xRjemSBs
と言うわけで「青海の牙」をお送りします。
やっと港町に秘宝が出てきました。長かった…
何かおかしいところがあったら指摘よろ。
263永遠の語らい:02/06/16 01:47 ID:WXwPMuR7
氷上シュンと折原みさお、二人の会談がこの世ではない世界で続く
「さすがは祐介、僕が見込んだだけのことはあるよ」
「でも、完璧というわけにはいかったよ」
「いや、でもあの騒ぎをこれだけの損害で済ますなんて彼以外には出来ないことなのじゃないかな?」
「シュンくんでも無理なの?」
「僕らの、永遠の力は強大だけどなんでもできるってものでもないよ」
「そうかな?」
「そうさ。彼がいなかったらフィルムーンは終っていたよ。
まず柳川が神尾観鈴にあっていたら、彼女を殺して町は呪いでお釈迦さ。
同様に相沢祐一が殺されていたら沢渡真琴が町を目茶目茶にしてしまっていたさ。それこそ命と引き換えにね。
あと、牢屋が壊されなかったら犬飼が準備していた動物どもが町を蹂躙したよ。
こんな不利な戦いの中でHMX-12を奪われなかったんだからたいしたものさ」
「でも、シュンくんが海賊のことを教えたからどうにかなったんじゃないの?」
「確かに僕が祐介の手助けをして、さらにあの町の秘宝が祐介を読んでいたから子その結果とも言えるね」
「ふ〜ん」
264永遠の語らい:02/06/16 01:48 ID:WXwPMuR7
「今はまだ本当に微々たる力だけど祐介がこっちの世界にくればこの世界は変わる。」
「寂しい世界じゃなくなるかな」
「そうだよ。秘法塔はみさおちゃんの悲しみを知らない、無知な奴らのせいで駄目になったけどみさおちゃんを助けられる」
「シュンくん…」
「祐介はこれから秘宝を手にし、きっと僕のところまで来る」
「わたしも祐介くんに会えるかな?」
「うん。絶対祐介に会わせてあげるよ」
「祐介くん、友達になってくれるかな?」
「だと、いいな。舞ちゃんみたいなのはもう嫌…」
「彼らにいずれ、きみをきずつけた代償を払わせるさ」
「うん…」
「さてと、ちょっといってくるよ」
「どこに?」
「長瀬源五郎たちのところさ。祐介にはもうちょっとここにいてもらわなきゃ困る」
「もしかして祐介くんのことを…」
265永遠の語らい:02/06/16 01:48 ID:WXwPMuR7
「そう、ちょっと忘れさせるんだ。ちょっとだけね」
「祐介くん、悲しまないかな?」
「いずれ、祐介はここに来るんだ。だから気にすることはないさ」
「うん…」
(祐介…君はここに来ないですむかもしれないけど…君の力はみさおの、一人ぼっちの世界を変えられるんだ。その代わり僕は誰よりも君を理解してみせる。だから恨まないでくれよ)
氷上シュン、呟いて消える。
「祐介くんと仲良くなれるといいな。できれば観鈴ちゃんとも仲良くなれないかな」
折原みさお、氷上シュンのいたところを見ながら一人呟く。
【シュン、現世に向かう】
【みさお、永遠に佇む】
266名無しさんだよもん:02/06/16 01:50 ID:WXwPMuR7
書きました。
とりあえず、犬飼、帝国とならんで悪役の一角を為してる(?)永遠組みです。
つっこみよろしくお願いします。

…書き込んでからもっと別に書くことがったような気がしてくるのは使用でしょうか?
267:02/06/16 16:51 ID:Vx7erhZX
 狙いをすました一撃のはずだったが、それを待ち受けられていたかのように男に弾かれた。
「はっはー!待ってたぜぇ。お前は強そうだ、さっきから目を付けてたんだ」
 攻撃を弾かれた勢いを利用して大きく間合いを取り、俺は男に問い掛けた。
「てめぇ、なんだってこんな事をする?せっかくの酒が不味くなっただろうが」
「なんでかなぁ?そいつはこの声に聞いてもらわないとわからねぇなぁ」
「声…だと?」
「そうだよ、さっきから俺の頭の中でガンガン鳴り響いててなぁ」
「気でも触れたか」
 再度相手に接近する。その速度はさきほどより遅くして。
「おせぇよ!」
 先に攻撃を仕掛けてきたのは斧の方だった。
 その巨大な一撃を紙一重でかわす、接近の際に見せた隙は囮、男の身長ほどもある巨大な斧では次撃に時間が掛かると考えたからだ。
(こっちの方が早い!)
 そう踏んだのだが、次の瞬間、信じられない光景を目にした。
 かわされた大斧は、床板に大きく食い込んだが、次の瞬間にはまったく重さを感じさせずに俺の方に襲い掛かってきたのだ。
 その動きは到底、人間技ではない。
「なんだとっ!?」
 それを一瞬早く感知し慌てて身を引いたが、攻撃を繰り出そうとしていたので間に合わない。
 俺は右の肩口を浅くではあるが切り裂かれてしまった。
「くっ……。てめぇ、人間じゃねぇな」
「人間だよ。ただし、たった今声に選ばれた地上最強のなぁ」
「また声か。この気違い野郎が」
「そうさっ!そんでもってその声が囁くんだよなぁ。最強になりたければ殺せ、殺せころせコロセってなぁ!」
 今度は男の方から接近してくる。繰り出される大斧。対するこちらは怪我により反応が重い。
「ちぃ!」
 これはかわせない――その時、襲い掛かる男に対して何かが投げつけられた。
「ふんっ」
 こちらへの一撃を一旦中断し、飛んできた物体を軽く切り払った男であったが、物体から飛び出た液体を顔から全身に浴びてしまった。
268:02/06/16 16:52 ID:Vx7erhZX
「ぐぁぁぁぁ!」
 液体を浴びた男は突如、目を押さえ悶絶しながら斧を振り回す。その間に距離を取った俺の元へ矢島が駆け寄ってきた。
「兄貴!大丈夫ッスか?」
「酒か……矢島、お前何投げた?」
「えっと、鬼コロリと菊村正ッス」
「そうか。そいつぁ目に染みるだろうなぁ」
 男はすでに体制を立て直した。
「貴様等ぁ!殺すっ!」
 思わぬ反撃を受けたためにもの凄く逆上している様だ。
「で?これからどうする?あいつは俺より強いぞ」
 切られた肩口を押さえながら、俺は矢島に問い掛けた。
「じゃ、俺は愛しの高瀬さん護衛任務に戻るッス!」
「逃げんなっ!」
 すかさず矢島の襟首を掴む。
「ちょっ!離してください!」
「ククククククク……」
 そのやり取りを見ていた男が突然笑い出す。
「なんだぁ?」
「ブチ切れたり、笑ったり、忙しい奴ッスね」

「お前達はもう逃げられない」
「なんだと?」
「気づかなかったのか?これだけの騒ぎが起こったのに、あれから野次馬も憲兵隊も来てない事に?」
 そういえば、改めて辺りを見渡してみる。確かに静かすぎる。不気味なほど静かだ。
 広瀬達が出て行ってから何分経つ?もう詰め所に連絡がいっていてもおかしくない頃だというのになんの音沙汰もない。
「外に出ても無駄だ。誰も居ない。ここはもう異界だからな。作るのに時間が掛かったがな」
「異界、だと?」
「そうだ!俺を倒すか!お前達が全員死ぬか!」
 こいつは――何を言っているんだ?
269:02/06/16 16:56 ID:Vx7erhZX
「安心しろよ。お前達を殺った後に、ちゃ〜んとそこに隠れてる女子供も送ってやるからよぉ」
 男は倒れているテーブルの陰に視線をやり、にやりと口の端を歪めた。
「ちっ…気づいてやがったか」
「げっ…バレバレッスね」
 それを聞いて、俺と矢島は互いに覚悟を決めた。
 俺は拾った剣を左手に持ち直し、矢島はそばにあった椅子を取り、構える。
 今まさに殺し合いが再開されそうなその時、
「ちょ〜〜〜〜とっ、待ったぁぁぁぁぁ!!」
 どこかしら間延びした叫び声が酒場に鳴り響いた。


【御堂 右肩負傷】
【矢島 戦闘に参加】


「宴」続きになります。ペースが遅くてすいません。
会話が微妙にRR;;
……修行してきまふ。
270名無しさんだよもん:02/06/19 00:54 ID:WzULrP2n
めんてててて
271神官とお嬢様と黒騎士と:02/06/19 01:08 ID:Qq4l7V5u

 高くそびえる教会の塔は、レフキーの名物の一つでもある。
 数十人からの司祭と神官戦士が常時詰めていて、大陸でも有数の規模を誇っていた。
 最も位の高い大神官を筆頭に、神官長、司祭、神官戦士、そして神官達や信者が集まっている。

 その活動は多岐に渡るが、民間人への治療と布教もそのひとつだ。
 お布施を幾ばくか徴収し、傷や病を癒す“神の奇跡”を披露する。
 純粋な治療を行える白魔術師が希少な為、神官の扱う神聖魔術は民間では重宝されていた。

 とはいえ、治療に関する難易度は白魔術と変わらず、高度な治療術を行えるのは僅かな者だけである。
 教会で行う“治療”も、その内訳は薬学による病院に近く、魔法による治療は一握りの金持ちの特権でしかなかった。


「おっ、見えてきたぞ」
 浩之が指差す方向には、特徴的な教会の尖塔がそびえていた。
 正面は、信者の為の礼拝堂に繋がっているので、浩之と七瀬は診療所を兼ねた西の建物に向かう。

 ちなみに、信者だと治療が割安になるのだが、浩之は勿論信者などではない。

 診療所には結構な数が集まっていて、浩之と七瀬は待合室の椅子に腰を下ろした。
 浩之は待合室の中を見まわし、感心したような声を出す。
「思ったより人が多いな」
「そりゃあ、最近評判の司祭らしいから。凄く腕が良くて、治療術を格安で掛けてくれるとか……」
272神官とお嬢様と黒騎士と:02/06/19 01:09 ID:Qq4l7V5u

『次の人、どうぞ』
 若い男の声が響き、浩之と七瀬は、慌てて立ち上がる。
 診療室に入ると、そこには清潔そうな法衣を着た男が立っていた。
 寝台から立ちあがった老人は、何度も彼の手を取って、涙を浮かべてお礼を言っている。
「ありがとう、本当にありがとう……」
「いえ、苦しむ人々を救うのが、僕達の使命ですから」
 退出する老人に爽やかな笑顔を見せてから、その司祭は浩之の方を振り返った。

「やあ、君は信者じゃないのか。僕は城戸芳晴。さっそくだけど、傷の方を見せてもらっていいかな」
「あ、はい」
 穏やかな口調で言われ、浩之は上着を脱いで、芳晴の方に見せる。

 芳晴は包帯を取り外していき、下から現れた傷に僅かに顔をしかめた。
「動物の爪みたいだけど……取り合えず消毒してから、縫った方がいいかな」
「げっ、縫うのか!? ほ、ほら、治療魔術でぱっぱっぱ、とか」
「人間の身体は、魔術なんかに頼らなくても、きちんと治癒力が備わっているんだよ」
 思わず顔を引き攣らせた浩之に、芳晴は当然、といった顔で頷く。
「だから、縫った方が傷の治りも早いし、何より化膿しにくいんだ」
「か、勘弁してくれ……」

 しばらく無駄な抵抗をした後、浩之は結局20針ほど縫われてしまった。
 縫われる度に悲鳴を上げる浩之に、七瀬は必死で笑いをこらえていた。
273神官とお嬢様と黒騎士と:02/06/19 01:10 ID:Qq4l7V5u

「ってて……くそ、酷い目にあったぜ……」
 肩の傷を押さえ、浩之は顔を思いきりしかめる。
 七瀬はくすくす笑いながら、浩之の横を歩いていた。
「剣や矢傷は平気でも、縫われるのは怖いんだ?」
「別に怖いわけじゃなくて、これ以上痛い目を見るのは理不尽だと思っただけだ」
 からかうような七瀬に、浩之はムキになって言い返す。
「はいはい、でも、彼若いけど随分腕もいいみたいだったし、藤田も若いから治りも早いと思うわよ」
「……蛆が涌かないで済んで、ほっとしてるよ」

 軽口を叩きながら、二人は浩之の家に向かう。
 通りを何軒か回り、スラムにほど近い奥まった一角に、浩之の家はあった。
 七瀬は周囲を見回し、呆れと感心の入り混じった表情を浮かべる。
「あの倉田さん、あなたに会いにこんな場所にまで来てたのねぇ」
「いっつも危ないって言ってんだけどな……ん?」
 突然浩之が立ち止まって、七瀬はもう少しで背中にぶつかるところだった。
「ちょっと、どうしたの?」
「入り口が開いてる」
 浩之の言葉に、七瀬もはっと家の玄関のほうに視線を向ける。
 確かに、僅かにドアの間に隙間が広がっていた。
「……泥棒かしら?」
「別に、金目のものなんか持ってないんだが……」
 言いながら、二人はそっとドアの外から、中を伺う。
 浩之が押すと、ぎぃ、と微かな軋み音をたてて、ドアが開いた。
274神官とお嬢様と黒騎士と:02/06/19 01:10 ID:Qq4l7V5u

「げっ……!」
「これは酷いわね……」
 一歩中に踏み込んだ浩之は、そのあまりの惨状に顔を引き攣らせた。
 散らかり放題にばら撒かれた紙、転がっている瓶や皿、それに家具。
 ベッドさえ引っくり返され、場所によっては床板さえも引き剥がされていた。
「何だってんだよ、こりゃ……最近の泥棒はどんな躾されてやがんだ」
「泥棒の仕業じゃないみたい……ほら、あれ」
 七瀬が指差したのは、ガラクタばかりの中で、まだしも価値のありそうな銀の燭台だった。
 それを取らずに転がしているというのは、つまり泥棒以外の誰かが、ここを漁ったという事になる。
「けど、一体誰が……んっ!?」
 バタバタ、と急に外が騒がしくなり、浩之と七瀬が身構えた瞬間、いきなり真っ黒な鎧騎士達が雪崩込んできた。
「うわああっ!?」
 その内の一人が、浩之に向けて槍を突き出そうとしたのを見て、とっさに七瀬は剣を振るう。
 抜き打ちざまに槍の穂先を切り落とし、流れる動作で黒騎士の一人を蹴り飛ばした。
「ぐわっ!」
「おのれ、抵抗するか!!」
「そっちこそ、いきなり何の用か知らないけど、人の家に土足で……何?」
 口上の途中で浩之にツインテールを引っ張られ、七瀬は不機嫌に顔を向ける。
 とはいえ、手にした剣の切っ先はぴたりと彼らに向けられ、隙は欠片もない。
「……まずい、七瀬ここは逃げた方がいい」
「なんでよ?」
 こそこそと耳打ちしてくる浩之に、七瀬は不審そうな顔をした。
 浩之は僅かに顔をしかめ、黒騎士達の胸に描かれた紋章を指差す。
「あの紋章、倉田家の紋章なんだ……多分、あいつら倉田家お抱えの騎士軍団なんだと思う」
「………つまり、藤田がマークされてたって事……」
 さすがに事情を察したのか、七瀬の頬に汗が一滴浮かんだ。
275神官とお嬢様と黒騎士と:02/06/19 01:12 ID:Qq4l7V5u
【浩之 芳晴に背中を縫われる】
【浩之&七瀬 浩之の家に到着。黒騎士に襲い掛かられる】
276名無しさんだよもん:02/06/20 12:06 ID:uPlp/rfQ
mente
277名無しさんだよもん:02/06/21 14:49 ID:ZJtx3YdU
mente
278目覚める1000年の島:02/06/21 15:35 ID:PZUu/ErG

 まだ昼間だというのに、霧に覆われた海上はだいぶ薄暗かった。
 ちゃぷちゃぷ、と船を叩く水音を聞きながら、漁師のトメさん(42)は網を思いきり引き上げる。
「ひょう、大漁大漁……」
 今にも網から零れ落ちそうなほど、ひしめき合った魚の群れに、トメさんは満面の笑みを浮かべる。
 普段なら、こんな濃い霧の中では漁をしないのだが、今日だけは特別だった。
 魚という魚が海面近くに上がってきており、網を放るだけで、いくらでも魚がかかって来る。
「へっへっへ、どいつもこいつも、臆病なもんだぜ……こんな霧がなんだってんだ」
 トメさんはそううそぶきながら、どっさりと魚の入った網を、惚れ惚れと眺めた。

 まるで何かに追いたてられるかのように、魚は次から次へと、自分から網の中に入って来る。
 船が軋むほどに取れた魚に、トメさんは上機嫌で肩を叩いた。
 どっかりと腰を下ろし、パイプを咥える。

 霧はますます深くなり、波は次第に大きなうねりとなって船を揺らし始めた。
 さすがに気味が悪くなり、トメさんは腰を上げて櫂に手を伸ばす。
「さて、魚の積み過ぎで船が沈まねぇ内に、帰るとするか……ん?」
 一瞬、霧の向こうに何かが見えたような気がして、トメさんはギクリと身体を強張らせた。
「……へ、へへ、別に何もいやしねぇさ……」
 自分に言い聞かせるように呟いて、トメさんは櫂をつかもうとする。

 ……ぶぅんっ……!!
「うぎゃあああっ!!」
 絶対に櫂ではありえない、冷たく丸っこいものを掴んでしまい、トメさんは悲鳴を上げた。
 とっさに手を離したトメさんは、ソレが異様な音とともに羽根を振るわせ、飛び上がるのを見た。
「ひぃっ…!」
279目覚める1000年の島:02/06/21 15:38 ID:PZUu/ErG

 思わず頭を抱えてへたり込んだトメさんの頭上を、何かが耳障りな異音を上げて飛び去っていく。
「………。な、何だったんだぁ……」
 かなりの時間、そうやって座り込んでいたトメさんは、呆然と顔を上げて空を仰いだ。
 手に感じた感触……そして、飛び立って行ったモノ。
 ごくり、と唾を飲み込んで、トメさんは自分の手を凝視する。
「あれは……トンボ?」
 そう、ソレはトンボのようであった。
 ただし……羽根だけで、30センチを超える大きさのトンボがいれば、の話であるが。

 おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん…………

 遠い霧の彼方から、低く、計り知れないほど悲しげな音が…いや、鳴き声が響いてくる。
 トメさんは急に我に返ると、櫂に跳びつき、死に物狂いで船を漕ぎ出した。

 その時一瞬、薄くなった霧の向こうに、トメさんは信じられないものを目撃していた。
「………な……!?」

 生い茂る見た事も無い巨木。
 その間を飛び交う、飛竜と鳥の間のような生物。
 そして、大きく突き出した岩の岬。
 あまりにも禍禍しい、その異様な形の島影が、霧の中に浮かんでいた。
「し、し、島が………なんでこんな所にいいいぃぃっ!?」

 すぐさま白い闇の中に飲まれていった影から目を逸らし、トメさんはただひたすら港に辿り着けるよう、海の神に祈っていた。
280目覚める1000年の島:02/06/21 15:39 ID:PZUu/ErG



「お久しぶり、お兄ちゃん」
「……お兄ちゃんは止めてくれ……頼むから」
 ローブの裾をはためかせ、にっこりと微笑む清水なつきを見て、“闇の王”折原浩平はがっくりとうな垂れた。

 古い馴染みの客が来た、と英二に言われた時は、一体誰かと思っていたのだが……

 率直に言えば、折原が苦手な人間ベスト3に、余裕で入る相手である。
 思わず、清水な(略、と略したくなるくらいに苦手だ。
 そんな折原の内心を知ってか知らずか、清水なつきは変わらずにこにこしている。
「相変わらず元気そうで良かった。もう何年も会ってないから、心配してたんだよ」
「そーか」
 英二の悪戯っぽい笑顔を想像し、折原はげんなりと俯いた。
「……で、わざわざ俺の所に来たって事は、それなりの理由があるんだろう?」
「勿論だよ、お兄ちゃん……とっても大切な用事だよ」
 笑みを消し去り、表情を引き締めたなつきにつられ、折原も目を細める。

「歪みの出現が、ますます多くなってきてる。多分、もうあちらこちらにその影響が出てるはずだよ」
「……秘宝、か」
 ポツリと呟いた折原に、なつきは小さく頷く。
「そんな事を言いに、わざわざ俺を……“闇の王”を呼び出したのか?」
「まさか。お兄ちゃんが一番大切に思っているものに、関係している話だよ」

