最萌トーナメント支援用SSスレッド#2

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「は〜」
 席に座って溜息をつく綾香。
「どうしましたか綾香様? 」
 隣からセリオが声をかける。
「................どうかしてるのはセリオの方でしょ? 」
 綾香は非難するような目で言った。
「私が............ですか? 」
「自覚無いの? 」
「はあ」
 綾香は肩をすくめた。
「通学時間忘れ、持ってくる教科書を間違える、授業内容間違えて体育着で理科実験室に乱入、それに...............」
 そう言ってセリオの頭を見る。珍しく髪型が少し乱れている。
「何にも無い所で転ぶ................ってマルチじゃあるまいし」
「.............申し訳ありません」
 綾香は再度深い溜息をつくと、セリオを指さす。
「ずばり、浩之ね」
 綾香の言葉にセリオは困った顔になる。
「...............わかりません」
「ふ〜ん」

 その日の放課後、綾香が血相変えて走ってきた。
「セリオいる! 」
「はい? 」
掃除当番で帰りが遅くなっていたセリオは、先に帰ったはずの綾香が戻ってきた事に驚いた顔をした。
「あんたこんな所で油売ってる場合じゃないわよ! 」
「いえ、私は掃除を.............」
「浩之が引っ越すのよ! 」
「え...........」
822/10:02/03/01 05:48 ID:9lDKF1Jm
「浩之の奴、私達に内緒でこの町から引っ越す気だったのよ! 」
「引っ越し..................ですか...............どこへ」
「九州だそうよ! 一言も無しなんて何考えてるのよあのバカ! 」
「............おそらく、さよならを言うのが照れくさかったのかと...........」
「冗談じゃないわよ! そんな下らない理由で! 」
「それで、浩之さんはいつ立たれるので? 」
 セリオの言葉に綾香は我に返る。
「そう! それよ! あの大バカ、今日出発だそうよ! 」
 綾香の言葉を聞なりセリオはもの凄い勢いで駆けだした。

「ちょ、ちょっと待ってよ! セリオ! 」
 慌てて綾香が追いかけるが、セリオには聞こえてないようで走る速度が全く落ちない。
「嘘でしょ? 全然追いつけないじゃない、なんなのよ一体! 」
 校門を出る頃にはその差は100メートル以上開いていた。
 追いかけるのを諦めようかと思ったとき、ふと、隣を走る自転車が目に入った。
「ナ〜イス、そこの君! 」
「はい? 」
 自転車の男が声をかけられて停車する。
「借りるわよ! 」
「は? 」
 言うが早いか男を蹴飛ばして自転車に飛び乗る。
「あ.......................って行っちゃった...................普通借りるっていうのは相手の了承を得てから.................」
 必死の形相で自転車を漕いで走り去る綾香を見て、男はふと気が付いた。
「...........白............らっきー」

『浩之さん、浩之さん、浩之さん、浩之さん...............』
 セリオの頭の中にはその言葉だけが響いていた。
「こら〜! セリオ〜! 」
 だから後ろからくる綾香の声に気付いたのはすぐ隣にまで来てからだ。
833/10:02/03/01 05:49 ID:9lDKF1Jm
「綾香様? 」
「乗りなさい! 」
「はい! 」
 普段ならば主人に自転車を漕がせて自分は後ろの席に座っているなど、絶対に許されない事なのだが、今日は何の疑問も持たずに後ろの席に飛び乗る。
「よ〜し、飛ばすわよ! 」
「お願いします! 」
 綾香は瞬時に最短コースを計算すると、ペダルを力強く踏みしめた。

