葉鍵板最萌トーナメント!! 準々決勝 Round156!!
「うにゅう〜……。あと、ちょっとだけ……」
覚醒していないのは明らかだ。
口をモゴモゴとやりながら、やっとの事でそれだけを言い終える。
無論、理奈も負けてはいない。
「ちょっと、起きてったら!」
やや時の混じった声で、何とか目の前のネボスケを起こそうとしていた。
「兄さん!? この時間に起こすように、私に頼んできたのはあなた自身よッ!」
よく通った理奈の声が、部屋中に響き渡る。
が、英二は相変わらず口をモガモガやっているばかりで、埒があかない。
もともと、朝は弱くない人だったはずなのに……。
理奈が苦笑を浮かべつつ、もう一度叫ぼうとしたところだった。
英二が目をつぶったまま呟いた。
「……いやぁ。ぼかぁ、幸せだなぁ……。こんなに立派な妹を持ててさ……。
俺にはもったいない……くらいだよ……」
「!?」
一瞬だけ言葉を詰まらせて、英二の顔をのぞき込む理奈。
あまりに安らかそうな兄の寝顔。
これはいつも理奈をからかうような、兄の悪戯ではなさそうだった。
それでも確かめるように、ゆっくりという。
「兄さん? 起きてるんじゃないでしょうね?」
応えはない。
英二は本当に眠っているようだった。
「……寝言でそんなこと言っても、なんにも出ないんだから……」
そう呟く理奈の表情はしかし満更でもない様子だ。
ここ数日の英二を思えば、あと数日にまで迫った理奈のデビューに向けて、
東奔西走の日々だった。
歌手として売れたからといって天狗になっているだとか、
どうせすぐに事務所を畳むことになるとか、言われたい放題だったから、
決して失敗は出来ない。
その重圧で、英二も実は、結構参っていたのかもしれなかった。
『言わせるだけ言わせてやれ。あとで後悔させてやるさ』なんて、
軽口を叩いていた兄さん。
『何てったって、こっちには女神がついてるんだからな。
ちょっと怒りっぽいけど』なんて、笑っていた兄さん。
自らの誇りをかけて、今回の私のデビューに全力を傾けていた、兄さん。
その兄の心の中に、自分への深い愛が幾筋かでも混じっていることを感じ取り、
理奈は今幸せだった。
任せて置いてね、兄さん。私の大好きな歌と踊りで、みんなをトリコにしてみせるから。
兄さんのプロデュースで、私は芸能界の星になれる……。なってみせるから。
決意を新たにする、理奈。
その表情は鋭く、そして優しかった。
「もう10分だけだからね?」
理奈は穏やかな声で言い残し、兄の部屋をあとにした。
残されたのは、幸せそうな寝顔の英二のみ……。
END
written by セルゲイ