 初めて……折原の顔色が、はっきりと変わった。
281目覚める1000年の島:02/06/21 15:40 ID:PZUu/ErG

「観測の結果、1000年に一度現れる古の迷宮が、ここレフキーに出現するって出たの」
「…………古の迷宮? そんなものが、俺にどんな関係が……」

「浩平くん」
 よく通る声が、折原の思考を遮った。
 折原ははっと顔をあげ、自分の背後に目をやる。
「英二さん……どうしたんですか」
「ちょっと耳に入れておきたい事があってね」
 英二はちらり、となつきの方に目をやってから、おもむろに耳打ちする。

「レフキー沖に、三つ目の島が出現したらしい」
「島? ちょっと待ってくれ、英二さん。レフキー沖には、確か二つしか島が無かったはずだが……」
 困惑した声の折原に、英二の方も眉根を寄せ、首を振る。
「そうなんだ。最近、レフキー沖に霧が異常発生するようになってて、みんな幻を見たんじゃないか、って言っているんだが…」
「幻じゃありませんよ」
 落ち着いた声で、なつきは二人の内緒話を遮った。

「1000年に一度、陸地に近付く巨大な『移動する島』……それが、レフキー沖に現れたんです」
『移動する島!?』
 異口同音に叫んだ折原と英二に、なつきは懐から古い古い羊皮紙を取り出して見せる。
「島が移動するなんて、信じられないでしょうが、事実です。
 恐らく、海流に乗って移動する浮島なのでしょうが……問題は、その島にあるという、洞窟です」
 清水なつきは、ひたり、と折原の瞳を見詰め、口を開いた。
282目覚める1000年の島:02/06/21 15:42 ID:PZUu/ErG

「伝説の浮島……その特異性ゆえに、様々な噂が伝えられています。
 その中にひとつ、とても面白い話があるんです。
 ……ある一人の男が、偶然手にいれてしまった『秘宝』の力に恐れをなし、
 絶対に誰の手にも届かない場所に、その『秘宝』を隠そうとしました。
 考えに考え抜いた末、彼は海の上を移動する巨大な浮島にある洞窟に、『秘宝』を隠したんです」
「……まぁ、ありがちな話だな」
 一言で切って捨てようとした折原はしかし、続けてなつきが口にした名前に、凍りついた。

「その秘宝の名は……『神の雫』」

「神の……雫だと!?」
 思わず立ち上がり、折原はなつきに詰め寄る。
「本当なのか!? 『神の雫』があるというのは!」
「伝説のひとつではあるけど……その浮島が実在したという事は……可能性はあります」
 なつきは小さく笑みを浮かべ、折原に頷いて見せる。
「そう、あなたの長森瑞佳さんを目覚めさせる力があるとされる……数少ない『秘宝』のひとつです」
「………」
 折原は物問いたげな英二の視線を避け、じっと腕を組んで考え込む。
「調べてみる価値は……あるかもしれないな」
 ややあって、そう呟いた折原は英二に顔を向けた。
「英二さん、探索に向いてそうなメンバーを何人か、その島の捜索に当てて下さい」
「ああ……だが、それが実在しているとは、まだ決まっていない。あまり期待しない方が……」
「わかってます……ぬか喜びは、ここ数年に、散々してきましたから」
 折原はため息混じりに椅子に腰掛け、何かを振り払うかのように、目を閉じた。

「けど俺は……その為なら、何だってしますよ……そう、悪魔に魂を売ってでも」
283名無しさんだよもん:02/06/21 15:45 ID:PZUu/ErG

【レフキー沖に、伝説の『浮島』出現】
【『浮島』内部には洞窟が存在し、そこには秘宝“神の雫”があると言われている】
【折原浩平、ギルドのメンバーを“神の雫”の探索に向かわせる】


久しぶりの投稿ですた。
『浮島』の設定については、それぞれの書き手さんが自由に設定してくださいませ。
284再会(1):02/06/22 04:29 ID:Blp9CHMW
「ここがレフキー…」
 巨大な門をくぐった郁未は思わず呟いた。
「何だ、あんたは初めてなのかい」
 隣の傭兵の言葉に肯く郁未。活動的に見える彼女だが、母親が姿を消すまでとある地方都市で暮らし、以降はずっとFARGO宗団にいたから、それほど行動範囲が広いわけではない。
 今では聖女と呼ばれる彼女にも、普通の女の子の時代があったのだ。
 今では誰も信じてくれないが。
「そうか。最近は治安も悪くなったし、無事にここにたどり着けるってのは幸運だな」
 そんなものだろうか。色々な意味で一般世間と乖離している郁未にはよくわからない。
 だが、とりあえず肯いておくことにした。否定してもいいことなんて、ないから。

「ここまで来ればフィルムーンまであと少しね」
 キャラバンから離れた郁未は一人、市街を歩いていた。
 特に目的があるわけではない、すぐにでもレフキーを発ってもよかった。 
 しかし、なんといってもレフキーは大都市だ。幸い、キャラバンの雇い主からもらった給料のおかげで、懐は少し温かい。
「買い物に食べ歩き、大道芸の見物…やっぱ、都会はいいわね」
 別に宗団での暮らしに不満があるわけではないが、楽しみが少ないのは事実。
 幾ら一教団のトップにあるとはいえ、一人の少女なのだ。誰も信じてくれなくても。
「さてと、…まずは」
285再会(2):02/06/22 04:32 ID:Blp9CHMW
「おーい、ちょっと待ってや!」
 後ろから呼び止める声に振り向く、フードを被った少女。
 呼び止めたのは、活動的な服の上に鉄の胸当てを装備した、眼鏡の女性だ。
「………猪名川由宇さん?」
「はー、間に合ってよかったわ。黙って出てくことないやんか」
 少女の側まで走りより、わざとらしく息を荒げて見せる。 
 その少女、月島瑠璃子はなんでそんなことをするのだろうと不思議に思ったが…
 気にしないことにした。
「それで?」
「ん?いや、ほら、なんや。今、レフキー到着記念っつーことでウチの連中宴会やっとんのやけどな。
キャラバンのタイチョーなんてやっとるけど、やっぱああいうのは男社会やろ?あんなとこにおったらマワされるやん」
 と、くねくねとわざとらしいシナを作って見せる。
 瑠璃子はこの人は食べられるより食べる側の人間だと思ったが…
 とりあえず口にしないことにした。
「でもな〜、せっかくレフキーに来たんやし、一杯ひっかけんことには落ち着かんやろ?
 つーわけや。女同士で呑みにいこ」
 キャラバンは…キャラバンに限らず、国をまたいでする仕事は常に危険が付きまとう分、給料が高い。
 長い間仕事に出ているので、一度に数か月分の給料が支払われることもある。
 そんなわけで、彼女たちのような人種はかなり金回りがよい。派手、というよりは無頓着だ。
 だから、一応聞いてみた。
「おごり?」
「おごりって、あのなあ。こういうときは割り」
「さよなら」
「…って、待たんかい!わかったわかった、ウチのおごりで」
「行こ」
「はやっ!」
286再会(3):02/06/22 04:32 ID:Blp9CHMW
 レフキーの町並みを歩きながら話をする二人。
「ま、一杯ひっかけたいってのも、嘘やないけどな。実は、理由はもうひとつあるんや」
「………?」
 ちらりと由宇を見る瑠璃子。
「あんた、なんでも世界中を旅してるそうやないか。ウチもいろいろとびまわっとるけど、一人で行動しとるわけやないし。
ぶっちゃけ、誰も知らないところとか、誰も通ったことないようなところにはいかんのや。金と、命をあずかっとるわけやしな」
「………」
 瑠璃子は少しだけ視線を外すと、再び由宇に視線を移す。
「今はこんな稼業やっとるけど、ウチ、ホントは物書きになりたかったんや。
 …いや、なりたかったってのは嘘やな。今でもなりたいとおもっとる。今は無理やけど、いずれゼッタイなったる」
「………」
 こぶしを握る由宇。ふと見ると、瑠璃子がフードの下から自分を見ている。
 思わず熱くなっていた自分に少し恥ずかしくなって、由宇は鼻先を指でかいた。
「ま、そんなわけで。しょーらいのために、話のネタを集めとるわけや。別にエエやろ?」
「…私の話はそんなに面白くないと思うよ」
「かまへんよ。うまく料理するのも腕の見せどころや。それに」
 きらん、と由宇のメガネの端が光る。
「一人旅するオナゴの話ってのはそれだけでくるもんや」
「………」
 そんなものだろうか。よくわからなかったので、瑠璃子は黙って視線を前に戻した。
 そしてすっ、とある酒場を指差す。
「あそこ」
「おっ、なかなか目の付け所が…ってわけでもないか。なんでや?」
 取り立てて目立つわけでも、派手なわけでもない。むしろ、どこかしなびた雰囲気のある酒場だった。
 少なくとも、うら若い女性が会食をするような場所とは思えない。
 瑠璃子は薄く、微笑んだ。
「声が聞こえたから」
287再会(4):02/06/22 04:37 ID:Blp9CHMW
「ふう、ご馳走様」
 人心地ついて、口元を拭う郁未。
 空いていそうだからと目星をつけて入った店だったが、出された料理は思いのほかよく、ついがっついてしまった。
 葉子さんがいたら、きっと怖い顔するんだろうな…ふと、そんなことを考える。
 あれで、意外と顔に出るほうなのだ。強制することはないだろうが、不快そうな表情がはっきり想像できて、苦笑してしまう。

 みんな、何をやっているんだろう。出された水を口に含みながら思う。
 思えば宗団で知り合った、仲間と呼べる人たちはみんな散り散りになっている。
 晴香と、もう一人、姫川琴音という少女はテンプルナイトとして任務に出ているし、葉子は宗団本部に残っている。
 仲間と呼ぶにはいささか…と言うか、非常に抵抗があるが、あの名無しの少年は旧首脳部が崩壊したときにどこかに行ってしまった。 
「そういえば」
 もう一人、崩壊と共に姿を消した仲間がいた。
 何でもある人を探すためだそうだが、自分や晴香とは違い、一人旅立つ道を選んだ。
 元気にやっているだろうか。

「やってるよ」

 はっと我に帰る。振り向くとそこには、薄汚れたフードを被った、小柄な人の姿があった。
 突然の遭遇に半ば自失しながら、郁未は口を開く。
「瑠璃子…?」
「久しぶり」
 ゆっくりと外されたフードの下から現れたのは。
 あの時、あの場所で、虚ろな目で自分を見ていた少女の姿だった。

【天沢郁未 無事レフキーに到着。月島瑠璃子と再会】
【月島瑠璃子 無事レフキーに到着。郁未とは旧知の間柄】
【猪名川由宇 無事レフキーに到着。瑠璃子に同行】
288名無しさんだよもん:02/06/22 04:40 ID:Blp9CHMW
と言うわけで『再会』をお送りします。
郁未と瑠璃子を繋げてみました。
何かおかしなところがあったら指摘よろしく。
コミパ、やった事ないし。
289外出:02/06/23 01:32 ID:defj/NrH
「ここがフィルムーン」
葉子は思わず呟いた。思えば教団の外へ出るのは久しぶりのことだった。
「さて、浜辺にいきましょうか、それとも町のほうにいってみしょうか」
ましてや、港町は初めての体験だ。任務とはいえ喜びが隠せないのも仕方がない。
「やはり先に郁未へのお土産を買うことにしますか」
そう呟くと足をフィルムーン最大の商店街のほうに向ける。下調べはばっちりだ。道に迷うこともないだろう。
「〜♪」
そんなようこのささやかな幸せに水を差すものがあった。
「鹿沼葉子様ですね?」
一人の男が葉子に声をかけたのだ。
「はい?」
葉子は返事をして振り向く。
「FARGOのものです。情報を届けに参りました」
「はい?」
みるみる葉子の顔が曇っていく。
「今朝海賊の襲撃がありました。長瀬祐介は自警団に参加して海賊の討伐に参加しているようです」
男はそんな葉子の様子に気づかずに淡々と続ける。
「それで?」
冷たい一声…
「え、ええ。それで今は海賊のメンバーを捕らえて自警団本部にいるようです」
「それで?」
「え、ええと。長瀬祐介に接触するのなら今がチャンスではないか、と」
290外出:02/06/23 01:32 ID:defj/NrH
「……」
重い沈黙…
「自警団に潜入するルートはすでに確保しています」
「…それで町はキチンと機能していますか?」
「え?それは自警団の対応がよかったから町はいつもとほとんど変わりませんが」
その一言を聞き、ほんのすこし葉子の表情が和らぐ。
「町が混乱してないなら長瀬祐介への接触をあせる必要はないでしょう。
海賊と争っている最中ならともかく本部にいるのなら安全でしょう。
むしろ、いま接触しても自警団のせいでゆっくり話すことも出来ないし、万が一長瀬祐介を処分する必要が出てきても自警団本部では色々困るでしょう?」
葉子が穏やかに、しかしながら強く話す。
「そ、その通りですね」
「長瀬祐介の今夜の宿はわかりますか?」
「はい、それなら…」
「でしたら、宿で長瀬祐介を待ち受けることにします」
「わかりました。宿の場所は・・・」
男が宿の場所を詳しく説明する。
「マルチを言う少女はともかく、月島拓也という傭兵には気をつけてください。結構手錬ですよ」
「わかりました。ところで・・・」
「ところで?」
291外出:02/06/23 01:34 ID:defj/NrH
「フィルムーンでお土産を買うとしたらどこがいいかわかりますか?」
「へ?」
男は呆然とする。
「一応調べてきましたがやはり現地の声も聞きたいですからね」
葉子が嬉しそうに言った。
「そ、そうなんですか?」
「星の砂とか、シーモンスターの骨なんかがいいんですよね?」
男はそこで葉子の目がきらきらしているのに気づいた。
「それなら丘の上のウミネコ堂なんかいいんじゃないか、と。
大手のチェーン店に比べたら派手さはかけますけど本当にいい品がおいてありますよ。
高いですけど・・・」
男はなんとか頭のそこから男にとって半ばどうでもいい情報を引っ張り出してくる。
「ありがとうございました」
葉子は頭を下げるとふたたび町の中心を目指して歩き出した。
「はい、お役に立てて光栄です」
男も頭を下げる。そして去り行く葉子のやたら嬉しそうな後姿を目にした。
「〜♪」
今にもスキップしそうなぐらいだ。
「…あれが宗団の幹部様なのか?」

【鹿沼葉子】 フィルムーンの町の観光の後で長瀬祐介の宿を訪れル事を決定
292名無しさんだよもん:02/06/23 01:36 ID:defj/NrH
塔の時みたいにまったく出ないで終わらないように、と
たぶん、矛盾はないはず

後は…国崎パーティーも来るんだよなあ、と
293名無しさんだよもん:02/06/23 19:34 ID:SFwNGZRh
メンテしとくよー。後で読もう
294名無しさんだよもん:02/06/25 16:03 ID:pMnzuhA7
メンテ
295名無しさんだよもん:02/06/26 00:56 ID:C+gASOKz
mente
296 “月” ―残色―:02/06/26 02:02 ID:KzGN2cEL

 昼過ぎ。
 彼女は到着した。
 満月の晩をひたらすら歩き続けて――


「酷い有り様ねぇ……」

 秘宝塔の近くに存在する村。
 元々大規模な村ではない事ぐらい、焼け跡からでも判る。
 村の人達は誰もが疲れきった表情をしており、来訪者である巳間晴香にすら注意を払わなかった。
 ただ、疎ましげな視線を送り、不安と畏れが入り混じった顔をしており、目が合うと視線を外す、そんな感じだった。
 訊けば――帝国がナニかの理由で村を占拠。でかでかと演説したり、馬が暴れ出したり、家々が燃えていたり、色々大変だった、らしい。

 死者が出なかったのはホントに運が良いとしかいえなかった。

「おまけに共和国が放火……ね。やれやれ……今頃、偉い人は何してるのかしら? やっぱり大きいお城で好きな事して、笑ってるのかな」
 天を仰ぎ――言葉の意味とは逆に興味無さ気な――呟きを漏らす。――知っていた。こんな小規模の国家同士の戦ですら傷つくのは弱い、民。およそ関係の無い人達なのだという事を。

 見上げたそこには、噂に名高い秘宝塔があった。

 建築以来、長い間放置してきたような古びた塔。荒れ果てた外壁に手入れのされていない雑草たち。
 歴史のある建物。それは在るだけで重苦しい重圧を与え、来るモノを拒む様な閉塞感を発しているようだ。

「さて、それじゃ、早速お邪魔しますか――って……いい趣味してるわね〜この絵」

 彼女には関係のない事だったけれども。
297 “月” ―残色―:02/06/26 02:03 ID:KzGN2cEL

 彼女の任務――FARGO宗団幹部テンプルナイト“パラディン”巳間晴香の任務は、Aランク分類者川澄舞の保護。それと秘宝の奪取。
 時間を十分にかけ。――歩いてきたし。
 ギルド等に気付かれる様に動き。――道中に現れた山賊(ギルド等になんらかの繋がりがあるハズだ)っぽい奴等を殺したし。
 おまけに川澄舞の保護は余裕があれば行え、と指示がきた。

 こんな指示がきた途端、彼女は首を傾げたものだ。全然、効率的ではなかった。
 郁未なら――こんな時あの子なら、保護を最優先にして派手な行動は避ける様に、とでも考えるに違いない、と彼女は思っていたし、今でも思っている。
 だっていうのにこんな指示がきた可能性は一つしかなかった。いやはや。

 秘宝にしたってそうだ。
 その奇跡を起こす一族が死せる時に遺す追憶の秘石。
 形見みたいなモノだ。その輝きと価値が計り知れないからといって、手を出すべきではないのだ。
 そして、その一族の血縁者――川澄舞。
 外見は幼女そのもので、幼い。特殊な力を持つ一族。Aランク分類者なのだからその力は推して知るべし、だ。更にはその一族の為に存在する“魔族の剣”なるモノまであるらしい。
 とまぁ、こんな感じの情報はAからFにまで分類されたファイルに記されている。川澄舞のデータも網羅されていたし、彼女も川澄舞のデータを見た事がある。


 そして彼女はこの秘宝塔に辿り着いた。
 彼女は今、その塔の最上に居る。

 憑き物が落ちたみたいな静けさ。
 終わったアトの祭の様な寂しさ。

 静寂。

 その塔にはそれしかなかった。
298 “月” ―残色―:02/06/26 02:06 ID:KzGN2cEL

 塔の内部を調べ尽くし――地下にも入ったし、人が侵入した形跡も発見した。勿論、床に放置されていた、白く輝く、美しい宝石も――そして、最後に塔の最上へと足を向けたのだ。

 円形の平たい床に吹き荒れる風。アト一歩、という一番端で、足を止める。見上げれば無限に広がる青が見渡せ、傾く太陽が彼女の影を色濃く残す。見下ろす大地の圧倒的なまでの壮観はしかし。
――彼女と世界を隔離しているように思えた。

「……ふぅ。結局誰もいなかったなぁ……この様子だと共和国や帝国の連中は完全に退却したらしいわね」
 独り呟いて、目を閉じる。
 更には噂に聞いていた塔の魔物とやらも出なかったのだ。それは少し、寂しい。
 終わってしまったのだから。
「数々の伝説を残した『秘宝塔』の伝説も終わっちゃったのか……こうして、又一つ、伝説が消えたのね……」
 こうやって、人というイキモノは未知を開拓していき、最後には知らないモノなど無くなってしまう時代が来るのだろうか――などとガラにも無い事を思案している彼女に不意に眠気が襲ってきた。
 緊張感やらが抜け、疲れが一気に襲い掛かって来たのかも知れない。彼女は端から離れて、眠気に身を任せる事にした。

 流石に、こんな終わってしまった塔の屋上を訪れる物好きはいないだろうから。
299 “月” ―凶姫―:02/06/26 02:09 ID:KzGN2cEL

 トウトツに、目が覚めた。
 視界が、アカク染まっていた。眼球に直接塗りつけた様なその彩りは本物の血のような鮮やかさを持って、視界を埋め尽くす。マッカだった。床も、空も、雲も地も己も全てが。
 上半身を起こす。――目覚めはふかふかベッドの数万倍最悪だった。
「ぁ……夕焼け――」
 なんて事はない。既に太陽が半分程隠れていたのだ。ただ、それだけのコト。それだけのハズ。
 紅く染まった大地。赤の空。朱の映える床。
 ソレはこの世のモノとは思えない程――

