葉鍵板最萌えトーナメント!!準決勝 Round165!!
緒方理奈支援SS「朝」(1/6)
朝の、ささやかな静けさが室内を満たす。
小さく耳を傾けると、もぞもぞとシーツを動かす音がする。
ちらり、と目を開けて横を見てみる。
「……」
すー、と理奈ちゃんが寝息を立てている。
シーツに包まったその姿は、……かわいい。
――軽く、見つめてみる。
「おはよう」
起こさないように声をかけて、ベッドから抜け出そうとした。
……腕を、引っ張られている。
「……冬弥君、おはよう」
どうやら、もう起きていたらしい。
彼女はにこりと笑って、シーツから顔だけを出す。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「そうね……、じっと見られてたから」
微笑んでいる。
小さく引っ張っていた手を離して、呟く。
ちょっとだけ、視線を逸らして。
「え……えと、先に部屋から出てくれる?」
「う、うん。いいけど」
こころなしか、動揺しているようだ。
「もう一回寝るわけじゃないから、安心して」
表情に気づいたのか、そんなことを言う。
判った、と答えて着替えを取ってドアへと向かう。
その途中、なんとなく、振り向いてみた。
緒方理奈支援SS「朝」(2/6)
理奈ちゃんの視線と合った。
シーツから抜け出そうとしているところだったようだ。
ふたりとも、動きが止まる。
とりあえず謝る。
「あ、えーと。……ごめん」
理奈ちゃんが恥ずかしそうに言う。
「冬弥君の……えっち」
「い、いや。いきなりだったんで」
慌てて、外へと出た。
ドアの外に出ると、衣擦れの音がかすかに聞こえた。
軽く伸びをしながら、理奈ちゃんが出てくるのを待った。
しばらくすると、ドアが音を立てて開く。
「冬弥君、どう……かな?」
部屋のなかにあった着替えから選んだのだろう。
やっぱり恥ずかしそうにしている。
ドアから小さく顔を出して、伺うようにこっちを見る。
「あ……その、なんと言うか」
「似合わない?」
「似合う……けど」
と、言うか抱きしめたい。
大きめの白いワイシャツだけを、肌の上から着ていた。
「あ、その……可愛いよ。ものすごく」
照れたように言うと、
本当に珍しく、理奈ちゃんは、顔を真っ赤にした。
緒方理奈支援SS「朝」(3/6)
そのままの格好で朝食にした。
ごく普通のトーストと珈琲。
ジャムやバターを用意しているうちに、理奈ちゃんを座らせる。
彼女は椅子に座って、トーストをくわえたまま、こっちのほうを見上げた。
「……はむ」
なにか言いたげな目。
眠そうな瞳が、かすかに揺れる。
食べながら、なにかを見ている。
「えっと……何を見てるの?」
聞いてみる。
理奈ちゃんは小さく珈琲のカップに口をつけてから、答えた。
「うん。やっぱり……あなたは格好いい」
真顔で、そんな台詞を言ってくる。
こっちは、その言葉に困ったように笑う。
……照れ隠しだけど。
そんな考えに気づいているのだろうか。
微笑みながら、真っ直ぐにこっちを見ている。
その口から、言葉が漏れる。
「好きよ」
ささやくように。
恋する乙女の表情で。
熱を込めて。
軽く、こっちの目を覗き込むように。
緒方理奈支援SS「朝」(4/6)
顔が赤くなるのは、自分でも判った。
何度も言われてきた言葉。
それでも、慣れることがない。
――見とれてしまう。
向けられる微笑みに、
動くことすら出来ない。
「冬弥君?」
「あ……うん」
反応が面白かったのか、珈琲を手に、不思議そうな顔をする。
照れているのだと気づいて、やわらかく笑う。
カーテンの隙間から差し込む光に、目を細める。
理奈ちゃんが席を立って、窓の方へと向かう。
趣味のいい白のカーテンを、一気に引きあける。
「わあっ」
声を上げる彼女。
はしゃぐその姿は、子供のよう。
「ねえ……後で海に行かない?」
外に見える景色は、澄みきった青。
なるほど。
目を奪われるほどに綺麗な海だ。
昇り始めた太陽のオレンジと対象的に、一面の青。
水着のことを訊くと、用意があるらしい。
楽しそうに外を見る彼女は、可愛かった。
同じように揺れる波間を見ていると、なぜか嬉しくなった。
緒方理奈支援SS「朝」(5/6)
海岸に出ると、人はいない。
なんとなく、独り占めしたような気分で見回す。
静かな波の音。
近寄ってくる足音が、その狭間で砂を踏む。
「気持ちいいわね……」
風に、彼女の髪が流れる。
うん、と素直に頷く。
水着の彼女が、焼ける砂を歩く。
地平線の彼方まで、なにもない場所。
世界に、二人っきりになったような感覚。
いつの間にか、となりに並んだ理奈ちゃんを見ると、彼女もこっちを見た。
どうやら、同じことを考えていたらしい。
顔を見合わせてしまった。
広がる海へと無理やりに目を向ける。
青が目に飛び込んできた。
誤魔化したのは、あっさりと見破られている。
くすっ、と彼女は小さく笑いを漏らす。
耐え切れなくなって、それに続くように笑い始める。
緒方理奈支援SS「朝」(6/6)
しばらく笑って、ようやく収まってきた。
理奈ちゃんを見ると、少し、目に涙を浮かべていた。
「……もうっ」
ちょっとだけ、拗ねたようにこっちを見る。
そのまま後ろを向いて、軽く伸びをする。
「うーん」
強く、白い光にその影が映える。
――ほんの少しだけ、彼女が儚げに見えた。
「ほらっ、冬弥君……泳ぐわよ」
「……うん」
頷きながら、彼女に近づく。
そのまま抱きしめた。
一瞬。
彼女は驚いたようだが、すぐに力を抜いた。
理奈ちゃんは、抱きしめた腕に手をやる。
優しく、触れるように。
「……行きましょう?」
「……うん」
本当に、楽しそうに。
彼女は、輝くような笑みを浮かべた。