「綾香様! こちらですと浩之さんの家とは反対方向になるのでは! 」
 既に十分近く全力で漕ぎ続けて全身汗だくの綾香にセリオは思わずそう言った。
「いいのよ! 浩之が乗る予定の電車が六時に出発するから、直接駅に行かないともう間に合わない! 」
 綾香の言葉にセリオは時計を見る。後、十五分も無い。
「綾香様! 漕ぎ手代わります! 」
 これは主人を思いやっての言葉では無く、純粋に早く着きたいが為に出た言葉だ。
 綾香はそれを敏感に感じ取ったが、それは綾香にとって不愉快なものでは無かった。
『やっと、この子も私にわがまま言うようになったわね』
「いいわよ」
 そう言うなり、スピードを緩めずにハンドルを握ったまま自転車を飛び降りる。
「行きます」
 同時にセリオは綾香とは反対側に飛び降り、絶妙のタイミングで前後を入れ替わる。
「よっと! 」
 綾香のかけ声と共に二人同時に自転車に飛び乗ると、セリオは全力で漕ぎ始める。
「わお、早い早い。この様子なら余裕で間に合いそう.................!!! 」
 二人の行く手には無情にも工事中の看板が立てられていた。
「嘘! なんでこんな時に限って! 」
 セリオはサテライトサービスを使い、すぐさま別ルートを検索する。
「綾香様、こちらからが最短です! 」
 そう言ってセリオは自転車の向きを変えて走り出す。
844/10:02/03/01 05:52 ID:9lDKF1Jm
「こっちって................確かこっちはしゃれにならない上り坂があったはず.........」
「こちらが最短です」
 セリオはそう繰り返した。
 動力抜きで登るにはあまりにも角度が付きすぎている。そんな坂をセリオは無表情に登って行く。
『いくらなんでもこれは無茶じゃない?』
 そう思った綾香は一見何の問題も無さそうなセリオの足に触れる。
『..................やっぱり』
 セリオの足は異常に加熱して微妙な振動を起こしていた。
『全く、何がわからないよ。こんな無茶しといて良くもそんなセリフが言えたもんね』
 呆れながらも綾香は覚悟を決める。
『エクストリームチャンプは伊達じゃないってね』
「セリオ! 私と代わりなさい! 」
「綾香様? 」
 セリオは一瞬躊躇した。いくら綾香の運動能力が並はずれていても、この坂を登り切れるとはとても思えなかったからだ。
「いいから任せなさいって、絶対私が浩之に会わせてあげるから! 」
「綾香様..............」
「行くわよ! セリオ! 」
「.............はい! お任せします! 」
 セリオは自身が論理的に動いていない事に気が付いていなかった。こんな時、本来なら自己診断プログラムが働くはずなのだが、セリオは自分の行動が
 そして二人は再度漕ぎ手を交代する。
「行くわよ! 流派! 東鳩不敗は! 王者の風よおお!!!!  」

「.................ど、どうよ、登り切って見せたわよ」
 一気に登り切って下りの坂道を流しながら綾香はそう言った。
「はい、お見事です」
「えへへ..............良し! 残りは下りのみ! 一気に行くわよ〜! 」
「はい! 」
 綾香は下り坂を更に加速した。
855/10:02/03/01 05:53 ID:9lDKF1Jm
 道路は駅前に近づくにつれて車の出も多くなるし、歩道の人も増える。
 そんな中を綾香とセリオは自動車と変わらないスピードでカッ飛んで行く。
「セリオ! 次右折! 」
「はい! 」
 スピードが出過ぎているために体を傾けないとうまく曲がれない。
 綾香がこのスピードを維持できるのも、後ろの席のセリオは絶妙のバランスを保ってくれているからだ。
「歩道出るわよ! 」
 ガクン! 
 派手に自転車を跳ねさせながら道路に出る。
「綾香様! このスピードでは次の交差点は危険です! 」
「もう遅いわよ! 」
 自動車に並んで交差点を左折しようと試みる綾香。だが、突然前の車がエンストする。
「嘘! 」
「ダメです! ぶつかります! 」
「セリオ! 」
 綾香はそう叫ぶと右足をあげる。それを見たセリオは瞬時に綾香の考えを読みとる。
「うわっ!」
 車の運転手が悲鳴を上げる。
「この〜っ! 」
 綾香は自転車を目一杯横に倒して車に側面から突っ込む。
 車に激突する寸前、綾香とセリオは同時に車の側面を蹴飛ばした。
「曲がれええ!!! 」
 ドアのへこみ二カ所。
 それだけの被害で人身事故を免れた二人は、勢いを殺さずそのまま走り抜ける。
「ふ〜、危ない危ない.............」
「綾香様! 前! 」
「へ?.....................っておわああ!!! 」
 気が付かない内に反対車線に飛び込んでいた綾香とセリオ。当然のごとく正面から来る車達。
「危っ! 危なっ! 死ぬってば! また来た〜! 」
「................綾香様〜.............」
866/10:02/03/01 05:54 ID:9lDKF1Jm
「だあああ!!! 着いたあああ!!!! 」
 駅前まで来ると、自転車ごと地面に倒れ伏す綾香。
「綾香様、心拍数が上がりすぎです。早く、医者を呼んで..........」
「アンタ何やってんの! さっさと浩之探しに行きなさい! 」
「しかし! 」
 尚も言い募るセリオに向けて綾香は笑顔でピースサインをして見せた。
「ほら、行ってぶん殴るなり、ホームに突き落とすなりしてらっしゃい」
 セリオは思考に何かノイズが走るのを感じながらも、それを快いと感じ、そしてその感覚は表情にまで影響を及ぼした。
「はい」
 セリオはそう言うと後ろも見ずに走り去っていった。
「全く...............世話が焼けるんだから」
 倒れた自転車を枕に地面に寝転がる綾香。
『しっかし目立つわね〜、私は見せ物じゃないっての』
 とっととこの場を離れたいのだが、体がまともに動かない。
『信号無視どころの話じゃないしね〜、とっ捕まる前に逃げ出したい所なんだけどな〜』
 などと考えていると、何かが日の光を遮る。
「ん? 」
「..................」
「ね、姉さん? 」
「(こくこく)」
「どうしてここに? 」
「...................」
「って何も言わずに頭撫でるのやめてよ〜、は、恥ずかしい.............」
 逃げようにも体が動かない状況ではどうにもしようがない。
「.................」
「ね〜さ〜ん、勘弁してよ〜」
877/10:02/03/01 05:55 ID:9lDKF1Jm
 綾香と別れた後、セリオは一目散にホームを目指す。
 元々メイドロボの耳はよく目立つ上にそれが辺りの人間にぶつかりながら走っているのだ。
「なんだよコイツ」
「はあ? 」
「このガキ! 」
 今のセリオにはそんな声など全く耳に入らない。
『浩之さん、浩之さん..........』
 駅の構内を走り、階段を登る。
 ガクン
 急に右膝の関節部からの反応が無くなる。
『浩之さん、浩之さん、浩之さん.........』
 それすらも気にならないのか、残った左足を使って階段を上ろうとするが、横合いから現れた男がそんなセリオに蹴りを入れる。
「おい! てめえ邪魔なんだよ! 」
 蹴りは左足に当たり、その衝撃で左足も動かなくなった。
『浩之さん、浩之さん、浩之さん..............』
 セリオはその男を無視して残った両手を使い這いずる様に階段を上る。
「コイツ! なめんな! 」
 男が再度セリオを蹴飛ばそうとした時、その男の脇から伸びた足がそれを遮った。
「なんだ? 」
「かあああああああああつ!!!!!!」
「どわっ! 」
 突然耳の側で怒鳴られて、その男はひっくり返ってしまった。
 大声の主は階段をはい上がるセリオを見下ろしながら呟いた。
「運命は自らの手で切り開く物。手出しはせんぞセリオ」