「――キレイ、ですね。この夕焼け」

 彼女の後ろから声が聞こえた。――どうやら、彼女の他にも物好きがいたようだ。
 刹那に身構えて、瞬間に気付く。思わず彼女は苦笑を漏らして応える。
「久しぶりね。琴音」
「……ええ。本当にですね、晴香さん」

 姫川琴音。
 巴間晴香と同じく、FARGO宗団幹部テンプルナイト――“シスター”の名を冠するモノ。シスターと呼ばれるだけの服装で、白一色のローブに身を包んでいる。
 今は真っ赤だが。
「でも琴音、どうしてここに? 氷上シュンの探索は進んでいるの?」
「いえ……残念ながら、ちっともです。それと私がここにきたのは指令がきたからでです。宗団から、暇があれば川澄舞の保護を手伝えっ、て感じのが……」
 出遅れた分、この二人は情報が少ない。仕方無いからまず、お互いが持っている情報を交換する事にした。さほど、時間も掛からなかった。
「へぇ〜。それじゃ琴音は元々この近くに居たんだ。それで、私が来るまで待っていたって訳?」
「すいません。私一人じゃ、抑えきれないと思ったので……それに私が到着したのが丁度、村が燃えていた頃で、もの凄く混乱していましたよ、皆さん」
300 “月” ―凶姫―:02/06/26 02:10 ID:KzGN2cEL

 申し訳無さそうに俯く、琴音。彼女は見ての通り白魔術が得意であり、あまり好戦的ではない。その実力は巴間晴香さえ行使できない、高位に位置する回復呪文を行使できる程だ。
 尤も、姫川琴音はこの世の魔術の理論体系から外れた“能力”を有しているのだが。
 その件については、FARGO宗団に入団していた――今は何処かにいった――男が姫川琴音の能力を偶然見てしまった時の言葉を抜粋しておこう。
 その男曰く――

『彼女が起こす超常現象は私なりの”現実感”で確認できます。黒く光るのは慣性力を奪われたコウシ――。白く光るのは放射線状に揃えられた光のサンゲンショク――。私は彼女のために“りあるりありてぃ”なる言葉を捧げたいと思います』

――トチ狂ったとしか思えない言葉だった。その男の名は誰も知らない。それは知らなくてもいい事だ。

 とにかく、琴音はその能力の所為で内気で内向的な性格だった。――もし、FARGO宗団に入団していなかったらきっと、その能力の扱いにも慣れる事などなく、いつか暴走して死んでしまっていただろう。
 そういう意味では彼女は幸運だった。

「それで……これからどうするんですか? 晴香さんは……」
 太陽が完全に地に隠れた。昨晩ならここから、一騎の騎兵が華麗な装飾の刻みこまれたサーベルを高々と、夜空に向けて振りかざす様が見られただろうか?
「そうね……本拠地に連絡するのは止めとく、私はまだ何もしていないから。それに川澄舞を野放しにはできない。どういう理由でここから離れたのかは知らないけど……Aランク分類者を放っておく事はできないわ」

 輝く丸い天体を見詰めながら彼女は言った。
 何処か、惜しむような瞳だった。
301 “月” ―凶姫―:02/06/26 02:12 ID:KzGN2cEL

「……手掛かりはあるんですか? それに凄く強い意志ですね……そんなにAランク分類者を保護するのが大切なんですか?」
 晴香はかぶりを振った。
「別に大それた正義感でこんな事してる訳じゃ、ないの。それにね、それぐらい強い意志でないと、挫折してしまう――真実を知ったときにね。それに手掛かりはね。秘宝よ。
 奇跡を起こす程の力を持った一族が死した時に遺す、秘宝。それには当然、相当な魔力が込めらている。それはそうよね。一族の者が持つ力が結晶化した様なモノだから。これを持っていれば、多分、向こうも気付くと思うし……」
「魔族の剣も反応もしますね、それに川澄舞って子も魔族の剣と関わると思います。きっとですけど……それならレフキーに行くんですか? 」
 魔族の剣がレフキーの何処かにある、というのは琴音が以前、何処かで聞いた事がある情報だった。世界各地を巡っているのだから、そういう事も偶にある。
「ええ。帝国よりはレフキーの方が近いしね――って、琴音。あなたはどうすんのよ?」
 その問いに少し間をおいてから答える。
「私も行ってみようと思い、ます。氷上さんは何処に居るかなんて結局、手掛かり一つ見つけられないですし……案外こういう事に関わっている方が出会えるような気がするんです……」
「よしっ! 琴音の能力と白魔術があれば楽だからね。それじゃ、村から馬でも借りてさっさとレフキーに行きますかっ」

「……そうですね。私の“能力”なら簡単に万物を破壊できますから。とても――とても簡単に」

 そう言って、歪に凶った唇で笑顔が作られる。
――月の光を浴びたその顔は、狂気とも取れる貌だった。
 晴香は知っていた。彼女が“能力”についての話を嫌う事を。何かのトラウマでもあるのかも知れないが――その点でいえば晴香はうかつだった。それにしたって、今日は過剰反応が過ぎると思うが。
 そして確かに、彼女の能力は凶悪な凶器めいたモノだった。人智を越えた――バケモノという単語がしっくりくるような能力。

――そんな力を彼女は持っていた。そして、彼女の方も。
302名無しさんだよもん:02/06/26 02:20 ID:KzGN2cEL
【巴間晴香/レフキーへ向かう/一族の秘宝を持っている】
【姫川琴音/レフキーへ向かう/テンプルナイト“シスター”/氷上の探索はアト回し】

お話としては「“月”―黄金色―」続きデスね。いや、自己リレーで、申し訳ないんですが。
おまけにくそ長いときたもんだ。しかも当方は宗団の指示がよく理解できていません(なら書くなよ
突っ込みどころがあれば遠慮なく。

変なところがあったら、指摘お願いします。
303名無しさんだよもん:02/06/27 22:04 ID:S6eoJxNi
   ___    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  /´∀`ヽ < ヘヴィーでもなきゃライトでもないです、はい。
  |.|メ /:;|::|   \
  ~|_Y_|~     \
             ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
304名無しさんだよもん:02/06/28 17:34 ID:77dxUrnS
もう少しメンテ
305名無しさんだよもん:02/06/29 02:13 ID:hbmkEgH8
めんてしかできません。ごめん。
306名無しさんだよもん:02/06/29 17:33 ID:VY4w7XEp
agemente
307雫(1):02/06/30 01:42 ID:fdrWmO/l
 日はすっかり暮れていた。
 長い、本当に長い一日だった気がする。そう、何日も、何ヶ月もを詰め込んだかのような。
 実際、今日は僕の人生でもっとも忙しかった一日のベストスリーに入る。
 裏を返せば、それだけ何もない日々を過ごしていたと言う事だが。

 あれから、僕はあの『鉱石』の鍵が外れたのは偶然だと主張し続けた。
 詩子さんは最後まで疑っていた(冗談かもしれない)が、何とか納得してもらえて。
 一度仮本部に顔を出した後、そのまま解散の運びになった。
「そう言えば、明日デートの約束よね?」
「…デート?」
「昨日約束したじゃない。海賊退治のお礼に観光案内してあげるって」
「………」
 そう言えば、そんな約束をしていたような。
 でも、観光案内は今日してもらったような気がする…
「わかってないなあ」
 ちッちッち、と指を振る詩子さん。
「この町を本気で楽しむなら一月はかかるわよ」
「…僕は三日後には出立するんだけど」
「だから特別、この詩子さんが一日で楽しめるようにしてあげるのよ」
「どうやったら一月が一日に減るのさ?」
「あ、信用ないなぁ。大丈夫!この詩子さんにお任せなさい」
 この人の自信は一体どこから出てくるのだろう。少し興味がある。
「と言うわけで。祐介君、今どこに泊まってるの?」
「え?」
「明日、迎えに行くから」 
「…いいよ。せっかく案内してもらえるのに、そこまで甘えられないよ」
 というか、詩子さんを見たら叔父さんがからかうに決まっている。それだけは絶対避けたい。
「気にしない、気にしない」
「僕が気にするんだよ」
308雫(2):02/06/30 01:44 ID:fdrWmO/l
 そんな経緯で、何とか詩子さんを説得して。
 自警団の事務所を出たときにはもう、夜中と言っていい時間だった。
 …何をしているのか、少し自問自答したくなったが、しても鬱になるだけだからやめておくとして。
 僕は夜道を歩いて、宿へと向かった。
 日中は騒がしいこの街も、夜は闇に満たされ、人通りも絶える。
 なんだか不思議な気分だったが、悪くない、そう思う。
 
 そして、僕は宿に戻った。
 寝ずの番をしている宿の人に名前を告げ、宿帳に戻ったことを記載する。
 二階に上がり、つい先日も泊まった部屋の前に立つ。
 叔父さんはまだ起きているのか、ドアの隙間から光が洩れていた。
 ドアを開ける。
「ただいま…ごめん、遅くなって」
「………?」
 叔父さんは、何かの本を読んでいるようだった。
 多分、学術の本だろう。フィルムーンには本屋があると、船旅の途中で嬉しそうに言っていた。
 しかし読書と言うのは、こんな時間まで頑張るほど面白いものなのだろうか。
 僕にはよくわからない。
「そうだ、これ、返すよ」
「………」
 腰に挿した二丁の銃を叔父のベッドに放る。
 結局撃たなかったけど、はったりには使えたよ。そう言おうとした、その時。
「あー、すまんが」
「………?」

「君は、誰かね?」
309雫(3):02/06/30 01:48 ID:fdrWmO/l
 …一瞬で、頭の中が真っ白になった。
「え…?…何を言ってるのさ、叔父さん?」
「叔父さん、と言う事は、君は私の甥か。名前は?」
「…何の冗談だよ。やめてよ…」
 薄暗い部屋にいたせいで、気付かなかった。
 この人は…「頑張れよ」と、朝送り出してくれた叔父さんは、
「冗談、ね。冗談を言っているのは君だろう?私を長瀬と知っているなら、悪質だな」
「祐介だよ。どうしたのさ、叔父さん!」

「祐介?…知らないな」
 まるで、僕の事を、他人を見るような目で見ていた。

 わけがわからなかった。じんわりと頭の奥が熱を持つような感じ。
 一体何が起こっているのか。何を、したいのか…何もわからず。
 僕は、思わず叫んでいた。
「こんなの…嘘だっ!!」
310雫(4):02/06/30 01:49 ID:fdrWmO/l
 バチッ…!!
 電気の粒、というにはあまりにも激しすぎる音が鳴った。
 刹那、叔父さんの動きが止まり、僕の中に、叔父の意識が流れ込んでくる。
 僕の力…意思、心の流れを読み…そして狂わせる波動。『電波』の力。
 それは絶対で、疑う余地のない、事実をもたらす力だ。
 
 そして、わかった。
 僕を何故、他人のような目で見るのか。
 当り前だ。僕は、他人だった。叔父さんの中に、僕の存在がなかった。
 わけもなく鬱に入っている僕の肩を軽く叩いてくれたことも。
 部屋に塞ぎ込んだまま、出てこない僕の部屋の前に、毎日雑な料理を置いてくれたことも。
 読み書きができない僕に、自分は悪筆だから真似るなよ、といいながら教えてくれたことも。
 自分以外の誰かがいるところで、初めて泣いたあの時のことも。
 何もかも…消えていた。

 …チリッ…
 叔父さんは動き始めた。
 何かがあったことはわかったのだろう、首を捻りながら軽く頭を叩く。
 それから、僕のほうに顔を向け…

 その瞬間、僕は弾かれたように部屋を飛び出した。
 廊下を駆け抜け、階段を飛び降りるように下る。
 宿の人が何事かといった様子でカウンターから身を乗り出したが、僕はそのまま入り口の扉を開け、外へ飛び出した。
 飛び出して、どうにかなるものではない事はわかっていた。
 それでも僕は走っていた。どこか遠くへ行きたかった。
 …雫が、視界のすみに霞んで消えた。

【長瀬祐介  夜の街へ】
【長瀬源五郎 祐介の記憶を失う】
311名無しさんだよもん:02/06/30 01:54 ID:fdrWmO/l
と、いうわけで『雫』をお送りします。
個人的にやっちまった、って感じです。題名が。
もっと温存すべきかも…うpしちゃったから今更だけど。
思うところがあったら言ってやってください。
312交渉:02/06/30 03:54 ID:LX7CfOv3
「さて、邪魔者は行ったみたいだね」
綾香が部屋を出ていき、再び研究に没頭しようとした源五郎の耳にそんな声が入る。
「…誰だ?」
源五郎が声のしたほうを向くと、そこにはシュンがいた。
「氷上シュン、あなたの甥の友達さ」
そういいながらもシュンは「もっとも会うのは二度目なんだけどね」と呟く。
「…祐介の友達?」
源五郎が怪訝そうに聞き返す。フィルムーンに祐介の知り合いはいない。また、例えいたとしてもこんな夜更けに来るのはいささかおかしい。
「あなたにちょっと用があってね」
「用?」
源五郎はまたもや怪訝そうに聞き返す。
「そう、ちょっと祐介のことを忘れてもらいに来たんだ」
「忘れるって…もしかして祐介と同じ力の持ち主とでもいうのか!?」
「厳密に言うと違うけど、まあ似たようなものだね」
シュンはこともなげにいってのける。
「く…」
源五郎は無駄だと思いながらも父親に教えられた武術の型をとる。
「そんなに警戒することはないよ。どうせいまのままじゃ僕にあなたの記憶をいじることは出来ないんだ」
「……」
313ロケットで突き抜けろ!:02/07/01 00:15 ID:GcZAwiwE
「ちょ〜〜〜〜とっ、待ったぁぁぁぁぁ!!」
 今まさに、御堂と矢島が殺人鬼との死闘を始めようとした最中、突如掛かった待ったに一同は声の方へ振り向いた。
 するといつの間に積み上げたのか、椅子を何段にも立てその頂上に仁王立ちする佳乃の姿が。
「なんだぁ?」
 斧の男は面倒くさそうに佳乃に向き直った。すると、
「動くなぁ!この大悪党!動くとこのかのりん特製ファイアースーパーボールをお見舞いしちゃうぞぉ!」
 と、佳乃は右手をかざした。呪文の詠唱はすでに終わっているのか、佳乃の右手は魔力が収束され光を放っていた。
「か、佳乃ちゃん。やめようよ」
 積み上げた椅子を必死になって支えていた瑞希が小声で話し掛ける。
「殺されちゃうわよ」
「もう、今いい所なんだからちょっと黙ってて」
(だ、ダメだわ。この娘、完璧にイっちゃってる)
「ふふふふ……さぁお見舞いしちゃうぞぉ」
 再度脅しを掛ける佳乃に対して男は余裕の笑みを浮かべ、
「へっへっ……やれるもんならやってみろ」
 にじり寄って来た。

「兄貴、あの娘、大丈夫なんスかね?」
「さぁな……だが」
 心配そうに尋ねる矢島に御堂は煮え切らない返事をしながら男の背中をあごで指した。
「隙だらけだぜ?」
 こっそり男の背後に回り込んだ二人が攻撃を仕掛けようとしたまさにその時、佳乃の魔法が発動した。
314ロケットで突き抜けろ!:02/07/01 00:16 ID:GcZAwiwE

ポピュ〜♪

 佳乃の掌から笛を吹く様な愉快な音をたてながら、親指ほどの大きさの火の玉が飛び出した。
 お世辞にも攻撃力があるとは思えないそれは、男の方へ飛んでゆき――御堂の顔面に炸裂した。
「ぶっ!」
「へっ?」
 御堂に当たり、天井に跳ねた火の玉は、次に呆気にとられた矢島の後頭部にヒットした。
「ぱぎょっ!?」
 引っくり返る二人。
「わわわっ!外れちゃったよぉ」
「バカぁ!」
 敵を倒すどころか唯一の頼りを潰してしまった佳乃を罵りながら瑞希は心の中で覚悟を決めた。
(ああ、もうダメだわ……このままここで理不尽に殺されちゃうのね、あたし……今思えばなんで椅子を支えているのかもわからないわ)
 半分泣き笑いだった。

「遊びは終わりだ」
 男はもうこれ以上茶番には付き合っていられないと、ゆっくり大斧を振り上げた。
 その時、矢島に当たって勢いを無くした火の粉が一粒、男の肩にかかった。

ボワッ!

 火の粉が男の肩にかかった途端、男は瞬時に炎に包まれた。
315名無しさんだよもん:02/07/01 00:20 ID:GcZAwiwE
【佳乃の魔法 ファイアースーパーボール(仮称)威力はロケット花火並】

声の続きでつ。シリアス三回もたず…
勘のいい人ならもうオチが読めてるかも;;

>>312割り込みになっちゃってすいません。
お手数ですが、投稿し直してくれるとありがたいです。
316濡れた花:02/07/01 20:38 ID:DowvpJN5

 気を取られ判断が遅れた。五、六匹の狼が低い唸り声を上げて襲い掛かってくる。
 剥き出しの牙に涎が垂れており、強張った骨格はまるで鉄骨のよう。短い毛に隠れた筋肉が自己主張する様に隆起する。
 それでも彼は――住井護は真正面から突っ込んでくる一匹の首の付け根辺りを、剣を握った拳で横に払い、低空から迫ってきた一匹を蹴飛ばす。そして――

――それだけだった。


 体当たりをかまされてバランスを崩す。足と脇腹に鋭い痛みが走った。肉を抉られたのだ。
 元々、金もあまりなく、ボロボロの鎧を捨て、安物の鎧――それでもないよりはマシ、程度――を買っていたのだ。彼の装備は全身をガードできる程優秀ではなかった。けれど、痛みは走ったが動けない程ではない。
「ちっ、やってくれるっ……!」
 体勢をすぐに立ち直す。その時、住井はこう思っていたのだろう――へへっ、こうなったら傷なんてお構いなしだ。捨て身で全部、ぶっ倒してやらぁ!――と、こんな感じで。

「キャァァアアッ!!」
 と言う叫びと、バゴッなんて衝撃音が同時に草原に響く。
 血の気の多さ故に、失念していたのだ、住井は。二人のお荷物がいる事を、一瞬でも。
 彼は反射的に声のした方に振り向く。――すると一匹の狼が栞と、その陰に隠れているさいかの近くに倒れ込むシーンだった。シナリオとすれば飛び掛ってきた狼を旅荷物が入った鞄でぶっ飛ばした、という所が妥当か。
「ぐっ!?」
 気付くと、狼が飛び掛ってきていた。かわし切れず剣を握った腕を噛み付かれてしまう。それを振りほどこうとして――腹辺りに他の狼の強烈な体当たりを喰らい、仰向けに吹っ飛ぶ。
 倒れた彼に、更に飛び掛ってくる、群れ。――見れば先程、殴ったり蹴ったりした狼も復活していた。
317濡れた花:02/07/01 20:40 ID:DowvpJN5

 首元に牙を突きたてようとしてきた一匹を、噛み付かれたままの腕で強引に吹っ飛ばす。それで腕に噛み付いていた狼も吹っ飛んだ。まぁ、その間にも足やら何やらに爪を立てられたり噛み付かれていたけど――
「くそっ!」
――見てしまったのだ住井は。三メートル程離れた場所にいる、栞とさいかの周りを何時の間にか取り囲んでいた四匹の狼を。――畏縮している所為か青いビー玉などそっちのけで、鞄を盾にしながら震えている様だった。
 彼は全身をバネのように弾かせ無理やり身体を起こし、栞とさいかの方へと雄叫びを上げ、疾駆する。

 住井は誰にとも無く心の中で悪態を付く――ちくしょうっ。十六か十七匹ぐらいいるぞ! このままだと無理だぞ? なんでこんなに多いんだ? こんな運命を仕組んだのは一体誰だよーー!?
 そんな事言われても……事態は勿論、変わらない。傷を負いながら普段以上の速度で跳ねた。それは当然、巴間晴香の薬のおかげであったのだが――彼にはそれに気付く余裕がなかった。
 三メール。三メートルの距離を移動するのに肩やら腿やら後から噛み付かれたが、そんな事に構っている暇はなかった。栞に鞄越しに襲い掛かっている狼が既にいたし、全く無警戒の後から飛び掛ってくる狼が見えた、から。

