【ムネヲ】「それでは、ボクの最後のお願いですっ」
【ムネヲ】「…純一郎君…」
【ムネヲ】「…ボクのこと…」
【ムネヲ】「…ボクのこと、忘れてください…」
【ムネヲ】「ボクなんて、最初からいなかったんだって…」
【ムネヲ】「そう…思ってください…」
悲痛な笑顔が崩れていた。
溢れる涙が、頬を伝って流れ落ちる。
【ムネヲ】「ボクのこと…うぐぅ…忘…れて…」
【純一郎】「本当に…それでいいのか?」
【純一郎】「本当にムネヲの願いは俺に忘れてもらうことなのか?」
【ムネヲ】「だって…」
【ムネヲ】「ボク…もうお願いなんてないもんっ」
【ムネヲ】「…本当は、もう二度と食べられないはずだった、ふぐさし…」
【ムネヲ】「いっぱい食べられたもん…」
【ムネヲ】「だから…」
【ムネヲ】「だか…ら…」
【ムネヲ】「ボクのこと、忘れてください」
【ムネヲ】「…純一郎…君…?」
ムネヲの持っていた偽造パスポートが、床の上に落ちる。
【ムネヲ】「……」
小泉は、ムネヲの小さな辞表を抱きしめていた。
悲しい思い出を背負って…。
自分の運命を真正面から見据えて…。
そして、最もマズい選択を選んだ男…。
【ムネヲ】「…純一郎君…」
禿げを撫でるように、頭に手を置く。
【ムネヲ】「…ボク…もう隠居じゃないよ…」
【純一郎】「お前は隠居だ」
【ムネヲ】「…そんなこと…ないもん…」
【純一郎】「ひとりで先走って、周りに迷惑ばっかりかけてるだろ」
【ムネヲ】「…うぐぅ…」
【純一郎】「そのくせ、自分で全部抱え込もうとする…」
【純一郎】「その、小さな体に、全部…」
ムネヲの辞表を、一際強く抱き寄せる。
【ムネヲ】「…純一郎…君…」
【純一郎】「お前は、ひとりぼっちなんかじゃないんだ」
【ムネヲ】「…純一郎君…」
【ムネヲ】「…ボク…」
すぐ近くで聞こえるムネヲの声。
涙混じりの小さな声。
【ムネヲ】「ホントは…」
【ムネヲ】「ボク、ホントは…」
【ムネヲ】「もう1回…純一郎君と、高級料亭で食べたいよ…」
声が、嗚咽に変わっていた…。
【ムネヲ】「もっと、純一郎君と一緒にいたいよ…」
【ムネヲ】「こんなお願い…いじわる、かな?」
【ムネヲ】「ボク、いじわる、かな…」
俺は、返事の代わりに、ムネヲの辞表をぎゅっと握り締めた。
それこそ、小さな辞表が、潰れるくらいに…。
【ムネヲ】「…純一郎君…」
【ムネヲ】「ボクの支持率、まだあったのかな…」
【純一郎】「当たり前だ」
【ムネヲ】「…よかった」
ふっと、マスコミから話題が消える。
まるで、最初から何も存在していなかったかのように…。
その場所には、誰の姿もなかった…。
偽造パスポートも…。
辞表も…。
そして、最後に残った風評さえも、冷たい風に流されていく…。
でも…。
これだけは言える。
最後のムネヲは、間違いなく泣き顔だった。
【純一郎】「そうだよな…ムネヲ」
※さりげなく、いらん事をして去っていく(^_^)/~