 セリオは必死に階段をはい上がる
『浩之さん、ひろゆきさん..............ひろ...........ゆき..........さん...........』
 階段を上る人間達が奇異の目でセリオを見るが、セリオの目にはそれらは意味のある光景として映らない。
888/10:02/03/01 05:56 ID:9lDKF1Jm
『わたしは............ひろゆきさんに..............あいたい』
 左手が階段の上端にかかる。
『これをのぼれば............ひろゆきさんに..........』
 左手に力を込めてホームに顔を出す。
『ひろゆきさ................あ............』
 既にホームには電車の影はなく、見上げた時計の針は六時を過ぎていた。
『..................そんな.................』
 セリオは階段から身を乗り出してホームに入る。
 視線が低いのでよく見えないだけかもしれない。
 そんな淡い期待を胸にホームを這いずって線路際に近づく。
『もっと.............おせわをしたいです..............もっと...............おはなししたいです..........』
 制服の肘の部分がすれて破ける。
『もっと.............そばにいたいです.............』
「セリオ! 」
『そう..........いつまでも呼ばれてたいです.............ひろゆきさん...........』
「おいセリオ! お前! どうしたんだそれ! 」
「ひ...........ろゆき............さん? 」
「おう、浩之だ! お前なんだってそんな...............」
 焼き切れそうな回路を無理矢理繋いで言葉を紡ぐ。
「私も..............一緒に.............連れていって下さい..........」
 セリオにできたのはそこまでだった。
899/10:02/03/01 05:57 ID:9lDKF1Jm
「つまり、ウチの学校の田沢って子が浩之の友達に連絡してくれたおかげで、浩之は電車を一本遅らせたって訳ね」
『ああ、最初に聞いたときは驚いたぞ』
「もしかして姉さんに連絡したのも................」
『ああ、そりゃ俺だ。走ったんじゃ間に合わねえから車で拾ってもらおうと思ってな』
「....................それって無茶して死にかけた私がバカみたいじゃない? 」
『全くだ、お前らしくもない』
「うるさいわね、あんなセリオ見るの始めてだからちょっと私も熱くなってたのよ」
『...........そっか、ありがとな』
「まあいいけどね、で? セリオは? 元気してる? 」
『おう、今代わるぞ』
『お久しぶりです、綾香様』
「やっほ〜、元気? 」
『はい、おかげさまで。その節はご迷惑をおかけしました』
「ああ、い〜の、い〜の。それより一つ聞きたいんだけどいい? 」
『はい、なんでしょう? 』
「今、あなた幸せ? 」
『はい! 』
 即答してきたセリオに綾香は満足げな笑みを浮かべた。