 必死に鞄を前面に押し出して狼を防ぐ栞。その栞の後で震えながらしがみついているさいか。そして、その後から襲い掛かる一匹の狼。その周りを取り囲む狼たちと、それを遠巻きに観察する、リーダーとその格下らしき、狼たち。
318濡れた花:02/07/01 20:42 ID:DowvpJN5

――間に合わない――

 咆哮を上げながら突撃する住井に、さいかが気付く。――恐怖に、歯がカチカチと鳴っていた。

――素手では、どう足掻いても、間に合わない――

 その鬼人の如き姿の住井に、怯えた表情を、さいかが向けた。――その怯えた表情の後に、鋭い牙が迫っていた。

――最初から、判っていた、そんな事は――

 住井と、さいかの、目が合った。――さいかの頭の上を白銀が閃き、狼の眉間から貫いた。

――それでも、それでも俺は――

「あ……ぁ…ぁぁ……」
 さいかが呻きに似た声をもらす。早熟故に、判ってしまったのだろう。今、自分の頭の後ろで生命が尽きた事に。そして、その事実がもたらす恐怖に、さいかは住井の目から視線を逸らす事すらできずに震えていた。
 しかし、そうなってしまえば事は容易い。軌跡が鮮やかに舞い、血が鮮やかに舞った。――それは舞い散る花びらの様に。
 体が軽く、全身に爆薬が仕込んであるかのような瞬発力だった。
 住井の後方から迫ってきていた一匹を縦に寸断し、返す刀でもう一匹を切り裂く。
 振り向き、今度はさいかの横から襲い掛かってくる一匹を力任せに叩き切り、それから栞に飛び掛ろうとしていた一匹を横から腹を一突きにして、栞が鞄を使って相手にしていた一匹を体当たりする様に刺した。
 全て、致命傷だった。即死のモノもいれば、数十秒の時を要して死に至るモノもいるだろう。ドクドクと血を流し、草原を濡らしていく――。
319濡れた花:02/07/01 20:44 ID:DowvpJN5

 栞の茫然とした顔を見れば、何が起こったのか認識できていないという事は判る。それでも住井は声を掛けた。
「青いビー玉を、はやく出してくれ」
 ゆっくりとした、否定を許さないような力強さで声を掛ける。それでも栞はドコを見詰めるでもなく、動かなかった。
 気付けば、周囲を囲まれていた。ざっと見で9匹ぐらいだろうか。住井の呼吸の間隔が短くなり、荒くなっていた。
「……目を瞑っていろ」

 住井護にはそれしか言えなかった。

             …

 一面に、澄んだ青空が広がっていた。その下には海面の様に草原が波打っていた。
 吹き抜ける風は舐めるように全身を巡り、遠くに見える古くさい建物は何事もなかったように、変わらない。その静かな場所に、血の臭いだけが鮮烈さを保っていた。
 住井は其処に立っていた。風を正面から受けて髪がせわしなく動いていた。
「……私、わた、し……判っていたんです。ほんとうは……青いビー玉を使えば、殺さずに済んでいたのに…頭が真っ白、で……何も考えられなくなって、体が動かなかったんですっ!」
 座り込み、俯いたまま――する事が判っていたのに、体が動かなかったと――独白する栞。泣いているのかな、と住井は思ったけれども視線は遠くをみていたし、声を掛ける気力もなかった。
「怪我はなかったか? 二人とも。ないならさっさと出発しようぜ。こんな所に長居は無用だ」
 声を掛ける気力はなかったのにそんな言葉が自然とでた。視線も遠くから近くに戻す。見れば、草原の隙間に点々と狼の死体が転がっていた。その数は軽く十を越えていた。
 そんな声を掛けた住井にさいかが近寄って行って、手を振り上げ腰の辺りをポカポカと殴りつけた。
「――どうして……? どうしてころしちゃったのっ!? すみいぃ! ころさないでっておねがいしたのに……っ!」
 顔を押し付けてポカポカと殴りつづける。
「けんをつかわなくたって、さやでなぐりつければ……ころさずにすんだじゃんかぁっ!」
 鞘で打撲を負わせる。
 確かに人間相手ならば住井にもできた芸当だろう。だが、相手は狼なのだ。急所なんて住井が知るハズなんてないし、何より住井護には手加減など出来なかった。
320濡れた花:02/07/01 20:47 ID:DowvpJN5

 下手をしなくても住井の鞘越しの一撃は骨を砕き、内臓を破壊をしていただろう。かといって、過度に手加減した一撃では気絶などさせられない。例え巴間晴香の薬の力を得たとしても、技術だけはカバーできない。力だけではどうにもならない時も、ある。
 そして、野生の獣が足の骨や内臓をやられて長生きできるハズがない。群れはそれらを村八分にし、怪我をした身体では狩りも上手くいくハズもなく、孤独に、飢えて、死ぬだけだ。
 そこまで住井が考えていたかどうかは判らない。ただ、彼は一撃のもとに殺していた。お荷物の二人から離れる事も出来ずに、四方八方から襲ってくる群れから護る為に。
 巧みなチームワークで弱い固体から狙い、致命傷よりも血を流させて徐々に弱らせ、仕留める。――流石の住井もこれには舌を巻いた。

――それでも住井護は二人に怪我を負わせる事なく、大半を絶命に至らせた。それで残りの狼は敵わぬ相手と見切り、逃げていったのだ。
 そして、その結果が――
「どうしてだよ? すみいぃ!! かわいそうじゃん……ひどいよぉ……」
――これである。
 住井は取りあえず、さいかの肩に手を触れようとして――まだ剣を握っている事に気付き、血糊が付着しままの状態で鞘に納めた。それから触れた。血に濡れた手で。
 そして顔を見上げる、さいか。何故か驚いた表情をみせたが、住井はそれには構わなかった。
 そして住井は思う。
 どうしてころしたの? だって? そんな事は決まっている。だが、それを口にしたらきっと彼女達は責任を感じてしまうかも知れない……だから言わないでおこう――と、住井は理性で判断した。

「どうしてって、そりゃ……お前等に無事にいてもらいたかったからに、決まってるだろう」

――そう。理性で判断したのに。住井護はその思いを口にしていた。なんて、未熟だろう、と力なく笑って、さいかの涙に濡れた目許を拭ってやる。
「あ……す、すみい、けがしてる……」
 涙の代わりに血に濡れた顔でさいかはそんな事を言った。そう言われて、不思議そうに住井は視線を自分の手に移す。
――それは、真っ赤だった。今も血が雫となって地を濡らしていて、数多の傷痕からは激痛が走り、もう立っていられない、と悲鳴を上げていた。返り血だと思っていたものが自分の流していた血だと今更ながら気付いた。
321濡れた花:02/07/01 20:49 ID:DowvpJN5

 緊張が抜けて、尻餅をつく。なんだか目眩と吐き気もしたような気がする。
 でも、彼は耐えた。
 気付けば、呼吸も随分荒くなっていた。さいかが心配そうな瞳を向けて、栞が血相をかえて近寄ってきたが、住井は疲れだだけだ、と短く呟いただけだった。
「だ、大丈夫ですか!? 住井さん?」
 満身創痍な住井だったけれども、それに気付けなかった自分をまず、美坂栞は恥じた。
 それから、とにかく、治療しようと思った。包帯を巻いて――その前に止血を――それよりもまず、化膿止めのくすりを――その前に傷口を洗って――あれ? お薬は持ってきていたんだったけ?
 次から浮かぶ、断片的な思考。想い人の彰の為に人知れず覚えた医者の真似事。

――それも血だらけの怪我人を前にして、頭が又、真っ白になっていた。本では血の臭いまで学べないのだ。

 栞は情けなくて死にそうになる。する事は判っているのに、体が動かない。こうしている間にも住井の服は染められ、濡れていっているというのに。それは、なんて――
「す、すみいー? うごけるー? こんなところじゃ、ちりょうはむずかしいから……おうきゅうしょちだけしてほわーるにいこう……」
 しのさいかが心配そうな瞳で問いかける。こう見えても医者の卵である。栞と違い、このような場面は既に経験済みなのかも知れない。
「へへっ。大げさなんだよ。これぐらいで動けない訳ねーだろ。それにホワールに行けば彰センセに会えるんだろ? だったら急ごうぜ。こんな所でへぱってる暇はねーぜ?」
 軽口叩く住井に呆れた表情で、さいかが簡素な応急処置を施す。栞はその間に荷物を纏めていた。なんだか自分でも馬鹿みたいだな、と栞は思った。

 住井は栞の肩を借り、荷物は持てるだけさいかが持ち、残りは栞が受け持つ事になった。
 それから魔法都市ホワールへと足を向けようとして――栞はさいかの顔が血で濡れているのにようやく気付いて、顔を拭いてあげた。
322名無しさんだよもん:02/07/01 20:55 ID:DowvpJN5
【住井護/ホワールへ/体のあちこちに酷い傷/体は無理をすれば動くらしい/毒もあるかも?】
【しのさいか/ホワールへ】
【美坂栞/ホワールヘ】

お話としては「因果応報」続きデスね。いや、自己リレーで、申し訳ないんですが。
おまけにくそ長いときたもんだ。しかも当方は別に喧嘩を売ってる訳ではありません(コピペで言うな
己の未熟さと拙さを思い知るには十分ですね(ぉ

変なところがあったら、指摘お願いします。
323名無しさんだよもん:02/07/03 06:12 ID:7ZvTOYlq
めんて、っと。
324メンテ:02/07/05 20:58 ID:N3QuJlSf
冒険の物語は今もなお紡ぎ続かれている・・・
325軍師の条件:02/07/06 01:34 ID:fYBQgxTk

 ぱんぱん、と場違いに響いた軽い音に、北川達ははっと音の方向へ顔を向けた。
 大志は手を下ろすと、くきくき、と肩を鳴らす。
「……ここで言い争いをしていても、埒があかん。そこで、各自何かいいアイディアがないか考えてみてくれ」
「いきなりアイディアなんて言われてもな……こういうのは、専門家の方がいいんじゃないか?」
「勿論我輩も考えるが……行き詰まった時は、素人の方が妙案を思いつきやすいものだ」
 そういうもんかね、と愚痴りながらも、北川は素直に鼠の…アルジャーノンの事を思い浮かべる。

 性質……凶暴。人間の脳味噌を食べる。群で行動する。頭が凄くいい。

「……ん?」
「どうした、同志北川」
「いや、何か忘れてるような気がして……ううん、何だったかな……何か重要な事だったような……」
「……北川もか。我輩も何か失念しているような感じがするのだが……」
 男二人で首を捻っている間に、名雪は友里と親しく話していた。

「名倉さん、名倉さんはアルジャーノンから、どうやって生き残ったんですか?」
「どうやってと言われてもね。たまたま、最後に残っちゃったような感じなのよ」
 その言葉に興味を引かれたのか、大志が思考を中断して、友里に顔を向ける。
「どういう事だ?」
「最初に遭遇した時は、ただの烏合の衆だったの。魔法で簡単に追い散らせたし……
 それで油断したのが悪かったのだけれど、二手に分かれて奴らを捜索したのよ。
 そしたら、片方のグループが一人を残して死体になっちゃってて。
 私が外に連絡を取りに行っている間に、残りのメンバーも次々に死んじゃったみたいで…ふぅ、始末書じゃ済まないわね」
326軍師の条件:02/07/06 01:39 ID:fYBQgxTk

 溜息混じりに肩を竦め、友里は苦笑した。
「ふむ……謎が謎を呼ぶといった感じだな」
「あの、大志くん」
「何だね、同志名雪」
 遠慮がちな名雪に、大志は腕を組みながら振りかえった。
「今思ったんだけど、あの鼠たちって、最初“青の錫杖”に現れたよね」
「ふむ、あの時は同志北川の活躍で、何とか撃退できたが……」
「あの時、北川君が小麦粉を使って、鼠達を退治してたよね」
「……ふむ、そうか! さすがは同志名雪、悪くないアイディアだ」
 ぱん、と手を叩いて、大志は顔を綻ばせた。
 その大志に水を差すように、北川は渋い表情をする。
「なぁ大志、いくら相手が鼠でも、同じ手は食わないんじゃないか?」
「ああ、勿論そっくり同じ作戦は取らんよ。だが思い出してくれ。
 同志北川が小麦袋を投げた時、奴らは人を襲っていたにも関わらず、小麦のほうに一目散だった。
 もしかしたら、鼠としての本能は、アルジャーノンの制御以上に強いのではないだろうか」
「……ありえるわね」
 考え込むように顎に手を当て、友里は俯いた。
「鼠の原始的な本能は、非常に強いわ。目の前に食料を置かれて、我慢できるほど「群」の知能は高くないはず……
 例えアルジャーノンが罠だと勘付いても、群が勝手に餌に釣られる可能性はあるわ」
「じゃあ、また小麦でもばら撒くのか? けど、あれだけの大きさの群を、一度に焼き払う方法なんて……」
「いや、ある」

 自身満々で、大志は顔を来た方向に向けた。
「思い出してくれ、最初に我々が立てこもった、あの管理人室を。
 密室での爆発は、開放された空間での数倍の威力を発揮する……文字通り、一網打尽にできるだろう」
327軍師の条件:02/07/06 01:42 ID:fYBQgxTk

「はい、これであるだけ全部だよ〜」
 どさ、と数十キロはありそうな袋を軽々と置き、名雪は笑みを見せた。
「ああ、済まない。我々は頭脳労働担当なものでな」
「気にしてないよ」
 一人で何袋も担いで、青の錫杖と下水を往復したとは思えない、名雪の笑顔だった。
 それとは対照的に、友里は呆れた表情を隠そうともしない。
「あなた達、女の子に荷物運びさせて、自分達は休んでるなんて、どういう神経してるの?」
「ふっ、確かに少々体裁が悪いのは確かだが、正直我輩や北川では、同志名雪の足手まといにしかならん。
 ならば、少しでも同志名雪の負担を減らす為に、こうして大人しく待ってる方が合理的というものだ」
「本当は、秋子さんと顔を会わせるのが怖いだけなんだけどな……」

 ぽそ、と呟いた北川の言葉に、大志は硬直する。
 掃除をサボり、鼠の死体は放置、挙げ句に小麦を大量に無断で借用……となれば、秋子さんに会わせる顔があるはずがない。
 秋子さんのことだ、あの笑顔が崩れる事は無いだろうが……いや、むしろだからこそ怖い。
(結局、問題を先送りにしてるだけなんだけどな…)

「まぁ、何でも構わないけれど……どうするの、これを」
「まずは、奴らをこれで誘き寄せる。
 奴の知能がどのくらいのレベルかはわからないが、これまでから考えるに、人間の子供程度の知能はあるようだ。
 ただ単に小麦の袋を部屋の中に置いただけでは、警戒して来る事は無いだろう」
 大志はそこで言葉を切って、袋のひとつに手を置く。
「そこで、錫杖亭の時と、まったく同じ事を繰り返してやる。
 群に油を仕込んだ袋を投げつけ、食らい付いた所で同志北川が引火させてみる」
328軍師の条件:02/07/06 01:46 ID:fYBQgxTk

「悪くないけど…そんな事じゃ、到底奴らを全滅させられないわよ」
「そう……そう思わせるのがこの作戦のキモだ」
「……どういうこと?」

 訝しげな面々を順に見詰め、大志は指を立てて説明する。
「つまり、奴らに我々が“前回と同じ作戦をして、情けなくも失敗した”と思わせるのだ。
 それで奴らは調子付いて、警戒心を薄れさせるだろう。
 敗北を装い、敵を誘導しながら、罠に導いて一網打尽にする……古典的だが、有効な手だ。
 そして囮役があの部屋に誘い込み、部屋に奴らを誘き寄せたら、脱出する。
 後は仕込んでおいた火薬に火をつけ、戸を閉めれば、天然のオーブンの出来上がりだ」
「ちょっと待て、囮って誰がやるんだ!?」
 北川の問いに、大志はにやっと笑った。
「勿論、同志北川は最後のシメをしてもらわねばならんから、囮役は務まらん。
 同志名雪は運動神経の面で抜群だが、彼女は小麦の袋を適度に群れに投げ込んでもらうという役がある。
 そして名倉女史だが……風を使う彼女は、単体で強すぎる。奴らも流石に警戒して近寄らんだろう。
 ……そこでだ、ここに奴らが警戒せず、その上魔術士でもあるうってつけの囮がいる」

 一瞬、北川も、名雪も、そして友里も沈黙し……呆然と大志の顔を見つめた。
「ま……マジかよ? 一歩間違えれば、鼠もろとも焼け死ぬか、食い殺されるんだぞ!?」
「ふっ……何を言うかと思えば、甘いな。同志北川」
 大志はふわっ、と髪をかきあげ、ビシィッ、と北川に指を突きつけた。
「我輩は、我輩自身の策に全般の信頼を置いているっ。
 自分の作戦に自分の命も賭けられぬ軍師に、誰がついて来ようか!?
 いやむしろ、我輩の命、我輩の策に捧げるなら本望であるっっっ!!!」
 ただひたすら圧倒されながら……北川は初めて大志の本質を垣間見た気がした。

 傲慢でも、変人でも………大志は本気で、自分の命を野望に捧げられる男なのだ。
329軍師の条件:02/07/06 01:50 ID:fYBQgxTk
【大志 アルジャーノン全滅作戦開始】
【一同は管理人部屋へ】
【作戦:管理人室に鼠を誘き寄せて一網打尽計画】

鼠を退治する方法を考えてみました。
変な所があったら、指摘お願いします。
330名無しさんだよもん:02/07/06 10:15 ID:6lPehK4T
ここで上げてみる。
331凍れる、色:02/07/07 16:31 ID:36sRHWJ3

「我が学園にようこそ、歓迎しますよ」

 と、学長っぽい人が親しみの笑顔と共に告げた。
 ……こうして紆余屈折を経て僕は試験に合格する事ができた。これからの学園生活を考えると胸がわくわくし、これで聖先生を驚かす事が――
「――って、聖先生いないじゃんかああぁぁぁっっ!!??」
「アハハ。彰さん、なにも大回転エビぞりハイジャンプをしながら驚かなくても」
「んな事できるかぁぁいっ!!」
 言いつつ極悪人に口伝された突っ込みを雅史くんに入れる。自分で言うのもなんだが結構いい音が響いた気がした――のはいいんだけど……あの皆さん? その冷たい視線は止めてくれませんか? 

