たか子「鈴木君、あたしに言ったよね…あの子のこと、好きだって」
宗男 「ああ」
たか子「今でも?」
宗男 「ああ」
たか子「…そう」
最初にたか子がこの質問を投げかけた時と同じように…。
そしてそれ以上に、深い悲しみの表情で俯く。
たか子「あの子、生まれつき頭が弱いのよ」
宗男 「それは知ってる。だから、ずっと当選することができなかったんだろ?」
たか子「あの子、楽しみにしてたのよ…」
たか子「あたしと一緒に、あたしと同じ国会に通って…」
たか子「そして、一緒に一般質問をする…」
たか子「そんな、本当に些細なことを…あの子は、ずっと切望していたの」
宗男 「……」
たか子「あと1週間で、あの子の誕生日」
たか子「次の誕生日までに議員でいられなくなるだろうと言われた、あの子の誕生日」
さっきまでと同じ口調だった。
感情の起伏を抑えて、淡々と言葉を紡ぐ。
宗男 「……」
だから…たか子の言葉の意味が分からなかった。
宗男 「…どういうことだ」
たか子「言葉通りよ」
俺の言葉を待っていたかのように、呟く。
たか子「あの子は、マスコミに次の誕生日までに議員でいられなくなるだろう、
って言われているのよ」
清美の明るい表情、
元気な仕草、
そして、雪のように白い出歯…。
たか子「でも、最近は世論も少しだけ持ち直していた」
たか子「だから、次の誕生日は越えられるかもしれない…」
宗男 「……」
たか子「でも、それだけ」
たか子「何も変わらないのよ。あの子が、もうすぐ国会から消えてなくなるという
事実は」
宗男 「…そのことを、清美は知ってるのか?」
たか子「知ってるわ」
宗男 「…いつから知ってたんだ…清美は」
たか子「もう、ずっと前…」
青白い外灯のあかりが、たか子の姿を闇に浮かび上がらせる。
たか子「去年の国会の開会日に、あたしが清美に教えたのよ」
俺が初めて清美から質問を受けた、ずっとずっと前から…
宗男 「どうして、そんな話を俺にするんだ…?」
たか子「あの子、あなたのこと好きだから」
宗男 「どうして、清美に本当のことを教えたんだ?」
たか子「政策秘書の給与のことをあの子が訊いてきたから」
宗男 「どうして、清美のことを拒絶したんだ?」
たか子「あたし…」
いつも気丈にふるまっていたたか子の姿は、そこにはなかった。
不意に、抑えていた感情が流れ出る…。
たか子「あたし、あの子のこと見ないようにしてた…」
たか子「日に日に叩かれていくあの子を、これ以上見ていたくなかった…」
たか子「いなくなるって…もうすぐあたしの前からいなくなるんだって、
分かってるから…」
俺の服をつかんだ両手が震えているのが分かった。
たか子「普通に接することなんてできなかった…」
たか子「だから…あの子のこと避けて…」
たか子「清美なんか最初からいなかったらって…」
たか子「こんなに辛いのなら…最初から…」
たか子「最初からいなかったら、こんなに悲しい思いをすることもなかったのに…」
たか子の嗚咽の声が、夜の校舎に響いていた。
流れる涙を拭うこともなく、ただじっと泣き崩れる。
清美の前では、決して見せることのなかったであろうたか子の涙。
たか子「…鈴木君」
たか子「あの子、なんのために当選したの…」
夜風にさらされながら、俺はその場所から動くことができなかった…。
たか子の最後の問いかけに答えることもできずに…
その言葉だけが、ずっとずっと俺の中で響いていた…。
『あの子、なんのために当選したの…』