「さて、二人のこれからの事だが……」
 何事もなかったかのように続ける学長の姿がなんだか眩しく見えた――

         …

「で、なんでこうなるかな……」
「あ〜? このオレ様自らこの学園を案内してやってるのにナニが不満なんだよ?」

――学長の話では、基本的にこの学園に入ったらそこで毎日お勉強を強制させている訳ではないらしい。学びたい者は学び、自由気ままに――がモットーらしい。まぁその代わりに学園にあまり通わない人は定期的に、課題をクリアしなきゃいけないみたいだ。
 そんな事いってもこの学園を訪れる者は大抵、己の魔術の力を追求せんと集まった者達なので皆、必死に毎日を過ごしている、らしい。まぁ、そんな訳だからこの学園に入ったからといって、この街に縛られる必要はない、という事なのだ。
 それらは別にいいんだ。問題はどうして僕の案内人がこのぺったんこで、雅史くんはあの美咲先輩なのかというコトなのだよ。
「なのだよ、じゃねーよ。オレの言ってる事、ちゃんと聞いてんのか?」
「ああ、聞いてるよ。さっき通った所がトイレであそこを曲がると階段があって、そこを下りると広い中庭に出るんだろ?」
「ふん。くえないヤローだぜ」
 面白くなさそうにそっぽを向く仕草はどう見たって男の子のそれだ。――勿論、胸の膨らみも。
「ナァ? もしかしてオマエ、さっきからオレの事バカにしてねぇか?」
 何故か朗らかな笑顔でそんな事を聞いてくる。いや、目は笑ってなかったけど。
 
332凍れる、色:02/07/07 16:34 ID:36sRHWJ3

「まさか。それよりもう学園の中は全部見回ったみたいだけど……」
「そうだな……結局、あいつらとは出会わなかったな。それなら建物の外もついでに行ってみるか。結構広いんだぜ? ここの敷地は」
 そう言って、窓から飛び出す彼女。

「……って、窓から飛び出すなーー!」
 慌てて窓際に駆け寄り、下を覗き込む。件の青い髪の女の子は、はやくこいよーってな感じで手を振っている。――思わず安堵の溜息が漏れた。怪我はないみたいだから。
 それから僕も階段を一階分下りた。それにしても、二階から飛び降りるなんて一体どういう神経しているのやら……ネコ並の反射神経なのか?
――ちなみに彼女のいう『あいつら』とは雅史くんと美咲先輩の事だ。僕と雅史くんとでは専攻している魔術が違うので、取り合えず別々にこの学園を見て回る事になっていたのだ。
 

「オセーな。オマエも飛び降りりゃ良かったじゃん」 
「……無茶、言うなって」
 急いで来たのでちょっと呼吸が乱れる。そんな僕にお構いなしに先を急ごうとする。その前に僕は質問をぶつける事にした。
「あのさぁ……ちょっと気になる事があるんだけど……」
「あ? なんだよ」
「キミって、ほら。ネコに変身できるじゃないか。いや、いきなり変な事聞くけど」
「……それが何か?」
「なら……どうして語尾ににゃ、とか付けないのかな〜って」
「……」
「もしくは、にゃんがにゃん――」
 がにゃ〜、と続くハズだった僕の言葉は、頬を凄い勢いで掠めていった何かの所為で途切れた。見れば何時の間にか彼女の右手が振り上げられているではないか!
「ハァ、くだらねーコト言ってんじゃねぇよ。それに猫だからって語尾にニャ、なんて付けるのはたまだけで十分だってのに……」
 そう言って、何か嫌な事でも思い出しのか頭をブンブンと勢いよく振りだす。――まぁ、色々ありそうなのでここはそっとしておこう。
「――っと、わりぃな。余りにオレ様のメス投げが鋭すぎて、頬が切れちまったな」
 言われて、無意識に頬に手を掛けてみる。確かに少し、血が流れていた。まぁ、痛覚が無かったから気付かなかったけど――するとさっきのはメスを投げたのか。全然、気付けなかった。
 と、思案している僕の目の前に、何時の間にか彼女が近寄ってきていた。
333凍れる、色:02/07/07 16:36 ID:36sRHWJ3
「ど、どうしたの?」
「頬、切れちまったろ? まぁ、キレイな傷口だからすぐに治ると思うけど……」
 なんたって、オレ様の投げたメスで出来た傷だからなぁ、と自慢気に語る――のはいいんですけど。
「で、でさ……どうしてそんなに接近してくるのかな、君は」
「決まってんだろ? じっとしてろ。スグに終わる」
 言いながら、僕の後頭部に巻きつく様に腕を回して――ほのかにいい香りがした――頬に顔を近づけていく。
「ま、まさか……っ!」

――言い終わらない内に、彼女の舌が、僕の頬に、触れた。

 ぺろ   ぺろ
    ペロ   ペロ

   あまりのくすぐったさにヘンな声を上げそうになってしまう――。

「よし、終わったぞーって、なんでそんなに顔を真っ赤にしてんだよ。オマエも医者ならこれが有効だって事ぐらい判ってんだろーが」
「……だ、だってこんな事されたのは……初めてだったんだもん」
 『だもん』はないだろう、と自分でも思った瞬間だった――後ろから小さなパキッ、なんて小枝を踏み折ったような音が響いたのは。
 反射的に振り向く。――いや、振り向かなくてもこれから何が起きるかは予測できていたのだが。いやはや。
「――あ、ご、ごめんなさいっ! お、お邪魔だったかな、はは」――ぎこちない笑顔をみせる美咲先輩と、
「へぇ〜。彰さんも……ナカナカどうして。やりますねぇ」――太陽を背に学園の門で待ち伏せしているような、妙に爽やかな笑顔の雅史くんがいた。
「ちっ、ちがっ! 二人とも勘違いしてるよっ!」
 そりゃ、見る角度によってはキスしている様に見えてしまうかも知れないけれど。――というか、キスよりもある意味では……もっと――いや、しかし――
「お〜い。二人とも急いでどっか行っちまったぞ」
「急いでイっちまったっ!?」
 言った瞬間にボディに何か強烈なモノがめり込んだ。潰れた蛙の様な呻き声が吐き出され、立っていられずに地面に膝をつく。
「……目が醒めたかよ?」
「……十分に」
 くそっ。こんな姿、死んでもさいかや聖先生には見せらない……
334凍れる、色:02/07/07 16:38 ID:36sRHWJ3

「ううぅ、すまない。ちょっと混乱してたんだ」
 ボディブローの余韻がまだ残っているが、仕方ない。
「ったく。やれやれだぜ……」
 さも呆れた、といった感じで彼女は肩をすくめる。ち、ちくしょう……元々の原因だってキミにもあるんだぞぉ……
「……うぅ、これで彼女達に誤解されたままだよ。どうすればいいんだ」
「ははぁ、オマエもしかして……あの女に惚れてるな?」
 彼女は新しい遊び道具をみつけたみたいに――悪魔みたいな邪悪な笑みを浮かべる。にやにやというか、にまにまというか。
「そ、そんな事――」

「でもあの女はやめとけ」

 はっきりとした、遠慮の無い、断言。
「ど、どうして……?」
 流石の僕も、こうも断言されると動揺してしまう。何よりも彼女が本気で言っているのが伝わってくるからだ。
 ふむ、と一呼吸おいてから彼女は続けた。
「あの女は黒魔術師だろ。元来、黒魔術師ってのは孤高なんだ。まぁ、この学園の彼奴等は若干その傾向が薄れているけどな。しかも、オマエは白魔術師だろーが。混ざっても灰色にしかならない。それか塗り潰されるだけだ、黒に」
「……なんだい、そりゃ」
 間抜けな言葉しか出なかった。彼女の言い分は訳が判らない。黒魔術師が孤高だからだって、美咲先輩がそうとは限らない。むしろ美咲先輩は誰にでも優しそうで、誰からも愛されそうな人じゃないか。それぐらい雰囲気で判る。
「納得のいかないカオしてるな。まぁ人に言われて諦めるぐらいのもんなら、そんなのは猫にでも食わしとけ。オレが言いたいのはさ。黒魔術師はヘンな奴が多いからそれなりの覚悟を持て、って事だ」
 イマイチ、要領を得ない彼女の言葉。
 幾ら、黒魔術師にヘンな人が多いからって――別にホットケーキを何十枚も食べられたり、本気で世界征服でも考えるてる人なんていないだろう。大体ヘンな人が多いってのは偏見だと思う……
335凍れる、色:02/07/07 16:42 ID:36sRHWJ3

「――ん? ってコトはオマエはこの学園にずっと通うのか? あの学長室での騒ぎようからして聖に用があるみたいだったけど」
 あんまり考えないようにしていた事柄をあっさり衝いてくる。そういや、彼女の話によれば聖先生は確か四、五日前にレフキーへと行ったみたいだ。
――追いついたと思ったら、また引き離されてる。こんな所で足踏みしてる暇はないんだ。走って追い駆けなくちゃ。

「あ〜。そういや、なんか七年ぶりにどっかの町によってからレフキーに行く、って言ってたような気もするなー」
 ちらり、と流し目で僕をみる。僕はといえば一瞬、ポカンと口を開けたアト思いの丈が溢れた。
「あ、あ、あんですとぉ〜!?」
 聖先生が……あの町に……? じゃぁ、すれ違ったのか? もしかして……
「……折角何処に居るのか判って七年ぶりに会いにきたってのに、あの人は――何ですれ違うかな、まったく」
「似た者同士だからだろ」
 大体あの町に行ったら聖先生は人気者だから――まぁ、あらゆる意味で――しばらくは帰ってこれないんじゃないのかなぁ。
「おっ! いい事思い付いちまったぞ。――それなら聖より先にレフキーに行くってのはどうだ?」
「……はい? そんな事してなんの意味があるの?」
「トロイ奴だなぁ〜、だから聖よりも先に用件を片付けて聖の奴を驚かそう、って事だよ」

 その瞬間――妙な閃きが頭を駆け巡った。それはもう、雷光のように。
――あっさりとレフキーに到着する。そしてその後に聖先生が到着する。そして聖先生が用件を済ます前に僕が片付けておく。聖先生びっくり、大仰天。
 ああ彰すごい。こんなに成長していたなんて。――って、この台詞は……
336凍れる、色:02/07/07 16:43 ID:36sRHWJ3

「うん……その案いいよ。キミ、最高。――あ、でも聖先生の用ってなんなのかな?」
 流石にそれが判らないと話しにならない。でも、彼女はわらった。
「任せとけって、聖から少しだけ聞いてるよ。ふん。なら決まりだな。そうだな……丁度レフキーの王立図書館からとある“本”を入手する、って課題があったハズだからな。オマエ等にその課題を与えるようにオレから学長の方に伝えてやるよ」
 『少しだけ』ってのが少し不安だけど、図書館から本を入手する、なんて雑用みたいなのものが課題だなんて適当なんだなぁ……でも、これでレフキーに行く口実ができる訳か。

「――あれ? 『オマエ等』って事は……?」
「ああ、雅史って奴も筆記試験を見る限り、どうやらレフキーに、何かと因縁があるみたいだし……その魔術の指導役としてあの女――美咲って奴も同行させるようにちゃ〜んと言っとくぜ?」
 という事は、美咲先輩――ついでに雅史くん――と、あの王都レフキーへと一緒に旅に出るって事ですか?
「キ、キミってヤツは……っ!――って、ちょっとマテ。筆記試験の紙を見たの? も、もしかして僕のも?」
 筆記試験って言ったら、あのワケノワカラナイ問題のオンパレードの? というか、なんで彼女がそんな物を見せてもらえるんだ?
「へへっ、楽しませてもらったぜ? 特に最後の問題の答え。アレは、どういう意味なんだろーな?」
「知らないっ!」
「むっ、そんな事ゆーなら美咲って奴に言っちゃうぞ、オレ」
 勝ち誇ったようにそんな事を言ってくる。
 あの悪魔みたいな笑みで。

「ううぅ……キミ、ホントは悪魔だろ?」

 その僕の台詞に彼女は一瞬きょとん、とした顔をしたと思ったら、オマエ、結構鋭いなぁ、なんて言って何が可笑しいのかしばらくの間、腹を抱えて笑い転げていた。
337名無しさんだよもん:02/07/07 16:59 ID:36sRHWJ3
【学長が首を立てに振れば、彰達はレフキーへ直にでも旅立つ模様】

お話としては「彼氏彼女の事情」(<<34-40)の続きですね。
なんだかアレな内容ですがお許しください。しかも長いですけど。その上、強引にレフキーへと行きそうですが。

一応、己の頭の中では住井達は合格発表の日(作中の日)に到着する、と漠然と思っているのですが、どうなんでしょうか?(ぉ
変なところがあったら指摘、お願いします。
338名無しさんだよもん:02/07/07 17:03 ID:36sRHWJ3
うあ、ちょー間抜けだ。正しくは(>>34-40)です。
339名無しさんだよもん:02/07/08 21:50 ID:BWRd0ocQ
めんて。
340求めるは、力。:02/07/09 00:23 ID:A6ijfw28

「……王国の首都の南に浮島だって?」

 ―――レザミア帝国の公職につく者は、公的な場ではレフキーを共和国と呼ぶことはない。

 レフキー王国。
 それが帝国の公式な共和国への呼称である。

 外交文書ですらそうだ。この呼称問題をめぐり、何度直接交渉がこじれたことかわからない。
 長い対立の歴史を紐解けば、この問題の紛糾が大規模な戦に発展したことすらある。

 それでも帝国がこの敵国を王国と呼ぶには、もちろんそれなりの理由がある。

 王が存在する共和国など理屈にあわない―――帝国が侮蔑的に唱えるその主張は、飽くまで表向きの理由に過ぎない。
 現実は、その社会システムが帝国社会に与える影響を恐れた結果だった。

 帝国は封建領主制を取っている。
 その皇帝権力は、大帝とまで呼ばれた先帝ダリエリ12世の時代と比してやや後退した。
 先帝の甥たる今上ダリエリ13世、つまりぽてと即位までの権力闘争、さらにまだ幼年のぽてとの逃亡癖を思えば当然だろう。
 ぽてと自身も、国内の統一が保たれ親愛なる従妹に危害が及ぶ危険がないのなら、皇帝権力に執着するつもりはない。



 ……もっとも、それもまずは当面の差し迫った『問題』を解決したあとの話しとなるが。
 
341求めるは、力。:02/07/09 00:23 ID:A6ijfw28
 ともかくも、尚武と策略の帝国を支配する諸侯たちは、『共和制』といういかがわしい価値観が帝国内の庶民に広く受容されることを好ましく思っていないのだ。
 実際には帝国では人間種と亜人種とが全く対等な関係で共生を果たすなど(なにしろ皇帝からして亜人種だ)部分的には共和国よりも平等が果たされているのだが、それでも庶民に政治的権利はない。
 共和国のように富裕階級に限定されるとは言え、選挙権が国民に与えられる社会などと言うのは市民には魅力的でも、特権を制約される貴族階級にとっては悪夢でしかなかった。
 だが、最大の仮想敵国兼交易相手国として対峙する以上、その存在を無視することなどできはしない。

 ならば、いかなる施策が最良か。

 その解答として、帝国は「レフキーの実際の社会制度を無視する」という選択肢を選んだのだ。
 共和国の社会制度の矛盾を突き、いかにそれが理不尽なものであるかを批判し、レフキーが実質帝国と変わらぬ封建王国であることを立証し、国民の期待を否定する。
 両国の間に横たわる宗教観の対立も、その国家体制維持の具に供された。

 それはあまりに不毛な作業であったけれど、それが現在の帝国の繁栄維持に繋がっているのだ。
 少なくとも、諸侯たちはそう考えている。

 であるならば、その施策は正当なのであろう―――少なくとも、支配階級にとっては。



 だから、「レフキーにて浮島現る」との報告を受けたぽてとが、レフキーを共和国と呼ばずに王国としたのは彼の無知を意味しない。
 自らの立場をつまらないと思えど、彼とて帝国の皇帝である。守るべき一線は守る。
 この場合、対共和国軽視の姿勢が帝国皇帝としての守るべき一線なのだ。

 ―――ぽてとが本心で共和国をどのように見ているか、は別としての話だったが。

342求めるは、力。:02/07/09 00:24 ID:A6ijfw28
「そいつは…………『神の御座』、か?」

 単調、退屈、一言で言うとわずかばかりも面白くはない。
 大窓から差し込むうららかな陽光が、遊びへうたた寝へとさまざまに誘いを投げ掛ける中での気の乗らない政務。
 宰相より回されて来た膨大な量の勅書、軽く目を通してその書面にサインする手がこの二時間でようやく止まった。
 つい、と机上より上げられた眼差しが湛えるのは、彼の年に似合わぬ鋭さと冷たさを兼ね備えた光。
「調べねば、断定できるわけもあるまい」
 皇帝に対するにはあまりにぞんざいな物言いだった。
 主上たる少年に礼を表して跪く訳でもなく、仁王立ちにこちらを見下ろす男の言葉はしかし、皇帝に不興を覚えさせるものではない。
 むしろ権力を巡る欺瞞と追従、その只中に身をおかねばならないぽてとにとって、この武骨で不遜な巨漢の態度は好ましくすらある。

 かつては尚武、今は策謀の渦巻く霞の都。
 その守護を司る立川雄蔵は、古き良き(とは言えないのだが)帝国の形見のごとき男だった。

「具体的な情報がないのだからな。推論を出すには、まずはその材料を集めなければならん」
「……ま、そりゃそーだな」
 取り付くしまもない不遜な忠臣の応えに、ぶすっと表情を曇らせて肘掛に身を委ねるぽてと。
 報告を促すように雄蔵を見るが、彼はこちらを見返すばかりでそれ以上は口を開かない。
 怪訝そうに眉を寄せ、しばらく無言のまま見詰め合い、たっぷり三つほど呼吸をおいてようやくその意図を理解した。

 なるほど、得るべき情報を自分で選別して見せろということらしい。

「それで、共和国の動きは?」
 皇帝教育のつもりなんだろうけど、回りくどいことするなぁ。
 心の内で呆れつつ、幼帝は最初の問いを投げた。
343求めるは、力。:02/07/09 00:25 ID:A6ijfw28
「国家としての対応は、未だない。あれだけのモノが唐突に現れたと言うのに、対応が遅い」
 反面教師にするべきだ。そう言わんばかりに、雄蔵は共和国のもたつきを切って捨てた。 
「事の大小を見極め、然るべき対処を速やかに行なう。為政者たる者そうでなくてはならん」
「で、そのこっちの対応はどうなんだ?」
 長引きそうな兆候を見て取り、ぽてとは
 不満の色を見せる雄蔵には構わず、第二の問い―――最も警戒すべき人物の動きに移る。
「どうせ、じーさんが勝手に話を進めてるんだろ?」
「……うむ」
 雄蔵が頷くまでに、珍しく一拍ほどの間が空いた。
 ほんのわずか。元より重い彼の声音に、さらに重い何かがどしりとのしかかる。
「俺を飛び越して、ポルトアビスの水軍府に軍船の準備をしろと言ってきた。
 どうやら、宰相閣下は一戦交えてでも浮島を奪うつもりらしい」
「……むしろ、レフキーの海軍と一戦交えることこそ主目的じゃないのか? それってさ」
「かもしれんな」
 口では断定はしない。だが二人ともに、胸中それに相違ないと確信を抱いている。

 大戦終結と先帝崩御より、はや三年。
 先帝の片腕として、政に軍に辣腕を振るってきたあの戦狂の老人にとり、国力充実に努め一切の軍事行動を控えたこの三年は、まさに次の戦の下ごしらえをするためだけの平和に過ぎなかったろう。
 

 その戦狂の老人は、すでに戦機は熟したと考えている。
 これまでは、何とか主導権が宰相に渡ることを抑えてきた。
 だが、宰相に従う諸侯の力と自身が回復してきた今、それとて何時までもつことか知れたものではない。

「……時間がないな……」
344求めるは、力。:02/07/09 00:26 ID:A6ijfw28
 呟き、頭を掻こうと手をやって、そこで硬いものに指が触れた。
 それで存在をようやく思い出したかのようにそれを掴みとり、眼前にひきつけたそれをまじまじと見つめる。

 それは小さく、シンプルな純金の冠。
 それを身につける者が、レザミアの皇帝たることを示す権力の象徴。

 力がいる。
 この冠を単なる象徴に終わらせないだけの力。
 国を、民を、それらに拠って立つ自身とさいかを守るための力が。

 共和国は言うに及ばず、宰相をはじめ何かと反抗的な帝国諸侯、そして何を企むとも知れぬガディム教団。
 彼ら皇帝の『敵』を抑止し、屈服させるだけの力が、今すぐに。

 だから彼は、うわ言のように繰り返し呟くのだ。

「……こりゃ、なんとても早く『神の御座』を手にいれなくちゃな」

 その伝承を彼の下にもたらしたのが誰だったか、そんなことすら忘却の彼方において。


【ぽてと 浮島に強い関心】
【立川雄蔵 皇帝の側近】
345Uスレの1:02/07/09 00:30 ID:A6ijfw28
>>340-344
 以上、久々に投稿しますた。
 時間食ったけど……感想スレの>>263さん、ごめそです。

 それで……帝国宰相、やってる人にはわかるかもですが、われものの某キャラ使ってみたいのですがどうでしょう?
 このキャラに関しての責任は自分が取りますので……議論感想スレにて意見をお願いしたく存知ます。

 その他、矛盾等ございましたら容赦なく御指摘の程を。
346名無しさんだよもん:02/07/11 00:47 ID:VRW6Wk4c
最下層だけはやめてくれ…
347香織と夕霧(1):02/07/11 21:48 ID:tWEsNVoz
 とりあえず、なんといったらよいものか。
 ぴかぴかといい加減まぶしい『それ』を見ながら、彼女は一つ息をついた。それから事態を把握してみる。
 まず『彼女』には連れらしき存在はいないようだ。
 格好からすると、魔法使いのようである。これは単純にすごいことだ。
 そして、メガネ。貴族階級、あるいは一部の富裕層のアイテム。それをしていることからして、お金持ちかもしれない。
 しかしそれでも。関わりたくないと思った。

「じゃ、そーゆーことで」
 漆黒の鎌を手にした女性は、しゅたっと片手を上げると、きびすを返す。
「………!」
 途端、何故か片足だけ重くなったが、気のせいにすることにした。
 足を前に進める。ずるずると何かを引きずる音がしたが、気にしない。
348香織と夕霧(2):02/07/11 21:48 ID:tWEsNVoz
 どれくらい歩いただろうか…
 ゴブリンたちの残りモノが気にならない程度の距離なので、長くはないが、けして短い時間でもない。
 それだけ歩けば、いいかげん足もだるくなってくる。
 はぁ。ため息一つついてから、彼女、美坂香織は立ち止まった。
「あのね。いいかげん離してくれない?」
 ブンブンブン。自分の左足にしがみついて、泣きべそかいている少女は思いっきり首を横に振る。
 どこか甘えたような上目づかいに香織は少し苛立ったが、とりあえずそれは押し殺した。
「パーティと別れて心細いって気持ちはわからないでもないけどね、私には私の用事があるのよ。あなたを護衛するとか、ましてや仲間のところまで送り届けるなんて、できないの。悪いけど」
 再びブンブンと首を横に振る少女。
 首を振りながら、その少女は地面に何かをなぞる。文字のようだが…
「…こんな所で放置されたら死んじゃいます、せめて人里まで同行させてください…?」
 独特の癖があって読みにくい文字を、眉をひそめながら読み上げる。
 ブンブン、今度は首を縦に振る。
「だから、さっきから言ってるでしょう?私は先を急ぐのよ。もっとも」
 香織はにこりと笑みを浮かべる。それは、温かみという要素を微塵ほども持たないものだった。
「懐が少し寂しいことだし、先立つものがあれば、別だけど?」 
349香織と夕霧(3):02/07/11 21:49 ID:tWEsNVoz
 結果だけ述べれば、砧夕霧は美坂香織との交渉に成功した。
 しかし、その代償は大きかった。今回の冒険で手に入れたお宝の大半を譲渡する羽目になった。
 おまけに、香織は自分のペースで先に進んでいく。体力のない夕霧はついていくだけで精一杯になる。
 これだから、パーティ行動は嫌なんだ…自分の不幸を呪いながら、殆ど休みなし出歩き続ける。
 日が暮れたころにはすっかりクタクタになっていた。
「…今日はここで野宿かしら」
 香織の言葉に、その場で腰を降ろす。足が痛くて泣き叫びたい気分だった。口が利けないので出来ないが。
 そんな夕霧に、香織はあくまでクールだ。
「やわねぇ。幾ら魔法使いだからって、もう少し体力つけたほうがいいんじゃない?」
 魔法が使えれば、体力なんか使わなくても!…と言い返したかったが、やっぱり口が利けないので俯く。
「魔法とか異能力って、確かにすごいけどね。でも、万能じゃないわ。付け込むスキはある。ま、高い授業料だったと思うことね」
 高すぎる。暴利だと思ったが、香織の言う事は一々もっともなので、結局俯くしかない。
 夕霧がへばって俯いている間も、香織は動き続ける。適当な火種を集めると、火打石で火を熾した。
「特に単独行動をするのならね…命が助かっただけでも、上等なのよ、あなたは」
 交渉するときに、一通りの事情は明かしている。自分が単独で冒険している事も、メガネの不可思議な呪いのことも。
 でも。夕霧は思う。自分は、彼女の事情を知らない。

「この調子なら、明日にも街道に出られるわね…」
 とりあえずの食事を終えた後、空を見上げながら香織は呟いた。
 別段、自分に話し掛けているわけではないだろうが、夕霧は地面に文字を書く。
(レフキー街道?)
「ええ。一旦街道に出て、レフキーに向かう。あなたとはその途中の宿場町でお別れだけど」
(あの、出来ればレフキーまで同行したいんですが)
「構わないわよ。今日のペースが保てればね」
 酷い。夕霧は内心泣きたくなった。何で、この女性はそんな冷たいことを平気で言えるのだろう。
 涙は出ても額は光っても、結局文句は言えないので、夕霧は俯くしかなかった。
350香織と夕霧(4):02/07/11 21:49 ID:tWEsNVoz
 深夜。疲れたのか、深い眠りにはまって身動き一つしない夕霧の隣りで。
 香織は、自分のエモノ…漆黒の鎌を構えた。今は変わった形の杖にしか見えないが。
「………ッ」
 手首を返した瞬間、鎌の刃が延びる。
 大昔の奇特な武器職人が作った奇特な武器だと、香織は聞いていた。不思議な構造だが魔法の類いは一切使われていない、とも。
 純粋な鋼であるが故の最強。作った本人はそう豪語したそうだが。
 それを思い出すたび、香織は思う。
「何てことない、ただの玩具よね…」
 その玩具を使い続けている自分も相当どうかと思うが。
 それでも、香織は香織なりにこの武器には愛着がある。
 この…死神を思わせる鎌には。

 香織は鎌の刃を戻した。
 街道に出ればレフキーまで後少し。これを使うような事態が、起こらなければいいのだけれど。
 そんな事を考えながら。

【美坂香織 目的地はレフキー】
【砧夕霧  美坂香織に同行】
351名無しさんだよもん:02/07/11 21:58 ID:tWEsNVoz
と言うわけで『香里と夕霧』をお送りします。
放置っぷりがあまりにも不憫だったので書いてみました。
って…カオリの漢字が間違ってる。スマソ…

香里の素性や目的、凸がどこまで同行するかはお任せ。
つーか、誰か書いて…オレハクビツッテクル
352名無しさんだよもん:02/07/14 00:05 ID:hiOVg7Z7
mente mente
353名無しさんだよもん:02/07/15 10:50 ID:I6Z0E1VK
圧縮も近そうだからな……
354名無しさんだよもん:02/07/15 21:01 ID:1H9kbkn/
念には念を入れて…
355必殺仕事びと:02/07/15 23:38 ID:61tY1+VZ
唐揚げ
356名無しさんだよもん:02/07/16 23:15 ID:U+mQD91+
誰か書いて…
357必殺仕事びと:02/07/17 02:25 ID:DkOivGYU
試験が終わったらとか、
試験の合間にとか、もう試験真っ最中じゃ・・・。
358名無しさんだよもん:02/07/19 00:12 ID:Y6BjxMOH
ほしゅ
359背負いしモノは:02/07/19 01:42 ID:riDyWift

「さて、何事も起こらずにこの管理人室に辿り着けた訳だが……」
「またここに戻ってくる事になるとはなぁ……」
 分厚い鉄の扉が唯一の出入り口となる管理人室。ここを鼠――アルジャーノンに襲撃されたのだ。あまりいい思い出は浮かばない。
 未だに壁に空けられた穴も残っている。これからもこの穴同様に管理人室は手付かずのまま放置されていくのだろうか。
「あなた達、そんな事言ってないでさっさと開けてあげないさよ」
 名雪は一人で何袋も担いでいるのだ。本人は余裕たっぷりの様子なのだが。
「今開ける…よっとっ!」
 鉄製の扉を押し開く。光球によって照らされた室内は出た時と、なんら変わりはなかった。
「ふぃー疲れたぜぇ……」
 なんて言って、ベッドに倒れこむ北川。名雪もとりあえず部屋の片隅に小麦の袋を積み重ねていく。
 作戦の最終目的地だ。この部屋に火薬を仕込み、誘き寄せた群れを一網打尽にする、という作戦。
「……ふぅ。本当に実行する気なの。こんな狭い部屋にアルジャーノンの群れが入り切るのかしら。それに脱出するって…出入り口は一つしかないのよ?」
 友里は心配そうに問いかける。
 その問いに大志はただ笑みを返すのみ。――その不敵に笑ったカオが、ふっふっふっ。愚問だな名倉女史、と告げていた。

「それにしても……腹減ったなぁー」
 部屋でごそごそやっている他の三人を尻目に北川がぼやく。
 この下水道に入ったままで何時間経ったのだろうか。感覚が麻痺している所為かよくわからなかった。加えてこの閉塞感だけは慣れそうも無く、精神が摩り減っていく。幸か不幸か、臭いだけはもう気にならなくなっているが。
「あ、そういえば私パン持ってきてたんだよ〜」
 そう言って、懐から取り出したのか、幾つかの美味しそうなパンを皆に配りだす。
「気が利くな。流石、我が同志。いやっ! まいしすた〜名雪!」
 困った様に微笑み、残りの二人に配る。
 出来立てではなかったが十分に美味しかった。秋子さんが作り置きしていた物を勝手に持ち出してきたのだろうか。
 アトが怖い話だった。
360背負いしモノは:02/07/19 01:44 ID:riDyWift

(まだ鼠の黒焦げは残ってんのかなぁ。誰かが処理してるのか……お客さん、ちゃんと来ているのかなぁ……)
 北川はパンをかじりながらそんな事を思う。更に杞憂は加速していく。
(秋子さん、怒ると怖そうだよな。それに例え350メートルぐらい離れた所から狙撃しても避けそうだしなぁ。おまけに何時の間にか背後に立っていて『甘過ぎですね、北川さん。そんな貴方には甘くないジャムでも……』なんて囁かれて――)

「そんな馬鹿な」

 呆然と、ベッドに腰掛けたまま『そんな馬鹿な』と、呟いた北川に全員の視線が集まる。ある者は哀れみを、又ある者は痛々しいモノを見守るような視線を送る。
「しっかりしろ、まい同志。街の命運は我等に懸かっていると云っても過言ではないのだぞ」
 大志は作業をしていた手を止め、北川の目を見据える。
「なんだか……大袈裟だな。実感が湧かねぇよ。だってほら、名雪さんが一人で青の錫杖に行ったって何にも起きなかったじゃないか。まぁ……俺もその間に銃弾を込めたりする余裕があったけどさ」
「まさか、遊び気分ではなかろうな、同志北川。本来なら我輩はこんな、アカデミーの尻拭いなど捨て置くのだがな。放っておいたらこのレフキーが最悪、壊滅寸前まで被害がでるのだぞ」
 言って、ちらりと名倉友里の方を一瞥し、続けた。
「それは我輩の野望に害を為すことだ。更に、目を覚まさない幼女を一人、預かっているのだしな。全く……アカデミーも地に堕ちたものだ」
 深と沈黙が訪れる。

 賞金が掛かった鼠を退治しにきたのに、蓋を開けて見ればそれは群体型自立生体戦略兵器。しかもそんな軍事目的で造られた失敗作によって、住み慣れた街が脅威に晒されているのだ。堪ったものではない。
 そんな事が世間に知られたらアカデミーに明日はないだろう。何しろ既に被害者が多数出ており、そんな危険な実験をして、失敗する度にこんな事態になるのを見過ごす訳がないからだ。国も人も。
――力を過信し、生命すらも創り変えられると驕っていたアカデミーはその生み出した力によって滅亡へと向かっている。
   自業自得――驕っていたアカデミーは自ら生み出した力によって制裁が加えられるのだ。
361背負いしモノは:02/07/19 01:45 ID:riDyWift

 尤も、言い逃れなど幾らでも出来るのだろうし、アカデミーの関係者以外でそれを知っているのが、この場にいる三人だけというのが不安だが。

「そ、そういえば、ここに立て篭もった時は何故か壁に穴まで空けたのに入ってこなかったね〜」
 場の雰囲気に耐えられ無いのか、名雪が場を取り繕うように沈黙を破った。
「そ、そういえばそうだな〜。どうしてかな? 大志」
 北川もこんな雰囲気には慣れていないのだろう。大志にさり気無く話を振った。
「……あれは名倉女史曰く『決まった時間に、決まった場所で、集団で眠りにつく』という事だろう。まさしく絶妙なタイミングだったがな。他に説明は付きそうに無い」

 淀み無く答える大志。北川はそれを聞いて、胸を衝かれた思いだった。

「そ、そっか。流石……大志だな。冷静で、いつも質問に何しかしらの答えを示してくれる。その点、俺は冒険で言えばルーキーだ。正直、俺達のこの手に街の命運が懸かっているなんて思うと、プレッシャーに負けてしまいそうに、なる」
「北川くん……」
 こんな北川を見るのは名雪も初めてだった。掛ける言葉が見つからない。
 だが、大志は事も無げに言う。
「らしくないぞ、まいぶらざー。ムードメーカーがそんなんではパーティーの士気に支障が出る。なぁに、我輩に任せておけ。同志北川は後ろで馬鹿な事をやっていればそれでいいのだ……判るか?
――それが正確無比な銃の腕前よりも、心強い同志北川の持ち味だと我輩は思っているのだがな」
 言って、大志はにやりと、斜に構えた視線を投げかける。

 北川は訳も無く、涙しそうになったが、堪えた。――上手く堪える事ができたかは判らなかったけれども。

「なんだよそりゃ。それじゃぁ俺が何の役にも立ってないみたいじゃないかっ。しかも俺をかなり馬鹿にしてるだろっ!?」
「ふはははははっ! ではそろそろ休憩は終わりだ。仕掛けの準備も終わった。もうこれ以上時間は掛けられまい。本格的に作戦を実行に移すぞっ!」
「無視してんじゃねぇーよ!」

 そんな二人を名雪は微笑ましく見守っていた。
 そして、その輪に入れずに傍観するアカデミーの名倉友里。彼女は何を思って彼等を眺めているのだろうか――。
362名無しさんだよもん:02/07/19 01:53 ID:riDyWift
【一同作戦開始】

お話としては「軍師の条件」(>>325-329)の続きです。

案の定展開が進みませんでした(ぉぃ ファンタジーは書くと長くなりすぎます(;´Д`)
どうしてかな……

変なところがあったら、指摘お願いします。
363女王の思惑:02/07/20 01:23 ID:a/jpzF/l

「陛下っ、女王陛下!!」
 勢い良くドアが開かれ、一人の男が食卓の間に転がり込んでくる。
 横に20人からは座れそうな極端に細長いテーブルの上座に、詠美は座っていた。
 その前には、詠美が食べ散らかした皿が並び、ちょうど食後のデザートが運ばれてきた所だった。
「ちょっとぉ、あんた何勝手に入って来てんのよぉ。ちょおムカツク!」
「そ、それどころではありません!」
 今まさにデザートに手を伸ばそうとした所を邪魔され、彼女の機嫌が目に見えて悪くなる。
 だが、男はむくれる詠美に怯みながらも、何とか顔をあげた。

「我がレフキー海域の沖合いに、謎の島が現れました!」
「ふーん。それで」
 勢い込んだ男の気勢を削ぐような、実に面倒くさそうな声で詠美は聞き返す。
 男は一瞬絶句してから、慌てて報告を続けた。
「は、はい。ギルドからの連絡によりますと、沖合い50キロの地点に、濃霧が発生し……」
「のおむ? 何で土の精霊が、海の中に出てくるの」
「あ、いえ、濃い霧の事であります!」
 詠美は僅かに怯んだ顔をしてから、すぐさま眉をつりあげた。
「ふ、ふんだ。そんな事知ってたわよ! あんた、したぼくの癖にちょおナマイキ!」
「も、申し訳ありません……」
 慌てて頭を下げる情報員(35歳。妻子持ち)
 女王に直接目通りを可能とする地位にあるとはいえ、しょせんはしたっぱ、立場は弱かった。
 お付きの侍女数名が、彼に同情の視線を送る。
364女王の思惑:02/07/20 01:25 ID:a/jpzF/l

「そ、それでですね。その島には、古代の秘宝が隠されているという情報もありまして。
 もしそれが本当ならば、我がレフキーの威信をかけても、手に入れるべきかと。
 それに、一応の戒厳令は敷きましたが、帝国に知られるのは時間の問題です。
 奴らが黙ってみているとは、到底思えません」
「…………古代のひほうねぇ」
 頭を下げる彼にはもう見向きもせず、詠美は自分のあごに手を当てて考え込む。

 秘宝塔の秘宝は、帝国の思わぬ暴挙によって奪われたばかりだ。
 これで、レフキー沖の秘宝まで先を越されたとなれば、レフキーの威信は地に落ちる。

 ………まぁ、詠美の思考の中では「帝国に盗られてばっかりだと、ちょおムカツク」ということなのだが。

「んじゃ、梓を呼んできて」
「は」
 男が出ていき、数分とたたない内に、近衛隊長の梓が姿を現した。
「浮島の事は聞きました。それで、いかが致しましょうか」
「……梓、その前に、浮島って何なの?」
 詠美の問いに、梓は自分の中の知識を思い出すように、小首を傾げる。

「………浮島というのは、大地に固定されていない島の事です。
 軽い岩盤で出来ていたり、内部に空洞があったりして、海や湖の上に浮かんでいる島を、浮島と呼んでいます。
 その為、海流に乗ってふらふらと海を放浪するため、決まった場所に無いんです。
 以前に現れたのが1000年前だとすると、よほど大きな海流に乗って移動しているようですね」
「なーんだ、空中じゃなくて、海の上に浮かんでるだけなんだ」
365女王の思惑:02/07/20 01:25 ID:a/jpzF/l

「有名な浮島の話だと、サルガッソーという海に、海藻が集まって出来た島があったそうです。
 島だと思って上陸すると、海藻の隙間に足を取られ、藻が絡まって身動きが取れなくなり、生きながら魚に食われるそうです。
 その島には、そうやって死んだ海賊や船乗りの骨が、あちこちに絡まってるとか」
「ふ、ふみゅーんっ! そういうのは嫌っ!」
「ああ、今度のは全然違うみたいなので、怖がらないでください」
 ビビる詠美に、梓はけろりとそんな事を言った。
「それで、どうします? 我々も島の捜索を出しますか?」
「………うーん、それなんだけど、なんか嫌な予感がするのよね」

 真っ先に面白そう、とか言い出すのかと思いきや、詠美は口をへの字に曲げた。
 それを聞いて、僅かに梓の表情にも緊張が走る。
 この詠美の勘……あるいは、モノの流れを読む力とでも言うのか……は、常に正確に未来を見通して来た。
 一種の超能力かとも思っていたが、どうやら本当にただの勘のようであるらしい。

 しかし、今までにその“勘”が99%の成功率を誇り、このレフキーを発展に導いたのは、周知の事実だ。

 その詠美が嫌な予感がすると言うのだから、間違いなくその島は一筋縄ではいかないものなのだろう。
 詠美は散々悩んだ挙げ句、知恵熱でも出したのか、顔が真っ赤になっていた。
「……うーん、あいつに頼るのはヤなんだけど、しょうがないか……長瀬源之助に連絡して」
「源之助に?探索の方はよろしいのですか?」
 驚く梓に、詠美は頷き返した。

「うん、あの図書館なら、島の事で本か何かがあると思う。
 取り合えず情報が揃うまでは、共和国は表向き、何もしないでいて。
 ただ、準備だけはやっとく事……何が起こるかわからないから」
 いつに無く真剣な顔の詠美に、梓は一礼して部屋を後にした。
366女王の思惑:02/07/20 01:26 ID:a/jpzF/l
【大庭詠美 表向きは行動を開始せず。長瀬源之助に情報を集めさせる】

367狩人の帝国:02/07/21 23:32 ID:Nr9vX8r0
「クカカカカッ。どうも、汝には狩人には合わぬようだな」
 愉快げな笑声が、暗く重い空気を震わせる。

 そう、震わせるだけだ。
 どれほど愉快げに、明るく聞こえる笑い声だとて、打ち払いはしない。室内に満ちる闇を。
 何故なら、その笑みもまた濃厚な闇の属性を持つモノなのだから。

 ここが、幼帝を担ぎ帝国の執政を独占すると言われる悪辣な宰相の邸宅、それも宰相の寝室だと言っても、誰も信じることはないだろう。
 それほどに簡素。それほどに寂寥とした室内だった。
 だが、わずかに室内を彩る調度品、また部屋の造り自体は木材を多用した重厚で趣のある造りとなっている。
 もしそこらの貴族の邸のように、多くの豪奢な調度品が室内を埋めていれば、その趣は生まれまい。

 飾り立てない事で風格を引き出す、それを追求しての設計なのだ、この邸は。 

 室内には、老人の域に入った男が二人がいた。
 一人は帝国宰相、シケリペチム公ニウェ。部屋の主、そして笑声の主でもある。
 その笑いが上辺だけのものである事は、多少鈍いものでもその瞳を見返せばわかるだろう。
 前方に投げられた眼差しは、人を見る眼差しではない。
 喩えるならば、そう、このところ老いを見せる猟犬の処遇を見定めるかのような目付き。
「宗純よ……虎を狩るのに、ネズミを差し向ける阿呆がおるものか」
「……面目ない」
 宗純と呼ばれたのはニウェに対し、深々と平伏す初老の男。
 大柄な体躯から滲み出すその威厳は、背中を丸め額を床につけたその姿勢でさえいささかも喪われてはいない。
 帝国を闇より支える高倉忍軍当主、高倉宗純。それが男の名前である。
「抜け忍一人追いまわすため、レフキー内の諜報網がずたずたよ。
 汝が狩りを愉しみたいというならそれも構わんが、少しはワシの都合も考えてもらいたいものよの」
368狩人の帝国:02/07/21 23:33 ID:Nr9vX8r0
「申し訳もござらん。里より新手を差し向けてただちに抜け忍の駆逐と原状回復に当たらせまする故、今しばしのお待ちを……」
 更に深く、額を床に沈める宗純。その背中に向け、ニウェは尚も厳しい言葉を投げ付ける。
「待てば朗報が来るならば、それも良いがな。続けての失敗は許されんぞ?
 アレが何を手にしているか……汝も忘れたわけではあるまい」
「……承知しております」
 重々しく答える宗純に、しばらく宰相は湿度の高い視線を送る。
 その視線を肌身で感じながら、宗純はぴくりとも体を動かさない。

 沈黙は十秒ほども続いただろうか。

「まぁ、良い」
 沈黙を破ったのは、宰相の側だった。
「それにも絡むことだが、浮島の件な……兵を派することにした。無論、教団の者どもを尖兵にしたててな」
「宰相……それは共和国を無闇に刺激することになるのでは?」
 ようやく面を上げた曹純の問いは、問いであって問いではない。答を求めているものではないのだ。
 ニウェの口許には、軽く歪な笑みが浮んだのみ。
 予想した通りの反応だった。主は、この戦を愛し戦のために生きる主は、新たな戦争を望んでいる。

 ――それ自体は悪いことではない。帝国が、戦によりその版図を広げるのは、高倉忍軍にとっても悪い話ではない。
 戦争は、忍軍、すなわちスパイ網がもっともその威力を発揮できる瞬間なのだから。

 だから、ぐっと表情を引き締め身を前に乗り出す高倉宗純の懸念は他にある。
「それに、ガディムの徒の力を借りるのは如何なものかと。
 確かにあの連中の力は大きい。しかし危険な存在であることに変わりはないはず。
 ……近頃、いささか頼りにし過ぎておいでではあられぬか?」
369狩人の帝国:02/07/21 23:34 ID:Nr9vX8r0
 ガディム教団は、確かに帝国の国教だ。
 だが、民衆どもはいざ知らず、ある程度の知識階級ともなれば彼らの神官階級がいかに危険な存在であるかを知らぬものはいない。
 その危険な教義をもとに、政治にあれこれと介入する彼らを忌み嫌っている、と言っても良い。
 それでも彼らを排斥できなかったのは、武神を崇める民衆の力と、教団構成員そのものの力が極めて利用価値が高かったからだ。
 利用できる間は利用すれば良い。
 そして、彼らを利用しているつもりで帝国は常にガディムの僕に利用されつづけてきた。
 先帝とニウェ公の登場まで、の話になるが。

「クカカッ、またその話か。くどいな、汝も。
 余とて、別に彼奴らに信をおいておる訳ではない。駒として利用しているに過ぎん」
 ニウェの応えは予想通りだった。
 先の大戦でも、先帝と宰相はガディム教団の力を多いに利用し、利用し尽くしてグエンディーナとキィを手に入れたのだ。
 この宰相ならば、過ちはあるまい――

 そのはず、なのだが―――と、宗純の中に不安が残る。
 何かが違う気がする。どこかで道を誤った気がする。
 宰相は宰相だ。異変はない。外にも、内にも変わりはない。
 だが、宰相が宰相であるがゆえに、ガディムの輩との繋がりの中で、何か危険なものがあるのではないか―――?

「それにしても、な」
 宗純の内心の危惧を知ってか知らずか、ニウェはからかうような声を彼の腹心に向けた。
「さては……汝、もしやワシが汝の忍軍とガディム教団を秤に掛けているのではと怖れておるのか?」
「その様なことは、断じてない! ただ、わしは衷心より諫言申し上げておる!」
 主君のからかいに気色ばんで怒声を張り上げ、面白がるようなニウェの顔に自分が見事に挑発に乗ってしまったことに気付いた。
 精神を常に平衡に保って然るべき忍びの長が、なんと無様。
 自身を罵りつつ一つ呼吸をおいて、宰相に最後の諫言を試みる。
370狩人の帝国:02/07/21 23:36 ID:Nr9vX8r0
「……そう、この宮廷においては、全ての者が全ての他者に対しておのればかりは他者を利用しているもの、と思っているでしょうな」
「クカカ……なればこそ、面白いのではないか」

 一笑に付す。

 まさしくその表現が相応しい答え。
 是非もなし。
 やはり予想通りの答え、予想通りであるが故に宗純は瞑目する。

「狩猟民の血濃きこの我が身とて、何時狩られる側に周るかも知れぬ。その緊張感がなくては、余がこの宮廷に身をおかねばならぬ道理が立たぬわ」
 二十年の年月を掛け、育て上げた獣ももはやおらぬと言うのにな。
 そんな囁きが耳に入ったが、宗純はそれをすぐに忘れた。臣下の知るべき事ではないのだ、それは。
「クク……じきに、良き季節がまた巡る。
 長雨はなく、民草は畑への植え付けを終える。
 日は高く、夜は短い。地は陽に照らされて暑気高まり、国々の間には焔が立つ……」
 そこまで歌うように告げた後、ニウェはやおら立ちあがると壁際に歩み寄った。
 宗純がさすがにぎくりと表情を強張らせる。天井に掛けた大薙刀を、ニウェが掴みとってこちらに向き直ったからだ。
 そのまま何事かと身構える宗純には目もくれず、ニウェはもとの位置にまで戻ると、机上の地図をねめつける。
371狩人の帝国:02/07/21 23:40 ID:Nr9vX8r0

「三年…………クカカッ、折角の獲物を喪って、新たな獲物を見定めるまでに三年よ……」
 搾り出す陽に呟くまでに、幾ばくかの間。

 ―――そして呟きからグレイヴが閃き、分厚いテーブルを容易く叩き切るまでが一瞬の間。

「カカッ、クカカカッ! 戦争だ!
 三年の月日を経て、素晴らしき戦争の季節が巡ってこようぞ!!」

 ニウェは哄笑する。彼にとっての痛快なる未来を夢想して。
 ―――地図を机ごと両断したその線は、レフキーを、そして帝国をすら一線に分断していた――

【ニウェ 帝国宰相】
【高倉宗純 高倉忍軍棟梁】

 とりあえず、一本書いてみますた。
 Uスレの1です。
 せっかくなので、最初の方に出て来た高倉忍軍(マナの所属組織)を引っ張ってきて見たり。

 こんな感じで進めて行きたいと思うのですが、いかがでせう?
 NG覚悟、忌憚なくご意見お願いしたく存知ます。
372名無しさんだよもん:02/07/24 00:50 ID:VCwRDA6Z
メンテ
373メンテ:02/07/25 00:01 ID:jseUJ0Kf
交錯する思惑…渦巻く陰謀…血に染まる大地…
若者達の行く手に巨大な影が立ちはだかる。
葉鍵ファンタジーIV、次回もお楽しみに。
374世界の歪み(1):02/07/26 00:23 ID:d7QW+ge4
 ここはどこだろうか。人目もふらず、ただひたすら走りつづけ、足がもつれて倒れた僕は、ふとそんな事を考えた。
 建造物は、無い。地面には丈の短い雑草が生えている。身を起こすと、月明かりの向こうに港町と、どこまでも広がっている海原が見えた。
 …昼間来た丘、だろうか。遠くまで来たようで、中途半端なところで力尽きる辺り、なんとも自分らしいと、僕は笑った。
 笑って…そして、叔父さんのことを考えた。
 叔父さんの「内」に、僕の姿はなかった。これは間違いないことだ。僕の力は、嘘を許さない。
 ならば、僕の力は実は欠陥品だと言うことだろうか。それも違う。少し精神のアンテナを伸ばせば。

 チリ、チリ、チリ…

 ほら、聞こえてくる。音にならない精神の波長が。世界が奏でる軋みが。
 だから。もし何かがおかしいのだとするならば。一番おかしいのは。
「みんな…僕の、妄想だったってことかな」
 ありもしない記憶を作って。叔父さん…いや、長瀬源五郎を巻き込んで。
 自分を慰めるために偽りの家族を作り上げた。いかにも、僕らしいじゃないか。

 ふ…あはは。咽喉の奥で、笑みが洩れた。どうしようもない、救いがたい奴だ。
 こんな時まで、妄想に逃げ込んでいる…それに、気付いたから。
 段々と、笑声が大きくなる。そして、それが外気に吐き出されようとしたその時だった。

「こんばんわ。いい夜ね」
375世界の歪み(2):02/07/26 00:23 ID:d7QW+ge4
 はっと我にかえると。僕の後ろに、一人の少女が立っていた。
 暗くてよく見えないが、長い髪にすらりとした細身の体。
 何よりも、どこか悠然とした雰囲気に、僕は息を飲む。
「…誰?」
「人に名前を聞くときは、まず自分から。って学校で習わなかった?」
 涼やかで、どこか人を食った返事に僕は呆気に取られた。
 なんと答えてよいものか…少し考えてから、口を開く。
「生憎、学校に言った事無いから…でも、気を悪くしたなら、ごめん」
「いいわ。どの道、あなたの事は知っていることだしね。長瀬祐介君?」
 ……!?
「どうして、僕のことを…?」
「長瀬、あなたの叔父さんからね、聞いていたからよ」
「叔父…さん」
「ついでに言うと、つい数時間前に彼に会ってついさっきまで彼と同じ宿で寝ていたわ。なんか彼の部屋で騒ぎがあって起こされちゃったけどね」
 すらすらと、まったく澱みなく言う。
 あまり、人と話すことが得意じゃない僕とは、すごい違いだ。
「あなたは…誰ですか」
「私?綾香よ。来栖川綾香」
 その女性は腰に手を当てる。
「来栖川…?…って、あの?」
「多分『その』来栖川よ。自己紹介はそれだけで十分でしょ?『あの』長瀬であるあなたには」
 その言い方に。僕は少しカチン、と来た。
376世界の歪み(3):02/07/26 00:24 ID:d7QW+ge4
「僕は、長瀬じゃない」
「だったらなんだって言うの?誰に聞いても、あなたを知る人はあなたを長瀬だって言うでしょ?家とか血筋とかそういうのめんどくさいけど、結局は逃げられないものなのよ」
 …それは、その通りだ。僕は、長瀬祐介として生きてきた。だから、僕は長瀬祐介だ。
 だけど、世間一般で言われる『長瀬』は僕じゃない。長瀬という一言で済まされたくない…
「ま、この際どうでもいいことだけどね」
 だが、彼女は僕の感情をあっさりと切り捨てた。どうでもいい、と。
「今問題なのは、あなたの叔父…長瀬源五郎のことよ」
「僕の…叔父」
「ええ。あなたが部屋から出て行った後にね、何の騒ぎかと思って彼の部屋に行ってみたのよ。そしたら顔も知らない少年がいきなり部屋に入ってきて自分の事を叔父と呼んで、否定したら喚き騒いで出て行った」
「………」
「まあ彼も長瀬だからね、そういうイベントもあるかもしれないとそのときは思ったわ。でも、すぐに気付いたわ。何かおかしいって。そしたら…」
「叔父さんは、僕に関する全ての記憶を、失っていた…」
「彼があなたと一緒に暮らしていた事は、彼自身から聞いているわ。なのに今の彼はあなたの存在だけが刳り抜かれたように忘れている。いえ、忘れたって表現は正しくないわね。あなたがいた過去が、あなたのいない過去にすりかわったというべきかしら?」
「…すりかわった…?」
「記憶を封じられたのなら言動や思考にどこか矛盾が生まれるのよ。でも、彼には矛盾が無い。形だけ残して別の人間がすりかわったとしか思えないわ」
 それは…そうかもしれない。叔父さんの記憶は、なんの綻びもなかった。ただ、僕がいない。
 だから、僕は叔父さんは実は他人で、僕が妄想して思い込んでいただけかもしれない、そう思ったのだ。
 でも、彼女…来栖川綾香は、僕の事を知っている。叔父自身から聞いたといっている。
 矛盾だ。何かがおかしい。
「ねぇ、何があったの?何か、思い当たる事は無い?」
「………わからない」
 でも…なんだろう。前にも、こんな事がなかったか…?
 確かにあった筈の記憶から消えてなくなった、そんな事が…そう、それは。
「シュン…?」
377世界の歪み(4):02/07/26 00:25 ID:d7QW+ge4
「やはり、始まったね」
 その少年は、そこにいた。音も無く気配も無く、初めからそこにいたかのように。
「…ッ!」
 ばッ、と身を翻し、構える来栖川さん。
 シュンは、そんな彼女には気にもとめず笑みを浮かべた。
「始まったって…どういうこと?」
「意味はそのままだよ。君だって気付いているんじゃないかな?」
 相変わらず、シュンのいいたいことは理解しがたい。
 僕は、少し声を荒げた。
「よくわからないよ。それに余裕もないんだ。シュン、何か知っているのなら、教えてくれないか」
「僕の知っていることなんて些細なものさ。ただ、君の身に何が起こっているのかはわかる」
「僕はそれすらも知らない。だから、教えて欲しい」
 と。シュンの表情から笑みが消えた。薄氷のような、冷たく色のない表情。
 それは、いつかどこかで、見たような気がする…

「祐介。君はこの世界に消されようとしているんだ」
 
「世界、だって…?」
「君は強すぎたんだよ。その力は世界の理すらも変えてしまう。世界は維持と調和を好む。例えそれがツギハギだらけの歪なものであったとしても、変わらない事が世界の在り様なんだ」
「よく、わからない」
「世界を変えうる個人の存在を、世界は認めないってことさ。だから、世界が君を排除しようとしている。無かった事にしようと、ね」
「だから、叔父さんは僕を忘れてしまった…?」
 なんだよ、それは…
 僕はこの世界に違和感を感じている。でもそれと同じくらいに世界は。
 僕に違和感を感じている…と言うことだろうか?
378世界の歪み(5):02/07/26 00:27 ID:d7QW+ge4
「でも、食い止める方法がないわけじゃない」
「…え?」
「確かに、大きな力は歪みを生む。でも、それ以上の歪みが…世界自身が生み出した歪みを手にすれば、世界は君を世界自身の歪みとして見るだろうね」
「歪み…世界自身が生み出した?…それって」
 シュンは肯くと、右腕を空に掲げた。
 鈍い赤色の光が、どこからとも無く溢れる。
「『秘宝』と言えばいいのかな。世界自身が生み出した、世界自身を変えうる力の結晶だよ」
 そして、シュンの手元には、赤い、どこまでも、この暗闇の中でもひたすら赤い槍があった。
 ぞくりと、薄ら寒い何かが背筋を伝う。
「『秘宝』…これが」
「力は力を呼ぶ。祐介、君はもう導かれている筈」
 音も無く、槍が輝く。視界は赤く塗りつぶされ、そして目を開けていられなくなる。
 そして。僕は完全に目を閉じた。

「後は、それを手に入れるだけだよ」

379世界の歪み(6):02/07/26 00:27 ID:d7QW+ge4
 どれくらい経ったのか…目を開けると、夜の闇が広がっていた。
 さぁっと、風が地面の雑草を揺らす。彼の姿は…氷上シュンは、もうそこにはいなかった。
「なんだったの?あの人、あなたの知り合い?」
 どこか鋭い目付きの来栖川さん。ゆっくりと構えを解くと、溜息をつく。
「まったく気配に気付かなかった。世界は広いわね」
「………」
 どうやら、来栖川さんには彼の記憶が残っているようだ。
 何故かはわからないけど…でも、何か気になった。
「世界と言えば、あなたの事もね。何がどこまで本気なんだか」
「さぁ。ただ…」
「ただ?」
「…シュンは、意味の無い事を言う奴じゃないよ」
「じゃあ、何かの思惑があるってことね」
「多分ね。でも、今はどうでもいいよ。まずは、秘宝を手に入れる」
 シュンの言った導かれていると言うのはあの青い鉱石の事だろう。
 あれを手に入れれば、また何かが起こるはず。
「いいわね。そういうシンプルなの、好きよ」
「…来栖川さん?」
「綾香、でいいわ。こっちにもこっちの都合があって叔父さんは元に戻ってもらいたいの。あなたに協力するわ」
 そう言って、来栖川さんはウィンクして見せる。僕は肯いてから空を見上げた。

 シュンは、世界が僕を排除しようとしているといった。
 僕の力に何の意味があるかはわからないけれど。正直スケールが大きすぎてよくわからないけど。
 何かが始まろうとしている…いや、
 何かが始まったのだ。それだけは、わかった。

【長瀬祐介 秘宝探しに本腰】
【来栖川綾香 祐介に協力】
【氷上シュン 姿を消す】
380名無しさんだよもん:02/07/26 00:28 ID:d7QW+ge4
というわけで、『世界の歪み』をお送りします。
氷上と源五郎の話が中途半端のままであれなんですが、氷上に色々語らせてみました。
彼の話をどう解釈するかはお任せです。デマカセか真実か、どっちでも問題ない程度に押えたつもりです。
あと、綾香が源五郎に同行していない理由も何とかなったかな、と。
何かおかしなところがあったら教えてください。
381名無しさんだよもん:02/07/27 22:39 ID:NoFB7/rz
そろそろあげてみます。
382決意を込めて(1):02/07/28 01:11 ID:z7/1WxbV

 部屋の中央に小麦の入った袋を置き、念を入れて周囲にも軽くばら撒いておく。
 パンを食べ終わった一同は、鼠退治に黙々と作業を進めていた。

 細かい作業と言うことで、名雪は友里と少し離れた場所で休んでいる。
 小麦を撒き、袋の全てに火薬を仕込んだ北川は、大きく伸びをした。
「……っ、ふ〜。なぁ大志」
「なんだね」
 先ほどから、うろうろと部屋の外と中を行ったり来たりしていた大志は、呼ばれて振りかえる。
「どうしてアカデミーの奴らは、軍事用の兵器なんぞ作ってたんだろうな」
「……」
 大志はちら、と離れた所にいる友里を見てから、小声で囁いた。
「先ほど、名倉女史の話の中に“某商会”というものが出てきただろう。
 これほどの実験をバックアップし、自社からも研究員を出せる商会となれば、一つしかあるまい」
「……クルス商会、か」
「商会の中でも、穏健派と先進派がいるのだろうが……
 小耳に挟んだ所によれば、遺跡から発掘したゴーレムを、軍事目的に利用しようとする者もいるらしい」
「軍事目的ね……」
「軍事ともなれば、多額の金が動く。下手をすれば、その発注元は共和国かもしれん」
「……はぁ、これだから魔術師は……あ、大志は別だぞ」
 口に出してから、北川は慌ててフォローを入れる。
 だが、当の大志は怒るどころか、唇の端に苦笑を浮かべながら、肩をすくめた。
「……いや、同志北川。あの場ではああ言ったものの、我輩にとっても決して他人事ではないのだよ」
383決意を込めて(2):02/07/28 01:13 ID:z7/1WxbV

「同志北川の言う通り……
 およそ魔術師という人種は、己の全てをかけても成し遂げたい野望の一つや二つ、持っているものだ。
 それがいかに恐ろしい事でも、天に唾吐く事であろうとも、知的好奇心の充足のためには、己の命すら投げ出す者とている」
「あんたもか?」
 北川の真っ直ぐな視線に笑顔で答え、大志は白い歯を見せた。
「そうだな、我輩も生涯をかけた野望がある……その野望の為なら、命も惜しくはない。
 だが、男ならそういった野望の一つや二つ、持っているものだ。違うかね、同志北川」
 大志の鋭い視線に、思わず北川は目を逸らした。
「けど、誰かを傷つけるしかない兵器ってのは、やっぱあってはならないと思うんだけどな」
「では聞こう、同志北川……お前がその腰に下げているもの、背に担いでいるものは何の為にある?」

 銃……この世界では特異な武器。その役目もまた、誰かを傷つけるものでしかない。
 誰かを守る……あるいは、降りかかる火の粉を払う……いくつもの言葉を紡ごうとして、結局北川は何も言わずにうな垂れた。
 どのような詭弁をろうした所で、恐るべきその破壊力を誤魔化す事など出来ないのだ。

 大志はにやりと笑うと。俯いた北川の肩を思い切り叩いた。
 すぱーん、と下水の中に景気のいい音が響き渡る。
「ってー!! 何すんだ、大志!!」
「同志北川! 誤魔化す事が出来ないのであれば、残るは開き直るしか道はなかろう!」
「ひ、開き直る?」
 ぽかんと大志を見返す北川に、大志は愉快そうに言葉を続けた。
「そうだ。ああは言ったが、我輩もあの鼠の存在を許す事は出来ぬよ。 ならば、彼奴を残らず消滅させるしかなかろう。
 誰かを、何かを傷付けるしか出来ないならば、せめて自分が納得出来るように使うのだ。
 よいか同志北川。 悩むなとは言わん、だが立ち止まるな!!
 お前はいつか必ず、大きな事をしでかす男だ!! 何せ、この我輩が見込んだ男なのだからな!」
「いてっ、いててっ、わかったから、背中叩くなっ!」
384決意を込めて(3):02/07/28 01:15 ID:z7/1WxbV

 悲鳴を上げる北川に、大志は腰に手を当て、かんらかんらと笑う。
 女性陣二人は、それを呆れたように見ていた。
「では、そろそろ出発しよう。 行くぞ、同志諸君」
「……大志くん、出発はいいけど、奴らがどこにいるかわかるの?」
「確証は無いが、恐らくはあの場所にいる可能性が高い。 例の魔術師の死体のあった場所だ」
 暗い地下道を歩き出しながら、大志は小さな声で名雪に返事をする。
「では作戦をおさらいするぞ……
 まずマイシスター名雪が、奴らの群れに小麦の袋を投げつける。
 次に、同志北川はそれに向かって、銃を撃って引火させ、奴らを挑発させる。
 奴らは怒り狂って襲いかかって来るだろうから、撤退しつつそれを繰り返す」
「おう」
「わかったよ〜」
 大志は頷く二人から、今度は友里に視線を移した。
「次に名倉女史……あなたには二人のサポートを頼みたい。
 同志北川と名雪は、小麦袋を使って奴らを挑発し続ける必要がある。
 だから、その間二人はほぼ無防備になる。 そのガードを“風”使いのあなたに頼みたい」

 口調は丁寧だが、大志の言葉には有無を言わせぬ響きがあった。
 友里は静かに頷くと、軽く腕を組む。
「そして例の部屋に来たら、風で壁を作り、奴らの逃げ道を塞いでくれ。後は我輩に任せろ」
 自身満々に言って、大志はふんぞり返った。
「さあ、そろそろ例の場所だ。
 マイブラザー北川、マイシスター名雪、お前達に鼠がいるかどうか、偵察を命じる。
 ただし、作戦は我輩の合図があってからだ。くれぐれもフライングのないようにな!」
 ぱん、と二人の肩を叩いて、大志は薄暗い角を指差す。
「へいへい、わかったよ…」
「じゃ、袋は置いていくね〜」
385決意を込めて(4):02/07/28 01:17 ID:z7/1WxbV

 二人の影が消えるのを待ってから、大志は大きく息を吐き出した。

 壁にゆっくりと背を預けた大志の額に、いくつも汗が浮いているのを見て、友里は僅かに眉を寄せる。
「あなた、大丈夫なの? 随分無理をしてたみたいだけれど」
「ふっ、これしき……と言いたい所だが、確かに疲労しているのは間違いない」
 大志は壁に背を預けると、僅かに苦笑を浮かべた。
「同志達には気付かれなかったのだが……流石に鋭いな」
「同じ魔術師だからね……そんなに、あの子達が大切なの?」

 僅かに刺の混じった言葉に、大志は笑いながら手を振った。
「我輩は、人を見る目は確かなのだよ。 あの二人、特に北川は何かを成し遂げる男だ。
 そして我輩は、そんな彼らの軍師を努める事を買って出た。
 ならば、我輩は軍師として、また彼らを導く者として、弱みなど見せてはならない。
 どれほど優秀な兵でも、軍師がへタレでは勝てる戦も勝てん」

 魔術師の力の源は、本人の精神力と体力だ。
 精神力が無ければ術を制御できないし、体力が無ければすぐに撃ち止めになってしまう。
 多くの魔術師と違い、大志の体力には目を見張るものがあるが、それでも限界はある。

 魔術の疲労は、始めは単なるだるさに留まるが、使い続ける事で命そのものを削る事さえある。
 生命そのものを奉げる事で、魔術を発動させる……魔術師以外には決してわからない、魂を削る疲労の、絶対的なおぞましさ。
 友里の見た所、大志の体力はそろそろ限界に近づき、生命そのものを削る段階にまで来ていた。
 赤の他人の為に、自分の生命を分け与える……友里には、理解しがたかった。

「……ふふ、確かに、我輩とした事が、今回は少々張り切りすぎた」
 少しばかり自嘲気味に呻いて、大志は目を閉じる。
「だが、この程度では我輩は死なん……野望を達成するまでは、何があろうとも、どんな手を使おうとも……!」
386決意を込めて(5):02/07/28 01:18 ID:z7/1WxbV

 ぐっと拳を握り締める大志に、友里は少しだけ羨ましそうな視線を向けた。
 それに気付いて、大志は唇の端を持ち上げる。
「にしても、あなたに他人を気遣う気持ちがあるとは、少々意外と言ったら失礼かな」
「……ま、あなた達に嫌われてるもの。 仕方ないわ」
 友里はちろっと舌を出すと、大志の横に並んで背を預けた。
「アカデミーの責任は、全員の責任。
 例え研究に加わっていなくとも、実験動物を逃がしてしまった事は事実だものね。
 言い訳も言い逃れもする気はないわ……でも、一つだけ聞かせて」
 友里は真っ直ぐ大志の瞳を覗き込む。
「あなたも魔術師であるなら……魔術師を苛む呪縛から、目を逸らす事は出来ないわ」
「我輩を縛るものは、ただ我輩の心のみ。 それ以上でもそれ以下でもない」
 僅かな迷いもなく、きっぱりと言いきった大志に、友里はふっとため息をこぼした。
「……初めて会った時は、プライドの高そうな嫌な奴だと思ったけど……思ってたより、ずっといい男みたいね」
 初めて見せる友里の好意的な笑みに、大志は苦笑した。
「誉め言葉と……そう受けとっていいものかな」
「最上級のひとつ手前。 あともう一押しあれば、彼女がいるかどうか聞いてた所よ」
「それは惜しい事をした。 我輩も今フリーなのだよ」

 恐らく、それは大志なりの精一杯のジョークだったのだろう。

「大志っ、お前の予想通り、奴らさっきの場所でまたたむろってるぞ」
 ぱたぱたと駆けて来る北川と名雪に、大志はツ、と笑みを浮かべた。
「ふむ、やはりな……魔力が失われ、眠りの間隔が短くなってきているのだ……やれるぞ」
 大志が北川に頷き、北川は全員を見まわした。
「……じゃあみんな、作戦開始だ!」
387名無しさんだよもん:02/07/28 01:20 ID:z7/1WxbV
【鼠退治、作戦開始】

チーム・北川でした。
このチームは大志が美味しいんですけど、友里もいいかな、と思ってみたり。
それでは、誤字脱字修正ありましたら、指摘よろ。
388黒い鼠:02/07/29 00:29 ID:F1PlVaPf

 北川が先頭に、そのアトに名雪、友里、大志の順で進む。足場の悪いこの通路では二人が平行して歩くには適さない。
 角を曲がると、光源に照らされて白骨と、鼠の群れが鮮明になる。

――人間の都合で勝手に兵器にされ、殺される、憐れなイキモノ。

 光に気付きギラギラと光る瞳がこちらに向けられる。それが合図のように、北川の後ろから名雪がその群れに小麦が詰まった袋を投げつける。ほぼ水平線を描き袋は鼠の群れを直撃した。
「今だまいぶらざー!」
 大志の掛け声と同時に最前列の北川は引き金を絞った。狙いなんてもうとっくに定めていた。
 銃声が木霊する。幾重にも反響する。袋に群がっていた鼠は炎に包まれ断末魔の悲鳴を上げ、悶え苦しみ転げ回った。
 見ていて気持ちの良いものではない。決して。
 その幾つかの炎の塊りは下水に音を立てて落ちていった。――だが、残りの鼠が襲い掛かってくる気配は無かった。
「なんかあっさり風味だな……」
 気の抜けたように呟く北川。それから大志が弾を詰め直す様に言おうとした瞬間に――ぱらぱらと天井から埃の様な物が落ちてきているのに気付いた。
「何か……変な振動音が聞こえるけど……」
 それと同時期に名雪が独り言のように呟く。しかしその音は直に誰にでも聞こえる程の反響音を持って段々と大きくなっていく。

 何かがオカシイ。誰もが思った。

 だが作戦通り来た道を逆戻りする。それが作戦なのだから。そして曲がり角を曲がった時、最初に大志が、気付いた。
389黒い鼠:02/07/29 00:32 ID:F1PlVaPf

――光も届かぬ通路の、先の闇。

「ちょ、ちょっと? 急に止まらないでよ」
『最初に遭遇した時は、ただの烏合の衆だったの』
 嫌な予感が拡がる。それを裏付ける様に、ゆらゆらと燃え上がる鼠の向こう側。――その先の、光も届かぬ通路の先の闇を見据えながら北川が吼える。
「お、おい。アレってもしかして……!」
 名雪の息を呑む気配。ぱらぱらと肩に落ちるカケラ。反響する振動音。

――その先の闇の中に、ある。

『私が外に連絡を取りに行っている間に、残りのメンバーも次々に死んじゃったみたいで』
「罠にハメられてたのは俺達だったってのか!?」
 おそらく北川も大志と同じモノを、通路の先に見たのだろう。――その先の闇の中には、光る、

――無数に光る、赤黒い、目が。

 しまった、と大志は舌打ちする。
 一流の狩人は罠に追い込むのではなく、罠に誘い込むのだという。思えば北川達も青の錫杖からこの地下下水道に誘い込まれたのだ。
 ただ、今回で云えば大志達は後手を踏んだ。大志達が準備している間に鼠達もこのレフキー中の鼠という鼠を集めていたとしたら。そして、一度たむろしていた場所で待ち伏せしていたとしたら。
 更には青の錫杖に現れた男がアカデミーのメンバー――友里の精鋭部隊の一員――だと仮定したら、それはほんの数時間前の話だ。
 ならば、魔力の供給など必要ない。数時間前に四人分の最高クラスの脳味噌と魔力を頂戴したばかりなのだから。そもそも隙を見せれば人間は簡単に仕留められると既に“学習済み”なのだ。あの生物兵器は。

「罠……ってどういう事? 北川くん!」
「ヤバイぞ名雪さんっ!! きっと俺達挟み撃ちされてる!」
 名雪がその言葉を理解する前に黒い塊りが、さながら波の様に動き出す。その波の色は黒く、その振動音は重い。
 二の句を次げる前に、名雪は小麦の袋を力一杯投げつけた。地面に付く事なく、袋は波に当たり――波に飲み込まれた。
「は、これはまた……食欲旺盛な事で」」
 冗談のような光景に思わず笑い出しそうになる。実際、北川の口元は笑みの形を作っていた。恐怖に竦むよりは余程いい。
390黒い鼠:02/07/29 00:34 ID:F1PlVaPf

「同志名雪! 小麦の袋を一袋だけ残して、他は全てここに置けっ! さっきの管理人室まで走るぞっ!!」
 大志の一喝は場に沈む絶望感を払拭する。言ってしまえば、頼りになるのだ。名雪も持っていた袋を急いで床に落としていく。その小麦の袋はちょっとした山の様になった。
「ど、どーすんだよっ!? そっちにも鼠の群れがいるんだろっ?」
「笑止! どうするも何も作戦は何も変わりはしない! 我輩の行く手を阻むモノはなんであろうと――排除するのみ!」
 走り出しながら豪語する。その底無し沼のような自信は、一体何処から湧いてくるのかはまったくもって不思議である。
 それに続き友里と小麦の袋を曲がり角にほとんど放置した名雪も続く。仕方なく北川もそれに続く。――北川の方の鼠の波は結構近づいてきている。群れの大きさ故かその進軍スピードは思いの他ゆっくりに感じる。
 それはただの錯覚だったかも知れない。

 一方、大志の方の鼠の波は光球により、先程より明確にその姿をアピールしている。爛々と点る赤黒い知性の光との距離がどんどん近くなっていく。ちゅーちゅーとか可愛らしい鳴き声でも上げれば幾分、心休まるかも知れない。
「――冗談でしょ!? こんな分厚い生物の群れを風で弾き飛ばせる訳が無いわ」
「そんな事は判っているっ! 我輩が言っているのはそういう事ではなく、一点でもあの群れを崩せないかと訊いているのだっ!」
 結局人に頼ってんじゃネェか……と、内心北川は思ったが口には出さなかった。
「はぁ――やってみるわ」
「なるべく我輩達の足場寄りの方を頼む」
 通路の上から下。底から天井を、どうやっているのか下水の上までも隙間無く埋め尽くす掌もの黒い鼠。波のように蠢きながら押し寄せてくる。飲み込まれたら十秒と待たず骨になる――と想像するのは決して大袈裟なんかには感じられない程の迫力。

   ふわっ

 と、風が、生まれた。
 呪文の詠唱もなく――友里が片手を垂直に突き出しただけで――名倉友里の周りに風が纏わり付いたのだ。瞬間、わぷっ!? と名雪が喚く。巻き上げられた髪の毛が顔に直撃したのだ。
391黒い鼠:02/07/29 00:37 ID:F1PlVaPf

「同志北川っ! 言い忘れていたが後ろから――曲がり角から鼠が現れたら迷わず、撃てっ!」
「へ? うつ、って何を?」
 と、間抜けな呟きと共に立ち止まり、後ろに振り向く。見れば、小麦の袋が山になっている。――そして今、北川が見守る中で曲がり角から鼠の波が現れ、小麦の袋の山に津波のように襲い掛かる所だった。
 頭が一瞬遅れて理解する。そして理解していた時には既に――その袋の山は鼠の波に覆われる瞬間だった。
 そして北川も既に銃を構えており、アトは引き金を絞れば弾丸が、あの爆薬じみた小麦の山を貫く事すら、北川には“見えて”いた。
 だから、撃った。北川には覆い被さった鼠の群れが膨れ上がり爆発したように見えた。その爆発は本当に目の錯覚の様な小規模だったけれども、鼠の群れの足止めには、十分だった。
「この為に小麦の袋をほとんど置いていったんだな」
 一人納得したように頷くと視線を前に戻す。――数秒の、出来事だった。

 前に三人も居るので前方は見難い。しかも皆は、何時の間にか立ち止まっていた。友里の突き出した片腕が印象的だ。自然とそこに視線も泳ぐ。今ままで気にもしなかったが、リストバンドがされていた。別段、不思議ではない。
――だが、垂直に腕が上がっている所為か少し下にずれていたのだ。
(――ん? あれ? 手首に……傷痕!?)
 まるでリストカットしたかの様な――生理的嫌悪感を生み出すような痕に、見えた。

 痕――未だ癒えぬ、傷痕、に、見えたのだ。

 だが、それを確認する前にその腕が前方に突き出されるのと同時に、貫け――ッ!! という意志力に満ちた声が響く。
 風が、槍の様な風が、唸りを上げて黒い波の隅に直撃する。鋭利な刃物めいた切れ味をもって、鼠の波に寸断された穴が空く。だが、一瞬の内に穴は塞がった。
「ふむ、これを繰り返せば鼠の群れを八つ裂きに出来るかも知れんな」
「その前に死んでしまう、という案を考慮して欲しいものね」
 冗談なんだか本気なのだか判らない会話。
「何言ってんだよ!? もう鼠の群れは直ぐ目の前に来てんだぞ?」
「どうやって突破するの?」
「こうするまでだっ!! “内から駆け巡る雷鳴の如く痺れる、感動の萌えっ!”」

 ついに頭が逝かれてしまったのかと、その場の誰もが思った。
392黒い鼠:02/07/29 00:41 ID:F1PlVaPf

 だが、視界が暗くなるのと同時に大志の手元から一条の光が幾重にも放たれる。その雷撃は丁度、下水と鼠の境目に命中した。
 次の瞬間、目を開けていられない程の色彩と光量と音量が一度にきた。
 鼠の群れがびくんと跳ね、動きが緩慢になった。下水に触れていた鼠は即死だろう。
「――さぁ!! 今の内に友里女史の風で邪魔なヤツ等を吹き飛ばしながら進むのだっ!!」
 その本人は壁に背を付けて脂汗を浮かべながら言っている。先程の強い光の所為で目が眩んだが友里は素早く先頭に移動した。
「ねぇ! 大志くん、だいじょうぶ!?」
 大志の状態が尋常では無いと察したのか名雪が駆け寄る。その後ろには北川が心配そうな表情で立っていたが、何も言わなかった。
――大志が何を言っても『大丈夫だ』としか言わない事が判っていたからだ。

「大丈夫だ。しんぱいするな、まいしすた〜。すぐに、良くになるに、決まっているではないか」
――甲高い音が耳を貫く。風が吹き荒れる。
「ほら、さっさと行くわよ」
 何気なく行って鼠の群れに突っ込む。名雪は何か言いたそうな顔をしてから、言った。
「大志くん、動ける? 動けないなら担いで行くよ?」
「まいしすたーよ。言っている内にもう担いでいるではないか」
 名雪は大志を器用に肩に担ぐと反論の隙も与えずに、友里のアトを追った。道は片方の通路だけ切り取られた様に鼠の群れが少なかった。根こそぎ吹っ飛ばしているのだ。
 それでも死んでいる訳ではない。名雪は小麦の袋を持っいる所為か狙われている。両腕が塞がっているにも関わらず、大志に鼠が飛び掛らない様に上手く庇いながらその身を盾にしつつ突っ切っている。
 北川もその後ろで、長銃を振り回しながら二人をフォローしている。――この状況で名倉友里の風が三人の周りを吹き荒れれば、三人とも無事では済まないから、友里は援護してくれないのだと、北川はこの時、認識していた。
 鼠の群れを突っ切って、思わず後ろを振り向くと、さっき小麦の袋の山で吹っ飛ばした鼠の群れと、大志の電撃で一時的に弱っていた鼠の群れに追いつく所だった。
 その光景に胆が冷えた北川だったが前を振り向くと、二人とも結構進んでいたので慌てて走り出した。
393黒い鼠:02/07/29 00:49 ID:F1PlVaPf

 走る北川の胸には、何か腑に落ちない気持ちが満ちており自分を不安にさせていた。
 例えば――銃とあの鼠達が同じ兵器と呼べるのかとか、友里が外に連絡しに行ったならそろそろ援軍が訪れてもよさそうだとか、あの一瞬だけ見えた友里の傷痕の事とか、最初に比べ視界が暗くなってきている様な気がする事とか――

――アルジャーノン、あの銀色の鼠の姿をまだ見ていない事とか。まぁ、いずれも些細な事ばかりなのだけれども。

         ◇

【名倉友里/手首に傷痕らしきものがあるらしい】
【水瀬名雪/小麦の袋一個と九品仏大志を担いでいる/鼠に飛び掛られたダメージは不明】
【北川潤/銃は二つとも未装填】
【九品仏大志/意識は残っている/すぐに良くなるらしい】
【鼠・アルジャーノン/被害状況不明】

お話としては「決意を込めて」(>>382-387)の続きですね。というか即リレーですが。
無茶な展開のような気がしますが……きっと己の気のせいですね(ぉ

変なところがあったら、指摘お願いします。
394名無しさんだよもん:02/07/29 23:28 ID:nKN5JZX2
メンテナンス
395名無しさんだよもん:02/07/30 20:11 ID:gDlaJ+QA
M
396名無しさんだよもん